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今回借りた7冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、皮肉も含めて「クールジャパン」でしょうか。<市立図書館>・版画のジャポニスム・神戸市街地定点撮影・ワーキングプア 日本を蝕む病・The Constant Gardener・電子書籍の正体<大学図書館>・版画入門・日本流図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【版画のジャポニスム】コルタ・アイヴス著、木魂社、1988年刊<内容説明>より事実上、19世紀後半のフランスにおけるすべての画家は、浮世絵の思想を蒙ったのである。画家の想像力を解放し、世俗的な主題に光をあてた運動としてのフランス印象派と後期印象派に対する考察を進めていくと、19世紀のフランスの版画家と浮世絵師との深い関係が明らかになる。浮世絵師もまた彼らより一世紀早く、同じ目標に向かって苦闘していたのである。<読む前の大使寸評>ロートレックのポスターには、浮世絵のテイストが顕著であり、ゴッホは浮世絵を模写したりしていますね。また、村上隆の提唱するスーパーフラットの原型が当時のジャポニスムにも感じられます。言ってみれば、当時は第一次「クールジャパン」のような感があるのです。aishoren版画のジャポニスム【神戸市街地定点撮影】ムック、毎日新聞社、2001年刊<「MARC」データベース>より1995年1月17日神戸を襲った大地震と火災、あれから7年、街は大きくも小さくも動き続けていた。しかし「復興」には優先があり、その進行に格差が生まれた。400枚の写真が語る、変容し続ける神戸の街の記録。<大使寸評>阪神大地震から7年間の定点観測であるが、それでも東北大震災と比べたら早い復興であった。amazon神戸市街地定点撮影【ワーキングプア 日本を蝕む病】日本放送協会、ポプラ社、2007年刊<「BOOK」データベース>よりマンガ喫茶を住処とする若者、衰退する地方都市、睡眠時間四時間のシングルマザー、死ぬまで働かざるをえない老人、貧しさを受け継ぐ子どもたち…。明日は我が身の“ワーキングプア”とは。【目次】1 「貧困」の闇が広がる日本/2 ホームレス化する若者/3 崩壊寸前の地方/4 夢を奪われた女性/5 グローバル化の波にさらわれる中小企業/6 死ぬまで働かざるをえない老人/7 荒廃を背負う子ども/8 現実に向き合う時<読む前の大使寸評>富める者を優先して経済を牽引しようとするアベノミクスであるが、一方で格差は広がる経済政策である。「ワーキングプア」という言葉が生まれた7年前と比較して、格差は是正されてきただろうか?rakutenワーキングプア 日本を蝕む病ワーキングプア 日本を蝕む病byドングリ【The Constant Gardener】ジョン・ル・カレ著、POCKET BOOKS、2001年刊<商品説明>よりイギリス人外交官ジャスティン・クウェイルの趣味はガーデニング。自己流のフリージア栽培に凝り、暇さえあれば、ナイロビにある自宅の庭園で過ごしている。それに、かなり年下の魅力的な妻、テッサを溺愛する夫でもある。一方、テッサはジャスティンとは正反対。社会改革を熱烈に望み、「この世で一番珍しいもの、つまり正義を信じる弁護士」として働いている。その活躍ぶりは、「アフリカ貧者のダイアナ妃」の異名をとるほどだ。しかしそのテッサが、こっそり訪れていた人里離れたケニアのトゥルカナ湖で、死体となって発見される。衣服をはぎ取られ、レイプされて。旅の同行者である、コンゴ系ベルギー人のハンサムな医師、アーノルド・ブルームの姿は消えていた。と同時に、クウェイルの、のんびりした生活も消し去られたのである。 <読む前の大使寸評>映画『ナイロビの蜂』の原作The Constant Gardenerということで、借りたが・・・読破はいつになるやら?AmazonThe Constant Gardener【電子書籍の正体】ムック、宝島社、2010年刊<内容紹介>より「電子書籍は儲かる」は幻想だった!! iPadやキンドルは成功するメディアの例にあてはまらなかった!! 本書では、電子書籍がビジネスとして儲からない実情を伝え、アップル社に踊らされているマスコミ業界に警鐘をならしつつ、電子書籍ビジネスに興味あるビジネスマンが、「儲からないことを悟る」一冊。電子書籍ビジネスの業界地図やカラクリ、すでに著者として電子書籍を出した宮部みゆき氏や『もしドラ』の岩崎夏海氏による電子版の弱点も収録。既存メディアの優位性と電子書籍市場の魅力のなさを繙く一冊です。 <読む前の大使寸評>4年前のムックであるが、相変わらず日本型プラットフォームのシェアは進展なしで、アメリカの2強が荒稼ぎしている状況である。amazon電子書籍の正体電子書籍の正体byドングリ【版画入門 (カラーブックス 147)】徳力富吉郎著、保育社、1968年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>浮世絵、ジャポニスムというジャンルに踏み込んだ大使は、その勢いでこの本を借りたわけです。amazon版画入門【日本流】松岡正剛著、筑摩書房、2009年刊<「BOOK」データベース>より我々の周りにあり、また失われつつある日本的なもの。著者はそれを「日本流」と定義した。本書では万葉仮名、着物、庭園、絵画等を豊富な図版とともに紹介。それらのなかにスサビという方法論を見出し、泉鏡花、イサム・ノグチ、ワダエミなど、モノの真髄を掴み、革新的な仕事をした人々に着目。文化やその伝承が個々の才の集積であることを説く。また忘れかけた日本の滋味とも言える哀調を、野口雨情をはじめとする大正時代の童謡に探る。現代にも伏流としてある多様で一途な日本の姿が現れる一冊。日本文化について斬新な提言を続ける著者の歩みは、この書から始まった。 <読む前の大使寸評>クールジャパンを語るうえで、薀蓄の鬼のような松岡正剛を外すわけにはいかないだろう。巻末で田中優子さんが解説を述べているが、なかなかの本なのかも。amazon日本流クールジャパンと日本流byドングリ最近は百家争鳴のようなクールジャパンであるが・・・・お役所主導の縄張り争いのような、経済優先の薄っぺらの文化政策は、叩きがいがあるんでしょうね。*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き55図書館大好き(目録)
2014.02.28
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28日で、右足受傷後の3ヶ月目にあたるが・・・歩行中の痛みがまだ残っているのが、辛いところです。受傷直後に全治1ヶ月という個人的見立てをたてたわけだが、全治約3ヶ月とは、その見立てが甘かったわけですね。だいたい3ヶ月のブランクがあれば、復活にはほぼ同じ3ヶ月必用なわけで、レース復帰は5月末となりました。年間エントリー計画を次のように見直ししました。・5/25 浜坂麒麟獅子ハーフ(2/27エントリー済み)・6月~9月:ハーフまたは10Kを1レース・9/28頃 大阪30K・11/3頃 淀川ハーフ・11/17頃 神戸マラソン(または11/24頃の瀬戸内タートルマラソン)・12/15頃 三田ハーフ麒麟獅子マラソン前回の甘いもくろみは、全治1ヶ月で復帰にしたためています(汗)
2014.02.27
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NHK会長就任の際、日付けを抜いた辞表を理事全員に出させたとされる籾井会長には驚きましたね・・・これこそパワハラというものです。朝日の報道を見てみましょう。2/26NHK会長、深まる孤立 辞表提出の有無「答弁控えて」 理事ら、籾井氏要望拒むより 理事全員の辞表を預かっていることについて、籾井氏は今月21日の衆院総務委員会で、近藤昭一氏(民主)からの度重なる質問に「人事については控えさせて頂きたい」などと答弁、回答をあくまでも避けた。だが、24日夜までにNHK側に通告があり、25日の衆院総務委に理事全員が参考人として招かれることになった。 25日早朝、籾井会長と理事たちは都内の放送関連施設に集まり、答弁内容の打ち合わせをした。午前に開かれる衆院総務委では、理事全員に、籾井会長に辞表を提出させられたかどうかが質問される予定だった。 理事からは「国会では本当のことを言うべきだ」「ウソはつけない」などの意見が相次いだ。「人事案件であり、言うべきでない」と反対したのは1人だけだった。 籾井氏は「事実を話さざるをえない」との認識を示しつつも「おれに合わせて欲しい」といった趣旨の発言をした。理事から、会長と理事の立場は違うと意見も出て、大勢は決まった。■「部下と敵対的」 過去のNHK会長では、福地茂雄氏も就任時に理事らに要請し、辞表を集めたとされる。ただ現在とは、NHKが置かれた状況は大きく異なっていた。「当時はインサイダー疑惑などの不祥事が続き、視聴者による受信料不払いが懸念されていた。福地氏が辞表を集めたのには、『役員みんなに経営責任がある』という意味があった」(NHK関係者)これだけお騒がせしても新会長の座に居座りたいのか・・・分からん人やで。相当な野心家のようだが、これで行けると踏んだ認識が世の常識から相当に外れているわけです。いったい、どういう出自からこんな人物が生まれたのでしょうね?NHK新会長の擁立劇を見てみると・・・三井物産の副社長だったそうだが、三井物産の企業風土が悪かったのか?それとも籾井氏の育ち方が悪かったのか?企業の副社長まで登りつめるには、大なり小なりこういう強引な資質が必要なのかもしれないが・・・常識外れにならないだけのバランス感覚も必要なんだけどね。おっと忘れてならないのは・・・籾井氏をメディアのトップに推した、首相ブレーンたちの認識が相当に低レベルだったということです。
2014.02.26
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WinXPのサポートが4月9日に終了するそうで、大使もそろそろ浮き足立ってくるのです(笑)大使が愛用するマシンはWinXPのネットブックであるが・・・こんな安物マシンはWin8ソフト換装に耐えられないのが辛いところです。Win8マシンに買換えするのがいいのだろうが、いっそのことタブレットにする手があるな~。大使の場合、情報端末の更新については次のような多元方程式を解くような悩ましさがあるのです(汗)・Win8.1パソコンとタブレットのどれにするか・タブレットにする場合、スマホはあきらめる。・タブレットでは、どの機種にするか・セキュリティに注意しながらWinXPパソコンを使い続けるとどれだけ危険なのか?ということで・・・朝日デジタルの最新情報を見ながら、あれこれ思案しているところです。2/22(てくの生活入門)タブレット最新事情より■国内外で新型機種が続々登場 家電量販店の店頭では、昨年後半からタブレット型多機能端末売り場の存在感が増しつつあります。これは、各メーカーがこぞってタブレットのウエートを高めているためです。そして今年は、これまで以上に注目を集めることになるでしょう。時代の流れに乗り遅れないためにも、最新事情を確認しておきましょう。 家庭におけるIT機器の筆頭と言えば、かつてはパソコンでした。しかしタブレットの代名詞とも言える、アップルの初代iPad(アイパッド)が2010年に発売されて以降、流れは変わりつつあります。 パソコンの出荷台数が減り続ける一方、タブレットは右肩上がりで、今年中には両者の出荷台数が並ぶという試算もあるほどです。 それに合わせて、製品のバリエーションも増えてきました。 大別すると、iPad、グーグルのアンドロイドOS採用タブレット、アマゾンが独自展開するKindle Fire(キンドルファイア)シリーズ、マイクロソフトのウィンドウズタブレットの4パターンがあり、それぞれに画面サイズや記憶容量の異なる製品を展開し、価格にも幅があります。 iPadは、ハードとOSに加え、アプリや音楽、映画、電子書籍といった利用コンテンツ、クラウドサービスまでをアップル1社で管理しているのが特徴です。必要な機能がまとめて提供され、手軽に利用できるため、特にタブレット初心者にとっての使い勝手は一番と言っていいでしょう。 製品の種類が最も多いのは、アンドロイドタブレットです。アンドロイドOSは誰もが自由に使えるため、国内外のメーカーがこのOSを使って、独自の製品を開発・販売しています。価格が比較的安価なこともあり、出荷台数が急速に伸びています。 キンドルファイアも、もとはアンドロイドOSです。しかし、アマゾンの電子書籍、音楽、映画などの配信サービスが使いやすいように独自開発されており、他のアンドロイドタブレットとは操作感が違います。 ウィンドウズタブレットは他のタブレットとは性格が異なり、タブレットとパソコンの機能を兼ね備えているのが特徴です。指先で操作するタブレット画面と、従来のパソコンのデスクトップ画面の両方を使うことができるのです。 画面サイズで見ると、小型で携帯性に優れる7インチクラスと、大きめの画面で文字などが見やすい10インチクラスに分けられますが、最近は、7インチクラスに人気が集まっているようです。 もう一つ知っておきたいのが通信方式です。無線LANでインターネット接続するWi-Fiモデルと、携帯電話やスマートフォンと同様に通信会社と回線契約し、3G/LTE回線とWi-Fiの両方を使えるモデルがあります。 外での利用が多いなら、後者が便利ですが、毎月の通信費が必要になるため、最近ではWi-Fiモデルが主流になっています。 年初に米ラスベガスで開催された家電・IT見本市「CES」では、台湾メーカーのエイスースがアンドロイドとウィンドウズの両方が使える製品を発表するなど、国内外のメーカーが新製品を多数発表しました。 こうした流れを見ていると、今年はさらにバリエーションが増えそうです。 今まさに、タブレットの購入を検討している人はもちろん、そうでない人も、今後のタブレットの動向に、ぜひ注目して下さい。(ライター・小野 均)ネットブックが廃れた今、その役割をウルトラブックやタブレットが受け持つようになったそうだから、タブレットの魅力が増してきたようです。大使の選択はキンドルファイアに振れているのだが・・・キンドルファイアの中でも、中庸モデルとハイエンドモデルのどちらにするか悩ましいし・・・・とにかく、タブレットとして求める機能は個人的には次のようになるわけです。・インタネット画面が見やすい。・メール操作が快適・ブログ、ツイッターの読み書きが快適・電子書籍の画面が見やすい過去の日記(下記)も参考にしながら、検討を進めることとします。12/16電子書籍リーダーはどれ?より テレビから電子書籍リーダーKindle Fire HDのCMが流れている。また、アマゾンのネット販売でも以下宣伝しています。(H25年12月)・Kindle Fire HD :7型、1万5800円・Kindle Fire HD8.9 :8.9型、2万800円スマホもタブレットも持ってないが(携帯さえも)心騒ぐ大使である。…で、「電子書籍リーダーはどれ?」としてフォローしてみます。なお、タブレットとか、電子書籍自体のニュースも含めてフォローします。・メディアの最新報道・パソコン対タブレット、どっちが買いか?・通信費について・過去のフォロー実績<タブレット導入後の運用案>・要するにWinXP→Win8換装が手間なので、タブレット併用のほうが楽である。・要するにXPマシンはデータ作成、データ保存に特化して継続使用する。・メール送受信はタブレットが主、XPマシンを従とする。・文書作成はXPマシンが主、タブレットを従とする。・インターネット閲覧はタブレットが主、XPマシンを従とする。・電子書籍閲覧はタブレットが主、XPマシンを従とする。・テレビ視聴はXPマシンが主、タブレットを従とする。・外出時携帯はタブレットのみとする。・タブレットでの文字入力は外付けキーボードとする。・タブレットで現行エディターソフトが使えるか?要チェック
2014.02.25
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在米作家の冷泉彰彦さんがインタビューで「国家主義的言動で印象はかなり悪化、国益を損なっている」と説いているので、紹介します。 国益を損なうように見える安部首相の言動を冷泉さんが危惧しているが・・・日本在住の我々も心配になりますね。(冷泉彰彦さんへのインタビューを2/21デジタル朝日から転記しました) 政権が発足して1年が過ぎ、靖国神社参拝や中韓両国に関する言動から、安倍晋三首相の目指すものへの懐疑と警戒が欧米でも強まっている。政権再交代から間もない昨年1月、この欄でインタビューした在米作家の冷泉彰彦さんに再び聞いた。首相の振る舞い、そして首相を支える日本の民意は、「米国の目」にどう映っているのか。Q:昨年1月のインタビューで、安倍政権に対して米政権は「わかりにくさ」を感じていると指摘されていました。米国は現在の安倍政権をどう見ているのでしょうかA:靖国参拝と国家主義的な言動に対する危機感が、日本では薄すぎます。ダボス会議の発言を報じた欧米メディアを見ると、安倍首相への印象がかなり悪化していることが分かる。ロイター通信の社長が自ら書いた記事では、中国政府高官の『安倍首相はトラブルメーカー』という発言が紹介されています。引用とはいえ、安倍首相こそが『面倒を起こす人』という含意が感じられます。 CNNの単独インタビューでも安倍首相は『習近平政権だけではなく、過去20年、中国はずっと拡張主義だった』と答えた。これでは、中国と関係修復するつもりがあるのかと受け止められる。こんな報道が象徴しているように、安倍政権は一つのイメージにはまり込みつつある。それがどれほど日本の国益を損なうか、分かっているのでしょうか。Q:国益を損なうほどですかA:安倍首相は『(日本の)民主党政権が日米関係を悪くした』と言っていますが、逆です。米国にとって安倍首相への懸念は大きく言って3点あります。まず、日韓関係がこれほど険悪だと、米国の行動を制約する。北朝鮮情勢に対する情報交換や態勢作りで日韓が一枚岩になれないのは、米国にとって大きなリスクです。もし北朝鮮が明日にでも政権崩壊したら、どうするのかと。 二つ目は、経済への波及です。先日、ニューヨーク・タイムズ紙の経済欄に『アジア経済の最大のリスクは日中関係だ』という記事が載りました。中国がくしゃみをすれば世界が肺炎になりかねない今、もし日中関係の悪化が何らかの形で中国経済の足を引っ張り、アジア発の世界的株安が起きたら、その原因は安倍首相だと言われかねない。国家主義イデオロギーを求心力に使いつつ、リベラル的な経済政策をするアベノミクスは、分かりにくいながらも評価されていました。しかし、中国との関係悪化が株安の引き金を引いたら、世界は許さないでしょう。 三つ目は米中関係に対する悪影響です。この2大国の関係は一筋縄ではいかない繊細な代物です。米国は中国の様々なことが気に入らないし、価値観もまるで違うが、我慢している。貿易相手及び国債引き受け手として共存共栄を目指すしかないからです。なのに、安倍首相の無分別な言動が微妙な均衡を狂わせ、米国の国益を左右している。日本人が想像する以上に米国にとって中国は難しい存在です。その遠くて近い距離感を何とかしのいで中国と付き合っているのに、安倍政権は無頓着過ぎる。これでは逆に中国の改革を遅らせてしまう、とオバマ大統領は思っているでしょう。 ■ ■Q:中国の改革を遅らせる?A:そうです。米国は中国に硬軟合わせたメッセージを送り、国際的ルールにのっとるよう促しています。軍事的膨張を牽制(けんせい)し、より開かれた社会と政治体制に軟着陸させようというのが米国の国家意思です。しかし、パートナーである日本が、中国を刺激し、こともあろうに連合国、第2次大戦戦勝国側のレガシー(遺産)を利用させるような事態となっています。Q:「遺産」とは何ですかA:対日戦では多くの米国民の血が流れましたが、その結果、日本は民主化し、日米が共存共栄する平和な太平洋が実現した。ジョン・ダワー氏の言うように、日本は『敗北を抱きしめて』まともな国になったはずでした。ところが戦後70年近く経つ今、中国に『日本は戦後の国際秩序に反している』などと言わせる隙を作っている。米国が主導して作り上げた戦後の国際秩序だというのに、後から入ってきた中国の共産党政権が主役面して正義を名乗るなど、米国政府は許し難いはずです。 ただ、米政府は、安倍首相自身が戦後の国際秩序に真剣に反抗しようとしているとは思っていないでしょう。A級戦犯が合祀されている神社に参拝するのは、そこまで考えた上でのことではなく、単に無思慮な行為だと理解していると思います。Q:靖国参拝に「失望した」という米政府のコメントで、米大使館のフェイスブックが炎上しましたA:安倍首相は反米に傾く人たちに支持されていると見られかねないでしょうね。実際、ネット右翼的な人たちの間では中韓だけでなく、米国も気に入らないという雰囲気が生まれている。堂々と孤立の道を歩め、というような。安倍首相はそんな支持層に引きずられるところがあり、日米関係の資産を過去半世紀なかったような形で傷つけています。 ■ ■Q:なぜ、こんな雰囲気が出てきたのだと思いますかA:市場がグローバル化し、国際化していることの副作用という面は否めないと思います。言語、文化、価値観などで国際化に伴う軋轢が日本社会に押し寄せており、適応する努力が求められている。その反発として、国内にとどまる方が安心だという感情が生まれ、同時に、第2次大戦で悪者となった過去をひっくり返して、国際化への不適応を帳消しにしようとする精神的な作用が出てきたのでしょう。安倍首相自身はそんな自己省察はしていないでしょうが、似たような心性を持った人から支持され、吸い寄せられてしまう。 さらに戦後日本の文化的、思想的エスタブリッシュメントだったリベラル系の人々への反発という感情もあるでしょう。知性とされてきた側を引きずり落としたい衝動、反知性主義とも言える。この日本的な左右対立は、米国の『大きな政府と小さな政府』や『宗教右派とリベラル』の対立よりも、なぜか先鋭的になっている。社会的な意味合いは小さいにもかかわらず、個人的な、心理的な経験として対立が激化しているのがやっかいなところです。 人口減や一部の産業の国際競争力の低下からくる閉塞感に対し、イデオロギーのゲームでうっぷんを解消しているとも言えます。例えば、過剰な反原発感情もそうでしょう。大切な問題ではありますが、必要以上に大きく語られ、人口減少や産業競争力低下といった日本の根源的問題が避けられている。リベラル側から社会全体の行き詰まりを解消する処方箋を出せていないのも確かです。議論が粗雑になった責任の一端は、(日本の)民主党にあります。Q:右が靖国、左が反原発に向かうならば、真ん中は?A:中間的な層が実は多数派ですが、この真ん中はいわゆるノンポリなんです。価値判断など面倒なことにかかわりたくないという巨大な空白があるんですね。是々非々で判断する中間層というのが日本にはない。ふわっとしたノンポリという立場があり、それが巨大なのです。 日本の教育には決定的に欠けていることがあります。社会、政治問題について『自分の意見を持つことの重要さ』を教えないということです。自分の中に核になる考え、抽象的な原理原則を持ち、それに基づいて政策への賛否を決めるという当たり前のことを、公教育で一切教えていない。大きな問題です。 ■ ■Q:政治への根本的な無関心が、今の状況を生んでいるのですかA:具体的な政策が、自分の境遇にダイレクトに跳ね返ってくる感覚が薄いのも確かです。税負担感と、大きな政府、小さな政府といった政策の選択肢が関連づけられていない。財政難でも歳出を絞らない国の赤字体質と、有権者のお上任せ体質の双方が関係するのでしょう。先への不安感だけはみんな持っているが、それぞれの政治への関心は分断されている。ばらばらになった個人は精神的に不安定になり、国家に依拠し、政治参加に刹那的な楽しみを見いだすだけになってしまう。Q:このままでは日本はどうなるのでしょうかA:そう簡単に、日米同盟は崩壊しないでしょう。安倍首相の一連の言動によって日米関係が決定的に悪くなることはない。ですが、衰退と孤立化を早めることにはつながります。日本は突然破綻するのではなく、時間をかけて衰退するだろう、と知人の金融関係者が言っていました。崩壊前に逃げられると思っているから、まだ日本に投資する人がいる、というのです。 *冷泉彰彦:米国在住の作家・ジャーナリスト 59年生まれ。米コロンビア大学院修了。渡米して約20年、ニュージャージー州プリンストンから日本と米国の今を観察している。<取材を終えて> 日本を離れているから見えるものがある。祖国への愛着と同時に、外部から観察する冷徹な目を併せ持つことで、国内では見えにくい、見たくないものが浮かぶ。それを冷泉さんは巧みに言葉に乗せる。安倍政権に対する海外の視線は冷え込み始めている。冷泉さんが語る仮借ない現状認識に、反論できないのが切ない。(ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)米国エスタブリッシュと同じ目線に立つような冷泉さんのご意見なんですが、傾聴に値すると思ったのです。世界各国にでかけて中国包囲網を作るかのような安部さんを、わりと評価する大使なんですが・・・ポエムを語るような安部さん自身と、暴言を吐くなど、レベルが低いブレーンには心配になるわけです。
2014.02.24
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昨日のテレビ番組(世界ふしぎ発見!)で、「紙の教会」が出ていました。紙の大聖堂坂茂建築設計より日本人の設計でニュージーランドで建てられたそうだが、「紙の教会」とは、どこかで聞いたことがあるな~。おお これはドングリ国にもあったはずだ♪・・・ということでネット検索してみたわけです。関西今昔建築散歩というサイトに、その「紙の教会」が載っていました。だけど、阪神大震災直後に建てられたその「紙の教会」はすでに台湾に移築されていて、現在は新しい「紙の教会」が建っているようです。いずれにしてもドングリ国にこの教会があるなら・・・見に行こうと思っているのです♪紙の教会(鷹取教会)坂茂より 1995年起きた阪神大震災で最も被害が大きかった地域の一つ、神戸市長田区にあります。 震災直後集まって話し合う所がないことから、教会のあったココで、募金で集めた1000万円もとでに、ボランティアの人達の手で作られた紙でできた仮設の教会兼集会場です。 地震から10年経ち、神戸の中心地はすっかり綺麗な街になっていますが、まだこの長田区を実際歩くと、あちらこちらで区画整理などでまだまだ復興中です。街が元に戻ったとは全然言えません。 街が元に戻りつつあるこの地で、ついにこの建物も教会として本来の姿に戻る時が来るようです。来年の2月か3月には、坂茂氏によって新たな教会が建てられるそうです。 現在、この紙の教会は地震があった台湾中部に移築されています。カトリックたかとり教会 坂茂より 震災後仮の教会として建てられていた「紙の教会(現在、台湾に移築)」が建替えられ、この新しいたかとり教会ができました。低層の建物と、それで形成される中庭を分けるシャッターを開けることで、建物内部・外部をつなげています。 礼拝所は他の部屋よりも高く、円錐状の形をしていて、敷地の隅にあります。円筒状の紙は強度も強いそうで、安価でエコで素晴らしいではないか。
