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中国銀行のカードが復活し、口座にある金額だけお金が下ろせるようになった。前のカードでできなかった中国銀行に備え付けの機械で、電話料金が支払えるようになると同時に、支払いのための行列からも開放されるのである。めでたしめでたし。さらには多分このカードを使えば、次回帰国した時に、郵便局でも、三菱東京UFJでも、三井住友でもATMで日本円が引き出せるようになる。ああ、ようやく安堵。でも、このカードを手にしたときに、とっても気になることに直面した。前回中国銀行の本店で、暗証番号を入れなおしてもらったカードを、自動服務ナントカという機械に入れ、反応を確認したら、なんとこんな表示がでちゃったのである。「電話料金がまだ支払われていません」。電話料金を払おうと思っていた矢先に、目前で磁気テープの部分を切り落とされ、再発行までの1週間、カード使用不能に陥り、未納の状態にしておいたのだが、それを機械が画面で私に通知したということだ。だが。何で、そんなことを中国銀行が知ってるんだ?そもそも私のこれまでの電話料金は、中国工商銀行で毎回40分以上の行列を経て支払われていて、一度も中国銀行で払われたことがない。さらには、電話代の契約書にも中国銀行に口座があるなんて書き込んだことがない。固定電話の番号は、今の部屋に引っ越してからひいていて、電話の契約書にあるのは携帯の番号くらいのものである。電話代と中国銀行の口座には直接接点がない、なのになぜ中国銀行の機械は、私が未納って知っている???どこかの情報、例えば互いの契約時に使用された氏名が同じ、またはパスポート番号が同じという細ーい線をたどってそれがつながったという可能性はないとは言えない。だけれど、こんなわれわれ日本人が想像し得ないくらい銀行と公共機関の相互データのやりとりが広く行われていたとしたら、便利である半面、やはり不気味である。監視されてなくったって、監視されてるかのような気分。いや、簡単に監視できる状態とも言える。こわひ。ちなみに、今回から電話料金は中国銀行の料金が支払える機械に委ねてみた。私の前に待つ人なし。画面で電話料金の支払いを選択、電話番号を押して、暗証番号を入れるだけ。ほんの15秒ほどで払い込み完了。当然、ちゃんと領収書も出る。40分並んでたあれは一体なんだったんだろう?そして並んだ挙句、銀行のサーバーが止まったあれもなんだったんだろう?それにしても、本当に機械前に行列がない。なんでみんな、この機械使わないの?
2007.04.25
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北京は北京で、それはそれでいいのだけれど、もう勘弁して~とどこかへ逃避したくなるのは否定しがたい事実。「ここは北京じゃないみたい!」それは立派な褒め言葉でもある。ガア子さんが街の西側の海淀区から東側の朝陽区に引越しし、新居でのティーパーティのお誘いを受ける。場所は、大使館街の緑が窓から望める雰囲気のある高層マンション。出入り口にガードマンがいるのにご自由に出入り下さい状態のマンションとは違って、ガードマンに行き先を告げてセキュリティーカードを使わないとエレベータにも乗れない厳重さだけど、このくらいのほうが今の北京だと安心のような気がしなくもない。偶然エレベータ前でいっしょになったNさんとガア子邸の門をたたく。もうドアが開いたらその向こうは別世界。淡い色のクロスのかかったテーブルに、ティーカップとお皿、ナイフとフォークがセッティングされている。そして中央には美しく生けられた白とピンクのシャクヤク、ホテルのアフタヌーンティーで使われる三段重ねのトレイが。かわいいプチケーキに、手作りスコーン、サンドイッチが載るその光景は、まさにイギリス。北京ではない。日本人女性が8人そろったところで、ゆるゆるとティーパーティをスタート。この街が、埃まみれに痰吐きながら働く出稼ぎのおじさんたちに建設されているというのを忘れてしまいそうである。