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おじ、おばの距離


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2002年08月18日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 身体の調子がはかばかしくないので病院に行ったら、内臓の病気ではないことがわかり安堵した。医院を辞めることの一つの大きなきっかけになった病気になったのがちょうど今頃の季節だったので、あの頃と同じように肝臓をまた悪くしたのかと恐れていたのである。別件で(そのために思い立って出かけたのだが)もらった薬がきついのか、夕食後、起き上がれず横になっていたらいつの間にか眠ってしまっていた。痛みは今も残っていて、日頃意識しない僕の身体が反乱を起こしている。

 僕は人を無邪気に信じるので時に手痛い目にあうことがある。三年前にウィーンに行ったのだが、その前日のことだったからよく覚えている。長く会ってなかったから人からの連絡だったので、なつかしさもあって、時間があったら会いませんか、という誘いに応じることにした。

 最初、「なんか久しぶりですねえ、その後どうですか」となごやかに談笑していたのだが、その人は突然、切り出した「ところで、私、今度こんな仕事を始めたんだけど」とカタログを持ち出してきたのである。この商品をまず買って、次にそれを他の人にも勧めてその人が買えば、その何割かが手に入る…というような説明を始めたのである。えっ、それってねずみ講ではないか、と僕にはすぐにわかったから、もちろん誘いには乗らなかったのだが…「あ、ちょっと待って。携帯が入った…はい、はい、えっ、偶然。近くにいるよ。よかったからきません? (僕にその人のことを僕に紹介し、同席してもいいかという。僕は、別にかまわなかったので、いいですよ、というと)じゃ、待ってますから」と電話を切り、ほんの数分で僕の知らない人が同席することになった。

 おわかりだと思うが、この道の先輩が一緒になって僕に説得にかかり始めたわけである。僕はほんとうに後からきたその人が偶然電話をかけてきて会うことになったのだと信じてしまった。僕がよく知っている知人の名前を出し、懇意にしているというのでなおさらそうだった。

 幸い(相手にとっては不幸なことに)僕はお金を持ってないので、数十万もするようなものを買えるわけはないので断わったら、もう手のひらを返すように態度が冷たくなった。もうこれ以上話したところで時間の無駄だというわけであろう。早々に話を打ち切って僕たちは別れ、その後二度と会うことはなかった。

 一度こんなことがあると人を不信の目で見ている自分に気がつき、愕然とした。僕の昔習った先生の一人はその点、僕と違って人間ができている、と思った。こんな話をその先生に習ったという人から聞いたことがある。

 その先生は哲学の先生で、ラテン語を教えていた。ある年、学生が例年にくらべて優秀であることに気づいた。どんな問題も間違うことがなかった。実はわけがあって、例年講義で使っている教科書にその年から練習問題の解答集がついたのである。ところが先生だけは知らなかった。先生は毎時間「私は諸君のような優秀な学生に教えることができて光栄である」といった。

 学生にしてみれば解答集を見て答えているのだからまちがわなくて当たり前である。それなのに先生が微塵も学生を疑わなかったので居心地が悪い思いをした。普通はこのような場合教師は学生が何か不正をしているのではないか、と疑うのではないか。

 学生を少しも疑うことのない教師を見て、学生たちは相談して、夏休み明けの最初の講義の日に「実は私たちの教科書には今年から解答集がついています。それを見て答えていました」と打ち明けた。





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最終更新日  2002年08月18日 02時35分26秒
コメント(19) | コメントを書く


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Re:人を信じるということ(8/18)  
この「信じる」とか「疑う」という問題は本当に難しいですね…。私も先生と同様で人を信じ易いんです。だから友達には騙され易そうとかよく言われるんですが…。

信じることはとても大切ですが、時には疑いの目を持つことも必要なのかな…。

先生のお話の続きが気になります。 (2002年08月18日 10時08分31秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
☆ねこにゃん☆さん
 すぐに続きを書きますから。ポイントの一つは仕事と交友関係(あるいは恋愛関係)とでは違うだろう、ということです。 (2002年08月18日 11時28分57秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
員子ガガ  さん
私も大切なお友達がエムウエイを売るようになってつきあいにくくなり寂しく思っています。

アメリカでは人を信じるほうがバカだといわれ、
こども達は、「知らない人に声をかけられたら直ぐ走って逃げるかあるいは叫びなさい。」といつも警察や両親に教えられています。
こんな風にして育ったら、誰も信じない大人になるのが当たり前ですよね。
ここまでして子供を守らなきゃならないとは世知辛い世の中です。

私の日記のアクセス数2000を踏んでくださってありがとう。日記いつも楽しみにしてます。 (2002年08月18日 12時14分44秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
員子ガガさん
 大阪の小学校で児童殺傷事件があって以来、どの学校の門も固く閉ざされるようになりました。

