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どうも頭の回転が悪いような気がする。 月曜日であることをさしひいても。汗を流していないから頭に、脳味噌に脂がつまっているようだ。いや妄想なんだけど。ガムでもかみたいのだが。歯を治した跡がとれそうなのでやらない。岩鬼みたいに枝でも咥えればいいのか。血のめぐりをよくしたい。 歩いて帰ることにする。靖国通りを神保町から市ヶ谷へとてくてくむかう。BGMはフライングキッズ「COMMUNICATION」。90年代の空気が蘇る。「風の吹き抜ける場所」の高音がでねえ。とカラオケで苦しんだ記憶とか。余計な思い出だが。いまやカラオケといっただけで逃げて帰るようになったが。これまた時代の移り変わりかも。 実はこのアルバム、蔦屋書店で105円である。こんなに良質なPOPSが供給過多でそこまでダンピングされているのが哀しい。ファンクやらハードロックやらごった煮なつくりが結構好き。歩くにもチカラが入ろうというものだ。 いつかも書いたけど、一見ふつうの風景の中で自分だけの秘密をもっているのって楽しい。この場合だとひそかな愉しみとは「ふっふっふっ、おまえらには帰宅をいそぐただのサラリーマンにみえるかもしれないが実はフライングキッズをいまどき聴きながら散歩しているんだぜ」というところか。なにが「ふっふっふっ」なんだかわからないが。 桜にはまだ早い。やがて咲くであろう花を思いながらとおりをすすむ。軽くあせばむ。ヘルシア茶がうまい。 あいかわらず頭のめぐりが悪いのは春だからか?と季節のせいにしてみたりして。 そんなぼんやりした想いもトラブルの電話でうちけされる。結局頭にはトラブルがなによりの妙薬なのか。いやな性分だよまったく。(♂)
2005年02月28日
先輩からDMを貰う。3月の芝居の誘いである。 よく考えたら「先輩」といっても共演したこともないしスタッフとして携わったわけでもない。よくわからないつきあいだ。大学だって違う。たまたま知人の知人はみな知人、というように交差してそのままなんとなく客と役者という関係でいる。 でも私はこの人の芝居を観にいく。劇団としては挑発的なツクリをするところではあるがドギツサがないせいかいまいちブレイクはしないのにだ。 はたして売れないものを応援していいんだか、とか余計なことを考える。売れる売れないがすべてでないというのはわかっているのだが。無精卵を温めていて孵らないのはむなしい。 他に「同じところにとどまりつづける演劇人」はいくらでもいるところをみると彼の劇団はわずかでも進歩しているのかもしれない。進歩していないものをみる趣味は私にはない。 なぜなら私にとって演劇は過去においてきたメディアだから。過去においてきて無縁になったからこそなにかをみたい。なにかを持ち帰りたいと思う。日常にないものを。 しかし進歩ってなんだろう。良心をもちつづけることか? ある時期観すぎたせいで自分の感性がすれまくっているのは感じる。「あーこれはこういうパターンでしょ?」とか過去のデータが頭にダウンロードされて観てしまうのだ。新しさを感じることはまれである。だからわりきってショウっぽいものにみんな走るのだろう。自分たちの世代なら。 それでも見に行くのはかれらの演劇的良心が好きなんだろうたぶん。小さいながらも前をむいている彼らのありかたが好きなんだろう。 巨大ファミレスにならなくていい。町の小さなおいしいレストランぐらいのブレイクはしてほしいのだが。 ・・・なんかファンレターみたいだなこれ。(♂)
2005年02月27日
