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とある「士業」の方が、私の昔のホームページをみて「こんなに長い文章は読まないよね」 と非礼と理解せずに言い垂れていました。 その方のホームページは所属する団体や、他のホームページから、引用というなのパクリでパッチワークされたもの。 確かに文章は短い・・・というより、キャッチコピーをつないだだけのとても文章とは呼べないしろものでした。 別の機会にこの方が寄稿した本業のレポート見ました。 法律が変わったこととその目的は、各種広報誌のままですし、だから自分たち士業に相談しましょうねという醜悪なものでした。 ここで納得。文章の素養がないんだ。読解力も含めて。 会話は結構いい加減で「反射神経」で間違ったことも正しくすることができますが、文章はそうはいきません。しっかりと筋道を立てて適切な語句を用いることが求められます。 士業は「おしゃべりの人」。 日頃も本は読まないといいきりました。 正論のようにまかり通っているものの「嘘」にスポットを当ててみました。 ちなみに「非礼の場」に同席した他の多数から、「え? 最後まで全部読んだけど」 と声があったので私は否定も肯定もしませんでした。■Web担心得其の四拾五「長い文章は読まないという嘘。コンテンツを読ませるちょっとしたコツ」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/10/31/2102
Oct 31, 2007
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月末です。 ヒトモノカネが動きます。 明日からは「早いもので今年もあと2ヶ月」という言葉の特売が行われるんでしょうね。 さて、ヒトモノカネを串刺しにして置き換えるとすると「情報」となります。人材やキャラクター、品質に機能、価格に価値といったようにです。 戦争でも経済でも恋愛でも「情報」は勝敗を左右する要素で、敵軍の兵站が不足していれば持久戦で音を上げるのをまったり、大株主の創業家の不満を察知してTOBを欠けたり、意中の相手の好みに合わせたレストランを選んだりできます。 いま、準備しているウェブ担当者フォーラムの記事にもまとめているのですが、インターネットによって情報を集めやすくなったという事実は認めますが、一方で、その中身が薄くなっていることはあまり注目されません。 これにはいくつかの理由が考えられます。1)見出しで「結果」を記憶するだけ 事実は一つでも過程と結果によって意味合いは異なります。 先日も取り上げた「トルコ議会やっちゃうよと決議」にしても道筋を理解していないと、「中東や世界を不安定にさせるトルコ」 という印象になりますが、水を向けたのは米国です。 しかし、「知ったつもり」を満たすだけならネットニュースの見出しで事足りてしまうのです。 続いての理由が2)人が受け入れる情報量の限界 人間に無限の可能性というファンタジーを求めるのも結構ですが次の理由とも重なるのですが、視野に入る情報量には自ずと限界があり、瞬時にブラジルのブロガーが綴ったカーニバルの熱狂をみることができたとしても、同時に赤の広場でコサックダンスを踊る若者が躓いた理由を知ることはできないからです。 また、常に「速報」に触れる環境にいると麻痺します。 悲しい例えを持ち出しますが、「バラバラ殺人」 と聞いて背筋が凍る恐怖を覚えるでしょうか。 昭和の時代は「普通の殺人事件」だけで1週間以上ワイドショーが騒いでいたことを思い出します。 情報に触れ続けることで、無意識のうちに取捨選択し、表層的な派手な事件を記号として認識してしまっているのではないかということです。3)テキスト芸でしかない 動画共有サイトを持ちだして「映像も音声もある」ということはこの指摘の本質ではありません。 動画で見て音声で聞いても本質的な「経験」とは成り得ないということです。 もちろん、空手経験者が有段者の演舞を「ユーチューブ」で見て、その技に触れることはできますが、それは自身の体に刻まれた経験が下地にあってのことです。 料理本を見ても上手く作れないという人に未経験者が多く、レシピを見ただけでさっとつくれる人は経験によります。砂糖を先に入れた方がしみこみやすいや、白菜からは水分がでるから仕上がりを予想して調味料を調整したりというものは経験からしか身につきません。 ところがネットの中では偉人にも賢者にも聖人にも名工にだってなれちゃいます。 匿名ブログで何者かになればOKです。経験がなくても経験者のブログから引用すればその気を演出するのは簡単です。 それはまるでスポーツ紙からの「引用」を自分の取材のように語る芸能リポーターの前田忠明氏のように。 ・・・もっとも情報の「薄さ」はネットから始まったものではなく、フジテレビが仕掛けた「楽しくなければテレビじゃない」の軽佻浮薄路線がバブル経済へと向かった時代と重なり、他局追随を生み出したあたりから顕著になったとみています。 そこに明治維新からの「テクノユートピア」の系譜として、とネットが登場して、テレビの暴走を受け継いだという見立てです。 軽くても良い。知ってるつもりでよい。 新書ブームもこの流れにあります。 情報の軽量化、薄型化が進行して、足を止めて深く考えを巡らすことは歓迎されなくなりつつあります。 一方、時には息を潜め、時には恫喝し、ヒトモノカネを呼び寄せて深く静かに大胆に自分たちのやりたい放題をしている人たちがいます。 彼らは情報をコントロールします。 陰謀史観のそれとは違う意味で、メディアに規制をかけ、時には喜ぶネタを提供して懐柔し、企業にも規制と助成で揺さぶりをかけます。 一般庶民などは税と減税の使い分けでイチコロです。 そう、彼らの正体は「官僚」。浅薄な官僚批判ではありません。 何代にもわたり築き上げられた彼らの「情報管理術」の巧みさを知るべきだということです。 例えば有楽町、銀座エリアの再開発。 サンシャインの池袋、新都心新宿に渋谷・原宿に六本木と、文化の拠点は拡散していきました。バブル期にとある筋から聞いた話ですが、「銀座以外の盛り上がり」を歯がみして悔しがっていたと言います。高級官僚が。 渋谷原宿などは「若者」だからと相手にしていなかったものが、日本中から、そして世界からも注目されるにいたって、銀座をさしおいてという怒りです。 都庁も以前は丸の内、現在の国際フォーラムにありましたが、新宿に引っ越してからはお上の意思が通じにくくなり、そこに慎太郎都知事登場で、もう悔しいっ! てな感じです。 そこで霞ヶ関のお膝元の「再開発」をと。 霞ヶ関の庭である丸の内はビジネス街に、銀座は商業地として。 「都市集中」を懸念するなら日本一の繁華街「銀座」の開発を規制すればよいのに、次々と認めたのは何故でしょう。 同じく老朽化を理由にオフィスビルを立て替えるのであれば、高層化を認めない規制をかけるべきです。低層により、賃料が上がりますが、見合わないビジネスは見合う場所を探して、その地域経済を潤すことができ、集中を排除できます。 メディアは盛り上がります。新しい物好きの習性に加えて、許認可を握るお役人様が喜ぶことを知っているからです。 さて、これのどこが「情報管理術」か。 情報とはヒトモノカネが集まるところに引き寄せられます。 最初に触れたように存在自体が情報であり、それらを欲する人たちが欲する理由という情報を持ち込むのです。 そして丸の内、銀座エリア・・・つまり、官僚のもとに情報が吸い寄せられるようになるという算段です。 安全性の問題から都心部での運行が認められなかった、「オープンバス(2階建てバスの2階部分の屋根がないバス)」 が皇居周辺と銀座を周遊したのは偶然でしょうか。 ビジットジャパンという観光客誘致の目玉の一つで、いくつかの会社が入ることで分かりづらくなっていますが、元を辿ると国策企業の陰がちらつきます。 逆に自分たちのもとに来ない情報を怖れます。 日本一の繁華街、大銀座の話の後は足立区の話。 足立区の大動脈は東武伊勢崎線(以下、東武線)で南北に走ります。 一部を除けば区内を運行するバスは東武線の各駅が始発着となります。区内の移動は東武線が基準となります。 都心に行くのはこれで事足ります。 足立区東部には「つくばエキスプレス」が走り、足立区の最南端北千住から、東部をかすめて南北にぬけ、秋葉原へのアクセスが便利になりました。来年の3月には足立区西部をこれまた南北に「日暮里・舎人ライナー」が走ります。 都心へのアクセスは格段に良くなります。 ・・・が、区内の移動はあいかわらず不便です。 最寄り駅の竹の塚駅西口まではバスがあります。 しかし、東口から1キロちょっといった先ある「元淵江公園」に行くには、一旦バスを降り、駅構内を抜けて別のバスに乗り換えなければなりません。 区民の足は皮肉にも大動脈東武線で分断されているのです。 足立区には東武線というベルリンの壁があるように分断されており、壁の向こう側に行くより都心に出る方が手軽です。 東京23区を時計盤に置き換え、針の回転軸を丸の内、足立区を12時とすると江戸川区は3時位に位置します。 こちらはJRも地下鉄も走りますが、足立区の南北に対して東西に走ります。 全ての道は丸の内に通じます。そこから霞ヶ関へ。 ヒトモノカネの流れを霞ヶ関から見下ろします。 都市計画から「情報」を管理しているのです。 交通網については都心の求心力と区内の需要からという説明に一定の説得力を見いだすことは簡単です。 江戸川区では南北に走るバスを導入しました。 東西に延びる鉄道各駅間の輸送と区内移動の利便性を高める試験としてです。 利用者が多く増便で対応することを決定しました。 つまり、丸の内に行かなくてもよいという「市場」があるということです。 そして「地方分権」が叫ばれる昨今、これは官僚にとって許し難い事実でしょう。 地方で完結する経済圏ができあがってしまうことで、情報が入らなくなるからです。 この江戸川区の取り組みは注目に値します。 また、官僚の対応も。 「イトシア」や「プランタン」、「エキュート」などなど。 霞ヶ関の眼下に広がる夜景を見ながらブランデーグラスを回している・・・イメージが貧困ですが、官僚を情報という切り口から見ると非常に巧みで、その能力を何故「外交」 に活かせないのかと首をひねるばかりです。
