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普天間基地移転問題に関する新政権のとるべき態度について、北海道大学教授・山口二郎氏は20日発売の「週刊金曜日」で次のように述べている; 発足から二カ月がたち、案の定というべきか、鳩山政権はふらつき始めた。 当初は、地球環境問題に対する積極的な取り組みや、生活保護の母子加算の復活など、政権交代の意義を感じさせる政策転換が打ち出され、期待感は高まった。しかし、山積する内外の政策課題を現実的に処理する段階に入ると、政権戦略の準備不足が表れているようである。 最大の難問は、沖縄の米軍基地縮小問題である。もちろん外交交渉だから結果として鳩山政権の主張が通らないことはありうるし、国民もそのことをある程度許容するであろう。しかし、政権自体の主張がまとまらないことには、対米交渉を始めることさえできない。民主党政権として沖縄をどうしたいのか、基本的なメッセージが伝わってこないことこそ、混乱の原因である。外相や防衛相に思いつきのようなことをてんでに言わせるのではなく、首相が中心となって、閣議、閣僚懇談会できちんと議論して、政権の方針を明確にしなければならない。 民主党は、長年の持論に沿って、事務次官会議を廃止した。これは、官僚のトップの談合ではなく、首相と閣僚が国政の基本政策について責任を持って決定するという理念に基づいた改革であった。しかし、肝心の閣議が今何を議論し、決めているのか、外部からはさっぱりわからない。 沖縄問題について言えば、閣議で日本の対米交渉方針を決め、関係閣僚が連携しながら、地元対話や外交ルート、メディア対策などさまざまな機会を通して、日本の主張を総合的に展開していかなければならない。 繰り返しになるが、政治主導とは事務次官会議を廃止するとか、官僚の記者会見を禁止するといった形をいじることではない。政治家自身の言葉で国民や外国に訴えて、政策の基本方針を決定することが政治主導である。今の鳩山政権は、むしろ政治主導という看板の重さに押しつぶされそうな気配である。 民主党は、初めて政権に就くことを弱みではなく、バーゲニングパワー(交渉力の源泉)にしなければならない。普天間基地の辺野古への移転や海兵隊のグアム移転の経費負担など、前政権が決定した方針については、その根拠に疑わしい点があるので、改めて精査したいと言えば、誰も反対しないであろう。 また、国民によって選ばれたという正統性を最大限政治的に利用すべきである。沖縄の基地縮小は国民に対する公約なので、これを具体化することは民主的に選ばれた政権としての責務だと言えば、交渉の余地は開けるはずである。何と言っても、相手は民主主義の総本山を自称する米国である。民主主義、人間の尊厳を守ること、貴重な自然環境を後世に残すこと。これらの普遍的な価値を日本から唱えてこそ、日米間で対等な交渉ができるようになるはずである。 政治主導の基本は、政治家が明確な意志を持つことだ。意志のあるところには、情報も知恵も集まってくる。意志のない政治家は右顧左眄(うこさべん)するものである。米国を怒らせると困るという「御殿女中」のような官僚や評論家の言うことなど、無視すればよい。今こそ、鳩山首相をはじめとする民主党のリーダーの胆力が問われている。2009年11月20日 「週刊金曜日」776号 11ページ「山口二郎の政治時評-沖縄の基地縮小は選挙公約、と『民の意思』を強調すれば米国との交渉の余地はある」から引用 普天間基地がわが国の安全保障にとってどのような必要性があるのか、徹底的に精査して不要であることが判明したら即座に撤退を求めるべきである。少なくともわが国は、選挙の結果「沖縄の基地縮小」を公約にした民主党が政権をとったのであるから、この事実をアメリカ政府に認めさせる必要がある。
2009年11月30日
普天間の米軍基地移設問題で、首相と外相、防衛相の発言がかみ合わない状況に関連して、わが国に米軍基地はいらないとする投書が、2日の朝日新聞に掲載された; 米国の新聞に、米国務省高官が「いま最も厄介なのは中国ではなく日本」と発言したと報じられたそうです。戦争に負けて64年、日本はずっと米国の言いなりで、対等な関係でなかったことを証明する発言だと思います。 米国は日本を守るという大義名分で日本に基地を置き、あちこちで戦争するたびにそれを利用してきました。もう十分です。冷戦は終わり、中国、ロシアも現在は友好国。東西世界が敵対する時代は終わりました。地球的に考えれば温室効果ガス削減に世界は手を結びあうべきです。 米国は、人間同士が殺しあう時代と決別するための指導者であるべきです。来日した米国防長官の「普天間移設を計画通り進めるように」との高圧的な発言には怒りを感じました。借金が切実な日本。米国への思いやり予算はやめ、そのお金は福祉などに回し、子孫に借金を残さない工夫をしましょう。普天間飛行場移設で論争はもうやめてください。米国が自分の図、日分のお金で解決してください。日本は独立国です。2009年11月2日 朝日新聞朝刊 13版 11ページ「声-普天間論争やめ基地は米国へ」から引用 オバマ大統領訪日前に米国防長官がやってきて、日本政府に対し前政権の約束を履行するように圧力をかけたことは、日本国民にとって実に不愉快なことであった。わが国は政権交代したのであるから、それによって政策方針が変わることはあり得る話しであり、アメリカといえどもわが国に内政干渉できる立場にはないはずだ。 また、上の投書が指摘するように、民主主義の旗手を自認するアメリカには是非とも「人間同士が殺しあう時代と決別するための指導者」であってほしいものであるが、残念ながら50年前の大統領が発言したとおり、アメリカには軍産複合体なるものが存在し、世界のあちこちで戦争を起こしているのが現実である。日本としては、そのようなアメリカの手先になるようなことだけは辞めたいものである。
2009年11月29日
いまは野党となった自民党の、総裁の非常識な発言を批判する投書が、10月29日の朝日新聞に掲載されている; 26日の鳩山由紀夫首相の所信表明演説は、従来の首相演説とは大きく異なっていた。格調高いとするか、中身が薄いとするか、その評価や論評は聞く側の自由だ。ただ政治家や政党党首として批判する場合には一定の矜持(きょうじ)があって当然だろう。谷垣禎一自民党総裁が、記者を前にしてヒトラーやナチスに例えて皮肉っていたのには驚いた。 朝日新聞によれば、民主党議員についても「ヒトラー・ユーゲント(=ナチス・ドイツの青少年組織)とか(のように)ね、ヒトラーの演説に賛成している印象を受けた」という表現を使った。 これは、個人的印象を率直に語ったといって済まされるだろうか。ヒトラーやナチスと同じだという積もりではなかっただろうが、欧米では、政治家の資質や思想の比喩(ひゆ)にヒトラーやナチスを使うのは最大の侮辱であり、タブーでもある。発言者自身の政治的生命すら失いかねない。 谷垣氏は発言を速やかに撤回して欲しい。そうでないと日本の政治家の資質や歴史認識を疑われることにもなる。2009年10月29日 朝日新聞朝刊 13版 18ページ「声-ヒトラーの例え見識を疑う」から引用 谷垣氏の発言は浅はかで、思慮に欠けている。こういう発言しかできない人物が総裁をやってるようでは、自民党がこのあと再起することは、もはや不可能ではないだろうか。よっぽど有能な人材が、この後出現するならまだしも・・・。
2009年11月28日
先月、岡田外相が国会の開会式での天皇の挨拶内容について、もっと工夫があっていいのではないかと発言したときに、それを批判する声があったことについて、10月28日の朝日新聞に次のような投書が掲載された; 岡田克也外相が23日の閣僚懇談会で、国会の開会式での天皇陛下のお言葉について「陛下の思いが入るよう工夫できないか」と見直しを提起した。この発言に私は、「象徴」の立場にある天皇陛下の発言を形骸(けいがい)性から救う理にかなった感想だ、と共感を覚えた。 これに対し、民主党の西岡武夫氏が「極めて不適切」、自民党の大島理森幹事長が「お言葉にまで触れるとは何事か。うぬぼれ以外の何ものでもない」と批判した。この国には、いまだに天皇に戦前の現人神(あらひとがみ)的な考え方を抱く者が政治の中心に存在している。 民主主義国家のはずなのに、その実、「言いたいことも言えない恐怖社会」の側面が色濃く残っているようだ。外相発言は、象徴天皇制の国事行為論とは全く別次元での問題提起として、公人が率直な意見を表明する自由は保障されるべきだと考える。戦後65年になろうとする現在、率直な発言を歓迎する社会への脱皮が必要ではなかろうか。2009年10月28日 朝日新聞朝刊 12版 18ページ「声-外相発言、率直さ許容したい」から引用私もこの投書に賛成である。日本は神の国だと言った森元首相同様、民主主義の精神にてらして、西岡や大島といった政治家はもはや救いがたい。
2009年11月27日
中国のハルビンと韓国のソウルで10月26日、朝鮮独立運動の闘士、安重根をたたえる式典が開かれた、と朝日新聞が報道している; 【ハルビン(中国黒竜江省)=西村大輔、ソウル=牧野愛博】初代韓国統監を務めた伊藤博文が、中国ハルビンで朝鮮独立運動家の安重根に暗殺されてから100年を迎えた26日、ハルビンや韓国で記念式典などが開かれ、安重根を「抗日の英雄」などとたたえた。 日本では近代国家の礎をつくったと評価されている伊藤博文だが、朝鮮民族にとっては「侵略の元凶」。安重根は日本帝国主義に立ち向かった「民族の英雄」として支持されている。 この日、ハルビン市内の朝鮮民族芸術館では、中国と韓国の学者ら約200人が参加して記念式典や学術交流会が開かれた。韓国側は「日本帝国主義の侵略的野心を打ち砕き、韓国人の独立の意思と気迫を世界に示した」とし、中国側も「東洋平和を訴えた安は、韓国のみならずアジアの義士だ」と述べた。 安重根はハルビン駅で伊藤博文を銃撃した後に取り押さえられ、翌年に大連市旅順口区の旧旅順監獄で死刑を執行された。今は旅順日俄監獄旧址博物館となっている旧監獄では、当時の死刑台が復元され、当時収監されていた独立運動家らの活動を紹介する展示会も始まった。 韓国でも26日、安重根の「義挙100年」を記念する行事があった。ソウルの安重根義士記念館前の広場では、政府関係者や安重根の遺族ら約1200人が参加して記念式典が行われ、鄭雲燦(チョンウンチャン)首相が「日帝の象徴だった伊藤博文を狙撃し、民族の独立の意思を世界に知らしめた。今や韓国は、100年余前の軟弱で弱い国ではない」とあいさつ。ソウル中心部ではビルの壁面に、安重根の顔や手形を大写しにした布がかけられた。 安重根が処刑された旧監獄周辺では、韓国や北朝鮮が調査団を派遣し遺骨発掘作業を続けてきた。韓国外交通商省報道官は同日、引き続き遺骨捜索に努める考えを示した。2009年10月27日 朝日新聞朝刊 14版 5ページ「安重根いまも『抗日の英雄』-伊藤博文暗殺100年 中韓で記念式典」から引用 明治の政府が国策として朝鮮侵略を実行したのは事実で、日清戦争と日露戦争は、日本による朝鮮支配を完遂するために必要な戦争であった。朝鮮侵略を目的として日清戦争を画策する明治政府の中でも、良識派の勝海舟などは「清国に宣戦布告するための大義名分が無い」と主張したが、侵略推進派の受け入れるところではなかった。そのようにして実施された植民地支配のトップにいた伊藤博文が、朝鮮の独立運動家によって暗殺されたのはいたしかたのないところである。
