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コロナウィルス対応で各種催しが自粛中であるが、久々に横尾忠則を観に行こう♪横尾忠則現代美術館の企画展に繰り出そうと思い立ったのです。…ということで、観る前からネットで覗いてみました。今回のポスターです。Curators in Panic ~横尾忠則展 学芸員危機一髪より 2021年から2022年にかけて国内外で開催予定の横尾忠則の大規模な個展に、当館の横尾作品も引っ張りだこ。喜ばしい反面、約140点もの作品が収蔵庫から消えても果たして企画展は開催できるのか? 学芸員はパニック状態です そこで、3名の学芸員が過去に企画した展覧会を振り返り、収蔵品の中からそれぞれの「推し作品」を勝手におすすめすることにしました。日ごろの調査の中で発見したこと、展覧会にまつわるエピソード、ただただ好きな作品……。選抜メンバーを逃した「うちの子」たちへの愛情を語ります[会期]2021年3月27日(土)-8月22日(日)(月:振休)鑑賞後のレポートは追って追記する予定とします。横尾忠則を観に行こう♪14
2021.06.30
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図書館で『モノローグ』という本を、手にしたのです。目次を覗いてみると・・・著者の守備範囲が広いことが圧倒的でおます。【モノローグ】平野啓一郎著、講談社、2007年刊<「BOOK」データベース>より三島由紀夫の新たな読みを提示した「『金閣寺』論」、「『英霊の声』論」を中心に、文学、音楽、美術、建築、そして、自らの作品について論じたファーストエッセイ集。『日蝕』の衝撃的デビューから現在まで、常に時代の最前線に立ちつづけた著者の軌跡。<読む前の大使寸評>目次を覗いてみると・・・著者の守備範囲が広いことが圧倒的でおます。amazonモノローグ高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』が語られているので、見てみましょう。p188~190<最近になって「処女作」を読んで> 講談社文芸文庫から『ジョン・レノン対火星人』が復刻されたお陰で、私も、なかなか手にする機会を得なかった高橋さんの(初稿のタイトルは『すばらしい日本の戦争』)を、最近になってようやくゲットしたのだが、読み始めて、読み終わるまで、ずっと、「わぁ、こりゃすごいな」という印象だった。傑作に触れた時の興奮というのは、大体そんなもので、分析的な読みというのは、あとから遅れて息せき切って追いかけてくるものである。 この小説が、当時、群像新人文学賞の選考会で、選考委員の理解をまったく得られなかったというのは、今にしてみれば、滑稽と言うより、なんとなく気の毒な感じのする話である。高橋さんにとっては勿論のこと、分からなかったという選考委員も気の毒だし、講談社も、まァ、気の毒だったのだと思う。 得体の知れないものに接した時の人の態度は、拒絶するか、既知のパターンに暴力的に同一化した処理するか、とにかく面白がるかのいずれかで、同時代人に対するポウズとしては、知らん顔するのが無難だろうが、時が経ってみれば、反応出来たことの価値はいや増すものである。第一に分かったということ、第二に分かったかどうかはともかく、何かを感じてそれを表明する勇気があったということ。その点、後の人間は、素直に感心しさえすればいいのだから気楽なものだ。 私はどうも、人の年齢が気になる質で、ちょうど自分が30歳になったから、先行する世代の作家たちは、同じ年頃に、どんな作品を書いていたのだろうと、少し前から考えていたのだが、そうして見ると、三島由紀夫の『金閣寺』も、大江健三郎の『万延元年のフットボール』も、中上健次の『枯木灘』も、みんなこの30歳から32歳くらいの年齢で書かれている。この偶然は、何なんだろう? 『ジョン・レノン対火星人』に妙に感動して、巻末の年齢を見ると、これまた30歳である。高橋さんの場合、20代の作品はないが、しかし、例の失語症を克服するためのトレイニングというのは、ちょうどこれに相当するものだったのではあるまいか? それにしても、あえて恣意的に並べてみたのだが、こうして上記の三作と比較してみると、確かに『ジョン・レノン対火星人』は、当時の流行で言えば、一種のUnidentified Flying Objectとして、文壇に(そして、今から見れば文学史に)火星人的に飛来して人を驚かせたのだろうと思われる。UFOへの想像力というのは、常に、こんなことが出来てしまうという、その技術水準の高さを畏怖する心性によって支えられているものだ。 先日テレビで、とある正直な料理人が、人の作ったうまい料理を口にすると、「なんか、ムカツク」と言っていたが、その気持ちは、モノを作る人間には誰にでも多少はあるもので、今もし、こんな作品を同い年の作家に発表されたら、私もちょっと心中穏やかではないかもしれない。 最も羨むべきは、同業者にどこかイヤな気分な味わわせるような才能である。この本も高橋源一郎アンソロジーR4に収めておくものとします。『モノローグ』1(〇)
2021.06.30
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図書館で『モノローグ』という本を、手にしたのです。目次を覗いてみると・・・著者の守備範囲が広いことが圧倒的でおます。【モノローグ】平野啓一郎著、講談社、2007年刊<「BOOK」データベース>より三島由紀夫の新たな読みを提示した「『金閣寺』論」、「『英霊の声』論」を中心に、文学、音楽、美術、建築、そして、自らの作品について論じたファーストエッセイ集。『日蝕』の衝撃的デビューから現在まで、常に時代の最前線に立ちつづけた著者の軌跡。<読む前の大使寸評>目次を覗いてみると・・・著者の守備範囲が広いことが圧倒的でおます。amazonモノローグ横尾忠則さんが語られているので、見てみましょう。p273~275<記憶の波打ち際で> 横尾忠則さんの幅広い交友関係の中でも、私はその最新の部類にはいるのではないかと思うが、元々、横尾作品が好きだったし、瀬戸内寂聴さんを通じてお互いに噂は耳にしていたので、最初の対談の時から話は大いに盛り上がった。 その後、当時の事務所の近くでトンカツをご馳走になり、自宅にまでお邪魔して、遅くまで色々な話をしたのだが、その一々がおかしくて、私はソファの上で、比喩でも何でもなく、本当に転げ回って笑っていた。 あの時横尾さんは、何の話をしていたのだろう? 実は、特別な笑い話をしていたというわけでもなく、大半は横尾さん個人の思い出話だった。そこに、三島由紀夫だとか、ジョン・レノンだとかの名前が、道端を猫が横切るような何気なさで顔を覗かせるので、私は素朴に羨ましかったが、横尾さんにしてみれば、別にどういうこともない話だったのだろう。 考えてみれば、世界中を探しても、三島とジョンとのどちらとも交友があったというのは(右から左まで!)横尾さんくらいなものである。そうした人たちの逸話がちりばめられつつも、そこに居合わせ、それを体験した横尾さんの話が、ともかく抜群に面白かった。 私は、仕入れたネタの幾つかを、早速誰かに話したくなって、実際に人に聴かせたりもしたのだが、どうもうまくはいかない。内容は正確に伝えているはずだし、聴いている方も興味深そうだが、反応は、へぇ、と感心する程度である。直に横尾さんから耳にした時のあのえも言われぬ話の魅力は、私を経由する間にすっかり削がれてしまったようだった。そう考えながら、私は、これはひょっとすると、横尾芸術にも言えることではあるまいかと思い至った。 横尾作品には、美術ファンにはお馴染の形象がチラホラ登場する。フラ・アンジェリコから、ルーベンス、アンリ・ルソー、ダリ、更には『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』のヒプノシスに至るまで、とにかく、色々である。一般的に、これは「引用」と解釈されるのか、あるいは「パロディ」と目されるのかもしれないが、観ていて私は、どうもそんな印象は受けない。小説でも、そうした手法の作品は多くあるし、それはそれで魅力的なのだが、私が横尾作品に見いだす対象との関係は、良い意味でもっと率直なものである。 横尾さんは、決して単に情念的な画家ではなく、こう言って良ければ知的な画家である。美術史に通暁しているし、そのトレンドに対する感覚も鋭敏である。しかし、横尾作品に、美術史に対する批評的なアプローチというのは窺われない。そう見えるものもあるかもしれないが、それが創作の動機ではあるまい。 例えば、ダリの幾つかのモティーフを取り上げるとする。しかし、ダリが当時、その絵を発表したことのパフォーマティブな意味にはまったく関心が示されない。デペイズマンであろうか? しかし、そうしたあざとさもない。ポストモダン流の脱構築ともまた違っている。 随分と長い間、画家たちは海や山といった自然の風物を見て感動し、それを絵に描くということを繰り返してきた。それは単に描きたかったからである。横尾さんの先行画家たちのモティーフの取り上げ方には、そうした直接さがある。樹を見てその色と形とに感動し、それを自作のモティーフとして取り上げるのと同様に、例えば、ダリの絵のひび割れた卵を取り上げる。 両者の間には、何の質的な差異もない。まったく同等の主観的な視覚経験として記憶の中に投げ込まれていて、人が前提とする、一方は自然界に存在するもので、他方は芸術家が生み出したものだというような区別の境界が無効になっている。 その混沌は、丁度フロイトが、夢に於いては否定性が不在であると指摘したのと同じように、あらゆる禁止から解放された完全に自由な等質空間である。横尾さんが、夢に強く興味を惹かれ、それを言語化する作業は、その絵画的な源泉への遡行とそれを具現化する作業過程と軌を一にしている。
2021.06.30
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図書館で『地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。』という本を手にしたのです。おお シーナの科学的エッセイ集ではないか・・・SFマガジン連載分を単行本にしただけあって、そのSFテイストがええでぇ♪【地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。】椎名誠著、早川書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より世界のいろんなところで考えた地球のこと、未来のこと、旅のこと。脳ミソくねくねエッセイ集。<読む前の大使寸評>おお シーナの科学的エッセイ集ではないか・・・SFマガジン連載分を単行本にしただけあって、そのSFテイストがええでぇ♪rakuten地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。リドリー・スコットの映画が語られているので、見てみましょう。p68~71<人間とアリンコの本質的な違いをふたつあげてみなさい>■ゴジラの永住化政策 映画『ブレードランナー』は切ない映画だった。ディックの原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫)ではあまり悲壮感のようなものを感じなかったのは、ぼくの理解力とイマジネーションが幼稚だったからのように思うが、映画では辺境宇宙で「人間たちには想像もできないような光景を見て、その中で働いてきた」という逃亡レプリカントの苦悩がわかりやすく描きだされ、彼らの人工生命が4、5年しかない、ということを当事者が独白するところにグッとくるものがあった。 彼らはもっと生きたい、と誰しも言っていた。そんな短命の運命を与えてくれた創造主にレプリカントは体を張って「お礼まいり」にきたのだ。だから映画を見ているとどうしてもレプリカントに感情移入してしまう。 ブレードランナーを見て、もうひとつ理解したことがあった。 ゴジラはなぜいつも日本を襲うのか、ということのお謎である。最初は海から上陸してきた。望見するだけで、その行動はいかにも非友好的だった。あの顔は東京の人たちをはじめとしてとにかく日本人たちと仲良くしたい、という顔ではなかった。プロレスの青コーナーから現れる最初からルード(悪役)の超極悪顔で、げんにあの顔と体型に怯えて日本は相手(ゴジラ)の言い分など一切聞かずのっけから自衛隊の戦闘機などでどんどん攻撃していった。 いろいろ知ってくるとゴジラは人類による放射能汚染の被害者であり、彼はその復讐にきたのだ。あのような状況下で生まれてしまったゴジラは、あとを絶たない攻撃によって、自分の死期というものを感じていたのだろう。だからレプリカントと同じようにゴジラも常にあんなふうに怒っていたのだ。 放射能をいじくった人類にその負い目はあるから、このタタカイは見るものによって気持ちは複雑になる。完全にゴジラ側からあの騒動を見ることだって必要だった。 最初の頃のゴジラは凶悪で強く非常に怖かった。そして地球はもしかするとゴジラに破壊されてしまうかもしれない、と映画に出てくる科学者たちはみんな言っていたが、本当にそんな可能性さえ感じた。 最終的にあのゴジラがどうしたのか、あまりいろんなのが作られたのでちょっとわからなくなってしまったのだが、人類と和平条約を結んで、どこか平和で居心地のいい太平洋の目立たない場所でとりあえず休養してもらう「とりなしかた」あるいはもっと友好的な「おもてなし」の態度をみせる・・・という方向もあったのではないか。 そこらの魚は好きなように食っていいよ、などと言ってここちよく住んでもらい、いつか来る可能性のあるもっと凶暴なテキを迎え撃つ“地球の用心棒”として永住してもらう道もあったような気がする。 と思ったのは、リドリー・スコットの『エイリアン』を見てからだ。エイリアンはなぜか何度も地球に侵入しようとした。あんなのが地球に一匹でもやってきたら地球は終りだろう。 『プロメテウス』など見ると、あのはるか遠い星系からなんとしても太陽系の第三惑星にエイリアンを侵入させたい、というかなり遠い古代からの企みを感じ、そんなにまで思い込みを強くする魅力がこの汚れた地球にはあるのかいな、などと思うもののまだまだ地球人は油断して口あけて夜空など見上げていられないのだな、と思った。『地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。』1『』(〇)
2021.06.29
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図書館で『地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。』という本を手にしたのです。おお シーナの科学的エッセイ集ではないか・・・SFマガジン連載分を単行本にしただけあって、そのSFテイストがええでぇ♪【地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。】椎名誠著、早川書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より世界のいろんなところで考えた地球のこと、未来のこと、旅のこと。脳ミソくねくねエッセイ集。<読む前の大使寸評>おお シーナの科学的エッセイ集ではないか・・・SFマガジン連載分を単行本にしただけあって、そのSFテイストがええでぇ♪rakuten地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。熱帯林の消滅や砂漠化とかについて、見てみましょう。p19~22<回転する木、または逃げる木> ブライアン・オールディスの『地球の長い午後』(ハヤカワ文庫)は、地球にたった1本残った巨大すぎるベンガルボダイジュがつまりはまあ主役だ。この巨木はずんずんのびてすでに自転をやめてしまった月をその枝葉でつかまえてしまい、その枝葉をつたわってやはり巨大な生き物が月と地球を行き来している。SFジャンルではわがわがオールタイムベストテンの常に上位に入る傑作だ。 ジョン・ウィンダムの『トリフィドの日』(ハヤカワ・SFシリーズ)はある意味で全員盲目になってしまった末世の地球を三本足の木が支配者然として自由に動き回っているという遠い未来の話だ。 ところで現実的には地球の樹木は、いま地球の歴史はじまって以来の受難の時代を迎えているようだ。人間と、その人間がつくり出した環境激変の嵐によって地球の樹木はどんどん痛みつけられ、減少させられようとしている。 とくに巨木の密生する熱帯林では毎年およそ1420万ヘクタールの天然林が伐採されているという。これは日本の本州の約三分の二ほどの面積だ。これを別の計算で表すと、約10秒ごとに東京ドーム1個分の森林が消えている、ということになる。 アマゾンの熱帯雨林は、この40年間に全体の20%近くが消失し、今後20年間にさらに20%が失われると見られている。 アフリカ、中国、中近東、オーストラリア、ブラジルでは急速な砂漠化が問題になっている。すでにエチオピアでは95%の森林が消えてしまった。原因の70%は遊牧民の定住化による限られた草原への過剰放牧である。 モンゴルの遊牧民はまだ家畜の餌の深刻な枯渇化には直面していないが、遊牧民の定住化を進めた中国の内モンゴルの草原は年々急速に進む砂漠化に苦慮している。そのほかの国でも同様で、草原で生活している十億人の人々がこの草原の砂漠化に深刻な影響をうけているという。 ヨーロッパでは酸性雨による森林の立ち枯れが問題になっている。東ヨーロッパで急速に盛んになってきた大規模な工業化が原因らしい。 また湿地帯生物のッ繁殖エリアである世界のマングローブ林はこの30年間で半分以下に減少してしまった。主な原因はエビなどの養殖場への転換である。1920年には50万ヘクタールのマングローブがあったフィリピンは、現在たった4万ヘクタールしか残っていない。このままでいくと地球の植物は今世紀中もつかもたないか。植物の消滅した地球には動物はもう住めない。<戦略的に> 地球の木はこのままでは早晩滅びる。 こういう危機は植物たちに自然に伝わっているようで、全世界の植物が生き残り戦略をさまざまな手法で行っている。 それはまず「繁殖」の機能がもっとも巧妙に効果的になっていることからもうかがえる。 植物の繁殖戦略の基本は、より広く、より遠くに種子をとばすことである。単純に風の強い季節に種子を放つものから、ある種の植物的バネや破裂機能を利用するもの。ラセン状の蔓を持った植物は空気の乾湿変化を利用してラセンを解く力を利用したりしてより遠くへ種子を撥ね飛ばしているし、果実や樹液などを使って昆虫や小動物を呼び寄せなんらかの方法で種子を運ばせる、などということをいろいろ工夫している。 ぼくがアマゾンに行ったのは増水期の終り頃で、半年間にわたってヨーロッパ全土ぐらいのエリアを通常より十メートル平均の“洪水現象”を毎年くりかえしている。多くの種子はこの時期にむけて、流れる水面に種をはじきとばしている。 親は動けないから、せめて子孫をは親が吸収しつくした土壌から少しでも離れて肥沃の地に、と樹木の切ない「親ごころ」がそういうシステムをじわじわ開発してきたのだろう。『イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか』(築地書館)にはさまざまな方法を使っていかにその繁殖を工夫しているのかの実例がいっぱい書かれていて、驚嘆と感動に満ちた本だ。 たとえばアカマツの種子である。2センチに少し足りないくらいの大きさだが薄く軽い翼のような形をしていて、風があるとクルクル回りながらゆっくり飛翔するように離れていく。運がいいと1キロぐらい飛んでいくそうだ。アマゾンで『地球の長い午後』という本を見てみましょう。Top reviews from Amazonより月の引力の影響で徐々に地球の自転速度が落ち、ついには片面を永久に太陽に向けた状態で安定した遠い未来。昼の面では、動物たちの多くは絶滅し、巨大な植物が支配する世界となった。食虫植物が大型化し凶暴になったような、「動物的な」植物に怯えながら生活する人類の末裔は文明を失った!
2021.06.29
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図書館で『食べる世界地図』という本を、手にしたのです。この本の腰巻にある、UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!というコピーにキャッチされたのです。【食べる世界地図】ミーナ・ホランド著、エクスナレッジ、2015年刊<「BOOK」データベース>より世界の39の国と地域の料理と、その後ろに隠された歴史と文化。南インドのココナッツ・フィッシュカレー、刺激的なペルーのセビチェ、中東の茄子のペースト、デンマークのドリーム・ケーキ…。名前だけでも食欲を刺激する料理の数々に、塩漬けタラや唐辛子といった多くの国に共通する食材の秘密、移民がもたらす影響と変化。地理と歴史が複雑に絡み合う食文化の世界を読みとく、極上の食辞典。初心者にも作れる、それぞれの地域のレシピも掲載!グルマン世界料理本大賞2015 UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!<読む前の大使寸評>この本の腰巻にある、UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!というコピーにキャッチされたのです。heibonsha食べる世界地図ヴルスト&ザワークラウト北ヨーロッパを代表してドイツ料理を、見てみましょう。p171~177<ドイツ> イギリス人にとってのドイツ料理・・・それは、毎年冬になると街の広場を彩る。クリスマスマーケットのイメージだ。学生のころイギリスのリーズに住んでいた私は、仲間とミレニアム広場に繰り出しては、グリューワインとブラットヴルスト(焼きソーセージ)を両手に、北ヨーロッパのクリスマスに思いを馳せたものだった・・・真っ暗な夜と降り積もった雪、アコーディオンの音楽、木工芸品、それにたっぷりの料理。確かに幻想的ではあるけれど、うっとりしたのは食べ物ではなくて、その雰囲気のせいだろう。もちろん私にも偏見はある。しかしどう考えても、ホットドックを画期的な食べ物だと思う人がそんなにいるとは思えない。 そう、華やかな魅力に欠ける料理があるとすれば、それはたぶんドイツ料理だ。ソーセージに酸っぱいキャベツ、ライ麦パンにただの硬いチーズ・・・おかげで、ドイツの食べ物は重い、こっと言えば野暮ったいと世界じゅうで思われている。こうした食べ物には、もちろん大事な目的があった。この2世紀のあいだに急速に工業化したドイツで、大勢の肉体労働者たちを支えたていたのだ。 数年前、私は友人たちとロンドンからベルリンまで11日間の自転車旅行を計画した。無謀な試みだったが、どうにかやり遂げた。それもこれも、キャラウェイとジュニパーがたっぷり入った肉とじゃがいものシチューや、しっかりした味のソーセージとザワークラウトを毎晩、麦芽のビールで流し込んでいたおかげだ。 ただ、いまでもドイツじゅうのレストランで食べられるこうした伝統料理は、おれなりの店では確かにおいしいのだが、低脂肪、低炭水化物を良しとする現代の基準では、とてもバランスが取れているとは言えない。しかし、たとえ洗練されてはいなくても、ドイツという国と歴史を知れば、いっそう味わい深くなるにちがいない。 ここ黒い森のサクランボケーキ、そしてヘンゼルとグレーテルの国だ。グリム童話のこのきょうだいは、甘く危険な誘惑の森に迷い込む。“ミルクと砂糖をかけたパンケーキ、りんごやくるみ”、それに“本体はパン、屋根はケーキ、窓は白砂糖でできて”いる悪い魔女の家。キノコ、ビーツ、もぎたてのリンゴ、かぼちゃ、ひまわりの種・・・ ドイツ料理と聞いて思い浮かぶのは、いかにも森で探してきたり、地面から引っこ抜いてきたりしたものばかり。小麦やオーツ麦からライ麦まで、種子や穀物は、みっちりと味の凝縮されたドイツパンやプレッチェルになくてはならない材料だ。(中略) そして、最後にいよいよ主役の登場。熱いものも冷たいものも、ソーセージはすべて“ヴルスト”と呼ばれる。ドイツには何と1500以上もの種類があり、朝食には冷製ヴルストとチーズをパンにのせ、昼食にはホットドック、夕食にはザワークラウトやポテトサラダと一緒に食べるなど、とにかく朝から晩までヴルスト尽くし。『食べる世界地図』2:韓国料理『食べる世界地図』1:日本料理
2021.06.29
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昨日(6/27)のNHKスペシャル『パンデミック 検証“医療先進国”(後編)なぜ危機は繰り返されるのか」』を観たのだが、なかなかチャレンジングな内容であった。2021.6.27パンデミック 激動の世界(12) 「検証“医療先進国”(後編)なぜ危機は繰り返されるのか」より 約90万もの病床を持ちながらコロナ用病床は数パーセント!?日本で「医療危機」「医療崩壊」が叫ばれる背景が明らかに▼「コロナの患者は受け入れられない」…病院の本音とは?医療の歴史から見えてきた構造的課題▼「感染が怖くて病院に行けない」…コロナ禍の“受診控え”から医療の未来を考える▼医療費膨張・少子高齢化…課題山積の中で医療をどう守るのか▼ワクチン接種が進む中で次なる有事に備えるために打つべき手とはこの番組を観ながら、以下のとおりメモしたのです。<パンデミック対応:神奈川県を舞台に> ・自治体は病床確保に努めたが、介護施設や民間医院では対応できなかった。 ・世界最大の病床数を誇る日本であるが、その8割がたは器材も人員も対応できなかった。 ・地域の風評被害も、コロナ対応に否定的であった ・民間医院でコロナ患者が発生すると他の医療機関が引き受けないので自院で患者を看取るしかなかった。 ・日本の医療体制は、パンデミック向きにできていなかった。日本は低密度医療であった。 ・日本医師会も平時からパンデミック対応を考えるようになった。 ・重傷者用の病床は主にICUが担うが、そのICUを数多く持つ医院が無い。 ・「地域医療構想」は実質的には病床削減会議となっていて、感染症を想定していなかった。→今後は感染症を想定した医療資源を構築する。 ・国はどう考えていたのか? 行政側は民間医院を活用した有事体制をまったく準備できなかった。 ・ゾーニングや陰圧器は国、県からの補助金を充当可能であり、やっと民間医院が取り組みだした。 ・発症者から2週間前からの行動をもとに濃厚接触者を特定するため、電話調査するが・・・欧米ではロックダウンを行うような場面で、日本は疫学調査でクラスターを洗い出し囲い込むのです。双方では一長一短あるようです。 ・神戸市では、看護大学の教員を保健所の応援に回した。 ・国はIHEATを通じて応援派遣するシステムを作り運用を始めた。ところで、神戸市の対応については、接種券の配送もわりと早かったし、予約お助け隊も上手く機能しています。(お助け隊は7月30日まで延長)また、以下のように細やかに対応しているようです。新型コロナウイルス感染症の健康相談に関する専用電話相談窓口を毎日24時間に拡充します2021.06.22『パンデミック 検証“医療先進国”(前編)なぜ保健所は追い込まれたか』
2021.06.28
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図書館で『古代文字入門』というビジュアル本を、手にしたのです。ロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフや殷代後期の甲骨文が載っているではないか・・・ロマンに満ちたビジュアル本である。【古代文字入門】大城道則著、河出書房新社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりヒエログリフ、楔形文字、甲骨文、マヤ文字…そして未解読文字の世界まで。古代文字の成り立ちから解読史、読み方案内など、古代文明のロマンに満ちた決定版入門書。<読む前の大使寸評>ロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフや殷代後期の甲骨文が載っているではないか・・・ロマンに満ちたビジュアル本である。rakuten古代文字入門ヒエログリフ解読の歴史を、見てみましょう。p11~14<1 ヒエログリフ:大城道則>■ヒエログリフとは何か 古代エジプトのヒエログリフは、「もの」の形に由来することが多いため、日本ではしばしば象形文字と紹介されてきた。しかし、古代エジプトではすでに紀元前3000年頃に、筆記システム(書き言葉)が十分に確立されていたことから、ヒエログリフは単なる象形文字というよりもむしろ一種のアルファベット、あるいは記号であったとみなす方が妥当であろう。(中略)■解読の歴史 ヒエログリフは、主に神々に捧げられた神殿や王のための祭祀記念物の壁面に刻まれた。それゆえヒエログリフという名称は、ギリシャ語の「聖なる刻印」に由来するのである。そして積年とともに腐敗・崩壊が運命づけられている木造建造物とは異なり、ほぼ永久に残る石造建造物であったそれらに刻まれたことから、ヒエログリフは保存状態が極めて良好なまま現代にまで伝わったのだ。 王朝時代に使用されたヒエログリフの個数は1000個未満であったが、ヒエログリフの筆記が神官たちに保護され、それぞれの神殿が独自のシステムを発展させたプレトマイオス朝時代およびローマ時代には、その数は7000個ほどに増加した。時代の経過とともにヒエログリフの体系は複雑化を極めたのである。 しかし、高度に発展し洗練されたヒエログリフの筆記システムは、先述したように4世紀を境に忘れ去られていった。(中略) 最初の契機は17世紀に訪れた。当時ヨーロッパ世界最高の知識人の一人であったドイツのイエズス会司祭アタナシウス・キルヒャーが「コプト語は古代エジプト語の末裔である」と指摘したのである。キルヒャーがコプト語に造詣が深かったとはいえ、ヒエログリフ解読の鍵であるロゼッタ・ストーンやその他の解読に決定的な役割を果たすニ言語併記の碑文資料を欠いた状況ではここまでが限界であった。ロゼッタ・ストーン しかしその後、彼の収集した史料がジャン・フランソワ・シャンポリオンの手に渡っていることから考えても、ヒエログリフ解読に対してキルヒャーの果たした功績は大きい。彼以降にもヒエログリフ解読に向けて進展はあった。例えば決定詞の役割を持つ記号の存在やカルトゥーシュ(王名枠)が王名を示している点にフランス人東洋学者のジョゼフ・ドゥ・ギニュは気づいていたし、デンマークのゲオルク・ツォエガは、ヒエログリフがアルファベットであると指摘していたのである。 そして時代は1799年のナポレオン軍によるロゼッタ・ストーンの発見により、新たな局面を迎えることになる。英仏を代表する2人の天才を軸にして、国家の威信をかけた世紀の解読競争に突入したのだ。 ヒエログリフ、デモティック、ギリシャ語の異なる3種類の文字で同じ内容の布告が刻まれた石碑であるロゼッタ・ストーンにより可能となったヒエログリフの解読は、1822年にシャンポリオンによって見事完成された。それは近代科学としてのエジプト学(エジプトロジー)の端緒となったのである。『古代文字入門』1
2021.06.28
