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我が映画鑑賞歴でドイツ映画の本数は数多いとはいえないのだが・・・少ない作品のわりに、個人的には強い印象が残っているのです。観たドイツ映画のテーマは、結果的に「旅」と「戦争」の二つになったのだが・・・ここにドイツ人の傾向が表れていると言えなくもないと思うのです。ドイツ映画鑑賞歴を年度を追って並べてみます。・バチカンで逢いましょう(2012年)・バグダッド・カフェ(1987年)・パリ・テキサス(1984年)・ネバーエンディング・ストーリー(1984年)・Uボート(1981年)・橋(1959年)・撃墜王アフリカの星(1957年)【バチカンで逢いましょう】トミー・ヴィガント監督、2012年、独制作、H26.9.20観賞<Movie Walker映画解説>よりバチカンに向かったマルガレーテはイタリア人の老詐欺師ロレンツォと出会う。ロレンツォ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)も他人には明かせない人生の秘密を持っていた。マルガレーテは持ち前のバイタリティでローマの廃業寸前のドイツ料理店のシェフとなって店を復活させる。その評判は法王庁にも届き、やがて法王のためにドイツ菓子カイザーシュマーレン作りを依頼されるまでになる……。<大使寸評>あわや、老人ホームに入れらる危機もあったけど、旅先のローマではじけるマルガレーテであった。「バグダッド・カフェ」(87)のマリアンネ・ゼーゲブレヒト主演の映画となれば、見るしかないでぇ♪・・・とかなり意気込んで見たのですが、女3代の不倫コメディーとでもいう変化球でした。でも、「バグダッド・カフェ」風のローマ滞在記も味わえるし、「旅情」風のロマンもあったりで、いいんじゃないでしょうか♪Movie Walkerバチカンで逢いましょう【バグダッド・カフェ】パーシー・アドロン監督、1987年ドイツ制作<Movie Walkerストーリー>より ミュンヘン郊外の田舎町、ローゼンハイムから観光旅行にやってきたミュンヒグシュテットナー夫妻は、ディズニーランドからラスヴェガスの道中で夫婦喧嘩になってしまい、夫と別れ車を降りたジャスミン(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)は、重いトランクを提げてあてどもなく歩き出した。やっとの思いでたどりついた、さびれたモーテル兼カフェ兼ガソリンスタンド“バグダッド・カフェ”で部屋を借りようとするジャスミンに、女主人のブレンダは不機嫌な迷惑そうな表情を隠そうとしない。<大使寸評>ハイウェイの夕焼けをバックに流れる「コーリングユー」という歌がまたいいのだ。文明果つる所のような剥き出しの風景に、ハイウェイ沿いの安モーテルの乾いた哀愁に・・・・この透とおった高いキーの歌がよく合うのだ♪ドイツ映画の一押しと言えば、大使の場合はこの映画になるわけです。劇場で1回、DVDで2回観たかな。Movie Walkerバグダッド・カフェバグダッド・カフェbyドングリ【パリ、テキサス】ヴィム・ヴェンダース監督、1984年ドイツ制作、H24.1.31観賞<Movie Walkerストーリー>よりテキサスの原野。一人の男(ハリー・ディーン・スタントン)が思いつめたように歩いている。彼はガソリン・スタンドに入り、水を飲むと、そのまま倒れた。病院にかつぎこまれた彼は、身分証明もなく、医者は一枚の名刺から男の弟ウォルトに電話することができた。男はトラヴィスといい、4年前に失踪したままになっていたのだ。病院から逃げ出したトラヴィスをウォルトが追うが、トラヴィスは記憶を喪失している様子だった。<大使寸評>出だしは、同じくドイツ人監督の「バクダッド・カフェ」のようにドライな不条理感あふれている。しかし、だんだんと「エデンの東」のような母親探しになり、ウェットになるのが意外でした。Movie Walkerパリ、テキサスパリ、テキサスbyドングリ【ネバーエンディング・ストーリー】ヴォルフガング・ペーターゼン監督、1984年ドイツ制作、1985年鑑賞<Movie Walker映画解説>より幻想の国が無に襲われ危機に瀕するというファンタジーと、その物語に読みふける少年を並行して描く。ベルント・アイヒンガーとディーター・ガイスラーがノイエ・コンスタンチンのために製作。アメリカのWBが配給会社PSOを通じて製作費を出資している。エグゼキュティヴ・プロデューサーはマーク・デーモン(PSO社長)とジョン・ハイド。監督は「U・ボート」のヴォルフガング・ペーターゼン。ミヒァエル・エンデの『はてしない物語』(岩波書店)に基づいてペーターゼンとヘルマン・ヴァイゲルが脚本を執筆。ただし、原作者は映画の出来に不満で、法廷に訴えて自分の名前をクレジットから削らせている。<大使寸評>追って記入Movie Walkerネバーエンディング・ストーリー【Uボート】ヴォルフガング・ペーターゼン監督、1981年西ドイツ制作<Movie Walker映画解説>より第2次大戦を舞台にドイツ軍潜水艦の乗組員たちの行動を描く戦争人間ドラマ。製作はギュンター・ロールバッハ、監督は「昼と夜のような黒と白」のヴォルフガング・ペーターゼン、ロタール・ギュンター・ブッフハイムの原作を基にペーターゼン自らが脚色。<大使寸評>過酷な任務を終え、母港ラ・ロシュルへの帰還は、生きてたどり着くというのが、ふさわしい形容だったかもしれない。映画では、やっと生還したベテランの艦長が母港への空襲であっけなく倒れるが、あっけない死というのは、戦争を実感させる。Movie WalkerUボートUボート byドングリ【橋】ベルンハルト・ヴィッキ監督、1959年ドイツ制作<Movie Walkerストーリー>より 敗戦前夜の中部ドイツ。高等学校の最上級生は十六歳。それより上はすでに戦場に狩り出されていた。こんなある日、はじめての空襲警報が鳴った。連合軍の飛行機が町はずれの橋に爆弾を落したのだ。ここは生徒たちの遊び場であり集会所であった。 親たちの心配をよそに少年たちは“祖国のために”雄々しく入隊していった。その夜突如として非常召集が発せられた。アメリカ軍が近接したのである。少年たちは勇んで出陣した。彼らの守備位置は橋だった。少年たちを戦火にまき込みたくない--と願う隊長のせめてもの思いやりだった。ところが意外にもここに戦車が来た。<大使寸評>この映画は、私の記憶に残る最初の反戦映画である。Movie Walker橋【撃墜王アフリカの星】アルフレッド・ワイデンマン監督、1957年制作<Movie Walkerストーリー>より1939年夏。ドイツ空軍士官学校の生徒たちは青空を飛び廻って青春をエンジョイしていた。なかでもハンス・ヨアヒム・マルセイユ(ヨアヒム・ハンセン)は規律無視の常習犯だった。間もなく、ヨーロッパは戦火につつまれ、マルセイユはアフリカ戦線出動を命じられた。明けてもくれても英軍のスピットファイアーとの空中戦が続く日々がやってきた。愛機のメッサーシュミットを駆って活躍する彼は、たちまち撃墜王として敵から恐れられる存在となった。<大使寸評>最初に観たドイツ映画であり、個人的には記念碑的な作品です。砂漠に墜落したメッサーシュミットの残骸のシーンでも、テーマミュージックの「アフリカの星のボレロ」が流れるが・・・・これがいいんだなー。哀愁を含んだ軽いこの曲が流れるモノクロのシーンは・・・・ハードボイルドな映像詩とでもいうんでしょうね。Movie Walker撃墜王アフリカの星BOLERO, THE STAR OF AFRICA :DER STERN VON AFRIKA 撃墜王アフリカの星byドングリ
2014.09.30
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先日、『淡河川・山田川疎水記録誌』や『日本の産業遺産300選(3)』という本を借りて以来、産業遺産づいているわけで・・・今回は『日本の産業遺産300選』の(1)と(2)を同時に借りたのです。『日本の産業遺産300選(1)』では、関心のあるたたら製鉄について集中的に読んでみました。【日本の産業遺産300選(1)】金子六郎、他編、同文舘出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より近代の人々の生活を支えてきた「文明財」ともいうべき産業遺産。全国に残されている遺物・遺跡を調査研究し、その意義を説く。【目次】農林水産、鉱山、石炭・石油、鉄鋼・金属、伝統技術<読む前の大使寸評>「鉄は国家なり」、「たたら製鉄」は関心のあるテーマなんです。ドングリ国の近くの千草町は備前長船の原材料として珍重された千種鋼のふるさとでもあり・・・ふるさとの産業遺産について、もっと知りたいのです。Amazon日本の産業遺産300選(1)「鉄は国家なり」という言葉があります。鉄血宰相として知られるプロイセン王国・ドイツ帝国の首相、ビスマルクの演説に由来するこの言葉は、産業遺産を見る上でも欠かすことができませんね。また、かつて日本で栄えた「たたら製鉄」という独自の技術が、今ではほぼ完璧に廃れて産業遺産として残る有様であるが・・・歴史的にもユニークで興味は尽きません。<日本の製鉄遺跡について>よりp116~117 日本の製鉄技術の歴史は、世界の鉄鋼技術の歴史のうえで非常にユニークな存在である。というのは、幕末時西欧の製鉄技術を移植するまで、「たたら製鉄」という独自の技術によって製鉄が行われてきたからである。たたら製鉄の歴史は、近世以前転々と、砂鉄や薪炭を求めて立地が移動していた「野だたら」の段階と、近世以降1ケ所に定着してたたら炉を建設するようになった「近代たたら」(あるいは永代たたら)の段階とに大きく分かれる。しかし、一貫して砂鉄を使用したこと、1回操業するごとに築炉しなおすバッチ・システムであったこと(鉄押し法の出現以来若干状況はかわっていったが)、徹底して人力に依存したことなど、西欧の高炉発展過程とは大きく異なる点である。また近世になるに従って、ほぼ日本全国で行われていたたたら製鉄の立地が、中国山麗部、東北とくに岩手県周辺に集中していく。ここでは、日本のたたら製鉄の代表的遺跡を選び紹介した。 幕末、西欧勢力との接触を機に、にわかに海防問題が登場してきた。鉄製大砲の鋳造、鉄製軍艦の建造などが、ナショナル・プロジェクトとして登場してきたが、たたら製鉄では、これらの要請に、質的にも量的にも応えることができなかった。西欧製鉄技術の導入が急遽すすめられることとなった。まず各雄藩・幕府の手による反射炉の建造、つづいて高炉の建設・操業が進められた。これら、黎明期における西欧製鉄技術の移植に際して、日本は西欧技術者の援助をうけず、蘭書に書かれた図面だけを見て、日本技術者だけにより進められていることは、きわめて示唆にとんだ経過であった。 明治以降、一貫製鉄所(官営釜石製鉄所、官営八幡製鉄所など)の建設に際しては、英独などの技術者の指導をうけているが、皮肉なことに、そのいずれの場合も、当初惨憺とした失敗を経験していることもきわめて示唆にとんでいる。野呂景義など日本人技術者の手により、お雇い外人の設計のミスが指摘され、はじめて操業成功にこぎつけている。失敗の原因は、日本の市場条件、資源条件に適合しない、イギリスの高炉、ドイツの高炉を、丸ごと日本にもってきて、動かそうとしたことに原因があった。これらのことも、ことさら、ハイテク技術を指向する発展途上国の近年の動向を考えあわせるとき応分の参考となる事例である。 さらに、過渡期の現象だが、「たたら」と、「高炉」の合いの子のような「角型高炉」が小花冬吉らによって考案され、第二次大戦後まで、日立安来鋼の優秀な鋼材を供給しつづけたことなども異質の技術が接触した場合の挙動としてみた場合興味ある事例である。 現在、これらの製鉄技術遺跡は、日本の各地に存在し、ある場合には遺跡として指定され、長く後世につたえる配慮が払われているが、しかし、企業の都合により、撤去される危機にさらされている事例もあることは残念なことである。<菅谷高殿>よりp120~121 菅谷たたらは、島根県飯石郡吉田村菅谷にあり全国一のたたら製鉄量を誇った田部家設置のもので、吉田村より北方約2キロの地点にある海抜約350メートルの山間で、周囲500メートル~600メートルの山で囲まれ、設置場所としては優れていたことは自然の風を利用できる三方谷で、その流れる菅谷川に向かって突出した丘陵の突端に街道がすぐそばを通り、川舟を利用する場所へも近く徒歩、牛馬利用をもっぱらとした時代には比較的便利なところに位置していたので、早くより、野だたたらが設置されたようだ。永代たたら(地下構造を施した大きな建物の中で半永久的に操業する施設)は宝暦元(1751)年につくられた田部家4番目に当る。爾来大正10年まで田部家で最も大きな施設で生産高も多く8643代(1代とは1工程で3日3晩操業)操業している。 高殿は、たたらの中心をなす土炉を包む建物で、いわば溶鉱炉の建物である。木造の平屋建、高さ地表より棟まで約8.6メートル、前面奥行とも18.5メートルの正方形をなし、屋根は4柱造りの大屋根の中心に切妻のホウチを蓋い破風には上壁を設けている。 小屋組は径50センチの押立柱4本を軸としその上に梁、隅木を架している。壁は大壁式荒壁で裏戻しがしてあり基礎には野面石が敷かれている。内部は奥の中央に砂鉄を置く。小鉄町(古くは粉鉄松)の左右に木炭を置く、炭町(炭松)これを三階松といっていた。入口近くに炉の土の置き場、土町、内部入口から見て左手に、村下座、炭焚座、山配詰所、右手に炭坂座、炭焚座、小廻詰所があり床張りで休憩する場所である。この地底には、たたら設置経費6割を要する地下構造がなされている。現在その一部が見られる。(中略) 附近一帯を山内と称する5000平方メートルの一画に前記した高殿、元小屋(支配人の居所)、手代屋敷(事務員居所)、村下屋敷(技師長居所)など19戸が連なっている(明治末期41戸)。田部家旧記によれば『吉田村は山深く人家も少なき所にて家居を構え候えば諸国漂流の人相集まり召抱候処、色々、種々の人にて強盗或いは武士の浪人、乱国の間なき時節に、ややすば喧嘩口論仕り・・・』とか『猪、狼、鹿の横行する山中を切り開き労働者を各地より雇用するのに前借金を与え衣類、住居を与え』ともあり、大規模たたらの設置に苦難したことが想像される。高殿以外の経過年数は不明であるが、嘉永3年元小屋消失の記録があるので一部は約140年前で、おおかた240年前の全国唯一のたたら施設である。 全国的にたたら製鉄は古く確証はないが5世紀後半、開発の副産物としての遺跡、遺構が発掘され、しだいに解明されつつある。一人だたら、家内だたら、といわれる小規模のものを加えると吉田村地内にも無数ある。当地方一帯での和鉄生産が全国の70%だったとか先人の生活が、たたら製鉄主体であったことがうかがい知れる。安政4年洋式高炉設置が引金となり明治以降急速に衰退し大正10年、菅谷たたらは廃業となった。ドングリ国の近くの千草町は備前長船の原材料として珍重された千種鋼のふるさとでもあり・・・ふるさとの産業遺産について、もっと知りたいのです。<干種鉄山遺跡>よりp158~159 中国山塊部で発達した近代たたらの、東限に位置するのが干種(千種とも書く)たたらである。 しかし、干種たたらの歴史は古く、播磨風土記に「・・・宍粟郡の敷草の村鉄を生ず」と記載されている。また嘉歴2(1327)年、備前長船景光、景政合作の鉄剣を広峰山に奉ずるとか、長亨2(1488)年、備前長船の刀匠上洛に際し、干種鉄20駄(1駄は約16貫)持参などの古い記録がある。さらに、古今鍛冶備考巻之一「鉄山略弁」には、「中古天文の頃より発る播州宍粟郡千種の鉄山において白鋼を吹く法」はじまるとの記録がある。白鋼を吹く法とは、炉中でできた製品を、そのまま空冷で冷却させる方法で、出雲地方の「水鋼」(水冷式)と対比している。 1630年、千種屋初代が、鉄山経営にのり出してから、千種屋はこの地方で120年鉄山経営にたずさわった。しかし、宝暦8(1758)年、千種屋瓦解、あと鳩屋孫右衛門が肩代りし、高羅山、鍋ヶ谷、内海山、天小屋山その他鉄穴流し場などを経営した。千種屋以外に、湊屋徳兵衛、鍛冶屋喜兵衛、泉屋(大阪の住友家の一族)、塗師屋善蔵など商業資本によって経営されたのが特徴的である。明治10(1874)年、洋鉄の輸入の圧迫をうけ、この地方のたたらは、もっとも早く中止した。 現地には、つぎのような産業遺跡が現存する。(1)天ジ屋鉄山跡:最後まで操業がつづけられた同地方の代表的鉄山の一つ。現在県文化財に指定されている。昭和56年に発掘調査が行われた。勘定場跡は、現在廃屋となりつつあるが、高殿跡、鉄池跡、大とお場跡などが整然と配置しており、お城の石垣のような巨石を配した石垣が築かれており往時の盛大さをしのばせる。東西・南北いずれも500メートルに及んだ規模の大きな鉄山跡である。最盛時には、120戸、約600人にのぼる山内住人が住んでいた。この鉄山近くには、山内の人たちを埋葬した郡墓がある。町役場には、明治9~12年と記入された「西河内村之内天ジ屋鉄山」戸籍が残っている。(2)鉄穴流し跡:この地区には、ほぼ原形をとどめている鉄穴流し跡が数ヶ所現存している。(3)町立資料館:千草町は、役場の前に立派な町立資料館を建設し、たたら関係の古文書、道具、製品などの展示をおこなっている。(4)その他:この地方で古代・中世のころ製鉄が行われた高保木遺跡屋や、また近世たたら製鉄が行われた高羅鉄山、荒尾鉄山など高殿跡や、街道わきの供養塔、金屋子神(岩野辺内海)、たたら関係者の墓、砂鉄採取跡など、多くのたたら関係遺跡・遺物が多数、現存している。日本の産業遺産300選(2)日本の産業遺産300選(3)
2014.09.29
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先日、『淡河川・山田川疎水記録誌』や『日本の産業遺産300選(3)』という本を借りて以来、産業遺産づいているわけで・・・今回は『日本の産業遺産300選』の(1)と(2)を同時に借りたのです。『日本の産業遺産300選(2)』では、関心のある電力や電気・通信について集中的に読んでみました。【日本の産業遺産300選(2)】金子六郎、他編、同文舘出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より近代の人々の生活を支えてきた「文明財」ともいうべき産業遺産。全国に残されている遺物・遺跡を調査研究し、その意義を説く。【目次】風・水車、原動機、工作機械、電力、電気・通信、応用化学・醸造、精密・産業機械<読む前の大使寸評>福島の原発事故があって以来、望まれる電力は何なのか?ということが日本の喫緊の課題となっていますね。また、電気・通信分野は、コモディティ化で中韓と凌ぎを削る分野でもあり・・・このあたりについて、歴史をさかのぼってみようと思ったのです。『日本の産業遺産300選(2)』については、Amazonのロングテールに載っていなかったけど、それだけ蔭のうすい本なのかも(笑)kinokuniya日本の産業遺産300選(2)福島の原発事故があって以来、望まれる電力は何なのか?ということが日本の喫緊の課題となっていますね。ということで、電力の歴史をさかのぼって見てみましょう。<日本の電力産業遺跡について>よりp92~93 日本の電力産業は、現段階では原子力発電をベースにおき、石油火力を加えて需要の大半をまかなっている。水力発電は補助手段にすぎず、しかも主要な水力発電所は、人造湖に貯留した水量を、原子力発電所から発生する深夜余剰電力によってポンプアップしたうえで最大需要発生(ピーク)時に稼動させる揚水式によって構成されている。 とはいえ、このような方式は、昭和30年代半ばに始まった経済高度成長の産物にほかならない。それ以前、明治40年代から半世紀ほどにもわたった支配的な存在は、水力発電を基幹とした水主火従方式であった。 電力産業それ自体は、欧米での成立にいくらも遅れることなく、日本に導入された。当初は、直流、交流のいずれが適応性の高い存在であるかを明らかにしえず、直流方式、交流方式の双方が、発電時に用いられたが、送電技術の高度化にともなって、長距離送電に適する交流方式が電力産業を支配する。 成立当初の電力産業では、供給地と需要地が至近に位置せざるを得なかった。そのため、海岸部に立地する大都市での需要を前提とする電力産業は火力発電に依存した。燃料の石炭を船舶に頼ったためである。 一方、山麗に位置する都市や行楽地・保養地などでは、急流の河川から水力を得ての水力発電で需要に応じたのである。 このような成立当初の電力産業遺構は、改装、規模拡大はあるにしても、関西電力蹴上発電所(京都市)として継承されてきた。蹴上発電所は、商業的な水力発電の原点に位置づく存在である。 各地に小規模な発電所が点在し、多様な電圧、周波数が用いられていた状況が広域送配電を前提とする大出力発電へと転換するきっかけを作ったのは、東京電灯駒橋発電所の竣工であった。その技術的背景には、高圧負荷に依拠する長距離送電の成功が存在した。 交流方式が一般化して以来、電力産業が背負った課題は、絶えず変動する需要に貯蔵不能な電力でいかに対応すればよいかを工夫することであった。河川の流量は季節による変動が大きく、流量の多少と需要の多少が、相関しにくいという悩みを持ち続けた。 解決策のひとつは、河川にダムを建造のうえ、造成される人造湖での貯留水を、需要と関連付けて使用する方式の採用であった。大規模なダムを用いる発電は大正末から試みられたが、一般化したのは第二次世界大戦後といえるだろう。第二次世界大戦後、全国各地で建造されたダムでは、洪水貯留、かんがい用水、工業用水補強など、多目的な使用を前提とする事例がめだっている。 河川水量の減少が著しい冬期用に、水力発電の供給力不足を補う能力をもつ大規模な火力発電所を保持していたのも、高度経済成長期以前の特色であった。「お化け煙突」で知られた東京電力千住火力発電所は、水主火従時代に稼動した典型的な事例である。京都市の蹴上発電所や、千住のお化け煙突のエピソードに触れて、電力の変遷が述べられています。では、今後いつの日か、石油火力や原発が産業遺産として語られる時代が到来するのでしょうね。日本の産業遺産300選(1)日本の産業遺産300選(3)
2014.09.29