 宅間被告は「世の中、全員が敵だった」といいました。たしかに個別に見れば敵がいないとはいえないかもしれません。敵とまでいえなくとも、嫌いな人もいれば、つきあうのがむずかしい人もいるかもしれません。しかし、「全員」が敵と考えるのはまちがっています。「必ず」「すべて」「いつも」という言葉を使う時は大体において誤まっています。

 誰も信じられなくなると人に役立とうと思わなくなるかもしれません。現実はなかなか厳しいものですね。 (2002年08月18日 12時36分41秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
ようこ さん
 いつも読んでますよ~。早く続きが読みたいです。

 信頼していた人が、私のこと信用さえもしてくれていないのではないか?との疑問がおこり、かなり堪えてました。でも、これって求めるものではないですよね。「私はあなたのこと尊敬して信頼しています。だからあなたも私のこと信頼してね」ってのは変なのだ、って気付くことができました。
ありがとうございます。で、私はこれからどうしましょう?一生懸命考えます。 (2002年08月18日 15時57分10秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
先生の日記が丁度私が思いわずらっている事
とシンクロしていてなかなかはっとさせられます

私はバイト先でうっるさい先輩方と仲良くなったり
良い感じで仕事ができるときもありますが
何かがきっかけで がたがたになります

どうも 先輩方と仲良くなること=先輩方との
プライベートの付き合いをはじめる事
私は プライベートの付き合いをしたくないのです
なぜかというと お互いの悪口や秘密をしっている
ことを仲間になる事みたいに考えているらしいからです

寂しがりやさんなんだということはわかりますが
相手が 程よい距離が取れない人ではないかという疑いが でてくるわけです
何か言われた時に断って うらまれたらどうしよう
そう思うわけです

疑い=私の信じこみであるし
もしも相手がそうであっても毅然としていれば良いし
私が仲間にならなければ制裁するという
その人達のルールに乗らなければいいんですが

心のどこかに
毅然として断れない=だったらいっそ嫌われていた方が
安全ではないのか?
という思いがよぎります

そう思うと 仕事までがたがたになる
私です

でも書いてて思うけどめんどくさいですね
こう言う考え

心から相手の良心を信じていれば へんなかんぐりも
おこさないし かんぐっていない状態で相手に接したら
相手の良い部分が引き出されるので
トラブルにならないんですよ

そう言うのを知ってる私ですが
自分の中でこの人は私の言う事を聞き入れてくれると
思う人 聞き入れないと思う先入観がある人で
私も無意識に態度を変えるので 否定的な
エネルギーが相手に伝わり トラブルの種になっています

きっと今こういう職場にいるのは<… (2002年08月18日 16時27分58秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
ようこさん
 ありがとうございます。
>私はあなたのこと尊敬して信頼しています。だからあなたも私のこと信頼してね」ってのは変なのだ、って気付くことができました。

「だから」以下はいらないですね。なぜでしょう? 気づいてられると思います。 (2002年08月18日 16時30分16秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
それでも人を信じたい。
信じない自分を造るより信じる自分を造る方が気が楽だから。

金が絡むと人間ややこしい。 (2002年08月18日 16時42分21秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
おおきなゆうちゃんさん
 仕事の同僚は友人と違って選べないところが問題ですが、仕事だけのつながりなので友人にならなくても、仲良くならなくてもいいはずなのです。ところが、いわれるようなめんどうなことを要求されることはあります。仕事上の同僚とプライベートのおつきあいをしなければならない理由はありません。

 ところがそういうふうに決心すると嫌われるかもしれないのです。ここはひとつ覚悟するしかないと思うのですよ。嫌われることは私が自由に生きていることの証であるし、自由に生きるために払わなければならない代償である、と。

 誰にも嫌われない人はきっと不自由な生き方をすることを強いられているはずです。

 相手の心を読まないようにするということも日頃心がけています。発せられた言葉だけを聞く。わからないことがあったら心を読もうとしないでたずねるのです。 (2002年08月18日 17時39分51秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
ようこさん
 もう一つコメントさせていただけるなら…わたしのことを信頼して、と求めるのは変だと僕は考えているのですが、信頼してもらえることかわからないけれど、もしも信頼してほしいと思うのなら信頼されることをしよう(あるいは、信頼されなくなるようなことはしないでおこう)、と決心し、そのように行動することはできますし、それしかできないのです。その上で相手が自分を信頼するかしないか相手に任せるしかないだろう、と思います。 (2002年08月18日 17時44分13秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
ジョンリーフッカーさん