2014.02.23
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映画好きの人ならかつてのシネカノン代表の李鳳宇さんを覚えているでしょう。図書館で『先に抜け、撃つのは俺だ』を借りたのは、李鳳宇×四方田犬彦バトルトーク、朝鮮、映画という組み合わせに惹かれたわけです。李鳳宇さんが配給した映画としては「誰も知らない」「パッチギ!」「フラガール」などが忘れがたいのです。まず、これらを配給したシネカノンについて、ウィキペディアを見てみましょう。wikipediaシネカノンよりシネカノンは、 日本の独立系映画会社である。映画制作、映画配給、劇場運営、飲食店運営を主な事業とする。代表作は「月はどっちに出ている」「パッチギ!」「フラガール」など。2010年1月、経営が破綻し東京地裁に民事再生の手続を申請した<沿革>抜粋1989年 - 李鳳宇によりシネカノン設立。ポーランド映画『アマチュア』初の配給。2007年 - 2006年作品『フラガール』が第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第一位及び第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。2009年 - 舞台・ミュージカル制作事業の第1弾としてフジテレビと共同で舞台『パッチギ!』を制作。2010年 - 総額47億300万の負債を抱えて東京地裁に民事再生法の適用の申請。2011年2月21日 - スポンサーのジャック・グループが設立した「ジェイ・シネカノン」へシネカノン著作物70作品を譲渡する。<主な配給・制作映画>抜粋・月はどっちに出ている(1993年)・ヴァイブレータ(2003年)・誰も知らない(2004年)・パッチギ!(2004年)・ゆれる(2006年)・フラガール(2006年)・麦の穂をゆらす風(2006年)・魂萌え!(2007年)シネカノンは破産して、今はないけど・・・李鳳宇さんは基本的には映画が好きで、映画を糧にする事業者なんでしょうね。それから、十三の第七芸術劇場という映画館は関西の映画ファンにはよく知られているが、この映画館のオーナーが李鳳宇さんのようですね(今でもそうかは知らないけど)【先に抜け、撃つのは俺だ】李鳳宇×四方田犬彦著、アスキー、1998年刊<「MARC」データベース>より朝鮮中高級学校出身の李鳳宇VS東京教育大学付属駒場中学・高校出身の四方田犬彦。国籍も生き方も違う2人の男が、家族・映画・喧嘩・国家・留学などについて熱く語るトーク・バトル<読む前の大使寸評>李鳳宇さんは、十三の七芸のオーナーなんだそうですね。この本をよむまで、知らなかったのです。amazon先に抜け、撃つのは俺だ若くして筋金入りの映画ファンだったお二人の対談の一部を紹介します。p90~94より李:洋画は女の子。東映は男と。四方田:一人はないの?李:いや、観た映画の半分は一人で行きました。とりあえず大義名分が立つのは男と行く東映。たまたま女がつかまれば洋画の3本立て行きましたけどね。まあ、つかまらないほうが多かったですね。週に1本か2本は観たんです。観始めると、「次回作も」とか「新作も」「旧作も」ってどんどん観るじゃないですか。そうすると、男たちとサッカーやるのと、ヨーロッパ映画なんかを観るっていうのとがどんどん離反していく。四方田:世界が違うからね。李:「今度は花園のガキ、ぶち飛ばしに行こか」なんて話をしているときの自分とね、トリュフォーと、全然違いますからね。「何してんのかな」みたいな、自己分裂的な部分ありましたね。四方田:あれは?ルイ・マルの。李:中三のときですね。『ルシアンの青春』。ガンとショックを受けました。ちょうど母親が朝鮮から帰ってきたりとか、けっこう政治的にいろいろあった頃で。四方田:73年ぐらいだな。李:そうですね。四方田:「裏切り」の映画だよね。フランスで、学校でも村でもいつも相手にされず一人ぼっちでいる少年が、ナチスが村を占拠した直後から、ドイツ側に加担しちゃうという話だから。李:全然できの悪い子がね、ヴィシー政権のSSの親衛隊に入って、それまで自分をいじめたオヤジだとか、馬鹿にした級友だとかをどんどん締め上げるんです。もう先頭に立ってやっちゃう。最後は逆に迫害されて死んじゃうんですけど。すげえガーンときましたね。なんであんなにガーンときたのか、今でもわからないですけど。北だとか南だとか、日本だとか朝鮮だとか、どうしようかと思っているときだったからかもしれませんね。四方田:あれはフランスでもいろいろ評価が分かれたんだよね。一番触れられたくない時代だもの。ドイツ占領下のフランス人の中ではかなりの人間がドイツになびいて、実際ナチス側に加担した人間ってのはほんとにいっぱいいて、その中の一人の子供なんだ。(中略)李:そうですね。俺は、ルイ・マルってのは『ルシアンの青春』から観だしたんですが。四方田:本当に微妙なテーマだね。要するに裏切りだし。フランスの社会から排除された少年の孤独だよね。あの映画はいまだにフランスでやっぱり居心地悪いのよね。『大人は判ってくれない』はもうみんなもろ手を挙げて賛成なんだけど。蓮見重彦なんて「積極的に醜い『ルシアンの青春』」なんて書いているもんね。李:駄目なのかな。四方田:俺はでも、相手役のあの女の子かわいかったと思うけどね。李:ショックなのは、主人公を演じた男の子、ピエール・ブレーズってのが―あれが初めての映画だったんですけど―2年か3年後に交通事故で死んだんです。『ルシアンの青春』を観て、それから『鬼火』を観ました。『鬼火』は、「なんちゅう映画じゃ、これ」とか思いましたけど。四方田:ルイ・マルってのはね、一貫して占領時代のフランスの真実にこだわっている人だよな。日本では「ブリジット・バルドーを発見した監督」みたいな、えらい明るいイメージでいわれているけど、5月革命で一番過激だったしね。トリュフォーはカンヌ映画祭をブッつぶそうといっておきながら、翌日はじゃあ次回作の編集があるからってパリにケロリとした表情で戻っちゃうところがあるけど、マルは最後まで混乱のカンヌに留まって事後処理をした。逃げなかった。(中略)李:映画的にはそんなに成功しなかった作品もあるけど、ルイ・マルは、人間的にも勢いがあって好きです。あとトリュフォーとかゴダールとか・・・。四方田:でもさ、「喧嘩の李」がフランス映画大好きってのは朝高でまずいんじゃないか?李:友達にはいえなかったですね。隠れキリシタンみたいな、こっそり観ているところがありました。サッカー部のキャプテンですからね。東九条で番張ってましたし。四方田:フランス映画観てるなんて、変態みたいに思われちゃう。李:「オカマだろう」みたいなことになっちゃうんで。四方田:硬派の社会だからね。でも、そのころから映画を商売にしようかっていうか、自分の人生を賭けてみようと思い出したわけ?李:いや、映画はとにかく現実から逃げられる唯一の場所でしたから。15,6になっていろんなことを考え始めて、まわり見ると、なにしろ東九条でしょ。ああいうところにいると、だいたい自分の将来が見えるんですね。やくざか、金貸しか、焼き肉屋か。親戚だってみんなそうですから。自分もやっぱりこのままずっといるのかなみたいな・・・あのにいちゃんみたいになるのかなみたいな。知り合いのにいちゃんがポン中で暴れてお母さん刺しちゃったりとか、そういうところにいましたから。四方田:トリュフォーもそんな環境の中で生きていたんだよねなお、李鳳宇さんの最近の事業が、SUMOMOで見られるが・・・移動映画館というアイデアが面白い♪
2014.02.22
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「日中韓」でしょうか。<市立図書館>・「お笑い」日本語革命・日本が嫌いな日本人へ・『希望の国のエクソダス』取材ノート<大学図書館>・神去なあなあ日常・時が滲む朝・先に抜け、撃つのは俺だ図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【「お笑い」日本語革命】松本修著、新潮社、2010年刊<「BOOK」データベース>より新国民語「マジ」の発信者は誰?「キレる」を広めた張本人は?新語発生の瞬間を本邦初公開。名著『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」プロデューサー。「TV界の柳田國男」が放つ驚愕の日本語論。【目次】千と千尋の「どんくさい」/第1話 「マジ」の拡散とルーツ(「マジ」の世間への流出/「マジ」の最初の波 ほか)/第2話 笑いの装置「みたいな。」の誕生(楽しい会話のツール/ある放送作家の「みたいな。」 ほか)/第3話 「キレる」宰相と若者たち(「キレる」の本当の意味/「キレる」の母体 ほか)/第4話 「おかん」の陽はまた昇る(トレンド語としての「おかん」/大阪の歴史の中の「おかん」 ほか)<読む前の大使寸評>「TV界の柳田國男」なのか・・・なるほどね♪構成作家時代の百田尚樹氏を鍛えたディレクターとして、『全国アホ・バカ分布考』の著者として知られていますね。rakuten「お笑い」日本語革命新語発生のメカニズムbyドングリ【日本が嫌いな日本人へ】呉善花著、 PHP研究所、1998年刊<「BOOK」データベース>よりアメリカ型改革に追随するなかれ!日本の伝統、システム、技術には、秘められた可能性がある!自信喪失のニッポン人への熱きメッセージ。【目次】第1章 なぜ日本人は誤解されるのか/第2章 日本は、アジアのリーダーになれる!/第3章 「生の文化」に見る日本人の創造力/第4章 日本的システムの復権/第5章 日本が目指す「脱亜超欧」<読む前の大使寸評>1998年頃はすでに日本人は自信喪失していたのか。まだ韓流ブームも嫌韓本も無い頃でしたね。今では嫌韓本を連発し、韓国では入国を拒否された呉善花さんであるが・・・・とにかく、呉さんの日本人観は深く鋭い♪rakuten日本が嫌いな日本人へ呉善花さんという人byドングリ【『希望の国のエクソダス』取材ノート】村上龍著、文藝春秋、2000年刊<商品説明>より 集団不登校から始まり、最終的に新たな生き方を大人たちにつきつける中学生集団を中心に展開する小説『希望の国のエクソダス』。設定は奇想天外だが、教育、通貨危機、IT革命、社会システムの崩壊、老人問題、環境破壊など、日本の社会的背景を克明に書き込んであるため、絵空事として片づけられないリアリティーに満ちている。 著者はどのようにして日本の近未来シミュレーションの情報を手に入れたのだろうか。本書は、小説世界を支える情報源となった取材インタビューを収録したものだ。経済学者や為替ディーラー、文部省官僚、インターネット起業家、暴走族、大学教授など13人の事情通が、村上龍の構想に基づいて、近未来の日本の姿を構築するためのデータやアイデアを提供、物語のクライマックスとなる通貨危機のアイデアや、印象的なキャラクターの出どころをうかがわせる興味深いインタビューも含まれている。<読む前の大使寸評>この小説が面白かったので、小説世界を支える情報源が興味深いわけです。amazon『希望の国のエクソダス』取材ノート二人の村上byドングリ【神去なあなあ日常】三浦しをん著、徳間書店 、2009年刊<「BOOK」データベースより>美人の産地・神去村でチェーンソー片手に山仕事。先輩の鉄拳、ダニやヒルの襲来。しかも村には秘密があって…!?林業っておもしれ~!高校卒業と同時に平野勇気が放り込まれたのは三重県の山奥にある神去村。林業に従事し、自然を相手に生きてきた人々に出会う。<読む前の大使寸評>就活作家:三浦しをんは林業をどう描くか?大いに興味がわくが・・・林業に就職というのは、言うは易しであり、無責任に誘うわけにいかない現実があるはずです。古くから林業をフォローしている大使の目はごまかせないのだ(笑)rakuten神去なあなあ日常WOOD JOB!(ウッジョブ)の原作byドングリ【時が滲む朝】楊逸著、文芸春秋、2008年刊<「BOOK」データベース>より天安門事件前夜から北京五輪前夜まで。中国民主化勢力の青春と挫折。デビュー作「ワンちゃん」で第138回芥川賞候補になった在日中国人作家、注目の最新作。<読む前の大使寸評>第139回芥川賞受賞作 日本語以外の言語を母語とする作家は史上初!と、借りた後に知ったのです。中国人が日本語で書いた小説とは如何なるものか、読んでみたいと思うわけです。rakuten時が滲む朝【先に抜け、撃つのは俺だ】李鳳宇×四方田犬彦著、アスキー、1998年刊<「MARC」データベース>より朝鮮中高級学校出身の李鳳宇VS東京教育大学付属駒場中学・高校出身の四方田犬彦。国籍も生き方も違う2人の男が、家族・映画・喧嘩・国家・留学などについて熱く語るトーク・バトル<読む前の大使寸評>李鳳宇さんは、十三の七芸のオーナーなんだそうですね。この本をよむまで、知らなかったのです。amazon先に抜け、撃つのは俺だシネカノン代表・李鳳宇という人byドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き54図書館大好き(目録)
2014.02.22
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5月公開の映画『WOOD JOB!(ウッジョブ)』の原作ということで、『神去なあなあ日常』という本を図書館で借りたのです。三浦しをんの小説は初めて読むのだが、読み始めてすぐ喜劇タッチであることがわかるわけで・・・なるほど、矢口史靖監督のテイストと同じやんけ♪と思ったのです。高校の先生が、本人に無断で三重の山奥のWOOD JOBに就職を決めるという出だしであり、まさしく喜劇である。今どきの林業に就職する若者がいるとしたら、それは森林を愛する篤志家か・・・さもないと、この平野君のように騙されるケースしかないはずです(笑)。騙されて林業に就職するお話であれば、信憑性があるとも言えるわけで、このあたりに著者の誠実さが出ているんでしょうね。ただいま、鋭意読書中なので、読後の感想は後ほどに♪【神去なあなあ日常】三浦しをん著、徳間書店 、2009年刊<「BOOK」データベースより>美人の産地・神去村でチェーンソー片手に山仕事。先輩の鉄拳、ダニやヒルの襲来。しかも村には秘密があって…!?林業っておもしれ~!高校卒業と同時に平野勇気が放り込まれたのは三重県の山奥にある神去村。林業に従事し、自然を相手に生きてきた人々に出会う。<読む前の大使寸評>就活作家:三浦しをんは林業をどう描くか?大いに興味がわくが・・・林業に就職というのは、言うは易しであり、無責任に誘うわけにいかない現実があるはずです。古くから林業をフォローしている大使の目はごまかせないのだ(笑)とにかく矢口史靖監督のWOOD JOB!(ウッジョブ)の原作なんで、先に読んでおきたいのです。rakuten神去なあなあ日常<途中経過報告>「チェーソーのスイッチはこまめに切るべし、万が一、足をすべらしたとき、チェーソーのスイッチが入ったままだと大怪我をする」・・・・小説は平野勇気のOJTにさしかかってきます。著者はこの種の作業を泊り込みでつぶさに見ていたわけですね♪この本の軽口ペースをバカにしていた大使であるが・・・三浦しをんさん、ご免なさい。なにはともあれ、林業経営はシンドイなかで、三浦しをんは涼風を吹き込んでいるんでしょうね。<読後の感想>一部に神がかったお話が出てきたりするがそれはご愛嬌であり、若者の希望が描かれているところに爽やかさが感じられるのです。山仕事の職人技もふんだんに書き込まれているし、著者が綿密な聞き取り調査を行っただろうと思うわけで・・・就活作家としての誠意も感じられました。見るのが先か、読むのが先か?一概にこれだと言いきれない設問ですが・・・今回は読むのが先になりました♪【WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常】矢口史靖監督、2014年制作<movie.walker解説>より矢口史靖監督が、林業を描いた三浦しをんの小説を染谷将太×長澤まさみ×伊藤英明で映画化<観る前の大使寸評>movie.walker解説もまだ1行の段階なので、やや情報不足ではあるが、おもしろそうである♪movie.walkerWOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常『WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常』公式サイトこの小説では出てこないけど、三重県の先駆的な林業経営が速水林業に見られます。
2014.02.21
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昨今では、嫌韓本を連発し、母国では入国拒否の憂き目にあっている呉善花さんであるが呉さんの真骨頂は、日本、日本人を見る目の確かさだと思うのです。このほど、たまたま図書館で「日本が嫌いな日本人へ」という本を手にしてページをめくったが、まず、そう思ったのです。呉さんの本は「スカートの風」から読んできたが、呉さんの本を並べてみます。・「日本が嫌いな日本人へ」・呉善花さんはどんなかな・スカートの風<「日本が嫌いな日本人へ」>呉善花さんの本には、日本応援本と嫌韓本と2種類あると思うのだが・・・もちろん、日本応援本を読むのは気分がいいのです♪この本で、気になったヵ所を紹介します。<いまなお根強い農耕社会の共同意識>p216~217より たびたび引き合いに出して恐縮だが、シンガポールなどの場合では、およそ道徳的な秩序は縦方向からの強い力によって維持されていることがよくわかる。無料教科書配布の例からもわかるように、横からの力はほとんどきいていないのである。 欧米や中東では唯一の神が、韓国や中国では儒教的な徳治思想が、それぞれ人々の意識の上のほうから語りかけることによって、道徳的な秩序が保たれている。それが、それらの国々の伝統でもあった。 一方日本では、伝統的に、上のほうからささやきかけることで国民の大多数に有効な力を発揮することのできる、どんな体系的な思想も宗教ももってこなかった。ではなぜ日本では道徳的な秩序がよく守られるのだろうか。私の考えでは、共同体意識の伝統が根強いからだと思う。 共同体は生産と生活を共にする一個の自立した協同組織だったから、それ自体でひとつの完結した社会であった。そして日本の農耕共同体は、非血縁共同体として成立していたことが、他のアジア諸国とは決定的に異なっている。非血縁で構成される共同体によって高度な農耕社会を築きあげたのは、日本とヨーロッパだけといわれる。 共同体は土地を共同所有し、互いに協力して働き、平等な配分を行った。それは単なる共同作業としての協力ではなく、構成員全員の共同感覚に基いた相互扶助であった。しかもそれは、日本では非血縁間の相互扶助だった。それができたのはきっと、横のほうに自分を超えたところ、つまり自分と他人のあいだに、自分と他人の区別のつかない「人間」の世界が広がっていたからである。 この共同体はすでに崩壊してしまったが、共同体意識は残った。だから現代の日本人もそんな世界のあることをどこかで信じていて、そんな世界に生きることを無意識の理想としているのではないだろうか。 そう考えると、外部からは一種の融通のきかないモラリストとも見える日本人の、特異な道徳観が、よくわかるような気がする。日本人の意識の尻尾に残っている共同体意識を、これだけ持ち上げてくれると気分がいいわけです。でも、東日本大震災時には、その共同体意識が見事に発揮されましたね。【日本が嫌いな日本人へ】呉善花著、 PHP研究所、1998年刊<「BOOK」データベース>よりアメリカ型改革に追随するなかれ!日本の伝統、システム、技術には、秘められた可能性がある!自信喪失のニッポン人への熱きメッセージ。【目次】第1章 なぜ日本人は誤解されるのか/第2章 日本は、アジアのリーダーになれる!/第3章 「生の文化」に見る日本人の創造力/第4章 日本的システムの復権/第5章 日本が目指す「脱亜超欧」<読む前の大使寸評>1998年頃はすでに日本人は自信喪失していたのか。まだ韓流ブームも嫌韓本も無い頃でしたね。今では嫌韓本を連発し、韓国では入国を拒否された呉善花さんであるが・・・・とにかく、呉さんの日本人観は深く鋭い♪rakuten日本が嫌いな日本人へ<呉善花さんはどんなかな?>仕事柄、韓国と関わってきた大使には、愛憎あいなかばする想いがあるわけで…韓国といっても一言で形容し難いのです。韓国関連の蔵書にもそれが表れていて、嫌韓本も少なからずあり、怒りに任せて衝動買いをすると、韓国本が増えて収まりがつかないわけで・・・渡部昇一×呉善花という日韓スペシャリストによる対論形式の本を買い求めて、収拾を図りたいと思ったわけです。(できれば、この本で打ち止めとしたいのだが)これから読むところだが、このお二人からは日本寄りの結果が予想されます。(だいたいワック文庫自体が右寄りだもんね)さて呉善花さんの意見はどんなかな?【「近くて遠い国」でいい、日本と韓国】渡部昇一×呉善花著、ワック文庫 、2013年刊<「BOOK」データベースより>そうだったのか、韓国人の反日感情。日本は無理して韓国と仲良くしなくてもいい。“君子の交わりは水の如し”、淡々とむしろ突き放したような関係でよい。【目次】第1章 日本と韓国は「近くて遠い国」が健全な関係だー中国を父、日本を弟と思っている韓国人/第2章 韓国と韓国人はどこまで変わっていけるのかー反日教育がもたらした大きな弊害/第3章 日本と韓国の決定的な差はどこにあるかー王家が絶えていない国と絶えた国/第4章 「呉善花非実在説」のミステリーーインテリならば母国を非難しない/第5章 古代史論争の最重要ポイントを点検するー「古代日本人の90%以上が韓半島人」という主張/第6章「積み重なる文化」と「古いものを捨て去る文化」-アイデンティティが揺るがないからルーツが語れる日本人/第7章 ウリ民族の排他的な集団主義ーアメリカで分散する日本人と集中する韓国人/第8章 原始の尻尾がついている日本の自然主義ー韓国で見えにくくなった美学が日本で生きている<読む前の大使寸評>これでもか!とばかり刊行される嫌韓本の1冊かなと思い、本屋で立ち読みしたのだが・・・仕事柄、韓国と関わってきた大使としても、お二人が説く「近くて遠い国でいい」というスタンスが良いのではないかと思った次第です。rakuten 「近くて遠い国」でいい、日本と韓国呉善花さんは、韓流ブーム以前に刊行された「スカートの風」の著者として知られています。その本にも表れているが、素直な物言いが災いして母国にいられなくなり、日本に帰化したそうです。今では大学教授と著作を生業にしているようだが…それで食っていけるなら幸せというしかないのかも。まだ、この本を読み終えていないけど、気に入ったところを紹介します。渡辺さん談(p99~100) 呉さんが書かれた「スカートの風」に、呉さんがどのようにして日本の生活に慣れ親しんでいったかということが書かれていますが、そのプロセスが非常によかったですね。最初は日本に来て日本人が掴みどころがなくてノイローゼみたいになり・・・・。 初めのうちは憧れて行ったものですから1年ほどはいいんですが、2年目くらいから何だか嫌になってしまう。そして、もう少し居ると次第に良さがわかってくるんですね。その間の心のプロセスがとても正直に描かれているように思いました。「うん、うん、よくわかる」といった具合に、相手のことがわかれば仲良くなれるというもんじゃないんですよ。そうならば、ユダヤ人もとっくにヨーロッパに溶け込んでいるはずですから。しかし、「わからない、どうも違う」というその「違い」がわかれば、それできちんとスタンスがとれるんです。呉さんの本はそのへんがいいんですね。 ところで、このところ発表された日韓共同世論調査では日韓関係の世論は悪化しているようです。(韓国側がより悪化)5/7日韓世論調査「関係悪い」50%超により 日本と韓国の民間団体による共同世論調査の結果が公表され、現在の日韓関係について、「悪い」と答えた人が両国で50%を超えるとともに、この1年間で悪化したと考えている人が多数を占め、竹島などの問題を巡って日韓関係が行き詰まっていることが浮き彫りになりました。 それによりますと、日本側の韓国に対する印象は、「良くない」「どちらかと言えば良くない」が合わせて37%で、「良い」「どちらかと言えば良い」の31%を上回りました。一方、韓国側の日本に対する印象は「良くない」「どちらかと言えば良くない」が合わせて77%で、回答者の8割近くが日本に良くない印象を持っていることが分かりました。日韓共同世論調査 日韓世論比較分析結果韓国は、民族のアイデンティティを抗日に掲げているようなお国柄なので、事あるたびにそのナショナリズムが噴出するようです。それが歴史認識というものかもしれないが・・・・その頑なな認識に対しては、この本が説く冷めた認識が、案外と望まれているのかもしれないですね。<スカートの風>呉善花さんという存在を知ったのは、「スカートの風」という本を通じてであり、まだ韓流ブームも嫌韓本も無い頃でした。スカートの風より呉善花さんが、この本を出して20年ほど過ぎたが、日韓の価値観もかなり変容しています。私が韓国出張で渡り合った彼の地の人たちを見るに、この本に書かれた儒教的価値観も今では時代に合わせて衰退しているようです。でも、呉善花さんが述べたカルチャーショックには・・・日本人にとっても反面鏡を見るようなカルチャーショックを覚えるのです。今でも、それだけの衝撃を与える彼女の洞察だったということでしょうね。
2014.02.20
