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人間ドックに入った。胃カメラ、きつかった・・・。麻酔が効いて、全然大丈夫って言ってたのに、全然ダメじゃん!・・・虫の息、気が遠くなったよ。どうやらこんなに激しい反応をする人間は珍しいらしく、先生が驚いていた。という割には胃袋はきれいで、傷もなければピロリもいないってことらしい。しかしな、しょっちゅう胃がムカついてるんですが。ごにょごにょするんですが。血液検査も心電図も、血圧もなんら問題なし。でも、なんか体調、よくないんですが。中国行ってから明らかに。西洋医学の数値じゃ、私の体調不良は説明ができんらしい。ここはやはり北京に戻って、中医を頼るべきか。人間ドック終了後、栄養士による栄養指導を受ける。事前に提出した書類をもとに、栄養士さんが私の食生活のバランスシートを作成する。そして問診。栄:「牛乳とチーズの箇所がとっても低いのですが、お嫌いなんですか?」私:「いえ、もともと好きなほうなんですが、 実は私、中国に住んでまして、信用してないんですわ、中国の牛乳。 抗生物質たっぷりで」。栄:「おやつは、和菓子が多いですか?洋菓子ですか?」私:「あの~、基本的に和菓子はありません」栄:「朝ごはんはパンしか召し上がらないのですか?」私:「いえ、パンも食べますが、 書類に包子(肉まん・あんまんの類)って項目(選択肢)がなかったもので・・・」・・・なんだか話がかみ合いません。逆に私もこんな質問したりして。私:「豆乳と野菜ジュースを一緒に摂ると胃がもたれるんですが、 飲み合わせが悪いんでしょうか?」栄:「いや、特にそんな話は聞いたことありませんが」。中国にいると、食べ物と言えば「上火」とか「去火」とか、陰陽の話ばっかりで、こういう数値で表すのを見ると、同じ食べ物の話してるのにずいぶん違うなあって思う。最後に弁当が出た。刺身に、ぶりの照り焼き、いかの和え物、えびのてんぷら。確かに海のもので肉よりはいいんだろうけど。で、野菜が少なすぎ。・・・これだけ食べると「上火」になるぞ。
2007.02.22
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11月の末、母から国際電話がかかってきて、次の誕生日で運転免許の更新手続きをしないといけないと知らされた。前回、ゴールド免許をゲットしたので、あれからもう5年もたっちゃったのかとびっくりである。本来なら私の誕生日は、太陽暦の年末。制度が改正されて誕生日の前後一ヶ月のうちに更新手続きしなければならないのだが、仕事のスケジュールを考えると短期間しか帰国できないし、また春節に帰国なんてやると飛行機代がバカにならないので、どうしよう…と思っていたら、ある人から、海外にいて更新手続き期間中不在の場合、書類さえ揃えておけば多少遅くなっても更新が可能であると教えられる。おっ、ラッキー!ということで、今回安心して春節に帰国。手続きに向かう。ちなみに必要なものは、・パスポート(滞在国の出国スタンプと日本の入国スタンプ)、・住民票、更新手続き通知はがき・前回の運転免許証・証明写真1枚・更新手続き手数料ちなみに免許が失効している状態なので、車の運転はできない。父に免許センターまで送ってもらう。「失効」手続きのカウンターに並ぶ。そこのカウンターは「国際免許変更」も兼ねているので、外人が多い。インド人っぽいやつ、ロシア人っぽいやつ。東洋人だけど英語でコミュニケーションする集団…etc。こんな田舎にこんだけよく外人がいたもんだな。それは置いておいて。カウンターで渡された書類を数枚書いたら、それを持って、通常の免許更新の順序で回るよう指示される。手続き料金を払い、視力検査して、データ登録をして、写真撮影をして、30分の講習を受ける。