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饅頭ではない。主治医が怖い。主治医自身が悪いわけではない。単に私との相性(波長)が合わないだけなのだ。【出会いのこわい】3ヵ月前の入院時。外来から病棟に回されて、即入院となった。ナースセンターの前で最初の主治医(女性内科医)と立ち話。主「きょうの夕方、ステントを入れる手術をします。そのあと、一週間ほど入院していただいて様子を見ます」私「一週間ですか。パジャマ、要りますよね。すぐに手術になるなら、病院着を借りようと思ってましたが」主「きょうとあすは病院着を着ていただきますが、その後はお手持ちのパジャマで過ごせますよ」私「じゃ、取りに帰ります」主「ご家族に持ってきていただくことは?」私「一人暮らしです。家、歩いて5分ほどです」主「そう。じゃ、16時くらいまでに戻ってくださいね」というわけで、家に帰った。買い物(飲み物)したかったし、ちょうどよかった。が、この間に後の主治医(男性外科医。こわい人)がベッドまで訪ねて来てくれていた。全く知らされなかった。このことは、随分後にこわい主治医から聞かされて、謝り倒した。16時前に病院に戻り、私服のままベッドに腰掛けてぼおっとしていたら、全身白衣のこわい主治医が訪ねてきた。目がチカチカした。白以外が目の付近だけ。髪も大分白いので、目だけを見て話すことになる。眼光が鋭いことに威圧感を覚えた。緊張してベッドに上がり、正座をした。主治医はベッド横の椅子に腰掛けた。「外科の◯◯です」外科? ステントを入れるのは、女性主治医と聞いていた。何で外科の先生が????の顔をしていたら、「ステントを入れたら一旦退院、その後再度外科に入院していただいて、手術をします」「あ、先生が執刀してくださるんですか?」外科の意味がわかったので、全く軽い気持ちで言葉を返した。「別にボクが執刀せんでもいいんやけどね」!?!?!?!?私、なんか嫌なこと言いました?言い方悪かったですか?何で機嫌を損ねられたんですか?こわいー。【土曜日のこわい】入院中、朝10時くらいになると、若手医師の回診がある。私の場合、穴を開けた腹部のチェックを3人くらいの男性医師(手術をしてくれた医師たち)がしてくれる。こわい主治医は来ない。執刀と外来があるので、病棟に来るのはそれ以外の夕方だと思われた。夕方には何度か姿を見かけたことがある。ほとんどの用件は、私も受けたような手術の説明だろう。土曜日の朝。ベッドに寝転んで、ぼおーっとスマホでYouTubeを観ていた。看護師さんが入ってきて、「先生の回診です」と告げられる。いつもの若手医師だと思って、イヤホンをつけたまま、腹部を診てもらいやすいように体勢を変えようとした。カーテンを開けて入ってきたのはこわい主治医。「え? え? え?」焦った。「土曜日なのに、先生が回診されるんですか?」こわい主治医は私を一瞥した。答えはない。こわいー。すっと、こわい主治医の脇から大きな体の若い医師が入ってきて、「見せてくださいね」と私の腹を見ようとした。私は慌ててパジャマをたくし上げる。若「痛みはありませんか?」私「右下が痛いです」主「こんなもんでしょ」と傷口を指先ですうっとなぞり、反対側のドレンの入り口もちらっと診た後、すぐに洗面所に行って手を洗う。汚いか!いや、当たり前のことだけれど、汚物と言われたような気分になるのは仕方ない。こわい主治医は消えた。若「きょうは、ドレンと麻酔を抜きますよ」その後は看護師と若い医師が作業をしてくれた。いまなら、ドレンと麻酔を抜いていい状態なのかをこわい主治医がわざわざ診にきてくれたのだとわかる。そのために土曜出勤したかどうかはわからないが、主治医としての判断をしに来てくれたのだと思う。なぜわかったかと言うと、ドレン(手術後に体から出る体液や血液を外に出すための管)を抜いた後、もう一度回診に来てくれた(月曜日)。こわい主治医の回診はその2回だけ。ドレンの穴が塞がらなければ、縫う手術が必要になる。その日は調子がよくて、ドレン穴から何も出ていなかった。前日まで、黄色い液体がガーゼを汚していたが、こわい主治医がカーゼを取って状態を確認し、主「もうテープでいいよ」と行って、回診は終わった。判断が必要な回診のときは、こわい主治医が来てくれるということなのだ。しかしこのときは、土曜日の朝の気の緩みの後の緊張と驚きで、???のままこわい主治医の回診が終わってしまった。こわい主治医の顔を見るたびに緊張する。要らぬことは言わぬようにと口を閉じる。【外来のこわい】こわい主治医は、私が言うことをほぼほぼ否定する。主「肝臓の数値が急に悪いね。薬飲んでる?」私「薬は飲んでませんが、サプリを多少」主「サプリも肝臓に負担かけるからね」私「肝臓にいいはずのハイチオールCとか、ビタミンDとか…」主「それは多分大丈夫やけど、副剤としてビタミンAとかEが入ってたら、肝臓に影響あるよ」ビタミンAとかEの話はしとらん。そう言うんだったら、肝臓に影響を与える成分を教えてくれて、「飲んでるサプリを確かめて」、くらい言ってくれたらいいじゃん。そんなこと言ったら、睨まれて「ふん」と言われるのだろうな。標準治療を拒否したとき。私「予防的治療はやりたくありません」主「理由は?」私「5年生存率の数字の反対側に入って、予防的治療が効かない方に入って、例えば1年で死ぬとしたら、半年もかかる予防的治療の時間を返して! となります」主「そう悪い方に考えんでも」私「手術ですっかり元気にしていただいたので、これで十分です。ありがたいと思っています」主「あなたの場合、再発、転移する可能性が高いので、予防的治療、受けることを勧めます」私「ん…、本当は、この病気のことは以前からわかってました。イレウスがなかったら、そのまま一緒に過ごして逝こうと思っていました」主「そんなこと、◯◯さん(最初の女性主治医)が言うてたなぁ」それ、ナースセンター前の立ち話のときにちょこっと言ったわ。そんな、ちょこっと話がこわい主治医に伝わってたなんて。。私「年も年ですし、これ以上生きたいとか、何かやり残したとか、思っていません」主「そんな年やないよ。この病気としたら、若い方や」私「家族全員見送って一人になったので、もういいかな、という気持ちでいます」少し沈黙。主「じゃ、再発したら、どうする?」いや、予防的治療は要らんと言うとるんやで。私「治療とは意味合いが違いますよね。そうなったら、どうするか考えます」主「手術となったら、受ける?」いや、しゃぁから、それとこれとは違うじゃろ。私「どうでしょう。どこが、どんな状態かで違うと思います。そのときの判断じゃダメですか? いまは、手術でスッキリ取っていただいたので、この快適さを満喫したいなぁと。副作用に苦しむに値するほどの成果は期待できないと思っています」主「わかりました。あなたの意思を尊重しましょう」このやり取り、しんどかった。本当はもう少し長い。連れ合いの介護の話とか、仕事の話とかも入って5分以上やり取りした。再発云々以降は「治療の意思」があるかの確認だろう。「死にたい」と言う人間に保険適用はできないし、「治療終了」を告げるのだろう。実は、予防的治療は再発防止の抗がん剤治療のことで、この抗がん剤は誰が受けるのであれ、パッケージになっていて、副作用が出れば、それに対処するという方法を取る。副作用は必ず出る。仕事をするのに、副作用は困る。その上、再発を抑える効果が出るのはわずか1割程度。が、治療的抗がん剤は、がんの特性や患者の遺伝子検査の後に、より効果の高いものが選ばれる。全く性質が違うのだ。私がこのことを理解しているかどうかの確認はこわい主治医はしなかった。が、クレバーな人だから、ある程度察知してくれたかもしれない。このやりとりの後、胃痛で倒れそうになった。緊張したのだろう。それと、言葉が足りなくて、誤解を招いたに違いないという後悔もあっただろう。こんなにはっきり断ったら、主治医と患者としての関係を損ねてしまったのではないだろうかという心配、何より、本当に言いたかったことが言えなかったし、今後、こんな機会はもうないのだろうなという落胆。【差し入れのこわい】退院後2回目の外来のとき、こわい主治医の顔色が悪かった。どうやら、前週にコロナ的なものを患ったようだった。そのときは、弱みにつけ込んで、前述のような、こわい主治医が勧める治療(標準治療)を断るという大胆な賭けに出たのだが、そのこともあって、次の外来のときにはちょっと媚びる作戦に出た。体調を崩した人への差し入れ……菓子…、こわい主治医が食べる様子を想像することすらできない。酒類は、執刀医には不要かと。花は病人に送るもの。で、探し当てたのが『千疋屋のストレートジュース』。千疋屋ならではの高級フルーツを使ったジュースだが、値段が、「お高い」の上の「お高い」。ま、主治医様に差し上げるのに、ファンタオレンジのペットボトル、というわけにもいくまい。医療現場に詳しい人に聞いたら、患者や家族から貰うものは賄賂的に扱われるので、金目のものはダメだと言われた。千疋屋のパッケージは、それはそれは頑丈で重厚で独特で、「金目の物」と見えないことはない。差し出したときに拒否されたら元も子もない。箱から出し、1瓶、1瓶プチプチで巻いてマステで止め(外しやすいように)、ダイソーで買ったビニール巾着に入れ、さらにそれをビニールバッグに入れた。すぐに飲めるように、冷やして持参するためだ。保冷剤も仕込み、保冷バッグに入れて病院に行った。診察の最後に、私「先生」主「ん?」私「先生が前回お元気なくて、心配だったんですが、何もできなかったので、これ、差し入れです。ビタミン補給してください」荷物を差し出す。こわい主治医、こちらを向かずに目の端で荷物を確認。主「病人に心配されたら終わりやな」こわいー。ありがとうくらい言うてやー。しかし……、こうやってブログに書くために文字にしてみたら、私も大概言いたいことを言っていると思う。こわい主治医もよく聞いてくれているし、こわい言葉を返してくれている。ま、あと3ヵ月は会うことがないので、そのうち緊張感やイヤーな感じは忘れると思う。次の差し入れは、饅頭にするか。。それとも、濃いーお茶にするか。。。(しかし、実は、私には心配な箇所がもう一つある。9月中に検査のために病院に行く。外科ではないし、金曜日ではないので、こわい主治医に会うことはないと思うが、治療が必要になって、病院通いが始まったり、手術が必要になって、入院したりしたら…一応、いまの私の主治医はこわい主治医だから、話は行くだろう。診察室や病室に来られたら……こわい、こわい、こわいー)