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図書館で『古代文字入門』というビジュアル本を、手にしたのです。ロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフや殷代後期の甲骨文が載っているではないか・・・ロマンに満ちたビジュアル本である。【古代文字入門】大城道則著、河出書房新社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりヒエログリフ、楔形文字、甲骨文、マヤ文字…そして未解読文字の世界まで。古代文字の成り立ちから解読史、読み方案内など、古代文明のロマンに満ちた決定版入門書。<読む前の大使寸評>ロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフや殷代後期の甲骨文が載っているではないか・・・ロマンに満ちたビジュアル本である。rakuten古代文字入門まず甲骨文から、見てみましょう。p94~99<12 甲骨文:角道亮介>■甲骨文とは何か 甲骨文は亀の甲(主に腹甲)や獣の骨(主に牛の肩甲骨)に刻まれた殷代(紀元前16世紀~前11世紀頃)後期の文字である。亀甲や獣骨に刻まれた文字ということで、甲骨文と呼ばれる。 また内容が卜の辞(うらないのことば)を記したものであるから、卜辞(ぼくじ)とも呼ばれる。用いられた年代の古さに反して、甲骨文はわずか100年ほど前に見つかった、比較的新しい資料と言える。 中国では古くから、古代の人々が記した文字を解読することを熱心に行っていた。竹簡や紙が誕生する以前の記録は青銅器に鋳込まれたり(金文)、石に刻まれたり(石刻)することが多かったため、これらの古代の文字を調べて解読する学問は金石学と呼ばれた。 金石学は宋代(960~1279年)に大いに発展し、清代(1616~1912年)にも考証学の隆盛とともに再び発展する。そのような時代背景のなか、金石学者たちに驚きをもって迎えられたのが甲骨文の発見であった。(中略) 1903年、劉顎によって初の甲骨文の図録『鉄雲蔵亀』が出版され、甲骨文の存在は国内外に広く知られることとなる。それまで甲骨の正確な出土地は明らかではなかったが、1910年に羅振玉が河南省安陽県(現安陽市)小屯村から出土したものであることをつきとめると、当地は『史記』などの歴史書に記された殷墟、すなわち殷王朝後期の都であるとみなされるようなった。 殷墟遺跡の発掘は1928年に開始され、数次にわたる発掘の結果、大規模な祭祀遺構や王墓などの存在が明らかになっている。特に甲骨は小屯村の祭祀遺構群から大量に出土しており、例えば小屯127号坑では1つの土坑のなかに1万点以上の文字を持つ甲骨が収められていた。その後も小屯遺跡の発掘は断続的に行われ、小屯南地や花園荘東地などの地点で多くの甲骨文が出土している。 甲骨文の発見は中国の歴史学に大きな影響を与えた。清代末期、中国では西洋の実証的な学問の影響を受けて、夏、殷、周といった古い時代の王朝の信憑性が疑われつつあった。殷代の同時代史料である甲骨文の発見は殷王朝の実在を証明しただけでなく、中国古史の復元のための重要な出発点ともなったのである。■占いの道具としての甲骨 動物骨を焦がすことで占いを行う行為は、中国では古く新石器時代から行われていた。殷代の甲骨の特徴は、占いの内容や結果を甲骨上に文字として刻みつけた点にある。占いに際して、亀甲や獣骨の裏面に火をあてる。すると表面にひび割れ(卜兆)が生じ、王はそのひび割れの入り方から、祭祀・軍事・狩猟といった行為や、降雨などの自然現象に対する天上の神の意思を読み解いた。このような占いの方法を占卜(せんぼく)と呼ぶ。 先述のように、殷代の占卜には亀の腹甲や牛の肩甲骨が主に用いられた。亀甲と牛骨のどちらが多く利用されたかについては製作された時期によって多少の偏りがみられるが、占卜の内容に応じて亀甲と牛骨を使い分けた形跡はない。牛も亀も、当時は一般人が自由に手に入れることのできる動物ではなかった可能性が高く、甲骨自体が、有力者のみ持つことのできた貴重品だったと考えられている。(中略) どのような割れ方が吉で、どのような割れ方が凶なのか、今日ではわからない。ともあれ、上帝の意思の判断は王の専権事項であり、天上世界と交信できる唯一の存在として王が位置づけられていたことは確かなようである。甲骨を使った占いは、王の権威を高めるための儀式として機能していたのである。
2021.06.28
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「手当り次第」でしょうか♪<市立図書館>・モノローグ・古代文字入門・片翼チャンピオン・地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【モノローグ】平野啓一郎著、講談社、2007年刊<「BOOK」データベース>より三島由紀夫の新たな読みを提示した「『金閣寺』論」、「『英霊の声』論」を中心に、文学、音楽、美術、建築、そして、自らの作品について論じたファーストエッセイ集。『日蝕』の衝撃的デビューから現在まで、常に時代の最前線に立ちつづけた著者の軌跡。<読む前の大使寸評>追って記入amazonモノローグ【古代文字入門】大城道則著、河出書房新社、2018年刊<「BOOK」データベース>よりヒエログリフ、楔形文字、甲骨文、マヤ文字…そして未解読文字の世界まで。古代文字の成り立ちから解読史、読み方案内など、古代文明のロマンに満ちた決定版入門書。<読む前の大使寸評>ロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフや殷代後期の甲骨文が載っているではないか・・・ロマンに満ちたビジュアル本である。rakuten古代文字入門【片翼チャンピオン】平山譲著、講談社、2010年刊<「BOOK」データベース>より突然の病魔に片半身の自由を奪われた。こんな俺にも、無我夢中になれることがあるなんて-。障害を負った男たちとその家族が、スポーツに挑み、希望へと飛び立つ「身体と心」の物語。【目次】片翼チャンピオン/ひとりぼっちゃ/ハッピーバースデー、俺。<読む前の大使寸評>「脳卒中」の患者の片麻痺障害を取材したようです。彼らがどのような思いで希望を紡いでいったか・・・ハンデキャップに負けない勇気、根性がいいではないか。rakuten片翼チャンピオン【地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。】椎名誠著、早川書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より世界のいろんなところで考えた地球のこと、未来のこと、旅のこと。脳ミソくねくねエッセイ集。<読む前の大使寸評>おお シーナの科学的エッセイ集ではないか・・・SFマガジン連載分を単行本にしただけあって、そのSFテイストがええでぇ♪rakuten地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。************************************************************図書館大好き493
2021.06.27
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図書館で『食べる世界地図』という本を、手にしたのです。この本の腰巻にある、UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!というコピーにキャッチされたのです。【食べる世界地図】ミーナ・ホランド著、エクスナレッジ、2015年刊<「BOOK」データベース>より世界の39の国と地域の料理と、その後ろに隠された歴史と文化。南インドのココナッツ・フィッシュカレー、刺激的なペルーのセビチェ、中東の茄子のペースト、デンマークのドリーム・ケーキ…。名前だけでも食欲を刺激する料理の数々に、塩漬けタラや唐辛子といった多くの国に共通する食材の秘密、移民がもたらす影響と変化。地理と歴史が複雑に絡み合う食文化の世界を読みとく、極上の食辞典。初心者にも作れる、それぞれの地域のレシピも掲載!グルマン世界料理本大賞2015 UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!<読む前の大使寸評>この本の腰巻にある、UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!というコピーにキャッチされたのです。heibonsha食べる世界地図極東に片寄るがお次は韓国料理を、見てみましょう。p306~309<朝鮮> これだけは言える。朝鮮料理を食べるのは忙しい。朝鮮料理の店に行くたびに、私はジェイ・レイナーとまったく同じ状況に陥る。朝鮮の食卓では、食べ物にありつくまでにたくさんの準備があるからだ。 朝鮮料理の基本的なスタイルに“ッサム”というのがある。米や“バンチャン(小皿料理)”を調味料と一緒に葉野菜に巻いて食べる習慣だ。レタスにのせて、巻いて食べるというのは、とくにはらぺこのときには我慢がいる。だが、ひと口食べた瞬間、口の中にエキゾチックな風味が広がり、それまでの努力は報われる。 醤油、ゴマ油、唐辛子、発酵食品・・・東アジアの他の地域と同じ料理文化を持ちながらも、朝鮮の料理には長い服従の歴史をものともしない独自性がある。最初は中国と日本の植民地支配、その後の冷戦ではアメリカとソ連の対立に巻き込まれ、朝鮮半島は互いに敵対し合う2つの国に分断された。(中略) 第二次大戦後の韓国は、新たな味や調理法のブームに沸き返った。ありとあらゆる種類の食材が手に入るようになり、とりわけ家畜の本格的な飼育が始まってからは、肉も多く出まわるようになった。肉の消費量が増え、逆に米は減り、中国の麺やアメリカのパンが輸入されるようになった。こうして、それまでになかった目新しい食材が巷にあふれるようになったが韓国は単に60~70年代のアメリカ式の食事を真似るのではなく、日本の統治時代以前の王朝宮廷料理を復活させた。 下味をつけて焼いた肉をだす"プルコギ"の店が増え、新たに出現した中産階級に支持された。いまや韓国だけでなく海外でも人気の“ッサム”式の食文化は、このプルコギがもとになっている・・・テーブルの真ん中にはアツアツに熱した鍋。そこでタレに漬け込んだ牛肉、鶏肉、豚肉、魚をじゅうじゅう焼き、米と発酵調味料と一緒にレタスに包んで食べるのだ。 プルコギの肉は、焼く前にゴマ油、砂糖、醤油、ニンニクのタレに漬け込む。"カルビ"はバラ肉で、同じようにタレに漬け込んでから焼くが、こちらは唐辛子とカンジャン(韓国醤油)が加わる。"サムギョプサル"は豚バラ肉で、分厚いベーコンのよう。ほかにも、韓国独特の肉料理がある。“スンデ”は蒸したブラッドソーセージ。おいしそうなのは“ホバク・オリ”。これは“かぼちゃ鴨”という意味で、文字どおりにおいの強い燻製の鴨肉を甘いかぼちゃで包んだ料理だ。(中略) 発酵という調理法はアジア全体に共通している。大豆やエビのトーストなど、うま味のもととなるものは、すべて糖類を酸化させて酸味を引き出す、この自然のプロセスで作られる。発酵の過程で生まれる乳酸菌、別名“健康のバクテリア”は腸内の環境を保ち、肥満や消化不良を防ぐ働きがある。 朝鮮人は、国民食のキムチによって、この発酵の技術を新たなレベルにまで引きあげた。地域や時期によって200もの種類があると言われるキムチだが、基本の材料は白菜か大根で、そこに濃度の異なる塩水、唐辛子、ニラ、ニンニク、カタクウチイワシやアミの塩辛、それに梨の果汁を入れることもある。 キムチは朝鮮料理の定番中の定番で、ほぼ毎食出される。バンチャン(小皿料理)の中心でもあり、口の中に刺激を与え、食感も風味も異なる焼き肉と生野菜を調和させるのだ。 朝鮮料理に欠かせない発酵調味料は、ほかにもある。“テンジャン(味噌)”、“コチュジャン(唐辛子味噌)”は、どちらも薬味として、あるいは料理のメイン調味料として使われる。“テンジャンチゲ”は食事に欠かせないスープ。テンジャンに水を加え、野菜や豆腐を入れた、安上がりでシンプルな汁物だ。『食べる世界地図』1
2021.06.27
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図書館で『食べる世界地図』という本を、手にしたのです。この本の腰巻にある、UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!というコピーにキャッチされたのです。【食べる世界地図】ミーナ・ホランド著、エクスナレッジ、2015年刊<「BOOK」データベース>より世界の39の国と地域の料理と、その後ろに隠された歴史と文化。南インドのココナッツ・フィッシュカレー、刺激的なペルーのセビチェ、中東の茄子のペースト、デンマークのドリーム・ケーキ…。名前だけでも食欲を刺激する料理の数々に、塩漬けタラや唐辛子といった多くの国に共通する食材の秘密、移民がもたらす影響と変化。地理と歴史が複雑に絡み合う食文化の世界を読みとく、極上の食辞典。初心者にも作れる、それぞれの地域のレシピも掲載!グルマン世界料理本大賞2015 UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!<読む前の大使寸評>この本の腰巻にある、UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!というコピーにキャッチされたのです。heibonsha食べる世界地図世界の39ヶ国のうち、まず日本料理を、見てみましょう。p313~318<日本:「花より団子」> うっすらとしたピンク色の枝が雲のように空を覆う、京都の桜並木・・・まさに日本的な風景だ。浮世絵から村上春樹の小説『ノルウェイの森』の映画版マデ、アート作品や映画ではおなじみの景色である。西洋人が日本に対して抱くイメージも、同じように美しい。人々の社会習慣から家電製品、アニメ、寿司などの食べ物にいたるまで、どれも複雑で、しかも繊細に見える。 実際、寿司ほど繊細な食べ物はない。同じ大きさの巻き寿司が白黒の兵隊のように並び、握りが次々と出てくる店に思わず足が向いてしまうのは、寿司がおいしいからだけではない。これほどまでにみごとな食べ物は見たことがないからだ。 外科手術のような正確な職人の手さばき、小さな輝く宝石のようなイクラやとびこ(トビウオの卵)。そうした寿司を食べるための箸、がり、鼻にツンとくる山葵(わさび)・・・まさに魅惑の世界だ。 イギリス人が普段、エキゾティックな料理だと思って食べているものは、たいていの場合、実際には慣れ親しんだ調理法や食材が使われている。肉、豆類、野菜の煮込み料理などは、スペインからインドまで基本的には同じで、調味料だけ違ったり、食材が地元産のものに置き換わっているだけだったりする。 ところが、寿司は西洋の料理とはまったく別の、斬新な食べ物だ。たしかに、米、魚、野菜など、おなじみの食材を使っているが、それらが組み合わさると、私たち西洋人の常識はたちまち履される。生の魚? 乾燥させた海藻で包んだ米? いまでこそ世界じゅうに広まっているが、寿司はあいかわらず謎に包まれている。そもそも、どれだけの人間が寿司の作り方を知っているのだろう。板前になるための修業には十数年もかかり、寿司の世界で生きていこうとすれば、文字どおりその道に一生を捧げなければならない。 そのあたりの事情については、2011年に公開された映画『二郎は鮨の夢を見る』で触れている。東京の伝説的な寿司店と、その80代の店主を追ったドキュメンタリー映画だ。そのなかで、エビの卸業者の言葉が紹介されている。「みたいな店で働くといううことは、人生と引き換えにする価値がある」 どこの国でも、料理の慣習や伝統を作り上げるのは、食材そのものと同じくらい、それらをいかに供するかにかかっている。西洋では、日本の食べ物は高級だと相場が決まっているが、それは食べる芸術品としてのイメージがひとり歩きしてきたせいだ。だが、冒頭で紹介したことわざのように、庶民が食べている日本料理のほとんどは、見た目よりも大衆的だ。まさしく「花より団子」なのだ。 斬新で、海外にも専門店の多い寿司は、たいていの西洋人が真っ先に思い浮かべる日本料理だろう。ところが実際には、日本人はめったに寿司を食べない。日本を訪れる機会があれば、日本人が日ごろ食べているのは米や麺だとわかるだろう。伝統的な和食は“一汁三菜”、つまり汁物、白米、そして3種類の副菜で構成される。 150年前までは、仏教の教えによって、四つ足動物の肉を食べることは禁じられていたため、日本人は季節の野菜や、島国ならではの豊富な魚介類をさまざまに工夫して食べていた。最近では西洋の科学者がそうした食生活に着目し、その結果、健康のためには上質の肉を少しだけ食べるのがよいと提唱されるようになった。日本人も肉を食べるが、毎日ではない。西洋にくらべて肉に重きを置いていないことは、テーブルセッティングにも表れている。食卓につくと、目の前には箸、その近くに汁物のお碗とご飯茶碗。肉や魚はその奥だ。 肉が禁じられていたことを考えれば、同じアジアの中国、タイ、インドなどにくらべて、日本料理にバリエーションが少ないのも納得できる。肉を使わなければ、スパイスの量も種類もあまり必用ない。日本料理の香辛料は、比較的限られている・・・生姜、少しばかりの唐辛子、柚子、みりん、山葵(わさび)、いまではすっかり日本に定着しているカレーも、19世紀後半になって、イギリスから伝わったものだ。といっても、入念にスパイスを調合して作るインドカレーとは違って、日本のカレーはたいてい市販のルーをもとに作られ、ライスかうどんにかけて、あるいはパンに詰めて食べる。 牛は昔から耕作用だったため、乳製品もそれほど種類は多くない。日本の食卓には19世紀になるまで肉、バター、チーズはほとんど登場せず、それ以降も、あまり大きな変化は見られない。料理には植物油、ヒマワリ油、ゴマ油などが使われる。植物油とヒマワリ油はてんぷらなどのフライに、ゴマ油は炒めたり焼いたりするときに使われることが多い。お好み焼きもゴマ油で作るとおいしい。(中略) ロンドン初のうどん専門店の料理長、山崎純哉によれば、いまや出汁(だし)は世界じゅうのシェフに使われているが、いまでも「日本料理の基本であることに変わりない。たとえば、麺で店を区別することは難しい。というのも、どの店でもほとんど変わらないから。でも、出汁は店によって違う」。の出汁は鰹節だけでとり、昆布もしいたけも野菜もいっさい加えない。シンプルだが、魚の風味がじゅうぶんに生かされたつゆだ。よい出汁は“芸術”だという山崎の言葉にもうなずける。 麺は忙しい現代人の強い味方でもある。何しろ、日本の食事には欠かせない汁物も一緒に摂ることができるのだ。麺料理には熱いものと冷たいもの、そして冷たい麺を熱いつゆにつけて食べるスタイルがある。つゆには鴨、エビ、わかめ、キノコなどが入っている。立ったまますすってもよいし、テイクアウトもできる。いわば日本のファストフードだ。うどん【こや/KOYA】出汁が香る讃岐風うどんをSOHOで頂くより
2021.06.27
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図書館に予約していた『日々翻訳ざんげ』という文庫本を待つこと50日ほどでゲットしたのです。ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。【日々翻訳ざんげ】田口俊樹著、本の雑誌社、2021年刊<出版社>より本書はローレンス・ブロックの〈マット・スカダー・シリーズ〉をはじめ、2002年度「このミス」第1位のボストン・テラン『神は銃弾』、エルモア・レナード、トム・ロブ・スミス、ドン・ウィンズロウなど、ミステリーを中心に200冊近い訳書を刊行してきた名翻訳家が、自身が手掛けてきた訳書を再読し、翻訳家デビューのいきさつから、誤訳の数々、マイクル・Z・リューインとのメール交流、ジョン・ル・カレの逆鱗に触れた英文、レイモンド・チャンドラー「待っている」新訳での「大発見」まで、それぞれの訳書にまつわるエピソードと時々の翻訳事情で40年に及ぶ翻訳稼業を振り返る回顧録です。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten日々翻訳ざんげチャールズ・バクスター『世界のハーモニー』あたりを、見てみましょう。p80~84<第9回 チャールズ・バクスター『世界のハーモニー』の巻> この本が出た今から27年まえ、新宿の紀伊国屋書店にはこんな棚が特設されていた。ミリマリストと呼ばれる純文系のアメリカ現代作家たちの棚だ。彼らの作品が何十冊も並べられ、「アメリカ青春小説」と銘打たれていた。 ミリマリストを日本でも流行らせたのは村上春樹氏である。作家で言えば、氏が紹介したレイモンド・カーヴァーということにやはりなるだろう。それに勢いづいて、アン・ビーティやボビー・アン・メイソンやブレット・イーストン・エリスといったほかのミリマリスト作家も日本の翻訳界を一時期にぎわした。バクスターもそうした作家のひとりだ。 本書は短編集だが、本書が出る1、2年まえに、たまたま表題作「世界のハーモニー」の翻訳を頼まれ、読むなりノックアウトされた。偶然手にして読んだ本が大あたり、ということがたまにある。読んで改めて、そうなんだよ、おれは今、こういう本が読みたかったんだよ、と気づかされる本がある。この表題作の短篇は私にとってまさにそんなタイムリーな一作だった。 それを機会にこの短編集のあることを知り、編集者に頼んで取り寄せてもらい(アマゾンがまだない頃の話です)読んでみて、全篇是非とも訳したくなり、全訳の翻訳を出さないかと持ちかけたのだ。そう言えば、翻訳の企画を版元に持ちこんだのは本書が最初である。そんな意味でも本書は懐かしく、思い出深い。 全十篇、ヴァラエティに富む作品集だが、ひとつひとつ触れる余裕はないので、やはり表題作を紹介したい。少し長くなるが、おつきあい願いたい。大好きな作品なので。 主人公のピーターは子供の頃、オハイオ州の小さな町では神童だった。ピアノが並はずれてうまかったのだ。しかし、都会の音楽学校に進学して現実を思い知らされる。神童や天才などというものはこの世にごろごろしていることを。 自分にはプロのピアニストとして生きていけるだけの才能はない。そう悟ると、彼は地方都市の新聞社に就職し、音楽評を書いて生きていくことを決める。その傍ら、アルバイトにピアノ伴奏をして、声楽専攻の学生や独演者のリサイタルを手伝うようになる。そんな彼のもとにアマチュアのソプラノ歌手カレンが現れ、3ヵ月後に開く自身の独演会の伴奏を依頼してくる。ピーターはその依頼を引き受けるものの、ああることに気づく。カレンの手首にはくっきりとリストカットの跡があった。 ふたりはさっそく練習を始める。そのとたん、ピーターには、カレンのピッチ(音程)が絶望的なまでに不安定なことがわかってしまう。それが彼には赦せない。カレンはプロの歌手ではない。アマチュアがただ友達を呼んで音楽を愉しもうとしているだけのことだ。だから大目に見てもよさそうなものなのに、それが彼にはできない。(中略) 話を戻す。ピーターはカレンと恋仲になるが、当然のことながら、ピーターはカレンのエリサイタルを愉しめない。リサイタルのあとのパーティにもとても出る気になれない。この音楽に対するお互いの考え方の相違が、ふたりのあいだのどうにも克服できない障害となる。そのために、リサイタルの翌日、ちょっとした“事件”が起きる。ここには書かないが、これがなんとも切ない事件なのだ。彼女の置き手紙もどこまでも切ない。素敵な出会いをいたものの、このリサイタル以降、ふたりは永遠に交わることのない道を歩くことになる。 翻訳は芸術ではないが、技量と情熱がなにより成果に表れるところは共通している。だからよけいにこの作品が好きなのかもしれない。それと技量と情熱の話というのは、突きつめるとどうしても切ない話になる。ま、私の偏見だろうが、この切なさも悪くない。 翻訳に関しては、たぶん27年ぶりに読み返したのだが、ひとつも引っかかるところがなかった。これは実に珍しい。不思議なほどだ。ウーム 翻訳とは、どうしても切ない話になるのか。『日々翻訳ざんげ』2:著者の処女訳『日々翻訳ざんげ』1:ジョン・ル・カレの逆鱗に触れた
2021.06.26
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図書館に予約していた『日々翻訳ざんげ』という文庫本を待つこと50日ほどでゲットしたのです。ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。【日々翻訳ざんげ】田口俊樹著、本の雑誌社、2021年刊<出版社>より本書はローレンス・ブロックの〈マット・スカダー・シリーズ〉をはじめ、2002年度「このミス」第1位のボストン・テラン『神は銃弾』、エルモア・レナード、トム・ロブ・スミス、ドン・ウィンズロウなど、ミステリーを中心に200冊近い訳書を刊行してきた名翻訳家が、自身が手掛けてきた訳書を再読し、翻訳家デビューのいきさつから、誤訳の数々、マイクル・Z・リューインとのメール交流、ジョン・ル・カレの逆鱗に触れた英文、レイモンド・チャンドラー「待っている」新訳での「大発見」まで、それぞれの訳書にまつわるエピソードと時々の翻訳事情で40年に及ぶ翻訳稼業を振り返る回顧録です。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten日々翻訳ざんげ著者の処女訳あたりを、見てみましょう。p14~17<第1回 ジョン・ウィンダム『賢い子供』の巻> 「きみは自分の訳書を読んだりしない? おれなんか読み返しちゃ、うっとりしてる」 翻訳の大先輩、故小鷹信光さんに生前、そんなことを言われたことがある。それぐらい自分の訳書には愛情を持て、ということだったのだろう。自信がなければ愛情は持てない、自信が持てないような訳などするな。そんな声まで聞こえてきそうだ。 一部を拾い読みすることはあっても、文庫化といったっような必用に迫られないかぎり、私は自分の訳書を通読することはない。で、ふと思い立って、親しい翻訳者十人に訊いてみた。貴殿は自訳著を読まれるや否や。 答えは全員ノーだった。読み返すのが怖いという人も何人かいたが、その気持ちも、ま、わからないではない。 翻訳者が普通あまりやらないことをやってみようと思い立ったのは、これはどう考えても歳のせいだろう。人間いくつになっても先が見えるなどということはないだろうが、それでも見えてくるような気がすることはないでもない。でもって、大したものはもう見えそうにないとなると、まえではなくうしろを振り返りたくなる。 回顧録というのはおよそそんなふうに書かれるのではないかと思うが、このコラムもだいたいそんなものだ。それと、改めて振り返ることで翻訳に関して、ないやらまだ発見もあるのではないか、といったちょっと欲張りな狙いもある。 ということで、まずは初めて「ミステリマガジン」1978年4月号に載ったワタシ的には記念すべき処女訳、イギリスのSF作家、ジョン・ウィンダムの短篇『賢い子供』から。 形質は遺伝しなくても能力は遺伝するのではないか。そんなことを思いついて、かかる研究に没頭している学者の話で、言われてみると、鳥の場合は巣づくりなど、明らかに後天的に獲得された能力が遺伝しているのにい、どうして人間ではそうならないのか、ちょっと不思議な気がしないでもない。で、この先生、ある人体実験を試みる。その結果・・・最後の一行で思いがけない事実が明らかになり、思わずにやりとさせられる、絵に描いたような見事な短篇だ。 私はこの前年の1977年に都立高校の英語教員になっている。3年ばかり、小さな出版社と児童劇団勤務を経てのことで、英語の教師になってまず痛感したのは英語に関する自分の実力のなさだった。(中略) そういう情けなさから自分を救うには、これはもう自分が勉強するしかない。そうは思ったものの、生来の勉強嫌いである。どうしたものかと考えあぐんでいたときのこと、当時早川書房の編集者をしていた高校の元同級生の染田屋茂とたまたま会う機会があり、ふと思い立って、翻訳でもやらしてくれないかと頼んでみた。英語をただ勉強するのではなく、翻訳という目的を持てば要するに、実入りもあるとなると・・・勉強嫌いもさすがに勉強するのではないか。思えばなんともご都合主義なことだった。 染田屋はさっそく短篇を二篇送ってきてくれた。いわゆるトライアルだ。当時、早川書房は新人翻訳者には「ミステリマガジン」で短篇を何本か訳させ、これはという人材に長編を任せるというシステムだった。いずれにしろ、私はその二本の短篇をどきどいして読んだ。正直に言うが、どういう話かわからなかったらどうしよう、それがものすごく不安だったのだ。細かいところは別にして、二作とも少なくとも話のオチだけはわかって、ほっとしたのを覚えている。『日々翻訳ざんげ』1
2021.06.26
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図書館に予約していた『日々翻訳ざんげ』という文庫本を待つこと50日ほどでゲットしたのです。ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。【日々翻訳ざんげ】田口俊樹著、本の雑誌社、2021年刊<出版社>より本書はローレンス・ブロックの〈マット・スカダー・シリーズ〉をはじめ、2002年度「このミス」第1位のボストン・テラン『神は銃弾』、エルモア・レナード、トム・ロブ・スミス、ドン・ウィンズロウなど、ミステリーを中心に200冊近い訳書を刊行してきた名翻訳家が、自身が手掛けてきた訳書を再読し、翻訳家デビューのいきさつから、誤訳の数々、マイクル・Z・リューインとのメール交流、ジョン・ル・カレの逆鱗に触れた英文、レイモンド・チャンドラー「待っている」新訳での「大発見」まで、それぞれの訳書にまつわるエピソードと時々の翻訳事情で40年に及ぶ翻訳稼業を振り返る回顧録です。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten日々翻訳ざんげジョン・ル・カレの逆鱗に触れたあたりを、見てみましょう。p110~115<第12回 ジョン・ル・カレ『パナマの仕立屋』の巻> 本書の舞台はパナマ。主人公は首都パナマ・シティでという仕立屋を営むハリー・ペンデル。そのペンデルには秘密がある。というか、自分から秘密をつくっている。 でっち上げた履歴を自分から客に吹聴しているのだ。ブレイスウェイトというのあ、今は亡き仕立ての師匠で、そのブレイスウェイトの弟子となり、ロンドンで修業したことになっているのだあが、ブレイスウェイトなどという人物はそもそも実在しない。前科を隠し、さらに仕立屋として箔をつけるために、そんな嘘をついているのだ。その嘘がひとりの客によって暴かれる。 オスナードというその客の正体はイギリスのスパイ。パナマ大統領のスーツの仕立てを請け負い、エイ府関係者の知人も多いペンデルを情報屋にしいようと、接近してきたのだ。当時、パナマは運河の管理がアメリカからパナマ政府へ移譲される大きな節目を迎えており、それには大きな利権がからむ。そのためイギリスもスパイを送り込んできたわけだが、このペンデルという男には、経歴詐欺からもわかるとおり、虚言癖があった。 それに加えて、オスナードに気に入れられたいという思いも働き、いつしか彼は根も葉もない情報をでっち上げるようになる。その偽情報がオスナードにそのまま信じられ、それがどんどんふくらみ、取り返しがつかなくなるほど大きくなり、最後にはとんでもない悲喜劇が生まれる。 まさに瓢箪から駒というお話で、いかにもイギリスらしいブラックユーモア満載の傑作スパイスリラーだ。ジョン・ブアマン監督、ピアース・ブロスナン主演で映画にもなった(邦題は本書の原題でもある『テイラー・オブ・パナマ』)。 本書を訳した頃、私は天狗になっていたとは思わないが、振り返ってみると、少なくとも自信過剰にはなっていた。どんな作家でもどんな作品でも自分なりに満足のいく翻訳がちゃちゃっとできる。まあ、そんな自信だ。それが本書を読むなりあっけなく崩壊した。一読しただけでは理解できないところだらけだったのだ。白状すると、話の結末さえよくわからなかった。 ル・カレ作品はそれまで長らく故村上博基訳で早川書房から上梓されていた。それが本書で集英社に変わったのだが、あとから編集者に話を聞くと、やはり集英社も最初は村上氏に翻訳を依頼したそうだ。が、断られた。また聞きになるが、そのとき村上氏は、自分にはもうル・カレを訳す体力がないと言われたそうだ。 ことほどさようにル・カレ作品が難物であることは初めからわかっていた。実際、ル・カレの代表作とされる、いわゆるスマイリー三部作は翻訳を読んでもよくわからなかった。だから本書の原著を一読後、さらに白状すると、一度は断ろうかと思った。すみません、私には無理です。体力的にというよりそもそも能力的に、と正直に明かして。 一方、私のささやかな翻訳者魂も疼いた。ル・カレのような大作家を訳せるチャンスなどというのはそうそう舞い込むものではない。それにピンチヒッターながら、一番手に指名してくれた集英社の編集者の期待にも応えたい。そんな気持ちもあった。で、えいやと引き受けたのだった。 予想をはるかに超える難行だった、と言えれば、ま、話として平仄(ひょうそく)が合うのだが、実のところ、翻訳に苦労したことは記憶から飛んでしまっている。今、原著を引っぱり出して見てみると、付箋をを貼った箇所が数十個所もあり、あちこちに鉛筆書きのメモもある。なのに、記憶が飛んでいるのにはわけがある。そうした苦労の果てのちょっとした出来事の記憶のほうがはるかに鮮明だからだ。 恥を言わねば理(ことわり)は聞こえず、なんてことわざもあるので、今回もまた失敗談をば。 へろへろになりながらも、なんとか最後まで訳しおえたときには、気分がむちゃくちゃ高揚していた。その勢いのまま、私は著者に問い合わせてくれるよう、疑問点をすべて書き出したメールの転送を編集者に頼んだ。ついでに、よせばいいのに、あなたのすばらしい作品を光栄だとかなんとか、昂ぶる思いも包み隠さず素直に書き添えた。(中略) 仲介の労を取ってくれた版元も日本のエージェントも、ま、とりあえず一流(自称です)翻訳家の書いた英文ということでチェックをしなかったらしい。その結果、私の拙い英文がそのままル・カレ大先生の目に触れ、さらには逆鱗にも触れることになったのだ。 私が編集者から聞かされたのは、私のメールに大先生がなんだか機嫌を損ねられた、ということだったが、想像するに、こんな子供が書いたみたいな下手くそな英文しか書けないやつに翻訳を任せていいのか! とル・カレ先生は思われたのだろう。ちょっと気むずかしい人だということは知っていたのだが、さて、どうしたものか。 編集者、エージェント、私の三人でダメージコントロール会議と相成った。私としてはまさに穴があったらはいりたい思いで、ひたすら小さくなっていた。私の書いた拙い英文そのものはもう手元に残っていないが、ひとつ今でも覚えている文字どおりの拙文がある。「あなたの英語を訳すのはとてもむずかしい」という一文。もちろん、むずかしいけれど、実に訳し甲斐があるすばらしい文章だ、みたいな文がそのあとに続くのだが、英単語を思いつくまま、it is hard to translate your prose...みたいな文を私は書いた。こういう場合、hardという単語はあまりいい意味には伝わらない。マイナスのイメージが強い。 これはあとからイギリス人の翻訳家に教わって、なるほどと思ったのだが、こういうときににはhardではなく、challengingだ。言われてみると、なるほどと思うけれど、こういうことばが私のような日英翻訳劣等生にはすんなりと出てこない。 もうひとつ憶えているのh、エージェントの方の対応の手ぎわのよさだ。ル・カレ御大宛てに私の代わりに詫びと弁解の手紙を書いてくださったのだが、いやあ、感心しました。餅は餅屋とはいうものの、こういう人をエージェントのプロというんだろうな、なんて思ったものだ。そう言えば、こういう手紙は直筆がいいと提案され、言われるままに英文を手書きしたのも覚えている。ル・カレの作品で、以前に手を出した『The Constant Gardener』を付けておきます。もちろん読破できず、途中で投げ出した原著でおます。【The Constant Gardener】ジョン・ル・カレ著、POCKET BOOKS、2001年刊<商品説明>よりイギリス人外交官ジャスティン・クウェイルの趣味はガーデニング。自己流のフリージア栽培に凝り、暇さえあれば、ナイロビにある自宅の庭園で過ごしている。それに、かなり年下の魅力的な妻、テッサを溺愛する夫でもある。一方、テッサはジャスティンとは正反対。社会改革を熱烈に望み、「この世で一番珍しいもの、つまり正義を信じる弁護士」として働いている。その活躍ぶりは、「アフリカ貧者のダイアナ妃」の異名をとるほどだ。しかしそのテッサが、こっそり訪れていた人里離れたケニアのトゥルカナ湖で、死体となって発見される。衣服をはぎ取られ、レイプされて。旅の同行者である、コンゴ系ベルギー人のハンサムな医師、アーノルド・ブルームの姿は消えていた。と同時に、クウェイルの、のんびりした生活も消し去られたのである。 <読む前の大使寸評>映画『ナイロビの蜂』の原作The Constant Gardenerということで、借りたが・・・読破はいつになるやら?AmazonThe Constant Gardener
