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今年も余す所あとわずか。言い残したことがあるような気がするので少し書く。いつだったか、以前どこかで「4年間ありがとう」と言った。その時、たしか「年数まちがってますよ」と言われた。年数はこれであってる。あれから時間が経っているから今だと5年になるのかな。その意味を考えて欲しいと同時に、あらためて言う。君には本当に感謝している。私は言われるとおり人をほめるのが下手だ。その自覚もある。山上からも「めんどくさい考え方をするやっちゃのう」と常々言われている。それは素直に申し訳ないと思う。だからせめてありがとうと言わせて欲しい。これを書かないと今年は終われない気がした。
2014.12.31
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恒例なのかどうかもよくわからない年末麻雀が昨日開催された。今年は麻雀だけではなく、トランプも同時開催された。これを機に麻雀に興味のない卒塾生も来るようになってくれるといいと思う。人徳もない私のところに毎年のように来てくれる卒塾生たちに感謝する。また、今年も卒塾生たちにはおおいに助けてもらった。いろんな意見をいただいて本当に助かった。できれば、私がいなくなっても卒塾生どうし助けあってくれると本望である。昨日の麻雀では、いとちゃんが勝ち逃げしていたことが発覚した。勝ち逃げも勝ち逃げ、その逃げ方はずるい。許してはおけないところだがどうしようもない勝ち逃げだ。仕方ないので伊藤が一番世話になったであろう山上さんへの置き土産だということにした。ちなみに塾に転がっている抱きまくらは伊藤の私への置き土産らしい。改めて言っておくが、あれは私の趣味ではない。断じてだ。
2014.12.31
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山上さんが塾にやってきた。他に先輩がいなかったせいか、最近の山上さんには珍しく中3に声をかけ、いろいろと話しをしてくれた。そのせいもあって、中3の帰る時間がすこしずれこみ保護者をおまたせすることにはなったが、中3が変わるきっかけとなれば、それもまたよしとしてほしい。 その後は、お互い子どもにかかわる仕事をしているものどうし4時間ほど色々と話しをした。私はこういう瞬間が好きだ。自分が教えた生徒が、私と対等にいやそれ以上に鋭い視点で、私に新しい視野を与えてくれる。お互いに話をすることで、それぞれの中でぼんやりと存在していた課題や、思考にはっきりと形が与えられていく。 今日の話は五月に聞かせたかった。
2014.12.29
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私の塾では12月から私立試験までに鉛筆に慣れておく意味も込めてシャーペンを禁止している。もちろん理由も説明しているわけだが・・・。さて、もう12月29日なわけです。しかし、今日になっても今年の受験生たちは鉛筆を使っていない。素晴らしい!まぁ去年くらいから私の指示が無視されることが多くて、いろいろ嫌になってきている。ということで、私の言っていることが信用できない人のために、もう少し信用できる人のお話をはっておく。参考にしてください。参考にしてください2一応まとめ高校受験やセンター試験で使われているマークシートを読み取る機械は、色の濃い薄いを読み取っているわけではなくて、炭素の反射光を読み取っている。シャープペンシルの芯は折れないように炭素以外の成分が多く含まれているので機械が読み取りにくい。また芯が細くて筆圧が強くかかりマークシート用紙に跡が残りやすい、つまりシートが凸凹になりやすいシャープペンシルの場合、反射光が散乱して読み取れないこともある。したがって「クルトガ」はマークシートとは最悪の相性となる。模擬試験の場合、「読み取れなかったので成績は出ません。」ではお金がもらえないので、機械が読み取らなかったものについてはわざわざ手作業でマークを転記している。したがって、模試で大丈夫だったからといって本番では通用しない。とりあえず、決してプラスに作用することのない選択肢を、なぜリスクを背負ってまで選ぶのか私にはわからない。
2014.12.29
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麻雀は29か30日、または両日らしい。何時からかは全く知らない。いつのまにか復活したらしいLINEのグループトークで話し合われているらしく、よくわからない。少なくとも12月16日以降の話の進展について報告を受けていない。さすがに当日になっているので、知っている情報だけはあげておいた。場所はたぶん塾なので、場所は提供する。いわゆる「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」には懐疑的な私だが、相談だけされてその後何の報告も連絡もないのや、何の情報も与えられず要求だけされるのはさすがに好きではない。まぁ本来、そんな固い集まりでもないので、学生のノリで適当にどうぞ。