Oct 31, 2007
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記者会見を見て。 逃げたオヤジを子供に問うことで、リポーターが悪役となりオヤジ思いの孝行息子という「茶番劇」とみるのはひねくれすぎでしょうか。 そして逃げきったオヤジは時を待たずに世間の耳目を集めるのは歴史が証明しています。けじめをとれない人は、必ず繰り返します。 喉元過ぎれば熱さを忘れるので。 しかし何より、今回の記者会見は全国の子育てに悩むパパやママに明るいニュースをもたらしてくれました。「世間的には自分がちゃんとしてなくても、 子供に大義名分を語って育ててもOK」 ということ。 まぁ昭和の親なんて理不尽でしたしね。って、うちだけでしょうか。
Oct 26, 2007
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ロスチャイルド家やらロックフェラー帝国やらと世界はどうやら大変な人たちに牛耳られているようです。「自分的」 な世界観や価値観をもっていない人には薦められませんが、ある程度社会の成り立ちやマネーの動きが分かっている人は一読の価値があります。 丸呑みは危険ですが、「ドルは非兌換紙幣」 とはドルを金に替えることができないというのはなるほど。 そして日本は属国としてアメリカ人の「享楽のための消費生活」 を下支えしていたという下りもなるほど。 知っていることも多いのですが、違う角度(陰謀史風味)でみることでより鮮明に感じることができます。 次のアジアの覇者は中国。 もう米国との間で約束ができているとのことです。 やれやれNOVAにでもいって中国語を習おうか・・・って会社更生法が入ってしまいましたね。 これもどこかの陰謀でしょうか。■ドル覇権の崩壊―静かに恐慌化する世界http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4198620105
Oct 26, 2007
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「不惑」が射程距離にはいったせいか、ある錯覚に襲われることが多くなりました。 あれ、ここって来たことあったけ。 この間行ったのはどこだったけ。 まるでラビリンスを彷徨う子羊です。 記憶力の低下に不安を覚えてしまいます。 ショッピングモールや繁華街の話です。 日本の二大小売り流通イトーヨーカドー系列とイオンがそれぞれ展開しているショッピングモール「アリオ」と「イオンモール(ショッピングセンター)」に行くたびにどっちがどっちか分からなくなるのです。 アリオにはイトーヨーカドーが、イオンにはジャスコが出店しているので、本当に分からないほど痴呆は進んでいませんが、その作りから何から同じように見えてしまうのです。 出店立地によっても異なるのでしょうが、私の知る限りどちらのショッピングモールも内部は、持ち手の両側に球体がついた鉄アレイのような配置で、どちらかの球体がイトーヨーカドー、又はジャスコといったスーパーが占有して、持ち手の部分が吹き抜けのショッピングタウンとなっています。 どちらも三階までが商業ゾーンで、上階は駐車場。また、「スーパーの入っていない方の3階」 がシネコンになっています。 出店しているテナントもほとんど同じラインナップです。 私はスーパーのプライベートブランドを見て区別をつけています。 だから何処へ行っても一緒で感動も喜びもなく記憶に残りません。 自虐的な日本人感から見れば「横並び意識」の発露という見方もあります。「はずれないように」と平均点で店作りをしていった結論ということです。 もちろん、これもあるでしょうがもっとストレートな理由は「経済原理」 にあります。経済原理から平均化は避けて通れないのです。 経済原理とぶち上げましたが本日は給料日後の金曜日。 居酒屋で「語れる」話です。 立地にもよりますが一般的な店舗より、ショッピングモールの方が集客力があります。建物のランドマーク的な役割に、胴元がうつ広告、駐車場や一箇所に様々な店舗がある利便性等々です。 建築費も広告もタダではありませんから、その分がテナント料などに上乗せされるのは当然の話です。 一般的な店舗の場合、貸し主と家賃を交渉することができますが集客力に魅力を感じて出店するわけですから、提示された金額を受け入れるしかありません。不人気モールなら話は別ですが、それならば集客力は期待できないという本末転倒となります。 そして出店・維持コストは跳ね上がります。 明日発行する「伸びる会社はしっている」のネタに詳しいのですが、商売の基本的な考えは「算数」です。(単価×客数)ー(原価+経費)=利益(粗利) という式が実際の商売の考え方ですが(単価ー原価)×客数ー経費=利益(粗利) こう置き換える方が一般的に分かりやすいでしょうか。 客数を確保するためにショッピングモールに出店します。 すると「経費」が増大します。 すると、原価を下げるか、単価を上げるかしなければ利益はでないのです。 と、これは近視眼的な商売をやったこともないコンサルタントの「起業セミナー」などではよく見聞きしますが見方を変えてみるとこういう考えも浮かんできます。「そもそも原価率の低い商売が出店しやすい」 飲食店でいえば、麺類も含めたいわゆる「粉もの」や「チェーン店」がそれに当たります。洋服屋さんでも手縫いのオーダーメイドでは割に合わないでしょう。 良い悪いではなく経済原理から「平均化」していってしまうということです。 不動産バブル継続中のニューヨークではもっと熾烈な経済原理が働いています。「ムーンダンス・ダイナー」「セカンド・アベニュー・デリ」といった「老舗」のレストランやライブハウスが次々と姿を消しています。 家賃高騰の煽りを受けて店を維持できなくなっているのです。 契約更改時に日本円で300万円ぐらいの月額家賃が倍になったりするのですからたまったものではありません。 老舗店舗は1Fにあることから不動産価値が高く、ねらい打ちの形となっているのです。 そして「開発著しい丸の内・銀座エリア」に「六本木新エリア」などなど東京各所で同じ現象が起こっているのではないでしょうか。 丸の内周辺は山手線の内側、外側でコンセプトの違いはありますが、内側・外側それぞれ同じ様な「中身」です。 ちなみ開発ではなく「再開発」。 官主導で行われていると「噂」されているのは別のネタで。 米国万歳を唱えるつもりはありませんが、ニューヨークではこの動きに「街の多様性が失われる」と懸念する声が上がっているといいます。 平均化も街の一つの形ですが、同時に異を唱えるのもまた一つです。 ところが・・・東京の一極集中を加熱させるかの「再開発」と金太郎飴のような店舗開発を非難も批判も出ないのは「どういうこったい!」 と居酒屋でくだを巻いてください。
Oct 26, 2007
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最近、地元足立区に貢献する気持ちが薄れつつあります。 内向き嗜好の日本の縮図のような街では、実力よりも人脈、実績よりも推薦が効力を発揮するからです。 だからといって育った街ですから、相変わらず近所の小学校のホームページを無償で更新していますが、この自治体や地域に関わる公的・準公的機関への期待を持たなくなったということです。 明日、豊島区方面の準公的機関の仕事に行くことになったのも面白い巡り合わせといったところでしょうか。 最近では口にする人も増えたのですが、IT関係のプロは定義が難しく間口も広いことが混乱を呼んでいます。 「サイバーエージェント」の「営業部」をIT関係者というとんでもない話が平気で飛び交います。 この論理で行けば自動車ディーラーの営業は自動車工学の権威かスーパードライバーになってしまいます。 我が町足立区の公的機関と準機関で「商売に役立てるホームページ(仮名)」 となるセミナーを開催します。講師の名前を調べてみると全く引っかからずに、どこかの陸上大会の記録ばかりです。 早速、問い合わせてみます。 すると某企業からの出張とのこと。某企業は明かせないということでした。「なんだ。社員じゃん」 商売用ホームページを作るのはもちろん社員でも結構。 管理だってOK。 しかし、「実戦経験」がない人間です。 これを総じて「素人シェルパ」と名付けました。 拙著では「ぷちホームページ屋」と呼んでいた人たちです。 足立区には素人シェルパがうようよいます。 そして仕事も彼らで回ることが多く、その絶望が地元貢献への意欲をそぎました。 ハッキリ言います。害悪です。 そして解決方法明瞭です。答えは本編で。■Web担心得其の四拾四「ヤフオク経験一度でオーソリティー。素人シェルパが商売用の足を引っ張る」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/10/24/2060
Oct 24, 2007
