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千葉県知事に初当選した森田健作氏は、選挙運動中「完全無所属」などと発言していたのに、実は自民党支部長だったことが発覚し、市民団体が千葉地検に告発したと、16日の読売新聞が報道している; 千葉県知事選で森田健作知事が公職選挙法に違反したとして、有権者らで作る市民団体「森田健作氏を告発する会」(井村弘子代表)は15日、千葉地検に告発状を提出した。 告発状によると、森田知事が自民党東京都衆議院選挙区第2支部の支部長でありながら、知事選の確認団体の法定ビラに「完全無所属」と記し、政党と関係がないような表記をしたことが、公選法で禁止されている虚偽事項の公表にあたるとしている。2009年4月16日 読売新聞朝刊 14版 37ページ「森田知事 市民団体が告発」から引用 自民党支部長でありながら「完全無所属」を叫んでいたとは、改革の旗手を自認しながら腹の中では世襲を企んでいた小泉元首相とよく似ている。いまや自民党はその程度なのである。
2009年04月30日
市役所が神社や町内会に土地を無償で貸与することは政教分離の憲法に違反するとして争われている裁判で、最高裁が憲法判断をする見通しであると、16日の読売新聞が報道している; 自治体が公有地を宗教施設の敷地として無償で提供する行為が、政教分離原則を規定した憲法に違反するかどうかが争われた2件の住民訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(藤田宙靖裁判長)は15日、審理を15人の裁判官全員で審理する大法廷(裁判長・竹崎博允長官)に回付した。大法廷が政教分離の観点から憲法判断を示す見通し。2件は北海道砂川市の市有地を巡る訴訟で、いずれも市民が市長を相手取り、財産管理の遵法確認を求めた。 1、2審判決によると、同市の「空知太(そらちぶと)神社」は町内会館と併設されており、同市は敷地を無償で地元住民らに提供した。同市側は「地域住民の利用実態からも宗教的な意味はない」と主張したが、1審・札幌地裁、2審・札幌高裁判決は「宗教施設としての性格が明確」と違憲判断を示し、請求を認めた。もう1件の訴訟では、同市の「富平神社」が設置された市有地について、同市が町内会に無償譲渡したことの違法確認を市民が求め、1審・札幌地裁、2審・札幌高裁判決は「町内会は宗教団体ではない」として合憲判断を示した。2009年4月16日 読売新聞朝刊 14版 38ページ「政教分離訴訟憲法判断へ」から引用 市が神社に無償で土地を使わせるというのは、明らかに憲法違反である。では、相手が町内会ならいいのかと言えば、それもまずいのではないか。なぜなら、町内会というものは選挙で特定政党の候補者を推薦してはならないのと同じ理屈で、町内には神道以外の宗教を信仰する人も住む権利があるのだから、町内会が特定の宗教と特別な関係を持つことは認められない。
2009年04月29日
文集「山びこ学校」で有名な山形県の学校が閉校になったことを惜しむ投書が、3月30日の朝日新聞に掲載された; 「山びこ学校 お別れだね」(23日朝刊)で、文集「山びこ学校」で知られる山形県上山市の山元中学校の閉校を知った。戦後民主主義教育の原点ともいう生活記録の実践校だっただけに、残念で感慨深かった。 1948年春、私は札幌近郊の小さな小学校の教壇に立った。新米教師の私は、戦後教育の理論や実践に乏しく四苦八苦だった折、この文集に出会った。 「雪 雪がコンコン降る。 人間は その下で暮しているのです。 石井敏雄(いしいとしお)」の詩で始まる。51年、青年教師・無着成恭さんが世に問うた。家や村の暮らし、学校生活を見つめた子どもの作文に感動し、無着さんの型破りな教育実践に共感と親近感を抱いた。 「地べた」の視点から子どもの教育を考える大切さを教えられた。私は子どもたちに作文の指導を始め、90年に退職するまで続けた。 06年春、山元中を訪れた。校舎は近代的な装いで、そこにはかつての「山びこ学校」は影も形もなかった。しかし、「山びこ学校」は多くの教え子たちの心に生き続けているはずである。2009年3月30日 朝日新聞朝刊 13版 11ページ「声-山びこ学校は教え子の心に」から引用 民主主義の世の中になって、人々が希望を持って生きた時代の雰囲気が感じられます。
2009年04月28日
今月朝鮮政府が実行したミサイル発射実験について、破壊措置命令を出した日本政府の対応は拙劣であった。発射実験前の3月30日には、朝日新聞に政府の対応を批判する投書が掲載されていた; 北朝鮮の弾道ミサイル問題で、政府は初の破壊措置命令を出した。イージス艦や地上から迎撃ミサイルなどで、日本への落下物があれば撃ち落とすという。しかし、これは過剰で過激な反応と思う。 今回の問題に時間とお金を投入する意義はあるのだろうか。極論だが、万一、日本に落下して物的被害が出ても補償の方がはるかに安上がりとも考えられる。迎撃や国連安保理での協議をすれば、北朝鮮がより先鋭化して軍事的な脅威を増しそうだ。これに対応する費用は巨額になろう。 対外的には、北方領土をはじめ竹島や尖閣諸島とその周辺の資源。さらに、米軍が実質的に支配している基地問題などもある。どれをとっても今回のミサイル問題に比べれば、けた違いの影響が国益に及ぼされるだろう。しかし、政府はこれらの肝心なことには極めて緩やかにしか対応していないと感じられる。 これらに比べて今回は騒ぎすぎで、軍事力強化への道を歩むかのように思える。政府は、国益を基準に何が優先される重要な問題なのかを正しく判断する努力をしてもらいたい。それが大多数の国民が期待することではないか。2009年3月30日 朝日新聞朝刊 13版 11ページ「声-ミサイル破壊命令 過剰では」から引用 この投書が指摘するとおり、北方領土、竹島、尖閣諸島、米軍基地と、国益にかかわる大問題にはわが国政府は大国らしい鷹揚な態度を見せておりながら、被害予測は限りなくゼロに近い朝鮮政府のミサイル実験には、滑稽なほどの馬鹿騒ぎを演じた。批判されて当然の醜態であった。
2009年04月27日
評判の悪い「つくる会教科書」が教科書検定をパスしたことに関連して、10日の毎日新聞は市民団体等の反応を次のように報道している; 08年度の教科書検定で「新しい歴史教科書をつくる会」が主導し自由社が発行する中学社会科(歴史的分野)の教科書が合格したことを受けて、歴史問題や平和、教育関係などの市民グループ34団体が9日、東京都内で記者会見し、教科書の不採択を訴える共同アピールを発表した。 つくる会の教科書について「太平洋戦争が侵略戦争だったことを認めず、アジア解放に役立った聖戦と美化している」と批判。「日本国憲法の理念を敵視する考え方を一方的に子どもに注入するような教科書は許されない」と主張している。 一方、つくる会の藤岡信勝会長は同日、記者会見で「伝統と文化の尊重や愛国心などを明記した改正教育基本法を踏まえて編集した。新学習指導要領の方針も先取りしている」と話した。【加藤隆寛、井上俊樹】2009年4月10日 毎日新聞朝刊 14新版 26ページ「つくる会教科書検定合格-市民団体『不採択を』」から引用 この記事によれば、「つくる会教科書」は先の十五年戦争が侵略戦争であったことを認めていないらしい。侵略戦争であったことを認めないとなると、これは空幕長を更迭された田母神氏と同じ主張であることが推測される。片や空幕長を更迭された挙句退職扱いにされたというのに、こちらは検定パスというのでは、理屈に合わない。政府方針と異なる内容の教科書を合格にした検定官は、田母神氏同様クビにするべきではないのか。
2009年04月26日
プリンスホテルが日教組の宿泊を拒否した事件は、警察の判断でもこれはホテル側に非があるとのことで、プリンスホテルは書類送検されることになった。3月18日の朝日新聞は次のように解説している; 日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会の会場使用を拒んだ問題で、法人としてのプリンスホテルと幹部4人が旅館業法違反の疑いで17日、書類送検された。日教組が損害賠償を求める民事訴訟で、ホテル側はこの日、全面的に争う姿勢を崩し、裁判所が提案した和解協議を受け入れた。事態はホテルの敗北で終結する公算が大きくなった。 「ホテルの主張では理由にならない」。警視庁保安課は、書類送検を発表した17日の記者会見でこう指摘した。 ホテル側は、「右翼の街宣車が来れば、他の客や地域住民に迷惑がかかる」などと説明してきた。しかし、これでは、法律上、宿泊を拒める「正当な事由」に当たらないと判断したのだ。 捜査関係者によると、昨年8月に日教組から告訴を受け、ホテルの繁忙期を過ぎた今年2月以降、プリンス側の聴取を本格化させた。民事訴訟が進行中の送検は異例だが、捜査幹部は「被疑事実が明らかになった以上、直ちに書類送検する義務がある」。 聴取で渡辺幸弘社長(61)ら幹部は当初、騒音の発生防止を事業者の責務として定めた都環境確保条例を引き合いに出し、「公害防止」として宿泊拒否の正当性を主張していた。だが、警視庁は、過去約10年間の教研集会について、右翼の街宜活動などの状況を調査。2月に広島であった教研集会にも捜査員を派遣した。街宣活動が及ぼす騒音は一律に「公害」には当たらないと指摘すると、幹部らは主張を取り下げたという。 日教組の教研集会をめぐっては、会場の使用を拒否するトラブルが繰り返されてきた。87、91年の東京、90、99年の岡山、03年の愛知などだ。しかし、いずれの場合も日教組の主張を認める仮処分を地裁や高裁が出し、施設側が従ってきた歴史がある。 警視庁の捜査幹部は「使用を拒否するのは、右翼の街宣車を避けるための、(仮処分を見越した)ポーズの面もある。仮処分に従わなかったプリンスホテルは明らかに一線を越えた」と言う。民事訴訟は和解協議へ - 社長謝罪し賠償覚悟 送検された当の渡辺社長はこの日午後、日教組に訴えられた損害賠償訴訟の口頭弁論で、東京地裁の法廷にいた。 宿泊拒否で街宣活動がなかったことで、地元の中学校長から入試が円滑に行われたことを感謝する手紙をもらったことを披露。「涙が流れる思い」と声を詰まらせた。 東京高裁が日教組の主張を認めた後も会場を使わせなかった理由を日教組側の代理人に問われると、「決定に従わなかったことは申し訳ない。(時間がなく)物理的に近所の方やお客様に(開催を)連絡できず、絶体絶命だった」と声を震わせた。 最後に裁判長から「日教組には責任がなかったのでは」と問われると、社長は「ございません」と認めた。さらに、「一方的に解約したので、その内容に従った賠償は覚悟している」と述べた。 これを受け裁判長は和解協議を提案。4月28日に弁論が終結し、5月14日に和解期日が組まれた。 日教組は、刑事、民事で相次いだ動きを当然視する。 小西清一書記次長は「検察や裁判所の判断が重要。ただ、告訴を警視庁が受理して以降、どうなるかと思っていたので動き出して良かったという気持ちはある」と話す。弁護団の槙枝一臣団長も「民事でも、しっかりとした判断を期待している」と語った。 日教組は、和解で決着させるか、判決を求めるかまだ決めていない。港区が昨年4月、旅館業法違反で口頭注意した際にも、ホテルは区には謝罪したが、日教組には謝罪の言葉はなかった。 リスクコンサルタントの浦嶋繁樹さんは「書類送検でホテルが受けるダメージは大きい。今後、民事訴訟を続けると、ホテル側の傷はさらに大きくなる。いったん受けた予約をひっくり返してしまったことがこうした事態を招いてしまった」と話す。2009年3月18日 朝日新聞朝刊 14版 2ページ「宿泊拒否 白旗 - プリンスホテル書類送検」から引用 プリンスホテルは完敗である。安易にトラブルを避けようとして、法律を踏みにじってしまったのがまずかった。