2023.08.31
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この年で、カラコンを購入しました。(どの年?)実は、老眼の度の入ったカラコン。私の目は白目と黒目の境目が青いので、つけていることがわかりにくい色とデザインをチョイス。こんなカラコンです。つけてみました。「営業の日につけてみよう」このブログにも書いたように、1dayタイプなのでコストを考えると、手元作業があってつける必要があるとき、となると、営業の日か食事に出かけるようなとき(裸眼ではメニューが見えづらい)、だと思います。で、先週の営業の日につけました。4年ほど前につけたときと同様、四苦八苦しました。目に入ってくれない。指についたまま離れない。10分以上格闘してようやく入りました。鏡を見ると「え? ほんまに入ってる?」裏側に回ってしまったのかと思いました。14.2mm、着色外径が13.2mmというサイズ。私の黒目、全く大きくなっていません。それでいいの?そんなもん?というわけで、お客さんには全く気付かれませんでした。実は、実は、営業の日はその前に外来があり、主治医にも会いましたが、全くのノーリアクション。気づいてないと思います。よかった、よかった。というわけで、老眼用のカラコンデビューは誰にも気づかれることなく終えました。あと4セットあります。これを使い切ったら、次に購入するかどうかを検討します。もう少し大きいのがないかなぁ。白目がなくなったらホラーものなので、これが限度かなぁ。15mmのだったら(0.8mm大きい)、少し黒目が大きくなるだろうな。同じショップにはなかったし、老眼対応だと無理かな。というわけで、カラコンデビューを果たしました。これまでやらなかったことで、やっておこうと思っている事がまだあります。その一つがピアス。アクセサリーは日頃はつけないので、ほとんど持っていないけれど、仕事以外で人と会う機会が増えたので、つけていても邪魔にならないイヤリングなら…とショップで探そうとしても、イヤリングなんかほとんどない。み〜んなピアス。可愛いのも、かっこいいのも、綺麗なのもピアスばっかり。イヤリングはなんかダサい。オバハン向けなのだろうな。「親からもらった体に傷をつけるなんて」という声がずっと聞こえているけれど、一度トライしてみてもいいじゃん。なんて思ったりする晩夏の朝であります。
2023.08.30
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主治医話、この3ヵ月の間に4回にわたって書いてきた。(主治医が登場したのはもっと多いが…)主治医とのコミュニケーションの難しさ、主治医にこちらの意志を伝達する技術のなさ、主治医に自身を理解してほしいという理不尽な欲望。そういうどうにもならないことへのあがきというか、わかっているけれどおさまりがつかない気持ちのありよう、それを解決しないことには次に進めない自分勝手な願望……。自分でも理解できないこの状況は、何から来ているものなのか、何が根底にあるのか、何を求めての感情なのか……。主治医に執着してるのか?主治医に特別な感情を抱いているのか?主治医に何かを期待しているのか?──。。。先週金曜日の外来受診で答えがわかった。私は去年、連れ合いを亡くして一人になった。自分の親も、連れ合いの親も見送って、たった一人の人生になった。身内を亡くすごとに自分一人の生き方を考えざるを得なくなった。ここ10年間の自分の生き方を省みるに、全く自分を大切にしてこなかった。人生に起こる出来事を他人に置き換えては、他人のために生きてきた。そして病気。何年も前から、「普通じゃない」と思っていた。病院に行ったら、それなりの病名を告げられると。それでも、その病気で死ねるなら、それはそれで納得できた。生きる意味、生きたい意欲、生きようとする力…何もなかった。しかし、腸が詰まるという緊急事態。緊急手術が必要となると、穏やかに死ねる状況ではなくなった。それをこなさないと、身の回りのあらゆることが片付けられない。幸いにも手術のおかげで命の猶予を得た。その間にできることはした。そして大きな手術。ここで主治医登場!眼光が鋭く、言葉が短く、クレバーな上にサドチック。初対面から「波長が合わない」と思った。主治医の抱く私へのイメージが、私と違うのだと察知した。仕方ない。年齢や見た目で判断されるのは否定できない。が、違うのだ。私は、見た目とは違う生き方を強いてきた(自分が自分に)。こんな厄介な病気にかかった自分を、見た目ではなく本当の自分をわかってほしいし、その上で手術や治療をしてほしいと思った、のだと思う。命を預けるような心持ちなのに、波長が合わないのは致命的な状況。だから、焦りに焦ったのだ。が、幸いにも、手術は成功し、体の中は、一応健全な状態になった。綿密なコミュニケーションが必要という状況を脱し、主治医のペースで事が運ぶことに従っていてもいいという安定的な段階にいる。が、主治医は私の何をもわかっていない。そんなことは当たり前だと思う。患者の生き方や考え方、生きる環境、好き嫌いなどいちいちわからなければならないとなると、医師自身の体が持たない。しかし、たった一人で生きている私が、この病気に罹患するに至った理由は何か、なぜ主治医の勧める治療を拒否するのか、これからの人生をどう考えているのかをわかってほしかったのだと思う。主治医にしたら、いい迷惑だと理解できる。が、いつ死ぬかわからない患者にとって、病気のことと、自分の考えを併せて理解してくれる人が欲しいのだ。それがかなわないから葛藤が生まれた。胃が痛くなり、下痢が続いた。が、が、それも昇華できたのだと思う。体重が増えたし、肌ツヤもよくなった。先週の外来から仕事に向かうときは、胃が痛くて「いつものことだ」と思っていたけれど、何がいつものことかわからなくて考えていたら、「3ヵ月間、自分のことを理解してもらう機会がない」と考えているのではないかと思い至り、「理解してくれる人などいない。私は一人、私は私」と声を出して言ってみた。すると、全身が楽になり、よく眠れたし、食欲も出た。つまりは、医師に、自分の悲惨な状況をわかって欲しい、という、バカな甘えが招いた自虐ギャグだったのだ。私としたことが……。自分で自分を悲惨な状況に追いやるのは愚の骨頂。医師には病態の改善を求めるだけにしよう。ちょっと甘えて疑問を投げかけたら、検査を追加されて、大変な検査料を取られるだけなのだ。人に過剰な期待はせぬもの。医師とて人。営利団体に属するサラリーマンなのだから。※前回登場した「差し入れ」などの小ネタは別記しますぅ。
2023.08.28
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退院して2週間→4週間→5週間という間隔で外来受診を指示された。一回目は、手術で得られたデータを分析し、その後の治療方針を告知されるため。2回目は、治療スケジュールの確認(そのための検査含め)。3回目は、2回目の検査結果を受けての再検査と治療方針の決定。3回目が5週間もあいているのは、紛れもなく「山の日」と「お盆休み」の影響だろう。我が主治医が外来に出てくるのは金曜日のみ。8月11日が祝日なので、外来診療は次の週に繰り下げられる(一部繰り上げもあるだろうが)。さらに、お盆休みがあって、執刀スケジュールがイレギュラーになる。今回の外来は、その2週間をはずしての25日だったと思われる(勝手な憶測)。果たして今回も、私が待合室に到着した時は、我が主治医の科だけがフル稼働で、他の科は診療終了状態だった。「また弱みにつけ込めるかも」と思ったりしたが、今回は検査結果いかんでは、虫けら扱いも致し方なしの、HPマイナス状態だった。血液検査と超音波検査。超音波検査では、膵臓、肝臓、腎臓の順で検査された。肝臓の数値が悪かったのだが、膵臓が最初だったので、面食らった。膵臓も問題あり、と主治医が検査を指示したのか!?前回の外来時、何気なしに膵臓の話をした。最初の主治医が「フォローします」と言ってくれていたので、現主治医に関係ないと、軽い気持ちで言ってしまった。え、膵臓も主治医担当になるの? 戦々恐々の心持ち。検査が終わって、ジェルを拭いているとき、「肝臓、問題ありました?」と検査医(技師)に問うた。「いえ、問題はないようです」「膵臓は?」