例えば、集談会に続けて来ている人に、「世話役になってもらえませんか」とお願いすることができない。
会員になってくださいとお願いできない。心の健康セミナーに参加してくださいとお願いできない。
お願いしても、相手が断ってきて自分が傷つくことを恐れているのである。
自分が拒否、否定されることに耐えられないのである。
頼みごとに抵抗がない人は、「うまくいけば儲けもの、だめでもともと」という気持ちがあるので、ずうずうしいと思うほど頼みごとをしてくる。
そういう人をうらやましいと思いながらも、自分にはできないと思っているのだ。
他人に頼みごとができない人は、頼みごとの内容よりは、相手の反応に意識や注意を傾けている。
ネガティブで悲観的な取越し苦労ばかりしているのだ。
人に頼みごとができない人は、人から頼みごとをされたときに、はっきりと断り切れないという面もある。これを買ってほしい。飲み会に参加してほしい。
世話役になってほしい。この仕事をやってほしい。
イベントに参加してほしい。一緒に旅行しよう。カラオケに行こう。
自分はその気がなくても、相手の頼み事や提案に対して、自分の意志を明確に伝えることができない。
とってつけたような言い訳をする。強引な相手には、自分の気持ちや意志をまげて、渋々引き受けてしまうような人だ。あとからどうしてはっきり断らなかったのだろうと、自己嫌悪するようになる。
人に頼みごとができない人は、他人からの頼み事は断り切れないという両面を持っている。
このようなことは、常日頃自分の気持ちや意志を抑圧し、他人の言動ばかりに注意や意識を振り向けているから起きるのである。自分を大切にして自分の人生を生きていくという気持ちが希薄である。
他人を思いやる気持ちは大切であるが、その前に最大限自分を大切にする気持ちが大切である。
とことん自分を大切にできるようになることで、逆に人への思いやりも出てくるのだと思う。
そういう人への思いやりは本物であると思う。
どんなにネガティブでマイナス感情であっても、自分の身に起こったことは正しいことだと認める。
マイナス感情だけではなく、ポジティブでプラス感情も十分に味わう。
自分の気持ちや意志を最大限に尊重する。そこを出発点として考える。
ここで「純な心」から出発していくという森田理論が役に立つ。
自分の気持ちや意志は、「私メッセージ」の手法を使って相手に伝えるようにする。
相手が自分の言動によって、どのような態度をとるのかは分からない。
自分に対していやみを言うかもしれない。それは相手の自由だから仕方がない。
それよりも自分の気持ちや意志を相手にはっきりと伝えることができたという面を評価したい。
これが森田でいう「事実本位」の考え方、生活なのだ。ぜひとも身に着けてほしい。
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