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ヒロ市内の公立図書館前にある巨石「ナハ・ストーン」。カメハメハ大王が持ち上げた伝説がある石です。推定3.5tもあり「持ち上げたものはハワイの王者になる」と言い伝えられており、少年時代のカメハメハが持ち上げたそうです。古代から伝わる一枚岩。カメハメハはそれまで誰も動かせなかったものは持ち上げたうえ、ひっくり返したそうです。
2018年12月31日
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ハワイ島3日目(12月23日)は東海岸のヒロまでドライブしました。市内にあるレインボー滝は、落差15mとそれほどでもありませんが、朝虹がかかることが多いのでこの名があります。マウナケア山麓のサドルロードを通って麓のサドルロードを通ってヒロに来たら雨。雨上がりは虹が出やすいので期待しましたが、虹は出ませんでした。草の合間からのぞきます。 上にある展望台から別角度で眺めます。 でっかいバニヤンの木があります。 地元の人がつるにぶら下がっていたので、ちょっとやってみました。ハワイ名・ワイアヌエヌエ。ワイルク川の滝です。
2018年12月30日
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ラパカヒ州立歴史公園は、600年以上前の漁民の集落の跡です。石積みの住居の跡、一部復元された家もあり、ハワイ先住民の生活を垣間見ることができます。約半マイルのトレイルに沿って見学します。約30分散策しました。入場無料。入り口にもらったパンフレットによるとこれはお墓です。 番号順に回ります。家の跡がいくつも海まで続きます。こちらも復元された家屋。中も見学できます。 海がきれいです。漁には出やすいと思います。石に海水をためて塩づくりを行っていました。 白と黒の石を並べるゲーム。碁のようなものか。ヘイアウ。祭壇のようなところ。 午後4時でクローズド。レンジャーが待っているので半周で切り上げたけど、かなり堪能しました。
2018年12月29日
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ヒルトンで泳いだ後、行ったことのないノースコハラにドライブしました。ハワイ島3回目、レンタカーはは初めて。左ハンドル右側通行はなかなか慣れませんでした。カパアウは、カメハメハ大王(カメハメハ1世、1758-1819)が生まれた場所として知られ、銅像があります。カメハメハ像はオアフ島にあるのが有名ですが、カパアウのものが1体目。ホノルルが2体目です。ハワイ島には最大の都市ヒロにもカメハメハ像があります(15年3月に行っています)。カパアウは隣の町ハヴィとともに懐かしさを感じる小さな町でした。カメハメハ像は、町のコミュニティセンター前にあります。
2018年12月28日
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ヒルトンのラグーンで遊んでいると後ろから何か近づいてきました。ウミガメです。アオウミガメです。この入り江に棲息しているのは知っていて何度も見ていますが、こんなに接近したのは初めて。触るのは禁止です。 水上自転車やカヌーもやったので、他にも甲羅干ししているカメやぶつかりそうになったこともありました。危ない、危ない。
2018年12月27日
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ハワイ島2日目(22日)昼からヒルトンのビーチで泳ぎました。ハワイとはいえ12月は肌寒い。プールの水が冷たすぎるので、主に海とつながったラグーンで泳ぎました。シュノーケリングマスクを持ってきたので潜ってみましたが、ツノダシやカスミチョウチョウウオなどがいました。カメラの不調で写真が撮れなかったのが残念。ハワイ4日目には水上自転車やパドリングにもチャレンジしました。こちらは人工の子供用プール。砂が入っていて遊べるようになっています。 海岸にも出てみました。磯に下りるのは初めて。カニなどいました。 潮溜まりで遊んでみました。
2018年12月26日
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ワイコロアビーチリゾート内のクリスマスイルミネーション巡り。クイーンズマーケットは人が集まるため特にキラキラしていました。夜は広場でハワイアンギターなどのライブ上演や映画上映(ちなみに「Mr.インクレディブル」をやってました)、昼間はサンタもいました。クリスマスツリーで記念撮影。トナカイ。 汽車もライトアップ。お菓子の家。 クイーンズマーケットは地元のショッピングセンター。ほぼ毎日行ってました。
2018年12月25日
