全30件 (30件中 1-30件目)
1

千葉・蘇我で29,30日に行われた「日本ローカルヒーロー祭」で日本中のヒーローと会ってきました。まずは、愛知県半田市の獣神ハンダーFOX。なぜか狐のヒーロー。島根県出雲市の神話舞隊カミアリージャーのリーダー、スサノオレッド。 岡山県笠岡市の源平異聞録超兵士応神。広島県宮島の鳥神ミヤジマックス。 東京都葛飾区の仮面の戦士ゼロング。緑がゼロングで金色がゼロング3号、青は相棒のスパーク。新潟県胎内市の流星戦士フラスター(左)と佐賀県の食育戦士G(ガバイ)ウマカバン。 大阪府泉佐野市の一生犬鳴!イヌナキン。ぶれちゃった…。北海道の4戦士。左から鳥戦士ミントリガー、砕氷船士ガリヤー、梟の戦騎カント、清里町のセイリュウジン。 千葉県流山市のゆるキャラ、ながれ~。今年はゆるキャラもいました。
2018年09月30日
コメント(0)
NHK朝ドラの「半分、青い。」が29日、最終回を迎えた。賛否両論、ネットでこれだけ話題になった朝ドラは過去になかったに違いない。まず脚本家の北川悦吏子女史がツイッターで情報を発信し続けたこと。「神回」連発の自己満足の宣伝に反発する視聴者もいた。放送後、掲示板などで炎上していたが、不人気あるいは平凡な内容のドラマでは、話題になることすらないわけだから、制作する側からしたら「してやったり」の展開だろう。さらに過去にいないタイプのヒロイン。朝ドラのヒロインといえば、品行方正、あるいはちょっとおっちょこちょいで愛きょうのあるタイプ。真面目に一つの物事を追い続け、歴史に残るような活躍をするのが定番であるが、鈴愛は違う。自己中心的なだけでなく人の厚意に甘えて他人を当てにし、気に入らないと暴言を吐く、都合が悪くなるとが片耳が不自由なせいにする、はっきり言っていやな女である。それなのに友達にはなぜか好かれ、周りがもり立ててくれる都合の良さ。ただ、鈴愛はなんでもストレートに突っ走る。漫画家も挫折、失恋、結婚、離婚、親の病気や会社の倒産、親友の死、子供のいじめと七転び八起きどころか七転八倒。実際の人生にも重なるものがある。さまざまな困難を乗り越えていく、猪突猛進タイプの鈴愛にすがすがしいものを感じていた視聴者も多かったはずだ。反対意見の割に高視聴率だったのは、そういうことなのかなと思っている。
2018年09月29日
コメント(0)

栗拾い・落花生掘りの後は、「美人の湯カーニバルヒルズ」でひと汗流しました。泉質ははナトリウム炭酸水素塩泉。いわゆる黒湯です。お湯がぬるっとしていて肌にいいと言われています。源泉名あ・うんの湯。ここで湧いてるのではなく、匝瑳市(旧八日市場市)米倉地区から運んでいます。米倉には温泉施設はなく、ここでしか入れません。源泉そのままだとナトリウムが強すぎ温度も高いので、加水しています。露天風呂の黒湯に泡が浮いていましたが、温泉成分で問題はないそうです。大人930円、子供410円。 土いじりの後なので、さっぱりしました。
2018年09月28日
コメント(0)

栗拾いの後は、落花生掘りもしました。1株120円で3株抜きました。植わってる落花生を引き抜きます。結構簡単にすぽんと抜けます。土を払って根の先についている実を泥を取って袋に詰めていきます。昨年、2回やっているので結構慣れています。思った以上に実が付いています。 結構採れました。収穫した落花生は、ゆで落花生にしてもらいました。これで半分です。 道の駅くりもと紅小町の郷は、旧栗源町にあります。カカシコンテストを実施中でした。ちびまる子ちゃんやトトロ、ドラえもんにゲゲゲの鬼太郎、いろいろありました。
2018年09月27日
コメント(0)