ところが私は受講前に「受講後、1階の更新変更手続き窓口へお越し下さい」の札を渡され、他のゴールドカードの更新の人たちと別コースを取ることになるらしい。ま、失効だし。ということで、無事お話は終了。「では、みなさん、運転博物館へ移動下さい。その後、免許をお渡しします」という教務官の言葉に従い、ぞろぞろ教室の外に出ると、「はい、あなたは1階に行ってね。エレベータだと速いからね」と私だけ違うところへ行けという指示が出る。そして、1階の更新変更手続き窓口へ。窓口のおじさんに札を渡したら、すぐに私に新しい運転免許証が手渡される。平成24年1月29日まで有効の文字。ちゃんとゴールド。手数料がちょっと高くなるだけで全然問題ないじゃん。おまけに教室を出てから交付までの所要時間わずか3分。一緒に講習を受けた人はまだ、運転博物館だ。正常な免許更新より、失効した私の方が免許交付が早い。・・・・・。これって、私的にはありがたいんだけど、…なんか不思議だな。
2007.02.19
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一時帰国した。中国でひいた風邪を引き連れて。幸いにして発熱はしなかったけれど、ノースウェストの機内が異様に寒い上に、気圧の関係で、鼻づまりがひどくて苦しい。おまけに機体が降下するときに、右の耳の鼓膜が急激の気圧の変化に対応できず、悲鳴に近い音と激痛を発する。あくびをしても空気が抜けない。ようやく降り立った久々の日本のにおいも嗅げず、音も遠ーい。リムジンバスで一旦都心に入って荷物をコインロッカーに預けてから、デパートへ直行する。そして北京で買えないものを買う。例えばスカート。確かに北京でもスカートは売っている。でも欲しいと思うスカートはあんまりない。少なくとも仕事では使えない。おまけにあってもバカみたいに高いなんてザラだ。北京の繁華街を脚を棒のようにして歩いても手に入らなかったものが、日本のバーゲン会場でいとも簡単に手に入り、さらにはくらくらするほど安かったという経験を踏まえ、この半年、スカートというものには一切手を出さなかった。その反動か、売り場に行くと、目移りして選べない。ご存知の通り、北京の冬は寒い。おまけに中国人は足腰を冷やすのが大嫌い。そんな中スカートなんか履いてたら、目だってしょうがない。よって私も研修のあるとき以外はスカートを履かない。変な話だが、スカートを買って履くのが日本での楽しみの一つだった。翌日、早速購入したスカートを履いて出かけることにする。今回東京が異常に暖かいと聞いていて、北京からコートは持ってきていない。外套と呼べるようなものは、ショート丈のレザージャケット一枚くらい。出掛けの私の姿をみて、東京滞在中自宅を提供してくれている中国人Xさんが、「ちょっと薄着すぎない?」と心配するのだが、私はスカートが履けるだけでうきうき状態で、その声が耳に届かない。「いってきます~」と言って、部屋を出て気が付く。・・・なんだかひざが寒い。ロングブーツを履いているからそこは別に寒くない。だけど妙にひざが寒い。外を歩いていて、上半身が寒いと思うことはない。だけどどうしてもひざが寒いのである。な、なんでこんなにひざが寒いの???周りを見るとスカート+パンプスで、私なんかより足元が薄着の女性は多い。確か私も日本にいたときはあのくらいの格好していたぞ。中国女性のモモヒキまではいかないが私も北京に行ってから、おのずと脚を保温する方法をとるようにしていた。たまにスカートを履いても、その上からひざ下まであるダウンコートを着て、即タクシーに乗っているわけだから、ひざを長時間寒風にさらすなんていうのは、ほぼ3年ぶりになるらしい。・・・こ、こんなところが中国人化しているなんて~!