膵臓には問題があることがわかっている。その問題の詳細は知らされていないのだが。「エコーとは相性が悪いのか、CTの所見と合致するものは検出できませんでした」「主膵管の問題じゃないですよね」「ええ、違います。膵臓の裏側です」「腎臓は悪くないですよね」「はい。問題ないです。こちらの意見書は主治医に回しますので、主治医から聞いてくださいね」ほっである。今回も、1時間以上余裕を持って病院に行ったのに、名前を呼ばれて診察室に入ったのは、予約より30分も遅い時間だった。診察室を開けたときに目に入った主治医は、前回同様疲れた表情だった。「また?」何か具合の悪くなるような病気に罹患したのかと思った。丸椅子に腰かけると、目の前に血液検査の結果表が置かれていた。前回問題とされた肝臓の数値は全て基準値以内。主「血液検査は、全て問題ない範囲に収まっていますね」私「あれは、何だったのかしら」主「ちょっとしたことで、高い数値が出るからねぇ」え、ちょっとしたことなの?5週間にも渡って、酒抜きを心がけた自粛生活は、必要なかった?ウソォー、ストレス溜まったでー。。私「エコーは問題なかったですか?」主「うん、大丈夫みたいね」私「膵臓は? エコーと相性悪い、裏側だと…」主治医、わずかに顔をしかめ、ウンウンとうなづく。意味がわからない。何がウンウンなのか。私「大丈夫ですか? 問題は主膵管じゃないとおっしゃったので、気にしなくてもいい?」主「いいでしょう」ほんまか! 膵臓は気づいたときには手遅れだった、という話ばかり聞くぞ!主「膵臓、気になることあるの?」私「膵炎になったことあるので」主「急性?」私「はい(何回か言ったことある)」主「急性なら、問題ないよ。原因は何? 暴飲暴食?」私が暴飲暴食するように見えるのか! ええ? 失礼な!私「特発性と言われました。肝臓の数値が正常なので、暴飲暴食ではないと」主「……原因は? 心当たりある?」私「ストレスだろうと。そのころ、母の介護をしてましたから」主「あぁ、言うてたな」本当に覚えてる? 覚えてくれていたなら、大感激ですが。まぁいい。主「体重は?」私「48kgです」主「えーっと…(前回の数字を確認)、増えたね。50kgにはなってない?」なんじゃ、50kgという数字は。誰かと間違えてる?私「48kgです」主「ベスト体重は何キロ?」私「ベストかどうかわかりませんが、長い間49〜50kg台です」主「あ、じゃ大体戻ってきてるんやね」この年で数キロ落ちるのも、通常の体重より2kg前後軽いのも、相当な差があると思うのだが、主治医にとってはそういう判断なのだ。主「体重が増えた理由、わかる?」私「軽い筋トレをしてるからかなぁと思います」主「筋トレ? 何してるの?」ここで笑かすネタを仕込んどいたらよかったと、瞬時に後悔した。「四股踏んでます」とか「俵投げしてます」とか。思いつかなかったので、私「プランクです」真面目に答えてしまった。主治医、一瞬理解不能な表情。主「以前からしてた?」私「は、まぁ。一日5分くらいで済む一番楽な筋トレですから、ちょいちょい」私はそういう認識で事あるごとにプランクをしている。「事」とは、おなか周りがダブついてきたとか、体全体の筋力が落ちてきたとか。1〜2週間も続ければ、期待通りの結果が得られる。プランクは、やりようによっちゃ、腹筋、背筋、大腿筋、僧帽筋、ハムストリング、腹斜筋、インナーマッスルなど、たくさんの筋肉を鍛えることができる。だが、手術後は、腹が痛くてできなかった。腹筋を切っている箇所があるので、最近まで(いまでも引きつれたような痛みがあるが)腹筋を使った筋トレができなかったのだ。ここ2週間くらいだろうか、プランクを再開できる状態になったのは。主治医の理解不能な表情は、私のようなオバハンがプランクをすることが理解できないということだろう。ふん、それくらいの認識しかないのだ、主治医のくせに。※私の左脚。ハムストリングも向こう脛もムキムキじゃー。私「先生、きょうもお疲れですか?」唐突に聞いてやった。主「顔色悪い?」私「お痩せになったような…」主「いや、痩せてないよ」私「そうですか? 前回よりもお痩せになったように思いますが」主「年中増えたり減ったりしてるけど、あなたの手術をした時あたりが、今年一番痩せてたな」私「あ、そうでしたか。そういえば、そうだったような気も…」実は、手術室にいるとき、背中に硬膜外麻酔を入れられ、手術用の麻酔を打たれ、薄れゆく意識の中で主治医が手術着を着て手術台脇に立っているのを見た。頭には不織布のキャップ(シャワーキャップみたいな形)、体にはブルーの手術着(丸首)。『主治医のような顔しているけど、こんなおじいちゃんだっけ?…』と思いながら眠ってしまったのを思い出した。実に胸板の薄い、姿勢の悪いおじいちゃんのような人だった。麻酔から覚めたとき、あれが主治医だとは信じられなかった。しばらく悩んだほどだ。いつもの主治医は、全身白! なのだ。自信満々に病棟の廊下を歩いている。ブレザー型の白衣、スラックスも白(ブレザーと同質)、ブレザーの中はスタンドカラーの白衣(歯科医が着るようなもの。材質は光沢があり、ブレザーやスラックスと違う)。靴も白。医師専用のスリッポン。位が高いのだろう。他に同じ服装の医師を同病院内で見たことがない。か、勝手にこだわって、自分なりのドクターファッションを楽しんでいるか。コスプレドクター?主「何も悪いところがないので、次は3ヵ月後」私「何もなければ3ヵ月間隔になるんですか?」主「何もなければ、ね」私「よかったー」と心からの歓喜の声を上げてしまった。「よかったー」は「何もなければ」にかかっているのではなく、「あと3ヵ月、飲み放題だ!」を表現している。とりあえず、12月まで検査がない。その間は飲み放題だと思うと、歓喜の余り声が裏返ってしまった。ふと、主治医に会わなくて済むので、喜んでいると察知されたくないなと思った。主治医も、私が主治医を苦手に思っているのを感じているだろう。手放しで喜んでいると思われると、気が悪い。私「先生」主「ん?」私「先生が前回お元気なくて、心配だったんですが、何もできなかったので、これ、差し入れです。ビタミン補給してください」荷物を差し出す。主「病人に心配されたら終わりやな」そういうとこやぞ、主治医。なんで素直におおきに、言われへんのや。そんなんやから、患者が虫けら扱いされたと思うんやで。ほんまに、どんならんな。このあたりの詳細情報は別記します。ようやく、主治医への私のモヤモヤが解明できたので、併せて。
2023.08.27
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開店当時から足を運んでくださっているお客さんの一人に、団塊の世代の男性がいる。現ナマで億単位の資産がある(と私は計算している)。根拠は、親から相続した土地を売却したということを数年前に聞いていて、店の周辺の土地価格の相場から割り出したら、5億円は下らない。税金やら何やらで多少は目減りしても、3億円は手にしていると予想したのだ。しかも、まだ土地を持っていて、その土地建物を貸している家賃収入と株による配当金で十二分に生活していけるようだ(本人談)。しかし、億の男は倹約家というか、お友達の言葉を借りるなら「細かい」人だ。私「きょうのお昼は何を召し上がりました?」億「きょうは水曜やろ。前の100円ローソンが冷凍(食品)の半額セールやったんや。チャーハン買うて、卵を入れて炒めて食べたで」何と! 50円の冷凍チャーハンと卵…合計70円ほどの昼食…。あるときは、私「きょうは、◯◯(立ち食いうどん店)で、キツネですか?」億「なんやのママ、見てたんかぁ?」見ていない。単に想像しただけ。キツネ270円なり。割と思い切った昼食だと言える。冬になると、頭のてっぺんに小さなニット帽をちょこんと乗せて外出される。お脳天がおハゲになっているのを隠すのと、寒さ対策なのだとか。私「いい帽子ですね。億さんにぴったり。Can doのお子様用ですね」億「ママ、よう知ってるなぁ。そうやで」私「イメージもサイズも、そんなに億さんにぴったりの帽子、なかなかないでしょうから、色違いとか、素材違いを買いだめしとかないと」億「そやな。そうするわ」100円ショップ大好き人間である。私「億さんは100均愛用者ですね。靴下とか、クロックスも100均ですか?」億「そうやで。パンツも100均や」私「クロックスや靴下はともかく、パンツは絹とか、綿の上質なのを履いた方が体にいいですよ」億「そんなんわからんわ。100均で十分やで、ママ」いつもこんな感じ。後日談だが、買いだめしておいた方がいいと進言していたニット帽、何をためらったのか、億「ママに言われたように、買いだめしといたらよかった。もう売ってないねん」私「売れたらおしまい、の季節商品ですからね。何で買いだめしとかなかったんですか?」億「まだ使えるのがあるのに、もう一つ買うの、もったいないやろ」やろ、ではない。私なら買っておく。例え来年不要になったとしても(髪がフサフサになったとか、暖冬でニット帽が要らないとか)、所詮100円だし、保管に場所を取るものでもない。最低でも2つは買っておくだろう。こういう人なのだ。100円でも逡巡する。だから、億の金を手にしたのだろう。(正確には、親から相続した土地を売ったから億を手にしたのだが、実は、それだけの下地がある御仁である。後に明かす)億の男については、エピソードがわんさかある。億の男シリーズも追々展開していく。乞うご期待。
2023.08.26