香取市の道の駅くりもと紅小町の郷で、栗拾いをしました。落ちているイガを足で踏んで中の実を拾うやり方でした。栗の木を揺さぶってイガを落とすのかと思っていました。トングと手袋は貸してもらうのですが、この日(16日)から栗拾いが始まったところで50人以上が押し寄せ、道の駅が用意した道具は足りなくなってしまいました。それでも何とか手袋1組だけはキープしました。ないと痛いし。家からトングを持ってくればよかった。来年の課題です。場所は道の駅から5分ほど歩いた栗園です。 木についたイガはまだ青々としています。当たり前か。熟すと茶色くなって落ちるということでしょう。栗畑に入ると、意外と栗は丈が低い木だと気づきました。 いっぱいイガが落ちています。ひっくり返して踏んでみます。中には実が3つ入っています。 穴が開いた栗は虫が食っているので捨てて、もらったビニール袋に入れました。1kgぐらい収穫したつもりが、量ってみたら700gでした。これで560円。安いのかな? 栗は妻が皮をむいて渋皮煮を作ってくれました。甘くておいしい♪
2018年09月26日
コメント(0)
元西鉄選手で、近鉄2軍監督などを務めた滝内弥瑞生(たきうち・やすお)さんが23日、死去。82歳。福岡・戸畑高から西鉄に入団。同い年の仰木彬(元近鉄監督)の控えながら内野のユーティリティープレーヤー、代走・守備要員として10年間プレーした。引退後は西鉄・西武のコーチの後、82年から近鉄のコーチになり、2軍守備走塁コーチ(82~84年)、1軍守備コーチ(85年)、1軍内野守備コーチ(86~88年)を歴任。89年からは仰木監督の下、92年まで4年間2軍監督を務めた。ご冥福をお祈りします。
2018年09月25日
コメント(0)

猫のはなは人懐っこい子です。まだ授乳期の親が恋しいころに捨てられたからでしょう。人間を見るとかまってほしくて寄ってきます。足にまとわりついてちょっと困るときもあります。布団が好きです。寝ていると潜り込んでくるので、くすぐったくて目が覚めてしまいます。 犬のパペットがお気に入りです。うちに来てからはや3週間。 本の上に乗ると、粗相するんじゃないかと心配になりますが、今のところ大丈夫です。 寝っ転がってゴロゴロ。
2018年09月24日
コメント(0)

松本駅で駅弁と一緒に買ったアイス。塩尻産のレタス味のアイスです。信州っぽいし変わってるので選びました。まあ、おいしかったです。ただ、レタスは水分が多いためか、水っぽくなってしまったのがちょっと残念でした。
2018年09月23日
コメント(0)

松本で買った駅弁は「山賊焼」。鶏の唐揚げが入っており、ご飯に染み込まないように仕切られていました。長芋の天ぷら、舞茸煮物、ワサビ漬け、ヤマゴボウ辛子味噌、あんずゼリーと信州っぽい食べ物が入っています。山賊焼きの語源は、鶏肉を揚げる→とりあげる→取り上げる→山賊という連想から、と言われています。 結構おいしかったです♪
2018年09月22日
コメント(0)

旅行の最後は、松本から13時02分のスーパーあずさ18号に乗車しました。E353系という新型特急です。昨年12月から運用を開始した新型車です。座席も快適。速度は速い!茅野から、小淵沢にも止まらず甲府、八王子と停車駅も少なかった。15時33分、新宿着。意図したわけではないけど、いい電車に乗れてよかった。
2018年09月21日
コメント(0)