2021.06.26
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ケン・リュウの『紙の動物園』を読んで以来わりと中国人SFにハマっているわけでおます。そういえば、オーストラリアで暮らすショーン・タンも中国系SF作家と言えなくもないですね。ということで、中国人SFを集めてみました。・生まれ変わり(2021年刊)・セレモニー(2019年刊)・三体(2019年刊)・紙の動物園(2015年刊)・夏のルール(2014年刊)・千年の祈り(2007年刊)R2:『生まれ変わり』を追加************************************************************************【生まれ変わり】ケン・リュウ著、 早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より異星からの訪問者トウニン人と共生することになった人類は、悪い記憶を切除し新しい自分に「生まれ変わる」ことが可能になった。トウニン人の恋人をもつ地球人の特別捜査官が謎の殺害テロ事件を追う表題作、アジアの田舎の靴工場で女工として働く少女の不思議な体験を描く「ランニング・シューズ」など、現代アメリカSFの最重要作家のひとり、ケン・リュウの単行本第三短篇集『生まれ変わり』から12篇を収録した傑作集。<読む前の大使寸評>以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。<図書館予約:(5/26予約、副本1、予約1)>heibonsha生まれ変わり『生まれ変わり』3:ランニング・シューズ『生まれ変わり』2:本の起源に関して『生まれ変わり』1:生まれ変わり************************************************************************【セレモニー】王力雄著、藤原書店、2019年刊<「BOOK」データベース>より共産党建党記念祝賀行事と北京万博が重なる空前の式典年に勃発した感染症パニックと、その背後で密かにうごめき始めた極秘の暗殺計画ー。SARS事件、ウイグル問題、ファーウェイ疑惑など、現代中国をめぐる事態を髣髴とさせる、インターネット時代の『一九八四年』。現在、行動の自由を厳しく制限されている反体制作家による、中国本国で未公刊の問題作、邦訳刊行!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/30予約、7/04受取予定)>rakutenセレモニー************************************************************************【三体】劉慈欣著、早川書房、2019年刊<「BOOK」データベース>より物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?アジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。<読む前の大使寸評>この本は中国人作家によるSFであるが、ケン・リュウの『紙の動物園』を読んで以来わりと中国人SFにハマっているわけでおます。<図書館予約:(9/09予約、5/20受取)>rakuten三体『三体』1:ゴースト・カウントダウン***********************************************************************【紙の動物園】ケン・リュウ著、早川書房 、2015年刊<「BOOK」データベース>よりぼくの母さんは中国人だった。母さんがクリスマス・ギフトの包装紙をつかって作ってくれる折り紙の虎や水牛は、みな命を吹きこまれて生き生きと動いていた…。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いた表題作ほか、地球へと小惑星が迫り来る日々を宇宙船の日本人乗組員が穏やかに回顧するヒューゴー賞受賞作「もののあはれ」、中国の片隅の村で出会った妖狐の娘と妖怪退治師のぼくとの触れあいを描く「良い狩りを」など、怜悧な知性と優しい眼差しが交差する全15篇を収録した、テッド・チャンに続く現代アメリカSFの新鋭がおくる日本オリジナル短篇集。<読む前の大使寸評>3冠に輝いた現代アメリカSFの新鋭ってか・・・・期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(9/27予約、4/12受取)>rakuten紙の動物園『紙の動物園』2:文字占い師、華人の定義、心智五行『紙の動物園』1:もののあはれ***********************************************************************【夏のルール】ショーン・タン著、河出書房新社、2014年刊<「BOOK」データベース>よりきょうだいがいる人もいない人も大人も子供もみんなの心にじん、と残る『アライバル』『遠い町から来た話』のショーン・タンが描くあたらしい夏のものがたり。<大使寸評>すばらしい作品がならぶ、ショーン・タンの絵本の最新刊(2015年時点)です。不安感と郷愁が垣間見えるのは・・・・ディアスポラあるいは移民としての原点が見えるようです。ついでに、持論をひとこと・・・・強大な漢族と対峙するニッポンも、ディアスポラの不安感は他人事ではないわけです。rakuten夏のルールこの絵本の、お気に入りのページを紹介します。赤い靴下を片方だけ干しっぱなしにしないこと。パーティで残った最後のオリーブに手を出さないこと。パレードに遅れないこと。帰り道をおぼえておくこと。***********************************************************************【千年の祈り】イーユン・リー著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より父と娘のあいだに横たわる秘密と、人生の黄昏にある男女の濁りない情愛。ミス・カサブランカとよばれる独身教師の埋めようのない心の穴。反対を押し切って結婚した従兄妹同士の、平らかではない歳月とその果ての絆。―人生の細部にあらわれる普遍的真実を、驚くべき技量で掬いとる。北京生まれの新人女性作家による、各賞独占の鮮烈なデビュー短篇集。第1回フランク・オコナー国際短篇賞受賞!PEN/ヘミングウェイ賞受賞。ガーディアン新人賞・プッシュカート賞受賞。New York Times Book Reviewエディターズ・チョイス賞受賞。The Best American Short Stories2006収録。グランタ「もっとも有望な若手アメリカ作家」2007選出。<読む前の大使寸評>中国人の書いた小説といえば・・・以前、『紙の動物園』という作品を読んだように、わりとハマッているのです。<図書館予約:(3/25予約、3/31受取)>amazon千年の祈り『千年の祈り』3:映画「カサブランカ」『千年の祈り』2:千年の祈り『千年の祈り』1:あまりもの
2021.06.25
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図書館に予約していた『熱源』という本を待つこと1年で(最長記録で)ゲットしたのです。島田雅彦の『エトロフの恋』という小説を最近読んだのだが、ロシア美人と残留朝鮮人のオモニが登場します。そしてこの『熱源』ではロシア美人と樺太アイヌが登場するわけで、舞台設定が似てなくもないのです。【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>島田雅彦の『エトロフの恋』という小説を最近読んだのだが、ロシア美人と残留朝鮮人のオモニが登場します。そしてこの『熱源』ではロシア美人と樺太アイヌが登場するわけで、舞台設定が似てなくもないのです。<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源「第4章 日出づる国」で日露戦争開戦後のサハリンの状況を、見てみましょう。p265~269 妻を見る。鮮やかに入墨を光らせた美しい顔があり、その瞳は柔らかい光を夫に向けている。ふらふらと歩み寄る。体が勝手に動き、やにわに妻に抱きついた。「私は自由になった!」 20歳でサハリン島へ送られ、18年近くが経っていた。「帰ろう。いや行こう。リトアニアへ。私の故郷へ」 チュフサンマは優しく、だが確かに頷いた。その後ろにヴィルノの街が見えた。迷路のような石畳と象牙色の壁、赤い屋根、白亜の大学、佇む古城、静かに積もる雪。遥か遠く、サハリンから地球を三分の一周した先にある景色を思ったとき、思わずチュフサンマから体を離した。 国家権力による束縛の次には、身も蓋もない現実が立ちはだかっていた。自由の身となったロシア帝国の臣民ブロニスワフ・ピョトル・ピウスツキは、一介の貧乏学者でしかない。旅費どころか目先の生活も危ういままだ。オロッコ調査の謝礼だけでは戦時下で物価が高騰するサハリンでは大して持たない。 再び、協会からの手紙を取り上げる。依頼を受ければ、いくばくかの金にはなるだろう。情報が途絶したサハリンでは戦況が全くわからないが、呑気に講演会を開ける程度にはロシアが優勢なのかもしれない。となれば、主戦場から遠く離れたサハリンに戦火が及ぶ可能性も低い。「なるべく早く帰ってくる」 何の修辞も思いつかず、簡素な言葉でブロニスワフはヴラジヴォストーク行きを決意した。<四> サハリンの中部西岸、アレクサンドロフスクから公用船に便乗して大陸側、アムール川の河口にあるニコライェフスク港へ至る。そこから川を遡り、ハバロフスクで鉄道に乗り換える。 戦時中のためか船も鉄道もスムーズに動かず、想定外の足止めを食う。また途上の地に住まう先住民の調査も行ない、1ヵ月ほどの旅程となった。その途中、新聞や人の口から聞いた戦況にブロニスワフは愕然とした。 聞いた限りロシア帝国は、日本軍に対して一度も勝利を収めていなかった。陸軍は満州で「戦略的後退」を続けていたが、総司令部を置いていた奉天まで放棄し、司令官が革職されていた。海では擁していた二つの艦隊が共に全滅し、堅固な要塞だったという旅順港も日本軍が奪取していた。 故郷を奪ったロシア帝国に、いまは勝ってもらわねば困る。不本意な葛藤を抱えたまま車窓から眺める景色は、ヴラジヴォストークの周辺で一挙に変わった。 コンクリートの堡塁や胸壁、鉄条網が現れ、密度を増していく。旅順港を失ったロシアは、その代替としてヴラジヴォストークの要塞化を急いでいるという。 ブロニスワフのほかは軍人ばかりが所狭しと乗り合わせた列車は丸一日を掛けてシベリア鉄道の東の終点、ヴラジヴォストーク駅に入る。煤煙と蒸気にまみれながら軍人たちは黙々とホームに降り立ち、巨大な駅舎を足早に抜けて行く。重厚な大理石の壁や天井が軍靴の音を淡々とはね返して行く。あっというまに混雑は過ぎゆき、空っぽの巨大な空間には駅員のささやきだけが寂しく響いた。 インディンと過ごしていたころの街は、整った商港を擁する賑やかな港湾都市だった。今はその情緒が一切ない。ロシア帝国が威信を賭けてシベリア鉄道の終着駅として建設したヴラジヴォストークの駅舎は夏だというのに冷え冷えとしていて、今はただ虚しさだけを巨大な空間に抱き込んでいるように思えた。「早かったな、ブロニシ」 声に振り向く。丸々と太った中年の男が、生成り色の背広のポケットに手を突っ込んで立っている。丸顔には小さな眼鏡と口髭、頼りない頭髪がくっ付いている。 ヴァツワフ・コヴァルスキ。2年前に千徳太郎治とともに、北海道を回ったポーランド人がそこにいた。「どうしてあなたが?」 思わず聞くと、コヴァルスキは大きな体を揺すって笑った。「ぼくも地理学協会の会員だ。異民族研究で名高いピウスツキ氏の講演を聞きたくなってもおかしくないだろう。来たら来たで博物館からきみの出迎えを頼まれるとは思っていなかったが、ぼくは人の役に立つのがすきでね」「それほど、私の研究に興味がおありでしたか」「ないことはないが、正直に言うと、ワルシャワから遥々極東に来るほどではないな」 正直と言うより失礼な答えだったが、そう思わせない奇妙な陽気さが、コヴァルスキにはあった。「では何の御用で」「お誘いだよ」コヴァルスキは無邪気に笑う。「ユゼフがきみに会いたがってる」 ブロニスワフは思わず周囲を見回した。駅舎は引き続き閑散としていて、話を聞かれた様子はなかった。「落ち着きたまえ、ブロニシ。官憲に咎められるような言葉は何も吐いてないぞ、ぼくは」 太っちょのポーランド人は愉快そうに笑う。確かにその通りだ。ユゼフなんて名前はありふれているし、革命だの独立だのという言葉もコヴァルスキは使っていない。ブロニスワフは苦笑する。このあと、ブロニスワフはユゼフと袂を分かつが・・・母国リトアニアとカラフトをアイヌやオロッコが繋ぐのです。主人公ともいえるヤヨマネクフは金田一京助と知己を得たり、白瀬矗の南極探検に加わるという驚くべき展開を見せるのです。『熱源』1
2021.06.25
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本屋に出向くと、右翼雑誌、文芸春秋、週刊誌の特集のタイトルは、もはや開戦前夜であり・・・メディアの警鐘だとしても、売り上げUPに協力する我が身をちょっと反省しないでもない昨今ですね。領土に目を向けると、日中韓による共同体など永遠に実現できないとするのが、先人の教えであるが・・・・日中韓それ自体が既に漢字文化圏であることは、歴史的事実であるわけです。で、蔵書録などから以下に「漢字文化圏」に関する本を集めてみました。(ネット情報を含む)・文字渦(2018年)・だめだし日本語論(2017年)・ぐるぐる博物館(2017年)・竜宮城と七夕さま(2017年)・漢文の有用性(2017年)・古典を読んでみましょう(2014年)・韓国が漢字を復活できない理由(2012年)・漢字で覚える韓国語(2006年)・中国人のものさし日本人のものさし(1995年)・ハングルへの旅(1989年)・閉された言語・日本語の世界(1975年)R7:『だめだし日本語論』を追加<『文字渦』1>図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。【文字渦】円城塔著、新潮社、2018年刊<出版社>より昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。<読む前の大使寸評>「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>rakuten文字渦『文字渦』3:「新字」の謎『文字渦』2:「第5回遣唐使」『文字渦』1:CJK統合漢字【だめだし日本語論】橋本治×橋爪大三郎著、太田出版、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本語は、そもそも文字を持たなかった日本人が、いい加減に漢字を使うところから始まったー成り行き任せ、混沌だらけの日本語の謎に挑みながら、日本人の本質にまで迫る。あっけに取られるほど手ごわくて、面白い日本語論。<読む前の大使寸評>漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪rakutenだめだし日本語論『だめだし日本語論』4:漢字とナショナリズム『だめだし日本語論』3:江戸の印刷文化『だめだし日本語論』2:カタカナとひらがな『だめだし日本語論』1:中国風の律令制【ぐるぐる博物館】三浦しをん著、実業之日本社、2017年刊<「BOOK」データベース>より人類史の最前線から、秘宝館まで、個性あふれる博物館を探検!書き下ろし「ぐるぐる寄り道編」も収録!好奇心とユーモア全開、胸躍るルポエッセイ。【目次】第1館 茅野市尖石縄文考古館ー私たちはつながっている/第2館 国立科学博物館ー親玉は静かに熱い!/第3館 龍谷ミュージアムー興奮!の仏教世界/第4館 奇石博物館ーおそるべし!石に魅せられた人々の情熱/第5館 大牟田市石炭産業科学館ー町ぜんぶが三池炭鉱のテーマパーク/第6館 雲仙岳災害記念館ー災害に備えつつ穏やかに暮らすということ/第7館 石ノ森萬画館ー冒険と希望の館で失神するの巻/第8館 風俗資料館ー求めよ、さらば与えられん/第9館 めがねミュージアムーハイテク&職人技の総本山/第10館 ボタンの博物館ー美と遊びを追求せずにはいられない<読む前の大使寸評>巻末を見ると、「月刊ジェイ・ノベル掲載分」を主に編集した本のようだが…編集者の企画が良かったのかも♪rakutenぐるぐる博物館『ぐるぐる博物館』3:各地で発見された経典<『竜宮城と七夕さま』2>図書館で『竜宮城と七夕さま』という本を、手にしたのです。JAL機内誌『スカイワード』人気連載を単行本化した第四弾とのこと・・・なんか、このシリーズ本は何冊か読んだ覚えがあるのです。(帰って調べてみると、このシリーズの全冊(4冊)を読んでいました)【竜宮城と七夕さま】浅田次郎著、小学館、2017年刊<「BOOK」データベース>より100万ドルに値する体験をした!“浦島太郎が食べたご馳走と、滅多に会えない織姫と彦星の恋の行方に想いを馳せる”表題作ほか、爆笑と感動と法悦の極上エッセイ集。JAL機内誌『SKYWARD』人気連載エッセイ「つばさよつばさ」単行本化。<大使寸評>JAL機内誌『スカイワード』人気連載を単行本化した第四弾とのこと・・・なんか、このシリーズ本は何冊か読んだ覚えがあるのです。rakuten竜宮城と七夕さま『竜宮城と七夕さま』2:簡体字『竜宮城と七夕さま』1:中国人の体型の変化<漢文の有用性>内田先生がリンガフランカであった漢文の有用性と、漢文無用化の史実を語っているので見てみましょう。2017年03月30日役に立つ学問より 近代まで漢文は東アジア地域限定・知識人限定の「リンガフランカ」であった。それを最初に棄てたのは日本人である。こつこつ国際共通語を学ぶよりも、占領地人民に日本語を勉強させるほうがコミュニケーション上効率的だと考えた「知恵者」が出てきたせいである。 自国語の使用を占領地住民に強要するのは世界中どこの国でもしていることだから日本だけを責めることはできないが、いずれにせよ自国語を他者に押し付けることの利便性を優先させたことによって、それまで東アジア全域のコミュニケーション・ツールであった漢文はその地位を失った。日本人は自分の手で、有史以来変わることなく「有用」であった学問を自らの手で「無用」なものに変えてしまったのである。 戦後日本の学校教育も戦前と同じく「コミュニケーション・ツールとしての漢文リテラシーの涵養」に何の関心も示さなかった。さらに韓国が(日本の占領期に日本語を強要されたことへの反発もあって)漢字使用を廃してハングルに一元化し、さらに中国が簡体字を導入するに及んで、漢文はその国際共通性を失ってしまった。 千年以上にわたって「有用」とされた学問がいくつかの歴史的条件(そのうちいくつかはイデオロギー的な)によって、短期間のうちにその有用性を失った好個の適例として私は「漢文の無用化」を挙げたいと思う。(長くなるので後略、全文はここ)【古典を読んでみましょう】橋本治著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりえっ、浦島太郎はじいさんじゃなくて、鶴になったの?一寸法師はじつは性格が悪くてやりたい放題だった?日本の古典は自由で、とても豊かだ。時代によっていろいろある古典が、これで初めてよくわかる。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、古典が言語学的に語られているようで・・・これが大使の関心をひくわけでおます。rakuten古典を読んでみましょう最強のハイブリッド言語ともいえる「漢字かな交じり文」を韓国の偏狭なナショナリズムが頑なに排斥しているが・・・・日本がもたらした負の記憶は罪深いようです。【韓国が漢字を復活できない理由】豊田有恒著、祥伝社、2012年刊<「BOOK」データベースより>韓国はもともと漢字の国だった。中国への従属関係から公文書はすべて漢文であり、世宗王が創製したハングルは蔑まれ、知識階級が使うことはなかった。日本統治時代、日本製の漢語が大量に流入する。韓国で使われた漢字熟語の七、八割は和製漢語なのである。なぜ、韓国は、漢字を廃止したのか。その後、復活論がわき起こるたびに潰されてきたのはなぜか。韓国研究で名高い著者が、その深い謎に迫る。 <大使寸評>漢字かな交じり文の利点を知っていても、意地でも漢字を復活させない理由とは?SF作家の豊田さんは、東アジア史にも造詣が深いことをこの本で知りました。Amazon韓国が漢字を復活できない理由せっかく買ったこの本が積読状態のままになっております(汗)【漢字で覚える韓国語】市吉則浩著、河出書房新社、2006年刊<「BOOK」データベースより>“日本人だから”楽しみながら有効な漢字でひも解く韓国語学習書。頻出フレーズに当てはめて学習すれば単語とともに使用法も同時マスター!指差し会話にも対応の一冊。 <大使寸評>この本を持っていることを忘れていたけど(積読未満)、見える所に置き換えよう。Amazon漢字で覚える韓国語【中国人のものさし日本人のものさし】村山孚著、草思社、1995年刊<「MARC」データベース>より日本と中国は末長く仲よくつきあっていかなければならない隣り同士。中国人を知るユニークな比較文化論。挨拶、食願望、マナーなど暮らしの中で探った中国人の考え方の規準と行動原理を紹介。<読む前の大使寸評>北京五輪の聖火リレーで、どこに行っても繰り広げられたいざこざがあり、「どこに行っても嫌われる中国人」という側面が見えてきたわけで・・・これがチャイナ・スタンダードというものかと思ったものです。amazon中国人のものさし日本人のものさし『中国人のものさし日本人のものさし』6:縁起の悪い文字韓国をこよなく愛した茨木のり子さんの説く「漢字」です。【ハングルへの旅】茨木のり子著、朝日新聞社、1989年刊<「BOOK」データベースより>『朝鮮民謡選』をくり返し読んだ少女時代。心奪われる仏像がすべて朝鮮系であることに気づいたのは、30歳過ぎた頃。そして、あたかも、見えない糸にたぐり寄せられるかのようにして50代から著者が学び始めたハングルは、期待通りの魅力あふれる言葉だった。韓国への旅の思い出を織りまぜながら、隣国語のおもしろさを詩人の繊細さで多角的に紹介する。<大使寸評>多言語習得の思いをこれほど魅力的に鮮やかに書き記した本を、他に知らないのだ♪やはり、詩人の書いた本というしかないのかも。Amazonハングルへの旅この本から、ずばり「漢字」の章を紹介します。<漢字>p70~72 以前、野上弥生子さんが疑問を提出されていたことがあった。「日本の漢字読みは独特で、中国音とは似て非なるものになっているけれど、いつ頃、どうして、こういうものとして定着したのか、誰に聞いてもこの疑問は解消されない」という意味のことを。 私も気持ちがくさくさする時、現代詩の混濁に押し流されそうになる時、不意に「」を読みたくなり本棚から抜きとっていたりする。余分なものを削ぎ落とした漢詩の明晰さと余韻とに、心が洗いそそがれる思い。 しかし、意味はともかく、音のとりかたは勝手な日本流であってみれば、調べとしての詩の半分かたは取り落としていることになるのだろう。杜甫の詩を中国音で朗読したのを聞いたことがあるが、カラっとしていて詩吟の悲壮感や音とはまるで違うものだった。 野上さんの疑問はもっともに思われる。 まあ翻訳と思えばいいわけだが、漢字が日本語の母胎をなしているのでなんだか変に落ちつかなくなるというわけである。 古代、漢字を輸入し、借用し、自国語を創りあげていったということでは日本語も朝鮮語も同じであった。 漢字だけの構成では表現しきれないものがあって万葉がなが創られたのだろうが、これは日本人の発明、新機軸とばかり思っていたけど、そうでもないらしいのだ。 新羅時代の民衆の詩歌集、「郷歌」に吏読というものがあって、漢字を使って民族語を表記する方法が考え出され、7世紀頃には既に確立していたという。万葉がなと対応する方法である。吏読の発明の方が先なのだと韓国の人たちは言う。『万葉集』が5世紀前半~8世紀末までにわたるアンソロジイだとしても、編纂されたのはその後だろうし、当時の文化度の差から言えば吏読からヒントを頂いたということは十分ありうる。 そしてまた、同じく漢字をとり入れながら、隣国と日本の漢字読みの違いにも呆然となる。 希望(ヒマン)、歓喜(ファーンヒ)、後悔(フーフェ)、少年(ソーニョン)、壮年(チャーンニョン)、老婆(ノーバ) これらは一例にすぎず、同一漢字と思えない読みが山なしているのだ。ごく稀に、 要因(ヨウイン)、余裕(ヨユウ)、盗難(トウナン)、難民(ナンミン)、器具(キグ)、階段(ケエダン) など、同一音の漢字に出合うとほっとし、やはり姉妹語の面もあるのだと、息がつける。 私の友人に中国語に堪能で、辞書の編纂にも参加し、かつ、ハングルも物にしてしまった青年がいるが、こういう日本の若者を見ることは大きな喜びである。 彼が北京に1年留学し、帰ってきた時、いろいろ話を聞いて楽しかった。彼によると、朝鮮半島の漢字読みは、中国の南北朝時代の音が多く入っているという説や、明末までのいろんな時代の音が入っているという説などさまざまであるらしい。 日本は呉音を採ったとよく言われる。 隣国は漢字を音で読み、日本は訓で読むとも言われる。<『閉された言語・日本語の世界』1>図書館で『閉された言語・日本語の世界』という本を、手にしたのです。発行年度がかなり古い本であるが、当時で32刷となっているように・・・・いわゆるロングセラーなんだろうね♪ 借りた本は1990年発行となっています。【閉された言語・日本語の世界】鈴木孝夫著、新潮社、1975年刊<「BOOK」データベース>より日本語を話す人=日本人という「単一言語国家」であり、歴史上侵略された経験がない日本人は、いかなる言語を育んできたのか。数種類の一人称代名詞をもち、「相手依存」で自己規定する私たちの言葉の不思議。言語社会学の第一人者が、言語と文化への深い洞察をもとに、日本語観、外国観、そして日本人の自己像を考える。時代を経ても色褪せない必読の論考。<読む前の大使寸評>発行年度がかなり古い本であるが、当時で32刷となっているように・・・・いわゆるロングセラーなんだろうね♪ 借りた本は1990年発行となっています。rakuten閉された言語・日本語の世界『閉された言語・日本語の世界』2:訓読みの成立『閉された言語・日本語の世界』3:諸言語の使用者人口同音異義の漢字の成立理由が、中国語と対比して述べられています。p75~79■漢字語は音声と文字の交点に成立する 私はかねてから日本語は伝達」メディアとしてはテレビのような性格を持っていると主張している。音声を使って話している時でさえも、使われている漢字語の視覚的な映像を同時に頭の中で追っているのである。 これは決してすべての人が漢字を一字一画に至るまで、いつも正確に意識しているというわけではない。ある音形をきいたときに、それに対応するいくつかの、意味が関係のある漢字を思い浮かべ、前後の関係からどれか一つに決定するという意味である。(長くなるので後略、全文はここ)
2021.06.25
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図書館で『だめだし日本語論』という本を、手にしたのです。漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪【だめだし日本語論】橋本治×橋爪大三郎著、太田出版、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本語は、そもそも文字を持たなかった日本人が、いい加減に漢字を使うところから始まったー成り行き任せ、混沌だらけの日本語の謎に挑みながら、日本人の本質にまで迫る。あっけに取られるほど手ごわくて、面白い日本語論。<読む前の大使寸評>漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪rakutenだめだし日本語論最終章「漢字とナショナリズム」を、見てみましょう。p220~225<漢字とナショナリズム>・・・今、漢字を使っているのは漢民族と日本だけですね橋本:朝鮮半島もやめてしまいましたからね。朝鮮半島の人たちに「ハングルだけだと読みにくくないですか」と聞いてみたいです。橋爪:ハングル化は大失敗だと、私も思います。橋本:半島の人の名前は元は漢字ですが、ハングルで書くので、もはや当人も書き方を知らないかもしれません。日本語ではひらがなのなかに漢字の熟語が入ると、そこだけ凝縮されて浮かび上がってきますね。だから、平安時代の女房文学のように全部表音にすると長いだけで伝わらないように思えます。橋爪:表音文字のハングルだけにするのは、よいことは一つもないように思う。ナショナリズムに引きずられてそうなったのだろうけれども。使いづらさというコストを払っても「自分たちは中国ではない」ということを証明しなくてはならなかったのが、朝鮮半島の人びとです。 日本の場合は、その漢字を使ってナショナリズムを表すことに、なんの問題もない。漢字がナショナリズムに影響しないので、コストを払う必要がないのです。橋本:ナショナリズムが高揚する明治時代になるとやたら漢字が増えますもんね。西洋の言葉を漢字に置き換えて理解してね。橋爪:それが日本の近代化ですからね。それをなしにして、全部ひらがなにするというのはありえない。橋本:日本語はすごく手の込んだ織物みたいなものですね。中国から漢字が入ってきて、それに横糸を通してトントン、また新しいものが入ってきてトントンと織り込んで、織物の一部になってしまっているからもう取り除けない。 たとえば、漢字とひらがながあると、漢字をどう読むかという問題になるから振り仮名が生まれますよね。江戸時代の人はその振り仮名で遊び始めます。恣意的に振り仮名を振るのです。「銭」と書いて「おあし」と読ませる。すぐに逃げていくから、と。銭に「あし」という音はないけれど、解釈を入れて遊ぶのです。それが実は表現を豊かにしてきたのですが、今やそうは考えられないし、校閲者は統一したがりますね。・・・歌舞伎の題もダジャレが多用されていますもんね橋本:タイトルの文字数が奇数でなくてはならないのもおもしろいですね。漢字だけだとどうしても6文字になってしまうときには途中でひらがなの「の」とかを入れる。すべてご祝儀事ですから、変な題名をつけて観客が入らなかったらどうしよう、と縁起を担ぎます。3、5、7が縁起がいいからその文字数にしようとする。橋爪:中国と逆ですね。中国は偶数でなければいけない。中国では割り切れないのがよくないことです。(中略)橋爪:日本語というのは美しい可能性を多々秘めているけれど、まだまだ流動的で、変化の途上にあると思う。現代日本語がはじまってからまだ100年200年程度しかたっていません。 常日頃不満なのが、まず「ですます体」と「である体」。この二つがあることになっているけれど、いったいこれは何だ。英語にこんなものはない。橋本:「である体」は英語にあります。It~thatの構文がそれです。橋爪:うーん。そういう意味ではなくて、学校で習う、文末をどちらか片方に統一しなさいというあれです。どちらかにそろえなさいと言われても、それはないだろうと思っていた。ですから私はものを書くようになってから、よく、ですます/であるの混用体でやっています。 まず、ですます体や、である体があることになっていることが、おかしいと思う。橋本:文章を文章として成り立たせるための助動詞が日本語にしかないということですね。叙述が「・・・です」というかたちで終わるということは、その文章自体が「です」という行為をしていることになって、本当はへんなのです。 だから、平安朝の文章に「叙述自体を表す動詞や助動詞」は存在しません。「です」「ます」とか「である」という、叙述自体を管轄する助動詞は、丁寧の敬語の登場と関連すると思いますね。 平安時代の敬語は尊敬と謙譲だけで、丁寧はありません。だから『源氏物語』をそのまま現代語訳すると、乱暴に響いて響いてしまうのです。謙譲の助動詞だった「侍る」が、時代が下がるにつれて、叙述全体の丁寧化で「候(そうろう)」が大活躍するようになります。 漢文の書式に丁寧というものはないはずですが、徳川幕府の公式文書は、みんなで丁寧つきの候文です。命じになって口語文をつくろうとした作家たちはこの文末の「候」という丁寧をどう処理するのかで頭を悩ませす。二葉亭四迷は、「本当は丁寧の語尾を排除したいんだ」という趣旨のことを言っていますが、江戸時代を通して定着してしまった「丁寧」という生活習慣を排除するのは、もう無理なんです。『だめだし日本語論』3:江戸の印刷文化『だめだし日本語論』2:カタカナとひらがな『だめだし日本語論』1:中国風の律令制