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この10年、カレー屋中心(というか一色)の生活をしてきた。ファッションも、それに対応するもの一色。カレーでできたシミはまず消えない、ということから、上下濃い色を選ばざるを得ない。黒、ダークブラウン、ダークグレー…。店を始めた当初、わかってはいても着るものがないからと、薄い色のTシャツやセーターを着てえらい目に遭った。白やピンク系のときに限ってカレーが飛ぶ。あーあ、である。しかも、ジャブジャブ洗えないといけない。カレーの強烈な匂いがつくからだ。カレーの仕込みをした後、前職の名残りの打ち合わせで某事務所に行ったら、私が歩いた後にカレーの匂いが残り、「誰かカレー食べた?」とすぐに指摘された。見舞いのため、病院のエレベーターに乗ると、「ん? カレーの匂いがするなぁ」「あ、5階にレストランあるからかな」とヒソヒソされる。カレーの匂いがついた服装では外を出歩けない。匂いがつくから一度着たら洗濯をする。クリーニングに出さないといけないような高級な服は買えない。というわけで、この10年、ファッションとはおおよそ言えないような地味な服装で過ごしてきた。人とも会わなかったし、両親もいなくなって、実家に帰る必要もない。とにかくカレー中心で生きてきたため、店で着る以外の服を着たのは、葬式関係と法要のときのみ。ところが、病気で店を休んでいる間にやらないといけないことがたくさんできて、人と会うことも多くなったので、この機会に、これまでと違う系統の洋服を購入しようと試みる。パソコンとにらめっこし、「あ、このワンピースいいな」と、クーポンがついていたロングワンピースを思い切って買い物かごに入れる。ノースリーブなので、UV対策とお肉隠しに上に羽織れるものが必要だ。またまたクーポン付きのシアーシャツをポチッ。あ、靴がない。スリッポンかスニーカー的な立ち仕事仕様の靴が春夏用と秋冬用の二足のみ。あとは、もう履けないような(サイズが、というより、ベタ靴ばかり履いていたので、筋肉が追いつかない)高いヒールのパンプスやブーツしかない。「靴も買うか」と、モール紹介の商品一覧から探す。革製のよい靴があったのでポチッ。しかし! サイズが不安。これまで、靴下を履くことを前提に靴を選んできたので、多少の大きい小さいは気にしなくてよかったが、今回のフラットシューズは素足に履きたいので、かなりシビアに選ばないといけない。今回選んだ商品には、「一回のみ交換サービス」がついていた。送料をお店持ちで交換してくれる。届いた靴を履いてみたら、左足はぴったりなのに、右足が窮屈だった。交換を依頼したら、すぐにワンサイズ大きい靴が送られてきた。今度は少し大きい。2.5mm刻みにならないものか。そして、左右別々のサイズでオーダーできないものか。待てよ。どちらも朝早く到着したので朝の試着だった。夕方まで待って、もう一度履いてみよう。サイズの大きな靴はやはりまだ大きいが、朝よりも足にフィットしている。対して、小さいサイズの靴は窮屈度が増し、靴ズレ必至な感じ。大きいサイズを残して小さなサイズは返品。一日じゅう履いていることは少ないが、人の家にお呼ばれし、帰りに履こうと思ったら窮屈だった、なんてことになったら大変。浮腫みが出ることを想定しての靴選びは大切。よい靴が手に入った。あっ!バッグがない!いつも使っているバッグだと、色やイメージが合わない。バッグも買うか…。こちらは、「革」「ショルダー」「A4対応」「マチ広」などというキーワードで検索した。よいバッグがあった。が、ポケットが少ない。シンプルなデザインで使いやすそうだが、細々したものをまとめるバッグインバッグが必要だろう。また検索。……ことほどさように、ファッションというのは面倒臭い。私は昔ゴルフをしていた。いろいろあって、5年ほどラウンドしなかったら、もうゴルフウエアが古くなり、以来、ゴルフをしていない。いまさらウエアを揃えるのは大変だ。普通のポロシャツなら1000円、2000円で買えるが、ゴルフウエアとなると、なぜか1万円を超えたりする。帽子、靴、シューズケース、グローブ、クラブカバーなど、時流のグッズを揃えるとなると、幾らかかるかわからない。私がゴルフをしていたことを知っているオヤジさまたちから「またゴルフ、行きましょうや」とお誘いを受けるが、全て断っている。「服装なんて、何でもよろしいやん。ボクなんか、何十年もこれでっせ?」オヤジはいいだろうけど、女性はそういうわけにはいかない。ファッション──この難儀な世界から10年遠ざかっていたのに、また、戻ってしまった。仕方ない。カレー屋をやめることも考えつつの毎日だし、これから、あちこち行きたいところに行き、会いたい人と会いたい。ちなみに、10年前の私のファッションはというと、常にスカートとパンプス、しかもスーツだった。ビジネスバッグとショルダーバッグのダブルスタイルで、得意先を車に乗って飛び回っていた。もうあんなファッションには戻れないし、戻りたいとも思わないので、これからのファッションは、本来、私がしたかったファッションを心がけよう(果たしてそんなファッション、あったのか…)。さて、明日の外来……。エコー検査があるのでワンピースはNG。……いつもの黒のスラックスとスリッポン、色の濃いトップスか……。あれ、変化なしじゃん。せめて化粧を変えて…、病院はマスク着用…。カラコンはダメ!!!なーんだ、いつもどおりじゃーんorz
2023.08.24
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外来の日が接近してきました。と、こんなときにメールが。。連れ合いが亡くなったときにPCにオーディオやゲームが複雑に連携されたネットワークシステムを解きほぐし、引越し準備に力を貸してくださった昔の仕事仲間というか、協力会社の方からです。店の近くまで仕事でいらっしゃるとのこと。一緒にランチを、となるとビールの一杯も飲みたいし、時間的にランチ後の昼呑みとなると、ワインとかハイボールとか……。いやいや、酒抜きでもいいではないか。コーヒーとか、パフェとか…。ウソォー。ホントォー?かくして店と自宅のちょうど真ん中あたりの駅に到着とのこと。自転車で急行!13時過ぎにおち合って、近くのリバーサイドレストランへ。ランチをオーダーしようとしたら、「ランチにします?」との質問が。ヒャッホイ!!これは!多分うれしい発言!「アテとアルコール?」「昼を食べる習慣がないので」しかし、、「そうなんですか。ここは昼は定食形式になっていて…。ランチタイムが終わったら一品メニューがオーダーできるので、とりあえずランチメニューのメインだけにして、ご飯と味噌汁を断ります?」「そうですか。じゃ、ランチにします」「ビールは?」「もちろん!」うれしい!あれ、この一週間、ほとんど酒を飲まずに頑張ってきたのに、なぜうれしいのかしら。「口実」ですね。飲む口実ができたから、飲んでもいいという言い訳が自分にできるのがうれしいのですね。そう。こういう機会に酒を我慢することだけはやめようと思っていました。だって、いつ飲めなくなるかわからない。この方にあと何度会えるかわからない。いいんです。検査の結果が悪くても。そのときは、そのときにどうすればいいか考えましょう。きょうまでひと月ちょっと、結構自制してきました。これで検査結果が悪いのだったら、きっとアルコールが原因ではないはず。とはいえ……とはいえです、生ビール5杯は…。。でも、5時間かけて飲みました。途中、トイレに2回行って、リセットしました(?)。ゆっくり飲んだので、肝臓への負担もゆっくりだったでしょう。これでよい。お肉も食べたし、炭水化物もバランスよく。よいランチでした。おいしかったし、話も楽しかった。日ごろ、会話できない鬱憤も晴らせました。これで体に悪い何かがあるとしたら、お手上げです。と、心に叫びながら帰ってきました。はと麦茶を飲みながらこれを書いています。唯一悪かったのは、5時間も同じお店に居座ったこと。申し訳なし。大川の見える席で、ゆったり過ごせたことを心から感謝します。さて、明日は営業。お酒は…我慢しましょう。明後日は外来。さすがに前日の飲酒は控えるのが必定。でも…、「ママもいき!」とビールをすすめてくださるお客さんだからなぁ。少しだけいただくことにします。そして、早く帰ってよく眠ります。きょうは何度か主治医の視線が脳裏をよぎりました。でもいいんです。あすもご登場になるかもしれません。でも大丈夫。体調はとてもいいし、食欲もある。体重も若干増えました。大丈夫。……胃が痛くなりませんように……。
2023.08.23