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二人の村上といえば、おおかたのところ村上龍と村上春樹になると思うわけです。大使もこれまで二人の作品を読んできたが、作風は大違いで・・・つまり、社会性の有無に違いがあると思うわけです。村上龍の場合、社会の闇に対して刃を研ぐという風な感じがして・・・文学論はさておいて、イラチな大使のツボを突くわけです♪“『希望の国のエクソダス』取材ノート”という本を図書館を借りたが、経済関連のインタビューに多くを割いていました。その一部を紹介します。<「円圏」の可能性>p53~56より村上:今までの話をうかがっていると、アジアの通貨圏というのは、IMFを含めたアメリカ金融資本の一極支配に対抗したいんだけど、日本に経済に詳しい人が少ないために、それを間違った形でつくろうとしているという問題もあると僕は思うんです。 世界金融資本に対するナショナリズムみたいな感じでつくろうとしているという問題もあると僕は思うんです。 世界金融資本に対するナショナリズムみたいな感じで、大東亜共栄圏みたいな「円圏」をつくろうとする動きに対して、国際金融資本がその動きそのものをターゲットにする可能性というのは考えられないですか。関:それはありますね。97年のソロスとマレーシアのマハティール首相との間で交わされた論争を思い出せばいい。ヘッジファンドに象徴されるように、個人の利益のためには国の利益も犠牲にするという動きに対して、「なんでもアングロサクソン流のやり方で本当にいいのか」と、アジア的価値観を代弁したマハティールが問題提起しました。しかし、彼の見解が「アジア的ナショナリズム」と批判されて、マレーシアがマーケットからはひどい処罰を受けました。陰謀とはいわないけど、世の中がこういう雰囲気になっているんですね。 ややオーバーに言うと、IMFとムーディーズのような格付機関、それえにフィナンシャル・タイムズのようなマスコミが組んで、「この国はもうだめえすよ」と宣告するだけで、本来は健全である国でも一発で倒れるんです。まさに、自己実現の予言ですね。 アジア金融危機も、山一がつぶれたのも、それに近い状況でした。日本だって、世界一の債権国と言いながら格付けが下げられる。しかも邦銀がドルで借金すると、ジャパン・プレミアムがつけられます。普通はお金持ちが借金する時にはディスカウントですよ。必ず返ってきますから、金利が安くていいはずなのに。 結局、現在の国際金融の諸制度は、米国には有利、他の国には不利になっているんじゃないですか。これを是正するためにも円圏が必要だと思います。 円圏の話は、私は92年ぐらいからしているんですが、アジア側の反応は、やはり警戒的でした。特に最初は韓国あたりから「関さんは日本政府からお金をもらっているだろう」という批判もありました。最近になって、私の主張、つまり、為替政策を運営するにあたって、対ドル安定だけではだめで、対円安定も重要ですよということは、アジア側にもわかってもらえるようになりました。ただ本当に円だけでいいのかということになりますと、大半はまだ無理だと思っています。また、「円圏」という言葉が政治的に受け入れがたいのは間違いないです。日本側も自粛しています。経済の理屈としてはそうでないということは、わかっていても・・・。村上:感情論もあるかもしれませんね。関:アジア通貨基金に関しても、今回通貨危機に見舞われたASEANと韓国は基本的にはオッケーなんですが、大蔵省は中国に対して話を持ち出す自信がない。村上:中国を納得させるようなアジアの通貨圏というのは、どういう形になるんですか。関:通貨圏というのはまさに見合い結婚みたいなものでして、それぞれハッピーじゃないと一緒にならないですね(笑)。日本が「アジアのために円圏をつくる」と言うのはおかしい話で、日本は日本のためにつくらないと、民主主義の国家では無理です。だから円圏をつくるには、まずは日本にとって、どういうメリットとデメリットがあるのかをはっきりさせて、同時に、相手側の都合も考える。今、何が困っていて、円圏になったらどういう問題が解決できるのかを理解してもらう必要があります。 たとえば、アジア各国が対ドル安定、いわゆるドル・ペッグ政策を採っていなかったら、97年の通貨危機は避けられたかもしれない。為替レートが安定すれば、アジア経済が安定するという考え方は間違っていませんが、ただ、為替レートは、対ドルだけではないですよね。百何十カ国があれば、百何十種類の通貨がある。アジア各国はドル・ペッグのもとでは、円ドルレート変動の影響をもろに受けます。具体的に、円高になると、日本経済の減速と対照的に他のアジア諸国の景気はよくなる。逆に円安になるとアジアの景気は悪くなる。1985年のプラザ合意以来、この繰り返しです。97年の通貨危機も円安の進行を背景に起こりました。日本自身は、円ドルレート変動の影響を受けてもしょうがないかもしれませんが、他のアジア諸国にとってみれば、隣の夫婦喧嘩でなんでうちが被害を受けなければならないかという気持ちでしょう。円圏というのは、まさに円の役割を高めて、アジア経済を安定化させようという構想ですね。【『希望の国のエクソダス』取材ノート】村上龍著、文藝春秋、2000年刊<商品説明>より 集団不登校から始まり、最終的に新たな生き方を大人たちにつきつける中学生集団を中心に展開する小説『希望の国のエクソダス』。設定は奇想天外だが、教育、通貨危機、IT革命、社会システムの崩壊、老人問題、環境破壊など、日本の社会的背景を克明に書き込んであるため、絵空事として片づけられないリアリティーに満ちている。 著者はどのようにして日本の近未来シミュレーションの情報を手に入れたのだろうか。本書は、小説世界を支える情報源となった取材インタビューを収録したものだ。経済学者や為替ディーラー、文部省官僚、インターネット起業家、暴走族、大学教授など13人の事情通が、村上龍の構想に基づいて、近未来の日本の姿を構築するためのデータやアイデアを提供、物語のクライマックスとなる通貨危機のアイデアや、印象的なキャラクターの出どころをうかがわせる興味深いインタビューも含まれている。<読む前の大使寸評>この小説が面白かったので、小説世界を支える情報源が興味深いわけです。amazon『希望の国のエクソダス』取材ノート我が蔵書録から「希望の国のエクソダス」を見てみます。【希望の国のエクソダス】村上龍著、文芸春秋、2002年刊<内容紹介より>2002年秋、80万人の中学生が学校を捨てた。経済の大停滞が続くなか彼らはネットビジネスを開始、情報戦略を駆使して日本の政界、経済界に衝撃を与える一大勢力に成長していく。その後、全世界の注目する中で、彼らのエクソダス(脱出)が始まった。壮大な規模で現代日本の絶望と希望を描く傑作長編。<大使寸評>非常に刺激的な設定を設けているが、今どきの中学生はラインにはまって群れているだけではないか。さすがの村上の予見も、やや外れたのかも?文春希望の国のエクソダス
2014.02.19
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これが松本修氏がものにした労作「全国アホ・バカ分布図」です。図書館でたまたま手に取った松本修著『「お笑い」日本語革命』と言う本であるが・・・かつてアホ・バカ分布に取り組んだ大阪発のアホの血は健在のようですね♪この本は新語発生のメカニズムにせまるような内容になっています。この本の一部を紹介します。<まえがき>p2,3より 私は本書において、自らがテレビバラエティのディレクター、プロデューサーとして生きてきた経験を背景に、お笑いの芸人さんたちが、あるいはテレビやラジオの番組が、日本の話しことばを変革していった歴史の一端を、具体的にいくつかの用語や言い回しに注目して、明らかにしてゆきたいと思う。 取り扱う言葉の数はそれほど多くはないが、一事を深く知れば、やがて万事に向けた視点が生まれることになるだろう。 いくつかの語彙について、それが生きてきた運命を丹念にたどることにしよう。 世に流行し、定着したそういう言葉は、いったいどのような出自を持つものなのか?また、何ゆえに番組や芸人さんは、それらを電波で振りまいたのか?また、何ゆえに日本人はそれらを自分たちの言葉として受容したのか?探索をいくつか重ねることで、闇に隠れていた歴史的真実が、おのずと浮かび上がってくるだろう。<「キレる」を広めた人>p155~156より■さまざまな評価と感想 私はこの稿の元となる「キレる・ムカつく考」という論文を、1999年に書いた。それが掲載された雑誌が出ると、取材に協力いただいた方々や、私のことば学の師である徳川宗賢先生をはじめとする研究者の方々などに配った。 しばらくして、NHK放送文化研究所から『放送研究と調査』という雑誌が届くようになった。このことを方言の学会でお会いした、現代語の研究者として著名な井上史雄先生にご報告すると、先生は微笑んで、こうおっしゃった。「ほう。おめでとう。それは『キレる・ムカつく考』を書いたことで、松本さんが現代語の研究者として認められたということを意味するんですよ」 私は研究者のはしくれとして、NHKから認めてもらえたらしい。 翌2000年の夏、書店で『国語学』を見つけて手にとって開いてみたら、「1998年・1999年における国語学界の展望」と題する特集が組まれていた。過去2年間の日本語に関する論文をピックアップして、講評を加えたものである。もしやと期待してページを繰っていくと、「言語生活」の項目を担当された信州大学助教授の沖裕子さんが、コメント下さっていた。次がその全文である。 松本修「キレる・ムカつく考―大阪の芸人がテレビで広めた言葉」(「地域と社会」)は、語の意味用法が変化する瞬間をつぶさに観察し、描写した。 きわめて短い文ではあったが、記録に残していただいた。ちょっと晴れがましいような気分だ。<あとがき>p252、253より 「お笑い」が日本語改革をなしとげてきた。そのことを書こうと思い立ってからきょうまで、3年以上の長い道のりだった。少しずつ書きためてきた。そして今ようやく日の目を見ることになった。 かつて私は『全国アホ・バカ分布考』で、「アホ」「バカ」「タワケ」「アンゴウ」などの歴史的なアホ・バカ方言が、千年の都であった京都を中心にして何重もの同心円を描いて分布していることを明らかにした。かつての京の都で流行った言葉が、人づてにじわじわと東西の地方に広がっていった。京の言葉は何百年かをかけて東北や九州に向けて何百キロもの地を這う旅をしたのである。 そんなゆったりとした言葉の広がりは、しかし遠い昔の話である。現代では、新しい言葉はマスメディアの力によって一瞬のうちに全国にばら撒かれる。昔よりもおそらくはもっと頻繁に、もっと激しい勢いで。 私はテレビ局に在ってお笑いのタレントさんたちとテレビ番組を作る中で、彼らの言葉の発信力に関心を深めていった。日本語を変え続けているのは、まさしくお笑いのパワーではないのか。語彙だけでなく、話法も、目の前の人とのコミュニケーションのあり方においても、彼らは日本語を変革してきた。まさにお笑いが日本語革命を行っているのではないかと。今回の本では、そんな革命のさまをビビッドに描き出してみようと試みたのである。【「お笑い」日本語革命】松本修著、新潮社、2010年刊<「BOOK」データベース>より新国民語「マジ」の発信者は誰?「キレる」を広めた張本人は?新語発生の瞬間を本邦初公開。名著『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」プロデューサー。「TV界の柳田國男」が放つ驚愕の日本語論。【目次】千と千尋の「どんくさい」/第1話 「マジ」の拡散とルーツ(「マジ」の世間への流出/「マジ」の最初の波 ほか)/第2話 笑いの装置「みたいな。」の誕生(楽しい会話のツール/ある放送作家の「みたいな。」 ほか)/第3話 「キレる」宰相と若者たち(「キレる」の本当の意味/「キレる」の母体 ほか)/第4話 「おかん」の陽はまた昇る(トレンド語としての「おかん」/大阪の歴史の中の「おかん」 ほか)<読む前の大使寸評>「TV界の柳田國男」なのか・・・なるほどね♪構成作家時代の百田尚樹氏を鍛えたディレクターとして、『全国アホ・バカ分布考』の著者として知られていますね。rakuten「お笑い」日本語革命今では「TV界の柳田國男」と持ち上げられる松本修であるが、いい仕事を、いいフィールドワークをしていますね。ということで・・・我が蔵書録より「全国アホ・バカ分布考」を紹介します。【全国アホ・バカ分布考】松本修著、新潮社、1996年刊<「BOOK」データベースより>大阪はアホ。東京はバカ。境界線はどこ?人気TV番組に寄せられた小さな疑問が全ての発端だった。調査を経るうち、境界という問題を越え、全国のアホ・バカ表現の分布調査という壮大な試みへと発展。各市町村へのローラー作戦、古辞書類の渉猟、そして思索。ホンズナス、ホウケ、ダラ、ダボ…。それらの分布は一体何を意味するのか。知的興奮に満ちた傑作ノンフィクション。 <大使寸評>番組に依頼した人の着眼がよかったのか、それを採用し追及させた松本修プロデューサーが偉かったのか♪Amazon全国アホ・バカ分布考ノンフィクション100選★全国アホ・バカ分布考|松本修 全国アホ・バカ分布図byドングリ
2014.02.19
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・ジェフ・ベゾス 果てなき野望・神様からひと言さっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。***************************************************************ジェフ・ベゾス 果てなき野望より<「顧客体験の優先」貪欲に追求:川端裕人(作家) > 1994年創業、2000年に日本上陸した時、アマゾンは「オンライン書店」だった。それが今では、音楽、映画などのコンテンツ、衣料、家電、飲料、サプリまで、驚異的な拡大を遂げた。本書は謎に満ちた創業者、ジェフ・ベゾス氏について書かれた初の“半公認”評伝。特異なリーダー像と社の特質をあぶり出す。 実際、アマゾンは変だ。書籍購入の際に壁となる配送料をいち早く無料にした時には、果たして利益は出るのかと議論になった。商品検索すると中古出品(売り手は個人も多い)が同時に表示される。場合によっては他社サイトのリンクまで出るので、比較して買うことも可能。一体アマゾンは何を考えているのか……。 ベゾス氏の経営哲学は「顧客体験の優先」で、顧客に還元できない無駄は省く主義という。幹部でも飛行機のビジネスクラスは禁止。新製品の会議では、パワーポイントなどスライドを嫌い、最初からプレスリリースの形で顧客視線を意識させる。直接会った者なら忘れられないという強烈な笑い声、理念の貪欲な追求。社員の福利厚生にはほとんど投資しないが、企業を買収しては時に失敗する。それでも生き残る。恐怖政治が恒常化し、社員はしゃにむに働き続けるのを余儀なくされる。それがネットビジネス界の古参となり、今や「小売り」では収まらない「テクノロジー企業」として羽ばたく。著者はアマゾン社の取材を許された立場だが、しばしば辛辣な筆致で「ベゾスのアマゾン」を描き出す。 なおベゾス氏は個人の夢として宇宙開発を挙げ、民間宇宙開発企業を既に創業している。毎週水曜日午後をこの会社のために使う習慣で、テキサス州の広大な所有地では、宇宙ロケットの開発が進んでいる。「なぜ」と思う人もいるかもしれないが、これもまた複雑にして孤高の経営者の一つの顔だ。 ◇『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』 ブラッド・ストーン著、日経BP社、2014年刊 <「BOOK」データベース>よりインターネットに大きく賭け、買い物や読書の習慣を大きく変えてしまったアマゾン創業者、ジェフ・ベゾス。本書は、その奇才の生い立ちから現在までをベテランジャーナリストが追った物語である。フィナンシャル・タイムズ紙、ゴールドマン・サックス共催ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2013受賞!【目次】第1部 信念を貫く(アマゾンは金融工学の会社から生まれた/冷たい目を持つ聡明な男/ベゾスの白昼夢と社内の混乱/宿敵アナリストに打ち勝つ)/第2部 書店サイトだけでは終わらない(ロケット少年/混乱続きの物流システム/テクノロジー企業であって小売企業ではない/キンドル誕生)/第3部 伝道師か、金の亡者か(グーグル、アップルと並ぶ会社になる/ご都合主義/疑問符の王国)<読む前の大使寸評> アマゾンvs楽天の日米対決が熾烈な昨今であるが、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが興味深いのです。 金融工学の会社から生まれ、優れた物流システムを持つアマゾンはいかにもアメリカ企業ですね。とにかく、アマゾンvs楽天の対決は、フラット化する世界でも取りあげたように、目下の関心事でおます。rakutenジェフ・ベゾス 果てなき野望神様からひと言より<会社なんかのため「死ぬな」:瀧井朝世(ライター)> 再就職した食品メーカーの会議でトラブルを起こし、入社早々「お客様相談室」に異動となった佐倉凉平。そこはリストラ要員収容所と呼ばれ、同僚は風変わりなヤツばかり。「お客様の声は、神様のひと言」というモットーのもとクレーム処理に追われる日々が始まるが……。ユーモアたっぷりの作風ながら、仕事や人生に向き合い成長する青年の姿がきっちりと描かれる。実力派の著者ならではの、痛快なサラリーマン小説だ。 文庫の刊行は2005年3月。既刊本を再び仕掛ける販促の一環として、版元が本作に着目したのは昨年9月。「笑えて元気になれる小説として、今また読まれるのではと考えました」とマーケティング局販売企画部の藤石索道さん。試しに丸善お茶の水店で展開したところ月200冊以上を売り上げる好成績だったため、他店にも売り込んだ。同じく販売企画部の関戸孝祥さんによると「はじめは特にビジネス街やエキナカの書店で反響がありましたが、今はまんべんなく全国から追加注文がくる状態」。仕掛け開始時に1万、それ以降7万部を増刷した。 言いがかりのような苦情に振り回されながらも、まともな意見をも無視する会社に疑問を抱く凉平。怠け者だがいざとなるとズバ抜けたコミュニケーション能力を発揮する上司の篠崎。彼らはやがてクレーマーだけでなく、会社とも対決することに。「デフォルメされた部分とリアルな部分の並立が巧みで、楽しく読みながらも自分も背中を押されている気分になれます」と担当編集者の高林功さん。 過去に著者が本作に寄せたコメントによると、この小説には〈死ぬな〉という思いを書いたという。〈会社や仕事なんかのために、死ぬな〉と。そして〈死ぬほどつらいのは、生きてる証拠です〉。読後にはその言葉が沁みる。 ◇『神様からひと言』 荻原浩著、光文社、2005年刊 <「BOOK」データベース>より大手広告代理店を辞め、「珠川食品」に再就職した佐倉凉平。入社早々、販売会議でトラブルを起こし、リストラ要員収容所と恐れられる「お客様相談室」へ異動となった。クレーム処理に奔走する凉平。実は、プライベートでも半年前に女に逃げられていた。ハードな日々を生きる彼の奮闘を、神様は見てくれているやいなや…。サラリーマンに元気をくれる傑作長編小説。<読む前の大使寸評>会社では、低空飛行を自覚していた大使としても、〈会社や仕事なんかのために、死ぬな〉と説く著者に共感するのです♪rakuten神様からひと言**************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から36朝日デジタルの書評から(目録)
2014.02.18
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話題作であり、いつでも読めると思っていたが8年経ってしまった。図書館で立ち読みしたら、ちょうど今ごろのことを書いているので借りた次第です。この本で、フラット化の要因として10の力を挙げているが、その洞察は今でも色褪せていないようです。個人的には、オフショアリングとか物流改革が興味深いのです。アメリカ製品は買わない大使であっても、アマゾンやデルのクイック・レスポンスには驚くわけです。とにかく処置が早い♪(デルの修理は、電話した翌日には部品を持ったサービスマンが来社し、直して帰っていったけど、さすがプロやで♪)日本が今でも敵わないと思うものに、アメリカの兵站(Military Logistics)があるのだが・・・アマゾンやデルにはその伝統が生きているのかもしれないですね。<中国のWTO加盟>よりp198~205 ASIMCOテクノロジーの会長兼CEO、ジャック・パーコウシキーが所有する北京の燃料ポンプ製作所で、アメリカで教育を受けた中国人工場長が、次のようなアフリカの諺を中国語に訳して工場に掲示したアフリカで毎朝、シマウマが目を覚ます。一番足の速いライオンよりも速く走らないと殺されることを、シマウマは知っている。毎朝、ライオンが目を覚ます。一番足の遅いシマウマに追いつけないと飢え死にすることを、ライオンは知っている。ライオンであろうとシマウマであろうと変わりはない。日が昇ったら、走りはじめたほうがいい。 誰がライオンで誰がシマウマなのか、私にはわからないが、これだけはわかっている。中国がWTOに加盟して以来、その両者と世界各国は、どんどん速く走らなければならなくなっている。 中国のWTO加盟が、共同作業の別の形―オフショアリングを強烈に加速させたからだ。数十年前から行われていたオフショアリングは、アウトソーシングとは違う。アウトソーシングは社内でやっている特定の限定的な機能―たとえば研究、コールセンター、会計処理―を抜き出して、他社にまったく同じ機能を果たさせる。 オフショアリングは、それとは対照的で、オハイオ州カントンで操業している工場をそっくりそのまま中国の広東省に移してしまう。同じ製品を生産するが、賃金や税金はずっと安く、エネルギーは政府の得ているし、ヘルスケアのコストも低い。Y2Kがインドと世界にアウトソーシングの新段階をもたらしたのと同じように。中国のWTO加盟は中国政府と世界にオフショアリングの新段階をもたらした―より多くの企業が生産を海外に移し、それをグローバルなサプライチェーンに組み込んだ。 1977年、中国の最高実力者、トウ小平は中国が資本主義の道を歩むように導いて、「金持ちになるのは素晴らしいことだ」とのちに宣言した。厳重に閉鎖されていた経済を中国が開放したとき、世界の工業国の企業は、そこが輸出先として素晴らしい新市場であることに着目した。 西欧とアジアの製造業者は、一つの市場で下着が10億組売れるのを夢想した。それを目的に中国に店舗を開く海外企業もあった。しかし、中国は世界の貿易ルールに従う義務を負わなかったので、貿易や投資上のさまざまな障壁によって、西欧の企業が市場に浸透するのが制限された。また、故意にそれをやらない場合でも、官僚主義とビジネス文化の違いが同様の影響を及ぼした。 他に先駆けて中国に投資した連中は、シャツとズボンばかりか下着まで失うはめになった。アメリカの西部開拓史時代を思わせる中国の法体系からして、失った金を取り戻せる見込みはほとんどなかった。(中略) 中国の指導者層の真の狙いは、次世代の下着や、飛行機の主翼を中国で設計することだ。これから10年は、そうした動きが続くだろう。つまり、30年後には、われわれは「中国に売る」から「中国で作る」へ、さらに「中国で設計する」、「中国で構想をたてる」ところまでいっているだろう。中国は、世界各国の製造業者と何も共同作業しない存在から、世界各国の製造業者とあらゆるものを低コスト・高品質でこしらえるきわめて有能な共同作業の相手へと変身しているはずだ。これによって中国は、政治的な不安定によってその過程が妨げられないかぎり、大きなフラット化要素であり続ける。<UPSの新しいビジネス>よりp238~248 「フェデックスとUPSは、あなたのいうフラット化の要因の一つに違いない。荷物を配達するだけではなく、ロジスティックもやっている」ある日、バンガロールから電話をかけてきたときに、ニレカニはそういった。どういう意味かはわからなかったが、当然、私はその意見を頭にファイルし、きちんと確かめようとメモした。数ヵ月後に中国へ行き、時差ぼけが直らないまま、真夜中をやり過ごそうとCNNインターナショナルを眺めていた。するとUPSのCFが流れ、UPSの新しいキャッチフレーズが聞こえた。「世界は一つになりました」 ニレカニの言葉がよみがえった。彼はこれがいいたかったのだ!UPSは単に荷物を配達しているだけではない。さまざまな規模の企業のグローバルなサプライチェーンを同期化している。翌日、私はアトランタのUPS本社見学のアポイントをとった。さらに後日、ルイビル国際空港に隣接しているUPSワールドポート流通ハブを見学した。 夜になるとそこはほとんどUPSの輸送機部隊に占領された状態になり、世界中から運ばれてきた貨物が仕分けされ、数時間後にはまた輸送機で運ばれてゆく。 本社と流通ハブを見学して、われわれの父親の世代のUPSとはまったく違うと知った。たしかにUPSはA地点からB地点へ荷物を1日1350万個以上運ぶことにより、360億ドルの売上の大部分を稼いでいる。しかし、1907年にシアトルでメッセンジャー・サービスとして産声をあげた会社は、そうしたなんの変哲もない表面の裏側で、精力的なサプライチェーン・マネジャーに変身を遂げていた。(中略) 1996年、UPSは「シンクロナイズド・コマーシャル・ソリューソンズ」と称する事業に乗り出した。それ以来、10億ドルをかけてグローバルなロジスティック・貨物取扱い業者25社を買収し、フラットな地球の1ケ所から別の1ケ所へのサプライチェーンすべてにサービスできるようにした。このビジネスが飛躍的に伸びたのは、2000年前後だった。UPSのエンジニアが企業内部に入りこむことからして、「インソーシング」という言葉はじつにうってつけだと思う。製造、梱包、集配プロセスを、そうしたエンジニアが分析して、設計もしくは再設計し、グローバルなサプライチェーン全体を管理する。そして、必用とあれば財務面でも援助し、未収金の管理や代金引換渡しも行う。現在ではかなりの数の会社が、自社製品に手も触れていない。工場、倉庫、消費者間の流れと、修理のための輸送まで、すべてをUPSが管理している。必用とあれば、消費者からの集金も引き受ける。UPSと取引先、そして取引先の顧客との親密な関わりと絶大な信用によって成り立つこうした密接な共同作業は、一種独特のフラット化要素である。(文字数制限により省略、全文はここ)【フラット化する世界(上)】トマス・L.フリ-ドマン、日本経済新聞出版社、2006年刊<「BOOK」データベース>よりピュリツァー賞を3度受賞したジャーナリストが、インド、中国、日本、欧米諸国の経営者や政治家らへの綿密な取材をもとに、今われわれの目前で起きている巨大な変化を鮮やかに活写する。全米で社会現象を引き起こした超ベストセラーが、アップデート&増補版からの翻訳で登場。<読む前の大使寸評>話題作であり、いつでも読めると思っていたが8年経ってしまった。図書館で立ち読みしたら、ちょうど今ごろのことを書いているので借りた次第です。 アメリカが経済的に対峙する国と言えばそれまでだが、とにかく中国と日本がよく出てくる本です。rakutenフラット化する世界(上)この本で、開拓者マインドとか多国籍企業経営者の奥義が垣間見えるように思うのだが・・・企業内労働者とか消費者としての視点に欠けるようにも思うのです。ところで、物流改革といえば、アマゾンと楽天との激戦がすごいようですね。ネット通販といえばアマゾンと楽天しか使ったことがないのだが・・・生き馬の目を抜くような業界に成長したようです。2/15激戦ネット通販 ヤフー、出店料無料に/アマゾン、即日配達無料/楽天、地方商品拡大より パソコンなどを使い、インターネットで衣料品や食品などを買える「ネット通販」業者の競争が激しさを増している。楽天と米アマゾンが利用を伸ばしてきたが、追うヤフーが「誰でも無料で出店できる」という思い切った一手で追い上げを図る。一方で商品のチェック態勢の強化や、スマホをどう生かすかが課題だ。 「誰でも無料で店を出せます」――。楽天と米アマゾンに差をつけられているヤフーが放った思い切った一手が、昨年10月に始めた「無料化」だ。運営する「ヤフーショッピング」に出店する業者は月2万5千円の出店料や、売り上げの最大6%の手数料などがすべて無料になった。店舗数は一気に約1万店増え、約2万9千店と、楽天の約4万2千店との差を縮めた。 「売り手と商品が増えれば、利用が増え、広告と販売額が増える」(ヤフーの宮坂学社長)。個人の出店や地方の特産品などの取り扱いを増やそうと狙う。とはいえまだ「生みの苦しみ」の段階で、2013年10~12月期は無料化による収入減の影響で、営業利益が492億円と前年より1.5%減った。1997年の上場以来、初の減益だ。 一方、2強はヤフーの攻勢に「影響はない」(楽天関係者)などと冷ややかだ。 アマゾンは、小さい子どものいる家庭や学生を対象に無料で即日配送するなどサービス強化でリピーターを増やす戦略だ。「衣料品などを中心に伸びが続いている」(アマゾン広報)。 楽天は、プロ野球の楽天球団の優勝セールなどで通販サイト「楽天市場」の会員数を昨年より1割増やした。ヤフーが力を入れる地方の物産品の品ぞろえ拡大も先んじて取り組む。三木谷浩史会長兼社長は14日の決算発表会見で、「ヤフーの出店無料化の影響はない。楽天には大きなブランドが出店してきている」と話した。むしろ目線は海外に向かっており、台湾、タイ、米国、ブラジルなどに進出している。シェールガス採掘をテコに、製造業復活との噂のあるアメリカはバカにできないが・・・目指す方向が日本とはビミョーに違うようです。たぶん、それは生き方、価値観の違いなんでしょうね。「三方良し」などという経済的な価値観は、世界に誇る価値観なんだけど、アングロサクソンの勢いに敵わないのが歯がゆいかぎりです。フラット化によって、ものごと全てがスピードアップし、均一化してきたが・・・・それだからこそ、ガラパゴスのような日本の拘りがクローズアップされるようです♪移動スーパー・とくし丸など、小規模ではあるが、物流改革なんでしょうね。