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現役大臣の時に貝割れ大根を食べてトラブルの際は「食べるブーム」 を作ったカイワレ管ちゃんこと菅直人さん。今度は突撃ブームに新規参入するのでしょうか。ならば是非にと願うのが「突撃! 隣の晩ご飯(料亭編)」 シャモジをもって突撃してくれる日を夢見ています。 まぁ民主党のパフォーマンスですが、役人体質を白日の下に晒すには良かったのですが、一番の問題は彼ら「官僚」は自浄能力をもっていないことです。 私が微かに民主党に期待するものがあるとするならば、「政権政党になった暁の官僚改革」 でしょうか。非現実的ではありますが、しかしこの国を憂うならここが最悪の元凶という事実から目を背けてはならないのです。 あ、ちょっと格好つけすぎましたかね。 平たくいえば反省しないサルをどうにか調教しなければならないというと「お役人様」に失礼でしょうか。 ただね。 同じことを繰り返すという意味で「サル」と重ねたのです。 ほら、思春期の頃にまことしやかに語られた「サルに●●●●教えると死ぬまで・・」 というあれです。同種のものではラッキョやタマネギを渡すと最期まで皮むきをして食べられないというものもありますが、サルはそこまで馬鹿ではないと。 昨日の「突撃管ちゃん」で「名刺も出さない役人」が、「ここからは入れません」 と体を張って抵抗していましたが、あれがセキュリティや個人情報保護ではなく「隠蔽体質」 の発露だということを私たちは学習しています。してますよね? しかし、相も変わらずコキ続けている・・・臆面もなく茶番を演じられる厚顔さが官僚様に欠かせない資質です。 そして民主党のパフォーマンスを残念に思うところが、悪くはないのですが、ああいう派手なことをすると役人の個人攻撃的な「国民感情」が芽生えてしまいやすく、国民をミスリードしてしまう危険性があることです。 矢面に出てこない役人が一番悪質なのですから。 長野県の「田中知事」の「二つ折り名刺事件」を思い出せば、そのありようが見えてくるのではないでしょうか。あれ以来、携帯電話の「二つ折り型」がトレンドになったという・・・嘘です。 伏魔殿の奥に隠れる連中の忠犬を叩いても意味がないのです。 サルの次は犬かと、あとは雉を桃太郎の完成ですが、忠犬には幾ばくかの「リスペクト」も込めていることを添えておきます。 それは組織人は個人の信条よりも組織の利を優先しなければならないことがあるという意味においては、尊敬の対象となるということです。 一般的な官僚批判に欠けている視点はここです。 こういう「滅私の人」の存在が、内向きの求心力を生み出し組織を堅牢にしてしまいます。組織の外側から見れば、そもそもが間違えているとしても、「人として尊敬」の部分が忠犬遺伝子として受け継がれてしまいます。 それをサルたちが利用します。 ことがおきるとワンちゃんが吠え、唸り、組織の敵へと飛びかかり傷を負っても、サルは無傷です。 役人は組織に尽くすのではなく国家であり、国民に尽くす。 これが「本筋」であり、急務の「官僚改革」の基本です。 組織ではなく「国家」に尽くす姿勢を評価する体質や体系にしなければいつまでも同じことを繰り返す・・・のですが。 ところが・・・これは何度も見た光景です。「守屋事務次官の疑惑」 ではなく、こういった不祥事が「退官後にリークされるがそのネタ元はだぁれ」 ということ。全てを知っているのは組織の内側の「現役」で退官後の影響力を排除するため・・・という「噂」は外務省の時も大蔵省の時もありました。 告発により退官後の影響力を排除しました。 が、その省庁の自浄作用が働いたケースを見たことがあったでしょうか。 繰り返されるのは義憤に駆られたことではなく、単なるボスザルの交代劇に過ぎず、自然界の法則の如く繰り返されている証左です。 つまり人知によるものではなく人間という「動物」の本能で・・・だからお役人様を「サル」呼ばわりしたのです。 一所懸命仕事をしているお役人様はいらっしゃいます。 こういう批判を書くと反論があることもあります。 もちろん、その方々への感謝の念はもっています。 でもそれは美味しいラーメンを出してくれたラーメン屋さんへのそれと同じです。 だって、一所懸命仕事をしているのは民間では当たり前の話ですから。 次期政権を狙っている民主党。 苦しい立場のデフェンディングチャンピオン自民党。 どっちゃでも結構。「官僚の抜本改革」 をマニフェストにいれて欲しいものです。 ・・・が、そうした瞬間に霞ヶ関のサル山から、党の不利になるネタが流出してくるんですよね。 だからそこで役立つのが「報道」なのですが・・・期待できないのが悲しいところです。 丸の内・銀座エリアの再開発を諸手を挙げて報道しているようではお話しになりません。これについては近日、掘り下げる予定でおります。
Oct 24, 2007
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知っておきたい日本と世界のエレガントな雑学の結晶といえるかもしれません。 知識コレクション的な「トリビア」ではなく、背景にある歴史や流れにもさらっと触れてそれでいてくどくありません。 刺激的な見出しをいくつか紹介します。「現在の有り様から古代を規定する愚かさ(第5章)」 はい。その通り。本章では中国と朝鮮半島の帰属についてスッキリと語ります。 また、東京裁判なども同じ系譜にある愚行です。「百姓兵の強さ、農民達のたくましさ(第9章)」 多分、水戸黄門と左派勢力により「労働者は搾取され続ける弱者でなければならない」 と規定されたことと、「弱者優遇原理主義」に相関関係があるのではないかと見ているのですが、明治のお百姓さんは強かったというエピソードです。 南京大虐殺についてもさらっと触れますがこれが痛快。「30万人を虐殺したとしたら『ケチな帝国陸軍』が小銃や機関銃 を使わせるはずがない」 と喝破します。戦闘中でもカラとなった「薬莢」を拾わせるエコロジー(笑)な軍隊が無抵抗の市民相手にもったいないことはしないということです。 また、本宮ひろ志さんのマンガで物議を醸した「100人切り」については「刃こぼれがして無理」 と。しかも刀は将校の私物ですからこれまたもったいないと。 一番秀逸だったのは「日本を祖国と思っている人日本人」 と、すると日本人はノーベル賞をひとつなくしてしまいますが、それは・・・まぁ日本人がとった訳じゃないので仕方がないですね。 お隣の国のように血に少しでもまじっていれば「祖国の誇り」とするのはちょっと馴染めませんし。■常識として知っておきたい「世界の中の日本」http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4759309853
Oct 19, 2007
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今週のウェブ担当者フォーラムのコラムで、推敲時にばっさり落としたものがあります。本筋とずれ掘り下げるとそれだけで一遍できてしまうからです。 それは「ネット言論(主にブロガー)とテレビ評論家の相似形」 について。 もちろん全てではありませんが、ネット言論は面白おかしく取り上げておいて、その後の続報や結末に言及する人は希です。 テレビを筆頭とする「ワイドショー手法」をなぞっているだけにみえるのです。 折角、制約のない「自由な言論」ができるのにもったいなぁと。 自省も込めて。 てなわけで続報。「トルコ、虐殺非難を退けるか!?」 先日、腰抜け日本のせいで他所の国の歴史に手を突っ込むくせに自国の虐殺に強姦、民間人大量殺人に原子力爆弾の実験疑惑等々、歴史に自省の一切ない米国の「トンデモ議案」でトルコが非難されそうになっていると書きましたが、トルコは指をくわえてみていませんでした。 新聞を1面からテレビ欄までお読みになっている方なら既報でご存じでしょうが、「イラクを攻めちゃうよ」 とトルコ議会が決定したことを受けて「おいおい、それはまずいぜ。ジョージ」 と慌てて「棚上げ」の方向に動き出しました。 どうして、トルコがイラクを攻めるのか? 「ザックリ」とした説明ですので、細部については目を細めてお読みいただきたいことをご了解ください。 まずトルコの理由を。 クルド人問題という名前は聞いたことがあるかと思いますが、このクルド人の反政府組織の拠点がイラクの北部にあり、ここを拠点にトルコ国内でテロ行為を繰り返しています。 国境線を越えてトルコにやってきては悪さ(というレベルではありませんが)をして、イラク領域内に帰っていくのです。 トルコ側の話を身近に置き換えた仮の話として半島から特殊工作艇でやってきた工作員が国内でテロをして、日本海を渡り半島に帰って行くようなもの。 で、それを「やっちゃる」と、トルコの議会が決定したのです。 国境線にはゲートがあるわけではありませんから、民間人を装ったり、闇夜にまぎれて野山を越えて爆弾一つを持ち込めばテロは成立します。 日本のミサイル防衛の議論のように「飛んできたミサイルだけを打ち落とす」 などできないことは議論することさえ世界では鼻で笑われる事実です。広大な国境線を、多数の民間人を空港のゲートの金属検査のようにチェックすることなど不可能です。 だからもっとも現実的な選択肢は「拠点を叩く」となります。 トルコ議会としては国民を守るための正当な決定です。 それでは今までは何故やらなかったのか。 同盟国米国の圧力によります。 クルド人が支配地域はイラク北部です。ここは比較的安定しているといわれ、海外資本もこぞって参入してきています。 油田狙いです。 こんどはジャイアン国家米国の都合を。 クルド人のイラク北部をトルコが攻撃します。 すると「民族の敵」に対してクルド人が立ち上がります。 え? 拠点を潰すから大丈夫じゃないの? クルド人はイラクの他にもイラン、シリア、そしてトルコ国内にもいて、総数2500万人ともいわれています。 大雑把な比較をするとオーストラリアの人口が2000万人に満たず、サウジアラビアとほぼ同数であることを考えれば、「民族」と片付けることに言葉の傲慢があることがわかるのではないでしょうか。 だいたい今の国境や国家という概念だって最近(中東の歴史から見て)のもので、アラブの民にとっては押しつけられたルールですから。 そのルールが有利に働く人は守りたがりますが、それにより虐げられている側は冗談じゃないということです。 てなわけで、トルコがクルド人をつつくとイラク北部からトルコにかけて「混乱」することは目に見えて明らかです。 イラクの平定侵略が遅々として進まないのに、さらに安定している北部まで揉めたらたまらないわけです。 おまけに自分たちが搾取…接収…いいなりになるはずだった「油田」の行方まで混沌としてしまいます。 さらにイラクの軍事作戦に空輸する物資の74%が、トルコの基地を経由しています。 自分の国が戦争状態になれば同盟国の支援は後回しとなります。 場合によっては同盟国に「支援」を要請することもまた、同盟の権利です。 つまり、トルコが自国民がテロの犠牲にあいながらも「我慢」をしてきたのは同盟国米国の「事情」を斟酌してのことだったのです。あ、もちろんジャイアンが睨みをきかせていたのもありますが。 クルド人側から見れば自分たちの生きる権利のために戦っています。 つまり、生きるか死ぬかと利害とが微妙なバランスでそれなりに成立(?)していたというわけです。 そこに自国の歴史は一切反省しない同盟国がトルコを非難したのですから、「そうくるならやっちゃうよ」 トルコといえばイルハン……もとい、自ら領土を勝ち取った勇猛な国家です。座して死を待つ、また汚名を被ることを良しとしません。 そして、ジャイアン国家も「こりゃまずい」と、舌の根の乾かぬうちに舌を丸めだしたというわけです。 平たくいいましょう。「自分の国、自国の名誉は自分で守るしかない」 が、国際常識です。 武力行使だ国連決議だ。 もっとも基本的な「常識」のお話しでした。