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シャワーを浴びていると水になってしまうと愚痴った後、ガス会社の修理担当者に来てもらい、給湯器には問題がないと結論づけられたという顛末を書いた。その後のこと。修理に来てくれた担当者から電話があり、「オーナー様と話し合った結果、(給湯器の設置)年数も経っているし、そういう状態なら、交換してしまおうという話になりました」と。ん????給湯器に問題がないので、修理のしようがない。するとしたら、水圧を増強するための部品交換くらいという結論だったように思うのだが…。私「給湯器を交換しても、また水になる現象は起こる可能性が高いですよね」修「はい。ただ、給湯器も古くなっているので、この機会に変えるのがいいのではないかとおっしゃっておりまして」私「そうですか。私の立場としては、拒否したり、意見を差し挟んだりすることはできないので、ご都合のいい日に交換工事をしてください」修「ありがとうございます。では、◯◯日はいかがでしょう……」と、給湯器交換という結論になった。給湯器は今年12年目という、実に悩みどころ(ここで「悩ましい」というワードを使ってはいけない。最近、誤用をする人が多く、まったくもって気持ち悪い)の設置年数。15年目なら、迷わず交換でいいと思うのだが、12年目ではまだ早いような…。もちろん、冬場の入浴時に急に水になった、なんていう恐ろしいことになる前に対処してもらえるのはうれしいのだが、なんかモヤモヤする。このマンションは築40年近くになるので、給湯器に限っては何度か交換しているはずだ。オーナーは、耐用年数に対する知識も経験もあるだろうから、こちらとしてはありがたく受け入れればいい。が、どうしてだか、私がわがままを言ったような感覚にとらわれて、何ともしっくりこない。給湯器より、刷新してほしい部材や設備はたくさんあるのに…、ということがあるからだろうか。以前住んでいたマンションが、新しくてハイグレードな部材や設備を揃えていたし、居住している間に刷新されたものがまたしても最新式の設備だったりしたので、いまのマンションの何もかもに満足できていないということが、私の心を支配しているのだろう。とはいえ、折り合いをつけながら暮らすしかない。これが私の終の住処になるだろうから。
2023.08.21
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いよいよ外来の日が迫ってきたので、酒抜きの日を増やさねば、と思っているのだけれど、冷蔵庫の扉を開けると——ため息が出るばかり。あん肝さらしくじら黒豚シュウマイ菜の花のお浸しくらげ(生食)ちくわもずくめかぶ……酒の肴ばかり。ごはんに合わぬ。買い物に出て汗だくになったら、水シャワーを浴びながらもう冷たいビールを飲む算段が脳の中で繰り広げられ、押しとどめようとしても止められず。冷蔵庫からビールを取り出しつつ、さらしくじらと菜の花のお浸しを皿に盛ったら、YouTube番組を見ながらグビ〜ッ、プハ〜ッ。一週間はこれができないと思うと……。仕方ない。ごはんか麺類中心の食事にしよう。きょうの昼はそうめん。大葉とミョウガを薬味にして。おかずは焼きなすと出汁巻き、キュウリやトマトものせて。あすの昼は蕎麦。わさびと海苔をたっぷり。天ぷらをつけたいところだけれど、油物も少し控えめにしたいので、焼きちくわをトッピングした野菜サラダにしよう。朝はプロテイン(豆乳割り)と野菜サラダか果物でやり過ごそう。夜は……、麺類では寂しすぎる。ごはんを食べる習慣がない。思いつくのは……、バゲットにピザソースとチーズをのせて焼く、ツナとコーンのサンドイッチ、ピザトースト、お好み焼き、チキンナゲット、フライドポテト……あかん、酒がないと食べられぬものばかり。アイスコーヒーか緑茶を飲みながら、ナッツやノンフライのスナック菓子でごまかすか。それが夜ごはん……くーっつらい。金曜日の外来が終わったら、しこたま飲んでやるーーー。あ、外来前の食事の実態を主治医に問われたらどうしよう。数字を前にすれば、嘘などすぐにバレてしまう。鋭い視線で睨まれたらと、想像しただけで怖気づく。いかぬ。本当に正しい食事にせねばならぬ。む、難しい。焼き魚と味噌汁と野菜の煮物…。食べた気がせぬ。酒飲みの食事とは、こうも一般人とかけ離れているのか。それに……検査結果が悪くて禁酒や入院を言い渡されたら…。チーン地獄である。
2023.08.19
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うちのお客さんの面白話。シリーズにしていきたいと思います。きょうの主役は、スーパーの青果部で早朝から汗を流す男性のゲスト。ヘルシンキ大学で学問を修めたという異色の才人。なぜにスーパーの青果部に?と思うけれど、人の人生、人それぞれ。他人がとやかく言うことも、理解することも不要。さて、職場のスーパーにての話。週に一度、お勤めのスーパーではご老人の優待デーがあり、その日にうちに来店されると、グチがたくさん飛び出します。「大根切って〜」老齢のご婦人が、シルバーカーを押しつつヘルシンキの君の元へ。一本の大根を手に、「これ、二つに切って」と。「二つに切ったのがありますから、そちらをどうぞ」当たり前のことだけれど、二つに切った大根二つより、一本丸々の方がお安い。それは、葉を切る、二つに切る、ラップをかけるという手間がかからないから。「二つに切ったのは高いやんか。これ(シルバーカー)に入らへんもん」「二つに切ったのをどうぞ」冷たい声で言ったんだろうなと想像。君の心の声は『手間かかっとる方が高いに決まっとるやろ。大根一本食えるのか! どうせ腐らすんやったら、半分のを買うて帰れババア!』であります。「スルフォラファンどこ?」80歳をゆうに越えているであろうご婦人が「スルフォラファンどこ?」と。スルフォラファンとは、ブロッコリー(特に新芽のスプラウト)に含まれる、人体の抗酸化作用や解毒作用を高める物質です。「ブロッコリースプラウトはあちらです」「スルフォラファンやで」君の心の声『説明、めんどくさいなぁ』「スプラウトのことです」「体にええんやで。あれか?」「はい」君の心の声『まだ長生きしたいんかい!』「ニラどこ?」片手にメモを持った80歳前後の男性。ご夫人が病気か、用事があって買い物に来られないのか。「にいちゃん、ニラどこ?」とその日はニラが特売メニューに入っています。安くなっているニラを買って来いとご夫人に指示されたのでしょう。君はそれをわかっていながら、「こちらです」と有機野菜のコーナーを指します。特売メニューのニラと比べると数倍の価格。男性は、疑うことなく有機野菜のニラを買い物カゴへ。きっと君はニヤッと笑ったことでしょう。果たして、家に帰った男性は、ご夫人からどのように叱られるのか。こんな感じで、大変サドチックなヘルシンキの君。職場だけではなく、さまざまな場面で逸話を残す逸材です。今後も面白話を入手してご披瀝いたします。
2023.08.17
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主治医対策でお客さんに「カラコンでもしようか」と言ったことが引っかかっていました。実は、若いときに連れ合いが(旅行などのとき)カラコンを使っていたこともあって、「やってみたら?」と言われていました。連れ合いは目が悪く、運転するときにサングラスをしたいけれど、サングラスをするとメガネがかけられなくなるので、その解消のためにコンタクトをしていました。それがいつしかカラコンに変わっていて、連れ合いは外人チックな顔立ちをしていたので、グレーとかブルーがよく似合っていました。私はというと、視力はずっと2.0だったし、目に何かを入れるなどという暴挙は恐怖でしかなく、黒目勝ち(美しくはないが、黒目が大きい)なこともあって、「私がカラコンすると、白目がなくなる」と言って拒否していました。最近、老眼のコンタクトがあると知って、でも「怖い」が勝っていたので、詳しく調べていませんでした。3ヵ月前に病を得て急激に痩せました。顔全体はもちろん、目頭の鼻の肉がげっそり落ち、老眼鏡を長い時間かけていると形がつくようになりました。これが高じるとシミになるという噂を聞きつけ、これはいけない!と老眼用のコンタクトを調べました。老眼用というより、遠視用みたいなのですが(生まれてこの方、視力に問題がなかったので、詳しく知らない)、どうせコンタクトをするなら、とカラコンの老眼用(遠視用)を探しました。黒目勝ちな私でも、白目がなくならないように、黒目の外径が14mmの小さめのものを選び、購入しました。!!!まだ届いていません。お盆休みなのと台風が重なって、だいぶ日数が経っていますが、使う機会がないので、気にしていません。本来は毎日使いたいのですが(老眼鏡をしたくないので)、使い捨ては、日あたりの費用がバカにならないので、今回は必要な日に使ってみることにしようと。必要な日って?営業日かな。いいえ! 外来の日は決して使いませんっ!主治医にバレでもしたら、軽蔑されこそすれ、よいことなんて1mmもないことがわかっています。それに、手元が見えやすくても遠目が見えにくいのはかなりのストレスになるでしょうから、外を歩いたり、移動するときの着用は不向きだと思います。外来のときは老眼鏡一択です。……それと、ちょっとした恐怖も抱えています。以前連れ合いから「着けてみたら?」ともらっていたカラコンを3年ほど放置していましたが、捨てるのももったいないと、着けてみることにしました。洗面所で格闘しましたが、10分以上目に入らなかった。やっと入ったと思ったら、度が強すぎて自分の顔が見えない。装着に対する恐怖と、装着した自分の見た目に対する恐怖があるのです。しかもその出来事はもう5年くらい前の話。まだ病気前の、実年齢より若く見えたときです。いまの私は…。今回は、ごくごくおとなしいカラコンにしました。黒目の縁が青いので、不自然にならない色で、しかも10枚セット一箱。度数も控えめ。さて、どうなりますか。。いいえ! 絶対外来のときは使いませんっ!!!※ほんっとに偶然ですが、いま、ショップから注文受付のメールが来ました。これからかいっ!!
