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伊豆箱根鉄道修善寺駅で名物駅弁「武士のあじ寿司」を買いました。伊豆近海の地アジを酢で締めショウガを刻んで乗せたもの。桜の葉がご飯との間にあります。アジが不漁だった日には作れないとのことで、この日、手に入ったのは運が良かった。米は静岡産のコシヒカリ、伊豆松崎産の桜葉漬け、天城のワサビと地元産の食材を使っっているのが良いですね。2つ買って、宿で夕飯の一部になりました。アジがやはりおいしかった。
2018年03月31日
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修善寺温泉の共同浴場「筥湯(はこゆ)」。かつて河原沿いに外湯が7つあった修善寺温泉ですが、現在は独鈷の湯のみ。そこで2000年に筥湯が造られました。12mの望楼に特徴があります。将軍源頼家が入った風呂がこの辺りだったともいわれます。泉質はアルカリ性単純温泉。350円払って入湯すると、ヒノキ造りの浴槽が。備え付けの石鹸がないので50円で購入。汗を流してゆったりできました。町営駐車場の駐車券を出したら、駐車代が無料になったのがうれしかった。
2018年03月30日
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修禅寺で1204年、殺された鎌倉幕府2代将軍源頼家の墓は、桂川を挟んで寺の対岸にあります。妻の実家比企氏と北条氏の権力争いに巻き込まれて23歳の若さで亡くなりました。母・北条政子が建てた指月殿があります。伊豆で最古の木造建築ということです。隙間から本尊の釈迦如来像がちらりと見えます。頼家は決して無能な将軍ではなく武芸に秀でていたため隙がなく、入浴中という無防備なところを狙って殺されたのでした。合掌。
2018年03月29日
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修善寺の温泉街を流れる桂川の河原にある「独鈷(とっこ)の湯」。修禅寺の開祖空海が仏具の独鈷で岩を突くと湧きだしたとの伝説がある伊豆最古の温泉です。現在は入浴することはできませんが、足湯として漬かることはできます。漬かったけれど、ゴミが浮いていてあまりきれいじゃなかった。川端に河原の湯ができていて足湯にはそちらがお薦めです。20年前ぐらいに来たときは、入浴できたような気がするけれど…。
2018年03月28日
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伊豆市旧修善寺町にある修禅寺は鎌倉幕府2代将軍・源頼家が幽閉され暗殺された場所として知られています。807年空海創建の真言宗の寺も鎌倉時代に臨済宗、室町時代北条早雲の庇護のもと曹洞宗に変わり、禅寺のため地名の修善寺と違う修禅寺になりました。頼家だけでなく頼朝の弟の範頼もこの寺で殺されて墓もあります。山門の階段を上ってお参りします。 境内の桜はソメイヨシノではなくて修善寺寒桜という種類です。寒緋桜と大島桜の雑種といわれています。
2018年03月27日
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三嶋大社で買った縁起物の「福太郎餅」。12個入りで950円。こしあんでくるんだ草餅です。宿で食べたらよもぎの香りが強くなかなか美味でした。生ものなので賞味期限は4日ですが、子供が気に入って次の碑には全部食べ切りました。もち米、小豆も厳選したものです。境内には福太郎茶屋があり、2個200円お茶付きで出しているので、休憩してみても良かったかも。
2018年03月26日
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3月25日から4連休で伊豆旅行へ。最初に訪れたのが三島市の三嶋大社。参道脇の神池を覆うように咲く桜は5分咲きで、天気も良く市街地のため多くの人でにぎわっていました。 伊豆一宮であり、源頼朝が戦勝祈願もしました。頼朝・雅子の腰掛石なども境内にあります。露店も多数出ていて子供の目の色が変わりました。まずはお参りします。 総門。神門。 神馬舎。この古木はキンモクセイ。樹齢1200年とと伝わります。 舞殿。神楽が奉納されます。そして本殿に到着。 結構人が並んでいますが、それほど並ばずにお参りできました。縁起物の福太郎餅を買いました。子供は露店の揚げたてのポテトに満足そうでした。大鳥居を道の反対側からパチリ。伊豆旅行の最初にスムーズにお参りできてよかった。
