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図書館で「キム・ギドクの世界」という本を借りて読んでいるのだが・・・以前に観た以下のキム・ギドク作品とともに、紹介します。・春夏秋冬そして春・嘆きのピエタこの本に、キム・ギドクvs宮台真司の対談が載っているのだが、メイキング・オブ・『春夏秋冬そして春』のような対談になっています。宮台さんの突っ込みも、なかなかのもんやで♪p237~239宮台:まずは全体モチーフから。監督は従来、キレイごとでない性や暴力や苦痛などの「人の業」を衝撃的に描いてきました。『春夏秋冬そして春』は趣を変え、「世の摂理」を描いていますね。キム:『魚と寝る女』(2000)と『悪い男』(2001)は、人物に接近していくクローズアップの映画でした。これに対して今回の『春夏秋冬そして春』は、遠くから人間を眺めるワイドの映画です。人も風景の中の一部として描きました。今を生きるすべての人を描きたい。と同時に、すでに死んでしまった人たちについても、これから生まれてくる人たちについても物語りたい。そういう意図でこの映画を撮りました。宮台:評判の高かった『悪い男』から、モチーフを大きくシフトした理由は?キム:私自身の人生を振り返ってみると、欲望を達成する、多くの人に有能な人物だと認めてもらいたい、そのためにありったけの力を使って突っ走ってきた気がします。私は、フッとそういう自分を客観視する瞬間があって、自分は一体なんなんだろう、と。欲望しかないのかと思ったら悲しくなりました。それでカメラを自分に振り向けることにし、これまで他人に投げかけていた問いかけを自分自身にしてみました。宮台:次に表現手段です。監督の作品は“描かないことで描く”手法が一貫しています。『悪い男』では主人公ハンギの過去が不明でした。なぜ声が出ないのか。声が出せないこと自体も暗喩的ですが、声が出ない理由は描かれない。だから観客は想像するしかない。『春夏秋冬そして春』で言えば、秋のシーンで殺された妻とは誰か、殺しの理由は何かは、描かれない。描かれない部分を観客は想像力で埋めるしかありません。その結果、映画の物理的情報量をはるかに超えた体験を、観客自身の想像力が獲得されるのです。こうした表現手段をとる理由は?キム:普通、映画監督は、自分で物語をつくり出し、良し悪しを含めて判断をくだして物語を終わらせるものなのです。しかし、私はそのような手法は取りません。一種のパズルを完成させるように、残りの半分を観客が想像力で補ってうまく組み立てながら観る。観客と一緒になって映画を完成させたいのです。さっき『悪い男』が話題に上がりましたが、ハンギが一体何者なのか、どういう過去を経てきた人物なのか、観る人に任されているわけです。観る人の過去自体がハンギなのかもしれません。宮台:そうした手法で撮られた監督の映画は、観客にとって鏡の役割を果たします。監督が提示したパズルをどう解いたのかが、自己発見につながるようになっている。興味深い手法です。 次に内容です。『春夏秋冬そして春』は「起承転結」形式です。秋から冬が「転」。4人の登場人物は、春=幼子、夏=思春期の少年、秋=30前後の成人、冬=40代中年です。 をキーワードとすると、春の章はにエントリーする前の準備段階。夏の章では、欲望に目覚めて寺を脱出し、に参入する段階。秋の章では、人を殺して寺に逃げ込む、つまりから離脱の段階。ここで奇妙な写経を経て、主人公の服役が暗示される。冬の章では、刑期を終えた主人公が寺に帰還、厳しい修行に没頭する。再び春の章、寺を訪れた謎の女から幼子を引き取る、つまりへの再参入の段階。から離脱した男が、荒行を経てに帰還する。実に趣きの深い物語ですね。キム:宮台さんの解釈は、私の考えを正確に言い当ててると思います。しかし、多くの方はこの映画を観て、仏教の質問をされますが、私は仏教ではなく、人生についての映画だと思っています。春の段階は何も知らないために犯していまう罪や過ち、夏の段階は少し分別がついてきたが、それでも犯してしまう罪、秋の段階はさらに頭では分かってきているが欲望に勝つことができずに犯す罪、冬の段階は過ちを理解して反省した上で再び人生を歩み始める。これまでの人生は決して無駄ではなく、その過ちをよく理解するための段階だったのでしょう。私の場合、一押しの作品は(2作品しか観ていないので、一押しもないのだが)『春夏秋冬そして春』になるわけです。この映画はキム監督一連の作品とは趣きが違うようで、わりと東アジア色、宗教色が強いようですね。キム監督は、「仏教ではなく、人生についての映画だ」と思っているそうです。【春夏秋冬そして春】キム・ギドク監督、2003年制作、<goo映画解説>より春-深い山あいの湖に浮かぶ寺で、老僧と幼い見習い僧が暮らしている。幼子はふといたずら心で、小さな動物の命を殺めてしまう…。夏-子どもは青年になっている。そこへ同年代の女性が養生のためにやって来て、寺に暮らすことに。青年の心に欲望、そして執着が生まれる。秋-寺を出た青年が十数年ぶりに帰ってくる。自分を裏切った妻への怒り。老僧は男を受け入れ、荒ぶる心を静めるようにさとす。冬-湖面を氷が覆う。壮年となった男の前に、赤子を背負った女が現れる。そして春…。<大使寸評>韓国映画なるものは、この作品が初めてだったと思うが・・・・輪廻転生とか、韓国的な恨とか、東洋的な宗教テイストを感じたけど、良かった♪goo映画春夏秋冬そして春【嘆きのピエタ】キム・ギドク監督、2012年韓国制作、2014.5.27観賞<Movie Walker解説>より天涯孤独の借金取り立て屋と、彼の前に現れた母を名乗る女性との交流が導く思いがけない真実を、二転三転する物語の中に描いたサスペンス。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作。監督は「うつせみ」で同映画祭監督賞を受賞したキム・ギドク。出演はテレビドラマ『ピアノ』のチョ・ミンス、「マルチュク青春通り」のイ・ジョンジン。<大使寸評> 精神疾患による3年間の沈黙から復帰したキム・ギドク監督の最新作ということだが…2本立館でも見逃したから、大学図書館で観ることができました。「春夏秋冬、そして春」でも精神性と宗教性を感じたのだが、この作品でも同じように感じることが出来ました。とにかく、前半の血も涙もない暴力から、後半の贖罪に変わっていく切替えがあざやかだと思うのです。movie.walker嘆きのピエタ【キム・ギドクの世界】チョン・ソンイル編著、白夜書房、2005年刊<「BOOK」データベース>よりベルリン、ヴェネチア、世界の映画祭を次々制覇。韓国映画界の奇才、キム・ギドク監督。その世界を完全解析した、全世界初のオフィシャル・ブック。遂に日本上陸。<大使寸評>この本に、キム・ギドクvs宮台真司の対談が載っているのだが・・・メイキング・オブ・『春夏秋冬そして春』のような対談になっています。宮台さんの突っ込みも、なかなかのもんやで♪Amazonキム・ギドクの世界
2014.08.31
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28日放映のNHKの「プロ流儀」シリーズで種田陽平を観たのだが、妥協を許さないプロの厳しさが垣間見えたのです。種田に仕事を依頼したキアヌ・リーブスも絶賛していたが・・・とにかく、美術監督という職能を、世に認知させた種田陽平が、すごい♪ということで、過去の日記などから種田陽平の作品をあれこれ集めてみました。・スワロウテイル・見る人を「嘘の街」に誘う・フラガールとアリエッティ、そしてセデックバレ <スワロウテイル>移民と円盗、アゲハ蝶のタトゥー・・・・それから、種田がつくった阿片窟のような円都(イェンタウン)がすごい♪ストーリーがてんこ盛りだったが、映像美優先の映画だったんでしょうね。【スワロウテイル】岩井俊二監督、1996年制作、H24.7.24観賞<goo映画解説>より娼婦だった母を亡くして知り合いをたらい回しにされた少女は、胸にアゲハ蝶のタトゥーを入れた娼婦のグリコに引き取られた。グリコは歌手を夢見て“円都”にやって来た“円盗”で、2人の兄と生き別れになってからは娼婦を生業として生きてきた。グリコからアゲハという名前を貰った少女は、同じ“円盗”のフェイホンやランたちが経営するなんでも屋“青空”で働き始める…。<冒頭のナレーション>よりむかしむかし、“円”が世界で一番強かった頃いつかのゴールドラッシュのようなその街を、移民たちは“円都(イェンタウン)”と呼んだ。でも日本人はこの名前を忌み嫌い、逆に移民たちを“円盗(イェンタウン)”と呼んで蔑んだ。ここは円の都、イェンタウン。<大使寸評>中国人や韓国人の移民が流入して、阿片窟のようなイェンタウンが出現しています。“円盗”集団が村上龍の「歌うクジラ」を彷彿とさせるが、この時代は過去なのか、もうひとつの未来なのか?感覚的なシーンも良いのだが、ドラマ作りがやや冗長な感じもするのです。goo映画スワロウテイル <見る人を「嘘の街」に誘う>くだんの大学図書館で「ザ・マジックアワー」を観たあとに、この本を市立図書館で借りたのです。アトサキになるが、この本から先に紹介しよう。―物語をもとめて さまよい 風景と出あう―【TRIP FOR THE FILMS】種田陽平著、角川グループパブリッシング、2008年刊<「BOOK」データベースより>懐かしい場所が現実の世界に存在し続けることはない。けれど、映画の中では、いつまでも同じ世界が待っている。種田陽平がつくる映画の世界は、100年後も変わることなく、訪れる誰かを待っている。『不夜城』から10年―。1998年から2008年までの美術監督・種田陽平の仕事を、写真とスケッチと文で巡る不思議で濃密な映画美術の世界。 <大使寸評>パラパラと中を見れば、写真集のような構成になっていて、とにかく見る人を「嘘の街」に誘う美しい本です。KILL BILL、イノセンス、フラガール、ザ・マジックアワーなどのセットが印象的です。AmazonTRIP FOR THE FILMS後になったけど「ザ・マジックアワー」を紹介します。【ザ・マジックアワー】三谷幸喜監督、 2008年制作、H24.2.25観賞<大使寸評>種田の美術を見るつもりで、この映画をチョイスしたわけですが・・・・・内容は映画作りのようなお話になっており、「嘘から出たまこと」とでも申しましょうか。♪goo映画ザ・マジックアワー <フラガールとアリエッティ、そしてセデックバレ>H23.8.14 神戸市民として、老人割引の恩恵を受けようではないか・・・・というか高い住民税を払っているので老人割引の権利を行使しようと、暑いなか、「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」開催の県立美術館まで出かけたのです。(半額割引で600円)阪神岩屋駅で電車を降りたが・・・・炎熱煙る感じで、ま~暑いわ。甲子園の球児の過酷さが思いやられます。(この時期、昼間の移動は根性いるで)借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展より本展のサブタイトルは「現実と虚構の融合(フュージョン)」ですが、このアリエッティの家のセットは映画とテーマパークのセット製作の技術の融合だそうです。映画のセットは役者さんが演技するためのいわば背景、映像になった時の効果を考えて作られます。テーマパークはお客さまが主人公で、実際に見て触って楽しめる仕掛けが施されます。映像として映える背景と、実際に見て楽しめる工夫、この両方がアリエッティのセットの中では実現されています。アリエッティの家のセットがメインテーマなので、子供連れの観客が多く来ているが、大人もけっこう楽しんでいます。もちろん私も小人になった気分を体感できました。ところで、この種田陽平:主な作品を見れば、そうそうたる作品が並んでいます・・・・フラガール、アリエッティ、キルビル、イノセンス等々をつなぐのは、美術監督としての種田陽平だったんですね。フラガールは私の中の名画ランクでは上位にランクするけれど、あくまでも李相日監督の作品であり、美術監督のことを気にしたわけではなかったが・・・・確かにボタ山と炭住のセットには「根性入ってるで♪」とは思ったものです。「霧社事件」を描くSeediq Baleという台湾映画にも種田さんが参画しているようです。近日公開(9月公開)とのことなので、これは個人的には必見です。(監督は、『海角七号/君想う、国境の南』(2008年)のウェイ・ダーション。日本の植民地時代の台湾で原住民のタイヤル族が抗日蜂起した「霧社事件」(1930年10月勃発)を描いた作品だそうです)賽徳克 巴莱 (英題:Seediq Bale) 公式サイトは、台湾語と英語バージョンだけど、美術は言葉抜きでも、わかりますね。賽徳克 巴莱 (セデックバレ)日本語公式サイトの「今日の仕事状況」が映画制作のなんたるかがよくわかります。今日の仕事状況より 昨年マヘボ社での撮影最終日、月夜も静まる真夜中に戦場となったマヘボ社で最後の録音が終わった後、現場に残ったのは流木の燃えかすからかすかに聞こえる火の粉の音と崩れ落ちてゆく木々のくぐもり、ゆっくりと消えて行く音。そしてその場に立つスタッフの心に刻まれたなんとも表現しがたい複雑な気持ち、困難を乗り越えた達成感と同時に別れゆく友を見送るかのような...。 そのような思いを一つ一つの現場で重ねて行くうちに霧社街だけはどうしても残したい。 映画を見に来た人たちにも是非この地を訪れて何かを考える切っ掛けにそして、9月の映画公開前に当時の原住民の生活を体験したり文化や歴史などを学べる場所として、また映画を見た後に遊びに来れるようなそんな場所として残せればという思いからクランクアップから今までセットに手をつけずに保存をしてきました。 月日が経つごとに雨風により損傷が進む中各方面の関係者と協議を続けてきました。広大な土地に立つセットを維持するのは金銭的にも人資源的にも大変なことですが、現在私たちは文化と娯楽面を合わせ霧社街を文化園区として解放すると同時に、部落を一部分再現する事によって当時のセデック族の生活をかいま見れるような施設にするような方向で計画を立てています。海角7号byドングリ
2014.08.30
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今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「岩波新書」でしょうか。<市立図書館>・もっと面白い本・本は、これから・中国エネルギー事情・カラー版 北斎・無印ニッポン図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)なお北斎の本はこれで2回連続で取り上げたことになります。*************************************************************【もっと面白い本】成毛眞著、岩波書店、2014年刊<「BOOK」データベース>より「本がどんどん増えて困る」「給料がみるみる本に変わる」。大反響(悲鳴?)を呼んだ前作『面白い本』。「もっと面白い本が読みたい」「もっと面白い本を教えてほしい」。火のついた読書欲に“もっと”が止まらない。人間、宇宙、世界、歴史、芸術、科学。まだまだあります、面白い本。熱い要望にこたえて贈る、家計圧迫必至の第2弾。<読む前の大使寸評>成毛眞さんの選ぶ本は、教養というよりも面白さをねらっているところが、ええな~♪この新書が取り上げた本を、かたっぱしから図書館で予約するのも、ええかも。図書館で借るんだから、家計圧迫もないし…いいこと尽くめでんがな♪Amazonもっと面白い本もっと面白い本byドングリ【本は、これから】池澤夏樹編、岩波書店、2010年刊<「BOOK」データベース>よりグーテンベルク革命から5世紀。電子の端末が膨大なコンテンツから美しい「ページ」を開くこの時代、あなたにとって「本」とはいったい何か。それはいかに変貌するのか。書店・古書店・図書館・取次・装丁・編集、そして練達の書き手・読み手の位置から、鋭いアンテナの持ち主たちが応える―本の過去と未来を俯瞰する37のエッセイ。<大使寸評>本を愛してやまない著名人たちのエッセイ集であるが、電子書籍時代においても紙の本にこだわる共通のベクトルが感じられます。このあたりの人選が、編者の特権なんだろうけど、ええでぇ♪Amazon本は、これから本は、これからbyドングリ【中国エネルギー事情】郭四志著、岩波書店、2011年刊<「BOOK」データベース>より めざましい経済成長の続く中国は、いまや世界一のエネルギー消費国。「重厚長大」型経済の下、石油は国内生産では足りず、輸入に頼るとともに海外での開発・権益確保を推進、他方で石炭は環境汚染と地球温暖化への対応が問われている。さらに天然ガス、太陽光や原発も含め、この国の今後を左右するエネルギー事情を包括的に描く。<読む前の大使寸評>目次をながめると、石炭火力とか原発の章立てが目につくが…資源枯渇と環境破壊という両面で、これは地球的な脅威なんだろう。Amazon中国エネルギー事情中国、韓国の原発事情byドングリところで、中国人自身が信用しない中国製原発は、世界の脅威になるのでは?中国人が自国の原発を信用しない理由よりところで、中国では13基(総設備容量は1080万kW)の原子炉が稼働中で、建設中、あるいは計画中のものは計70基にのぼる。そして2050年までに230基(3億2400万kW)まで増やし、世界最大の原発大国となる計画だという。・・・・怖い!【カラー版 北斎】大久保純一著、岩波書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より「画狂人」と称した葛飾北斎(1760~1849)は、生涯自らの到達点に満足することなく、画業に専心し、多彩な作品を遺した。初期の役者絵から、美人画、摺物、読本挿絵、絵手本(北斎漫画)、風景画、花鳥画、そして晩年の肉筆画まで、傑作・代表作69点を収録し、その画業を江戸絵画史の中に位置づけながら、読み解く。<読む前の大使寸評>北斎と写楽といえば、ジャポニスムを代表する双璧であり・・・当時のブームは、クールジャパンの比ではなかったようです。この新書は、画像が多くて魅力的な解説書になっています♪Amazonカラー版 北斎【無印ニッポン】堤清二×三浦展 著、中央公論新社、2009年刊<「BOOK」データベース>より T型フォードの発売からリーマン・ショックまで100年。自動車の世紀だった20世紀が終わり、消費文化は大きな曲がり角を迎えている。大流通グループ「セゾン」を牽引し、無印良品を生み出した堤と、地域の文化の衰退を憂慮する三浦が、消費の未来、日本の将来を語る。「これがいい」ではなく、「これでいい」という「無印」の思想は、企業主導ではない個人主体の生き方を勧めるものである。本当の消費者主権とは何か。<大使寸評>親子ほど歳がちがうお二人であるが、消費文化に対する鋭い嗅覚は同質であり、歳の差を感じさせない対談になっています。三浦展さんといえば、「ファスト風土化する日本」(2004年刊)という書名が秀逸だったけど、この「無印ニッポン」も、なかなかのものですね。Amazon無印ニッポン*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き71
