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著者は、かつて文部科学省で事務次官を務めていた前川喜平氏。 2017年1月20日に、文科省再就職等規制違反問題の渦中で退任したが、 その後、加計学園問題を巡る発言や 公立中学校での講演問題、出会い系バー問題等で話題となった。 確かに、本著の第4章には、加計学園問題についての、 前川氏と、かつて「ミスター文部省」と呼ばれていた寺脇研氏、 毎日新聞専門編集委員の倉重篤郎氏による対談が掲載されているが、 本著の本当の価値は、第1章から第3章までの前川氏の回想録にある。ただし、それらを読み進める前に、巻末にある『Twitterなら何でも言える ほぼ独り言の「背腹発言集」』を、先に読んでおくことをお勧めする。これを読むだけで、前川氏がどのような人か、おおよそ見当がつく。 *** 公務員は代議制民主主義の下、国民・住民の代表者の下でその政治的意思に従い、 組織として一体となって仕事をする。 一体となった組織の中で、個人の意思は捨象される。 その意味で公務員は匿名である。 課長、部長、局長、事務次官といった職分で仕事をするのであって、 〇川〇平といった個人の名前は意味を持たない。 私個人の名前の入った文書であっても、それは私個人の意思を表したものではない。(p.4)まさに、その通り。でも、民間でも、そうなのではないかなと思う。「人は立場でものを言う」のである。それが、宮仕えの身というものである。 文部科学省は学習指導要領を改訂するたびに、 その新奇性をアピールするためのキャッチフレーズを考えてきた。 今回の改訂におけるそれは「アクティブ・ラーニング」、 すなわち「主体的で対話的で深い学び」だ。 しかし、現場の先生たちはこういう言葉にあまり振り回されないほうがいい。 大きな方向性は、この30年間変わってはいないのだ。(p.91)この部分を読んだだけで、前川氏が本著において本音を記していることが分かる。こんなことは、文科省に属している時点では、決して書けないだろう。 全国学テは、「悉皆調査」だと言っているが、 全国の学校に実施を義務づける法令などはない。 法的に言えば、文部科学省が全国の学校に 「よかったら実施しませんか?」と呼びかけているだけなのであって、 実施を強制する権限はないのである。 実施するかしないかの判断をするのは、学校の設置者だ。 公立学校なら市町村教育委員会、私立学校なら学校法人である。 学テの実施は任意なのだ。 実際、私立学校は半数程度しか実施していない。(p.101)これなど、現場で教師をしている人間でも知らない人が多いのではないだろうか?まさに、目から鱗が落ちる思いである。 私が文部官僚としてやりたくなかった仕事の最大のものは、 2006年の教育基本法改正である。(中略) 家庭教育については1条が設けられ、、 「保護者の第一義的責任」が規定され、生活習慣を身に付けさせることなどに 「努めるものとする」と法的義務を課す規定が設けられた。 こうして、法律さえあれば、国家が学校教育のみならず 家庭教育に対しても介入できる法的根拠ができたのである。(p.135)こういったことに気付くことが出来るかどうかが肝心なところなのだが、これについては、当時さほど大騒ぎになることもなかったような気がする。しかし、その気になれば、そういうことも可能になっているということは、私たちは、よくよく知っておいた方が良いと思う。 このような「考え、議論する道徳」を、検定教科書を使って行うにはどうしたらよいか。 一つの方法は「中断読み」である。 読み物資料を最後まで読まず、 登場人物の心の揺れの中から道徳的価値の葛藤を見いだし、 児童生徒が自らその解決策を考え、議論するのだ。 答えは一つではない。 物語の結末が示すものは、あらゆる選択肢の一つにすぎない。(p.168)失礼ながら、現場の教師でもない文科省の事務次官が、こんな突っ込んだところまで考えていたことに、逆に驚いてしまった。このように、本著は普段知ることの出来ない文科省内部の裏話や、各種改革についての様々な思惑を知ることができる貴重な一冊である。
2018.11.18
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著者は、共和党の重鎮であったハミルトン・フィッシュ下院議員。 民主党のルーズベルト大統領に対する怒りを、本著の中で爆発させている。 当時、米国内で欧州問題非干渉の強い世論が形成されていたにも拘らず、 ルーズベルトが用意周到に戦争へと導いたことを、後日知ったからである。 『リベラルという病』や『日本は誰と戦ったのか』を読んだ後なので、 本著が、共和党から民主党へという、相反する立場の者からの指摘だとは分かっているし、 ルーズベルトが、ソ連と親密な関係を築いていたであろうことも知っていた。 それでもなお、本著に描かれている事柄は、どれもこれも衝撃的。特に、ダンツィヒ帰属問題に端を発した英仏の対独宣戦布告や、「ハル・ノート」手交から真珠湾攻撃に至るまでの経緯の中で、ルーズベルトがどのような意図をもって関係各国と接し、行動していたかが、本著の記述により明らかになっている。最後の最後まで、権力の座に執着し続けたルーズベルト。彼が、本当に望んでいたもの、手に入れたかったものは何だったのだろう。