2018年03月25日
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空海と白楽天が30年前の楊貴妃の死の真相に迫る。夢枕獏原作で化け猫や妖術が出て来たり歴史ものというよりファンタジー要素が強いがまずまず面白かった。唐・長安の町の再現が凄い。町並みの迫力も圧巻だが、極楽の宴の絢爛豪華さにはため息が出る。楊貴妃役は台湾とフランスのハーフの女優。楊貴妃は西方異民族の血を引くらしいが、ちょっと違和感があった。ただ、中央アジア系ということは、漢民族に比べて彫りが深い顔立ちだったのかもしれないので、これだけのインパクトが必要かなとも思う。☆☆☆☆
2018年03月24日
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旧安房国には一宮が2つあります。洲崎(すのさき)神社と安房神社、いずれも館山市にあります。まずは洲崎神社へ。石橋山で敗れた源頼朝がこの地に逃れ再起を期したとか。参拝するには148段の急な階段を上らないといけません。厄祓坂と呼ばれます。随身門をくぐり、足が痛くなるのを耐えてようやく上り終えました。ずいぶん上ったものです。見下ろすと大海原が見えます。 富士山を拝むスポットもあります。この日は見えませんでしたが。拝殿に参拝。頼朝の崇敬を集めて千葉氏、上総氏を味方につける願いがかなったため神田を寄進したりしています。その後征夷大将軍になったわけで、神社が民衆の支持を得たのも当然でしょう。境内には子宝蘇鉄という木もあります。触ると子宝に恵まれるとか。 安房神社の方にも参拝。明治以降こちらが一宮になっています。金運アップの御利益があるとか。神社の前には大きな池。桜の木もあり春先が人気なようです。 御神木も。槇の木です。館山まで来たのでいちご狩りもしました。
2018年03月23日
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千葉県袖ケ浦市の「ホワイトガウラーメン」。東京ドイツ村で食べました。酪農が盛んなため特産の牛乳をたっぷり使用したもの。牛乳の味や匂いはしなかったもののスープにコクがあって独特の味でした。ショウガで牛乳の癖を消し、クリームチーズでまろやかにしているそうです。名前は袖ケ浦市のマスコット「ガウラ」に由来するとか。ドイツ村は、菜の花が見ごろでした。
2018年03月22日
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香取市(旧佐原市)は夏秋の祭りが有名ですが、春は雛祭りがあります。3月10日、市街地の小野川に、きらびやかな鄙衣装に身を包んだ一行が現れました。お内裏様・お雛様を先頭に、五人囃子、三人官女、稚児さんたち。7隻の小舟は古い町並みを背に、ゆっくりと川を下っていき、しばらくしてまた戻ってきました。この日は1日3回、雛祭り舟の運航がありました。歴史のある町並みが残っているので、水上パレードは映えると思います。五人囃子というか、7人ぐらいいます。 女性の着物がカラフル。
2018年03月21日
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フラワーアーティストの假屋崎省吾さんの個展のチケットをもらったので行ってきました。場所は日本橋三越で5日までの開催でした。訪問は1日。華道歴35年だそうです。会場には假屋崎さんご本人もいて買った造花のケースにサインをいただきました。会場に入ると大きな松の木のオブジェに圧倒されました。カラフルな花が連続します。生け花というよりも結構大きいサイズのアートです。レンギョウ。 コブシ。春らしい鮮やかな木々。 当日ご本人がいけた花たち。
2018年03月20日
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今回鹿児島に行ったのは、ANAのマイルがたまって、無料で往復できたためでした。残念ながら期限も近く沖縄に行けるほどはたまってなかったので行きは福岡、帰りは鹿児島からになりました。それでも九州新幹線も乗ったし、17年ぶりの九州を堪能できました。宿は中央駅前や天文館でなく鹿児島駅や桜島に渡る港の近くです。実は、宿に忘れ物をしたのですが、郵送してもらい助かりました。宿から眺める桜島の朝です。朝食バイキング。さつま揚げなど郷土食の強いものをしっかり食べました。 飛行機の座席には、「スター・ウォーズ」のR2-D2が。キャンペーン中でした。
