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2003年10月18日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 アドラー心理学会二日目。一時くらいには眠ってしまったようだ。その時間に着信したメールを夜中に読んだが、またすぐに眠ってしまった。

 午前中、分科会、昼から講演とシンポジウム。inputされた情報が膨大なので心の中に定着するには(あるいは排除するには)しばらく時間がかかりそうである。

 フジ子・ヘミングの生涯を描いたドラマを見て、小学校の時の同級生のことを思い出した。突然聴覚を失った彼女はしばらく今でいう不登校の状態になった。卒業文集の原稿をもらいにいったことを覚えている。立ち直りは早かった。その後会う時は彼女は話せるので僕が紙にメッセージを書いた。今だったらノートパソコンを使って会話することができるだろうが。毎年河原で打ち上げられる夏の花火の聞こえ具合で今年は少しよくなったと喜んでいたのを思い出す。音楽が好きだった。「どうやって聴くの?」と思わず聴いてしまった。「振動で感じることができるのよ。聞こえなくなる前にたくさんベートーベンの曲を聴いておいてよかった」。ベートーベンは第九交響曲の初演の際、曲が終わっているのにも気がつかず指揮棒を振り続けていた。頭の中に音楽が響いていたのだろう。

 書くことについて考えていた。

 ソクラテスは生涯著作を一冊も残さなかった。プラトンは著作を残した。その著作は奇跡的にすべてが残された。しかしその著作は、ソクラテスを主人公にすえた対話篇だった(もっとも中期以降になると様相が変わるがこの点については今は立ち入らない)。午前中の分科会で、本を書く前に論文を書かなければ、といっていた人があったが、プラトンが書いたのは論文ではない。現代哲学しか知らない人はプラトンの対話篇を読んだらきっと驚くことになるだろう。

 思想はいわば生ものであるから書いてしまったら死んでしまうように思う。何も書かない(書けない?)のがベスト。書くとすれば対話をそのまま書き留める(もちろんプラトンはソクラテスが行った対話篇を記録したのではなく創作したのであるが)のが次善。

『アドラー心理学入門』は教科書風に書くことはできなかった。対話篇にはできなかったが、その代わりにエピソードをたくさん書いた。具体的に書くためにはこのようにするしかなかった。尊敬するとはかくかくしかじかであるという記述を覚えても意味がないからである。しかし問題はあって、僕は息子のことをたくさん書いたが、僕と息子の間でしか通用しないかもしれないことを書いたので、教条的に書いてあることを自分の場合にも適用できると考えてもらっては困るのである。いわばエピソードを読んだ人の中に(前に日記の中で書いた言葉を使うと)「共鳴」が起きればと思う。あの本に書いた息子はもう高校2年生になった。いつの日か読んでほしいと思うのだが…息子が読んだら共鳴が起きるのかわからない。





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最終更新日  2003年10月19日 01時49分27秒
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