2021.06.24
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本屋の店頭で『たちどまって考える』という新書を手にしたのです。パラパラとめくってみると、ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。【たちどまって考える】ヤマザキマリ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>よりパンデミックを前に動きを止めた社会。世界を駆ける漫画家・ヤマザキマリもこれほど長期間家に閉じこもり、自分や社会と向き合ったのは初めてだった。しかしその結果「たちどまることが実は必要だったのかもしれない」という想いにたどり着く。ペストからルネサンスが開花したようにまた何かが生まれる?混沌とした日々を生き抜くのに必要なものとは?自分の頭で考え、自分の足でボーダーを超えて。あなただけの人生を進め!<読む前の大使寸評>ヤマザキマリの最新評論集のような本になっています。これは図書館予約している場合ではないでえ・・・ということで、衝動買いしたわけでおます。rakutenたちどまって考えるヤマザキマリが母世代の精神のバックボーンを語っているので、見てみましょう。p166~169<人生は思い通りにならない> 私の母は昭和一桁生まれですが、その世代の人たちの「何があっても落ち込まない」のレベルには瞠目すべきものがあります。子どもの頃に壮絶な経験と向き合ってきた戦中世代のおばあちゃんたちには、「落ち込んでなんぼ」の精神が宿っていて、大概のことでは動じません。 多少の失敗をしたところで、「だからなんだってんだよ、どうってことないじゃないか、そんなこと!」とダイナミックな解釈を展開していく様を、私は傍で目撃してきました。 戦争を経験した世代の日本人の多くは、国土が焼け野原となって、何にもなくなったところから木の根をかじって飢えを凌ぎ、這い上がってきた人たちです。うちの母も戦前、裕福な家庭で育った深窓のお嬢様でしたが、戦後でいきなり何もかも失った人です。あまりに理不尽な環境の変化ですが、当時の人は大なり小なりそのような経験をして「人生は思い通りにならない」という洗礼を浴びたのです。 しかも自然災害のような天災でなく、人間が起こした戦争という、非常に不条理な事態によってそれが引き起こされた。誰かの指示で命の選択がなされ、何も悪いことをしていなくても「おまえは死んでいい」と人々は一方的にジャッジされてしまったのです。 なんの倫理も意味をなさない、そんな現実に向き合うしかなかった人々は皆、「生きるって何なんだろう」という、宗教者か哲学者だけが深く追求するような根源的な問いを、おそらく一度は考えたことがあるのではないでしょうか。少なくとも女学生だった母は考えていたようです。 パンデミックというまったく違うものを通じてではありますが、今の私たちも、不条理な理由で死ぬかもしれないという危機感を身近にした時代にいます。戦中、戦後のように木の根をかじって生き延びる状態とは異なりますが、目に見えない微小なウイルスに対して、想像力を使わなければ、そのリスクを管理し、状況を理解することができないという難易度の他愛ハードルを与えられているのです。 そんななかで「人生とは思い通りにならないもの、どんなことでも起こり得るもの」という母たち世代の考え方は、一つのヒントになるように感じています。実際に私自身もその考えを受け継ぎ、それを基本軸として、これまでの人生をサバイブしてきました。 私たちは家族にしても、結婚や子どもの生き方にしても、そのあり方を「普通はこうだから」と世間でつくられたマニュアルを軸に考えてしまうところがあります。そのために、たとえば母親が自分の思う通りに動いてくれなければ、その子どもは「母親のくせに」などと寂しさを募らせます。また親は子どもに「せっかく育ててあげているのに、ちっとも親孝行してくれない」と腹だたしさをぶつけるようになる。 無難な既成概念にすがり、まわりと比較をし、自分の思い通りにならないことに腹を立てるのも人間というメンタルを持った生き物の特性です。しかし、落ち込み続けることは最終的に時間の無駄であり、何の解決にも結びつかないという姿勢を確立していた母の生き方を見てきた私は、「この世界で生きていく限り、どんな思いがけない展開もあり」という心構えを前提に生きていくべきだと思っているわけなのです。『たちどまって考える』7:テレビのコンテンツに苦言を呈すp150~153『たちどまって考える』6:松田聖子は「アイドル界のカエサル」p150~153『たちどまって考える』5:日本人の教養p146~148『たちどまって考える』4:ニッポンのコロナ感染『たちどまって考える』3:ニッポンの世間体p204~206『たちどまって考える』2:外国語の習得p200~203『たちどまって考える』1:漫画家のくせにp195~197「〇」()
2021.06.24
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<『小鳥来る日』3>図書館で『小鳥来る日』という本を、手にしたのです。平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。【小鳥来る日】平松洋子著、毎日新聞出版、2013年刊<「BOOK」データベース>よりグールドのピアノ椅子、靴下を食べる靴、レース編みのすきま、セーターを穿くおじさん…日常にはこんなにもたくさんの奇跡がある。“第28回講談社エッセイ賞”受賞第一作。<読む前の大使寸評>平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。rakuten小鳥来る日パリ関連3発目になるが・・・まあいいかと覗いてみたのです。p187~189<モンパルナスでお墓参り> カーテンのすきまから外をのぞくと、朝8時を過ぎたのにひっそりと暗い。十月末のパリ、眼下のモンパルナス大通りは車も人影もまばらだが、もうジョギングシューズも履いてしまったし、パーカのジッパーも引き上げた。さあ、という気持ちに背中を押され、ホテルの6階の部屋をでてエレベーターのボタンを押した。 14区モンパルナスに滞在して5日め、きのうの朝は雨もようで断念したけれど、おとといは6区のリュクサンブール公園まで走った。広大なフランス式庭園美につられ、やみくもに速度を上げたり歩いたり、汗だくでホテルに戻るととっくに十時過ぎだった。もちろんそのころにはぴかぴかの青空。いったん明けると、パリの朝は大急ぎで明るくなる。 どっちへ走ろう。薄闇に身を浸して数歩進むと、目前のヴァヴァン交差点角、むかしながらのカフェ「ラ・ロトンド」が目に飛びこんできた。かつてこの界隈に住んでいた貧しい詩人や画家たちは、しじゅうカフェにたむろしていただけあって、斜め向かいには「ラ・クーポール」、その手前に「ル・ドーム」の脇の道をまっすぐ進んだ突き当たり、モンパルナス墓地にはフランス文化を担ってきたたくさんの芸術家や文学者たちが眠っている。きょうは朝からお墓参り。 枯れ葉色の街路樹に囲まれた正門をくぐると、そこには緑ゆたかなモンパルナス墓地が広がっている。わずか15分のあいだに靄が晴れ、すっかり朝の爽快が充ちて清々しい。まるで公園のようだが、ここをドスドスは知るのは気が退ける。 守衛のおじさんと目が合った。 「ボンジュール!」 近づいてきて、話しかけてくれる。 「地図を持ってるか。ないならあげるよ」 なんて親切なんだ。渡された紙には、表に見取り図と百の番号、裏に百名の氏名と職業、それぞれ照合できるようになっている。サルトルとボーヴォワール。マルグリット・デュラス。ボードレール。セルジュ・ゲンズブール。サン=サーンス。ジーン・セバーグ・・・みなここで静かな眠りについている。 最初に手を合わせたのはサルトルとボーヴォワールがなかよくいっしょに眠るお墓だったが、出合いがしらに驚いた。墓石に刻まれたふたりの名前を囲むようにして、たくさんの赤いキスマーク! 思わず微笑をさそわれる光景だ。デュラスのお墓にも、だれが手向けたのか艶っぽいローズ色の花。早朝の墓地を、なごやかな空気が包みこんでいる。写真家のブラッサイのお墓に手を合わせたあと、七区画にあるという写真家マン・レイのお墓にも、と思ったけれど見つからず、とりあえず七区画ぜんたいに向かって合掌。整然と広がる墓地をふた巡りほどするうち、すっかり場になじんでいた。ウン ヴァヴァン交差点の昔ながらのカフェといえば・・・アリアンス・フランセーズに近いこの界隈をよく覚えているのです。パリに着いてすぐに滞在した安ホテルもこの附近にあったが、この界隈は怪しい地区として知られていることをあとで、聞いたのです。『小鳥来る日』2:ゴダールの映画『小鳥来る日』1:パリの謎解き
2021.06.24
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図書館で『小鳥来る日』という本を、手にしたのです。平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。【小鳥来る日】平松洋子著、毎日新聞出版、2013年刊<「BOOK」データベース>よりグールドのピアノ椅子、靴下を食べる靴、レース編みのすきま、セーターを穿くおじさん…日常にはこんなにもたくさんの奇跡がある。“第28回講談社エッセイ賞”受賞第一作。<読む前の大使寸評>平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。rakuten小鳥来る日本屋に関するエッセイはどんなかな・・・と覗いてみたのです。p105~107<本屋さんは町の縮図である> 以前、ある新聞の夕刊に、書店に来る珍客の話を書いたことがある。わたしがいちばん唸ったのは、「毎日昼休みに来ておなじ本を立ち読みし、そのたびに栞紐(しおりひも)を移動させながら1週間かけて読了した男性客」である。もっとも書店側も負けてはおらず、くだんの客が帰ったあと、栞紐をこっそり先へ移動させて攻防戦を繰り広げたというのだから、笑える。 町の書店はお客の見本市さながら、意表を突かれる話に事欠かない。ズボンのうえにセーターを重ねて穿いた奇天烈な風体のおじさんに遭遇した話は、以前にも書いた。そのあと複数の読者のかたに「まさかうそでしょう。あのセーターの話」と言われたのだが、いやほんとうです。おじさんは、たしかにセーターを「穿いていた」。 ところが、である。先ごろ山登りの本を読んでいたら、「えっ」と声がでた。装備を語るくだり、こう書かれているではないか・・・気温が下がってきたので、セーターを穿く。セーターは上半身にも下半身にも使えるから、じつに便利な防寒具なのだ。セーターは穿くことができるけれど、股引は着られない。(中略) そこで思いだしたのが、ゴダールの映画「女は女である」(1961年)。パリの下町の書店で働く夫を演じるのはジャン=クロード・ブリアリ、同居しているストリップダンサーは、ゴダールと結婚直後のアンナ・カリーナ、おまけにジャン=ポール・ベルモンドも登場する。 さすがゴダールのカラー映画第一作、色彩の遊びかたもめっぽう楽しい。カリーナのファッションも鮮烈で、真紅のカーディガンはいまだに目に焼きついて離れない。最初はふつうに前ボタン、ところがそのあと、おなじ真紅の丸首のセーターを着て登場するのだが、後ろすがたが映ると背中にボタン。 「あっ、あの丸首セーターはさっきのカーディガン!」 あれがパリのお洒落なんだな。ひねりがきいていて、なんてかわいいの。名画座の暗闇で胸がどきどきして、大学生のぶんあいで、すぐさま「逆さカーディガン」をまねしたのだった。ゴダールのキュートなこの映画には、節約や工夫を創造性に変える手だてもいっしょに隠れているのだった。 いまでもたまにカーディガンを逆さに着たりする。でも、書店で本を試し読みしているとき、「あっ、後ろまえに着ているへんなひと」と思われているのかもしれないが。 それにつけても、書店は社会の縮図でもあるらしい。なじみの書店の片隅にコピー機が置いてあるのだが、まえの壁にこんな貼り紙がある。 「本のコピーはお買い上げのあとにお願いいたします」 まさか、買ってもいない本のコピーを取って棚に戻すお客などいないだろう。信じられない思いでいちおう店員さんに聞いてみると、仰天のち絶句。 「いえ、それが、結構いらっしゃいます」ウーム 1週間かけて立ち読み読了した男性には驚いたのです。読みたい本は図書館に予約して半年~1年かけて待つ大使には思いつかないセコさでおます。ゴダールのカラー映画ということで、以前に観た「中国女」を付けておきます。【中国女】ジャン・リュック・ゴダール監督、1967年制作、H24.11.8観賞<goo映画解説>よりジャン・リュック・ゴダール14本目の長編。むろん彼自身の脚本・監督で、紅衛兵と文化大革命を67年のパリを舞台に描いたもので、映画を武器にした政治参加の作品といわれている。撮影はヌーベル・バーグ一派の名手ラウール・クタール、音楽はクロード・シャンヌ、編集はアニエス・ギュモの担当である。出演はゴダールと結婚した新進女優アンヌ・ヴィアゼムスキー、「夜霧の恋人たち」のジャン・ピエール・レオーらの他にソルボンヌ大学の哲学教授であり、アルジェリア戦線からの脱走兵をかくまった〈ジャンソン機関〉の結成者フランシス・ジャンソンが特別出演している。<大使寸評>今見ても、色彩がきれいで・・・・そして、文化大革命に疑問を呈するという政治的メッセージが感じられる映画でした。goo映画中国女『小鳥来る日』1
2021.06.23
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図書館で『小鳥来る日』という本を、手にしたのです。平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。【小鳥来る日】平松洋子著、毎日新聞出版、2013年刊<「BOOK」データベース>よりグールドのピアノ椅子、靴下を食べる靴、レース編みのすきま、セーターを穿くおじさん…日常にはこんなにもたくさんの奇跡がある。“第28回講談社エッセイ賞”受賞第一作。<読む前の大使寸評>平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。rakuten小鳥来る日パリに関するエッセイはどんなかな・・・と覗いてみたのです。p66~68<パリの謎解き> パリの男はコートやストールの使い方がやたら上手い。もちろん女だっておなじで、どうやったらあんなふうに小物をさらりと使いこなせるんだろうとため息が出る。白髪の男性が丈の短いベージュのコートをはおり、首もとに赤いマフラーをちらっとのぞかせて石畳を足ばやに横切る様子など、呆れてしまうくらいさりげない。 冷え込みはじめた夕方、サンジェルマン・デ・プレのカフェでお茶を飲んでいると、向かいの席の冴えない感じの黒セーターのおじさんが、紫がかったそれは美しい青いストールを首にぐるぐる巻きつけ、いきなりかっこいいパリジャンに変身して立ち去ったので、唖然とした。男も女もお洒落に気を遣っていますといういかにも風情が稀薄なところが文句なくすてきだ。 先ごろ十日間ずっとパリにいたら、その理由がすこしわかった気がした。なにしろ天気がころころ変わる。雨が降ったり、急に冷え込んだり、ぱっと晴れて気温が上がったり、だから、コートやマフラーやストールは温度調節の道具なのだ。つまり、生活道具を使いこなすために鍛えられた実用的なお洒落が土台にはある。 「そうね、自分のことは自分で守るという考え方は、パリのひとには徹底しているわね」 フランス在住歴40年に近いマダム・キシが言う。ほら、お洒落のスタイルみたいに思われているバッグの斜めがけ、あれだってひったくられないための知恵よ。 マダム・キシは用心深い。いっしょにメトロに乗ると、「中側に乗りましょう」。こんなに空いているのに? と聞くと、扉の近くに立っていたら出がけにバッグをひったくられる可能性があるから。ゴールドのネックレスをひきちぎられて大怪我をしたひともいるの。それにあたしだって、とマダムは続ける。 「みょうな気配がするから自分のバッグに手を入れて確かめたら、他人の手を掴んじゃったの。ぎょっとして隣の女を咎めると、平然として『なにもしてないわ』。じっさいバッグのなかで手を掴まれてるのに」 そんな話をこそこそしていると、乗り換えの多いシャトレ駅でどっと人が乗ってきた。向こう側の入り口で大きな声がするから何事が起こったかかと視線を遣ると、40代後半の栗毛色の髪の男である。手には数冊の絵本を持って、乗客に掲げている。 「こう言っているわ。おれは離婚して、男手ひとつで子どもを育てて苦労の日々だ。ようやく恋人ができたのに、フラれてしまった。食べるものにも困る毎日だ。哀れに思ったら、この絵本を買ってくれ」 さすがシャンソンみたいな口上だなあ、とへんな感心をしていたら、一冊も絵本が売れないので男はとっとと隣の車両へ移っていった。二駅先のサン・ミシェル駅で、こんどはアコーデオン弾きが乗ってきてメロディを奏ではじめ、相棒のおじさんが投げ銭入れを差し出して歩く。 この街のあちこちには生活がむきだしのまま、そこにある。お洒落があんなに小粋で板についているのだって、自分の身をだいじに守る行為の産物だと思えば、パリの謎がすこし解けた気になる。そして、うっかり油断すると、たちまち煮え湯を飲まされるのもパリという街なのだ。
2021.06.23
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図書館で『だめだし日本語論』という本を、手にしたのです。漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪【だめだし日本語論】橋本治×橋爪大三郎著、太田出版、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本語は、そもそも文字を持たなかった日本人が、いい加減に漢字を使うところから始まったー成り行き任せ、混沌だらけの日本語の謎に挑みながら、日本人の本質にまで迫る。あっけに取られるほど手ごわくて、面白い日本語論。<読む前の大使寸評>漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪rakutenだめだし日本語論印刷や出版の成り立ちを、見てみましょう。p192~196<江戸の印刷文化>・・・江戸時代の識字率は後期になると50~60パーセントという説もあり、世界でもまれに見る高さでした。その背景には、印刷本を前提とした大衆文化がありました。当時の印刷は木版印刷ですね。 木版印刷とは、印刷するする本文をきれいに清書するいわゆる「筆耕」という作業があって、その筆耕の紙を裏返して木版に貼って、その上から彫り師が彫ります。そうしてできあがった版木で擦り師が紙に印刷します。橋爪:ヨーロッパではグーテンベルクの活版印刷の発明は画期的だということになっていて、1500年ごろに印刷技術が登場するという大きな切れ目があるわけですが、中国や日本には切れ目はありません。字母がかぎられるアルファベットと違って、中国語や日本語は莫大な字母が必用になるので、手で書いたおうが速い。日本にタイプライターがなかったのも、そういう理由です。橋本:法隆寺に印刷されたお経がありますね。<・・・印刷物の最古のものとされる『百万塔陀羅尼』ですね。奈良時代の陀羅尼の経文です。>百万塔陀羅尼橋爪:中国と日本は木版印刷の技術がある。木版印刷の技術がなければ、仏教なんてありえないわけです。どの寺でもみんなテキストを手にして、読経するわけですから。 いっぽう、キリスト教は、修道士や神父は聖書を全部は読んでいない。聖書は教会に一冊あればいいほうで、それもラテン語書いてあって、新約聖書だけの場合も多く、旧約聖書がそなわっているかどうかも怪しい。聖書は儀式のときに使うだけなのです。あとは「キリエ・エレイソン(主よ憐れみ給え)」とか決まったことを唱えているだけです。橋本:時祷書ですね。教会へ行ってお祈りをする祈祷文が一冊になっていて、ものすごくきれいな挿絵が入っている。橋爪:ミサは、決まったとおりの式次第でやっているだけなのです。文字が読めなくても大丈夫。聞いている人はもちろん字が読めないし、ラテン語だから聞いてもわからない。橋本:でも、洋の東西を問わずみんなそうですよね。仏教で経典がなぜ和訳されなかったかというところでも話しましたが、経典は別に理解するものではなくて、信じるもの。理解しようとしたら、宗教ではなくなってしまいます。橋爪:そうですね。ただ、中国では、多くの経典や論書が招来されてほぼすべて漢訳され、集成されて、大蔵教として印刷されました。印刷には莫大な費用がかかるので、皇帝がスポンサーとなってやるわけです。しかも、何回も版を改めている。その意味では中国は、キリスト教に比べても、テキストに対しまじめで熱心です。日本もその影響下にあるので、いちおうお経を印刷して配るというシステムになるわけです。 日本に比べ、中国は漢字しかないので、読める人が限られてきます。庶民は読めないのです。庶民は本を読まないので、京劇や大道芸を見たりするしかない。出版文化から疎外されている。ところが、仮名文字がある日本では、アカデミックなものから庶民的なものまで、同じ木版印刷の技術で大量につくられ、みんなで読んでいた。橋本:しかも草双紙なら、絵もあってそこに文字を入れていく。見るとレイアウトに驚きますよ。どうしてこんなに絵に添って文字がぴったり入るんだと。 ただ木版の限界があります。すぐに木版がすり減ってしまいますから。だから江戸時代のベストセラーだと何度も何度もすり減ったまま摺ってしまって、なんだかわからないものを売るということになっていました。『だめだし日本語論』2:カタカナとひらがな『だめだし日本語論』1:中国風の律令制
2021.06.23
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図書館で『だめだし日本語論』という本を、手にしたのです。漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪【だめだし日本語論】橋本治×橋爪大三郎著、太田出版、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本語は、そもそも文字を持たなかった日本人が、いい加減に漢字を使うところから始まったー成り行き任せ、混沌だらけの日本語の謎に挑みながら、日本人の本質にまで迫る。あっけに取られるほど手ごわくて、面白い日本語論。<読む前の大使寸評>漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪rakutenだめだし日本語論カタカナとひらがなの成り立ちを、見てみましょう。p144~150<カタカナv.s.ひらがな>・・・『枕草子』も『源氏物語』もほとんどひらがなで書かれています。ひらがなは「女手」とも呼ばれ、女性が主に使っていました。橋爪:『古今和歌集』や『新古今和歌集』など和歌もみなひらがなである。1000年ほど前の作品が、現代人が見て意味がおおよそわかる。少し古文の練習をすれば、ですが。これはすごいことです。 ところがヨーロッパには、これに匹敵する言語がない。ラテン語やギリシャ語は死語になってしまって、特別な訓練をしないかぎり読めない。ドイツ語、フランス語、英語は比較的新しく成立したもので、その原型が500年ぐらい前までしか遡れない。・・・一方、カタカナは漢文の訓点からはじまり、カタカナとひらがなは出自はちがいますが、表音文字という点では同じですね。文章の表記には原則として漢字とひらがなを用い、カタカナは外来語など特殊な場合に用いるスタイルが、公文書も含めて確立したのは、戦後です。橋本:『愚管抄』は漢字+仮名文字で書かれています。書いたのが大僧正慈円だから。前にも言ったように、慈円は、漢文を読まなきゃいけないはずの坊主ですら漢文を読まなくなっているから、仮名文字も使って書いたわけです。 この仮名がひらがなかカタカナかというと、どうやらひらがなのようですが、『愚管抄』の文章は、ひらがなで書かれた『源氏物語』と比べると全然違います。もっと今の口語に近くて、てきぱきしている。男は漢文体質ですから、ひらがなの文章に漢字が入っただけなのに、もうトーンが違う。それに比べて平安時代の女流文学は産字だらけのようで、口の中で音が伸びていくような、ねっとりした感じがします。 また、吉田兼好の『徒然草』の前半にある「ひらがなの文章」は、『枕草子』などの平安時代のものに近くて、口語、話し言葉で、ねっとりしていて、訳すときもいじりようがあります。 ところが、途中で文体が変わって、「多分この辺で出家したのだな」という十何段から後になると、センテンスが短くなってくる。てきぱきしてくるのです。つまり、文章化していく。口語でも「文」で、書き言葉になる。文章だから、しゃべり手の息づかいのようなものが入り込む余地がなくなってくる。 出家前と出家後の文章が混ざっている可能性があると聞いてはいたのですが、やってみたら本当にそのとおりだったのです。あまり言われないことではありますが、それぐらい文体は変わるのです。 言っている内容も変わってしまって、最初は「つれづれなるまゝに、日暮らし・・・」と、暇であることを肯定しています。それが後になってくると、「暇で文句を言っている人間はどうなんだろうな」と説教をしている。橋爪:ひらがなとカタカナは別系統で、併存しているということですね。でも音体系としては同じ。それを、ひらがな表現にするか、カタカナ表現ににするか、という違いだけなのでしょうか。『だめだし日本語論』1
2021.06.22
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図書館で『だめだし日本語論』という本を、手にしたのです。漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪【だめだし日本語論】橋本治×橋爪大三郎著、太田出版、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本語は、そもそも文字を持たなかった日本人が、いい加減に漢字を使うところから始まったー成り行き任せ、混沌だらけの日本語の謎に挑みながら、日本人の本質にまで迫る。あっけに取られるほど手ごわくて、面白い日本語論。<読む前の大使寸評>漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪rakutenだめだし日本語論中国風の律令制を、見てみましょう。p126~130<戦争ができない日本人>橋本:『古事記』には「国譲り神話」があります。高天原(大和)と葦原中国(出雲)のあいだで戦争が起こりそうだったという記述がある以上、そこに緊張状態はあったはずなのに、戦争にはならない。その危機を回避して、国を譲ったと。なぜ戦争をしなかったのかが謎なのです。というより、「本当に戦う」ということに関して、そもそも古代の日本人はわかっていたのかなあという疑問さえあります。 というのも、中国での安禄山の反乱を知った藤原仲麻呂は、半島経由で中国進出を考えて、新羅征伐の準備をはじめさせるのですが、大宰府のほうに発注した鎧が綿の鎧なのです。当時は」まだ木綿はありませんから、絹の真綿でしょう。真綿の鎧を着て刃物にどう立ち向かうつもりだったのか謎ですが、『続日本記』にそれ以上の説明はありません。橋爪:遠くから見たら金属の鎧に見えて、軽くてよいなというフェイクだったのではないか? 橋本:わかりません。体を防御するのにダウンジャケットをつくらせているようなものですからね・・・。一方で、藤原仲麻呂は琵琶湖の北のほうにある鉄鉱石の出る鉱山はしっかり押さえているんですね。さらに、兵士には朝鮮の言葉を練習をさせてさえいます。橋爪:律令制を取り入れたのは、中国と本格的な戦争をする準備とも考えられますね。 中国軍は、農民を徴兵して兵士にするので、まず人数がすごく多い。そして鉄製の武器で武装する。陸戦は人数がものをいいますから、新羅や唐の正規軍が本気でやってきたら、日本側は、武器装備もさることながら、相応の人数がいないと勝てません。前哨戦で一度負けていますから(白村江の戦い)、日本側もそれなりに真剣だったはずです。でもその真剣さは、あまり長続きしなかったわけですが。その真剣だったころ「じゃあ租税を取ろう」「農民に鉄製の武器を供給して武装させよう」と考えて、計画まではした。でも、実行がともなわなかった。橋本:なぜ日本が中国風の律令制を取り入れたかということに関しては、一つ考えがあります。持統天皇から奈良時代の天皇に続く系統は、天智天皇、天武天皇から始まって、その二人の母親の斉明天皇がルーツです。中大兄皇子だった天智天皇が蘇我入鹿を殺したとき、その現場にいた天皇が彼女ですけど、皇極天皇としてあった彼女は、すぐに弟の孝徳天皇へ譲位してしまいます。 彼女の朝廷を支えていた蘇我入鹿を自分の息子が殺してしまって、それを目撃している以上、中大兄皇子へ位が譲られることは考えられません。それで、あまり注目されない孝徳天皇の治世になるのですが、彼は今までとは違う新しい政治、中国風の新政をやりたがるんですね。 まず、日本で初めて「大化」という年号を制定する。まだ存在する豪族たちの力を弱めようとして、私有地の返還を命じ戸籍も一部でつくらせようとする。つまり、公地公民で律令制のほうに一歩踏み出し、都も内陸の大和から瀬戸内海に向かう難波の地へ移します。 瀬戸内海を前にするということは、その先海伝いに中国と向き合うということで、その難波の宮ももちろん日本初の中国風です。そういうところまでいったけれども、すべては孝徳天皇の独断に近い。だから、姉の皇極上皇や甥の中大兄皇子達と不仲になってしまう。 孝徳天皇は孤独のうちに死んで、都は再び大和へ戻り、譲位していた皇極上皇が再び即位して斉明天皇となる。時期尚早だった孝徳天皇の中国化計画が、彼女とその息子たちによって改めて始められる。 天智天皇、天武天皇と続いた後で、孫の文武天皇に譲位した持統天皇の下で大宝律令ができあがり、「大宝」の元号の下で元号の恒久化も定められて、50年ほどかかった中国化が完成するんだと思います。 天智天皇から天武天皇へ天皇位が移動するために壬申の乱が起きて、天智天皇の下に成立していた近江の朝廷が新政権では敵側になったしまう。天武天皇は妻の持統天皇と息子たちだけで新朝廷をスタートさせなければならない。家族経営の中小企業のスタートですけど、この心細さを逆に考えれば、新しい体制づくりに反対する旧勢力が排除されたわけで、天皇を頂点に置く律令制国家はつくりやすかったんだろうと思います。私はこういうドメスティックな考え方しかできないんですけど。橋爪:日本が中国式の律令制を取り入れて、ガチガチの中国風国家になろうとしたのは、やはり中国との全面戦争にそなえてのことですね。白村江は、中国からだいぶ離れた地点だったのに、唐・新羅軍の戦力はあなどり難かった。これなら、水軍を駆って近畿地方に侵入し、陸戦を挑まれたら日本は敗北する、と本気で心配した。 日本はやがて都を、平安京に移しますが、この場所は防衛しにくい場所です。この時点で、中国との戦争はなさそうだと思った。逆に言えば、それまでは戦争あるかも、といちおう警戒していた。(中略)橋本:孝徳天皇の死後の日本は、斉明天皇と息子たちの母子経営みたいなものですから、白村江の戦いになってしまう日本の出兵は、百済からのお援軍要請を受けた67歳の斉明女帝が「いいわよ」の安うけあいか、状況判断抜きの好奇心で出兵したようなもんで、その女帝に死なれた後でもたたかわなければいけなくなった、後の天智天皇や天武天皇である皇子たちはいい迷惑だったんじゃないかと、私は思います。 さらに意外な盲点としては、古代の日本に軍隊はないのです。朝廷に兵衛府や衛門府があってそこに舎人(とねり)がいるという仕組みはありますが、彼らは内裏を守るガードマンであって、軍隊ではない。内裏のいちばん外側の兵衛府は検非違使の役割を兼ねていますが、その役割は市中警察です。都の外側で何かが起こったときに備える軍隊というのは、ない。(後略)