それもホテルではなく、家庭の中でこの優雅さ。その落差に、集まったメンバーは少々緊張気味である。しかし食べ物の力は偉大で、おいしいものをいただいているとおのずと会話は弾む。同じ日本人女性でも、背景は北京との接点やまちまちだ。駐在員の奥様として北京にやってきた人も当然いるし、自分自身が駐在員という人もいる。駐在の奥様でもだんな様が外国人というガア子さんやNさんみたいなパターンもある。このほかにも現地採用の人もいるし、私みたいにどれにも当てはまらない人間もいるのである。それが一緒にティーパーティっていうのは、日本にいたら成立し得ないのかもなあ、なんて思う。ひとまず「ある異国に住んでいる」というキーワードでつながれるのだから。それにしても、ガア子さんはホントにもてなし上手。ブログで三枚目なところを強調しているものの、実際、タダモノではありません。場の和ませ方、手作りのスコーン&サンドイッチ、おいしいケーキの手配、そしてお土産の準備と、ホステスとしてがっちり私たちの心をつかんでしまいましたよ!気が付けば6時。それぞれ帰宅の途に着く。柳の綿が飛び交う北京の中にまぎれる。私は目の前のバス停から28番のバスに乗る。押し合いへし合いしながら。全然北京じゃないガア子邸。でもやっぱり外は相変わらず北京だったな・・・。アフタヌーンティーとは?http://www.uikoakagi.com/cook/japanese/page1/tea.html林 望著「リンボウ先生の閑雅なる休日」母の日のプレゼントに、英国紅茶でリラックスタイム
2007.04.22
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このところ砂埃と乾燥で、せっかくあったかくなっても外に出るのがうんざりだったけれど、久々に穏やかな土曜日である。取材も兼ねて、ライターのIさんとランチに出かける。そのままその店でインタビューと思っていたら、奥のソファー席にかけるのを店が拒んでしまったので、結局一旦外に出ることになる。そしてついでにオープンしたてのデパート・新光天地に赴く。工事段階で外観が現れてから感じていたのだが、北京でこれだけ見るからにデパートの顔をしたデパートはなかった。そう思っていたら、中も日本人が期待するデパートとして設計されていた。・デパ地下とフードコートが併設されている。・エスカレータの昇降の動線がちゃんとくの字。 ※こっちのエスカレータのほとんどは、一階上がると 反対側に回り込んまないとエスカレータに乗れない。・フロアにムダな柱がない、不思議な扉がない、謎の壁がない…etc。スムーズにワンフロアがつながっている。そうそう、デパートって普通こうだったじゃない!と大いに感激する。おまけに日本のデパートみたいにギャラリースペースが完備され、最上階には高級レストラン街がある。(消防の関連で、オープンに間に合わなかったらしい。)こんな、人工雨の降るアトリウムも。ついでに、大好きだったのに日本から撤退してしまったCLUB MONACOがあり、NARA CAMICIEも出店している。そんなことで、大して期待していなかった私からすると、上出来である。五つ星ホテルでも腹出しOKな北京で、ようやく下手なカッコして行けない場所ができたという感じがした。Iさんとふらふらしていたら、次々に知人・友人の日本人女性に遭遇する。店に入ればそこに、エスカレータに乗れば後ろにで、にわか名刺交換会になる。デパートは圧倒的に女性の心をそそる場所なんだろうなあ。誰に会うか判らないってことでも、気ままな格好しない場所ができたってことかな。しかし問題なのはこれから。いい店を見つけるたびに、「撤退しないでほしいよね~」なんて思わず危惧してしまうのは、北京の消費傾向が、イマイチ私の必要としているものと合致していないからなんだよね。北京初お目見えのブランドがあえなく撤退して、そのあとにダサダサ・ドメスティックブランドが入ったり、今は白を貴重にした清潔感いっぱいの売り場が、赤と金の中華カラーにごてごて装飾されて、数ヵ月後には見る影もない・・・なんてのは、余りに悲しすぎるもん。