2018.11.18
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大阪府立高校における黒染め強要に対する2017年の提訴を受け、 「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」が立ち上げられ、実態調査を行った。 本著は、その調査結果に基づきながら、 様々な個別具体の観点から、校則について問い直す一冊となっている。 *** 私は、羞恥刑や名誉棄損、ハラスメントやヘイトスピーチなどによって ストレスを与える行為は、「脳への暴力」だと言っている。(p.057)これは、本著の編著者である荻上チキさんの一文。「なるほど」と思わされた。 校則を誰がどのように定めるのか、 どうして学校側が生徒側に校則を強制し得るのかという点について、 直接的にこれを根拠づける法令は存在していない。 つまり、現在の学校現場では、法的に明確な根拠のないまま、 子どもたちの基本的人権を校則によって制約しているということである。(p.087)これは、弁護士である真下麻里子さんの一文。これにも「なるほど」と思わされた。そして、本著の中でも、日本学術振興会特別研究員PDの内田康弘さんによる『8 制服の「あたりまえ」を問い直す』は、制服の機能や歴史について、とても簡潔明瞭にまとめられており、この部分だけでも本著を読む価値が十分にあり、皆で共有したい知識である。 規則をきびしくすればするほど違反が目立つ。 これはきれいな部屋ほど細かなほこりも目立つのと同じである。 自由服ならば多少はでな服装も目立たない。 だがセーラー服や黒のツメ襟服で細かな規定をすればするほど わずかな違反も目立ってくる。 この取締りのなかにのめり込んでいけばいくほどアラが見えてくるから 生徒不信におちいってしまうのである。(p.220)これは、内田康弘さんの記した文中に引用された坂本秀夫さんの『「校則」の研究218頁』の一文である。この辺りの指摘も、なかなか鋭い。学校の、そして教師という仕事の難しいところである。 「教育は誰もが専門家」といわれる。 多くの大人たちは、小中高と12年の教育を経て、成人していく。 多感な時期に十数年間、毎日のように学校文化のなかで時間を過ごす。 だから「校則」という、学校教育のなかでいえば些細な話題についてさえ、 誰もが具体的にその現状や問題点を雄弁に語ることができる。 だがそれは、たかだか自分が経験したことにすぎない。 私たちは、教育のことをよく知っているつもりでも、 半径3メートルの視野から物申しているだけなのだ。(p.211)これは、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の内田良准教授の一文。現場の教員なら、誰もが感じていることなのだが、現場の教員が述べても世間には決して響かず、逆に反感を買うことになってしまう。このように、ちょっと違う立場から冷静に述べてもらうことが、とても有難い。
2018.11.11
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『3月のライオン』に12巻までコラムを書いていた先崎九段の闘病記。 (13巻は電子書籍版を購入したので、掲載されてなかっただけ?) 平成29年6月23日に初めて症状を自覚し、7月26日に入院。 翌年3月末までの休場を将棋連盟に届け出て、8月28日に退院。 そして、平成30年1月13日に、リハビリを兼ねて本著の執筆を開始したのです。 *** 普段ならば数時間お風呂やサウナ、休憩室で時間をつぶすことなどなんでもない。 だが、駄目だった。 お風呂に入ってもすぐにイライラしてしまう。 仮眠室で横になっていてもやはり物凄い焦燥感がこみあげてきて、 すぐに歩き回ってしまうのだった。(p.13)とにかくじっとしていられない。本当は、とても疲れていて、じっとしていたいのに……。 新しい症状もはじまっていた。 家の中で廊下を歩いていないと落ち着かないのである。(中略) 医者にはなすと、薬の副作用のアカシジアという症状か、 うつの症状か判別がつきにくいという。 副作用の対象となる薬をやめても治らなかったので、 うつの症状だったのかもしれない。(p.14)薬の副作用については、素人が軽々に判断できるものではありません。このレベルの症状が出ているのなら、すぐに専門医に相談すべきです。 