2014.02.17
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是枝裕和監督がインタビューで「人間の複雑さこそ思考を成熟させ、社会を変えられる」と説いているので、紹介します。 撮る前に結論があるのはプロパガンダであり、ドキュメンタリーではないという発言には、ドキュメンタリーを追いつづける監督の意志がこもっているようですね。(是枝裕和監督へのインタビューを2/15デジタル朝日から転記しました) 世界はね、目に見えるものだけでできているんじゃないんだよ――。「そして父になる」でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞するなど世界的評価の高い映画監督・是枝裕和さんが脚本を手がけたテレビドラマのセリフだ。敵か味方か。勝ちか負けか。二分法的世界観が幅を利かせるこの日本社会を是枝さんはどう見ているのか、聞いた。Q:昨年12月に発足した「特定秘密保護法案に反対する映画人の会」に賛同されていましたねA:ひとりの社会人として、責任がありますから。Q:政治的な「色」がつくという懸念はなかったですかA:そんな変な価値観がまかり通っているのは日本だけです。僕が映画を撮ったりテレビに関わったりしているのは、多様な価値観を持った人たちが互いを尊重し合いながら共生していける、豊かで成熟した社会をつくりたいからです。だから国家や国家主義者たちが私たちの多様性を抑圧しようとせり出してきた時には反対の声をあげる。当然です。これはイデオロギーではありません。Q:ならば、日本政治や社会を告発するようなドキュメンタリーを撮ろうとは考えませんか。世界的に名高い是枝さんの手になれば、社会の空気を変えられるかもしれませんA:たとえば『華氏911』でマイケル・ムーアが表明したブッシュ政権への怒りの切実さが、多くの人の心を揺さぶったのは間違いない。だけど豊かなドキュメンタリーというのは本来、見た人間の思考を成熟させていくものです。告発型のドキュメンタリーを見ると確かに留飲が下がるし、怒りを喚起できるし、それによって社会の風向きを変えることもあるかもしれない。でもそのこと自体を目的にしたら、本質からずれていく気がします。 あるイベントで詩人の谷川俊太郎さんとご一緒したのですが、『詩は自己表現ではない』と明確におっしゃっていました。詩とは、自分の内側にあるものを表現するのではなく、世界の側にある、世界の豊かさや人間の複雑さに出会った驚きを詩として記述するのだと。ああ、映像も一緒だなと。撮ること自体が発見であり、出会いです。詩やメッセージというものがもしあるのだとしたら、それは作り手の内部にではなく世界の側にある。それと出会う手段がドキュメンタリーです。ドキュメンタリーは、社会変革の前に自己変革があるべきで、どんなに崇高な志に支えられていたとしても、撮る前から結論が存在するものはドキュメンタリーではありません。Q:じゃあ何ですかA:プロパガンダです。水俣病を撮り続け、海外でも高く評価された土本典昭さんは『不知火海』という作品で、補償金をもらって陸に上がった漁師が、品のない家を建てて金ぴかの調度品で部屋を飾っている様子も撮っています。そのような、水俣病を告発するというプロパガンダからはみ出した部分こそがドキュメンタリーの神髄です。人間の豊かさや複雑さに届いている表現だからこそ、人の思考を深め、結果的に社会を変えられるのだと思います。 安倍政権を直接的に批判するドキュメンタリーもあっていい。だけどもっと根本的に、安倍政権を支持している私たちの根っこにある、この浅はかさとはいったい何なのか、長い目で見て、この日本社会や日本人を成熟させていくには何が必要なのかを考えなくてはいけません。 ■ ■Q:この浅はかさ。何でしょうA:昔、貴乃花が右ひざをけがして、ボロボロになりながらも武蔵丸との優勝決定戦に勝ち、当時の小泉純一郎首相が『痛みに耐えてよく頑張った。感動した!』と叫んで日本中が盛り上がったことがありましたよね。僕はあの時、この政治家嫌いだな、と思ったんです。なぜ武蔵丸に触れないのか、『2人とも頑張った』くらい言ってもいいんじゃないかと。外国出身力士の武蔵丸にとって、けがを押して土俵に上がった国民的ヒーローの貴乃花と戦うのは大変だったはずです。武蔵丸や彼を応援している人はどんな気持ちだったのか。そこに目を配れるか否かは、政治家として非常に大事なところです。しかし現在の日本政治はそういう度量を完全に失っています。 例えば得票率6割で当選した政治家は本来、自分に投票しなかった4割の人に思いをはせ、彼らも納得する形で政治を動かしていかなければならないはずです。そういう非常に難しいことにあたるからこそ権力が与えられ、高い歳費が払われているわけでしょ? それがいつからか選挙に勝った人間がやりたいようにやるのが政治だ、となっている。政治の捉え方自体が間違っています。民主主義は多数決とは違います。 政治家の『本音』がもてはやされ、たとえそれを不快に思う人がいてもひるまず、妥協せずに言い続ける政治家が人気を得る。いつから政治家はこんな楽な商売になってしまったのでしょう。『表現の自由』はあなたがたが享受するものではなくて、あなたが私たちに保障するものです。そのためにはあなたの自己表出には節度が求められるはずです。Q:しかし政治に限らず、「勝たなきゃ終わり」という価値観が世間では幅を利かせていますA:世の中には意味のない勝ちもあれば価値のある負けもある。もちろん価値のある勝ちが誰だっていい。でもこの二つしかないのなら、僕は価値のある負けを選びます。そういう人間もいることを示すのが僕の役割です。武蔵丸を応援している人間も、祭りを楽しめない人間もいる。『4割』に対する想像力を涵養するのが、映画や小説じゃないかな。僕はそう思って仕事しています。 ただ、同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。その結果が映画だと『泣けた!』『星四つ』。こんなに楽なリアクションはありません。何かと向き合い、それについて言葉をつむぐ訓練が欠けています。これは映画に限った話ではなく、政治などあらゆる分野でそうなっていると思います。 ■ ■ 昨年公開した『そして父になる』の上映会では、観客から『ラストで彼らはどういう選択をしたのですか?』という質問が多く出ます。はっきりと言葉では説明せずにラストシーンを描いているから、みんなもやもやしているんですね。表では描かれていない部分を自分で想像し、あの家族たちのこれからを考えるよりも、監督と『答え合わせ』してすっきりしたいんでしょう。よしあしは別にして、海外ではない反応です。同じく日本の記者や批評家はよく『この映画に込めたメッセージはなんですか』と聞きますが、これも海外ではほとんどありません。Q:そうなんですかA:聞かれないどころか、ロシア人の記者に『君は気づいてないかもしれないが、君は遺された人々、棄てられた人々を描いている。それが君の本質だ』って言われたことがあります。で、確かにそうだった。ずっと『棄民』の話を撮りたいと思っていたから。すばらしいでしょ。翻って日本では多数派の意見がなんとなく正解とみなされるし、星の数が多い方が見る価値の高い映画だということになってしまう。『浅はかさ』の原因はひとつではありません。それぞれの立場の人が自分の頭で考え、行動していくことで、少しずつ『深く』していくしかありません。 ■ ■Q:「棄民」を撮るんですかA:ブラジルの日系移民の話をいつか劇映画でやりたいと思っています。彼らは国に棄てられた『棄民』ですが、第2次世界大戦が始まるとむしろ日本人として純化していく。情報遮断状態におかれた移民たちは日本の敗戦を知らず、うわさを聞いても信じない。そして負けたと主張する仲間を『非国民だ』と殺してしまう。似ていませんか? いまの日本に。国に棄てられた被害者が加害の側に回る、そこに何があったのかを描いてみたいんです。 精神科医の野田正彰さんは、加害の歴史も含めて文化だから、次世代にちゃんと受け渡していかなければならないと指摘しています。その通りです。どんな国の歴史にも暗部はある。いま生きている人間は、それを引き受けないといけません。だけど多くの人は引き受けずに、忘れる。東京電力福島第一原発事故もそうでしょう。『アンダーコントロール』だ、東京五輪だって浮かれ始めている。どうかしていますよ。 いまの日本の問題は、みんなが被害者意識から出発しているということじゃないですか。映画監督の大島渚はかつて、木下恵介監督の『二十四の瞳』を徹底的に批判しました。木下を尊敬するがゆえに、被害者意識を核にして作られた映画と、それに涙する『善良』な日本人を嫌悪したのです。戦争は島の外からやってくるのか? 違うだろうと。戦争は自分たちの内側から起こるという自覚を喚起するためにも、被害者感情に寄りかからない、日本の歴史の中にある加害性を撮りたい。みんな忘れていくから。誰かがやらなくてはいけないと思っています。(聞き手 論説委員・高橋純子) *是枝裕和:映画監督・テレビディレクター 62年生まれ。ドキュメンタリー番組の演出を手がけ、95年に映画監督デビュー。作品に「誰も知らない」「奇跡」「そして父になる」など。この記事も是枝監督アンソロジーに収めておきます。
2014.02.16
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図書館で『木と漆(民芸の教科書3)』という本を手にしたが、木地師が載っているやんけ♪・・・ということで借りたのです。目下のところ、木地師とかWOOD JOB!(ウッジョブ)が大使の関心事なんです。徳島の「半田塗」は廃れたが・・・この本を読むと、東北や北陸など木工品産業は曲がりなりにも健在のようですね。各地の木工品について読み進めたが、北陸の状況について紹介します。<山中木地挽物>よりp108~109 石川県にある漆器の産地にはそれぞれに特徴がある。「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」そして「木地の山中」だ。「木地の山中」については県内にとどまらず、本書の取材を続けるなかで、各産地やつくり手からもずいぶんと耳にした。川連や会津、輪島などの大産地にも当然木地師はいるものの、数をこなすためには山中の木地に頼らざるをえない部分があるそうなのだ。 いまや全国の漆器、とくに椀などの挽物の生産地といっても過言ではない山中だが、ここにいたったことについては大きくふたつの理由が考えられる。 ひとつは、産地としての成り立ちだ。山中は安土桃山時代の天正年間に、越前の国から山伝いに入ってきた木地師の集団が、山中温泉の真砂という集落に住みついたことが起源といわれる。江戸時代中期に木地挽物の技術が伝達されて以降は、とくに挽物の産地として大きく発展を遂げていった。<木地生産協同組合を設立し、漆器用木地の一大産地へ> そしてもうひとつは産地として、「木地の山中」の伝統をさらに推し進めたことだ。それが、木地屋が協同で出資して始まったという「山中漆器木地生産協同組合」の設立だ。こちらでは、それまで各々の木地屋でおこなっていた原木の仕入れから、「粗取り」と呼ばれる半製品の状態に加工するまでの作業が一括しておこなわれる。 工場に入ると、ケヤキ、トチなどの樹種別、寸法別に大まかに加工された椀がうず高く積まれており、その奥では機械音が響き、4名の従業員が黙々と粗取りの作業をおこなっていた。それらを木地屋が購入し、注文に応じて製品の仕上げて、山中および全国の塗師や漆芸家へと出荷していくというしくみだ。 原木の仕入れ、粗取りというもっとも手間にかかる工程を組合でまとめて請負うことにより、木地師の作業の効率は飛躍的に向上し、全国から寄せられる大量注文にも対応できるようになった。それが原木の大量仕入れによるさらなるコストの削減を促すという好循環を生み出した。 現在の組合長で、木地師でもある中出利成さんは、「全国の漆器の椀もののほとんどは、山中でつくられたと思ってもらってもいい」と胸を張る。原木の仕入れは月に一度、中出さんと職員が岐阜の原木市場へ足を運び、ケヤキやトチ、ミズメなどを購入するそうだ。これが木地となり、全国へ出荷されていくということを考えると、中出さんたちの役割は大きい。 漆器と聞くと、塗りのこと、あるいは漆のことに目が行きがちだ。しかし、うつわの使い勝手の大部分を決めるのはそのかたち。ところが近現代の漆の世界では、そこがなおざりにされてきた感は否めない。結果として、全国の漆器産地には塗師があふれ、木地師の数は減ってしまった。その現状に山中は目をつけ、全国の木地の生産地として確固たる地位を築いた。また近年は中国などへの指導もおこなっていると聞く。活力を失っている漆器の産地も少なくないなか、歴史を重んじ、強みを理解した山中の試みは注目に値する。塗りの種類もいろいろあって、この本では9種類の塗りが載っています。。大使の好みは、木目の見える拭漆(摺漆)なんだけど・・・その拭漆を売りにしている小田原漆器を読んでみます。<ケヤキの木目を活かした堅牢で美しい木地>よりp75 室町時代中期に興り、北条氏により発展。江戸時代には地理的にも近い江戸で実用漆器として多用された小田原漆器。その背景には、一番に箱根山系の豊富な木材、また北条氏康が武具に漆を塗るために招いた多数の塗師の存在や、かつて相模漆が産出されたことなどが挙げられる。 特筆すべきは、漆器の産地のなかでは石川の山中漆器と同じく、木地挽きの技術の高さで知られることだ。(中略) 戦後の最盛期には300人の木地師、100人の塗師を擁していた小田原漆器も、現在職人の数は往時の10分の1以下となり、漆器屋もわずか2軒に。余談だが、通常漆器の産地では、塗師が木地師を下請け的にあつかい、漆器の販売も塗師が手がけることがほとんどだ。しかし、小田原では逆で、取材で訪れた大川木工所もその名の通り、木地の制作がメインなのだが、店を構えている。このように塗師よりも木地師の立場が強いのも、木地挽きに端を発する小田原漆器ならではの他産地にはない特色である。 出迎えてくれたのは、3代目の大川肇さん。小田原漆器の特徴について、次のように語ってくれた。「素朴というか、田舎風というか・・・。木の息づかいが感じられるものです。ケヤキの木目を活かすのに、生漆を何度も摺り込む技法(摺漆)を用います。盆などの平物は板目、椀などの深さのあるものは柾目で取ります。うつわの種類としては椀や盆が中心です。私が工房に入った30数年前は全盛期で、箱根や湯河原などの温泉旅館向けの茶びつや菓子盆、縁の立ち上がりが低い独特な形の『仁取盆』などがよく売れました。」【木と漆(民芸の教科書3)】萩原健太郎著、グラフィック社、2012年刊<内容紹介>より“木の文化"といわれる日本の暮らしを支えてきた木の道具たち。伝統的な木工品、漆工品をいまも守り続ける全国23カ所のつくり手たちをレポート。木のある暮らしの魅力を再認識できる一冊。産地を訪ねて、大館曲げわっぱ(秋田県)/樺細工(秋田県)/川連漆器(秋田県)/岩手の桶(岩手県)/鳴子漆器(宮城県)/会津塗(福島県)/小田原漆器(神奈川県)/木曾漆器(長野県)/松本民芸家具(長野県)/飛騨春慶(岐阜県)/庄川挽物木地(富山県)/輪島塗(石川県)/山中木地挽物(石川県)/若狭塗箸(福井県)/大塔坪杓子(奈良県)/郷原漆器(岡山県)ほか【久野恵一】手仕事フォーラム代表。地域手仕事文化研究所主宰。もやい工藝店主。1947年生まれ。武蔵野美術大学在学中に民俗学者・宮本常一に師事。松本民藝家具の創始者・池田三四郎との出会いをきっかけに民藝の世界へ。大学卒業後、仲間5人と「もやい工藝」をはじめ、その後独立。北鎌倉を経て現在の鎌倉市佐助に店舗を構える。40年にわたり1年の3分の2は手仕事の産地をめぐり、買いつけや調査、職人をプロデュースする活動を続けてきた。2011年まで日本民藝協会の常任理事を務め、現代の民藝運動と積極的に関わる。<読む前の大使寸評>“木の文化"とかWOOD JOB!(ウッジョブ)が大使のこだわりでおます。 amazon木と漆(民芸の教科書3)この記事も木地師についてに収めておきます。日本木地師学界HP山中漆器小田原漆器
2014.02.15
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今回借りた7冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「何でもあり」でしょうか。<市立図書館>・大阪アースダイバー・フラット化する世界(上)・図説朝鮮戦争・アイ・ラブ安吾<大学図書館>・木と漆(民芸の教科書3)・「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか・宇宙、無からの創生(ニュートン別冊)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【大阪アースダイバー】中沢新一著、講談社、2012年刊<「BOOK」データベース>より南方と半島からの「海民」が先住民と出会い、砂州の上に融通無碍な商いの都が誕生・発展する。上町台地=南北軸と住吉~四天王寺~生駒=東西軸が交差する大地の一大叙事詩を歌いあげる。<読む前の大使寸評>内容はディープな大阪案内であるが、切り口と本のタイトルが斬新なんですね♪だいたい「ジャンジャン横丁のデュシャンたち」とか「ナニワのミトコンドリア戦略」とかいう切り口は、誰も設けないですよ。rakuten大阪アースダイバー大阪アースダイバーbyドングリ【フラット化する世界(上)】トマス・L.フリ-ドマン、日本経済新聞出版社、2006年刊<「BOOK」データベース>よりピュリツァー賞を3度受賞したジャーナリストが、インド、中国、日本、欧米諸国の経営者や政治家らへの綿密な取材をもとに、今われわれの目前で起きている巨大な変化を鮮やかに活写する。全米で社会現象を引き起こした超ベストセラーが、アップデート&増補版からの翻訳で登場。<読む前の大使寸評>話題作であり、いつでも読めると思っていたが8年経ってしまった。図書館で立ち読みしたら、ちょうど今ごろのことを書いているので借りた次第です。rakutenフラット化する世界(上)【図説朝鮮戦争】田中恒夫著、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より米ソの思惑によって分断された朝鮮半島。戦争はなぜ起きたのか、どんな戦いだったのか、日本はどのように関わったのか、そしてどのような影響を受けたのか―写真、作戦図など豊富な資料をもとに、朝鮮戦争を解き明かす。 <大使寸評>大使がもの心ついた頃には、朝鮮戦争が終わっていたが・・・今では、日韓両国の民からはエアポケットのように話題に上がらない朝鮮戦争である。しかし、米中の対立が拡大する今、かつて世界が経験した米中直接対決ともいえる朝鮮戦争を再認識したいと思う昨今である。amazon図説朝鮮戦争図説朝鮮戦争byドングリ【アイ・ラブ安吾】荻野アンナ、朝日新聞出版、1992年刊<「BOOK」データベース>より重いけれど明るいオモアカ安吾、太宰治、石川淳をしなやかに論じるいきのいい文芸評論集。【目次】風と安吾と3人の私と/片翼のペガサス-安吾をめぐる戯作的私評論の試み(エセー)/新鮮な蜘蛛の巣/惚れたが悪いか/石川淳をめぐる神々の対話-ルキアノス風に/ホットラインDAZAI<読む前の大使寸評>著者の難点は駄洒落の多いことであるが、それに目をつぶれば、けっこう真面目な本だと思う。rakutenアイ・ラブ安吾【木と漆(民芸の教科書3)】萩原健太郎著、グラフィック社、2012年刊<内容紹介>より“木の文化"といわれる日本の暮らしを支えてきた木の道具たち。伝統的な木工品、漆工品をいまも守り続ける全国23カ所のつくり手たちをレポート。木のある暮らしの魅力を再認識できる一冊。産地を訪ねて、大館曲げわっぱ(秋田県)/樺細工(秋田県)/川連漆器(秋田県)/岩手の桶(岩手県)/鳴子漆器(宮城県)/会津塗(福島県)/小田原漆器(神奈川県)/木曾漆器(長野県)/松本民芸家具(長野県)/飛騨春慶(岐阜県)/庄川挽物木地(富山県)/輪島塗(石川県)/山中木地挽物(石川県)/若狭塗箸(福井県)/大塔坪杓子(奈良県)/郷原漆器(岡山県)ほか【久野恵一】手仕事フォーラム代表。地域手仕事文化研究所主宰。もやい工藝店主。1947年生まれ。武蔵野美術大学在学中に民俗学者・宮本常一に師事。松本民藝家具の創始者・池田三四郎との出会いをきっかけに民藝の世界へ。大学卒業後、仲間5人と「もやい工藝」をはじめ、その後独立。北鎌倉を経て現在の鎌倉市佐助に店舗を構える。40年にわたり1年の3分の2は手仕事の産地をめぐり、買いつけや調査、職人をプロデュースする活動を続けてきた。2011年まで日本民藝協会の常任理事を務め、現代の民藝運動と積極的に関わる。<読む前の大使寸評>“木の文化"とかWOOD JOB!(ウッジョブ)が大使のこだわりでおます。 amazon木と漆(民芸の教科書3)伝統的な木工品byドングリ【「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか】大塚英志, 大澤信亮 、角川書店、2005年刊<「BOOK」データベース>より日本のまんが/アニメの発端は、戦前のハリウッド、ディズニーの模倣、戦時下の統制にあった。戦前のまんが入門、戦争と透視図法、大城のぼる「火星探検」、手塚治虫「勝利の日まで」、萌え市場、産業としてのサブカルチャーまでを徹底分析。今また戦時下にある、まんが/アニメの本当の姿とは何かー。<読む前の大使寸評>お役所主導のクールジャパンのいかがわしさに触れているので、この本を借りたのです。rakuten「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか 「ジャパニメーション」はなぜ敗れるかbyドングリ【宇宙、無からの創生(ニュートン別冊)】ムック、ニュートンプレス、2014年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>似たようなニュートン別冊をよく借りているが、インフレーションとかダークマターが気になるわけです。amazon宇宙、無からの創生(ニュートン別冊)初期宇宙が面白いbyドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き53図書館大好き(目録)
2014.02.14
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大使がもの心ついた頃には、朝鮮戦争が終わっていたが・・・今では、日韓両国の民からはエアポケットのように話題に上がらない朝鮮戦争である。しかし、米中対立が拡大する今、かつて経験した米中直接対決ともいえる朝鮮戦争を再認識したいと思う昨今である。 この本を借りるのは2度目であることに後で気付いたけど、前回の読み方が杜撰だったのか、それともボケが始まったのか(笑)今回は朝鮮の地図を横に置いて、読み進めたのです。【図説朝鮮戦争】田中恒夫著、河出書房新社、2011年刊<「BOOK」データベース>より米ソの思惑によって分断された朝鮮半島。戦争はなぜ起きたのか、どんな戦いだったのか、日本はどのように関わったのか、そしてどのような影響を受けたのか―写真、作戦図など豊富な資料をもとに、朝鮮戦争を解き明かす。 <大使寸評>大使がもの心ついた頃には、朝鮮戦争が終わっていたが・・・今では、日韓両国の民からはエアポケットのように話題に上がらない朝鮮戦争である。しかし、米中の対立が拡大する今、かつて世界が経験した米中直接対決ともいえる朝鮮戦争を再認識したいと思う昨今である。amazon図説朝鮮戦争北朝鮮軍の南侵直後の7月時点での、国連軍の状況、日本の状況を見てみましょう。<時間との戦い>p37~39より 7月7日、北朝鮮軍は、「敵に時間的余裕を与えることなく、高い攻撃速度をもって敵に猛烈な打撃を加えて錦江と小白山脈を速やかに突破し、大田地域と小白山脈で敵の基本集団を包囲、殲滅することによって全州、論山、聞慶地域と蔚珍およびその南方地域を解放する」という第三次作戦を開始した。 こうして北朝鮮軍は、予備の師団を戦線に投入して進撃を加速させ、一方の国連軍は、抵抗しつつ時間を稼ぎ、戦力を充実して反撃の機会を窺うこととなり、戦況は、北朝鮮軍の釜山占領が早いか、それとも国連軍の増援が早いか、まさに時間との戦いの様相を呈するようになった。 7月7日には英国とオーストラリアの海空軍が参戦したものの、両国の地上軍は未だ到着できなかった。この点、米軍が日本に駐留していたことは大きな意味をもっていた。米軍は、九州の第24師団に続き、7月10日には関西の第25師団が釜山に、また18日には関東の第一騎兵師団が浦項に到着した。さらに7月末には米本土から第二師団も到着する予定であった。つまり米軍は、まず日本に駐留していた部隊を韓国に派遣し、その後米本国から逐次に到着してくる部隊を韓国に派遣していったのである。 こうして日本には北日本の第7師団しか残らないことになった。このためマッカーサーは、日本政府に警察予備隊創設の書簡を送ることになる。 また補給の面においては、国連軍も韓国政府も軍需支援体制の確立を急いだが、すぐに解決できるわけではなかった。このため、まず在日在庫品を輸送することによって当面の需要を満たし、不足分は米本土と日本で生産して輸送することにした。釜山港が日本に近く、すぐれた港湾能力を持っていることは国連軍にとっては幸いであった。 釜山港は港内に24隻の船舶が碇泊でき、14隻のLSTが同時に荷役作業を行うことができ、7月の間、1日平均1万666トン、総計30万トンあまりが揚陸され、230余隻の船舶が入港していた。また北朝鮮軍が海空能力を欠いていてこれを妨害できなかったことっは、爾後の戦況に大きな影響を及ぼした。 一方、北朝鮮軍にとっては、南下するにつれて補給線は延び、兵力の消耗も増加し、補給や補充が追いつかなくなっていった。時間との戦いは、補給と補充のスピードの戦いでもあった。<9月の攻防>p51~55より 8月下旬、米本土から第2師団の主力や補充部隊、戦車部隊等が到着し、さらに英第27旅団も到着した。その結果、ほとんどの師団は三個連隊三個大隊の本来の編成に充足され、戦力も充実してきた。この頃国連軍は、北朝鮮軍の兵力を約9万8千人と見積もり、兵力比では二倍、戦車は五倍国連軍の方が優勢であると判断していた。 一方北朝鮮軍は、8月20日に「洛東江に圧縮した敵を、二つの強力な打撃集団によって西側と北側から打撃してテグ、永川一帯で米韓軍を包囲殲滅し、釜山根拠地を最終的に掃討する」という第5次作戦を指令し、その準備を進めた。