浅間温泉まで来たので、日帰り温泉に立ち寄りました。湯々庵枇杷の湯は、松本城を建てた石川数正の湯殿として開かれ、400年以上を誇る老舗旅館でした。初代の湯守は数正の孫で戦で負傷した小口楽斎。代々小口家が湯を守りましたが、現在は日帰り専門の施設になっています。籠とか掛け軸とかいろいろ展示されています。建物も古くて雰囲気がありました。泉質は弱アルカリ性の単純温泉です。さっぱりしました。 町を散策。山の手使い湯で温泉を飲んでみました。ちょっと硫黄の匂いがします。(枇杷の湯の大浴場の浴槽でも飲めます)その先に浅間宿の跡。 1300年続くと言われる浅間温泉は、軽井沢の浅間山と間違われるので、「松本あさま温泉」と改称しました。約30軒の旅館と2軒の日帰り施設、3軒の共同浴場があります。写真は下浅間の温泉入り口の看板。
2018年09月20日
コメント(0)

松本電鉄浅間線の終点、浅間温泉駅跡は現在湯けむり公園になっています。64年の廃止後はバスターミナルでしたが、96年ごろ公園ができ、バスターミナルは2010年にはなくなりました。残りは住宅に分譲されました。市が建てた「チンチン電車(浅間線終点)駅跡」の記念碑はモノクロ写真入りで当時の様子がうかがえます。公園の案内板にも浅間線のことが書いてあります。 公園全体図。浅間温泉駅構内はもっと広かったはずです。そうここは敷地の端っこで、駅跡・バスターミナルは現在の浅間温泉バス停にかけての部分と思われます。
2018年09月19日
コメント(0)

松本電鉄には上高地線だけでなく、路面電車の浅間線がありました。松本の奥座敷、浅間温泉まで5.3kmの路線で、1964年(昭39)4月1日付で廃止になりました。並行するバス路線との競争に負けたのが原因です。現在は、ほぼ同じルートでバス路線が走っています。電車は日中は10分間隔、所要18分で結んでいました。(写真は終点・浅間温泉付近を走るバス)起点の松本駅前は、現在の駅前通りにありました。バスターミナルの11番線乗り場、ファミリーマートの前付近にありました。 バスで廃線跡をたどってみました。最初の停留場が国府町。国府町バス停付近にあったそうです。路面電車は東にまっすぐ道路上を進み、1.6km先の学校前で左折し、専用軌道を走っていました。現在はやまびこ道路と呼ばれるちょっと狭い道路になっています。清水、桜橋=写真=、元町、横田と同名のバス停付近に駅があったそうです。 松本第一高校バス停付近が運動場前駅跡です。浅間温泉入り口でバスを降り歩いてみました。 93年まではバス専用道が走っていました。現在では広い2車線道路に変わっています。中浅間には、93年まで木造の駅舎が残っていました。もっと早く来たかったな…。 鉄道跡らしく、道は右にゆるくカーブしています。その先、道路の突き当りの湯けむり公園のある所が、終点の浅間温泉駅跡です。 つづく
2018年09月18日
コメント(0)

猫のはな(♀、生後3週間)が我が家に来て1週間、だいぶ慣れてきたようです。シャンプーもしてきれいになり、先日はワクチンも打ってもらいました。検査では寄生虫などもおらず健康そのもの。この頃は、僕の寝ている布団に潜り込んでくるようになりました。うちに来て4日目のはな。 かごの上に乗っています。高い所が好きなのかな。
2018年09月17日
コメント(0)

松本電鉄(現アルピコ交通)の島々に向かう廃線跡。藪が深くなったので国道に出て、右から観察。国道158号からガーター橋跡がのぞいています。藪が深くて判別が難しいけれど、確かに廃止当時のものです。ちょっと角度を変えると見えません。草が枯れる冬ならもっと見えたかも。 この先の路盤は土砂崩れで被害を受け、今ある国道は新たに造られたものです。看板の右側に見える旧道が、当時の国道です。廃線跡は新国道に溶け込んでいます。島々駅跡の手前。廃線跡の石垣か。 島々駅跡。看板の「山麓島々館」は、当時からある駅前食堂でした。バスターミナルがあっただけの敷地があります。新島々に戻って、移築された島々駅の旧駅舎へ。保存されているのはありがたいです。
2018年09月16日
コメント(0)