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ナショナリズムできしむ日中であるが・・・目を文化に転じると、中国文化は文化大革命の時期に壊滅的なダメージを受けたわけです。現代の王権を握る中国共産党の元では、中国文化の行く末に光明は見えてこないわけで、現状は芳しくないのだが(このへんに大使の断定が見られる)・・・中国人から見る日本文化とは果たしてどんなものか?中華意識に慣れてしまい、辺境の民に思いを馳せない中国人にあって、日本文化に造詣の深い彭丹さんは異例といえるのかもしれないが・・・陶磁器をとおして彼女が説く日中の文化の違いを見てみましょう。曜変天目【中国と 茶碗と 日本と】彭丹著、小学館、2012年刊<「BOOK」データベース>より日本には、中国ではいつのまにか廃れてしまった「中国」があると、著者は説く。漢字、着物、端午の節句などの行事等々。しかしそれらの「中国」は、どこか姿を変えた不思議な「中国」なのだ。そして茶の湯に親しむなかで著者は、名物茶碗や国宝茶碗の多くが中国から渡来した唐物で、しかも中国には残されていないことに気づく。なぜ日本人は唐物を自らの“国宝”としたのか。なぜそれらの優品が中国には残っていないのか。中国と日本の間に横たわる広くて深い文化的差異の大海に漕ぎ出した、まったく新しい日中比較文化論の誕生である。<読む前の大使寸評>中国文化は、辺境の地ニッポンで花開いたが、発祥の地では消滅の危機にあるようです。なぜなのか?お茶しかり、漢字しかり、儒教的道徳しかり・・・etc陶磁器をとおして彭丹さんが説く日中の文化の違いを見てみましょう。<図書館予約:(9/19予約、、9/23受取)>rakuten中国と 茶碗と 日本と中国のめぼしい陶磁器は官窯で作られたが、官窯とは何か?<皇帝と官窯が陶磁を発展させた>よりp262~265 明の景徳鎮御器廠、清の景徳鎮の御窯廠と、王朝が交代するたびに、新たな官窯が開かれる。中国陶磁史において官窯の存在は絶大なものであった。もし官窯がなかったならば、製陶技術は何千年も途絶えずに向上していくことは不可能であったろう。また、斬新な陶磁器が次々と生まれることもなかっただろう。もちろん、数々の名品が残されることもなかったのである。 その理由として次の三点が挙げられる。 第一に官窯需要者である皇帝の要求度が高い。 皇帝は土でできたやきものに二つのことを求める。ひとつは芸術の美である。中国皇帝の中には、高い文化素養と審美眼を持つ文化人が多い。宋の徽宗は優れた画家であり、その絵は国の宝とされている。明の歴代皇帝は書道を愛し、永楽帝は全国から書の名家を招集した。清の康熙帝と乾隆帝に至っては、絵付け文様を描き、自ら磁器の制作に関わった。 皇帝がやきものに求めたもうひとつのものは、王権の象徴である。農業社会の中国では土が治国の根本であり、土が万物を養育する。皇帝は農業を重んじ、土を尊ぶ。陶磁器は火による土の結晶である。火による金属の結晶である青銅器と同じく、中国の皇帝はそこに王権の象徴を求めたのである。それゆえ、磁器には、青銅器の形を模倣したカ・コ・爵・カ・尊・壺などの酒器が多い。装飾文様も雷文、バンチ文、キリュウ文、鳳文など、青銅器の文様を用いた。需要者である皇帝のこのような要求は、そのまま陶磁器の水準に反映される。日本の場合、陶磁器の主な需要者は天皇ではなくて茶人及び武家大名であった。織部焼は安土桃山時代の茶陶の最高水準を代表するものである。 第二に、皇帝の高い要求に応ずるために、官窯の陶工は命をかけて磁器を造る。 宋代の景徳鎮青白磁を、現代の日本で再現しようとしている日本人陶芸家のグループに加わり、景徳鎮窯遺跡の調査旅行に同行したときのことである。 明・清時代の最盛期の景徳鎮からは想像できないほどの、現代景徳鎮の荒廃ぶりに、私は言葉を発することができなかった。陶芸家たちと町の磁器店を一軒一軒まわってみたが、目に留まる作品に行き当たらない。私は一人の陶芸家を尋ねた。「現代景徳鎮の磁器はいかがでしょう?」。 彼はしばらく黙っていた。中国人の私にどのように言っていいか迷っていたのだろう。 でも、彼は言った。「アジがないんです」 世界の人々に愛され、かずかずの名品を生み出した景徳鎮陶工の後継者たちであるのに。 季節は厳冬のさなか。町をめぐる昌江は水が枯れて、細々と流れている。この川にはかつてどれほど豊かな水が溢れ、どれほど賑わっていたのだろう。東京の博物館や美術館で見た数々の景徳鎮窯の作は、すべてこの川を通じて運ばれたものである。だが、今日の江面に船ひとつ見えない。 金を稼ぐために造られたものと、命をかけて造られたものとは、迫力が異なる。 現代の陶工たちは、目先の利益しか目に入らず、濫造に走りがちである。しかし、先祖の陶工たちは、生きていくために監陶官の厳しい目をくぐらなければならなかった。だから精魂を込めて作品を造る。そこには、今の人たちのとうてい及ばない精神が潜み、霊気が籠もっていた。 景徳鎮だけではない。すべての官窯は、このような皇帝と陶工の執念のせめぎあいによって栄えたのである。 理由の第三は、官窯は政治権力の保護のもとで、最良の原料、優れた陶工、最高の技術を専用することができたこと。王朝によってそれぞれ製品は異なるが、唐五代の秘色青磁、北宋の汝窯青磁、南宋の官窯青磁、更に明官窯の豆彩、清官窯の五彩など、官窯の製品は、常にその時代を代表する最高の磁器であった。 つまるところ、古代の中国と日本では、製陶の意義が大きく異なるのである。 聖人の三皇五帝に起源する製陶は、古代中国では神聖な意味を持っていた。皇帝にとって陶磁器は王権の象徴であり、庶民にとっても陶磁器は身近な日常生活用具であった。それゆえ、皇帝も庶民も製陶に情熱を持ち、これに応える陶工は技術の革新に心血を注いだ。 一方、古代日本人の日常生活では、土器も使用していたとはいえやはり木器が主役であった。中国人のように製陶を神聖化することもなく、自ら進んで製陶技術を向上させる動機もなかった。 この意味で、技術の発展史である中国陶磁史と異なり、日本陶磁史は中国文化の借用史だった。 日本の製陶は天皇よりも、茶人及び大名と大きく関わり、安土桃山時代の茶陶の流れが今日まで続く。彭丹さんが、中華思想あるいは中華意識について述べています。アメリカに留学あるいは逃亡している若き中国人たちは、どうなんでしょうね?<おわりに>よりp283~286 仙人を登場させない理由もここにあった。古代中国人にとっては現実的な存在である仙人も、日本人にとっては現実性に乏しい。仙人や仙界より、むしろ無常な人生、定められた運命のほうが日本人の心情に受け入れやすい。 そこで、露伴は建文永楽の王位争奪という中国の歴史を借用し、『女仙外史』の「定数」観を借用し、日本史上の壬申の乱を映しながら、歴史人物の波瀾に満ちた生涯を描いた。 この意味で、『運命』という作品は、中国文化を借用した創造であった。 日本文化は、日本語や『運命』のように、借用した中国文化から分岐して、独自の展開を成し遂げてきた。このような日本文化とは、果たしてどのようなものなのか? 答えは一つではないと思うが、その一つは、日本文化は命名の文化であるということである。 日本文化の多くは、外来文化の借用である。自らの内部から発祥した文化とは異なり、海の向こうからやってきたものだから、もとの姿が変えられ曖昧模糊になりがちである。しかし日本人は、曖昧模糊そのものを文化とする方法を創り上げたのである。すなわち、そこに新たな名前を付けることによって、それまでになかった意味と価値を新たに創り出し、文化という秩序の抽斗の中に次々と入れてきた。 もう一つの答えは、日本文化は、中国文化と異質の創造方法を持つ文化である、ということである。 中国文化は古いものを消去して、新しいものを生み出す破壊的革命的な創造性であるのに対して、日本文化は古いものを繰り返し使い、そのたびにすこしづつ新しい創造を加えていくという継承的改良的な創造法である。 最後に、借用と創造の日本文化を生み出した、あるいはそのような文化の誕生を可能にした土壌は何か、ということについて考えてみたい。 一つは中国に対する日本人の抜きがたい感興心である。その感興心は執拗なほど強く、中国を自国の文化や歴史のように扱い、それを日本人なりに解釈し消化してしまうのである。日本の作家の多くは中国を舞台に中国人を描き、中国文化をそのまま吸収して作品化することができる。また日本の読者は、中国と日本の歴史や文化が交錯する作品に違和感を持たず、そのまま受け入れることができる。 陶磁器についても同じことがいえる。日本の茶人は中国の陶器や磁器を茶の湯に用いたが、そのような茶の湯がそのまま日本社会に浸透していく。のち、日本の陶工は中国を真似て日本磁器を造るが、そのような磁器も日本人に好まれ、日常用具として定着する。これは、中国と日本が共通の土台の上に成り立っている証でもある。 二つは、東アジア文明圏の片隅にありながら、文明の中華と対等の立場を確保しようとする日本人の対抗意識である。この対抗意識があるからこそ、中国文化を取り入れながら、これに呑み込まれることなく、独自の文化を生み出してきたのである。 三つは、遠きにありてという日本人の立場である。つまり、海を隔て、一定の距離を保ち、中国人と異なる視点から客観的に中国を見ることができる。だからこそ、幸田露伴は中国人には書けない歴史の感動を真に迫って伝える作品を創り上げたし、日本の茶人は中国陶磁、というより中国文化の持つ価値と可能性から茶の湯を創り上げることができたのである。 一方、中国人自身は身近の文化や歴史を客観的に見ることができない。その真のありようを知ることができない。つまり、「不識ロ山真面目、只縁生在此山中」であり、ロ山の本当の姿がわからないのは自分がロ山の中にいるためである。中国の脅威とか、突出する中国の軍拡の裏に何があるのか?・・・被害者意識と自己中心主義、それから昨今の経済的な優越感があるのでしょうね。(この本を読んでも、いっこうに中国文化を評価しない大使の偏狭さが自覚されるのであった)
2014.09.28
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図書館で、川上未映子のエッセイ集『人生が用意するもの』を見つけて借りたのだが・・・決め手は先日借りた『六つの星星』という対談集が良かったからです。これらの対談に、わりと奇抜で本質的な思考が垣間見えたけど、さて、エッセイのほうはどんなかな。大使は普段、週刊新潮を読まないので、「オモロマンティック・ボム!」というコラムがあることを知らなかったが・・・このコラムのエッセイを集めて、エッセイ集『人生が用意するもの』が刊行されたとのこと。(2011年から2012年まで連載分、これで3冊目、今も連載中)【人生が用意するもの】川上未映子著、新潮社、2012年刊<「BOOK」データベース>より「世界のみんなが気になるところ」を論じ、あの三月を思い、人生のデコボコに微苦笑しながら、読者の意表を突きまくる最新エッセイ六十余篇。断酒日記付き。<大使寸評>週刊新潮に連載の「オモロマンティック・ボム!」を単行本化した3冊目にあたるとのことであるが・・・「オモロマンティック・ボム!」というタイトルからして、そして中身も面白いのである。彼女は紫式部文学賞なるものを授賞しているそうだが・・・なるほど、長くつづる文体は紫式部のようでもある。でも、彼女の文体は、清少納言や吉田兼好のような随筆にこそ生きるのではないかと思うのです。rakuten人生が用意するものでは、オモロマンティックな、はたまた真摯なエッセイをいくつか紹介します。発刊が福島原発事故のあとなので、反原発テーマの章が設けてあります。<デモであれこれ>よりp86~88 9月19日に明治公園で行われた「さようなら原発 5万人集会」に参加した。震災以後に開催されたデモのなかで最大規模になると聞いていたけれど、実際に足を運んでみると想像を遥かに上回る人の数。団体や組合の掲げる旗がひしめき、見渡す限りが人であった。主催者発表では6万人以上、警察発表では3万人。 (文字数制限により省略、全文はここ)お茶の間発想と謙遜しているが・・・いやいやどうして本質を突いていると思います。メディアに頻出する経済学者など、悔しかったら彼女を納得させる反論を述べてみろとも思うのだ。次に、納税や仕事にたいする愚痴もエッセイとしてはこうなるのでしょうが・・・これでは、国語の教科書には載らないでしょうね。<たとえルールがわからなくても>よりp109~111 だんだんと暖かい日もつづくようになってきて、いいね、なんて言ってこのまま春の深まりに身を横たえて惰眠を貪りぬくぬく過ごしていたいのだけどそうはゆかぬのが人生です。いきなりガッと足首をつかまれて春のまどろみから引きずり出され、まるで有刺鉄線で編み上げられた絨毯でぐるぐる巻きにされて、そのうえから鬼が持っているいかつい棍棒でタコ殴りにされるかのような衝撃をくれるのはそう、どなたの明言だったかしらん、国によるカツアゲ・・・もとい、確定申告であります。(文字数制限により省略、全文はここ)奇抜と思われる川上さんの、まじめで優しい一面が見られるあたりを紹介します。<夢見る人を支えているのは>よりp142~144(文字数制限により省略、全文はここ)避けがたい死とは生物の摂理であるが、そのあたりについて語っています。<すべてはあの謎にむかって>よりp212~88 先週、実家で暮らしていた犬が死んでしまった。 人間でいえば80歳の13年を生きたのだから大往生とはいえ、元気だったのに、突然ころんと寝転んで数時間後に息を引き取ったらしくて驚いた。上京してからは別々に暮らしたけれど、どこまでも仲の良い我々だった。生まれたばかりのころのまだ歩くこともできなかった足、毎日拭き取った緑色のうんちのことなど、全部がついさっきのことのように思いだせて、すごく悲しい。 しかし人間関係のことならいざ知らず、ペットの死、とりわけその悲しみについて書くのは剣呑だ。経験のある人は「わかるぜ」と深く肯いてくれるだろうけど、そうでない人にとっては比較的どうでもいい&残念だとは思うけどそんなに共感できない、そんな話であるわけで。 しかし人間の死と動物(特に犬)の死にそれぞれ接してみて、深い感謝とともにある種の後ろめたさがあってしまうのは後者なんだよね。それはやっぱり彼らのふるまいを人間の都合によって解釈しつつ、際限なくその献身を享受しつづけたことによるのかも。 冷静に振り返ってみれば我々は話しあいをしたこともないし、気持ちを確認したこともないし、いつだって成立していたのは人間の言葉を介した想像の当てはめなのだった。 あんなに通じあっていたのに、そういえば1回だってしゃべったことないんだったなあ、と思うと少し不思議な気持ちになる。人間にとって言葉は大きなものだけど、しかし人間だって死んだ後、思いだして苦しくなるのは手触りとか一緒に時間を過ごした感覚そのものだったりして、ああ世界は言葉とそれ以外のもので今日も順調に満ち満ちているのだった。 しかしそれが誰であれなんであれ、大事だと思うものに死なれてしまうのはやっぱりいやなことだと改めて思う。もう会えなくなる、触れなくなる、見えなくなるという実際的な悲しみの恐怖も大きいけれど、「生まれて、生きて、死んでいく」という、この避けがたくいつかすべての生き物を必ず捉えてしまうこのサイクルの訳のわからなさを何度でも思い知らされることもまた、恐怖のひとつだと思う。思えば人類の歴史を推進してきた巨大なエンジンのひとつは、この訳のわからなさに対しての抗いでできあがっている。宗教も科学も戦争も愛も哲学も、けっきょくは生を維持すること=死への恐怖、そしてその解明と克服とを原動力として日々育っている最中なのだ。 だからまあ、生きている者が死んだりすれば、そりゃ悲しくて怖くて、訳がわからないのは誰のせいでもなく、それはもう誰かと関わりあって生きているだけでどうしようもなく備わっている限界というか摂理みたいなものだから、悲しいあいだはずっと悲しんだっていいような気もするよ。無数にある悲しみのなかには、いつか忘れられるものもあるだろうし、どうしたって忘れられないものもあって、その濃淡だって日々変化していくものになるかもしれないし、ならないかもしれない。努力でどうにかなる生活上のこともあるけど、世界の初期設定&ルールは我々にはどうすることもできないことで、がちがちにできあがっていることに、改めて感嘆の溜め息つきつきだ。ウーム 哲学的な一文ですね。若いわりに悟りきっているのがなんともはや?というか・・・・ええでぇ♪ ところで、彼女は紫式部文学賞なるものを授賞しているそうだが・・・彼女の文体で気になることを、挙げてみます。 長くつづる文体は紫式部のようでもある。それから、文章中に&を入れることや、体言止めは大使もよくやっているが、彼女の文体では常用されていますね。 彼女の文体は、独自の発見を自由な口語の文章で書き連ねる・・・つまり、随筆に適した文体なんでしょうね♪彼女の文体が「あとがき」によく表れているので、じっくり読んでみましょう。<あとがき>よりp216~218 「オモロマンティック・ボム!」も早いもので連載4年目に突入し、単行本はこうして3冊目を刊行できる運びとなり、うれしいことだなあと思いながらいまは夏、ものすごく暑い夏で、さっき台所の窓から外を見てみると誰もひとりも歩いていない。音だってなんにも聞こえないよなそんなぐあいで、電柱や瓦や、公園の縁取りや、このあたりのカラスたちがおそらく住んでるだろうとあたりをつけている小さな林も、ふだんどおり当然のことながらしっかりと色はついているのになぜかどこまでも真っ白に見えてしまう、そんな印象ばかりが残ってしまう、とにかく目も眩むような夏の真んなかあたりで(と思ってたら今日の東京はいちばんの35度を記録した模様)、この文章を書いています。みなさんはお元気でいらっしゃいますか。 ついこのあいだ、子どもを生んで、変化だったり大変だなあと思うときにこそ頑張らずしていつ頑張るのだ、なはんていう意味不明の強迫観念がなぜかどうしてかいつからか常にあるせいで、そんなふうにがんがん産後を過ごしていたらあっというまに体長を崩してしまって、いま現在は連載を休憩させていただいているところなのだけど、でもやっぱり授乳をしていても食事を作っていても、あやしていてもニュースを見ていてもシャワーを浴びているときでも、なにかしらちょっとでもどこかにひっかかるような点があれば「うしし、メモメモ」ってな感じで気持ちはつねにオモロマとともにあるわけで、みなさまがこのあとがきを読んでくださってるいまは復帰しているとたぶん思うのですけれど、そんなわけで今後ともなにとぞよろしくお願いいたします! この数日間、ここに収める1年分の文章をまるっと読み返していたら、3月の大地震について書いている部分に突きあたると、やはり気持ちはうんと沈むのだった。どうしたって思い出してしまうあの日のこと――そしてそれ以来、それぞれに訪れた困難は、東京に住んでいたってやはりとらえどころのないしんどさの中にいまをずるずる引きずりもどす、そんな力に満ちていて、ひきつづき大変なことです。もちろんなにも解決していないどころか問題は日々増えていく一方なのだけど。 いいものもそうでないものもひっくるめて、人生が用意するものはいつだって数えきれずあるけれど、でもやっぱり、遠くを見ても近くを見ても、日常が一色であることはありえない。どんなにものすごいことが起きたって、ふとしたときに、どうでもいいようなことで笑ったり怒ったりいらっとしたり倒れたり、喜んだり抱きあったり途方に暮れたり忘れたりしながら、そういうマーブル状のあれこれとして、この連綿とつづいているように見えてしまう毎日の背中をそれでもなんとか押してくれる、そんな瞬間があってくれるのもまた本当なので、そういうものをなんとか繋げてやっていければよいなと、2012年の今はそんなふうに思っています。なんとか、なんとか。ウン♪ 川上節の文体がええでぇ♪最近、いろんな本から書き写すことで我知らずに、その文体または文章に影響されている大使として、思うのだが・・・川上未映子の文体は、本質的というか、コロンブス的に自由であり、面白いのである。格調とか薀蓄までを考慮すると、当代随一のエッセイとまでは言えないかもしれないが・・・とにかく清少納言のように言いたい放題であり、この路線を鋭意継承するのもいいではないかと思うのである♪なお、彼女の文章を読んでいて読みにくいと感じることがあるので・・・書き写した文章の一部に、漢字変換と句点追加を行っています。(著者には申し訳ないが)
2014.09.27
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「ビジュアル本」でしょうか。『クマムシ?!』は9/8に図書館に予約し、9/16に図書館に出向きゲットしたのだが・・・図書館予約、出向いてゲットという年金生活者向けスタイルが定着してきたようです♪<市立図書館>・クマムシ?!・草間彌生を知りたい・淡河川・山田川疎水記録誌<大学図書館>・アイの絵本・やさしくわかる生命の科学・日本の産業遺産300選(3)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【クマムシ?!】鈴木忠著、岩波書店、2006年刊<「BOOK」データベース>より乾燥すると樽型に変身!真空、高温、高圧、放射線にも耐え、レンジでチンしても平気。120年間水なしでも生き続ける生物がいる―?それは体長1mm以下の微小な生物・クマムシ。不死身伝説の真偽、18世紀からの研究の歴史、試行錯誤で飼育する笑いと苦労の物語など、生物研究のオモシロさ満載。身近なクマムシの観察方法や、ファン必見の図版も多数掲載。<大使寸評>画像が多くてわりと薄い本であるが、クマムシ研究の歴史やクマムシ観察の要領にも触れていて・・・ど素人でさえも、クマムシや生物学に誘う本であると大使は高く評価するのです。<図書館予約:(9/08予約、9/16出向いてゲット)>Amazonクマムシ?!『クマムシ?!』byドングリ【草間彌生を知りたい】大型本、エイ出版社、2012年刊<商品説明>より世界的に活躍する日本を代表するアーティスト・草間彌生いま巡回している「永遠の永遠の永遠」の展覧会を中心に彼女の作品を収録し、その魅力に迫ります【特集】世界は草間彌生に夢中! 彌生 マドリット、パリ、ロンドン、ニューヨーク……草間ワールドが世界を席巻! 水玉の女王ニューヨークに凱旋<読む前の大使寸評>大使も大阪の個展(2012年3月頃@国立国際美術館)を観たのだが・・・存命中に世界中で個展が開かれる日本人画家としては、草間彌生が筆頭で、その次が村上隆かな♪ルイ・ヴィトンとタイアップした商売のほうも好調のようで、喜ばしいかぎりです。Amazon草間彌生を知りたいまた借りた草間彌生byドングリ【淡河川・山田川疎水記録誌】いなみ野ため池ミュージアム運営協議会企画・編集、2010年刊<「BOOK」データベース>より「BOOK」データは無し。<大使寸評>淡河川・山田川疎水は稲美町、神戸市、三木市の灌漑用水として利用されているが、明治期に造られた歴史的な事業でもあったようです。万葉の昔からいなみ野と呼ばれた稲美町あたりは、ドングリ国のお隣にあたるわけで、この本で紹介された、疎水、呑吐ダム、御坂サイフォンが見られるのです。しかし、ま~疎水ができる前までは米作りに不向きで、綿を作るしかなかったとかで、わりと過酷な地域でもあったようです。CiNii淡河川・山田川疎水記録誌ドングリ国の産業遺産【アイの絵本】日下部信幸×仁科幸子著、農山漁村文化協会、1999年刊<「BOOK」データベース>よりアイ色というと、きみは、どんな色を思いうかべるかな?水色?マリンブルー?群青色?それとも…日本では布をアイ色に染めるために、おもにタデアイという草を使って染めてきたんだ。さあ、アイを育てて、世界にひとつしかないアイ染めの作品にチャレンジしてみよう。【目次】青い生地がうつくしい、日本の青は「あい」の色/インディガンがインディゴになって、青になる/青い色のカラアイと、赤い色のクレアイ/風にユラユラ、日本のアイは、タデの仲間/品種紹介/栽培ごよみ/さあ、いよいよアイのタネをまこう!/プランターや鉢で栽培してみよう/みじかく刈りこんで、1番刈りの収穫だ!/とってもかんたん、たたき染め〔ほか〕<大使寸評>この本は絵本と名づけているように、子供も大人も楽しめる内容になっています。藍の栽培、収穫、生葉での染色、乾燥葉での染色、しぼり染めにチャレンジするのも、いいかもね♪rakutenアイの絵本アイの絵本byドングリ【やさしくわかる生命の科学】ムック、ニュートンプレス、2014年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし。<読む前の大使寸評>クマムシの画像やIPS細胞の記事もあったので、借りる決め手になったのです。rakutenやさしくわかる生命の科学クマムシの「乾眠」byドングリ【日本の産業遺産300選(3)】金子六郎、他編、同文舘出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より近代の人々の生活を支えてきた「文明財」ともいうべき産業遺産。全国に残されている遺物・遺跡を調査研究し、その意義を説く。【目次】・繊維 ・鉄道 ・自動車 ・船舶 ・航空機 ・橋・灯台 ・用水・ダム・土木<読む前の大使寸評>先日、『淡河川・山田川疎水記録誌』という文献を読んで以来、産業遺産づいているわけで・・・この本では、用水、自動車、飛行機あたりが大使好みの領域でおま♪Amazon日本の産業遺産300選(3)日本の産業遺産300選byドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き74ところで、彼岸の墓参りのため田舎に帰省します。5日ほど、例のとおり音信不通になりますので、よろしく。