2009年11月26日
祖国の民主化のために命がけで闘い、ついには大統領にまでなり晩年にはノーベル平和賞を受賞し、本年8月に亡くなった韓国の金大中氏は、東京大学教授・姜尚中氏との対談で次のように述べている;姜 困ったことに、最近の政治家を見ると、政治家としての能力以外のことで自分をアピールするような雰囲気があるのです。たとえば、一国の首相が漫画やアニメが好きだと公言したり、「オタクの聖地」と呼ばれる「アキバ」の街頭で若者にアピールしようとしたりしたことがありました。そのような話題で、一般の共感や若者の歓心を買い、支持を広げようとしたわけです。先生がおっしゃったような、「政治家として果たさなければならないミッション」のようなものがなおざりにされています。 先ほどからお話ししているように、歴史に学ぶ努力をするなど、リーダーならばぜひともそんな見識を持ってリーダーシップを発揮してほしいのですが、現実にはそうなっていません。 先生から日本の政治家に、 - 韓国の政治家に対してでもよろしいのですが、歴史に学ぶときに何がいちばん重要かということを提言していただけませんか。金 いちばん重要なのは、長い歴史とよく対照して、自分たちがやった誤りを見つめることです。そして、反省して、それによって新しい歴史を再生していくことです。ドイツはそれをやりましたよ。敗戦ののち、世界に謝り、ユダヤ人に対していろいろな償いをしました。ドイツの学生は、子供のときから過去に対する教育を受けます。ドイツはあちらこちらにあるユダヤ人虐殺現場や収容施設を遺跡として保存しました。そのような反省をしたから、周辺の国々もドイツを信頼するようになったのです。 ドイツはいまEUの一員として活動しているでしょう? 北大西洋条約機構(NATO)の加盟国です。東ドイツが西ドイツと合併すると言って立ち上がったとき、かつては「ドイツの統一など、ぜったいに許さない」と言っていたイギリスやフランス、それからソ連も賛成しました。それは、ドイツの戦後の反省態度を認めたからです。 同じように、日本も歴史に学んでください。そうすれば、われわれも日本をもっと愛するようになるのではないでしょうか。いまでも中国や韓国ではときどき反日デモ、が起こりますが、そういうこともなくなると思います。過去に日本に侵略されたアジアの国々には、いまだに日本に対する恐怖が、多かれ少なかれ残っています。不信感を拭いきれていないから、日本がこれ以上強くなることを恐れて、国連安保理の常任理事国入りにも反対しているのです。 このアジアでは、中国だけ、が常任理事国です。中国が常任理事国になれるのであれば、日本が常任理事国になったって不思議ではない。何よりも、日本は国連に対して経済的に大きな貢献をしてきました。国際的にもいろいろよいことをやっています。にもかかわらず、アジアの国々が反対する。それはつまり、日本が過去を清算していないからです。これをやらなければ、きっとツケはいつまでもついてきますよ。姜 日本では過去と向き合うことがなかなかできづらい面、があるようです。その根っこはどこにあると先生はお考えでしょうか。金 そうですね。日本の民主主義はマッカーサーが来て、プレゼントしてくれたようなものではないですか。だから民主主義の基盤が、いまひとつはっきりしないのかもしれないですね。風が少し吹いただけで揺らいでしまう。日本の人たちは、私たちのように、「民主主義を勝ち取るために、血を流して闘った」という思いがないのではありませんか。何となく手に入れてしまったから、あまりありがたいと思わない。だから、「昔もよかった」などと言う。昔を懐かしんだり、戻ろうとしたりする。そのせいもあって、あんなに経済的に貢献しているのに、国際的にはあまり評価されないのです。歴史をきちんと見ないからです。損ですよ。 民主主義は、タダではないのです。民主主義を勝ち取っても、それを守るために積極的に努力していかないと、逆戻りすることがあります。ですから、私は日本の友人として、どうぞドイツに学んでくださいと、重ねて言いたいですね。そうすれば、私たちも日本を信用して、本当の友人になりたいと思うでしょう。私は一度、小渕首相と話し合って、ずいぶんよい雰囲気になったのです。ところが、それからいくらもたたないうちに、また過去を美化するような動きが出はじめてしまいました。 いま、戦後六十四年です。日本人の中でも、終戦時に十歳以下だった方は、当時のことをよく知らないはずです。ですから、教育で教えていかないと、彼らの子供、孫の世代は過去にどういうことがあったのか理解できないでしょう。とくに、いまの若い人などは、悪意、があるわけではないのだと思います。意味がわかっていないのです。なぜ戦後何十年もたっているのに、いまだに罪人みたいに言われるのか、わからないのです。もう謝ったじゃないか、なぜいつまでもしつこく言うのか-と、たぶんそういう気持ちなのでしょう。彼らを悪いとは言えません。なぜなら、ちゃんと教えられていないからです。 日本は、国民に対してきちんとした教育をしてください。過去の歴史に対して、真実を学んでください。そうすれば、日本は世界から愛される、偉大な国になる。私はそう思います。姜尚中著「リーダーは半歩前を歩け-金大中というヒント」(集英社新書) 165ページ「リーダーは『歴史』に学べ。『歴史』から解を引き出せ。」から引用 当ブログの常連さんの中にも「謝罪はしたし賠償金も払ったのに、なぜいつまでもしつこく言うのか」という言う人は多いが、これはやはり、歴史を学んでいないことが原因かも知れない。歴史は、自国に都合の良い作り話ではなく、過去に何があったのか、事実を認識するための科学である。そこに「都合が良いか悪いか」という価値判断が介入したら、それは学問ではない。事実に対する客観的な、共通の認識が根底にあって初めて、国際社会の信頼関係が構築される。これからは、独善的な歴史観に閉じこもる時代ではない。
2009年11月25日
現代のリーダーについて論じた姜尚中著「リーダーは半歩前を歩け-金大中というヒント」(集英社新書)の中で、著者はリーダーが持っている能力として(1)先見力、(2)目標設定力、(3)動員力、(4)コミュニケーション力、(5)マネジメント力、(6)判断力、(7)決断力の7項目を挙げ、小泉前首相については次のように述べています; 小泉政治の最大の特徴は、「劇場型政治」だったということです。人びとの注目を一身に浴びながら、永田町で、メディアの中で、あるいはインターネットのHPの中で、自分の権力の基盤である自民党を競技場(アリーナ)にして、「抵抗勢力」に立ち向かう「改革勢力」というパフォーマンス政治を行いました。 大衆によく見える政治をする、と言っても「密室政治」の対極にある「ガラス張りの政治」という意味ではないところに、小泉政治の「罠(わな)」があります。彼の政治は「小泉劇場」と称されましたが、まさにそのとおりと言えましょう。 舞台の中央で主役を演じる彼は、「スター(役者)」です。しかも、ただのスターではありません。「トリックスター」でした。 トリックスターとは、神話や伝説に出てくる、言ってみれば「お騒がせ」的な存在です。あらゆるいたずらやわるさをして周囲をお騒がせする、摩詞(まか)不思議な妖精(ようせい)-。詐術的な機智や身体的な敏捷(びんしょう)さで既存の権威を愚弄(ぐろう)し、秩序を混乱・破壊する一方、人間界に知恵や道具をもたらす両義的な存在、それがトリックスターです。 もちろんトリックスターは、迷える民を救ったり、行く手を導いたりする救世王ではありません。 見ている人たちも、最初はそれがわかりませんでした。本人も、ひょっとすると自覚がなかったのかもしれません。しかし次第に、本性を現していったのです。 先に私はリーダーの「七つの力」について述べました、が、これに当てはめて言うと、彼が持つ力は「コミュニケーションカ」と「動員力」の二つということになります。この二つくらいしか思いつきません。しかし、逆に言うと、この二つには強力に「ヒット」するということです。そして、この要素こそ、すなわち「カリスマ」だと言うこともできるのです。 ちなみに、日本の政治家では、このタイプのリーダーは珍しく、私の見るところ、小泉氏のほかには、田中角栄元首相しかいません。その意味では、小泉氏が登場した当初、娘の田中眞紀子氏が彼に肩入れしたのも、ゆえなきことではなかったわけです。 この二人はたいへんよく似ています。ただ、田中角栄の場合は当時の時代相もあって、典型的な「地方型」の政治でした。これに対して、小泉氏は非常に「都市型」の政治を行いました。情報化、が進み、メディア・ポリティクスが全盛になる中で、小泉氏はきわめて現代的なドラマツルギーを創出することができたのです。 ちなみに、「男に二言はない!」というような根拠の無さで自分の意見を押し通す、という意味においては、小泉氏のリーダー・パワーの中には、「決断力」を加えてもいいかもしれません。彼の場合は、とりわけ、「熟慮を重ねた決断」というより、「直感的な決断」だったと思います。 しかし、 -と言うのでしょうか、だから、と言うべきなのでしょうか-、彼のやることには、判断の論理的根拠や、責任の概念がともなっていませんでした。自衛隊のイラク派遣に関しても、靖国問題に関しても、彼は結局、後始末というものをほとんどしていません。 小泉氏が抜群の存在感を持っていたことは認めますし、ときには素直に讃(たた)えたいと思うことすらあります。けれども、総理大臣としての彼の実績は、結局どこにあるのでしょうか。 強いて言えば「郵政民営化」です。しかし郵政民営化は、この国の政治の最優先課題だったでしょうか。郵政が民営化されたことによって、「小泉さん、ありがとう! おかげで助かったー」とよろこんだ国民がどれほどいたでしょうか。きわめて疑問です。しかも、小泉氏は有権者にとってさほど優先順位の高くない「郵政民営化」という単一の争点で、圧倒的多数の議席を獲得することになりました。ポスト小泉の三代にわたる政権は、いわばこの「財産」にしがみつくことで何とか政権運営をはかってきたのです。その意味ではこれらの政権そのものが「小泉チルドレン」と言えるかもしれません。姜尚中著「リーダーは半歩前を歩け-金大中というヒント」(集英社新書) 97ページ「『劇場』に現れた、稀代のトリックスター」から引用 小泉純一郎と田中角栄は似ていると、ここには書かれているが、どの辺が似ているのか、私にはよくわかりません。それ以外の「小泉政治」に対する洞察は、実に的を射ていて大変面白い。