2018年03月19日
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3月18日、誕生日を迎えて50歳になりました。論語では、知命(ちめい)の年。天命を知る。天命は子供を育てることかな。不惑の40歳では惑いまくっていたけれど、多少は落ち着きが出てきたかな、と思います。健康に留意して50代を乗り切りたいと思います。子供のころ、50歳って相当年寄りと思っていたけど、そんなことはない。今の時代まだまだ若い。これからです。
2018年03月18日
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かごしま黒豚を使った黒豚とんかつ。鹿児島中央駅構内のえきマチ1丁目・ぐるめ横丁の「大山」で食べました。ヒレ定食(1550円)。豚味噌をご飯に付けキャベツには柚子レモンのドレッシングをかけます。草餅までついています。肉の味は文句なしにおいしい!鹿児島産の豚が全部黒豚なのではなく、純粋バークシャー種である、などの基準があります。違う肉を食べても分かんないでしょうけどね。帰京前の最後の食事を堪能しました。できればしゃぶしゃぶも食べたかったな。
2018年03月17日
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鹿児島中央駅の駅ビルのアミュプラザ屋上に立つ観覧車「アミュラン」。話のタネに乗ってみることにしました。500円払って乗るとちょうどシースルーのゴンドラでした。直径60m、最大高91m、14分30秒で1周します。鹿児島市内が一望できます。若き薩摩の群像、甲突川、大久保像、先ほど訪れた維新ふるさと館に大河ドラマ館などが見えてきます。桜島がだんだん大きく見えてきます。 市電の電停もどんどん小さくなります。反対側の車窓には新幹線の中央駅。トンネルからまっすぐ線路が続いているのが分かります。西郷武屋敷は線路沿いの公園です。 頂上を過ぎると前日行った城山が見えます。シースルーといってもあまり怖いこともなく、なかなか面白いものでした。
2018年03月16日
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鹿児島中央駅の西にある武屋敷は1873年、明治政府を辞した西郷が鹿児島に帰ってから西南戦争が起きるまでの4年間を過ごしたところです。新幹線沿いにある西郷公園内には西郷と菅実秀が対話している像があります。出羽庄内藩の家老で号は臥牛。戊辰戦争後の処理が西郷のおかげで寛大だったことを知り、西郷に師事し鹿児島の政策を学びました。「南洲翁遺訓」を刊行しました。 宅地跡は公園で、西郷が使ったという当時の井戸が残っています。
2018年03月15日
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甲突川をさらに下ると、NHK大河「西郷どん」の大河ドラマ館が、市電新屋敷電停前にあります。役者のサインや鹿児島県内ロケ時のメーキングのシアター、セットの再現などがあります。出演者の大型パネルと一緒に写真を撮りました。主役の西郷隆盛(鈴木亮平)、大久保利通(瑛太)、西郷の3人目の妻となる糸(黒木華)の3人です。スタッフさんに撮ってもらいました。 他には斉彬(渡辺謙)と篤姫(北川景子)もいました。西郷家のセットです。ドラマでは大久保家と隣同士ですが実際は150mぐらい離れていたそうです。 御前相撲の時の斉彬と篤姫の衣装とのこと。お土産コーナーで会社へのお菓子など買って帰りました。
2018年03月14日
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鹿児島市中心部を流れる甲突川沿いは、維新ふるさとの道として整備されています。西郷や大久保の生家跡や住居跡が点在しています。維新ふるさと館から下った道路沿いに西郷隆盛誕生地(1827年)の碑が建てられました。川の対岸にある西郷南洲翁宅地跡は、1855~69年ごろ住んだ宅地跡です。 維新ふるさと館の南に二つ家民家が復元されています。二つの家がつながったような形態。当時の下級武士のうちはこんな感じだったようです。
2018年03月13日