果たしてどのくらいのテナントが踏みとどまってくれるのか。さて、どーでもいいんだけど、でもすごーく気になることが一つ。地下に、日本の商社が手がけた和菓子のお店がある。そこで某有名メーカーのカステラが販売されているのだが、これが不思議だ。箱の表に“5枚入り”の文字があり、ショーケースの中に箱の隣にサンプルのカステラが飾ってある。ところがどう考えても、カステラを5枚分の幅よりも箱の幅が広いのである。・・・ってことは、脇に空間が?疑問なので店員に尋ねるが、彼女も箱の中を見たことがないので、幅の違いがなぜだかわからない。どなたか調査を! 日本のメーカーが箱にすき間作ってるってショックだな。おまけにプレーン、抹茶、チョコの3種類それぞれが1箱23元なのに、3つ詰め合わせになると値段が90元に上がる。って、包装用の箱が21元ってこと?日本人としては、解せん。
2007.04.21
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先週金曜日に、以前使っていた磁気に問題があるはずの銀行カードで500元をおろして以来、手元に新しい現金を手にしていない。幸いにして今週はそれほどお金を使う予定がなかったので、どうにか他人からお金を借りずに一週間を乗り越えられた。ようやく銀行に新しいカードをもらいに、再び中国銀行本店へ行く。ここの銀行は本当に客が少ない。待ち時間が短い。10分待てば、ゆうに順番が回ってくる。前回書き込んだ申し込みの控えとパスポートを渡し、銀行のおねえさんが手続きするのをしばらく待つと、新しいカードと、そのカード用の新しい暗証番号が渡された。やっほー、これでお金がおろせるぞー!ということで、銀行内にあるCDに直行する。カードを入れて、暗証番号を押す。押すが、反応がない。そのままカードが出てきてしまう。もう一回チャレンジ。でもやっぱりカードが出てくる。な、なんで?だって今、暗証番号登録してくれたんじゃないの?近くに案内係のおねえさんがいたので、「暗証番号を押しても反応しないよ」と言ったら、案の定、この言葉が返ってきた。「整理券とって、また並んで」。・・・また並ぶのかぁ?ほんとにここで感謝したいのは、中国銀行の本店に客が少ないこと。今度は5分も並ばないうちに順番が回ってきた。ほかの支店みたいに、一回カウンターから離れたら1時間待ちなんて状況だと、ホントに発狂しちゃう。だって、暗証番号が反応しないのは私のせいじゃあないのに、なんで私の貴重な時間をこんなことに使わにゃならんの?って思うじゃない?一瞬カードを作ったのがここでよかった、と思った。カウンターのおにいちゃんに事情を説明したら、今カードに記憶させている暗証番号を取り消して、新しい番号を入れる手続きをすると答えてくれた。10分足らずで手続きは完了。再度CDで現金の引き出しを試みる。お、今度は出たぞ!こうでなくっちゃ。でもねえ、うちから西単まで出てくるのって、下手すると半日仕事なんだよね。あのままカードを確認せずに帰宅して、近所の銀行でお金おろそうとしたらおりないって発覚したとしたら・・・。中国4千年の歴史って、単に時間の浪費か?と思う瞬間である。
2007.04.20
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キャッシュカードの磁気がイカレてるのが判明して、作り直しを要求したら、口座を開いた支店じゃないと作り直しできないと言われた。一時帰国を挟んであれから2ヶ月。中国銀行本店に乗り込む。中国銀行本店に足を踏み入れたのは、このカードを作ったとき以来、3年ぶり。正確に言うなら、口座を作ったのが北京に来て3日目。2月14日のことだったから、3年と2ヶ月ぶりか。毎度毎度行列で騒がしい中国の銀行の中では、比較的静かで落ち着いている。10分程度の待ち時間で私の番が来て、窓口の担当者と中国語でやり取りをして、次の営業日以降に新しいカードの受け取りを約束して、それほど大きな問題もなく、無事再発行手続きは終了した。