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12月21~26日、2年8か月ぶりにハワイ島に行きました。火山の噴火も収まり、直行便もできて快適に過ごせました。クリスマスをまたぐシーズンで、その雰囲気を随所に感じました。スーパーのレジも空港の職員もサンタの帽子をかぶっているし、あちこちでツリーやイルミネーションを見ました。ワイコロア・ヒルトンのフロント前のツリーです。同じくヒルトンのイルミネーション。これはトナカイとそり。 泊まりは少し離れたコハラ・スイーツ。隣接するベイクラブの滝で。出かけて帰ってくると、部屋にクリスマスプレゼント(クッキー)が置かれていました。 帰りのJAL搭乗の際もお菓子などもらいました。
2018年12月24日
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成田空港で遭遇した映画「仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER」の巨大ポスター。平成ライダー20人が勢ぞろい。クウガからジオウまで20人そろうと圧巻。指さしてるのはウィザード。子供が一番お気に入りなのは「カブト」。指さしてるのはビルド。
2018年12月23日
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JR北海道札沼線の非電化区間、北海道医療大学-新十津川47.6kmの廃止が20日、決まった。沿線4町とJR北が20年5月7日廃止で合意した。札幌近郊の通勤通学区間は乗客も多いが、末端部の浦臼-新十津川は2016年から1日1往復に減らされ、しかも終電が午前10時という閑散路線になっている。元々札幌と留萌線の石狩沼田を結んだために、札沼線の名があるが、72年に新十津川-石狩沼田34.9kmを廃止。現在76.5kmの路線だが、廃止後は28.9kmと最盛期の4分の1になる。写真は石狩月形駅での列車交換。新十津川終点。 秘境駅として知られる豊ヶ岡。
2018年12月22日
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市原ぞうの国の分園・サユリワールドにも初めて行ってみました。シャトルバスですぐ。ここの一番の売りはキリンです。キリンへの餌やりは2回テラスから行います。ゆったりと歩くキリンが3頭、目ざとく人を見つけて近寄ってきます。長い舌を出して餌を取ります。 ここは放し飼いになっている動物が多い。ウサギにも餌をやります。カピバラと鶏の組み合わせ。 ラマも寄ってきます。これはまだ赤ちゃんです。 ワオキツネザルにも餌を。ヤマアラシの赤ちゃん。11月に生まれたばかり。 餌まきタイムにカピバラやクジャクなど動物が寄ってきました。
2018年12月21日
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市原ぞうの国にはゾウ以外の動物もいろいろいます。95歳の年寄りのラクダ。2年前はラクダライドをやっていましたが、現在は年を取ったのでのんびり過ごしています。1日でも長生きしてほしい。かつてのラクダのスペースを半分使って、隣にはトナカイ。クリスマスシーズンだけに撮影タイムがありました。 ラマにも赤ちゃんが。赤ちゃんに餌をやろうとすると親が横取りしようとします。 マーラの赤ちゃんは、12月7日に生まれたばかり。ヤギにも餌をやります。 カバには、口を開けたところを狙って、おから団子を投げ入れます。餌をやってはいけない動物もいて、レッサーパンダやチンパンジーなどはダメです。
2018年12月20日
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ゾウのショーの後は、7月末に生まれたゾウの赤ちゃん・もも夏を見に行きます。お母さんから離れずに寄り添っています。お母さんから離れてこちらに近づいてくれました。 こちらお父さん。もも夏のお母さんにも餌をやります。
2018年12月20日
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2年ぶりに市原ぞうの国に行きました。ゾウからの買い物。2000円をゾウの鼻の前に突き出すと受け取って、ぬいぐるみと交換してくれます。最後はバナナを渡してお礼します。前回来た時、子供がやりたがっていたけどできなかったので、念願かないました。 こんなぬいぐるみでした。ショーは相変わらず面白かった。 輪回し。落としちゃった…。 ゾウの上に立つタイ人のゾウ使い。バスケット。サッカーもやってましたが、ゴールシーンは撮るのが難しかった。 ゾウの描いた絵。すごくうまい!ショーの後、頑張ったゾウに餌をやりました。 勢ぞろい。
2018年12月20日