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鹿児島市維新ふるさと館は大河ドラマ「西郷どん」に合わせ1月にリニューアルオープンしたばかり。「維新への道」「薩摩スチューデント、西へ」の2本のドラマが交互に上映されています。西郷、大久保、勝海舟、坂本龍馬ら維新の英傑のロボットがリアルに動き、映像を絡めて実に見応えがありました。維新クイズコーナーや郷中教育について学べるコーナーなど盛りだくさんの内容でした。08年のNHK大河ドラマ「篤姫」のコーナーもあり、主演の篤姫(宮﨑あおい)の着た衣装や、 皇女和宮(堀北真希)の着た衣装もありました。昇平丸は、幕末に薩摩藩が建造した洋式軍艦です。模型がありました。 維新を学ぶコーナーには、西郷の肖像画がずらり。大久保のものもありました。
2018年03月12日
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32年ぶりに鹿児島市電に乗りました。4路線13.1km。一度全線に乗っているので、今回乗りつぶしはしませんが観光で移動する際に何度か利用しました。中心部の天文館通では1分間隔で電車が来るので便利です。85年に2路線が廃止されましたが残りの路線は健在で市民の足として定着しています。運転は2系統あり、鹿児島中央駅前を通るのは2系統です。写真は中央駅前電停。1系統は鹿児島駅前-天文館通-高見馬場-武之橋-郡元-谷山で、2系統は鹿児島駅前-天文館通-高見馬場-鹿児島中央駅前-郡元です。運賃は170円でした。乗り換えたり区間が長くなると値段が上がります。88~92年にセンターポール化されて、軌道敷が緑化されました。僕が乗ったのは86年3月だから、見違えるほど近代化されました。 写真は市内中心部、天文館通です。一つ先のいづろ通。 レトロな車両からユートラムと呼ばれる新しい車両。鹿児島市電の車両は色とりどりで目移りします。
2018年03月11日
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繁華街天文館の土産物売り場でいろいろ買いました。げたんはは煎餅のようなものかと思って買ったら、甘くて黒棒のような味でした。かるかん饅頭は餡はいいけど皮がぱさぱさしていてあんまり好きじゃなかった。黒豚味噌、きびなごつくだ煮、鮭腹皮、サバ節、さつま黒鶏。帰宅してお酒のおつまみにしました。どれもよかったです。鹿児島はいろいろ魚が捕れるようです。 鹿児島といったらこれ。中央駅の土産物売り場で買ったさつま揚げのセット。ちょっと食べた後ですけど…。野菜入り、チーズ委入り、いろいろ種類も豊富です。
2018年03月10日
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活火山の桜島が錦江湾の向こうに見える鹿児島市内には、あちこちに温泉が湧いています。それぞれ泉質も違います。宿は温泉を引いてなかったので、近くの温泉銭湯へ。一律390円です。かごっま温泉は市役所に近い町中にあり、朝8時から深夜0時までやってます。泉質は塩化物泉。広い浴槽に暑いい風呂で芯まで温まりました。薬湯、低周波電気風呂、サウナ、冷水風呂などありました。演歌が流れるレトロな温泉でした。
2018年03月09日
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鹿児島発のスイーツとして有名になったかき氷白くま。発祥の店、天文館の「むじゃき」に行ってきました。レギュラー(720円)はなんと750mⅼもあります。練乳をたっぷりかけフルーツをいっぱい盛り、干しブドウを熊の目に見立てています。甘い、冷たい、うまい!中身はチェリー、みかん、寒天、バナナ、パイン、桃などです。完食したけど、ラーメンを食べた後だったのでちょっとつらかった。半分のサイズもあります。アジもオーソドックスな白くまだけじゃなく、チョコレート味、ストロベリー味、プリン、ヨーグルト、抹茶、コーヒーなどなど。 むじゃきのあるビルは地下、1、2、4階がお店でどこでも白くまが食べられます。入り口には大きな白熊の人形が迎えてくれます。
2018年03月08日
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夕飯は市内随一の繁華街・天文館に出て、ラーメン屋へ。鹿児島ラーメンの老舗「こむらさき」に行きました。熊本にも同名の店がありますが無関係でこちらの方が創業昭和25年と古いです。キャベツがたっぷり細かく刻んだチャーシューがびっしり乗っています。かん水を使わないヘルシーラーメンだとか。スープは豚骨スープ。しつこくなく飲みやすかった。駅でもらったガイドブックの割引券(50円引き)を使って値段は900円。ちょっと高めかな。体が温まる~。満腹満腹。