2009年04月25日
防衛大学校のOBには田母神俊雄の主張を支持するような非常識な人間が多いらしく、校長の五百旗頭氏は対応に苦労していると3月16日の朝日新聞が伝えている; 日本は蒋介石の手で日中戦争に引きずり込まれた被害者だし、日米戦争はルーズベルトの罠(わな)にはまったもの。だから日本は悪くないという論文で空幕長を解任された田母神俊雄氏は、あれから4カ月半、意気軒高のようだ。 一部の月刊誌ではしきりに応援歌が歌われ、本人も講演などに引っ張りだこ。その近著を読んでみれば、相変わらず都合のよい史料の解釈が並び、ますます勇ましさが加わった。いまや右派論壇の救世主といった趣である。 日本の侵略を謝罪して政府の外交基盤となった「村山首相談話」に真っ向挑戦しただけに、文民統制に反すると処分されたのだが、その開き直りには「文民にも村山談話を批判してきた政治指導者がいるのに」との思いがのぞく。 さもありなん。その代表格といえる元首相の安倍晋三氏は月刊誌に登場して「田母神論文に対するマスコミの反応は常軌を逸する」と批判。できるなら村山談話を塗り替えて「安倍談話」を出したかったと無念を語った。もし安倍政権が続いていたら、今度の問題にどう対処したのだろう。 2月19日に田母神氏を自民党本部に招いて話を聞いたのは「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」だ。この会の前身は安倍氏や中川昭一氏らが作ったもので、今の会長は中山成彬氏。彼もまた成田空港建設をめぐる「ゴネ得」発言や激しい日教組批判で麻生内閣の国交相を辞めた人だが、「空幕長の発言は村山談話を見直すいい機会だったのに、急に更迭されたのは大変残念」とホームページで熱いエールを送っている。 さて、その裏返しのように、いま田母神シンパの一部から激しい攻撃を受けているのが、防衛大学校の五百旗頭真(いおきべまこと)校長だ。事件のすぐ後、毎日新聞のコラム「時代の風」(08年11月9日)で田母神氏の処分を強く支持したことから標的となった。 コラムでは「軍人が自らの信念や思い込みに基づいて独自に行動することは、軍人が社会における実力の最終的所有者であるだけに、きわめて危険である」と書いて文民統制の重要さを説き、戦前の苦い教訓を挙げて自衛官に自重を求めた。長い歴史を考えると日本人は卓抜した能力がある立派な国民だが「その中での遺憾な局面が、あの戦争の時代」だったとして、今もその誤りを認められない人々を厳しく批判もした。 神戸大教授だった五百旗頭氏は06年夏に防大校長に登用された国際政治学者。故・高坂正尭京大教授の直系らしく柔らかな現実主義が持ち味だ。政府のアドバイザーとしても重用されてきたが、イラク戦争や首相の靖国参拝には反対だっただけに、選任した小泉首相の度量が話題になった。 しかも、退任する小泉氏のメールマガジンに「小泉政治5年」の寄稿を求められ、その外交を全体としてたたえつつも、米国のイラク戦争失敗や靖国参拝の深い傷を率直に盛り込んだ。それで構わないと言って平気で掲載した小泉氏には、思うところがあったのだろう。そういえば、小泉氏は村山談話の熱心な継承者でもあった。 このメルマガに募っていた右派の不満に今度の件で火がついた。田母神氏が文民統制違反なら、首相の参拝などを非難し、新聞に勝手な持論を書く校長も同罪ではないか。そんな批判が表れ、田母神氏も「あの人はひどい」「おとがめなしは差別じゃないですか」と雑誌の対談で問題にした。 確かに防大教授らも自衛官の身分をもつが、学者としての言論には自由があり制服組とは違うというのが政府見解で、中曽根内閣のころ非核三原則を批判した防大教授が不問に付されている。ましてメルマガは首相の注文だったし、コラム執筆も防衛省の許可を得ているから批判は筋違いだ。 だが「校長罷免」の声はやまない。「反日」「媚中(びちゅう)」「左翼」などの言葉が投げつけられ、周りの防大教授らにはメール攻勢もかけられる。そんな中、3月1日に大阪市で予定された関西防大OB会での五百旗頭氏の講演が中止に追い込まれた。防大OBを含む一部の活動家が抗議の電話をネットで呼びかけ、OB会長への直談判にも及んだ末である。混乱回避のためとはいえ、中止を決めた会長は「敗北感」を口にする。 もっとも2月22日に都内で行われた防大同窓会の総会では五百旗頭氏が防大教育の信念を語り、降りかかる火の粉を払って理解を得た。空自で田母神氏の先輩だった竹河内捷次(たけごうちしょうじ)会長(元統幕議長)は「先生の言動の一部分をとらえて攻撃する人もいるが、全体を見れば理解でき、尊敬もできる」ときっぱり語る。こんな空気こそ校長の大きな支えに違いない。 ところで「ルーズベルトの罠」に似た解説は靖国神社の遊就館にも展示されていたが、07年に削られた。外交評論家の岡崎久彦氏が「知のモラルを欠く」として「未熟な反米史観を廃せ」と産経新聞で唱えた(06年8月)のがきっかけだ。米国からの批判もあってのことだが、それをむし返した田母神氏の感覚は、日米安保体制の要職にいた人とも思えない。2009年3月16日 朝日新聞朝刊 13版 11ページ「校長を悩ます『田母神』応援団」から引用 このように防衛大学校の卒業生の中に、田母神俊雄の主張を支持するような非常識な者が多いのは、一重に政府も国民もこの学校の中でどのような教育が行われているのか、まるで無関心だったからにほかならない。政府には、文民統制を逸脱した田母神俊雄を退職させるだけではなく、彼の主張のどこがどのように間違いであったか、国民に対して明確に説明する責任がある。五百旗頭校長一人に任せておくのでは、政府はあまりにも無責任であり怠慢である。
2009年04月24日
戦後民主主義の体制になって60年以上もたったというのに、栃木県のある地方では未だに町内の自治会が選挙の立候補者を推薦しているとの投書が、3月15日の朝日新聞に掲載された; 那須塩原市は4月、市議会議員選挙を迎えるが、市内の自治会の動きを懸念している。市から行政連絡員として委嘱された自治会長が、市議選立候補予定者の推薦運動を進めているところがあると聞くからだ。 推薦の方法は、立候補予定者を連れての戸別訪問と、私自身が先日、経験した自治会総会での推薦の2通りがあるようだ。いずれであっても立候補予定者と異なる政治信条や支持政党、人物評価の相違をその場では発言しがたく、仮に反対意見を述べようなら、地域住民の白眼視や軋轢(あつれき)に悩まされる。引っ越しまで考えていると、現実にそんな悩みを聞いた。 市広報配布などが仕事の行政連絡員は、市から報酬を受ける非常勤の地方公務員特別職であり、自治会は市の補完組織として機能している。自治会長との二足のわらじを履く行政連絡員が動けば選挙への影響は大きい。 公職選挙法は地方公務員特別職の選挙活動も禁止している。公選法を持ち出すまでもなく、憲法は、多数の犠牲者を出した戦争を反省し、真の民主主義を実現するために公正な選挙を保障している。しかし地方選挙の実態を見ると、この土台の上に立つ国政の危うさを感じる。2009年3月15日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-市議選で動く自治会を懸念」から引用 まったく呆れた話だ。このような場合、警察や選挙管理委員会がそのような活動をしている自治会に警告を発するべきではないだろうか。まるで、今の朝鮮の政治体制を彷彿とさせる。
2009年04月23日
