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舞台は昭和59年からはじまりビックリしました。 私の福沢諭吉は教科書で「学問のすすめ」を書いた作家さんで、セレブリティを排出し内部進学者の学力に定評があるといわれる慶応大学の創設者で、慶応年間にできたので慶応大学で、明治の前の元号だというぷちトリビアぐらいでした。 あとは一年のウチに拝めることが数度しかなかったあこがれの聖徳太子様を追い落としたという悪印象です。 これは聖徳太子までいくと訳が分からなく漠然と尊敬できるのですが、福沢さんだと「最近」の感じがしていやだったのです。 もっとも「だったら伊藤博文の千円札は」とつっこまれると反論のしようがない変化への怖れでしかなかったのですが。 福沢さんに興味があったわけではなく作者の「北康利」さんの「白洲次郎 占領を背負った男」からの新作だったの買ったのですが・・・北康利さんの文章が好きです。 永沢光雄さんとは全く違う文体ですが、どちらもそこに人間がいるのです。 福沢さんの生きた時代ということもありますが、とにかく沢山の人が死んでいきます。 それだけ沢山の人との関わりを持っていたと言うことでもありますが。 生きるということと同じだけの意味を「死」は持つ。 福沢諭吉伝ではあるのですが、命とそこに息づいていた魂と誇りのバトンリレーを「見る」かのようです。 最初の「死」は福沢百助。御尊父様。 そして最期はご本人。 最初の死に夜通し駆けつけるのが中村栗園。 船着き場まで見送る様に男気を感じます。 たった1ページぐらいのシーンですがここではまりました。 そしてちょろっと出てくる退蔵さんは前作の読者をくすぐります。 思わず前作を開いて名前を探してしまいました。 時代を振り返れば立場により見方が変わるのでしょうが、人間くさい福沢諭吉さんを好きになりました。 しかし、福沢家の方々はご先祖さまがお札になってどんな気分なのでしょうかと本を閉じたときによぎってしまいました。■福沢諭吉 国を支えて国を頼らずhttp://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4062138840
Jul 27, 2007
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本当につまらない選挙です。 とにかくどんな形でも自民党に負けて欲しいという人には、面白い情勢なのでしょうが、私は興ざめしております。 だってこの間の「郵政解散選挙」の時は「国政選挙の争点を郵政だけにして良いのか」 と問うていたはずの「野党」たちが、こぞって年金ですからね。 それに「事務所費問題」を攻めるのはご自由ですが、そうなると自民党は小沢さんの「政党助成金疑惑」などの「金疑惑」というカードを温存しているのでどう転ぶか分からないのですが。 そして相も変わらず「選挙の道具」程度にしか議論されない「少子化対策」もばらまき中心で根本的な対策は見えてきません。 例えば「働く女性の子育てのしやすさ」などは論じられることがありますが、子育てがし易くなったら3人も4人も産むようになるかというところまでの議論は尽くされていません。 一人でも産む方が良いのは確かですが、夫婦で1人なら確実に人口は減少します。 ライフスタイルもキャリアも崩さずにとなると自ずと限界があるのではないでしょうか。 少子化対策でもっとも欠けているのが「教育」だと見ています。 何も産めよ増やせよと洗脳しろと言うことではありません。 子供は国の宝ですが、同時に一族の財産です。 子供には子供の生き方がある。などとお為ごかしにのたまう人がいますが、どこの世界でも老いた親の面倒を子供が見るものです。 つまり、子供は「自律歩行型年金」ともいえるのです。 もちろん公的な援助はあるにこしたことはありません。 介助施設という選択肢は充実させるべきです。 が、これは対処療法であって体質改善には繋がりません。 人間とは一個の独立した存在であると同時に、産んでくれた親や共に育った兄弟、婚姻によって出会った義父母などなどと繋がることで成り立つ存在なのです。 幼い頃は保護者の庇護下にあり、長じれば助け合い、老いて恩返しをするという「教育」です。 上品な「お道徳」が充実するのが本来なのですが、それで通じない人のために「財産」とします。 子供がイチロークラスの金を稼ぎ出すようなれば、目に見える財産ですし、いつも笑顔を絶やさない娘に育てば、究極の癒しグッズとなります。父親にとっては。 娘は母の親友ともなりますし、息子が酒飲み相手となる。 そしてこれが「財産」だと教育するということです。 昔々ならばこんな議論自体が浅薄で卑小なものと笑い飛ばされたのですが、今の親の世代、親の親の世代が経済合理性を中心に物事を考えるようになっているので、その世代にも分かるような言葉を使って軌道修正するために「財産」と教育すると。 子供を投資対象として見返りばかりを求める親が増える。 と、いう反論があるかも知れませんが、投資という概念があるなら話は簡単です。 子供という投資対象へ投下する資本は「愛」。 だと教えるのです。老いてからのリターンを期待するのなら、適切な愛情を投資して育てると言うことです。 もちろん、愛は甘やかしではありません。 ちょっと説教臭いでしょうか。 この7月1日より、我が町足立区で「子育て支援パスポート事業」がスタートしました。■足立区のホームページhttp://www.city.adachi.tokyo.jp/002/d03900044.html 中学生以下の子供のいる世帯は、区内の協賛店舗での買い物の際に「パスポート」を見せると5%割引になるというものです。 てっきり「ばらまき」かと思ったら違います。 協賛店舗が5%を負担します。 区のホームページには「区内商店街店舗における消費拡大」とありますが、いわゆる一般的な商店街と大規模店の価格差は5%以上ですから大した効果は期待できません。 協賛企業を増やすための方便の部分もあるので仕方がないのですが、経営努力をしてこなかった・・・しても仲間内で集まって議論の為の議論をしているような店主にとっては僅かでも役に立てばという思いがあるのかも知れません。 しかし、やるなら「お店側のご厚意で子育てに協力して貰っています」 と奉仕を前面に出さないことで問題が起きています。 義父の八百屋は竹の塚駅徒歩1分にあり、私が何度も「高くしろ」 といっても「お客さんのために」と、野菜を安く販売しています。 