2014.09.23
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先日、『淡河川・山田川疎水記録誌』という文献を読んで以来、産業遺産づいているわけで・・・大学図書館で『日本の産業遺産300選』という本を借りたのです。3分冊になっていたが、自動車、航空機、用水が載っている(3)から読み進めようと思ったわけです。【日本の産業遺産300選(3)】金子六郎、他編、同文舘出版、1994年刊<「BOOK」データベース>より近代の人々の生活を支えてきた「文明財」ともいうべき産業遺産。全国に残されている遺物・遺跡を調査研究し、その意義を説く。【目次】・繊維 ・鉄道 ・自動車 ・船舶 ・航空機 ・橋・灯台 ・用水・ダム・土木<読む前の大使寸評>先日、『淡河川・山田川疎水記録誌』という文献を読んで以来、産業遺産づいているわけで・・・この本では、用水、自動車、飛行機あたりが大使好みの領域でおま♪Amazon日本の産業遺産300選(3)昭和30年代、軽自動車の出現もけっこうインパクトがありましたね。この本からスバル360を紹介します。<スバル360>よりp104~105<軽自動車出現の背景> 軽自動車という呼称と世界で最小の自動車規格が、車輌法のなかに設定されたのは昭和24年7月のことである。この当時、自動車業界でこれに注目する者はいなかった。この規格に該当する商品が、二輪車を除いては存在しなかったからである。エンジンの気筒容積(排気量)が360cc以下と定めれれた規格で、果たして実用に耐える四輪自動車が作れるものかどうか、仮りに商品化したとしてその市場の創出が可能かどうか、自動車業界の思惑はそれを疑問視する方向に傾いていた。つまりは海のものとも山のものとも予見のつかぬまま、軽自動車規格は車輌法のなかにのみ生きつづけた。 だがそれは乗用車部門に新規参入をもくろむ当時の二、三輪車メーカーに対して、製品企画の具体的ヒントを与える作用をした。人にも時代にも、そして産業の動向にも転機がある。昭和30年5月18日付で通産省案『国民車構想』が新聞にスクープの形で報道された。通産省はその昔商工省の名で発足以来、一貫して自動車工業の確立を自動車行政の基本理念としてきた。自動車工業の確立は乗用車を抜きにしては考えられない。そこで、ではどうしたら乗用車工業を育成できるのか、の検討を詰める過程に国民車の構想が浮かび上がったものであった。折りから日本は『戦後は終わった』を合言葉に、経済、社会、文化などあらゆる面で脱戦後現象が見られるようになり、新しい発想に基づく変革と進歩の気運が大河の流れにも似る進行を始めていた。<スバル360誕生> 昭和30年12月9日、富士重工(株)の伊勢崎製作所で四輪車計画懇談会が開かれた。情勢の推移を見守りつづけた同社の乗用車計画が頃合いよしと企画日程にのぼり、この日の懇談会となったものである。この席上で論議を詰めた結果、乗用車部門に新規参入する同社の製品は、1.既存メーカーのモデルと車格の面で競合しないこと、2.作りやすい構造、3.売りやすい(安価)もの、の三項目が基本コンセプトとして合意された。 こうしてこれらの条件を満たす軽規格乗用車の試作計画が公式に採用され、その開発記号は『K-10』と決定された。このモデルが3年後にデビューするスバル360にほかならない。 K-10計画はエンジンは三鷹製作所、シャシとボディは伊勢崎製作所の分担で進行した。この計画期間における開発上の主な課題は1.作りやすさと車輌の軽量化、2.大人四人に十分な室内スペースの確保、3.快適な乗り心地の実現、の三つであった。 百瀬普六をチーフとした開発スタッフは新製品創造の意気に燃え、夜を日についで作業を進めた。翌31年3月早くも第一次計画案が仕上げられ、それを骨子として試作計画書が作成された。この計画書に基いて試作作業が開始され、32年4月、試作1号車が完成する。かくて昭和33年3月3日、K-10すなわちスバル360は報道関係者を集め、正式に発表(5月発売)された。軽規格乗用車としては日本最初の量産モデルの誕生である。 技術的完成度の高さ、特に乗り心地の良さは発表会に立ち会った玄人筋の絶賛を博した。その巧は明治期以来この年まで不毛のままに経過した大衆モータリーゼーションの進行に火を点じたことにある。マイカー時代が始まった頃に、友人が持っていたスバル360に乗ったことがあるが・・・走れば走るほど調子がよくなる、空冷エンジンにしびれたわけで、当然として騒音、空調などおかまいなしでした♪おお この本には阿波藍についても、載っていました♪<阿波藍>よりp38~39 四国三郎の名で親しまれている吉野川の中・下流域は、かつて葉藍の一大生産地として全国に知られ、「阿波藍」は徳島県を代表する物産として各地に流通し、最上川流域に産する紅花とともにわが国染色界を二分していた。 阿波藍の始源は不肖であるが、文献によれば、文安2(1445)年の「兵庫北関入船納帳」に、阿波産の藍が兵庫北関に移入された記録が見え、この頃すでに阿波藍が生産され商品として流通していたことがうかがわれる。 江戸期に入り木綿衣料の普及による染料としての藍の需要の増大と、阿波藩の強力な藍奨励策によって生産量が急激に増加し、藩財政を潤すとともに藍商人の活躍もさまざまに伝えられている。藍生産の最盛期は明治に入ってからで、36年には葉藍の作付面積が約1万5000町歩にも及んだ。 しかし日清戦争後の染色工業の近代化による大量生産方式という時代背景をもとに、作業の簡便なインド藍の普及、そして明治末年より導入された化学染料は阿波藍に壊滅的打撃を与え葉藍の作付面積は激減した。一時は栽培面積四町歩と消えかかっていた阿波藍も、佐藤平助翁らの努力によって伝統が守られ、現在すくもを生産する藍師が5戸、葉藍の作付面積も約20町歩余と阿波藍復活の傾向が見られる。 さて藍の生産は葉藍の栽培から始まる。3月に播種し、7~8月に一番刈りから三番刈りまで行い、切断して乾燥した後「藍師」と呼ばれる作業が藍作農家の庭先で行われる。 ここまでは普通藍作農家の役割で、つぎは「藍師」と呼ばれる加工業者の手に移る。大藍師は「藍師屋敷」と呼ばれる大きな屋敷を構え、敷地内には藍染めの原料となるすくもや藍玉を製造する寝床や藍納屋、藍こなしのための広い前庭、さらに奉公人の部屋や土蔵・藍倉などを配し豪壮なものであった。藍商を兼ねている藍師の屋敷には商談のための離れや茶室を持つものまであった。(後略)
2014.09.22
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久々にくだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「バチカンで逢いましょう」と「旅人は夢を奏でる」であり、館主の設けたテーマは「人生に歓びを・・・」となっています。毎度のことながら、館主のセンスには感心しているのですが・・・・今回のテーマは大使に言わせたら「様々な不良老年」になるんですけどね♪一本はドイツ映画、もう一本はフィンランド映画であり、マイナーというか・・・大使のチョイスは、見事なまでにハリウッド映画を外しています(またかいな)【バチカンで逢いましょう】トミー・ヴィガント監督、2012年、独制作、H26.9.20観賞<Movie Walker映画解説>よりバチカンに向かったマルガレーテはイタリア人の老詐欺師ロレンツォと出会う。ロレンツォ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)も他人には明かせない人生の秘密を持っていた。マルガレーテは持ち前のバイタリティでローマの廃業寸前のドイツ料理店のシェフとなって店を復活させる。その評判は法王庁にも届き、やがて法王のためにドイツ菓子カイザーシュマーレン作りを依頼されるまでになる……。<大使寸評>あわや、老人ホームに入れらる危機もあったけど、旅先のローマではじけるマルガレーテであった。「バグダッド・カフェ」(87)のマリアンネ・ゼーゲブレヒト主演の映画となれば、見るしかないでぇ♪・・・とかなり意気込んで見たのですが、女3代の不倫コメディーとでもいう変化球でした。でも、「バグダッド・カフェ」風のローマ滞在記も味わえるし、「旅情」風のロマンもあったりで、いいんじゃないでしょうか♪Movie Walkerバチカンで逢いましょう【旅人は夢を奏でる】ミカ・カウリスマキ監督、2012年、フィンランド制作、H26.9.20観賞<Movie Walker映画解説>より35年ぶりに再会した父子が旅しながら音楽で交流するロードムービー。監督・脚本・製作は、「GO!GO!L.A.」のミカ・カウリスマキ。出演は、「ミッション:インポッシル/ゴースト・プロトコル」のサムリ・エデルマン。2013年フィンランド・アカデミー賞最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞ノミネート作品。<大使寸評>盗んだ車の中で、親子で歌うフィンランド語の「枯れ葉」が良かった♪低音でハモるところがスラブ系のようでもあり、シャンソンが好きなところが日本的でもあり、聞き慣れないフィンランド語といい・・・辺境なんでしょうね。息子がピアニストとして成長するくらいだから、親父に音楽的センスがあって不思議でないが・・・醜い太っちょで、厚かましくて、ボヘミアンのマイナス面が強くでているわけです。旅路の終わり近くになって、親子の素性がわかってくるのだが・・・3歳で息子が離別するわけが哀れです。Movie Walker旅人は夢を奏でるパルシネマ上映スケジュール2本立て館で観た映画
2014.09.22
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<アイの絵本>図書館で『アイの絵本』という本を借りて読んでいます。この本は副題が「そだててあそぼう18」となっているように、他に綿の本なんか有ったり、なかなかいいシリーズだと思うのです。また絵本と名づけているように、子供も大人も楽しめる内容になっています。藍の栽培、収穫、生葉での染色、乾燥葉での染色、しぼり染めにチャレンジするのも、いいかもね♪【アイの絵本】日下部信幸×仁科幸子著、農山漁村文化協会、1999年刊<「BOOK」データベース>よりアイ色というと、きみは、どんな色を思いうかべるかな?水色?マリンブルー?群青色?それとも…日本では布をアイ色に染めるために、おもにタデアイという草を使って染めてきたんだ。さあ、アイを育てて、世界にひとつしかないアイ染めの作品にチャレンジしてみよう。【目次】青い生地がうつくしい、日本の青は「あい」の色/インディガンがインディゴになって、青になる/青い色のカラアイと、赤い色のクレアイ/風にユラユラ、日本のアイは、タデの仲間/品種紹介/栽培ごよみ/さあ、いよいよアイのタネをまこう!/プランターや鉢で栽培してみよう/みじかく刈りこんで、1番刈りの収穫だ!/とってもかんたん、たたき染め〔ほか〕<大使寸評>この本は絵本と名づけているように、子供も大人も楽しめる内容になっています。藍の栽培、収穫、生葉での染色、乾燥葉での染色、しぼり染めにチャレンジするのも、いいかもね♪rakutenアイの絵本この本の冒頭部を紹介します。<青い生地がうつくしい、日本の青は「あい」の色>よりp2~3 アイ染めっていうと、キミはどんなイメージをもっているかな? ゆかたに手ぬぐい、ふろしき、のれん、それから酒屋さんやお米やさんのこん色の前かけ。 キミにとっていちばん身近なアイ色のものって、なんだと思う? たぶんジーンズじゃないかな?ジーンズの青のことをインディゴブルーっていうよ。 インディゴはアイの葉の中の物質が変化してできたもので、青に染める色素のことだ。 いまは、化学合成のインディゴだけれど、ジーンズもむかしはアイで染めていたんだよ。<アイはジャパン・ブルー> いまから150年ほどまえ、江戸時代の日本では、どこをみても、目にはいらないところがないくらいに、はやった色があったんだ。それが「アイ色」、つまり青い色だったんだよね。 明治8年に日本をおとずれたイギリスの科学者アトキンソンは、日本中が青い色の衣服であふれていることにすごくびっくりしたんだ。 人々の着ている羽織、半てん、綿入れ、着物、それに手ぬぐい、座布団、お店ののれん・・・目にするものの多くが青い色、つまりアイで染められていたんだね。 アトキンソンは、アイ染めが日本人の暮らしのなかにふかく根づいていることに感動して、この青のことをジャパン・ブルーと名づけたんだ。アトキンソンよりも、すこしおくれて日本にやってきたイギリスの文学者ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)も、日本は「青のあふれる国」と、その印象を書いているよ。 日本人は自然の植物が生みだした天然のアイの青色がとても好きだったんだね。<庶民の色「アイ」> 日本人が、アイ染めの衣服をこのんで着るようになったのは江戸時代のはじめごろのことだ。そしてアイ染めが身近になったのは、じつは木綿の着物を着るようになったことがきっかけだ。 木綿がひろまるまえ、庶民は、麻や苧麻(からむし)などからつくった着物を着ていた。これらの繊維でつくった着物は、色がとても染まりにくいから、生地の色そのままで着ることが多かったんだね。 16世紀に日本でも綿栽培ができるようになると、みんな肌ざわりのよい木綿製品を着るようになったんだ。さらに、木綿は麻にくらべると、色を染めやすかったので、庶民は、値段が紅花ほど高くないアイで衣服を染めることで、おしゃれの楽しみを手にいれたんだ。 こうして、アイは全国各地で育てられ、江戸時代には「藍、木綿、麻」の三つを三草とよんで、生活にかかせない、とても大切な植物になったんだ。しかも、アイで染めることで生地がつよくなったり、虫よけにもなったんだね。アイ草の紹介です。<風にユラユラ、日本のアイは、タデの仲間>よりp8~11 ところで、アイっていったいどんな草なんだろう? アイ染めに使われる植物をまとめてアイ草というけれど、じつはアイ草には、タデ科、マメ科、キツネノマゴ科、アブラナ科などいろんな科のいく種類かの植物があるんだ。 そのなかで、むかしから日本で栽培されてきたのは、中国からはいってきたタデアイの仲間だ。身近なタデ科の植物には、ソバとか雑草のイヌタデとかがあるよ。<品種紹介> タデアイは、アイ草のなかでも、日本や中国でおもに使われてきた種類なんだ。 原産地は東南アジアのあたりと言われている。タデアイの中にも、いろんな品種があるんだよ。高さが50cm~1mほどになって、葉の形がほそながいものや、タマゴ形のものなど、それに、花の色も白やうすべに色などの品種があるよ。・小上粉白花種、小上粉赤花種・百貫・赤茎小千本日下部信幸さんのあとがきです。地名、町名に残る藍との関係が、興味深いのです。<あとがき>より 藍は木綿の普及とともに江戸時代から盛んに使われた染料植物です。とくに藍、木綿、麻の三種は生活に欠かすことのできない栽培植物の代表的なもので、これらを三草といって栽培が奨励されていました。藍を使って青色に染める店を紺屋といっていました。江戸時代から明治時代のころはどこの町や村にも一軒はあったほどでした。 19世紀の終りころ、合成藍(インジゴピュア)が発明されて工場で大量に安くつくられるようになり、染色も工場で行われるようになって、天然藍の栽培も紺屋もなくなりました。 有名な正岡子規の「藍狩りや一里四方に木も見えず」という句があるように、わが国では各地で藍栽培が行われていました。とくに阿波の国は良質の藍が栽培されていました。徳島県には藍住町、藍場町、藍畑などの地名がのこっています。みなさんの住んでいる近くに「藍、愛、逢、あい、紺」などの字を使った地名、川名、橋名(愛染、愛住、逢初、紺屋など)があったら、その名の由来を調べてみると藍と関係があるかもしれないね。 藍は自然が育んだ染料なので、美しい青色に染めるには熟練が必要でしたし、水、温度、日光など自然や季節に大きく影響されました。紺屋の人々はうまく染まるようにと神様に祈るようになり、その信仰となったのが藍神様として親しまれた「愛染明王」です。愛染は藍染に通じることから信仰されたのでしょう。このようにとても長い歴史のある神秘的な藍ですが、プランターでも畑でも栽培でき、育てるのはそれほどむずかしくありません。 自分で大切に育てた藍の葉で染めれば、世界にひとつしかないあなただけの立派な作品ができます。藍の種を入手して、家族の人と一緒に育てて染めてあそんで下さい。藍はすばらしい植物、不思議な植物であることに気づき、これを利用してきた昔の人々にきっと感動すると思います。 日下部信幸 徳島でのすくも生産とか、ヴェトナムのモン族の藍染めなど、大使は、このところ藍に対して執着しているのです。藍の種がほしい場合の申し込み先も載っているので、入手して種から育ててみるか♪【参考図書・HP】『日本の藍』藍布の源流藍栽培と藍の生葉染め
2014.09.21
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図書館で『淡河川・山田川疎水記録誌』という兵庫県発行の文献を借りたのは、疎水や御坂サイフォンが気になっていたからです。ドングリ国もおおざっぱに言えばいなみ野にあたるわけで、(大使の歳になれば、人なみに)自分が住んでいる地域の歴史に関心が湧くわけです。淡河川・山田川疏水は琵琶湖疏水、安積疏水と並び、日本三大疏水の一つであるらしいが、そんな大それたものであることは、あまり兵庫県民に知られてないように思われます。いずれにしても、淡河川・山田川疎水はドングリ国の産業遺産であると再認識しているので、この文献をたよりに遺跡の再訪もいいかと思っているところです♪(現役で活用されている場合は遺産とは言わないかもしれないが・・・ま いいか)【淡河川・山田川疎水記録誌】いなみ野ため池ミュージアム運営協議会企画・編集、2010年刊<「BOOK」データベース>よりこの種の文献については「BOOK」データ無し。<大使寸評>淡河川・山田川疎水は稲美町、神戸市、三木市の灌漑用水として利用されているが、明治期に造られた歴史的な事業でもあったようです。万葉の昔からいなみ野と呼ばれた稲美町あたりは、ドングリ国のお隣にあたるわけで、この本で紹介された、疎水、呑吐ダム、御坂サイフォンが見られるのです。しかし、ま~疎水ができる前までは米作りに不向きで、綿を作るしかなかったとかで、わりと過酷な地域でもあったようです。CiNii淡河川・山田川疎水記録誌ネットを巡っていたら御坂サイフォンの記事を農水省のホームページで見つけたのです。淡河川・山田川疏水の御坂サイフォンを設計したパーマーより<生い立ち> イギリス人へンリー・スペーサー・パーマーは、日本初の近代水道である横浜市水道の設計・監督をした「近代水道の父」としてよく知られている人物である。 パーマーは、1838年4月30日にインドのバンガロールでマドラス参謀本部付大佐ジョン・フレーク・パーマーの三男として生まれた。18歳で英国王立士官学校を総合成績2番で卒業した後、工兵中尉に任官され、その後カナダで測量や道路建設、シナイ半島の探査、ニュージーランドで金星の太陽面経過観測(地球と太陽の距離の測定)に従事するなど世界各地へ赴いている。 39歳の時赴任した香港では海軍本部付技術官と香港総督ヘネシーの副官を兼務している。 明治12年に、ヘネシー総督が3ヶ月間の休暇を利用し滞在していた日本から戻ると、パーマーに日本現状分析を命じ、明治12年10月20日、パーマーが41歳の時、初来日することとなる。 日本での業績は、横浜市水道計画作成・監督や、大阪、函館、東京、神戸の水道計画書作成、横浜港築港の計画書作成及び監督、国営王子製紙工場の製紙用浄水装置の設計及び監督、そして兵庫県淡河川疏水の御坂サイフォンの設計などがある。<淡河川・山田川疏水の概要> 兵庫県印南野台地を潤す淡河川・山田川疏水は琵琶湖疏水、安積疏水と並び、日本三大疏水の一つとして挙げられることがある。淡河川・山田川疏水のうち、淡河川疏水は明治24年5月に完成した。印南野台地は瀬戸内海気候の小雨地帯に位置する台地であり、砂やレキ混じりの土質のため地下水も弱く、水に乏しい地であったため、河川から水を引くことが明治以前から試みられていた。疏水完成の120年前の明和8年や、同じく65年前の文政9年、また明治当初など、疏水が計画されているが、いずれも起工までに至らなかった。 水がないため、住民達は綿花しか頼るものがなく、綿布の販売などで生計を立てていたが、明治に入り、海外から低価格の綿が輸入されるようになると、綿布の販路は途絶してしまう。さらに、明治9年の地租改正がいっそう住民を苦しめていく。姫路藩時代は地域事情から税が軽減されていたが、地租改正により、平均で2倍半、ある村では5倍近い増税となった。税金の減額を政府に申し入れるが、聞き入れられることはなく、村が生き残っていくためには疏水を造り、稲作を行うしか方法がなかった。琵琶湖、安積、那須などの疏水が国家事業と違い、印南野台地への疏水は住民の発願によるもので、かつ全額地元負担で成し遂げようとされたものであった。 明治11年9月、魚住完治外5名が県令へ山田川疏水事業を申請し許可が下りた。内務省より田邊技師が派遣され調査した結果、地質が悪く当初予定の工事費で収まらず、また完成しても長期の使用は難しいことが判明した。山田川にダムを築く方法もあったが、やはり工事費が増大してしまう。そのため水源を山田川から淡河川に変更し、志染川の上を逆サイフォンで横断、谷越えさせる工法が用いられることになった。このサイフォンが御坂サイフォンである。しかし、当時は、鉄管で川の上を横断し、さらに50m上の山へ灌漑用水を噴き上げるという工法は例がないことから、水利関係者達は工事予算の議決に躊躇した。それでも郡長の説得もあり明治20年6月、変更案が決議された。現在の御坂サイフォン<パーマーの功績> この疏水計画において最も難しいとされた御坂サイフォンの設計をした人物が、内務省土木局名誉顧問だったパーマー少将である。通常、送水管は鋳鉄管を用いるのが一般的だが、彼は御坂サイフォンで錬鉄管を使用した。仮に鋳鉄管を使用した場合、計画事業費を上回るうえ各管の重量がほぼ2tになり、輸送や急勾配の現地での作業が困難になる。しかし錬鉄管を用いることで重量の軽減が可能となった。 工事は隧道など難工事もあったがついに完成し、明治24年4月11日、初の通水が行われた。記録によれば「結果甚だ良好にしてサイフォンの如き一滴の漏水なく」と記されている。水源門を開いて5日後、4月16日、ついに念願の水が20km先の練部屋分水へ到達した。
2014.09.20