オリックスが入手寸前だった「かんぽの宿」が鳩山総務相の一言で白紙になってしまった問題について、政治アナリストの伊藤惇夫(いとうあつお)氏は、3月15日の朝日新聞で次のように述べている; 「かんぽの宿」の売却契約に鳩山総務相が異議を唱えた問題は、契約の白紙撤回へと事態が進んだ。さらに東京中央郵便局の建て替え問題でも、日本郵政(JP)は計画見直しに追い込まれた。 「改革を旗印とした人たちが、本丸の郵政民営化において、改革の名の下、うまい汁を吸っていたんじゃないか」 改革で苦しむ国民の気持ちをくすぐるように、鳩山氏が絵を描き、メディアも大々的に取り上げたことで、唐突に見えた問題提起が、一大『政治問題』にふくらんだ。背景にあるのは、総選挙を乗り切って政権維持を図りたい麻生政権の生き残り策だろう。 自民党にとって小泉改革の5年5カ月は、郵政民営化をはじめ華麗な仕掛け花火を打ち続けた時代だった。「小泉自民党」は全国特定郵便局長会など従来の支持層を切り捨ててまで都市部の無党派層の支持獲得に走り、その結果、党の基礎体力はどんどん弱まった。これに対して危機感を強め、支持基盤の再構築を目指しているのが、麻生首相やその盟友の鳩山さんら「反小泉改革路線」の人たちだ。 麻生首相は小泉改革との決別を宣言したいが、支持率が低迷する中では国民がついてきてくれないという危倶(きぐ)がある。うまい方法を見つけたのが鳩山総務相だ。「かんぽの宿」を取り上げると、麻生さんも「郵政民営化には賛成ではなかった」と加勢した。 「定額給付金の再議決に欠席して反乱を起こす」。攻撃された小泉元首相は得意のパフォーマンスで対抗しようとした。だが同調者は1人だ骨だった。「かんぽの宿」問題が、小泉改革には陰の部分があるという印象を国民に植え付け、「小泉の乱」を抑え込んだのではないか。当初問題となった入札そのものの是非は定かではないが、政治は流れを作った方が勝ち。今回は鳩山さんの直感力が勝った。 政治家の一言で、それまで積み上げてきた政策を一転させてしまう手法に批判もあるだろうが、政治家の本分は選択と決断だ。だから鳩山さんの行動が一概に否定されるべきではない。どんな政策もいったん決定されると、国民は関心を失ってしまうのが普通だ。だが今回、その後の経過もウオッチしないといけないという教訓を国民に改めて理解させる効果もあった。 だが裏返してみると、実のある議論ができず結果を出せていない政治の機能不全ぶりを露呈しただけなのかもしれない。本来、JPの入札におかしな点があるのなら、鳩山さんは今の役所の入札方法を全面的に点検して見直せ、と言い出してもおかしくない。それをしなかったのは、メディアや国民を意識したパフォーマンスと選挙への思惑が先行していたからではないか。 自民党内にも民主党内にも、郵政民営化に陰の部分があることがわかっている人はたくさんいる。与野党間で民営化の進捗(しんちょく)状況を把握し、どこに問題があるのかを国会で話し合っていれば、今回の問題はもっと早く浮上し、効果的な対策を打てたはずだ。 パフォーマンスや選挙対策ばかりが先行する政治から決別するー。今回の政治ショーでも、同じことが問われている。 (聞き手・深津弘)2009年3月15日 朝日新聞朝刊 14版 9ページ「パフォーマンス政治から決別を」から引用 やはりこの記事からも、小泉改革はろくなものではなかったことが分かる。自民党はパフォーマンスで票を集めようなどと考えないほうがいい。
2009年04月22日
ミサイル発射で大騒ぎした世相を批判する投書が、9日の東京新聞に掲載されている; 北朝鮮のミサイル発射-。日本が攻撃されるかのような大騒ぎは、麻生政権の目くらましか。そもそも、破壊力のある弾頭が飛んでくるわけでなし。マスコミは騒ぎすぎ。相手の思惑に、はまってしまっている。ブースターの切り離しに失敗して、それが日本に落ちるのを心配するのは、隕石(いんせき)に当たるのを心配するようなものだ。 それが仮に被害をもたらした場合、外交的損害賠償問題であり、迎撃もしないほうがいい。迎撃して当たっても破片を増やすだけ。賠償請求もできなくなる。当たらなければ大恥をかくのは防衛省。 もちろん、北朝鮮の核開発を伴った、人工衛星と称するミサイル発射は非難されるべきだ。しかし、今にも発射するかのような情報に踊らされ、あたふたする日本の対応に、北朝鮮はにんまりしたことだろう。軍事機密として何もかも秘匿されるのは困るが、日本の探知能力や応戦体制など、これだけ手の内をさらしては、ますます相手をつけあがらせることになる。2009年4月9日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-『ミサイル』対応に疑問」から引用 確かにこの投書が言うとおりで、政府の対応の仕方は拙劣だったし、マスコミは騒ぎすぎだった。
2009年04月21日
ミサイルでも衛星でもとにかく違反は違反だ、とマスコミが大騒ぎした朝鮮の発射実験について、慶應義塾大学教授・小此木政夫(おこのぎまさお)氏は、6日の読売新聞で次のように述べている; 今回のミサイル発射は、北朝鮮が米国などと交渉に入ることを目指すものだ。これまでは国際的な非難を無視して発射する強硬姿勢だったが、今後は変わっていくだろう。 北朝鮮は結局、金正日総書記の独裁体制を維持するために核やミサイルを開発している。体制維持が目的であり、兵器の開発は手段だ。体制維持の安心感がなければ兵器は放棄しない。では何が安心の担保かと言えば、第一に米朝の国交正常化と経済の再建だ。 今回の発射の重要な目的は、オバマ米政権の対北朝鮮政策に影響を与えることだ。米国との交渉の舞台を設定し、6か国協議とは別に米朝のミサイル交渉を開始して、国交正常化を目指す。クリントン米国務長官も正常化に言及しており、交渉を目指す両国の思惑は一致している。北朝鮮は今回、ミサイル・カードを握るつもりだった。 国連安保理で厳しい応酬があるだろうが、北朝鮮はその後を考えている。事前通告など珍しく国際ルールに沿う姿勢を見せたが、これは、中国の仲介によって米朝交渉に入りやすいよう条件を整えたと見ることができる。米朝交渉と並行して、6か国協議を継続していく意思もあるだろう。 常識では、ミサイルを撃っておいて交渉に入ろうなどという意図は考えづらい。だが、相手のほおを1回たたいてプロポーズする、それが北朝鮮のやり方だ。 国内的にも発射の意義は大きい。経済不振や金総書記の健康問題があり、指導部は国内に動揺が生じないよう人心掌握に相当な神経を使っている。何か成果を見せなければ団結は図れず、発射は大々的に宣伝される。人工衛星が軌道に乗るまいが、ミサイル2段目の点火に成功すれば成果として活用する態勢だろう。 金総書記にもプレッシャーはあると思う。今回は国内的にも相当な冒険だったはずだ。失敗すれば人づてに伝わって国民が不安になる。発射の部分的な「成功」で一応の安定を取り戻したといえる。 金総書記があと何年元気でいられるかを考えると、オバマ政権1期目の終わりにあたる2012年が重要な年として浮上する。総書記は70歳になり、金日成主席生誕100年でもある。金総書記はそれまでに米朝関係を正常化し、経済を再建させて、後継問題も何とかしたいと考えている。 今回の発射は、軍事的な脅威の著しい増大にはならない。米国にとって、準備に数週間もかかり、天候に左右されるミサイルは脅威ではない。対日本の兵器は、すでにノドンがある。 日本にとって最大の脅威は、ノドンに小型化された核兵器が搭載されることだ。重要なのはノドンの規制と非核化であり、発射に挑発されて、非核化に取り組む6か国協議の可能性をつぶしてはならない。 (聞き手・国際部 山口香子)2009年4月6日 読売新聞朝刊 13版 6ページ「談論-対米交渉入りが狙い」から引用 結局、金正日政権が食糧不足の中、無理やりあのような実験を強行するのは、これまでアメリカが政権の存在を脅かすような政策を採り続けてきたからである。「テロ支援国家」指定は解除したものの、圧力はまだ無くなってはいない。金正日政権にしてみれば、国内政策を充実させる以前に自らの存在を脅かす外敵に対処しなければならないのであるから、前途は多難である。それでも着実に成果をあげてきているのも事実だから、この政権は今後も同じ路線で進むであろう。一国の政権がいかなるものであろうと、それはその国の国民が選択し決定するものである。それを、アメリカは、自分の気に入らない政権は転覆させるという悪事を平気でやってのける「ならず者国家」だものだから、朝鮮政府もそれなりの対応をせざるを得ないのである。
2009年04月20日
日本政治史が専門の東京大学教授・酒井哲哉氏は、昨今の政治の状況について、6日の読売新聞で次のように述べている; 喪失感の漂う時代である。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた世界に冠たる経済の時代は、昔話になった。あれほど待ち望んだ政権交代も、どうやら魅力に乏しいようである。この二十年間に、われわれが失ったものとはいったい何なのだろうか。 一九八四年に出版された『新中間大衆の時代』(中央公論社)において、経済学者村上泰亮は一九七〇年代末から生じた保守支持復活を次のように分析した。現代日本の特色は、豊かさの享受という「保身性」と、その豊かさゆえに産業社会を支える行政への「批判性」を持つ新中間大衆の出現にある。したがって、保守支持復活を、右傾化やナショナリズムの復活と捉(とら)えるのは誤っている。自民党の勝利は、保守党への強い忠誠心によってもたらされなのではなく、「弱い支持者」の動員に成功したからなのである。すなわち、保守回帰の絶頂で書かれたこの著作は、単純に保守支配の安定性を謳歌(おうか)したのではなく、堅い支持層の希薄化に伴う保守基盤の液状化現象を予告した書物だったのである。 村上は日本の将来を複雑な思いで眺めていたのだろう。労使協調による経済運営を基調とした戦後のケインズ主義的合意の意義を認めつつも、石油危機以後の日本では福祉国家がそのままでは維持しえなくなった現実をどう考えるか。財界主導型の行政改革は先進国型の自由放任理念を導入するものであり、自民党のかなりの部分がそこに依(よ)りどころを求めているが、そもそも古典的な自由主義への復帰は、将来の処方箋(せん)として十分ではない。かくして村上は、「日本の保守主義がそれなりの歴史的経験を生かして、古典的自由主義を超える社会哲学を生み出」し、「新しい保守主義の原則」を創設する努力をとらねばならない、と結んでいる。 こう考えるならば、九〇年代以降の「構造改革」とは、「保守」にとって本来両義的なプロジェクトだったはずである。そのことが十分に自覚されなかったのは、冷戦の終焉(しゅうえん)は「革新」の終焉であり、戦後日本の知的偏向を正すべきだという想念が、「保守」の論者に強すぎたからではないだろうか。九〇年代に喧伝(けんでん)された用語が、「普通の国」であったことは象徴的である。 だが、「左翼」や「革新」の退場は、「保守」の勝利ではなかった。この二十年間で生じた最たるものは、保守の空洞化だったのかもしれない。優れた保守主義者ならいま政治に対して何を言うかという視座は、立場如何(いかん)に限らず重要ではないだろうか。2009年4月6日 読売新聞朝刊 12版 15ページ「喪失感と保守の空洞化」から引用 郵政選挙で自民党が300議席を獲得したのは「革新」が敗北して「保守」が勝利したのではなく、単に劇場型選挙に浮動票が吸い寄せられただけの一時的な現象に過ぎないということのようである。しかし、21世紀がスタートして間もない頃は、「失われた10年」と盛んに言われていたが、それが今や「失われた20年」になろうとしているとは呆れた話だ。
2009年04月19日