そんなことを考えていたら、全身渋谷109系ファッションの女の子二人が、中国語で会話しながら、私の脇をすり抜けていく。・・・・・。スカート履いてるからかもしれないけど、風邪はまだ抜けきってない。止めればいいのに、やっぱり次の日も別の新しいスカートを履いちゃった。ああ、私、こんなにスカート履きたかったんだー。北京の中国人の友達から見たら、何アホなことしてるのって言われるに決まってるんだけど、「おしゃれとは、寒ささえも耐え忍ぶものなのよ~!」という、ピーコの言葉が突如頭をよぎる、暖冬の東京でのそんなひとときなのである。
2007.02.15
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翌日から日本なので、今月のネット代を支払いしようと、中国工商銀行まで行った。ところが、いきなりシステムがダウンした。 それも、40分ならんでやっと私の番が回ってきて。 「ちょっと待ってて」と窓口の銀行員に言われて、 待つこと15分。 銀行全部がダウンしちゃったらしく、いつ回復するやら不明。 仕方がないので、一旦自宅に戻る。 前日からまた風邪をひいてしまって、できれば動きたくないけれど、 その日のうちにネット代を払わないといけないので、しょうがあるまい。送りたいメールを処理して、再度でかける準備をする。しかし、そのままネット代を払わずにいると、北京に戻ってみたら止められてたってのが考えられるので、近所の中国銀行に行ってみる。たしかあそこは銀行カードで、電話代やら電気代やらが支払いできる機械があるはずだから。早速カードを読み込ませる。読み込ませる。読み込ませる・・・。しかし。画面に表示されるのは「読み込めません」の文字。どういうこと?そこにいた保安((警備員)になぜ読めないかたずねてみる。保安は別の機械に私のカードを入れてみる。が、そこでもカードは使用不能。「じゃあ、窓口で聞いて」と保安が私に整理券を渡す。すごすご従う私。しかし、午前中に工商銀行がトラぶったからか、単に春節が近いからか、いつも静かな銀行が混みこみ。私の番が回るまでに20人はいるぞ。なんとなくパスポートと通帳が必要な気がしたので、また自宅に引き返し、それらをカバンに入れて、中国銀行へ戻る。あと数人で私の番という番号まで回ってきていた。そして銀行に来てから約1時間、やっと私までたどり着く。早速窓口のおねえさんに向かって言う。「二つ聞きたいことがあるの。まずこのカードに問題がないか調べて。お金を出すのには問題ないんだけど、あの電話代を払う機械でエラーが出るから。」私のカードを受け取って機械にかけるおねえさん。かける、かける、かける・・・。銀:「このカード、磁気がイカレてるわ」私:「じゃあ、新しいの発行して」銀:「それは、このカードを発行した銀行まで行かないとできない」え!?ってことは・・・口座を作った西単の本店まで行けってことか~!時計を見れば、既に4時10分、営業終了に間に合わないじゃない!!明日から日本で、銀聯でお金引き出す予定なのに、カードがいかれてたら使えないじゃん!ひとまず、間に合うか行けるだけ行ってみよう。渋滞の東三環南路を抜けて、国貿で地下鉄に乗り換える。西単に着いたときには5時まで残り数分・・・。「下班了」。本店の門衛が私に言い放つ。私、悔し紛れに聞く。「何時で?」「5時」・・・ホンの数分遅れただけじゃん。でも、不思議なんだよ。試しにそこらにあるCDにカード入れたら、お金が出て来るんだよ。指定どおりの金額が。なんでやねん。実は、前日体調悪くて、飲み会休みました。姪の土産を買う以外は自宅でゆっくり荷造りするつもりでした。自宅周辺をぐるぐる歩き回って、挙句に西単まできて・・・今晩熱出して倒れて、翌日飛行機乗れなかったら、あんたらのせいだからね、中国工商銀行!中国銀行!