そして総予備の第10・第7・第9師団の他に2個機甲旅団を戦線に投入し、以前から洛東江戦線にある部隊とともにこれらを二個の軍団に整理統合した。 その構想は、「西部の第一軍団が8月31日に馬山、霊山正面を突破してテグ~釜山道を遮断し、北部の第二軍団は9月2日、倭館、多富洞、永川、安康・浦項正面を突破した後、釜山に進撃する」というものであり、北朝鮮軍の総力を挙げた最後の決戦であった。(中略) 北朝鮮軍は夜になっても攻撃を続け、6日未明には韓国軍を撃退して永川に侵入した。ところが永川を占領した北朝鮮第15師団は、テグには向かわず、なぜか慶州に向かって南下を始めた。これは第2軍団にとって幸いであった。同日午前、米軍の戦車小隊が到着すると、師団工兵隊はこれと共同して永川の奪還に向かった。この反撃は北朝鮮軍の不意を突き、車輌40余両、対戦車砲10余門を捕獲して一旦永川を奪回した。同日第1師団と第6師団から各一個連隊の増援部隊が到着した。 第2軍団は、10日から総反撃に転じ、第21・第19の二個連隊で北朝鮮第15師団の退路を遮断し、永川南側から五個連隊をもって総攻撃していった。 北朝鮮軍の9月攻勢は、9月10日過ぎ頃から次第に下火になっていった。永川のようにまだ依然として激戦が続いている地域はあったものの、全般としてみればもはや北朝鮮軍には国連軍の戦線を突破してテグや釜山を目指す力は残っていなかった。 北朝鮮軍の9月攻勢は、総予備の師団を戦線に加入させ、その総力を挙げた最後の決戦であった。だが国連軍による絶対制空権下の作戦は、戦闘力の集中を著しく困難にし、北朝鮮軍にとって、9月攻勢は、既に戦力の限界を超えた作戦であったのである。この後、9月15日の仁川上陸作戦、10月19日の中共軍介入と続くわけですが・・・この本の核心部分を書き写すのは事だから、省略します。このところ嫌韓本が多いなかで、著者が示す韓国観は少数派と言えるかもしれないが・・・拝聴致しましょう。<日本と韓国>p135~137より 朝鮮戦争が終わって60年近く経った現在でも、日韓両国は朝鮮戦争における互いの国の状況も実態も理解しているとは言えないように思う。韓国では、少数の研究者を除けば、朝鮮戦争において韓国は戦い抜き、その結果として日本を守ってやったという優越感と、韓国が血をもって戦っている間に、日本は特需によって一方的に儲けたという一種の妬みに似た感情がある。反面、日本が国連軍に協力するという姿勢で戦争を後方から支援したということについてほとんどの者が認識していない。 一方日本は、韓国が国連軍とともに戦い共産軍の進出を阻止したおかげで、日本の危機は免れたということを認識する者は少なく、また国連軍への協力は密かに行われたことが多く、ほとんどの人は協力の内容についても知らないことが多い。今や両国の関係は密接になり、経済ばかりでなく、人や文化の交流も盛んになってきたにも拘わらず、朝鮮戦争についてはお互いの理解は進んでいないといえる。 朝鮮戦争に米軍と一緒に参加したある在日韓国人から聞いた言葉がある。「日本があるのは韓国のおかげ、韓国があるのは日本のおかげ」。日本と韓国をよく知る彼は、自らの戦争の体験からそれを感じている日本人は少なく、韓国でもごく少数の人が感じているだけであろう。この本の最後に朝鮮半島に関する著者の歴史認識が披露されているので紹介します。卓見であるとは思うのですが、元防衛大学教授という著者の経歴が色濃く出ていると思うのです。<朝鮮半島に関する戦略的関心の喪失>p139~140より 朝鮮半島は、歴史的に、我が国の対外関心の最重要地域であった。それは近世まで、我が国の対外的脅威は必ずといってよいほど朝鮮半島からやってきたことからも頷ける。7世紀の百済滅亡と白村江の敗戦、同後半期の唐と新羅の戦争、11世紀の契丹の高麗侵攻、13世紀の蒙古襲来、17世紀の後金(清)による李氏朝鮮への侵攻など、我が国への脅威はすべて朝鮮半島を通じてやってきた。秀吉の朝鮮出兵はこの中での特異な事件である。 東アジアは長く華夷秩序の世界にあり、中でも朝鮮半島は中華に近く、しかも地続きであることからその影響を強く受け、何度も圧倒的な大陸の勢力に攻め込まれ、戦い、ある時はこれを撃退しながらも宗属関係に入ることを余儀なくされることが多かった。一方我が国は、中華から遠い距離にあり、しかも四面海に囲まれているという地理的な利、さらに朝鮮民族の防戦もあって、ただ一度元寇の時を除いては大陸勢力の直接脅威に曝されることはなかった。 朝鮮半島は、我が国のバッファー・ゾーンとしての役割を果たしていたのである。一方で秀吉による大陸への出兵や、後の日露戦争やその後の大陸進出に際しては、朝鮮半島は大陸への進出基地であった。 では、朝鮮半島にとって日本はどのような地位にあったのか。おそらく危機に際しての避難地ではあっても、背後を支え、あるいは共に戦ってくれる心強い友邦とは感じていなかったであろう。二千年の間、朝鮮半島の勢力が我が国に来援を要請したのは、滅亡した百済の遺臣が、百済復興のために朝廷に援軍の派遣を要請した時と、蒙古軍の侵攻によって高麗の王朝が服属した後、これに対抗した三別抄が鎌倉幕府に援軍を要請した時の二度だけである。いずれも施政者からの要請ではなかった。我が国は、隣国からあまり信頼されていなかったといえる。 この華夷秩序が崩れるのは19世紀後半になってからである。列強の東アジア進出の中で、我が国は北方、南方、東方からの脅威に晒された。その中で、いち早く開国し近代化に乗り出すと、対外関心の最重要地域である朝鮮における覇権を確立し、我が国の安全保障を図るために朝鮮半島に出兵して清国と戦い、勝利を収めた。これが二千年以上にわたって続いた東アジアの華夷秩序の崩壊を決定づけ、朝鮮が大陸との宗属関係から脱する契機となった。 第2次大戦後は、そうした日本の課題が、米国の日本占領統治によってすべて米国に継承されたといえる。ジョージ・ケナンは、回顧録の中で「われわれは、日本がこの半島において大陸の勢力を封じこめるため長い間担ってきた負担を、自ら肩代わりする事態に直面することになった」と述べている。それは、米国が朝鮮の危機に軍事介入し、日本がそれを後方で支えることになった朝鮮戦争の構図が、改めて朝鮮半島の戦略的地勢を米国に示したということであり、日本も韓国も、米国の世界戦略、アジア戦略の中に組み込まれたのである。これは極東の歴史上初めてのことである。
2014.02.13
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図書館で借りた「大阪アースダイバー」という本であるが・・・・内容はディープな大阪案内であるが、切り口と本のタイトルが斬新なんですね♪だいたい「ジャンジャン横丁のデュシャンたち」とか「ナニワのミトコンドリア戦略」とかいう切り口は、誰も設けないですよ。とっつきには、著者中沢新一の独特な推論(イデオロギッシュというべきか?)に違和感があるが、読み進むと慣れてきます。まあ、講談とか浪曲になじむようなものか♪<湿った通天閣>よりp155~156 上町台地の崖際に立つと、後ろに四天王寺五重塔、前方の崖下向こうに通天閣が見える。同じ塔でありながら、二つの塔はあきらかな違いを感じさせる。 四天王寺五重塔は、創建者であった聖徳太子がそう願ったように、「太陽に近い」ことに意味を持つ塔である。そのために四天王寺の仏塔は、「乾いた」印象を与える。 それに比較すると、通天閣は沼地から咲き出した蓮の華のように、「湿っている」のを感じる。じっさい通天閣の建つあたりは、長いこと沼だった。その沼から、通天閣はまるで水生植物のように、天をめざして生え出している。 通天閣は、女性的なものの真ん中を貫いてこの世界に出現する、まだ皮をかぶって湿った部分を残している。子供のペニスをあらわしているのではないか。もっと言えば、それは胞衣をかぶって生まれたばかりの、新生児の精神を象徴しているのではないだろうか。 通天閣は、新しいモダニズムの世界に生まれ出るはずの、「子供」としてのペニスなのである。いやモダニズムそのものが、既成の秩序を壊す子供の精神から、インスピレーションを受けた運動である。そのモダニズムの新世界を象徴する通天閣が、男の子のものを連想させたとしても、少しも不思議ではない。 そうなると、この塔のマスコット的な存在として、「ビリケン」という精霊の像を選んだ人たちの想像力は、そのものずばり人類的な普遍性に触れていたことになる。たしかにビリケン像を着想したのは、アメリカの女性アーティストだったであろうが、その像を思いついたとき彼女の想像力は「子供の姿をした精霊」をめぐる、人類の心の奥深い謎に、触れていた。そして、大阪人はそれをこともなげに、通天閣とくっつけたのだった。 こういうことが、「大阪の神秘」なのである。大阪人はモダニズムに浮かれまくっていながらも、アフリカやアジアの精神的古層との、たしかなつながりを保ちつづけている「人類」そのものである。こういう神秘は、東京にはほとんど見出すことができない。大阪アースダイバーの醍醐味は、こういうところにある。大阪ミナミは霊的な場所だったようですね。更に読み進めます。ふだんは無神論で罰当りの大使であっても、四天王寺には手を合わせたくなったりして(笑)<最後の庇護の場所>よりp163~165 四天王寺は上町台地の上にある。その四天王寺が、大阪ミナミに広がる低地のアースダイバー的構造を、完全に決定しているこの不思議。 古代から今日にいたるまで、荒陵と呼ばれたあたりから、釜ケ崎を含むかつての今宮村まで広がる広大な地域が、時代ごとのプロレタリアに向かって、やさしく胸襟を開いていた。こんなことは、他の都市にはめったにおこらなかった。大阪にこのような愛隣的現象がおきたのは、崖の上に四天王寺が建っていたためである。 四天王寺ははじめ森ノ宮にあったが、のちに荒陵に移されて、壮麗な仏教寺院のたたずまいを誇っていた。この寺は、古代河内戦争の敗者である物部守屋の霊を鎮めることを、隠されたもう一つの目的として建てられたため、死をまぬかれた物部氏の一部は、四天王寺の周辺に住み着いて、雑役をとおして寺に奉仕する下級僧として、生きのびることを許されたのであった。 荒陵には、重い病気にかかった人々を収容する悲田院が設けられた。そればかりか、五重塔の脇にあった引声堂の床下には、古代末期になると、土地を捨てて逃亡した浮浪人や、病気のために村に住めなくなった人々が、住みつくようになっていた。こうした人々は、物乞いをしなければ生きていけない。いわば古代のプロレタリアであった。彼らは夜には四天王寺の床下に眠り、昼は村々に物乞いに出かけた。四天王寺は、そうやって無産者たちをまもっていた。 そういう床下住人の群れのなかに、俊徳丸という若者がいたことを思い出していただきたい。今日でも河内音頭最大のヒーローであるこの物乞い人の活動範囲を、説経本や浄瑠璃本などから推測してみるに、荒陵から合邦辻あたりまで広がる、広いエリアをおおっていたことが想像される。合邦辻とはいまの新世界の近く、そこから少し足を延ばせば、西成・釜ヶ崎の近辺にたどり着く。そうすると、四天王寺居留のプロレタリアにとってこのあたりまでが、聖徳太子建立の寺院の霊力が、直接に及んでいるエリアだったことになる。 近世には、荒陵にあった古代以来の飛田墓地と新しい千日前墓地は、ひとつながりの霊域と考えられていたために、荒陵一円をおおっていた、四天王寺の放つプロレタリア庇護の霊力は、千日前界隈にまで及ぶことになった。そのためか、近世のはじめに大量に出現した流民の群れにとって、千日前墓地も愛隣的区域として、かっこうの流入地となった。もともとここには大きな非人村があったため、公民権さえ奪われてしまった人々にとって、大阪ミナミは、自分らの生存のために地上に残された、わずかな土地となったのだった。 徳川期にキリスト教の信仰が厳しく禁止されると、千日前墓地には、公民権を奪われ非人に落とされた、たくさんの「転びキリシタン」が流れ込んできた。ことに、女性の転びキリシタンが多かった。信仰者であることを暴露されて転んだこれらの女性たちは、在所に住むことを許されなかった。女性たちは流れ流れて、千日前墓地にたどり着き、そこで非人の男を見つけて夫婦になることができた。 古代には重い病気によって、近世には信仰によって、流民化しプロレタリア化せざるを得なかった人々にとって、広い意味での荒陵の土地は、最低ぎりぎりの暮らしぶりとはいえ、生命をつなぐことは可能にしてくれる、最後の庇護の場所となってくれていた。大阪には古代以来、けっして狭くない領域にまたがって、このような愛隣的区域が形成されていたが、その精神的な中心には、いつも四天王寺の存在があったといえる。ときどき、鶴橋の焼肉が無性に食べたくなる大使にとって、このあたりのコリア世界が興味深いのです。<生野区と平野区を掘る>よりp245~247 大阪に堆積したコリア世界の地層は、大きく分けて「古層」「中層」「表層」という、三つの層でできている。 古層はもっとも早い時期に、上町台地に上陸した、三韓からの渡来民が搗き固めた、大阪という都市の土台にあたる部分を言う。彼らがやってきたのは、ずいぶんと古い話になるし、そののち長い時間をかけて日本文化とのハイブリッド化も進んだので、アースダイバーの手法でも借りないかぎり、この地層を直接掘り出すのは難しい。 中層は近代になって形成されてきたもので、三層のなかでもいちばん分厚い層をなしている。この層は、地表にさらされている部分が多いから、現在でもすぐに見分けることができる。この地層の形成は、日本の資本主義の発達によってもたされた。かつてのいわゆる「帝国主義」の時代に、安価な労働力として朝鮮半島からやってきた、おびただしい数のコリアンたちが、異国の地につくりあげた生活世界の地層でもあり、たえずきびしい差別にさらされてきたところが、古層のコリア世界との違いである。 中層から表層への変化をもたらしたのは、ごく最近の「韓流ブーム」である。昨今の韓国の資本主義の発達はめざましく、いまやいくつもの分野で、日本をしのぐ実力を身につけている。この変化にもっとも早い時期に、的確な感覚的反応をしめしたのが、例によって「大阪のおばちゃん」たちだった。彼女たちの感覚は、男たちよりもずっと柔軟だから、現実の深層部で進行していることに、敏感に反応することができたのである。 「韓流はかっこええんやない?」。こういう感性的反応が登場してしまうと、それまでの面倒くさい歴史問題や感情のもつれなどは、無思考の大阪に飲み込まれてしまい、ミーハー思考によってコリア世界を取り巻く状況は大きく変わってしまった。桃谷のコリア街などは、これまで生活用品を売る店が建ち並ぶ細々とした商店街にすぎなかった。そこがいまや軽量エキゾチズムを求めて訪れてくるたくさんの韓流ファンによって、にぎやかなコリア・タウンに変貌した。中層から表層への変化をつくりだしているのは、ここでも資本主義の現代的変化にほかならない。中層コリア世界が生産型資本主義によって生み出された現実であったのにたいして、新しく生まれつつあるこの表層のコリアは、情報型資本主義がつくりだした現実にほかならない。 大阪の文化は、このような三層をなしてダイナミックに活動をつづける。このコリア世界との関わりなしには、考えることはできない。この地層から放出されてくる力が、「大阪のバイタリティ」と言われるものの、おおもとをなしているからである。この三つの地層は、面白いことにほぼ同じ場所で堆積をおこしているから、同じ地点を掘り下げていくだけで、大阪におけるコリア世界の歴史的全貌に近づいていくことができる。有力な発掘場所は、その多くが生野区と平野区に分布している。 大阪にコリア世界の確かな古層が形成されだしたのは、5世紀の頃である。高津古代港から上陸を果たした百済人の大集団は、上町台地をこえて、東に広がっていった。彼らは平野川の扇状大地にたどり着き、そこを開拓地と定めた。まず「ヒメコソ」の森となる場所を定め、それから村づくりにとりかかった。【大阪アースダイバー】中沢新一著、講談社、2012年刊<「BOOK」データベース>より南方と半島からの「海民」が先住民と出会い、砂州の上に融通無碍な商いの都が誕生・発展する。上町台地=南北軸と住吉~四天王寺~生駒=東西軸が交差する大地の一大叙事詩を歌いあげる。<読む前の大使寸評>内容はディープな大阪案内であるが、切り口と本のタイトルが斬新なんですね♪だいたい「ジャンジャン横丁のデュシャンたち」とか「ナニワのミトコンドリア戦略」とかいう切り口は、誰も設けないですよ。rakuten大阪アースダイバーこの記事も関西あれこれに収めておきます。
2014.02.12
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ネットで「搾取される名ばかり構成作家」という記事を読んだが、いろいろ思うところがあったのです。とにかく、アニメのイラストレーターもブラックだけど、構成作家もブラックのようですね。昨今のアート系の仕事は、若者を食い尽くして成り立つように変質しているのかもしれないのです。1/28たそがれ30~50代に搾取される“名ばかり構成作家”30代で手取り20万円、サービス残業100時間の悲哀より 今回は、前回取り上げた30代のテレビディレクターと親しい、30代の「自称・構成作家」を紹介しよう。2人は親しい間柄だが、共通の敵がいる。それは、30代後半から50代にかけての「おっちゃんたち」である。 「自称・構成作家」の小山田恵一(仮名・34歳)は、番組制作プロダクションに勤務する。社長やその取り巻きのディレクターやプロデューサーである「おっちゃんたち」にいじめ抜かれる日々だ。 小山田は10年ほど前、新卒での就職に「失敗」して以降、苦難を重ねて現在に至った。その姿はバイタリティに溢れるものであるが、少々不器用に見えなくもない。いつの時代も、人間30代前半くらいまでは迷いの中にいるものだが、小山田はとりわけ生きることが下手に思えなくもない。 中高年からのいじめに苦しむ人たちにこそ、ぜひ読んでもらいたい。小山田の生き方に、何かを感じ取ってもらえると思う。<“おっちゃん”たちからの執拗ないじめ「もうテレビ界から足を洗おうかな……」> 「コウモリとかスパイと呼ばれ、先輩からいじられる。もう、テレビの世界から足を洗おうかな……」 自称・構成作家の小山田恵一(仮名・34歳)が、不満を吐き出すのかのように話す。その横に、前回の記事で取り上げた三笠(仮名・32歳)が座る。 2人は、数年前から親しい間柄である。ともに、テレビ界に籍を置く30代後半から50代のディレクターやプロデューサーらによる「若手潰し」に不満を抱え込む。 2人は、「クリエィティブなんて呼ぶのには、ほど遠い世界。将来がないおっちゃんたちの不満を晴らすための、いじめにしか見えない。あの人たちは、必死に自分を大きく見せようとしている」このいじめのような状況を読むかぎり、構成作家の業界では自主的に労働形態を見直す動きは期待できないのではないだろうか?そして、視点はややずれるけど・・・・お役所主導のクールジャパンというニワトリは、もう卵を生まないかも?クールジャパンというお役所支援策のピント外れについて『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』という本を読んでみました。<アニメーター育成プログラムには意味があるのか?>p247~249 日本のアニメ制作会社は全国で450程度あると言われています。そのうちの360くらいが東京にあり、さらに練馬区と杉並区でそれぞれ約70社ずつを占めている。こうした状況を踏まえて、とくに杉並区はアニメを地場産業と位置付け、「杉並アニメ匠塾」という税金を使った育成プログラムを行っています。 しかし、いくら税金を投下しても、今春(2005年)乱立するアニメ関連の大学も含めて、就職先である制作会社の職場環境は変えようがない。賃金そのものに問題があるのに、アニメーターの育成だけを行って、会社に送り込んだあとは知らないというのは無責任です。杉並区のプログラムの履修者12名のうち、アニメ制作会社に就職したのは6名でしたが、その意味するものは何なのか。 そういうアニメーションのクリエーターが置かれている現場の環境、とりわけ金銭的な側面をどう改善していくのかという問題があります。 かりにファンド型のビジネスモデルが有効に機能して、最終的にクリエーターに利益が還元されても、あくまでも宮崎駿や「ポケモン」の田尻智史というレベルにおいてであればあまり変わりません。その下にいる具体的な制作スタッフに対して、どこまで利益配分がなされるのかといったら、あまり期待できないでしょう。 しかも制作費のローコスト化への流れはむしろ進行すると考えた方がいいと思います。 たとえば、前述のシンポジウムで浜野が述べていますが、2001年の8月にアメリカのワーナー社は、日本でのアニメーションの下請けをぜんぶ閉じてしまった。これからは100%韓国で作るそうです。また、自社のアニメーターを保護することで有名だったディズニーも、劇場用アニメーター数百人をレイオフしました。 今後、アニメーション制作の現場は労働対価の安いアジア諸国に移り、先進諸国には3DCGなどの先端技術、あるいは2D動画の職人的な技術を持った、ごく少数のアニメーターだけが残ることになるはずです。アニメ、映像の制作現場で下請け構造による力関係によって「不公正な取引関係を生じやすい」のなら、それはむしろ商法で規制し、かつ、労働問題として対処すべきでしょう。それを論点のずれた構造改革論議で誤魔化そうとするところが、まさに今のこの国の政策とマッチしているといえます。ところで、ブラック企業といえば、アメリカのブラック度は高いはずなので・・・アメリカ型就職支援センターについて朝日のレポートを見てみましょう。2/9(「危機」後の世界経済)震源の米国はいま:3 悪化する雇用の質より 2月6日の米南部ミシシッピ州都ジャクソンの郊外。零下近い気温で、小雪が舞う肌寒さのなか、職探しをする人たちが次々と「就職支援センター」に入っていった。大半は黒人で、子連れの母親もいる。 「ひどい状況だよ」 トレバリアス・ハリス(38)は左手に失業保険の申請書を握り締めながら、そう言った。「電気関係、建設、ファストフード店、何でもいいから仕事を探している。とにかく働きたいと思っているのに……」 昨秋まで、隣のテネシー州の建設現場で電気技師として働いていた。住居も会社から提供され、給料は手取りで月4千ドル(約41万円)ほどあった。だが、工事完了と共に仕事を失った。妻と1歳の娘を養う。月約550ドル(約5万6千円)のアパートの家賃が重くのしかかるが、仕事は見つからず、焦りが募る。 高学歴、高収入の中間層も「失業」という現実に直面している。 ロンダ・トンプソン(46)は昨年10月、14年間勤めた大手ケーブルテレビ会社コムキャストを解雇された。大学でコミュニケーション論を専攻した知識を生かし、管理職として活躍。年収は一時、10万ドル(1020万円)近くに上った。それだけに失業はこたえる。 2008年9月のリーマン・ショックから5年半がたった。オバマ政権が発足した09年初め、米就業者数は毎月70万人前後減り、雇用は記録的なペースで失われ、09年10月には失業率は10%に達した。しかし、米連邦準備制度理事会(FRB)の大規模な金融緩和などで米経済は復調。FRBは昨年12月、雇用の回復を背景に金融緩和縮小を決めた。 だが、ミシシッピ州の現場から見えるのは、雇用情勢が地域ごとにまちまちになっているという現実だ。 例えば、シェールガス採掘に沸くノースダコタ州の失業率は2%台にまで下がっている。一方で、住宅バブルが大きくはじけたネバダ州は9%近いままだ。 米国の南東部は失業率が高止まりしていることで知られている。なかでもミシシッピ州の失業率は8.0%と全米で7番目に高い。 米国の労働市場が抱える実態はこれだけではない。 生活を支えるためにやむを得ず低賃金のアルバイトなどで食いつないだり、働きたいのに職探しをあきらめてしまったりする「不完全就業(アンダーエンプロイメント)」と呼ばれる層が増えているのだ。 ジョスティン・トンプソン(21)は、2週間ほど前に地元のバーガーキングで働き始めた。週給は150ドル。だが、「もっと稼ぎのいい仕事がしたい」と、いまでも就職支援センターを訪れている。 1月に、米国の失業率は6.6%まで下がったが、実はこうした「不完全就業者」などを加えた潜在失業率は、いまでも12.7%と、2倍の高水準だ。「下流雇用」ともいえる低賃金労働が増え、雇用の質は悪化している。 さらに深刻なのは、長期失業者の割合が急増していることだ。 首都ワシントンに住むチャールズ(50)は昨秋、就職支援センターで仕事を探していた。バスの運転手だったが、仕事を失って7カ月がたっていた。家も車も売却。「別の職種でもいいから、とにかく仕事を探したい」と切実に語った。 失業者のうち、27週間以上仕事に就けない「長期失業者」の割合は、今年1月で35.8%。半世紀にわたり、高くて20%前後で推移してきた長期失業者の割合は、金融危機後に2倍近くに跳ね上がったまま。米国が直面する新たな事態だ。■変わる製造業、人手省く 雇用を増やすにはどうすればいいのか。バラク・オバマは09年に大統領に就任して以来、一貫して「製造業重視」を訴えてきた。産業の裾野が広い製造業が復活すれば、雇用の増加につながるとにらんだからだ。 米国の現在の製造業就業者数は約1200万人。ドル安などに伴う輸出増を背景に11年からは回復に転じた。ただ、増加幅はこの3年で50万人程度。政権が狙うほどは増えていない。 背景にあるのは、いまの製造業の質的な変化だ。 パソコン世界最大手の中国レノボグループは昨年、米東部ノースカロライナ州で新パソコン工場を建設した。地元は雇用の大幅増を期待したが、稼働当初に雇われた従業員は115人。最新の生産ラインでは極限までムダが省かれ、多くの人手を必要としないのだ。 「3D(3次元)プリンター」で世界首位の米ストラタシスのミネソタ州の工場も同様だ。巨大な冷蔵庫のような100台以上の3Dプリンターが並ぶ工場内は静かな機械音だけが響き、人影はほとんどない。 「米国内回帰」(リショアリング)する企業は厳しい条件をつきつけている。 ウィスコンシン州にある錠前メーカー「マスターロック社」。同社は2年前、中国の拠点を本社に戻し、100人超を雇用するという方針を示した。 「じつは雇用はほとんど増えていない」と労働組合幹部のマイク・ビンクは明かす。会社側は中国から戻ってくる代わりに、賃金水準を中国並みにしたいと条件を出し、調整が難航したままだという。 米国は雇用を生むはずの製造業の現場でもまた、「新しい日常(ニューノーマル)」に向き合っている。=敬称略 (米ミシシッピ州ジャクソン=五十嵐大介、ミネソタ州エデンプレイリー=畑中徹)アメリカの貧困度、就労形態は過酷すぎるので、あまり日本の参考にならないようですね。ブラック企業の問題は根は深いのであって、非正規雇用、日本型就活、厚労省管轄法人の機能不全、日本型製造業の強み等々・・・欧州型の就労育成の一部が辛うじて機能しているようだが、日本はどのような手だてを取れるのだろう?少子化、ブラック企業という荒波の先端を泳いでいるような日本であり、解決策は日本で打ち立てるしかないのだろう。世界は、日本の解決策を注視しているはずです。 10日にツイートしたのです。ドングリ@mdonguri:日本型セーフティネットは、生涯派遣の労働者に対する有効な手立てを決めあぐねている。厚労省管轄の雇用促進とか職業訓練のための各種法人は、見るも無残な怠慢あるいは醜態を演じていているだけである。欧州型の組織に学ぶところがあるのでは?