2014.08.29
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図書館で『もっと面白い本』を借りて読んでいるのだが・・・この本から図書館で予約したい本などを探してみたのです。【もっと面白い本】成毛眞著、岩波書店、2014年刊<「BOOK」データベース>より「本がどんどん増えて困る」「給料がみるみる本に変わる」。大反響(悲鳴?)を呼んだ前作『面白い本』。「もっと面白い本が読みたい」「もっと面白い本を教えてほしい」。火のついた読書欲に“もっと”が止まらない。人間、宇宙、世界、歴史、芸術、科学。まだまだあります、面白い本。熱い要望にこたえて贈る、家計圧迫必至の第2弾。<読む前の大使寸評>成毛眞さんの選ぶ本は、教養というよりも、もっぱら面白さをねらっているところが、ええな~♪この新書が取り上げた本を、かたっぱしから図書館で予約するのも、ええかも。Amazonもっと面白い本この本をざっと斜め読みしたんですが・・・大使が面白いと思った本は以下のとおりです。早速、図書館に予約するのがいいかもね♪・『京都人ブルース』京阪神エルマガジン社、2013年、p16・『クマムシ?!』岩波科学ライブラリー、2006年、p46・『謎の独立国家ソマリランド』本の雑誌社、2013年、p58・『137億年の物語』文芸春秋、2012年、p66・『中国と 茶碗と 日本と』小学館、2012年、p89・『大金持ちも驚いた105円という大金』三五館、2012年、p160このなかで『137億年の物語』については、大使は既に読んでいるんだが、大使お奨めということでリストアップしました。(読みどころを137億年の物語に示す)なお、『大金持ちも驚いた105円という大金』については、以下のとおり紹介します。古本の「せどり屋」稼業が興味深いのです。【大金持ちも驚いた105円という大金】吉本康永著、三五館、2009年刊<「BOOK」データベース>よりどんなピンチだって、ちょっとの工夫と行動で乗り越えられる!リストラ間近・還暦直前・月々ローン返済40万円…!崖っぷち予備校講師が選んだ手段は、ほんのちょっとした事だった。ヒント満載の、貧乏克服ノンフィクション。<読む前の大使寸評>古本の「せどり屋」稼業が興味深いのです。Amazon大金持ちも驚いた105円という大金「せどり屋」稼業とは何なのか?・・・・大使も古本屋に入ると、つい「せどり」マインドが働くのだが、成毛さんの説明を見てみましょう。<余禄>よりp159~161 当時、自分のブログからもっとも売れたのは、『地球最後の日のための種子』(スーザン・ドウォーキン著、文芸春秋)という本だった。ブログの読者がアマゾンからだけで190冊も買ったのだ。アマゾンの決済ではクレジットカードが基本だから、それを持たない多くの学生たちは書店で買うであろうし、社会人も書評を会社で読んでから帰りに近くの書店で買うこともあろう。それらを合計すると書評掲載日には500冊ほども一気に売れたと考えられる。 ブログで紹介して売れた本で、おそらく第一位と考えられるのは、『大金持ちも驚いた105円という大金』(吉本康永著、三五館)という本である。このいささか怪しげなタイトルの本は、「せどり屋」稼業をしている還暦近い男性による著作だ。自己破産を目の前にした東京外国語大学出身の予備校教師の選んだ副職が「せどり」だった。むかしの「せどり」とは、古本屋で値付けを誤った本を買い、それを他の古本屋に転売して小銭を稼ぐことであった。本の目利きによる利ザヤ稼ぎである。古本屋さんたちに嫌われていたものだ。 しかし、現代の「せどり」は古本屋の100円均一コーナーでブツを仕入れ、それをアマゾンなどのインターネット書店経由で個人に転売することである。おどろくべきことに、年に2000万円(2010年当時)も稼ぎ出す人がいるのだという。この本の著者もたった2年で見事にローン地獄から抜け出たそうだ。アマゾンなどで「マーケットプレイス」と呼ばれているコーナーは、そのせどり屋さんたちの仕事場である。 このように、コンテンツとしての本が電子化する前に、出版流通分野でインターネット化が進んでいる。ネット書評家やネットせどり屋が読者の購買行動を変えつつあるのだ。もはや、大企業社長の愛読書などありがたく新刊で買うということは遥か遠い昔のことになってしまった。ネット書評家のお薦め本を、インターネットから時価で買う、という時代が来ているのだ。商売人には向いていないと自覚している大使であるが・・・「本の目利きによる利ザヤ稼ぎ」なんてのは、いけるんとちゃうやろか?と思ったりするのです♪(そんな、甘いもんやおまへんで)ところで、ネットを巡っていたら、クマムシのサイトを見つけたのです♪クマムシ観察絵日記 より 低温にも負けず、高圧にも負けず、乾燥にも放射線の照射にも負けぬ、丈夫な体を持つものの、どこかかわいげのあるクマムシ。この魅力あふれる生きものを愛してやまない“クマムシマン”が絵とともにつづる、ある愛の記録。<著者:堀川大樹> 1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)の著書がある。クマムシの画像より微小動物「クマムシ」宇宙空間で生き延びたより 研究を行ったスウェーデンのクリスチャンスタード大学(Kristianstad University)のIngemar Jonsson氏が率いる研究チームによると、宇宙空間で動物の生存が実験で確認されたのは今回が初めてだという。
2014.08.29
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図書館で『本は、これから』というタイトルの新書を借りたのだが・・・池澤夏樹さん編集のこの本には、紙の本にこだわる本好きたちの共通のベクトルが感じられます。ということで・・・この本から気になるエッセイを三つ紹介します。紙の本と電子書籍の棲み分けは、かくあるべしという高説があったけど、ええでぇ♪<本の棲み分け:池内了>よりp4~8 原稿を書き上げて編集者に渡した直後に、「これを紙の本と同時に電子出版してはどうでしょうか」と持ちかけられた。考えてもいなかった思いがけない申し出なので躊躇していたら、追いかけて「宇宙に関する本には沢山のきれいな天体写真を使うことになるので、電子版の方が素晴らしい画像が使えて迫力が出ますよ」と言われる。私は、「本の体裁が決まってから判断しましょう」と言ってお茶を濁さざるを得なかった。 そもそも人間は有機物でできている。有機物とはカーボン(炭素)であり、本は紙に限るのである。その上、人間はアナログで物事を認識している。ある重要な事柄が何ページの何行目に書いてあったと覚えているのではなく、本の三分の二辺りのページの上から三分の一くらいのところにあったと記憶してページを繰り直すのが常であり、それを探し当てるのが楽しみなのである。ときには、線を引いたり片隅を折畳んだりして目印にし、その部分だけを操っては何度も読み返したりもする。そうすると妙に愛着が生まれて言葉が頭に染みこむというものである。 だから私は、シリコン製の電子画面とは性が合わない。辞書とか百科辞典のような、その場限りの知識を得るには電子書籍は便利だが、考えたり想像したりしながらページを操り、後戻りしたり飛ばし読みしたりしてから元に戻ってくる、というような読み方には電子本は不都合この上ないからだ。何しろシリコンは石頭だから融通が利かないこと夥しく、インターネットをしていても癇癪を起こして放り出す始末である。だからカーボン人間はシリコンとは折り合えない、電子書籍なんて文化を貶めるもの、と考えてきたのだ。 (中略) とすると、記録媒体としての電子書籍、自分の頭を鍛えるための紙の本という棲み分けができそうである。というより、それが必然のように思える。豆粒一つに百科事典全体が収まるような技術を利用しない手はないし、それこそが省資源となり文化の継承を確実なものとするからだ。辞書、辞典、読み捨て本、ノウハウ本などは電子書籍で十分その役を果たすだろう。それに対し、絵本、教科書、古典、哲学書などは紙の本であり続けるに違いない。むろん始めは両方で出版し、生き残ったものだけが紙の本として継続されることになると考えられる。過渡期に本の選別が進むのである。◇池内了:1944年生。総合研究大学院大学教授。宇宙物理学。『擬似科学入門』他。池内了という人、大使と同様に頑固なアナログ人間のようですね♪読書に関する長田弘さんのくどいような、ゆっくりした、次の提言が、ええでぇ♪<本を読む。ゆっくり読む。:長田弘>よりp56~57 限られることのない時間をもつ本を、人生という限られた時間しかもっていないものが読む。そのことを読書というのであれば、読書というのは限られた時間しか持たない人にとって、どうあってもきわめて限りある行為にすぎません。 すなわち、すべてを読むことなどできないということが、読むということのはじまっりにほかならないのが読書であり、一人一人にとっては、読む本、読んだ本というのは、読まない本、読まなかった本の膨大さによって、本という文化、読書という文化はつくられてきました。 本がつくってきた世界は、言うなれば、山なす不読の本によってできた世界であると言っていいかもしれません。 本のつくってきた世界の豊饒さというのは、読まれる本によってより、むしろ圧倒的に、読まれなかった数知れない本によって、つねに豊饒であり、豊饒でありえてきた世界だったからです。読まれない本、読まれなかった本なしに、本の世界はなかった。 本という文化、読書という文化は、そのような逆説的な本質によって豊かにされてきた文化であり、そうした逆説的な本質が見失われれば、本という文化、読書という文化が人間の持つ限られた時間にもたらしてきた、或る豊かな感覚もまた確実に失われます。 本という文化、読書という文化が人のもつ限られた時間にもたらしてきたのは、人のもつ限られた時間をことさらにゆっくり感覚させるような仕掛け、あるいは夢だったと言っても、まちがいではないでしょう。◇長田弘:1939年生。詩人。『読書からはじまる』他。次に最先端の電子書籍を見てみましょう。<電子書籍のもつ可能性:長尾真>よりp161~163 今日電子書籍についての議論が盛んである。将来はすべて電子書籍に移っていくとか、いや紙の本の出版は永久になくならない、物としての本、紙のもつ感触などは捨てがたいなど、いろんな議論が行われている。 しかし書籍の実質は書かれている/表現されている内容、すなわちコンテンツにあるわけで、それを表出するための媒体が時代とともに変わっていくことは避けがたい。 昔は竹簡、木簡、パピルス、粘土、そして羊皮紙が用いられたりしたが、紙が使われだし、これが世界的に広まって今日まで来ている。コンテンツを運ぶこういった媒体の歴史的な変化とともに、媒体にコンテンツを書き込む技術の進歩にも注目しなければならない。 墨と筆、版木や活字によるプリントの時代を経て、写真製版の技術などによって、表現されるコンテンツが文字や図、表からカラーの絵、写真というように豊かになってきた。 こういった流れから見ると、電子書籍は紙の世界のコンテンツのほかに動画像、映像、音声、音楽など、紙の世界では表現できない新しいコンテンツが扱えるわけで、書籍までがマルチメディア情報の時代になってきたといえよう。つまり新しい電子読書端末というツールのおかげで、表現したいコンテンツの世界が質的に一挙に拡大したのである。 現在出て来つつある電子読書端末はいくつかのカテゴリーに分類できるだろう。その第一は紙の書籍のページと同じものを表示する端末で、KindleやReaderなどである。これは第一世代の端末装置と言ってよかろう。 これに対して一歩進んだものは、表示文字の大きさを自由に変えたり、動画像や映像、音声、音楽など、マルチメディアを組み込んだコンテンツが扱えるもので、これは第二世代の端末装置である。今注目されているiPadはこのカテゴリーのものである。 端末装置としてこれで終わりかというとそうではない。次の段階のものは表示画面に対して読者が働きかける機能をそなえたもので、これを第三世代の端末装置と呼ぶことにしよう。 Kindleではキーボードから読者が働きかけることができるし、iPadでは指でページめくりをしたり、アイコンを選択して種々の機能を楽しむことができるなど、現在市販の端末装置でもある程度の働きかけの機能はもっている。しかし読んでいる部分にペンで下線を引いたり、コメントを欄外に記入したり、表示画面上で作文したり、図を描いたりするといった本格的な働きかけの機能をもったものはまだ作られていない。 このようなインタラクティブなシステムに関する研究はいろいろ進んでいるから、そのうちにこれらの機能も電子読書端末に組み込まれることになるだろう。 このように、表現したいコンテンツの多様性と、それを表現するために使われる装置の機能との間には密接な関係がある。したがって、紙の上に表現していたものを電子機器の上で同じように表現するという範囲で電子書籍を考えていては物事の本質を見失ってしまうだろう。グーテンベルグの印刷術はコンテンツを紙という媒体に移す技術の革命であったが、電子書籍の場合は著作物というものの内容・本質を根本的に変革する技術が出て来たということで大きな革命なのである。 これからの著作者はそれに応じてマルチメディアを十分に駆使し、読者とやりとりできる機能をもった作品を作る能力が要求されることになる。多くの場合、一人の人ではこの広い領域の技術をうまく使いこなすことが出来ないため、著者は映像や音、あるいはソフトウェアの技術を専門とする人達との共同作業が必要となる時代が来る。すでにまんが、アニメ、あるいはカラフルな雑誌などではこのような共同作業の著作が行われている。◇長尾真:1936年生。国立国会図書館長。情報科学。 コンテンツが大事なことは言うまでもないが、マルチメディアの電子書籍か・・・ああ、いやだ。 アナログな大使としては、進みすぎた技術は性に合わないのだ!【本は、これから】池澤夏樹編、岩波書店、2010年刊<「BOOK」データベース>よりグーテンベルク革命から五世紀。電子の端末が膨大なコンテンツから美しい「ページ」を開くこの時代、あなたにとって「本」とはいったい何か。それはいかに変貌するのか。書店・古書店・図書館・取次・装丁・編集、そして練達の書き手・読み手の位置から、鋭いアンテナの持ち主たちが応える―本の過去と未来を俯瞰する三七のエッセイ。<大使寸評>本を愛してやまない著名人たちのエッセイ集であるが、電子書籍時代においても紙の本にこだわる共通のベクトルが感じられます。このあたりの人選が、編者の特権なんだろうけど、ええでぇ♪Amazon本は、これから
2014.08.28
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。で、今後は「図書館予約の軌跡」としてフォローすることにしたのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・眠る魚・世界で一番美しい猫の図鑑・朝鮮半島201Z年・街場の憂国論<予約候補>・ナショナリズム入門眠る魚より坂東眞砂子著、集英社、2014年刊<「BOOK」データベース>より 2011年3月11日。日本から遠く離れた南太平洋のバヌアツにも、地震による津波警報が出されていた。旅行ガイドや通訳をしながらこの島に暮らす伊都部彩実は、そのしばらく後、実父の訃報を受けて一時帰国する。 放射線被害について海外メディアが報じる危機感に反比例するかのような日本の実像、また、相変わらず保守的な家族たちの思考と言動に噛み合わない思いを抱きながら日々を送るうち、「アオイロコ」という奇妙な風土病の噂を耳にする。父の遺言で、母が亡くなった後に父が交際していた女性に、代々の土地家屋を明け渡すことになり、思いのほか動揺する彩実。国に縛られない自由な生き方を望んで海外に飛び出したはずなのに、戻る場所を求めている自分に気づく。そんな折、口中の腫瘍が悪性と診断され、即刻入院となり、期せずして日本に留まることになるのだったー。<読む前の大使寸評>この小説のジャンルは、私小説なんだろうけど・・・波乱万丈であり、政治性も帯びており、骨太の私小説ではあるな~♪郷土の作家ということで、彼女の作品を読み始めたのであるが、普遍性も申し分がないようです。<図書館予約順番:35(8/19予約)>rakuten眠る魚世界で一番美しい猫の図鑑よりタムシン・ピッケラル, アストリッド・ハリソン著、エクスナレッジ、2014年刊<「BOOK」データベース>より本書は猫の魅力をたっぷりと語り、ヤマネコがいかにして野生生活を捨てて温かな家庭での生活を手に入れたのか、その歴史をひも解いていく。古代エジプトで生まれたしなやかな身体のアビシニアンに、知性の高さとシルバー・ブルーの被毛が際立つロシアンブルー。優雅で長い被毛の美しいバリニーズに、垂れ耳が愛らしいスコティッシュフォールド。50を超える猫種それぞれの歴史に隠された物語を美しい写真とともに紹介する。<読む前の大使寸評>愛猫家なら手放せない一冊になろうかと…横尾忠則が絶賛しているので、見てみたいですね♪<図書館予約順番:23(8/21予約)>rakuten世界で一番美しい猫の図鑑【朝鮮半島201Z年】鈴置高史著、日本経済新聞出版社、2010年刊<内容紹介>より中国が韓国を買収韓中連合艦隊が津軽海峡に迫るー。日経新聞ベテラン記者が描く迫真の近未来小説。【著者情報】鈴置高史1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。77年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(87~92年)、香港特派員(99~2003年と06~08年)。95~96年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、06年に東西センター(ハワイ)ジェファーソン・フェロー。「工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として02年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。<読む前の大使寸評>まず、図書館でこの本を探してみよう。<図書館予約:(8/26予約済み)>rakuten朝鮮半島201Z年街場の憂国論より『街場の憂国論』 内田樹著、晶文社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より行き過ぎた市場原理主義、国民を過酷な競争に駆り立てるグローバル化の波、排外的なナショナリストたちの跋扈、改憲派の危険な動き…未曾有の国難に対し、わたしたちはどう処すべきなのか?日本が直面する危機に、誰も言えなかった天下の暴論でお答えします。真に日本の未来を憂うウチダ先生が説く、国を揺るがす危機への備え方。<読む前の大使寸評>ブログ内田樹の研究室で述べられる内田先生の論説は、目を通していちいち納得する大使であるが・・・このところ先生が世に出す本が多いので、おっつかない有様である。評者の永江朗がさんが「内田樹人気を考える」という切り口で、この本をとりあげているが・・・・大使としても内田先生の人気の秘密が知りたいわけです。<図書館予約:(8/26予約済み)>rakuten街場の憂国論ナショナリズム入門より<読む前の大使寸評>評者が吉岡桂子記者ということで、とりあげた新書なんですが・・・・吉岡記者が選んだ本なら、「外れ」はないでしょう。とにかく、この本に戦争を防ぐ知恵を期待したいのです。<図書館予約:今後予約>rakutenナショナリズム入門図書館予約の軌跡1図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム
2014.08.27
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図書館で「黒田官兵衛―稀代の軍師」という本を借りたのは、まず第一に、大河ドラマ放映中というミーハーな理由であり・・・・それから、播磨の英傑・黒田官兵衛を知っておきたいわけです。なんといっても、ドングリ国は播磨のお隣であるからです♪この本には「官兵衛を歩く」という神戸新聞連載記事のコーナーもあり、大使もそのうち官兵衛ゆかりの地を訪ねようと思っているところです。【黒田官兵衛―稀代の軍師】播磨学研究所編、神戸新聞総合出版センター、2008年刊<「BOOK」データベース>よりデータ無し<読む前の大使寸評>大河ドラマ放映中でもあるが・・・播磨出身の黒田官兵衛の足跡をたどるには、播磨に隣接するドングリ国は絶好の地に在るわけです♪大使は関西ネイティブではないのだが、この歳にもなると、ご当地の播磨気質なども、気になるのです。Amazon黒田官兵衛―稀代の軍師ドングリ国の民としては、黒田官兵衛と播磨とのつながりについて、まず知っておきたいのです。<近江、備前福岡、そして姫路:橘川真一>よりp68~71 姫山には、おそらく御着城の支城みたいなものがあったのでしょう。重隆は大百姓の竹森新右衛門のところに身を寄せますが、わずか一振りの太刀と一領の甲冑が武士の面影をとどめているだけだったとあります。その日の暮らしにも困る有様でしたが、ここで黒田一族の力が発揮されるのです。司馬さんは、黒田一族は商才に長けていたのではないかというのです。商売上手で合理的だったとあります。 そんななかで姫路・広峯神社と御師たちを知って、結びついていきます。御師は、神主に仕える一種の布教者で、御札(神符)を配って歩いていました。重隆は、御札に付ける薬の調合を頼まれます。幸い黒田家には家伝の目薬があり、これが大変な人気になりました。黒田家はこれによって、財を蓄え、のちの基礎を築くのです。 兵庫県の南部辺りの民俗調査をしていますと「広峯講」という村組織に出くわします。この「広峯講」というのは最近までありました。30年以上前になりますが、地域の調査をしたときのことです。稲の豊作を祈るのに広峯神社へ行って御札をもらい、それを貼っておく習慣がありますが、これを司るのが「広峯講」でした。官兵衛の当時、広峯神社は強い勢力を持っていたと思われます。御師の屋敷跡が今でも少し残っていますが、その御師たちが御札を持って回っていく広峯の勢力は、相当広い範囲に広がっていた、ほぼ播磨全域から周辺地域まで広がっていただろうと思います。 ここで出てくるのが目薬です。「玲珠膏」と呼ばれ、蛤の殻の中に軟膏を入れたものです。この話は『黒田家譜』などには記録されていません。だが、広峯神社では明治初めまで扱っていたようです。 当時の播磨は、三木城の別所氏がいちばん大きな勢力でした。中播は小寺氏、西播は赤松氏の諸流が支配していました。すべて赤松一族ですが、この三つの勢力が争ったり、あるいは共同してことに当ったり、そんなことを繰り返してきたようです。姫路へやって来た黒田家は、小寺氏に仕えて家老職になり、姫路城主にまでなっていきます。そういうときに三木合戦が起こったのです。 播磨の有力者、別所、小寺、赤松は、はじめは織田信長につきます。織田信長は天下統一を果たすために、西国の毛利氏と大坂の石山本願寺の二つを攻めることになります。この毛利攻めの先陣だったのが別所、小寺、赤松だったわけです。信長はこの3人を京都に呼んで馬などを与え、味方につけます。ところが総大将としてやって来た羽柴秀吉が播磨に入ると、別所が叛乱し、小寺も叛く、ということになっていきます。播州が全部、信長に反旗をひるがえしたのです。このときただ一人、秀吉についたのが小寺氏の家老であった黒田官兵衛でした。 こうして官兵衛は西国攻めのなかで頭角を現していきました。司馬さんは、官兵衛の近代的な考え方が、その第一の理由だろうと言っています。官兵衛の頭の働きは商人の働きで、非常にクールで取引が上手、そして相手と自分の欠点・長所をよく見る頭があったといいます。そして、日本が戦国の群雄割拠で千も二千もの小地域に分かれているよりも、一つの地域になったほうがいいという感覚を持っていました。さらに播州の平定をせねばならない、それができる器量のあるのは別所でも毛利でもなく、織田信長だと考えていたのです。 こんな近代的な考え方が官兵衛を武将として名を上げる人にしていったのだろうと、司馬さんは語っています。私もそうだろうと思います。秀吉側に付いてから官兵衛の戦略がはじまったのでしょう。<秀吉と官兵衛と半兵衛:加来耕三>よりp227~229 信長支持を打ち出した官兵衛でしたが、それでも信長からすると、たくさん来た使者の一人でしかありませんでした。信長の文献に、官兵衛が出てくることはほとんどありません。 しかし、摂津守護の荒木村重を差し置いて、その西の中国方面軍司令官のポストを射止めた秀吉からすれば、官兵衛はどうしても必要な人間でした。 さて、そんな官兵衛は性格的にどういう人間だったのでしょうか。講座のタイトルに「」とありますが、軍師には二通りあります。裏の裏を取る、心中の信用できない人と、逆にまっすぐな人です。まっすぐな人は嘘を言わず信用を得やすいので、実は術をかけやすい。官兵衛も、このタイプではなかったか、と私は思います。また、30歳になるまで、小寺という小さい世界しか知らなかった官兵衛は、世間というものがわかっていませんでした。これが、官兵衛のいいところでもあり、悪いところでもあったように思います。 天正6年(1578)11月、官兵衛が、謀反を起こした荒木村重を有岡城へ説得に行って捕まり、幽閉されるという事件が起きました。 おそらく秀吉が官兵衛に、「頼むから有岡城に行ってくれ、お前が行けば村重は考え直すかもしれない」ということを言ったのでしょう。秀吉という人は、だいたい狡いのです。目立つとところは自分でやりますが、危ないところは全部、人にやらせます。さらに官兵衛は主君の小寺政職からも頼まれました。小寺と荒木は裏でつながっていましたから、行けば殺されるとわかっていて、頼んだのだと思います。 しかし官兵衛にしても、行けば殺されるとわかっていながら、行ったのではないでしょうか。一方で、自分ほどの人間が行けばなんとかなるとも考えていた、そういうふうに、わかっていながら行ったところに、官兵衛の若いがゆえの欠点がありました。 信長は、有岡城からいつまでたっても出てこない官兵衛を疑いました。「殺されて死体が出てきたのでもない、きっと裏切ったのだろう」。官兵衛は、本来、政職が人質を出すべきところを、自分のたった一人の息子をかわりに、人質として信長に出していました。松寿丸、のちの黒田長政です。信長は秀吉に、松寿丸を殺せと命じました。従わなければ、今度は秀吉が疑われます。この松寿丸の危機を救ったのは、竹中半兵衛でした。秀吉ではありません。半兵衛が秀吉の身代わりとなって、信長の責めを一身に負い、死ぬことを前提に、松寿丸をかくまい、そのおかげで長政は生き残りました。 これは、のちの関ケ原の戦いを解析する際の、重要なポイントです。徳川家康の東軍が勝てた最大の理由は、黒田長政にありました。長政が福島正則以下、豊臣恩顧の武断派大名をことごとく、家康方に引き入れたから、家康は勝てたのです。長政はおそらく、自分が秀吉に殺されかけたことを知っていたのでしょう。このとき長政は、西軍に付いた半兵衛の息子、重門を説得して東軍に付け、竹中家を救ってもいます。長政は半兵衛への恩義を忘れていませんでした。歴史は連続性のなかでとらえられるべきです。点でとらえては、わからなくなります。なぜ、この人はこのときこんなことをしたのだろう、たとえば、なぜ、長政は関ケ原で東軍に付いたのだろう、その時点に答えはありません。答えはすべて、過去の中にあるのです。 竹中半兵衛は、よりたった2歳年上なだけですが、よくできた人でした。<あとがきに代えて:橘川真一>よりp276~277 姫路城の「お城まつりパレード」で、黒田官兵衛ら黒田武士の行進が人気を集め、沿道の喝采を浴びている。姫路城で生まれた、たった一人の姫路城主・官兵衛がやっと陽の目を見たような気がする。これまであまり顕彰されなかったのは、どうしてなのか不思議でもある。2006年には、生誕460年を迎え、九州・福岡では盛大な展覧会や記念行事が行われたという。播磨でも「黒田武士顕彰会」が設立され、記念フォーラムや、ゆかりの地をめぐるバスツアーなどが催された。やっと官兵衛の顕彰がはじまったといえる。 戦乱に揺れた播磨で、守護にまで登りつめた赤松円心と双璧をなすのが黒田官兵衛である。中世から近世へと日本が大きく変革していった時代に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という英傑に仕えて、大きな役割を果たした。小さな国人領主だった御着城の小寺政職の家老から身を起こし、信長の播磨攻めでは秀吉の参謀として活躍、三木城の干殺し、備前・高松城の水攻め、そして中国大返し、明智光秀との山崎の合戦、秀吉の天下取り、その背後にはすべて官兵衛の知略があったといわれる。 人生の三分の二、40年近く播磨で暮らした官兵衛は、生粋の「播磨人」だと言える。それ故に、多くの播磨の武士たちを登用し、その力を借りて大きな仕事を成し遂げたのである。初めて西国の雄・毛利氏の大軍を打ち破ったのは姫路・英賀であり、城を築いたのも姫路・国府山城で、初めて大名になったのも宍粟・山崎であった。豊かであった播磨を足掛かりにして、名将としての名を上げていくのである。そこには「播磨人」としての気骨と、誇りがあった。 播磨学研究所では、これまで『風は悪党の背に』『赤松一族の盛衰』『播磨戦国史群雄たちの興亡』など、中世を舞台にした講義録を出版してきた。2007年には、黒田官兵衛に焦点を当てた特別講座を開催、この本はその講義録である。
2014.08.26
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朝日デジタルに契約し、書評や論評などをブログに取り込んで利用しているのだが・・・朝日デジタルに契約したあとも、アナログな新聞スクラップは増えこそすれ、いっこうに減らないのだ。その結果、本棚には新聞スクラップのクリアファイルが増えてきたが、こんな紙の情報は断捨離すべきなんだろうか?ファイルは増える一方であるが、大使の年齢から考えると、収集・保存から整理、捨てるに移行する時期になっているはずである。・・・ということで、【思考の整理学】という本から「すてる」のあたりを、引用します。<すてる>よりp131~133●ガラクタの整理ですら、あとになって、残しておけばよかったと後悔することがある。まして、知識や思考についての整理であるから、ひょっとしたら、あとで役に立つのではないかと考え出したら、整理などできるものではない。それでも知識の或るものはすてなくてはならない。それを自然に廃棄していくのが忘却である。意識的にすてるのが整理である。 ●整理とは、その人のもっている関心、興味、価値観によって、ふるいにかける作業にほかならない。●たえず、在庫の知識を再点検して、すこしずつ慎重に、臨時的なものをすてて行く。やがて、不易な知識のみが残るようになれば、そのときの知識は、それ自体が力になりうるはずである。【思考の整理学】外山滋比古著、筑摩書房、1996年刊<「BOOK」データベース>よりアイディアが軽やかに離陸し、思考がのびのびと大空を駆けるには?自らの体験に則し、独自の思考のエッセンスを明快に開陳する、恰好の入門書。<大使寸評>単なるハウツー本というよりは、もっと知的なエッセイという感じがするわけで…なにより、クリエイティブなところが、ええでぇ♪rakuten思考の整理学ところで、朝日デジタルには「気に入り記事をスクラップ」という機能があるけど、試してみるか♪気に入り記事をスクラップより気に入った記事をスクラップして、保存しておくことができます。さらに、スクラップした記事に付せんを付けて備忘録にも使えます。スクラップ記事とメモは、ネット上の保管庫(クラウドサーバー)に保存され、通信環境があれば、パソコン版でもiPad版やiPhone版、Android版でも共有して閲覧できます。iPad版やiPhone版、Android版では、スクラップブックに保存した記事の検索も可能です。 断捨離あるいはスクラップの厳選が必用となるのは目に見えているわけであるが・・・とりあえず、webデータと紙の二本立てで保管しておくことにしよう。一方が無くなった場合のバックアップにもなるし。・・・結局、断捨離については、当分お預けでおます♪断捨離の履歴です。断捨離できない2013.09.16
2014.08.26
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本屋で「週間エコノミスト8/26特大号」を手にして、「水素・シェール・藻」という特集を立ち読みしていたら、これはじっくり読んでみたいと・・・・ふだん買うことのないこの週刊誌を、つい買ってしまったのです。特集記事の一部を紹介します。<ブームに沸く水素ムラ>p19より 水素は石油やガスなどの一次エネルギーとは異なり、自然界に単体では存在しない二次エネルギーだ。石油やガスなどから取り出す水素は貯蔵・運搬が可能で、必要に応じて電機に変換できるという特徴がある。だが、二次エネルギーの水素に「シェール革命ほどのインパクトはない」と見るエネルギー専門家は多い。 それでも、日本が官民挙げて水素社会を推進するのは、二酸化炭素(CO2)排出がゼロの「究極のエネルギー」になる可能性があるからだ。 現在、水素は化石燃料から作るのが一般的だが、将来的には低品位の石炭や、自然エネルギー由来の電力を使って取り出すことが期待されている。水分が多い褐炭は豪州やインドネシア、ドイツ、中国などに豊富にある。水素を作る時に排出されるCO2を地中に埋める「CCS(二酸化炭素貯留)」を実用化できれば、CO2排出もゼロにできる。すでに、川崎重工業が豪州で計画しており、17年に実証試験を始める予定だ。 中長期的には「砂漠のど真ん中に建てるメガソーラーや未利用の水力発電の電力を使って、水の電気分解から水素を取り出し、液化して日本にもってくる」(資源エネルギー庁)ことも可能だ。 そして、最終的には「国内の自然エネルギーを使って水素を作れるようになれば、エネルギー輸入量を少しでも減らせる」(自民党の福田議員)という未来図も見えてくる。本田技術研究所の森谷上席研究員は「CO2とエネルギー安全保障の双方で水素以外に解決法があるなら、とっくにFCVの研究開発は止めている」と言い切る。 水素社会実現には産業政策という現実的な側面もある。国内企業が持つ水素・燃料電池関連の特許は世界一だ。とくにトヨタ自動車、ホンダが持つ燃料電池、水素関連の特許の数と質の高さは他国の追随を許さないと言われる。 自動車は日本を支える中核産業だ。だからこそ、「官民挙げてFCVの研究開発と普及に取り組む必要がある」(和光大学の岩間教授)。しかも水素・燃料電池は家庭用、輸送、インフラなどを含めると国内の裾野産業は広がる。 産業として成長すれば多くの雇用が見込めるうえ、水素発電やサプライチェーンの構築のために膨大な社会システムが必要になる。その先には「インフラのシステム輸出で新興国に売る」という壮大な夢もある。「水素ムラの住人(水素推進派)は、15年を水素元年にする、と盛上がり過ぎている」とささやかれるほど、水素への熱は高まる一方だ。 たしかに水素・燃料電池に関する技術の多くは開発途中であり、本格的な水素社会の到来は20年以降になると見られている。とはいえ脱化石燃料、資源の輸入依存度低下は日本にとって見果てぬ夢だ。この記事で水素ムラという言葉が表しているのは、産官学には政治的な負の側面を持つという意味であるが・・・その危惧があるにしても、日本の生き残りをかけてチャレンジする必要はあるのでしょうね♪次に水素社会実現の課題ですが…水素ムラを構築する由縁なのかも。<次世代エネの本命だが>p28~29より 燃料電池は素晴らしい分散型エネルギーシステムである。水素と酸素を供給すると、発電機を介さないで電力と熱を同時に発生する高効率なコージェネレーションシステムである。運転時には二酸化炭素(CO2))を発生せず、排出物は水だけである。 さらに、小型のスマホ用電源から、中型の家庭用燃料電池、大型の発電施設用まで、幅広い用途に対応できる。 燃料となる水素はさまざまな調達方法があり、現在の化石燃料に対してエネルギー安全保障に対応できる有望な燃料となる。 だからこそ次世代自動車、スマートハウス、モバイル電源、スマートグリッドなどの高性能エネルギーシステムの一角として期待されている。 しかし、ビジネスチャンスの裏には、現実に開発し需要を開拓していくうえでの壁がある。1.燃料としての有用性、2.用途の開拓、3.インフラの整備―という三つの壁である。(中略) さなざまな用途のための水素の取扱いではまだ不便も多い。屋内施設では強制換気などの対応が必要であり、法的には「高圧ガス保安法」「消防法」「建築基準法」などの規制が適用される。安全性、経済的な水素の調達もまだまだ不明である。つまり商業採算に乗るエネルギーとして確固とした地位は築けていないのである。(中略) 燃料電池車の普及に向けた最大の課題は、正にその水素ステーションという膨大なインフラシステムの整備だろう。さらに水素の製造・調達から貯蔵・輸送のシステムまでをどう整備していくか、という問題がある。これこそが普及に向けた最大のテーマといえる。(中略) 燃料電池の最適な需要はやはり、都市ガスインフラをベースとする家庭用・業務用・産業用などの定置型システムで高効率なコージェネレーションシステムや安定電力供給を目的とする場合である。 さらに有望な需要先として将来が期待できるのは水素システムの有効活用による「水素発電」と「水素蓄電」である。(中略) 今後の水素・燃料電池市場は、三つの壁を超えながら、大量に消費できる有望な需要先を見据え、展開できるかどうかが水素社会実現のポイントとなるだろう。【週間エコノミスト8/26特大号】週刊誌、毎日新聞社、2014年刊<毎日新聞社の紹介>より◇特集:水素・シェール・藻◇悲願の燃料電池車発売 ブームに沸く“水素ムラ” 次世代エネルギーの本命候補として、水素への期待が高まっている。 政府は4月の「エネルギー基本計画」に水素エネルギーの活用促進を盛り込み、6月24日には経済産業省が水素と燃料電池(水素から電気を作る機械)の普及ロードマップを公表。2015年度までに100カ所の水素ステーション整備、20年ごろには家庭用燃料電池(エネファーム)の累計140万台普及を掲げた。 <大使寸評>“水素ムラ”の実態がよくわかります。それと、シェール革命、燃料電池、バイオ燃料なども載っているので、つい買ってしまった。水素はアベノミクスの「第3の矢」の目玉とも言われているが、“水素ムラ”と言われる由縁なのかも。economist週間エコノミスト8/26特大号プロジェクト推進のために、お役所は先ず特殊法人をつくることになるのだが・・・昨今ではこれをムラと称して、国民はきつい目を向けるわけです(笑)水素ムラの場合、水素供給・利用技術研究組合なんてのがあるけど・・・・この法人は関連企業の同志的結合のようで、お役所からもらう補助金を配分、享受する組織かもしれません。水素供給・利用技術研究組合概要より<技術研究組合とは> 産業技術に関する試験研究を共同して行うことを目的に、技術研究組合法(昭和36年5月6日法律第81号)に基づいて設立された法人です。組合に参加する企業等の同志的結合の組織であり、試験研究を共同で行い、その成果を組合員が享受し合うことで組合員の共同利益を追求するという性格を有しています。この記事も個人的エネルギー政策7に収めておきます。