今でこそこのくらいの手続きはスムーズにできるようになったが、実は前回、3年2ヶ月前にここに来たときはそりゃもう大変。ほとんど中国語が話せないのに、たった一人で中国を代表する銀行の総本店に乗り込むわけだから、我ながら無鉄砲なヤツである。そもそも当時何で中国銀行本店で口座を作ろうと思い立ったのかというと、手元の人民元をどこかの銀行に預けたいと想ったのだが、そこいらの支店では中国語以外一切通用しなくて口座が作れず、本店なら英語くらい通じるだろうという思い付きがあってのことであった。ということで当時のあの日を振り返る。中国銀行本店はでかい。ガラス張りの大きな南側入り口から入れるのかと思いきや、門衛にそこではなく、あっちへと指示され、西口へ回る。西口を入ると、カウンターのところにまた門衛さんがいたので、「我想作活期存折(銀行口座を作りたい)」というメモを見せたら、奥に続く廊下を指差して案内してくれた。そこをしばらく進むと、銀行カウンターが丸く囲むホールに出る。何をしていいのかわからないので、またそこの警備員に「我想作活期存折」のメモを見せたら、指差して用紙を書けと指示される。なんとか書いたら、窓口へ。ガラスをはさんだ向こうにいたのは、ちょっとふっくらしためがねをかけた30過ぎの小太りの女性行員。彼女に申し込み用紙と、パスポートを渡しながら、片言の中国語で「口座を作りたい」と伝える。私の渡したものをもとに彼女は口座手続きを始めたが、しばらくして彼女が、何か言い出した。用紙に書いた、当時使っていた国際携帯電話の番号はダメだといっているらしい。とはいえ、自分の部屋の電話番号は記憶していないし、この番号以外書くものがない。ここであらん限りの中国語の能力をふりしぼり、「これは国際携帯の番号で、世界中どこにいても私につながるのに、この番号ではなぜだめなの?」というようなことを何回も繰り返して言ってみた。そりゃもうむちゃくちゃな何語か不明な言語でわめいている私を見て、銀行員は観念したのか、ちょっといやな顔をして記入用紙を窓口に戻させ、携帯番号の前に北京の市内番号“010”を加えて書いた。そ、そんな手があるのか。私の電話番号は架空である。またしばらくするとまた彼女が何か質問してきた。何?音だけ聞くと「バンカー」と言っている。バンカー? バンカーって何?率直にそう聞き返したら、私の様子にいらついたのか、「あんた、バンカーってのはこれよ!」と言って、銀行カードを出してきた。おお、そうかBank Cardか!だったら英語らしくそう言ってよ、とそのときは思ったのだが、後になってあれはBank Cardではなく、中国語の“弁(上/下)”(バンカー=カードの手続きをする)であったと知る。彼女は「キャッシュカードも一緒に作るか?」と聞いていたのである。しばらくしたら今度は彼女が窓口から表を閉じた紙を渡しきた。そしてこう言う。「■$※▲%◎?」当然ワタクシ、????? ・・・な、何?それ、何?ということで、また繰り返して言ってもらう。が、かろうじてききとれたのが「ミーマー」という言葉。でも、でも、・・・・・ミーマーって何?またおばかな私は素直に聞く。「ミーマーって何?」すると、行員は本当にあきれてしまったらしく、一旦私に渡した紙を戻させ、自分でそれを開封して、その中に書かれた数字を指差しながら、「あんた、ミーマーってのはこれよ!」ミーマーって、そーかー、パスワードのことだったのか~。※密碼(ミーマー=パスワード)カードを作るには事前にこの番号を、カウンター脇のテンキーボタンで自分で入力する必要があるのだ。ってことは、このねえさんが知ってしまった以上は、私のミーマーはシークレットではないってことか?銀行員のねえさんに突き返された紙の番号を押す。行員のねえさんの声がとどろく中、すったもんだで約20分。私の銀行カードができあがった。きっと彼女には私は印象に残った客になったに違いない。ご苦労さんでした。しかし、すっかり向こうのペースに巻き込まれ、英語を使うのをすっかり忘れていた。だったら、なんで本店まで行ったんだろうね?