2014.02.11
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文芸春秋なんて保守的で、老人向けの雑誌とややバカにしている大使であるが・・・・この雑誌は、3割打者のように時々クリーンヒットを打つわけですね♪ひさしぶりに購入した文芸春秋であるが、NHK新会長の擁立劇が載っていたり、また、次のようなGM作物の弊害に関する記事があったり・・・今月号は、まあ、合格ですね♪東大の鈴木宣弘教授が、TPPの問題やGM作物の弊害を述べています。 <TPPが無視するGM食品の恐怖> p443~445より■米でも「表示義務」が問題に アメリカ国内では、GM作物は従来の作物と同等であるとされているため、表示義務はありません。それどころか、「GM作物を使っていません」と表示することすら基本的に許されていないのです。「GM作物を使っていない」と、「組み換えていない方が優良である」という誤解が生まれる可能性がある、つまり、GM作物の売上げを妨害するというのが、その理由です。(中略) しかし、TPPが締結されれば、日本人にとっても表示義務の問題は他人事ではありません。というのも、アメリカはTPP交渉をテコに、自国内と同様、「GM食品が安全でないかのように消費者を惑わすことになるので、表示義務は認められない」という立場を広めようとしているからです。 アメリカが科学的に安全だと認めた産品に、表示義務を課すのは、輸入を阻害する要因となる、問題があるというのなら、危険だという科学的根拠を示せ、というわけです。 そこで、大きな問題となるのはISDS条項です。外国企業が投資先の国で不当な損害を受けた場合、国際機関を通じて、相手国を訴えることができるという取り決めですが、この条項が適用されれば、日本国内のGM食品の表示義務によって、アメリカの農業・食品業界が不当な損害を受けたとされる可能性が高いのです。■食料は武器だ アメリカでは産官学、それに法律面でもGM作物をバックアップしています。その根底には、「食料は武器だ」という米国の食料戦略があります。 もしアメリカからの輸入に食料を依存してしまえば、もうその国はアメリカに逆らえない。たとえば畜産であれば飼料、穀物などであれば種子のシェアを握ることでも、食による支配は可能なのだ―ある日本人農家の方は米国留学中、こんな内容の講義を教授から受けたといいます。 たとえばIMFや世銀からの融資、もしくは援助とセットで、途上国に対し、農産物の関税撤廃を強要する。それも、まともに輸出すると途上国の安価な生産コストに勝てないので、米国の農家に輸出補助金を出して、安く売りつけるのです。アメリカでは多い年で、コメ、トウモロコシ、大豆の3品目だけで1兆円規模の輸出補助金(輸出信用、食料援助も含む)を出しています。途上国の農家が破綻し、食料生産の基盤がひとたび破壊されてしまえば、復活はきわめて困難です。そうして、途上国はアメリカへの依存を脱することが出来なくなる。これが米国の「食料戦略」です。 そうした「食の戦争」には、GM作物はうってつけといえます。科学技術によって作られたGM作物は、モンサント社など開発した企業の「知的財産」として法的に保護されています。農家も、その種を買って使用することはできますが、自家採種、つまり農家が育てた農作物から収穫した種をもとに再度栽培してはならない決まりになっています。つまり、モンサント社製のGM作物を栽培する限り、農家は毎年、かならず種子を買わなければなりません。 先進国で最も低い食料自給率に甘んじている日本は、ある意味でアメリカの食料戦略の最大の犠牲者と呼べるかもしれません。世界でもトップクラスのGM作物消費量は、そのあらわれの一つといえます。食の安全について、日本人が自分で判断できる状況を確立するためにも、「食の自立」に関する冷静な努力がますます必要なのです。
2014.02.10
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NHKの籾井新会長が就任会見で暴言を吐いて問題になったが、更にNHK経営委員の委員にあるまじき言動が追い討ちをかけています。全てのカラクリは、安部首相およびその取り巻きによって仕組まれているんだろう。ところで…文芸春秋2月号の「丸の内コンフィデンシャル」に、NHK新会長の擁立劇が載っていたので紹介します。この記事は新会長の暴言が出る前に作られているが、まさにコンフィデンシャル(内密、人事親展)という内容が冴えていますね♪ <NHK新会長の評判> p230より 日本放送協会(NHK)の新会長に、三井物産で副社長を務めた籾井勝人氏が就任。アサヒビール出身の福地氏、現会長のJR東海出身の松本氏に続き、NHKは3代連続で外部から会長を登用することになった。 任期は3年。今回は今年1月に期日を迎える。松本現会長の経営には特に失点もなかったが、昨秋から水面下で「松本おろし」がうごめいていた。 昨年10月、官邸サイドで安部首相と近しい作家・百田尚樹氏や哲学者・長谷川三千子氏らを経営委員に抜擢し、包囲網を敷いた。「01年の慰安婦問題をめぐる番組改変問題に始まり、現在も反原発番組を作るNHKの制作サイドを首相周辺は快く思っておらず、松本会長にも不信感を持っていたようです。また首相と近いJR東海会長の葛西氏も松本氏の会長就任は認めたものの、民主党政権下で進んだ会長人事で白羽の矢が立った松本氏の続投は、なんとしても阻止したかったと言われています」(NHK関係者) 空気を察した松本氏は12月上旬の記者会見で続投の意志がないことを表明。後任の人選は官邸周辺で進み、「麻生副総理と知己があるという理由」(財界関係者)で籾井氏の名前が急浮上したという。 籾井氏は三井物産の保守本流である鉄鋼畑を長年歩んだ人物。同社の社長、会長を歴任した鉄鋼畑の上島重二氏と近く、とんとん拍子で出世をした。社長候補と目された時期もあったが、同一部門から続けて社長は出さないという不文律があったため、三井物産社長レースでは現会長の〇田氏に敗れた。 「大物副社長だったがために処遇に困った」と当時を知る三井物産OBは言う。結局、2005年、同社が出資する日本ユニシスの社長に就任したが、「ITをほとんど理解していなかった」(日本ユニシス幹部)。 相当な野心家であることは確か。しかし同氏の名前が知られるのは鉄鋼業界ぐらいで、松本氏や福地氏に比べネームバリューに乏しいうえに財界経験もない。伏魔殿といわれるNHKを御しきれるか。手腕は未知数だ。・・・とまあ、NHK経営委員を誰が選ぶんだろうという疑問に答えてくれるコンフィデンシャルでした。Kawamotoさんの2/6ツイートを紹介します。@xxcalmo:BBCやザ・ガーディアンといった英国のメディアが今回のNHK事件についてリアルタイムに近い報道を行っているのは、歴史の曲解への指弾だけではないような気もする。彼らはそこに、近代国家が僭主のメディア支配によって戦争国家へと変わっていく萌芽を看取して、それに戦慄しているのではないか。
2014.02.10
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川西英さんの版画集『神戸百景』が、タウン誌「KOBEグー」に連載されているが・・・およそ60年前の神戸の景色が、現在の写真と並べられて載っています。変わっていない景色もあり、様変わりしている景色もあるが、とかく神戸市民の郷愁をさそうわけです。 先日(1/25)、川西英生誕120周年記念イベントが兵庫区役所であったので、満を持して見にいってきたのです。展示していた作品の一部を紹介します。入口付近のポスターです。ドングリ国近辺の版画です。写真展示も充実していました。 川西英の魅力は、造形と色彩がシャープなところではないでしょうか?とにかく厚塗りの油絵なんかより、削ぎ落としたような潔さが感じられるわけです。川西英の画像探索結果にいろんな作品がみられるが・・・ 白抜きした道路には、照りつく盛夏が表れてきます。この技法なんかが版画の魅力とも言えるのではないでしょうか。川西英の場合は、ライフワークとも言える『神戸百景』を手がけているが・・・手馴れた技には、枯れた味さえ漂っているようですね。『神戸百景』を歩くが、ええでぇ♪同日開催の講演会で、講師さんが讃えた言葉が印象的でした。曰く。「地域性と普遍性を合わせ持つ作品群」とのことです。神戸らしいのを、もう1枚♪今後の展示スケジュールです。・「川西英が刻んだ時代」写真パネル展:3/6~3/11、デュオこうべ・「川西英が愛した神戸」作品展:3/14~3/23、KIITO
2014.02.09
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厳寒のなか、久々にくだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「大統領の料理人」と「タイピスト!」でした。毎度のことながら、館主のセンスには感心しているのですが・・・・今回のテーマは「頑張るフランス女」または「変換期のフランス」とでもいうものでした♪【大統領の料理人】クリスチャン・バンサン監督、2012年、仏制作、H26.2.6観賞<Movie Walker映画解説>より80~90年代にかけてフランス大統領として活躍したフランソワ・ミッテラン。彼の専属シェフとして、女性として初めてエリゼ宮入りしたシェフ、ダニエル・デルプシュの実話を基にしたヒューマンドラマ。堅苦しい官邸の常識を、その腕前で変えていくヒロインの姿を描き出す。セザール賞の常連、カトリーヌ・フロが主人公を演じる。<大使寸評>エリゼ宮初の女性シェフの頑張りと、フランスの田舎料理の数々、エリゼ宮内部、むくつけき南極基地などが見られる、見所の多い映画になっています。カトリーヌ・フロの演技が素晴らしい♪Movie Walker大統領の料理人【タイピスト!】レジス・ロワンサル監督、2012年、仏制作、H26.2.6観賞<Movie Walker映画解説>より1950年代のフランスを舞台に、不器用な新米秘書がタイピングの才能を見いだされ、タイプライター早打ち大会に向けて猛特訓を積むサクセス・ストーリー。レトロでポップな1950年代らしさが詰め込まれている。監督は、本作が初長編監督作品となるレジス・ロワンサル。本作で2013年セザール賞新人監督作品賞など5部門にノミネートされた。「ある子供」のデボラ・フランソワが憧れの秘書業に就こうとするがドジばかり踏む女性を、「ハートブレイカー」のロマン・デュリスが彼女のタイピングの才能を伸ばそうと厳しく指導する経営者を演じている。<大使寸評>1950年代のフランスには、アメリカ文化への憧れが見て取れるわけだが、世界がそれだけ貧しかった頃のお話です。フランス国内での評判までは知らないけど、ハーレクインのような、B級コメディのようなこの映画は、案外とボリュームゾーンなのかもしれませんね♪主演のデボラ・フランソワが可愛いい♪Movie Walkerタイピスト!パルシネマ上映スケジュールを覗いてみると・・・・今回の館主のテーマは「前を向く女たち!」となっています。なるほどね♪
2014.02.08
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・失われた名前・花森安治伝―日本の暮しをかえた男さっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。***************************************************************失われた名前より<互いが慈しみあう生活を求めて:角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)> 英国に住む今は平凡な主婦となった女性の回想録だが、内容は驚愕の一言に尽きる。 マリーナ・チャップマンは自分が出生時に何と名付けられたのか知らない。名前だけでなく生まれた場所もわからない。5歳ぐらいの時に何者かに誘拐され、それ以前の記憶が残っていないからだ。 誘拐された後、彼女はジャングルに置き去りにされた。花柄のワンピースを着たひとりぼっちの少女が何年も密林で生き延びることができたのは、ひとえにサルの群れと出会うことができたからだった。最初は同じ物を食べ、鳴き声を真似るなどしただけだったがが、そのうち家族同然で過ごすようになり、サルの感情や言葉を理解できるようになる。ある時などサルは明確な意思をもって病気の彼女を助けたことさえあった。 失礼かもしれないが、本書はまるでサルが書いた本のようだ。もちろん悪い意味ではなく視座がサルのそれと同じなのだ。彼女の描くサルは人間のように会話をし、愛情たっぷりで個性豊かだ。それは言葉を覚えたサルによるサルの生の報告であり、どんなに優れた研究者の本にもこんなサルは出てこない。一方、サルから見た人間の姿は残酷で獰猛で傲慢で不条理だ。人間が現れた時、サルたちは恐怖に怯えて警戒するが、それを読むと動物にとって人間がどういう存在なのかよくわかる。 それにしてもこれは本当の話なのだろうか。人間社会に戻った後も彼女の人生は売春宿に売られ、路上生活をし、犯罪者家族から命を狙われ……と転変を極める。居場所が変わるたびに別の名前を与えられる、そんな奴隷のような生活から何度も逃走を試みるが、それはただサルと暮らしていた時のような互いが慈しみあう、愛情のある生活が欲しかったからだった。 14歳で初めて彼女はそれを人間から与えられるのだが、その件(くだり)を読んだ時は胸に熱いものがこみあげてきた。 ◇『失われた名前』 マリーナ・チャップマン著、駒草出版、2013年刊 <「BOOK」データベース>より誘拐、サルたちとの生活、売春宿、そしてストリート・チルドレン…。数奇で過酷な運命をへて幸せをつかんだ、ある少女の真実の物語。<読む前の大使寸評>「まるでサルが書いた本のようだ」という書評に、興味をそそられるのです。rakuten失われた名前花森安治伝―日本の暮しをかえた男より<「まちがった後」を生ききる:内澤旬子(文筆家・イラストレーター) >花森安治といえば、センス抜群のイラストとグラフィックデザイン。そして広告を潔く排し、地道すぎるほど地道に行われた商品テストを載せた雑誌「暮しの手帖」。 1980~90年代、広告収入に依存した雑誌全盛の時代、すでに花森亡き後であるが、この雑誌の、消費社会に徹底抗戦するかのごときたたずまいは、書店で孤高のオーラを放っていたのだった。それが世紀が変わり、景気の悪さも板に付いた頃か、若い世代からのいわゆるロハス的な視点の再評価が始まった。嬉しい一方、何か引っかかる。 本書を読んで腑に落ちた。花森安治には、第2次大戦時に大政翼賛会の宣伝部に在籍し「お国のために」懸命に働いていた時期があった。 後年、「暮しの手帖」が百万部越えの国民雑誌となり、女装の反戦論者として有名になると、戦時中はあんなことをしていたくせにという揶揄があがったという。 黙してなにも語らなかった花森の真意はどこにあったのか。裕福でなかった家庭、帝大在学中の就職と結婚、化粧品会社広告部に就職するも、1年で出征。そして病で除隊となり大政翼賛会へ就職。著者は丹念に戦前からの花森の軌跡を追い、才能に恵まれながらも妻子を抱え、先の見えない世情に翻弄される若者の姿を浮かび上がらせる。 戦後、花森は「女性の暮し」を良くすることで日本を変えようと「暮しの手帖」を作る。個人の責任で判断し発信するため、一点の妥協も許さずすべての組織と無縁に、君臨する。まるで「紙の砦」。そんな偉業をなし遂げた万能編集長、どこにもいない。長らく編集長を経験した著者ならではの花森への共感と距離感が心地よく響く。 人はだれでもまちがう。その後、どう生きるかだと著者は説く。今度こそまちがわないという、狂気じみた覚悟で花森は「まちがった後」つまり戦後を生ききったのだ。 ◇『花森安治伝―日本の暮しをかえた男』 津野海太郎著、新潮社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より戦後最大の“国民雑誌”はなぜ創刊された?花森が黙して語らなかった、真の理由ー。希代の編集者の決定版評伝。『暮しの手帖』誕生の秘話。<読む前の大使寸評>センス抜群の男の壮絶な贖罪の人生ということで、気になる存在である。女装することに、狂気じみた覚悟があったのでしょうね。rakuten花森安治伝―日本の暮しをかえた男**************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から35朝日デジタルの書評から(目録)
2014.02.07
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暇な大使は、NHKの国会中継とツイッターを見ながら、「NHK経営委員を誰が選ぶんだろう?」と思ったわけです。とにかく、新会長の暴言があったりで、NHKの信頼度が揺らいでいる昨今ですね。2/5の関連ツイートを、以下に示します。百田氏ドングリ@mdonguri:百田氏がツイッターで、自説をツイートするのは勝手であり、わりと面白いのだが…百田氏をNHK経営委員に押し込んだ政治力は如何なものか?又、それは許されることなのか?と思う。特にNHK新会長選任の失態が、大問題であるが。ドングリ@mdonguri:国会で佐藤議員が新華社とNHKの情報発信格差を比較して追及している、なう。お説ごもっとも。だけど、NHKの国際放送にどれだけ政府が関与すべきか、関与できるか?・・・・上部の監督委員の資質が問われているんだろう。ドングリ@mdonguri:東京新聞:百田氏 都知事選候補応援 NHK経営委員も物議:社会(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/nationl/news/CK2014020502000152.html…百田氏をNHK経営委員に押し込んだ政治力こそ、問題なんでは?ドングリ@mdonguri:紫陽花革命 http://plaza.rakuten.co.jp/articlenine/diry/201402050000/?scid=we_blg_tw01… #r_blog長谷川委員といい、百田委員といいNHK経営委員選定のカラクリが問題なんだろう。柴山哲也(ジャーナリスト)@shibayama_t:英国のBBCから出演依頼された知人から聞いた話だが、昔のBBCはNHKと番組の交換などをしていたが、最近はしない、といったそうだ。かつてBBCとNHKは世界を代表する公共放送だったが、NHKの信頼度が揺らいでいる。BBCは王立放送局の権威もあり事実優先で政権に追従はしない。百田氏をNHK経営委員に押し込んだ政治力は如何なものか?と思うが・・・ネット情報を見てみましょう。2/5百田氏 都知事選候補応援 NHK経営委員も物議より NHK経営委員で小説家の百田尚樹氏が、東京都知事選に立候補している元航空幕僚長の田母神俊雄氏の応援演説をした。NHK経営委員が選挙期間中に特定の候補を応援するのは異例。市民団体から「公共放送の不偏不党の立場に抵触する」などの批判が出ている。 百田氏は三日、田母神氏の街頭演説に参加し「田母神さんは教育を通し、子供たち、若者に日本人の素晴らしさと誇り、日本に生まれた喜びを伝えてもらいたい」などと語った。また南京大虐殺について「そんなことはなかった。どこの国でも残虐行為はあった」などと明言した。 NHKの最高意思決定機関である経営委は「服務に関する準則」で、「放送が公正、不偏不党な立場に立って、国民文化の向上と健全な民主主義の発達に資することを自覚する」と定めている。 市民団体「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表の醍醐聡東京大名誉教授は「街頭演説など不特定多数の目に触れるところでの発言は、経営委員の見解として受け取られる」と指摘。党派性の強い選挙応援は不適切だとして、質問書を経営委などに提出する。 百田氏は自身のツイッターで「不偏不党は放送に関してのみ。個人の思想信条は認められて当然」などと反論している。このあと、NHK経営委員選定のカラクリについて調べてみます。【2/6追記】NHK経営委員は、政府が国会に諮って選任するようです。つまり、現状のNHK経営委員は、安倍首相の息がかかっていると言えるわけで・・・・BBCがNHKと距離を置くようになったのも、わかります。野村秋介氏の自殺を称賛 長谷川・NHK経営委員、就任前に追悼文でカラクリが見て取れます。
2014.02.06
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「アメリカは日本経済の復活を知っている」という本を読んでいるのだが・・・アベノミクスという経済政策下における増税は、まずいんじゃないのと、危惧を深めているのです。折りしも、ちょうど今、各省庁から補正予算案が出ているが、行革で削減したはずの費目が、臆面もなく復活要求されています。なるほど、これがお役所優先、金持ち優先のアベノミクスなんでしょうね。この本で、浜田先生が「いま消費税率を上げるのは、順番が違う」と述べています。あっけないほどの単純明快な論旨であるが、納得するわけです。【アメリカは日本経済の復活を知っている】浜田宏一著、講談社、2013年刊<商品説明>よりノーベル経済学賞に最も近い経済学の巨人、研究生活50年の集大成!! この救国の書は、東京大学での教え子、日本銀行総裁・白川方明に贈る糾弾の書でもある。序 章 教え子、日銀総裁への公開書簡第1章 経済学200年の歴史を無視する国第2章 日銀と財務省のための経済政策第3章 大不況の真犯人第4章 それでも経済学は日本を救う第5章 2012年2月14日の衝撃第6章 増税前に絶対必要な政策第7章 「官報複合体」の罠終 章 日本はいますぐに復活する <大使寸評>この本で、浜田先生が「いま消費税率を上げるのは、順番が違う」と述べています。あっけないほどの単純明快な論旨であるが、納得するわけです。本の内容は、日銀糾弾の書とでもいうもので、タイトルと違っているが・・・まぁ いいか。著者は宇沢先生、トービン先生につらなる経済学者のようです。rakutenアメリカは日本経済の復活を知っている増税の効用なんかについては、諸説入り乱れているので、著者のスタンスを見てみましょう。<いま増税すると財政再建は絶対不可能に>p159~241より 舘先生とは「郵貯論争」についての話もした。小泉内閣による郵貯改革以前、日本の金融仲介は、銀行を通して行われるべきか、郵貯もその重要な役割を担うべきか、という議論があった。それが、いわゆる「郵貯論争」だ。銀行と郵貯、どちらの水路に資金という水を流すべきかという論争である。「こっちの水は甘いぞ」ではないが、結局は、銀行も郵貯も、自分の縄張りに水を流したい。「その奪い合いはゼロサム・ゲームなのではないでしょうか」―そう聞くと、舘先生はこういわれた。「郵貯論争を、権益を奪い合う現象として扱うのは、どちらかといえば政治学の対象になるね。経済学の立場で考えるべきは、どちらの水路に流せば社会全体の富が増えるか。そう考えればゼロサム・ゲームにはならない」 この考え方は、消費税の議論でも成り立つ。以下は舘先生の意見そのものではなく、やや我田引水的になるが、まず、国債に頼る財政運営は、将来世代からの税収に頼る自転車操業であり、それは望ましくない。 比較的資産を多く持つ国民に対して増税し、財務当局に富を移転しようとする主張は分かる。しかし増税は、特にその増税幅が大きいときには、消費者も生産者も損をして、社会全体のパイを減らしてしまうことがある。 しかも現在の政府の諸試算では、財務省が国民からどれだけ巻き上げるかしか考えず、消費税による社会全体の損失がほとんど計算されていない。 一方でデフレ脱却は、失業や倒産を減らして、社会全体のパイを増加させる。つまり金融緩和でデフレを脱却し、潜在成長経路に近づけてから、消費税その他による増税と財政均衡化を図るのが正しい順序なのだ。 いま消費税率を上げるのは、順番が違う。その結果は経済を低迷させるだけである。財政再建自体も実現できなくなるのは間違いない。なるほど、消費税率を上げるのは順番が違うのですか。単純明快ですね♪各省庁が行革でCUTしたはずの無駄事業を補正予算で復活要求しているが・・・アベノミクスの弊害は犯罪的なんでしょう。次に・・・「官報複合体」という言葉が刺激的なので、そのあたりを紹介します。<「官報複合体」が明らかにした驚愕の真実>p239~241より 日本経済新聞の編集委員を経て独立した牧野洋氏が著わした『官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪』はベストセラーになったが、日本のメディアの真実を鮮やかに描き出している。 たとえば、日米の記事の作り方の違いだ。 アメリカで特ダネを得ようとする記者は、多くの場合、独力で取材していく。そこから、ウォーターゲート事件のように、大統領の座さえ揺るがすような記事も生まれるのだ。 一方、日本の場合は、検察庁、財務省、日銀といった「お上」のお墨付きのあるデータから記事をつくろうとする。そのことで、各組織にとって都合の良い解説付きの記事ばかりが紙面に掲載されることになる。「生のデータから自分で経済法則を考える能力も意欲も、普通の記者は持っていません」 そういうのは、自身でエクセルを駆使して経済データを明解に記事化する、産経新聞の田村秀雄論説委員だ。 田村氏が指摘するような記者ばかりだから、経済の基本原理も勉強しないし、そのため各章が文章にした解説を待つしかない、ということとなる。 特ダネに必用なのは、各章や政治家から少しでも早く情報を得ること、そのために要人と密接な関係を保つ「田中番」「福田番」などを経て、実力者になっていく。「お上」に近づくことこそが出世への道―それが日本のメディアなのである。 また、カメラ等で高い技術力を誇るオリンパスでは、投資の失敗を、古い経営陣が「飛ばし」という手法で隠し、粉飾決算でもみ消していた。それを外国人CEOのマイケル・ウッドフォードが会員制月刊誌の記事から気付き、社内を改革しようとしたが逆に解任されてしまう。 そんな大事件にも、記者クラブに属する新聞・テレビは、最初は食いつかず、外国人経営者の一人相撲に終わりかねなかったという。 なぜなら、新聞・テレビは、警察が動かなければ報道しようとしない傾向があるからだ。結局、検察が動いたことで新聞・テレビも追求を始めたのだが、このあたりにも日本の新聞・テレビの体質がよく表れているといえるし、牧野氏はそれを鮮やかに描き出している。デフレ脱却を果たした事例は、古今東西を見渡しても無いそうです。それだけ難しい政治経済的課題であるだけに、経済学の提言は百家争鳴の有様です。この後、もう少しこの本を読み込んでみます。(余計に経済学の迷路に踏み込んだりして?)