2018年03月07日
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維新の英雄を多数輩出した鹿児島には、銅像がいっぱいあります。鹿児島中央駅前にあるのが「若き薩摩の群像」。高さ12.1mに15人の青年留学生、英国使節3人、通訳1人の19人の像です。若き日の五代友厚もメンバーにいます。甲突川のたもとには、大久保利通像が。1979年建立。西郷に比べて不人気の維新の英雄ですが為政者として明治政府の基礎を作った傑物です。盟友西郷を裏切った印象で人気がないのかもしれません。 島津久光像は兄・斉彬像の近くの公園にあります。夜だったので暗いです。斉彬亡き後、実質的な薩摩のトップでした。西郷とは折り合いが悪く、離島を命じたりしています。当主は久光の息子の忠義で、忠義の像も同じ公園にありました。
2018年03月06日
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城山から下りて照国(てるくに)神社に参拝しました。夜だったので翌朝再度お参りしました。幕末の薩摩藩主島津斉彬をまつっています。大通りに面した大鳥居をくぐって境内へ。横に大きく鳥が羽を広げたような木は斉鶴と呼ばれ木の種類はイヌマキです。 神門の奥が拝殿です。しっかりお参りしました。斉彬の銅像もあります。西洋事情に通じた英明な藩主で、西郷隆盛を抜てきしました。明治維新を待たず1858年に亡くなったのが残念でなりません。
2018年03月05日
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城山を下って、すでに日没ですが、西郷隆盛の銅像まで行ってみました。東京・上野の犬を連れた西郷さんとは違って、りりしく陸軍の軍服を着ています。昭和12年、安藤照の制作で高さ8m。安藤照は忠犬ハチ公の像も作った人です。ライトアップされています。翌日再び同じ場所に行って、道路の反対側の公園から自分を入れて撮ってみました。セルフタイマー用のスタンドがありました。
2018年03月04日
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鶴丸城側からでなく、南洲洞窟のある裏側(北側)から城山に登ります。標高107m。車道で緩やかな道だったけど、20分ほどかかりました。ようやく頂上。展望台からは市街地を一望でき、海の奥には桜島が見えます。絶景。桜島には32年前に渡っています。今回は残念ながら行けません。島津斉彬公をまつる照国神社や、市街中心部の天文館が見えます。 港を出ていく船も見えました。
2018年03月03日
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城山の北東、鹿児島本線沿いに西郷隆盛終焉の地があります。今は石碑が残るだけです。西南戦争に敗れた西郷隆盛は、明治10年9月24日未明の最後の攻撃で、腰と太腿に銃弾を受け別府晋介の介錯でこの地で自刃しました。その先、線路沿いに西に進むと「南洲翁洞窟」があります。西郷が最後の5日間を過ごしたのがこの洞窟とされています。穴は2つあります。この狭い穴に何人がこもったのでしょうか。 結構狭そう。その先の土産物店の裏に西郷像があり、裏に洞窟がありますが、こちらの穴ではありません。
2018年03月02日
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鹿児島のお城は別名鶴丸城。居館式で天守閣はなく背後に城山が控える平山城。西南戦争前の明治6(1873)年に本丸は火事で消失しています。それでも石垣や堀は残っていて島津家の力、城の規模を感じさせます。32年ぶりの訪問。市電の停留所からは山側に10分ほど歩きました。 篤姫像は本丸跡にあります。2010年建立。08年の大河ドラマ「篤姫」があって触発されたのでしょうか。私学校跡の石垣には銃弾の跡が残り、西南戦争の激しさを物語ります。城山に登る麓にある「薩摩義士碑」は西南戦争とは関係なく、1753年、幕府の命で木曽三川の工事に薩摩藩が駆り出され80人以上の犠牲者を出し、その人たちをまつっているそうです。その時の縁で今でも岐阜県と鹿児島県は交流があるとか。
2018年03月01日
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