2014.12.29
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小学校でシャープペンシルが禁止されている理由ですが、2ちゃんねるかどっかでまた議論になっていたので、以前書いたものを定期上げしておきます。結論から言うと幼児から小学生にシャーペン、マジック、ボールペン、フェルトペンなどを使わせないほうが賢明ですよ。幼児にはクレヨン、小学生には鉛筆を使わせてください。以前の記事を参考にしてください。小学校でのシャーペン禁止1シャーペン禁止2
2014.12.28
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昨日の午前中は、生徒に課題プリントを出しておいて免許の更新に行ってきた。生まれて初めてゴールド免許保持者となり、少し感慨深かったが、よく考えてみたら、なんのことはない。この2年間いかに松阪高校と仕事場の往復しかしてなかったのかというだけのことだった。引きこもりバンザイ。さて、夜になってけいしろうがやってくる。ここには詳しく書けないがお手紙の代筆を頼まれる。それが終わって一局打つ。6子置かせてもらって50目負け。惨敗。
2014.12.26
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松阪工業高校の就職先のひとつでもあるこの企業。高卒での就職はペーパー試験と面接がいるらしい。大卒、転職はペーパー試験(数学は数1・A程度まで)と面接。見込みがある人間は、海外出向させるらしい。海外出向がきまると半年ほど会社のお金で英会話スクールに通う制度あり。塾生曰く、中学校の英語ができたらとりあえず問題なし、3年も海外にいたらどうにでもなるという話。英会話なんてそんなもん。ピアス不可。ピアスなどの金属類が材料に混入すると、設備の復旧に1年くらいかかるらしい。30すぎで年収550~650いとちゃんの墓参りのついでに聞いた話。
2014.12.23
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12月23日は、「いとちゃん」こと伊藤秀和先輩の一周忌となります。本日、前山先輩と伊藤様宅にお伺いしてお墓の場所を聞いてきました。お墓参り、ご焼香に行かれたい方がいましたら、いつでもご案内しますので、福島までご連絡ください。(塾の電話番号はこのブログ上部の冬期講習お知らせ内にございます。)ちなみに私は23日のお昼すぎ頃にお墓参りに行くつもりでいますので、同行されたい方がいらっしゃいましたらおっしゃってください。昨年、出来る限りの方にお知らせいたしましたが、ご存知でない方もいらっしゃるかもしれないので、書いておきます。2013年12月22日0時過ぎ、塾に向かう途中、東名阪自動車道で伊藤先輩は亡くなられました。享年31歳でした。気さくで愛嬌のある性格で多くの後輩たちに好かれていたと思います。産経新聞の記事改めて、ここに故人のご冥福をお祈りいたします。
2014.12.21
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ここのところ作文の話を続けていたが、すこし脱線していわゆる「ブログ炎上」の話をしてみたいと思う。個人の方が書かれているブログは、以前作文の種類でも述べたように、そのほとんどが随筆の形式となっている。つまり物事に対して感想、随想の域を出ず、ほぼ主観で書かれることが多い。したがって、物事に対する感じ方、視点が違う人からはそれは違うとなる。 このブログが炎上したことはないが、クレームがついたことならあるので、その例でみてみよう。クレームがついたのはこの記事そのクレームに答えたのがこの記事なぜ、私の記事にクレームがついたのか。自塾の生徒にとっての事実だけをもとに感想を書いたからだ。それに対して、読者も自分と自分の周りの同級生にとっての事実だけをもとに、「それは違う」と言ってきている。ここで両者がいう事実とは主観的事実であって、客観的な事実ではない。三重高校に通う生徒にとって、三重高校からこういうことを言われたであるとか、こういうことをされたという事実は、ひとそれぞれに違う。実際に体験した人にとってその体験した事実は疑いなく真実である。私の問題となっている記事には、三重高校の模試における英語の平均点の話がある。