毎朝3時に起きて市場に行き、夜は7時まで店を開け、従業員も数人だけなので維持できる価格です。 子育て支援パスポートに協力を始めました。 今は辞めたくて仕方がありません。 とある若い奥さんは「当然の権利」とばかりにパスポートを提示します。彼女にとっては権利を行使しているのでしょうが、視線を合わせることも、会釈も会話もなくでは釈然としません。 毎朝、眠い目をこすりながら実現している繁盛店ですから、客には困っていませんし、頭を下げながら儲けを減らすなんて馬鹿なことをしているのです。 こんな客もいました。「5%値引き前と値引いたレシート両方頂戴。 いくら値引かれたか確認したいから」 有り体に言えば5%損をして手間が増えてストレスが溜まるのです。 子育ては家族や一族の財産形成です。 それに企業が、自治体や国家が協力してくれているのです。 お題目のきれい事で通じなくなった相手には分かりやすい「お金」の話で。 子供を産むメリットが分からないという相手にはメリットを教えてあげると。 少子化対策は多分ここまで階段を下りないと効果のでない時代になっているのではないでしょうか。 または何もしないか。何もしないでも解決する方法についてはいずれ。
Jul 27, 2007
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私の飯の種を公開しております。 まぁ企業の会議に参加すると面倒です。 マッチポンパーが溢れかえっているからです。 また初めてのホームページのところは今後考え物だと頭を抱えるのが「パクリ」が悪いことだという意識が全くないからです。 パクリは最悪です。なにがって自分の身を滅ぼすからです。 これが「商業的公開情報考察」です。 個人のコピペブログで「偉そうな気分」も実は同質ですが、商売用なら絶対に避けなければならないことです。 ご注意ください。■Web担心得心得其の参拾弐「商業的公開情報考察。情報発信が生み出す引力」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/07/25/1695
Jul 25, 2007
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最近、ぐっとクローズアップされてきた話題で、今回の参院選に「失言・会計疑惑逆風」 が吹かなければ、争点の一つになっていたかも知れないことを取り上げます。「最低保障給を1000円に」 先進国と比較して日本の最低保障給は低く、働いても働いても生活保護より安い給料となるワーキングプアが存在しているといいます。 ネットカフェ難民などもここに組み入れて、最低保障給に救いを求めるという動きです。 国民の大半を占める労働者にとっては耳障りの良い話です。 そしてなにより先進諸国の中でもっとも低いとのなれば由々しき自体です。 最低保障給を上げろ派の主張はこうです。 諸外国との格差。とりわけイギリスの1267円、フランスの1326円という数字を持ち出して、日本の673円は安すぎるといいます。 また貧困層の国民割合を表す「貧困率」が、アメリカに次いで2番目だというのも許すまじきことだと。 私は最低保障給を上げても下げてもなくしても良いと考えております。 それは識者や学者や政治屋さんの主張はすべて「絵空事」や「机上の空論」でしかなく、タワゴトに付き合うほどこの夏の繁忙期は暇ではありません。 だって自営業者には関係がないことですから。 自分がではなく、ここにメスを入れない限り何も変わりません。「下請け虐め」 などという「卑怯」な行為がまかり通っています。 これを断片的に報じることはあっても、「虐めている元請け」 や「その手口」 は報道されなければ、国会で論じられることもありません。 テレビにとっては「大スポンサー様」で、政治屋さんには票田であり支援者ですから。 仮にどうしても私が「最低保障給を擁護」しなければならない立場に立ったとしたら、「自営業者にも適用」 が最低条件となるのです。 限界ギリギリの人的コストで仕上げた部品が買いたたかれる。 よくある光景です。 最低保障給が大幅に引き上げられたとします。 私が「悪徳元請け大企業」ならこうします。「職人起業支援センター」 なるNPO法人を立ち上げます。 職人として自立するための援助をする団体です。 下請けや孫請けの職人を次々と独立させます。 各種保険や諸経費をカットできる分を支払いに上乗せできるので、職人が受けとる賃金は一瞬上がります。 雑多なジムはNPOが一定のマージンで引き受けます。 実際の仕事は殆ど変わらず、手取り賃金は増えるので大喜びです。 社員として雇っている場合、受けとっている給与の1.5倍ぐらいは会社は保険や税金で負担しているので、その分を丸ごと賃金で支払えば良いと言うことです。 そしてしかる後・・・甘い汁を舐めて貰ったところで、「契約単価の引き下げ」 を行います。 自営業者ですから最低保障給の対象外ですし、業務単位での契約をしていれば、掛かった時間に関係なく案件ごとの報酬しかありません。 かくして労働条件は更に悪化し、悪徳元請けは更に大きくなりテレビCMをばんばん放送し、政治屋さんの後援パーティーのチケットを大量に購入します。 職人は「総務職人」「人事職人」「受付職人」と何でもできることを添えておきます。 しかし、その条件でも諸手を挙げて「擁護」するのがためらわれるのは「効率の悪い企業や人員も最低限の報酬が保証される」 ことになるからです。 最低保障給引き上げ派は優秀な人材確保のためには、中小でもそれなりの給料を払うようになったり、さらには会社存続のためには高額報酬を貰っている従業員が多少の我慢をして、下層を支援するようになるのではないかといいます。 この国は社会主義国家だと揶揄されますが、一応違います。 役立たずの「高額所得者」は会社存続のために我慢もするでしょうが、本当に優秀なエース社員はより条件の良い企業に移籍するのは当たり前のことです。 家族でも恋人でもない同僚・・・仕事のできない人間・・・の為に我慢する人はそれほど多くありません。 結果、資本も体力も看板もある大企業に優秀な人材が集まり中小は淘汰されていきます。 引き上げ派の論は最終コーナーを回るといつも「ファンタジー」 に逃げ込むのです。 冒頭に上げた最低保証給や貧困率もレトリックでもあります。 もっとも最低保障給の高いフランスの失業は10%を超え、25才以下の若手に至っては23%以上。 つまりどうせ雇うなら「一人前」をということです。 そして貧困率も1日1ドル以下で生活する最貧国などはいっていない「豊かな先進国の中で」という前置きがあり、更には以前も紹介しましたが、「もっとも格差伸び率の低い日本」 だという都合の悪いデータには一切触れられません。 庶民のためという政策が大企業を利する可能性もあります。 ・・・今回、民主党が「大勝」でもして、旧社会党系議員が偉そうな顔をし出したりでもしたら・・・とゾッとします。 ワーキングプアもなにもそこでしか働けない人ばかりではありませんし、そうなら「社会保障」の出番のはずですが。