そして話を、現在に戻す。カードを渡したら、銀行員が機械にかけて私のカードが使えないことを確認。「もう取り消されてますが」と答えが返ってくる。取り消されるという答えも何で?とびっくりだが、私に問い合わせることもなく、その場で私のカードの磁気部分をはさみで切断してしまった!おいおいおいおい!いやあ、念のために直前にお金500元下ろしておいてよかった。でないと週末、どこにもいけなくなるとこだったわ。言葉が通じるようになったとはいえ、あなどれんね、中国の銀行は。それにしても、取り消しされてるカードで何で金が引き出せたんだろ?その謎は解けないままだが。
2007.04.13
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私がいまだ青年の部類に入るか否かは自分でも疑問だが、去年に引き続き、「日中青年交流会」に参加した。日本語の理解できる中国人と仕事をし、私がむちゃくちゃな中国語でしゃべっても「うん、xiaomiの言いたいことはわかった」と、予測して立ち回ってくれる気の効く中国人に囲まれ、ありがたいと言えばありがたいのだが、私の本心は間違った中国語を改善してくれよってことなのに、そういう気遣いが彼女らにないのが悲しい。よよよ。よって私の中国語はいまだ大学留学時代と差不多(チャアブドゥ=おんなじくらい)。こんなときくらい中国語を話さねば・・・と思う。今年も受付でくじ引きをし、グループに分けられる。な、なんと、去年中国に来て初めて出会った中国のxiaomiと同じグループになる。「私のこと覚えてる?」って聞いたら、「覚えてるわ~、久しぶり~」ってな返事が。同じグループになった日本人は私のほか4人。しかし、私より中国語が話せそうな人がいない。なんか私が仕切らんといかんのか、まずい。最初にグループごとに日中交流に関するディスカッションをさせられたときは、誰も発言しないので、結局私がテーマを決めて話させることに。おまけに同じグループに、こっちに着いてまだ10日という日本人の女の子がいて、彼女のために通訳。そのようなことで20分のディスカッションタイムは、ほぼ8割が意見を言わぬまま終了となる。その後、日中の参加者の出し物が。本格的日本舞踊「老松」。あの音楽は常盤津(ときわづ)だったのか。いまだに無知であった。中国側の「相声」(中国漫才)も。比較的わかりやすいネタで、私にも聞き取れた。その後はなんとなくみんなでおしゃべりしていたのだが、同じグループにいた北師大のJくんから突如、こんな発言が。J:「さっきから、xiaomiさんは僕の話をうなずいて聞いてくれるけど、 様子を見ていると、僕の言ってることに同意してるって意味じゃないんだよね?」私:「そうねえ、『あなたの話は聴いているよ』という表現なんだけど」J:「中国人がうなずいて聞いているときは、 『そうそう、あなたのおっしゃるとおり』っていう意味。 でもxiaomiさんの返事は時々僕の発言とは反対意見だったりするから、 ちょっとやりにくいよ」そーかー、中国人にとって“うなずき=同意”なのか~。そして、私はそんなに気になるほどうなずいていたか~。確か反日デモの頃、町村外相(当時)が唐家センの隣で、椅子に浅めに腰掛け、首振り人形みたいにうなずいて話を聞いている映像を見て、「おいおい、ウチの外相ってなんか全然迫力ないぞ。中国にいる間は首振りしちゃいかん!」って思ったはずなのに!・・・・・。そんなこんなで3回目の「日中青年交流会」は幕を閉じた。ちなみに中国の多くのメディアが取材に。簡単だけど、新京報もこの通り。http://news.thebeijingnews.com/0565/2007/04-09/015@014115.htmちなみにこの記事を書いた記者さんは、先日しゃおりんさんを取材した人で、当のしゃおりんさんも取材に来ていて、その後の快板の進歩も話題にのぼる。それから、この日、日中二ヶ国語で司会をしていたバイリンガル・天天さんも、お疲れ様でした。
2007.04.08