2021.06.22
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先日(6/20)のNHKスペシャル『パンデミック 検証“医療先進国”(前編)なぜ保健所は追い込まれたか(前編)」』を観たのだが、壮絶な内容であった。大使の視点は「ここまで疲弊した保健所をなぜ放置してきたか?」であるが・・・以下、番組アーカイイブを観てみましょう。2021.6.20NHKスペシャル『パンデミック 検証“医療先進国”(前編)なぜ保健所は追い込まれたか(前編)」』より 新型コロナが浮き彫りにしたさまざまな課題に迫るシリーズ。 今回はコロナ禍で苦闘を強いられ続ける保健所がテーマ。全国の保健所は徹底した感染経路調査などで感染拡大を早期に抑え込む「防衛線」となってきた。しかしその戦力はあまりに少なく「クラスターつぶし」は各地で継続困難となり社会を止めないと蔓(まん)延を防げない事態に。 なぜ戦力拡充できないのか。その真相を探ると、日本の感染症対策の根本的な問題が見えてきた ひとりのクラスターを見つけるためには、膨大な電話確認が必要であり、昼間は電話による調査に忙殺されるので、結果、保健所の日常業務は夜間に残業して処置することになったようです。保健所の女性が重い酸素ボンベ、吸入器を車に積んで重傷者宅に向かうシーンを見たら・・・もうすでに医療崩壊だ、と直感されるのです。(急な電話を受けると、本来なら医師や看護士が行う作業を保健所所員が協力するほど逼迫しているようです)状況を熟知している保健所の所長は苦渋の選択を、所員を集めて発表しています。「クラスターつぶし」に注力していた保健所であるが、インド株が増えてきた現在はすでに医療崩壊しているような有様で・・・自宅で待っている重傷者の処置を優先せざるを得なくなったのです。この番組で神戸市の保健所の対応がでていて、地元の民として興味深く観たわけですが上流の県庁が思いのほか有効に機能していることが予想外でした。保健所に消防署員を繰り込んだのもグッドアイデアでした。 だけど、さらに上流の厚労省の動きは、庶民には見えてきません。もしかして「知らしむべからず」という奢りがあったりして?(NHKもそこまで追求できなかったのかも?)ところで、神戸市の対応については、接種券の配送もわりと早かったし、予約お助け隊も上手く機能しています。また、以下のように細やかに対応しているようです。新型コロナウイルス感染症の健康相談に関する専用電話相談窓口を毎日24時間に拡充します21日にはワクチンの職域接種が始まり、これでワクチン接種が新たなフェーズに移行しつつあるが・・・これで政府及び中央官庁が一息つけるわけではないのだ。予算化も含めて、保健所の補強、補充に務めるのも上流側の仕事ではないだろうか。
2021.06.22
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図書館に予約していた『生まれ変わり』という文庫本を待つこと3週間ほどでゲットしたのです。以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。【生まれ変わり】ケン・リュウ著、 早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より異星からの訪問者トウニン人と共生することになった人類は、悪い記憶を切除し新しい自分に「生まれ変わる」ことが可能になった。トウニン人の恋人をもつ地球人の特別捜査官が謎の殺害テロ事件を追う表題作、アジアの田舎の靴工場で女工として働く少女の不思議な体験を描く「ランニング・シューズ」など、現代アメリカSFの最重要作家のひとり、ケン・リュウの単行本第三短篇集『生まれ変わり』から12篇を収録した傑作集。<読む前の大使寸評>以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。<図書館予約:(5/26予約、副本1、予約1)>heibonsha生まれ変わり短篇「ランニング・シューズ」の語り口を、ちょとだけ見てみましょう。p91~93<ランニング・シューズ> 「また、ノルマが達成できておらんぞ!」ヴオン親方が怒鳴った。 「どうしておまえはそんなに鈍いんだ?」 14歳の女子工員ヅアンの顔は恥かしさのあまり赤くなった。親方の汗まみれの首筋に怒りで浮き出た血管をヅアンはまじまじと見た。熟れたトマトにへばりついた太いナメクジのように脈打っている。 この靴工場の台湾人のオーナーやマネージャーを憎んでいる以上にヅアンはヴオンを憎んでいた。外国人がヴェトナム人をひどく扱うのは予想された事態だったが、ヴオンはここイエンチャウ地区出身の人間だった。 「1日16時間勤務は長すぎます」ヅアンはもそもそと言った。目を伏せる。「疲れたんです」 「怠け者め!」ヴオンは罵詈讒謗を吐きつづけた。 ヅアンはぶたれたり叩かれたりするのを予期して、身をすくめた。懸命に悔恨の情を示そうとする。 ヴオンはヅアンをじろじろと眺め、唇をまくりあがらせて、残忍な笑みを浮かべた。 「罰を与えておまえをもっと鍛えてやらないといかんな。工場のまわりを五周してこい、いますぐだ。そのうえでノルマを達成できるよう、今夜はずっと作業するんだ」 ヅアンはホッとした。蒸し暑い日だったが、走るのは、ぶたれるよりはましな罰だった。そのうえ、少しだけ工場にいなっくて済む。工場では耳をつんざく騒音がけっして止まず、大きな機械がその乱暴で無頓着な力をふるい、怖くてたまらないのだ。 工場の敷地をまわる一周目はかんたんだった。裸足の足は軽やかにはずみ、固められた土の上をリズミカルに進んだ。ヅアンがまえを通り過ぎると、ヴオンが怒鳴った。「もっと速く走れ!」 ヅアンは靴工場で働いていたものの、できるだけ裸足で動きまわるほうが好きだった。家族がまだ田舎に住んでいたころ、そうしていたように。当時、水田のかたわらの柔らかな泥道を走っていくのが好きだった。爪先でしっかり土を踏みしめ、月の終りに父さんが買ってくれる甘い揚げ団子を期待しつつ走る。 だけど、ヅアンの父親は市内に引っ越す決心をした。労働者としてもっと金を稼ぎ、家族によりよい生活を送らせることができると考えたのだ。ところがここでは、大気は汚染され、部屋は狭くて混み合い、通りには割れたガラスや釘が散乱していて、ヅアンは安いプラスティック製のサンダルを履かねばならなかった。 二周目の途中で、ヅアンは気が遠くなりかけた。いまや水中で息をしているような気がした。シャツが肌に張り付き、目の前で黒い点が踊っていた。ふくらはぎと肺が焼ける。 「もっと速く走れ!ペースを上げないと、もう一周走らせるぞ」 ヴオンと工場から逃げだせばいいのに、とヅアンは願った。自分が作っている靴を履いているところを想像する・・・空気のように軽くて、安全長靴のように頑丈なスニーカー。ヅアンはそのスニーカーに見とれることがよくあり、どんなひどい地面でも足を守ってくれるだろうな、と思った。もちろん、ヅアンにはそのような靴を買う余裕はなかった。以前読んだ『紙の動物園』を付けておきます。【紙の動物園】ケン・リュウ著、早川書房 、2015年刊<「BOOK」データベース>よりぼくの母さんは中国人だった。母さんがクリスマス・ギフトの包装紙をつかって作ってくれる折り紙の虎や水牛は、みな命を吹きこまれて生き生きと動いていた…。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いた表題作ほか、地球へと小惑星が迫り来る日々を宇宙船の日本人乗組員が穏やかに回顧するヒューゴー賞受賞作「もののあはれ」、中国の片隅の村で出会った妖狐の娘と妖怪退治師のぼくとの触れあいを描く「良い狩りを」など、怜悧な知性と優しい眼差しが交差する全15篇を収録した、テッド・チャンに続く現代アメリカSFの新鋭がおくる日本オリジナル短篇集。<読む前の大使寸評>3冠に輝いた現代アメリカSFの新鋭ってか・・・・期待できそうやでぇ♪<図書館予約:(9/27予約、4/12受取)>rakuten紙の動物園『生まれ変わり』2:本の起源に関して『生まれ変わり』1:生まれ変わり
2021.06.21
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今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「言語」でしょうか♪<市立図書館>・小鳥来る日・だめだし日本語・日々翻訳ざんげ・食べる世界地図<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【小鳥来る日】平松洋子著、毎日新聞出版、2013年刊<「BOOK」データベース>よりグールドのピアノ椅子、靴下を食べる靴、レース編みのすきま、セーターを穿くおじさん…日常にはこんなにもたくさんの奇跡がある。“第28回講談社エッセイ賞”受賞第一作。<読む前の大使寸評>平松洋子といえば「食」に関する作品が多いけど・・・「小鳥来る日」というタイトルに惹かれたわけでおます。heibonsha小鳥来る日【だめだし日本語論】橋本治×橋爪大三郎著、太田出版、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本語は、そもそも文字を持たなかった日本人が、いい加減に漢字を使うところから始まったー成り行き任せ、混沌だらけの日本語の謎に挑みながら、日本人の本質にまで迫る。あっけに取られるほど手ごわくて、面白い日本語論。<読む前の大使寸評>漢字文化圏という括りは、大使のツボであるが・・・日本語をテーマにして古典の権威と社会学者が対談するという企画がいいではないか♪rakutenだめだし日本語論【日々翻訳ざんげ】田口俊樹著、本の雑誌社、2021年刊<出版社>より本書はローレンス・ブロックの〈マット・スカダー・シリーズ〉をはじめ、2002年度「このミス」第1位のボストン・テラン『神は銃弾』、エルモア・レナード、トム・ロブ・スミス、ドン・ウィンズロウなど、ミステリーを中心に200冊近い訳書を刊行してきた名翻訳家が、自身が手掛けてきた訳書を再読し、翻訳家デビューのいきさつから、誤訳の数々、マイクル・Z・リューインとのメール交流、ジョン・ル・カレの逆鱗に触れた英文、レイモンド・チャンドラー「待っている」新訳での「大発見」まで、それぞれの訳書にまつわるエピソードと時々の翻訳事情で40年に及ぶ翻訳稼業を振り返る回顧録です。<読む前の大使寸評>ジョン・ル・カレの逆鱗に触れたというエピソードは如何なるものか?このところ翻訳に関する本を読んできたが・・・翻訳家の苦労話が興味深いのです。<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten日々翻訳ざんげ【食べる世界地図】ミーナ・ホランド著、エクスナレッジ、2015年刊<「BOOK」データベース>より世界の39の国と地域の料理と、その後ろに隠された歴史と文化。南インドのココナッツ・フィッシュカレー、刺激的なペルーのセビチェ、中東の茄子のペースト、デンマークのドリーム・ケーキ…。名前だけでも食欲を刺激する料理の数々に、塩漬けタラや唐辛子といった多くの国に共通する食材の秘密、移民がもたらす影響と変化。地理と歴史が複雑に絡み合う食文化の世界を読みとく、極上の食辞典。初心者にも作れる、それぞれの地域のレシピも掲載!グルマン世界料理本大賞2015 UK「食の紀行」部門グランプリ受賞!<読む前の大使寸評>追って記入heibonsha食べる世界地図************************************************************図書館大好き492
2021.06.21
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早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?このところ宇宙や占星術の記事を見たり、書いたりしているが『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたりこの本で、夏至のあたりを見てみましょう。和暦p17<夏至>昼が一番長く、夜が一番短い日 夏至節季は、現代の暦で6月20、21日ころから始まり、次の節季「小暑」の前日までを指す。夏至に入った初日を特に「夏至日」あるいは「夏至の日」と呼び区別されている。 地球の北半球では、夏至の日は1年で昼がいちばん長い日であり、1年で昼がいちばん短い冬至の日から約半年後が夏至の日となっている。 『暦便覧』に記されている言葉は「陽熱至極し、また、日の長きのいたりなるを以てなり」である。また、陰暦6月の異称には、「水無月」、「風待月」、「常夏月」、「青水無月」などがあり、いずれも田植えにかかわった名称となっている。 水無月について、「田には田植えのための水が張られているのに、水が無い月?」―よく聞かれる疑問だ。諸説あるが、「無」は連帯助詞で「の」と解釈し、「水の月」とする説と、梅雨が明けると「水が無くなる」ので文字通り「水無月」とする説がある。 夏至の期間は、梅雨の真っ只中。農家は田植えに「大忙し」の時期ですが、燕は飛来し、筍は地上に顔を出し、蝉の初音など、気候風土の風物詩は一変する。 この時期の七十二候には「乃東枯」(夏枯草が枯れる)、「菖蒲華」(あやめの花が咲く)、半夏至など。「半夏生」は、一部の葉が白色に変わるドクダミ科の植物・カラスビシャクのことである。カラスビシャク和名の由来は、仏炎苞を「柄杓」に見立て、人が使うには小さいということで名づけられた。 塊茎は半夏(はんげ)という生薬に用いられる。 鎮吐作用があり、半夏湯(はんげとう)などの漢方薬に配合される。 俳句の季語は夏である。 二十四節季の芒種に注目二十四節季の小満に注目
2021.06.21
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図書館に予約していた『生まれ変わり』という文庫本を待つこと3週間ほどでゲットしたのです。以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。【生まれ変わり】ケン・リュウ著、 早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より異星からの訪問者トウニン人と共生することになった人類は、悪い記憶を切除し新しい自分に「生まれ変わる」ことが可能になった。トウニン人の恋人をもつ地球人の特別捜査官が謎の殺害テロ事件を追う表題作、アジアの田舎の靴工場で女工として働く少女の不思議な体験を描く「ランニング・シューズ」など、現代アメリカSFの最重要作家のひとり、ケン・リュウの単行本第三短篇集『生まれ変わり』から12篇を収録した傑作集。<読む前の大使寸評>以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。<図書館予約:(5/26予約、副本1、予約1)>heibonsha生まれ変わり短篇「生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話」の語り口を、ちょとだけ見てみましょう。p217~221<生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話> 昔、本は変化しなかった。 これははるか昔、お話ロボットや自動電子作家やアルゴリズムが、観察したり見本を作ったり、活用したり考えたり、好感を持たせたり好印象をあたえたり、区別したり違う評価をしたり、楽しんだり祈ったり、からかったり揺れ動いたり、チクと鳴ったりタクと鳴ったりする前の話だ。 かつての本は、人間が柔らかいどろっとした生身の脳と指を使って書いていた。ある者は言葉をつむぐピアノをカタカタ鳴らし、画面に一文字ずつ打ちこんで、電子を大ざっぱなかたまりに並べることで本を作成していた。またある者は、インクを含んだ金属のペン先をセルロース製のページに走らせながら、野生の雁の群れが飛び立ったあとの葦の生える湖に残された波紋のように、ぽつりぽつりと思考を絞り出していた。 またある者は、機械に向かって小声で口述することで本を書いていた。その機械のなかでは小さなマクスウェルの悪魔が働いていて、空気の振動のエネルギーを情報に変換し、魔法の指令をあたえられると偶像から声を再生した。 だがいずれの場合も、本は本であり、本にすぎない。言葉はレーザーや磁石を使って木の繊維でできたシートに貼りつけられ、そのシートは冊子や書籍となって書店に出荷されていた。化石化した思考の残骸が積み重なって堆積層を成していくようなものだ。地図に描かれた土地がすべてで、地図の端を越えた先に、“未知の土地”はなかった。 しかも、人々はそういった本を買い、家に持ち帰り、蝋燭や蛍光灯や太陽の明かりのもとで(あるいは明かりがなくても)読んでいた。だが、何回読んでも、本に書かれた言葉は消えることもなければ、さらなる仕上げが施されることもなかった。文章の向きが変わったり曲がったりすることもなく、段落があこがれたりよろめいたりすることもなく、登場人物が反乱を起こしたりどんちゃん騒ぎをしたりすることもなく、筋書きが変わったり順番が入れ替わったりすることもなかった。 本は生きていなかったのだ。 legible(ラテン語のlegerより)という言葉と、legal(ラテン語のlex・legisより)という言葉は、同じインド・ヨーロッパ語族の“leg-”を語根に持つ。“leg-”とは、集める、収集する、見つけだす、選ぶ、列挙する、といった意味だ。同じ語根から派生したほかの言葉には、次のようなものがある―legion(兵士の集まり)、lignum(木、あるいは集まってできたもの)、electio(選別すること)、lecture(暗い森のなかでパン屑をたどっていくように言葉を選びながら、聴衆を楽しませること)。 読書とは、本のなかから意味を選んで集めることだ。本とは言葉の集まりであり、言葉とは法則に従った解釈であり、法則とは規則の集まりであり、この場合の規則とは物語と記号論に関する決まりのことだ。 しかし当時でも、本は単なる動かない文字の連なり以上のものだった。急速に変わっていく界隈にのびる道のように、読書経験は読者が本の世界を進むたびに変化した。不吉な森に建つお菓子の家とオーブンの番をする魔女の物語は、読者が4歳なら、恐怖と楽しさを覚える。だが14歳になれば、反抗期によって、魔女を支配的な母親と考えるようになる。そして44歳では、甘く苦いノスタルジアと、何千年も続く親の物語の重みを受け入れた苦く甘い気持ちに変わる。 本は変化しなかったが、読者は変化した。命を持たない道を、命を持つ人々が歩いていたのだ。地図にはすべての土地が載っているわけではなく、ページのなかには収まりきらなかった。それぞれの読者は行間に何かを書き残した。道路沿いの案内標識に“〇〇参上”といった反抗的な落書きをするようなものだ。 本に命を吹きこもうという最初の個々おロ見には、選択肢があった。二人称で語られ、主人公である読者に、物語の重要な箇所で好きな筋書きを選べるようにしたのだ。選択を求める箇所で物語は枝分かれし、分岐し、二股に分かれ、分裂していく。次々にパラレルワールドが生れるようなものだ。 この方式は手が込んでいた。原始的なコンピュータを使い、画面をスクロールして読めるように本を加工していたが、その後、より洗練されたグラフィックとアバターとアニメーションが付加された。読者に生き物と交流している幻想をあたえるため、祖先が“人工知能”と呼んでいたものが追加された。人工知能が読者の質問と指示を理解し、読者の精神的仮足による探索に応える話を組み立てていくのだ。 とはいえ根本的に、こういった本はたくさんの本を1冊にまとめただけにすぎなかった。可能性は限られている。曲がりくねった小道の迷路を探検したあと、読者はすべてが似たり寄ったりであること(あらかじめ決められた結末の閉ざされた集合体であること)に気づく。 文章と読者の関係に思考する機械を導入したことで、読書と、技術と、かつては想像もつかなかった文章構成に、新しい可能性が生れた。 ヴァネヴァー・ブッシュという人物が、Memexという装置を発明した。これは個人の脳が連想をおこなう仕組みを具体化し、それを織り上げて世界規模のネットワークを作る装置だった。文字列はデジタル化され、小さな断片に分割され、読者が文字列に触発された隠喩的あるいは換喩的な連想を通して、それらをリンクさせる。どこからSFになるのかと、期待しながら読んだのだが・・・SFではありません。とにかく、著者は本の過去・未来について語るのが好きなようですね。『生まれ変わり』1:生まれ変わり
2021.06.20
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『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在267位・内田樹『コモンの再生』(1/05予約、副本2、予約21)現在5位・村上春樹『一人称単数』(1/27予約、副本26、予約301)現在102位・カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(3/20予約、副本7、予約197)現在30位・白井聰『武器としての「資本論」』(4/06予約、副本9、予約89)現在61位・52ヘルツのクジラたち(4/15予約、副本20、予約592)現在495位・桐野夏生『日没』(4/24予約、副本24、予約300)現在234位・鎌田由美子『「よそもの」が日本を変える』(4/26予約、副本1、予約6)現在5位・マイケル・サンデル『実力も運のうち』(5/05予約、副本1、予約73)現在61位・ヤマザキマリ『生贄探し』(5/14予約、副本1、予約19)現在16位・『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』(5/30予約、副本2、予約16)現在16位・『ザリガニの鳴くところ』(6/04予約、副本17、予約315)現在303位・『超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式』(6/14予約、副本1、予約0)現在2位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・『コロナ危機の政治』・『生態学者の目のツケドコロ』・『大人の恐竜図鑑』・ブレイディみかこ『他者の靴を履く―アナーキック・エンパシーのすすめ』・平松洋子『韓国むかしの味』・『中国戦線、ある日本人兵士の日記』・『理不尽ゲーム』 ・山口『香港 旅の雑学ノート』・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・岡ノ谷一夫『さえずり言語起源論』・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・高野秀行「怪獣記」・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:須磨図書館でみっけ・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:4/27以降> ・『ラガナ一家のニッポン日記』(4/21予約、4/27受取)・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、5/03受取)・池内紀『すごいトシヨリBOOK』(5/02予約、5/04受取)・ウイルスの意味論 : 生命の定義を超えた存在(2/18予約、5/13受取)・『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(1/06予約、5/13受取)・清水義範『大人のための文章教室』(5/15予約、5/26受取)・川越宗一『熱源』(6/08予約、6/06受取)・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、6/06受取)・ケン・リュウ『生まれ変わり』(5/26予約、6/15受取)・田口俊樹『日々翻訳ざんげ』(4/29予約、6/20受取予定)***********************************************************************【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【コモンの再生】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<出版社>より天下りのマッチポンプ、地方の過疎化、アンチ・グローバル化現象……コモン(共有地)の再生が日本の活路を開く!・西部劇『シェーン』が示すコモンをめぐる原理的な主題・ベーシックインカムの成否を決定づける要素とは?・トランプ現象とアンチ・グローバリズムの流れ・マナーの悪い「幼児的」なオヤジのマウンティングについて・明治維新前の藩制度とフランスのコミューンの共通点・「自我の支配」から解放される瞑想のやり方……etc.分断を超えて、新しい共同幻想が立ち上がる希望の書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/05予約、副本2、予約21)>rakutenコモンの再生【一人称単数】村上春樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ。6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集。【目次】石のまくらに/クリーム/チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ/ウィズ・ザ・ビートルズ/ヤクルト・スワローズ詩集/謝肉祭/品川猿の告白/一人称単数<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/27予約、副本26、予約301)>rakuten一人称単数【クララとお日さま】カズオ・イシグロ著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より人工知能を搭載したロボットのクララは、病弱の少女ジョジーと出会い、やがて二人は友情を育んでゆく。生きることの意味を問う感動作。愛とは、知性とは、家族とは?ノーベル文学賞受賞第一作、カズオ・イシグロ最新長篇。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenクララとお日さま【武器としての「資本論」】白井聰著、東洋経済新報社、2020年刊<「BOOK」データベース>より資本主義を内面化した人生から脱却するための思考法。【目次】本書はどんな『資本論』入門なのか/資本主義社会とは?-万物の「商品化」/後腐れのない共同体外の原理「無縁」-商品の起源/新自由主義が変えた人間の「魂・感性・センス」-「包摂」とは何か/失われた「後ろめたさ」「誇り」「階級意識」-魂の「包摂」/「人生がつまらない」のはなぜかー商品化の果ての「消費者」化/すべては資本の増殖のためにー「剰余価値」/イノベーションはなぜ人を幸せにしないのかー二種類の「剰余価値」/現代資本主義はどう変化してきたのかーポスト・フォーディズムという悪夢/資本主義はどのようにして始まったのかー「本源的蓄積」/引きはがされる私たちー歴史上の「本源的蓄積」/「みんなで豊かに」はなれない時代ー階級闘争の理論と現実/はじまったものは必ず終わるーマルクスの階級闘争の理論/「こんなものが食えるか!」と言えますか?-階級闘争のアリーナ<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/06予約、副本9、予約89)>rakuten武器としての「資本論」【52ヘルツのクジラたち】町田そのこ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より52ヘルツのクジラとはー他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かない、何も届けられない。そのため、世界で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれるー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/15予約、副本20、予約592)>rakuten52ヘルツのクジラたち【日没】桐野夏生著、岩波書店、2020年刊<「BOOK」データベース>よりあなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末はー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/24予約、副本24、予約300)>rakuten日没【「よそもの」が日本を変える】鎌田由美子著、日経BP、2021年刊<出版社>よりコロナ禍で日常生活や働き方が激変し、心のどこかで「これまで通りの生き方で本当にいいのか」と悩んでいる人も多いのではないだろうか。ニューノーマルは見たことのない世界ではなく、「デジタル化」「多様性」「環境意識」といった後回しにしてきた問題が目の前に突き付けられただけーー。JR東日本でエキナカや地域活性化を成功させてきた著者が、「『What if?』という自問自答が必要」「仕事と生き方は融合していく」「サステナブルが日常に」など、個人や企業の「これからの生き方」を提示する。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten「よそもの」が日本を変える【実力も運のうち】マイケル・サンデル著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より「努力と才能で、人は誰でも成功できる」この考え方に潜む問題が見抜けますか?100万部突破『これからの「正義」の話をしよう』から11年ー格差と分断の根源に斬りこむ、ハーバード大学哲学教授の新たなる主著。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/05予約、副本1、予約73)>rakuten実力も運のうち【生贄探し】ヤマザキマリ×中野信子著、講談社、2021年刊<「BOOK」データベース>より幸せそうな人を見ると、モヤッとする、相手が得をすると損した気持ちになる、抜け駆けする人が痛い目に遭うのは当然、お前だけを特別扱いできない、などー日本人の思考の傾向は脳の特徴だった。豊かで多様性のある生き方のために、中野信子とヤマザキマリがアドバイス。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/14予約、副本1、予約19)>heibonsha生贄探し【分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議】河合香織著、岩波書店、2021年刊<「BOOK」データベース>よりクラスター対策に「3密」回避。未知の新型コロナウイルスに日本では独自の対策がとられたが、その指針を示した「専門家会議」ではどんな議論がなされていたのか?注目を集めた度々の記者会見、自粛要請に高まる批判、そして初めての緊急事態宣言…。組織廃止までの約五カ月、専門家たちの議論と葛藤を、政権や行政も含め関係者の証言で描く迫真のノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/30予約、副本2、予約16)>rakuten分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議【ザリガニの鳴くところ】ディーリア・オーエンズ著、早川書房、2020年刊<商品の説明>よりノースカロライナ州の湿地で村の青年チェイスの死体が発見された。人々は真っ先に、「湿地の少女」と呼ばれているカイアを疑う。6歳のときからたったひとりで生き延びてきたカイアは、果たして犯人なのか? 不気味な殺人事件の?末と少女の成長が絡み合う長篇<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/04予約、副本17、予約315)>rakutenザリガニの鳴くところ【超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式】ムック、ニュートンプレス、2021年刊<商品の説明>より科学者たちは,自然界でおきるさまざまな現象の裏にある法則を見いだし,説明を試みてきました。そして今や,宇宙のほとんどすべての現象は,たった一つの数式であらわすことができるといいます。この数式は,人類がたどりついた叡智の結晶といえるでしょう。しかし,この数式にもまだ“進化"する余地が残されています。「超ひも理論」は,“究極の理論"と目され,数式が抱える問題を解決する可能性を秘めた物理学の理論です。未完成の理論ですが,現在さかんに研究が行われています。村山斉 博士<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(6/14予約、副本1、予約0)>amazon超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。図書館予約の軌跡263