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図書館で、清水義範×西原理恵子著『どうころんでも社会科』を借りて読んでいるのです。サイバラの漫画とコラボするので、清水さんの講義はくだけたものとの先入観で読んでいたら、わりと直球を投げているのに驚いたのです。【どうころんでも社会科】清水義範×西原理恵子著、講談社、2002年刊<「BOOK」データベースより>沖縄の人はどうして北海道の昆布をたくさん食べるの?リアス式海岸のリアスってなに?素朴な疑問を解き明かせば社会科の奥深さ、面白さの虜に。独自の人生哲学に裏打ちされた西原ガハクのマンガも、ますます過激に冴えわたる痛快エッセイ。『おもしろくても理科』に始まった「お勉強」シリーズ第3弾。 <図書館大好き24での大使寸評>この本の売りは、西原理恵子のマンガか清水義範のエッセイか?と問われても、清水義範who?の大使である。だけど、清水義範さんのエッセイも、薀蓄やペーソスもそれなりに良さそう。西原理恵子がメジャーになった今では、このコンビの本はもう出ないだろうな~。<今回の大使寸評>今回は清水義範さんに注目して借りたわけだが、再読してみると、名古屋発薀蓄とサイバラの漫画とのコラボが、ええでぇ♪知名度では、サイバラが圧倒的に勝るのだが、清水さんの社会科の薀蓄もなかなか面白い♪小説家とフリーライターのボーダーラインあたりで頑張っている清水義範さんが、なぜか気になるのです。この本は13年2月の図書館大好き24でも取り上げたことが判明しました(イカン、イカン)Amazonどうころんでも社会科社会科教科書と時代との関わりに触れた個所があったので、紹介します。<ダムとコンビナート>よりp75~77 とにかく、小学校の社会科でそういうことを大いに習った。あの時代に、ブナの自然林や、手つかずの川や、白砂の海岸がとても大切なものだなんて、まったく習っていない。自然よりも開発が、第一次産業よりも第二次産業がいいんだということを、50年代の小学生は学校で植えつけられたのである。 そして私は60年代に、中学生になっていく。その中学の地理で、ここ、いちばん重要だからテストに出るぞ、と言われて頭にたたきこんだ言葉が、コンビナート、だった。 三重県の四日市市だとか、千葉県の海岸地方(京浜工業地帯)などにあるのが、石油コンビナートである。それは、石油化学工業を大いにやっている。日本の希望の星なのである、と思った。 ものの見事に、国の経済方針が、社会科の教育内容とシンクロしているのである。 私は、教育批判や、教科書批判をしようとしているのではない。文部省が教科書検定をして、そういう偏った教科書でないと合格にしないのだ、というのはもちろん事実ではあるのだけれど、とりあえずここでは、そのことに文句を言いたいのではない。 むしろ、当然そういうことになるだろうなあ、と思うほどだ。いよいよ高度経済成長の時代に突入しようとしている60年代に、石油コンビナートのことを希望の星だと教えるのは当然のことである。まだ四日市ぜんそくのことはそう大きな話題になっていなかったのだし。 ただ、気がついてはいたいものだな、というのが私の言いたいことである。私たちは、時代性の中で、その時代らしい教育を受けているってことに。 たとえば干拓事業。私は小学校では、干拓というのは狭い日本の国土が増え、農地が増えるとてもすばらしいことだと習った。そして八郎潟の白地図に色鉛筆で緑色をぬったぞ。 では、今現在、小学生は社会科でどういうことを習っているのであろう。日米貿易摩擦は困った問題で、プラント輸出はなかなかよいものですなあ、なんてことを習っているのだろう、きっと。 公害病や、乱開発による自然破壊への危惧なども、ひと通りは習っているに違いないと思う。でも、開発のすべてが悪で、自然こそが大事だという、グリーンピースの主張のようなことは教育していないだろう。そこまではいかないで、そこそこに今に合った教育が行われているのだ。 特に社会科では、今の事情が教科内容に反映しやすい。うーむ 身に覚えがありますねー。小学生時代に、佐久間ダム建設の記録映画を観た大使は、将来は土建屋になって大きな構造物を造るんだと、思ったこともありました。また、社会科の授業を真に受けているので、八郎潟干拓や児島湾の干拓は、まさに夢の事業であり・・・まさか諫早湾干拓のような紛争が起きるとは予想だにできなかったのです。清水義範さんのことを、今までは「かすりの清水クン」とやや軽く見ていたけど、今後は見方を変える必要があるようです♪
2014.09.19
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図書館から『クマムシ?!』の準備ができた旨のメールが届き、イソイソと図書館に出向いてゲットしたのです♪この本は成毛眞著『もっと面白い本』でも取り上げていたので、期待を込めて図書館に予約していたところ、待つこと8日で受けとったのです。【クマムシ?!】鈴木忠著、岩波書店、2006年刊<「BOOK」データベース>より乾燥すると樽型に変身!真空、高温、高圧、放射線にも耐え、レンジでチンしても平気。120年間水なしでも生き続ける生物がいる―?それは体長1mm以下の微小な生物・クマムシ。不死身伝説の真偽、18世紀からの研究の歴史、試行錯誤で飼育する笑いと苦労の物語など、生物研究のオモシロさ満載。身近なクマムシの観察方法や、ファン必見の図版も多数掲載。<大使寸評>画像が多くてわりと薄い本であるが、クマムシ研究の歴史やクマムシ観察の要領にも触れていて・・・ど素人でさえも、クマムシや生物学に誘う本であると大使は高く評価するのです。<図書館予約:(9/08予約、9/16出向いてゲット)>Amazonクマムシ?!子供でも興味をひくような、この本の語り口の一部を紹介します。<餌の問題>よりp20~21 じつはオニクマムシの培養はすでに1964年にドイツのバウマンによる報告がある。その記述によれば、オニクワムシはワムシだけでなくバクテリアや繊毛虫やカビなども食べているように書かれているのだが、日吉のクマムシを見ている限り、どうも繊毛虫を攻撃する気配は皆無である。バクテリアは小さすぎて食べているのかどうか、さっぱりわからない。カビなんてほんとうに食べるのだろうか?ちょっと信じられない気もする。 それでもしつこく観察するうちに、ある日、オニクマムシが小さなワムシをパクッと食べた。おおっ、食べた!今のワムシはどうもヒルガタワムシではなく、単生殖巣類のワムシのようだったが、ともかくワムシを食べるということは確かだ。うーむ、やっぱり餌はワムシに限るのかもしれない。でも、ワムシを増やすにはどうしたらよいのだろう? 肉食動物を飼う、ということはつまり、餌となる動物も飼わなければならないのだった。 さて、どうしたものか。もし、すでに大量に培養されているようなワムシがあれば、それを使うことができるかもしれない。最近では、なにか調べたいものがある時には、まずインターネットで検索する、という人が多いだろう。わたしもそうしてみた。しかし、ワムシ培養に関しては、魚の餌として使われている海産のシオミズツボワムシという種類の情報は山ほど出て来るのだが、淡水産のワムシに関しては得るものはほとんどない。図書室でいろいろ古い文献を探しても、なかなかこれはというものが出て来ない。うーむ、どうしたらよいのだ? この時、幸福な偶然に出会ったのだった。学生の生物学実験用に維持していたアメーバ培養のシャーレの中に、あろうことか、ワムシがウジャウジャ増えていたのである。しかも大型のヒルガタワムシではなく、体長0.1ミリ程度の単生殖巣類の小さなワムシだ。普通ならば、本来のアメーバ以外のコンタミ(混入物)として毛嫌いするところだが、このときはもちろん大喜びである。さっそくそのワムシを何匹かピペットで吸い取って、オニクマムシが歩いている所へ置いてみた。さて、どうだろうか…。食べるかな?食べてくれるかな?食べてくれ!その結果は…食べた!このときほど、動物が食事をする光景が嬉しく見えたことはない。鈴木さんが「あとがき」で、この本の成り立ちを述べています。<あとがき>よりp109~111 新たな仕事を始めるときに研究者としてすべきことのひとつに、文献探しがある。ところが、なにしろ日本語で読めるクマムシの一般書はまったくない。最初は、やや古めかしい『動物系統分類学』がほとんど唯一の頼りだった。日吉の図書館では他の本にもクマムシの記述を見つけたが、その中の「ヒトとの関係」という項目には、ただ一言「ない」と書かれていた。これは英語の本の翻訳だったが、元の本の記述を直訳すれば、経済的価値が「ない」ということであった。そのような扱いのせいか、英語圏でも一般書として読めるクマムシの図書はほとんどないような状態だったようだが、幸いなことに、1994年に出版された単行本が一冊だけ存在することを知った(Kinchin,I.M.,The Biology of Tardigrades)。さっそくそれを入手して、年度末で忙しい日本の大学教員としての日常の中で、久しぶりに嬉しい勉強の毎日が始まったのだった。 その後の日々は、おもしろいことの連続だった。研究者にとって、おもしろいことがなによりの原動力である。コケのすき間の世界をのぞいてみると、自分にとって新しいことを毎日のように発見できた。そして、文献探しをするうちに、どんどん古い世界にもぐっていく感じがした。つまり新しい文献が乏しく、受け売りでない情報を求めていくと、どんどん昔の文献までたどらなけっればならなかったわけである。 6年前の寒い冬の朝、クマムシのことを思ったときには、こうしてクマムシの解説をするとは想像もできなかったが、わたしは今、この原稿をコペンハーゲンの博物館で書いている。クマムシがわたしをこの街に連れて来たのだ。わたしは今ここで、海のクマムシの卵形成過程について研究している。(中略) この本では、あえて詳しく書かなかったこともたくさんある。特に、クリプトビオシスの分子機構や遺伝情報に関連するような研究については、今後急速な進展が期待され、あと数年先にはまったく情勢が変わっている可能性が高い。それらについては、また別の機会、別の著者に譲るとして、わたしはこの本ではおもに、これ以上古くなりようにない話をまとめてみた。そうすることで、伝説と事実の境界もかなり明確に示すことができたのではないかと思う。またできる限り、古い文献の挿絵を紹介した。たとえばミュラーやデュジャルダンのクマムシの図は、原著以外で紹介されるのは今回のこの小さな本がはじめてだと思う。ところで、ネットを巡っていたら、クマムシのサイトを見つけたのです♪クマムシ観察絵日記 より 低温にも負けず、高圧にも負けず、乾燥にも放射線の照射にも負けぬ、丈夫な体を持つものの、どこかかわいげのあるクマムシ。この魅力あふれる生きものを愛してやまない“クマムシマン”が絵とともにつづる、ある愛の記録。<著者:堀川大樹> 1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)の著書がある。クマムシの画像より微小動物「クマムシ」宇宙空間で生き延びたより 研究を行ったスウェーデンのクリスチャンスタード大学(Kristianstad University)のIngemar Jonsson氏が率いる研究チームによると、宇宙空間で動物の生存が実験で確認されたのは今回が初めてだという。
2014.09.19
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我が蔵書や図書館で借りた本から、サイバラとのコラボ本を集めてみました。コラボする相手は玉石混交であるが、清水義範さんなんかは、あきらかに恩恵をこうむっている。いわば・・・上げマンのようなサイバラである。図書館では、伊集院静とのコラボ本を多数見かけたので、そのうち借りる予定でおます♪・どうころんでも社会科:清水義範・どうにかなるか :伊集院静・週間とりあたまニュース:佐藤優・鳥頭紀行ジャングル編:勝谷誠彦・西原理恵子の人生画力対決1:漫画家諸氏【どうころんでも社会科】清水義範×西原理恵子著、講談社、2002年刊<「BOOK」データベースより>沖縄の人はどうして北海道の昆布をたくさん食べるの?リアス式海岸のリアスってなに?素朴な疑問を解き明かせば社会科の奥深さ、面白さの虜に。独自の人生哲学に裏打ちされた西原ガハクのマンガも、ますます過激に冴えわたる痛快エッセイ。『おもしろくても理科』に始まった「お勉強」シリーズ第3弾。 <図書館大好き24での大使寸評>この本の売りは、西原理恵子のマンガか清水義範のエッセイか?と問われても、清水義範who?の大使である。だけど、清水義範さんのエッセイも、薀蓄やペーソスもそれなりに良さそう。西原理恵子がメジャーになった今では、このコンビの本はもう出ないだろうな~。<今回の大使寸評>今回は清水義範さんに注目して借りたわけだが、再読してみると、名古屋発薀蓄とサイバラの漫画とのコラボが、ええでぇ♪知名度では、サイバラが圧倒的に勝るのだが、清水さんの社会科の薀蓄もなかなか面白い♪小説家とフリーライターのボーダーラインあたりで頑張っている清水義範さんが、なぜか気になるのです。この本は13年2月の図書館大好き24でも取り上げたことが判明しました(イカン、イカン)Amazonどうころんでも社会科【どうにかなるか 静と理恵子の血みどろ絵日誌】西原理恵子×伊集院静著、角川書店、2010年刊<「BOOK」データベースより>仕事だって、恋愛だって、ギャンブルだって、まずはトライしてみなきゃ始まらない。たとえそこで失敗しても恐れることはありません。一番大切なのは、どんな状況に追い込まれても、常に前向き、楽観視!あらゆる敗北の日々を正当化しようと今日もさすらう無頼派作家とそんな人生にダメ出しを連発するサイバラの過激なツッコミイラスト!最強の凸凹コンビが贈る、痛快無比の名物エッセイ。<読む前の大使寸評>伊集院静のエッセイをまだ読んだことがないので、手始めにこの本などいいかと思うのです。<図書館予約:(今後予約)>rakutenどうにかなるか 静と理恵子の血みどろ絵日誌【週間とりあたまニュース】西原理恵子×佐藤優著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベースより>“知性”と“お笑い”で世相を斬る!向かうところ敵だらけ!「週刊新潮」の“無法地帯”がついに単行本化。 <大使寸評>美大中退のサイバラと佐藤優という取り合せの妙♪ 文章とマンガがあまり関係ないのもシュールでいいかも。Amazon週間とりあたまニュース【鳥頭紀行ジャングル編】西原理恵子×勝谷誠彦著、角川書店、2002年刊<「BOOK」データベースより>アマゾンで巨大魚を釣り上げる―酔った勢いでぶちまけた言葉から始まったこの企画。本人不在のところでトントン拍子に話は進み、りえぞうは日本の真裏・ブラジルへと旅立つことになってしまった。メンバーは、りえぞうを筆頭に、カメラマンかっちゃん、虫の西田お兄さん、ビデオカメラマン鴨ちゃん、担当はせぴょん。世間を真っ直ぐ歩けない五変人。突入した緑のジャングルで迎えた顛末は!?伝説の「鳥頭紀行」シリーズ第一弾。ベトナム編、台湾編も入って、オールカラーでお届け。 <大使寸評>先ず・・・かっちゃん、鴨ちゃんなどとアマゾンに釣りに出かけるという企画がええでぇ♪鴨ちゃん健在の頃の幸せな紀行となっています。Amazon鳥頭紀行ジャングル編【西原理恵子の人生画力対決1】西原理恵子著、小学館、2010年刊<「BOOK」データベース>よりすべての漫画家に喧嘩売ります。己の記憶と漫画人生のみで大御所漫画家たちに勝負を挑む。爆笑お絵かき対決。<大使寸評>予想していたとは言え、鉄コン筋クリートの画力との落差に愕然とします(笑)(これが、美大を出た者の画力なんだろうか?)ま~ 下手さを商売にする西原の度胸と商魂に脱帽するしかないのでしょう。Amazon西原理恵子の人生画力対決1
2014.09.18
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私の9日のブログで、「語られる言葉の河へ」というブログから【古賀茂明】コラム記事を引用させてもらったのです。無断引用であったが以下のとおり出所を明示して、10日にツイートさせていただきました。「語られる言葉の河へ」さん、ありがとうございます。アベノミクスの嘘っぽさについては、海外メディアも感づいているけど・・・古賀茂明さんの突っ込みは容赦なしですね。【古賀茂明】「地方創生」は地方衰退への近道~虚構のアベノミクス~このブログをじっくり見てみると週刊現代に載った【古賀茂明】コラム記事のアーカイブがきちんと整理して保存してあるのです。手元不如意の年金生活者が週刊現代を毎週買うのは、きついと思っていたところなので・・・これはありがたい♪ということで、関心のある【原発】テーマから、ひとつ紹介します。8/27【古賀茂明】【原発】凍らない凍土壁に税金を投入し続けたわけより 2011年の事故直後、馬淵澄夫・総理補佐官(当時菅内閣)が遮水壁の設計をするよう東電に指示したのだが、これを東電が先送りすることを海江田万里・経産相(当時菅内閣)は認めてしまった。1,000億円の巨額費用負担公表が、東電の破綻につながることを心配したからだ。 破綻処理は、経産官僚にとって、絶対に許されない選択肢だった。 何故か。 原発事故直後に、松永和夫・経産事務次官は、三井住友銀行(東電のメインバンク)に対して緊急融資を求め、見返りに東電は破綻させないことを確約した、とされる。東電と銀行を丸ごと守り、経産省は東電ばかりか銀行にも恩を売って、天下り先の拡大を狙った。 これ以降、東電を破綻させないことが、経産省の事務方に課せられた至上命題となった。 2013年春以降、汚染水問題が再びクローズアップされた。 この時も、松永次官が作りだした制約があったため、専門家でもない経産官僚が一番安上がりで済む方法を検討し、凍土壁方式に決めた。 決めるにあたり、安いこと以外にもう一つ必要条件があった。それは、「できるかどうかわからない」ということだ。 鉄とコンクリートの壁だと誰でもできる。しかし、巨大な凍土壁は研究開発的要素が大きくてリスクが高く、東電にやらせるのは酷だ。だから、国の研究開発事業としてやる、という理屈をつけた。それで税金投入が可能になった。 (中略) 基本的に、この時の構造が今も続いている。 海側の工事でうまく地面全体が凍らず、諦めるしかない状況になったが、今さら止められないので氷やドライアイスを大量に投入する・・・・という漫画的泥縄になった。 それでもダメなので、凍らない部分にコンクリートなどを注入して壁を作る、と言い出した。 最初からコンクリートでやればよかったのだ。 泡と消えた費用は数百億円にもなる。 実は、日本で最も有力な専門家たちが、茂木敏充・経産相などに、新たな廃炉方式として「空冷式」の廃炉をずっと前に提言している。 経産省は、新たな廃炉方式を検討する、と言いながら、その事業への補助金はたったの5,000万円。これでは世界の有力企業は見向きもしない。真剣に考えるふりをするだけだ(アリバイ事業)。□古賀茂明「凍らない凍土壁 ~官々愕々第121回~」(「週刊現代」2014年9月6日号)以前から、凍土壁工法採用について腑に落ちなかったが・・・なるほど、この告発記事で納得した次第です。官僚どもは、劇的な成果が予想される案件よりも、成果はグレーであっても大規模で長期的な案件が好きなんですね。凍土壁工法に疑問符がついてもおかまいなしで、要するに長い期間に予算が付けば、それでいいのでしょう。福島原発事故の収束に対して原子力ムラ(エネ庁+東電連合)に舵取りを任すのは、例えは悪いかもしれないが・・・泥棒を警察官に採用するようなものなんだろう。
2014.09.17
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「探検」でしょうか。<市立図書館>・女ノマド、一人砂漠に生きる・あやしい探検隊済州島乱入・六つの星星・日本と中国は理解しあえない<大学図書館>・神戸謎解き散歩・どうころんでも社会科「どうころんでも社会科」については、図書館で借りたのは2度目であることが、過去の日記から判明しました(汗)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【女ノマド、一人砂漠に生きる】常見藤代著、 集英社、2012年刊<「BOOK」データベースより>夫や子どもたちと離れ、たったひとりでラクダを連れてエジプトの砂漠で暮らす女遊牧民サイーダ。著者は、彼女と遊牧生活をともにするなかで、これまで自身で思い描いていた、素朴で自由な“ノマド"像とのギャップに困惑しながらも、彼女のたくましい生命力に惹かれていく。結婚するまでお互いの顔をほとんど見ないという「恋愛」事情や一夫多妻のリアルな内実など、急速に変容するイスラム社会にあっても、日本とはまったく異なる価値観で力強く生きる一族の女たちを鮮やかに描いた渾身のノンフィクション! <大使寸評>女ノマドといえば、未知の領域であり・・・ほんと、常見さんの渾身のノンフィクションなんでしょう。仲間の間で、空気を読みながら暮らす我々と、砂漠の中で一人で自然と折り合いながら暮らすノマドでは、価値観がまったく異なるわけで・・・そのカルチャー・ギャップが面白いのです。この本は9/8に図書館に予約し、9/11に図書館に出向きゲットしたものです。Amazon女ノマド、一人砂漠に生きる女ノマド、一人砂漠に生きるbyドングリ【あやしい探検隊済州島乱入】椎名誠著、角川書店、2013年刊<「BOOK」データベース>より前回、痛恨の北海道旅を経験したシーナ隊長は復讐を誓い、今度は未踏の海外島、済州島への乱入を決意した!一行は気のいい現地ガイド兼通訳、ドンス君の案内で島に潜入。朝昼晩とマッコリ片手に絶品鮑がゆ、焼き肉、冷麺、海鮮チゲと辛ウマ料理を食いまくり、オイルジャン(五日市場)の活気と迫力に感動する。海苔・粥・釜の戦慄のジィジィ三兄弟の誕生、マヌル(ニンニク)男の悲劇とはいったい?旅費稼ぎの特命を受けたバクチ決死隊の末路はいかに!そして一人ヒトコト必須で覚えた必殺韓国語は果たして炸裂するのか!?笑いとバカと旨いもん盛りだくさんの「あやしい探検隊」最新刊。<読む前の大使寸評>おお 椎名は、まだ探検隊シリーズを続けているのか♪若気の(バカげの)至りのようなこのシリーズが、ええでぇ。大使はまだ済州島に行ったことはないが・・・彼の地の食材、料理はおおいに興味をひくのです。rakutenあやしい探検隊済州島乱入韓国料理あれこれbyドングリ【六つの星星】川上未映子著、文藝春秋、2010年刊<「BOOK」データベース>より精神分析、生物学、文学、哲学をめぐって、第一線と語りつくす。川上未映子の思考の軌跡。【目次】川上未映子、精神分析に勧誘される×斎藤環/生物と文学のあいだ×福岡伸一/性の呪縛を越えて×松浦理英子/世界はコトバで満ちている×穂村弘/からだ・ことば・はざま×多和田葉子/哲学対話1 ニーチェと、ニーチェを超えた問い×永井均/哲学対話2 『ヘヴン』をめぐって×永井均<大使寸評>川上未映子といえば、大使の認識は、長い文章を関西弁で書く作家という程度であるが・・・ホステスなんかで苦労したそうで、わりと哲学的な語り口なところも気になっていたのです。この対談集を読むと、なるほどかなり哲学的であり、物書きの素質に溢れていることが分かりました。福岡伸一さんとの対談が面白いので、更に読み進めます。感想は後ほどに・・・rakuten六つの星星六つの星星byドングリ【日本と中国は理解しあえない】日下公人×石平著、PHPパブリッシング、2008年刊<「BOOK」データベース>より付き合わないときが、お互い一番幸せだった。かくも異なる両国は、根本が違うからそうなる。深く付き合うと、両方とも歪みが出てしまう。だからほどほどがいい。友好・親善、善悪や正邪を論ずるなかれ。<大使寸評>この本のタイトルが断定的であるが・・・大使は日中を、文明の衝突であるとさえ思うほどなので、このタイトルがこの本を借りる決め手になったのです。日下公人×石平というマッチングを企画したことが、この本を単なる嫌中本となることを防いだようですね。rakuten日本と中国は理解しあえない日本と中国は理解しあえないbyドングリ【神戸謎解き散歩】大国正美著、KADOKAWA、2014年刊<「BOOK」データベース>より神戸は近代洋服発祥の地?水戸黄門の銅像が湊川神社にある謎とは?神戸が山本周五郎文学の原点といわれるのはなぜ?「ハイカラな港町・神戸」の謎と不思議とは?北野異人館・平清盛・新開地から六甲山・神戸スイーツ・震災復興まで。<大使寸評>自分の住む町にも、知らないことだらけなわけで・・・この本の謎解きという編集に誘われて、神戸の今昔についておさらいしたのです。rakuten神戸謎解き散歩神戸謎解き散歩byドングリ【どうころんでも社会科】清水義範×西原理恵子著、講談社、2002年刊<「BOOK」データベースより>沖縄の人はどうして北海道の昆布をたくさん食べるの?リアス式海岸のリアスってなに?素朴な疑問を解き明かせば社会科の奥深さ、面白さの虜に。独自の人生哲学に裏打ちされた西原ガハクのマンガも、ますます過激に冴えわたる痛快エッセイ。『おもしろくても理科』に始まった「お勉強」シリーズ第3弾。 <図書館大好き24での大使寸評>この本の売りは、西原理恵子のマンガか清水義範のエッセイか?と問われても、清水義範who?の大使である。だけど、清水義範さんのエッセイも、薀蓄やペーソスもそれなりに良さそう。西原理恵子がメジャーになった今では、このコンビの本はもう出ないだろうな~。<今回の大使寸評>今回は清水義範さんに注目して借りたわけだが、再読してみると、名古屋発薀蓄とサイバラの漫画とのコラボが、ええでぇ♪知名度では、サイバラが圧倒的に勝るのだが、清水さんの社会科の薀蓄もなかなか面白い♪小説家とフリーライターのボーダーラインあたりで頑張っている清水義範さんが、なぜか気になるのです。この本は13年2月の図書館大好き24でも取り上げたことが判明しました(イカン、イカン)Amazonどうころんでも社会科サイバラとのコラボ本byドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き73