平均点を上げるには上位陣は放っておいて、下位グループを伸ばす方法もとれるし、下位グループを放っておいて上位グループをさらに伸ばす方法もある。下位グループだけに力をいれれば上位陣にとっては、嬉しくない指導方法であるし、上位グループだけに力をいれれば下位グループは浮かばれない。どちらの場合もどちらかが不満足になる。問題となっている記事では、私は上位グループの立場で「平均点は上がったかもしれないが、上位陣にとってその指導は嬉しくない。」という趣旨で書いた。こんなものは指導方法が合った生徒から見れば、良い指導だとなるし、合わなかった生徒からは悪い指導だと言われるに決っている。だから三重高校の指導が良かったと考える読者からクレームがついたのだ。では、クレームがつかないようにするにはどう書けばよいか。客観的なデータを加えて論文の形をとってしまえばよい。そうすればクレームはつきにくい。三重高校の模試の全データをもとに上位層はこれくらいの伸び、中位層はこれくらい、下位層はこれくらい伸びたというグラフでもつけ、上位層に対する指導には疑問点が残ると書けば良い。こうすれば、データの信憑性を問う声は上がっても、そのデータからその結論にはならないとは、よほどのことがなければ言われない。それが論文というものの性格である。問題は、我々個人が個人としてブログを書くにあたって、また読む側にとっても、そこまでのデータを集めている暇も集める手段もないことだ。全生徒の成績を見せてくださいなどと申し出て、個人情報保護法がある今、いやなくても学校側がそれを見せるはずがない。だから我々は「自分の知りうる限りの事実」をもとに、自分の意見を書く。当然、それは我々にとっては「真実」である。「それは真実ではない。」と言われても困るのだ。「事実はひとつでも、真実は人の数だけある」のだから。そして「事実」でさえも本当は人の数だけある可能性がある。数学が得意な人にとって、数学が苦手な人の気持は本当の意味では分かり得ない。逆もしかりで、数学が苦手な人は数学が得意にならない限り、数学がおもしろいとも、微積なんてただの計算問題だとも思えない。開き直るわけではないが、あえてお願いしたい。読む方にとっての「真実」も、それが「客観的事実」ではまずありえない。そのことを心に留めてブログを読んで欲しい。そして、もうひとつ。少なくとも私たちは塾屋という職業柄、一般的な生徒や保護者とは違って、市内の高校を継続的に長期にわたって観察している。高校の先生方から情報をいただいたりもしている。三重高校がペーパーテストを課さない入試方法をとったりと迷走してきた過去や、松阪高校の理数科に合格した生徒の中に数学でまったく点をとれない生徒がいることも把握している。その上での発言であることもわかってほしい。ああ、また「事実」と「真実」という2つの言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
2014.12.18
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中3が「先生これ使いますか。」とカレンダーを持ってきた。「7月のところを見てください。」とニヤニヤしている。カレンダーを開いてみると交通安全のポスターの受賞作を集めたやつだった。夏休みに指導したポスターが選ばれたらしい。以前に「先生、銅賞やった。」とは聞いていたが校内での受賞だと思っていた。こうやって、自分の制作物が印刷され公に出されると本当に嬉しいのは私も経験したのでわかる。この生徒も1枚は塾で、あと2枚は自分の家のリビングと自分の部屋に貼るのだと嬉しそうにしている。だからといってこの生徒がイラストレーターを目指すとは思えないが、これがなにかのきっかけになればいいなと思う。
2014.12.16
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以前の記事から、これで8稿目くらいだと思う。1稿目から考えると、かなり本人像がわかる作文にはなった。私は将来、他の自動車整備士より短い時間でも、完成度の高い整備ができる自動車整備士になりたいです。幼い時からプラモデルを作ることと、自動車が好きでした。プラモデルを作っていく中で本物の自動車にふれたくなりました。プラモデルを100体以上作ったので器用さには自信があります。部活で身につけた集中力とこの器用さを活かし、自動車整備士として人の役に立ちたいです。たくさんの人々が使っている自動車を整備し、安全に乗ってもらうことで交通事故を少しでも減らし、社会に貢献したいと思っています。自動車整備士は、貴校の校訓「赤壁魂」をあらわしている職業であると思いますし、私の天職だと確信しています。自動車整備士になるために、貴校の自動車科に入り自動車の知識を学びたいです。貴校で積極的に物事に取り組み、自動車の知識と技術を自分のものにしていけるような生徒になるという強い気持ちで貴校を志望しました。7稿目あたりで指摘した冒頭部分が、ずいぶんスッキリ整理されたなと思ったら週末に中学校で数学の先生に添削をしてもらった結果らしい。ということで、あまり何も言えなくなった。直すところがないのではなく、学校と喧嘩したくないだけだが。ちなみに学校はこの稿でGOサインとのこと。塾としてはどうするか悩みどころ。実際工業を受ける子たちの標準レベルには達していると思う。本人には受からんがための作文練習ならここで終わってもよいとは伝えた。