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豊洲と晴海を結ぶ春海橋の左手に突如現れる赤さびた鉄橋。これは、東京都港湾局専用線の晴海線の晴海橋梁です。晴海線は豊洲運河の先で深川線と分岐してこの橋を渡り、晴海を目指していました。170mほどのコンクリート橋の中ほどに鋼鉄の橋があります。58.8m。立派なものです。橋は将来整備されて遊歩道になるかもしれませんが、いつになるか分からず今は渡れません。 春海橋公園には金網と、立ち入り禁止の看板があります。 船が下を行き交います。1957年12月に開通、89年2月廃止です。晴海側まで来ました。 晴海側から。コンクリートの橋桁もしっかりしています。 その先、晴海方面に行くと広い空き地が残っていました。
2018年12月19日
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豊洲運河を渡っていた東京都港湾局専用線深川線には豊洲橋梁がありました。89年の廃止後も2000年まで橋桁が残っていましたが、現在は土台の橋台が2つぽつんと残っているだけです。朝凪橋を迂回して、豊洲側の遊歩道へ。 塩浜・越中島側の橋台を拡大。地上側の土台も見えます。横から見た構図。
2018年12月18日
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越中島貨物駅から89年まで豊洲方面に伸びていた貨物線は、東京都港湾局専用線の深川線という名称でした。廃線跡は都用地の空き地が続いていますが、塩浜2丁目、かもめ橋の北で突如レールが現れます。わずか20m、その先の運河でまたレールは途切れます。 通りを迂回して、線路のルートをたどってみました。マンションの先、駐車場(浜園第二)になっていました。さらに、その先も別の駐車場(浜園第一)になっていて、豊洲運河へと続いていました。
2018年12月17日
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東京都港湾局専用線は、今も現役のJR貨物越中島貨物駅から発展著しい豊洲・晴海地区へ走っていた貨物線です。89年までに全廃されましたが痕跡は残っています。東京メトロ東西線木場駅から三ツ目通りを南下すると左手に赤さびたレールとコンクリートの貨物ホームが現れます。現在は都有地になっています。レールは途切れ途切れに越中島貨物駅に続いています。 振り返って三ツ目通り・高速方面を見ます。 細い車道を挟み、ここから先は現在も使用されている貨物駅の構内になります。亀戸から貨物列車が来ます。さて、豊洲方面に向かいます。三ツ目通りを渡った先も廃線跡は空き地になって豊洲方面に続いていきます。 中は通れないので、迂回して反対側に出ました。
2018年12月16日
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東急池上線はかつて池上電気鉄道として目黒蒲田電鉄(現目黒線・多摩川線)と競い合っていました。両社統合のあおりを食って廃止されたのが、支線の新奥沢線。雪ケ谷-新奥沢1.4km。1928年(昭3)開通、35年廃止。国分寺と結ぶ計画の一部でしたがわずか7年で姿を消し、実現しませんでした。終点新奥沢は現在の目黒線奥沢よりも東横線田園調布が近いです。田園調布駅から徒歩10分、新奥沢は東玉川2丁目40の住宅街にありました。現在は駐車場になっており、痕跡を示すものはこの石碑だけです。開業時、すでに宅地開発が始まっており、これ以上延ばすのは無理だったと思われます。 ここから起点に向けて逆に歩いていきます。ほぼ住宅になっていますが、一部道路になったところもあります。田園調布学園。当時の乗客の大半はこの女学校の生徒だったとか。 学校の1つ先のエリアに諏訪分(すわぶん)駅がありました。諏訪分は東玉川の当時の地名です。この辺りです。 住宅になって完全に線路跡は埋没。起点の雪ケ谷は、開通時は現在の雪が谷大塚駅よりも五反田寄りにありました。その後西に移転し、現在踏切があるところの写真右手のスペースに2代目雪ケ谷駅があったそうです。ここです。 池上線の雪が谷大塚駅から電車に乗って帰りました。
2018年12月15日
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京急小島新田駅の南に広がる川崎貨物駅(旧塩浜操車場)はJR東海道貨物線、神奈川臨海鉄道浮島線、千鳥線が集まるターミナルです。京急&川崎市電の廃線ウオーキングに来て、素通りできずに寄りました。青いディーゼル機関車がかっこいいです!DD何形か、車両に詳しくないので分かりませんが、普段見られないものなので面白いです。 広いヤード、時間があればもっとじっくり観察したかった。
2018年12月14日
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京急川崎から乗った大師線の車両が「120年の歩み号」でした。今年2月から運行中です。4両編成の各車両に京急の歴代の車両をデザインしています。写真は黄色が鮮やかな500形。51~63年に使用されたものの復刻版です。さらに古いデ51形が末尾(川崎寄り)車両で1924~65年使用ともっと古いものでした。 先頭の2100形は現在も使用されている車両です。2両目の1500形も現在も使用中です。 来年3月には大師線は、産業道路駅付近が地下化されます。近代化された新線にも乗りたい。