2007.02.12
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なんと12日で、北京生活3周年である。いつの間にやらと思うのだが、以前、中国歴10年選手のI氏が「ほんの1年のつもりで留学、いつの間にやらもう10年~」と歌っているのを何となく聞いていたら、ホントに1年のつもりで留学したのが、こうなっちゃったんだから。そういえば、3年前、北京は寒かろうと母が持たせてくれたババシャツがべろべろになっていた。北京のアルカリ性の水にさらされ、くたくたになった姿に3年の年月の流れを感じるのである。合掌。今、3年前を振り返ってみる。“私の財産”とも思っていた西新宿のマンションががらんとなった様子に感傷的な気持ちになり、空港へ向かうときの景色に感傷的になり、友人からもらうメールに感傷的になりで、自分で決めておきながら、何で私は中国に行くんだろう???と今更ながら“チャイナ・ブルー”になった。なんだかすべてが幻みたい。中国東方航空に乗ってるのも幻みたい。でも目の前の座席のシートカバーに「波司登(bosideng)」って、ダサダサな中国ブランド名がプリントされているのは現実だけど。一方機内サービスで出されるコーヒー飲んだら、これからもう中国が始まってることを意識せざるを得なくなった。だって、まずすぎ・・・。夜、北京空港に着いたら、友人の友人の運転手のLさんという人が私の名前を書いた紙を持って待っていてくれた。当然、中国語しか分からない。挨拶くらいはできるが、一切何をいっているかが聴き取れない・・・。車の中でも何度となく話しかけられるが、何がなんだか。。。車を走らせるうちに、Lさんは私が留学する大学の場所を知らないことに気が付いた。地図を見せたが、大学を見つけられない。何度も何度も車を降りて道を尋ねるLさん。そのたびに「没問題!(問題ないよ)」と言うのだが、こんなに迷っても没問題なのか。しょっぱなから「没問題」がいかに信頼ならない言葉なのかを思い知る。やっとの思いで大学の留学生楼にたどり着いたらすでに11時を回っていた。そこで入寮手続きを・・・と思ったのだが、今度は服務台が何を言っているか解らない。Lさんが助け舟を出しても、それも何を言っているか解らない。こんな夜中に~、一言も反応できない~。その場にいる全員が困り顔でしばし沈黙。すると日本人男性が一人やってきて、手続きを手伝ってくれたのである。どうやら状況に困った服務台が内線電話で呼び出したらしい。ということで、ようやく手続き開始。脇でその様子を見ていたLさんは退屈したのか、私の素性を服務台にバラし出す。仕事は何してただとか、自分の友達の友達なんだとか。・・・あんた、さっき私と会ったばっかりだろ?バラすなと言いたいのだが、まったく反応できない。あ“~もどかしい。そんなこんなで荷物を部屋に運びこみ、入寮完了。Lさんは手続きを手伝ってくれた日本人のYさんをえらく気に入ったようで、私とYさんを寮のとなりの小吃でごちそうしてくれた。それにしても。見ず知らずの人が空港まで迎えに来てもらって申し訳ないから、せめてお礼にと当時の私がLさんに渡したのが、トイスチャーのシャンパントリュフ。・・・北京人について本当に何にも理解していない3年前の私であった・・・。
2007.02.12
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数ヶ月前に買った、ニセフェラガモの財布。普通に使っていたら・・・ほれ、この通り。破れ~、ほつれ~、ちぎれ~。ま、ニセモノの実力なんてこんなもんでしょ。これじゃあ、お金が貯まるわけないぞ。これに懲りて、ちゃんとしたのを買えばいいのに、ヘンなところが負けず嫌いで、リベンジに行っちゃうのよ、秀水街に。ニセClhoeの財布が出ていたので、店のおやじに値段をたずねる。「320元」。(1元=約15円)おい、冗談でしょ~。だったらいくらかとたずねるので、「20元」って言ったら、おやじが怒った。いや、3ヶ月で破れてくるとしたら、それが限界でしょ。もっと安くても元手は取れてるはずなんだからさ。なんで怒られなきゃなんないのよぉー。別にブランド好きでもなんでもなくて、どうもこっちの財布のデザインがダメで、回避策として使っているだけなんだけど、ニセ財布はホントに耐久性がないなあ。別の店の販売員の女の子が、「何ヶ月かもつんだったら、それで十分よ~」なんて言い放ってくれるのを聞いて、ますますオイオイオイ・・・ってなっちゃう。ここの理論はどうなってんだよ。
2007.02.06