午前中だけ出社。土曜日なのでセーターででかける。タートルネックを着るたびに「神奈川クリニック」とつぶやくのは私だけだろうか。全国に1万人はこれをやるはずだ(当社比)。 先日アホ“よいしょ大好き”社員が「内規ではスーツでないと出社してはいけないと書いてある」と社長あてのメールをわざわざ全社員に届くように送りやがった。 それ以来不文律だった「土曜日は非スーツ」という流れがみょうにぎこちないものとなっている。腹がたつ。そいつの言い分だと「お客様が来たら失礼だ」とか。ふん、土曜日に来るヤツは客じゃねえ。内規うんぬん言うまえに平日帰るくせに休日出勤しまくるあんたの習慣をやめたまえ。趣味と彼女でもつくれ。紹介はしないが。カネを積まれても。 マイケミカルロマンスを爆音で聴きつつ白山通りを歩く。テレビ神奈川で「泣ける」と紹介されていたので先日購入。暗くてせつなくて激しくて。ニュージャージーの筋肉少女帯か? 会社到着。タイムカードを押す。土曜日は会社に「出てやっている」と思うことにしている。 届ける資料ができたので板橋へドライブ。大貫妙子がシモヤケ防止対策を熱く語っているのに笑う。 とんぼ帰りして午前中終了。そのまま退社。昼食は中華粥で寒さ対策。いつ来ても空いてるけど大丈夫かこの店? 腹ごなしにマンガ喫茶で日本版「スパイダーマン」を読む。平井和正原作池上遼一画のトンデモ本。大槻ケンヂが紹介していたので1度読んでみたかったのだが。 感想は「なんじゃこりゃあ?」というかんじ。ほんとに日本版。主人公が性欲に悩んだり、学ラン(死語)の不良(これまた死語)がいっぱい出てきたり。小せー。 手塚先生以来の日本マンガの伝統「チカラをもった異物の哀しみ」がテーマ。池上先生の画もあいまって濃ゆい世界に。当時突然怪物が現れる←やっつけるというアメリカな展開が時代の空気としてマンガにしづらかったらしい。それにしても同級生がレイプされかかったのを助けるとかこういうのたしかに原作者は嫌がるよなあ。 帰宅してひととおり床を拭く。ラジオを聴きながらやればあっという間に終了。 夕食はポトフ。コンソメって便利だ。ソーセージと野菜と塩胡椒があれば一品できる。ただ、いまだに大根をほおりこむ勇気がない。勝てるか大根に。まあ和風にべつのもんつくればいいんだけどさ。はふはふ。(♂)
2005年02月26日
親切心があまることがある。 あまるというのはやりすぎるのではなくて、やったほうがいいかなあと思う心が時間とともにいきばがなくなるのである。 たとえば道に迷っているひとであり、あるいは電車の中でなにかを思い出せなくて困っている雑談である。あとはファミレスの相席とかだ。どれも東京ではありえないだろう。 ツッコんだらあやしまれるかなあとか、悩んでいるうちにタイミングを失うのだ。いや、そもそもタイミングがあるかどうかも疑わしい。 もしかしたら年寄りに席を譲るより難しいのかもしれない。 妊婦ですというマークをつけることで妊婦扱いしてもいいですよという運動?がある。ちなみに私はとっさにそのマークを理解できないけれど。もっと身近なものはないのか。 「私は道が知りたい」表示のひとと「私は道がわかるので聞いてくれ」表示のひと。うまく交流できればいいのだが。 ・・・ごちゃごちゃいわんでおまわりさんになるしかねえだろ俺よ。(♂)
2005年02月25日
ある得意先に行って打ち合わせをしたら引きとめられて雑談。 何処住んでんの?とか通勤時間とか太ったね(またかよ)とかそういう話。正直に答えつつも気の利いた返しができない自分にいらだつ。どうなんですか社長は?ぐらいいえよオレよ。といま思うのだが余裕無し。だめだこりゃ。 たぶん遠くから来た自分とのガス抜きなんだろう。機嫌とりか?って分析してしまうのもなんだが。すみませんね無趣味で。 前の職場でなんでもかんでもソープランドの話でつなぐ営業がいたが。ある意味技術である。相手も対応がわかりやすいだろう。 