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さて、もう何度か書いたが。人間ドックに入って特に至急に治療しなければならないものは何もないのに、よく胃腸の調子がよくないのはなぜだろう?なんだか騙されているような。うーん、西洋医学は信用できんなあと思い込んだ私は、そこで北京に帰って中医(漢方医)に通うことを決意した。とはいえ、さほど中医に関する知識なぞ何も持たず。以前、取材で自らが実験台になって医師のもとに通い、原因不明の咳が治ったというKさんの情報を頼りに、中医薬大学の国医堂に行ってみることにした。中医薬大の正門は本来北三環路に面しているのだが、工事されていて、中国ではおなじみ問答無用に立ち入り禁止。三環路沿いにある“別の”国医堂(どう組織が違うのか判らない)で訪ねたら、和平東街の通りを北に上ったところに西門があるから、そこから入れと教えられる。鉄製の囲い挟んで目の前にある国医堂までぐるっと回って10分、ようやく目的地にたどり着く。受付で「掛号(グアハオ=診察申し込み)したいんですが?」と言ったら、「どこの先生の?」と訪ねられる。「X教授です」と答えると、「15元ね」と言われお金を払う。「じゃあ、隣の部屋に行って待って」と受付のねえさんが言うのだが、扉がずらっと並んでいて、初診の私には何のことやら。しばしぼっとしていたら、受付ねえさんが、「あんた、このレシート持ってかないと受診できないよ」と受付に置いたままのスタンプを押したレシートを指し示す。そーかー、レシートがいるんだな、とまたぼっとしていたら、後から掛号したおっちゃんが扉を開けて中に入っていった。中にはなんだか人がいっぱいいるんだけど、ここに私も入れってことか???モノは試しなので、私も中に入る。部屋の左隅に大きな机があって、その奥にKさんのWEBレポートで見たX教授が座っている。その周りにも白衣を着た人が数人陣取っていて、しきりにメモをとっている。教授のところの学生らしい。人がいっぱいいるのは患者じゃなくて、学生か。さっきのおっちゃんはその中央の椅子に腰掛けて病状を説明している。後ろのほうに控えていた学生が、私を見て診療用ベッドに腰掛けて待つよう促すんだけど、ベッドの上には学生のリュックサックが放りっぱなし。どけてくれるのかと思ったら、どけてくれない。そういうとこが中国人なんだよなあ~。リックをよけてお尻を乗せる。さて、いよいよ私の番が回ってきた。「どういう症状なの?」と教授がたずねるので、胃腸の調子が悪いとか、冷え性だとか説明する。脈をとって、舌を見て、おおまかに私の健康状態を理解すると、今度は周りにいた学生たちが、私の脈をとりはじめる。左右どちらの脈も。それも代わるがわる。さらに彼らからの質問タイムが続く。「歯を磨いたら、血が出ない?」とか、「眠れているか?」とか、「口の中は苦いか?」とか、あっちこっち部屋中から質問が飛ぶので、「私、教材になってるなあ」感が高くなる。そんなときも誰かが私の脈をとっているのであるよ。ひとしきり問診が終って、教授は学生に、必要な薬の処方箋を書かせ始めた。その処方箋をもらったら、今日の診断は終わり。そして薬をもらう手続きに。さっきのおねえちゃんのいた隣のレジで処方箋を提出して相当の薬代を払う。今回は190元程度。その後、薬カウンターのおにいちゃんに処方箋を渡す。うちで自分で煎じる場合はそのまま薬を持たされておしまいなのだけれど、部屋が薬くさいのはご免である。そこで煎じてもらって翌日受け取りにしてもらうことにした。そして翌日。薬を受け取り、ふとんに入る前に飲む。飲んだ。飲んだよ。・・・・・飲めたよ、あっさり。中薬経験者のほとんどから「苦くて飲めたもんじゃない」と言われていたので、どんなに苦しいかと思っていたけど、飲めた~。いやぁ、胃カメラのほうが全然つらいぜー。胃カメラ飲むなら、中薬100杯飲む、ワタシ。たまたま最初の処方の薬だけ苦いのかと思っていたけど、今週もらった二回目の薬もなんともなかった。むしろ一回目の薬より飲みやすいぞ。飲みやすいってのは、それだけ私の身体が悪いってことなのか?まあ、飲めることに越したことないけどね。