2014.09.16
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ハリウッド嫌いの大使は『アナと雪の女王』を観るつもりはないのだが・・・『アナと雪の女王』DVDの売上げが快調で、『千と千尋の神隠し』が持つ歴代記録更新の期待がかかっているそうです。(えらいこっちゃ)そのあたりを、WEBRONZAの記事を見てみましょう。この記事で日本型主観主義とあるのは、要するにテレビアニメ風な臭い演出のようだが・・・・ハリウッドとスタジオジブリでは、制作技術やマーケティングがどう違うのか?つい、ナショナリズムの血が騒ぐわけです。9/11『アナと雪の女王』の光と影――国境を越える日本型主観主義より 9月3日、ディズニーは公式Twitterなどで映画『アナと雪の女王』の続編となる新作短編『Frozen Fever』を2015年春に公開すると発表した。 このニュースに先立つ8月25日、『アナと雪の女王』の観客動員がついに2000万人を突破した。主要都市のシネコンなどでは上映を終えた館が多いものの、地方都市や小劇場などで未だ興行は続いており、今も動員は増え続けている。 日本で公開された全ての映画で2000万人を突破した作品は『アナと雪の女王』と『千と千尋の神隠し』の2本だけだ。後者の持つ観客動員記録は2340万人である。 発売中のDVDセット『アナと雪の女王』は、累計売り上げが213.4万枚に到達。DVDの歴代最多売り上げ記録も『千と千尋の神隠し』が持つ240.3万枚(本年8月18日現在)だ。こちらも歴代記録更新の期待がかかっているという(8月27日付『オリコン』)。(中略)<日本型主観主義の導入> まず、前回記した「主観的な世界観の設計」についてもう少し詳しく述べたい。 日本のいわゆる「テレビアニメ」では、予算・スケジュール・人材不足から徹底的な作業合理化と動画枚数の削減が余儀なくされたこともあり、やたらとバストアップの切り返しによる会話や心情をモノローグで代弁したり、時間を自在に引き延ばしたりといった演出が採用されて来た。設定の矛盾、シナリオの構成力不足、キャラクターの心情などは、観客が主観的に同期することで推し量り、そこに「思い入れ」を膨らませて来た。 一例を挙げれば、スポーツや格闘を扱った作品では、瞬間的な技や闘争に回想・モノローグ・討論・周囲の反応・解説などを重ねて、実時間を数十倍に引き延ばし、狭いコートや闘技場を巨大空間に変貌させて来た。 また、中高生を主人公に学校生活を描いた作品では、親との家庭生活や授業風景は視界外に置かれ、数名だけの課外や休憩時間がテーマの中心となり、客観的な学校生活総体でなく主観的充実が拡大描写されて来た。 しかし、線で括り色面で塗り分けられたキャラクターは、いかにも実在感が薄い。これを補うのが背景美術で、写実的にたっぷり描き込むことで臨場感を盛り立てる。実景さながらの空間的密度により、仮想現実に没入しやすくなる。 巨大な眼、小さな鼻と口、髪色や形の些細な描き分けなど、顔の各パーツの描法が異常に発展して来た理由も、顔の芝居と台詞が優先され、動かなくても長持ちする絵を追求した結果だ。より刺激的・扇情的効果を目指して、顔の一部やハイライトを描き込んだ目だけが大写しになるトメ絵のアップなどもカメラワークや効果線などと共に常用されて来た。 こうした技術と演出の積み重ねによって、常に「こうであろう」「こうありたい」とする心理・心情・心象の描写が最優先とされ、面倒な場所・時間・空間の現実的整合性は棚上げにされて来た。つまり、観客は各キャラクターに同化・感情移入し、その他の思考を停止することが作品を楽しむ前提となる。 このような特殊な「日本型主観主義」の観賞訓練を重ねた観客の支持によって、日本のアニメーションは世界でも類例のない量産を可能として来た。 よって、『アナと雪の女王』の設定不問・アップ頼みの主観主義的演出は馴染み深いものであり、違和感なく受け入れる素地は充分にあったと思われる。 しかし、本家主観主義を押しのけてまで『アナと雪の女王』が日本で大ヒットを記録した理由は何か。なんだ、ハリウッドが日本の「テレビアニメ」の臭い演出を採用したからヒットしたのか。要するに、売れるアニメに徹しているわけで・・・つられて観にいく観客も観客なんだろう。スタジオジブリも、こういうマーケティングにも傾注する必要があるのかも知れないが・・・個人的には「テレビアニメ」風な作品には、興味がないんだけど。かつて米軍が、捕獲したゼロ戦を徹底的に分析、究明して対抗策を確立し、新型機を投入したことがある。『アナと雪の女王』の大ヒットも、それを彷彿とさせるが・・・スタジオジブリの反撃はどうなるんだろう?この記事もスタジオジブリあれこれに収めておきます。
2014.09.15
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スタート時間が迫ってあせっていたが、個人参加組みの5人がなかなか集まらないので、着替えてアップ練習したりして・・・スタート直前に、やっと5人集まったのです。14.烏原水源池より大使がエントリーシートを作ったてまえ、走る順番は1区に大使を抜擢し、なんとかなるだろうと走った結果はブービーであり・・・この順位がわがチームの大勢を決めたわけで、最終順位もブービーでおました。1周2700mを走ったタイムは、14分58秒という惨憺たるタイムでした。何度も参加した大会であり、かつては10分28秒で走っていた頃もあるのだが・・・それだけ歳をとったということでしょう。でもね・・・この駅伝に参加するのは、懇親目的なので、楽しく走れて、呑めればいいわけです。走り終わって、ゼッケンを大会役員に返すと・・・ホイヨと缶ビールがもらえる仕組みになっているのが、粋な計らいでおま♪会社の陸上部の連中にも会えたし、ビールも呑めたし、帰路の途中で温泉にも入れたし・・・たいへん有意義な1日であった。だけど、この調子では、11月2日のハーフをサブツー(2時間以内)で走るのは、かなりきついかもね。
2014.09.14
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図書館で借りた「六つの星星」という本を読んでいるのだが・・・川上未映子が6人の賢人と対談を行い、言葉、文体、関西弁、思考などについて語りつくすという趣向になっています。【六つの星星】川上未映子著、文藝春秋、2010年刊<「BOOK」データベース>より精神分析、生物学、文学、哲学をめぐって、第一線と語りつくす。川上未映子の思考の軌跡。【目次】川上未映子、精神分析に勧誘される×斎藤環/生物と文学のあいだ×福岡伸一/性の呪縛を越えて×松浦理英子/世界はコトバで満ちている×穂村弘/からだ・ことば・はざま×多和田葉子/哲学対話1 ニーチェと、ニーチェを超えた問い×永井均/哲学対話2 『ヘヴン』をめぐって×永井均<大使寸評>川上未映子といえば、大使の認識は、長い文章を関西弁で書く作家という程度であるが・・・ホステスなんかで苦労したそうで、わりと哲学的な語り口なところも気になっていたのです。この対談集を読むと、なるほどかなり哲学的であり、物書きの素質に溢れていることが分かりました。福岡伸一さんとの対談が面白いので、更に読み進めます。感想は後ほどに・・・rakuten六つの星星多和田葉子さんとの対話では「小説を書く原動力」にふれたヵ所があったので紹介します。密かに小説家をねらっている大使にとって、参考になりました(アホやで)<新しい作品が生まれる瞬間>よりp134~136川上:多和田さんにとって、小説を書かせる原動力があるとしたら、それはいったい何なんでしょうか。多和田:どうしても、ひとつ挙げるとすれば、前の小説を書いてしまったってことでしょうか。小説を書き始めると溢れ出してくるものがたくさんあるんだけど、同時にどんどん捨てていかないと書き進めないので、実際に書かれたものより捨てる方が多い。だから、その小説を書き終える頃には、捨てたゴミの圧迫がすごいことになっているんです。 自分たちはどうなるんだって押し合いへし合いしていて、すぐに次の小説を書かなければ、私は押しつぶされてしまうような感じがあって。だから、書くことが書くことを呼ぶんです。川上:そうだとすると、一番はじめの出発点、前作がなかったときに書き始めた動機のようなものを覚えていますか。多和田:それは読むことが圧力になっていたんだと思います。読んでいるうちに書かざるをえなくなっていた。でも、なんで読んだのかと言われると難しいな(笑) 文章を書くことのない人でも、言葉をコミュニケーションの手段として使っている。それが手段に留まらず、いろんな思いが重なり合って次第に言葉が爆発して、会話におさまりきらない言葉の力が自然に増幅していくと、どうしても書きたくなる。書かれたテキストには、重層性があるんですね。それはしゃべることでは得られない。 いくつもの層が重なり合うことでしか発揮できない言葉の力があって、それは身体とも関係があるんです。身体って全部が同時に存在するからこういう身体なわけで、手の指しか使ってないと思っていても、やっぱり足はあるわけです。そういう重層性をもった身体を私たちは生きていて、それに寄り添うことができるのは、やっぱり、書かれた文字の言葉しかないと思います。川上:たくさんの書けなかったことが蓄積するなかで、次作を書かざるをえないエネルギーが高まっていったときに、多和田さんはゴミの何を見ているんですか。ゴミの主成分って何なんでしょう。テーマなのか。ひとつの単語なのか。それとも・・・。多和田:ゴミ自体は、まとまりがなくて作品になりません。そこで、新しいテキストを書き始めることができるとしたら、それはいくつかの偶然が重なり合った瞬間だと思います。つまり、あるテーマに関心を持っていて、しかもこの単語が面白いと思っていたら、急にある人物が浮かんできた、というように。いくつかの偶然が同時に起こったときに新しい作品が生まれる。そうじゃなければ、いくら豊かでもゴミはゴミのままです。川上:ゴミの中に、つながりが見える瞬間があるんですね。多和田:頭のなかにゴミを抱えたまま散歩をしていたら、バスに乗り合わせた人の言葉が耳に入ってきて、ハッとしたり(笑)。つながりを見出すきっかけが、外から来ることもある。でも、きっかけだけでは難しくて、体系的に考えていたことが重なり合ったときに、はじめて書けるんだと思います。川上:その感覚は、私も近いものがあります。例えば、歯医者さんの治療椅子の上の患者さんが、舌の上に寝転んでいるように見えてしまう。その舌の上に寝転んだ人にも舌があって、この入れ子状の構造はなんて美しいんだろうって、私のビジュアル部が思っている。かたや、人はどこで考えているのか、本当に脳みそなのか。脳みそを取り出したこともないのにわからないなあ、という疑問が前々からあって。それが「歯」でピタッと結びついて「わたくし率 イン歯ー、または世界」ができたんです。なるほど、大使の場合は、多和田さん言うところのゴミに埋もれているんだろう。ブログで日々綴っていても、ゴミはゴミのままです(笑)「わたくし率 イン歯ー、または世界」という本のタイトルが奇抜であるが、川上未映子の脳みそも奇抜というか、哲学的なんでしょうね。あとがきにも書いているとおり、また、表紙の画像でもわかるとおり装丁がシックで・・・もちろん内容も創造性に富み、哲学的な本でおました♪<あとがき>よりp213 刊行するにあたって、文芸春秋の大川繁樹さんに、そして装丁は大久保明子さんにお世話になりました。どうしようもなくエレガントにしてほしい、という願いを素晴らしく実現してくださいました。紺色の夜空にうかぶ白色の星という字をみたとき、胸がぐんと鳴りました。ありがとう。ありがとう。 そして、その仕事に、あこがれ、驚嘆し、信頼し、少しでもその秘密に触れたいと思ってきた綺羅星たるみなさんと、とても大切だと思えることについて語りあえたことは、日々炸裂している奇跡のうえにかさなるさらなる奇跡です。みなさまに、未来永劫、心からの感謝を。 そしてなにより、この対話集を手にとってくださったあなたに。ここに収められた対話が、あなたの何かと結ばれることがあれば、こんなにうれしいことはありません。それこそが文字通り、世界にとってこんなにも有り難い、星の、白い、きらめきそのもの。ところで、今日は烏原ダム緑陰ミニ駅伝の日なんで、お出かけです。レースといっても、懇親第一なので、気楽なものです♪
2014.09.14
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大使がリタイアする前に、出張でサウジアラビアの現場に行った(行かされた)ことがあるので、彼の地の過酷な自然は体感しているわけで・・・紅海を挟んで、現場の対岸あたりが、エジプトの砂漠地帯になるわけで、この本に描かれた内容が、よりリアルに感じられるのです。定宿のホテルから紅海が遠くに見えるので、その写真です。対岸のエジプトも、たぶんこんな景色ではないかと想像するのです。紅海(この写真を撮ったカメラは、現場で落として壊れたので、数少ないサウジ写真となりました)東アジアの湿潤なモンスーン地域の民としては、炎熱の砂漠地帯は行って体験しないとわからないわけで・・・地球は広いというか、ま~大変な目に遭ったわけです。仲間の間で、空気を読みながら暮らす我々と、砂漠の中で一人で自然と折り合いながら暮らすサイードたちノマドでは、価値観がまったく異なるわけで・・・そのカルチャー・ギャップが面白いのです。さて、大使の愚痴話はこれくらいにして、この本からラクダのあたりを紹介します。地獄のサウジレポートよりp56~57 ある男が、オスのラクダをつれて、泉に水くみに行った。発情期だったため、メスのそばにいたがったが、無理やりつれて行ったという。 泉で水を飲み終わるやいなや、ラクダは男の腕や首に噛みついた。肉片が辺りに散らばった。ラクダだけが帰って来たのを見て、近くにいた人がラクダの足跡をたどって行き、泉のそばのバラバラ死体を発見したそうだ。 それでも、サイーダのラクダへの愛着は強い。「ラクダは乗ったり荷物を運んだりできる。ミルクは医者の注射と同じくらい栄養があるんだ。私がこうして元気に砂漠で暮らしていけるのは、ラクダのミルクのおかげ、糞でパンも焼ける。車はしょっちゅう故障するし、タイヤはいつも新しくしておかなきゃいけない。ラクダは砂漠の草を食べていれば動いてくれる」 遊牧民以外のエジプト人も、主にメディアでの医師の発言などを通じて、ラクダのミルクが体によいことを知っている。双子が産まれたエジプト人が、彼女にラクダのミルクをもらいに来ることがあるそうだ。彼らは町に住む遊牧民の男を使いによこす。彼らが預ってきた容器に、サイーダがミルクを入れて渡す。 ラクダの気持ちも手にとるようにわかるようだ。 ある時、歩き疲れた私は、担いでいたカメラバックを岩の上に置いた。その近くでラクダたちが草をはんでいたが、サイーダが、「ラクダが、バッグを見て怖がっているよ」という。ラクダは、前になかった物を見ると怖がるそうだ。 先に書いた子ラクダ以外にも子どもが生まれたり、家族のラクダを預っているため、今飼っているのは7頭だが、彼女は年をとり、世話が大変になってきたという。4,5頭くらいがちょうどいいそうだ。しかし、必用に迫られたり凶暴なオスであるなどの理由がない限り、売るつもりはない。エピローグの章で、常見さんが述懐しています。p56~57<こんどはコカ・コーラを持って来て> 「こんど来る時は、ペプシとコカ・コーラ一本ずつ持って来て」 彼女は3、4回目の滞在あたりから、私が持って来る食料について、それとなく注文をつけるようになった。 私の持って来たリンゴジジュースを2人で飲みながら、「ジュースは、オレンジがいちばんおいしい」。マカロニを料理していれば、「チキンスープの素があれば、もっとおいしくなるのに」。チョコレート菓子を食べながら、「これよりも、パッケージに〇〇と書いてある物の方がおいしい」・・・。 私はてっきり、サイーダは、ゴルスばかりの食事に満足していると信じて疑わず、そのストイックともいえる生き方に、尊敬の念すら抱いていた。それが裏切られたような気がして、勝手にがっかりしたものだ。 彼女の持ち物についても同じだった。最初の頃は、サイーダはラクダに積み切れるだけの荷物で暮らしていると思っていた。しかし実は、砂漠の中に荷物置き場を数ヶ所持っており、すぐに必要ない荷物を保管していた。そこにはドラム缶が数個あり、色とりどりのガラビーヤが入っていた。それといっしょにマニキュアや手鏡数個、スカーフ数枚、指輪3個・・・なども。それらを嬉しそうに私に見せる。私は心の中で少なからず落胆したものだ。 しかし・・・私は、はたと気づいた。もしかしたら、私は自分の理想像を彼女に押しつけていただけなのかもしれない。 高校生の時に手にした本。 その中で見た、ラクダに積めるだけの荷物を持ち、さっそうと移動していく遊牧民の姿を、ずっと私は追い求めてきた・・・。 しかし現実の遊牧民は、それとはずいぶん違っていた。 砂漠で一人でたくましく生きていると思えたサイーダも、実は家族や同じ部族の人たちなど、他者とのつながりの中で生かされていた。その事実は、人は一人では生きられないというあたりまえのことを私に思い出させてくれたように思う。ところで、サイードはケータイを持たない主義とのこと・・・おお 大使と同類でんがな♪【女ノマド、一人砂漠に生きる】常見藤代著、 集英社、2012年刊<「BOOK」データベースより>夫や子どもたちと離れ、たったひとりでラクダを連れてエジプトの砂漠で暮らす女遊牧民サイーダ。著者は、彼女と遊牧生活をともにするなかで、これまで自身で思い描いていた、素朴で自由な“ノマド"像とのギャップに困惑しながらも、彼女のたくましい生命力に惹かれていく。結婚するまでお互いの顔をほとんど見ないという「恋愛」事情や一夫多妻のリアルな内実など、急速に変容するイスラム社会にあっても、日本とはまったく異なる価値観で力強く生きる一族の女たちを鮮やかに描いた渾身のノンフィクション! <大使寸評>女ノマドといえば、未知の領域であり・・・ほんと、常見さんの渾身のノンフィクションなんでしょう。仲間の間で、空気を読みながら暮らす我々と、砂漠の中で一人で自然と折り合いながら暮らすノマドでは、価値観がまったく異なるわけで・・・そのカルチャー・ギャップが面白いのです。この本は9/8に図書館に予約し、9/11に図書館に出向きゲットしたものです。Amazon女ノマド、一人砂漠に生きる著者の常見藤代さんの肩書きは、この本ではノンフィクション写真作家となっているが・・・今、どうしているんでしょうね。たくましく生きているとは思うけど。
2014.09.13
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冨山和彦さんがインタビューで「海外移る国際企業、人手不足の地方圏、処方箋を二分せよ」と説いているので、紹介します。なるほど、これを読むとアベノミクスのピント外れが、よくわかります。(冨山和彦さんへのインタビューを9/09デジタル朝日から転記しました)「成長戦略」という言葉はどうもうさんくさい。規制緩和で市場原理に委ねればうまくいくなんて、それは強者の論理だろう。一方、格差是正・再分配重視を掲げても、もととなる果実をどう生むかが分からない。と悩んでいたら、企業再生のプロ、冨山和彦さんはそもそも日本経済のとらえ方が間違っているという。どういうことか。■勘違い(1) 日本の成長は製造業大手の復活にかかっている。Q:円安で自動車や電機メーカーの業績が好転し、ようやく景気が回復してきたように見えますが。A:確かに、ものづくりのグローバル企業がしっかり稼ぐことは日本経済にとってプラスです。国際収支の上でも必要です。しかし、そのことが日本経済の全体を浮揚させるわけではありません。Q:なぜですか。A:先進国に共通する皮肉な現象ですが、グローバル化が進むほど国内経済におけるグローバル企業の比重は下がります。かつて加工貿易で高度成長をしていた時代は、頂点に製造業の大企業があり、中堅・中小企業が連なって、ざっと日本人の半分はこのピラミッドの中で働いていました。頂点が潤えば、水がしたたるように幅広く恩恵が広がる『トリクルダウン』が起きた。ところがグローバル化で大手メーカーが生産拠点を相次いで海外に移し、この構図は縮小してしまいました。 いまや雇用者数でも付加価値額でも、日本経済の7~8割はサービス産業です。ここは基本的に地域密着型の労働集約的な産業。グローバル競争の世界とは、ルールも経済原理も違う。つまり日本経済の中にグローバル経済圏(G)とローカル経済圏(L)のふたつがあると考えたほうがいい。GとLの連関性はどんどん希薄になり、現実にトリクルダウンはほとんど起きなくなっています。Q:とすれば経済政策も……。A:GとLで別々の処方箋が必要ですね。特にLの世界で労働生産性と賃金を上げていかないと、持続的成長など無理です。Q:これまで成長戦略というと、もっぱらグローバル化への対応が柱になってきました。A:加工貿易時代の成功体験が強烈だからでしょう。Gが拡大することで高度成長を実現したので。しかも政府が政策を立案する際は、主に大手製造業の経営者が加わるため、どうしてもGばかりに目が行く。Q:安倍政権は法人税減税を最大の柱に位置づけています。A:Gの世界では必須です。まず海外から日本に投資を引き込むという点で。そして日本企業に本社機能を残してもらい、海外からの配当金や利子の形で所得収支を稼いでもらうという観点で。あくまで立地競争力を強化するためですね。Q:日本企業の競争力の強化は法人税減税とは関係ない?A:関係ないです。企業の競争力強化で減税が必要と言っているのは、グローバル化に遅れたところ。いまや世界的に、最終製品は大消費地かその近くでつくる地産地消型にならざるをえない。本当に競争力のある企業は(課税の対象となる)収益部門はとっくに海外。法人税減税の財源として研究開発減税を縮小されるほうが困ると思っていますよ。Q:安倍政権は地域経済の活性化を最大課題のひとつと考え、成長戦略でも「アベノミクスの効果を全国に波及させ地域経済の好循環をもたらす、いわばいわばローカル・アベノミクスにより……」と気合十分です。A:文面を読む限り、まだGからLへのトリクルダウンを期待しているような感じですね。むろん、地域経済に焦点をあてるのは重要です。問題は、多くの人が地域経済の現状を勘違いしていることです。■勘違い(2) 地方は長引く景気の低迷で、働き口が少ない。 私たちは東北・北関東で総従業員3500人の五つのバス会社を運営していますが、7年ほど前から運転手やバスガイドが足りずに困っています。