Oct 19, 2007
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拙著がでて痛感したことですが、ネット界って「俺様祭り」なのですね。 ネット界の著名人といわれる人もリアル社会での知名度皆無どころかその「実績」もないにも関わらずの「俺様」ぶりです。 いやいや、人様のそれはそれでどうぞご自由にとしか感想はありませんが、ところがこの方法をメールやブログのコメントでも使う人が増えてきました。 それも粗暴な。手順のあらましはこうです。 まず、否定。論の甘さや矛盾点をあげつらいます。 一通り述べた後に、認めてやるけどね。的な上から目線のお褒めの言葉が綴られます。 詳しくは本文に譲りますが、これでは善意や応援であっても受け入れにくい心の壁ができてしまうのです。 一方。「いつも楽しみにしております。●●の記事は共感しました。 私もいつも不思議に思っていたんです。ありがとうございます。 ところで先日の××ですが、あれは・・・」 とまず、くすぐられてからのお言葉は素直に受け入れる自分がいます。 これを仕事で応用しました。 ・・・超、凄い効果が現れました。 そして、会社の会議でもメールのやり取りでも「否定からはいる人」 が実に多いことに気がついたのです。 それはとっても損していること。ネットの中なら特にです。 上司でも同僚でも恋人でもネット仲間でも。 円滑に潤滑に動かす「マナー」の話です。■Web担心得其の四拾三「俺様の中心で「Yes」と叫ぶ。常識にしたいネットマナー」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/10/17/2051
Oct 17, 2007
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今年の6月に「ビリーズブートキャンプに見る本当の伝え方」を寄稿した株式会社ミック「通販支援ブログ」で11月から連載を始めます。全8回の予定です。 ミックさんは東証1部上場のムトウのシステム部門がスピンアウトした「通販ワンストップサービス」を標榜する企業で、名だたる有名企業をクライアントに持ちます。 実は6月以来、それとはなしに執筆依頼を頂いていたのですが、私の得意とするのは「現場」や「実戦」で、大企業の社員が欲しいそれではありません。 大組織となると新知識や言い訳を主に欲しがり、その人達に語る言葉あまりもっていないのです。 ところが先日、ミックの担当者さんが事務所を尋ねられ、「中小で奮闘している会社もあるんです」 と、そしてやはりというかIT系の悪弊、「現場を知らない人のいう妄言」 がまかり通っておりました。 じゃ、書きましょうか。と。 お陰様で今週は寄稿した予告原稿に第1回目の原稿、そしてウェブ担当者フォーラムの原稿を抱えて、打ち合わせも立て込んでおりひぃひぃといっております。■予告記事書いていますhttp://www.mic-japan.co.jp/home/BLOG/archives/2007/10/post_291.html
Oct 17, 2007
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グッドウィルに続きフルキャスト。 路上系(アーバンヒッピー、ホームレスともいう)上がりの社長が大言壮語・・・コホン、夢を語りまくりのメディアでまくりで、若者や弱者を救済するといっていたエム・クルーも「給料のピンハネ」をしていました。 ピンハネの使い道が明確になっていないので、これ自体の善悪は軽々に下せないのですが、以下にまとめてみます。グッドウィル名目:データ装備費 200円フルキャスト名目:保険料 250円エム・クルー 500円名目:安全協 (300円)(8時間労働の場合) 福利厚生費 (200円) なんだグッドウィルって随分マシじゃん。 夢を追いかけて挫折して、そんな若者を応援したいといっていたエム・クルーの半分以下ですもの。グッドウィルのように大きくなったスケールメリットではなく、連発される訴訟でも明らかなように創業当初から200円ぽっきりなのです。 まぁあそこの三兄弟プラス「マジ悪オヤジ」の例を紐解くまでもなく、無責任に盛り上げるメディアには溜息が出ます。 といってグッドウィルやエム・クルーを批判する気持ちは残念ながらありません。 何かの記事でフルキャストの天引き発覚を知った40代のフリーターがコメントしていました。「グッドウィルがあんなことをしていたからフルキャストに登録した のに」 契約書を見ていないので何とも言えませんが、人材派遣業のビジネスモデルは中間搾取です。 言葉を選べば、人手が欲しい企業に、働きたい人を紹介して、紹介料を得るものです。ただ、どちらも常に溢れているわけではないので人手が欲しい企業に声をかけておき、働きたい人を集めておく手間賃がかかり、それを「紹介料」で賄っています。 営利団体は利益を追求します。 言葉を悪く選べばですが「基本はピンハネ」です。 100万円稼ぐ社員に100万円支払う企業はありません。 不惑の40ともなればこの仕組みを知って欲しいものだと涙しました。 会社のオフィス賃料、支援スタッフの人件費、光熱費、広告費等色んな「土台」の上で稼げるとみて、その分を「ピンハネ」するのです。 そして何より会社という「受け皿」をリスク(私財や時間に失敗して一文無しとなり世間に負け犬呼ばわりされる)を背負って作った創業者や株主への「お礼」もピンハネから支払われるのです。 派遣労働の「労働哀歌」は分からないではありません。 昔、年齢をごまかして冷凍倉庫で冷凍鮭の箱を積み上げるだけの仕事をしたときの手取りは5800円でした。日雇いでその日の給料を貰い即日辞めました。労働のきつさよりも派遣先の社員に人間扱いされなかったことが理由です。 ワーキングプアを取り上げる報道では「格差」を強調します。 貧乏なものは貧乏なまま広がると。 働けど働けどとじっと手を見ると。 12年前。フリーターから社会復帰を決断した一つの理由は「どう計算しても正社員の方が時給が高い」 こと。 健康保険や厚生年金などの会社負担分を計算すると明らかでした。 サービス残業でアルバイトより時給が安い。 厚生年金を払ってくれない会社もある。 などなどと反論もあるでしょうが、手取額が多少少なくなり、土日が休みでない会社なども条件を見直せば、ちゃんとした会社の方が多いのです。 だからそういう会社を選べばばよく、これはまさに自己責任。 ピンハネ。 という言葉で思考停止してしまうと事の本質を見失い、いつまでも同じ側に立ち止まってしまいます。 メディアが同じ切り口なのは、自分たちもしていることを巧妙に覆い隠すための洗脳工作だというと「妄想」が過ぎるのでしょうが。 そこまで複雑なものではなく「盲目的な弱者の味方」なのでしょう。 ピンハネは下請け虐め(支払額の減額や、発注単価の値引き強制)という形で日常茶飯事です。
Oct 17, 2007
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私も「IT系」といえばそうですが、この業界は広く、多種多様な業界がひとくくりとなっています。 データ処理、システム開発、マーケティング、飛び込み営業、広告代理店、デザイン、企画立案にそれらへの「派遣」まで含めてひとくくりで呼ばれます。 拙著でも記した楽天市場は、「賃貸収入」を基礎とした間貸しビジネスから始まり、いまでは何屋かわからないほどの企業体と複数の収益源をもっています。IT系といえばそうですが、周辺産業という風情です。 例えば「連絡いたしました」とさもこちらがお願いしているかのような「テレアポ業者」を電話を使うからと「通信業者」と呼ぶようなイメージでしょうか。 ITとはなんぞやと大上段に構えるのも野暮な話で、この「ぼんやり感」 がヒルズや渋谷系の旨味なのですが、システム開発の現場でよくある「ほぼ軟禁状態」 の方達を思うと首をひねるのです。 職人をもっと大切にして欲しいなぁと。 また同じくわからない人たちに「起業家」や「ベンチャー起業社長」自称するという人たちがいます。 IT系らしく(笑)、ウィキペディアを参照するとベンチャーの説明に「新技術や高度な知識を軸に、大企業では実施しにくい創造的・ 革新的な経営を展開する中小企業を指す」 とあります。起業家も同義だと。 ちょっと首をひねりますが。 えっと日本のベンチャーって海外に既にあった技術やサービスやコーヒーFCを輸入して販売しているものが多く、これは「輸入代理店」 というのではないでしょうか。 FCの輸入はマクドナルドもセブンイレブンも既に取り組み成功例がありそこに確信は見いだせません。 