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中国版ogge『今日風采』を買ったら、こんなタイトルの記事が。“国際社交淑女風潮正流行”要は、これから世界中の国の人と交流するにあたって、レディーとしていかに振舞うべきかという内容で、「アメリカ式社交」「イギリス式社交」「フランス式社交」を紹介している。日本式ってのはナシね。どれもふぅぅ~んというのが率直な感想である。これを読んでいると、押し寄せる外国文化の波にテンパっちゃってる中国のかわいいホワイトカラーの女の子たちを想像する一方で、よその国からしても、中国人の習慣って解せない~ってもんなんだろうなというのが推定できて、新鮮なのである。おもしろいって思ったのをいくつかご紹介。各々の注意点が書かれているにもかかわらず、むしろ中国人が垣間見えるよ。「アメリカ式社交」にて。・アメリカ人に贈り物をする場合、高価なものを送ると賄賂と疑われる恐れがある。…どど~んと見栄はっちゃいそうな人、いなくもないかも。・プレゼントを贈るなら、小さな盆栽か、花束が適当。…盆栽???・イブニングパーティーに旗袍(チーパオ/中国女性の民族衣装)を着ていくと、 保守的なイメージを与えるので着ないこと。…ホントか?>アメリカ人「イギリス式社交」にて。・イギリス人は行列の習慣があるので、乗車のときも買い物でも、割り込みしてはならない。…やっぱ、割り込むかね?・男性の給与や女性の年齢を尋ねてはならない。室内の家具がいくらかも尋ねない。…私も何度、日本にいた頃の給料と年齢を質問されたことか。・値切れない。値切るのは恥ずかしいことである。 貴重な芸術品は、売り手とよくよく相談して値を決めること。…中国に長くいると、何でも値切りそうになる。要注意。「フランス式社交」・プライバシーや政治問題、仕事、お金の話をしない。…果たしてプライバシーの意味がわかるのだろうか? この点、中国人とフランス人は対角線上だよなあ。・フランス人はやたらに人を褒めないので、なんでも褒めすぎない。・退散する時間を考えること。度が過ぎると、費やした努力が気泡に帰すことも。…確かに、帰れというまで居座りそうな気がしなくもない。・パーティに出席する場合、フランス人は時間と正式か否か、 環境などを考えて着るものを考える。 安易にスパンコール、プリント柄、レースを使わない。…うん、放っておくと、全身ぎらぎらでやってきそうな・・・。記事を読んだ限りでは、中国人がもっとも付き合いづらそうなのはフランス人らしい。決まりごとは多いし、相手になんでも尋ねちゃダメ、相手の表情から要求を探れってね、まるで日本人じゃん。ってことはフランス人と日本人は似てる?まさかぁ。しかし、いろいろ書いてありながらも、これって中国にいる外国人との社交っていうよりは、現地の社会での社交って感じ。そんなに海外行ってパーティに出席する機会があるのか?さらに、それプラス「社交如海派(上海系との社交)」「社交如京派(北京系との社交)」というのがあって、これは、おお、解るかも~の連続である。ご存知の通り、上海で人が集まるってこと=仕事のコネクション作り。ってことで、名刺は絶対持って行け!ってのが鉄則。おまけに身なりには十分注意しろとのこと。着るものもお化粧もバッチリで。さらには微笑を忘れるな。…なんだか解る気がする。で一方の北京というと、着ていくものは案内状に注意書きがない限りTシャツでOK、思想や文化など会話の内容が大切で、礼儀を重んずるべき。虚栄心は捨てろ。…なるほどね。中国人もあっちこっちでコネクション作りで大変なのだなあ。これをフルにマスターしろってのは無理だと思うけど、別に日本だけが堅苦しいルールだらけじゃないじゃん。ねえ。そもそも私、ここに書かれているアメリカ、イギリス、フランスの流儀って正確なのかわからないんだけど。関連の方、チェック願いますっ。
2007.02.03
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昨年、突如停刊という衝撃に見舞われ、一挙に海外でも名を知られるようになった「中国青年報」の附属紙『氷点週刊』。95年に創刊、これまでに中国には全くなかった新しい報道スタイルと視点で、たちまち人気媒体となったこの新聞の、創刊からの障害や苦悩を元編集長自らが綴ったのが、この“『氷点は』読者とともに”(李大同著・武吉次朗監修・久保井真愛訳/日本僑報社)誕生日に、この本の日本語訳を担当した真愛ちゃんからプレゼントとしていただき、遅ればせながら読み始めたら、一挙に読み終えてしまった。報道に対する圧力が大きなこの国で、真摯にジャーナリスト魂を貫こうとする姿には感動。ありがとう、真愛ちゃん。これからもよいお仕事を。
2007.02.01
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