2007.04.04
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一時帰国中に人間ドックに入った話は以前に紹介した。息も絶え絶えになりながら呑んだ胃カメラによれば、潰瘍も見つからないし、ピロリ菌も飼っていないらしい。他の箇所も特に大きな問題は抱えたところはナシ。しかし、右の掌にはあいも変わらず健康を害しているサインが出ているし、北京に来て以降、疲れるとすぐ眠くなるし、マッサージに行くと、必ずと言っていいほど、背中と肩の硬さが危ないと指摘される。ということで、腹をくくって、自分のための「健康回復運動」に乗り出す。そりゃもう中国ならでは!っていう手法で。それも、しばらくは私の消費の最優先事項に。最初に出かけたのが、「整体」。日本だと「中国整体」なんて文字が、不健康な身体の持ち主の心を強く引き付けて止まないのだけれど、中国に来て私は知ってしまった。中国人に整体と言ってもほぼ通じないことを。つたない中国語で中国人に「曲がった骨を正常な位置に戻す医術」とか、「骨格を調整する健康法」とか説明するんだけれど、「それは推拿(トゥイナ=マッサージ)じゃないの?」と言われて終わり。「骨の位置をずらしてゴキゴキやるの!」と言うと、「こーわーい!」と顔をしかめられて終わり。マッサージ屋でも「整体」「骨を調整」と説明しまくってもわかってんだか、わかってないんだかっていう反応しか返ってこない。本当にアレは「中国整体」なんだろうか・・・?以前に日本人向け美容サロンで「骨盤調整」なるものがあって、これがかなり気に入っていたのだが、2回通ったところでいきなり「経営者との意見の違いで、店を閉めることになりました」との宣告が。その後自宅のそばの中医に通ったときに、薬と併せて整体をしてもらったことがあるものの、海外保険は慢性の症状の治療に対応できないので、途中でやめざるを得なくなった。以後私は北京の街で整体難民と化す。そして背骨は曲がり放題。あれから約2年。ようやく整体らしきものができる店を見つける。店内は由緒正しき中国医院の雰囲気。お迎えしてくれるおじさんもおにいさんも白衣をまとっている。聞くとそこの先生は日本で4年整体を学び、その後アメリカで4年カイロを学んだらしい。っちゅうことで技術は3カ国のコラボレーション。日本人の客が多いようで、駐在さんなのか出張者さんなのか、おびただしい数の日本人の名刺がテーブルの上に置いてある。その後、おにいさんの先生に脈をとってもらい、舌と目の白目の部分を診てもらう。私の骨格がおかしいのは、もうずいぶん昔にパラグライダーをやっていて、着地したときに右腰ひねったのをそのまま放っておいたのが元凶。それが影響して、首が曲がって、左の骨盤が出ていて、しょっちゅう右足がつる。かなりマズイ。案の定、腰を集中的にマッサージ。右腰は触られるだけで、ひーっ!って状態。左右の腰を入念にマッサージしてもらったせいか、徐々に痛い感覚は薄らいで行き、涙が出るほどの状態ではなくたった。それを見越してか、おにいさん先生はもうひとつあるベッドに手招きして言う。「横になって」。左向きに寝ると、私の片脚をくの時に曲げ、腕を前で組ませて、反動をつけて私の身体をねじる。ゴキゴキゴキ・・・。腰から派手な音がした。でも痛くない。「はい、反対」。右向きに横になると、同じように勢いをつけてねじらせる。ゴキゴキゴキ・・・。うーん、気持ちいいほどでっかい音。そんな感じで今度は、仰向けになり、首やら背中やらをゴキゴキしてもらった。「あなたの曲がり具合はかなり重症ね、続けて来ないと元に戻るからね」と言われ、あれからすでに4回も通っている。だいぶ正常な位置に骨が戻ってきたようだけれど、もうちょっとちょっとな感じである。早いとこまともな状態に戻して、右掌の横線が消えてもらいたいものである。そして中薬編へと続く。
2007.04.02
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