医療や介護でも、水産業でも、東北はどこも人手不足。最近、外食産業で人手が足りず店を閉める例が相次ぎ、東京でも耳目を集めるようになりましたが、中小企業庁の調査によると、非製造業ではアベノミクスのずっと前、2010年10~12月期から人手が足りていません。つまり、景気低迷下での人手不足。 これは人口動態を考えれば当然です。団塊の世代の退職で生産年齢人口(15~64歳)は地方から先行して構造的に減っている。東北では1990年から2012年までに約90万人減りました。一方で退職世代からの需要は残り、医療や介護のニーズはかえって高まる。Q:地方経済の最大の課題は、人手不足による供給制約だと。A:そうです。加えてアベノミクスの第1、第2の矢によって需要が増え、日本全体でも需給ギャップが埋まった。ところが政治レベルでは、地方は常に需要が少なくてかわいそうだとの刷り込みがあって、条件反射のようにバラマキ政策に行く傾向がある。だけど、いまや公共事業は消化できませんから。 人手不足は、労働生産性の低さという日本が抱える大きな課題が、人口の変化で顕在化したことを意味します。主要国の中で、特にサービス産業の生産性の低さは歴然です。Q:商店にしろ交通機関にしろ、米国より日本のほうがよほどテキパキして生産性が高そうですけど。A:日本のサービスが過剰なんです。生産性は労働時間あたりの付加価値なので、日本人はサービスに対価を払っていないことになります。米国型がいいかは別として、日本では過当競争で単価が下がり、生産性が低く、安い賃金しか払えなかった。しかし、それがかえって社会政策的にはいい面もありました。その分たくさんの雇用が吸収できましたから。生産性の低さによって失業を潜在化させてきたといえます。 それが団塊の世代の大量退職によって百八十度変わり、需給バランスがひっくり返った。逆に言うと、いまこそ生産性と賃金を上げるチャンスなのです。ただ、Gの世界の手法をそのまま持ち込んでも、Lの生産性は上がりません。■勘違い(3) 生産性向上には徹底した規制緩和が必要だ。 Gの世界では規制緩和や減税など市場原理を働かせる政策が有効です。しかし、Lは市場に任せても新陳代謝が起きにくい世界。駅の東側と西側にスーパーがあって、東のほうが安くて品ぞろえがいいからといって、西の人もそちらで買い物するわけではない。閉じた商圏での競争で、どちらも事業は成り立ちうる。しかもLでは医療や介護、交通機関など公共サービスも多い。安易な規制緩和はブラック企業を利するだけで、事故も起きかねません。 大切なのは、生産性の低い企業に円滑に退出してもらうこと。それに必要なのは労働監督の強化を含めたスマート・レギュレーション(賢い規制)であり、なにより最低賃金を大幅に引き上げることです。最低賃金が上がれば、生産性の低い企業は事業をやめざるをえなくなる。Q:ただ、Lの世界に多いオーナー経営者はギリギリまで廃業しないでしょう。A:問題はそこです。個人保証や連帯保証、信用保証協会からの保証でがんじがらめの経営者は、廃業で全財産を奪われかねず、決断できない。しかし、そもそも人的な保証は経営者の公私混同を防ぐためのもので、真面目にやっていて事業に失敗したのなら身ぐるみまではぐ必要はない。早く決断すれば従業員に退職金などを十分払えるかもしれない。こうした制度的な退出コストの高さは、見直しを急ぐべきです。Q:労働者の失業問題には、どう対処しますか。A:Lの雇用は仕事の内容が限定された『ジョブ型』が多く、もともと流動性が高い。大企業の従来型の総合職とは違います。社員を抱え込ませる雇用調整助成金より、ジョブ型労働者の職業訓練を支援して雇用を流動化させるほうが効果的です。Q:既存企業の退場を促す政策を政治は決断できるでしょうか。A:そこが安倍政権にとって本当の勝負でしょう。第1次安倍政権時代は、まだ人手余剰で失業が固定する恐れのある政策は取れなかったが、状況は変わりました。振り返ると、民主党はLの世界の労働者をGに移動させようとした。自民党はGを大きくしようとしてきた。どちらも実現しません。Lの世界でしっかり賃金を上げていくことが必要です。 *冨山和彦:経営共創基盤CEO 1960年生まれ。産業再生機構COOなどを経て、現職。近著に「なぜローカル経済から日本は甦るのか」(PHP新書)。<取材を終えて> 冨山さんが手がけてきた企業再生の大半は地域密着型だという。一方で、オムロンの社外取締役をつとめるなど、グローバル企業にも深く関わる。両者の経営のあり方がまったく別次元であることから、日本における二つの経済圏という考え方に至ったそうだ。その視点は、冒頭で言及した、経済政策をめぐる新自由主義とリベラル主義との対立を解きほぐす道でもある。(オピニオン編集長・市村友一)アベノミクスの嘘っぽさについては、海外メディアも感づいているけど・・・古賀茂明さんの突っ込みは容赦なしですね。【古賀茂明】「地方創生」は地方衰退への近道~虚構のアベノミクス~成長戦略の「勘違い」冨山和彦2014.9.9
2014.09.12
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<図書館予約の軌跡4>『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。で、今後は「図書館予約の軌跡」としてフォローすることにしたのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。神戸市が複数買っている本でも予約順番が30を超えると、なかなか順番がまわってこないのです。(1ヶ月以上はかかるかも)<予約中>・眠る魚・世界で一番美しい猫の図鑑・謎の独立国家ソマリランド・クマムシ?!(9/8予約済み、9/12受取可)・ノー・シューズ(9/9予約済み)・ナショナリズム入門(9/11予約済み)<予約候補>・中国と 茶碗と 日本と・トワイライト・シャッフル・ほんの数行<予約分受取>・朝鮮半島201Z年・街場の憂国論・女ノマド、一人砂漠に生きる(9/11受取)眠る魚より坂東眞砂子著、集英社、2014年刊<「BOOK」データベース>より 2011年3月11日。日本から遠く離れた南太平洋のバヌアツにも、地震による津波警報が出されていた。旅行ガイドや通訳をしながらこの島に暮らす伊都部彩実は、そのしばらく後、実父の訃報を受けて一時帰国する。 放射線被害について海外メディアが報じる危機感に反比例するかのような日本の実像、また、相変わらず保守的な家族たちの思考と言動に噛み合わない思いを抱きながら日々を送るうち、「アオイロコ」という奇妙な風土病の噂を耳にする。<読む前の大使寸評>この小説のジャンルは、私小説なんだろうけど・・・波乱万丈であり、政治性も帯びており、骨太の私小説ではあるな~♪郷土の作家ということで、彼女の作品を読み始めたのであるが、普遍性も申し分がないようです。<図書館予約順番:35(8/19予約)、予約#:>rakuten眠る魚世界で一番美しい猫の図鑑よりタムシン・ピッケラル, アストリッド・ハリソン著、エクスナレッジ、2014年刊<「BOOK」データベース>より本書は猫の魅力をたっぷりと語り、ヤマネコがいかにして野生生活を捨てて温かな家庭での生活を手に入れたのか、その歴史をひも解いていく。古代エジプトで生まれたしなやかな身体のアビシニアンに、知性の高さとシルバー・ブルーの被毛が際立つロシアンブルー。優雅で長い被毛の美しいバリニーズに、垂れ耳が愛らしいスコティッシュフォールド。50を超える猫種それぞれの歴史に隠された物語を美しい写真とともに紹介する。<読む前の大使寸評>愛猫家なら手放せない一冊になろうかと…横尾忠則が絶賛しているので、見てみたいですね♪<図書館予約順番:23(8/21予約)、予約#:>rakuten世界で一番美しい猫の図鑑【謎の独立国家ソマリランド】高野秀行著、本の雑誌社、2013年刊<カスタマーレビュー>よりルポルタージュといってもいいし、探検記といってもよい。冒険・政治経済・安全保障・国際問題・民族問題・海賊問題などさまざまなテーマが詰め込まれ、500ページほどの本がすいすい読める。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約順番:33(9/02予約)、予約#:>Amazon謎の独立国家ソマリランド【クマムシ?!】鈴木忠著、岩波書店、2006年刊<「BOOK」データベース>より乾燥すると樽型に変身!真空、高温、高圧、放射線にも耐え、レンジでチンしても平気。120年間水なしでも生き続ける生物がいる―?それは体長1mm以下の微小な生物・クマムシ。不死身伝説の真偽、18世紀からの研究の歴史、試行錯誤で飼育する笑いと苦労の物語など、生物研究のオモシロさ満載。身近なクマムシの観察方法や、ファン必見の図版も多数掲載。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/08予約、9/12受取可)Amazonクマムシ?!【ノー・シューズ】佐々木マキ著、亜紀書房、2014年刊<「BOOK」データベースより>マンガ家デビューから『やっぱりおおかみ』などの絵本創作の背景や『ガロ』で出会った人々との交流までを綴った書き下ろしエッセイ「ノー・シューズ」。神戸の下町で過ごした幼少期を描いたエッセイ「ぼくのスクラップ・スクリーン」。珠玉のエッセイと共に不思議な1コママンガの連作「スカラマンガ」も収録!<読む前の大使寸評>神戸・新長田といえば、ドングリ国の縄張りであるが・・・神戸にはニューカマーの大使が知らない昔のお話が、興味深いのです。 それから、村上春樹との交流も興味深いですね。芦屋と神戸はお隣という関係からなんだろうか?<図書館予約:(9/09予約)、予約#:>rakutenノー・シューズナショナリズム入門より植村和秀著、講談社、2014年刊<読む前の大使寸評>評者が吉岡桂子記者ということで、とりあげた新書なんですが・・・・吉岡記者が選んだ本なら、「外れ」はないでしょう。とにかく、この本に戦争を防ぐ知恵を期待したいのです。<図書館予約:(9/11予約)、予約#:>rakutenナショナリズム入門ナショナリズム入門by吉岡桂子【中国と 茶碗と 日本と】彭丹著、小学館、2012年刊<「BOOK」データベース>より日本には、中国ではいつのまにか廃れてしまった「中国」があると、著者は説く。漢字、着物、端午の節句などの行事等々。しかしそれらの「中国」は、どこか姿を変えた不思議な「中国」なのだ。そして茶の湯に親しむなかで著者は、名物茶碗や国宝茶碗の多くが中国から渡来した唐物で、しかも中国には残されていないことに気づく。なぜ日本人は唐物を自らの“国宝”としたのか。なぜそれらの優品が中国には残っていないのか。中国と日本の間に横たわる広くて深い文化的差異の大海に漕ぎ出した、まったく新しい日中比較文化論の誕生である。<読む前の大使寸評>中国文化は、辺境の地ニッポンで花開いたが、発祥の地では消滅の危機にあるようです。なぜなのか?お茶しかり、漢字しかり、儒教的道徳しかり・・・etc<図書館予約:今後予約、予約#:>Amazon中国と 茶碗と 日本とトワイライト・シャッフル より乙川優三郎著、新潮社、2014年刊<「BOOK」データベース>より老いた海女、落魄のピアニスト、ライムポトスと裸婦、家に辿りついた異国の女…。房総半島の小さな街で何かを見つけ、あるいは別れを告げようとしている男と女たち。夕闇のテラス、シングルトーンの旋律…。歓楽の乏しい灯りが海辺を染める頃、ありえたかもしれない自分を想う。『脊梁山脈』で「戦後」を描き、大佛次郎賞に輝いた著者の「現代」小説。<読む前の大使寸評>乙川優三郎著、三浦しをん評、図書館予約と個人的な一連の流れとなったのが『脊梁山脈』でした。(サヨカ)ということで、2匹目のどじょうを狙って、この本を取り上げたのです。<図書館予約:今後予約、予約#:>rakutenトワイライト・シャッフルほんの数行より和田誠著、七つ森書館、2014年刊<商品の詳細説明>より 半世紀以上にわたってイラストレーター、デザイナー、映画監督と多才な活躍を続ける和田誠さん。装丁した3000冊を超える本から、名ゼリフがキラリと光る100冊を選びました。和田さんのインスピレーションを刺激した「ほんの数行」のフレーズとブックデザインをめぐる想い出を、装丁家ならではの視点で楽しく綴ります。<読む前の大使寸評>「この本の装丁も和田誠だったのか」といつも思うのです♪「商品の詳細説明」の目次に、和田さんの好みとか交友関係が表れているようです。<図書館予約:未>rakutenほんの数行図書館予約の軌跡3図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム
2014.09.11
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図書館で内田先生の『街場の憂国論』を借りて読んでいるのです。グローバル化の波、排外的なナショナリズムと言えば・・・街場の憂国論そのものですね。・・・それでは、内田先生のご意見を拝聴しましょう。日中、日韓との間できしむナショナリズムであるが、安部自民党が摺り込む国民国家とは、はたしてどんなものなのか?内田先生のご意見を拝聴したいのです。<壊れゆく国民国家>よりp26~28 グローバリズムとナショナリズムは矛盾しているように見えるが、実際には、これは「同じコインの裏表」である。国際競争力のあるグローバル企業は「日本経済の旗艦」である。だから一億心を合わせてその企業活動を支援せねばならない。そういう話になっている。 そのために国民は低賃金を受け容れ、地域経済の崩壊を受け容れ、英語の社内公用語化を受け容れ、サービス残業を受け容れ、消費増税を受け容れ、TPPによる農林水産業の壊滅を受け容れ、原発再稼動を受け容れるべきだ、と。 この本質的に反国民的な要求を国民に「飲ませる」ためには「そうしなければ、日本は勝てないのだ」という情緒的な煽りがどうしても必用である。これは「戦争」に類するものだという物語を国民に飲み込んでもらうことが必用である。 中国や韓国とのシェア争いが「戦争」なら、それぞれの国民は「私たちはどんな犠牲を払ってもいい。とにかく、この戦争に勝って欲しい」と目を血走らせるようになるだろう。 国民はこういう上ずった状態に持ち込むためには、排外主義的なナショナリズムの亢進は不可欠である。だから、安部自民党は中国韓国を外交的に挑発することに極めて勤勉なのである。外交的には大きな損失だが、その代償として日本国民が「犠牲を払うことを厭わない」というマインドになってくれれば、国民国家の国富をグローバル企業の収益に付け替えることに対する心理的抵抗が消失するからである。 私たちの国で今行われていることは、つづめて言えば「日本の国富を各国(特に米国)の超富裕層の個人資産へ移し替えるプロセス」なのである。 現在の政権与党の人たちは、米国の超富裕層に支持されることが政権の延命とドメスティックな威信の保持にたいへん有効であることをよく知っている。戦後68年の知恵である。これはその通りである。おそらく安部政権は「戦後最も親米的な政権」としてアメリカの超富裕層からこれからもつよい支持を受け続けることだろう。自分たちの個人資産を増大させてくれる外国の統治者をどうして支持せずにいられようか。 今、私たちの国では、国民国家の解体を推し進める人たちが政権の要路にあって国政の舵を取っている。政治家たちも官僚もメディアも、それをぼんやり、なぜかうれしげに見つめている。たぶんこれが国民国家の「末期」のかたちなのだろう。中国に対する抑止力が喫緊の課題として俎上に上がることが多くなったが、ここで内田先生のご意見を拝聴しましょう。<抑止力と付加形容詞について>よりp204~207 「抑止力が低下しないか」というのは、端的に「沖縄に常置してあるはずの核兵器の数が減らないか」という意味である。核兵器が減ると、中国に対する「脅威」が減殺しないか、という意味である。 そう書けばよいのだが、「書かない約束」になっているのである。 誰との約束か知らないが。 もう一つ、さらに深い抑圧は、この「抑止力」が、誰が管理し誰が行使するものであるかが曖昧にされていることである。これは日本の政治家や官僚やメディアが安全保障について語るとき必ず発症する病態である。 「核の傘」というのがよい例である。 この表現は実によく用いられる軍事用語であるが、いったい誰が「傘をさしているのか」についてはつねに曖昧にされている。 アメリカ人が「核の傘」を手に持ち、高く掲げて日本やその他の同盟国を覆っている図像を思い描くこともできるし、日本人が自分たちがアメリカから借りた「核の傘」を手にして、その下で安んじている図像を思い描くこともできる。雨が降ってきたので「ちょっと傘拝借します」「あ、持ってらっしゃい」というのは日常生活でよくある図柄である。 おそらく多くの日本人はそのような絵柄を漠然と選好している。 もともとは「あちら」の所有物なのであるが、今は入り用なので、「こちら」でちょいと拝借している。差すも閉じるも、こちらの自由。核抑止力の「主体」はわれわれなのだ、と思っている。少なくとも、思いたがっている。 それと同じ「核兵器の取扱い主体の曖昧化」がこの記事にもそのまま露出している。 「日本側は、陸上部隊の国外移転で抑止力が低下しないかなどを慎重に見極めている」これは読みようによっては、まるで「日本側」が抑止力の管理責任者であるかのようである。中国の軍拡に対する抑止力の布置については、まるで日本が起案し、実行しているかのようにも読める。「慎重に見極める」のはふつうは抑止力をハンドルしている人間の言い分だからである。 もちろん核兵器をハンドルしているのは米軍である。日本側はその配置も規模も知らされていない。 だから、「慎重に見極める」というのは、「手をつかねて見ている」ということである。 ある日、米軍が「もう日本から撤収するから、あとの抑止力の手当は自分でなんとかしてね」と言って去って行ったあとのことを何も考えていないということである。 日本は自前の抑止力を持っていない、というのが国防政策を起案するときの前提である。そこからしか話は始まらない。 じゃあ、自主核兵器しようという話も出てくるだろう。核兵器はあっても結局は使えないんだから、通常兵器を充実させて、徴兵制を施行しようという話も出てくるだろう。それより善隣外交を展開して、ロシアとも中国とも安全保障条約を締結しようという話も出てくるだろう。どのオプションが適切かは、そのときどきの国際関係論的状況で決まる。 そのようなリアルでクールな議論を始めるためには、まず「日本は抑止力をハンドルできない」という現実を見すえなければならない。 でも、日本人はそれをしていない。 それをすると、日本が結局戦後67年間、アメリカの軍事的属国であって、主権国家ではなかったという痛ましい現実に直面してしまうからである。この記事のようなワーディングを誰も「おかしい」と思わない。 この記事は病的である。 そして、これが病的であるということを書いている記者も、読者もまったく気づかないでいるということがさらに病的なのである。次に、消費者主権のあたりについて、内田先生のご意見を見てみましょう。要するに、考えなしに一円を惜しむ者は、米中が牽引するゼロサムの安売り地獄に落ちるのだろう。<さよならアメリカ、さよなら中国>よりp140~142 一円でも安ければそちらを買う、というのは、私の定義によれば「未成熟な消費者」ということになる。 「成熟した消費者」とは、パーソナルな、あるいはローカルな基準にもとづいて商品を選好するので、消費動向の予測が立たない消費者のことである。 同じクオリティの商品であっても、「国民経済的観点」から「雇用拡大に資する」とか「業界を下支えできる」と思えば、割高でも国産品を買う。あるいは貿易収支上のバランスを考えて割高でも外国製品を買う、そういう複雑な消費行動をとるのが「成熟した消費者」である。 「成熟した消費者」は、その消費行動によって、自国の産業構造が崩れたり、通貨の信用が下落したり、高騰したり、株価が乱高下したり「しないように」ふるまう。 資本主義は「勝つもの」がいれば、「負けるもの」がいるゼロサムゲームである。 この勝ち負けの振れ幅が大きいほど「どかんと儲ける」チャンスも「奈落に落ちこむ」リスクも増える。 だから、資本主義者たちは「振れ幅」をどうふやすかに腐心する。 シーソーと同じである。ある一点に荷重をかければ、反対側は跳ね上がる。だから、どこでもいいのである。ある一点に金が集まるように仕向ける。「金が集まるところ」に人々は群がり、さらに金が集まる。集まった金をがさっと熊手で浚って、「仕掛けたやつ」は逃げ出す。あとには「そこにゆけば金が儲かる」と思って群がってきた人間たちの呆け顔が残される。 その繰り返しである。 このマネーゲームが順調に進むためには、消費者たちはできるだけ未成熟であることが望ましい。商品選好において、パーソナルな偏差がなく、全員「同じ行動」を取れば取るほど、「振れ幅」は大きくなる。 だから、資本主義は消費者の成熟を好まない。 同じ品質なら、一番安いものを買うという消費者ばかりであれば、サプライドサイドは「コストカット」以外何も考えなくて済む。 消費者の成熟が止まれば、生産者の成熟も止まる。現に、そのような「負のスパイラル」の中で、私たちの世界からはいくつもの産業分野、いくつもの生産技術が消滅してしまった。 アメリカの消費者は「未成熟」であることを求められる。 アメリカのように、人々の文化的バックグラウンドがばらついている移民社会では、不可解な消費行動はその人が「なにものであるか」についての情報をもたらさないからである。 「消費行動がパーソナル」というだけで「神秘的な人」に見えるくらい、アメリカの消費者は単純な行動を社会的に強制されている。 私はそういうふうに理解している。 TPPというスキームは前にも書いたとおり、ある種のイデオロギーを伏流させている。それは「すべての人間は一円でも安いものを買おうとする(安いものが買えるなら、自国の産業が滅びてもかまわないと思っている)」という人間観である。かっこの中は表だっては言われないけれど、そういうことである。【街場の憂国論】内田樹著、晶文社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より行き過ぎた市場原理主義、国民を過酷な競争に駆り立てるグローバル化の波、排外的なナショナリストたちの跋扈、改憲派の危険な動き…未曾有の国難に対し、わたしたちはどう処すべきなのか?日本が直面する危機に、誰も言えなかった天下の暴論でお答えします。真に日本の未来を憂うウチダ先生が説く、国を揺るがす危機への備え方。<読む前の大使寸評>このところ先生が世に出す本が多いので、おっつかない有様である。言ったもん勝ちの内田先生♪とのやっかみさえ出ているが・・・内田樹の研究室で述べられる内田先生の論説を読むたびにいちいち納得する大使である。評者の永江朗がさんが「内田樹人気を考える」という切り口で、この本をとりあげているが・・・・大使としても内田先生の人気の秘密が知りたいわけです。rakuten街場の憂国論街場の憂国論by永江朗永江朗さんが次のように言っています。<本書の中に、情報の格差について述べている部分がある。情報リテラシーとは、情報についての情報を把握できること。持っている情報と持っていない情報について判断できること。ないものについて思いを巡らせることだ。>内田先生は玉石混交のメディアについて、痛烈な皮肉を放っているわけですね。・・・これが人気の秘密なのかも。
2014.09.10