活字も少しだけ読めるようになっていた。 最悪の時はまったく何も読めなかった。 ホントに新聞の一面の見出しを読むだけで精一杯だったのである。 信じられないかもしれないが、文庫本など見ても、 一行の半分も読むと頭のなかで文として整理がつかず、 疲れ果てるという按配だったのだ。 じゃあ漫画ならいいかというと、 こちらはなんとか眺めることができてもストーリーを全然追えないので、 四コマ漫画しか駄目というていたらくだった。(p.31)文字だらけのものは到底無理なので、写真メインで、数行のコメントが添えてある旅行本等なら何とかなるかも。マンガも、『クレヨンしんちゃん』が精一杯で(それでも読み進めるのは大変)、『ONE PIECE』はハードルが高すぎます(全く理解不能……)。 何回も通っているうちにすこしずつ読める本があることに気がついた。 まず読めたのは自分の病気について書かれている本だった。 おそらく一般的な直感とは逆だろう。 知識を仕入れたいというわけではなく、純粋に「読める」のだった。(p.68)退院後は時間がある(というか持て余す)ので、図書館に行くことが多いようです。散歩にもちょうどいいですしね。そして、読むのは、うつの本、そして他の精神疾患の本。まぁ、思考がどうしてもそっちの方に向かってしまいますから。 うつ状態のときは、まず目に出る。 妻によると目の奥の精気がまったくなくなるのだそうだ。 そして顔全体の表情が消え、能面のようになり決して笑うことがない。 自分では笑っているつもりでも他人にはそうは見えないのだ。(p.38)「死んだ魚の目」になってしまうということです。理髪店に行って、鏡に映った自分の顔を見ると愕然とします。目力のなさに驚き、何とか表情を整えようと頑張ってみるのですが、無理です。その回復には、通院を終え、薬を飲み終えた後、さらに月日を要します。 「人間というのは自分の理性でわからない物事に直面すると、 自然と遠ざかるようになっているんだ。 うつ病というのはまさにそれだ。 何が苦しいのか、まわりはまったくわからない。 いくら病気についての知識が普及したところで、 どこまでいっても当事者以外には理解できない病気なんだよ。」(中略) 「偏見はなくならないよ。 だけど、そのことを知っていながら世の中に対し立ち向かう医者もいる。 尊敬するよ。 でも、たいがいの医者は目の前の患者を救うことに忙しすぎて、 そこまでできないんだ。 歯がゆいよ。 だいたいいまだに心の病気といわれている。 うつ病は完全に脳の病気なのに。」(p.172)精神科医である先崎九段の兄の言葉。身近にこういう存在があったことが、本当に幸運だったと思います。家族にすら、当事者の本当の辛さや苦しみは分かってもらえないし、世間の偏見も、まだまだ広く蔓延しているのですから。
2018.11.11
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島耕作シリーズで知られる弘兼憲史さんの一冊。 弘兼さんの著作は、これまでにも読んだことがあります。 もちろん、マンガの方もブログに記事を書いてはいませんが、 何冊も読ませてもらっています。 さて、本著のタイトルはとても長いものですが、 これは、「たいていの困難が乗り越えられる三つの魔法の言葉」として、 紹介されているものに、「50歳すぎたら、」「でいこう」を加えたものです。 その内容は、p.087~p.092に記されています。そして本編は、第1章が、人生プラス思考で楽しく生きたもん勝ち、第2章が、「人は人、自分は自分」で生きる、第3章が、人間関係、仕事のなかに大切な「学び」がある、第4章が、さらに人生を面白くする新しい老いのデザイン、という構成。そして、私が本著で付箋を挟んだのは次の一箇所。 「やってみせ、いってきかせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」 海軍トップに君臨していた山本五十六大将にして、 人を動かすことの難しさをひしひしと感じていたということでしょう。 この言葉にはつづきがあります。以下がそれです。 「話し合い、耳を傾け、承認し、まかせてやらねば、人は育たず」(p.115)私は、不勉強にも「つづきの部分」については、知りませんでした。でも、全くその通りだと思います。
2018.11.10
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前巻の「あとがき」で約束されていた番外編がいよいよ登場。 2018年秋の時点で、栞子と大輔は結婚して7年の時を経ており、 6歳になる娘・扉子が家族に加わっていました。 本巻は、その扉子に栞子が語りかける形で進められていきます。 そこには、お馴染みのせどり屋・志田さんや、小菅奈緒、坂口昌志・しのぶ夫妻、 『春と修羅』を巡るエピソードで登場した玉岡昴が登場。 さらには、滝野蓮杖、吉原喜市など、前巻までのお話に出てきた人たちに加え、 その人たちと新たに関りを持っことになった人たちについても語られています。 もちろん、全て古書がらみのお話ですが、そのクオリティは全く衰え知らず。そして、このシリーズ、まだまだ続くようです。映画の方も現在上映中ですが、黒木さんの方が、剛力さんより、栞子のイメージには近いですね。