Jul 25, 2007
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「なるほど! その手があったかぁ!」 と食肉偽装王子ミートホープ田中社長が叫んだとか叫ばなかったとか。 先週の木曜日、産経新聞の小さな記事で「段ボール入り肉まん」 を知りネタ帳に書き込んでおりました。 翌金曜日は全メディアで大々的に取り上げましたので、牛の尻尾ではなく鳥の頭を目指す私は放置しておりました。 すると今度は「捏造報道」 とメディアが赤っ恥をかいたかたちとなりました。「やるな」 気を隠すなら森の中、偽装を隠すなら捏造の中。 段ボール入り肉まんは早晩「都市伝説」となり語り継がれるのでしょうが、真贋怪しい「偽物王国」という毒を食らわば皿までです。 偽物も偽物。 段ボール肉まんという偽物も偽物(かもしれない)。 まるでパラドックスの古典「私は嘘つきですという嘘つきは正直者か嘘つきか」 に陥ります。 捏造報道だったから肉まんに段ボールは入っていない。 しかし、それすら「捏造」なら。 それとも捏造は本物で中国当局の報道規制なら。 人間というのはおおらかなもので、こういった堂々巡りを繰り返すうちに次第に面倒になっていきます。 そして口にして「即死」でもしない限り大丈夫だろうという「雰囲気」が醸成されてしまいます。 私が「やるな」と思った理由。 中国当局が「捏造肉まん」について強権を発動しているかどうかはともかく「中国産の怪しい食品や偽装水の話題が消えた」 ことです。 かなり乱暴な方法ですが、多くのトラブルを打ち消すには「超弩級のトラブル」 を持ち込むとかき消すことができます。 中国製の食の安全が疑われるさなかに「食品でない段ボール入り」 という危険球を投げ、球場中をブーイングで包んでおいて「捏造で退場」 でちゃんちゃん。 仮に捏造が本物だったとしても、段ボール入りが週末を跨いで「世界中の耳目を集めたのちに否定」 するタイミングの妙味です。 広報の上手い中国共産党の影をそこに見ます。 段ボール入り肉まんが最初に報じられた7月12日に、こちらも同じく産経新聞に小さな記事を発見。「韓国に期限切れ薬支援要請」 見過ごせない記事なのですが、肉まんと六カ国協議の前にあまり報じられませんでした。 北朝鮮赤十字会が今年の2月に韓国の製薬協会に「捨てるような薬でも送って欲しい」 とお手紙を出していたそうです。 北朝鮮赤十字会といえば日本人拉致被害者の救出の動きをいち早く「非難」して、その後の捜索も早々に打ち切ったという「赤十字」 らしからぬ組織で将軍様の機関の一つとまことしやかに噂されております。 そこが韓国に「使用期限が6ケ月や1年程度過ぎた医薬品であっても送って くれることを望んでおり、使用期限が過ぎた医薬品を使っ て生ずる問題に関しては、北朝鮮側がすべて責任を負う」 とお願いをしてきたというのです。 これを韓国側は断ったのはさすがです。 期限切れの薬を送るという倫理上の問題も当然ですが、「なにかおこれば必ずいちゃもんをつけ、 さらには賠償を請求されたらたまらん」 というところでしょう。 注目すべき点はここからです。将軍様の赤十字は続けます。「我々の側に大量に入って来る中国の薬は我々の体質に合わず 偽物が多くて困っている」 中国の偽物は筋金入り。 子分……もとい、同盟国で援助を求めている北朝鮮でさえ困るという始末です。 ここまでいくともう「文化」です。
Jul 20, 2007
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まず前号で事実誤認が一箇所あったので謝罪して訂正しております。 本論と関係のないことから、確認を怠っておりました。ごめんなさい。 そして今回の記事。地味です。 ・・・内緒ですが、地味な記事ほど実践の妙法です。 昨年は執筆期間に充てたことで何も仕掛けられませんでしたが、一昨年は「プロが教えない話」を書き上げて、同時にこれをベースに地元企業への営業活動をしました。 夏休み。をどう使うかは大人になってからも・・・大人になってからのほうがとても重要なのです。という地味な記事です。■Web担心得心得其の参拾壱「8月は捨てた。夏休みの宿題で覚える仕掛けのコツ」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/07/18/1660
Jul 18, 2007
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結局インフォプレナー系にとってのメルマガって「金儲けの道具」 だけだったんだなぁと気づくのが災害の時です。 メルマガが熱かった時代は「お悔やみ申し上げます」「頑張ってください」 などと触れていたり、「臨時発行」 なんてやっていたメルマガ各種が今は「しかと」ですからね。 なんだか悲しくなりますが、思想信条宗派が違うのですから仕方がありません。 そんな中、今朝一本のメルマガを解約しました。 グーグルのフリーメールサービス「Gmail」の使い方などを紹介するメルマガで、昨年の執筆での資料集めの際に登録していました。 今朝届いた今週号冒頭で「もし日本で大震災が起きようともGmailは安全だなと思う今日この頃」 とありました。 予約発行をしていると新潟の地震の前に書いたものかも知れません。 しかし、それを中止せずに流す人と接点を持ちたくないなぁと。 ちなみに分散しているとはいえグーグルのサーバが震災に遭えば、それはあえなく消失して安全ではありませんし、テロの標的ともなればどうなるのでしょうか。 そして更に、日本が大震災ともなれば「Gmailをするインフラが吹っ飛ぶ」 のですから安全も糞もないのです。
Jul 18, 2007