2014.02.06
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阪神大震災の後、2世帯用の注文住宅を建てようと計画を進めた大使は・・・木質系の従来構法が好みであったにもかかわらず、大手(Sハウス)の鉄骨系プレハブ住宅を建てたわけです。決め手は、大震災の後でもあり、災害に強いだろうということでした。しかし、トータルで判断した場合、最適のチョイスだったのか?現在は主流であるプレハブ住宅は、ある時期いっせいに陳腐化するようなことはないか?・・・という視点で読み進めたのです。【箱の産業】松村秀一, 佐藤考一編著、彰国社、2013年刊<「BOOK」データベース>より プレハブ住宅産業はこうして生まれた!その揺籃期、1960年前後から1970年代までの動きを、当時の若き技術者たちのオーラルヒストリーで生き生きと構成。技術者一人ひとりのものがたりをもとに歴史を紡ぐ技術社会史の労作、ここに成る。<大使寸評>技術者として読むと、産業史として面白いのだけど・・・・プレハブ住宅業界の苦労話あるいは手柄話のような内容になっていて、文化論にはほど遠いのです。当然かもしれないが、プレハブ住宅のマイナス面は語られていません。rakuten箱の産業はじめに、プレハブ住宅の歴史や勘所を見てみましょう。<はじめに>p10~12より もう一つ期待を裏切ったのは、プレハブ住宅の価格の高さだった。発売当初は在来構法による木造住宅よりも高いものだったが、多くの関係者が量産規模を確保できればその価格は下がるものと期待していた。しかし、ある程度の量産規模が確保できるようになっても、期待したほどの価格低減は実現しなかったのである。 日本の住宅市場の中心は注文住宅であり、多様な注文の内容に応えることが求められ、販売量を増やそうとすれば、部品の種類を増やしたり、現場作業への依存度を上げざるをえないという事情がその背景にあった。 こうした実情に対する反省もあって、1970年ごろには再び新しいプレハブ住宅の開発が盛んになる。それまでのプレハブ住宅は、押しなべて躯体部分を幅1m程度のパネルで構成する方式を採っていたが、このパネルの幅を3~4m程度にした「大型パネル構法」や、さらには工場で床、壁、屋根に内外装や設備まで取り付けた「ユニット」と呼ばれる箱を製作する「ユニット構法」が1970年前後に生み出された。(中略) その後、この業界を大きく変えたのは1970年のオイルショックである。オイルショックの影響は日本経済全体に及び、高度経済成長期はここに完全に幕を閉じたが、同時に1973年という年は、日本のすべての都道府県で住宅の戸数が世帯数を上回り、数の上での住宅不足が解消された年でもあった。住宅は「量から質へ」と言われる時代に突入したのである。 これに伴い、住宅産業においても、商品化の時代、空間と部品が開発の中心になる時代に転じ始め、構法を問わない時代を迎えることになる。そしてプレハブ住宅メーカーにおいても、1980年代以降の中層分野への展開等を除き、かつてのような構法開発の熱は冷め、時代の要求に合わせる改良は継続的になされたものの、1960年代に開発された構法が、基本的には各社の中で在来構法化していった。 事実、今でも大手プレハブ住宅メーカーの構法の基本形は、多くの場合1960年代前半の第1段階、あるいは1970年前後の第2段階に仕込まれたものである。だからこそ、現在住宅産業に関わる多くの人にとって、かつての若者たちの証言を聞くことは、今の自分の活動の土台とそれが形づくられた物語を知ることでもある。本書の中で披露される昔話は、そういう今日性を持ち合わせている。我が家の作りは鉄骨系プレハブなので、そのあたりを見てみます。<部材寸法とモジュール>p81~82より石本:60×30っていう鉄骨はC形鋼で一番ちっちゃいんですよね。工場建築の胴縁なんかはそれまで75×45が普通だった。これは僕のせせこましさですね。「これでもたせぇ。鉄というのは丈夫なんだ」と。ラーメン構造は硬いというのと一緒でね。鉄は大きくなくていいって、思い込んでいたから。Q:60×30というメンバーは、石本さんが決めたんですか。石本:そうか。今まであんまり考えたことがなかったけど、僕の貧乏くささのせいですね。それが日本のプレハブ住宅をリードしたわけや(笑)。福井:そうや。石本さんのセンスでだいたい行っているわけや。Q:それと、日本のプレハブ住宅は、在来木造と同じように、900mm程度のモジュールを設定して、部材をそのモジュールの間隔で設定されたグリッドに合わせて配置するわけですが、積水ハウスのモジュールはB型から一貫して1mですよね。なんで1mにしたんですか。石本:福井さんなんかと話し合ってね、「これからはメーターモジュールじゃないか」って。あのころは、建築学会でも3尺に代わるものという討議がされていたんじゃないですかね。(中略) それでも、社内では「900モジュールの開発をしてくれ」とうるさかった。「同じ平米数やったら900モジュールの方が、部屋数が増える」って。でも、その時に田鍋さんが、「ほんなら、その分、今のB型の売上げよりプラスがあるのか」って聞いたら、みんな「うん」とよう言わんかった。福井:田鍋さんていうのは面白くてね。B型システムにこだわったのも田鍋さんですね。石本:メーターモジュールは、同じ間取りだったら面積単価が安くなるという気持ちもありました。<直販方式と提携ローン>p82~84よりQ:営業や施工ですが、初めは現在のように自社で販売する直販方式ではなく、代理店方式ですよね。福井:A型をやっている間に顧客、代理店、メーカーで責任のなすり合いになるようなトラブルが起こって、「自分でやったほうが早いで」と直接販売、責任施工の方向に進みました。パナホームの小林さんからはうらやましがられました。初めに集まった代理店は一旗あげようかって人が結構多かったんですね。石本:昭和38年に田鍋さんが社長になって、すぐ代理店方式から直販方式に転換しました。Q:直販にすると、営業などの社員がたくさん必要ですよね。石本:営業担当で川崎さんという有名な人がいるんです。日本で一物一価の住宅営業を始めたのは、積水ハウスの大阪営業所だと宣言されました。僕は田鍋さんの功績の一つは川崎さんを引っ張ってきたことだと思っているくらいです。「販売戸数は営業マンの数で決まる」というのが口ぐせでしたが、その川崎さんが住宅販売の要点を三つ挙げているんです。土地支配、お金、それと人間関係。 土地支配というのは、やっぱり土地を仕入れてお客さんに紹介したことが大きかった。結構、積水ハウスは土地を扱っていまして、ある時期、日本で土地扱い量が一番多かった。住友不動産とか三菱地所とかよりも。 お金というのは社史にも書いてある提携ローンの問題。提携ローンというのは住宅会社が保証するわけですから、経理上は債務なんですね。もしお客さんが払えなくなりゃ全部負債になっちゃいますから。まあ、そうした提携ローンで伸びたんですが、これは会社が債務保証能力を持っていたからできる。工務店にはできないですもんね。福井:ここだけの話やけどね、プレハブ住宅には、それぞれ賢い人がようけいて一生懸命やったけども、在来構法と比べて品質・価格で先導的であったかというと、どうですかねぇ。僕は怪しいんちゃうかなぁと忸怩たるものがありますわ。石本:しかしそういう時代を経て、今は立派に日本の住宅産業をリードしているんじゃないですか。福井:それだけに責任も重いということですね。 この本を図書館で借りたのは、我が家の行く末が心配だったわけですが・・・・当然かもしれないが、プレハブ住宅のマイナス面は語られていませんでした。工務店方式のシェアをかなりの割合で奪ったプレハブ住宅であるが・・・住宅の質では在来構法に優るとは言えないと、当事者が述懐してしているのが意外というか、悔しいのである。(笑)でもまあ、空間デザインに優れた構法ということで、結構気に入っているし♪
2014.02.05
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「マンガ&映画」でしょうか。<大学図書館>・バンド・デシネ徹底ガイド・箱の産業・木彫に遊ぶ(創作市場13)<市立図書館>・宮崎駿 風の帰る場所・映画字幕は翻訳ではない・アメリカは日本経済の復活を知っている図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【バンド・デシネ徹底ガイド】原正人編、玄光社、2013年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>リドリースコット作『ブレードランナー』はメビウスの漫画に触発されて作られたそうです。それだけ、メビウスのインパクトは大きかったわけで…メビウスがバンド・デシネ作家であることや、バンド・デシネという言葉も後から知った次第です。宮崎駿監督も影響を受けたようですね。rakutenバンド・デシネ徹底ガイドバンド・デシネあれこれ【箱の産業】松村秀一, 佐藤考一編著、彰国社、2013年刊<「BOOK」データベース>よりプレハブ住宅産業はこうして生まれた!その揺籃期、1960年前後から1970年代までの動きを、当時の若き技術者たちのオーラルヒストリーで生き生きと構成。技術者一人ひとりのものがたりをもとに歴史を紡ぐ技術社会史の労作、ここに成る。【目次】証言1 勉強部屋からのスタートー大和ハウス工業/証言2 化学メーカーの挑戦ー積水ハウス/証言3 工務店にお分けするシステムーパナホーム/証言4 学生の夢が形にーミサワホーム/証言5 新建材を活かす執念ー旭化成/証言6 若手建築家との出会いー積水化学工業/証言7 自動車開発チームによる住宅ートヨタホーム/証言8 木質系プレハブからツーバイフォーへー永大産業<大使寸評>技術者として読むと、産業史として面白いのだけど・・・・プレハブ住宅業界の苦労話あるいは手柄話のような内容になっていて、文化論にはほど遠いのです。・・・ということで、ちょっとあてが外れた感がありました。rakuten箱の産業プレハブ住宅で良かったのかbyドングリ【木彫に遊ぶ(創作市場13)】ムック、マリア書房、2009年刊<「BOOK」データベース>より【目次】日本画の世界(人の温もりのある風景)/人と作品(東洋的な「生命の神秘」を表現する/心の中にある風景をかたちにする ほか)/MUSEUM(籔内佐斗司の作品に触れる/伝統で磨き上げられた井波彫刻の現在に出逢う ほか)/暮らしの中の木(大塚亮治指導 ひま研究所生徒作品/繊細さと力強さを同居させた作品たち ほか)<大使寸評>追って記入rakuten木彫に遊ぶ(創作市場13)【宮崎駿 風の帰る場所】宮崎駿著、ロッキング・オン、2002年刊<商品説明>より12年間にわたる12万字の決定版インタヴュー集『風の谷のナウシカ』映画版のエンディングはどのようにして作られたのか!?『天空の城ラピュタ』に見える宮崎駿の恋愛観とは!?『となりのトトロ』で宮崎駿が描きたかった日本とは!?『魔女の宅急便』は、なぜ『トトロ』の後に作られたのか!?『紅の豚』で、なぜ宮崎駿自身が主人公になったのか!?『もののけ姫』で宮崎駿が挑んだ真っ向勝負とは!?そして、『千と千尋の神隠し』で、なぜ千尋はカオナシと一緒に電車に乗るのか!?この答えがすべて宮崎駿自身の言葉で語られる。 <読む前の大使寸評>2013年映画の興行成績No.1は、宮崎監督の「風たちぬ」だったそうだが…私はそんなに評価できないのです。でも、「千と千尋の神隠し」頃までの宮崎作品は素晴らしかった♪その絶頂期のインタビューということで、この本を読んでみます。rakuten宮崎駿 風の帰る場所宮崎駿 風の帰る場所byドングリ【映画字幕は翻訳ではない】清水俊二, 戸田奈津子著、早川書房、1992年刊<「BOOK」データベース>より1行10字、2行まで-。映画字幕の制約はまだまだある。この道50余年の著者が遺した字幕作りの真髄。【目次】スーパー字幕業誕生の記/同業10人/スーパー字幕と漢字制限/スーパー談義/文字と言葉/わが映画字幕人生/雑学大百科事典/Go and get’em!/スーパー字幕よもやま話/映画字幕あれこれ/心躍る20文字の世界/字幕談義/『オセロ』のスーパー字幕/字幕スーパーの文法/読み巧者/オン・デッキ/“フランチョー、コム・ヒア!”/男はタフでなければ生きて行けない/英会話/地下鉄/花嫁の父/アンナとミード/原田真人君のスーパー字幕改造談義/シネ英会話Lesson<大使寸評>スーパー字幕誕生のときからこの仕事に携わった清水さんのお話であるが…とにかく、映画への愛と、雑学的な薀蓄に溢れている♪そして、もちろん翻訳者としての気概も。rakuten映画字幕は翻訳ではない映画字幕は翻訳ではないbyドングリ【アメリカは日本経済の復活を知っている】浜田宏一著、講談社、2013年刊<商品説明>よりノーベル経済学賞に最も近い経済学の巨人、研究生活50年の集大成!! この救国の書は、東京大学での教え子、日本銀行総裁・白川方明に贈る糾弾の書でもある。序 章 教え子、日銀総裁への公開書簡第1章 経済学200年の歴史を無視する国第2章 日銀と財務省のための経済政策第3章 大不況の真犯人第4章 それでも経済学は日本を救う第5章 2012年2月14日の衝撃第6章 増税前に絶対必要な政策第7章 「官報複合体」の罠終 章 日本はいますぐに復活する <大使寸評>この本で、浜田先生が「いま消費税率を上げるのは、順番が違う」と述べています。あっけないほどの単純明快な論旨であるが、納得するわけです。本の内容は、日銀糾弾の書とでもいうもので、タイトルと違っているが・・・まぁ いいか。著者は宇沢先生、トービン先生につらなる経済学者のようです。rakutenアメリカは日本経済の復活を知っているアベノミクスは行革に逆行するbyドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き52図書館大好き(目録)
2014.02.04
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2013年映画の興行成績No.1は、宮崎監督の「風立ちぬ」だったそうだが…私はそんなに評価できないのです。でも、「千と千尋の神隠し」頃までの宮崎作品は素晴らしかった♪その絶頂期のインタビューということで、この本を読んでみます。【宮崎駿 風の帰る場所】宮崎駿著、ロッキング・オン、2002年刊<商品説明>より12年間にわたる12万字の決定版インタヴュー集『風の谷のナウシカ』映画版のエンディングはどのようにして作られたのか!?『天空の城ラピュタ』に見える宮崎駿の恋愛観とは!?『となりのトトロ』で宮崎駿が描きたかった日本とは!?『魔女の宅急便』は、なぜ『トトロ』の後に作られたのか!?『紅の豚』で、なぜ宮崎駿自身が主人公になったのか!?『もののけ姫』で宮崎駿が挑んだ真っ向勝負とは!?そして、『千と千尋の神隠し』で、なぜ千尋はカオナシと一緒に電車に乗るのか!?この答えがすべて宮崎駿自身の言葉で語られる。 <読む前の大使寸評>2013年映画の興行成績No.1は、宮崎監督の「風立ちぬ」だったそうだが…私はそんなに評価できないのです。でも、「千と千尋の神隠し」頃までの宮崎作品は素晴らしかった♪その絶頂期のインタビューということで、この本を読んでみます。rakuten宮崎駿 風の帰る場所大使一押しの『もののけ姫』に関するインタビューを見てみましょう。インタビュアー:渋谷陽一<日の当らない日本史>p157~159よりQ:で、今回の『もののけ姫』なんですけど、司馬遼太郎さんとの対談の中で、司馬さんが「もののけで映画を作ってくれませんか」と言っていますが、それが、宮崎さんの中で動機付けの一つとしてありましたか?A:いや、ないですね・・・・そういう率直な人間じゃないですから。このモティーフはもっと前からあったんです。まずずいぶんと古いモチーフとしては『美女と野獣』があって、それから、日本を舞台にした製鉄集団というのもありました。 山を削っていくうちに巨大なものがやってきてね、ある日歩きだすっていう、そういう映画を作れないかなって。東映に入ったばかりの頃から言ってたことなんです。Q:そうなんですかA:もう30年以上も前の話ですけど、高畑さんに絵を描いて見せたら、それは日本の自然と違うって言われてね。でもね、今は経済活動の結果こうなったんだって言い張れますから。前は違ったにしてもね(笑)。なんか、この漂泊の製鉄集団っていうのにはずっと魅力を感じていて、映画を作らなくても、それなりに掘り下げるってことはやってたんです。 『もののけ姫』ではわかりやすくするために、もう工場制手工業はそこに存在しているっていう世界にしてしまいましたけど、でも、歴史の表面とか、時代劇とかに出てこなかったものの中に、魅力のある集団が他にもいっぱいあって、日本の歴史っていうのは、結構豊かで奥行きが深いんだっていう、そういうことは前から考えてましたから。だから、僕は侍と農民だけの支配と非支配っていう、そういった歴史観だけで映画を作ることに我慢ならなかったんですよ。 かといって、それを超えられる図式を考えられるかというと、それもためらいがありました。右側の世界も嫌いだしね。だから、このテーマで自分の納得いく世界を作るっていうのはね、これは力仕事すぎて駄目かなと思い、やりかけては放り出すのを今まで繰り返してたんです。 黒澤さんと話してたとき、黒澤さんに『日本を舞台にした時代劇をやるなら、シェイクスピアをやればいいよ』っていわれたんですけど、むしろ全然違うもので、しかもファンタジーになっているようなものができないだろうかって、ずっと考えてたんです。Q:それは映画の問題っていうより、宮崎さんの歴史観の、世界観の問題ってことで―A:でも、最近の網野善彦さんの仕事とかでも、歴史で隠れていたヒダみたいなものが明らかになったでしょ。だから、もう少しやわらかく歴史を見ようっていう。Q:なるほどねA:そうすると、日本の過去には大したものがなくて、ヨーロッパのほうが、エルフだとかゴブリンの鬼だとか、妖しげなものがいっぱいいていいなあなんて言っていたのが、案外日本にもいろいろあるなあっていうふうに、わかってきたんですよ。<不条理な生>p168~171よりQ:この映画は、最後に宮崎さんのずっと描きたかったテーマ「君は森で生きる。僕はタタラ場で生きる」を言いきっていますよね。この台詞のために僕はこの映画はあると思っているんですが、この「僕はタタラ場で生きる」という台詞は宮崎さん自身が言っているんですよねA:いや、別にそうじゃないですけど、アシタカはそう言わざるを得ないと思ったんです。「故郷に帰らないんですか?」っていう奴もずいぶんいましたけど。Q:いや、タタラ場で生きないと意味ないでしょうA:意味ないですよね。でも、サンを乗っけて故郷に帰ったらカヤがいるんだぞって言ったら、ああそうですかって言った奴がいたけど、そのくらいのレベルにするとものすごくわかるんです(笑)。いや二人とも女房にしてもいいんだ、って追い討ちかけて言いましたけどね(笑)Q:だから、今までになく、ものすごく肯定的な終わり方だなという気がして、今の宮崎さんの、ものすごく肯定的な気持ちが反映されているのかなあと思ったんですけれども、あの終わり方っていうのは当初からあったものなのですか?A:ええ、たぶんそういうことになるだろうと。「人間を許すことはできない」と、あの女の子ははっきり言うだろうと。それに対してアシタカは「それでもいいから一緒に生きよう」と言うだろうと。つまり、サンというのは、アシタカに突き刺さった棘ですから。これは今後大変な目に遭うだろうなと思いつつ、でもアシタカはそれを背負って生きていくんだろうとというふうに決めたということです。Q:そういうことですよね。ということは、まず、少年が主人公でなければいけないし、男が主人公でなければいけないし・・・A:そうですね。だから、実は「アシタカセッキ」っていうタイトルを考えたんです。セッキっていうのは、草冠に耳を二つ書いて、草に埋もれて耳から耳に伝えられるっていう造字をしてね。キは記ですね。だから、草に埋もれた物語ということで、「アシタカセッ記」としたんですけど、なにしろプロデューサーが「もののけ姫」がよいと言うもので。宮崎駿「の」の字の法則っていうのがあって、なんでも「の」がついているほうがいいっていう。Q:僕は、そのプロデューサーの判断は全面的に支持しますけどA:だからもうどうでもいいや、と思ったんです。Q:で、アシタカはいきなり冒頭で呪われますよね。あれは一番最初で呪われることにすごく大きな意味がありますよねA:そうですね。不条理に呪われないと意味がないですよ。だって、アトピーになった少年とか、小児喘息になった子供とか、エイズになったとか、そういうことはこれからますます増えるでしょう。不条理なものですよ。Q:彼は、呪われなければいけないし、呪いを引きずっていかなくてはいけないという冒頭から、一番最後の「俺はタタラ場で生きる」という非常にクリアな結論。「紅の豚」を作った意味が本当にあったと思って、僕は「宮崎さん、偉い!」なんて本当に拍手しようと思いましたA:恐れいります。いや、全然わからない人たちがずいぶんいるんですね。面白いですね。大体、映画好きを自認している大人のほうがわからないみたいです…Q:いや、わかりやすいじゃないですかA:だから、予想もしなかった小さな子がわかりやすいと思う一方…いや、本当のこと言って自分でも結局よくわからないのです。作るのに精一杯だったから。今になって、しまったと思う部分が見えたりするけれども…もうちょっと、端折ったり、見やすくできた部分があるんじゃないかって思ったりするんですけれども…。 とにかく死にもの狂いというか、これ以上できる奴がいたら、やってみろ、っていう心境に追い詰められていましたから。しょうがないですよね。「君は森で生きる。僕はタタラ場で生きる」というテーマは・・・自然、経済なんかが絡んでいて、案外と尾をひいて効いてくくるわけですね♪
2014.02.03