>信じない自分を造るより信じる自分を造る方が気が楽だから。

 シンプルに生きたいのです。信じないというのはなかなかそれはそれでエネルギーがいることですから、その選択肢は選びたくありません。

>金が絡むと人間ややこしい。

 商品をすすめられても僕は応じませんが、そのことで離れていく人であれば、そんなことがなくても続かなかったのだろうな、と思います。

 お金がらみで友人ともめたことが何度もあります。
(2002年08月18日 17時49分33秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
yacchant  さん
昔、たいそう疑い深い、若い妻がおりました(笑)。その妻は、若い夫の優しさが信じられずに、とんでもない事ばかり言って困らせました。
「体に障るから、それくらいにしたら。」とムキになって人の二倍の仕事をしようとする妻に優しい言葉をかけてくれても、「私が倒れたら、あなたが困るから?」などというのです。
「どうして、信用してくれないのかな?」
と悲しそうに聞く夫に
「人はうそつきだから。」
と答えた事もありました。
人は自分の利益のためにしか、人を愛したりしないものだと、複雑な生い立ちの妻は、確信していたのです。
「そうか、そう思うんだ(笑)。」
と何も説得するでもなく、若い夫はただただ、何の見返りも要求せず愛してくれました。妻がそこにただいることだけで、どんな勘違いをしていようと、どんなにひどい事を言おうと、存在を許してくれました。
お分かりでしょう(笑)?この妻が昔の私です。
無償の愛というものが存在すると分かると、私はどんどん変わっていきました。顔立ちさえも、昔の面影のないほどになりました。昔の私を知る人は大体今の私を一目見て、絶句するほど驚きます(笑)。
もちろん手放しで誰でも信じることはできませんが、信じてもいい人がいると分かるだけでも、人は幸せなものですね。
ねずみ講まがいの商売を始めた人に、勧められた事も度々ありますが、財産と物欲がないのが幸いして、関わりあわずに済んでいます。でも、人間関係がそこで終わってしまうことも確かにありますね。
逆に、気前よく人にお菓子などを配って歩くのが好きな人でも、利益がない人には配らないところを目の当たりにしたこともあります。
それはその人の自由意志だから、私が何を言う事もありません。
でも、ちょっと悲しくなりますね。すぐ忘れてしまいますが(笑)。 (2002年08月18日 19時33分26秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
yacchantさん
 若い妻をそこまで変えることができた夫のような人のことをアルフレッド・アドラーは「仲間」と呼んでいます。「敵」の反意語です。この仲間にたとえ幼い時に会えなくても後の人生において会うことができればいい、そんなふうに考えています。一人でもいいわけです。「信じてもいい人がいると分かるだけでも、人は幸せなものですね」と書いてられるとおりです。そんな仲間との出会いによって人は過去からも解放され自由になれるということがyacchantさんのお書きになったメッセージを読み、わかります。 (2002年08月18日 20時05分41秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
yacchant  さん
Ichiro_Kishimiさん
>「敵」の反意語です。この仲間にたとえ幼い時に会えなくても後の人生において会うことができればいい、そんなふうに考えています。

本当にその通りですね・・・。「敵」ばかりで育つ人間もいます。
でも人には「仲間」が必要です。 (2002年08月18日 20時28分50秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
yacchantさん
 アドラーは、Mitmenschlichkeit"という言葉を使っています。文字通りには「仲間」(Mitmenschen)であること」という意味ですが、人と人とが結びついている(mit,英語だとwith)ことをいいます。仲間はそのように結びついている人のことをいいます。これに対して、「仲間」の反意語として「敵」という言葉を使っているのですが、こちらはMitmenschenの逆でGegenmenschenといって、つまり人と人とが結びついていないで、対立している(gegen, 英語だとagainst)な状態にあることをいいます。「敵」はいつも自分のことだけを考え、共感することがない自己本位な人、エゴイストともいっています。 (2002年08月18日 22時52分31秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
キャサリン さん
 こんばんは。人を信じるということ。まさに、今日、私は体験してきました。友人関係(または特別な関係)と感じている場合、意識的か無意識(たぶん意識的)に相手を信じていたり、信じようとしている自分をみました。そして、それは自分に素直で忠実であろうとしている行為なのか、なんて考えています。 (2002年08月18日 22時58分50秒)

Re:人を信じるということ(8/18)  
umi33  さん
私もすぐに人を信じてしまいその為何度か痛い目に会いました。それで長い間の間新しく出会う人に対しては心から信じる事が出来ませんでした。そして自分もうそをついて人を利用する側に立ってしまったりもしました。けれど夫はそんな私を信じてくれてひたすら側にいて見守ってくれました。おかげで私は人間不信から少しずつ脱出できました。自分を守っていた壁がだんだん無くなっていくと出会う人も私をだます人はいなくなりました。不思議ですね。今では敵と思う人は居ません。ありがたいことです。感謝です。 (2002年08月18日 23時48分49秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
キャサリンさん
 意識的に決断しないと信頼することはむずかしいことはありますね。その決断を覆そうとするデータばかり目についてしまうこともありますから。 (2002年08月19日 10時50分30秒)

Re:Re:人を信じるということ(8/18)  
Ichiro_Kishimi  さん
umi33さん
 人を信じるのには勇気が要りますね。身近なところに、「仲間」である彼がおられてよかったですね。この人の前では武装蜂起(適当なたとえではないと思いますが)をしても大丈夫だと思える人が一人でもいたら世界は変わります。
 僕もそんなふうに思ってもらえるようになりたいと思いますが、なかなか。壁を築いているのでしょうね… (2002年08月19日 10時55分30秒)

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