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地震があった月曜日、海の日というとパチンコ屋さんを思い出すぐらいで愛着のないハッピーマンデーですので、原稿を書いておりました。 草稿はいつも手書きです。文字を書く手元が揺れます。「ついにボケたか」 深呼吸してもう一文字。揺れます。地震だ。 フジテレビの「わかってちょーだい」で川合俊一さんが狼狽えています。偏見かも知れませんが、高身長の人って地震を異常に嫌いませんか? と、テロップを待っていると「新潟震度6強」。 おいおいまたかい。我が社の専務の実家の本家が小千谷にあるので他人事ではありません。 原稿書きを中断して報道を追いかけていると「原子力発電所から煙」 尋常じゃありません。 しばらくすると黒煙があがる映像を流す局が表れました。 ザッピングから得られた情報によると「消防車が他の出場しているので向かえない」 って、自警団も消防設備もないのかい! とテレビに突っ込みをいれてしまいました。 原子力発電所って本当に大丈夫ですか。 そして捏造隠蔽ならお手の物の東京電力は今回も快調にとばしています。 なんでも「想定外」の規模の地震だったようでてんやわんやだということは割引してあげたとしても、現時点でも「隠蔽」への布石を瞬時に打っております。 地震が絡むと思われるトラブルはなんと50件。 想定外として割引して起こってしまったことは仕方がないとします。 許すわけではありませんが議論の前提として。 新潟日報の記事から引用します。 会見した東電の鈴木良男・原子力運営管理部部長は「地震前のモニター監視では安定していた。地震と何らかの関連がある可能性が高いが、原因は調査中」とした。放出された放射性物質の値は極めて低く、周辺環境への影響はないとしている。■新潟日報http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=1251 地震前に安定していて地震後にトラブルが起きたのなら、因果関係は明らかで、それ以外の理由とすれば「地震に乗じて某国の特殊工作員が破壊活動を起こした」 というもっと怖いものを想像してしまいます。 しかし、原因は調査中。 倒れたドラム缶も確定の数字ではなく、「停電で見えない、確認できていないところもある」 といいますが、原子力発電所が停電をして非常電源が起動していないのか用意もされていないとすれば、防犯カメラに各種センサーが死んだ無防備な状態です。 また、専門家によると原子力発電は「停止」した後も、いわゆる「余熱」が残り、これを廃熱するタービンなどが動かなければ、スリーマイルと同じ状態が起こりえると。 地震が起こって火災が鎮火して24時間以上経過して「まだわからないのか。公表できない何かがあるのか」 と、捏造と隠蔽のスペシャリストだけに不安になります。 そして東電曰く「漏れた放射能も少ない」。 これを聞いて私は「それはチェリノブイリと較べて? スリーマイルアイランド?」 などと軽口を叩いていたのですが、また専門家によれば「日本では放射性物質は低レベルと高レベルしかない。 高レベルは10mと近づけない激やばで、低レベルは無害に近い ものから結構やばいものまで」 といいゾッとしてしまいました。 京都議定書や地球温暖化と絡めてエネルギー政策としての原子力の必要性が叫ばれています。「資源のない日本に原子力は不可欠」 ならばこそ。 安全対策に「完璧」はないのですから、「起こったこと」 を公表して、問題点を整理して大惨事だけは起こさないようにして欲しいと願っております。
Jul 18, 2007
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相変わらずですが面白がっていませんか? テレビ局。 どうして「同じ局」で、違う番組だという理由でレポーターが何人も現地入りするのでしょうか。 一つの番組でも数人。取材する場所によって人数がいるのかも知れませんが、昨日の「めざましテレビ」では、道路の手前と奥の同じ場所と思われる場所で「レポート」をしていました。 そしてその後の「とくダネ!」にて、全く同じ場所、同じ人に「どうですか?」 と取材します。 確かに「報道」に乗ることによって、ボランティアを呼びかけたり支援物資に、復旧への応援などを知らしめることはできます。 しかし、「倒壊現場の片付けをしている人」「おにぎりを握っている地元の被災者」「炊き出しをする自衛隊員」 にマイクを向けるのはどうでしょう? 復旧を遅らせ、空腹を満たしてひとときの安らぎを得る被災者の邪魔をしているように見えるのですが。 FNSネットワークで「義援金」という募金を募集するのは結構ですが、ならば「ネットワークを揚げて代表取材。浮いた“経費”を寄付」 と・・・本当に被災者のことを考えているなら。 今回、フジテレビをあげましたが全局のことです。 もちろん、皆様のNHKも含めて。
Jul 18, 2007
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Web2.0を喧伝する人の多くが、グーグルを礼賛します。 人によっては信仰に近いものまであります。 信仰は本人の自由ですが、グーグルはスーパー金持ち企業だということはあまり語られません。 株式公開時に調達した「現金」は江崎グリコの時価総額とほぼ同じで、時価総額は20兆円。 グーグルの無料戦略を支えております。 一方。無料は中小企業の首を絞めます。 見積もり無料に無料配布。 弊社はちなみに見積もり有料。 実は無料の成功例って超レアケースなのです。■Web担心得心得其の参拾「金持ちグーグルと普通のサイト。無料は商売の非常識」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/07/11/1633
Jul 11, 2007
