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2003年01月24日
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 心理療法はもともとプラトンの対話篇では「魂の世話」という意味であるということを昨日書いたが、その際引いたのよりもう少し先にはこんなふうに書いてある。私(ソクラテス)が若い人であれ老人であれ誰にでもただ次のことを説いている。

 というのは金銭から徳(アレテー、たましいのよさ)が生じてくるのではなく、金銭や他のものは人間にとって善きものとなるのは公私いずれにおいても徳(たましいのよさ)によるからである。こんなことはあたりまえのように僕には思えるのだが、ソクラテスは青少年に害悪を与えている、腐敗させていると見なされたのだから驚きである。
 もう一つの日記にビートルズのアルバム「アビーロード」のカバー写真のポール・マッカートニーの手から煙草が消されたということを簡単に書いたが、アメリカのポスター会社はこの際、マッカートニーにもアップル・レコードにも通知していない。BBSの記事を読むと、アメリカのポスター会社が煙草を消したことで「喫煙運動家たちは喜んだ」と書いてある。圧力があったのかどうかはわからないが、喫煙に反対することとこのような検閲行為をすることとはまったく別のことである。この写真のポールがはだしであること、また、左利きのはずなのに右手で煙草を持っていることから当時ポールは交通事故で死んだので本物ではなく「そっくりな人」(look-a-like)であるというようなうわさが生じたくらい有名な写真であるとはいえ不可解である。肺癌でジョージ・ハリソンが亡くなって14ヶ月が経った。
 日本で作曲家の三枝成彰氏が愛煙家であることから禁煙団体からの申し入れで生活習慣病予防週間シンポジウムそのものが中止されることになった。講演を聴いてから問題があれば講演内容に反論するべきだと僕は思うのだが、このような圧力がとおるというのは危険ではないか。僕自身は喫煙に賛成ではないし、まわりの人にまで悪影響が及ぶことが明らかになっている今日適切な対処がされるべきだと考えているが、それはそれ、これはこれである。
 三枝氏はビートルズの写真のことにも言及し、「声高に言えば通るというのはファッショに通じるようで怖い」とコメントしている。1月24日付けの朝日新聞の夕刊は、asahi.comには報じられたこれに続く三枝氏のコメントは削除している。なぜ?「たばこをやめるつもりはない。たばこをやめ長く生きていい曲が書けないならば、短く生きてもいい曲を書きたい。でも、できれば長生きしたい、そう思っている」コメントのこの部分は朝日新聞にとっては都合がよくなかったのか、と思ってしまったりするのだが。
 ハンバーガーを食べたために肥満になったとマクドナルドが訴えられていた裁判で、ニューヨークの連邦地裁は、自らの暴飲暴食による肥満や健康被害の救済を法定に持ち込むのはお門違いだと原告らの損害賠償請求を棄却したという記事もあった。こちらは自己責任。なかなか線引きはむずかしいものである。ソクラテスが今日蘇ってきたら相変わらず道行く人をつかまえては「魂の世話」を説くのだろう。





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最終更新日  2003年01月24日 22時50分29秒
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