2023.08.16
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何年かに一度、無性にポテチが食べたくなる。ケンタッキーより頻度は高い。そして、一度ポテチを買うと、何度か連続で食べたくなるが、3袋ほどで一旦欲望が収束する。いつも買うのは「カルビー」の「うすしお」。先日、ジャパンのスナックコーナーで商品を見るともなく見ていた。スナックコーナーで買うとすると、「かっぱえびせん」か「ポテチ うすしお」なのだが、YouTubeを見ていたら、スナックを食べながら生配信しているYouTuberがいて、枝豆の形をしたスナックがおいしそうで、それがないかとぼんやり探していた。すると、前方から結構ボテッと肥えた男性が買い物カゴにガサッ、ドッ、と音をたてながらスナックの袋を入れながら歩いてくるのに出くわした。無造作に、大袋を入れていて、カゴは満杯。その一番上に乗っていたのが「わさビーフ」と書かれたポテチ。つられた。買ってみた。あかん。味が濃すぎる。芋の味がせん。ビールのつまみにもならん。こんなに味が濃いのはポテチじゃない!全部食べられず、クリップでとめた。欲しいものがあったので、ドンキに行った。お目当の商品が見当たらず、食品コーナーをぶらぶらしていたら、ポテチが目に入った。「そうだ! うすしおを買おう!」前回の失敗があるので、「カルビー」を探した。探したが、「うすしお」がない。なぜ!?定番中の定番ではないか!しかも、「のりしお」もない。「コンソメパンチ」はあるが、味が濃くて好きくない。ん?「しあわせバタ〜」なるものが目についた。「あまじょっぱい」??カルビーのポテチはコンソメパンチとこれの2種だけ。仕方なく買ってみた。あかん。「あまじょっぱい」こともなく、甘いだけ。これもやっぱり芋の味がせん。最後まで食べられず、クリップでとめた。翌々日、自宅近くにある小さなスーパーで「うすしお」を見つけ、ようやく購入。ポテチはやっぱりこれ。一気に食べた。まだ「わさビーフ」と「しあわせバタ〜」が残っている。「わさビーフ」は砕いてサラダにかけたらおいしいのではないかと思う。「しあわせバタ〜」は……ちびっと醤油をつけて食べてみる。ビールが飲みたくなってきた。きょうは飲まない日なのに…。台風で外に出られないし、飲みに行こうと約束していたのにキャンセルしたから、ま、いいか。飲みに行ったつもりでビール飲もう。あ、「うすしお」をもう一袋買っておいたらよかった。そうだ!冷凍庫に素敵なものが入っている。カルビーからこんなものが発売されている。オーブントースターでも焼けるけれど大変時間がかかるので、フライパンで。油を使わなくても大丈夫。もう油がついているので、弱火でじっくり火を入れたらおいしいフライドポテトができる。そうそう、引越しをして気づいた。すごく素敵なグラスがあったのだ。いつ買ったのか、どこで買ったのか、幾らしたのかすっかり忘れたが、薄くて、軽くて、たくさん入るお気に入りのグラス。この夏はジャパンで缶ビールの安売りをしているので、いつもは買わない缶ビールを購入している。何度か350mlを買ったが、このグラスは500ml入るので、ロング缶を購入している。銘柄はもちろんサッポロ黒ラベル。何が「もちろん」か知らないが、きょうは台風の重い雲に包まれた大阪城を眺めながら、フライドポテトとビールを楽しもう。
2023.08.14
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ここ10年、飲食店を営んでいる。その前は広告業界にいた。どちらでも、一日3食を実現したことがない。ずっと朝食と無縁だった。事務所に出る前、店に出る前、自宅で口にするのはせいぜい水かお茶、あればスポーツ飲料くらいか。事務所に出てからコーヒーを飲んだり、インスタントの味噌汁、カップスープ(インスタント)で体を温めることはあっても、「食事」というきちんとしたものは食すことがなかった。飲食店を始めてからは、昼食が15時近くになることもあって、朝の仕込みの合間にバナナを食べたり、豆乳を飲んだりするようなこともあったが、長続きしなかった。お腹が空かないのだ。広告関係の仕事をしていた当時は仕事前の緊張感もあったのだろう。毎日が戦いのような仕事だったし、のんびり食事するような時間がなかったのも事実。店を始めてからは、最終の食事が23時を越えるし、翌日は朝8時に家を出るので、食事の時間があるなら寝ていたい、という毎日。朝食を食べるのは、旅行したときと実家に帰ったときくらいか。実家もなくなり、一緒に旅行する連れ合いも亡くなったので、朝食とはいよいよ無縁の毎日になっていた。ところが!入院すると、すごい量の朝食を食べることになってしまった。皆さん、こんな量の朝食を毎日食べていらっしゃるの?食パン(6枚切り)2枚、ジャム、牛乳1パック(200ml)、野菜の煮物、バナナ1本。野菜の煮物の味は総じて論外だったが、食パンがテーブルロールに変わったり、バナナが缶詰のみかんになったりしたが、大体毎日こんなラインアップ。朝からこんなに食べるの?の毎日だった。退院し、飲酒を復活させてからはまた朝食抜きの生活に戻った。一応リビングのテーブル前に座って、「何食べようか」と考えるのだが、パソコンをいじったり、買い物に行ったりしている間に昼食時間になってしまう(昼の営業お休み中)。夜ごはんの時間が長いので(19時過ぎに始めたとしたら、22時くらいまでダラダラ食べている)、朝になってもお腹が空かない。ところが、前回の外来で肝臓の数値が悪かったので、次回の外来まで酒を自重しようと決意。店の営業の日や知人との会食のときは自重なんてなんのそのの飲み方をするが、それらがないときは酒を口にしない。すると、起床時間が早くなる。酒が入らないと睡眠の質が上がるのか、気分よく目覚める。6時にはリビングに降りて冷たいはと麦茶を一杯。豆乳にプロテインときな粉を溶かして飲む。さらに、チーズトーストやサンドイッチをつくったりしてがっつり朝食を食べる。食事のお供はアイスコーヒーか冷たい緑茶。昼は野菜たっぷりのサラダや煮物、具沢山味噌汁やこの時期なら豚しゃぶ、炒め物などをワシワシ食べる。ところが!夜ごはんの時間になると眠くなって、「ちょっと横になろう。起きてからごはんを食べよう」と思っているのに、次に目が覚めるのが6時間後の深夜だったりして、「もうごはんの時間ではないな」と結局食べない。朝を充実させると、夜が食べられない。夜に晩酌すると、朝腹が空かない。所詮一日2食が体に合っているのだろう。健康なときはそれでいいのだが、いまは体重を増やしたいのでもう少し食べないといけない。次の外来で体重を聞かれて本当の数字を答えたら、怒られそうな気がする。「ちゃんと食べてるか?」「体重を増やす努力をしているか?」「努力しているなら、具体的に述べよ」あー、怖い。胃が痛んで、余計食べられなくなる。実は、ここ3日くらい、夜になると胃が痛む。そのせいもあって横になりたくなる。あかん。また「主治医が怖い」に帰結しておる。退院直後の外来のとき、私の病気の状態とその後の治療方針が書かれた書面を渡された。そこに「以後5年間は外来通院していただきます」と書かれていて、言葉にならない感覚に襲われた。この恐怖が5年も続くのか、と。「その先生、転勤になるかもよ」「偉い先生なんでしょ? すぐに現場から離れるよ」事情を知った常連さんが元気づけてくれた。そう「5年後生きている確率は50%以下。うまくすると1年以内に死ぬかもよ」なのである。
2023.08.14
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私は主治医がすこぶる怖い。品がよくて、クレバーで、生まれ育ちの違い(私と)が顕著な雰囲気に加え、冷淡な口調と眼光が怖くて仕方ない。病気より怖いので、外来の日が近づくと必ず体調不良に陥る。大抵は胃痛と下痢。外来が終わってからも楽観はできない。次の外来までの宿題があれば、それを考える余り帰路についている間も悶絶する。という話を、うちのお客さんにしてはクレバーで物静か、ちょっと左寄りの雰囲気を醸す常連さんに打ち明けた。常「何でそんなに怖いの?」私「生まれ育ちの違いのせいで、私は下々の者という位置づけ。 対峙するとき、既に怖気づいています」常「医者と患者って、どうしても上下関係ができるからなぁ」私「上下ならいいんです。患者として見られるのは問題ない。 なんか…埒外に置かれている感じがして…」常「なんで? 病気のことを診てもらってるだけでしょう?」私「う…ん、、虫ケラを見るような目で見られているような…」常「そんなアホな。それは考え過ぎでしょ。そんなことないよ。 それはキミが思い込んでいるだけだよ」!!! そうなのだ。私が思い込んでいるだけなのだ。それは薄々わかっていた。が、そう思い込む私自身をどうにもできないから苦しいし、主治医が怖いのだ。常「まずそこから変えないと」私「自己肯定が必要だとわかっています。どうしたら自己肯定できるのか…」常「そうだなぁ……、自己肯定かぁ、難しいなぁ」私「カラコンでもしようかな」常「えっ!?」私「髪を金髪に染めて、ピアスして」常「そっち?」私「(アホの口調で)センセ、アタシ、チョウシイイー、とか言って」常「そっち行っちゃうの? それが自己肯定?」私「自己肯定無理。私と違う人物になっちゃう作戦。 怖いものなしのアホ女の設定」常「えー、もっと虫ケラ扱いされるよー」私「……ほんまや」浅はかな…。私はこの年まで、とにかく真面目に生きてきた。損はしても得することは特段なかったように思う。それでも真面目な生き方は変えなかった。毛染め(白髪染め除く)も、ピアスも、タトゥーも、化粧も、派手な服装も、何一つ「不良」と思われるようなことはしたことがない。我慢していたわけではない。したいとも思わないし、する術も知らなかったのだ。そういう、とにかく主義主張を表に出さない人間だから、自己肯定ができないのではないか!常「不良の素行はないかもしれないけど、主義主張は強いよ、キミ」私「あれ、そうです?」常「はっきりモノ言うし、反論するときは容赦ないし」そうだっけ?自慢話はもちろん、人の悪口や噂話は嫌いだし、芸能ゴシップや「ブーム」と呼ばれる現象になど全く興味がないし。常「政治の話となると、キミに勝てる人はいないでしょう」私「???政治の話なんかしてます?」常「政治そのものの話というより、裏話。 『岸田の発言の裏には◯◯のゴリ推しがあった』的な。 一般人が知らないようなことを、誰に聞いたん? くらい詳しく知ってるし」私「あ……」わかった。自己肯定できない原因はここにあった。おっさんなのだ。私は女性ではなくおっさんだったのだ。おっさんである自分を自覚して肯定することなどしたくもない。……待てよ。ということは、主治医の前ではおっさんではなく、女性でいたいということなのか?そんなはずはない。主治医は私の腹の中をグリグリした人である。私の全裸も見たであろう。裸より恥ずかしい腹の中を知っている人である。いまさら、女を主張してどうしたいというのだ。いよいよ私も血迷ってしまったのか。病というのは恐ろしいものだ。人格を変化させてしまうほどの力を持っている。数十年に及ぶこれまでの地道な人生を後悔させ、新たな自信を獲得するまで解放してくれぬばかりか、その間、焦燥感や不安、時に絶望感で雁字搦めにしてしまう。大げさな。。次の外来の日が迫ってきたら、また胃を痛め、下痢をするのだろう。それはそれでいい。では、次の外来の時に目標を持つことにする。これまで、主治医をまともに見たことがない。主治医のヘアスタイルが思い出せない。何だか全身白衣的なイメージなのだが、何がどうなっているのかまるでかわからない。一般的な、膝丈くらいの白衣の下は医者自前のカッターとスラックス、というスタイルではない。背広的な白衣(初めて見た)と白いスラックスであることはわかっているのだが、白衣の中身(シャツ)とか、靴とか、靴下とかは全く記憶にない。頭の先からつま先まで、まじまじ見てやろう。このこと以外は考えない。そうすれば、主治医の言葉に一喜一憂せずに済むだろう。目標達成のために邁進するぞ!あ、違う。次は肝臓の検査があるのだ。その結果が悪かったらどうしよう。どんなふうに怒られるのだろう。新たな治療が必要になったらどうしよう。そのせいで外来の間隔が短くなったら、もっと頻繁に胃痛と下痢に苦しむことになるのか。……自己肯定など論外の状況だと認識した。ああ、怖い。