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勝てる試合を落とすのはもはや「お家芸」と呼んでもよいのかと思うほどダメダメな我がサッカー日本代表。 追加点を取らなければならない局面、ボールを前に送り出す状況でもバックパス。 今日はサッカー人気凋落について。 ドル箱コンテンツだった「サッカー日本代表戦」の凋落が著しいと報じられています。 視聴率は右肩下がりで、一挙手一投足が物議を醸していましたが、最近ではTBSでしかニュースを見なくなった元世界チャンピオンの亀田さんの試合より視聴率を稼げなくなっています。「視聴率至上主義はいかがなものか」 といいつつこういう比較は相変わらずされるのですが、確かに代表戦のスタジアムを見ると結構空席が目立ちます。 識者の解説としては「中田ヒデ以降のスター不在」とします。 海外組をあまり使わないオシム監督になって、海外で活躍する選手が減ったこともその理由と付け足します。 確かに理由のいくつかではありますが、ドイツ大会の1年ぐらい前には(理由はともかくとして)空回りする彼を指して「ヒデ不要論」 がありました。 オールドファンはフランス大会予選の「キングカズ」に姿を重ねて世代交代が脳裏をよぎりましたし、にわかにとっては、渡ったばかりの海外組や、A代表当落線上の若手の方が応援しやすかったことから浮かんでは消えていました。 俊輔と小笠原でいいんじゃない。 などと。 また、もう一つの有力な「説」としては、「ドイツ大会の(惨敗による)期待の反動」 がありますが、フランス大会に初出場したときもずいぶんとお気楽な予想から一転大落胆したものです。 あのときに比べれば、王者ブラジル相手の惨敗ぶりは「当たって砕けました。木っ端みじんに」 とスッキリしたものがありましたし、先制点をとってから同点となるまでの間は妄想が暴走しました。 負けているのに引いて戦う従前の代表チームに比べればずっと良かったというのが振り替えればの感想です。 それでは何故、人気が凋落しているか。 ずばり「わかりにくい」からです。 プラチナチケットとなった代表戦を見に行くと不思議な光景に出くわすことが多々あります。 埼玉スタジアムではカテゴリー1に属して、特別席近くなどで観戦していると、あまりサッカーを知らない集団が陣取っていたり、特別席もサッカーが好きと言うより、イベントに集まって盛り上がっているだけだったり。 スポンサーや「広告代理店経由のチケット」での観戦です。 もちろん、悪いというのではありませんが、何度も電話をかけネット予約をし、それでもダメでヤフオクで要約ゲットした良い席の隣で「●●さんから貰ったの♪」 と、選手の区別もA代表とオリンピック代表の区別もつかずに、あまつさえ「ベッカムでないの」 という話し声が聞こえてくるとガッカリします。 一般人には入手不可能のチケットが良い席に多くあります。 私がスタジアム観戦を無理してまでいかなくなった理由です。「馬鹿馬鹿しい」 スポンサーによって支えられ、それを「代理(主に放送電波という既得権の独占販売ですが)」している人たちを優遇するのは悪いとは言いませんが馬鹿馬鹿しい。真っ当に買っていると。 また正規ルートのチケット販売も「ファミマ」から始まりと一般発売までには階段がありわかりにくいのです。 人気を背景にスポンサーを優先する戦略は商業的に悪いことではありませんが、がらがらのスタンドをテレビ放送で見たときに「なんだサッカー人気ないじゃん」 と思う、「にわか」は多く、負の連鎖となります。 そして最大の「わかりにくい」理由が「オシムサッカー」 だというのが私の見立てです。 皮肉屋の監督のコメントを額面通りに報道するメディアがさらにわかりにくさを悪化させます。 特に「世界のジーコをあれだけ批判していたメディア」 が、あのおじいちゃんの采配に一言も文句を言わない理由がわかりません。 サッカーファンなら一家言あるでしょうし、それぞれの監督の違いとジーコが非難された理由も解説できるでしょうが、「代表戦だけのファン(もどき)」 の方にはわからないのです。 海外組を使わないのもそうです。 思い出すと酷いなぁとなるのですが、ジーコの時には「海外組偏重」 と叩いておきながら、国内組でしばらくいくと「何故呼ばない?」 と糾弾していたのです。 そして今は、何も言わない。「勝てなくても批判されないオシムサッカー」 は奇異に映ります。 どこの国でもそうですが、特にJリーグ以降の日本代表監督の歴史は批判と非難の歴史ですから。 その歴史の文脈にない「非難されない監督」。 私のサッカー日本代表戦人気凋落の最大の理由と見ています。 叩けばそれだけ話題となり、耳目を集めます。 悪評もまた評ですし、バッシングは記事にしやすいのです。 が、悪口を書かないものですから、紙面も番組も扱いが小さい。 はてさて、だれが「止めて」いるのか。 ジーコの時とおなじく、オシムに任せた以上は文句を言うときは辞めて貰うときだというのが私の考えです。 監督の進退はオシムの方が重みを知っていることでしょう。 しかし、批判精神をもっていない人はジャーナリスト呼びません。 広報・スポークスマンと呼びます。 月曜日の試合の敗戦は選手の責任と報じますが、前任のジーコの名言(だったと記憶しているのですが)を思い出します。「勝てば選手の力、負ければ監督の責任。 サッカーとはそういうものだ。」 人気不信をスター不在になぞらえるのは野球の「ミスター神話」 と同様で凡百です。
Jul 11, 2007
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肉のマジシャンも耐震偽装も「金」が動機だろうとされています。 お金というのはあればもっと欲しくなるもので、「美酒」も飲み過ぎればのどが渇き、水分を求め、連日の美酒は依存症へとなることもあります。 民間企業がお金を稼ぐのは決して悪いことではありません。 その活動の中での「創意工夫」は社会に還元されていきます。 先日も知人がマヨネーズの価格が上がることを例に挙げ、「ガソリンもマヨネーズも何でも上がって大変」 とこぼしていたので、「でもね。バブル崩壊直後から考えて、物価は異常に安くなって 少なくともあの頃よりは生活しやすくなっているんだよ」 というと不満なようで唇を尖らせます。そこで、「吉野家もマクドナルドも当時より安いし、 安い衣料品の代名詞だったイトーヨーカドーより安くて それなりの商品がユニクロで売られているよね」 イトーヨーカドーで合点がいったようです。 その昔、日常使いの安い服はイトーヨーカドーの代名詞だったのです。 時代がうろ覚えで申し訳ないのですが、98年冬からのユニクロのフリース旋風で爆発的成長に危機感を覚えた、イトーヨーカドーやイオンが、ユニクロの「フリースをそのままぱくる」 という戦術で社会をあっと言わせて一時的にユニクロを追い詰めました。 しかし、所詮パクリはパクリです。創意工夫のない仕掛けはタコが足を食べるように、既にもっている市場以上への波及はありませんでした。 もうすっかり覚えている人も少なくなりましたが、その昔ユニクロはバッドボーイズやヘインズなどのブランド商品を売っていたのですが、自社生産に切り替え急成長ロードを爆走していきました。 急成長は「中国生産」でした。 