2014.08.25
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「漫画&イラスト」でしょうか。<市立図書館>・サイバラ絵日誌・佐野洋子対談集・人生のきほん・黒田官兵衛―稀代の軍師・間違いだらけのエコ生活<大学図書館>・北斎漫画を読む・造園がわかる本図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)西原&佐野という大物どうしの対談が圧巻ですね。なお佐野洋子の本はこれで3回連続で取り上げたことになります。*************************************************************【サイバラ絵日誌】西原理恵子著、双葉社、2012年刊<「BOOK」データベース>より愛と毒のイラスト集。これぞ真の「毎日かあさん」だ!家族のことはもちろん、噂の恋人や著名人との交友、旅行話も満載。<大使寸評>「毎日かあさん」の連載で日本中で認知されたのが大きかったが、もともと酒飲みでバクチ大好きのハチキンやでぇ♪この本も「鳥頭ワールド」に収めておきます。Amazonサイバラ絵日誌【佐野洋子対談集・人生のきほん】佐野洋子著、講談社、2011年刊<商品の説明>より「生きることは、死ぬまでの暇つぶし」 「100万回生きたねこ」を通してめぐりあった佐野洋子V.S.サイバラ&リリー。抱腹絶倒トークの向こうに、「生」への真摯な思いが炸裂! 生前最後の肉声。<大使寸評>武蔵美の先輩、後輩であり、西原&佐野という大物どうしの対談が圧巻ですね。佐野洋子は親子ほど歳がちがうサイバラには、1目置いているようです。また、リリー・フランキーも武蔵美出身だから、武蔵美の同窓会のような本になっています。ところで、リリー&佐野の対談は母親がメインテーマの対談になっていました。つまり『東京タワー』&『シズコさん』というわけですね。Amazon佐野洋子対談集・人生のきほん【黒田官兵衛―稀代の軍師】播磨学研究所編、神戸新聞総合出版センター、2008年刊<「BOOK」データベース>よりデータ無し<読む前の大使寸評>大河ドラマ放映中でもあるが・・・播磨出身の黒田官兵衛の足跡をたどるには、播磨に隣接するドングリ国は絶好の地に在るわけです♪大使は関西ネイティブではないのだが、この歳にもなると、ご当地の播磨気質なども、気になるのです。Amazon黒田官兵衛―稀代の軍師黒田官兵衛―稀代の軍師byドングリ【間違いだらけのエコ生活】武田邦彦著、主婦と生活社、2008年刊<「BOOK」データベース>よりマイ箸・エコバック・リサイクル…国民の善意のエコ生活、実は全部ムダ!?ウソにまみれた環境問題の真実が明らかに。<読む前の大使寸評>地球温暖化、エネルギーミックス、リサイクルなど、いずれもこれだ!という解決策が無いような難問であるので、何を言っても突っ込みどころ満載なんだろう。このグレーゾーンの何が問題なのか?著者のご意見を見てみましょう。Amazon間違いだらけのエコ生活【北斎漫画を読む】有泉豊明著、 里文出版、2010年刊<「BOOK」データベース>より知るほどに面白い!江戸の話題作。マンガ(漫画)の名付け親、北斎が残した傑作に迫る。<大使寸評>北斎といえば『富岳三十六景』の知名度が高いが、『北斎漫画』も当時の江戸で人気を博したそうです。庶民の生活、好み、滑稽などを描いた画の数は膨大です。この本では目ぼしいものを取り上げて、楽しい読み物に仕立てています。Amazon北斎漫画を読む【造園がわかる本】「造園がわかる」研究会 著、彰国社、2006年刊<「MARC」データベース>より造園の思想から歴史と様式、法制度、資格、管理・運営、マネジメントまで、造園の全体像を初学者に向けてわかりやすくまとめた一冊。造園を学ぶ人だけでなく、建築や土木を職業とする人にも最適な知識ガイドブック。<読む前の大使寸評>かつて造園技能士の資格試験を受験し、学科合格した大使であるから・・・都市計画とか、緑化とか造園には、もともと関心があるわけです。だけど、シルバー人材に登録して、アルバイトするほどのやる気はありません(笑)Amazon造園がわかる本*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き70
2014.08.24
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神戸マラソンは5000人救済枠にエントリーしていたのに、またも落選でした。これで3連敗かな・・・怒るでぇ!落選を見越したように(笑)、瀬戸内タートルマラソンの案内状が到来したけど・・・去年は好結果が出たレースでもあり、また今年も出てみるか♪ということで・・・瀬戸内タートルマラソンと三田国際マスターズマラソンに出ることにしました(どちらもハーフ)。・5/25 浜坂麒麟獅子ハーフ(出走済み)・9/14 烏原駅伝・9/27 大阪30K(今年はパス)・11/2 淀川ハーフ(6/9エントリー済み)・11/23 神戸マラソン(6/30落選メール到来)・11/30 瀬戸内タートルマラソン(7/8エントリー済み、参加費4000円)・12/14 奈良マラソン(今年はパス)・12/21 三田国際マスターズマラソン(8/21エントリー済み、参加費3500円)ちなみに、マラソン参加計画の見直し経緯です。全治1ヶ月で復帰マラソン参加計画見直し(その1)マラソン参加計画見直し(その2)第35回瀬戸内海タートル・フルマラソン全国大会エントリーシート第26回三田国際マスターズマラソン
2014.08.23
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<図書館予約の軌跡>大使はいま、朝日デジタルの書評欄の無料データで『朝日デジタルの書評から』シリーズをつくってフォローしているのだが・・・・これを市図書館の予約システムとつなげることを、思い立ったのです。今後は「図書館予約の軌跡」としてフォローするのだが、これまでの予約実績は以下のとおりです。・脊梁山脈・眠る魚・世界で一番美しい猫の図鑑脊梁山脈より(文字数の関係により省略、全文はここ)<図書館予約:予約後に借りるまで2ヶ月ほど待たされた>rakuten脊梁山脈脊梁山脈 byドングリ眠る魚より<震災後、日本と家族への葛藤:内澤旬子(文筆家・イラストレーター) > 今年一月に癌で急逝した坂東眞砂子の小説が二冊刊行された。『瓜子姫の艶文(つやぶみ)』(中央公論新社)は、著者が長年書き続けてきた男女の性愛がテーマ。江戸後期の松坂を舞台に女が一生で味わう性の極みの甘さと暗闇との変転を描いた完成度の高い作品。 一方未完の絶筆となった『眠る魚』は、東日本大震災後の物語。日本社会から飛び出し、バヌアツに暮らす女性が主人公。父親が亡くなり関東の田園地帯にある実家に一時帰国し、海外のニュースサイトで報じられてきた放射能汚染の深刻さとは裏腹に、たいしたことないと言い張る人々に茫然とする。不安を口にし、行動を起こせば村八分にされる。錯綜する情報の中、安全と危険の両軸のどちらにもつけずに茫漠とした不信と不安を抱え、突き付けられる。私たちは何をなくしたのか。 亡父が生前に付き合っていた女性を相続人に指名していたことが判明し、主人公は実家と土地の相続権を失う。そこではじめて、故郷の土地に依拠していた自分を見出す。個人性を押し殺す日本の感覚を嫌悪し、故郷を守る親兄弟を敬遠してきたにもかかわらず。しかもその最後の砦のはずの土地は放射能で汚染されてしまった。葛藤の末、今後の身の振り方を心に定めたところで、舌癌が見つかってしまう。 あくまでもフィクションであり、日本の現実とぴたり重なるわけではないし、バヌアツに住み故郷に特別な愛情を抱き続けてきた著者の実体験そっくりそのままでもない。 けれども主人公の葛藤の一言一言が、著者の心の叫びのようにも、私自身が抱く屈託を抉(えぐ)るようにも聞こえ、時々読むのが苦しくなった。 現実の話をすれば、余命宣告を受け、著者は東京での治療を切り上げ、自力では歩けない状態を押して帰郷する。 書き手を失った物語の続きは、私たち読み手の今後の生き様に引き継がれる。 ◇坂東眞砂子著、集英社、2014年刊<「BOOK」データベース>より 2011年3月11日。日本から遠く離れた南太平洋のバヌアツにも、地震による津波警報が出されていた。旅行ガイドや通訳をしながらこの島に暮らす伊都部彩実は、そのしばらく後、実父の訃報を受けて一時帰国する。 放射線被害について海外メディアが報じる危機感に反比例するかのような日本の実像、また、相変わらず保守的な家族たちの思考と言動に噛み合わない思いを抱きながら日々を送るうち、「アオイロコ」という奇妙な風土病の噂を耳にする。父の遺言で、母が亡くなった後に父が交際していた女性に、代々の土地家屋を明け渡すことになり、思いのほか動揺する彩実。国に縛られない自由な生き方を望んで海外に飛び出したはずなのに、戻る場所を求めている自分に気づく。そんな折、口中の腫瘍が悪性と診断され、即刻入院となり、期せずして日本に留まることになるのだったー。<読む前の大使寸評>この小説のジャンルは、私小説なんだろうけど・・・波乱万丈であり、政治性も帯びており、骨太の私小説ではあるな~♪郷土の作家ということで、彼女の作品を読み始めたのであるが、普遍性も申し分がないようです。<図書館予約順番:35(8/19予約)>rakuten眠る魚世界で一番美しい猫の図鑑より<芸術家の霊性を引き出す力も:横尾忠則(美術家) > 本書は猫の肖像写真集である。日本で刊行される猫の写真集は、生活環境の中で日常的に振る舞う様々な猫の姿態をスナップ的に撮ったものが多いが、ここに登場する50種以上の猫は精密な機械写真のようでもあり、まるで西洋の古典絵画を見ているような優美な魅力をたたえている。 アストリッド・ハリソンの写真は猫の魔性を魔術的リアリズムによって見事に描ききっており、愛猫家なら手放せない一冊になろうか。 猫と人間の歴史は1万年ほどさかのぼるが、その間、猫はその神秘性、優美性によって愛された一方、その魔術的性格から魔女狩りの儀式の犠牲にもなってきた。が、東方では幸福の象徴として愛されてきた。猫は本能的にネズミを捕獲する習性のため、船と共に航海したり、官庁などで飼われたりすることになる。エルミタージュ美術館では常時60~70匹の猫が飼われ、観客動員にも貢献している。 芸術家の多くは猫を愛し、アトリエで猫を飼う画家も多い。ウォーホルは25匹も飼っていた。ダビンチも愛猫家のひとりである。時には猫は芸術家の霊性を引き出す何らかの力を持ち、その行動様式においても芸術家の資質と一つにするところがある。特に猫のわがままは芸術家が最も愛するところであろう。猫はいかなる環境の中でも遊ぶことを忘れない。そんな点も芸術家のお気に入りなのである。 また猫は人間の知覚不可能な感覚器官を持ち、肉体感覚を超えた超自然的な予知能力を発揮したり、遠方の見知らぬ土地からでも帰還したりすることがある。猫には芸術家の創造の源泉と共通する領域に接触する能力が、本能的に備わっているのかもしれない。猫と生活を共にしていると、理不尽で不可知なできごとにしばしば遭遇することがあるが、その都度、芸術家のセンセイである猫の存在の偉大さに、つくづく思いを致してしまうのである。 ◇タムシン・ピッケラル, アストリッド・ハリソン著、エクスナレッジ、2014年刊<「BOOK」データベース>より本書は猫の魅力をたっぷりと語り、ヤマネコがいかにして野生生活を捨てて温かな家庭での生活を手に入れたのか、その歴史をひも解いていく。古代エジプトで生まれたしなやかな身体のアビシニアンに、知性の高さとシルバー・ブルーの被毛が際立つロシアンブルー。優雅で長い被毛の美しいバリニーズに、垂れ耳が愛らしいスコティッシュフォールド。50を超える猫種それぞれの歴史に隠された物語を美しい写真とともに紹介する。<読む前の大使寸評>愛猫家なら手放せない一冊になろうかと…横尾忠則が絶賛しているので、見てみたいですね♪<図書館予約順番:23(8/21予約)>rakuten世界で一番美しい猫の図鑑<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム
2014.08.22
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・世界で一番美しい猫の図鑑・100%再生可能へ!―ドイツの市民エネルギー企業 ***************************************************************世界で一番美しい猫の図鑑より<芸術家の霊性を引き出す力も:横尾忠則(美術家) > 本書は猫の肖像写真集である。日本で刊行される猫の写真集は、生活環境の中で日常的に振る舞う様々な猫の姿態をスナップ的に撮ったものが多いが、ここに登場する50種以上の猫は精密な機械写真のようでもあり、まるで西洋の古典絵画を見ているような優美な魅力をたたえている。 アストリッド・ハリソンの写真は猫の魔性を魔術的リアリズムによって見事に描ききっており、愛猫家なら手放せない一冊になろうか。 猫と人間の歴史は1万年ほどさかのぼるが、その間、猫はその神秘性、優美性によって愛された一方、その魔術的性格から魔女狩りの儀式の犠牲にもなってきた。が、東方では幸福の象徴として愛されてきた。猫は本能的にネズミを捕獲する習性のため、船と共に航海したり、官庁などで飼われたりすることになる。エルミタージュ美術館では常時60~70匹の猫が飼われ、観客動員にも貢献している。 芸術家の多くは猫を愛し、アトリエで猫を飼う画家も多い。ウォーホルは25匹も飼っていた。ダビンチも愛猫家のひとりである。時には猫は芸術家の霊性を引き出す何らかの力を持ち、その行動様式においても芸術家の資質と一つにするところがある。特に猫のわがままは芸術家が最も愛するところであろう。猫はいかなる環境の中でも遊ぶことを忘れない。そんな点も芸術家のお気に入りなのである。 また猫は人間の知覚不可能な感覚器官を持ち、肉体感覚を超えた超自然的な予知能力を発揮したり、遠方の見知らぬ土地からでも帰還したりすることがある。猫には芸術家の創造の源泉と共通する領域に接触する能力が、本能的に備わっているのかもしれない。猫と生活を共にしていると、理不尽で不可知なできごとにしばしば遭遇することがあるが、その都度、芸術家のセンセイである猫の存在の偉大さに、つくづく思いを致してしまうのである。 ◇タムシン・ピッケラル, アストリッド・ハリソン著、エクスナレッジ、2014年刊<「BOOK」データベース>より本書は猫の魅力をたっぷりと語り、ヤマネコがいかにして野生生活を捨てて温かな家庭での生活を手に入れたのか、その歴史をひも解いていく。古代エジプトで生まれたしなやかな身体のアビシニアンに、知性の高さとシルバー・ブルーの被毛が際立つロシアンブルー。優雅で長い被毛の美しいバリニーズに、垂れ耳が愛らしいスコティッシュフォールド。50を超える猫種それぞれの歴史に隠された物語を美しい写真とともに紹介する。<読む前の大使寸評>愛猫家なら手放せない一冊になろうかと、横尾忠則が絶賛しているので、見てみたいですね♪<図書館予約順番:23(8/21予約)>rakuten世界で一番美しい猫の図鑑100%再生可能へ!―ドイツの市民エネルギー企業より<「無数の小さな主体」が変革担う:諸富徹(京都大学教授・経済学) > ドイツでは、2013年に総電力消費量のうち、太陽光や風力などの再生可能エネルギー比率が何と、25%を超えた。これは、日本がモデルとした再エネ固定価格買い取り制度が顕著な成功を収めた証しだ。 しかし、その成功要因は何か、誰がどのように再エネ拡大を担ったのか、といった点については意外に知られていない。ドイツ・スイス在住の3名の日本人ジャーナリストによる本書は、現地での豊富な調査に基づいて、再エネに取り組む人々を生き生きと描くとともに、その成功を支える組織、制度、そして政策理念を説得的に提示した良書だ。 本書で特に蒙を啓(ひら)かれるのは、次の3点である。第一に、再エネの飛躍的拡大を担ったのは大電力会社ではなく、市民、農家、中小企業、自治体エネルギー公社など「無数の小さな主体」だった。第二に、彼らが再エネ事業に参加するために、「市民エネルギー会社」、「エネルギー協同組合」など様々な組織形態が工夫されたほか、「自治体エネルギー公社」も強力に再エネを推進した。そして第三に、こうした再エネ拡大は、「地域を潤す」ことが明らかになった。再エネ事業を地域から自力で立ち上げれば、売電収入、雇用所得、税収が地域に還元される。さらに、化石燃料を地産の再エネで代替すれば、燃料費節約で実質所得増が生み出される。 それにしても深く印象づけられるのは、反原発運動を担ってきたドイツ市民が、反対運動に留まらず、再エネ事業という未来を切り開く建設事業に乗り出し、社会を後戻り不能な地点まで変革してきたその粘り強さである。とはいえ日本でも、そうした変革はすでに始まっている。その点では、和田武ほか著『市民・地域共同発電所のつくり方』(かもがわ出版)、および環境エネルギー政策研究所編著『地域の資源を活かす再生可能エネルギー事業』(金融財政事情研究会)の併読をお奨めしたい。 ◇村上敦著、池田憲昭編、学芸出版社、2014年刊<「BOOK」データベース>よりエネルギーのしくみを変えるビジネスの最前線。ドイツで活発化する、市民が立ち上げたエネルギー株式会社、エネルギー組合、都市エネルギー公社といったビジネスモデル。エネルギーのしくみを変える社会とは?実現に必要なことは?現地ジャーナリストが迫る、エネルギーヴェンデ/大転換の原動力。【目次】第1章 エネルギーヴェンデを地域と市民の手で/第2章 地域の未来を決める未来会議/第3章 市民エネルギー会社ソーラーコンプレックス/第4章 市民エネルギー組合/第5章 都市エネルギー公社/第6章 エネルギー自立地域ライン・フンスリュック郡/第7章 市民によるエネルギーヴェンデの行方<読む前の大使寸評>再エネ固定価格買取り制度の成功例をドイツに見てみたいと思うのだが、高い買取り価格設定で制度破綻が危惧されているという噂もあるし、どうなっているのか?でも、変革が不得意な日本システムにとって、いいヒントは確実に存在するのではないか。rakuten100%再生可能へ!―ドイツの市民エネルギー企業**************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から46