明治大学法科大学院教授の浦田一郎(うらたいちろう)氏は、海賊対策に海上自衛隊を派遣したことに関する憲法上の問題について、3月8日の朝日新聞で次のように述べている; 政府が決めた海上警備行動による海上自衛隊の派遣や、海賊対処法案(新法)は、従来の憲法9条の政府解釈と真正面からぶつかることがないように工夫されています。ただ、政府からすると憲法上「シロ」でも、国民はそう受け取れない部分があります。 まず、海警行動の法的性格は警察活動です。警察活動である以上は国内での活動が原則のはずです。政府が、法律の文言として地理的な限定がないことを派遣の理由にしているなら乱暴な議論です。もしそうだとすれば、自衛隊の治安出動も世界中でできることになります。 従来の政府見解では、憲法が禁じる「武力の行使」と、「武器の使用」は区別されてきました。「国または国に準ずる存在」を相手に武器を使用した場合、武力の行使につながる危険性があることから、政府は、自然権に基づく生命の防衛などのための武器の使用なら憲法違反にならないと説明してきました。「相手が海賊なら政府の定義上は武力の行使になる恐れはない」というのが政府の基本的スタンスですが、それでは、どんなに大きな戦闘行為になっても、どれだけたくさんの人が死傷しても、政府の定義では武力の行使から外れます。それは一般国民の考えとずれています。政府は、法的な主体が違うからと簡単に割り切るのではなく、慎重に考えた方が良いでしょう。 今回の海賊対策で、自衛隊の海外活動では初めて「任務遂行のための武器使用」を認める前例を作りました。海賊対策といっても実質は軍隊活動で、自衛隊には軍事活動の実績を積む「地ならし」の意味があります。自衛隊の海外派遣の原理原則を定める恒久法(一般法)と関係を持ってくるでしょう。 憲法論からみて特徴があったのは、警察が強調されたことです。今後、自衛隊の海外派遣で警察活動という名目が増えていくのは、グローバル化した今の世界の構造から来ています。警察と軍事はもともと密接な関係があり、警察活動と言って通りやすい打ち出され方をしたことは注意すべきです。 国連を基礎とした国際公共的な価値も強調されました。いま問題になっている集団的自衛権も、日本が行使するかどうかの憲法問題なのに、国際法を持ち出し、それに合わせようとする議論が動きつつある。国際法を強調することは一見もっともに見えますが、それによって憲法から離れようとする方向が出てきています。 「国益のために自衛隊を出せ」という議論にも注目しています。これは今後の憲法9条の議論の中心になる可能性があります。国家間競争を生き残るために「背に腹は代えられない」という雰囲気が強まっていますが、国益のために軍隊で問題を解決する考え方から一歩下がって冷静に考えるのが憲法の役割です。 海賊問題で日本が自衛隊を出さないのは苦しいし、憲法9条に沿って物事を進めるのも楽ではない。それでも、軍事によらない努力をした方が長期的に良いと思います。軍事を使うことに伴う問題も冷静に考える必要があります。 (聞き手・石松恒)2009年3月8日 朝日新聞朝刊 12版 9ページ「耕論-軍事頼らぬ協力の道探れ」から引用 ソマリア人の犯罪はソマリアの政府が取り締まるべきである。統治能力を持った組織が存在しないのであれば、国際社会が協力して本来あるべき姿になるよう支援するべきであって、軍隊を派遣してみてもそれは根本的な解決にはならない。
2009年04月18日
浜田防衛相が海上自衛隊にソマリア派遣命令を出す直前の3月8日、朝日新聞に写真家の谷本美加(たにもとみか)氏がかつてソマリアを取材した経験を次のように述べている; ソマリア沖で頻発する「海賊」は国際社会を困らせていますが、海上での聾戒や取り締まりで解決できるとは思いません。ソマリア国内には、海賊になるしかないような予備軍がいくらでもいるからです。91年から内戦状態にあるソマリアはそれほどひどい状況です。困難ですが国内の和平づくりに協力していくことこそ海賊問題の根本的な解決につながると思います。 私は、99年から04年にかけて何度もソマリア各地に行きました。病院や難民キャンプ、市場や人びとの暮らしを取材し、写真を撮ってきました。その後もウオッチしていますが、「海賊」という言葉を耳にしたのは06年から07年の初め。写真などでその姿を見て、ソマリア国内の「民兵」たちが外貨稼ぎの場を陸から海に移したに違いない、と思いました。 ソマリ人は多くが遊牧民で、ラクダやヤギなど家畜を飼って暮らしていました。沿岸部では漁業も盛んでしたが、内戦後は難民となって近隣、欧米諸国に出た人たちの送金に頼る経済になった。それも01年の9・11テロで、米国はテロ組織アルカイダに関連しているとしてソマリアへの外貨送金を禁じ、干ばつや食糧危機などが重なって、経済はずたずたになりました。人口約870万人のうち320万人が食料など生活・人道支援を必要としています。 町では働く場もなく、中央銀行も機能しないでドルやユーロが生活上の通貨になっている。この外貨を稼ぐために、多くの若者が武装組織の民兵になって1日1ドルくらいの手当で暮らしています。 ソマリアはソマリ人の単一民族国家ですが、基本的に結束力の強い氏族社会です。六つの大きな氏族とその下に枝分かれした小さな氏族集団が地域ごとに暮らしている。植民地時代、北部は英国、南部はイタリアの保護領で、60年の独立で南部の有力氏族が政権を握ると、権力と利益を自分たちの氏族に集中させたため他の氏族の反発を呼び、内戦の下地となりました。 特に南部では多くの武装勢力が群雄割拠する状況です。私も取材する時は、2人のボディーガードと通訳と運転手を雇って出ますが、銃声の聞こえない日はなかった。首都モガディシオではライフルなどで武装した若者を荷台に載せて行き交うトラックが日常的な光景でした。武装組織はこうした民兵を使って戦い、外国人を誘拐したり、海賊行為に出たりするのです。 民兵の若者たちは「仕事さえあれば、こんなことはしたくない」と言ってました。内戦による死、憎悪、不安、絶望は多くの精神病患者を生み出しています。 日本は何だか唐突に自衛隊を派遣しようとしてますが、私は93年の事件を思い起こします。国連平和執行部隊がソマリアに派遣されました。しかし治安回復どころか大勢の市民とともに18人の米兵が殺された。死体が引きずり回される映像が世界に流れた。結局、武力に対して武力で立ち向かうという策は失敗し、部隊は撤退した。あの失敗は大きな教訓だったはずです。今回は海上とはいえ、教訓を忘れてはいけないと思います。 (聞き手・都丸修一)2009年3月8日 朝日新聞朝刊 12版 9ページ「耕論-和平づくりこそ根本解決」から引用 ソマリアが今日の混乱に陥った原因は、ジョージ・ブッシュの浅はかで身勝手な政策のせいだった。アメリカは責任を持ってソマリア政府機構再建を支援するべきである。
2009年04月17日
愛国心の強制について、ある高校生は朝日新聞に投書して次のように述べている; 愛国心とは何なのか。中学校の道徳でやった心のノートには「我が国を愛し…⊥と書いてあるページがあった。 私は日本に生まれてよかったと思っている。日本の嫌いなところ弱いところはたくさんあるが、家族がいて友達がいる日本が好きだ。わざわざ心のノートで書かせなくても「普通に好き」だ。これではいけないのか。 インターネットで見た中学校社会科の教育目標には「伝統と文化を尊重し、それを育んできた我が国と郷土を愛し」といったことが書いてあった。何のために愛するのか。愛情は強制されて育つものではないと思う。その人自身の考えではないか。 考えた末にあまり好きではないというのだったら、それはそれでよいと思う。それなりの考えがあるのだから。愛情を深めるために歴史上の事実が消されることがあってはならないのは当然のことだ。例えば戦争中の事実を勉強したら国のすべてを愛することは難しくなるかもしれないが。 自分の考えが誰かによってコントロールされていると考えるのはとても怖い。事実を事実として伝えていける国であることを願う。2009年3月8日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「若い世代-強制されても愛国心育たぬ」から引用この投書はなかなかしっかりした信念に基づいた正論である。だいたい普通に生活している日本人が、世界のどの国に行こうと帰国すれば「やっぱり日本が一番いいな」と思うのが普通だ。反対に、人はどのような場合に「こんな国はいやだ」と考えるか。それは、例えばこの国で奴隷のような虐げられた生活を強制されている場合は、そう考えるかも知れない。韓国やアメリカに行けば自由に働いて豊かに暮らせるという状況であれば、こんな国はやめてあっちへ行こうと思うであろう。したがって、政府がもし、国民にもっと愛国心を持ってほしいと思うのなら、国民が幸福に暮らせるような政策を実行すれば良いだけのことだ。それを、金持ちだけを優遇して一般国民は何時派遣切りにあうか分からないような状況を作り出しておいて、気持ちだけは愛国心を持てと強制するなどは、本末転倒だ。
2009年04月16日