2021.06.20
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「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、印鑰さんは@、櫻井さんは*、西加奈子さんは♪で区別します)・成長と統治コスト・『日本習合論』中国語版序文・日本のイデオクラシー・後手に回る政治・倉吉の汽水空港でこんな話をした。・中国はこれからどうなるのか?・アメリカ大統領選を総括する・アメリカの新しい論調から「ベーシックインカムについて」・韓流ドラマとコミュニケーション・プラットフォーム・文化日報への寄稿「パンデミックとその後の世界」・反知性主義者たちの肖像・『沈黙する知性』韓国語版序文・書評・食いつめものブルース 山田泰司・書評・白井聡「武器としての「資本論」・『街場の親子論』のためのまえがき・パンデミックをめぐるインタビュー・ホ・ヨンソン『海女たち』書評・2020年度寺子屋ゼミ受講要項・『山本太郎から見える日本』から・『人口減社会の未来学』から・「サル化する世界」についてのインタビュー・映画『Workers被災地に起つ』神戸・元町映画館でのアフタートーク・週刊金曜日インタビュー・桜を見る会再論・『Give democracy a chance』2・『Give democracy a chance』1・沈黙する知性・China Scare・[週刊ポスト」問題について・『低移民率を誇る「トランピアンの極楽」日本の瀕死』・『ネット右翼とは何か』書評・『最終講義』韓国語版あとがき・『「そのうちなんとかなるだろう」あとがき』・『参院選にあたって』・『廃仏毀釈について』・『論理は跳躍する』・『「おじさん」的思考』韓国語版序文・『市民講座』韓国語版のための序文・空虚感を抱えたイエスマン・大阪万博という幻想・外国語学習について・大学院の変容・貧乏シフト・『知日』明治維新特集のアンケートへの回答・カジノについて・中国の若者たちよ、マルクスを読もう・『街場の憂国論』文庫版のためのあとがき・直言3月号「韓国の教育と日本のメディア」・人口減社会に向けて・時間意識と知性・Madness of the King・吉本隆明1967・大学教育は生き延びられるのか?・こちらは「サンデー毎日」没原稿・奉祝「エイリアン・コヴェナント」封切り・米朝戦争のあと(2件)・気まずい共存について********************************************************************内田先生かく語りき8目次(目次全文はここ)(その35):『成長と統治コスト』を追記2021/06/10成長と統治コストより こうやって学生たちの日常生活を猜疑心の強い親に監視させるという仕組みを作ったのが「学費値上げ」だったのです。そして、この政策はみごとに功を奏して、学生運動は一気に火が消えたようになりました。もちろん、他にもさまざまな歴史的理由があったわけですけれど、一番効いたのは「学費値上げ」でした。 警察であれ公安であれ、公的機関を使って過激派学生を管理しようとしても、コストがかかり過ぎる。何十万もの過激派学生を監視するだけの人的リソースなんか政府にはありません。だから、親に子どもを監視させるという「隣組」システムを導入した。これが日本人のメンタリティにジャストフィットして、おかげで学生運動の鎮圧に成功した。 今は国立大学の入学金は282,000円、授業料が年間535,800円です。入学金と半期授業料だけで55万円を用意しなければなりません。50年前の55倍です。僕の時だと、ほとんどの受験生はお年玉を貯めた「豚の貯金箱」を叩き割れば1万円くらいは出せた。いま合格発表時に55万円の現金を持っている受験生はまずいないでしょう。だから、進学先の決定は「金主」である親に一任するしかない。 進学先の決定権が自分にないというのは大きいことです。「苦学」できる環境なら、親が「そんなことを学んで何になる!」と激怒するような専門分野を選んでも、「自分で学費出すから、好きにさせてよ」と言えた。でも、もうそれが言えなくなった。それによって「不本意入学」する学生が激増した。自分には興味がないけれど、親が「そこじゃないと金を出さない」と言うのでやむなく進学したという領域で学生が知的ブレークスルーを遂げるということはまったく期待できません。それどころか、子どもたちは「自分の進路選択が正しく、親の判断は間違っていた」ということを証明するために親に「金をドブに捨てた」と後悔させるように無意識的にふるまうようになる。 つまらなそうな顔で通学し、最低限の勉強しかせず、最低の成績で卒業する。でも、それは「無意識的に」していることですから止めようがない。実際には驚くほど多くの大学生がそうふるまっている。ほんとうにもったいないことだと思います。それくらいだったら、本人が「やりたい」ということをさせておけばよいと思うんですけれどね。 とにかく授業料値上げによって、日本の高校生は進路決定権を失い、大学生は「苦学」という選択肢を奪われました。たしかにそれによって大学生は自由度と覇気を失い、学生運動は一気に下火になり、大学はたいへん管理し易い場所になりました。でも、それによって同時に日本の学術的な生産力は深い傷を負ったのでした。2021.5.06『日本習合論』中国語版序文より 『日本習合論』は『辺境論』から10年後に書かれた、いわばその「続編」です。ただ、今回は中国との関係ということは後景に退いています。「習合」というのは土着のものと外来のものが「混ざり合う」ことです。日本の場合、古代から近代まで、「外来のもの」はほぼ例外なく中国やインドを起源として、朝鮮半島経由で日本列島に入ってきました。それが土着の制度文物と習合して、独特の味わいの文化を創り出した。 例えば、中国の統治システムはほぼそのままに日本に輸入されましたが、なぜか日本人は「科挙」と「宦官」の制度だけは採り入れませんでした。たぶんこの二つの制度は「国風に合わない」と思ったのでしょう。システムの一部を改変して採り入れるのも「習合」の一つのあり方と言ってよいと思います。 『日本習合論』では「神仏習合」という日本固有の宗教のかたちを中心的な論件としています。僕が関心を寄せたのは神仏習合が「どういうものであるか」ということよりも、1300年続いた宗教的伝統が明治政府の発令した「神仏分離令」という一篇の政令によって消滅したのはどうしてかということです。 1300年続いた宗教的伝統ができたばかりの(それも政治的・軍事的実力においてまだまだ不安定だった)政府の発した一本の政令で消滅するというようなことはふつうはあり得ません。宗教生活というのはもっと深く人間の内面に入り込んでいるもののはずだからです。でも、日本人はあっさりと仏教を棄てました。仏像を壊し、経典を焼き、仏具を棄てた。組織的な抵抗は日本のどこでもありませんでした。ふつうはあり得ないはずのことが起きた。 奇妙だと思いませんか? そして、それからしばらくしてまた何となく仏教が戻って来て、人々は何ごともなかったように、お寺にお参りに行き、仏式で葬式をするようになった。 奇妙だと思いませんか? これは日本人の宗教性というのは、どうもあまり深く内面化していないで、外圧があるとわりと簡単に「システムの全とっかえ」ができるものではないかという仮説を立てるとつじつまが合います。 事実そのあと、日本は1930年代に「天皇教」とでもいうべき過度に政治化した宗教にのめり込み、敗戦と同時にそれをあっさりと棄てましたが、別にそれがトラウマ的経験であったようにも見えない。 つまり、さしたる心理的な抵抗なしに、外圧にしたがって、「信じる」対象をほいほいと切り替えて、新しい環境に適応することができる...日本人はそういう能力を集団的に持っているのではないか。神仏習合を棄てて、天皇一神教に切り替えたのも、「システムの一部を改変して採り入れた」という意味では一種の「習合」です。敗戦後に、それまでの熱狂的な天皇信仰を棄てて「天皇のさらに上にアメリカ大統領がいる」という属国固有の信仰システムに切り替えたのも一種の「習合」と言えるのかも知れません。(以降、全文は内田先生かく語りき(その32)による)
2021.06.20
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図書館で『正直じゃいけん』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうなエッセイが見つかり・・・東海林さだおといい勝負になるかも。【正直じゃいけん】町田康著、角川春樹事務所、2006年刊<商品レビュー>より最初タイトルを見て『正直じゃ、いけん(いかん)』だと思いましたが、なんと『正直、じゃいけん(じゃんけん)』だと知ってびっくり!世の中には、(西日本には)私の知らない言葉がたくさんあるなあ。大阪出身の町田さんも東京ではびっくりする事がいろいろあったのねと思ってしまうエッセイ集です。なんとなくひねくれた感じにイジイジゴネゴネ語る文章はもう芸の域で、またかと思いながらもついつい読んでしまいました。癖になってしまうところが東海林さだおのエッセイみたい。作家のルーツを探る一冊。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうなエッセイが見つかり・・・東海林さだおといい勝負になるかも。rakuten正直じゃいけんラッピングフィルムの破り方の続きを、見てみましょう。p152~153<もう一度、社会へ> 段々に時代が進むと、知らず知らずのうちに昔と比していろいろなことが違ってくるものであり、例えば、自分は昭和57年頃にパンク歌手になったのだけれども、そのころはまだ岩倉具視という人の肖像画の描いてある五百円紙幣が流通していて、まあそれ1枚あれば昼飯くらいは食えたものであるが、それも最近では硬貨にとってかわられて、1枚でおランチという訳にはいかぬのである。 と、そういえば右に自分は、パンク歌手になった、とあっさり書いたが、実際のところはそうあっさりしたものではなく、いざなってみるといろいろとややこしい問題があった。なかでも驚いたのは、パンク歌手というものは、まったくといっていいほど金が儲からぬという点で、はっきりいって飯を食っていくことすら覚束ぬのであり、自分は断食の稽古をする、などをしたがやはり駄目で、しょうがない、ってんでやむなくアルバイト、喫茶点のウェイターを始めた。 このとき自分は後々の人生にとってかけがいのない、あることを学び、ことあるごと、ああ、あのとき喫茶点のウェイターをやっておいてよかった、と思ったが、そのあることとはなにかというと他でもない、ラッピング・ヒルムの破り方である。 それまでの自分はパンク歌手などと粋がってはいたものの、ちょっとした食べ残しなどを冷蔵庫にしまっておこうとラッピング・ヒルムを破る度、切ない思いをしていた。いかに誠実にやっても自分が破ったヒルムはくしゃくしゃになってしまいその用をなさなかったからである。 しかしながら自分の勤務した喫茶点の店主は実に因業な店主で自分のそのような失敗を決して許さず、自分がくしゃくしゃになったラッピング・ヒルムを手に切ながっていると脇にやってきては、叱責したり皮肉をいったりして、自分はますます辛く切ない思いをしたのであるが、しかしながら、そのような店主の態度が結果的に幸いしたのか、とうとう自分はラッピング・ヒルムをくしゃくしゃにせずに破ることが出来るようになったのであって、いわば自分は自由主義経済の荒波に揉まれることによって、人生に必用な技術を習得したのであり、このことは自分の生涯の誇りであった。ところが。 あろうことか程なくしてラッピング・ヒルム会社は努力せぬ者に迎合して、破りとりの方式を変更、以前は蓋の上に付いていた破りとり用刃を下方に付け替えてしまったのである。このことによって自分の努力、パンク歌手などいうたわけたことをやりながらも雄々しく実社会に立ち向かい習得会得体得したただひとつの技術は水泡に帰したのである。ウーム 体得した技術を人生に必用な技術とまで過信するところが問題でおますがな。元パンク歌手の著者だけに、シヨージ君の笑いのテイストとはかなり違っていました。『正直じゃいけん』1
2021.06.19
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図書館で『正直じゃいけん』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうなエッセイが見つかり・・・東海林さだおといい勝負になるかも。【正直じゃいけん】町田康著、角川春樹事務所、2006年刊<商品レビュー>より最初タイトルを見て『正直じゃ、いけん(いかん)』だと思いましたが、なんと『正直、じゃいけん(じゃんけん)』だと知ってびっくり!世の中には、(西日本には)私の知らない言葉がたくさんあるなあ。大阪出身の町田さんも東京ではびっくりする事がいろいろあったのねと思ってしまうエッセイ集です。なんとなくひねくれた感じにイジイジゴネゴネ語る文章はもう芸の域で、またかと思いながらもついつい読んでしまいました。癖になってしまうところが東海林さだおのエッセイみたい。作家のルーツを探る一冊。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうなエッセイが見つかり・・・東海林さだおといい勝負になるかも。rakuten正直じゃいけん町田さんの風変わりな言語感覚を、見てみましょう。p35~36<人生の随筆> 世の中の流れが速くなったのはパーソナルコンピュータや携帯電話のモデルチェンジが早くなったのに同期しているような心持ちがする。なんでもサイクルが早くなり、保ちが悪くなった。ほんの1年前に買った最新機種がもはや古びて陳腐な物になり果て、そういうのを持っているのを人に見られると、「なんだ。君は?まだそんなの使っているか?いまどきそんあ太古のモデルを使っている人はおらんぞ。アタマ悪いんじゃないのか? 」と嘲られ、人格を疑われる。ついこのあいだまでメガヒットを飛ばしていた歌い手がほんの半年かそこいらで消息が分からなくなる。 ドッグイヤーなんてことをいって時間がどんどん早くなって、まえかたは十年でひと昔、と言ったのが、ちょっと前は三年、いまは半年、来年になったらみつきでひと昔ということになり、再来年には一日でひと昔、ということになって、パーソナルコンピュータや携帯電話、ってああ、こんなことを言っているから時代についていけぬのだ、パソコン、それからケータイね、なんてのは、もう買う前から古びて陳腐化するから客はショップでただただ新製品が入れ替わっているのを眺めているだけでぜんぜん購入できずに三年前の品を使うことを余儀なくされ、情報技術の産業はちっとも儲からなくなる。って、それにつけてもケータイなんて五行前に書いたことを振り返るなんてことをやること自体、キポンオーキンドントルックバック、なんて叱られそうだけれども妙な言い草で、携帯持った? あ。携帯忘れた。 携帯ということは携え帯びることであり、携え帯びることを持ったり歩いたり売ったり買ったりしていること自体、言語の国ではありえぬことで、でも言語と現実の関係はあの世とこの世の関係みたいなものだから、まああたりまえっちゅやあたりまえなんだけど、携帯がすぐに携帯にはならんでしょう。日本書記でも読んでみるか。 なんてアホーなことを考えているから世の中においていかれるのであって、そも俺が社会に出て、っていうのは十代の頃、喫茶店でアルバイテンをしていたときなんだけれどもお、初めて習得した技術は、その店のマダムや同僚のおばはんに、不器用なトゥーマッチ・マンキーと罵られながら覚えた、ラッピングフィルムをきれいに破りとる方法で、最初のうちはくしゃくしゃになってしまってどうしようもなかったのである。ウーム キポンオーキンというのは基本料金なんだろうか?分からへんがな。
2021.06.19
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図書館で『〆切本』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。【〆切本】左右社編、左右社、2016年刊<「BOOK」データベース>より作家としめきり、悶絶と歓喜の94篇!【目次】1 書けぬ、どうしても書けぬ(机(田山花袋)/文士の生活/執筆/読書と創作ほか(夏目漱石) ほか)/2 敵か、味方か、編集者(自著序跋(川端康成)/編集中記(横光利一) ほか)/3 〆切りなんかこわくない(私の発想法(山田風太郎)/北国日記(三浦綾子) ほか)/4 〆切の効能・効果(のばせばのびる、か(外山滋比古)/勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響(樋口収) ほか)/5 人生とは、〆切である(イーヨーのつぼの中(小川洋子)/自由という名の不自由(米原万里) ほか)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。rakuten〆切本コラムニストの仕事ぶりを、見てみましょう。p341~343<世は〆切:山本夏彦> 「諸君!」連載 「笑わぬでもなし」が240回まる20年、「文芸春秋」連載 「愚図の大いそがし」が「番外」2回を除くと100回になる。双方あわせて文芸春秋がこの3月13日祝ってくれる。 毎月また毎週〆切が追いかけて来て、そのつど切りぬけているうちいつか十年ニ十年たったのである。「世は〆切」というよりほかない。 まことに世は〆切である。私は五年前『世はいかさま』(新潮社)と題したコラム集を出した。世は〆切はそのパロディである。 ニ十年なんて一弾指である。月刊「室内」の連載「日常茶飯事」は410回、指折り数えると34年2ヶ月になる。私は無遅刻無欠勤を心がけて1回も休んでない。めったに出来ないことだと言われるが、なに心にそれときめれば出来ないことではない。 この「愚図の大いそがし」は始めは「巻頭随筆」のしんがりをつとめるだけの名なしの権兵衛だった。しばらく休んでいた田中美知太郎先生が今度改めて巻頭に書く。ついてはしんがりを書かないかと当時の編集長堤堯にすすめられ、田中美知太郎なら尊敬おかない私の唯一の先生だから、光栄だと喜んで応じた。私は先生の読者ではあるが、お目にかかったことはたったの一回しかない。 そのとき先生はすでに80を超えていらしたが、目の前にすっくと立っていられるといつまでも立っていると思うのが人間の常で、だから私自身も明日をも知れないぞとわが社の社員に言うが、笑って誰も信じない。そこにいるものはずうっといると思うように我々は出来ているが、むろん誤りである。 「諸君!」の「笑わぬでもなし」は始め毎号4ページ(13枚半)と自分できめていたが、そのうち 「無想庵物語」がhじまって、6ページ8ページとその月によって長かったり短かったりしだしたさぞ迷惑だったろが、一度も文句を言われたことがない。 何を書いてもいい約束ではあったが、突然無想庵である。生田葵山中沢臨川坂本紅蓮洞以下知らない人が遠慮会釈なく出てくる。小説ならいい。小説中の人物はもともとその名を知らない人ばかりである。ところが藤村、秋声、白鳥なら知っている。知っている人と知らない人が交互に出没すると、なまじ知っている人がいるために自分が知らないだけかとつまづく。 小説中の人物と同じく全部知らない人だと思ってくれと頼んでもそうはいかぬ。しまいにはいつ終わるのかと読者に言われたが、まる二年間続けてめでたく終わったら、今度は「流れる」(改題して「最後のひと」)である。それが完結したら勝手に毎号2ページ(6枚弱)にしてしまった。ネットを巡ると「コラムニストとエッセイストの違い」がヒットしました。2021/06/11コラムニストとエッセイストの違いより■コラムとはコラムニストと混同しやすい職種にエッセイストがあります。実際にコラムニスト兼エッセイストという人もたくさんいますが、コラムとエッセイはその起源や由来からニュアンスの違いがあります。「コラム」とは新聞や雑誌、ウェブサイトなどのニュース以外の記事のことをあらわします。そもそも「コラム(column)」には、柱、円柱、(新聞などの)欄という意味があります。つまり新聞などの囲み欄に掲載されている評論やエッセイのことを指します。場合によっては評論家やエッセイストがコラムを書くこともありますし、コラムニストが書くコラムの内容はエッセイや評論である場合もあります。■エッセイとは「エッセイ」はおおむね「随筆」と訳され、さまざまな体験をもとに感想や思想を主観的に綴った散文のことです。日本では清少納言の『枕草子』に起源があるといわれ、鴨長明『方丈記』と吉田兼好『徒然草』とともに、「三大随筆」と呼ばれます。『〆切本』3:村上春樹さんの話『〆切本』2:編集者をめぐるいい話『〆切本』1:高橋源一郎の〆切対処法
2021.06.19
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図書館で『〆切本』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。【〆切本】左右社編、左右社、2016年刊<「BOOK」データベース>より作家としめきり、悶絶と歓喜の94篇!【目次】1 書けぬ、どうしても書けぬ(机(田山花袋)/文士の生活/執筆/読書と創作ほか(夏目漱石) ほか)/2 敵か、味方か、編集者(自著序跋(川端康成)/編集中記(横光利一) ほか)/3 〆切りなんかこわくない(私の発想法(山田風太郎)/北国日記(三浦綾子) ほか)/4 〆切の効能・効果(のばせばのびる、か(外山滋比古)/勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響(樋口収) ほか)/5 人生とは、〆切である(イーヨーのつぼの中(小川洋子)/自由という名の不自由(米原万里) ほか)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。rakuten〆切本村上春樹さんの話しを、見てみましょう。まあ、凄いわ。p241~243<植字工悲話:村上春樹> この連載をはじめてからもう8ヶ月めになる。「締め切りのある人生は早く流れる」というのはあるアメリカのジャーナリストの言葉だが、まったく御説のとおりである。ウンチクを傾けるみたいで申しわけないが、英語では締め切りのことを「デッドライン」と言う。デッドラインという言葉にはこの他にも「死線・囚人がこれを越えると銃殺される」(研究社リーダーズ英和辞典)という意味もあって、これは日本語の「締め切り」よりはずっと語感が切実である。恐いですね。 もっとも締め切りというのは作家の側ばかりではなく、相手の編集者にとっても文字どおりのデッドラインなのであって、編集者と話しているとよくこの締め切りのことが話題になる。 ①締め切りに遅れる ②悪筆 ③生意気というのは作家が編集者を泣かせる三大要素と言っても差し支えないだろう。僕は③に関してはかなり心覚えがあるが、①と②についてはまず潔白である。締め切りは大体ちゃんと守るし、字はとびっきり読みやすい。だから締め切りに遅れがちな作家や悪筆の作家についての愚痴なんかは他人事として笑って聞き流せるし、「うーん、それはひどい」なんて適当に編集者に同情しちゃったりもする。 それにだいたい遅筆・悪筆というのは才能や人格とは(おそらく)無縁の性向・傾向だから噂話としても比較的カラッとして明るい。 編集者の話によると大御所的な作家になると中には締め切りの4、5日前に編集部に電話をかけてきて「あー、君、今回の連載は休みだ!」と言ったきりがちゃんと電話を切っちゃう人もいるらしい。そうなると雑誌はもうてんやわんやの騒ぎになってしまう。 面白いといえば面白そうだけど、僕なんかがそんなことしたら即刻どこかの原っぱにひきずり出されて銃殺されてしまうことだろう。5分後に電話をかけて 「今の嘘、ウソ。ちゃんと原稿できてますから」なんて言っても二度と仕事はまわって来るまい。 そこまでなくても編集者が作家の家に泊まりこんだり、受けとった原稿を猛スピードで車を走らせてやっとデッドラインの1時間前に印刷所に放りこんだなんていう類の話はよく耳にする。「もう××さんには参っちゃうんだから」と編集者はグチるかれど、僕なんかが聞いていると編集者の方もけっこうそういうデッドライン・ゲームを楽しんでいるのではあるまいかという気がしなくもない。 これでもし世間の作家がみんなピタッと締め切りの3日前に原稿をあげてしまうようになったら(そんなことは惑星直列とハレー彗星がかさなるほどの確率でしか起こり得ないわけだが)編集者の方々はおそらくどこかのバーに集まって 「最近の作家は気骨がない。昔は良かった」なんて愚痴を言っているはずである。これはもう首をかけてもいいくらいはっきりしている。ウーム 話を面白くしている気味が無きにしもあらずであるが、まあ、凄いわ。『〆切本』2:編集者をめぐるいい話『〆切本』1:高橋源一郎の〆切対処法
2021.06.18
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図書館で『〆切本』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。【〆切本】左右社編、左右社、2016年刊<「BOOK」データベース>より作家としめきり、悶絶と歓喜の94篇!【目次】1 書けぬ、どうしても書けぬ(机(田山花袋)/文士の生活/執筆/読書と創作ほか(夏目漱石) ほか)/2 敵か、味方か、編集者(自著序跋(川端康成)/編集中記(横光利一) ほか)/3 〆切りなんかこわくない(私の発想法(山田風太郎)/北国日記(三浦綾子) ほか)/4 〆切の効能・効果(のばせばのびる、か(外山滋比古)/勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響(樋口収) ほか)/5 人生とは、〆切である(イーヨーのつぼの中(小川洋子)/自由という名の不自由(米原万里) ほか)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。rakuten〆切本名の知れた編集者のお話しを、見てみましょう。p225~227<編集者をめぐるいい話:川本三郎> 高田宏といえば、開かれた企業PR誌の先駆といっていい『エナジー』(エッソ)を作った名編集長である。私などの世代から見ると雲の上の人である。『編集者放浪記』(リクルート出版、1988年)はその高田宏の回想録である。功成り名遂げた人の思い出話だから苦労話が自慢話に聞こえてしまう面はあるものの、編集者がまだサムライだった時代のよき空気を伝えていて感動する。編集という仕事は本当に心がないと出来ない仕事だということがよくわかる。現代のサラリーマン化した編集者にはぜひこの本を読んでもらいたい。 「書くことも、編集することも、相手に惚れなかったら、はじまらないのではないか。それはときに、血を流す危険をともなっている。だが、それでもいいのではないか。安全圏にいて無傷であることが、それほど大事なことだとは思えない」 「どの著者に対しても、とにかく『先生、先生』とおだてておいて、陰では呼び捨てている編集者がいるものだ。そういう編集者にかぎって、誰それに『書かせる』という言い方をする」 「いい原稿をもらって、その喜びを著者に伝えるときが、編集者の幸福である」・・・本当にこれだけのことなのに、これだけのことをしない編集者がなんと多いことだろう。 「喧嘩」という一章があってこれが抜群にいい。高田宏は若いときある高圧的な態度をする筆者に怒りを覚えた。その日の口惜しさが忘れられなかった。そして彼は、後年、その筆者が死んだというニュースをテレビで見たとき思わず「ザマアミロ」といったという。すごいエピソードだが、それだけ高田宏はいつも真剣勝負で仕事をしていたのだろう。 私も死んだらどこかの編集者に「ザマアミロ」といわれるのだろうか。この箇所を読んでからますます見知らぬ編集者からの電話がこわくなった。 それでも私は個人的にいい編集者に恵まれている。人柄もいいし仕事も出来る人が多い。「書かせる」なんていう人はまずいないし、みんな地味で落ち着いた喋り方をする人ばかりだ。 最近知った編集者で感激したのは文芸春秋のOさんと『エルジャポン』のHさん。どちらも女性である。Oさんは村上春樹さんが中心になった『』を担当してくれた。例によって私の原稿が遅れた。彼女からの電話がこわくてずっと留守番電話にしていた。夕方、マンションの管理人が家に来て小さな包みを私に渡してくれた。ケーキだった。それにOさんのカードがついていた。 「がんばって下さい」 これには 「中年の目にも涙」だった。Oさんはその後も書評が出るたびにコピーを送ってくれる。アフターケアが実にしっかりしている。なるほど編集者にきびしい村上春樹さんが信頼しているはずだ。『〆切本』1
2021.06.18