アルピコ交通上高地線の終点、新島々からかつては1駅1.3km、島々までの路線がありました。廃線跡は、駅の先、引き込み線の車止めの先から始まります。その裏にはレールが残っています。83年9月28日の台風で土砂災害があり休止になり、85年元日付で正式に廃止されたのですが、島々は土地が狭く、バスターミナルの敷地に制限があったので、いずれは短縮されたかもしれません。数mでレールは途切れ、本格的な廃線跡が始まります。 緑に覆われた線路跡を歩いていきます。 さらに進むと砂利道になります。鉄道時代のバラスト、ではないようです。神社の参道を横切る廃線跡。 その先は藪が深くなり歩けないので、並行する国道158号に出ました。つづく
2018年09月15日
コメント(0)

終点の新島々に到着しました。20数年ぶり3回目です。上高地に行くバスは乗り換えです。登山客が降りていきます。アルピコ交通は松本から14.4kmを14駅30分、700円で結んでいます。 最初に松本から新村まで乗ったオレンジ&グレーの電車が反対側のホームに止まっていました。新島々の先、1.3kmの島々までかつてはレールがありました。83年の台風で土砂崩れがあり85年に廃止になっています。現在は約100mほど先までが留置線になっています。 新島々の駅前には、旧島々駅の駅舎が移築されています。では、廃線跡歩きに行ってみます。
2018年09月14日
コメント(0)

アルピコ交通のなぎさトレインの車内で見付けたハート形の吊り輪。ピンクでかわいいですね。2010年に静岡・伊豆箱根鉄道が始めた企画が全国に広まりました。恋人同士で吊り輪をつかむと結ばれるとか。アルピコ交通上高地線では、544個ある吊り輪のうちの1つがハートです。もっとも2両編成の電車が計4編成(全部で8両)しかないので、当たりやすいとは思います。
2018年09月13日
コメント(0)

アルピコ交通のイメージキャラクターが渕東なぎさです。沿線の渕東(えんどう)、渚両駅から取った名前。新村車両所見学の後、乗った8時55分の電車は「なぎさトレイン」でした。ヘッドマークを付け、側面に絵が描かれている電車です。新村駅に電車が入線してきました。 渕東なぎさのキャラクターは沿線のあちこちで見られました。勤務していることになっている新村駅で。これは、電車正面の窓になぎさ。 そして終点新島々の1駅手前、渕東駅です。
2018年09月12日
コメント(0)

上高地線のほぼ真ん中、新村(にいむら)で下車します。ここには新村車両所(車両基地)があります。廃車になった元東急の5000系電車。通称青ガエル。当時の色に塗り戻されています。車両所で静態保存されています。 古くなった木造の有蓋貨車。これは? ラッセル車だ。信州は雪が降るからね。電気機関車。 正面から。 わずか20分の滞在ですが、楽しめました。
2018年09月11日
コメント(0)

松本から2つ目が渚。渕東なぎさ(アルピコ交通イメージキャラクター)の名前の元になった駅です。駅名標にもキャラの絵が描かれてます。萌え系のキャラが人気のようです。待合室には「なぎさステーション」と書かれています。 なぎさトレインという側面に渕東なぎさの絵が描かれた電車と列車交換しました。下新(しもにい)、北新(きたにい)・松本大学前=写真=、新村(にいむら)と「にい」が付く駅が続きます。新しく開墾した土地だったのでしょうか。 車両基地(新村車両所)のある新村で途中下車します。週末パスなのでアルピコ交通内は乗り降り自由です。3000系電車を見送り駅の外に出ます。 17年に建て替わった新村の駅舎。旧駅舎にあった社章が側面に展示されていました。
2018年09月10日
コメント(0)