迷宮入りとなっている朝日新聞阪神支局襲撃事件の実行犯を名乗る人物の手記を掲載した新潮社の態度について、2日の読売新聞は次のように批判している; 朝日新聞阪神支局襲撃事件など警察庁指定116号事件を巡り、「実行犯」を名乗る島村征憲氏の手記を週刊新潮が連載した問題で、朝日新聞は1日朝刊で「放置できぬ虚報」とする特集を掲載し、紙上で訂正と謝罪を求める異例の対応に出た。一方の週刊新潮は、いまだに連載の疑問点や矛盾について十分な説明をしていない。社会の耳目を集める重大事件の記事に疑義が示された時、どのように説明責任を果たすのか-。週刊誌報道のあり方だけでなく、発行元の新潮社の対応も問われている。 朝日新聞の1日の特集面では、阪神支局が襲撃された1987年5月前後、島村氏が生活の拠点を北海道登別市に置いていたことなどが確認できたとして、島村氏が都内で右翼活動していたとする手記とは食い違っていると主張。 手記の登場人物の周辺に、週刊新潮が裏付け取材をした形跡もないなどとして、問題の連載を「虚報」と断じ、「『書きっぱなし』に終わらせず、訂正、謝罪すべきである」と要求した。さらに、この日の社説でも新潮社に責任を明確にするよう求めている。 朝日新聞は連載終了直後の2月23日、「虚言 そのまま掲載」とする特集で、島村氏の手記の矛盾点や疑問点を掲載。週刊新潮の早川清編集長あてに3月11日付と同24日付で、計11項目の質問状を郵送している。だが、早川編集長は「見解はすでに誌面に掲載しております」とコメントするだけで、読売新聞を始め、他のメディアの取材にも明確な回答を示していない。 週刊新潮に対しては、島村氏が手記の中で「朝日新聞襲撃の指示を受けた」と指摘した元米国大使館職員の男性(54)も2月23日、事実無根だとして謝罪と訂正を求め、新潮社は先月19日、この男性と和解した。 男性はこの日、読売新聞に「私が事件に関与していないという抗議を新潮社が重く受け止めてくれた」と和解の事実を明らかにした。朝日新聞も翌20日朝刊に「新潮、抗議男性と金銭和解」との見出しで「記事が誤報だったことを事実上、認めた」と報道。一方、週刊新潮編集部は「朝日新聞の記事には事実と異なる点がある」などとコメントしたものの、誌面上で和解の事実を報じないなど、詳しい説明を避けようとする姿勢が浮き彫りになっている。 こうした編集部の対応に、新潮社の加藤新・総務部長は1日、「社としての見解を出す方向で検討している」と表明したが、これまで「編集部に一任している」として、第三者による調査などをしようとしなかった経営姿勢にも批判が集まっているとみられる。 新潮社の対応については、ノンフィクション作家の吉岡忍さんも「連載の内容に疑義が出ているのに真偽を全く調査しないのなら、週刊新潮だけでなく、週刊誌報道全体に、信頼性の観点から大きな影響を与えかねない」と指摘。その上で「新潮社は、社内に審査委員会を設置するなど丁寧に検証する必要がある。特に、登場人物の抗議を受けて和解したのであれば、誌面上で詳細に説明するのが読者に対する責任ではないだろうか」と話している。2009年4月2日 読売新聞朝刊 14版 33ページ「メディア-新潮社求められる説明」から引用 信用できる原稿かどうかも検討せずに週刊誌に掲載した新潮社の意図は何か。単に世間を騒がせて金儲けができればいい、というだけの発想であれば、当然のことながら社会的制裁を受けなければならない。こんな出版社を私たちは許しておいてはいけません。
2009年04月15日
反日感情と言えば中国と韓国だと思っている人は多いようだが、実際はかつて日本軍に侵略された東南アジア諸国に反日感情は根強い。フィリピンやインドネシアの娯楽映画では、悪役は日本軍兵士になっている、これが常識である。しかし、戦後60年以上たって、そのような常識も少しずつ変化する兆しがあると、1日の読売新聞が伝えている; 大航海時代の面影を伝える美しい街並みを戦火から救った一人の日本兵がいた-。スペイン統治時代の歴史的建造物が残るフィリピン北部ビガンに伝わるそんな逸話が、初めて映画化されることになった。歴史に埋もれていた美談はフィリピンの対日史観にも一石を投じようとしている。(ビガンで 稲垣収一、写真も) 映画は旧日本軍占領下のビガンに憲兵隊長として赴任した「タカハシ・フジロウ」大尉がモデル。日本人俳優の高嶋宏行さん(33)が大尉役で主演する。 タイトルは、地元イロコス語で「郷愁」を意味する「iliw」(イリウ)。ボナ・ファハルド監督(38)がメガホンを握り、年内の一般上映を目指す。 大尉は終戦直前の1945年まで約2年間、ビガンでフィリピン人妻、娘2人と生活。米軍の反攻で旧日本軍がビガンを撤退する際、軍司令部から街の破壊命令を受けた。だが、大尉は家族の保護を託したドイツ人神父に「街を守る」と約束。部隊をひそかに山岳地帯へ移動させ、米軍の空爆も中止されたと伝わる。 家族は後にビガンを離れ、大尉は戦死したとされるが、市に大尉に関する資料はない。戦後、地元関係者が日本側に調査を依頼したものの、詳しい消息や身元は不明のままだ。 戦時中、大尉一家の隣に住んでいたセシリア・デレヨンさん(85)によると、大尉は北海道出身で、ハンサムな顔立ちに口ひげを生やし、英語も堪能。妻とはよく手をつないで出歩き、「ハニー」と呼び合った。 デレヨンさんは、「他都市では日本人の蛮行を聞いたが、彼は紳士的で市民に尊敬されていた。私たちにとって、街を救ったヒーロー」と振り返る。 ビガンの街並みは今、再び崩壊の危機にある。市内246の歴史的建造物は老朽化が進み、荒れ放題の建物も目立つ。市は10年前、保存運動に乗り出したが、所有者の多くは地元を離れており、大規模改修が実現した建物は計画の1割にとどまる。 ファハルド監督が地元州知事から構想を得たのは4年前。「大尉に再び街を救ってもらいたい。保存運動に弾みを」という。フィリピン映画に描かれる日本兵は悪役が定番だが、監督は、「戦後60年以上経て、従来と違う日本人像を伝えるべき時代。新たな両国関係を象徴する作品として日本上映を目指し、ビガンへの関心を高めたい」と語る。2009年4月1日 読売新聞朝刊 14版 9ページ「歴史の街救った日本の将校」から引用 映画がヒットして大勢の観光客がビガンを訪れるようになるとよいと思います。
2009年04月14日
近頃のわが国論壇の状況を、3月30日の読売新聞は次のようにダイジェストしている; 小沢一郎・民主党代表の公設第1秘書が、政治資金規正法違反の疑いで逮捕・起訴された。麻生政権が支持率を落とし、次期総選挙で民主党中心の政権が誕生する可能性が言われる中での逮捕は、同党から「国策捜査だ」といった反発が出るなど、政界を大きく揺るがしている。推移は冷静に見るべきだろうが、論壇と絡めると、背後に広がる時代相が浮かび上がるかもしれない。 事件についていち早く論及しているのが、国策捜査の語を世に知らしめた作家の佐藤優氏だ。「『小沢一郎秘書逮捕』と政権交代の恐怖」(『新潮45』)で氏は、「筆者は本件を国策捜査とは考えていない。率直に言うと、国策捜査よりももっと恐ろしいことが起きている」と述ベる。では何が起きているかといえば、「特捜の現場の検察官が、いわば戦前の二・二六事件の青年将校化している」。 穏やかでない見解だが、佐藤氏によれば、国策捜査の目的は、「時代のけじめ」をつけること-旧来の公共事業型の政治と決別したり、ホリエモン的な「稼ぐが勝ち」といった風潮に歯止めをかけたりすることなのに、今回はその象徴性がない。また国策捜査なら検察庁が逮捕前に情報をリークして疑惑を熟成させるのに、今回はそれもない。氏の判断では、「政治が弱体化する中で、検察官こそが悪事を摘発し、不正を糺(ただ)す正義の味方であるという想(おも)いに酔っている」。 特捜に逮捕された経験のある佐藤氏ならではの特異な分析とみることも可能だろう。だが、少なくとも「政治の弱体化」でいえば、現代を二・二六事件の起きた1930年代になぞらえる見方は、政治学者の御厨貴・東大教授の「麻生・中川問題が示す自民党の自然死」(『中央公論』)でも展開されている。教授は「この内閣の危機感の喪失、限前の事態にきちんと対応しようという真剣さの欠如には、本当に驚き、呆(あき)れるばかり。我々は、最悪の時期に最悪の人間をトップに迎えてしまったようだ」と断じ、事態を「日本の政治が人材面でピンチに陥った例として、第二次大戦に向かう1930年代の混乱が挙げられるだろう」と対比させている。 また「正義に酔う」点では、対象は検察ではないが、政治学者の櫻田淳・東洋学園大准教授の「保守再生は<柔軟なリベラリズム>から」(『諸君!』)が参照されよう。櫻田准教授は「誇りが大事だ」「利よりも義だ」と威信を説く昨今の「保守・右翼」知識層の広がりを問題視し、彼らを「カラオケ・ボックスで周囲の気分に構うことなく、下手な歌を自分では上手いと思い込んで歌い、悦に入っている酔客」に見立てて批判。戦前の「古き良き日本」を思慕する知識層を「安全保障ではなく経済に絡むものであるにせよ、現在進行形の『有事』を前にして語るべきことが山積しているはず」と指弾している。 こうしてみると、経済をはじめ危機が深刻であるにもかかわらず、政治家や知識層がそれを直視する意欲や能力を失う一方、思い入れに基づいて「義」を求める空気が生まれつつある、との時代認識が可能かもしれない。 ところで、『中央公論』は「平成『空気』の研究」という特集を組んでいる。山本七平『「空気」の研究』(1977年刊)を手がかりに現代を考察する試みだ。その中の「日本から『大きな空気』が消えた」で精神科医の斎藤環氏は、大戦末期の戦艦大和の特攻出撃が「全体の空気」というあいまいな根拠によって決定されたとする山本の分折を想起している。「アニマ(空気)」に基づく「アニミズム」(「空気」主義)の日本では、その場限りの絶対=空気支配が生まれ、それに堪えなくなるのだという。だとすれば、私たちには破滅を避けるため、今の空気を読むだけでなく、醸成された空気そのものを問う姿勢が必要になるだろう。 (文化部 植田敬)2009年3月30日 読売新聞朝刊 12版 「2009思潮3月-現実直視の意欲衰退」から引用 佐藤優が指摘するように、小沢一郎秘書逮捕は国策捜査としての象徴性に欠け、やり方も稚拙であった。つまり、国策捜査などという大げさなものではなく、単に自民党に有利な状況を作り出そうとした現場検察官の独りよがりだったということだ。それにしても、御厨貴が言うように、我々は最悪の時期に最悪の人物をトップに据えている。これを改善するには、早急に解散総選挙するしかない。
2009年04月13日
戦前は軍隊に徴用され、戦後は経済の高度成長を担った一国民が、NHKのインタビューを受けたいきさつを「週刊金曜日」に投書している; NHKは時々思いがけないことをする。 先日、六〇年安保の仲間、「声なき声」のお世話をしてくださっているY氏から電話。「NHKの日めくりタイムトラベルという番組に60年安保をとり上げるので、当時デモに参加した人を紹介してくれと言われたので貴方の名を出しておいたから、連絡がゆくかも知れない」とのこと。 そのうちに、NHKの下請会社と称する会社から電話がかかってきた。「当時のことを現場で伺いたいので上京してくださいませんか」。 当時国会を取り巻いた30万の大衆の中から、わざわざ和歌山の住人に声をかけずとも、と思ったが、組合にも政党にも無縁の金融機関中間管理職だったから市民の声としてはちょうどいいのかな、と引き受けた。 デモの現場といえば議事堂周辺である。正門前の舗道でマイクを向けられ、当時の思い出を語った。 新聞のスミに米上院議員の談話がのって、初めてこの条約が日本のためよりも米軍の極東最前線を日本に置くための条約であることを知ったこと、日比谷へ会社の帰りに寄ったら、赤旗が林立しインターが流れ、公園が煮えくり返っていたこと、それから毎夜鞄(かばん)を提げてデモに参加したこと、右翼が殴り込んでくるのと闘ってたこと、正に青春の再来であったこと。当時の私が体験した事実をありのままに語った。事実を語らなければ意味がないと思ったのだ。 ところがその後しばらくして電話があった。「まことに申し訳ありませんが、本多さんへの取材は放映できなくなりました」「ああそうかい、よかろう」 結局、95歳を紀州山中から東京へ呼び出して、相当の経費も無駄にして終わった。 思えば今日のNHKのやりそうなことではある。彼らにとっては事実であり過ぎたのだろうが、公共放送の限界ですましていいのか。2009年3月27日 「週刊金曜日」 744号 60ページ「投書-放映されなかったNHKの取材」から引用 日米安保条約はアメリカが日本を守るために締結したと思ってる日本人はいまだに相当数いるようだが、いいかげんに目を覚ますべき時期にきている。