米国で流行したものが数年後には日本で流行るということは永らくいわれていましたが、それを「大企業では実施しにくいスピード」 で展開したのは孫正義さんで、彼の評価としていわゆる「ベンチャー」という評価は正しいでしょう。 もちろん、成功を揶揄するものではありません。 ただ、「新規性」や「挑戦者」と重なる評価を与えることに疑問を覚えるのです。 そしてそれらの根幹を体現しているかの如くが「ベンチャー社長のファッションセンス」 です。以下に特徴を挙げます。1:うすら髭(無精髭ともいうが手入れがされ、あごひげが 主流で最近は先端を尖らせる傾向)2:短髪や伸びた短髪の中途半端なソフトモヒカン(ベッカム という言葉を出すのも恥ずかしい)。もしくは崩れ。 茶髪は減少傾向にある。3:白シャツにノーネクタイにジャケット(襟幅が広く立たせ、 ボタンは第3ボタンまで開いたちんぴらの着こなし。 ジャケットは黒が多く、一部ストライプあり) まるで制服です。 これに「一段上の成功者」となると「価格が高いことだけを自慢するかのような腕時計」 がオプションで加わります。 ベンチャー社長のファッション違いは体系と髭の長さぐらいです。まるで「ホリエモンのようにTシャツはないよね。 やっぱりジャケットぐらいは羽織らないと。 シャツのボタンは留めないぜ。俺って夢を実現したちょい悪 だから。尊敬するのはジローラモと高田純次」 ってところでしょうか。 そして成功者になると腕時計が豪華となり、フェラリーを所有してヘリコプターかプライベートジェット。 バブル成金と全く同じです。 ファッションも行動も「マニュアル」通りなのです。 例えばこちらは米国のベンチャーの老舗、アップルのスティーブ・ジョブズがいつでもジーパンです。 ビルゲイツのメガネは効果なものをしているかも知れませんが、ハリウッドスターのそれを真似したりしていません。 髪型も太古の昔からあのままです。 誰でもない俺様。 ということではないでしょうか。自ら作り出し立ち上げた人間にとって人まねのファッションなど想像だにしたことがないと。 そして変わり者のスティーブ・ジョブズは例外としても、公式の場ではスーツにネクタイという「礼を失しない服装」 は常識以前の身だしなみです。 ノーネクタイに胸はだけシャツは非礼にあたります。 想像で書くことをお許しいただけるのなら、堀江さんのTシャツ時代、「ベンチャー気取り社長」はやはりそれだったのでしょうか。 人は見た目が9割。 というのはファッションセンスも含めて。 ちなみに先ほどの分類であたる「社長」のような人たちは「青年実業家」 と20世紀では自称していたことを歴史に刻んでおきます。
Oct 17, 2007
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キングダムー見えざる敵ーという映画が明日から公開されるそうな。 えっと一つ一つ詳述すると字数が尽きないので避けますが、「テロとの戦い」 銘打たれた時点で作品の背景が透けて見えます。 本作は「サウジアラビアのテロリスト」と設定されていますが、そのサウジアラビアは米国にとって大切なスポンサー・・・っていうか日本と同じ様な扱いといえば良いでしょうか。 ところがそのサウジアラビアが最近「生意気になった」と米国様はお思いになられているようで(二重敬語)で、あまりはしゃいでいると「やっちゃうよ」というメッセージをこの映画から見て取れます。 妄想に過ぎると笑ってください。 しかし、「自由と民主主義の国、米国」はこのサウジアラビアの「王政」を支援し、「独裁者を取り除きイラクに民主化を」と首をつられたサダムフセインをかつて応援していたのは同じ国です。 かの国は自国の利益のためになら映画でも歴史でも民族紛争でも利用します。 といっても程度の差はあれそれが「国際常識」なのです。 すべての国際政治は自国の利益のために行われます。 そして自分の国だけの利益を守るということもできません。 いわゆる「慰安非難決議」が、米国下院で「可決」され、日本はいわれなき非難を受けました。 この時、有志により「意見広告」がワシントン・ポストに掲載されました。ちなみに米国の朝日新聞「ニューヨーク・タイムズ」は掲載拒否です。左利き系メディアというのは何処の国でも多様な言論を認めないようです(嘲笑)。 賛否というかアメリカ人は自分たちがやることに「意見」されることを嫌うので反発が大きく、これを受けた「知識人」は、余計なことをしたというコメントを垂れ流していました。 が、間違っていると思えば間違っていると抗議し、間違えたままなら徹底的に抗議と対抗措置をとるのが国際常識だと知っている「知識人」なら寝言でも言えない台詞です。 そして今、トルコに迷惑をかけています。 親日国家として、米国との同盟国として、また、EU入りを狙うイスラム国家として、トルコとの関係は今後より重要になってきます。 他国のへの干渉という「芸」に磨きがかかった米国が無茶な「決議」を通してきました。 今度は90年以上前の「オスマン・トルコ帝国」を非難する決議案で、1915年から起こったとされるアルメニア人大量虐殺を150万人として非難し、今後の「外交」にも反映させるというものです。 被害者加害者どちらの言い分かという問題は全ての歴史に関わるのでジャッジしませんが、不明確な部分が多く、また、クルド人やトルコとEU諸国との関係がある「微妙」な問題を本件には関係のない米国がつつく異常事態です。 日本がかけた迷惑。それは何もしなかったこと。 いわゆる決議でヤンキー議員どもが妄想決議を可決しても、鷹揚に構えて「日米関係に重大な結果が起きる」 という下馬評を無視して、静観しました。 現在、イラク侵略中の米国にとってのトルコはベースキャンプとして非常に重要な同盟国。 が、過去から現在に通じる米国には関係のない微妙な問題で決議を通すことを問われた議員の台詞を意訳します。「ジャップの時もそういう脅しがあったけど、 何もおきなかっただろ?」 てなわけです。舐められているのです。 舐めさせてしまったのです。我が国が。 日本本土絨毯爆撃による民間人の大量虐殺。 原子力爆弾による民間人虐殺。 古くはネイティブアメリカンの殲滅。 に関する非難決議は出ているのか知りたいところです。 映画「南京」もとんでも映画だそうですが、あれは中国の為の外交映画ですから仕方がありません。 どの国も時刻の利益の為に動いているのですから。 そして映画が国策と連動しているという点でも中華とヤンキーは似通った国といえます。 今からでも遅くありません。まだあります。「占領下の日本で米軍兵による民間人女性の同時多発的レイプ」 ってだれかだしませんかね。 多くの善良なアメリカ人の知らない歴史でしょうから。
Oct 12, 2007
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カンカンカッカン、カッカカ、カンカン(クルッ)カカンッカ。 都心の鉄道網が大混乱です。 近頃の若者(若さ)礼賛につばを吐くようにオジサンぶってみます。「今の人は知らないだろうが昔、改札には人が立っていたんだよ」 駅員さんの切符切りの音は電車に乗ると意識させ、また、会社員となり満員電車に乗り込むようになると、その軽快な金属製の打突音はプライベートからワーキングタイムへと切り替えの合図となりました。 カンカンカッカンという小気味よいリズムも時々、しくじることがあり、その「すか」という無音に、改札を過ぎた後でも振り返ることがしばしばありました。 最初の会社員時代の途中から改札から人が消え、手塚治虫のマンガに登場するゲートに置き換えられていきました。 自動改札機の普及です。 山手線に導入後、賛否両論がありました。 何でも機械化されることへの抵抗に、人員削減につながると「労組」的な批判などと、「輝ける21世紀」 的なテクノユートピ的楽観論とが交錯します。 導入直後の自動改札はトラブルが頻繁に起こりました。 待ってましたとばかりに否定派は盛り上がりましたが、現場の鉄道マンはすかさず残された「人力改札」にたち、カンカンカッカン、カッカカ、カンカン(クルッ)カカンッカ。 と、乗客を円滑に送り出すという意思を感じる姿に職業意識というものを教えていただいた気がします。 私にとっては車掌や運転士よりも、乗客との最初の接点をもつ改札マンに「鉄道魂」を感じる存在でした。 が、もう今や昔。 完全自動となり、電子カード一枚で各線相互に乗り継ぎができ、そしてトラブル時には「無料開放」。 首都機能の脆弱さというコメントは凡百過ぎますが、鉄道日の10月14日を前にあの職人技を思い出す秋の朝でした。
Oct 12, 2007
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メルマガを発行しなくなって久しいのでこちらで告知。「10月のスタミナ苑は平日がチャンス!」 行列のできる焼き肉屋 足立区鹿浜のスタミナ苑ですが、毎年10月の平日は空いている日が多いので、並ばずに食べられるチャンスです。 こればかりは日によってなのですが、空いているときは午後六時に行っても並ばずに入ることができます。 安全策をとるなら開店から三〇分以内でしょうか。 但し、土日は・・・行列です。 久しぶりにお店から「宣伝OK」がでたので紹介しました。 しかし、混雑しすぎるから「宣伝NG」というのもおかしなお店です。スタミナ苑http://www.mode-web.jp/sutamina/
Oct 10, 2007