2014.08.22
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我が家の応接間に父の蔵書を飾ってあるのだが、父が亡くなった今では我が家の蔵書であり…ま~私の蔵書みたいなものだが、その処分については、これから考えるところです。手始めにまず、蔵書録を作っておこうということで、蔵書録(工事中)を以下に示します♪終戦時には朝鮮で小学校の教員だった父の経歴から、朝鮮関係の蔵書が充実しています。・定本 柳田國男集・日本の中の朝鮮文化・古代日本語の謎・朝鮮語大辞典(上・下)************************************************************************【定本 柳田國男集】柳田國男著、筑摩書房、1968年刊<「BOOK」データベース>より古書につき、「BOOK」データ無し。目次はtoranokobunkoデータ参照<大使寸評>初版本全36巻(全31巻+別巻5巻)を父の蔵書から受け継ぐものだが・・・旧仮名遣いと旧漢字にたじろいでいます(笑)toranokobunko定本 柳田國男集【日本の中の朝鮮文化】金達寿著、講談社、1970年刊<解説>より古代朝鮮からの渡来人を考えずに、日本の文化は語れない。全国に分布する彼らの遺跡は、文化水準の高かったことを今に伝えている。ここに注目した著者の遺跡歴訪の旅が始まる。忘れられ或いは隠された真実を掘り起し、両国の歴史的関係を考察。「帰化人」史観の訂正を迫った衝撃の書である。第1巻は関東編。<大使寸評>日本中の朝鮮文化遺跡を調査した著者であるが・・・本来は文学者であった著者の凄まじいフィールドワークであったと思うわけです。(蔵書は1970年刊のハードカバー9巻であるが、データがないので、ebookの文庫本データを採用)ebook日本の中の朝鮮文化【古代日本語の謎】江上波夫×大野晋編、毎日新聞社、1973年刊<「BOOK」データベース>より古書につき、データ無し<大使寸評>朝鮮語との類似、南洋民族との関わりなど、興味深い本であるが…やや学術的で、敷居が高いのです。Amazon古代日本語の謎【朝鮮語大辞典(上・下)】上下各巻とも分厚くて重い…開けて見る気が起きないのです(笑)
2014.08.21
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図書館に予約していた「脊梁山脈」という小説を興味深く読み終えたが、この小説のテーマの一つは木地師の源流をたどるというものでした。この本でも、木肌や杢の美しさにも触れていて、大いに大使のツボを刺激したのです。木地師とか樹木に対する拘りは、どこから生まれたのか?天然木ギャラリーよりクス(楠)木肌は緻密で、耐湿・耐久性に優れる。加工は容易。乾燥時には狂いが出やすい。根瘤が付きやすく、玉杢や葡萄杢などの美麗な杢が現れる。コクタン(黒檀)非常に重く硬い材で、加工は困難を極める。耐久性は非常に優れる。唐木の代表的なもののひとつ。本来は真っ黒な木材であるが、今日では見ることは少ない。磨けば光沢がでる。とにかく、樹木や木肌に対する執着はどのようにして生まれたのか?・・・ということだが、材木屋の遺伝子が働いたとも、考えられるわけです。大使がもの心ついた頃には、すでに祖父は悠々自適の隠居生活を楽しんでいたのだが・・・父が小学校教師の薄給で養っていたのかもしれないが、この経済状況は私にとって謎の一つです。この祖父は材木商を営んでいたようだが、私には材木店の記憶はないわけで、つまり・・・大使が生まれる頃には店は潰れていたようです。商才が無かったのかもしれないが、だまされて破産したというのが真相のようです。中学校の職業科には、米作りや木工があり、典型的な田舎の中学校だったのです。鉋使いを先生に褒められるあたりに、材木屋の遺伝子が働いたのでしょう。成人して以降、日曜大工に凝った時期があり、電動カンナとかチェーンソーなど電動工具をひと揃えしているのだが・・・椅子とか食卓とか作ったあと、こんなかさばる家具を入れるスペースがなくなり、日曜大工のマイブームはあえなく終焉したのです。今でもときどき、無性に電動工具を振り回したくなるのだが・・・材木屋の遺伝子が働いたというよりも、キ〇ガイに刃物のようで、アブナイ、アブナイ。先日観た「WOOD JOB!神去なあなあ日常」でも、チェーンソーの操作について興味がわいたが・・・・遺伝子が働いたのでしょう♪【WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常】矢口史靖監督、2014年制作<movie.walker解説>より『ロボジー』の矢口史靖監督が、三浦しをんのベストセラー小説を映画化した青春コメディ。染谷将太扮するダメダメな都会育ちの青年が、田舎の町での林業研修プログラムに参加した事で、町の人々とのふれあいを通して、一人前の男に成長していく姿がつづられる。伊藤英明が厳しい先輩、長澤まさみがヒロインを演じる。<大使寸評>三浦しをんの原作がややコメディータッチなので、矢口監督との相性が抜群ですね。わりと原作に忠実な作品になっているが、冒頭シーン、蒲焼き、マムシ酒、噛付きとマムシの出番が多いのだが(笑)movie.walkerWOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常『WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常』公式サイトなお、木肌フェチとでもに大使のこだわりを並べているので、ご笑覧ください。樹木のアートも、お奨めです。
2014.08.20
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漢民族は嫌いだが、漢字文化圏という括りが好きな大使である。何でかなぁ?・・・ということで、漢字について集めてみました。甲骨文字・韓国で漢字復活・韓国が漢字効用に目覚めた・漢字がつくった東アジア・「中国文明の謎」第2集・漢字のベクトル・『おどろきの中国』3・『韓国が漢字を復活できない理由』・『漢字で覚える韓国語』<韓国で漢字復活>朝鮮日報によれば、韓国の街中では中国漢字が増えてきたそうです。今まではハングル優先で漢字が排斥されてきたが、商売のためには、そんなことは言ってられないようですね。でもね、抽象概念を表すのはほとんどが和製漢字であるので、韓国の言語生活のためには和製漢字が必要なはずだけど。8/16【萬物相】漢字の全面広告より 焼酎を飲むときにサムギョプサル(豚ばら肉の焼き肉)を食べることを、中国語では「●五花肉(●は火へんに考)」と書くということを最近知った。チョッパル(豚足)は「猪蹄」と書くという。これは本に書いてあったことではなく、中国で聞いた話でもない。ソウルの都心にある食堂の看板にそう書いてあるのだ。最近、鐘閣交差点のそばに建てられた真新しい高層ビルには「清進商店街」と漢字で大きく書かれた看板が掲げられた。その横には同じく漢字で「食客村」と書かれた食堂街の案内板がある。 朝出勤するときには「弘大入口」と書かれた駅から地下鉄に乗る。駅構内ではトイレや乗り換え口、エレベーター、最短避難経路、出入り口などの案内表示が漢字でも書かれている。地下鉄に乗ると、電光案内板に「前方到站是」という漢字が表示される。「次の停車駅」という意味だ。市庁駅で降りて歩く途中、のどが渇いたら「飮水台」で水を飲む。 生活の場で漢字を目にすることが珍しくなくなった。現代の中国で使われる簡体字が多いが、これも漢字の一種には違いない。鍾路YMCAホテルを「YMCA酒店」、地下のショッピングセンターを「地下購物中心」と表記している案内図があり、明洞では「友利(ウリ)銀行」「韓亜(ハナ)銀行」という看板が目に付く。江南地区には「○○整形(形成)外科」という漢字の看板を掲げている形成外科医院が少なくない。済州島には横断歩道でない場所を横断しないよう呼び掛ける「請不要横」という漢字が書かれた案内板がある。 さらに、全て漢字だけで書かれた新聞の全面広告も登場した。中国の習近平国家主席がソウルを訪問する2日前の朝、あるデパートが新聞に掲載したバーゲンセールの広告だ。「有朋自遠方来」という論語の一説を表札のように掲げている。「只限 4天!(4日間だけ)」「SALE 7-9折(10-30%割引)」という宣伝文句もあった。昨年、韓国を訪れた中国人観光客は430万人で、外国人観光客全体の40%を占める。中国人観光客の増加は、学校で漢字を教えない国のあちこちに再び漢字を登場させている。 「漢字教育が必要だ」と主張する学者の理論よりも、現実の力の方が恐ろしいということを実感する。問題は韓国国民の現状だ。自分の子どもの名前を漢字で書けない父親が全体の半分を占め、30代では63%にもなる。漢字文化圏で暮らし、街にも漢字が増えていく中、それを見ても読むことができないとなると、その街は一体誰のものなのか。「ハングル専用(ハングルだけを使用)」か「漢字ハングル混じり文」かという論争に終止符を打ち、今や漢字を教えるべきだ。何も中国人観光客誘致のためではなく、韓国の言語生活のために必要なのだ。<韓国が漢字効用に目覚めた>韓国では、最近になって「ハングル専用政策」の弊害がメディアを賑わすようになっています。つまり、漢字効用に目覚めたわけだが、44年の空白期間は長すぎたようです。2/2「漢字音痴」脱出、日本の教育に学べより 日本の小学校では現在、1981年に制定された常用漢字(2010年に改訂)のうち1006字をレベルに合わせ各学年で学ばせている。韓国と違うのは、日本では「漢文」でなく「国語」教科書を使って漢字を教育しているという点だ。 春川教育大学パク・セジン講師の論文「韓日の小学校の漢字教育比較研究」によると、日本の検定国語教科書5種では、1年生で(国語を)272時間(漢字80字)、2年生で280時間(160字)、3年生で235時間(200字)、4年生で235時間(200字)、5年生で180時間(185字)、6年生で175時間(181字)学習することになっている。 学年ごとに「学習した漢字は文章の中で使えるようにする」という目標を定め、学習の負担が重くなり過ぎないよう段階的に区分しているため、非常に体系的な学習方式だと評価されている。もし小学校で1006字を習わないまま中学校に進学すれば、そこで新しく常用漢字を学ばなければならないという負担が生じるため、小学校のころから基本の漢字を徹底的に習うのだ。 これに比べ、韓国の小学校の漢字教育は緻密さに欠けると指摘されている。中学校の漢文の時間に習うことになっている900字の範囲内で「約600字」教えるよう規定されてはいるが、その600字の範囲は教科書によって異なる上、各学年で学ぶべき漢字が区分されていない。漢字の授業は正規課程に含まれておらず、各校の裁量による授業「創造的体験活動」として行われており、教育委員会の正式認定を受けた教科書は約10%という調査もある。さらに、教材に掲載されている漢字のレベルもバラバラで、小学校の言語生活では取り上げるのが難しい漢文領域を含む教科書もある。 仁済大学のチン・テハ碩座教授(寄付金によって研究活動を行えるよう大学の指定を受けた教授)は「前政権で小学校でも一部の漢字教育ができるようにしたのは大きな成果だが、体系的な教育はまだ行われていない。小学校から韓国語の語彙に出てくる基礎漢字1000字程度を徹底的に教育し、国語教育の正常化に取り組むべきだ」と指摘している。2/2漢字を知らない若者、同音異義語の混乱が深刻より■「語彙が崩壊すれば思考そのものが崩壊する恐れも」 つい先日、教育部(省に相当)とある地方の教育庁(教育委員会)の間で「体罰」の範囲について議論があった。「手を上げさせて立たせること」や「運動場を走らせること」を体罰と見なすかということだったが、「体罰」という言葉が「身体に直接痛みを与える罰」という意味を持つことをしっかりと理解していれば、このような議論は最初から起こらなかったという指摘もある。実際に現場では「身体的体罰」という言葉さえしばしば使われている。 専門家によると、今のように漢字教育がしっかりと行われていない環境では、時がたつにつれこの種の誤解や混乱がさらに増える恐れがあるという。本紙が2010年にソウル市内の五つの小学校に通う4年生を対象に調査を行ったところ、71%が例文を読んでもその意味を正確に理解できなかった。韓国語の70%を占める漢字語の意味が分からず、文章を理解できない「読解不能現象」が表面化しているのだ。 釜山大学の李炳銑名誉教授は論文で「『技能』と『機能』、『出家』と『出嫁(嫁に行くこと)』のように、ハングルだけで表記された場合に意味が区別できなくなる漢字の同音異義語は非常に多い」とした上で「漢字教育をしっかりと行わなければ、思考力や探究力が弱体化し、語彙の体系が崩壊してそこから思考体系まで崩壊する恐れがある」と指摘した。2/1名前さえ漢字で書けない韓国人より 1970年に「ハングル専用政策」が始まってから44年。今や、小学校で漢字を学んでいない最初の世代は50代に差し掛かった。20-30代はもちろん、40代すらも漢字になじみがない時代になったということを意味する。 ソウルで暮らす成人男女の47.8%が、子どもの漢字名をきちんと書くことができない一方、この問題を深刻に感じて小学校の漢字教育に賛成する保護者は89.1%に達する、という統計結果もある。基礎的な漢字の意味を知らないため、意味が通じない「不通」現象が起こり、「漢字を知らないため知識拡張の道が閉ざされている」という深刻な問題提起もある。「漢字が分からない」現象をこれ以上放置していれば、測定不可能な社会的損失が生じるというわけだ。 ソウルのいわゆる「名門大学」勤めるA教授は最近、ある学生と会話していて非常に驚いた。「金九(キム・グ)先生は暗殺(アムサル)された」と言うと、学生が「あの方は、がん(アム)で亡くなったのですか」と聞き返してきたのだ。暗殺という単語の漢字を知らなかったため、「ひそかに殺す」という意味だということも分からなかったのだ。A教授は「ハングル世代の悲劇が、今や来るところまで来たという感があり、ぞっとした」と語った。■名前も専攻も漢字で書けない ハングル専用政策によって漢字が教科書から消えて44年、今や漢字は若い世代にとって、避けたい対象というだけでなく「宇宙語」あるいは「特殊文字」扱いを受けている。スマートフォンやタブレットPCからは漢字の入力システムが姿を消し、ハングルだけで誤記された単語が、正しい表記として「定着」するケースも多い。 大学教授のB氏は少し前、学生に課題を出す際「なるべく漢字を多く使うように」と指示した。学生たちは、課題の表紙に自分の学科を「行正学科」(正しくは行政学科)、「火学科」(正しくは化学科)などと書いて提出した。「自分が専攻の学科で一体何を学んでいるのかすら知らない」というわけだ。別の大学で中文(中国語・中国文学)科の教授を務めるC氏は「大学4年生になっても、大韓民国を『大朝民回』と書くありさま」とため息をついた。漢字由来の言葉が日本以上に多い韓国であるが・・・その韓国で漢字が書けない、読めないとあれば・・・使う語彙に乱れが生じて、会話が成り立たないことも起きるわけです。漢字復活は早ければ早いほどいいと、思うんですけどね。<漢字がつくった東アジア>(以降、文字数制限により省略、全文はここ)
2014.08.19
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朝日のコラム「波聞風問」にチャイナウォッチャーとも言える吉岡桂子記者の記事を見かけたので紹介します。公害の克服ノウハウを伝えることから日中の和解が進展することは、確実なんだけど・・・中国政府は治安対応に追われて、その余裕がないようです。対中抑止力も必要ではあるが、日本は、北風もさることながら、太陽政策にもっと注力すべきではないか。8/17公害を伝える 日中は青い空でつながるかより「工場の煙は赤く、火事かと思うほどだった。シーツを干せばすぐに真っ黒になった。いまも、たんがのどにからんで寝られない晩もある」 7月中旬、大阪市西淀川区のあおぞら財団の会議室。工場と車の排ガスによる大気汚染で慢性気管支炎を患う永野千代子さん(74)の話を、中国からやって来た若者たち約30人は身を乗りだしてきいていた。日本政府が招いた記者や環境NGOのメンバーである。大半は初めて来日した。 この地区は、高度成長期から1970年代にかけて「灰色の空のもと昼間からライトをつけて車が走っていた」。PM2.5が覆う今の北京を思わせる話だ。公害病認定患者も累計で7千人を超える。 患者らは78年から企業と国や阪神高速道路公団(当時)を相手取り、賠償と汚染物質の排出差し止めを求めて提訴し、98年に和解した。財団も和解金をもとに地域の再生をめざしてつくられた。「正義感に満ちた医者や学者、法律家が20年もの公害訴訟を支えた」。中国経済導報の陳陽記者は帰国後、そう伝えた。 やはり和解金の一部を使ったお年寄りのデイケアセンターも見学し、中国で増え続ける公害の被害者が老いる先を思った。ネットメディアの新浪微公益の余哲記者は「訴訟で青春を費やし白髪になっても、健康への影響が残る」と書いた。 1週間の滞在中、日本の青い空を実感し、厳密なゴミの分別や衛生的なゴミ処理場に驚いていた彼らだが、日本の公害の歴史の身近さにも、心を動かしていた。 中国には公害病の認定制度がない。司法の独立や言論の自由も十分ではなく、環境にかかわる法律はあっても実効性は弱い。中国など海外からの視察を受け入れてきた財団の研究員、林美帆さんは「患者さんの言葉は心に響くようだ。日本の経験が、改善のヒントになれば」と話す。 政府どうしの関係が「最悪」とされるかたわらで、環境や都市化をめぐる交流は静かに続いている。今春には、習近平国家主席がトップを務める改革チームの経済や環境を担当する幹部らも来日し、金属汚染を引き起こした足尾銅山跡(栃木県)などを訪れた。東京と北京、北九州と上海など、自治体どうしの協力もすすむ。 日本では水俣病(熊本県)など公害の歴史的な資料をもつ15団体が昨年末から、連携ネットワークを広げる。日本人自身の記憶の風化や語り部の高齢化への危機感からだ。 ならば、海外からの視察受け入れ体制でも手を携え、貴重な経験を中国など新興国にもっと伝えられないか。歴史認識や領土で対立していても、「青い空」をめざして公害の克服に歩む「歴史」は、共有できる物語になる。漢族といっても多様であり、洗練された香港の漢族もいるわけで・・・そのあたりを吉岡記者のレポートに見てみましょう。7/06返還から17年「中国の玄関口」香港の憂鬱より 不思議な行進だった。うだる暑さの香港を、何百人もの男女が黒いスーツやスカートに身を包み、無言で歩く。 6月27日のこと。弁護士や元裁判官ら法曹関係者が、中国政府に抗議したデモだった。香港の自治を約束してきた「一国二制度」にかかわる白書で、司法にも愛国を強いたことなどに反発し、司法の独立への脅威を訴えていた。 袖なしの黒いワンピースを着た女性は言う。「経済力をもった中国は、力で何かを変えようとしている」。英国から中国へ返還されて17年。国家の秩序や大陸との融和を理由に「オレ流」の風を吹かす中国に対して、いらだちがまじった憂鬱な空気が漂う。 デモのコースは、法治が支える国際金融都市の心臓部、中環(セントラル)地区。国有の中国銀行や中国工商銀行、アヘン戦争後の植民地時代から拠点を持つ英HSBCや米シティグループの高層ビルがそびえ立つ。 ここの「占拠」を視野に入れた市民運動が活発化している。ニューヨークのウォール街占拠は格差への異議申し立てだったが、香港では民意の陣地取りそのものである。2017年の香港トップの選挙から普通選挙を認めるはずだったのに、中国政府は候補者の選び方などについて干渉をやめないからだ。 返還記念日の1日には学生や家族連れら20万人近いデモ隊が、このあたりを練り歩いた。今秋に香港で予定されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の財務相会合が北京に変わったのも、混乱の心配に加えて、中国当局が抗議を受ける姿を参加国に見せたくないから、と現地ではみられている。 改革開放で急成長した中国経済と世界をむすぶ回廊として、香港はその果実を享受してきた。かつては貿易の、いまも大陸では規制が強い金融の玄関口だ。海外との取引が制限されている人民元を国際市場につなぐ役割も担う。 大陸から押し寄せる観光客は、死活的な収入源になっている。いっぽう、マナーの悪さから摩擦が絶えず、人数の制限も議論されている。習近平政権が出した「ぜいたく禁止令」が響き、高級時計や宝石などの売り上げはがた落ち。小売りは、年明けからさえない。中国という「巨体」から吹く追い風も逆風も、香港はまっさきに受ける。 経済で離れがたい仲であるがゆえに、「巨体」からルールを押し切られるのではないかという疑念がもたげる。中国当局が大陸内で強めている民主や法治を求める動きへの弾圧が、不安を増幅させる。 グローバリゼーションが進むなか、中国と相互依存を深めてきた日本を含む各国が、多かれ少なかれ抱える葛藤である。その最前線にいる香港の行方が、気になる。 ここで以前の日記を引用します。********************************************************************<吉岡桂子記者の渾身インタビュー4連発>中華経済に関する吉岡桂子記者渾身のインタビュー記事を、四つ紹介します。・中国、成長の罠香港大学教授2014.02.26・中国の「不動産バブル」大手不動産会社トップ2014.01.28・中国 国有企業の行方張維迎2013.11.07・中国と影の銀行張維迎2013.8.02朝日新聞の吉岡記者といえば、チャイナウォッチャーとして個人的に注目しているわけで・・・・その論調は骨太で、かつ生産的である。中国経済がらみで好き勝手に吹きまくる経済評論家連中より、よっぽどしっかりしていると思うわけです。波聞風問一覧に吉岡記者の中国論が載っています。