プロ野球にも興味が無いしゴルフもやらないし風俗も行かない。酒は飲むけど。という私のような人間は「調理」にみんな困るだろう。まさかパノラマ島の話をするわけにいかないし←あたりまえだろう。 なんだろうね一般的な話って。 どうですかお子さんは?とか世間様は会話するんだろうか。コドモの話をするときの大人の顔はみんな好きだ。どんなひとでも一瞬隙をみせる。うちにはいないけど。 社長はボードをやっているのでツッコミどころではあるのだが、話がつづかないような気がするのであえて触れないのだ。って調理がヘタなのは私かもしれない。 キャバクラのお姉さんはおっさんたちとどんな会話しているんだろう。「いつなんどきだれの会話(+セクハラ)でも受ける」って。すごいよなあ。カネはもらっているとはいえ。 とりあえずめざせみのさん←高すぎるよ目標。関口宏ぐらいにしとくか←かわらんって。(♂)
2005年02月24日
バスがはんぱな時間だったので駅まで走る。14分で到着。時間にしてみれば意外と近い。毎日やれば健康診断にまにあうかもしれない。つづければの話ではあるが。どうすればつづくのか。 ふと喜国雅彦が己のパノラマ島を語っていたことを思い出す。 パノラマ島とは江戸川乱歩作品に出てくる金持ちの青年が金にあかせてつくった脳内芸術世界のリアル版である。もしカネがあったらあなたはなにをつくるか?という話。キクニは古書マニアなのでやはり古書だらけの島をつくるという。 この際、私なら究極のジョギングコースをつくる。 やはり(なにがやはりなんだか)街角には少女がパンを咥えてでてこないとダメだ。もちろん転び方はサービスありだ(なんの)。助けおこすと別の展開か。って、ジョギングの邪魔だろうそれは?マニアな人なら途中アイリッシュの元司祭がとびついてくるというのもありだ。マニアすぎるとは思うが。 大観衆コースというのはどうだろう。先導するバイクはもちろんマストアイテムだ。沿道に人をならべてひたすら旗をふらせるとかいうのはまあスタンダードにしても。 みんなで名前をコールしてくれるとか。ウェーブをやってくれるとか。マスゲームをやってくれるとか。選べたらいい。ブーイングの嵐というのもマニアは喜ぶだろう。なんのマニアだ。奉げ銃をする兵隊というのもいい。これまたゆがんだ暴君スピリッツをくすぐるだろう。アイドルコースか独裁者コースだな選ぶなら。 歓声を日本語以外選びたい(独裁色がつよい言語がいいかも。共産圏のコトバが自尊心をくすぐるだろう)。3月なら卒業生をおくるように学生たちがアーチを組んでくれるとか。おばちゃんたちがおひねりを汗にはりつけてくれるとか。紙ふぶきを撒いてくれるとか。 たくさんの人が自分の後ろについてきてくれるフォレストガンプスタイルも楽しそうだ。 あるいはマラソンにおけるラビットのごとく、うふふつかまえてごらーんといいながら自分よりちょっと早く走ってくれる女性とか(もちろんひらひら服)。 逆におっかけてくる集団(ファンとかパパラッチとかデモとか)に追われるのもジョギングの成果をあげるだろう。 ・・・脳よりカラダを動かせよオレよ。(♂)
2005年02月23日
どうも長距離通勤のせいか電車の中が重要な睡眠ポイントになっている。夜更かしして日記を書いているからじゃん、というダメダメなポイントはこの際無視してくれ。 体調がいいときはまっすぐ寝られるのだが、火曜日水曜日とだんだん日がたつにつれてどっちかに傾いてしまう。ピサの斜塔のごとく。傾くだけならいいのだがやはり体重と髪の毛の感覚に耐えかねてだいたい隣りのオヤジ(不思議と女性は少ない)は起きんかいおら~みたいな勢いでショルダータックルをかましてくる。 いたいんだよあれ。 あるときは衆人環視の中大声で「あなたねえ、ずっと肩に乗ってるのって迷惑なんだよ」とか言いやがった。