2009年11月24日
政権交代する前の、自民党・麻生内閣のときでさえ麻生首相は「郵政民営化は自分の本意ではなかった」と発言し、民主党政権になって郵政民営化は本格的に見直されることになった。6日の「週刊金曜日」のコラム「大塚将司の経済私考」は、民営化見直しを次のように論評している; 日本郵政の新経営陣が10月28日、正式に決まった。鳩山由紀夫政権の郵政民営化見直し方針に沿い、新たな経営モデルの構築を目指すが、マスコミの関心はもっぱら、斎藤次郎新社長が元大蔵(現財務)次官で、新副社長二人も官僚OBであることに向けられている。 原点に立ち返り郵政事業がどうあるべきか、議論しなければならないのに、それは素通りで、あっても『民営化に逆行する』というステレオタイプの議論だけだ。 郵政の問題は1970年代まで遡る。問題が大きくなったのは80年代で、郵貯の肥大化による民業圧迫が最大の問題だった。郵貯は、預け入れ限度額があるにもかかわらず、定額郵貯という民間にない高利商品を武器に限度額を超えて資金集めに走ったからだ。 90年代半ばに金利の自由化が完成、民業圧迫の問題は影をひそめることになったが、郵政大臣時代から郵政民営化論者だった小泉純一郎政権が01年4月に誕生すると、「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに、竹中平蔵元総務相を使って、特殊法人の民営化など「官から民へ」の「聖域なき構造改革」を打ち出し、郵政民営化を「改革の本丸」に位置付けた。 もともと、郵貯・簡保資金は、大蔵省の資金運用部に集め、運用する仕組みで、『第2の予算』といわれた財政投融資の原資となっていた。しかし、公共事業を中心とした『ばらまき予算』の元凶として、財投改革が叫ばれ、01年度から郵貯・簡保資金は金融市場で自主運用することになり、公団や公庫などは財投機関債・政府保証債・財投債によって金融市場から資金調達する仕組みに変更した。これが財投改革だ。 財投改革は、小泉政権の発足前に、実現していたのだが、小泉政権は財投の原資を集めていた郵貯をはじめとする郵政を改革しないと、財投改革は完成しないと言い出したのだ。その結果、郵政民営化し、巨大な銀行と保険会社を作ることになったのだ。 よく考えてみれば、郵政民営化により巨大な銀行と保険会社を作ることなど、端からできないのだ。まず、その巨大組織を支える人材を集められるのか。少なくとも、三菱UFJなど三大金融グループ並みのレベルの人材が必要になるが、そんなことは絵に描いた餅だ。人材も集められずに、融資に走れば、不良債権の山を作るだけだ。今も大半を国債で運用しているのが実情で、過疎地からの撤退など、合理化で収益を上げるしかない。だから、サービスが低下して当然なのだ。 友愛の精神で全国津々浦々まで均一のサービスを提供しようとするなら、民間の大手金融機関並みのコストでやるのは無理だ。やはりコストは高くなる。郵政問題の原点が官業の民業圧迫である以上、たとえば、預金保険の限度額より高い政府保証を付ける代わりに、取扱商品を限定し、しかも、その金利は民間金融機関より低くするとかいった発想の転換が必要になる。 1年前のリーマンショックで、米国の市場原理主義神話は崩壊した。しかし、経済界はもちろん、マスコミも「民営化は善だ」という幻想に呪縛されている。四面楚歌のなかで、新経営陣は郵政事業の公的な役割を重視した経営に転化できるのか。斎藤新社長が「10年に一度の大物次官」で、打たれ強いとしても、並大抵の仕事でないことは確かだ。2009年11月6日 「週刊金曜日」774号 19ページ「郵政見直しは原点に立ち返れ 経済界は『民営化幻想』を捨てよ」から引用 この記事が指摘するように、郵政事業が民業を圧迫する問題は2001年の財投改革で解決していたのであって、小泉政権が無理やり郵政を民営化した結果は地方のサービスを不可能にし、地方の疲弊をいっそう促進するという負の結果をもたらしただけであった。したがって、見直しは当然必要であり、民間企業ではできないサービスをやるのであるから、コストが少々高くなるのは当たり前のことだ。
2009年11月23日
オバマ大統領訪日直前の読売新聞は、日本政府が今後のアフガニスタン支援を民生分野に限定することにした経緯を次のように報道した; 政府が10日、今年から5年間で総額50億ドル(4500億円)を拠出することを決めたアフガニスタン支援策は、民生分野に限定され、自衛隊の活用が見送られた。背景には、民主党が自衛隊の海外派遣について党内論議を深めておらず、連立与党の社民党も自衛隊の海外派遣に強く反対している事情がある。 政府が支援策のとりまとめを急いだのは、13日に来日するオバマ米大統領に対し、来年1月に撤収するインド洋での海上自衛隊の給油活動に代わる包括的な国際貢献策を提示する必要に迫られたためだ。5年間で50億ドルという支援額は、既に計321億ドルの資金援助を表明している米国には及ばないが、支援規模では英国を上回って世界第2位となる。 ただ、金額の積み増しが、現地での人的貢献の拡充につながるかどうかは不透明だ。アフガン国内で外国人を狙ったテロが起きるなど治安が悪化し、文民派遣が困難な状況となっている。国際協力機構(JICA)も、8月に30人前後いた職員を現在は9人まで縮小し、治安が落ち着くのを待っている状況だ。 北沢防衛相は10月下旬、「民生支援だけで国際世論に耐えられるか難しい」と述べ、インド洋で活動する海自の補給艦をアフリカのソマリア沖での海賊対策に転用する案や、アフガンの国際治安支援部隊(ISAF)司令部に自衛官を派遣する案などを検討した。しかし首相は国会答弁で早々に自衛隊活用を否定し、政府・与党内で真剣に検討が行われることはなかった。 首相は10日夜、首相官邸で記者団に、「軍事的な形の支援は、(アフガンを)泥沼化から解放する状況にしてこなかった」と指摘し、日本としては民生支援に特化する考えを強調した。2009年11月11日 読売新聞朝刊 14版 2ページ「自衛隊派遣 論議不足」から引用 わが国憲法が国際紛争の解決に武力を用いることを否定していることを考えれば、自衛隊を海外派遣することに対しては慎重にならざるを得ないのは当然である。
2009年11月22日
先の十五年戦争では、日本の企業が中国や朝鮮半島から労働者を強制連行して、過酷な労働を強制し死傷者まで出るありさまだった。近年、そのような被害にあった中国人労働者から訴えられた西松建設は、原告と和解することになった。それに関連して、10月24日の朝日新聞社説は次のように述べている; 企業は戦争責任をどう取るべきなのか。あまりに遅すぎるとはいえ、一つの道筋が示された。 戦時中に強制連行され、広島県内の建設現場で過酷な労働を強いられた中国人被害者や遺族と、西松建設との間で和解が成立した。 西松は2億5千万円で基金をつくり、360人いる被害者に補償する。1人あたり約70万円になる。歴史的責任を認めて謝罪し、記念碑も建てる。 被害者5人が同社に賠償を求めた裁判で最高裁は07年4月、「日中共同声明により個人も裁判で請求する権利を失った」との判断を示し、請求を棄却した。一方で「関係者が被害救済に向けた努力をすることを期待する」と、付言もしていた。 西松建設の決断はこれを受けたものだ。不正献金事件の発覚後、「新生西松」を掲げた事情もあった。同様の和解例では、秋田県の強制労働現場で起きた花岡事件で00年、大手ゼネコンの鹿島が5億円を出した基金がある。 1942年の東条内閣の閣議決定に基づいて約4万人の中国人が強制連行され、135の事業所で働かされた。90年代以降、企業や日本政府を相手に各地で裁判が起こされたが、07年の最高裁判決後は原告敗訴が続いている。 終戦から64年。苦しみを癒やされぬまま当事者が次々と亡くなってゆくのを、これ以上放ってはおけない。すべての関係企業が謝罪と補償に乗り出してほしい。法的責任を否定されたとはいえ、過去の不当な営みに対する重い社会的責任は負うはずだ。 それにも増して動かねばならないのは政府である。中国人強制連行についての国の関与は明白だ。国とともに訴えられた別の被告企業は「政府が動かない以上、補償に応じられない」との姿勢を示していた。 鳩山政権は今こそ明確な謝罪をし、道義的見地からの補償に踏み出すべきだ。政府と企業がともに拠出する合同基金の枠組みを示し、関係企業と被害者側に呼びかけてはどうだろう。 被害者に満足のゆく解決にはならないかもしれない。それでも日本が国家として加害の歴史から目をそむけず、責任を継承する決意を示すことが、和解の足がかりになるのではないか。 海外からの戦争被害の訴えは、中国人強制連行に限らず今も続いている。 自民党時代の政府は「戦後補償は外交交渉で決着済み」として、個人への償いを拒み続けた。司法解決の道も最高裁の判断によって閉ざされた。これに対して民主党は野党時代、被害者の声を真剣に受け止め、救済のための立法をいくつか提案してきた。 「新政権はまっすぐに歴史を正しく見つめる勇気を持っている」。鳩山首相はそう語っている。 次は勇気ある行動が問われている。2009年10月24日 朝日新聞朝刊 13版 3ページ「政府も勇気ある行動を」から引用 自民党には戦犯容疑者の子弟が少なからずいた関係で、戦争責任に対する姿勢は極めて消極的であったが、それでは国際社会で名実共に信頼される立場には立てないわけで、今回は歴史を正しく見つめる勇気を持った政権ができたことでもあり、この問題も積極的に取り組んでいただきたいものである。
2009年11月21日
