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今、ものすごく反省していることがある。反省しても、どうすべきだったのか思いつかないので、この際、このエントリーで、海外にお住まいの日本人のみなさんはどうしているのかを尋ねてみようと思ったわけである。日本を離れ、早4年。久々に日本で新年を迎える機会を得たことで、ようやく自分がいかにもったいないことをしちゃったのかに気が付いた。何についてかというと、年賀状である。かつての私にとって年賀状とは、自分の近況をお付き合いのあった人たちに知らせる、格好のチャンスで、だからこそ相当嗜好を凝らして作っていたものであった。古いパソコンを立ち上げて2004年までのものを見てみたら、よくもまめまめと、こんなものを作っていたものだなあという賀状で、自分ながらに関心する。ところが、北京に渡ってからが問題。基本的に年末日本に帰ってこないので、年賀状を出さなくなってしまった。ネットがコミュニケーションツールになっているこのご時世、確かにEカードやメールを年賀状できる。でも、これには限界があったのだ!久しぶりに出してみようと、年賀状ソフトに登録されたリストを見て思う。この人たち、今ここに住んでるor働いてるの?さらには、まだご存命なの???なにせ、年賀状を送らなければ、返事もないわけだから、不明になる。私のかつて働いていた職場は異動が多い。毎年毎年一緒に働いていた人が別の土地に行く。おまけに組織再編みたいなこともしているから、メールアドレスだってしょっちゅう変わる。そのたびに相手がお知らせしてくれればいいけれど、そうでもないとアウトだ。加えて、友人知人には、会社を辞める人もいる。持ち家じゃないと、引越しもする。高齢で、PCを使わない方とは、完全に交流が途絶えてしまった。情けないことに、名前をググって、その方たちが生きてらっしゃるのかから確認することになった。幸いにも精力的に活動なさっていたので、年賀状には行き先があった。ググって名前が出るくらいその方たちが有名でよかった。ということで、在外日本人のみなさん、いかがなさっておいでなの?実家に、かつて東京で住まいしていたころの荷物が堆く積まれている。中には明らかに既に使えない物もある。物は捨てられないのに、大事な人間関係を捨てちゃってた私。年の瀬の反省。
2007.12.28
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今月しばらくの間、小高い山の上にある、ネットにも接続できない、ちょっと俗世間から離れた場所に滞在した。そこからの眺めがなかなかいい。めったなことでは行かないところだからあまり多くの人は気づいていないけど、昼間は海が望め、夜景もなかなかきれい。今時の季節の日本海側に珍しい快晴の風景。
2007.12.26
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日本に帰っている間はいつもなのだけれど、食い入るようにテレビを見てしまう。別におもしろいかどうかはどうでもいいような気がする。日本に住んでいた頃にはほとんど関心を示さなかったワイドショーなんかも見てしまう。最終話だけ見て「こんなストーリーだったんだ」と納得するだけだった連ドラも毎週定時に見てしまう。「医龍2」は帰国してから最終話まできちんと見切ってしまった。専門家が見れば矛盾もあるのだろうけれど、あれはあれでドラマとしておもしろかった。こんなにいい視聴者は今時いないかも。特にお笑い番組は本当によく見るようになった。その辺の私の変化をウチの母はとてもよく観察していて、こう言われる。「あんたって、こんなくだらない番組ばっかり見る人だったっけ?」と。4年ぶりに過ごす日本の年末。4年ぶりに見るM-1グランプリ。※公式サイト http://www.m-1gp.com/そしてファイナルに残った3組に、プロ魂を感じてしまった私。計算され、練りに練ったネタとそれを引き出す練習量に、たかが笑いだけれど、アバウトな風吹く中国にいるからか、よけいに感動しちゃうのである。確かに中国にいても笑えることはある。日常生活の中の自然な笑い。中国的な滑稽な笑い。でも意図的に笑わせてもらいたいと思ったときに、確実に笑えるなあというものを見つけるのはなんだか難しい。もっと中国語が聞き取れれば、中国の職人技の笑い、例えば相声(xiangsheng=中国の漫才)を堪能できるのであろうけれど、今のところまだまだ道のりは遠い。そういうことがあってなのか、中国にいて誰かに日本から持ってきてもらう物でうれしいのは、お笑い番組のDVD。考えていることは同じなのか、気が付くと、見終わったDVDは日本人の友人たちの手から手へと貸し出されていく。やはりどこかで純粋な笑いに飢えているのかな。お笑いDVDは、梅干、納豆に匹敵する、海外に住む日本人が渇望するものかもしれないなあ。ところで。敗者復活からチャンピオンに駆け上がったサンドウィッチマン。当日までほぼ無銘だったコンビの、上京して9年、月6万8000円のアパートで共同生活、敢えて貧乏してまで夢を叶えようとする姿勢を、今の中国人は理解できるかなあ。本当の意味で職業選択の自由があの国に浸透するにはあと何年かかるのかなあ。