2014.12.15
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作文の種類がよくわからないという人は多い。私も厳密に把握できているかは怪しいが、私なりの分類を記事にしておく。どの作文なら書けるかは、どういう思考ができるかにかかっている。書けない作文があるということは、その思考方法がとれないということでもある。ところで、この記事を書き始めた当初は「久しぶりに一本論文でも書くか。」くらいの意気込みだったが、途中で面倒くさくなって放り投げたことを最初に謝っておく。<会話文>「なぁ、こんなに長い時間練習して意味あるん~?」「疲れるだけやん~。」「そうやよな~。」*多くの場合、疑問、愚痴に対して同調というパターンとなる。問題解決に向かわないケースがほとんどである。<会話文的作文>=私作文≒感想文 私は長時間の部活動には懐疑的である。長時間の練習は疲労を増加させ、集中力を削ぐ。集中していない状態では練習の効果が上がらないだけでなく、怪我をする可能性も増すと考える。実際、松阪高校バスケットボール部の夏合宿では、合宿期間中に私以外の部員全員が倒れるという今思えば異常事態が生じていた。長時間ハードな練習をさせた結果、倒れて合宿後半に参加できないのでは、練習として問題があると思う。*意見が見られるようになるが、「私」的視点(主観)の域を出ないことが多い。根拠も自己の体験、または周囲の体験によるものが多く、客観性がなく一般論とはなりにくい。また反論の想定もないことが多い。つまり感想文の域を出ない。一般的なブログ記事はこのレベルで書かれることが多い。これに文章的なおもしろさを加え、文の流れにリズムをつけたものが「エッセイ・随筆」と呼ばれる。参考)日本で一番有名な随筆=「枕草子」本を読んでこの形で書けば読書感想文になる。反論の想定がないゆえに、もしくは反論の想定があっても、それに対する反駁が自己体験の域を出ず、独善になりやすい。<小論文> 現在、多くの中学校、高校の運動部では平日のみならず、休日までも利用し長時間の練習を行っているところが多い。しかし、これは本当に練習として効果を上げているのだろうか。私にはそうは思えない。ある中学校では、学校での活動中に起きた怪我の7割が部活動によるもので、土曜日、日曜日の怪我が多い傾向にあるという調査結果が出ている。やはり休日に長時間練習そすることによって集中力が散漫になった結果だと推測することができる。 確かに、公式大会で良い成績を残すためには、他校よりも多くの練習量をと考えるのは自然なことだ。保護者や部員からの休日指導の要請も多いと聞いている。しかし、文部科学省が出した「部活動ガイドライン」では、「大会で勝つことのみを重視し過重な練習を強いる事のないようにし、健全な心と身体を培い、豊かな人間性を育むこと」とされている。また、「生徒はまだ自分の限界、心身への影響について十分な知識や技能を持っていないことを前提に、計画的な活動により、各生徒の発達の段階、体力、習得状況などを把握し無理のない練習となるように留意する」とも述べられている。 とすれば、部活動の指導者は、自分の指導下にある生徒の把握に努め、(面倒くさくなってきたので以下省略)*主観(私はこう思う)だけではなく、一般的にどうであるか、データの引用など客観性が増す。反論の想定がされており、それに対する反駁がある。主張の根拠は自己の中ではなく、外に求める。<論作文>=「小論文の客観性<自分ならこうする」面倒くさくなってきたので作文全部省略…(笑)小論文の内容同様、一般的には、公的にはどうなっているかを踏まえる。ただし一般論を書くものではないので、一般論(教採試験の場合なら学習指導要領の内容)を理解していることが読み取れるような形で課題の解決を目指す実践的、具体的な方策を書く。単なる感想文、単なる主観論にならないように注意しなければいけない。同様に単なる小論文にもならないようにする。教員採用試験で課される他、最近医学部の入試でも求められるようになってきた。*問題解決のための思考としてはこれが一番実践的である。<論文>面倒く …小論文で書かれることは論文でいうと「序論」や「考察」の内容に近い。