2018年12月13日
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川崎市電は日本鋼管まで専用軌道を走った後、右に曲がって併用軌道を走って川崎駅方面に向かっていました。この先はバスで移動しました。この通りは今でも市電通りと呼ばれ、市民に親しまれいます。道路標示もそうなっています。歩道にも埋め込まれたモニュメントも電車が描かれています。 しかも2種類。1969年の廃止から50年近くたっても市民に親しまれているのが分かります。残念なのは、京急大師線と線路の幅は1435mmで同じですが、電圧が違うので直通ができなかったこと。 環状運転ができていたら面白かったのにと思います。
2018年12月12日
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桜橋電停の北、桜川公園に川崎市電の車両が静態保存されています。700形の702号車。一時は雨ざらしで状態が心配されたそうですが、屋根が作られました。クリーム色に緑のラインが入っています。大正11年に製造され都電として使われた後、戦後川崎市に払い下げられました。206号車として使用された後、改造されました。反対側(道路側)から。 横から。説明板。
2018年12月11日
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川崎市電の跡は入江崎の先も途切れ途切れに続きます。JFEの工場正門を過ぎ貨物線の高架下をくぐります。市電は塩浜操車場(現川崎貨物駅)の開業に伴い、1964年に池上新田-塩浜間を休止しました(67年正式に廃止)。したがって市電現役時は立体交差していません。その先の廃線跡は池上新町緑道として整備されています。 道路を渡った池上新田公園に路線跡が続きます。1969年の全廃当時、終点だった池上新田はこの辺りです。 産業道路に沿って廃線跡は進みます。桜本は京急大師線の終点として開通、市電に譲渡された駅。バス停がその付近です。南側に続く緑地帯が駅跡と推定されます。市電ですがこの辺りは専用軌道でした。 もう1つ先の停留場・桜橋まで歩いてみます。
2018年12月10日
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京急大師線と川崎市電の乗換駅だった塩浜駅跡。川崎市電の廃線跡歩きはここから始めます。川崎市電は戦時中の1944年に開業。45年には桜本までつながり京急大師線と連絡。52年桜本-塩浜2kmを買収して全6.7kmになりました。塩留橋。夜光運河に架かる橋。かつての市電の橋梁の痕跡はなし。京急から市電に移管された後、新設された停留場がこの辺りにありました。 ゴルフ場の南の小道と、大通りの間の駐車場になっているところが廃線跡だとか。枕木と思われるものがあちこちに。柵になっていたり、足元に落ちていたり。 入江崎駅があったのは、水処理センターの先。 カーブの途中、この辺りにありました。
2018年12月09日
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近鉄、楽天の元エースで大リーグ・マリナーズでも活躍した岩隈久志投手(37)が来季、巨人に所属することになった。巨人が6日、発表した。日米通算170勝を挙げている岩隈だが、右肩の故障もあり、17年は6試合のみ。同年9月に右肩の手術を受け、今季はマイナー契約からメジャー昇格を目指したが、果たせなかった。マリナーズからは戦力外通告を受けていた。古巣楽天もオファーを出したが、巨人を選んだ。何度も故障を乗り越えてきた岩隈だが、果たして再度復活なるか。__私見ですが、肩に不安があるため、屋外の仙台よりドーム球場を選んだということもあるかもしれません。もちろん金銭面、待遇、引退後は巨人の方が恵まれているのは言うまでもないことですが。同じ170勝の松坂も復活したし、200勝を目指してほしい。
2018年12月08日
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八千代高家政科の生徒と市内7店のパン屋が共同で開発したパン「やちパン」が販売中です(16日まで)。全20種類ありますが、何店か回って買って食べてみました。勝田台の「リヨンSUDAコッペ館」では12品ありますが、うち6点。右上から時計回りに「やっちーずポテトサラダパン」、「オレミドベーグル」、「オシャレデニッシュ」、「まるごとイチゴパン」、「キウイパラダイス」、「みそくるみパン」です。こちらは京成バラ園に併設の「石窯ベーカリーサンブレッタ」の「ぎっしりなしのデニッシュ」=写真右=、「くまパン」=写真中=、イオン緑が丘店パン工場の「ヒヨコパン」=写真左=です。 イオンパン工場のもう2品。宝箱パン=写真左=とアニマルちぎりパン=同右=。宝箱の中身はクッキー。ちぎりパンはいろんなシ味が楽しめます。