悪品の代名詞だった中国で上手くいくはずがないと言われていたものを「創意工夫」で成功させたのです。 もっとも彼国製品の悪名は今もまだ鳴り響いておりますが。 経済至上主義というと昨今批判の声もありますが、それが「市場原理」 に則っていればだいたい丁度よいところに落ち着き、少しはよくなっているものなのです(但し、この場合の良いが一段低いモラルに引きずられる危険性はあるのですが)。 ところが中途半端に「市場介入」がある世界では、最悪の方向に流れていくことも少なくありません。 ミートホープは農水省、耐震偽造は国交省。 巨悪に辿り着くといつも紐付きです。 お上が悪い。とはステレオタイプですが、紐付き市場介入はどこでも起こっており、時に文化を滅ぼしかねないというのが今日の本題です。「日本全国YOSAKOI・ソーラン化現象」 今年の浅草三社祭で「逮捕者」がでたのは全国的なニュースとなったのでご存じの方も多いでしょうが、地域により若干異なるとはいえ、御輿は神様の乗り物で、人間が乗って良いものではありません。 ここ数年注意してきたのですが、いっこうにやめる気配がないので、御輿の担ぎ手から念書をとり、その上で地元警察と協力して「逮捕者」までだしたということです。 数年間の「のらないで」という注意喚起の上ですから、仕方がないかなあと思いつつ、一方で放置してきたことと、担ぎ手の減少から地元以外から「募集」したことのツケではないでしょうか。 氏神様は地域で祭り、氏子が面倒を見るのが「筋」なのですが、担ぎ手がいなければ「盛り上がらない」と、市場介入したことによります。 観光街故の頭の痛いところではあるのですが、文化風習と(本来は信仰ですが)現実的な事情との狭間で負の面が顕在化しているのです。 これは浅草ではなく深川の話ですが、「担ぎ屋があっちこちからやってきて地元出身者が担ぎにくい」 という本末転倒も聞こえてきます。 身体にアートを施した人も沢山いるようで、育った街で自分たちは引っ越してしまったが、旧友や馴染みがいるので、祭りの時ぐらいはと戻っても、「怖くて担げない」 というのです。住み続けているのならともかく、祭りの1日2日でトラブルに遭いたくないと。 そしてとある町内では「氏子(地元民)がマイノリティー」 となっているとも聞いたことがあります。 そして「担ぎ屋」がくるのはメジャー祭りだけですが、本格的な文化崩壊を起こしかねないのが「YOSAKOI・ソーラン」 です。 今週末、地元の西新井大師駅前の商店街でおこなれたとのこと。 私のルーツがYOSAKOIの高知県で子供の頃は鳴子で遊んでいました。夜中にならして父の鉄拳を食らったものです。 そしてソーランはソーラン節を祖とするものですが、今、ソーラン節で「ヤフー検索」すると、株式会社yosanetが提供するYOSAKOIソーラン祭り公式ホームページhttp://www.yosanet.com/yosakoi/ が1位で表示されます。 その次が「南中ソーラン」を踊る大阪の小学校のサイトが表示されます。 南中ソーランとは稚内南中学校が荒れた学校の建て直しにダンスを導入して成功したもので、音楽は地元の北海道の民謡を採用したものです。 これを「金八先生」で取り上げたところ、「不良も荒れたクラスも改善する特効薬」 かのように語られ、パクリがはじまり、全国に波及していきました。子供達のためにと考えた「南中」とは志が違います。 私は決して本家の「YOSAKOI・ソーラン」 を揶揄するものではありません。 高知県のYOSAKOI祭りリスペクトから始まり、「創意工夫」を重ね、今にいたり全国に名前を轟かせていることは実に素晴らしいと賞賛を惜しまないのですが、そこに安易に乗っかる商業主義が文化破壊を引き起こすのではないかと懸念するのです。 西新井大師はいつの頃からか関東の三大師と呼ばれるようになり、あの空海が絡んでいるという由緒正しいお寺です。 小学校の頃「足立の歴史」で習いました。 西新井。高知県とも札幌とも関係ありません。 ニシンも鰹もとれません。 関係者によると「人が集まる」とのこと。 YOSAKOI・ソーランは。 ちなみに足立区には「鹿浜獅子舞」「島根ばやし」といった土着の祭りが今も受け継がれています。 にも関わらず、「YOSAKOI・ソーラン」。 主催者は商店街。 0から作り上げたサッポロの祭りとして作り上げたものを歴史ある寺町商店街が観光客誘致でパクリをかます。 本家はまさしく「ピープルパワー」という市場原理が勝利したのですが、パクリは主催者による市場介入があり、競争にゆがみが生じるのです。 商店街の観光客誘致で歴史の文脈にない「祭り」を開催。 個性を伸ばすはずだったゆとり教育の現場が日本全国「ソーラン化」という地域性の消失。 それは成功例を導入すれば良いという安易な経済合理性に成り立っています。 パクリとリスペクトの根本的に違いはその精神にあります。 祭りは地域に根ざした土着のもの。 京都の祭りを北海道でやるのは無理がありますし、雪祭りは沖縄ではできません。 また、沖縄のエイサーを東京で見ても感動の種類が違います。 経済事件を批判するのは結構ですが、同時に地域でもまた安易な経済合理性が優先されているのです。 ちなみにイトーヨーカドーはその後、パクリ路線から撤退してPBの充実を図り、なかなかお洒落な製品を発売しております。ユニクロとは違う路線で。
Jul 9, 2007
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人生には出会うべくして会う人と、出会ってはならない人がいます。 もっとも「ならない人」というのも運命の中でどう消化するかの問題で、出会いに無駄はないともいえるのですが、梅宮一家にとっての「羽賀研二」さんはそういう人ではないかと。 もちろん、私も面識がありませんが彼の人物評とあげつらわれる「余罪」を見るにつけ「天然の人」だなぁと溜息をつきます。 どうしても人は自分を基準に物事を測ろうとします。 そして世は捨てたものではなく、ごく一般的にはまともな人が圧倒的に多いものです。 嘘はつかない、約束は守るなどなど。 これらを支えるのにいろんな理由付けがありますが、なかなか的を射た解説に突き当たりません。 面白がるワイドショーはその性質から「答え」をだすより周辺で踊っている方がネタになるので仕方がないとしても、どうしてあんな男にという議論はつきません。 そしてそういう人は実在します。 出会わなければ……口噛む人がです。 まともに取り合った先には、徒労という二文字が浮かび上がり、とてつもない疲労感を身体をまとうこととなります。 