2009年04月12日
「しんぶん赤旗」は、3月29日の日曜版で企業の内部留保について、次のように解説している; 内部留保の活用を一般マスコミも頻繁に話題にするようになった。 内部留保とは何か、一言でいえば、企業がこれまで生み出してきた利益の過去からの蓄積分である。 収益(売上高や金融収益など)から諸費用(原材料費や人件費など)を控除した当期純利益のうち、株主への配当を除いた社内への留保分が累積したもので、貸借対照表の貸方(右側)の純資産の部にある利益剰余金がそれに当たる。 利益剰余金は狭義の内部留保であるが、さらに将来への備えという名目で留保される引当金・準備金や、株式発行額のうち2分の1を資本金にしなくてよいことから生じる資本準備金などの資本剰余金を加えたものが広義の内部留保である。 表は、資本金10億円以上の大企業(製造業、約5200社)の主要な項目の2001年度から07年度への変化を示したものである。総資産の伸び率113・4%にたいして、狭義の内部留保(利益剰余金)は136・0%、広義の内部留保は121・0%の伸び率となっており、内部留保が飛躍的に進んだことがわかる。 内部留保激増の大きな要因は人件費の削減であり、従業員給付(従業員給与と福利厚生費の合計額)は94・6%に低下している。大企業は輸出や海外進出によって収益を拡大する一方、賃金抑制や非正規雇用により人件費を削減することで、この間、6年連続の史上最高益を生み出してきた。 人件費削減の合計額を推計すると約15兆円(低い推計9・7兆円と高い推計19・5兆円を平均)となり、内部留保(利益剰余金)の増加分約20兆円の大半が人件費の削減分から生まれていることがわかる。 その一方で、株主への配当や役員への給与・賞与は急増しており、また金融資産(有価証券)や子会社への投資(投資有価証券)も拡大の一途である。さらに会社法で容認された自社株買いにも資金は投下されており、この4年間で自己株式は7・2兆円にも達している。 企業が生み出した価値は労働者に回るのではなく、株主配当や内部留保に一方的に手厚く振り向けられているのである。 労働者に犠牲を強いることで得た、バランスを欠いた内部留保の活用を求めることは正当であると言わねばならない。もちろん内部留保といっても、その多くがさまざまな資産に投下されており、その全額を活用することは不可能である。しかし、その中には現預金をはじめ換金可能な資産も含まれており、その一部を活用することは妥当である。 換金性資産は、現金・預金、有価証券(短期)、公社債(長期)、その他の有価証券(長期)、自己株式の合計となる(自己株式は資産ではないが、放出により換金可能)。表で示される換金性資産は33・2兆円となっており、内部留保(利益剰余金)76・4兆円の約4割強は換金可能な資産といえるのである。換金性資産のほんの一部でも雇用に活用すれば、非正規従業員の大量失職を防ぐことは可能であり、企業の社会的責任の一端を果たすことができるのではないだろうか。2009年3月29日 「しんぶん赤旗」日曜版 20ページ「経済これって何?-内部留保、活用の要求は正当」から引用 このように本来労働者に配分されるはずだった利益を溜め込んだのが、今日の企業の内部留保なのだから、企業は労働者の雇用維持にために内部留保を吐き出すべきであるのは当然である。
2009年04月11日
遺族の意向を無視して勝手に戦没者を合祀した国と靖国神社を訴える裁判で、原告の請求が棄却されたことについて、朝日新聞には次のような投書が掲載された; 靖国神社への合祀取り消しの訴えに対し大阪地裁判決(2月26日)は、遺族の感情は靖国神社に対する「嫌悪の感情」であり法的に保護すべきものではないとして請求を退けた。しかし、その感情は靖国神社ばかりではなく靖国神社と国家の結びつきに対する嫌悪でもあるのではないか。 国会議員ら公的立場の人たちが8月15日に靖国神社に多数参拝し、公人という立場を明言する方もいたことが問題を大きくしてきた。今回の判決はこれらの公人の行動を正当化するのだろうか。むしろ個人の信仰を持ち「故人の霊は靖国にはいない」と考える遺族の存在が示されたことこそ、重要なのではないだろうか。 靖国神社に他の信仰の霊を祭る自由があるとしても、公人の立場にある人が、霊が個人の信仰の下ではなく靖国神社にいるという解釈を国民全体に押しつけることは、信教の自由を侵すことになるはずである。 政治家や為政者として国家のために命をささげた魂に礼を尽くしたいと考えるのであれば、国民の多様な信仰に基づいた追悼のあり方について、真剣に検討がなされるべきだと思うのである。2009年3月21日 朝日新聞朝刊 12版 11ページ「声-信教の自由を追悼の前提に」から引用 この投書は正論を述べている。政治家が国家のために命をささげた故人に礼を尽くしたいのであれば、キリスト教徒であった故人はキリスト教の方式で、仏教徒であった故人は仏教の作法で追悼するのが礼儀というものだ。それを有無を言わさず強引に靖国神社にしてしまうのは、故人に対する冒涜である。
2009年04月10日
「まず出兵ありき」の日本政府の姿勢を批判する投書が、3月20日の朝日新聞に掲載された; アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で、海上自衛隊の護衛艦が呉港から出航する映像に思わず息をのみました。中国や韓国に後れをとるまいと出動を急ぎ、必要な法整備は、これから国会で、というずさんさに一抹の不安を覚えます。 「まず出兵ありき」で、取るものもとりあえず行われたイラク派遣を思い浮かべました。「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と言う小泉元首相のもと、大義不明の一大事でした。 政府は今回、「海賊対策は警察活動で、武力行使には当たらない」と強調し、海上自衛隊に派遣を命じました。首相らの胸三寸で、憲法の解釈はいかようにもなるということなのでしょうか。 海賊対策という前代未聞の事案ですから、国会できちんと議論し、法制を細かく定めてから日本の参加があっても遅くはないと思っています。平和憲法にふさわしい貢献の道は必ずあると信じています。 そして新法は与野党の別なく協議して下さい。海賊が横行する理由に目を向けて、ソマリア再生への貢献を考えてあげてほしいと思います。2009年3月20日 朝日新聞朝刊 13版 17ページ「声-海自の派遣に感じる危うさ」から引用 小泉内閣がイラクに自衛隊を派遣するときも、政府は国会できちんとした審議をせずに強行採決で無理やり派遣した。今回は形ばかりの国会審議もなしに派遣を強行している。政府が審議をいやがる理由は、自衛隊の派遣が憲法に違反していることが明白だからである。憲法をないがしろにする政権は、やがて歴史によって断罪されるであろう。
2009年04月09日
岩波新書の『小林多喜二-21世紀にどう読むか』を執筆したシカゴ大学教授、ノーマ・フィールド氏は、「しんぶん赤旗」のインタビューに応えて次のように語っている; シカゴ大学教授で日本文学を専攻するノーマ・フィールドさんが、『小林多喜二-21世紀にどう読むか』(岩波新書)を出しました。「この中には、私が四半世紀の間、考えてきた問題が全部入っている」とノーマさん。多喜二没後76周年の2月20日をはさんで来日した際に聞きました。 (児玉由紀恵記者)【予期せぬ出会い】 「多喜二さん」-そう呼びかける手紙の形の「プロローグ」から、この本は始まります。「世界と向き合う作家へ」「銀行員からプロレタリア作家へ」「小樽から東京へ」の3部構成。資料、証言を駆使し、小林多喜二の29歳4カ月の生涯と作品を浮き彫りにします。 日本人の母と米国人の父の間に生まれ、18歳まで日本で暮らしたノーマさん。多喜二との「予期せぬ出会い」は、1998年のことでした。祖母光江(てるえ)さんが少女期を送り、戻ることのかなわなかった小樽の地をいつかは踏みたいという夢を実現させた旅で、ついでのように飛び込んだのが小樽文学館でした。 そこに展示されていた多喜二の1通の手紙。貧しい家族のために身をひさぐ酌婦(しゃくふ)だった恋人に、自分を卑下するなと懸命に訴えるものでした。 「その手紙を読んだとき、すごい吸引力を感じたんです。こういう青年だった多喜二さんは、生涯全体が魅力的な人だったんじゃないかな、と強い印象を受けました。昔、『蟹工船』を読んだだけで片付けていたことへの疑いが出てきたのです」【勇気必要だった】 多喜二研究を決意したのは、さらにその数年後でした。「階級」を古い概念とする研究者たちや、『なぜいまさら多喜二?』と言う周囲に向き合う勇気が必要だった、と言います。ブッシュ政権が生まれ、日本では、小泉内閣の「構造改革」で社会の疲弊が進み、イラク派兵が断行されるという時代が、多喜二研究へとノーマさんの背中を押しました。 「私の『多喜二探し』の一部」という本書は、ノーマさんの清新な視点が大きな魅力です。登場人物の「ほとんど、だれもが何かひとつ捨てがたいものをもたされている」多喜二の作品。そこから、多喜二は「根本的に人間好きだった」ととらえるなど、多喜二と作品の発見に読者を誘います。 「多喜二さんを理解しようとし、調べて考えることによって、この四半世紀に、私が直面してきた問題の一番大事なところを考える機会になりました」 それは、文学と政治、社会の関係、そして資本主義というものについての探究です。 「資本主義のなかでどう生きていくのか。その先を想像することはできるのか。