ロンドン大経済政治学院教授のメアリー・カルドー氏は、朝日新聞のインタビューに応えて次のように述べている; 「核なき世界」実現に向けたオハマ米大統領の呼びかけで、米ロ核軍縮に注目が集まる中、やはり核を保有する英国とフランスも呼応する動きを見せている。だが一方で、最低限の核武装が必要だとの姿勢は崩していない。両国の専門家に、核の現状とこれからについて聞いた。 -ブラウン英首相は、9月の核軍縮に関する国連安保理首脳会合で、核弾頭搭載潜水艦を4隻から3隻に減らす方針を明らかにしました。 労働党政権は核弾頭を160発に半減させた。今回は潜水艦を減らす。歓迎するが、核弾頭削減に触れなかったのは不満だ。苦しい財政事情から維持費がかかる核兵器を減らしたいのが政府の本音だ。それなのに多国間交渉で影響力をいかに最大限に発揮できるかに主眼を置いている。 -その際、ブラウン首相は、核廃絶には「政治家の指導力が必要」と説きました。 近年、世界中の引退した大物政治家たちが核廃絶を呼びかけている。しかし大半の主張は米ロによる核弾頭の削減や核不拡散条約(NPT)の強化にすぎない。冷戦時代、核競争の危険性を減らすことが最大の課題だった時代の発想だ。ブラウン発言もこの流れの中で、必ずしも「核なき世界」へ必要な道ではない。 -何が必要ですか。 なぜイランや北朝鮮は核を持ちたいのか。「核を持てば誰も攻撃してこない」と思い込んでいるからだ。核兵器は大国のステータスという考え方だ。民主的な説明責任技きに、多くの人々の生命が危険にさらされる状況を受け入れられるのか。欧州には米の核兵器が配備され、日本政府は米の「核の傘」が必要と主張してきた。欧州や日本の市民の命が、米大統領ひとりにかかっているのはおかしい。 -具体的な行動は。 まず核兵器の威嚇・使用は戦争犯罪と宣言する。地雷やクラスター爆弾の禁止条約ができたのは市民を無差別に殺す非人道的な武器だからだ。核兵器はもっと非人道的だ。次に欧州の非核化を目指す。人類が安全に暮らせる世界をつくる「人間の安全保障」の概念と核保有は矛盾するからだ。 -英国では依然、核抑止力維持が支持されています。 例えば英国が核兵器を放棄する案を、イランの核計画断念と引き換えに提示すれば、国民も納得する。まったく違う視点を示して議論を始めることが人々を変える一歩になる。(聞き手・土佐茂生=ロンドン)2009年10月21日 朝日新聞朝刊 13版 11ページ「核使用は犯罪と宣言を」から引用 武力では平和を作れないことは、泥沼になったアフガン戦争が示しています。人類がこれからさらに発展していくには、戦争をなくす必要があります。そのための最初の一歩が核兵器の廃絶です。メアリー・カルドー氏が言うように、とりあえず核兵器の使用は犯罪であるとの国際法を制定することが肝要です。
2009年11月20日
政府が日本版FCC構想を表明したことについて、日本テレビ会長の氏家斉一郎氏は、朝日新聞のインタビューに応えて次のように述べている; 民主党の原口一博総務相が「放送局の表現の自由を守るために権力側を監視する機関」として、「通信・放送委員会(日本版FCC)」を創設する構想を表明した。これまで政権側から様々な干渉を受けてきた放送界はどう受け止めているのか。日本民間放送連盟の会長(当時)として、放送界の自主自律を守ろうと放送倫理・番組向上機構(BPO)の設立に尽力した氏家斉一郎・日本テレビ放送網会長=写真、高橋雄大撮影=に聞いた。 (丸山玄則、赤田康和、村瀬信也) -「原口構想」をどう評価しますか。 「第2次大戦中に日本やドイツでは、新聞社や放送局などの言論機関が権力に動かされてしまった。原口さんはそういう歴史を研究した上で、国家権力の放送番組に対する介入を排除しないといけないと言っている。極めて良心的な発想だ」 「しかし、民主党はまだ政権として未熟だと思う。原口構想でまとまるか不透明だ。理念通りに機能するかも問題だ。例えば委員の選任方法。国民投票ならばいいが、政府が任命すれば権力側に立って番組に介入する恐れがある」 -内藤正光総務副大臣はBPOの機能の一部を新委員会が担う考えを示しました。 「BPOは03年、私と当時の海老沢勝二・NHK会長でつくった。当時は人権擁護法案と個人情報保護法案の立法が検討されるなか、言論の自由を束縛するメディア規制の流れがあった。これに対抗するため、放送界が自ら第三者の自己査定機関をつくろうということになった」 「BPOは今、非常にうまく機能している。日本テレビは報道番組『真相報道バンキシャ!』で誤報を流すという絶対やっちゃいけないことをやったが、BPOの勧告に対してできるだけ対応した。つぶす必要はまったくない」 -原口構想の意義は何でしょうか。 「原口構想は、従軍慰安婦問題を扱った番組についてNHKが政治家に事前説明をした問題を前提としていると思う。NHKは受借料で成り立つ公共放送だが、国家に何か言われれば弱い。BPOは権力が強烈に力を行使してきたとき、権力と闘える組織ではない。そういう意味では、新委員会はNHKに対する介入の防波堤として機能する可能性が大いにある」 「私見だが言論の自由のためならばNHKは民営化した方がいい。経営基盤の独立が言論の自由を守るには必要。我々(民放)には基盤がある」 -権力の側にメディアが自由を守ってもらうということには不自然さも感じます。 「メディアは自ら言論の自由を守ることが必要だ。権力が何か言ってくれば、断固として闘わなければいけない。では、第2次大戦で日本のマスコミはなぜ政権を批判できなかったか。権力に対する恐怖なんだよ。恐怖と闘い、大多数のプラス(幸福)のために立つべきだ」 「政府機能はあまり過大になるとよくない。組織は自分で勝手に仕事をつくろうとし、自己増殖作用を起こす。BPOが機能している今、屋上屋を架す必要はない」2009年10月20日 朝日新聞朝刊 12版 24ページ「日本版FCC構想-権力の排除理念は共感」から引用 私は氏家斉一郎氏がどのような経歴の持ち主かは知らないが、権力が言論に介入してきたら断固闘わなければならないとの発言からは、さすがに言論報道機関のトップにいるだけあって、言論の自由に関する深い洞察力をもった人物なのだなぁと思った。
2009年11月19日
日中戦争のときに起きた南京大虐殺事件の加害者である元日本兵と、被害者である中国人の証言をまとめた記録映画を製作した映画監督の武田倫和(たけだともかず)氏は、10月30日の「週刊金曜日」のインタビューに応えて、次のように述べている;「おじいさんが戦争加害者だった」という30歳の監督が、南京大虐殺の実像に迫った。被害者と加害者(元日本兵)がそれぞれカメラの前で語る証言には心揺さぶられる。11月14日からの東京・渋谷での上映を前に、武田倫和監督に話を聞いた。 -試写会のあいさつで、「自分のじいさんが加害者だった」と言われた。そこから話を伺いましょうか。「中国人の亡霊が襲ってくる」 じいさんは僕が3歳のとき亡くなっていますから、記憶にはありません。ただ、おばあちゃんは健在ですし、親戚の人が集まる法事の席などでよく「ひどいおじいさんだった」なんていう話を聞くわけです。カバン職人でね、昼から飲むほど酒が好きだった。それで、酔ってくると軍刀を持って暴れる。父たちが「なんで暴れんねん」と聞くと、「自分が殺した中国人の亡霊が襲ってくる」などと言ったというんです。小さい頃から印象的な話として記憶に残っていました。今回、南京戦に参加した元兵士250人と被害者300人を長い間調査してきた松岡環さん(注1)に四年前の夏、ドキュメンタリー映画の制作を相談されました。そして、松岡さんたちが撮りためていた被害者・加害者のビデオ映像にあった生の証言に衝撃を受け、その記憶が呼び起こされたんです。 -映画では七人の被害者と六人の加害者(元日本兵)が証言をしています。集団虐殺、強かん、掠奪(りゃくだつ)、放火……被害・加害双方の、おぞましくも生々しい話をカメラは淡々と映し出しますね。最も印象に残ったのは?元日本兵の証言に衝撃 とくに元日本兵の人たちですが、加害側の証言というと、なんていうか、一種の反省や懺悔(ざんげ)の気持ちをもって、心に涙してというか、うなだれながら話すのではないかというイメージがありました。しかし、違いました。強かんの話などを当たり前のように、「みんなやっていたよ」などと、むしろ楽しそうに話す。こんな酷(むご)い体験を、よくそんなふうにしゃべれるなと。衝撃でしたね。中国人蔑視の言葉も出てきますし、一度受けた教育というのは消えないのだと思いました。 -河村たかし名古屋市長がどういう教育を受けたのかは知りませんが、報道によると、「30万人」と言われる犠牲者数が「当時の南京の人口より多いので絶対違う」「誤解されて伝わっている」などと市議会9月定例会(9月15日)で答弁したそうですね。彼が「当時の南京の人口」をきちんと調べたのかどうか分かりませんが。 日本軍が加害者であることは間違いのない事実です。河村さんの言葉は、そこで殺された一人ひとりの人生や命の重みについて、被害者の気持ちに思いを至らせていません。数の問題ではないでしょう。加害者も含めて、そこ(南京)でおこなわれた事実とどう向き合うかが大事です。数が多いの少ないのが問題ではないでしょう。河村さんの言葉で一つだけ理解できるのは、国として「調査する必要がある」というような発言ですね。 -そうですね。私も07年に南京に行き取材をし、本誌で連載(注2)しましたが、「南京」とひとくちに言っても、南京安全区、南京城壁内、南京市行政区とそれぞれエリアが違います。よく言われる「当時の人口20万人」というのが、南京市行政区全体の人口ではなく、面積的には行政区(445・85平方キロメートル)の100分の1以下の南京安全区(3・86平方キロメートル)内にいた人の数だというのが事実だとすれば、国としてきちんと調査してそれを公表すればいい。名古屋では7月に映画を上映したそうですが、河村市長に観てほしかったね(笑)。8月には大阪で上映し、400人以上が来館したとか。歴史に向き合うということ ええ。男女とも40、50代の人が多かったですね。観た方の一人が「強かんについての証言が生々しくて耐えられない」と私に感想を述べてくれました。しかし僕は、そこに耐えてほしかった。歴史に向き合うとはそういうことだろうと思うからです。この映画は「南京大虐殺はこうなんだ」というような意図の下に描いたものではありません。加害者と被害者それぞれの体験した事実を、率直に語ってもらっている。その歴史に向き合ってほしい。そこからしか未来は見えてこないだろうという思いがあります。 -東京・渋谷での上映(注3)が決まったそうですね。 はい。11月14日から3週間です。東京ではとくに若い人と、南京大虐殺に疑問を持つ人に観てほしい。自分もまだ若いのですが、同世代の知り合いと話していると、彼ら彼女らが中国への反感を持っているのがよく分かります。祖父母の世代から何も聞かされていない上、そもそも話したくないし聞きたくもない話だし、小林よしのり的な主張・言説がいっぱいあるし、チベット問題などニュースで報じられていますから、南京大虐殺の被害の話が嘘っぼく感じても無理もないか、という気がします。しかし、被害・加害の両方からの話を聞くと、嘘じゃないことが分かってもらえると思う。この作品が、加害と被害に引き裂かれている歴史の事実を冷静に考えてもらうきっかけになってくれればと思いますね。それは自虐史観ではなく、かつての加害の国に生きている人として当然の自覚・認識を持つことでしか、未来を語ることはできないと思うからです。 -東京での上映が終わったら自主上映ですか? そうです。上映委員会(電話090・9986・0972)に連絡していただければ、どこでも上映しますよ。 -生活も大変だしね。 そうなんですよ。ドキュメンタリーじゃ食えない(笑)。 -歴史と向き合うという、本当の文化的な仕事をしているのにね。そもそもなぜドキュメンタリーを。 原一男さん(注4)の作品で触発されました。それで「CINEMA塾」に入ったのですが、原さんがこう言いました。「ドキュメンタリーは根性があればできる」。よし、それなら僕にもできるぞって(笑)。 -「根性」で次は何を撮りますか。 日本と中国の若い世代を撮ろうと思っています。とくに中国に不信感を持つ日本の若者と、反日デモなどをやる中国の若者たち。