2014.08.18
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・眠る魚・白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか***************************************************************眠る魚より<震災後、日本と家族への葛藤:内澤旬子(文筆家・イラストレーター) > 今年一月に癌で急逝した坂東眞砂子の小説が二冊刊行された。『瓜子姫の艶文(つやぶみ)』(中央公論新社)は、著者が長年書き続けてきた男女の性愛がテーマ。江戸後期の松坂を舞台に女が一生で味わう性の極みの甘さと暗闇との変転を描いた完成度の高い作品。 一方未完の絶筆となった『眠る魚』は、東日本大震災後の物語。日本社会から飛び出し、バヌアツに暮らす女性が主人公。父親が亡くなり関東の田園地帯にある実家に一時帰国し、海外のニュースサイトで報じられてきた放射能汚染の深刻さとは裏腹に、たいしたことないと言い張る人々に茫然とする。不安を口にし、行動を起こせば村八分にされる。錯綜する情報の中、安全と危険の両軸のどちらにもつけずに茫漠とした不信と不安を抱え、突き付けられる。私たちは何をなくしたのか。 亡父が生前に付き合っていた女性を相続人に指名していたことが判明し、主人公は実家と土地の相続権を失う。そこではじめて、故郷の土地に依拠していた自分を見出す。個人性を押し殺す日本の感覚を嫌悪し、故郷を守る親兄弟を敬遠してきたにもかかわらず。しかもその最後の砦のはずの土地は放射能で汚染されてしまった。葛藤の末、今後の身の振り方を心に定めたところで、舌癌が見つかってしまう。 あくまでもフィクションであり、日本の現実とぴたり重なるわけではないし、バヌアツに住み故郷に特別な愛情を抱き続けてきた著者の実体験そっくりそのままでもない。 けれども主人公の葛藤の一言一言が、著者の心の叫びのようにも、私自身が抱く屈託を抉(えぐ)るようにも聞こえ、時々読むのが苦しくなった。 現実の話をすれば、余命宣告を受け、著者は東京での治療を切り上げ、自力では歩けない状態を押して帰郷する。 書き手を失った物語の続きは、私たち読み手の今後の生き様に引き継がれる。 ◇坂東眞砂子著、集英社、2014年刊<「BOOK」データベース>より 2011年3月11日。日本から遠く離れた南太平洋のバヌアツにも、地震による津波警報が出されていた。旅行ガイドや通訳をしながらこの島に暮らす伊都部彩実は、そのしばらく後、実父の訃報を受けて一時帰国する。 放射線被害について海外メディアが報じる危機感に反比例するかのような日本の実像、また、相変わらず保守的な家族たちの思考と言動に噛み合わない思いを抱きながら日々を送るうち、「アオイロコ」という奇妙な風土病の噂を耳にする。父の遺言で、母が亡くなった後に父が交際していた女性に、代々の土地家屋を明け渡すことになり、思いのほか動揺する彩実。国に縛られない自由な生き方を望んで海外に飛び出したはずなのに、戻る場所を求めている自分に気づく。そんな折、口中の腫瘍が悪性と診断され、即刻入院となり、期せずして日本に留まることになるのだったー。<読む前の大使寸評>この小説のジャンルは、私小説なんだろうけど・・・波乱万丈であり、政治性も帯びており、骨太の私小説ではあるな~♪郷土の作家ということで、彼女の作品を読み始めたのであるが、普遍性も申し分がないようです。<図書館予約順番:35(8/19予約)>rakuten眠る魚白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですかより<縦割り崩れた今を刺激的に:隈研吾(建築家・東京大学教授)> 都市計画の世界が、またおもしろくなってきた。ということは、裏を返せば、いままではつまらなかったということで、その裏の理由も、本書は明かす。 一言でいえば、日本的縦割りが、本来諸分野を串刺しすべき都市計画をつまらないものにし、機能不全に陥れていたのである。様々な縦割りのひどさに唖然とした。ひとつは、行政の縦割り。都市計画とは人間の生活全体をデザインすべきなのに、「農林」「公園」「道路」という名のガチガチの役所の縦割りが、人間自体を分断していた。統合的マスタープランを作らなくてはいけない法律があっても、内実、マスタープランは団子の細い串でしかなく、実際の計画は道路団子とか公園団子などの、ジューシーで利権たっぷりの団子に委ねられていたのが、戦後日本の寒い姿だった。 もっと寒かったのは、開発型、計画主義型、グローバリズム型などのイケイケの都市計画と、保存型、まちづくり型、非計画型の草食系都市計画との縦割り。2派が不毛な議論を続け、都市をつまらなくしてきたとも指摘される。 これらの戦後的縦割りが、今崩れつつあるナマな状況を本書は伝える。縦割りの裏のエンジンであった開発圧力、不動産圧力自体が消滅したからである。その結果、日本の都市は一種の無重力状態にあり、やがて、無重力が世界を覆うことはまちがいなく、日本がモルモットになる。拡大するスプロール都市から、虫食いだらけのスポンジ都市への転換という一大ドラマが日本をおそっているのである。 本書はこのスポンジに挑戦する「今の都市計画」を刺激的に描く。市民参加、ビッグデータ、環境テクノロジーがスポンジに挑む様子も具体的で迫力があった。60年代、開発圧力のスタートに、丹下健三を中心として都市計画ブームがあった。開発時代の終わりの今、もう一回都市に目を向けるきっかけを作る本だ。 ◇蓑原敬、他著、学芸出版社、2014年刊<商品説明>より日本の都市計画は何をしてきたのですか?近代都市計画とは何だったのですか?3.11で何が変わるのですか?今、私たちが引き受ける課題は何ですか?1930年代生まれのベテラン都市プランナーへ、1970年代生まれの若手が投げかける、差し迫った問いと議論の応酬。都市計画の現実、矛盾と展望を明らかにした現役世代に訴える一冊。<読む前の大使寸評>【縦割りの裏のエンジンであった開発圧力、不動産圧力自体が消滅したからである。その結果、日本の都市は一種の無重力状態にある。拡大するスプロール都市から、虫食いだらけのスポンジ都市への転換という一大ドラマが日本をおそっているのである】…と、現状を熟知した隈さんが、鋭く指摘しています。都市計画については、シロウトの大使であるが…それでも、画一的で潤いの無い町並みが増えたと感じる昨今である。たぶん、お役所の規制、お役所の発想あたりに問題があるが、どうすればいいのか?お役所の所轄部署の若手に読んでもらいたいが、縦割りに切り込むことは不可能なんだろう。rakuten白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか**************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から45朝日デジタルの書評から(目録)
2014.08.17
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「エッセイ対決」でしょうか。<市立図書館>・働くアンナの一人っ子介護・神も仏もありませぬ・私生活図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)面白そうなエッセイということで3冊選んだが、いずれも行かず後家とかバツ〇とか、著者が大物ばかりだった(笑)*************************************************************【働くアンナの一人っ子介護】萩野アンナ著、グラフ社、2008年刊<「BOOK」データベース>より現在、父94歳、母85歳、二人とも要介護4。「嫁入り前」の働く一人っ子はテェーヘンです。<大使寸評>日本語をしゃべれない父親と、関西弁の母親に囲まれてアンナさんは育ったそうだが・・・「嫁入り前」に旦那に先だたれ・・・テェーヘンな介護が始まったそうです。介護と葬送なんて老人くさいと思っていたが、このたび父の初盆を終えて、身にしみるテーマになったわけです。その過酷な状況をエッセイに書いて笑いとばすアンナさんは、大物なんでしょうね♪Amazon働くアンナの一人っ子介護アンナさんは与太話ばっかり吹きまくっているわけでもなくて、気の利いたアドバイスなんかも載っています。<ちまちま楽しみ>よりp189~191 介護は閉じられた世界。「引きこもり」ではなくて「引きこもらされ」です。家と病院の往復では、心が痩せてしまいます。前にも書きましたが、私の場合は、病院の周辺に小さな楽しみを複数確保して乗りきりました。 亡くなった彼の病院は、近くに爬虫類専門店があったわけですが、その店が「お楽しみコース」の最初の一歩で、その先の地下鉄一駅分くらいの距離に、おいしいチョコレート屋、中国整体、ゆで卵食べ放題のラーメン屋、古本屋、銭湯と並んでいます。 うんと行き詰まった夜は、病院帰りにフルコースを満喫しました。いつもより一駅余分に歩くだけで、頭の中を真っ白にして、最後の銭湯でさっぱりできる。チョコレートと古本を衝動買いして、ゆで卵をやけ食いしても、たいしたお金にも時間にもなりません。 病院に一旦入ると、なかなか外に出られるものではない、と体験上知っています。いくら完全介護でも、付き添う人がいれば、やることは次から次へと出てきます。売店とコインランドリーと体拭きと、ぐるぐるの渦に巻き込まれて、気が付くと時計の針が数時間進んでいる。 押し流されていると、あっという間に蓄積疲労が自分で処理できないレベルになってしまいます。病院で倒れて点滴を受ける、というのを何度かやって、私もようやく悟りました。渦に逆らって、川を逆流するくらいの勢いで、自分のための5分間を確保する。その5分間が、自分と病人を助けてくれるんです。 先ほどのフルコースを、単品にバラせば、5分から15分で済みます。売店のついでに、電話のついでに、ちょっと外に出る。道端の雑草でも、花一本でもいいんです。老いや病気と無関係な景色で目を洗う。花一本の元気を病室に持ち帰ることができれば、しめたものです。 彼の病院は東京の御茶ノ水でした。最近両親が出入りしている病院は、地の利が悪く、周囲は何もない埋立地です。楽しみがない、と嘆く私に、友人が言いました。 「私はあそこ嫌いじゃないよ。働く車が好きだから」 彼女の言う「働く車」は、たとえばタンクローリーです。病院横の産業道路にはゴマンと走っている。反対側は運河で、こちらは「働く船」がゆるゆると流れて行きます。カフェからの眺めはなかなかオツなもの、らしいです。 楽しみのタネを見つけようと思えば、何か見つかる。根性はそのためにこそ用いたいものです。【神も仏もありませぬ】佐野洋子著、筑摩書房、 2003年刊<筑摩書房説明>よりまさか私が六十三? 当り前で何の不思議もないのに、どこかに、えっまさか嘘だよなあと思うのが不思議である。いつのまに六十三になったのだ。わしゃ、知らん。<大使寸評>先日、佐野洋子追悼特集というムック本で、初めて佐野洋子のエッセイに触れた大使であるが・・・本音炸裂のエッセイがええでぇ♪chikumashobo神も仏もありませぬそのエッセイを、ひとつ紹介します。<じゃ、どうする>よりp112~114 このごろ私は、家の中でボーッと立ち止まっている事が、少なくとも日に10回以上ある。何かを取りにいこうと思って立ち上がり、2,3歩あるくと、何をとりに行こうとしているかわからなくなっているのだ。私は母が呆け始めたころ、呆然と立っているのを見て、何とも云えない気分になった。 違いと云えば、私は声に出して、「アレ?」と云ったり、「えーと、何だっけ」と云う事位なのかも知れない。新しい名前など、全部忘れる。仕事のファックスや手紙なども、ほとんど忘れる。 先方から、「先日お手紙差し上げた〇〇ですが」と云われても、何だかさっぱりわからない。もう見栄を張る気力も失せて、「それ何だっけ?」と聞くより外ない。すでに私は社会的に抹殺されているだろう。 時々鹿沢の山小屋に来る佐々木幹郎さんに会った時、うなだれて私は呆けて来た事を告げると、私よりずっと若い幹郎は、「そんな事しょっちゅうや。俺なんか、先週若いもんにこれやっとけよ、って云った事忘れて、また同じこと『これどうするんやっけ?』と聞いて、あきれられているんや」と云ってくれた。「幹郎さんて優しいね。私なんて、“それ何だっけ”だもんね」と云うと、「そうやって堂々と呆けてると、世間はさすが大物と思うんや」と云うではないか。私は驚天して、そういう発想というものがこの世にあるかと感心したが、私はどう考えても大物ではないのでさらに落ち込んだ。「だから何でもメモんなくちゃ駄目よ」と教えてくれたが、メモした事も忘れる。メモした手帳が無くなってしまって、床の上をはいつくばって、机の下とかベッドの下をさがしている。すると読みかけの文庫本がほこりと一緒にころがっている。読みかけたことも忘れている。 先日サトウ君ちに行って、「ホームセンターに行くんだけど、何か用ない」と聞くと、「あ、俺も行かなくちゃなんないんだ、だけどそれが何だかわかんないんだよ。行く途中で思い出すかもな」と嬉しい事を云ってくれた。ホームセンターのレジで、サトウ君は、何やら両手に持っていたので、「よかったね思い出して」と云うと、「いやどうもこれじゃないような気がする」と云う。 アライさんはひどく記憶力のいい人で、私は「アライさんは学者になれるね」と時々思う。そのアライさんが「俺は、同じ話を同じ人にしないようにしている」と云うのでますます感心したが、「俺は、同じ話を同じ人にしないようにしている」と少なくとも3回は私に云った。そして子供の時10円盗んで山の木にしばりつけられたという話を、私は何度も聞いている。そのたびに面白いのだが、あのアライさんでさえもの忘れが多少はあるのだ。ああ、他人がもの忘れをするとどうして私はこんなに嬉しいんだろう。 【私生活】高橋源一郎著、集英社インターナショナル、2004年刊<「BOOK」データベース>より1999年から2003年までの5年間、高橋源一郎は、離婚、結婚、破局、再び結婚など、世間を大いに騒がせていた。「本当のことは書かない」という作家が、当時月刊『PLAYBOY』に綴ったエッセイには、「私生活」を暗示するヒントが散りばめられている。文学、音楽、旅、ワイン、競馬、家族、そして女性…。多岐にわたるテーマで書かれた日常の中に、作家の真実の姿がある。<大使寸評>高橋源一郎という人は、バツ4なんだそうです。こんな人が、朝日新聞で毎月、論壇時評を著わしているが、由々しき事態ではないか?(笑)だいたい、この『私生活』という書名からして、開き直りとでもいうものである。Amazon私生活この本からエッセイの一節を紹介します。あ わりと真面目に語っていますね。<ケルトの国から>よりp50~51 10月のはじめ、わたしはダブリンにいた。アイルランドを訪れるのは、それが二度目だった。朝には霜が降りるほど寒く、わたしは分厚いジャンパーを着て外出することにしていた。わたしが泊まっていたのは、U2のメンバーが経営していることで名高い「クラレンス・ホテル」だった。「クラレンス・ホテル」のスタッフはみんな、超モダンな制服を着た異様に美しい男ばかりで、モノトーンでまとめられた室内は未来都市の一角のようだった。だが、一度、視線を遥か窓の外に巡らすと、そこには古く濁った、けれども不思議に生き生きとしたダブリンの街並みが広がっているのだった。 ダブリンの市内にはいつも音楽が溢れていた。クラブではテクノが流れていたが、目抜き通り、たとえばトリニティ・カレッジの角からはじまるグラフトン・ストリートでは大道芸人たちに交じってギターを抱えた歌手たちが美しく伸びやかな声で、アイリッシュのメロディーを歌っていた。そして、深夜ともなると、暗い通りのあちこちで酔漢たちがあらゆる曲を勝手気ままに合唱しているのがホテルの窓まで響いてくるのだった。ああ、なんと、「夢のカルフォルニア」を歌っている! イギリスの友人たちは、アイルランドへ来ると故郷に戻ってきたような気がするという。彼らだけではなく、アイルランドを訪れる人間は誰でも、なんともいえない懐かしい感覚に襲われる。それは、単純で荒々しい風景のせいだろうか。あるいは、そこに住む人たち、世界でいちばん酔っぱらいの多い、世界でいちばん話し好きといわれるアイリッシュピープルの人間臭さのせいだろうか。この小さな国は、世界でもっとも古い文化と言葉を持ち、偉大な作家や詩人をたくさん生んできたのだ。そう、そして音楽を。*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き69