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悪弊です。IT業界とメディアの。 なんでも新しいものを喧伝して儲かればラッキーという。 騙されちゃいけません。 もちろん、可能性がないとはいいませんが、煽るものにはかならず裏側があるのです。 これはWeb2.0と全く同じです。 ちょっと前のブログやSNSとは違います。 自発的に広まったものではなく仕掛けです。 ちなみに「ネット界の著名人」の多くは「儲ける側」です。 搾取しようと狙っているのは庶民。 が、実態はそこに乗った「大企業」。 やれやれ。しかしまぁこの悪弊もそろそろ飽きられつつあるのは良い傾向です。 そして現在のセカンドライフ騒動はネットの馬鹿騒ぎの丁度よいサンプルです。■Web担心得其の四拾二「セカンドライフってどうよ。大人の事情が通用する仮想世界」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/10/10/1963
Oct 10, 2007
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auを腐したので今回はドコモ。 ドコモがフォーマを利用し相手が何処にいるか探せるサービスを始めました。http://ascii.jp/elem/000/000/068/68353/ いやぁどえらい迷惑なものを始めました。 携帯電話系のサービスは「スポンサー様」ということもあり、マイナス面は報じられないので酒飲み話程度の「浮気がばれる」といったものしか上げられませんが、虐めのツールとなることを指摘しておきましょう。「丸●で万引きしてこいよ」 はい、位置をトレースして指示を出せます。 トレースを拒否することもできますが、その先に待つものを想像するのは簡単です。 チクリに行っても同じです。 口裏を合わせるのは子供は大人以上に得意です。 最大の問題は「望んでいない人でも機能がある」ということ。 断るという行為は想像以上に労力がいるのです。 ・・・あたって欲しくない未来予想図です。
Oct 10, 2007
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東京都のタクシー運賃が値上げされる流れとなりました。 報道によれば「7%値上げを認めて、新料金の10未満の間で価格設定」 とありますから、「値下げ」だってできるということですがこの可能性を報じるところはありません。 みんなが値上げするときに「値上げしません」、または「値下げします」というのはビジネスチャンスなのですが。 古くは消費税導入時の「連鎖値上げ」で缶ジュースが社会主義国のような統制経済を思わせる一律値上げをした中、「オロナミンC」 だけは踏みとどまり、数年後「消費税の(約)倍増」となりついに値上げした際は「よく頑張った!」 と値上げに厳しい庶民でさえ、それまでの労を労い拍手を送ったものです。 新しくはドコモやauが外圧もなにするものぞと、新規アンテナや設備負担から「高止まり」を主張していた携帯電話利用料をソフトバンクが「0円」とぶち挙げたことで、一気に注目を集め、今の「大躍進」の橋頭堡を気づいたことを思い出します。 変化はチャンスです。 が、規制緩和されたはずの「業界」は値上げのベクトルです。 もちろん、「原材料費の高騰」は立派な理由です。 ならば問います。 タクシー価格は10年ぶりの値上げだそうです。「ガソリン(LPG)が下がったときには出ない話」 というのはどういうことでしょうか? ・・・ちょっと定義が幼稚でしたね。 燃料価格の上下で運賃が変わっては混乱しますから、容易なことではありません。 しかし、今回の値上げにこの理由しか挙がらないことをあえてあげてみたのです。 人件費の高騰? 人材確保? これはちゃんちゃらおかしな話で、タクシードライバーの年収は確実に下がっております。 だから上げるんだ。 というでしょうが、私の記憶にある限りですが、いつも同じ理由で上げ続け、バブル期にはタクシードライバーといえば「高給取り」の代名詞だったのです。「今」しかしらなければ信じられないような話ですが。 景気次第だから仕方がないというのならいっそ「規制」などなくてもよいのではないでしょうか。 すると「規制緩和」が悪かったという論が出ますが、以降13%もタクシー法人が増え、ドライバーの収入が23%減っているという報道もありました。儲からない市場に参入する営利団体はありません。 運転手さんの生活向上と値上げとの相関関係を疑ってしまいます。 つまり、今回の値上げで儲かる・・・と皮算用しているのは誰かということです。 タクシーの公益性というのは確かにあります。 それでは違う角度から見てみましょう。 グーグルマップによる「目算」で、実測ではありませんが、700m以上1車線をタクシーが「停車」している公道があります。 東京駅の八重洲口での客待ちタクシーの列は、隣の駅の有楽町付近まで並んでいます。 もちろん、ロータリーでもない「公道」です。 外堀通りを鍛冶橋で左折して東京ビッグサイトに行きたかった私は左から2車線目でウィンカーを出したまま立ち往生です。 左折車線との間にタクシーが数珠繋ぎとなり道をふさいでいるのです。 自家用の一般車両よりタクシーの公共性があることは認めましょう。だからといって天下の公道を独占して良いといのでしょうか。 そして街角にはタクシーを待っている人がいて、これは今でも「乗車拒否」は当たり前のように行われています。 先日も「拒否」られましたから。 一方で日本一地価の高い街の公道を占拠しています。 もう一つドライバーの視点から。 都内や繁華街を日常的に走るドライバーで、タクシーの運転にひやっとした経験をしたことがない人を探すのは極めて困難です。「急に止めてくれといわれた」 という事情以外に車線変更禁止区域での車線変更や、交差点の中での停車、突然の割り込みに急発進などなど、「客のせいじゃない狼藉」 は目に余るものがあります。 朝夕のラッシュ時はもちろん、夜の大通りは怖くて我が社の専務は運転できないといいます。 まぁちょっとしたレースゲームです。 公益性を謳うのなら「タクシー業界全体」の公共性というかモラルをしっかりともってからではないでしょうか。 先日、「お騒がせ」が定冠詞となったモーニング娘。の元メンバーさんが交通事故を起こしました。 報道を受け、とあることを思い出しました。 力士の運転を禁じた相撲協会と大手新聞社の話です。 力士の起こした事故から禁止したのは相撲協会。 こちらはわからなくはありません。夢を売る商売ですからね。 もう一方の大手新聞社はハイヤーかタクシーを使うそうです。 理由が振るっています。「取材する側が事故を起こしてニュースになるな」 とのこと。酒席でのタワゴトかも知れませんが、タクシー報道を見るにつけ、タクシー業界とドライバーの声しか聞かれないことと関係があるのかと訝しがってしまいます。 癒着などという単純な話ではなく「報道の徒は浮世離れ」 しているのではないかという危惧です。 タクシーが値上げしても使わなければ良いだけの話ですが移動はハイヤーしか使わない人たちが「世相」を伝えるとしたら。 そりゃぁ開かずの踏切も歩車分離交差点もなおざりにされるなぁと独りごちてます。 いずれ紹介しますが、丸の内あたりの「再開発」の異常な光景に異議を唱えないのも不思議です。
Oct 10, 2007
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「お天道様が見ている」 悪さはできないというお説教でしたが、今思えば粗忽な子供のやることは真っ当な大人ともなれば見抜けるもの。 甥や姪の「なんでわかるの?」と輝く目にこう答えている自分に嬉しくなります。 はい。まさしくお天道様は見ています。 東京地域の本日は「晴れの特異日」といい、統計上異常値となる「晴れ」で、それも理由となり「東京オリンピック」の開会式に選ばれました。 戦後、「首都復興」を内外に宣言するイベントとのあった歴史的な記念日です。余談ですが「戦後復興」とすると、その後の大阪万博、札幌五輪までが「ムーブメント」と私は考えているので首都復興の「仕上げ」と見ています。幻の東京五輪のリベンジという意味も含めて。 この歴史的記念日を経済界と政治屋さんの都合で3連休として本来の意義を消失させてしまってから2000年。 戦後という「過去の清算」というと自虐に過ぎるのでしょうが、東京地方では「ハッピーマンデー」は雨が多く、本日東京は曇りベースとはいえ雨は降っていません。 今年の「新体育の日」も雨。 そしてお天道様は皮肉屋さんのようです。 新ルール適用後、初めての「10月10日体育の日」の2005年の東京は雨降り。 お気に召していないと思うのは私だけでしょうか。 今回気象庁のホームページにアクセスして仰天。 夏休みの宿題は毎日記録しなくても「答え」が用意されているのですもの。■気象庁http://www.jma.go.jp/jma/index.html 歴史は国民の支えとなります。 何も国粋的にいっているのではなく、練習量が本番の緊張から心を護ってくれるように、積み上げられた歴史は国民の国家観の醸成に担う役割は大きいのです。 完全週休二日でない家庭にとっては親子共にハッピーでないハッピーマンデーの再考を願います。
Oct 10, 2007
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テレビ朝日系の痛い番組はいつものことですが、かの新聞の影響からか「人権」に関しては非常に敏感です。 昨日「涙の謝罪、沢尻エリカ」で一名を馳せた朝のワイドショーは絶好調の追い風の中飛ばします。 スポーツライター二宮清純さん、大谷昭宏さんがおのおの考えを表明しますが、彼らの「前提」は相撲がスポーツということ。 馬鹿をいっちゃござんせん。 相撲は神事を由来としますが「興行」です。 かけっこの親戚の100m競争でもなければ、ストリートファイトより洗練されたボクシングとは「系譜」が違うものです。 イルカと鮫のようなもの。流線型のボディの海中生物でも魚類と哺乳類のような違いです。 いうなれば歌舞伎や能、狂言に近いのです。 だって横綱の土俵入りでも化粧まわしでも「伝統美」というじゃありませんか。「芸事」 の世界は師匠が白といったらカラスも黒いもの。 俗世間とは一線を画す異世界です。 更にいえば、その「異世界」に飛び込んだのは奴隷商人に売られたのでなければ、生まれながらの「身分」でもありません。 自由意思です。 どうしても相撲が好きだけど、部屋や相撲協会のやり方についていけないのであれば、アマチュアでも草相撲でも「自分で団体を作る」 ことだってできる自由の中から、理不尽な相撲協会の相撲を選んだのではないでしょうか。 何度もいっておりますが、暴行を諸手を挙げて賛成しているのではありません。お天道様に見られて恥ずかしいことはしてなりませんし、裁かれるべきは裁かれなければなりません。 が、しかし。興行と競技を一緒くたにする議論は陳腐で幼稚で安い正義感としかいいようがありません。 ・・・興行だから八百長だって? いやいや、「即興芸」や「アドリブ劇」の演者はギリギリの真剣勝負をしているということです。