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14日には、「烏原ダム緑陰ミニ駅伝」(小雨決行)という地域密着の駅伝に出走します。以前には、会社の陸上部で数チーム組んで出走していたのだが・・・リタイアしたので、今回出走すれば、顔合わせは5年ぶりくらいになるだろうか?レースは、ダム湖1周2700mを5人でつなぐものだけど、個人で参加しても受付けがチーム編成してくれるという楽しいレースでおま♪このレースは中距離だから手抜きをすれば楽だけど、本気で走るとしんどいというビミョーな距離なんです。エリートチームは本気で走るけど・・・その他のランナーは昼食目当てと懇親を第一に走るわけですね。このダム湖は古くからあるわけで、川西英さんの神戸百景にも描かれています。14.烏原水源池よりこのダム湖の下流に湊山温泉があるので、大使はレース後にはここで汗を流す予定です。温泉と名乗っているが、鉱泉を加熱したもので、地域住民に密着した銭湯でおます。湊山温泉ところで、過去の日記をのぞいてみると、酒盛りと温泉のことしか書いていない有様でした(笑)<2004年09月12日>酒盛りの後は温泉(鉱泉の銭湯)に繰り出すのも恒例で、かなり渋い(オジサン好みの)イベントでした。<2003年09月14日> レース後の昼飯兼酒盛りというのも、恒例で、その後は有志で温泉(鉱泉の銭湯)に行くのも恒例です。昼酒、昼湯という、ちょと小原ショースケさん気分に浸れるのが良かったですね。この温泉の内部は久々の湊山温泉でレポートしています。
2014.09.09
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朝日のコラム「波聞風問」にチャイナウォッチャーとも言える吉岡桂子記者の記事を見かけたので紹介します。疑心暗鬼からナショナリズムという陥穽にはまるそうで、抜け出すには隣人に対する好奇心だそうですね。9/07北京に日本の著作 日中の壁、乗り越える好奇心より 北京の書店に、日本の翻訳本がまた増えている。政府どうしの関係の悪化に反比例するかのようだ。 蛍光グリーンの表紙がモダンな「我是猫(吾輩は猫である)」(夏目漱石)。韓国ドラマにもなった「寂寞(せきばく)東京塔(東京タワー)」(江國香織)。人生信条をつづる「100個基本(100の基本)」(松浦弥太郎)……。 繁華街のしゃれた書店をのぞくと、文学から実用書までさまざまな日本発の本が並ぶ。大学街の書店でも7月のベストセラー20に、村上春樹さんと小澤征爾さんの対談本や、東野圭吾さんの作品がランク入りしていた。 「おつきさまの本、読んで」。女の子が父親にせがんでいる。中秋を控えて月を特集するポプラ社の絵本専門店は週末、家族連れでにぎわっていた。同社は地元出版社とくんで300を超える日本の絵本の中国語版を出した。 一人っ子への教育熱を背景に児童書は、毎年1割以上も膨らむ成長市場だ。また、生活を楽しむ余裕をもつ人たちはダイエットや旅行、美容、ファッション、写真など趣味の情報を求める。根強い人気の村上さんらの小説に限らず、実用書の需要も高まる。 海賊版だらけで商売にならなかった時代から、著作権への意識も少しずつ変わっている。巨大市場をつかもうと、8月末のブックショーにあわせて講談社、小学館、マガジンハウスの社長も北京を訪れ、中国側と意見交換した。 中国国家版権局によると、書籍の版権の輸入数は輸出の2倍。日中間ではその差は5倍ある。中国政府は中国語本の翻訳に「補助金」をつけて輸出を後押しするものの、苦戦している。 ロングセラー「窓辺的小豆豆(窓ぎわのトットちゃん)」(黒柳徹子)は、正式な訳本が出た2003年以降で710万部が売れた。子供むけの推薦図書でもある。30年がかりで750万部に達した日本を超える日も近い。絵本版も翻訳中だ。 実は80年代から、独自に訳された「小豆豆」が出回っていた。文化大革命が終わり、外国の文化に多くの中国人が飢えていた。「こんなに自由な発想や学校が日本にあったんだ」。ある50代の女性は、当時の感想を語る。 幼稚園の男の子をもつ女性(36)はいう。「『100万回生きたねこ』(佐野洋子)には心が動き、片付け本や料理本は役に立った。そういうことと、領土や歴史で日本と意見が違うことは両立する。中国政府の宣伝とは違う日本への好奇心もある」 いろいろな個性や言葉が自由にぶつかりあいながら育まれる日本のソフトパワーは、中国の人たちの心もひき寄せる。私たちから隣人への好奇心も、忘れずにいたい。公害の克服ノウハウを伝えることから日中の和解が進展することは、確実なんだけど・・・中国政府は治安対応に追われて、その余裕がないようです。対中抑止力も必要ではあるが、日本は、北風もさることながら、太陽政策にもっと注力すべきではないか。8/17公害を伝える 日中は青い空でつながるかより「工場の煙は赤く、火事かと思うほどだった。シーツを干せばすぐに真っ黒になった。いまも、たんがのどにからんで寝られない晩もある」 7月中旬、大阪市西淀川区のあおぞら財団の会議室。工場と車の排ガスによる大気汚染で慢性気管支炎を患う永野千代子さん(74)の話を、中国からやって来た若者たち約30人は身を乗りだしてきいていた。日本政府が招いた記者や環境NGOのメンバーである。大半は初めて来日した。 この地区は、高度成長期から1970年代にかけて「灰色の空のもと昼間からライトをつけて車が走っていた」。PM2.5が覆う今の北京を思わせる話だ。公害病認定患者も累計で7千人を超える。 患者らは78年から企業と国や阪神高速道路公団(当時)を相手取り、賠償と汚染物質の排出差し止めを求めて提訴し、98年に和解した。財団も和解金をもとに地域の再生をめざしてつくられた。「正義感に満ちた医者や学者、法律家が20年もの公害訴訟を支えた」。中国経済導報の陳陽記者は帰国後、そう伝えた。 やはり和解金の一部を使ったお年寄りのデイケアセンターも見学し、中国で増え続ける公害の被害者が老いる先を思った。ネットメディアの新浪微公益の余哲記者は「訴訟で青春を費やし白髪になっても、健康への影響が残る」と書いた。 1週間の滞在中、日本の青い空を実感し、厳密なゴミの分別や衛生的なゴミ処理場に驚いていた彼らだが、日本の公害の歴史の身近さにも、心を動かしていた。 中国には公害病の認定制度がない。司法の独立や言論の自由も十分ではなく、環境にかかわる法律はあっても実効性は弱い。中国など海外からの視察を受け入れてきた財団の研究員、林美帆さんは「患者さんの言葉は心に響くようだ。日本の経験が、改善のヒントになれば」と話す。 政府どうしの関係が「最悪」とされるかたわらで、環境や都市化をめぐる交流は静かに続いている。今春には、習近平国家主席がトップを務める改革チームの経済や環境を担当する幹部らも来日し、金属汚染を引き起こした足尾銅山跡(栃木県)などを訪れた。東京と北京、北九州と上海など、自治体どうしの協力もすすむ。 日本では水俣病(熊本県)など公害の歴史的な資料をもつ15団体が昨年末から、連携ネットワークを広げる。日本人自身の記憶の風化や語り部の高齢化への危機感からだ。 ならば、海外からの視察受け入れ体制でも手を携え、貴重な経験を中国など新興国にもっと伝えられないか。歴史認識や領土で対立していても、「青い空」をめざして公害の克服に歩む「歴史」は、共有できる物語になる。ここで以前の日記を引用します。********************************************************************<吉岡桂子記者の渾身インタビュー4連発>中華経済に関する吉岡桂子記者渾身のインタビュー記事を、四つ紹介します。・中国、成長の罠香港大学教授2014.02.26・中国の「不動産バブル」大手不動産会社トップ2014.01.28・中国 国有企業の行方張維迎2013.11.07・中国と影の銀行張維迎2013.8.02朝日新聞の吉岡記者といえば、チャイナウォッチャーとして個人的に注目しているわけで・・・・その論調は骨太で、かつ生産的である。中国経済がらみで好き勝手に吹きまくる経済評論家連中より、よっぽどしっかりしていると思うわけです。波聞風問一覧に吉岡記者の中国論が載っています。吉岡桂子記者の渾身記事2
2014.09.08
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久々に封切館で映画を見たわけです。(エリジウム鑑賞以来であった)それも、大使が極力避けていたハリウッド映画であるが、ゴジラとあれば観るしかないのである。入場券売り場で字幕版を選んだところ、ゲッ!大使が嫌いな3Dとなっていました。電車賃を払ってまで映画館に来たので、300円割高の3Dで観るしかないのです。【GODZILLA ゴジラ】ギャレス・エドワーズ監督、2014年、米制作、H26.9.6観賞<Movie Walker映画解説>より日本が世界に誇る怪獣映画のビッグネーム、ゴジラの『ゴジラ FINAL WARS』以来10年ぶりの復活作で、巨大怪獣ゴジラの出現に翻弄される人々の姿を描くパニック・アクション。地球に飛来した未知の生命体の恐怖を描いた『モンスターズ 地球外生命体』のギャレス・エドワーズが監督を、アーロン・テイラー=ジョンソンが主演を務める。<観る前の大使寸評>子供心に、恐怖と哀しみを与えた初代ゴジラであったが、果たして今度のハリウッドGODZILLAはどうなんだろう。Movie WalkerGODZILLA ゴジラ『GODZILLA ゴジラ』公式サイト初代のゴジラ映画のオマージュとして、出来、不出来は関係なく観にきたわけですが、予想以上に面白い映画に仕上がっています。近代装備の米軍との戦い、ゴジラと翼竜(映画ではムートーという呼び名)とのバトルに圧倒されたのだが・・・東京近郊に隔離された秘密基地が日米共同で作られていたが、そのあたりの胡散臭い背景について詮索していると、楽しみが減ってしまうので、この際放っておこう。さらに、有機体が核物質を食料とする設定は、どう考えても科学的に説明がつかないのだが、この際放っておこう。導入部のシリアスなSFタッチから・・・だんだんとオーソドックスな怪獣バトル映画になってくるのが、ええな~♪監督、および制作スタッフが怪獣バトル映画の醍醐味を知っているのでしょうね。ゴジラが口から光線を吐くシーンには、思わず立ち上がって拍手したくなったのだが、昨今の観客にはそんなアホはいないのです。観終わってみると、正義の怪獣ゴジラとなっているのだが、ゴジラに対するこの扱いがわりとハッピーエンドの爽やかさを与えてくれます♪ところで我々、団塊の世代は、初代ゴジラにインスパイヤされた世代であるが・・・その後、引き続いて作られた怪獣映画を飽きもせづ観続けたアホも多くいるわけです。大使の場合、怪獣映画でゴジラ以外で覚えているのはアンギラス、ラドン、モスラぐらいだから、ゴジラフリークというよりも、初代ゴジラのファンなんでしょうね。新旧作品を比較する意味で、初代ゴジラをallcinemaで覗いてみました。60年ほど昔だから、小学校時代に観たことになるけど・・・やっぱり、初代がいちばんすごいわ。【ゴジラ(1954)】本多猪四郎監督、1954年制作、1954年鑑賞<allcinema映画解説>より 19XX年、南太平洋で行なわれた核実験によって、ジュラ紀の肉食恐竜が甦った。ゴジラと名付けられたその怪物は、大戸島を襲った後、東京へと歩を進めていく。放射能をまき散らすゴジラの前に、帝都は為す術もなく蹂躙されるかのように思われた。だがその時、防衛軍に一つの朗報がもたらされた。それは若き天才科学者、芹沢の発明した“オキシジェン・デストロイヤー”という、核を凌ぐ超兵器の存在である。しかし芹沢は、核の二の舞を怖れ、その超兵器の使用を認めようとはしなかった……。この作品によって本邦の特撮映画は始まった、と言っても過言ではない程の大傑作。<大使寸評>この映画でゴジラが登場するのは、劇中かなり遅くなってからだったが・・・だんだんと現れてくるところが恐いわけで、心憎い進行とも言えるわけです。allcinemaゴジラ(1954)wikipediaゴジラ (1954年の映画)モノクロで描かれたゴジラは復興途上の帝都を再び蹂躙する破壊神だったが、ええでぇ♪
2014.09.07
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<朝日デジタルの書評から49>日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・ノー・シューズ ・日本の色の十二カ月***************************************************************ノー・シューズ 佐々木マキさんより<愛憎の街、おかしくやさしく:鈴木繁> 名前を見て、「ガロ」や「朝日ジャーナル」でシュールなマンガを描いてた人だなと思う人もいれば、不思議な味のする絵本『ぶたのたね』や『変なお茶会』の作者だわと、心でつぶやいた方もいる気がする。あるいは初期の村上春樹作品のカバー絵が浮かんだ向きも。でも、その顔が描けた読者は多くないだろう。 「若いころは人前に出るのが、とにかく苦手でした」 芸術家肌でポップ、そして人見知りの強い絵描きの自伝的エッセーだ。育ったのは神戸・新長田。「当時は映画館とかもいっぱいありましたけど、在日朝鮮人が多くて、赤線が近く、闇市の匂いが残っていた」 元馬小屋の幅1.5メートルの仕切りの中に一家で住んでいる友だちの話。十七、八歳の女性なのに道ばたでおしっこをする「おハルさん」と化猫映画を見に行った話。小学校の塀沿いに並び、鳴らない手作りの笛や、汚く写す転写薬を売る露店の話。悲惨にも暗くもなりそうな思い出が、マキさんの手にかかると、おかしくやさしく心をくすぐってくる。 これら後半部分は、1989年に出した本『ぼくのスクラップ・スクリーン』の再録だ。「愛憎半ばする故郷なのですが、今のほうが受け入れてもらえる気がして、どうしても入れたかったんです」 前半は1コマ集と、今回書き下ろした10代後半からの生活所感が収められている。早世したマンガ家、楠勝平との思い出が印象的だ。また、「『風の歌を聴け』の時に『最初の単行本の表紙はぜひマキさんで、が作者の希望なんです』と、編集者から電話があって」始まった村上春樹との交流にもさらりと触れている。 ◇佐々木マキ著、亜紀書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりマンガ家デビューから『やっぱりおおかみ』などの絵本創作の背景や『ガロ』で出会った人々との交流までを綴った書き下ろしエッセイ「ノー・シューズ」。神戸の下町で過ごした幼少期を描いたエッセイ「ぼくのスクラップ・スクリーン」。珠玉のエッセイと共に不思議な1コママンガの連作「スカラマンガ」も収録!<読む前の大使寸評>神戸・新長田といえば、ドングリ国の縄張りであるが・・・神戸にはニューカマーの大使が知らない昔のお話が、興味深いのです。それから、村上春樹との交流も興味深いですね。芦屋と神戸はお隣という関係からなんだろうか?この書評もドングリ国広報ドングリスタンへようこそ!に収めておきます。<図書館予約:未>rakutenノー・シューズ日本の色の十二カ月より<色の鮮烈さ、人の探求心と知恵:三浦しをん(作家) >著者は、江戸時代からつづく京都の染屋さんの五代目だ。天然染料を使って布を染めると同時に、伝統染織の研究にも打ちこんでいる。 その成果を、素人にも親しみやすいよう、季節にわけて綴ったエッセーが本書だ。カラー写真も多数掲載され、眺めるだけでもうっとりする。 さらに、著者の知識が半端ない。歴史、文化、行事、植物など、語られる範囲は多岐にわたる。たとえば、徳川吉宗は染色工房を作って、古い技法を再現しようとしたとか。「へえ!」と興味を引かれるエピソードばかりだ。しかし、著者の筆致は穏やかかつ淡々として、決して知識の「ひけらかし」感はない。 古代の庶民がどういう色の衣を着ていたのか、団栗(どんぐり)で実際に染めてみる項もわくわくする。どんな染めかたをして何色になるかは、読んでのお楽しみ。「色」というものの鮮烈さ、それを生みだす植物の懐の深さ、うつくしい色を求めつづけてきた人間の探求心と知恵のすごさを実感することができた。 ◇吉岡幸雄著、紫紅社、2014年刊<出版社説明>より「染司よしおか」五代目当主、吉岡幸雄が色を語りつつ、職人としてのその鋭い観察眼を通して、日本人の美意識の歴史を綴る歳時記である。 日本の四季にふれるにつけ、自然が鮮やかな色にあふれていることに、誰もが気づくであろう。その自然のなかに生まれ育まれてきた色を、布や紙に染め上げる、京都でも数少ない古代染めを生業とする著者が、古都の神社や寺院の祭事との係わりの中から日本にあふれている伝統の色を綴った。 <読む前の大使寸評>三浦しをんの書評ということで、取り上げた本です。染色の職人が語るエピソードということであるが…なるほど、いかにも就活作家が選びそうな本ですね。<図書館予約:未>rakuten日本の色の十二カ月 『日本の伝統色』という本もお奨めです。**************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本朝日デジタルの書評から48
2014.09.07
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先日、「日本極右に完敗した韓国極右」として、ハンギョレ新聞の記事を紹介したが・・・ハンギョレ新聞のジャーナリスト精神が当然というか、立派だと思ったので、もう一度紹介します。産経ソウル支局長を擁護しているわけではないが、反体制という立場から、こういう日本寄りの記事になるんでしょうね。8/26産経ソウル支局長告発で日本極右に完敗した韓国極右より<「国の品格」の座標は言論の自由> 国を愛して朴槿恵を愛する極右がそれで得たものは何か? 一国の大統領がその程度の極右新聞一つといざこざを起こして、何を得るというのだろうか? 見よ、むしろその告発で朴槿恵は消えかけていた件がぶり返したのみならず、大韓民国という国まで笑いものにさせてしまった。その告発には、すでに日本は言うまでもなく、アメリカと中国メディアまで飛びついた。外信版の常識から見れば、韓国大統領が関わったこの件を記事にしないソウル特派員はいない。ソウル外信版の動きが尋常ではないという声が、すでにバンコク外信版にまで広がっている。 今後、国内外のメディアが蜂の群れのように押しかける法廷でも大騒動だ。外信版ではこの件を朴槿恵の名誉よりは言論の自由の問題として扱っている。国際メディアというのは、お互いに政治的指向が異なり事業面では熾烈な競争を行うが、言論の自由の前では戦闘的な仲間意識を見せる習性をもつ。一国の大統領の名誉程度を言論の自由と交換する国際メディアはない。韓国の新聞社、通信社から次のように、オンラインで日本語の記事が配信されているので・・・韓国ウォッチャーの大使としても、愛読しているわけです。・朝鮮日報 :民族主義的・東亜日報/国際:リベラル・ハンギョレ:日本・国際:反体制・中央日報:国際・韓日:エンタメ?・聯合ニュース:韓国を代表する通信社日韓関係の記事では、各紙とも温度差があり、これを読み比べると、面白いのです。ところで、これだけ各紙が日本語で配信する効用とは何なんでしょうね?逆に、日本の新聞社が、ハングルの記事を韓国で配信しているんだろうか?このあと、調べてみます。しかし、ま~、朝鮮日報は、ハンギョレ新聞から極右と罵倒されているが・・・韓国人の激しい気性が表れているんでしょうね。
2014.09.06
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文芸春秋SPECIALといえば、このあいだ『米韓中 日本包囲網』を買っていたが・・・また買ってしまったか。なんか、文春編集部の狙い撃ちにあっているな~(笑)。ナショナリズムできしむ日中、日韓関係は、出版業界のドル箱になっているが・・・煽り立てるのは、どうかと思うけど。【新戦争論(文芸春秋SPECIAL:2014秋)】ムック、文芸春秋、2014年刊<「BOOK」データベース>より新刊雑誌のデータは出版社データしかないようです。<大使寸評>文芸春秋SPECIALといえば、このあいだ『米韓中 日本包囲網』を買っていたが・・・また買ってしまったか。なんか、文春編集部の狙い撃ちに遇っているな~。内容紹介は後ほどに。bunshun新戦争論(文芸春秋SPECIAL:2014秋)このムックの巻末が、緊急寄稿:エマニュエル・トッドが読み解く「21世紀の資本論」となっていて、エッジが立っているが・・・これが購入の後押しになったりするわけです(笑)。そのさわりを、紹介します。p241 ピケティは1000ページ近い「21世紀の資本論」によって、資本の集中化、労働の地位、それらから生じる所得格差についての歴史と理論を提示した。 舗石のような本で、その厚さと重さに腰が引けるが、一度ページをめくれば、心地よい驚きが訪れる。非常に読みやすい。しかも、そこにはピケティの文体がある。公平で、簡潔で、教育的で、柔らかく、体系的で、正確で、腰が据わっていて、皮肉たっぷりで、容赦ない。 アメリカの考え方はピケティを苦笑させ、私たちを笑わせる。アメリカの経済学者が格差を問題にしないのはなぜか? 答え:彼らが上位1%の給料をもらっているから。でも、決して上位0.1%にはなれない。彼らはより上位の富裕層に仕える番犬にすぎず、それ以上ではないからだ。このあいだ買った「文芸春秋SPECIAL:2014夏」です。【米韓中 日本包囲網(文芸春秋SPECIAL:2014夏)】ムック、文芸春秋、2014年刊<「BOOK」データベース>より新刊雑誌のデータは出版社データしかないようです。<大使寸評>この本では、内田先生の巻頭論文「ショービニスムと痩我慢」、与那覇潤、富坂總その他著名人のコメントがオンパレードで掲載されています。ところで、ショービニスムとはふつう「狂信的愛国主義」と訳されるそうです。(なるほど、勉強になるな~)平成ナショナリズムを説くこのムック本を、我が蔵書録のどの範疇に入れるか悩むわけです。・・・思想、歴史というよりは、軍事あるいインテリジェンスはなんでしょうね。bunshun(文芸春秋SPECIAL:2014夏)米韓中 日本包囲網byドングリこの手の本が本屋の店頭に溢れているので、ダボハゼのように食いつかないよう自制しているのだが・・・つい買ってしまった理由は、思想的バックボーンの強化を図るためとでも言っておきましょう(汗)。この本も蔵書録の 戦争、軍事関連の本に入れておこう。
2014.09.05