それぞれの思いとギャップを描きたい。 -期待しています。(注1)松岡環(まつおか・たまき)。小学校の教師時代から南京虐殺の被害者と加害者双方の調査を続け、『南京戦 閉ざされた記憶を訪ねて』(2002年)、『南京戦 切りさかれた受難者の魂』(03年)にまとめた。近刊に『戦場の街南京 松村伍長の手紙と程瑞芳日記』(09年、いずれも社会評論社刊)。日中平和研究会共同代表。(注2)「怒りの大地 悲しみの大河」と題し、2007年8月24日号から12月21日号までの間、9回にわたり本誌で連載。(注3)11月14日(土)~12月4日(金)、渋谷のアップリンク(電話03・6821・6821)で。1日3回、アップリンクFACTORYとアップリンクXで上映。(注4)原一男(はら・かずお)。疾走プロダクション所属の映画監督。「神軍平等兵」の奥崎謙三を迫った『ゆきゆきて、神軍』(1987年)が、ベルリン国際映画祭でカリガリ映画賞、パリ国際ドキュメンタリー映画祭でグランプリ受賞。95年に「CINEMA塾」を開塾した。大阪芸術大学映像学科教授。2009年10月30日 「週刊金曜日」773号 50ページ「被害と加害の歴史に向き合う『若い人と疑問を持つ人に観てほしい』」から引用 中国へ送られた日本軍は、敵軍との戦闘行為ではないときにも無抵抗の民間人に暴行を加え殺害することが日常茶飯事だったらしい。戦争で負けて引き上げてからは、大部分は戦後何食わぬ顔をして、何も言わずに暮らしたわけだが、中には武田監督のおじいさんのように、良心の呵責に耐えかねた人もいたわけである。数年前の新聞に出た記事では、日本軍兵士としての体験を、反省と贖罪の念をこめて本にして出版しようとしたが、戦友会だの親戚だのから圧力や妨害があって出版を断念したという人もいた。それが私たち日本人社会の現実である。
2009年11月18日
荒廃するわが国の農地の再生に、自衛隊の協力を要請する投書が、10月17日の朝日新聞に掲載された; 中山間地域の農地の荒廃が、年々著しい。各地で対策も立てられ、実行されているようだが、自然の力の方が強いのが実情だ。防止策はUターンや若者の定着などで農業後継者を育てることだと思う。だが、農家出身の私の知人も「田舎へ帰りたいのだが、田畑は雑草で荒れ、山へ行くにも道は壊れ、どこが道だか分からん」という。 そこで私は、自衛隊の一部に協力を願い、荒れ地を耕作可能に、山道を歩行できる道に再生してもらってはどうかと思う。人海作戦で10~20年前の状態にすれば、Uターン希望者やもう農業を辞めようとしている多くの人の救いになるのではないか。 今、外国との関係が「緊急有事」ではない状況で、むしろ日本の山河の荒廃が「有事」と考えられる。日本の再生のために、「防衛省」「農水省」「国交省」、いや「国家戦略室」で検討してほしい。自衛隊の海外派遣よりも優先される課題だと思う。2009年10月17日 朝日新聞朝刊 12版 16ページ「声-農地再生へ自衛隊の協力を」から引用 この提案は食料自給率向上という観点からも有益であると思われます。荒地を耕作可能にし、草木の生い茂った山道を整備するのみならず、人手の足りない農家の農作業を年間通して手伝うのが良いと思います。今は、投書も指摘するとおり、外国との関係が軍事的に緊迫するような状況ではありませんから、自衛隊の訓練は農作業の合間に行うということにして、自衛隊の本業は「食料増産第一」「専守防衛第二」という位置づけで活動方針を見なおすべきです。「食料安保」の観点からも、自衛隊にはぴったりの仕事だと思います。
2009年11月17日
落ち度の無い職員を私憤に任せて処分した橋下大阪府知事を諌める投書が、10月16日の朝日新聞に掲載された; 大阪府の橋下徹知事が全職員あてに税金に対する意識の低さを嘆くメールを出したところ、ある職員から「愚痴はご自身のブログ等で行ってください」とする返信が来て激怒した、という報道があった。知事は「トップへの物言いは一般常識を逸脱している」として職員を厳重注意処分にしたそうだ。 この職員のメール全文を紹介するテレビニュースを見たが、無礼な内容ではなかった。知事は自分の意に沿わない反論を逆恨みし、怒りにまかせて処分したとしか思えない。職員に落ち度はない。 橋下知事は様々な場面で批判を受ける立場にありながら、それを受容する「器量」があるようには見えない。「上司」を振りかざすことで見せつけた言動からは権力者の傲(おご)りすら感じられる。 真実が潜むかもしれない批判を処分で封じてイエスマンばかりを育てても、「はだかの王様」に過ぎないことを知るべきであろう。2009年10月16日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-橋下氏は『知事の器量』をもて」から引用 若くても思慮に富んだひとかどの人物言われる人はいるものであるが、橋下氏の場合は人生経験も浅いようだし、年長者のアドバイスには耳を傾ける必要があるようだ。
2009年11月16日
自民党から民主党へ政権が交代し、安保体制のあり方を問う発言が目立ち始めたと、「しんぶん赤旗」のコラムが述べている; テレビの討論番組で、米軍再編や在日米軍基地について取り上げられることが増えています。鳩山連立政権合意書に「見直しの方向で臨む」とあり、12日にはオハマ大統領訪日。議論は活発です。 ただ、コメンテーターの多くが、「日本が主張すべきことは主張しないといけない」としながらも、アメリカの事情を『斜酌(しんしゃく)』し、「もう長年議論してきた」「SACO合意を実行する段階」と発言しているのは残念です。 そんな中、安保体制のあり方を問う発言も出ています。 日本総研会長の寺島実郎さんは、10月23日の朝日系「報道ステーション」で、日米間の根本的な問題として、「独立国に外国軍隊が存在し続ける」異状を指摘。日本政府は、「時間をかけても、基地の縮小、地位協定の改定に、正面から勇気をもってとりくむべきだ」とのべました。 元外務審議官の田中均さんは「政権は替わった。日本が(普天間基地移設合意を)見直すのは、まったく問題ないと思う」(25日、NHK「日曜討論」)と語り、成楔大学の西崎文子教授は、鳩山内閣が「沖縄にどう向き合うか気になる。根本的には日米安保の問題」(25日、TBS系「サンデーモーニング」)と直言しました。 日本共産党の小池晃参院議員は「沖縄墓地の問題は沖縄だけの問題ではない。戦後60年間、日本に外国の基地があり、しかも75%が沖縄に集中しているのをこのままでいいのかということが問われている。基地の県内たらい回しはありえない」とズバリ指摘しています。(10日、TBS系「サタデーずばッと」) テレビ番組が、改めて基地問題を取り上げるのは大賛成です。さらに進んで、安保条約10条の内容、つまり日米いずれかの通告で条約は終わらせられるという点にまで触れてほしい。メディアも、米軍タブーを破るときではないでしょうか。2009年11月1日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ「メディアをよむ-米軍タブーを破るとき」から引用 冷戦が終わって20年もたち、武力で国を守る時代は終わりました。近隣諸国の中で国交が無いのは朝鮮一国となっています。米軍基地の全面撤去を条件に日朝平和友好条約を締結するという選択肢がもっとも健全な道ではないでしょうか。
2009年11月15日
山崎豊子著「沈まぬ太陽」を映画化した若松節朗監督は、1日の「しんぶん赤旗」日曜版のインタビューに応えて、次のように述べている; 人は、まっすぐに自分を貫いて生きていけるのか? 映画「沈まぬ太陽」は、そう問いかけます。会社からの差別に屈せず、筋を通して生き抜く主人公を演じたのは、渡辺謙さん。原作は、山崎豊子さんの大河小説です。若松節朗監督は、「今、こういう映画を作らなければいけないと思った」と語ります。 児玉由紀恵記者 「ものすごく心を動かされて、これは、何とか映画に撮りたいと思いましたね」 若松監督は、2004年に初めて山崎豊子さんの原作を読んだときの感想をこう語ります。 舞台は、1960年代から80年代を背景とする航空会社「国民航空」。その労働組合委員長を務めた恩地元(おんち・はじめ)は、会社の報復人事で10年近く中東やアフリカに飛ばされます。帰国後、国民航空機が御巣鷹山に墜落した大惨事で、遺族係を務め、新しく赴任した会長に抜てさされて会長室室長として働く-。 映画は、全5巻、2300ページを超えるこの長編小説を、巧みに構成。導入部に、アフリカでの恩地と御巣鷹山で520人の命が奪われた大惨事を交差させ、底に流れる「命の尊厳」という大きな主題を浮かばせます。仲間たち 「山崎さんは、『この映像化なしに私は死ねない。墜落事故のある遺族を取材したときに3年分の涙を流した』、と言われました。お会いするたびに、(山崎作品の『白い巨塔』『不毛地帯』を映画化した)山本(薩夫)監督はね、と話されて、すごいプレッシャーでしたよ(笑い)」 さまざまな曲折を経ての映画化実現であるだけに、若松監督は、思いをほとばしらせるように語ります。 カラチ、テヘラン、ナイロビと、10年近く流刑に等しい海外勤務を強いられる恩地。『会社にわびを入れれば、好きな部署に戻す』と言われますが、『仲間に顔向けできない』と断ります。 組合での闘争をともにした仲間たち。安全飛行に直結する要求を掲げ、会社と団体交渉をする彼らの先頭にいたのが恩地でした。社長らと鋭く切り結ぶ団交。要求が通って『恩地!』『恩地!』と唱和しながらともに喜びあう姿。仲間の尊さが伝わるシーンです。 「すっごく撮影現場が盛り上がりましたね。恩地役の渡辺謙さんに、わび状を書けないと意識させるのも、こういうシーンあればこそでしょう。この映画を何としても作り上げなきゃいけないと、スタッフ間、役者間の意思疎通がすごくできたシーンでした」 夫であり父である意地が、思いを貫き、海外勤務を続けることは、家族にも負担がのしかかります。しかし、『会社を辞めるわけにはいかない。おれの衿持(きょうじ)が許さない』と踏ん張る恩地。人間としての誇りを表す「衿持」という言葉が、痛切に響きます。 「多くの人命を預かる航空会社ですから、その方針に問題を感じれば自分が言い続けなければ、という思いもあって辞められない。人は、自分に正直に生きようとすると、強靭(きょうじん)なものを持っていないとできない。恩地は、それを持っていた。そこにみんながあこがれるんじゃないでしょうか」 アフリカに飛ばされた恩地が、そこで感得したのは-。 「アフリカのサバンナに行くと、力強い生命力を感じさせられます。大草原、風、でっかい太陽。ああ何やってるんだろうな、と、人間をもう一歩踏み出させる力があるんです」御巣鷹山 520人が犠牲になった御巣鷹山での墜落事故。飛行機も人間もほとんど原形をとどめない惨状に、死者の無念、遺族の果てしない悲しみが、あらためて迫ってきます。群馬県の、御巣鷹山を想定した山での撮影時、スタッフは、山の向こうの御巣鷹山に黙とうをした後、撮影を進めました。 