Oct 5, 2007
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絶好調のauが端末販売について「セレクト」という新しいプランを発表しました。 総務省が重い腰を上げ、メディアが報じる前から何度も取り上げましたが、携帯電話の0円(1円携帯と報じますが、実態はこちら)販売が成り立つのは、機種変更も解約もしない「常連」から搾取したお金を回しているからで、ようやく本来の姿に戻る。 かと思えばさにあらず。まだ抗っています。 引用系ブログや、コピペ水増しメルマガと一線を画したいという思いから詳述はURL先を見て欲しいのですが、ザックリいうと携帯端末価格を月々の利用料から徴収する従来の方法と、端末価格は高くなるが、その分、月々の利用料が安くなるというもの。■au公式サイトhttp://www.au.kddi.com/ ただ、このサイトを訪れ当該サービスを「クリック」すると、表示されるのは「PDF」。 ここから、いかにも「俺、本当はやりたくないんだよ」具合が透けて見えます。 技術というのもおこがましいのですが、「PDF」を画像(いわゆるホームページ上で見る写真やイラストなど)にするのは、1秒もかからずでき、それをリンク先にするのは最大で見積もっても1分もかかりません。 PDFは「チラシ」を作るソフトからそのまま作れます。 そしてその「流れ」でホームページ上で見られるようにするのは造作のないことです。 これは「深読み」でしかありませんが、リンク先をPDFにすると閲覧率が著しく低下します。ブラウザによっては開くことを確認する画面が表示されるので、「いいえ」をクリックする人がいるためと見られています。 プランを見ると「従来」を強調しています。 定石として横書きのレイアウトは上下なら上が、左右なら左に重要なものを置きます。 従来を「フルサポート」、本来あるべき姿を「シンプル」として後者にはわざわざ注釈が入ります。「auからのサポートなしで携帯電話を購入」 と、前者は「携帯電話の購入価格の一部をauがサポート」。 充実した4つのサポートであんしん! ちなみに本来あるべき姿は「専用プランで料金をおトクに!」 と・・・「専用」として「素人」を遠ざけます。 お見事au! もちろん嫌みです。 従来型の「フルサポート」でカチンと来たのが、安心の4番目。●安心をサポート! 保証や修理などのアフターサービスも充実。 ・・・ってことは何かい? 今まで通りの「搾取型」でなければ、面倒は見ないよということかい? 専用プランにこの記述はありませんから、安くしてやっているんだから自己責任でやれよ。 ということです。 常連の金を新規にばらまいていたいびつな構造を何一つ反省も謝罪も、顧みることもなく、ある意味「怨み節」が見える「新提案」 としか見えません。 通信事業という「既得権益村」の村民は気色の悪いほどのいさぎ悪さで抵抗しています。 永らく玉座に居座り続けた「ドコモ」の引きずり下ろしに自信をもった「奢り」と断じます。 是々非々論者の私が「断じる」のは実はそれほど多くないのですが、今回の「そもそも」がおかしいからです。 順を追って説明します。 本来の姿に戻る「シンプルコース」とは、いわば自己責任です。 だから端末の故障に対して、auが責任を持てないというのは分かります。 だったら「電機メーカーから売らせろ」となります。 NEC、パナソニック、ソニー(エリクソン)、京セラ、三洋、シャープ、富士通、三菱、日立。 再編が著しいので撤退しているところもあるかも知れませんが、「ネットで検索」をせずに、私の記憶だけで挙げた「携帯製造会社」の名前です。 ヤマダやコジマで見る名前ですから「販路」は充分にもっている企業ばかりです。今ならネット通販もありでしょう。 なぜ? 売らないのか。 回線会社によって設定が違う。 一言でこれを「嘘」というと語弊がありますが、相互乗り入れはデジカメのメモリーカードを入れ替える程度の作業でできます。 いや正しくはできる「仕様」なのです。 電話番号やその他諸々の情報は「SIM」というカードにまとめられており、これを「差し替える」だけで、どこのメーカーの端末でも使えるようにすることができます。■ドコモの渡航時の注意を呼びかけるページhttp://www.nttdocomo.co.jp/service/world/roaming/info/safety.html 上記ページを見るとちゃんと注意を呼びかけています。 要約するとこうです。「FOMA端末から抜き取られたら使われてしまいますよ」 つまり、回線の契約と端末とは本来は別次元の話であるということです。 だから、携帯端末を何年使おうが使うまいが通話料金に影響すること自体がおかしい、というのが「前提」だからです。 平たくいうと今の国内携帯市場は「黒電話とコードレス電話で通話料が違う」 ということです。しかも永らく黒電話でダイヤルをジーコジーコ回している人の料金で、最新型コードレス電話を0円で売っているという異常な図式です。 auの「シンプルコース」は本来あるべき姿に一歩近づいています。 ならば、端末は「製造者責任」であるメーカーにと願うのですが。 ・・・これも一筋縄ではいかないのが、自由競争となると今度は売れないメーカーも当然出てきます。 従来も「売れない端末」はありました。 そしてこれらが「0円」で捌かれていたのです。 常連から搾取した利用料があてがわれるのですが、そもそも「一定数を買い取ってくれる携帯回線会社」 があり、作って市場で売れなくても「売れる」という構図なのです。 電機メーカーとしても「自由競争」はリスクを背負います。 だから本音ベースでは避けたい。回線会社はもちろん。 そしてどちらも「スポンサー様」のメディアは・・・と。 いつも連鎖です。 今回のauの「提案」は一言で言えば「議論のすり替え」。 現状の既得権にしがみつきたい未練はPDFのチラシから滲み出ています。 ちなみにどの端末でもSIMカードを入れ替えるだけで使えるようになる「SIMフリー」は私の記憶でも5~6年前から、市場導入のタイミングを待っているだけでした。■SIMについて語られた2001年の記事http://k-tai.ascii24.com/k-tai/special/2001/01/19/622124-000.html ここでも既得権益村村民の習性である「先送り」が見えてきます。
Oct 5, 2007
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10月となり今年も残り3ヶ月。 早くも「ハロウィン」を盛り上げようと大騒ぎしていますがなかなか馴染まないのはカボチャといえば、日本では冬至だからではないでしょうか。 そしてハロウィンが終わればもうクリスマス。 世界で一番「聖夜」を愛している国です。 もちろん、嫌みです。 各種「記念日」には由来があります。 ハロウィンは「諸聖人の日」という宗教に由来した日の「イブ=前夜祭」と収穫祭が融合したもので、クリスマスはいわずと知れたあの方のお誕生日です。 だったら日本が仏教国なら4月8日のお釈迦様の誕生日も盛り上げればと毎年思うのですが、新入学に新学期、新年度と「繁忙期」があればそれ以上盛り上げる必要ないといったところでしょうか。 経済効率の追求は我が国の国是です。はぁ。 ゆとり教育が見直されるということですが、今年の東京都民の小中学校、及び各種都立高校では異常事態が発生しています。「4連続3連休」 28日間の内、12日が休みです。 まず、ハッピーマンデーで敬老の日が「9月17日」となり、この週が3連休。翌週は秋分の日。 カレンダー的には1週明けて「体育の日」がこれまたハッピーなんちゃらで3連休で、1週だけスキップします。 が、しかし、「10月1日は都民の日」。 公立学校は休みとなります。 私も小学校1年生から高校3年生まで都合12回休みました。 そしてめでたく「4連続3連休」の誕生です。 ハッピーマンデーが施行された当時の日本は「平成大不況」のまっただ中、喜んだのは経済界だけ。レジャー産業だけでなく「マイカー需要」を当て込んだ自動車業界を始め、政官財を上げて導入しましたが、庶民派というと「休みがあっても金がない」 ので、近所で過ごす「安近短」。 ところが「微増」でも増えた増えたと大騒ぎして、ならば分母(回数)を増やせばとなった結果、「4連続3連休」が生まれ、更には記念日の由来が風化されていきます。 10月10日は体育の日。由来は東京五輪で晴れの特異日。 都民の日は東京が自治権を持ったことに依りますが、それよりも「カッパのバッジ」で都バスや都電が乗り放題で、確か上野動物園も無料だったような。 そこから辿って「都民」を意識したものです。四万十川のほとりからの「お上りさん」は。 経済効率の追求は結構。 しかし、帰属する地域や国家があってこその「経済」で、良し悪しではなく「当たり前」のことなのです。 「パレスチナ」を紐解くまでもなく。
Oct 3, 2007