論文は、自分が調査研究したデータや結果を一般論や先行研究に加え、新たな視点を目指したもの。「私はこう思う」がスタートでしかなく、それを裏付けるデータを蓄積し、正しいか否かという結論に向かう。この課題では、私ならどこかのバスケ部に協力をお願いし、毎日10分のシュート練習をさせるAグループと、2時間のシュート練習をさせるBグループを作り、半年後のシュート率の向上に有意な差が認められるか、練習前と練習後のシュートフォームを録画して比較することで長時間練習がかえってシュートフォームを崩すかなどの調査結果を付記する。*論文では先行研究(同じ内容で以前にだれかがやったことがある)がある場合、同じ研究をしてもほとんど意味が無い。判断基準を世の中の常識、定義に囚われず新しい視点で切り取るという思考になる。必ずしも問題の解決を目指す必要はない。参考)論作文対策教採試験の攻略法論作文例文
2014.12.09
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人は言葉でものを考えている。少なくとも論理的に考えなければならないときはそうだ。ということは「語彙レベル=思考レベル」ということになる。言葉数の少ない幼児には、いかに噛み砕こうが「万有引力」や「オイラーの等式」の説明は不可能だ。また、語彙が少なければ誰かと話をした時、文章を読んだ時、正確には相手の伝えている内容をつかめていない。逆も然りで、自分の伝えたい内容を正確には伝えられていない。(私の伝わるか伝わらないかぎりぎりを目指した表現も悪いのだが、私の書く記事もよく誤解されて読まれていて苦笑することがある。ヒントを出しておくと、文脈と関係のなさそうなタイトル、文脈にそぐわない単語、私が普段使わない言葉にはだいたい裏がある。)これらを踏まえると、「第二言語は母語のレベルを越えない」とされている以上、第ニ言語のレベルをあげるには母語のレベルを上げる必要がある。つまり、いつも言っている「高校生になると英語の勉強中に、日本語で詰まるから国語力上げとけよ。」である。塾関係者に国連英検のAだったか特Aだったかを持ち、通訳として活躍している人がいる。「ある時、本を買ってきて珍しく勉強していたので、理由を聞くと「今度中部電力の仕事するんだけど、電力関係の英語全然わからないから専門の辞書と、発電の仕組みを簡単に説明してある本を買ってきた」ということだった。日本語で理解していないものは英語で説明できないということだ。ついでに、英語の力が認められれば認められるほど、より高度な知識と力を必要とされるということも言える。さて、留学である。留学すると、誰でも日常会話が困らない程度には第二言語がしゃべれるようになる。では、日常会話で使う語彙数はどの程度だろうか。アメリカだったかの研究では、大人でも5000語程度なのだそうだ。5000語というと、京都大学受験に必要だと一般的に言われている単語数に少し足りないくらいだ。なかなかのものだと思った人は不正解。5000語というのはこのサイトによると8歳児のレベルも満たさない。付け加えると文科省のデータでは12年間の公教育で1500語の英単語を学ぶ。これはネイティブスピーカーでいうと、小学生に入る前の語彙数と同等である。では、仕事で英語を使うにはどれくらいの語彙数がいるだろうか。TOEICで860点以上というのが目安のようだ。このレベルでだいたい10000語である。実際には自分の仕事分野の専門語を「覚えざるを得ない」ので、20000語くらいだろうか。アメリカの成人の語彙数の最低ラインもこのあたりなので、妥当な数字だと思われる。つまりは留学しても、日本人同士つるんでいるのは言うまでもないが、会話だけしていてもだめだということだ。第二言語で書籍を読みレポートなどで実際に使う。留学先での語学以外の授業をきちんとやらないことには、語彙数は増えない。inputした言葉、知識を、作文などの形でoutputするという過程が必要になる。さらに言語に関する中枢が完成すると言われる8歳から10歳あたりで留学する場合には「ダブルリミテッド」という問題もある。「ダブルリミテッド」とは母語、第二言語の両方共に年齢相応の言語能力が備わらず、思考力、表現力ともに発達しない状態である。そのままだと成人しても複雑な内容を表現できず、仕事に支障をきたすだけでなく生活においても強いストレスがかかる。これを克服するには、第二言語環境できちんと母語の学習をすることだそうで、やはり母語を疎かにして言語レベル、思考レベルの発達はないということなのだろう。私がこの仕事を始めてから、子どもたちの理解力、思考力はどんどん落ちていっていると感じている。映像教材、IT教材の効果は十分に知りつつも、書物による学習、課題研究といった旧来の学習方法を抜きに教育は成り立たないと考える。P.S. 自分の語彙数を知りたいと思った人へ、このサイトで測れますよ。以前書いた記事へのリンクも貼っておく。留学の意義1留学の意義2