2018.11.10
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今巻のスタートは、みずのさんによるお馴染み利根筑姉妹のお話。 続く、じゃこさんの作品は、山城のほのぼのとしたお話。 そして、ヒロさんの描く那智には、思わず大爆笑(今巻のMVP!!)。 ローさんの描く浜風も、イイ感じでした。 その後に続くお話も、一定以上のレベルは保っていたのですが、 少々物足りなさを感じてしまいました(読み手のコンディションの問題?)。 前巻まで右肩上がりで来ていただけに、ちょっと期待しすぎたかな。 まぁ、こういうこともあるでしょう。 ***週末は、月が改まったのでEO海域を順にクリアし、勲章を集めていました。そして、秋イベ&秋刀魚漁終了後、資材も少々たまってきていたので、久しぶりに大型艦建造に挑んだところ、初めて武蔵に遭遇出来ました。建造率UP時には全くダメでしたが、分からないものですね。
2018.11.04
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『ゴースト』を読んで、TVドラマが始まって、 「まぁ、とりあえず買っておこう」と、本著を購入。 そして、届いたものを「ちょっとだけ、読んでみようかな」と手にしたら、 ページを捲るのをどうしても止めることが出来ず、気付けば読了。 今回のドラマは、これまでの放送を見る限り、 原作をかなりアレンジしているところが目立つので、 そちらを見る楽しみが半減してしまうことはなさそうです。 逆に、本著を読む私の頭の中では、まだ見ぬ阿部さんたちの熱演が展開されていました。 ***佃は、帝国重工宇宙航空企画推進グループ部長となった財前からの依頼を受け、準天頂衛星・ヤタガラスの測位情報を用いた無人トラクター開発に取り組むことに。北海道農大教授の野木は、かつて産学協働研究で技術盗難を経験し、財前からの協力要請に消極的だったが、大学時代の友人・佃の熱意に参加を決意する。が、気付けば、財前企画の無人農業ロボット事業は、新社長候補・的場が統括総責任者になってしまっていた。彼のエンジンとトランスミッション内製化方針により、佃製作所はハシゴを外される。それでも、佃は野木研究室の実験用トラクター開発を継続したのだった。その頃、ギアゴーストの伊丹は、ダイダロスの重田と資本提携していた。そこに、野木から自動走行制御システム技術を盗み出した「キーシン」の戸川、テレビ番組制作会社・北堀企画の北堀が加わって、下町中小企業による無人農業ロボット「ダーウィン・プロジェクト」を立ち上げていた。的場に並々ならぬ敵愾心を抱く重田と伊丹は、週刊誌を利用して世論を味方につけることに成功。さらに、毎年岡山で開かれる一大農業イベント「アグリジャパン」で、帝国重工製無人農業ロボットとのデモンストレーション対決で大勝利する。デモンストレーション対決で惨敗を喫した帝国重工は、藤間社長の鶴の一声で内製化方針を撤回、佃製作所に再度提携を依頼する。佃はトランスミッション部門強化のため、島津を正式に迎え入れ、元社員・殿村の圃場を使って、無人トラクター走行テストを開始した。その中で、トラクターが突然エンストして止まるトラブルが発生。島津は、かつて自らが開発したトランスミッションの改良に取り掛かる。一方、ダーウィン側でも同様のトラブルが発生するが、その原因を特定できないまま、時間だけが過ぎて行った。ダーウィンと帝国重工の無人ロボット販売は、ダーウィンの圧倒的優位で始まった。的場は、ダーウィンに関わる自社下請け企業に圧力をかけ、内部解体を目論む。参加企業の相次ぐ離脱によって、ダーウィンは出荷停止に追い込まれ、さらに、市場に出回ったトラクターのトラブルが、次々と報告される事態に。が、的場は、下請け20社が公取委に下請法違反を申し立てたことで、辞任に追い込まれる。また、伊丹もトランスミッションの不具合を修正できず、行き詰っていた。佃は、伊丹からのライセンス供与依頼を断ったものの、田地で立ち往生するダーウィンの傍らで、途方に暮れる農家の男の姿を見て翻意する。 ***実際のお話の中では、殿村家のお話が随所に挿入されています。そして、そこで描かれる農家の諸事情が、お話に深みをもたらしています。この辺りを、ドラマではどこまでどう描いてくれるのかが楽しみです。まだまだ、佃製作所のお話は続いて行きそうな予感。
2018.11.04
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