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図書館で『〆切本』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。【〆切本】左右社編、左右社、2016年刊<「BOOK」データベース>より作家としめきり、悶絶と歓喜の94篇!【目次】1 書けぬ、どうしても書けぬ(机(田山花袋)/文士の生活/執筆/読書と創作ほか(夏目漱石) ほか)/2 敵か、味方か、編集者(自著序跋(川端康成)/編集中記(横光利一) ほか)/3 〆切りなんかこわくない(私の発想法(山田風太郎)/北国日記(三浦綾子) ほか)/4 〆切の効能・効果(のばせばのびる、か(外山滋比古)/勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響(樋口収) ほか)/5 人生とは、〆切である(イーヨーのつぼの中(小川洋子)/自由という名の不自由(米原万里) ほか)<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、新旧の作家たちが如何に〆切に悩まされているか、〆切をのばしてきたか、が載っていて面白そうでおます。rakuten〆切本高橋源一郎の〆切対処法を、見てみましょう。p159~161<作家の缶詰> じつをいうと、つい昨日まで「缶詰」になっていたのである。デビューした時には「生々しい言語感覚」とか、「新鮮な作風」とかいわれても、十年とたたないうちに「缶詰」。これでは作家だか果物だかわからない。そうか、だから「ばなな」というペンネームになったのか。吉本ばななが缶詰になったら「ばななの缶詰」だ。いや、それはともかく、わたしでも「缶詰」になったりするというわけである。 では、なぜ作家は好きこのんで「缶詰」になるのか。それは作家が仕事をしたがらない動物だからである。仕事が好きで好きでたまらない作家はうっちゃっておいても平気である。 朝起きると「さあ、今日も仕事ができる!」と口走り、いきなりペンを握っちゃう作家をわたしは知っているが、そんな奇特な人物は例外である。ほとんどは、仕事をしたがらない。だいたい作家などというものは、通常の仕事も耐えられないから作家になったのだ。朝早く起きられない。満員電車の通勤に耐えられない。他人がこわい。力がない。こういう人間は作家にでもなるしかない。 しかし、本来なにもしたくないのが作家的人格であるから、作家になったとしてもなるたけ仕事だけは避けようとするのが人情であろう。そこに編集者とのすさまじい葛藤が発生するのである。 電話がかかってくる。 「タカハシさん、あの、もう締め切りとっくに過ぎちゃてるんですけど」 「ええ、あの、ちょっと風邪気味なもんで、今日中になんとか」 電話がかかってくる。 「タカハシさん、まだですかあ?」 「いや、風邪はなんとか治ったんですが、こんどはワイフが風邪をひいちゃって、家事をしなくちゃいけないもんで。でも、今日中になんとか」 電話がかかってくる。 「タカハシさん、勘弁してくださいよ。これ以上、とても待てません」 「申し訳ない。ワイフの風邪は治ったんだが、ワイフの祖母が風邪をひいたんで実家に看病に行ったら、その間に猫が風邪をひいちゃって・・・」 書いてて、なんだかアホらしくなってしまった。これでは、朝学校に行きたくないので「お腹が痛い」と母親に訴える小学生とほとんど同じである。原稿が遅れているいいわけをどうしようかずっと考えているので原稿を書く暇がないと嘆く作家も多い。本当に世の中はうまくできていない。そんな虚しいいいわけをいくら聞かされても怒って暴れたりしない編集者はまさに神のような人柄といえよう。 有名な某作家は、本当に切羽詰った状態になり、編集者から矢のように催促の電話がかかってきてそのたびに「あと二時間待って」といい続けたそうである。うんざりした編集者が、どうせ二時間待っても書いてないに決まっているから気をきかせて四時間待って電話をかけたら、その作家氏は「せっかく原稿を書いたのに、二時間たっても電話がかかってこなかったら、頭にきて破いちゃったよ。お前のせいだ」と文句をつけたそうだ。もう完全にやぶれかぶれである。ウーム 作家と編集者の間に虚々実々の闘いが見られるが・・・人間性が疑われるケースもあるようですね。ところで、高橋源一郎の『もっとも危険な読書』というエッセイ集が面白かったので付けておきます。【もっとも危険な読書】高橋源一郎著、朝日新聞出版、2001年刊<「BOOK」データベース>よりスリル、緊張、集中、恐怖に近い感情の揺れ。やがて世界が一変する。静かで単調な表面の奥に、そんななにかを隠した本を読んでみたい。-読書の快楽を通して人と時代の機微をとらえた129篇のエッセ・クリティーク。<読む前の大使寸評>図書館大好きの大使としては、書評集もツボになるわけで・・・高橋源一郎著のこの本など、そのツボに的中しているわけでおます。rakutenもっとも危険な読書『もっとも危険な読書』1:料理の哲人・島田雅彦『もっとも危険な読書』2:関川夏生の「かたち」
2021.06.17
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<『生まれ変わり』1>図書館に予約していた『生まれ変わり』という文庫本を待つこと3週間ほどでゲットしたのです。以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。【生まれ変わり】ケン・リュウ著、 早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より異星からの訪問者トウニン人と共生することになった人類は、悪い記憶を切除し新しい自分に「生まれ変わる」ことが可能になった。トウニン人の恋人をもつ地球人の特別捜査官が謎の殺害テロ事件を追う表題作、アジアの田舎の靴工場で女工として働く少女の不思議な体験を描く「ランニング・シューズ」など、現代アメリカSFの最重要作家のひとり、ケン・リュウの単行本第三短篇集『生まれ変わり』から12篇を収録した傑作集。<読む前の大使寸評>以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約していたのです。<図書館予約:(5/26予約、副本1、予約1)>heibonsha生まれ変わり12篇の冒頭の短篇「生まれ変わり」の語り口を、ちょとだけ見てみましょう。トウニン人の恋人カイが優しいけど不気味です。p33~35<生まれ変わり> 前回わたしが生まれ変わったとき最初に見たのがカイの顔だった。 魚のような黒い目と、小さな蛆が表面のすぐ下で蠢いているように脈打つ皮膚のある顔だった。わたしは身じろぎ、逃れようとしたが、どこにも逃げ場はなかった。わたしの背中には鋼鉄製の壁があった。 彼女の目のまわりの皮膚が収縮し、また広がった。わたしには理解できないエイリアンの表情。彼女は後退し、わたしに若干のスペースを与えた。 ゆっくりとわたしは上体を起こし、あたりを見まわした。ごく小さな部屋の壁にくっつけられた狭い鋼鉄製のベッドの上にわたしはいた。照明は明るすぎた。吐き気がした。目をつむる。 すると津波のようにイメージが押し寄せてきて、処理できなくなった。人々の顔や声、早送りで過ぎていく出来事。わたしは口をひらいて、悲鳴を上げた。 するとすぐにカイがわたしのそばに来た。彼女は主腕でわたしの頭を包み、力ずくでわたしをじっとさせた。フローラルな香りとスパイシーな香りがわたしを包みこむ。その香りの思い出が突然心のなかの混沌から浮かび上がった。故郷の匂いだ。わたしは渦巻く海に浮かぶ板きれのようにそれにしがみついた。 彼女は第二腕でわたしの体を抱き締め、背中を軽く叩き、開口部を探した。背中の穴からその腕が押し入ってくるのを感じた。そこにあるのを知らなかった傷口だ。わたしは痛みに悲鳴を上げたくなり・・・ ・・・そして心の混沌が鎮まった。わたしは彼女の目と心を通して世界を見ていた・・・ぶるぶる震えているわたし自身の裸の体を。(手伝わせて) わたしは少し抗ったが、彼女はとても力が強く、わたしは諦めた。 なにがあった?(あなたは審判船に乗っている。古いジョシュ・レノンはとても悪いことをして罰せられなければならなかった) わたしは自分がなにをしたのか思いだそうとしたが、なにも思いだせなかった。(彼はいなくなった。あなたを救うため、この肉体から彼を切り離さねばならなかった) あらたな記憶が心の表面に浮かんできた。カイの思考の流れに優しく導かれて。 わたしは教室に座っている。最前列だ。西側の壁沿いの窓から陽光が差し、床に綺麗な平行四辺形を描いている。カイがわれわれのまえをゆっくりと行き来している。 「わたしたちはだれもが数多くの記憶グループから、数多くの個性から、数多くの統一性のあある思考パターンから成り立っています」カイが首のまわりに装着している黒い箱から声が聞こえた。少々機械的な声だったが、音楽的で明晰だった。
2021.06.17
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図書館で『ロケット・ササキ』という文庫本を、手にしたのです。佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。【ロケット・ササキ】大西康之著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より敗戦から高度成長期にかけて、デジタル産業の黎明期に、常に世界の最先端を突っ走ったスーパー・サラリーマンがいた。シャープの技術トップとして、トランジスタからLSI、液晶パネルと当時のハイテクを導入して苛烈な「電卓戦争」を勝ち抜き、電子立国・日本の礎を築いた佐々木正。インテル創業者が頼り、ジョブズが憧れ、孫正義を見出し、サムスンを救った「伝説の技術者」の痛快評伝。<読む前の大使寸評>佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。rakutenロケット・ササキアップル社製品は一切買わない、使わない大使であるが・・・それよりも、1990年の和製「iPad」を、見てみましょう。p257~259<1990年の和製「iPad」> キーボードもマウスも使わないパソコン。シャープの中にもジョブズと同じことを考えている人間がいた。 ロックウェルに派遣され、MOS電卓の回路を設計した吉田幸弘である。 1988年、シャープの情報システム研究所の研究員として働いていた吉田は、夢の個人用電子デバイス「パーソナル・エクセレント・ツール(PET)」の着想を得る。 吉田が考えたPETは、長さ200ミリメートル、幅100ミリメートル、厚さ15ミリメートルのノート型。全面が液晶のタッチパネルになっており、スタイラスペンで操作する。 通信機能を備えており、メインメモリーは8メガバイト、ストレージ(外部記憶装置)には128メガバイトのフラッシュ・メモリーを使う。ICカードのスロットが付いていて、単3電池4本で200時間駆動する。2010年にアップルが発売する「iPad」とほとんど同じ製品を、吉田は構想していたのである。 1990年、2年がかりでPETの設計を終えた吉田は、この構想を上司の浅田に伝えたが、浅田は任天堂向けの液晶供給に手一杯で、吉田の提案に耳を貸す余裕がなかった。 「なんでわからんのや。これがパソコンの未来やないか」 吉田は歯噛みしたが、佐々木はすでにシャープにいない。巨大企業になったシャープで、一介の技術者の声が経営陣に届くことはなかった。 かつて吉田がロックウェルで感じた、日米における技術者の待遇格差は、かつてより大きくなっていた。米国なら吉田のような独創的な技術者をベンチャー投資家が放っておかない。優れたアイデアには相応のリスクマネーが供給され、ベンチャーが立ち上がる。 一方、日本では技術者は組織の歯車の一つであることを求められ、一つの企業の中でその生涯を終える。大きな発明をしても権利は企業に帰属するし、役員や社長になるのは世渡りが上手い社員であり、優れた技術者に枢要なポジションが与えられるわけではない。いつしか会社は新しいアイデアを形にすることが苦手になっていく。企業の官僚化である。 佐々木のような型破りの役員がいなくなった後、シャープでも官僚化が急激に進む。技術者たちは、液晶テレビの性能を上げることばかりに邁進し、次々と新機軸を打ち出してきたシャープのDNAは見る影もなく劣化してしまった。技術者たちは社内の「競争」に明け暮れ、佐々木が教えた「共創」を忘れてしまった。 ジョブズを「追放」したアップルもまた、官僚化が進み、新機軸を打ち出せなくなっていた。 1997年、深刻な経営不振に陥り、困り果てたアップルの取締役会は、ジョブズに復帰を求める。ジョブズははじめ、フルタイムでの復帰を拒み、暫定CEOとしてアップルに復帰した。『ロケット・ササキ』4:シャープとカシオなどの電卓競争『ロケット・ササキ』3:ロケット・ササキという称号の由来『ロケット・ササキ』2:MOS-LSI開発『ロケット・ササキ』1:台湾への移住
2021.06.16
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図書館で『ロケット・ササキ』という文庫本を、手にしたのです。佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。【ロケット・ササキ】大西康之著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より敗戦から高度成長期にかけて、デジタル産業の黎明期に、常に世界の最先端を突っ走ったスーパー・サラリーマンがいた。シャープの技術トップとして、トランジスタからLSI、液晶パネルと当時のハイテクを導入して苛烈な「電卓戦争」を勝ち抜き、電子立国・日本の礎を築いた佐々木正。インテル創業者が頼り、ジョブズが憧れ、孫正義を見出し、サムスンを救った「伝説の技術者」の痛快評伝。<読む前の大使寸評>佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。rakutenロケット・ササキシャープとカシオなどの電卓競争を、見てみましょう。p194~198<後を追ったら勝てない> (その手があったか) カシオミニの大ヒットは、佐々木にとっては痛恨の敗戦だった。確かにユーザー本位で考えれば「6桁で1万2800円」は理にかなっている。どんどん桁数を増やし、値崩れを防ぐのはメーカー側の論理。多くのユーザーにとっては過剰な性能である。そこに気付いた和雄の商才には脱帽するしかない。 (ウチも6桁でいくか) 一瞬、佐々木はカシオに追随することを考えた。だが、4兄弟の勝ち誇った顔が浮かんで、すぐやめにした。 (後を追うだけでは彼らに勝てない。何か追い越す手を考えないと) 1万2800円で、背広のポケットに入るカシオミニに勝つにはどうしたらいいか。 (ワイシャツの胸ポケットに入る手帳サイズか) 佐々木は早川電機に入社した時に浮かんだ電卓のビジョンを思い出した。旨ポケットに収まり、八百屋のおかみさんが使える電卓だ。 だがMOS-LSIをもってしても、今ある技術で手帳サイズの電卓を作るのは困難だった。二つの大きな障害があった。ディスプレーと電源である。 計算の結果を表示するディスプレーは、ほとんどの電卓メーカーはニキシー管と呼ばれる蛍光管の一種を使っていたが、この装置が小型化の邪魔になった。ニキシー管は、アメリカのバローズという大手コンピューターメーカーが特許を握っており、自分たちで勝手に改良することができない。おまけにバローズがライセンス料を下げてくれない限りは原価も下がらない。 電源は当初、コンセントにつないでいたが、乾電池を使うようになって初めてポータブルになった。だが、サイズは決まっており、他の部品をどんなに薄型にしても電池の直径より薄くはならない。 ディスプレーと電源。この二つの関所を通り抜けない限り、手帳サイズにはたどり着けないのだった。(中略) <液晶への挑戦> 佐々木がディスプレー戦略の出口を探してもがいているちょうどその頃、シャープでディスプレーの開発を担当する和田富夫は、自宅でぼんやりとテレビを見ていた。 NHKが海外企業の最前線を紹介する「世界の企業」という番組を流していた。取り上げられたのは世界最大の電機メーカー、RCAである。 RCAの研究開発チームは「液晶ディスプレー」の開発に取り組んでいた。液晶は、1888年にオーストリアの植物学者、フリードリヒ・ライニッツァーが発見した物質である。液体なのに結晶のように分子の並び方に規則性があり、様々な光学的現象を引き起こす。RCAはこの特性を使い、光を透過したり、遮蔽したりすることで、「DSM=動的散乱モード」というディスプレーを作ろうとしていた。 (ふうん。こんな技術があるのか) 和田は感心して番組に見入った。番組が終わった後もDSMの映像が頭から離れない。少しずつ、頭の中でイメージが膨らんでいく。(自発光しないディスプレーか。きっと消費電力が少なくて済むんだろうな。構造も単純だ。待てよ。これって電卓に使えないか。ニキシー管よりはるかに薄いディスプレーが作れるんじゃないか) 翌朝、出社した和田は、まっすぐ佐々木の部屋を目指した。 部屋の前に着くと、廊下はすでに長蛇の列ができている。ドアの横に置いた椅子に座りきれる数ではなく、ほとんどの社員が立っていた。(まるで歯医者の待合室だな) 佐々木は、入社当初、雲をつかむような大きな話ばかりするので「ホラ吹き」とあだ名されていた。だが電卓戦争では、佐々木が言った通りにMOS-LSIが主流になった。佐々木が指揮をとる産業機器事業部は、白物家電と並ぶ経営の柱になり、シャープは日本を代表するエレクトロニクス企業の一つにのし上がった。『ロケット・ササキ』3:ロケット・ササキという称号の由来p169~172『ロケット・ササキ』2:MOS-LSI開発p156~161『ロケット・ササキ』1:台湾への移住p30~32
2021.06.16
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図書館に予約していた『ワールドサイドをほっつき歩け』という本を、待つこと8ヶ月ほどでゲットしたのです。ロンドンの労働者階級のおっさんたちと呼応する熱きハートを持つ著者である。その熱きハートで、身の回りをクールにレポートするところが・・・ええでぇ♪【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>ロンドンの労働者階級のおっさんたちと呼応する熱きハートを持つ著者である。その熱きハートで、身の回りをクールにレポートするところが・・・ええでぇ♪<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け英国のベビーブーマー世代が語られているので、見てみましょう。ベビーブーマー世代の大使として気になるのでおます。p217~220<⑥ ベビーブーマー世代は社会の悪なのか> 英国で近年話題になっているのが、「ベビーブーマー世代叩き」と呼ばれる風潮であり、これはEU離脱の国民投票以降、とくに顕著になった。 「ブレグジットはベビーブーマー世代が私のような若者に突き立てた中指だった」(2016年6月24日付vox.com)「どのようにしてベビーブーマー世代は最も自分勝手な世代になったのか」(2016年11月30日付businessinsider.com)みたいな敵意剥き出しの批判にさらされることになり、彼らは「グレイテスト・ジェネレーション」から「レイシスト・ジェネレーション」になってしまったという非難する若者たちさえいる。 英国のEU離脱国民投票の後で彼らが特に激しく批判されたのは、世論調査の結果、彼らがブレグジットの結果「国内で職を失う人がいたとしても、英国はEUから離脱することが正しいと思っている」と判明したときだった。 2017年7月に世論調査会社YouGovがEU離脱の投票で離脱に票を入れた人々を対象に行なった調査によれば、「そんなことが起こるとあなたが考えるかどうかは別にして、EUから英国が離脱するためには、英国の経済にかなりのダメージが及んだとしてもかまわないと思いますか」という質問に対し、50歳から64歳までの層では60%が、65歳以上ではなんと71%が「イエス」と答えている。同じ離脱派でも、18歳から24歳では46%に落ちる(25歳から49歳では56%)。 さらに、「そんなことが起こるとあなたが考えるかどうかは別にして、ブレグジットのせいであなたやあなたの家族の誰かが仕事を失ったとしても、EUから英国が離脱するためならやむを得ないと思いますか」という質問では、16歳から24歳までの離脱派は25%しか「イエス」と答えなかったが、65歳以上では50%が「イエス」と答えた。 こうした結果から、「強硬離脱派」というのはベビーブーマー世代の高齢者が多いのだと考えられるようになり、そりゃそうだろう、高齢者はもう年金暮らしの人が多いので失業とか経済の良し悪しとかは関係がないし、ずっと同じ金額の年金をもらって暮らしていく人たちなんだから、自分のイデオロギーのことしか考えてない自己中心的な人々なんだよ、と若い層からぶっ叩かれるようになった。 こうした論調は「ブーマー責め(boomer-blaming)」と呼ばれ「ベビーブーマー世代のせいで英国はこんなたいへんなことになった」「何もかもベビーブーマー世代が悪い」という高齢者責めが盛り上がったが、そうなってくると反対する人たちも出てくるものだ。「ベビーブーマー世代は真剣に後の世代の未来のことを考えて離脱に票を入れたのだ」というような趣旨の記事も出て来るようになった。 こうした「ブーマー責め」の現象を分析しているのが、2017年2月20日配信のLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミスト・アンド・ポリティカル・サイエンス)の記事だ。ジェニー・ブリストウが書いたその記事によれば、彼女は1986年から2011年までの英国の新聞記事を調査し、ベビーブーマー世代の扱いがどのように変遷してきたかを分析した。それによると、ベビーブーマー世代は以前にも多少の関心を持たれたことはあったが、明確に「プロブレム」と見なされるようになったのは近年のことだという。 まず、彼らが老いるにつれて経済的「プロブレム」として描かれることが増えてきた。戦後のベビーブームの時代にできた子どもたちと言われる世代だけあって、彼らは人数が多い。だから、一斉に年を取ってリタイアし、年金を受け取るようになると、下の世代にとって大きな負担になるという見方をされるようになってきたというのだ。 これに高齢化社会への不安も合わさって、ベビーブーマー世代は福祉社会が持続可能でなくなる元凶として描かれるようになる。2006年には、ベビーブーマー世代が、一斉にリタイアするときのことを懸念した記事の中で、「ブーマゲドン(ブーマー世代+ハルマゲドンの造語)」なる言葉も使われていたという。 さらに、2000年代後半のリーマンショックとそれに続いた金融危機の後は、歴史的な位置づけを使って「ブーマー責め」を煽る記事も出てくる。つまり、1960年代という英国文化の黄金時代に生長し、クールな青春時代を送ることができた幸運な世代が、哀れな若い世代から年金を搾り取っているというイメージが定着し、このラッキーな世代は、文化的にも最も英国が素晴らしかった時代を生きた「得ばかりしている人々」だ、という嫉妬まじりの描かれ方をするようになったのだ。 たとえば、2008年のタイムズ紙の記事には「彼らはローマ時代以来の歴史の中で、もっとも快楽主義的で簡単な楽しみを経験した。たくさんのセックス、最高の音楽、そして特権を持っていた人々が陥るたやすい理想主義」という若いライターによる記述があった。ウーム 我らが団塊世代は、かなり嫉妬されているようですね。『ワールドサイドをほっつき歩け』4:英国の医療制度『ワールドサイドをほっつき歩け』3:英国の物乞い問題『ワールドサイドをほっつき歩け』2:北アイルランド問題『ワールドサイドをほっつき歩け』1:This Is England
2021.06.16
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今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「手当り次第」でしょうか♪<市立図書館>・生まれ変わり・〆切本・正直じゃいけん<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【生まれ変わり】ケン・リュウ著、 早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より異星からの訪問者トウニン人と共生することになった人類は、悪い記憶を切除し新しい自分に「生まれ変わる」ことが可能になった。トウニン人の恋人をもつ地球人の特別捜査官が謎の殺害テロ事件を追う表題作、アジアの田舎の靴工場で女工として働く少女の不思議な体験を描く「ランニング・シューズ」など、現代アメリカSFの最重要作家のひとり、ケン・リュウの単行本第三短篇集『生まれ変わり』から12篇を収録した傑作集。<読む前の大使寸評>以前読んだ短篇集『紙の動物園』が良かったので、図書館予約したのです。<図書館予約:(5/26予約、副本1、予約1)>heibonsha生まれ変わり【〆切本】左右社編、左右社、2016年刊<「BOOK」データベース>より作家としめきり、悶絶と歓喜の94篇!【目次】1 書けぬ、どうしても書けぬ(机(田山花袋)/文士の生活/執筆/読書と創作ほか(夏目漱石) ほか)/2 敵か、味方か、編集者(自著序跋(川端康成)/編集中記(横光利一) ほか)/3 〆切りなんかこわくない(私の発想法(山田風太郎)/北国日記(三浦綾子) ほか)/4 〆切の効能・効果(のばせばのびる、か(外山滋比古)/勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響(樋口収) ほか)/5 人生とは、〆切である(イーヨーのつぼの中(小川洋子)/自由という名の不自由(米原万里) ほか)<読む前の大使寸評>追って記入rakuten〆切本【正直じゃいけん】町田康著、角川春樹事務所、2006年刊<商品レビュー>より最初タイトルを見て『正直じゃ、いけん(いかん)』だと思いましたが、なんと『正直、じゃいけん(じゃんけん)』だと知ってびっくり!世の中には、(西日本には)私の知らない言葉がたくさんあるなあ。大阪出身の町田さんも東京ではびっくりする事がいろいろあったのねと思ってしまうエッセイ集です。なんとなくひねくれた感じにイジイジゴネゴネ語る文章はもう芸の域で、またかと思いながらもついつい読んでしまいました。癖になってしまうところが東海林さだおのエッセイみたい。作家のルーツを探る一冊。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten正直じゃいけん************************************************************図書館大好き491
2021.06.15
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<図書館予約の軌跡263>『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』(11/29予約、副本33、予約644)現在268位・内田樹『コモンの再生』(1/05予約、副本2、予約21)現在6位・村上春樹『一人称単数』(1/27予約、副本26、予約301)現在108位・カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(3/20予約、副本7、予約197)現在36位・白井聰『武器としての「資本論」』(4/06予約、副本9、予約89)現在65位・52ヘルツのクジラたち(4/15予約、副本20、予約592)現在506位・桐野夏生『日没』(4/24予約、副本24、予約300)現在241位・鎌田由美子『「よそもの」が日本を変える』(4/26予約、副本1、予約6)現在5位・田口俊樹『日々翻訳ざんげ』(4/29予約、副本3、予約7)現在2位・マイケル・サンデル『実力も運のうち』(5/05予約、副本1、予約73)現在66位・ヤマザキマリ『生贄探し』(5/14予約、副本1、予約19)現在18位・『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』(5/30予約、副本2、予約16)現在17位・『ザリガニの鳴くところ』(6/04予約、副本17、予約315)現在306位・『超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式』(6/14予約、副本1、予約0)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・8月の果て・ある日うっかりPTA(副本4、予約39)・グレタたったひとりのストライキ<予約候補>・『コロナ危機の政治』・『生態学者の目のツケドコロ』・『大人の恐竜図鑑』・『中国戦線、ある日本人兵士の日記』・『理不尽ゲーム』 ・山口『香港 旅の雑学ノート』・オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る・岡ノ谷一夫『さえずり言語起源論』・小野正嗣『多和田語の世界』:図書館未収蔵・本村凌二『馬の世界史』・藻谷浩介『進化する里山資本主義』・多和田葉子『文字移植』:図書館未収蔵・高野秀行「怪獣記」・キネマ旬報(ありがとう、和田誠さん)・橋本治『黄金夜界』・中園成生『日本捕鯨史』・高野秀行「ワセダ三畳青春記」・ヘミングウェイで学ぶ英文法:図書館未収蔵・内澤旬子『ストーカーとの七00日戦争』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・ネルケ無方著『迷える者の禅修業』<予約分受取:4/22以降> ・ショーン・タン『内なる町から来た話』(11/3予約、4/22受取)・塩田武士『騙し絵の牙』(4/19予約、4/22受取)・『ラガナ一家のニッポン日記』(4/21予約、4/27受取)・小川洋子『密やかな結晶』(10/8予約、5/03受取)・池内紀『すごいトシヨリBOOK』(5/02予約、5/04受取)・ウイルスの意味論 : 生命の定義を超えた存在(2/18予約、5/13受取)・『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(1/06予約、5/13受取)・清水義範『大人のための文章教室』(5/15予約、5/26受取)・川越宗一『熱源』(6/08予約、6/06受取)・ブレイディみかこ『ワールドサイドをほっつき歩け』(9/19予約、6/06受取)・ケン・リュウ『生まれ変わり』(5/26予約、副本1、予約1)現在1位***********************************************************************【半沢直樹 アルルカンと道化師】池井戸潤著、講談社、2020年刊<「BOOK」データベース>より東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/29予約、副本33、予約644)>rakuten半沢直樹 アルルカンと道化師【コモンの再生】内田樹著、文藝春秋、2020年刊<出版社>より天下りのマッチポンプ、地方の過疎化、アンチ・グローバル化現象……コモン(共有地)の再生が日本の活路を開く!・西部劇『シェーン』が示すコモンをめぐる原理的な主題・ベーシックインカムの成否を決定づける要素とは?・トランプ現象とアンチ・グローバリズムの流れ・マナーの悪い「幼児的」なオヤジのマウンティングについて・明治維新前の藩制度とフランスのコミューンの共通点・「自我の支配」から解放される瞑想のやり方……etc.分断を超えて、新しい共同幻想が立ち上がる希望の書。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/05予約、副本2、予約21)>rakutenコモンの再生【一人称単数】村上春樹著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ。6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集。【目次】石のまくらに/クリーム/チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ/ウィズ・ザ・ビートルズ/ヤクルト・スワローズ詩集/謝肉祭/品川猿の告白/一人称単数<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/27予約、副本26、予約301)>rakuten一人称単数【クララとお日さま】カズオ・イシグロ著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より人工知能を搭載したロボットのクララは、病弱の少女ジョジーと出会い、やがて二人は友情を育んでゆく。生きることの意味を問う感動作。愛とは、知性とは、家族とは?ノーベル文学賞受賞第一作、カズオ・イシグロ最新長篇。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenクララとお日さま【武器としての「資本論」】白井聰著、東洋経済新報社、2020年刊<「BOOK」データベース>より資本主義を内面化した人生から脱却するための思考法。【目次】本書はどんな『資本論』入門なのか/資本主義社会とは?-万物の「商品化」/後腐れのない共同体外の原理「無縁」-商品の起源/新自由主義が変えた人間の「魂・感性・センス」-「包摂」とは何か/失われた「後ろめたさ」「誇り」「階級意識」-魂の「包摂」/「人生がつまらない」のはなぜかー商品化の果ての「消費者」化/すべては資本の増殖のためにー「剰余価値」/イノベーションはなぜ人を幸せにしないのかー二種類の「剰余価値」/現代資本主義はどう変化してきたのかーポスト・フォーディズムという悪夢/資本主義はどのようにして始まったのかー「本源的蓄積」/引きはがされる私たちー歴史上の「本源的蓄積」/「みんなで豊かに」はなれない時代ー階級闘争の理論と現実/はじまったものは必ず終わるーマルクスの階級闘争の理論/「こんなものが食えるか!」と言えますか?-階級闘争のアリーナ<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/06予約、副本9、予約89)>rakuten武器としての「資本論」【52ヘルツのクジラたち】町田そのこ著、中央公論新社、2020年刊<「BOOK」データベース>より52ヘルツのクジラとはー他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かない、何も届けられない。