2023.08.11
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シャワーを浴びていたら、突然湯が水になる事件を愚痴った(5日)ことの顛末。先週金曜朝に管理会社に連絡したが、担当者から折り返しの連絡があったのが月曜昼。翌日(火曜)の11時に「とりあえず様子を見に行く」という解決までに時間を要する感じにげんなり。その間にお湯が出なくなったらどうしようかと焦燥を抱きながら、できるだけ早い解決を目指して給湯器メーカーに連絡した。コレクトセンターと称する窓口に状況を説明したところ、実験を指示された。それに従って得た情報とその後、補助的に自らがやった実験から得られた結果はかなり有意義なものだった。その後、店に出たり、仕入れに行ったりしたが、少し外に出てはシャワーを一日に何度も浴びる。もちろん、水シャワー。給湯器を壊してしまっては、この時期なかなかの状況になる。気を使いつつ、湯を出すのは夜の1回だけにした。翌日管理会社の設備部門の担当者がやってきた。メーカーの指示でやった実験と自分がやった実験の説明をし、「温度センサーが狂っているのではないか」という結論を話した。「わかりました。修理業者に伝えて来てもらいます」え? じゃ、あなたは何のために来たの?ま、いい。それなら、と、設備や部材に不満のあるところをたくさん呈示した。その一つが「水圧が低い」ということ。シャワー、洗濯機の水栓、トイレの水栓、洗面台…。トイレはトイレ内の栓を若干開放してもらって解決。しかし、あとはどうにもならなかった。そもそも、うちの部屋へ送り込まれるときの水圧が低いのだ。このことは後に、このときに言っておいてよかったと思った。果たして本日、ガス会社から担当者(メーカーではない。地域のガス会社の修理部門の技術者)が派遣されてきた。昨日、予約確定のための連絡をして来た女性担当者(内勤事務と思われる)に上記のことを説明したが、きちんと伝わっているとは思えず、最初から全てを話した。修理担当者は少し考え(多分、社内の申し送りと私の話が違う)、「お湯を出していただけますか?」かくして原因確定の作業が始まった。室内設備やお湯の状態を確認した後、暑い外に出てメーターボックス内の給湯器の内部を検分、※コンパクトな上に配線がぎっしり。点火すると驚くほどの熱風が発生した。測定機などをつなぎつつ、様々な操作や作業をされていたが、結論が、「暑さのせい」「水圧の低さのせい」「修理のしようがない」という絶望的なものだった。給湯器は、湯をつくるときに燃焼(常に最大)、そこに水を混ぜて温度を調節するのだが、水圧が低過ぎて、燃焼したまま水を混ぜても設定温度(43℃)にならず、一旦燃焼を止める形になる。その異常事態に拍車をかけているのが水温の上昇。うちのマンションは貯水タンクに一旦水を貯め、それを各戸に供給する方式(古い)だが、その水が気温に熱せられてかなりの温度になる。給湯器で温めた湯を冷やすには熱過ぎて設定温度に下げられないというのだ。え、どうすればいいの…?「給水パイプに使われている部品の交換など細かなことはありますが、給湯器の異常ではないので、できることは限られています」ということは、湯から水になることは避けられないということ。防ぐには、給湯器内の温度上昇を少しでも抑えるために、こまめに止水することくらいしかできない。私の問題、と言われることは何一つないし、事前に指摘していた「水圧」が大きく影響しているということなので、善処を強く求めたい。とはいえ、具体的な提案があるとは思えない。修理担当者が言っていた部品の交換、貯水タンクに日除けをする、貯水タンクに冷水を注入する…、しないわな。気温が下がれば解決!って言いそうだもの。それまでは住人の努力?うそぉー。あー、解決できないことばかり。どないなっとるんじゃ、先進国のはずのニッポン!
2023.08.09
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最近、「あの人、どうしてるだろう」「一度行きたいと思っていたところにいつ行こう」「そういえば、連絡しなくなってしばらくになる」などと思ったときには、余り迷わずにメールしたり電話したりしている。これまでの私からは考えられなかったことだ。とにかく無精な性格で、マメに連絡したり、訪問したりといった行動ができない。よほどのきっかけや事件がないと、メールさえしない。が、5年後、自分はこの世にいないかもしれないと思うと、無精な私が変わった。20年以上連絡を取っていなかった得意先(社長)にメールしたり(もちろん、事前にその企業のことは調べて、現在、どんな地位にいらっしゃるかは把握した上)、15年ほど前、よく居酒屋で会ってはよく一緒に飲んだ社長さんにも久々にメールして会食することを約束した。20年以上前に大阪を出て東京に行ってしまった同業の友人が私と同じ病気に罹患した経験があると知ってすぐさま電話。3年前に独立し、業績順調な知人でありお客さんが「事務所に遊びに来て」と言ってくれたのですぐにLINEして訪問が決定した。他にも、様々な人にメールや電話をして近況を聞いたり、再会を約束したりしている。先週、その予定がぐわっと重なって、大変なことになった。月曜日は店に出て、火曜日には知人の事務所訪問。要請を受けていたPCソフトレッスンの後、食事へ。生ビールを10杯ほどいただいただろうか。とにかくおいしい食事の後、駅に向かおうと思ったら、駅が暗い。「電車、終わったよ」げっ!!!堺の真ん中とはいえ、泉北ニュータウンに近く交通の便の激しく悪い場所。知人と別れて、とりあえず大阪市内に近づくよう歩きながらUberやDiDiで配車の手配をするも、全く車が捕まらず、3キロほど歩いてしんどくなったので公園のベンチに座ってしつこく配車要請を繰り返し、ようやくタクシーが見つかったのが、3時間近く経ったころ。携帯のバッテリーが危なかったので、よくぞ来てくださったと運転手さんに感謝した。水曜日は飲み友達の社長との会食。夜更かしした前日とは違って、22時にはお開きになったが、瓶ビール(中)を7本くらい飲んだ。木曜日は店の営業。お客さん相手にまたお酒を飲み、金曜日は連れ合いの墓参りと墓の管理の相談。帰りに、昔(15年以上前)の行きつけの焼き鳥屋に寄って、マスターと近況報告のし合い。メガジョッキのチュウハイを3杯。実は、前回の外来のときに肝臓の数値が悪かったので、お酒を飲んでいる場合ではないのだが、旧知の会食で、酒抜きなんて考えられない。それで死期が早まるというのなら仕方がない。もし、自分の体に気を使う余り、こうした会食を控え、行動を自重し、体にいいとされるものだけを飲食し、自分の飲みたいもの、食べたいものを我慢したのに、結局1年で死んでしまったとしたら、後悔してもし切れないだろう。ましてや、現在生きている意味もない。こういう性格だから、病気になったのかもしれないが、こういう性格は変えられない。よしんば変えられたとして、それは私なのか?そんなことを考えたり、考えなかったりしながらハードな一週間を過ごした。が、昨日も今日も酒は口にせず、おとなしく過ごしている。それは、自分の命が惜しいからでも、長生きしたいからでもない。次の外来のときの主治医の反応が怖くて仕方ないのだ。次回も主治医の調子が悪ければ、またつけこんでやろうとは思うが、そんなことは決してないような気がする。あの鋭い視線に射抜かれ、冷たい口調で私の生活態度を叱責されるかと思うと、下痢しそうなほど怖い。外来まであと3週間。大丈夫。残り1週間になったら何とかしよう。やるときはやる私である。即入院、死亡の確率も相当あった急性膵炎を6週間で回復させた私にできないことはない。……あぁ、怖い。胃が、胃が痛い。。
2023.08.06
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ここ数年(4年)、本当に運がないというか、ついてない。「愚痴りたい 3」だったかで、冷蔵庫が壊れたことを愚痴ったが、今度は給湯器だ。気づいたのは一週間くらい前。シャワーの途中で湯がぬるくなった。水になる前に湯を止めた。「まさか、30分以上使った?」と若干驚いたが、いや、私のシャワー時間はトータルでも15分くらいだと思い直し、もう一度レバーを回して湯を出してみた。ぬるい湯から水になり、しばらくして再び湯が出た。30分以上使って自動制御がかかったら、メーターボックスのガスメーターのパイロットボタンを押さないと、再びガスが出ることはない。これは…給湯器の異常に違いない。※製造から11年。そろそろ、だろう。この時期にシャワーが浴びられないとなると、えらいこっちゃである。外に出て汗だくになったときは水シャワーで体を冷やすということはあるが、シャンプーをするときは湯でないと。1日でもシャワーが使えないと、生活に支障を来たす。と思いながら、シャワーを終えたらそのことを忘れた。次からのシャワーのときは、無意識にだが、こまめに止水したので、湯が水になることはなかった。そして、給湯器のことは思い出さなかった。さておととい、仕事を終えて帰ってきて、夜遅くにシャワーを浴びたとき、再び湯が水になった。ハッとした。そうだ! 給湯器がおかしいのだ!早く管理会社に言わないと!かくして昨日朝一、管理会社のアプリを起動し、チャットで点検と修理の依頼をした。チャットの返事が来たのが昨日夕方6時。「担当者から連絡させます」えーえーえーえー!月曜日になるやんけ!腹立つわー。修理業者さんは土日でも来てくれるかもしれないのに、担当者とやらは絶対土日休みだろうから、最短でも月曜の連絡、点検修理は確実に月曜以降になるやんけ!土日の間、給湯器が壊れないという保証はない。もし壊れたら…、近くに銭湯がないので、遠くの銭湯に行くしか…、いや、LGBT法の影響で、おっさんが女湯に入ってくるかもしれない。いやだ!ビジホでも取るか?いま、旅行シーズンだからきっと料金が上がっているだろう。シャワーだけのために諭吉を出してられない。どうする!愚痴りたくもなるよね。入居して半年で給湯器、壊れるかぁ?担当者、すぐに連絡してこい!あー、こんなことばっかり。今度、ついてないことどもを一覧にして愚痴ってやるーーー!