2014.12.08
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ちっとも歴史年号を覚えない中学生のために、久しぶりにP-studysystemを稼働させた。P-StudySystemは覚えていかないとなかなか終わらない。しばらくするとあまりのできなさに「これ、覚えてからやってはダメですか。」と生徒が言い出した。覚えるためにあるソフトを覚えてからやって何の意味がある。こういう考え方でいるから彼らはなかなか物を覚えない。彼らが今まで年号を覚えようとしていなかったわけではない。配布してある年表を眺めたり書き写したりはしていた。しかし、そういった暗記方法は暗記初心者にはあまり意味が無い。なぜなら、覚えなくとも「作業」が止まらないからだ。覚えなくても年表を見ているだけで時間が経つ。全く頭を働かせて無くても書き写していれば時間が経つ。なまじ時間をかけているものだからすっかり勉強しているつもりになっている。覚えなくてもこれらの行為はできてしまう。それが問題なのだ。勉強は「作業」ではない。そんな「作業」に思考も試行錯誤も必要ない。就学前の児童でも「年表を見る」「年表を写す」ことはできる。繰り返す。やっていることの結果に責任を持たなくていいなら、漢字はおろかひらがなすら読めもしない幼児でも真似をして写すことや、毎日見るだけならできる。毎日年表を見る。書き写す。それで覚えられるのは「覚えよう」という確固たる意思があり、暗記の訓練が終わった者だけだ。そうでない者にとって、これらの行為は「やったつもりになっている」自己満足に過ぎない。本来、覚えるべきものを覚えなければ「仕事」はできない。「仕事」にならない。覚えなければ仕事が前に進まない。終わらない。それをいやというほど思い知って、そして覚えるという訓練をして、初めて見たもの、聞いたことがすぐ頭に入るようになる。できることならば、中学校進学までに、読書や趣味を通じて大量のものを覚えるという訓練が自然にできていることが望ましい。そのほうが幸せだ。
2014.12.06
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大川さんから連絡があり、何年ぶりかわからないほど何年ぶりかのビリヤード。ホコリだらけのマイキューを引っ張りだして行ってきた。思ったよりはまともに撞けたが、今日も大川さんに負けた。そしてこの時間だ。久しぶりに昔に戻った気がした。どうでもいいが、ここのところ連絡してくるやつは、どいつもこいつも第一声が「先生、生きとる?」なのはどういうことだ。
2014.12.05
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久しぶりの元教え子と話した。その話の中で、google検索を使って「双葉塾 松阪市」を調べる必要があった。目的のサイトはすぐに出たのだが、そのサイトとは関係のないものがとほうもなく気になった。話が終わった後、とんでみると・・・ご覧いただこう。→ 学習塾・双葉なぜかうちが英会話教室になっている。学習塾・双葉(玉城町)になっている。にも関わらず、住所は松阪市立野町だし、グーグルマップの表示も正しい。こんなサイトに登録した覚えはない。勝手に作られたリンク集だろうが、もう少しちゃんと見てリンク作成してください。一時期、玉城中の生徒の記事ばかりだったせいだな。
2014.12.05
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現在、宝塚古墳前から三重高までの通称三重高通りは、うちの塾から見て手前から学友塾さん、川口進学教室さん(学鈴さんだったかも)、安藤塾さん、暁進学教室さん、川口進学教室さんの新教室、フェリア進学スクールさん、シリアさんだったかEISUさんだったかの個別と、さながら塾ストリート。少し外れて42号線に出ればEISUさんも石井進学教室もある。その中で学友塾さんが気になって気になって仕方がなかった。なにせ朝6時から生徒が来ている。少し調べてみたが、どうももともともう少し奥の自宅でやっていたのを、目抜き通りに移転したようだ。 大手がシステム的にやっている朝特訓ならいざ知らず、個人塾で朝特訓なんて塾長の情熱以外何ものでもない。また、朝6時からあれだけの人数を集められるとは、塾長の人望も厚いのだろう。そんなこんなで気になって仕方がなかったのだ。 その学友塾のすぐ横に、以前は学童保育が入っていたかなり大きなテナントがある。2階には「情報誌ふぁみんぐさん」が入っている箱だ。そこが改装をしていたので、これも気になっていた。今日そのテナントに看板がかかっていた。看板に表記されている名前は「学友塾」。三重高通りに移転してきて、まだ1年位のはずなのにさらに拡大したようだ。 どうも松阪市の塾事情は、シリア安泰の時代が終わりつつあるようで、それは安藤塾さんの松阪進出や川口進学教室さんの拡大路線からもみてとれる。是非お互いに競い合い、切磋琢磨して松阪市の中学生、高校生のために頑張ってほしいと切に願う。かやの外からそう思う。