若松監督は、事故で亡くなった息子に『今どこにいるの』と呼びかける母親の手紙を台本にはって日々読み返し、撮影にのぞんだと言います。 「涙しながらの撮影でした。520人の魂を背負ってやらなければ、と言い聞かせながら。監督として、忘れてはならないことですから」 恩地役をやりたいと山崎さんに自ら願い出た渡辺謙さんが、苦節を超えていく恩地像を刻み、観客を引き込みます。 恩地とともに組合を導いた友人でありながら、組合の分裂を謀り、出世街道を走る行天四郎(三浦友和)。請われて会長になり、国民航空の再出発を図ろうとするものの政治にほんろうされてしまう国見会長(石坂浩二)-。 利潤第一の企業、それに結託する政財界。そのあくどさをみすえて骨太く描かれる人間ドラマ。3時間半近くの上映を飽かさず見せます。 「俳優さんたちが原作にほれこんで、燃えてくれました。一人の男の生き方を通して、家族、友情、企業のあり方、いろんなことが感じていただけると思います。政変があり、日航の問題があり、時代が、くしくもこの映画を待っていたような気がします。今を生きている人たち、自分を変えたいと思っている人たちに響いてくれるなら、すごくうれしいですね」恩地元の名前の由来 小説『沈まぬ太陽』の恩地のモデルは、故小倉寛太郎さん(元日航労組委員長)です。そのお別れの会(02年10月)で、山崎さんが、「大地の恩を知り、物事の根源にたって考えるという意味を込めた名前」と語っています。2009年11月1日 「しんぶん赤旗」日曜版 3ページ「正直に生きる強靭さ」から引用 組合活動妨害をはね除け、利益優先の企業体質と戦うというテーマは人々の共感を呼ぶことでしょう。こう書けば、当ブログの常連さんは「利益追求は企業として当然だ」と言い出すに違いありません。しかし、だからと言って運輸交通の事業を営むものが、利益優先のために安全をおろそかにすることは許されません。安全優先の経営を維持することによって利益はおのずと出てくる、という心構えが求められます。
2009年11月14日
東西の冷戦が終結して20年、世の中がどのように変わったか、取材した結果を連載している読売新聞は、10月30日の記事で次のように述べている; アルプス山麓(さんろく)のフランス南東部アヌシー近郊で9月下旬のある朝、通信大手フランス・テレコムの社員、ジャンポール・ルアネさん(当時51歳)が通勤途中、高さ約100メートルの高架橋から身を投げた。妻にあてた遺書には「仕事上の悩みがすべてだ」とあった。この1年半で24人目となる同社社員の自殺だった。 法人営業部の管理職だったルアネさんは数か月前、一人部屋の苦情電話受付係に配転された。ふさぎ込むようになり、「孤独だ。自分には生きている価値がない」と妻に打ち明けていた。 3週間前にも、北部トロワの支店で社員が短刀を腹に刺し、自殺を図っていた。ディディエ・ロンバール社長はアヌシーへ飛び、集会に臨んだが、待っていたのは「どこまでリストラするんだ」「自分の家庭を壊してみろ」との怒号だった。 フランスの大企業で社員の自殺が相次ぐ。2006年以降、自動車大手プジョー・シトロエンで7人、ルノーで5人、仏電力公社で3人。冷戦終結後、世界が一つになったグローバル化の荒波の中、力をつけてきた各国のライバル企業と戦うため、国家の手厚い保護を失いながらも、国際競争力をつけようと大胆な合理化を断行した企業ばかりだ。 仏型官製経済を代表する国営企業だったフランス・テレコムは1996年、民営化され、02年から利益追求最優先路線に転換した。社員12万人は10万人に減らされた。「仕事の負担が増えた。職場できちんと席についていたかなどを分刻みで管理され、ノルマ達成を迫られる。社員は心の病に陥った」(労組幹部のダニエル・ロシェさん)。 大手企業で労務顧問を務める心理学者、クリストフ・ドジュール氏によると、仕事による心の病が現れなのは、まさに冷戦終結と重なる約20年前。自殺者が出始めたのは12年ほど前だ。成果主義、労務管理の強化で従業員のストレスが高まり、「職場の意思疎通も希薄になった」という。 フランスでは、第2次大戦後、国家が労働者を手厚く守ってきた。共産党に一定の影響力があり、労組が強かったこともあるが、ソ連型の共産主義への対抗上、社会政策を充実させる必要があったのだ。 そのフランスで冷戦末期の80年代半ば、早くも市場型経済を導入したのが、ロラン・ファビウス元首相(63)だ。そのファビウス氏ですら、「冷戦勝利に酔って旧西側諸国が驕(おご)りを抱いた」と述べ、この結果、資本主義の暴走に社会政策が追いつかなくなった現状を憂える。同氏は「(東西対立の)旧世界が終わり、新しい世界は均衡を見いだしていない」とも指摘する。不均衡は中国、インドなどの新興国台頭で拡大した。 「フランス人の平均賃金は中国人の40倍だ。(賃金格差によって生じる製品のコスト差を)労働者に押しつけ、『黙って働け』では、もうすまない」 テレコム社員の自死は、労働問題が企業や国家の単位で解決できない時代の到来を物語っている。 (冷戦終結取材班)2009年10月30日 読売新聞朝刊 14版 7ページ「仏労働者 民営化の犠牲」から引用 社会主義建設を目指したロシア革命は本来の理想とは似ても似つかない姿となって崩壊したが、しかし、例え建前に過ぎなかったとは言え「労働者が主人公」の国家が存在したことは、西側の資本家階級の暴走にブレーキをかける点で効果が絶大であった。今や「ブレーキ効果」を発揮する勢力が無くなって、20年。労働者は虐げられ始めている。政治が無力で、このまま事態を放置すれば、やがて労働者は再度革命運動に立ち上がらざるを得ない事態にならないとも限らない。
2009年11月13日
2016年のオリンピックがリオデジャネイロに決まったことに関する石原都知事のコメントについて、リオの招致委員会からクレームが出たことを、10月11日の朝日新聞投書は次のように述べている; 五輪誘致に失敗した石原慎太郎都知事の会見をテレビで見た。7日の本紙朝刊には氏が、リオデジャネイロ当選の裏に「取引」があったかのような発言をしたことについてリオの招致委員会が国際オリンピック委員会(IOC)の規則に抵触する発言だと都知事を非難した、とあった。「やっぱりな」と思った。テレビを見て、この人は自分で責任をとることができないばかりか、何事につけてもそれを他人に押しつける傾向がある人だと、感じていたのだ。 新銀行東京の赤字問題の際も、他県の私には直接関係のないことではあったが、自分の責任を認めるより、ときの銀行幹部を批判していた。 今回の五輪招致で都民の支持が56%しかなかったことについては不満をもらしていたようだ。私などは「支持者がそんなにいるのか」と、逆に不思議に思ったものだ。どうせ氏自身の「メモリアル」としての五輪誘致であろう、と冷ややかに見ていたからだ。 「日本のプレゼンは最高だった」の延長としてのリオ批判であったろうが、ここでも反省というものを忘れている。どうして素直に都民に謝ることができないのだろう。2009年10月11日 朝日新聞朝刊 13版 10ページ「声-リオの石原非難 当然と思う」から引用 私も、石原慎太郎が突然オリンピック招致を言い出したときは、これは自分の売名と選挙対策が目的であろうと直感した。一応、都民の56%が賛成し、3期めの都知事選もうまくいったが、国際社会には通用しなかったということである。この投書も述べているが、石原慎太郎の問題点は、かねてから私もこのブログに書いてきたとおりである。
2009年11月12日
当ブログ10月29日の欄に引用した安倍元首相のインタビュー記事に対する読者の意見が、10月11日の朝日新聞に掲載された; 9月30日の本紙朝刊に「自民再生 処方箋(せん)を聞く」として安倍晋三元首相の意見「保守による構造改革を」が載っていた。 ポイントは、自分の政権では小泉政権の誤りも行きすぎも修正したいと思ったこと、保守派と自由主義経済の信奉者とのドッキングを狙っていたこと。極め付きが、憲法を改正し真の独立を達成すること、だった。 国民は、少なくとも私は、「処方箋」の前に、なぜあなたが首相になれたのか、どのような基準で「仲良しクラブ」の組閣をしたのか、そして、なぜ突然「体調不良」でその内閣を放棄したのか、これらの弁明もなく、なぜ再び総選挙に出馬したのかを聞きたい。 一般的に「国民は国民に合った指導者しか持てない」と言われる。私たちは、あなたや福田康夫さんを首相としたことをどれほど情けなく思ったことか。 私は健全な政権交代の時代を期待しているが、少なくとも安倍さんの自民党はいらない。2009年10月11日 朝日新聞朝刊 13版 10ページ「声-安倍氏はまず自己弁明から」から引用 私もこの意見に賛成である。今はまだ民主党政権が始まったばかりであるが、やがて政権交代のときがきて、その時まだ自民党に安倍晋三がいたら、多分国民は、そんな自民党に政権を取らせようとはしないであろう。 安倍晋三がなぜ首相になれたのかといえば、それは自民党にはもはや首相になり得る人材が無かったため、これまた首相の器ではない安倍晋三ではあったが、岸元首相の孫という、政権担当能力とはまったく関係ない理由で、これなら有権者も納得するだろうという極めて無責任な、ある意味有権者を馬鹿にした人選を、当時の自民党が行ったからである。結局それが、自らの墓穴を掘る結果となったのは周知のとおりである。
2009年11月11日
先月、鳩山首相が韓国を訪問する直前、朝日新聞は韓国内の様子を次のように報道した; 【ソウル=牧野愛博】鳩山由紀夫首相が9日、就任後初めて韓国を訪問する。韓国側が特に注目するのが、歴史認識と永住外国人の地方参政権をめぐる首相の発言だ。いずれも首相が過去に積極的な姿勢を示してきたことから、期待が高まっている。 8日午前、ソウル市内の日本大使館前で、戦争被害などを扱う市民団体関係者約60人が集まった。「鳩山首相は歴代のどの首相より、歴史問題を解決する意思が強い」と、32団体の連名で日本政府の公式謝罪などを求めた。 元従軍慰安婦たちを支援する市民団体は9月、首相に元従軍慰安婦への個人補償などを求める書簡を送った。民主党は過去、議員立法でこうした法制定を目指したことがあるが、8日現在、首相側から返事はないという。 一方、韓国政府が「実現の可能性が比較的高い」(当局者)と注視しているのが、永住外国人の地方参政権問題。鳩山首相のほか、民主党の小沢一郎幹事長も前向きな発言を繰り返してきたことが、期待の背景にはある。 ただ、韓国側には「面と向かって要請し、もし失敗したら我々も傷を負う」(別の当局者)との警戒感もある。李明博(イミョンバク)政権は来年6月の統一地方選の結果次第で、13年2月までの任期後半の求心力を急速に失う可能性がある。天皇訪韓の実現などを、政権浮揚に使いたい思惑もあるとみられ、日本側との協議は慎重に進める構えだ。 柳明桓(ユミョンファン)外交通商相も8日の記者会見で、日韓首脳会談について「個人的な信頼関係、友好関係をつくるのが目的」と説明。突っ込んだ協議は先送りする考えを示唆した。■朝鮮半島をめぐる鳩山首相の過去の主な発言・「歴史的に朝鮮半島での侵略、植民地支配は事実」(95年6月)・「本当に申し訳ない。皆さん(韓国大元従軍慰安婦)が基金を受け取らないのなら、他の方法も考えなくては」(96年7月)・「(サハリン残留韓国人の)永住帰国は日本人としてやらなければならない問題」(01年5月)・「(永住外国人に地方参政権を与える法案の継続審議を与党が決めたことは)公約違反だ」(同)・「日本国内で侵略、植民地化を美化する風潮があるが、民主党にそのような人間はいない」 (09年6月)2009年10月9日 朝日新聞朝刊 14版 9ページ「韓国期待 ハトの旅」から引用 結果として今回の日韓両首脳の間では、突っ込んだ協議は行われなかったが、この記事に紹介された鳩山首相の歴史認識は重要である。日本国内に、侵略や植民地化を美化する風潮があるのは、経済大国と言われる割に残念なことであるが、民主党にはそのような人間はいないというのは大変心強い。当ブログの常連コメンテーターの中にも、例えば中学校の歴史教科書から従軍慰安婦の記述が消えたのは史実ではないからだ、などと妄想を書き立てる勉強不足の者がいるが、鳩山政権には国民の歴史教育の面でも成果を挙げてもらいたいものである。