多喜二さんたちは、それを真撃(しんし)に考え、体当たりしていた。その生き方を追うことを通して、自分が大学で教える人間になってから突き当たった矛盾などを考えざるをえなかったのです」 日本が中国侵略に突き進もうとする時代に、反戦・平和、社会変革を目指し、プロレタリア(労働者の)文化運動を担った多喜二や仲間たち。ノーマさんは、なぜ彼らは、文学、文化を必要としたのか、と問います。 「多喜二さんは、革命運動にコミットして、指導的立場にありましたね。文学だけで革命が起こるとは決して思っていない、けれども文学もあきらめないのは、政治的な活動だけで革命が起こるとも思っていないから。社会変革には、人々の心をとらえるものが絶対必要だと、彼らはわかっていたのではないかと思います」【初の日本語の本】 本書の「エピローグ」に、ノーマさんは多喜二にあててこう記しています。(私はこころからお礼をいいたい。あなたが全身の力をふりしぼって、文学と社会変革をともに求めたことに対して、です。人はだれでも、あなたのように本気で生きてみたいと、一度は思うのではないでしょうか)と。 04年から05年にかけて1年間小樽に住み、多喜二の墓前で言葉にならない思いを語りかけてきました。「第二の古里」と呼ぶその地の人々や、ブームの前から多喜二を大事に思ってきた人たち。本書は、それらの出会いや、多喜二研究の先達の成果なしには生まれませんでした。 ドキュメンタリー映画「時代を撃て・多喜二」(池田博穂監督、05年)の中で、『多喜二にひどい拷問をした人は何の罪も問われないのか』と素朴に語った老婦人。多喜二に会ってみたかったか、というノーマさんの問いに、間髪入れず大きな声で「ずっと会いたかった」と応えた93歳の多喜二のいとこ・・・。多喜二に思いを寄せる人々との出会いの描写に胸を揺さぶられます。 「今回、多喜二さんを書きましたけど、彼は独りではなかったということを強調したいですね。仲間があり運動があった。それがどんなに大切なことであったか。官本百合子さんや松田解子さんら、プロレタリア作家の短編を英訳して出したいと思っています」 初めて1冊を日本語で書くという格闘も終えた今、ノーマさんは言います。「この人と、この人の運動は、限りなく好きだなという思いが続いています」2009年3月22日 「しんぶん赤旗」 16ページ「『多喜二』書いてますます好きに」から引用 小林多喜二という人はなかなか魅力的な人物だったようです。それから、ノーマ・フィールド氏の周辺にも、当ブロブのコメンテーター諸氏同様、共産主義は過去のものと思い込んでいる人たちがいっぱいいるらしいことも、この記事から分かります。しかし、同時にこの記事から分かるのは、それでも共産主義は人類の理想であるということです。共産主義に否定的な考えを持っている人たちは、みんな一様にロシア革命の失敗をあげつらいます。しかし、「資本論」に展開されたマルクスの共産主義思想は、ロシア革命の失敗をもって結論とするにはあまりにも深遠な思想であることを、否定的な人たちは、理解していません。みなさんが、もっと努力を積んで「資本論」を学習されることを推奨したいと思います。
2009年04月08日
政治家の世襲という悪弊をどのように改善してきべきか、3月3日の朝日新聞コラムは次のように述べている; 「死に至る病」。民主党の岡田克也元代表は、自民党の「世襲体質」をそんな言い方で批判している。 政治家が子や孫、娘婿などに議席を引き継ぐ世襲の衆院議員は、いまの自民党で3分の1に達する。最近の首相では橋本龍太郎氏以来、森喜朗氏以外の小渕恵三、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫そして麻生太郎各氏が父親から議席を継承。ここ3代は、歴代首相の孫→息子→孫でもある。森氏の父親は国会議員ではなかったが、町長を長く務めた。 世襲議員は、強固な後援会を引き継ぐから選挙は有利だ。新たな挑戦者にとっては、分厚い壁として立ちはだかる。それが自民党を衰弱させているだけでなく政治全体の停滞をもたらしている。有権者には、そんな不満が募っているように思う。 先日、ある講演会でこんな話をした。「小泉元首相は構造改革を訴えて国民には痛みに耐えるよう求めたのに、自身の後継には息子を指名した。小泉家では4代目の政治家だ。既得権を打ち破ると叫んだ小泉さんなのに、政治家の既得権は守るというのは釈然としない」。すると、会場から拍手が沸いた。世襲に対する世論の厳しい視線を感じた。 では「死に至る病」を治すには、どうすればよいのか。岡田氏は民主党の政治改革推進本部長として処方箋(しょほうせん)を練っている。まず、政治資金。現状では、世襲議員が先代の残した資金の多くを事実上、引き継ぐケースがある。これを、政治家が引退したら資金管理団体を完全に解散・清算させ、資金が引き継がれないように法律を改正する。 立候補の制限も課題だ。法律で世襲を全面禁止するのは、憲法の「職業選択の自由」との関係もあって難しいが、民主党の内規で「親と同じ選挙区での立候補を認めない」と明確にする。これらを総選挙のマニフェスト(政権公約)に明記し、自民党との「違い」を際だたせる-。岡田氏は知恵を絞っている。 そんな動きに危機感を強める自民党も、菅義偉選挙対策副委員長が世襲禁止をマニフェストに盛り込もうと提唱している。「次の次の総選挙から同一選挙区での新たな世襲候補の立候補の禁止」が検討されている。もっとも、党内には異論もあって意見集約は手間取りそうだ。 自民、民主両党の二大政党制が定着し、地方組織も整備されれば、いずれは米国流の予備選で両党の候補者を決めるようになる。そうなれば世襲は減っていくだろうが、それまでの間に、政党が何らかの自主規制をすることは必要だと思う。 そんなことを考えていたら、民主党の若手議員から「岡田さんも大変な仕事を抱えた」と聞いた。 「民主党でも、小沢一郎代表が2代目、鳩山由紀夫幹事長は4代目。世襲議員はじわじわと増えており、規制には反対論が根強い」そうだ。さらに難題なのは、小沢氏のほか羽田孜元首相、渡部恒三元衆院副議長が「将来は息子に代替わり」と考えている節があるからだという。この3氏は、自民党竹下派時代から岡田氏の大先輩。その意向に反してでも世襲規制を貫けるかどうか。岡田氏も頭が痛いのだろう。 有権者の不満が強い世襲政治に各党がどんな処方箋を示すのか。これもまた、総選挙の見どころである。2009年3月3日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ「政態拝見-『世襲病』の処方箋競え」から引用 政治家としての地盤と看板とカバンを世襲すると宣言した小泉純一郎は、本来改革の旗手ではありえなかったし、構造改革と称してやったことは国民の財産をアメリカの投資家のえじきにするだけのことだった。 また、引用した記事がいうように、世間では世襲に対する批判が高まっているが、当ブログのコメンテーター諸氏には、世襲批判を不快に思う人たちが多いのは、それだけ世間の常識から乖離しているということであろう。
2009年04月07日
江戸時代の薩摩藩が琉球を侵略してから400年めに当たる今年、那覇では、琉球の自己決定権の確立を目指す市民運動が始まったと、2月13日の「週刊金曜日」が報道している; 今年は1609年の薩摩による琉球侵略から400年、また1879年の明治政府による琉球処分(廃藩置県)から130年目にあたる。薩摩に征服される以前の琉球は首里王府が統治する独立国だった。薩摩の支配下にあっても1879年までは、中国をはじめ外国との交易を独自に行なってきた。この節目の年に日本と沖縄との関係を問い直し、琉球の自己決定権を確立していこうと、市民有志が昨年末から話し合いを重ねた「琉球の薩摩支配から400年・日本国の琉球処分130年を問う会」の結成集会が1月30日、那覇市内で開催された。 基地問題、沖縄戦をめぐる教科書問題、沖縄戦時の不発弾の相次ぐ爆発、それらに対する日本政府の対応、道州制問題など、沖縄の自立・自決への関心の高さを反映し、会場は補助椅子、立ち見で満杯。 基調報告を行なった彫刻家の金城実氏(浜比嘉島出身、71歳)は自身の子ども時代を振り返りながら「沖縄に生まれたことに誇りを持てなかった。その誇りをいかに取り戻すかが課題だった」「1945年、捕虜収容所で 『独立』という言葉が語られ始めたが、日本復帰運動に呑み込まれていった。琉球独立がすぐに実現するわけではないが、未来への遺産として考えていこう」と呼びかけた。 奄美からの報告を行なった沖永良部島知名町職員の前利潔氏は、歴史に翻弄されてきた奄美諸島の人々の複雑な帰属意識を「無国籍地帯」と表現し、奄美諸島を含む道州制論議に問題提起した。 15人の共同代表が選出され、今後、奄美から与那国までの琉球弧住民と連携してシンポジウムや討論会、出版・広報、慰霊祭、国連等への要請行動などを行なう予定だ。 (浦島悦子・フリーライター)2009年2月13日 「週刊金曜日」738号 8ページ「琉球侵略から400年、沖縄の自立を問う会」から引用 米軍の基地使用要求を日本政府がいつまでも沖縄に負担させ続ければ、沖縄の民心は日本政府から離れ、上に引用したような市民運動が力を増していくことになるかも知れない。
2009年04月06日
近頃の大学生は、自分たちが作る新聞を大学当局に検閲されて何の疑問も感じないという非常識が横行しているらしい。あきれ果てた事態を憂慮する投書が、3月19日の朝日新聞に掲載された; 9日朝刊の東京版に大学新聞が存続の危機との記事があった。昔も今も学生新聞は学生が接するあふれる情報の中の一つにすぎず、読者のニーズを探るのは大変だ。4年間を学生新聞に打ち込んだ者として、関心をもって読ませてもらった。 その中で「配布前に学生センターで紙面をチェックされるので内容が保守的になる」との悩みが紹介されていて驚いた。 紙面のチェックは検閲に他ならず、大学側による検閲など私の学生時代には考えられなかった。もし検閲が行われたなら大学新聞と大学の関係にとどまらず、検閲行為を学生自治会が取り上げて学生の自治と大学のあり方、ひいては学問や思想の自由の問題に発展し、確実に学生運動の発火点になるからだ。 新聞発行の経費が大学からの補助金としても、紙面チェックという検閲が定着しているのは怖いことだ。大学内での検閲を疑問視しない考えは、国の検閲をも疑問を抱かず反対もせずに受け入れてしまう無定見さに繋(つな)がっていく。大学内での感覚の麻痺(まひ)が心配である。2009年3月19日 朝日新聞朝刊 12版 16ページ「声-学生新聞でも検閲見逃せぬ」から引用 政界は世襲議員だらけで世の中をリードできていないし、財界は儲かっても利益を独り占めするから世の中が不景気になる。と思ったら、人材を供給する大学がすでにこのような体たらくであったとは、さもありなん、である。これでは日本はただ没落するのみではないだろうか。