殆どの場合、「人なつっこい」ので大なり小なり騙されることとなります。 不思議なほどにすっと入ってくるのです。 みんなのいい人というのに、日頃温厚な人がどうしても苦手という人がいたら、そういう人の可能性が高いので要注意です。 これは理屈ではなく、感じる人は感じます。 一方、嫌見なく親しげにしてくる人を遠ざけることはあまりありません。 結果、被害に遭います。 羽賀研二さんにしても「どうしてそんなことを」と皆が首をひねり、お金が理由なのかと分かりやすいものをあげますが、私が思うに「一貫した人格」 があるか否かからのアプローチが必要なのです。 つまり、1時間前と今とで反対の意見を言うことは同じ人格をもっていれば難しく、約束を破った後には約束をした自分との葛藤が待っています。 不可抗力を除けば、葛藤を天秤にかけて「どっちがトク」かと判断して、時にはウソをつきます。 だからウソにはある種の「合理性」が要求されます。 犯罪の「動機」を求めるのも同じ理由です。 ましてや「動機なき犯罪」は、社会生活を根底から揺るがすので絶対に必要なのです。 なんとなく殴っちゃいました。 刺しちゃいましたけどそれが。 盗んだけど別に欲しいわけでは。 ……とサンプルを上げて驚いたのは最近、多くないですが、社会基盤を揺るがす理由なき犯罪。 話を戻します。 一貫した人格が参加者だという前提で成り立っている社会でその場その場で人格を形成して厭わない人がいたらどうなるでしょうか? ある時はお姫様、ある時は生保レディ、そして主婦であり、夜の蝶。 ま、いなくもありませんがそうではなく「時に左側で、時に右側。そしてある日は人権主義者」 というように自分のアイデンティティをその場限りで変えてしまう人のことです。 そしてそこに悪意はなく、その場だけでの「最適解」を紡いでいきます。 身につくものと言うより「天性」のものです。 だから生育歴を辿っても本質には辿り着きません。 人なつっこく感じるのはこの天然の人が人と出会ったときの「最適解」だと学習しているので、なりふり構わず気に入られようとします。 普通の人が一貫した人格の中で、相手の価値を見定めようとするなかで、相手がどんな人であるかは重要ではなく、とにかくその場限りでも気に入られることが大切なのです。天然は。 もちろん、人なつっこいことが悪いわけではありません。 ただ、「理解不能な人」は人格が一定していないのです。 彼も精神鑑定したら何人のビリーミリガンがでてくることか。 このアプローチを知っておくといつか役立つ日が来るかも知れませんが、遭わないことを願っています。本当に大変です。 この「天然の人」は決して悪いばかりではありません。 例えば、タレントさんや役者なんかでは輝きを放つ資質です。 数秒後には違う人格になれるのですし、過去にコダワリがないぶん次に進むエネルギーに溢れています。 ただ、ビジネスには不向きです。 だって毎回違う人格の人と取引はできませんから。 つまずきはそこなんでしょうね。たぶん。
Jul 6, 2007
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昨日、ウェブ担当者フォーラムの安田編集長からメールが。「たぶんブックマークとかの反響は少ないかと思われますが 良い記事をありがとうございます」 今週の記事は本当にホームページに携わっている人なら誰も知っていること、大切だと思っていること、そして言えないことなのです。 企業内ウェブ担当者にむけて綴りました。 ネットの住民でも「業界関係者」でもなく担当者に向けて。 ある意味、ホームページ運営でもっとも大切なことをつづってみました。■Web担心得心得其の弐十九「LOHASな更新術、持続可能な情報リサイクル」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/07/04/1586
Jul 4, 2007
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参院選が迫っているので政治ネタを。 以前、応援していた確かな野党へ。 小池百合子さんが防衛大臣となり、丸川珠代さんが出馬して、政界も「女子アナブーム到来」 といったところでしょうか。 女子アナと言えばフジテレビとばかりに我が世の春を謳歌しているようですが、最近ではテレビ朝日の追撃も激しく、キー局とはいえローカル臭の漂うテレビ東京も「マニア」には支持されています。 いっそ集票目的の擁立なら「元フジテレビアナウンサー」 という肩書きを持った方を担ぎ出した方が「数字」がとれるのではないでしょうか。 先日、テレビ朝日のバラエティー番組で系列局である朝日放送出身の山本モナさんは「フリーアナウンサー」と肩書きがありましたが、有賀さつきさんは4年半しか在籍せずに、フリーになって15年経ても「元フジテレビアナウンサー」とありました。 過去の恩讐からテレビ朝日と朝日放送には色々ありますが、しかし、フジテレビアナウンサーは一つのブランドだと言うことです。 さすがに全民放で一番平均年収の高い会社だけのことはあるのだなぁと足立区の片隅で呟いております。 まるで暴力のプロフェッショナルとなった人が「元世界チャンピオン」 と呼ばれ続けるように コホン。ならばです。 蓮舫さんも悪くはありませんが「クラリオンガール出身のキャスター」 ではなく「フジテレビ出身」 のかたを擁立されてはいかがでしょうか。 フジテレビ出身なら「客寄せパンダ」も喜んでやるのではないでしょうか。馬鹿にしているのではなく「役割」を理解している大人が多いようなので。 テレビキャスター界では「ジャーナリスト>アナウンサー>タレント」 という格が見え隠れして、ワイルドカードがフジテレビのアナウンサーという肩書で、どこにでも「はまる」ようです。 さて、久間さんを庇うつもりはまったくなく、同盟国の「軍」担当大臣としては遙か昔にその資格はない発言をしているのですが、その時は「確かにイラク戦争は間違いだったが」 という論が引き合いにだされました。 いやいや「現役大臣の立場」というのならどちらが国益を損ねるかは火を見るよりも明らかです。 実際、彼がアメリカ訪問したときに受けた扱いが同盟国の感情を表しています。 ところが「戦争は間違い」という発言は夢想的平和論者を喜ばせ、自衛隊違憲・廃絶運動家も喜ばせ、そもそも論を活気づかせたので、責任追及は甘くなりました。 