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「図書館予約」でしょうか。『朝鮮半島201Z年』と『街場の憂国論』は図書館に予約して、ゲットしたものです♪<市立図書館>・朝鮮半島201Z年・街場の憂国論・ストローハウスからの手紙<大学図書館>・キム・ギドクの世界・王と鳥 スタジオジブリの原点図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【朝鮮半島201Z年】鈴置高史著、日本経済新聞出版社、2010年刊<内容紹介>より中国が韓国を買収韓中連合艦隊が津軽海峡に迫るー。日経新聞ベテラン記者が描く迫真の近未来小説。【著者情報】鈴置高史1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。77年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(87~92年)、香港特派員(99~2003年と06~08年)。95~96年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、06年に東西センター(ハワイ)ジェファーソン・フェロー。「工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として02年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。<読む前の大使寸評>2010年刊の近未来小説であるが、著者の予想に時代が追いついた感があるのです。でも、昨今の日韓メディアの泥沼のような応酬、冷め切った両国の国民感情は、著者の予想を上回っているのではないか?日経のインタビュー記事なぜ韓国は中国についていくのかにも、鈴置さんが登場するが、チャイナウォッチャーとしても、なかなかの人のようです。rakuten朝鮮半島201Z年日経記者が描く近未来の朝鮮半島byドングリ【街場の憂国論】内田樹著、晶文社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より行き過ぎた市場原理主義、国民を過酷な競争に駆り立てるグローバル化の波、排外的なナショナリストたちの跋扈、改憲派の危険な動き…未曾有の国難に対し、わたしたちはどう処すべきなのか?日本が直面する危機に、誰も言えなかった天下の暴論でお答えします。真に日本の未来を憂うウチダ先生が説く、国を揺るがす危機への備え方。<読む前の大使寸評>このところ先生が世に出す本が多いので、おっつかない有様である。言ったもん勝ちの内田先生♪とのやっかみさえ出ているが・・・内田樹の研究室で述べられる内田先生の論説を読むたびにいちいち納得する大使である。評者の永江朗がさんが「内田樹人気を考える」という切り口で、この本をとりあげているが・・・・大使としても内田先生の人気の秘密が知りたいわけです。rakuten街場の憂国論街場の憂国論by永江朗街場の憂国論byドングリ【ストローハウスからの手紙】安西水丸著、毎日新聞社、1995年刊<「MARC」データベース>より青山あたりを「義仲」と名付けた自転車で走り回りながらふと思い出すこと。亡くなった父や母、そして子どもの頃…。花を揺らす微かな風のように、懐しい時間がいまも流れている。叙情が心にしみる最新エッセー集。<読む前の大使寸評>先日、お亡くなりになった安西さんのエッセイです。だいたい東京の人は馬が合わないけど、この人のスローペースがええでぇ♪Amazonストローハウスからの手紙【キム・ギドクの世界】チョン・ソンイル編著、白夜書房、2005年刊<「BOOK」データベース>よりベルリン、ヴェネチア、世界の映画祭を次々制覇。韓国映画界の奇才、キム・ギドク監督。その世界を完全解析した、全世界初のオフィシャル・ブック。遂に日本上陸。<大使寸評>この本に、キム・ギドクvs宮台真司の対談が載っているのだが・・・メイキング・オブ・『春夏秋冬そして春』のような対談になっています。宮台さんの突っ込みも、なかなかのもんやで♪Amazonキム・ギドクの世界キム・ギドクの世界byドングリ【王と鳥 スタジオジブリの原点】高畑勲×叶精二×大塚康生 著、大月書店、2006年刊<「MARC」データベース>より若き日の高畑勲、宮崎駿に影響を与えたとされる、1979年に完成したフランスのアニメーション映画「王と鳥」を軸に、アニメーションの魅力、作品に込められた意味、国家と個人の関係、そして今の日本について考える。<大使寸評>この本の前半は「王と鳥あらすじ」となっていて、上にアニメ画面、下にあらすじという絵本スタイルになっています…しゃれてまんな♪脚本にかかわったジャック・プレヴェールは『枯葉』の作詞で知られるが、脚本家が本業のようですね。まさにクロスメディアの芸術家なんだ♪ところで、大塚康生という人はアニメ「白蛇伝」の原画にかかわったアニメーターとのことで、おみそれしました。「じゃりン子チエ」の作画監督でもあったそうです。Amazon王と鳥 スタジオジブリの原点王と鳥byドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き72
2014.09.04
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。で、今後は「図書館予約の軌跡」としてフォローすることにしたのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。神戸市が複数買っている本でも予約順番が30を超えると、なかなか順番がまわってこないのです。(1ヶ月以上はかかるかも)<予約中>・眠る魚・世界で一番美しい猫の図鑑・謎の独立国家ソマリランド<予約候補>・ナショナリズム入門・中国と 茶碗と 日本と・トワイライト・シャッフル・クマムシ?!<予約分受取>予約していた以下の本を9/02受取り済み・朝鮮半島201Z年・街場の憂国論眠る魚より坂東眞砂子著、集英社、2014年刊<「BOOK」データベース>より 2011年3月11日。日本から遠く離れた南太平洋のバヌアツにも、地震による津波警報が出されていた。旅行ガイドや通訳をしながらこの島に暮らす伊都部彩実は、そのしばらく後、実父の訃報を受けて一時帰国する。 放射線被害について海外メディアが報じる危機感に反比例するかのような日本の実像、また、相変わらず保守的な家族たちの思考と言動に噛み合わない思いを抱きながら日々を送るうち、「アオイロコ」という奇妙な風土病の噂を耳にする。<読む前の大使寸評>この小説のジャンルは、私小説なんだろうけど・・・波乱万丈であり、政治性も帯びており、骨太の私小説ではあるな~♪郷土の作家ということで、彼女の作品を読み始めたのであるが、普遍性も申し分がないようです。<図書館予約順番:35(8/19予約)、予約#:>rakuten眠る魚世界で一番美しい猫の図鑑よりタムシン・ピッケラル, アストリッド・ハリソン著、エクスナレッジ、2014年刊<「BOOK」データベース>より本書は猫の魅力をたっぷりと語り、ヤマネコがいかにして野生生活を捨てて温かな家庭での生活を手に入れたのか、その歴史をひも解いていく。古代エジプトで生まれたしなやかな身体のアビシニアンに、知性の高さとシルバー・ブルーの被毛が際立つロシアンブルー。優雅で長い被毛の美しいバリニーズに、垂れ耳が愛らしいスコティッシュフォールド。50を超える猫種それぞれの歴史に隠された物語を美しい写真とともに紹介する。<読む前の大使寸評>愛猫家なら手放せない一冊になろうかと…横尾忠則が絶賛しているので、見てみたいですね♪<図書館予約順番:23(8/21予約)、予約#:>rakuten世界で一番美しい猫の図鑑【謎の独立国家ソマリランド】高野秀行著、本の雑誌社、2013年刊<カスタマーレビュー>よりルポルタージュといってもいいし、探検記といってもよい。冒険・政治経済・安全保障・国際問題・民族問題・海賊問題などさまざまなテーマが詰め込まれ、500ページほどの本がすいすい読める。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約順番:33(9/02予約)、予約#:>Amazon謎の独立国家ソマリランドナショナリズム入門より<読む前の大使寸評>評者が吉岡桂子記者ということで、とりあげた新書なんですが・・・・吉岡記者が選んだ本なら、「外れ」はないでしょう。とにかく、この本に戦争を防ぐ知恵を期待したいのです。<図書館予約:今後予約、予約#:>rakutenナショナリズム入門【中国と 茶碗と 日本と】彭丹著、小学館、2012年刊<「BOOK」データベース>より日本には、中国ではいつのまにか廃れてしまった「中国」があると、著者は説く。漢字、着物、端午の節句などの行事等々。しかしそれらの「中国」は、どこか姿を変えた不思議な「中国」なのだ。そして茶の湯に親しむなかで著者は、名物茶碗や国宝茶碗の多くが中国から渡来した唐物で、しかも中国には残されていないことに気づく。なぜ日本人は唐物を自らの“国宝”としたのか。なぜそれらの優品が中国には残っていないのか。中国と日本の間に横たわる広くて深い文化的差異の大海に漕ぎ出した、まったく新しい日中比較文化論の誕生である。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:今後予約、予約#:>Amazon中国と 茶碗と 日本とトワイライト・シャッフル より乙川優三郎著、新潮社、2014年刊<「BOOK」データベース>より老いた海女、落魄のピアニスト、ライムポトスと裸婦、家に辿りついた異国の女…。房総半島の小さな街で何かを見つけ、あるいは別れを告げようとしている男と女たち。夕闇のテラス、シングルトーンの旋律…。歓楽の乏しい灯りが海辺を染める頃、ありえたかもしれない自分を想う。『脊梁山脈』で「戦後」を描き、大佛次郎賞に輝いた著者の「現代」小説。<読む前の大使寸評>乙川優三郎著、三浦しをん評、図書館予約と個人的な一連の流れとなったのが『脊梁山脈』でした。(サヨカ)ということで、2匹目のどじょうを狙って、この本を取り上げたのです。<図書館予約:今後予約、予約#:>rakutenトワイライト・シャッフル【クマムシ?!】鈴木忠著、岩波書店、2006年刊<「BOOK」データベース>より乾燥すると樽型に変身!真空、高温、高圧、放射線にも耐え、レンジでチンしても平気。120年間水なしでも生き続ける生物がいる―?それは体長1mm以下の微小な生物・クマムシ。不死身伝説の真偽、18世紀からの研究の歴史、試行錯誤で飼育する笑いと苦労の物語など、生物研究のオモシロさ満載。身近なクマムシの観察方法や、ファン必見の図版も多数掲載。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:今後予約、予約#:>Amazonクマムシ?!図書館予約の軌跡2図書館予約の軌跡1図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム
2014.09.03
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いちばん最近、ユニクロを買ったのはいつだったか、記憶のかなたにあるが・・・リタイアしたあと、衣料品を買うのは、年に1回あるかどうかという年金生活のまっただ中にある大使である。 ところで、「無印良品」というブランドがあったが、今もやっているだろうか? 商品に「無印良品」というタグがついているわけでないので、ブランドと言えないのかもしれないのだが。また、貧乏人の味方とも言えるユニクロも、ブランドとも言い切れないな~。 「無印良品」とユニクロのマーケティングは、どう違うのか? なんか、まとまりのない思いが、頭の中をめぐるのだが・・・「消費者主体の消費文化とは何か」、「グローバルな商品開発は悪なのか」と言う切り口なら、これはまともな問題提起になるのではないか♪(へたな思念は、休むに如かずでんがな)図書館で「無印ニッポン」という本を借りて読んでいるのですが・・・堤清二vs三浦展の対談で、まさに、その消費文化が語られています。【無印ニッポン】堤清二×三浦展 著、中央公論新社、2009年刊<「BOOK」データベース>より T型フォードの発売からリーマン・ショックまで100年。自動車の世紀だった20世紀が終わり、消費文化は大きな曲がり角を迎えている。大流通グループ「セゾン」を牽引し、無印良品を生み出した堤と、地域の文化の衰退を憂慮する三浦が、消費の未来、日本の将来を語る。「これがいい」ではなく、「これでいい」という「無印」の思想は、企業主導ではない個人主体の生き方を勧めるものである。本当の消費者主権とは何か。<大使寸評>親子ほど歳がちがうお二人であるが、消費文化に対する鋭い嗅覚は同質であり、歳の差を感じさせない対談になっています。三浦展さんといえば、「ファスト風土化する日本」(2004年刊)という書名が秀逸だったけど、この「無印ニッポン」も、なかなかのものですね。Amazon無印ニッポンこの本で、無印良品、ハンズ、ユニクロのあたりを紹介します。<ハンズは生まれがいい>よりp110~112堤:無印ではいま、自分で家を作る、というのをやっています。三菱地所と組んで、窓のある家を作ろう、みたいな感じです。これはうまくいきますかね。三浦:うまくいくと思います、住宅は。一方、車は難しい。以前、日産のマーチを白くして「MUJICar1000」と言って売り出しましたが、おそらく全然売れなかったんじゃないですか。一台も走っているのを見たことがないから。堤:見ませんねえ。しかし、挑戦する姿勢そのものは評価したい。三浦:一方、ユニクロが、たとえばインテリアとかやるイメージはありませんね。それはなぜなんだろう。おそらく、ユニクロが対象といているのが、衣料品というモノそのものであって、「生活」全体ではないからではないかと。無印は生活、つまり時間と空間のイメージを内包しています。ユニクロは良くも悪くも着るものでしかないんですね。無印は当初から店内で、細野晴臣さん作曲のオリジナル曲をBGMとして流していましたね。CDにもまとまっている。時間と空間が初めから意識されているから、そこに音楽が流れるというのは自然なんですね。ユニクロがCDを出したとしても、どんな音楽なのか想像がつかない(笑)。そこが違う。堤:いま無印のセーターなんかはほとんどが素材の色です。いま迷っているのは、無地ならカラフルでもいいのだろうか、と。やはり、ユニクロはきれいですよ。色出しがうまい。ただ、どちらも模様はつけていない。そういう点でも、共通性はある。ユーザーの方は多少違っているのだろうか。三浦:多少ですね。ただ、マスでアンケートをするとあまり違っていない。どちらも、日本中にありますし。堤:もう一つの勢力としては、ハンズがある。大きく言って反体制の方に入るのは、ハンズ、ロフト、ユニクロ、無印。ちょっとずつ反体制の性格が違う。ハンズの場合、これは成功する、と思ったのは、創業のときから従来の流通小売業者が絡んでいないからです。つまり、経営は東急不動産。いままでの流通に無知な人がやった。そういう意味では、ハンズは生まれがいい(笑)。ロフトが一番専門代理店的で、反体制という意識は少ないかもしれない。三浦:無印の一番対極にあるのは何なんですか。堤:やはり海外のブランドですね。エルメス、ルイ・ヴィトン、サンローランなどのオート・クチュール。これは個人のデザイナーの名前抜きにはありえない商品ですから。三浦:それを一切消す。作品性を消す、ということですか。堤:そうなりますね。ただ無印の成功には、デザイナーの田中一光さんのセンスが支持されたから、という声もありました。わたしもそれは間違っていないと思います。三浦:田中一光さんは奈良の出身で、日本の伝統文化をたっぷり注がれて育ったデザイナーですね。堤:田中さんのデザインも、成功の一因だと思いますが、その反作用として、「無印というブランド」、というような扱いを受けることにもなりました。三浦:しかし、アートのお好きな堤さんが、なぜ無名性の商品にこだわったんですか。アートは人の名前がないと成立しないものでしょう。堤:アートに個人名がつくようになったのは、長い歴史の中で見れば、中世以降です。それ以前の作者は共同体でした。そのことをまず明らかにした上で言うと、わたしはアートの愛好家ではない。アートと深い関わりをもっていることは認めますが、アートはもっと不気味な恐いものです。 装飾品としての、言い換えれば、商品化されるために製造される作品は、アートとは別のものだと思っています。無名性の商品にこだわったのは、擬似アートが嫌いだからかもしれない。 サブカルチャーにはサブカルチャアーとしての役割があり、そしてそれは大事な役割だから、アートになってしまってはいけない、というふうに言ったらいいでしょうか。 ユニクロはブラック企業なのか、成功モデルなのか?この疑問が、このところの大使の関心時なんだが、この切り口で、この本を読みすすめたわけです。イケアの正社員化のニュースにもあるように、昨今の人材不足の状況ではブラックでは対応できないのかも。ところで、全国の「無印良品」の店舗一覧を見ると、兵庫県の「無印良品」は、わりと健闘しているようです。
2014.09.02
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北斎について、あれこれ集めてみます。北斎といえば『富岳三十六景』の知名度が高いが、大使の場合は、北斎の娘のお栄が気になったのです。杉浦日向子さんの漫画とエッセイにお栄が描かれているが、大使はここから北斎にアプローチしたわけです♪・北斎とお栄・アニメ映画『百日紅』・カラー版 北斎・北斎漫画を読む杉浦日向子著『大江戸観光』より、「北斎とお栄」を紹介します。<北斎とお栄>よりp90~93 文化14年初夏。浮世絵師・葛飾北斎の30数度目の転居先は浅草本願寺の南だった。 古くからの、いわば子飼いの弟子共が、毎度の引越しを手伝ってくれるから、北斎自身は何もすることはない。ただ、皆の押す大八車のあとを手ぶらでスタスタ行くだけである。 縄をかけたままの小山のような荷物を、新居に丸ごと運び込むと、引越しは完了する。 荷の中のどれかが必用になったたび、縄の隙からそれを取り出していく。そんな事をしている内に、ひと月程で小山は分解し、部屋は具合良くちらかるのである。 北斎の引越しは至って簡単だった。簡単なればこそ気儘に越すのでもある。荷は大八車1台。それも大半は、北斎が長年描きためて来た古今東西の景色や風俗等の資料で、他には少しばかりの画材である。 煮炊きはしないから鍋釜もない。もちろん縫箱もない。夜具布団さえない。 北斎が引越す第一の理由が「部屋がちらかり過ぎて絵を描く隙がなくなった」、つまり、掃除片付けをする位なら転居した方がマシという発想だから、ほとんど居抜きで出てくる。身一つで移れれば尚良いのだろうが、絵の道具だけはどうしても必要だ。家財道具などは何とでもなるのである。 引越して半日もすれば、北斎に義理を感じる版元の面々が挨拶に来る。荷の山を見て「オヤ先生、夜具はどうなさりました」と尋ねるお人好しがその中に一人は必ず居る。「ああ、置いてきた」度々の事とはいえ、引越しは引越しだから何か祝わにゃならない。かくして、その言い出しっぺは、夜具を背負って再訪するのである。(中略) 北斎には二男四女がある。お栄を除く5人はそれぞれ養子や嫁に行った。お栄は、娘として父の世話をするというのではなく、古株の門人として同居していた。 妙な親娘だった。お栄は北斎の事を通り名の「鉄蔵」と呼び捨てにし、父は娘の受け口の容貌から「アゴ」と呼ぶ。Amazon大江戸観光杉浦日向子のまんが『百日紅』に出てくるお栄を題材にしたアニメ映画ができるんだって・・・これは、個人的には必見ですね♪北斎の娘「お栄」がなんとアニメ映画『百日紅』になっちゃった…より 原恵一監督・プロダクションI.G制作で映画『百日紅 (さるすべり)』として2015年に公開と発表。 世界的にその名を知られる父・葛飾北斎の才能と破天荒な性格を受け継ぎ、「美人画にかけては応為には敵わない」と言わしめた "お栄" の生涯を、江戸風俗研究家でもある杉浦日向子原作でアニメ化。 漫画「百日紅」は、奇行の絵師として知られる北斎とお栄、武士を捨て、勝手に弟子として居候している池田善次郎ら、三人の身の回りに起こる不思議で怪奇な出来事を、江戸風俗と共にリアルに描写。原監督はそれを継承し、現実味のある時代劇にするそうだ。【カラー版 北斎】大久保純一著、岩波書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より「画狂人」と称した葛飾北斎(1760~1849)は、生涯自らの到達点に満足することなく、画業に専心し、多彩な作品を遺した。初期の役者絵から、美人画、摺物、読本挿絵、絵手本(北斎漫画)、風景画、花鳥画、そして晩年の肉筆画まで、傑作・代表作69点を収録し、その画業を江戸絵画史の中に位置づけながら、読み解く。<読む前の大使寸評>北斎と写楽といえば、ジャポニスムを代表する双璧であり・・・当時のブームは、クールジャパンの比ではなかったようです。この新書は、画像が多くて魅力的な解説書になっています♪Amazonカラー版 北斎この本から江戸期の出版文化のあたりを紹介します。<読本の一大ブーム>よりp60~62 宋理号を門人の宋二に譲って北斎を主号としてから数年、文化年間を迎える頃には、北斎の活動領域は狂歌絵本や刷物の他に、読本の挿絵や錦絵などへも拡大し、浮世絵師本来の活躍を取り戻すことになる。読本とは江戸中期から幕末にかけておこなわれた小説の一ジャンルで、勧善懲悪や仏教的因果応報の理念にもとづき、雅俗を折衷した和漢混交の文体を用いて複雑なストーリーを展開させるものである。その発生は上方で、中国の白話小説(口語や俗語で書かれた小説)の影響を受けて18世紀中頃に生み出され、やがて上田秋成の『雨月物語』や建部綾足の『本朝水滸伝』などが生まれた。 これに遅れて江戸では、18世紀末に山東京伝と曲亭馬琴により読本の執筆がはじめられ、文化年間(1804~18)になると、この二人の競作を軸に数多くの作品が生み出され、読本の一大ブームが訪れる。 毎丁(ページの表と裏)挿絵があり、絵と文が一体となって進行することを原則とする黄表紙や合巻などの草双紙とは異なり、読本は一冊あたり数図程度である。とはいっても挿絵をないがしろにしてよいものではなかった。(中略) 馬琴は知友の小津桂窓宛ての書簡に「よく見る人は、画はないがよしと申すも稀には御座候へども、貸本屋などは画を第一にしてかれこれ申し候よし」と嘆いている。本文に負けず劣らず、挿絵の善し悪しが読本の売れ行きを大きく左右したのである。鈴木重三氏は、読本の挿絵がしばしば本文が語っていない余情や余意を補う役目を果たしており、絵を見て文をよく読んでもらえない、あるいは挿絵があるために作者が胸の内に秘した趣向がばれてしまうなどとこぼした馬琴も、それだけにかえって作中における挿絵の機能を理解し活用していたと指摘している。 こうした事情から読本挿絵には、当時人気の浮世絵師が起用されている。誕生期から刊行点数の多い文化年間までの江戸の読本を概観すると、北斎とその門人の蹄斎北馬、歌川派の両雄である豊国と豊広らによって多くの挿絵が描かれている。 豊国は当時の人気ナンバーワンの絵師だけに衒いのない大衆的な作風で、その兄弟弟子の豊広は落ち着きと品位ある画風というように、挿絵にもそれぞれの長所を発揮しているが、緊張感ある描線と人物の姿態、緊密な構図が相まって生み出された絵の格調という点で、北斎が読本挿絵の最高峰であることを疑う者はいないであろう。<北斎漫画>よりp88~89 文化年間(1804~18)における北斎の画業の中で特筆すべきものとして、文化11年に有名な『北斎漫画』の刊行がはじまったことが挙げられる。『北斎漫画』は、「漫画」という題名がとかく誤解を生みがちであるが、今日でいうコミックのようなものではなく、絵を学ぶ際に用いる絵手本に分類されるべき書である。 江戸時代の後期は、本業、アマチュアを問わず、絵を学ぼうとする人の数が増えたため、絵手本の出版が流行した。一方で江戸時代には、小説類や実用書の挿絵としての絵を持つものではなく、絵が主体となった絵本や画譜なども数多く出版されている。それら鑑賞が第一目的と思われる絵本・画譜も、絵を学ぶ者の助けとなることを想定していることが多い。序文等から絵手本として出版したという意図が明瞭なものでも、運筆や彩色など具体的な描画法まで絵解きしたものもあれば、作画のための図様を提示したものもある。後者の場合は収録された個々の図の鑑賞性も高く、絵本・画譜との間の区別は実際には難しいことも少なくない。北斎が手がけた絵手本と絵本の間にもこうした境界のあいまいさはつきまとっており、後述するように絵手本を標榜した『北斎漫画』にも絵画としての完成度の高い図が多数含まれている。【北斎漫画を読む】有泉豊明著、 里文出版、2010年刊<「BOOK」データベース>より知るほどに面白い!江戸の話題作。マンガ(漫画)の名付け親、北斎が残した傑作に迫る。<大使寸評>北斎といえば『富岳三十六景』の知名度が高いが、『北斎漫画』も当時の江戸で人気を博したそうです。庶民の生活、好み、滑稽などを描いた画の数は膨大です。この本では目ぼしいものを取り上げて、楽しい読み物に仕立てています。Amazon北斎漫画を読む
2014.09.01
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