そのため、世界で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれるー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/15予約、副本20、予約592)>rakuten52ヘルツのクジラたち【日没】桐野夏生著、岩波書店、2020年刊<「BOOK」データベース>よりあなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末はー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/24予約、副本24、予約300)>rakuten日没【「よそもの」が日本を変える】鎌田由美子著、日経BP、2021年刊<出版社>よりコロナ禍で日常生活や働き方が激変し、心のどこかで「これまで通りの生き方で本当にいいのか」と悩んでいる人も多いのではないだろうか。ニューノーマルは見たことのない世界ではなく、「デジタル化」「多様性」「環境意識」といった後回しにしてきた問題が目の前に突き付けられただけーー。JR東日本でエキナカや地域活性化を成功させてきた著者が、「『What if?』という自問自答が必要」「仕事と生き方は融合していく」「サステナブルが日常に」など、個人や企業の「これからの生き方」を提示する。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten「よそもの」が日本を変える【日々翻訳ざんげ】田口俊樹著、本の雑誌社、2021年刊<出版社>より本書はローレンス・ブロックの〈マット・スカダー・シリーズ〉をはじめ、2002年度「このミス」第1位のボストン・テラン『神は銃弾』、エルモア・レナード、トム・ロブ・スミス、ドン・ウィンズロウなど、ミステリーを中心に200冊近い訳書を刊行してきた名翻訳家が、自身が手掛けてきた訳書を再読し、翻訳家デビューのいきさつから、誤訳の数々、マイクル・Z・リューインとのメール交流、ジョン・ル・カレの逆鱗に触れた英文、レイモンド・チャンドラー「待っている」新訳での「大発見」まで、それぞれの訳書にまつわるエピソードと時々の翻訳事情で40年に及ぶ翻訳稼業を振り返る回顧録です。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/26予約、副本1、予約6)>rakuten日々翻訳ざんげ【実力も運のうち】マイケル・サンデル著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より「努力と才能で、人は誰でも成功できる」この考え方に潜む問題が見抜けますか?100万部突破『これからの「正義」の話をしよう』から11年ー格差と分断の根源に斬りこむ、ハーバード大学哲学教授の新たなる主著。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/05予約、副本1、予約73)>rakuten実力も運のうち【生贄探し】ヤマザキマリ×中野信子著、講談社、2021年刊<「BOOK」データベース>より幸せそうな人を見ると、モヤッとする、相手が得をすると損した気持ちになる、抜け駆けする人が痛い目に遭うのは当然、お前だけを特別扱いできない、などー日本人の思考の傾向は脳の特徴だった。豊かで多様性のある生き方のために、中野信子とヤマザキマリがアドバイス。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/14予約、副本1、予約19)>heibonsha生贄探し【分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議】河合香織著、岩波書店、2021年刊<「BOOK」データベース>よりクラスター対策に「3密」回避。未知の新型コロナウイルスに日本では独自の対策がとられたが、その指針を示した「専門家会議」ではどんな議論がなされていたのか?注目を集めた度々の記者会見、自粛要請に高まる批判、そして初めての緊急事態宣言…。組織廃止までの約五カ月、専門家たちの議論と葛藤を、政権や行政も含め関係者の証言で描く迫真のノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/30予約、副本2、予約16)>rakuten分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死【8月の果て】柳美里著、新潮社、2007年刊<「BOOK」データベース>より日本統治下の朝鮮・密陽に生を受け、マラソンでの五輪出場を目指した亡き祖父・李雨哲。そのうしろ姿を追い、路上を駆けることを決意した柳美里。ふたりの息づかいが時空を越えて重なる瞬間、日本と朝鮮半島のあわいに消えた無数の魂が封印を解かれ、歴史の破れ目から白い頁に甦る。偉丈夫の雨哲と美丈夫の弟・雨根。血族をめぐる、ふたつの真実の物語が、いま日本文学を未踏の高みへと押し上げる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>rakuten8月の果て予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索システム図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・ウィキペディアでめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。図書館予約の軌跡262
2021.06.15
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図書館に予約していた『ワールドサイドをほっつき歩け』という本を、待つこと8ヶ月ほどでゲットしたのです。ロンドンの労働者階級のおっさんたちと呼応する熱きハートを持つ著者である。その熱きハートで、身の回りをクールにレポートするところが・・・ええでぇ♪【ワールドサイドをほっつき歩け!】ブレイディみかこ著、筑摩書房、2020年刊<「BOOK」データベース>よりEU離脱、競争激化社会、緊縮財政などの大問題に立ち上がり、人生という長い旅路を行く中高年への祝福に満ちたエッセイ21編。第2章は、現代英国の世代、階級、酒事情についての著者解説編。<読む前の大使寸評>ロンドンの労働者階級のおっさんたちと呼応する熱きハートを持つ著者である。その熱きハートで、身の回りをクールにレポートするところが・・・ええでぇ♪<図書館予約:(9/19予約、副本13、予約218)>rakutenワールドサイドをほっつき歩け英国の医療制度が語られているので、見てみましょう。新型コロナに対する英国の手際の良さは、もって「他山の石」とするのが日本システムなんやけど。p120~123<14 Killing Me Softly 俺たちのNHS> 9月からずっと、頭が痛いと連合いが言っている。 咳をしたり、クシャミをしたりするときが大変だそうで、両手で頭を押さえてないと耐え難い激痛が走るらしい。「へえー」 と言い続けているのだが、そのままである。連合いがモノグサで病院に行くのを嫌がるからではない。病院に到着するまでの経緯が茨の道すぎるからである。 英国の医療制度というやつは、大まかに分けてNHS(国民保健サービス)とプライベート(民間医療施設)の二つに分かれる。で、早い話が、自分でお金を払って治療を受けられる人はプライベートを、無料で治療を受けたい人はNHSを利用することになる。 このNHSについては、『花の命はノー・フューチャーDELUXE EDITION』(ちくま文庫)に収められた文章の中で、どれほど利用するのが困難かということを書いたことがある。だいたい、NHSという医療制度は、日本人であるわたしには最初、謎のシステムであった。 日本なら、膝が痛ければ整形外科へ、胃が痛ければ内科へ、体に湿疹ができたら皮膚科へというふうに最初から行きたい病院に行く。が、NHSの場合は、まず自分が登録している地域の診療所に行って、GP(ジェネラル・プラクティショナー)という、ほんとにジェネラルに何でも診てくれる(まあだいたいは話を聞くだけの)主治医に診てもらわなければならない。 で、そこでGPが「ありゃ、これはマジで専門医の診断が必要かも」と判断すれば、外科、内科、皮膚科、耳鼻咽喉科などの専門医へ紹介状を送ってくれて、専門医から患者に「この日に貴様の予約を入れておく。予約日時変更を望む場合は電話してきやがれ」みたいな手紙が来る(注:文面はこの通りではない)。で、ここまでですでに2ヶ月ぐらいの月日が過ぎているよというのが十年前の話だったが、じつはあれから事態はさらに悪化している。 例えばうちの近所の診療所。ここでGPに診てもらうアポを取るためには、朝八時に電話を入れることになっており、みんなが一斉に電話を入れるからいつも話し中で、まるで人気歌手のコンサートのチケットを取るぐらい大変。と書いたのが十年前だったが、これがさらに困難になっている。まず、近所の診療所では、朝八時に電話するシステムが廃止になった。じゃあどうすればいいのかというと、医者に会いたきゃ朝八時に診療所に直接来いというのだ。おかげで診療所の玄関前にはオープン前から長蛇の列ができている。(中略) が、それから数年たつと、今度は並んだだけでは診察の予約が取れなくなった。いや並ぶのは同じなんだが、まずGPと電話で話す予約を取るようになったのだ。(中略) このようにどんどんどんどん予約が入れにくいシステムを導入しやがるのは、患者を減らすためである。これだけ予約のハードルが高くなると、人々はちょっとぐらいのぎっくり腰や蕁麻疹ぐらいなら我慢するようになる(わたしのことだ)。NHSは「できるだけ病院に来るな」というメッセージをがんがん発信しており、最近では救急車を呼ぶ人も減らすため、「111」という番号を設け、まず電話アドバイザーと話をさせてから救急車が必要かどうか判断する方向に舵を切ろうとしている。 なんでNHSがそんないけずなことをするのかというと、一言でいえばカネがないからだ。政府が2010年から緊縮財政を始め、NHSへの支出をケチってきたばかりか、NHSの切り売り民営化を進め、その結果かえって前よりNHSの経営状態が悪化している。 そもそも、英国の場合、NHSを使えば治療は無料(ただし、処方薬のみ個人も負担。一律千三百円ぐらい)だが、民間医療施設なら全額負担だ。「無料or全額負担」というのはあまりにも極端であり、日本みたいに、どこの病院でも国の保険が使えて一割とか三割とか個人が一部だけ負担するシステムにしたらええやん。とわたしも昔は考えていた。 が、そのうち、じつはNHSには利便性を超えた側面があるのだということがわかった。NHSそれじたいが、左派の最後の砦というか、一つのイデオロギーになっているのだ。 終戦直後の1945年、英国では、ナチを倒して英国を勝利に導いたチャーチル首相がなぜか選挙で惨敗し、地べたの人々の熱狂的支持を受けて労働党政権が誕生する。この政権が、いわゆる「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家時代の英国を築いた。で、その目玉がNHSの設立であった。ウーム イギリスの医療制度も予算カットにより、うまく機能していないようですね。とにかく電話による予約は全く機能しないというのは万国共通のようです。・・・とまあ、ワクチン接種の予約でこりごりの大使でおます。『ワールドサイドをほっつき歩け』3:英国の物乞い問題『ワールドサイドをほっつき歩け』2:北アイルランド問題『ワールドサイドをほっつき歩け』1:This Is England
2021.06.15
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図書館に予約していた『熱源』という本を待つこと1年で(最長記録で)ゲットしたのです。島田雅彦の『エトロフの恋』という小説を最近読んだのだが、ロシア美人と残留朝鮮人のオモニが登場します。そしてこの『熱源』ではロシア美人と樺太アイヌが登場するわけで、舞台設定が似てなくもないのです。【熱源】川越宗一著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。<読む前の大使寸評>島田雅彦の『エトロフの恋』という小説を最近読んだのだが、ロシア美人と残留朝鮮人のオモニが登場します。そしてこの『熱源』ではロシア美人と樺太アイヌが登場するわけで、舞台設定が似てなくもないのです。<図書館予約:(6/08予約、副本33、予約676)>rakuten熱源和人のなかのヤヨマネクフを、ちょとだけ見てみましょう。p38~40<五> ヤヨマネクフが知るアイヌの生活には、生業というものがない。生きるに足る食物を自ら山や海から獲り、生きるに要る道具を自ら小刀で削りだし、錦や宝玉、酒や煙草が要る分だけテンや熊の皮を獲ってきて売る。そのような古来からのアイヌの生き方は、いつのまにか半ばを奪われ、半ばを自ら捨てようとしている。 自分たちではとても喰い切れない量の魚を獲って売り、着物やら時計やらこめやらを買い、家族を養う。いままでは死んでいたかも知れない傷病者は医者が治してくれるようになり、巫術はめっきり行われなくなった。いまヤヨマネクフが着ている綿の着物は開拓史から支給されたもので、つんつるてんだが草皮衣よりも暖かく、慣れれば肌触りも悪くない。 文明が、樺太のアイヌたちをアイヌたらしめていたものを削ぎ落としていくように思えた。自分たちはなんの特徴もないつるりとした文明人になるべきなのだろうか。「ほらほら、授業を始めるぞ」 後ろから道守先生の声がした。「入りなさい、“八夜招(ヤヨマネク)”」“フ”の音が、日本語の音韻で育った人には聞こえないらしい。 俺もいつのまにか、つるりとしてきた。口をすぼめて“フ”を自分で補いながら、先生に続いて教室に駆け込む。「西郷先生は、まことにご立派であった」 何度聞いたかわからない話から、その日の授業は始まった。機会がなくても道守先生は郷土の英雄という西郷隆盛を称揚する。怒ると怖いがふだんは優しく、アイヌの言葉は使えないが熱心に授業をしてくれる。道守先生はなんだかんだで生徒たちに好かれていた。その先生が尊敬してやまない"大西郷"は、いつのまにか校内でも屈指の英雄となっていた。 続きの話は、皆知っている。維新の大業が成ったのち、私欲に走る官吏たちが政治をめちゃくちゃにし、大西郷は政府を辞めて国に帰った。軍人だった道守先生も軍を辞めて従い、大西郷が鹿児島に作った学校で教鞭をとった。その後も改まなかった政治を正すため、大西郷は兵を挙げた。道守先生は生徒のうち25人を率いる隊長となって大西郷に従い弾雨をくぐった。というのが、いつもの話だった。だが今日は別のことを言いだした。「不肖道守、西郷先生とともに畏れ多くも天朝に弓引く賊軍となった。悔いこそなけれど、赦されざる大罪である。しかるに天皇陛下の一視同仁のご温情により再び国家に奉仕する機会を賜り、今こうして諸君らに学を講じておる」 ヤヨマネクフの抱えている悩みを見透かしたような、けれど的には外れているような話だった。道守先生にとっては、日本への復帰だろう。だがヤヨマネクフにとっては、日本に呑まれるような立場なのだ。<六> 終業の二時を目前にして、ヤヨマネクフはすっかり眠気に抱き込まれていた。 ふと首の力が抜ける。がくんと動いた視線の隅に現れた人影で、一気に覚醒する。 庶務の職員に連れられ、一人のアイヌの男が教室横の廊下を歩いていた。もみあげの上から前髪を真上にそり上げ、後ろ毛は首の中ほど辺りで横にぱつんと切り揃えている。鼻下と顎は豊かな髭で覆い、ヤヨマネクフには文字通り目が覚めるように白い草皮衣で、大きな体躯を包んでいる。 ここが樺太の海辺かと錯覚してしまうほど堂々たるそのアイヌは、チコビローだった。最近読んだ『エトロフの恋』を付けておきます。【エトロフの恋】島田雅彦著、新潮社、2003年刊<「BOOK」データベース>よりあの人は、深い森へと姿を消したー。恋に破れ、家は破滅し、声を奪われ、穢れた死者として追放されたカヲルは、最果ての島へたどり着く。「一番いい時代の私をあなたに預けます」-あの人の微かな声に導かれ、黄泉の国と繋がったこの場所で、恋は今再び、脈打ち始める…。島田雅彦の代表作「無限カノン」第三部完結編。<読む前の大使寸評>冒頭部を読むと、ソ連領となったエトロフ島が舞台となっていて・・・興味深いのです。rakutenエトロフの恋
2021.06.14
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図書館で『ロケット・ササキ』という文庫本を、手にしたのです。佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。【ロケット・ササキ】大西康之著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より敗戦から高度成長期にかけて、デジタル産業の黎明期に、常に世界の最先端を突っ走ったスーパー・サラリーマンがいた。シャープの技術トップとして、トランジスタからLSI、液晶パネルと当時のハイテクを導入して苛烈な「電卓戦争」を勝ち抜き、電子立国・日本の礎を築いた佐々木正。インテル創業者が頼り、ジョブズが憧れ、孫正義を見出し、サムスンを救った「伝説の技術者」の痛快評伝。<読む前の大使寸評>佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。rakutenロケット・ササキロケット・ササキという称号の由来を、見てみましょう。p169~172<「ロケット・ササキ」という称号> 別の日、ロックウェルで働くもう一人の日系人、カガワが吉田に言った。「ヨシダ、君にいいものを見せてやろう」 カガワは自慢の箱型ダットサンに吉田を乗せ、ネバダ州の砂漠に連れ出した。 (こんなところに連れてきて何を見せようというんだ) 吉田が怪訝な顔をしていると、カガワがある方向を指差した。 少し遅れて凄まじい轟音が響き、空を焼くような炎が上がった。音と炎の発信源は1キロほど先と思われたが、この世のものとは思えない光景だった。「カガワさん、今のは何ですか」「驚いたかヨシダ。サターンの噴射実験だよ」 サターン5型はアポロ宇宙船の打ち上げロケットである。ロックウェルはアメリカ航空宇宙局(NASA)からサターンや月着陸船の開発を請け負っており、吉田が加わったチームは月着陸船で使うMOS-LSIの開発も担当していた。「つまり、お前さんがキングズベリーと作っているチップは、あいつを飛ばすのに使われるってことだ」「へえー」 吉田は他人事のように感心した。 ロックウェルとの共同開発が始まった後、頻繁にアナハイムを訪れるようになった佐々木は、ミツトミから、こんな話を聞かされていた。 人類初の月面着陸を成し遂げたアポロ11号の月着陸船イーグルは、着陸直前に一瞬だけ軌道を外れた。そのまま行けばイーグルは月面に叩きつけられるところだったが、異変に気付いた操縦士がとっさに手動操作に切り替えて、難を逃れた。 無事帰還したイーグルのコンピューターを調べたところ、地球から送ったデータが多すぎてシステムがパンクしていた。コンピューターの処理速度を上げるにはトランジスタの数を増やす必要があったが、これ以上、コンピューターが大きくなると人が乗るスペースがなくなってしまう。「ドクター・ササキ、我々は急がねばなりません。次のミッションまで1年もない。それまでにアポロ用のMOS-LSIを完成させるのです。アメリカの威信がかかっています」 ミツトミは真剣な表情で言った。 吉田はMOS-LSIの設計が終わるまで半年アナハイムに滞在し、一旦日本に戻ったが、今度は量産ライン立ち上げのため、もう半年、アナハイムに通った。この間、佐々木も頻繁に顔を出し、開発の議論に加わってあれこれアイデアを出した。 開発チームは社内でも「無理だろう」と言われた四相クロックのMOS-LSIを、わずか4ヶ月で完成させた。MOS-LSIを搭載したアポロ12号は、新たな人類の一歩を刻んだ。 MOS-LSIの共同開発は終始、佐々木のペースで進んだ。ロックウェルの技術者たちは、議論の最中に発想があっちこっちへ飛び、突然、とんでもないことを言い出す佐々木に手を焼いたが、その発想の豊かさには舌を巻いた。「戦闘機のスピードではササキには追いつけない。ロケット・ササキだ」 以来、佐々木はロックウェルの人々に「ロケット・ササキ」と呼ばれるようになった。 佐々木が日本に帰る時、ロックウェルの技術者たちはスーツ姿の佐々木が早川電機のブランドである「SHARP」と書いたロケットにまたがり、宇宙を飛び回るイラストを佐々木に贈った。『ロケット・ササキ』2:MOS-LSI開発『ロケット・ササキ』1:台湾への移住
2021.06.14
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図書館で『ロケット・ササキ』という文庫本を、手にしたのです。佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。【ロケット・ササキ】大西康之著、新潮社、2019年刊<「BOOK」データベース>より敗戦から高度成長期にかけて、デジタル産業の黎明期に、常に世界の最先端を突っ走ったスーパー・サラリーマンがいた。シャープの技術トップとして、トランジスタからLSI、液晶パネルと当時のハイテクを導入して苛烈な「電卓戦争」を勝ち抜き、電子立国・日本の礎を築いた佐々木正。インテル創業者が頼り、ジョブズが憧れ、孫正義を見出し、サムスンを救った「伝説の技術者」の痛快評伝。<読む前の大使寸評>佐々木正氏はスティーブ・ジョブズが憧れたエンジニアとのことで、また、若き日の孫正義氏がカルフォルニア大学在学中に彼の話を聞いてくれたのが佐々木氏だったそうです。rakutenロケット・ササキMOS(メタル・オキサイド・セミコンダクター:金属酸化膜半導体)開発あたりを、見てみましょう。p156~161<新米技術者、MOS-LSIに挑む> 佐々木がMOSを作ってくれる半導体メーカーを探してアメリカを奔走している頃、大阪・西田辺の早川電機本社では、入社2年目の新米技術者が電子回路と格闘したいた。 吉田幸弘。同志社大学の工学部を卒業し、1965年に入社した。この年、早川電機は極度の業績不振に陥り、春闘は大荒れになった。1ヵ月の大闘争が繰り広げられ、新卒の吉田は入社から2ヶ月「試用員」に留め置かれた。 「あんな危ない会社に行くことはない」と同級生は口をそろえたが、「わしは長男やから、実家から近い会社がええねん」と吉田は取り合わなかった。 黒縁メガネをかけた痩せっぽちの若者は上司や先輩の言うことを全く聞かず、入社早々「変人」のレッテルを貼られた。国語が大の苦手で運動も嫌い。ただし、数学と物理にはめっぽう強く、時に天才的なひらめきを見せた。その才能を買われ、「変な新人」は浅田や鷺塚がいる第六研究室に配属された。 1966年のある日、リーダーの浅田が言った。 「ドクターが通産省から予算を取り付け、我が社もMOS-LSIの開発に乗り出すことになった。これから回路設計を始めるが、やりたい奴はいないか」 浅田は若い技術者の顔を見渡した。みんな下を向いてもじもじしている。少しでも半導体をかじった人間なら、MOSが鬼門であることを知っている。 すると列の後ろで、控えめに手を挙げている男がいた。吉田だった。 「吉田か。お前まだ2年目やろ。他におらんのか」 皆うつむいて、浅田の顔を見ようとしない。 「まあええわ、そんなら吉田、お前がやってみい」 「若すぎる」と思ったが、考えてみれば、そもそも無茶なプロジェクトである。常識に凝り固まったベテランより、吉田くらい若くて無鉄砲な人間の方が向いているかもしれない。浅田は、吉田がときどき見せる「ひらめき」に賭けてみようと思った。 この日から、吉田は本社3階にある研究室にこもった。部屋から出てくるのは、東京に出張する時だけだ。行き先は東京・小平市にある日立製作所武蔵工場。ここに「同志」がいた。 大野稔。名古屋大学の大学院を出て入社した大野は、日立が日本電気に対抗するため会社を挙げてバイポーラのトランジスタを開発している時、たった一人でMOSの研究を続けていた異端児である。(中略) だが大野の努力は会社で全く評価されなかった。世界の半導体大手が開発に四苦八苦していた最先端のトランジスタをたった一人の若者が作ってしまったのだから、今思えばとんでもない快挙なのだが、当時の日立にはその意味がわかる者が一人もいなかった。 大野が作ったMOSが日の目を浴びるのは2年後の1965年秋。アメリカの学会で世界最大の電機メーカー、RCAの幹部が大野の論文を激賞したのがきっかけだった。それでも日立を含む日本の半導体メーカーはMOSに見向きもしなかった。米国では先駆者である大野は一躍、「時の人」になり、MOSを「ミノル・オオノ・セミコンダクター」の略だと本気で信じる者までいた。<ミッション・インポッシブル> 会社になんと言われようと、自分が正しいと信じたことをやる。そんな大野の生き様に憧れたのが吉田である。「MOS-LSIで電卓を作れ」というインポッシブル(不可能)なミッションを与えられた吉田は、自分より先に不可能を可能にした大野を尊敬した。二人はMOSの実用化という共通の目的で結ばれた同志だった。 吉田はなけなしの研究費で、大野が作ったMOSトランジスタを4000個買った。四則演算の回路を作るのに必要なMOSは4000個。 「大野さんのMOSだから大丈夫や」 大野に絶大な信頼を寄せる吉田は、不良品が混じっていることを想定せず、きかり必要な分しか買わなかった。 西田辺の研究室にこもった吉田は、3日3晩徹夜して、4000個のMOSトランジスタを50センチ四方の基板、10枚の上に配置した。すべて手作業である。4000個のトランジスタがひしめく迷路のような回路で、一つでも配線ミスをすれば電卓は正常に動かない。(中略) 3日めの明け方、最後のハンダをつけ終わると、吉田は震える手で電源を入れた。MOSに不良品があたり、配線ミスがあったりしたら、電卓はうごかない。4000個をもう一度、並べ直しである。 スイッチを入れると、緑色の蛍光表示管が明るく光った。加、減、乗、除。すべての演算は正確に行われた。 「さすが大野さんのMOSや」(中略) 佐々木がアナハイムでオートネティクス社長のアイストンを口説き落としたのと、吉田がMOS-LSI電卓の原寸模型を完成させたのはほぼ同時期のことである。 ロックウェルは早川電機が本当にMOS-LSIを使った電卓を作れるかどうかを確かめるため、技術開発の責任者を日本に送り込んだ。『ロケット・ササキ』1
2021.06.13
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図書館で『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』という本を、手にしたのです。朝日新聞の連載コラム「村山斉の時空自在」を3年間も続けた村山博士である。難しい事象を読みやすい筆致で面白く書くことにかけては、天下一品でんな♪【宇宙はなぜこんなにうまくできているのか】村山斉著、集英社、2012年刊<商品説明>よりこれほどやさしい宇宙論の本はなかった!なぜ太陽は燃え続けていられるのか。なぜ目に見えない暗黒物質の存在がわかったのか。なぜ宇宙はこんなにも人間に都合よくできているのか・・・宇宙の謎がよくわかる、村山宇宙論の決定版。<読む前の大使寸評>朝日新聞の連載コラム「村山斉の時空自在」を3年間も続けた村山博士である。難しい事象を読みやすい筆致で面白く書くことにかけては、天下一品でんな♪rakuten宇宙はなぜこんなにうまくできているのか「第7章 宇宙の未来はどうなるのか」で、マルチバースを見てみましょう。p178~181<人間原理とマルチバース> 一方、人間原理を神様抜きで科学的に説明することも試みられています。 あらゆる物理法則が人間にとってちょうどよくできているのが不思議なのは、この「たったひとつの宇宙」が人間のためにあるように思えるからでしょう。もし宇宙がたくさんあるとしたら、私たちの宇宙が人間原理でできていても不思議ではありません。 たとえば暗黒エネルギーの量にはさまざまな可能性がありますが、その可能性の数だけ宇宙が存在するとしたら、その中にひとつぐらい、人間が生まれるのに適した暗黒エネルギーを持つ宇宙があってもいいですよね? その「ちょうどいい暗黒エネルギーの宇宙」もたくさんあれば、その中に「ちょうどいい重力の宇宙」もあるでしょう。さらに、暗黒エネルギーと重力が両方とも「ちょうどいい宇宙」がたくさんあれば、その中には「アップクォークの質量がちょうどいい宇宙」もある・・・といった具合に、生れた宇宙の数がものすごくたくさんあれば、どこかの宇宙で「人間誕生」というきわめて確率の低い現象が起こり得るわけです。 そして物理学の世界では、かなり昔から「マルチバース」の可能性を語る理論がいくつか提案されてきました。マルチバースとはユニバースに対する言葉です。ユニバースの「ユニ」が「単独の」「ひとつの」といった意味なので、たくさんある宇宙はマルチバースと呼ぶわけです。 その最初の例は、量子力学から出てきた「多世界解釈」でしょう。量子力学は本当に奇妙な話が次々と出てくる理論なので、詳しいことはぜひ別の機会に勉強してほしいと思いますが、簡単にいうと、そこではミクロの世界で起こる現象を「確率的にしか予想できない」と考えます。「やってみなければわからない」ということで、これはニュートンの打ち立てた古典的な力学に反します。 物体の質量や加わる力がわかっていれば、それがどのように運動するかは計算によって予測できるというのが、従来の物理学でした。そのためアインシュタインは量子力学が受け入れられず、「神はサイコロを振らない」という言葉を残したことがよく知られています。 しかし量子力学そのものは、決して怪しい理論ではありません。その理論は、たとえば半導体や集積回路を正常に動かす上でも欠かせないものです。私たちの身近にある電化製品や電子機器の多くがそれを使っているのですから、量子力学はある意味できわめて日常的な理論だといえるでしょう。 ただし、その中には検証不能な仮説もいくつかあります。多世界解釈もそのひとつ。量子力学の研究者の中には、ある現象がある確率で起こるとき、その可能性の数だけ世界が分裂すると考える人がいるのです。電子を撃ち込んだ場合、実際にこの世界で目にする着弾点は1ヶ所ですが、それと同時にたくさんの世界が生まれ、それぞれ別の位置に電子が当たっている。もしそんなことが起きているとすれば、いわゆる「パラレル・ワールド」が無限に生まれていることになるでしょう。 また、先ほど紹介したインフレーション理論でも、マルチバースの存在がの存在が予想されています。これも難しい理論なので結論だけいいますが、急膨張の際に「子宇宙」や「孫宇宙」が次々に生まれ、やがてそれぞれが独立して別々の宇宙として膨張を続けているはずだというのです。<宇宙の起源が私たちの起源> さらにもうひとつ、マルチバースを予想する理論を紹介しておきましょう。それは、「超ひも理論」です。先ほど、素粒子の正体は「ひも」かもしれないという話をしました。そのアイデアの延長線上で生れたのがこの理論で、単に素粒子の正体を明らかにするだけでなく、四つの力を統一する可能性の高い理論として期待されています。 この理論で特徴的なのは、何といっても、空間が「九次元」でできていると考えることでしょう。私たちは空間が「タテ・ヨコ・高さ」の三つの次元でできていると認識していますが、実はそれ以外に六つの次元があると考える。そういわれても、どの方向に別次元があるのかさっぱりわかりませんが、超ひも理論では、それが小さく複雑に折りたたまれているので私たちには見えていないといいます。 しかし高度な数学を駆使すると九つの次元の仕組みがわかり、空間をそういうものだと過程すると、素粒子の成り立ちや力の働き方がうまく説明できるのです。『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』5:宇宙のインフレーション『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』4:宇宙の晴れ上がり『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』3:暗黒物質『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』2:ブラックホール『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』1:太陽系は「新興住宅地」?()
2021.06.13
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