2018年12月07日
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京急大師線の廃線区間は、小島新田-塩浜の1.1km。小島新田旧駅の先は日本貨物鉄道川崎車両所と道路の間を進みます。敷地内の道路寄りの緑地帯がそれと思われます。塩浜緑地の案内板があります。 神奈川臨海鉄道千鳥線と交差する踏切。こちらの休止後に線路が敷かれたと思われます。その先、夜光交差点の先にある塩浜バス停。この辺りに塩浜駅がありました。 クレーン車などが置かれている駐車場が、塩浜駅だったところだそうです。川崎市電に譲渡した区間とここで乗り換えていました。
2018年12月06日
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京急電鉄大師線は現在は小島新田が終点ですがかつては3.5km先の桜本までの路線がありました。1945年開通、52年には塩浜-桜本2.3kmが川崎市電に譲渡されました。神奈川臨海鉄道塩浜操駅(現川崎貨物駅)開業に伴い塩浜ー小島新田1.1kmが廃止されたのは64年(正式廃止は70年)です。京急小島新田駅を降りると、目の前に臨海鉄道の線路が広がります。跨線橋を渡ると工場街を右にカーブしていく道路が見えます。まさに廃線跡です。廃線歩きはここから始めます。 小島新田駅は現在より300m先に旧駅がありました。工場の間、この辺りが小島新田旧駅と思われます。京急の境界標。摩耗してますが京急のKは見えます。 枕木を転用したと思われる柵。続く。
2018年12月05日
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元近鉄外野手の加藤正樹氏(53)が、社会人野球バイタルネット(新潟市)の監督に就任した。加藤氏はPL学園-早大から87年ドラフト外で近鉄入団。伝説の88.10.19にも2試合とも出場するなど1年目から1軍出場した。90年には92試合に出場するなど主に左翼手として活躍したが、95年限りで引退した。通算205試合、76安打、打率.249、本塁打4、打点30。引退後は近鉄の広報を務め、その後は梨田昌孝前楽天監督の個人事務所トゥルーマサの代表取締役を務めた。 梨田氏が日本ハム監督時に谷元圭介(現中日)をドラフト指名したことでバイタルネットと縁ができ、講演会の講師紹介などで関係を深めた。バイタルネットは都市対抗3回、日本選手権6度出場。初の外部&プロ経験者の招へいとなる。
2018年12月04日
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陸軍鉄道連隊演習鉄道習志野線で使われていたSLが津田沼にあります。新京成新津田沼駅前の津田沼一丁目公園にある「K2形 134号機」がそれです。ユネスコ村にあったものが寄贈されました。47両製作されて10両が満州など戦地に送られたという記録があるそうです。屋根付きで静態保存されていて状態は良さそうです。柵が邪魔で入れずに撮るのに苦労しました。 横から。説明もあります。 総武線の跨線橋を渡った先にある千葉工業大学のキャンパス。立派な赤レンガの門がありますが、これはかつて陸軍鉄道第二連隊兵営表門として使われていました。
2018年12月03日
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鉄道連隊の演習鉄道習志野線16.7kmはほとんどが道路に転用されています。京成大久保からJR津田沼にかけてはハミングロードという遊歩道が道路に並行して走っています。これが廃線跡です。大久保駅北口には説明板がありました。当時の写真部分を拡大。 北側の自動車道路側に木々が植えられ、内側が自転車道になっており、時折見られる緩いカーブが、鉄道の跡を想起させます。軌間は600mmですが、1067mmや1435mmのレールを並行して敷設したりしたそうです。 スーパー銭湯菜々の湯の横を過ぎ、だんだん総武線に近づいていきます。時折見られる花壇。枠組みが枕木の転用に見えます。確認はできませんが、大きさが枕木っぽい。鷺沼台に入り、遊歩道が尽きて一般道になっていきます。
2018年12月02日
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東筑波ユートピアの帰りに、「やさと温泉ゆりの郷」に立ち寄りました。単純弱放射能泉でラジウムを含んでいるこの地域には珍しい温泉。水がさらっとしているのはそのためかも。ジャグジー&バブルバスのある内風呂と露天の岩風呂でさっぱりした後、水風呂かと思って入った浴槽が25.1度の源泉風呂でした。ゆりの郷のネーミングですが、近くのフラワーパークが百合の名所だからです。
2018年12月01日
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