2009年11月10日
鳩山首相は普天間飛行場の移設について、オバマ大統領の訪日が結論を出す期限ではないと言明したと、10月23日の読売新聞が報道している; 鳩山首相は22日夜、沖縄の米海兵隊普天間飛行場の移設問題について、「オバマ米大統領が来る時までに必ず(解決する)という話だとはとらえていない」と述べ、来月12~13日の大統領来日のタイミングは、結論を出す節目とはならないとの考えを示した。米側の求めには応じない姿勢を明確にしたものだ。首相官邸で記者団に述べた。 首相は、ゲーツ米国防長官が20日の岡田外相との会談で、大統領来日前に結論を出すよう求めたことを「側聞している」と肯定。そのうえで、首相は「大統領にとっては、アフガニスタン・パキスタン支援の方がはるかに大きなテーマだと認識している。日本としての支援策を打ち出す方が、まずやるべき仕事ではないか」と語り、首脳会談ではアフガン問題を中心議題としたい考えを明らかにした。 普天間移設の現行計画を見直す場合、移設作業をはじめ、海兵隊8000人のグアム移転などを2014年までに実現するとした日米合意の「ロードマップ(行程表)」がずれ込むことが懸念されている。首相はこの点について、「他の選択肢があることで、結果として(作業が)早まることもある」と述べ、現行計画以外の選択肢の検討を当面続ける考えを強調した。2009年10月23日 読売新聞朝刊 14版 1ページ「首相 普天間結論急がず」から引用 わが国政府はアメリカ軍の圧力に屈する必要はない。クリントン国務長官でさえ、政権が変われば政策も変わるのは当たり前だと言っているくらいなのだから、鳩山首相の姿勢は当然である。岡田外相や北島防衛相は、軽々しい発言を差し控えて、この問題を政府部内でじっくり検討するべきであり、また国会でも、今まで米軍はわが国の安全保障に役立ってきたのか、アジア侵略の基地に過ぎなかったのではないのか、今後も米軍は必要なのか、国民に分かるように十分な討議を重ねるべきである。
2009年11月09日
京都府立大学準教授で近代中国史が専門の岡本隆司氏は、今後の日中関係について、10月26日の読売新聞に寄稿して次のように述べている; 鳩山政権がスタートした。従来とちがったアジア重視の外交姿勢は、内外の注目を浴びているが、順風満帆にゆくとはとても思えない。 国は人間の集団であるから、国と国との関係も、人間関係と同じように、感情が左右する局面が少なくない。日本の場合に典型的なのが、対中関係である。 中国からの高度な文明が、生活を豊かにしたばかりではなく、戦禍や外圧をひどくもした、という歴史のため、日本人は中国に対し、ながく憧憬(しょうけい)と恐怖心を表裏一体とする感情をいだいてきた。だから恐怖心がなくなると、憧憬も消え去って、優越感と侮蔑(ぷぺつ)に一転する。それが誤っていたと悟るや、今度は購罪(しょくざい)感が昂(こう)じ、腫れ物に触るような心情になった。戦前・戦中の「暴支膺懲(ぽうしようちょう)」と戦後の「日中友好」とは、正反対のよびかけながら、根底は同一である。煎(せん)じつめれば、いずれも感情に動かされての衝動にはかならない。 勝海舟が「スフィンクス」と形容した中国事情のわかりにくさが、その一因としてある。自分の常識で相手をはかるのが人の常であるから、理解をこえる事態に直面すると、感情の抑制がきかなくなるのである。程度の差はあっても、そうした衝動に政府と民間との区別はない。 問題なのは、それを衝動だとわきまえずに、さも理性的で正当な行動だとはきちがえることである。その大きなきっかけになるのが、ナショナリズムである。そもそもナショナリズム自体が情念に基づき、また訴える性格のものだが、これなくして国民と社会の統合を果たせないところに、近代国家の構造的な問題がある。 感情の完全な除去はむずかしい。しかし感情を感情だとみきわめ、その具体的な内容と作用を自覚することはできるし、相手の事情をつとめて理解するよう心がけるのも可能だ。それだけでも、衝動の煽動(せんどう)や暴発をくいとめる一助になろう。 情報化時代の今日、なお難解な中国の事情も、それなりにみえるようになってきた。ひところに比べれば、ゆきすぎた憧憬や侮蔑、贈罪感は減り、日本人一般の中国に対する行動は、ずいぶん理性的になりつつある。逆に最近は反日暴動やギョーザ事件など、日本に対する中国人の言動に首をかしげることのはうが多い。 その中国は建国六十周年で、あらためてナショナリズムが高まりをみせている。そんななか、鳩山外交は東アジア共同体構想をよぴかけた。彼我の衝動を制御して、理性的な関係をつくることができるのか。それとも感情に流されて、「友好」の二の舞いに終わるのか。「友愛」の真価は、すでに問われているのである。2009年10月26日 読売新聞朝刊 12版 13ページ「日中『友愛』は理性で」から引用 わが国と中国の関係は100年や200年どころではない永い歴史がある。この記事は含蓄のある日中関係論で、大変示唆に富んだ文章である。
2009年11月08日
先月、タイで開催された東アジア首脳会議で鳩山首相が提案した「東アジア共同体」構想は、参加した各国首脳から歓迎されたと10月16日の読売新聞が報道している; 【ホアビン(タイ中部)=佐藤昌宏、実森出】日中韓と東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16か国が参加する東アジア首脳会議(EAS)が25日、当地で行われ、鳩山首相が提唱する「東アジア共同体」構想の根幹となり得る、東アジア圏を包括した経済連携協定を各国政府間で研究していくことで合意した。 会議後発表された議長声明は、鳩山構想について、「開放性、透明性、包括的な原則に基づく東アジア共同体構築に向けた努力を活性化させる日本の提案を評価する」と歓迎を表明した。 今後検討する経済連携協定の枠組みとしては、日本が主導する16か国の「東アジア経済連携協定(EPA)」や、日中韓とASEANの13か国とする案のほか、ラッド豪首相からは、米国も加えた「アジア・太平洋自由貿易協定(FTA)」にするべきだとの提案があった。 鳩山首相は、「どの国が入るとか入らないとか、今議論しても意味がない」と述べ、枠組みへの具体的な言及は避けた。 議長声明は北朝鮮問題については、「朝鮮半島の非核化に向けた平和で包括的な解決への支持を再確認した」として、核問題を巡る6か国協議の早期再開を支持した。2009年10月26日 読売新聞朝刊 14版 2ページ「東アジア共同体『歓迎』」から引用 古来からわが国では「遠くの親戚より近くの他人」という諺があるくらいで、地理的な利便さで協力し合うというのは合理的な考えですから、東アジアの諸国が協力して平和に暮らせる環境の構築をめざすという方向性は正しい選択であるといえます。
2009年11月07日
新政権の法相が夫婦別姓について前向きの発言をしたことを歓迎する投書が、10月6日の朝日新聞に掲載された; 千葉景子法相が選択的夫婦別姓制度の法制化に向け発言した。久々にこの話題が各所で盛り上がりをみせている。 長年、法制化を待ち望んできた人々は法相の発言に期待を大きく膨らませている。これまで改姓による苦労、通称使用の煩雑さを強いられてきた。同姓を強いた側、改姓させた側の人たちはよく考えてみるべきだ。 喜びの声に対して、反対する側は、この制度があくまで「選択」であるのにもかかわらず、「家族の一体感に欠ける」「家族が崩壊する」という主張をしている。 私は、18年間婚姻届を出さずに事実婚をしてきた。高校生の息子が2人いる。反抗期の年頃のはずだが、親子間、夫婦間はいたって仲が良い。息子にとっては、家族の姓が同じでないことは当たり前のことであって、何の違和感もないと言っている。 現在、年間25万組の夫婦が離婚している。同姓であっても家族の崩壊が食い止められない証左だろう。家族の一体感は姓によってつくられるというのは、単なる思い込みではないだろうか。2009年10月6日 朝日新聞朝刊 13版 13ページ「声-夫婦別姓で家族は崩壊しない」から引用 新政権の法相は、日本中の夫婦を全員別姓にすると言ったわけではなく、当人が希望するなら別姓を選択できるようにするべき、と言ったのである。ところが、別姓に反対する人たちというのは、そんなことはどうでもよくて、とにかく反対なのである。一昔前に、野党を誹謗するのに「なんでも反対」という表現があったが、あれと同じみたいだ。しかも反対の理由が「家族の一体感に欠ける」「家族が崩壊する」というのでは、あまりにも根拠が薄弱である。 これと似たような話に「永住外国人の参政権」がある。これに反対する人たちというのも、夫婦別姓に反対する人たちと同じ精神構造を持っているように私には見えるのだが、反対の理由は「日本が外国人に乗っ取られる」という馬鹿げた妄想である。もう少し冷静にものごとを考えてほしいものである。
2009年11月06日