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前回からの引き続きでもあります。 何度かこの場でも指摘したことがありますが「ネット世論」程適当なものはないという裏側の暴露です。 もちろん、利用の仕方次第ですが、切り捨てられる人が沢山いることは報じられません。 本文でも紹介していますが、この秋からのリニューアルで日経新聞が募集したモニターの要件は「パソコンから回答」ですが、若年層のパソコン離れは深刻で、子育てに忙しいママさんは携帯電話でことたります。 それが「暮らしモニター」。 学歴問題を取り上げながら採用規定に大卒程度とあるダブルスタンダードに較べれば可愛いものですが。 そして切り捨てられるのが高齢者。 実に日本人の21%以上が65才です。 果たしてこの世代の何パーセントがパソコン操作をしているでしょうか。 みんな。 都合のよいこの言葉にはご注意を。■Web担心得其の四拾一「ホワイトプランと常時接続。ネット調査と世論の揺らぎ」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/10/03/1962
Oct 3, 2007
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■でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4103036710「早く死ね、自分で死ね」 家庭訪問で児童の曾祖父がアメリカ人であると聞き「日本は島国で純粋な血だったのに、だんだん外国人が入り 穢れた血が混ざってきた」 と教師が言いました。 それを聞いた児童は「穢れ」の意味を調べ「僕の血は汚いと? 皆と同じ赤いのに、何で汚いと?」 と母親にしきりに問いかけたといます。 教師の「問題行動」はさらにエスカレートして、洋服を血で染める鼻血を流すほどの体罰を加え、耳はちぎれて化膿したと。 いじめは執拗に続き、両親の訴えに授業中に「他の教師」による監視がついた後も、目を盗んで「虐待」は繰り返されました。 このことがマスコミの耳に入り地方紙から全国へと火をつけたのが「朝日新聞」 でした。「小4の母『曾祖父は米国人』教諭、直後からイジメ」 燎原の火のごとくマスコミが食いつき、週刊文春が「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」 と題して、実名報道したことで全国的に大ブレイク! ちょうど2年前の報道で、覚えている方も多いのではないでしょうか。 光市の事件を取り上げるまでもなく「人権」が好きな弁護士は多く約550人の弁護団が馳せ参じました。 2時間で一気読み。 私だったら当初の段階でつくべき点があるのですが、これは教師と保護者、校長と教育委員会の今の関係故に起こったことかも知れません。 もうかなり前ですが甥が、同級生の両親に「学童保育(放課後の一時預かり兼遊び場のようなところ)」に乗り込まれ、恫喝されたことがあります。 この時、私が「代理人」となり、学校に間に張って貰って話をしたのですが、まぁよくもまぁ事実を次から次へとその場で捏造できるかという「両親」でした。 もちろん、睨みつけたり声を荒げたりは当然です。 が、わたしゃ負けてはいません。可愛い甥の為もあります。 一つ一つ彼らの言い分の矛盾点、整合性のなさ、常識として「大人が2人がかりで6才の子供を恫喝するのはいかがなものか」 と諭しました。時にボリュームは上がりましたが。 結論は、旦那が「俺は知らない」と逃げ出して終了。 ことのきっかけは甥がその子供を虐めているというもの。 全くの事実無根で、話し合いの最中外で仲良く遊んでいたのです。 今でいう「モンスターペアレント」の走りとでもいうのでしょうか。 この経験から読み進めるうちに、家庭訪問から「おかしい」とページをめくる手が加速します。 結論は表題通り。 結論の判決は殆ど報じられませんでした。「マスコミではいわないこと」。都合の悪いことは何一ついいません。 必読です。■でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4103036710
Oct 3, 2007
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昨日のフジテレビのワイドショー「とくダネ!」にて一連の「時津風部屋、リンチ殺人?」について珍妙なコメントがありましたので紹介します。 コメンテーターのニューズウィーク日本版編集長 竹田 圭吾さんが「体罰」について「竹刀を使うことが指導に当たるのか」 ・・・これは刃物を使った事件が起きたときに、刃物を批判するようなものです。 力士という巨体相手に素手で指導していたら、こちらが壊れてしまいますし、更にいえば「拳固」で相手がいたがる場所を殴った方が惨事につながる危険性は高くなります。 痛くない場所を叩いても効果はありません。 だから竹刀や、角材、木製バットを「代用」するのです。 そして相撲は興行です。体罰云々はお教育の話。 糞と味噌を一緒にしてはいけません。 もちろん、時津風親方や北の湖理事長を庇うものではありません。 死に至らしめる程のしごきは論外ですし、興行としてみても「力士という商品」 と、「大相撲という看板」 を汚すことになりますからね。 そして、論外のしごき・・・というよりリンチは司法の枠で判断すべきことです。 ・・・折角、近所の境川部屋の「豪栄道」が注目されて嬉しかったのに。
Oct 3, 2007
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主催者発表をながらく演出していた「巨人軍」が優勝しました。リーグ優勝で、この後クライマックスシリーズがあり勝者が日本シリーズへとコマを進めます。 巨人は入場者数を「チケット販売数」で発表しており、チケットは「大人のつきあい」で売れ、余ったチケットは金券ショップで値崩れを起こしていても、主催者発表は「売れた数」としていました。 テレビ中継でがらがらのスタンドとの違和感が露呈して、実数にしたようですが、民間の「興行」が数字をごまかしたところで失うのは信用であり客で、最期は愛想を尽かされ自業自得へと帰結するだけのことです。 そして今年はセ・リーグ&巨人ファンにいわせると「面白いシーズン」 だったそうですね。 確かに昨夜の優勝を決めた試合も劇的だったようです。 巨人ファンの皆さん、おめでとうございます。 ところが私にはとある「憂慮」が。「巨人優勝でさらにプロ野球離れがすすむ」 というものです。 今朝は4時頃からテレビを見ながら仕事をしていたのですが、ピーク時には「5分に1回、巨人優勝報道」 に辟易してしまいました。 一般のニュース。スポーツニュース。芸能ニュース。 さらには「生活コーナー」でも、「優勝セールは」 と続きます。 東京近郊の人はご存じでしょうが、巨人の優勝セールはずっとしょぼいので特段の興味は湧きません。 今年、私の周辺で松坂や井川、イチローにゴジラの話題は上がっても(詳しい人は井口や斉藤)、日本の野球は語られませんでした。 20世紀の東京は「今年の巨人」はお天気並みに「世間話ベスト3」 にはいっていたものが今は昔と耳にしません。 ところが優勝すると「巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人巨人」。 日ハムの連覇はちらっとだったのに。 元同じフランチャイズのセパ優勝ですから、もっと盛り上げ方だってあるでしょうに。 インターネットで「自分の(知りたい)情報」を入手できる時代に、一緒に染まった馴染みのない報道は、報じる番組よりもそのコンテンツに不快感を重ねてしまいます。 巨人ファンのためにも「不偏不党」の報道を期待します。 義父が巨人ファンのため。わたしゃ大嫌いな球団ですが。
Oct 3, 2007
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沖縄の軍令のあったなし・・・はとりあえず論じません。 私の考えは「学術研究」と「裁判」は同時に論じても良いのですが、そこに「感情論」を混ぜるのはいかがなものかと。 民間人の立場から訴えるのはまったくもって構いませんが、報道や学術機関は違う視点に立たなければ井戸端会議と何ら変わらないことになりますので。 今朝の産経新聞でまた恒例の朝日新聞と喧嘩が始まりました。 もともと朝日新聞のお家芸である「偏向報道」で、安倍っちイジメを批判していた産経新聞の1面コラム「産経抄」への嫌みを綴り、その中で「事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく」と忠告を。 に、対して「産経抄」の返しは、教科書検定の抗議集会を「沖縄11万人抗議」 と報じたのはいかがなものかというものです。 詳細は是非、産経新聞か「izza」をご覧いただきたいのですがhttp://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/87933/ まぁ確かに11万人はいないでしょうねというのはこちらをみれば分かります。■琉球新報 ビデオサイトよりhttp://ryukyushimpo.jp/video/index_20.php 記事にあった関係者証言では4万3千人といいます。 ・・・これは彼新聞が敬愛する中華系と同じ臭いがします。 2.5倍強の水増しです。 私は現地にいたわけでも、野鳥の会にお願いして数を数えた訳でもありませんから数の真贋は断じません。折角映像がありますから読者の皆さんの判断に任せます。 しかし、ビデオにもありますが「主催者発表」を県民の声と紹介する姿勢に報道の良識の程度を疑ってしまいます。 都合の良い数字をピックアップすればどんな世論だって作り出すことができます。これは本当に危険なことです。 戦争が終わるまで誰よりも戦争を煽った新聞を忘れてはなりません。
Oct 3, 2007
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