大声だすことないじゃん。いいじゃん。べつに減るもんじゃないし。って逆切れする私だったりして。 そんな私ですが。 今日は、キレイなおねえさんが肩にもたれてきました。ショルダータックル?とんでもございません。やさしく慎重に信管を抜く自衛隊員のごとくまっすぐにしてさしあげましたよ。たまにはいいことあるものです。 という話ではなく。 肩のせ爆睡OK車両つくってくれませんか。おたがいの肩使用OKな車両。ドミノな睡眠。これぞ助け合いの精神です。コンクリートジャングルのささやかなオアシス。いかがでしょう。 というとどうせ 女性のみ使用OK とか言い出すんだろうよみんな。 ・・・もちろん私もですが、なにか? (♂)
2005年02月22日
ラジオで枡野浩一氏が出ていて「世界一売れている現役男性歌人」と名乗ったあとに言い訳していた。 「男性というところがミソで、女性では売れている人がいるのです。現役というところもポイントで、死んだ人ではもっと売れている人がいるのです」自分でいうところに好印象。 いうまでもないことだが「世界一」というのもポイントだ。“poet”はいるかもしれないけど「歌人」は日本にしかいないのだから。 「お山」をつくって「大将」になる人は好きだ。どっかの歌みたいにオンリーワンとかなんとかいうよりはナンバーワンを名乗る厚顔無恥っぷりもかわいくていいじゃないか。 故中島らもがひょうたんでギターをつくって「世界一のひょうたんギタリスト」と名乗っていたら交際のあったゴンチチのふたりにあっというまに弾きならされて3番目になったというのを書いていた。そりゃあ争いにならないだろう。 アメリカ人みたいにやたら本気で「世界一」を名乗りたがるよりはこういうのは平和でいい。 よく家庭のベタな会話で「トーサンの料理は世界一だね!」とかあるけどあれなんかなにに比べてなんだ?ってツッコむほうが野暮だよな。 さ、世界一の夕食をつくるか←ツッコミ禁止。(♂)
2005年02月21日
早めに起床して本の整理。 ブックオフの出張買取を頼んだ日である。いちおう最後のチェックをいれる。買取に来たものの「これはご返却します」というのはやりばのない怒りに震えそうだ。汚いモノを3冊ほどはじく。 出勤前のかみさんにも見てもらう。「これはレアだからダメ」「全部レアだろうが」「あなただって肉の本売りなさいよ」 かみさんは私の読む戦争モノとか格闘系を総称して「肉の本」と呼ぶ。なんじゃそりゃ。さらに追撃。「『グリーンベレーの陰謀』とかそんなんばっかり」反論できず。まあそんなタイトルの本はないわけだが。 電話がかかってくる。「あのー古い地図なのでそちらが載ってないのですが」ランドマークから行きかたを教えてまた電話するように指示。ニ三度のやりとりでようやく到着。 いかにもおたくっぽい(と私に言われているのもなんだが)若者が玄関でわらわら見積もりをはじめる。30分ほど別室でマンガを読んですごす。 売っといてなんだけど絶対ソフトは供給過多だ。本しかり、映像しかり、音楽しかり。 本を出版社は不況をマンガ喫茶やブックオフのせいにしているけどそれだけではないだろう。読む人が減っているとはいってもインターネットをやっている層は多くは「読んで」いるわけで。人間(日本人)の一日あたりの文字摂取量は一定ではないだろうか。 マンガですら子供が読まなくなっているのってなんだろう。「知」への敬意の欠如?というと教育問題か。教育のありかたのゆらぎが長い間でダメージを与えているとはいえないか。 インターネットの掲示板で大学生らしいカキコミで「~の論文の資料がわかりません。だれか教えてください」というのを読むと「論文ださないでいいから自主卒業しろ!」と吼えたりする。