自民党支部長でありながら「完全無所属」と称して千葉県知事選に出馬して当選した森田健作氏を、千葉地検が不起訴としたことについて、「森田健作氏を告発する会」の山本友子氏は、10月9日の「週刊金曜日」で次のように述べている; 東京都の自民党支部長を務めていたにもかかわらず、「完全無所属」を標榜した法定ビラで県民を欺き千葉県知事に当選した森田健作氏を、千葉地方検察庁に告発したのが4月15日。辞任を求める街頭キャンペーンや署名活動も盛り上がり、知事本人の議会答弁等の椎拙さ、政策に興味のない態度や無能ぶりもインターネットやテレビ等で広く県民の知るところとなった。しかし検察庁の対応は遅く、半年後の9月30日に結論が出た。結果は「不起訴」。 検察は、「完全無所属」と記載して法定ビラで県民を欺いたことは「自民党を辞めた」とか「自民党ではない」と本人が書いているわけではないので、身分や所属を偽ったというほどのことではなく、公職選挙法違反に該当する虚偽記載とまではいえない。また政治資金規正法違反にあたる団体から寄付を受けていたことについては、寄付の一部はすでに時効であり、その他の寄付についても、森田氏に「違反の認識」がない以上「故意」とはいえない。したがって不起訴とするというもの。 資金的なつながりが歴然としているのに「所属の偽り」に当たらないというのは納得できる話ではない。また「認識」していなければ、罪に問われないというのも、一般常識を大きく逸脱している。 不起訴が発表された日、「森田健作氏を告発する会」の井村弘子代表は「今回の検察庁の判断は断じて認めがたい」と記者会見の席上で怒りの声を上げた。「告発する会」は、今回の不起訴決定を不服として検察審査会にすみやかに不服審査を申し立てる予定だ。山本友子・「森田健作氏を告発する会」事務局長2009年10月9日 「週刊金曜日」第770号 6ページ「『完全無所属』森田健作千葉県知事 千葉地検が不起訴に」から引用 党員であっても当該選挙戦で党の支援を受けず、無所属として選挙運動を戦う場合は法律上「無所属」として扱われる。例えば、党が他の党員を公認候補とし、それでも本人もどうしても出馬したいという場合は、公認を得られない方の党員は無所属として立候補するわけである。しかし、その場合でも本人の経歴を記述した法定ビラには「党員である」ことを明記しなければならない。そうでなければ虚偽の記載をしたことになり、違法である。森田氏の場合も、これに相当するのではないだろうか。
2009年11月05日
先月急死した中川前財務相に対する安倍、麻生元首相の惜別の挨拶について、ジャーナリストの大藤理子氏は9日の「週刊金曜日」で、次のように述べている; 私も人の子。死者にむち打つことは控えたいと常々考えており、急逝された中川昭一・元財務相のご冥福を心よりお祈り申し上げる次第なわけだが、しかし。中川氏の「お友だち」政治家から発せられた惜別コメントを、黙って見過ごすわけにはいかない。 麻生太郎・前首相曰く。「保守の理念を再生していくうえでは最も期待されておられる人物だと思っていました。自由民主党としても大きいダメージを受けたと思っています」。 安倍晋三・元首相曰く。「昭一さんを失ったことは大きな損失だと思う。最後に電話で話した時は元気そうで『保守再生のために安倍ちゃん頑張ろう』と言っていた」。 ほら出た。やっぱり出た。保守を僭称(せんしょう)する人たちの得意技、「歴史の美化」だよ。保守の理念再生? 笑わせんじゃねーよ。保守ってのは何かね、酩酊状態で会見に臨み国際社会に大恥さらすことなのかね。 中川氏が酒で失態を重ねているのは永田町では公然の事実。アルコールのみならず、何かに依存してしまう人は、総じて繊細すぎる面があるようだ。社会となかなか折り合いがつけられず、常に生きづらさを抱えている。中川も例外ではなかったのだろう。その点では、気の毒だと思う。 しかし、だったらなぜ彼は、政治家なんて「繊細な人」には一番向かない職業に就いてしまったのだろうか。それはやはり、中川一郎の長男だったから、としか言いようがない。東大法学部を出て旧興銀に入行という絵に描いたようなエリート人生を歩んでいたが、一郎の自殺を受け、地盤を継いで衆院選に立候補、30歳で初当選を果たす。 彼は気づいていたと思う。自分が政治家に向いていないことを。でも、だからこそ必死に虚勢を張らなければならず、そのために身にまとったのが、カギカッコつき「保守」-私に言わせりや質(たち)の悪いウヨク-の衣だったのではないだろうか。 強くなった気がするもんね。「日本の核保有の議論はあってもいい」なんて「タブー」をおかしてみちゃったりすると。己の脆弱さを糊塗するために仮想敵をつくり「攻め」に転じ、憂国の士を気取って自己陶酔に陥る。ああ、まるで戦前の日本ではないか。 彼は公式サイトで、総選挙での自身の敗因をこう分析している。「逆風もあったが、やはり私自身の報道問題と……」。ガハハ。「報道問題」って何だよ。五六歳にもなって自分のダメさをちゃんと引き受けられない、そんなへタレっぷりに有権者はノーを突きつけたんだよ。 中川は続ける。「『保守』とは守るべきものを守り、保守すべきために改革する」「私は今後新たに決意を持って進んでいきます。発信していきます。『日本が危ない』から」。言葉が先走って文章が整っておらず、読んでいてなんだかヤバイ感じがする。アルコール依存症ならぬ、「保守」依存症状態、とでも言おうか。 そう。中川や安倍、麻生がいう「保守」とは麻薬みたいなものなのだ。一時的な高揚感は得られるが、なんら実存を埋めるものではない。摂取すればするほど破滅に向かっていく……。麻生も安倍も、中川の「歴史」を美化している暇があったら、彼の「失敗」から真摯(しんし)に学ぶべきなのだ。2009年10月9日 「週刊金曜日」第770号 22ページ「大藤理子の政治時評自分の弱きを紛らわす麻薬「保守」と酒に依存した中川 安倍、麻生は彼の失敗に学べ」から引用 私も、意味も無く死者を鞭打つようなことは慎むべきであると思うが、この記事は、有権者として政治家を見る目を鍛えるという意味で価値がある。安倍も麻生も、確固たる保守思想を持っているのではなくて、単に当人が保守政治家を気取っているというだけのことだ。その理由とカラクリは、この記事が説明しているとおりである。
2009年11月04日
学校を卒業して就職する若者に、学校はもっとしっかり労働三法を教えてほしいという投書が、10月4日の朝日新聞に掲載された; 中学や高校を卒業して就職する若者たちには、学校で必ず労働三法(労働基準法、労働組合法、労働関係調整法)などを教えてほしい。 彼らが社会に出て働いてみると、職場は家庭や学校とは全く異なる環境であることを知る。組合があって労基法が守られていればいいのだが、労働環境や労働条件が劣悪であった場合、どうすればいいか思い悩むことになる。 憲法は労働者の権利として、勤労権や団結権、団体交渉権、団体行動権を定めていて、それに基づいて労働三法がある。労働者はこうした法律によって守られているのだが、そのことが学校で十分教えられているとは思えない。 私は2年前まである組合の職員をしていたが、組合の力で解雇を撤回させたり、労働条件を改善させたりした例はたくさんあった。さらに職場に組合がない場合は、1人で加入できる組合もある。劣悪な労働環境や労働条件が横行するのは、労働三法どころか、組合の存在さえ知らない若者たちがたくさんいるからではないか。若者が希望を持って働ける社会にしていくためにも、ぜひ学校でそれらのことを教えていただきたい。2009年10月4日 朝日新聞朝刊 13版 6ページ「声-若者たちに労働三法教えて」から引用 私もこの意見に賛成である。最近の若者は憲法や国民の権利について、あまりよくわかっておらず、まして労働三法と労働者の権利については、まるで他人事のような認識のように見える。そんなことでは民主主義の社会はいつひっくり返るかも分からない。そういうことでは困るので、せめて労働三法と労働者の権利についてだけでも、しっかりした知識を身に付けてほしいし、学校はそれを支援するべきである。
2009年11月03日
NHKが放送の準備を進めている司馬遼太郎「坂の上の雲」について、異議を唱える投書が10月2日の朝日新聞に掲載された; 司馬遼太郎氏が生前、軍国主義の宣伝になることを恐れて映像化を拒んでいたという「坂の上の雲」が、近くNHKで放送される。 国民的作家として有名な司馬氏は、明治時代を「日本の青春で、素晴らしかった」と評価しがちで、昭和時代に官僚化した軍人が暴走して日本を崩壊に導いたとするが、この見方に疑問を持つ。歴史は継承である。 明治の終わりには、天皇暗殺を謀議したとの冤罪で幸徳秋水はじめ24人が死刑を宣告され、うち12人が処刑された「大逆事件」があった。明治の政治家、軍人が深くかかわっている。日清戦争後の1895(明治28)翌年10月には朝鮮国王妃殺害という凶悪無比な事件があり、これにも日本政府、軍人がかかわっていたとされる。 「坂の上の雲」には日露戦争の描写が多く、このドラマに対する評価が司馬氏の懸念した軍国主義の肯定につながらないか、気がかりである。2009年10月2日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-気がかりな『坂の上の雲』放送」から引用 明治は良かったけれど、昭和はダメだったという記述は司馬遼太郎が書いた文章によく見かける。しかし、司馬のその考えは明治や昭和の歴史を踏まえた上での見解ではなく、史実の中の都合の良い部分だけを取り上げて「明治は良かった」と言っているに過ぎず、ありていに言えば酒飲み話レベルの歴史認識である。とても「司馬史観」などと言えるようなシロモノではない。その証拠に小説「坂の上の雲」には「朝鮮国王妃殺害という凶悪無比な事件」に関する記述が一切ない。
2009年11月02日
国が学校教育に介入するのはよくないことなので、教科書検定は廃止するべきであり採択は学校ごとに先生に任せるべきであるとする投書が、10月1日の朝日新聞に掲載された; 民主党政権の成立を機に、長年教科書問題についてさまざまな観点から考えてきた研究者として、検定と採択に関する改革案を提言したい。 検定は廃止すべきだと考える。教育内容への国の介入を避け、外交問題化を防ぐ狙いである。仮に検定の即刻廃止に不安があるならば、検定制開始以前の明治時代の一時期、小学校が自由採択した教科書を国に報告するだけだった「開申制(届出制)」を過渡的に採るのも一案である。検定を廃止すれば、教科書調査官は不要、経費節減もできる。 採択については、無償措置法で設けられた広域採択地区での同一教科書採択という現行制度を廃止し、現場の教員が、少なくとも「学校」単位で教科書を選べるよう改めるべきだ。この方向性は自民党政権下でも度々閣議決定していたのだが、文科省が事実上強力に推進してこなかったのが問題である。公約で学校単位への移行を示している民主党には大いに期待したい。2009年10月1日 朝日新聞朝刊 12版 16ページ「声-教科書は教員に選ばせよう」から引用 「つくる会」教科書のようなものまで検定に合格するようになって、検定の間口は大きくなりすぎ、もはや検定している意味もなくなったと言っていいのではないか。右よりの考えを持った教育委員が変な教科書を先生と生徒に無理やり押し付けるのでは、現場がかわいそうだし、何より将来を担う生徒たちをそんな目にあわせてはいけない。教科書は、それを使って授業を行う先生の責任で選択されるべきである。
2009年11月01日
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