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いくら映画作りが進化しても、スーパー字幕自動焼付け機はできないだろうと・・・大使は、この『映画字幕は翻訳ではない』という本を読んで、思ったわけです。スーパー字幕つくりは、それだけアナログの要素が多い職人技の世界だったのです。日本でのスーパー字幕入り第1号作品『モロッコ』から説き起こし、生前の著者の最新作まで、まさにスーパー字幕とともに生きてきた職人のお話です。【映画字幕は翻訳ではない】清水俊二, 戸田奈津子著、早川書房、1992年刊<「BOOK」データベース>より1行10字、2行まで-。映画字幕の制約はまだまだある。この道50余年の著者が遺した字幕作りの真髄。【目次】スーパー字幕業誕生の記/同業10人/スーパー字幕と漢字制限/スーパー談義/文字と言葉/わが映画字幕人生/雑学大百科事典/Go and get’em!/スーパー字幕よもやま話/映画字幕あれこれ/心躍る20文字の世界/字幕談義/『オセロ』のスーパー字幕/字幕スーパーの文法/読み巧者/オン・デッキ/“フランチョー、コム・ヒア!”/男はタフでなければ生きて行けない/英会話/地下鉄/花嫁の父/アンナとミード/原田真人君のスーパー字幕改造談義/シネ英会話Lesson<大使寸評>スーパー字幕誕生のときからこの仕事に携わった清水さんのお話であるが…とにかく、映画への愛と、雑学的な薀蓄に溢れている♪そして、もちろん翻訳者としての気概も。rakuten映画字幕は翻訳ではない次の章を読むと、大使はスーパー字幕を仕事にするには適任ではないかと思ったりもするのだが(簡単に務まるものではないで!)<スーパー字幕よもやま話>p39~43 英語が(あるいはフランス語が、イタリア語が)好きで、少々自信もあるのですが、どうしたらスーパー字幕の仕事にはいれるでしょう、という手紙をよこすスーパー字幕志願者があとをたたないので、この機会に「スーパー字幕作者」は「翻訳者」ではないことをはっきりさせておきたい。 スーパー字幕を仕事にするには語学のほかに三つの条件がどうしても必要である。 1 映画を愛し、映画を理解する力をそなえていること 2 日本語、とくに話し言葉に熟達していること 3 百科事典的な雑知識に好奇心を持っていること この三つのうち、1と2は当然のことだが、3の条件については案外忘れられている。この条件はスーパー字幕をつくるときほどではないにしても、翻訳という仕事には多かれ少なかれ必用なことなのである。 映画で扱う題材は古今東西におよび、多岐にわたって際限がない。場所と時代だけをとり上げてみても、世界中の主要な国々の地理と歴史を、細かいことはともかく、だいたいは心得ていないと、いつどんな映画がとびこんでくるかわからない。もちろん、知らないことは書物などで調べればよいのだが、知識がまったくないと、調べる手がかりがつかめない。 宇宙もののSFがふえてくると、辞書に載っていないSF用語がポンポンと飛び出してくる。つい先ごの『ジョーイ』のような白血病を扱った映画が、どういうわけか、外国では毎年つくられる。医学用語はどんなにチンプンカンでも耳で聞いているかぎりでは、意味がわからなくても、たいして違和感を感じない。ところがなまじ医学用語をむずかしい漢字で字幕に出すと、観客は抵抗を感じて、ストーリーを追うリズムを乱される。こんなときには字幕に工夫をしなければならない。 美術、建築、ファッション、スポーツ、ゲーム、宝石、動物、植物・・・・いちいちげていたらきりがない。あらゆることに好奇心を持っていることが必要である。 ニューヨーク、パリ、ロンドンといういつも映画に登場する都市については、だいたいの街の様子を頭に入れておかないと具合がわるい。ニューヨークでいえば、マンハッタン島は南北に細長く、Avenueが南北に通じている道路、Streetが島を東西に横断している道路、BroadwayはこのAvenueとStreetをつっ切って南の端から北の端にななめに通っている道路で、この道路の42丁目から59丁目までの劇場が集まっている部分をいわゆるブロードウェイと呼ぶくらいのことは知っておく方がいい。 政治家ならカーター、ベースボールならベンチ、テレビならカースンといったような各界の有名人についてもひととおりの知識を持っていないと、何をいっているせりふなのか、見当がつかないことがある。 アラン・アーキンの映画だったと思う。題名は忘れたのだが、アーキンがアパートの台所でスリッパか何かを振り上げて、ゴキブリを追いまわし、「こんちくしょう、ミルホウズ」とどなっている。ニクソン大統領時代の末期に製作された映画で、MilhousはRichard M. NixonのMなのである。スーパー字幕には「このニクソンめ!」としたが、ニクソンの名前のMがミルホウズであるという、あまり役にも立たぬことをたまたま知っていたので、「このニクソンめ!」という字幕をつくることができたのである。(中略) 私がスーパー字幕の仕事に入ったのが1931年。33年まで1年半の間、ニューヨークにいた。この1年半のニューヨーク滞在がその後の仕事におおいにプラスになった。私の経験からいわせていただくと、持ち前の好奇心でニューヨークの生活という機会を生かし、貪欲にあらゆるものを吸収したのが、ものをいったようである。 好奇心というものがどんなに大切なものか、読者のみなさんにもよく考えていただきたいと思う。清水さんは、自分の仕事をスーパー字幕屋とやや卑下して言うが、もちろんそこには職人技を誇る職人気質が隠れ見えるのです。<スーパー字幕の文法>p63~68 「字幕スーパーの文法」というタイトルで何か書いてほしいという注文をいただいた。 雑誌の編集者というものはうまい題を考えつくものだ。外国映画にスーパー字幕をつける仕事を半世紀―正確にいうと昭和6年11月からだから、52年間手がけていて、スーパー字幕について話をしたり書いたりしたことはたびたびあるが、「文法」という発想が頭にうかんだことはかつてなかった。だれかがいったのを耳にしたこともない。 私にいわせると、「文法」などというかたくるしいことばはスーパー字幕にふさわしくない。もっともらしく理屈をつける気ならいくらでもつけられるが、私たち、スーパー字幕屋は、外国映画を映画館のお客にどうしたらわかりやすく見せられるかということだけを頭において仕事をしているので、肩をいからせて理屈をつけたくないのである。すくなくとも、私はそう考えている。 「文法」を辞書でひくと「文章を作る上のきまり」とある。きまりで結構。つまり、「外国語のせりふを日本語の字幕に置き換えるときのきまり」が「字幕スーパーの文法」ということになる。 せりふだけではなく、New Yorkとか500B.C.とかいう字幕、名刺、手紙などの文字を日本語字幕にして出すのもスーパー字幕屋の仕事である。この字幕の「きまり」にあてはめてつくらなければならないわけだ。 ところで、この「きまり」はいつごろできたのであろう。翻訳の歴史は何百年になるのか、何千年になるのか知らないが、スーパー字幕はまだ半世紀の歴史しか持っていない。私はさいわい、スーパー字幕誕生のときからこの目で見てきているので、「きまり」ができ上がったいきさつをじかに知っている。まず、そんなところから話を始めたい。 日本語スーパー字幕が初めてつけられた外国映画はマレーネ・ディートリッヒ、ゲーリー・クーパー主演のアメリカ映画『モロッコ』である。この映画のスーパー字幕をつくったのは当時「キネマ旬報」主筆だった田村幸彦で、昭和5年暮れにニューヨークのパラマウント東部撮影所まで出かけて行って仕事をした。私はこのひとからスーパー字幕づくりのABCを教えられた。 そのときの体験を田村幸彦は次のように書いている。…口で喋る言葉を日本文字に翻訳した際、どうしても翻訳の方が長くなる。だから台詞をそのまま忠実に訳して画面へ焼きつけてみると、人物が喋って終わって、シーンが次のカットへ移っても、まだ文字が出ているというような醜態を演じなくてはならない。喋る時間と文字の出ている時間とをできるだけ同一にしなくてはならない。 次はどの位の程度まで台詞を翻訳するかという問題である。全部の翻訳をしたのでは、観客は読むのに気をとられ、画面の方への注意が行き届くまいし、あまり少なくては、今度は意味が通じない惧れがある。(「キネマ旬報」昭和6年2月1日号) ここで田村がいっていることはいまでもこのまま通用する。これがスーパー字幕の「きまり」の骨組みになり、その上に私たちが実際にスーパー字幕の仕事をしているあいだに得た経験が積み重ねられて、「字幕スーパーの文法」がしだいに固まっていったのである。私たちというのは田村幸彦をはじめ、内田岐三雄、林文三郎、秘田余四郎、柳沢保篤、楢原茂二、それに私といったスーパー字幕草創期に字幕づくりに苦労をした字幕屋仲間で、話し合って決めたわけではないまま使われている「字幕スーパーの文法」がしぜんにでき上がったのである。 この文法(スーパー字幕づくりのきまり)はふつうの翻訳の場合とだいぶちがう。 まずだいいちに、田村幸彦がいっているようにしゃべられているせりふを全部訳すのではなく、要約して日本語の字幕にしなければならない。もとのせりふをきちんと訳したのでは読みきれない場合が多い。Juliet:What's in a name? That which we call a rose By any other name would smell as sweet. ご存じ『ロミオとジュリエット』第二幕第二場のジュリエットの有名なせりふである。どの引用句辞典にも出ていて、ごまかしのきかぬせりふである。坪内逍遥から小田島雄志まで日本語訳はいろいろあるが、中野良夫訳は次のようになっている。 「名前が一体何だろう。私たちがバラと呼んでいるあの花の、 名前が何と変わろうとも、薫りに違いはないはずよ」 『ロミオとジュリエット』は何回も映画につくられているが、われわれはイタリーのフランコ・ゼフィレッリ監督がつくったのがもっとも印象に残っている。ジュリエットはこの映画で売り出したオリビア・ハッセー。歌手布施明と結婚したあのオリビアで、彼女はこのせりふをおよそ8秒でしゃべった。したがって8秒で読みきれるスーパー字幕をつくらなければならない。入場料を払って映画を観にくる観客が8秒で読みきれなければならないのである。試写室で映画を見る先生がたの字幕を読む速度は標準にならないのだ。(文字数制限により省略、続きはここ)…とまあ、清水さんは職人技の奥義を披露してくれたが…トップクラスの達人というべきか♪外国映画と観客をつなぐインターフェースには、どうしても「スーパー字幕」というアナログな過程がいるわけで、自動化が困難のようです。この人間臭い技が、ええでぇ♪というわけで・・・日本語吹き替えとスーパー字幕が選べる映画は、必ずスーパー字幕の方を選んでおります。
2014.02.03
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図書館で「バンド・デシネ徹底ガイド」を借りて読み進めているが・・・この際、バンド・デシネについて、あれこれ集めてみました。・バンド・デシネ徹底ガイド・メビウスの世界・メビウスつながりで「ブレードランナー」を読む・宮崎駿とメビウスの対談・フランソワ・スクイテンがすごいMoebius.fr公式サイトより「メビウス アルザック・ラプソディ」予告編BDfile(ベデフィル)<バンド・デシネ徹底ガイド>これ1冊でバンド・デシネの全てがわかる優れものである。個人的には谷口ジロー、松本大洋のインタビュー、BD通が選ぶ必見バンドデシネが良かったけど。それから、メビウスの紹介も充実しています。【バンド・デシネ徹底ガイド】原正人編、玄光社、2013年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>リドリースコット作『ブレードランナー』はメビウスの漫画に触発されて作られたそうです。それだけ、メビウスのインパクトは大きかったわけで…メビウスがバンド・デシネ作家であることや、バンド・デシネという言葉も後から知った次第です。宮崎駿監督も影響を受けたようですね。rakutenバンド・デシネ徹底ガイドこの本を読んで、個人的に読みたい本をメモしておきます。・B砂漠の40日間:メビウス・闇の国々:フランソワ・スクイテン・ピノキオ:ヴィンシュルス・氷河期:ド・クレイシー・雲の彼方:ロマン・ユゴー・あと、追記予定 <メビウスの世界>最近になってフランスの漫画作家メビウスを知ったのですが・・・おお 松本大洋と似たテイストやんけ♪ (松本大洋がメビウスの画風に影響をうけていると言われておるそうです)松本より先行していたかも知れないが、なかなか、いい味出てますね。メビウス・ラビリンスロング・トゥモローMoebius met sa patte sur“Télérama”!バンド・デシネの巨匠メビウスさん死去 マンガ家の大友克洋さんら追悼ツイート松本大洋のナンバーファイブをおまけだ♪ナンバーファイブ<メビウスつながりで「ブレードランナー」を読む>メビウスとブレードランナーをつなぐということで、『ブレードランナーの未来世紀』という本を読んでいるんですが・・・・【ブレードランナーの未来世紀】町山智浩著、洋泉社、2006年刊内容(「MARC」データベースより)保守的で能天気な80年代ハリウッド映画の陰で、スタジオから締め出された映画作家たちは、異様な悪夢の世界を描いた映画を作っていた。その理由を、入手可能な資料と監督自身の言葉を手がかりに解きほぐす。<大使寸評>ブレードランナーの原点はディックの小説かと思っていたが、メビウスの漫画だったのが意外でした。Amazonブレードランナーの未来世紀メビウスとブレードランナーをつなぐものとして、『ロング・トゥモロー』という短編の漫画があったのです。ブレードランナー誕生秘話とでも言うんでしょうか♪<ロング・トゥモロー>p229~230 リドリー・スコットとハンプトン・ファンチャーは80年4月、ハリウッドに合宿して脚本の練り直しに入った。「映像においてスタイルはテーマそのものになる」それが、CM出身のスコットのポリシーだ。彼は、まずファンチャーに尋ねた。「窓の外はどうなっている?」『ブレードランナー』の舞台はどんな世界か、と訊いたのだ。ファンチャーが答えられないと、スコットは言った。「ヘヴィ・メタルだ」 『ロング・トゥモロー』のストーリーを書いたのはダン・オバノン。スコットの『エイリアン』の最初のシナリオを書いた男だ。彼はフィリップ・K・ディックの大ファンで、『トータル・リコール』と『スクリーマーズ』でディックの原作を二回も脚色している。 この『ロング・トゥモロー』こそが、スコットにとっての『ブレードランナー』の「原作」である。何しろ彼は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んでいないからだ!『LongTomorrow』ロング・トゥモロー「メビウス アルザック・ラプソディ」予告編 <宮崎駿とメビウスの対談>宮崎駿とメビウスの対談より宮崎:ぜひとも完成させて下さい。今度は上手く行きますよ。メビウス:ありがとう。漫画の『風の谷のナウシカ』もアメリカで出版されるそうだね。とても楽しみだ。コミックが出版されれば、映画ももっと有名になるはずだしね。英語で読めるようになるというのもとても有難いことだよ。本当は、フランスでも出版してもらえると申し分ないんだけれど。いま、フランスの出版社にそういう話が持ちかけられているそうだよ。たぶん、興味を示すところが出てくると思う。宮崎:ありがたいですね。メビウス:それに、このまま上手く行けば、また一緒に話す機会を作れると思うんだ。宮崎:でも、フランス語はからっきしで(笑)メビウス:心配は要らない。今度は英語で手紙を書くから!(笑)(文字数制限により省略、全文はここ)<フランソワ・スクイテンがすごい>フランソワ・スクイテンのBDがすごい♪のです。建築家一家に生まれた関係からか、建築デザインを感じさせる知的なテイストがええでぇ♪『闇の国々2』より次の「ブリュゼル」は1991年に『(A suivre)』誌で連載が開始され、1992年に単行本として刊行された。「パーリの秘密」では、現実の都市パリとよく似た都市が描かれ、実在の歴史的建築物と思しい建築物が多く登場している。そしてその中の一章「アブラハム博士の奇妙な症例」では、パーリとパリがどこかでつながっていることが暗示されている。一つのトポスを中心にあちらの世界とこちらの世界が表と裏のように、光と影のように存在している。この主題をおそらく初めて組織的に『闇の国々』シリーズの中で展開したのが、この「ブリュゼル」である。選ばれた都市は二人の作家にゆかりの深いブリュッセルである。ちなみにブリュッセルはBruxellesまたはBrusselと綴り、ブリュゼルはBruselと綴る。ブリュッセルの近代化の歴史がブリュゼルのそれとどう重なりどう異なるのか、ペータースの序文と併せてお楽しみいただきたい。.【闇の国々】ブノワ・ペータース (著), フランソワ・スクイテン (イラスト)、小学館集英社プロダクション、2011年刊<商品説明より>〈闇の国々〉――それは、我々の現実世界と紙一重の次元にある謎の都市群。 ある日突然増殖しはじめた謎の立方体に翻弄される人々を描く『狂騒のユルビカンド』、 巨大な塔の秘密をめぐる冒険から、数奇な運命へと導かれる男を描く『塔』、 未知の天文現象により、体が斜めに傾いてしまった少女の半生を描く『傾いた少女』、 傑作と名高い選りすぐりの3作品を収録した歴史的名作シリーズの初邦訳。 メビウス、エンキ・ビラルと並び、BD界の三大巨匠と称されるスクイテンが、ついに日本上陸。 繊細な描線、計算されつくされた構図、あらゆる芸術のエッセンスを詰め込んだBD芸術の真骨頂! <読む前の大使寸評>この本を渇望するのだが・・・・この本を図書館が買ってくれるだろうか?それが問題ですね。Amazon闇の国々闇の国々 試し読み<>
2014.02.02
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中国の大手不動産会社トップがインタビューで「住まいの視点なく経済を操る政策、高まる人々の不満」と説いているので、紹介します。 中国共産党の計画経済は、不動産バブルを回避できるのか?なにしろ初めてのバブルだから、予想が難しいようです。(大手不動産会社トップへのインタビューを1/28デジタル朝日から転記しました) バブルの崩壊がずっと心配されている中国。住宅価格の高騰に悩まされつつも、マイホームを手に入れることは人々の切実な夢だ。彼らの関心を集める中国の大手不動産開発会社トップの任志強(レンチーチアン)さんは、ウェイボーなど中国版ミニブログでフォロワー数千万人を抱える。ときに批判を浴びながらも語ることをやめないのはなぜか。Q:なぜ、こんなに多くの人たちから注目されているのでしょうA:ミニブログを始めて3年余りですが、フォロワーは三つのアカウントで延べ4千万人近い。中国のネット人口は6億2千万人といわれます。もっと多い俳優もいるが、企業家では上位数人に入ると思う。それだけ人々が住宅に強い関心をもっている証拠です。Q:住宅価格が高騰していますA:中国政府は2011、12年と意図的に土地の供給を絞った。過剰な投資を抑えるためです。しかし、都市部の需要は強いままだから、住宅が値上がりした。北京では1平方メートルあたり8万元(約140万円)近い物件もざらです。政府が昨秋から土地の供給を増やし始めたので、今年は上昇率が少し落ち着くでしょう。Q:前政権の温家宝首相は「任期内に住宅価格を合理的な水準にする」と言っていましたがA:できっこなかった。政府が開発業者に売る土地を絞っておきながら、価格を下げるなんて。国民に約束した政策を何年かけても達成できないなら、(中国共産党・政府の要人が働く)中南海から早く去るべきだった。 中国政府は不動産を経済の調整弁に使ってきたのです。投資が過熱すると供給を絞り、経済が冷えると拡大させる。人々の住まいや産業の観点から、土地を扱ってこなかった。貧しい人たちに住宅を提供する社会保障政策も遅れている。 ■ ■Q:地方政府は、農民から安く買った土地を開発業者に高く売る「土地財政」に頼っています。値下がりすると困るから、下げられないのではありませんかA:農地を市場で売り買いして農民にも利益を還元する動きはあるが、農民がもっとも損をしてきたのは事実。中国では、農村戸籍と都市戸籍で社会保障に差があります。農村戸籍だと都市で働いていても、都市戸籍をもつ人たちと同じ教育や社会保障を受けられない。だから農村出身者は都市にいても不安で、故郷の農地を手放さない面もある。農業の大規模化もやりづらく、農村の収入も上がらない。新政権は戸籍の改革も進めると言っています。Q:中国の富豪の上位には不動産業者がずらりと並んでいます。もうけすぎなのでは。任さんも遼寧省大連で講演中に、出稼ぎ労働者から靴を投げられたことがありましたねA:当時、米国のブッシュ大統領がイラクでの会見中、イラク人記者から靴を投げられたニュースを見て、まねした人がいた。首相への不満を私にぶつけたのでしょう。 中国では、外国で金持ちが多い金融やエネルギー、通信、メディアが国有化されている。そのため、国有とは限らない不動産開発業者が金持ちの代表のようになっただけです。しかも、過去10年で国有企業が経済に占める比重が上がり、民間が下がる『国進民退』がおきた。庶民が家を買えないのは、労働者の給料が安いから。国が稼いだ富をもっと庶民に分配すべきだね。 ■ ■Q:こんな「住宅バブル」はいつまでも続かないでしょうA:バブルじゃない。人口構造からみて、むこう10年は都市部の住宅需要は強いとみています。なぜなら、中国の都市化率はまだ半分程度で、これから数億人が都市部に入ってくる。さらに、中国で人口のヤマのひとつになっている1990年前後の生まれが結婚して子どもを産み、家をもつ時期が重なってくる。Q:しかし、北京でも地方でも、郊外に行けば無人のマンションも少なくありません。高すぎて周辺の住民が買えないような物件ですA:中国の住宅購入は、現金の比率が高く、ローンが少ない。銀行が負うリスクは米国や日本などに比べて小さい。もちろん銀行から借金し、投資用の住宅をたくさん買って返済できなくなったケースもある。数千人規模だと思うが、中小の民営企業が多い浙江省温州市で目立ちます。Q:地方政府は、正規の融資とは異なる「影の銀行」などから直接、間接にお金を借りてハコものを中心に開発してきました。不動産の動向が財政を左右しますA:地方の借金は確かに多い。土地を開発して売る前提で、地方政府が多額のお金を借りています。返済期限が来ても、土地を買収できていなかったり、開発物件が売れなかったりすれば、行き詰まる。ただ、中国の地方の債務は約20兆元(約340兆円)。地方政府がもつ国有企業などの資産は39兆元といわれ、株式や工場などの売却で借金を返せる、と政府は説明している。 ■ ■Q:なぜ、ミニブログで熱心に発信するのですか。昨年9月に訪日したときは、「日本人の多くは中国人を憎悪していない」などとつぶやいていましたねA:編集されず、自分の意見を速く伝えられるから。誰もがメディアになれる。山東省青島市で昨年11月に起きたパイプラインの爆発事故を知っていますか。Q:60人以上が亡くなりましたA:あの大事故は当初、地元を中心にメディアは『上(政府)』の命令で報道できなかった。中国ではよくあることですが、ウェイボーなどで多くの人が伝えました。Q:しかし、市民の権利の保護を暴力的にならずに求める「新公民運動」すら取り締まられるなかで、ネットを通じて声をあげることは難しくなっているのでは。影響力があるアカウントへの言論の締めつけが強まっていますA:我々は日本ほど自由じゃない。それは確かです。たとえば、北京の教育部門の建物前に出稼ぎ労働者や彼らを支援する人々が集まって『我々は差別されている』『解決せよ』と叫んだり、これを組織するためにウェイボーを使ったりするのは難しいでしょう。不動産から始めて投資家になった知人は、こうした活動家にお金を支援したとして逮捕された(今月22日に保釈)。私は組織的な行動をせず、自分の考えを述べているだけだから、彼らとは違う。 中国では、多くの企業家が政治目的をもたずに、公益活動を始めている。環境保護や貧しい子どもの教育のために寄付している。しかし、中国政府は民間組織を厳格に管理しようとする。政府の力が及ばない組織が増えると、社会に悪い影響を与えるのではないかと心配しているのです。たとえば、我々が環境基金を立ち上げようとしたとき、政府が認めたのは活動を始めてから5年目だった。欧米の人々の組織力や実行力は、若いころから自在に組織をつくったり、つぶしたり、そんな経験から培われている。中国ではそれが許されないから、能力が十分に育ちにくい。社会に公共的な活動の場を築くためには、大事な能力なのですが。Q:住宅問題を含めて、政策に意見を述べる機会も多いですねA:中国の企業家は、あれこれ言って面倒に巻き込まれたくないと思う人も多い。しかし、私は中国だからこそ、ビジネスマンがビジネスだけを語る『在商言商』ではすまないと考えます。日本なら投票という行動で意思を示せるが、中国では言葉にしないと商環境を決める政策の決定に関与できないからです。地方政府の税金の取り方は不透明だし、それを改めないから、ここ数年、中国の多くの企業家が海外に資産を移している。『国進民退』で、国有企業は民間が運営していた鉱山や資源会社を買収した。企業家も不安だ。政治に関心をもたずにはいられないよ。 *任志強:51年生まれ。中国人民解放軍から80年代に実業界に転じ、長く不動産開発にかかわる。北京市の関連企業などが株主の華遠地産会長。<取材を終えて> 中国で不動産開発会社のトップといえば、政府と結託して荒稼ぎする「悪者」の役どころともいえる。にもかかわらず、「任大砲」と呼ばれる率直な物言いが、多くの人をひきつける。カネがうなりをあげる中国で、生々しい実業家の声を聞いてみたいと考えた。 「貧しい人のために家をつくっているわけではない」と述べて厳しい批判を受けたこともあれば、銀行の幹部人事に干渉した監督官庁を痛烈に批判して喝采を浴びたこともある。政治や政策に物言う中国の企業家の象徴的な存在でもある。 ベストセラーの回顧録「野心は優雅に」によると、父親は元商務次官。だが、ウサギの皮の輸出商から始め、不動産業界に転じて事業を拡大した。「汚職の冤罪」で留置所に置かれたこともあったと記す。 前首相を激しく批判しながらも、現政権には慎重に言葉を選んでいたのが印象的だった。法治に乏しい中国では、企業家は富も立場も一夜で失いかねない。それと同じように、需要の強さで説明した住宅価格の「上昇神話」にも、将来がはっきりしない危うさがつきまとう。任さんに、いまの中国の強さともろさがみえる。(編集委員・吉岡桂子)利に敏い中国人に、現状の土地制度は犯罪的ともいえますね。<中国の土地制度と住宅> 中国の土地は「公有」が基本。地方政府が土地使用権を民間の開発業者に払い下げ、そのお金を元手にインフラや住宅など都市開発を続けてきた。使用権の期限は、居住用が70年、工業用が50年、商業用が40年などと定められている。 農地の場合は、集団所有する農民から安く買い取り、開発業者に高く売って、地方財源にあてている。十分な補償も得られないまま土地を失う「失地農民」と地方政府の間には衝突が絶えず、ときに暴動に発展するほどの社会問題になっている。 いっぽう、海外への投資制限や中国株式市場の先行き不透明感などを背景に、投資先が限られる富裕層のお金がマンションをはじめとする不動産に流れ込み、住宅価格を押し上げる一因になっている。 中国の新築の住宅価格は昨年12月、主要70都市のうち浙江省温州市を除く69カ所で前年同月より上昇した。上海、北京など大都市では20%以上も値上がりしている。計画経済とは、強権発動による軌道修正がきくので自由主義陣営が思っている以上に、したたかで強靭なのかもしれないですね。ただし政権が倒れたら経済もジ・エンドではあるが。バブル崩壊に関するWEB新書をチョイ読みしてみましょう。WEB新書泡沫(パオモー)中国バブル大崩壊の足おとが聞こえるより 極めて短期間のうちに、世界2位の経済大国に駆け上がった中国だが、民間の貸金業が規制される中で広がった「民間借貸」など、銀行以外の貸し出しの額は、GDPの8割を超えた可能性が指摘されている。これが事実であれば、その規模は700兆円以上にも達し、日本のGDPをも軽く超えていることになる。「影の銀行」が支える「泡沫(中国語でパオモー)」は、いつ、どんな形ではじけるのか?
2014.02.01
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