っていうほど勉強したわけでない私だったりするのだが。 映画なんてティーンエイジャーのときは日曜洋画劇場でやるというだけでわくわくしたのに。いまやWOWOW初放映!といっても「ふーん」と思う。生活に追われているせいもあるけれど。子供だってケーブルテレビ時代をむかえておそらく映画が家でみられるというのになんの感慨もないに違いない。 つくっている側としてはどうなんだ?「流されて」観られてしまうのってくやしくないんだろうか。 かつて「平成の歩き方」で木村何某がテレビの地位をさげたのはフローリングの床に置かれたライフスタイルだ、と言い切っていたのだが。まんざらはずれてはいないと思う。いまソフトを下げているとすれば皮肉にもメディアの発達である。 60年代のロックシンガーが神でいられるのはだれにもめったに機会がない「レコード」をつくる重みからなんではないか。本だって活版があったからこそ本をつくる選ばれし者という意味で「文豪」が存在した。 ただこの大量生産は見方をかえれば「爛熟」だとしたら。この膨大なソフト供給を肥やしにやがてはすごいアーチストが誕生するのかもしれない。とか考えたりして。 7000円とちょっとを若者から受け取る。雨の中去っていくブックオフの車。ちょっと一息。 カネを受け取っても相変わらずイタミがあるのって不思議。売っていいヤツでもこんなに愛着があるってフェチだよな。(♂)
2005年02月20日
現在片づけ中につき発見したシャンプーとリンスの試供品。 とはいっても数週間前に町で何の気なしに配布していたものをうけとったものである。旅行に行ったときでも使おうかと思っていたやさきふと注意書きを読む。コピーに脱力。 セクシーココナッツの香り 使うだけでサラサラモテモテ ・・・ サラサラモテモテ!? 裏をみると姉妹品がすごい。 セクシーボーイ セクシーガール 直球だなおい。 決定打は小さく書いてある売り文句。 「香りが長時間続きます」 千代田区で来週月曜日トロピカルでセクシーな大肉中背がいたらそれは私です。モテモテしてやってください。(♂)
2005年02月19日
知人のこいばなの話←恋愛相談というにはたわいもない、恋愛以前の話だが。 ふたりとも結構いい年である。紹介で交際をスタートした。が、女性が遠方に住んでいるためどうにもこうにもデートアポがとりずらいらしい。 いちおう男が提案メール→女が返信。というのですすめているのだが女がその日はだめだとかいうほうが多いという。 「男女の礼儀としてはこの日はだめだけどこの日ならいいですよ、と逆提案するもんでしょう?そうでなければ選択肢をあげたうえで返答させたらいいんじゃないですか?」 というといちおうそういうメールにしているんだけどね、という。うーむ。 しびれをきらせているのは私だけではないらしく、紹介に入った人が「結婚を前提におつきあいしてます!ぐらい強くいったほうがいいですよ」とつっこんできたそうだ。前提もなにもあんまりデートしてないのでそこまでいえませんと知人は答えたそうだが。 うーむ。それもそうだ。 その割には紹介者には女性は知人のことを評価高いと答えていたそうだ。なんなんだろうこのマイペースぶり。体内時計の時間感覚。というよりモラトリアム。他人のノックを待っているのか? 猫型生活にもほどがある。自分がお人形さんタイプの女性が苦手なせいもあるが。負け犬@酒井何某体質というやつか。 ネコだって狩りをするときは動くのだ。 好みじゃないなら好みじゃないと早めに返答して、好みなら好みということで「暖めて育んでいくもの」があると思うのだが。その基本ができていたらとっくにだれかつきあっているのかもしれない(失礼)。言い分が聞きたいところである。 この女性、結構仕事ができる人らしい。 営業といっしょだよ。契約に興味あるなら交渉しようよ。興味ないならやめようよ。知人はいい人なんだから買うなら買ってくれよ(名前知らない)さん。 焦ってもしょうがない。私にできるのは祈りだけだ。祈りというか呪いかも。えこえこあざらく。(♂)
