電車の中で、ガイドブックを一生懸命読んでいる若い男性がふと目があって、思わず、話しかけた。ドイツからきたということがわかって、話すのは得意ではないのだが、少しドイツ語で話したら、驚かれた。僕が、例えば、ウィーンにいって話しかけたら、日本語で返ってくるほどには驚くほどではないと思うのだが。 英語で書かれた折り紙の本を送ってくださった人があって、夕食後、挑戦中。ホームステイ中の高校生がめずらしく笑う。鶴を一度も(never so far in my life ...)折ったことがない、誰も僕に折り方を教えてくれなかったら、といったら、笑われてしまった。この高校生も日本語を勉強しているので、日本語の表現についてあれこれ話した。 長谷川宏の『高校生のための哲学入門』(ちくま新書)を読んでいたら、遊びは実用的ではなく、その時々で完結(始めと終わりがある)し、持続する。その場かぎりの楽しみが味わえれば十分だ、と書いてあったが、積み重ねられることで楽しみが増す遊びがあるかもしれない。仕事もこんなふうであればいいのだが、なかなかそんなわけにはいかない。毎日、翻訳を続けるのは、つらい。原稿を書くのは僕には遊びに限りなく違いのだが、締切がなければといいたくなる。しかし、締切がなければ書けるのかは疑わしい。