アルピコ交通上高地線は、松本-新島々(14.4km)を結ぶ電車です。11年に松本電鉄から改名しました。8時19分の電車が入線してきました。元京王井の頭線の3000系。かつて松本電鉄を走ったモハ10形と同じ、オレンジとグレーに塗り替えられています。20~30年前に2往復乗っていますが、アルピコになってから乗るのは初めてです。 松本行きの電車が到着し、すぐに新島々行きに折り返します。11年にアルピコに改名されたのに、駅名標は松本電鉄のままです。 早速、乗り込みます。市街地を抜け、最初の駅・西松本はすぐです。 つづく
2018年09月09日
コメント(0)

9月2日から、猫を飼い始めました。工場に子猫が捨てられており。妻がスーパーの買い物帰りに通りがかって引き取ることになりました。工場の人も世話の仕方も分からず仕事にならず困っていたとのことで、この子と縁があったのかなと思います。生後3週間ぐらい。体長20㎝、300g弱。キジトラ猫。僕は小学生のときにシャム猫(名前はペリー)を買ったことがありますが、妻は初めて。最初は自分でおしっこもできませんでした。写真は9月2日当日。ちっちゃい。 翌日には動物病院で健康診断とのみ取りをしてもらいました。最初はミルクを飲ませていましたが、離乳食もOKとのことで、食べ始めました。 トイレも1日ぐらいで覚えました。頭いいな~。名前は「はな」に決まりました。名前の由来ははなまるうどんです。
2018年09月08日
コメント(0)

池田鉄道の終点・北池田は、信濃池田から0.9km、ホーム2面が残っています。終点だけに大きな駅です。池田五丁目交差点の東、特養老人ホームの南。倉庫の裏で分かりづらかったです。池田鉄道は電車で、1日20往復で安曇追分までを14分で結んでいました。 ホーム上の廃屋は駅舎か? 反対側(信濃池田側)からも撮ってみました。 信濃鉄道(現大糸線)が高瀬川の対岸を走り、ルートから外れた池田町の住民の悲願の鉄道でしたが、世界恐慌の直撃で四十雀(始終空)と言われたガラガラ電車。電化されているのに、末期はガソリンカーに切り替えたほどです。37年に信濃鉄道は国鉄に買収されたのに、池田鉄道はその対象から外れたところで命運は尽きていました。北池田・信濃池田から、大糸線信濃松川までは2km弱。20分も歩けば着く距離です。やはり鉄道計画が無謀だったと言わざるを得ません。僕も信濃松川まで歩いて、大糸線に乗り、松本に戻りました。
2018年09月07日
コメント(0)

池田鉄道の本社があったのが、信濃池田です。南池田から北に0.9km。池田二丁目交差点から東に600mのところにホームや建物が残っています。ホーム上に蔵や、本社建物と呼ばれるものがあります。この角度が一番雰囲気があるかな。 説明板もあります。町が設置した記念碑。 道路を渡った先にあるコンクリートの塊。これもホームの一部か?
2018年09月06日
コメント(0)

柏木から先も池田鉄道は県道に沿って走っていました。古地図によると県道を横切り、東側へ。跡は全く残っていませんが、南池田駅の場所はすぐ分かりました。長いホームが残り、その上に3軒の民家が立っています。柏木から1km、ツルヤから東に入り、平林メンタルクリニックの北の角。ウィキペディアに南一丁目バス停付近と書いてあったけど、全然場所が違いました。完全に土台として溶け込んでいます。 どんな形であれ、ホームが残っていて、活用されているのはうれしい。次は0.9km先の信濃池田。南池田のすぐ北の道路。古地図によれば線路跡は途中で右にカーブしますが、この辺りは線路跡だったと思われます。
2018年09月05日
コメント(0)