2014.12.05
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生徒による第一稿僕は幼い時から車が好きでした。小学生までは単に車がすきだったのですが、中学生に成ってからはインターネットで調べることを覚えたので車について色々調べていたら車はエンジンという物の中で爆発して、その衝撃でタイヤを動かしていることがわかったので、そのエンジンについて興味を持ちました。そして僕は、そのエンジンについてもっといろんなことを知りたいと思いました。だから僕は、○○高校に入って車の知識を学びたいとおもっています。僕は車関係の仕事につきたいです。○○高校は他の高校にくらべて就職率が高いと聞いたのでより○○高校に行きたいと思いました。僕は、トヨタと日産の車が好きなので、○○高校に入ったら、トヨタか日産の車をあつかっている会社に就職できるように毎日予習、復習をしより良い成績をとって自分の好きな会社に行けるようにしようと思っています。<指導>全体として自己推薦になってない。自分を褒めてない。志望動機が弱い。なぜ○○高校なのかピンと来ない。▲▲高校ではだめなんですか?■車…はずみ車、一輪車、大八車から自動車まである。(補足の効く会話ではないので、あいまいな言葉を使わない。)■「~ですが」…前置きの「が」。前置きはそれを伝えなければ相手に誤解を与えるようなときに使う。(例)私が高校を訪れる場合「すいません。わたくし市内で学習塾をやっている福島という者なんですが、今日こちらの教頭先生とですね…」「~ですが」の部分がないと、一瞬で不審人物の扱いとなる。うん。この生徒の文の場合はそうではない。そもそもこの部分あってもなくても伝わる内容が変わらない。■「小学生までは~持ちました。」…長すぎ。次に挙げるが当然のように主述がねじれる。■「車は~爆発して」…車は爆発しない。主語「気化したガソリンが」が、書いた本人はわかっているせいで無意識に抜け落ちたと思われる。■「そのエンジン」…どのエンジン? 爆発したとかいうエンジン?■「そのエンジンについて興味を持ちました。」「そのエンジンについてもっといろんなことを~」…重複、冗長■「わからないことが増えました。」…これで終わっては、わからないことを高校生になるまで放置しておくのかと思われる。■「○○高校に入って車の知識を学びたい」…○○高校を志望する動機としては弱すぎる。知識は独学でも学べる。知識は「手に入れる」のではなく、与えられるものだと思っていることになる。■「より行きたい」「より良い」…何と比較しているのか明示されていない。比較対象が明示されない場合、通常「以前より」または「現在より」となる。「(現在)より良い成績」では中学と高校の成績という厳密には比較の方法がないものを対象とすることになるのでおかしい。■「○○高校に行きたい」「会社に行きたい」…「行く」は口語表現。■「毎日、予習復習をし」…予習復習は本来当然のことなので、将来にたいする希望としては弱い。むしろ、「今はしてないのか…。」と墓穴を掘っていることになりかねない。ちなみにだからどうしろとはこの時点では言わない。生徒はたいてい「どうすればいいんですか。」と尋ねてくるが、「それはお前が考える事やろ」で済ませる。
2014.12.02
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昨日は前半が数学、後半は自己推薦書。自己推薦書の書き直しは全員5度以上になる。受からんがために、私が作文することは今はもうない。あくまでも、本人の考えに基づいた文章の乱れを指摘し読む側の視点でわからないところを説明させるだけだ。生徒が私に説明した内容はそれを文章内に盛り込まなければ相手がわからないということだ。自己推薦書を推敲することを通じて、生徒自身が志望校に対して何を望み、高校に進んで何をしたいかきちんと考えさせる。いわゆる自己分析をさせる。それが自己推薦書に時間をかける目的だ。生徒たちは「野球を頑張った。」などと書く。野球を頑張ることはできない。何を頑張ったのか問う。答えられない。何を頑張ったのか具体的に述べられるようにならない限り、「野球で頑張った」経験は本人の中で今後の人生の指針としては活かされない。
2014.12.01
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