本来、「政権奪取」を「王道」から攻めるなら、これこそあの「確かな野党」 は追求しなければならなかったのですが。 そして今、安倍っちの「任命責任」を問います。 もちろん、責められるのは当然ではあります。 が、「論」には注意しなければなりません。「なぜ、すぐに辞めさせなかったのか」 という執拗な追求を続けると判官贔屓が芽生えるからです。「すべて工場長に任せていました」 は、加工肉のマジシャン、ミートホープ社長の発言。 一方、安倍首相は部下をかばっています。 任命責任の回避という面は否めませんが、しかし、何でもかんでも首を切れというのは、反面政治ショーを見ている観衆にざらついた感情を思い出させます。「トカゲの尻尾キリ」 だと。良識を持った日本人は一方向だけには流れないのです。 プロゴルファーのパパを擁立したあの立派な野党に最期の神風が吹いています。 だからこそ「勇み足」は国民への最大の裏切りであることをあの党は噛みしめて欲しいと願っております。 そして久間発言で「言えないこと」。 この国では相変わらず「核」がタブーなんだと。 将軍様の火遊びで右往左往していたのものど元過ぎれば右から左へ受け流してしまうのですね。 将軍様が火遊びするから「しょうがない。核でも持つか」というのも「国防」の一つの選択肢なのですが。 そしてあの確かな野党に最期のアドバイス。 かように私たち庶民様は「国防」が苦手です。 投票日は夏休み。 ボーナス商戦も一段落して、前倒しの小学生は夏休みを終わらせている29日。 国防では弱いのです。
Jul 4, 2007
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親分アメリカのイラク侵略にいちゃもんをつけたのに比べれば今回の発言はまだましではないでしょうか。 7月。繁忙期に突入して心の余裕が若干在庫不足となっているのでいきなり本題です。「原爆投下しょうがいない発言について」 あの・・・酷くないですか? 最近。 発言の一部を切り取ってあげつらうこと。 久間防衛大臣の麗澤大学での講演を聴いた訳ではありませんが、新聞にあった「要旨」を読んでみるとこのしょうがないを額面通りには受けとれないのです。 大臣や政治屋さんとしての「言語選び」に首をかしげるのは、当然ですし、原爆被害者や関係者からすれば腹立たしいことでしょう。 不適切な表現であることは1000%認めます。 まして「歴史認識」からも間違いです。 が、しかし。 中学の国語のテストでこの発言にこのような設問があったとします。「この時の大臣の真意を延べよ」 さてどう答えるでしょうか? 不適切な発言として大臣の資質云々は結構ですが、あの一部分だけを切り取るのはいかがなものかと。 野党の追及もメディアの虐めも、あれじゃ本当に罷免したくてもできなくなります。 発言は不適切であっても「感情論」だけでは弱すぎます。 引用という名の盗作ブログの氾濫を危惧するものとして、発言の要旨をのニュースサイトなどから「コピペ」はしません。 ただ、「ググ」ってみたところ要旨というより要約や抜粋が多く、これではこのテストの答えが見えづらい点はご注意ください。 できれば昨日付の産経新聞あたりがオススメです。 略された要約は、発言の「行間」を読むには不向きです。 「しょうがなかった」発言の前段部分の「日本がドイツのように分割統治されなかったのはソ連の 参戦がなかったから」 がない新聞要約が殆どの中、産経だけは入っております。 そしてこの段がないと支離滅裂で「しょうがない」だけがクローズアップされてしまいます。 私は3回ほど読み直しました。 実は最初に日経新聞を読んでいて「またこのおっちゃんの失言か」 と要旨に目を向けたのですが、発言が理解できなかったのです。 まるで酔っぱらいの話のように、的を射ないなにを言いたいのか主題がなんだかわからず、唐突に文章が締めくくられています。 テレビでは発言の超要約「原爆投下は仕方がない」をフリップにして責め立てます。 新聞は差分で読みます。 つまり、数紙とっている新聞のうち、それぞれ独自の記事を拾い読みするようにしています。 久間発言は日経で完結していました。 しかし、産経新聞の2面に大きく載っていた「発言要旨」は日経のそれと割いている面積が違います。 もしかして・・・と、再度日経新聞も広げて横に並べて読み進めると「なるほど」。 彼が防衛大臣になって以来の失言などについても「なるほど」。 こちらは記者さんがほぼ全文として紹介しております。■iza! 産経新聞記者 阿比留瑠比さんの記事(ブログ)http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/211450/ それでは国語のテストの答え合わせです。 但し、以前もいいましたが国語のテストの「太郎さんはどう思いましたか? の答えは一つじゃない」 と考えておりますので、あくまで解答例ということで。ミヤワキ解答例:この人、アメリカが嫌いなんだ 「しょうがない」の直前の「頭の整理で」から自分に言い聞かせているとみることができます。 言い聞かせるということは納得していないということです。 だから、その後に続く「アメリカを恨むつもりはない」とは「本当は恨み骨髄に徹す」の隠喩かというのが私の見立てです。 ただ、過去の発言でアメリカに睨まれちゃっており、国防大臣という立場からはこれ以上のトラブルは国益を損ねるので「忸怩たる思いを隠すやせ我慢発言」 だったのではと。 それに新聞各社の要旨で削除されていますが、本旨は「吉田茂首相選択の正しさ」 であり、一例としてソ連の侵略による分割統治を回避できたことを紹介しようとして、あやまった歴史認識による粗忽な表現で煽り気味に語ったことでああなったのでしょう。 分割統治を避けられたことは結果オーライだけど、どうひいき目に見ても「長崎の原爆は余計だぜ。ガッデムヤンキー」 というのが本音で、ただ今の時期アメリカ批判に繋がる発言はまずいだろうということで更に迷宮入りしてしまったと。 もちろん、そんな人が大臣でいいのか? という議論はあってしかるべきですが、発言の一部だけを取り上げる様に「参院選挙で与野党逆転なら面白い」 という色んな人の大人の事情に見えて不愉快です。 というのも立派な野党にチャンスカードが何枚も降り注いでいるのに相変わらず枝葉末節ばかりに捕らわれており、これじゃぁ今月末には国民は飽きてしまい、海水浴にでかけてしまいますよ。
Jul 2, 2007
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