2014.08.16
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久々にくだんの2本立て館に繰り出したが・・・・今回の出し物は「永遠の0」と「WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常」であり、館主の設けたテーマは、以下の小説にもとづく「文芸2本立て」なんでしょう。・「永遠の0」・「神去なあなあ日常」たまたま、この2つの小説は事前に読んでいたので、館主のチョイスを「文芸2本立て」と思ったわけです。【永遠の0】山崎貴監督、2013年制作、H26.8.14観賞<Movie Walker映画解説>より百田尚樹の同名ベストセラー小説を岡田准一主演で映画化したヒューマンドラマ。現代に生きる青年が、太平洋戦争の特攻出撃で亡くなった零戦パイロットの祖父のことを調べるうちに、祖母への思いを知るようになっていく姿がつづられる。桑田佳祐が新曲を書き下ろし、サザンオールスターズとしては23年ぶりに映画主題歌を担当する。<大使寸評>日本の戦争映画はだいたい情緒的なので、大使としては辛口採点になるのだが・・・ドラマティックな原作を反映してか、この作品は予想以上の出来だと思ったわけです。また、冒頭で見られる空母への着艦訓練など、細部へのこだわりや質感には軍事オタクの大使としても、引込まれたのです。どのようにしてこのシーンを作ったのか?具体的なテクニックはわからないが、とにかくVFX(特撮)の進化には驚いたわけです。Movie Walker永遠の0見るのが先か、読むのが先か?一概にこれだと言いきれない設問ですが・・・今回は読むのが先になりました♪(WOOD JOB!(ウッジョブ)の原作より)【WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常】矢口史靖監督、2014年制作<movie.walker解説>より『ロボジー』の矢口史靖監督が、三浦しをんのベストセラー小説を映画化した青春コメディ。染谷将太扮するダメダメな都会育ちの青年が、田舎の町での林業研修プログラムに参加した事で、町の人々とのふれあいを通して、一人前の男に成長していく姿がつづられる。伊藤英明が厳しい先輩、長澤まさみがヒロインを演じる。<大使寸評>三浦しをんの原作がややコメディータッチなので、矢口監督との相性が抜群ですね。わりと原作に忠実な作品になっているが、冒頭シーン、蒲焼き、マムシ酒、噛付きとマムシの出番が多いのだが(笑)movie.walkerWOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常『WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常』公式サイト原作小説から、山仕事を彷彿とさせるヵ所をチラッと紹介します。p198~199より 地上8メートルの幹にへばりついて、そんな作業をするのはすごく神経を使う。腕も疲れるし、ロープが喰いこんできて痛ぇし。 俺はノコギリを使う。ヨキはもちろん、斧1本だ。宙ぶらりんのまま、ぶんぶん斧を振るって正確に枝を打ち落としていく。しかも、1本の木の枝打ちを終えると、投げ縄の要領で隣の木の枝にロープをかけ、飛び移る。木を登り下りしたら、そのぶん体力を消耗するからだそうだ。人間業じゃないと思うんだけど。 「ターザンみたいで、かっこええやろ」 と、本人は平然としている。俺に言わせると、凶器を持ったムササビって感じだ。 俺はもちろん、作業を終えたらおとなしく梯子を下り、隣の木に梯子をかけかえて上がる。この梯子は、「ムカデバシゴ」って呼ばれている。1本の細い白木の丸太から、足をかけるための杭がたがいちがいに突きでた形だ。幹に立てかけ、ロープで何ヶ所か縛って、固定して使う。 日が暮れるのが早くなった。5時にはあたりが薄暗くなりはじめる。カラスが鳴き、山の向こうが赤く染まって、俺たちは一日の作業を終える。夕風にあたった皮膚はどんどん冷えていき、体の芯の部分にだけ、「今日もよく働いたなあ」っていう満足が熱になって残る。「さあ、帰って飯食おう」と開放感もあるんだけど、ちょっとさびしくもあるような、そんな気分だ。今回は全席が埋まっていたが、館主のスピーチでも「めったに有りません」とのこと・・・館主のチョイスが良かったんでしょうね♪それにしても、「WOOD JOB!(ウッジョブ)神去なあなあ日常」封切り3ヶ月後に、この映画を、この2本立て館で見られたわけで・・・ええなぁ♪2本立て館で観た映画パルシネマ上映スケジュール
2014.08.15
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今回借りた12冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「手当たり次第」でしょうか。<四万十市立図書館>・砂漠と人間の歴史・佐野洋子(追悼総特集)・スペードの3・素顔の孫文・優しいおとな・日本瞥見記(上)・日本の藍・美鋼変幻・メタンハイドレート・シティ・マラソン・佐高信の甘口でコンニチハ!・文芸春秋7月号図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)今回帰省した田舎では、台風をふたつもやり過ごしたので、暇潰しのため図書館にはお世話になった次第です♪*************************************************************【砂漠と人間の歴史】ロズリン・D.ヘインズ著、原書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より特異な生態系を育み、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を誕生させ、資源や軍事開発の拠点となった、この地にひそむ力。砂漠のメカニズムと歴史を、地学、生物学、宗教、芸術など多角的な視点から描きだす。地球科学と文化史を結ぶ新しいタイプの自然誌入門。【目次】第1章 砂漠の多様性/第2章 さまざまな適応能力/第3章 過去と現在の砂漠の文化/第4章 先祖たちの芸術/第5章 砂漠の宗教/第6章 旅行家と探検家たち/第7章 想像の砂漠/第8章 西洋芸術における砂漠/第9章 砂漠の資源と可能性<大使寸評>砂漠に対する主な三つの反応―その広大さへの畏敬、その過酷さへの恐怖、その野生への興味―は、そのままmysterium(神秘)、tremendum(戦慄)、fasinans(魅惑)といった特徴と一致する。幼少の頃「月の砂漠」のエキゾティックに魅惑された大使であるが・・・・その後、読書とか仕事を通じて砂漠へのこだわりを持つに至ったわけです。この本も、「砂漠への憧れ」の中に収めておきます。rakuten砂漠と人間の歴史砂漠と人間の歴史byドングリ【佐野洋子(追悼総特集)】ムック本、河出書房新社、2011年刊<商品の説明>より絵本作家でエッセイスト・佐野洋子の追悼総特集。幻の遺稿「船の中のこと」や単行本未収録エッセイ、思い出アルバムなど。谷川俊太郎VS広瀬弦の特別対談、角田光代、西原理恵子他執筆。<大使寸評>佐野洋子の作品といえば、「100万回生きたねこ」しか知らなかったが・・・このムック本を読むと、かなり破天荒で毀誉褒貶の多い大物だったようです。特に谷川俊太郎との結婚、離婚の経緯が常人離れしているのだが・・・・ジャガーを乗り回す人のやることはすごいわ♪顰蹙という点では、瀬戸内寂聴が先達を務めているのだが、佐野洋子もいい線いっていたようです♪rakuten佐野洋子(追悼総特集)顰蹙を買うような言動の裏にbyドングリ【スペードの3】朝井リョウ著、講談社、2014年刊(文字数制限により省略、全文はここ)rakutenスペードの3【素顔の孫文】横山宏章著、岩波書店、2014年刊<Amazon説明>より大言壮語するほら吹き「孫大砲(スンダーパオ)」。共和革命を夢想し実践した孫文は、そう呼ばれた。建国の父という神壇から下ろして公私に亘る事績を追うと、失敗続きの革命にめげず人々を結集させる憎めないオーガナイザーの側面が浮かんでくる。彼が目指した民主・憲政構想とは何だったのか。その素顔を通し活写する型破りな評伝。<大使寸評>著書は、孫文を「過渡期のはぐれ者」と評しているように・・・・かなり辛口なところが、ええなぁ♪Amazon素顔の孫文素顔の孫文byドングリ【優しいおとな】桐野夏生著、中央公論社、2010年刊(文字数制限により省略、全文はここ)rakuten優しいおとな【日本瞥見記(上)】小泉八雲著、恒文社、1975年刊(文字数制限により省略、全文はここ)d-pub日本瞥見記(上)明治期の日本大好きアーティストbyドングリ【日本の藍】日本藍染文化協会編、日本放送出版協会、2002年刊<「BOOK」データベース>より化学染料、化学繊維万能の現代。そんな中でいまなお天然藍を大切に守り続けている人達がいる。藍染めは絹、木綿、麻、毛などの繊維にもよく染まり、堅牢度も高く、防虫や殺菌の効果もあるといわれ、何より、その美しい色の仕上がりが、今日なお多くの人々に愛用されている。本書は、藍の栽培、藍染料の作り方、染織の技法、そして天然藍による染織に取り組む作家たちを紹介する。<大使寸評>第2次大戦中には、すくも生産の中断があり、昭和40年代には、すくも生産消滅の危機もあったようですが・・・・佐藤昭人さんの頑張りによって、すくも生産の技術がかろうじて、伝承されたようです。先日「藍布の源流」というムック本を読み、日本の藍の素晴らしさに目覚めた大使であるが、この本でその思いを深めたのです。Amazon日本の藍日本の藍byドングリ【美鋼変幻】黒滝哲哉著、日刊工業新聞社、2011年刊<内容説明>より現在、世界で唯一行われている「たたら製鉄」である「日刀保たたら」。著者は、現在へその技術が伝わる日刀保たたらの研究と運営管理に長年携わっている。本書は、その経験をもとに、鉄の歴史、特にたたら製鉄の歴史遺産としての価値を時代を追いながら検証している。<大使寸評>木地師にこだわりを見せる大使であるが、エンジニアというかつての職業がら、たたら製鉄も大使のツボになるわけです。木地師とたたら製鉄、その共通項は森林資源であるわけで・・・たたら製鉄を歴史と植生と経済をベースに語るという、わりと広い視野がこの著書の魅力なんでしょうね。nikkan美鋼変幻美鋼変幻byドングリ【メタンハイドレート】有賀訓著、学研パブリッシング、2011年刊(文字数制限により省略、全文はここ)【シティ・マラソン】三浦しおん×あさのあつこ×近藤史恵著、文芸春秋、2010年刊(文字数制限により省略、全文はここ)Amazonシティ・マラソン【佐高信の甘口でコンニチハ!】有賀訓著、学研パブリッシング、2011年刊(文字数制限により省略、全文はここ)【文芸春秋7月号】雑誌、文芸春秋、2014年刊(文字数制限により省略、全文はここ)*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き68
2014.08.14
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田舎に帰省するたびに、徳島道の藍住インターで乗り降りしているのです。この地域がかろうじて日本の藍生産を維持しているのだろうとは知っているのだが、藍の博物館にまでは、まだ行っていないのです。このたび、図書館で『日本の藍』という本を借りたので紹介します。【日本の藍】日本藍染文化協会編、日本放送出版協会、2002年刊<「BOOK」データベース>より化学染料、化学繊維万能の現代。そんな中でいまなお天然藍を大切に守り続けている人達がいる。藍染めは絹、木綿、麻、毛などの繊維にもよく染まり、堅牢度も高く、防虫や殺菌の効果もあるといわれ、何より、その美しい色の仕上がりが、今日なお多くの人々に愛用されている。本書は、藍の栽培、藍染料の作り方、染織の技法、そして天然藍による染織に取り組む作家たちを紹介する。<大使寸評>第2次大戦中には、すくも生産の中断があり、昭和40年代には、すくも生産消滅の危機もあったようですが・・・・佐藤昭人さんの頑張りによって、すくも生産の技術がかろうじて、伝承されたようです。先日「藍布の源流」というムック本を読み、日本の藍の素晴らしさに目覚めた大使であるが、この本でその思いを深めたのです。Amazon日本の藍<阿波藍の栽培とすくも作り>p29~30より 水打ちと切り返しの重労働、葉藍が吐き出すアンモニアガスと発酵による70度もの高温。そうした葉藍との苦闘は美しい深い藍のブルーを生み出すための闘いであり、一歩も引けない、真剣勝負である。こうした神経と肉体をすり減らす作業も、12月の声を聞くと終わりになる。 葉藍はすっかりその姿を変え、すくもという別の物質に変容している。すくもが出来上がっているかどうかの確認は、まずすくもを手のひらに取り、水を少し加えて手のひらの上で竹べらで練る。そのときに出てくる液の具合を見る。より正確な鑑定は、古くからの手板法という方法によっている。すくもを一握り取り、少し固く練り上げて直径3センチほどの棒状にする。これを和紙の上に押して、色合いを検討するのである。 手板法での鑑定は実に正確なもので、江戸時代には、これによって阿波藍の等級が決められた。等級は藍の価格に反映するから、シビアな判定が欠かせない。徳島県の無形文化財の指定を受けていた佐藤さんの祖父、佐藤平助さんは、この手板法の第一人者だった。 出来具合を確認されたすくもは、全国各地で佐藤さんのすくもを待ちわびている染色家の元に発送される。まだ湯気の立っているすくもを計量し、かますに詰める。この作業は、種蒔きから始まったほぼ1年間にわたる作業のフィナーレであり、作業する人々の胸の内は、安心感と開放感で満たされている。 夏の炎天下での藍刈りの作業や、高温を発する葉藍の発酵過程での作業など、過酷とも言える作業はもとより、苗の植え付けやすくもづくりの命でもある水運びの作業なども決して楽な作業ではない。 こうした地道な作業を一つ一つこなしてゆく中で、藍は育ち、葉藍の発酵は進行し、すくもへの完成度を高めてゆく。<藍を後世に残すために力を合わせて:佐藤昭人>p90~91より 先祖代々藍師の家の生まれ。昭和23年、数え年10歳で藍職人の世界に入った。長男、家の後継者が家業を継ぐのが当たり前の世界である。第二次世界大戦後、食料不足は想像を絶するものであり、都会からの疎開者も多く、農家育ちの者でさえ食べ物に不自由した。 昭和21年、岩田ツヤ子様が命がけで守ってくださった白花小上粉の藍種を播き、佐藤家で藍の栽培が再開された。昭和27、8年くらいまでは藍はよく売れたが、昭和30年代、日本経済の高度成長にともない化学染料、化学繊維の時代となり、藍が見向きもされない期間が昭和40年後半頃まで続いた。その中でもいちばん苦しかったのは、昭和40年から42年頃で、徳島県でも昭和42年には県の調査で作付け面積がわずか2ヘクタールであったが、担当者があまりに少ないので4ヘクタールと提出しておくとの話があったほどだ。 藍師の家でも後継者はみな他の仕事に従事し、若い人間で藍の仕事をするのは私一人となった。 昭和43年頃からNHKさんが、「日本にこんな仕事が残っている」とラジオやテレビで盛んに取り上げてくださるようになる。それから民芸協会の人たちが全国から訪ねてきたり、藍の見学者が次第に増えてくるが、その頃の私の家は藍作りだけでは家族の生活が難しく、酪農で生計を立てながら細々と藍の技術を守るという情けない時代であり、藍を作り続けても先の見通しはなく、早く藍作りをやめて酪農専業になることを真剣に考えていた。 そんな折、名古屋の片野元彦先生が我が家を訪れた。何度となく訪れてくださるうちに「日本に一億人の国民がいる。その中に一人くらい本物の藍を作るバカがいてもいい。日本人が最古の染料を見捨てるはずがない。必ず公害のない天然染料、天然繊維の時代が来る。信じてください」と、度重なる説得に私の心が決まった。経済的に苦しかった我が家を何くれとなく心配してくださり、藍を守るための蔭の力になってくださった叔父の高瀬與吉朗様、光子様ご夫妻と、私の迷いを本筋に導いてくださった片野元彦先生、この方々は私の人生の恩人である。
2014.08.13