池田鉄道の路盤跡は80年もたつと田んぼや住宅に吸収されて全く残っていません。しかし、池田町が設置した記念碑があり、駅の位置だけは分かります。安曇追分を出て最初の駅が1.5km先の十日市(とおかいち)です。痕跡は何もありません。記念碑は県道に沿ったところにありますが、駅の位置も記念碑とは微妙に違うそうです。池田町営バスのバス停および地名は十日市場に変わっています。駅跡よりちょっと追分寄り。 過去に訪問した人のブログなどによると、水路を渡る小さな橋台が複数箇所残っていたそうですが、今回、見つけられませんでした。池田鉄道は左に90度カーブし、県道51号の西側の道を北上します。回りは田んぼしか見えません。十日市から1.5km、2つ目の駅は会染(あいそめ)です。ハーブセンターの南300m。現在は民家になっています。隣家との境目にホームがちらりとのぞけます。 会染から1.1km、林中交差点の西、多目的センターの敷地内に柏木駅跡があります。痕跡は皆無。今用水路になっているあたりにホームがあったと言われています。
2018年09月04日
コメント(0)

大糸線の安曇追分駅から、対岸の池田町まで6.9kmの私鉄がありました。池田鉄道。大正15年開通、昭和13年にわずか12年で廃止になっています。80年前の鉄道に痕跡などあるのか?と思いますが、町が各駅跡に記念碑を設置して場所は特定できるし、ホームも数カ所に残っています。松本に来たついでに足を延ばしてみました。池田鉄道の駅舎は大糸線の北東にあったらしい。この辺に駅舎があったのか?駅の北には、コンクリートのホームの残骸があります。池田鉄道のものかは分かりませんが=写真中央に小さく写ってる。 拡大してみました。国鉄の貨物用のものだった可能性もあります。 古地図によれば、池田鉄道は安曇追分を出るとすぐ東に右折し、県道329号の北を進み高瀬川を渡ります。県道脇の側道(旧道)、この辺りか。高瀬橋は2000年まで、池田鉄道の橋梁の橋脚を再利用していました。残念ながら今は、少し南の新高瀬橋に切り替わっています。 旧橋が架かっていた辺りにあるコンクリートの残骸。池田鉄道のものかは不明。
2018年09月03日
コメント(0)

行きの特急あずさの中では、新宿駅で買った「新宿弁当」を食べました。甲州、信州の名物をふんだんに使っています。中央線の古い地図の表紙もいい。内藤唐辛子使用原木採りの椎茸煮、信州野沢菜炒め、信州りんごだれ使用炭火焼肉、甲州名物ソースかつ、かまぼこ、八ヶ岳高原卵焼き、甲州煮(里芋・人参・レンコン)、巨峰寒天餅、安養寺味噌使用鮭の味噌焼き、甲州小梅のごはん。中身はこんな感じ。内藤唐辛子は新宿・内藤町で栽培されていた江戸野菜。安養寺味噌は信州味噌の原点といわれる味噌です。 おいしかった♪
2018年09月02日
コメント(0)

9月1、2日、鉄道研究会のOB会の合宿で松本に行きました。新宿発9時ちょうどのあずさ9号に乗車。八王子から甲府までノンストップかと思えば、小淵沢から先は富士見や下諏訪にも止まり、11時56分に松本に着きました。天気が心配だったけど、八ヶ岳も見えて(雲がかかっていたけど)快適な旅でした。今回は週末パスを利用。土日2日間、JR東日本や私鉄も乗れる優れもの。8730円。前日までに購入が必要。松本駅の駅名標。立派な木製で旧字に、歴史を感じます。 駅前の湧き水は「深志の湧水」。水がきれいな松本は、市内のあちこちに水が湧いています。おいしい。銅像は「播隆上人」。槍ヶ岳を開山した登山家。江戸中期の人。やはり松本、山登りのリュックをしょった登山客が目立ちます。 大糸線に乗り換えて33分、安曇追分で降りました。
2018年09月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1