2023.08.05
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現在、身長が162.4cm。多分。最終測定が9年前なので、いまはもう少し高いかもしれない。え、どういうこと!?である。実は、私はずっと身長が伸び続けている。中学卒業のときは157.4cm。とても仲のいい友達3人がみんな160cm超えだったので、大変残念で悔しい思いがした。理想は166cm。そのころ、浅野ゆう子さんがそのくらいの身長だったと思う。昭和50年代にしては結構大柄だが、将来、スポーツを生業にしたいとさえ思っていた私にとっては、166cmはどうしても欲しい身長だった。女性ならわかると思うが、170cmに到達すると、すべてのサイズが規格外になる。足の大きさも脚の長さも肩幅も腕の長さもバストもウエストもヒップも。最も嫌だったのが、顔の大きさ。いまでこそ(もう昔に属する話か?)、観月ありささんのように顔が小さくて身長の高い人がいるが、昭和のころは、身長が高いと顔もでかくなった。先述の友達3人と私が決定的に違ったのが帽子のサイズ。皆60cm超えだったが、私は50cm台前半だったと記憶している。そのときは、ほとんど意識していなかったが、顔が大きいのは女性としてはちょっとアレである。無理な願望を持ちつつ、伸長を期待していたが、157.4cm…がっかりである。高校に入り、父親の命令で帰宅部を余儀なくされた私は、体育の授業以外にスポーツをする機会を奪われた。よって、体を鍛えたり、身長を伸ばしたりする要素がなくなり、成長が鈍化した。卒業時の身長は158.9cm再びがっかりである。160cmに到達しないなんて、私の人生にはないシナリオだった。ところが、20歳のとき、学校の検診で160.1cmになっていた。高校卒業から1cm以上伸びたことを係の先生に言ったら、大変驚かれた。社会人になって、年一回の検診で少しずつ伸びていることは確認していた。が、1mm、2mmの話だったので、余り気にしていなかった。30歳を超えて、持病の胃腸の不具合が顕著になったときにいつも行く病院は、最初(受診理由が新たになるごと)の診察前に体重、身長、血圧、尿検査をする。そのたびに身長が伸びていることに看護婦さんが驚いていた。最後に測ったのが9年前で、162.4cm。「また伸びたなぁ」と言うと、カルテを見た看護師さんも気づいて、「あら、ほんと」前回(その4年前)、162.0cmだったので、割とぴょんと伸びたことになる。「死ぬまでに、166cmになれるかも」と言うと、看護師さんが笑った。長生きしたら、166cmも夢じゃないかもしれないが…(ムリ)、ま、このままいくと162cm台で終了しそうだ。
2023.08.02
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2ヵ月前、消化器の手術をした。手術前、手術を甘く見ていた。腹腔鏡手術で身体への負担が少ないということや、取りあえず取ってしまわないことにはどうにもならない状態だったので、手術はマストだったということがあった。さらに、まだ若いし(?)、体力も筋力も年齢以上だと裏付けのない自信があったし、術後1日で歩行可能、数日で食事も可能になるという説明に、安心していたということもある。何より、手術の経験がないということが一番だった。手術の大変さを知らなかった。※手術直前。点滴の針を刺すのに2度失敗からの3度目の正直。幸先悪い。予想外だったのが、手術時間の長さ。事前には、5〜6時間と聞いていた。そんなにかかるのかとげんなりしたが、術後に得た看護師さんの証言では、手術室に入ってから集中治療室に移動するまで8時間近くかかった。開腹手術の方が短時間でできたのだろうが、執刀医初め、手術スタッフのご苦労のおかげで小さな傷跡で済んだ。しかし、手術時間が長いということはそれだけ身体に負担をかけたということ。麻酔時間も、呼吸器装着の時間も、腹の中をグリグリされていた時間も長かったということだ。目覚めたときの喉の痛さは驚くべきものだった。喉の違和感から咳が出るのだが、咳をすると喉が痛むとともに腹の縫合部分に激痛が走って身悶えする。「ふえ、ふえ」というような咳を幾度となくし、そのたびに「いてててて」と唸る。腹腔鏡手術とはいえ、切除した内臓を取り出す口をメスで切開している。その部分が激しく痛む。腹筋を切っているわけだから、腹に少しでも力を入れると声が出そうなほどの激痛だ。また、体内に溜まった体液や血液を排出するためのドレンも骨盤の内側、足の付け根に刺さっている。これを動かすと違和感というか、痛みというか、何とも言えぬ不快感が走る。へそとその上部左右2箇所の3箇所には穴が開いているが、寝ているとさほどの痛みはない。が、触れると痛い。肩の激痛にはまったく閉口した。「なぜ?」と看護師に問うも「そうおっしゃる患者さん多いですね」と意味の分からぬ回答。後に調べてわかったのだが(医師も看護師も知らなかった)、手術をしやすくするため、腹の中に炭酸ガスを注入するのだが、それが横隔膜を刺激し、横隔膜と繋がる神経が肩を通っているので、肩が痛むらしい。左右どちらにも症状が出る。その痛みたるや、肩凝りのそれとは全く違う、打撲か骨折か、といった激痛だ。体のあちこちがチューブ(カテーテルやドレン)で繋がれているので、寝返りはそもそも打てないのだが、少し腕を動かすだけでも痛い。何もせずとも痛い。そろりと姿勢を変えようとしても痛い。原因が分からぬだけに、地獄のような時間だった。さらに、下痢がひどかった。目が覚めたと同時にドバドバ出た。気持ち悪い。術前の下剤等では出切らなかったものどもが出てきているものと思われる。腸が開通しているといううれしい状況なのだが、うれしさなど微塵も感じない。とにかく気持ち悪かった。集中治療室に入ったのが夕方17:30ごろ。一般病棟に移るよう指示されたのが翌朝10:00。17時間弱で歩かされた。術後に着せられた病院着が大きくて、裾を踏みそうになる。尿バック、硬膜外麻酔の入った袋、点滴を吊るした盛りだくさんの点滴スタンドを押すというか、頼りながらというか、歩いて一般病室に向かう。ほんの20mほどの距離が倍にも3倍にも感じる。腹の周辺は麻酔が効いているので、自分のものではない感覚。体がまっすぐにならない。足元がファッファッする。ようやくベッドに腰掛けたら、「レントゲンに行ってもらいますね」と、看護師が受診に必要な診察券を取りにナースセンターへ。その隙に理学療法士が来る。「リハビリの時間はいつにしましょう」リハビリ!? たったいま、ここに戻ったところなのに?「すみません、今、リハビリ以前の状態です。夕方でもいいですか?」無理やり了承させ、帰ってもらう。「着替えはどうします?」病院着は早く着替えたいが、下痢が続いていて、オムツが外せない。手術の翌日は20回以上トイレに行った。手持ちのパジャマに着替えると、オムツが目立つ。恥ずかしい。「明日でいいですか?」それまでに下痢を何とかしなければ。そんな状態がよほどストレスだったのか、物理的に身体に負担がかかったのか、白髪がどっと増えた。顔色が激しく悪くなった。皮膚の水分量も油分量もどこかに取られたようにカサカサになった。髪も唇もガサガサ。手術前の私ではなくなった。「女性」ではなく「人間」「肉の塊」になった。鏡を見るたびに、「誰?」と思う。いつ戻るのか不安に思った。かくして2ヶ月。まだ戻らない。これまで買ったことのなかった化粧品を買い、シャンプーを買い、サプリを飲む。手術前と比べると、20歳くらい年取った。鏡を見ると絶望的になる。手術前は実年齢より10歳未満は若く見えたと思う。連れ合いがいつも言ってくれていた。「肌だけはきれいから、若く見える」と。唯一の若見え要素の肌がボロボロになり、見る影もない。これがあるから、本格的に仕事に戻れない。もう少しましになってから…と思ってしまう。手術を甘く見てはいけない。私の年齢でこれだから、高齢者の手術は本当に慎重に考えないと、取り返しのつかないダメージを与えることになる。女性を捨てられたら楽なのかもしれない。が、まだ多少の未練があるのだろう。化粧品やサプリに頼ってあがき倒している。死ぬときはこんな状態になりたくないので、もう手術は受けない。手術を受けないことで汚くなるなら、その方が楽だ。そんなことを考えては落ち込む日々である。
2023.08.01
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