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図書館で借りた『素顔の孫文』という本だが・・・著書は、孫文を「過渡期のはぐれ者」と評しているように、かなり辛口なところが、ええなぁ♪【素顔の孫文】横山宏章著、岩波書店、2014年刊<Amazon説明>より大言壮語するほら吹き「孫大砲(スンダーパオ)」。共和革命を夢想し実践した孫文は、そう呼ばれた。建国の父という神壇から下ろして公私に亘る事績を追うと、失敗続きの革命にめげず人々を結集させる憎めないオーガナイザーの側面が浮かんでくる。彼が目指した民主・憲政構想とは何だったのか。その素顔を通し活写する型破りな評伝。<大使寸評>著書は、孫文を「過渡期のはぐれ者」と評しているように・・・・かなり辛口なところが、ええなぁ♪Amazon素顔の孫文「中華民族」論において、習近平に対する著者の評価がチラッと出てくるが、この辛口評価で著者に対する好感度はグッと高まるのです♪<「中華民族」論が生まれる>p190~191より ここに「中華民族」という新しい概念が登場した。各異民族の歴史と個性を否定し、漢民族に同化させるという意味はなにか。遅れた自治能力を持たない異民族を援助し、その政治、経済、文化力を向上させるためなのか。理念的にはそうかもしれないが、現実の政策意欲から見れば、必ずしもそうではない。 孫文は実業計画をまとめた『建国方略』で、「モンゴル、新疆への殖民」を主張している。全国鉄道網の一つである西北路線系統建設は、「モンゴルや新疆の広大な無人地帯へ移民させ、長江及び沿岸のあふれた人工を減らすことが目的である」と述べている。すなわち有能な漢族を、数が少ない異民族地域に送り込み、中国の実業を振興させようとしたのである。ことは異民族のためではなく、中国全体を漢族化して、中国発展のために国内殖民を進めようとしたのである。こうして漢族主導の「同化」政策が進めば、すべてが漢族化し、改めて××族と区別しながら呼ぶ必用がなく、全民族が同化、融合した「中華民族」が生まれるという理屈である。 実は、この「中華民族」という概念は、共産党支配の現代中国でも生き続けている。モンゴル族支配の元朝も、満族支配の清朝も、すべて中国の王朝であるといい始めた。なぜなら、今やモンゴル族も満族も、あるいはチベット族やウイグル族も、中華人民共和国という国土に住んでいるすべての諸民族は、すべて「中華民族」に融合してしまった、というのである。 孫文は「同化させる」という言葉を使ったが、現代は既に「融合してしまった」と見なす。だから民族間の対立はなくなり、各民族は「社会主義大家族の温かさを実感」(胡錦濤)することになる。ウイグルやチベットの民族的反撥が多発している現状とかけ離れた民族概念であるといわざるを得ない。習近平も同じで、「中華民族の偉大なる復興」を夢みている。 いずれにしても、「中華民族」という概念は実体概念ではなく、極めて政治的な概念であることが分かる。実は、この「中華民族」論も、国共合作期にい入ると大きな試練を受ける。孫文が提携したコミンテルンは民族自決論を強要し、孫文は苦慮しながらも、誤魔化し誤魔化ししながら対処した。 孫文のしたたかさは、情勢の変化で民族論を変えていく巧さにも現れている。 漢族支配と満足支配の違いを強調する漢族革命論→みんな仲良しの「五族共和」論の提唱→借り物「五族共和」論の否定→漢族への民族同化論による一つの「中華民族」の提唱→コミンテルンとの折衷による諸民族の自決論→本心は変わらない「一つの民族」論。 無節操といえば、無節操。情勢の変化に対応できる柔軟さといえば柔軟。どちらからでも批評できるという多様性が、孫文の特徴である。孫文はころころと変節し、結局「一つの民族」論に落ち着くようですね。これでは習近平と大差ないわけで・・・幻滅せざるを得ないようです。朝日デジタルの書評をときどきwebデータで残しているのだが・・・書評が取り上げたその本を、図書館で借りられてラッキーでした♪素顔の孫文より<歴史を動かした革命家の実像:角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家) > 三民主義を掲げ、辛亥革命をリードした近代中国の国父孫文。日本の歴史の教科書にも威厳のある口ひげを蓄えて登場するこの偉人が、実は大言壮語ばかりする困った人物だったらしいというのは何かで読んだことはあったが、まさかこれほど際どい人物だとは思わなかった。 とにかく変わり身が早い。柔軟というよりむしろ無節操。状況によって提携相手を次々と変え、裏では借款との引き換えに革命後の租界割譲を密約するなど、裏切り者と言われても仕方がないことを平気でした。看板の三民主義も想像からはほど遠い。鼻につくほどの漢民族中心主義で、少数民族の自治を排し、人民を愚か者と決めつけ個人の自由を認めず、革命後の政体も軍部と行政府による独裁型を志向していたという。 自前の軍隊を持たず蜂起と敗走を繰り返し、流れ者のように日本に亡命を繰り返した姿を読むと、実務能力に乏しく周囲が見えていなかったとしか思えない。「革命だ! 革命だ!」と叫び続ける裸の王様を思い浮かべてしまう。申し訳ないが、革命家以外の職業は無理だったろう。 謎なのは彼がなぜ国父と呼ばれるほどの政治的権威を身につけたのかということだ。 何しろほとんど何も成功していない。辛亥革命勃発時も実は外遊中で、慌てて文無しで帰国し、後は俺に任せろと言わんばかりに他人が作った政権の上にチョコンと乗っかっただけらしい。一体何様ですか?と思うが、逆にそれができるのが偉大なところ。それぐらいの個性がないと中国のような大国の歴史を動かす星にはなれないのだ!とでも思うよりしょうがない。 筆者も指摘しているが孫文が志向した政治は現在の共産党政権によりかなり実現されている。歴史にイフは禁物だが、孫文がいなかったら今の中国は一体……という疑問はどうしても湧く。色々な意味で興味の尽きない傑物だ。横山宏章著、岩波書店、2014年刊 <「BOOK」データベース>より大言壮語するほら吹き「孫大砲」。共和革命を夢想し実践した孫文は、そう呼ばれた。建国の父という神壇から下ろして公私に亘る事績を追うと、失敗続きの革命にめげず人々を結集させる憎めないオーガナイザーの側面が浮かんでくる。彼が目指した民主・憲政構想とは何だったのか。その素顔を通し活写する型破りな評伝。<読む前の大使寸評>探検家の角幡唯介が書評を書くぐらいだから、国父と呼ばれる孫文の面白い世過ぎだったんでしょうね。孫大砲の法螺はどれだけ大きかったか・・・興味深いのである。Amazon素顔の孫文
2014.08.13
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図書館で借りた『砂漠と人間の歴史』だが・・・ええでぇ♪「月の砂漠」のエキゾティックに魅惑された大使は西域にあこがれて・・・・ドングリスタンの大使を務めるまでに至ったのです(嘘やでぇ)【砂漠と人間の歴史】ロズリン・D.ヘインズ著、原書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より特異な生態系を育み、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を誕生させ、資源や軍事開発の拠点となった、この地にひそむ力。砂漠のメカニズムと歴史を、地学、生物学、宗教、芸術など多角的な視点から描きだす。地球科学と文化史を結ぶ新しいタイプの自然誌入門。【目次】第1章 砂漠の多様性/第2章 さまざまな適応能力/第3章 過去と現在の砂漠の文化/第4章 先祖たちの芸術/第5章 砂漠の宗教/第6章 旅行家と探検家たち/第7章 想像の砂漠/第8章 西洋芸術における砂漠/第9章 砂漠の資源と可能性<大使寸評>砂漠に対する主な三つの反応―その広大さへの畏敬、その過酷さへの恐怖、その野生への興味―は、そのままmysterium(神秘)、tremendum(戦慄)、fasinans(魅惑)といった特徴と一致する。幼少の頃「月の砂漠」のエキゾティックに魅惑された大使であるが・・・・その後、読書とか仕事を通じて砂漠へのこだわりを持つに至ったわけです。この本も、「砂漠への憧れ」の中に収めておきます。rakuten砂漠と人間の歴史今日、ベドウィン族はアラブの全人口の10%に満たないが、ベドウィン族の美徳は今も純粋なアラブ・イスラム文化の手本とされるそうです。<砂漠の文化>p68~69より 伝統的なベドウィンの遊牧民は、横長で天井の低い黒いテントに住んだ。山羊やラクダの毛でつくられ、中心を背の高い一連のポールで支えられたテントは、その数によって一族の富や地位が示された。こうしてテントは砂漠の生活によく適応したものだった。一時間足らずで片づけることができるうえ、羊やラクダの毛でできた生地は濡れると膨張するため、水も弾いた。 それは寒い夜には暖かく、風の強い日には避難場所となったばかりか、暑い真昼には両側面と背面を巻き上げて微風を入れることもできた。テントの前面部分は男性の領域で、客を迎えるためにも使われたが、家族が寝起きし、料理するのは仕切りのカーテンの奥にある女性用の部屋だった。 今日、ベドウィンの裕福な家族のテントには、電灯やテレビといった電化製品のために発電機を備えているところもあれば、ラクダや羊の群れと並んで、外にトラクターやライトバンが駐車されているところもある。 一方、オアシスは遊牧よりも安楽な生活様式をもたらし、紀元前5世紀頃から、そこに定住民の社会が発達した。その代表的なものがメッカである。こうした集落ではナツメヤシや穀物が栽培され、スパイスや象牙、金などをアラビア南部やアフリカから肥沃な三日月地帯へと運ぶ隊商のちょっとした交易拠点となった。 砂漠の遊牧民と町の住人、そして小作人を区別する社会的階層は、たとえそれが必ずしも各階層の相対的な豊かさを反映したものでないにせよ、今もアラブ世界の特徴である。 遊牧生活を支えるのに必用な広大な領地は、もはや手に入らない。18世紀のオスマントルコによる土地法では、共同体による土地の所有は無効とされた。最近でも、人口増加や都市化、産業化、石油ブーム、そして基地を求める軍の要請によって、これまでの放牧地はひどく侵されている。1950年代、サウジアラビアとシリアはベドウィン族の放牧地を国有化した。また、ヨルダンは山羊の放牧を厳しく制限し、イスラエルはネゲブ砂漠のベドウィンが利用できる土地を縮小し、彼らを支配しやすくするために村や町へ追いやった。 今日、ベドウィン族はアラブの全人口の10%に満たず、本物の遊牧民は1%にも満たない。彼らはたいてい社会の最貧困層にあり、その進歩から取り残され、軽んじられている。ところが、おかしなことに、伝統的な遊牧民の美徳は今も純粋なアラブ・イスラム文化の手本とされ、彼らは観光客のためにその伝統的な生活様式を演じさせられている。実際、アラビア政府は、黒いテントや伝統的な家具調度品を完備し、観光客のイメージ通りの格好でラクダを引くベドウィンのテーマパークを建設しようとしている。 また、ベドウィンの伝統に基いた祭りや「婚礼」も観光客に大人気だが、当の演じ手たちはこれを下劣と考えているかもしれない。砂漠の遺跡から、最古の印刷本「金剛般若経」が発見されたが・・・・・過酷な自然がかつて栄えた文明を隠して保存していたわけですね。<先祖たちの芸術>p105~107より シルクロードに代わる海上ルートが発展すると、この危険で困難な陸の交通路は衰退し、オアシス都市もほとんど忘れ去られた。わずかに洞窟に残っていた僧たちも、第17窟に大量の写本類が眠っていることには気づかなかった。これは壁画の奥につくられた秘密の洞窟で、蔵経洞として知られている。20世紀の偉大な考古学的発見となったこの貴重な資料は、1900年、石窟の院長で守護者を自称する王円録という道教の僧によって見つけられた。 1907年、ハンガリー出身の英国人考古学者で探検家のマーク・オーレル・スタインは、噂を聞きつけて莫高へやって来ると、王円録を説得して内部を案内させた。(中略) スタインは5万点もの写本をはじめ、絹や紙に描かれた絵や経典、織物など、何世紀にもわたって蓄積されてきた何百という遺物を発見するとともに、サンスクリット語やソグド語、チベット語、チュルク語、中国語、ウイグル語などで書かれた貴重な仏教の書物を見つけた。(中略) スタインのもっとも貴重な発見は、「金剛般若経」だった。 中国唐朝の868年に印刷されたこの書物は、最初のグーテンベルク聖書の刊行に先立つこと587年、日付のついた完全な印刷本としては世界最古のものである。それは仏陀と弟子の須菩提によるソクラテス式問答の形式で書かれており、存在や悟りの本質についての彼のそれまでの先入観が問われている。 スタインは王円録を説得し、7000点の完全な写本のほか、6000点の絵の断片や箱、刺繍などの遺物を220ポンドで売らせた―そのお金は他の石窟の修復に使われることになった。 現在、この膨大な書物のコレクションはロンドンの大英博物館にあり、絵画類はニューデリーの国立博物館と大英博物館に分割して収蔵されている。その後、他の多くの収集家がスタインの後に続き、写本や彫像はもちろん、壁画が描かれた壁の石板さえ持ち去った。訪れたジャーナリストや写真家たちは世界中にこの貴重な遺物の詳細を伝え、それが1951年の敦煌文物研究所の設立や、1961年の中国政府による莫高窟の全国重点文物保護単位の認定につながった。<砂漠の宗教>p115~117より 砂漠の宗教的な重要性は、瞑想によって神への超自然的な畏怖の念を呼び起こせることにあった。ドイツのルター派神学者ルドルフ・オットーは、その代表作『聖なるもの』(1917年)において、この超自然的な体験をヌミノースと呼び、それを戦慄と魅惑の両方を伴う神秘と定義した。 砂漠に対する主な三つの反応―その広大さへの畏敬、その過酷さへの恐怖、その野生への興味―は、そのままmysterium(神秘)、tremendum(戦慄)、fasinans(魅惑)といった特徴と一致する。 果てしない空虚な広がりは、「崇高なもの」がその空間に置き換えられていることを表わす。そしてこの圧倒的な広がりは、やがて無限の感覚―永続性―を呼び起こす。多くの人びとがこの時間と空間の融合するような体験を、強烈で、幻想的で、まさに意識が飛ぶようなものとして感じるのは、それが合理的なものを超越しているからである。 文字通りの意味で砂漠に住むことが現実的でなくなっても、「荒野の教父や教母」たちの言葉は、彼らの清貧、貞潔、服従、断食、祈りといった共同体のルールとともに、修道院生活の基礎となり、砂漠の窮乏は象徴として再現された。クエーカー教やアーミッシュが簡素な生活を実践したり、プロテスタントの敬虔派が内面的信仰を深めたりするのは、物質主義による心の乱れや誘惑を断つためのものだった。 13世紀のドイツの神秘主義者マイスター・エックハルトはこう説いている―人は「神性の砂漠」を見つけるために、「自我とこの世界の物事に関するかぎり、砂漠のようにある」べきだ。<砂漠の資源>p200~202より 石油や天然ガスを埋蔵する砂漠地帯では経済が急速に成長したが、環境破壊による生態系の損失は、その利益をはるかに上回る。土地や淡水域への石油の流出は、北アフリカやアラビアの砂漠で頻発している。これは地上の資源はもちろん、人間の食料源を含む複雑な食物連鎖で結びついた地下の多様な有機体にも影響を及ぼしている。 さらに、それは動植物にとって致命的な油膜や石油そのものの毒性によっても環境を損なっている。 湾岸戦争が行われていた1991年、イラク軍はクウェートの1164もの油井を破壊し、その砂漠に6000万バレルの石油を流出させ、土壌と地下水を汚染した。彼らはペルシャ湾にも200万バレルの石油を流出させ、何千羽もの海鳥を死なせ、ウミガメやジュゴン、イルカ、魚類やエビを含む水界生態系に深刻なダメージを与えた。9ヶ月にわたって鎮火できずに続いた石油火災は大気も汚染した。猛スピードで砂漠を横切る戦車は大地の表面を傷つけ、不安定で崩れやすい砂丘を生んだ。 さらに悪いのは、湾岸戦争で米軍の低空飛行機から発射されたウラン弾や、米軍・NATO軍によって落とされた300トンもの劣化ウランによる長期的な影響で、それらは土壌と水を汚染した。 こうした環境災害は戦争中に故意に引き起こされたものだが、カラクム砂漠の中央にあるトルクメニスタンの村ダルヴィザの付近では、災害が事故として起こった。1971年、天然ガスを求めてボーリング調査をしていたソ連の地質学者たちは、ガスが充満した大洞窟を発見したが、その洞窟の下の地盤が崩れ、直径70~100mもの穴が合いてしまった。有毒なメタンガスの放出を防ぐため、ガスに着火することになったが、火はそれ以来ずっと燃え続け、大量の炭素を大気中に放出している。地元の人々はそれを「地獄の門」と呼んでいる。 (中略) 4500km2の敷地をもつ米国海軍航空兵器基地は、モハーヴェ砂漠西端のチャイナ・レークにあり、1950年から米軍の航空兵器システムの開発・実験を行っている。また、タクラマカン砂漠の端にあるロプ・ノールは、1964年から核兵器の実験場所になっている。オーストラリアでは、1955年から1963年にかけて、英国政府がグレート・ヴィクトリア砂漠で核実験を繰り返し、アボリジニーの土地を含む広大な地域をプルトニウム239、ウラン235といった放射性物質で汚染している。
2014.08.12
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台風11号が通り過ぎて、高速道路の規制が解除されたので、やっと神戸に帰ってきました。田舎に帰省中に、台風に二つも遭遇したので・・・蟄居中は本を読んでやり過ごした次第です。佐野洋子のエッセイなんかを読んでみると・・・顰蹙を買うような言動の裏に、人生の本質が見えるような気がするのです。そう見えたのは・・・いわゆる老人力がついてきたのでしょうね。【佐野洋子(追悼総特集)】ムック本、河出書房新社、2011年刊<商品の説明>より絵本作家でエッセイスト・佐野洋子の追悼総特集。幻の遺稿「船の中のこと」や単行本未収録エッセイ、思い出アルバムなど。谷川俊太郎VS広瀬弦の特別対談、角田光代、西原理恵子他執筆。<大使寸評>佐野洋子の作品といえば、「100万回生きたねこ」しか知らなかったが・・・このムック本を読むと、かなり破天荒で毀誉褒貶の多い大物だったようです。特に谷川俊太郎との結婚、離婚の経緯が常人離れしているのだが・・・・ジャガーを乗り回す人のやることはすごいわ♪顰蹙という点では、瀬戸内寂聴が先達を務めているのだが、佐野洋子もいい線いっていたようです♪rakuten佐野洋子(追悼総特集)このムック本から佐野洋子のエッセイをひとつ紹介します。<虚構の世界を作ること>p216~218より 父が死んだのは私が19の時で、すぐ下の妹は12歳だった。 19の私が一番大人に近かったので、私は12の妹や6歳の妹が父を失ったことを不憫に思った。 父が死んで1週間程した時、私は12歳の妹の机の上に書きかけの手紙を見つけた。 私は妹の手紙を見ることに良心の呵責を感じたが、好奇心の方が強かった。彼女は沖縄のペンフレンド宛てに手紙を書いていた。ペンフレンドはやはり12歳で、男の子だった。「私はあなたとお別れしなくてはなりません」と書き出してあった。 彼女は父が死んだことを告げ、その父がどんなに優しく立派だったかを語り、その父が死んだので、大きなお屋敷を悪い人に売らなくてはならなくなったと書いてあった。 大きなお屋敷の庭には、芝生がひろがり、セパードが居て、グランドピアノがある応接間があり、その応接間にはペルシャじゅうたんが敷いてあるのだった。「私は田舎のあばら家にひっこしをするので犬とも芝生ともグランドピアノとも別れなくはなりません。 もうデザートに焼きリンゴを食べることも出来ないのです。だから、あなたともお別れしなくてはならないのです」 私は驚いた。 私たちの家は小さな教員住宅で、庭にはキューリやトマトが植えてあったが、芝生など一本も生えていなかった。 おまけに焼きリンゴ―。 妹は自分の不幸にどっぷりひたり、さらに拡大して、一つのドラマに身をゆだね、手紙の中でちがう人生を生きていた。 中々の表現力で、明らかにそれを楽しんでいた。妹は可哀相な女の子になりながら、多分うっとりとその手紙を書いたに違いない。 そして、食事の時、もっと小さな妹に、「あっカラス」と空を指さしながら、小さな妹のお皿からおかずをくすね、母親からこづかれていた。 妹はただひたすら生きていた。12歳の子どもを、あるいは父を失うという現実を。 彼女はちがう人生を描いたのではなく、やはりそれは彼女の悲しみそのままではなかったか。 その手紙は、私の感傷を超えて、したたかで、臆面もなく、可憐であった。妹は、虚構にすり変えて、現実をひたすら生きていると私は感じた。 これを嘘と言うのだろうか。 このリアリティのこもったホラを嘘と言うのであろうか。 私は自分が小学生の時書いた数々の嘘をちりばめた作文を思い出す。私の嘘など、なんとひ弱で、リアリティが無いものだったか。 つき上げられる要求もなく、ペロペロと口から出まかせの嘘をつき、先生にじっと目を見られて恥じ入った作り話。 母を恥じ入らせた夏目漱石そっくりの作文。 妹も私にあの手紙を見られたことを知れば恥じ入るかも知れない。しかし、私は妹の悲しくもこっけいなホラ話から、創作の原点を学んだ。 自分をおそった現実と哀しみから離れることもなく、ロマンスをくりひろげたこと、虚構の世界を作り上げることで、現実をのり切ること。それがたとえ、安手の少女小説まがいであったとしても、妹にとって、あのうそ話はとりもなおさず生き続けることを意味していたにちがいない。 私の仕事はうそ話を作ることである。 私はそのうそ話を、12歳の妹のように作りたいと思う。ところで最近は、「老人力がついてきた」と思う昨今である。まず、人目を気にしない服装で顰蹙を買うのだが・・・・どうでもいいやという風にふてくされてくるわけです。チョイ悪ルックとかいうのを通り越して(パスして)、老人ルックが板についてきたようです。
2014.08.11
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