2007.12.25
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長らく北京に住まいしているので、帰国したとき中華料理なんか食べたくないだろうと思われているようだが、“日本の中華”が食べたいことがある。中華街なんか行く気もしないだろうと思われているようだが、実はすごく行きたいことがある。せっかく来た横浜だもの。行っちゃいましょう、横浜中華街!!私にとって、中国食品の恐怖は中華街とは連動しない。「当店は日本製食材を使用しております」という張り紙をお店が張っているという妙な光景もテレビで見たことがあったので、探してみるのもご愛嬌。日本に住んでいる頃、横浜で時間ができたらみなとみらいでぼーっとお茶でもするか、ウインドウショッピングでもしようとなるのだけれど、北京に行ってから、ああいう賑やかしい人ごみに紛れるのにも慣れてしまったらしい。とはいえ、中国と日本の雑踏の発する気はずいぶん違うような感じがする。しばらくぶりに日本で坦々麺を食べた。中国の坦々面は赤い。日本の坦々面はオレンジだ。でもそれはそれでどっちもおいしい。小島食器店で、姪たちにおみやげの食器を買う。ピンクの唐子のレンゲがかわいい。1つ300円。ミニどんぶりは1500円。それにしてもかつては間口が大きかった小島食器店、裏通りに移動し、ちっちゃくなっていたのがショックだった。北門から石川町駅に向かう途中の、黄金色に色づいた銀杏並木が、青空に生えて美しい。短いけれど、久々楽しい横浜の休日。
2007.12.08
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今思い出してみたら、日本を離れる前の最後の仕事は、横浜の赤レンガ倉庫前でのロケだった。横浜に足を踏み入れるのは、あれ以来3年9ヶ月ぶりになる。その時間のうちに、私の頭の中の記憶と現実の横浜の間には、いくらかのギャップが生まれていた。夕方、八景島の用件を終えて、ホテルをチェックアウトし、高校時代の友人宅を訪問しに宮崎台(川崎市内)に向かおうとした。京浜東北線から乗り換えのために桜木町で下車。友人宅訪問後、磯子の別の友人宅に泊めてもらうことになっていたので、重たいキャリーバックを引きずるは面倒だからと、いったん桜木町の構内のコインロッカーに荷物を放り込んだ。そしてそのまま東急線へ・・・と思って、改札を出て右へ曲がった。ら。ない! 東急東横線の駅が!! 私が駅だと思っていた場所にはガラスで囲われたスペースがあるだけ。。。。。。。ちょっと待った、駅が移動したのか?と近辺の地図を見ても、周囲を見回しても、東急東横線の桜木町駅はない!夕映えの観覧車をホームから眺め、感傷にひたるあのスペースはもうない。なんてこと。またJRに乗り込んで、横浜まで向かう。そこで東急東横線に乗り換える。さて、東横線に乗り込んだ場合、特急で武蔵小杉まで行き、そこでJR南武線に乗り換え、溝の口で再度東急田園都市線に乗り換えて宮崎台にたどり着けるのである。が、東横線に乗り込んで気が付いたのである。車両の出入り口上の路線図に、桜木町から横浜市地下鉄が田園都市線のあざみ野まで延びていているのだということ。そこから宮崎台にに行くほうが早いのだということ。すいません、知りませんでした、横浜の地下鉄が田園都市線に連結していたなんてーーー。すでに日本の都会で機能的に活動できない自分を再認識。ということで、みなさん迷子にならないように、【横浜近郊鉄道路線図】。
2007.12.07
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横浜八景島近辺のホテルからの眺め。房総半島がきれいに望める。もちろん船舶の航行も。こんなところにホテルがあるっていうのも、あんまり気がつかれていないような。
2007.12.06
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