2009年04月05日
小泉改革の強力な実践者であった竹中平蔵を痛烈に批判する投書が、3月17日の朝日新聞に掲載された; 「資本主義はどこへ」(9日朝刊)で、竹中平蔵氏はグローバル資本主義や構造改革が格差拡大などの副作用をもたらしたとの指摘を一蹴(いっしゅう)する発言をしていた。世界大不況に突入した時期だけに、私は気になった。 構造改革に着手のころ、皆が貧乏になるか、一部の人が金持ちになり経済の底上げをするかのいずれかとすれば選択肢は一つ、との趣旨の竹中氏の発言を記憶している。確かに一部の人たちは金持ちになった。他方、日本が先進国の中では米国に次ぐ貧困大国になるほどの格差を生んだ。そして、経済の底上げは実現されていないのではないか。 竹中氏は一人ひとりが勉強して稼ぐ力を身につければ解決するとしている。しかし、頑張って働いても収入が伸びないのが現実だ。こんな閉塞(へいそく)感が、不可解な犯罪や自殺者の増加を招いているのではないか、と思う。 地方の郵便局を効率優先で廃止した件でも、過疎地の老人には困難な自立生活を強いる言及をしており、暗然たる思いを禁じ得なかった。2009年3月17日 朝日新聞朝刊 16ページ「声-竹中氏の持論現実離れでは」から引用 ごく一部の資産家を政府が後押しして大富豪にしておきながら、取り残された一般庶民は「一人ひとりが勉強して稼ぐ力を身につけろ」とは、あまりにも酷い話だ。労働者はどんなに頑張っても、資本家が決めた賃金以上の利益は資本家が吸い取ることを合法としているのが資本主義のルールである。したがって、ここに来て一人ひとりが何を勉強するべきかと言えば、それはやはり「マルクス主義」を学ぶことであろう。労働者が頑張ってもワーキングプアを脱することができないのは、資本主義経済の仕組みであることを学び、一般庶民が豊かに暮らすためには経済体制の変革が必要であることを勉強することだ。
2009年04月04日
名称は店長でも実質的には管理職でないから残業代を支払うべきであるとして争われた裁判が、原告の主張を認める方向で和解したと、3月19日の読売新聞が報道している; 日本マクドナルド(東京都新宿区)が直営店の店長を労働基準法上の管理監督者(管理職)と見なして残業代を支払わないのは違法として、埼玉県熊谷市で店長を務める高野広志さん(47)が、同社に未払い残業代などの支払いを求めた訴訟の控訴審は18日、東京高裁(鈴木健太裁判長)で和解が成立した。同社が、高野さんは管理職ではないと確認し、和解金として、約4年半の残業代分など約1000万円を支払う。 大手企業を相手に、現職の店長が「名ばかり管理職」の労働実態を訴えた訴訟は、原告の実質的な勝訴で終結。同様の「管理職」を抱える他の企業の労務管理にも影響を与えそうだ。 高野さんは1987年に同社に入社し、99年に店長に昇格。その後も、早朝から深夜まで調理や接客を行い、残業時間が月100時間以上に及ぶこともあったが、店長は労基法上、残業代の支払い対象から除外される管理職にあたるとし、残業代は支払われなかった。 1審・東京地裁判決は、高野さんについて、アルバイトの採用などの権限が店舗内に限られ、賃金などの待遇も不十分だったと指摘。「経営者と一体的な立場にある管理監督者とは言えない」として、約755万円の支払いを命じていた。 同社は昨年8月以降、高野さんを含めた直営店の店長約1700人を管理職から外し、残業代を支払っている。 日本マクドナルドの話「和解は本人にとっても他の社員にとってもベストだという経営判断をした」 <関連記事38面>2009年3月19日 読売新聞朝刊 1ページ「名ばかり管理職認め和解」から引用 日本マクドナルドの店長が起こし、「名ばかり管理職」の問題が広く社会に知られるきっかけとなった訴訟で18日、和解が成立した。「一社員として声をあげ、権利を認めてもらえて本当によかった」。原告の高野広志さん(47)は、和解後の記者会見で、ほっとした笑顔を見せつつ、「長時間労働に苦しむ他の店長のためにも、今後も問題提起を続けていきたい」と力を込めた。 <本文記事1面> 高野さんによると、2005年12月の提訴後、会社の人事評価は下がったといい、和解条項で同社は、未払い残業代の支払いだけでなく、裁判を理由に降格や減給の処分を行わないと異例の確約もしたという。 高野さんの問題提起を機に、他の企業でも、店長らに残業代を支払う動きが広がった。レストラン「ロイヤルホスト」などを展開するロイヤルホールディングスは1月から、店長などの約1000人について順次、管理職から外し、残業代を支給する制度に改めた。 セブン-イレブン・ジャパンは昨年3月から、直営店(約600店)の店長に対し、従来の「店長手当」を減額し、残業代を支払う制度を導入している。 厚生労働省も昨年9月、残業代がなくても十分な賃金が保証されていることなど、管理職の判断基準を示す通達を出した。 原告代理人の棗(なつめ)一郎弁護士は「残業代の支払いを求めることで、長時間労働に歯止めをかけることが訴訟の目的だった。経営者は形だけの制度を整えるのではなく、なぜ残業が減らないのかを分析し、適切な労務管理を進めるべきだ」と指摘している。2009年3月19日 読売新聞朝刊 38ページ「店長『声あげ良かった』」から引用 きのう引用した朝日の記事に比べると、読売の記事はなかなか充実している。ロイヤルホストやセブン・イレブンが、社員の訴えが無くても制度を改善したとか、行政が管理職の判断基準をはっきりさせる通達を出したとか、この裁判が世の中を良くするためにいかに有意義であったか、よくわかる。
2009年04月03日
店長にも残業代を出せという労働者の要求が認められたと、3月19日の朝日新聞が報道している; 日本マクドナルドの高野広志店長(47)が残業代や労働時間管理の対象外となる管理監督者かどうかが争われた訴訟の控訴審は18日、東京高裁で和解が成立した。会社側は、高野さんが管理監督者には当たらない「名ばかり店長」だったことを認め、不払いの残業代など約1千万円を支払う。 大手企業が「名ばかり店長」の存在を認めたことで、残業代を払わずに長時間労働を強いる動きを抑制することになりそうだ。 和解後の会見で、高野さんは、「自分だけの問題ではなくなり、変な結論は出せないと、すごいプレッシャーだった」と述べた。昨年1月、東京地裁は、権限が店舗内に限られ、経営と一体的な立場にない場合は管理監督者には該当しないと判断し、2年分の残業代など約750万円の支払いを命じた。この判決は、改善が進まぬ名ばかり店長問題への社会の関心を一気に高めた。今回は提訴後の残業代も含め、約250万円上積みされた。 日本マクドナルドも制度変更を迫られ、昨年8月から店長を管理監督者から外し、残業代も支払うようになった。 05年の提訴以来、店長を続ける高野さんに、会社側が降格を示唆する場面もあったという。このため、和解で、「訴訟提起を理由に降格や配転をしない」との条項も盛り込んだ。日本マクドナルドは「和解がベストとの経営判断をした」とのコメントを発表した。2009年3月19日 朝日新聞朝刊 37ページ「『名ばかり』認め和解」から引用 また一つ、正義が実現されたことは喜ばしい。
2009年04月02日
プリンスホテルが日教組の宿泊を拒否して立件されたいきさつを、17日の読売新聞は次のように報道している; 昨年2月の日本教職員組合の教育研究全国集会(教研集会)で、「グランドプリンスホテル新高輪」(東京都港区)が大会の会場予約を一方的に取り消した問題に絡み、同時に宿泊予約を解除したのは旅館業法に違反するとして、警視庁は17日、同ホテルを経営する「プリンスホテル」(豊島区)の社長ら数人を書類送検する。予約の解除は社内会議を経て決定されていたことから、同庁は、経営陣が同法の趣旨に反し、恣意(しい)的に宿泊客を選別したとして、刑事責任を問う必要があると判断した。 書類送検されるのは、同社の渡辺幸弘社長(61)と、グランドプリンスホテル新高輪など系列3ホテルを統括する小山正彦総支配人(52)ら数人と、法人としてのプリンスホテル。 旅館業法では、宿泊施設に対し、どの利用者にも公平なサービスを提供するよう求め、(1)伝染病(2)施設に余裕がない -など特段の事情がある場合を除き、宿泊を拒否することを禁じ、違反すれば、2万円以下の罰金を科している。 捜査関係者によると、渡辺社長ら2人は、日教組が教研集会の会場として予定した「グランドプリンスホテル新高輪」の宴会場について一昨年日月、一方的に予約を取り消した際、正当な理由がないのに、教研集会開催日前後の4泊分の同ホテルと「グランドプリンスホテル高輪」の客室計190室分の予約を解除した疑いがある。 同社は、宴会場の予約を取り消すにあたって、弁護士らもまじえた社内会議を開いたうえ、小山総支配人が宿泊の予約を同時に解除することを決め、渡辺社長もこれを了承していた。渡辺社長は任意の事情聴取に容疑を認めているという。 この問題では、日教組が一昨年12月、予約の取り消し無効を求めて東京地裁に仮処分を申請し、昨年1月、東京高裁が会場の使用を認める決定を出したが、同社は従わず、昨年2月の教研集会の全体集会は中止に追い込まれた。 これについて、同社は「全体集会が開かれれば右翼団体の街宣車が押しかけ、宿泊客や近隣の学校の入試に迷惑がかかるため、やむを得なかった」と説明。これに対し、日教組は約3億円の損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こす一方、同8月には、宿泊予約まで解除したのは旅館業法に違反するとして同庁に告発していた。2009年3月17日 読売新聞朝刊 14版 38ページ「社長らを書類送検へ」から引用朝日、読売、東京の3紙では、今回は読売の記事がいちばん具体的でわかりやすかった。
2009年04月01日
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