2005年02月18日
昨日1日会議に拘束されたおかげで電話が鳴り止まない。 かけてはかけられ、かかってきてはかけ。あたかもプロレスの技のごとく電話をつかう。 また会社支給のぼろPHSがボタンが硬くて肩こりを五百羅漢なみにする。こきこき。まえまで一部自腹だったことを考えれば文句はいえないのかもしれないが。労災だぜ肩こり(難癖)。 薬と弾薬を待つ兵隊のような気分。電話が救援をもとめる握り方になる。千代田区の座標でもいうべきなんだろうか。ほんとに爆撃してほしくなる。爆撃してくれ。 だんだんささくれる。見積もりやら指示変更を頼まれてもやさぐれた対応になる。よく職人の無愛想さをへんにもちあげる傾向が日本にはあるが、あれってただ社会性がないだけではないか。 自分の基準でいえば。余裕のなさがああいう対応になるのだ。 だから秘書だよ。前から言ってるけど。カプセル怪獣でもコビトさんでもポケモンでもオーシャンズ12でもAチームでも7人の侍でも影の軍団でもいい。今日だけ助けてくれれば。 たすけて百太郎。 夕方首都高速で「ヒゲとボイン」をフルボリュームにして走る。やさぐれ具合にはまる曲。奥田民生天才。いまさらだけど。 あと1日だー。(♂)
2005年02月17日
すごいなあ女性誌。前は芸能系だけだったのに。 「馬鹿ッ母」(←読み方わからん)とか「鬼嫁」。タイトルだけでもうツボおされまくりだったのだが。プロレス雑誌と勝負していたところがある。 いまはなんといってもファッション系だ。手がつけられない。 ちなみに今月のBAILA↓ 「ちょい派手バッグ」と「小マジ靴」 ・・・そんな日本語はねえ! と草葉の陰から金田一先生がでてきそうだ。いいのかそれで。「今月は~がキモ!」とか平気でつかうし。なんだよキモって。 そういうわけで最近の私の電車の中の過ごし方はなんといっても女性誌のつり広告探しだ。プロレス雑誌がみょうに気取ってスポーツ雑誌化しているのに対しておしゃれを気取りながらもインパクトを追及する彼らから目がはなせない。そうだ雑誌は売れてなんぼだ。どこまでいくんだ日本語づくり。そういえば「セレブ」とかもたぶん女性誌からだよな。 こういうのも癒し効果というんだろうか。あ、「癒し」もそれっぽいな。GO!GO!女性誌!(♂)追記:そういえば誌名は確認してないが見出しを顔文字でキターーー!とやっている女性誌があるらしい。もうだれかとめろよ。前回のネタ
2005年02月16日
帰宅すると留守電が2件。祖母と伯父からである。 土曜日に贈ったモノが届いた由。いちおう喜んでもらえたらしい。よかったよかった。 留守電はアドリブが要る。「そのひと」が色濃くでる。淡白で理詰で話す祖母。感情いっぱいの伯父。なによりも喋る間のとりかたに父のルーツと母のルーツをみる。 以前母が箏を演奏したときに同郷のひとが評して「瀬戸の海がみえた」という粋な台詞をいってくれたことがある。あらゆる表現のリズムがうまれそだった環境によってつくられるのだ。 だから日本のヒップホップやブルースに醤油の匂いがするのはしょうがない。 そういうわけで、今日の文章からはカカオの香りがする(といいなあ)←ぼりぼり。(♂)
2005年02月15日
昼食後あんな食い方してたら太るよと上司に罵倒?というか厳重注意?される。まあシャレでだけど。 主夫は太るんですよ!家事やってストレスためていつエクササイズやるんすか?と開き直って反論←ダメだこりゃ。罪の意識があればいいのだが。ま、健康診断にむけてなんとかせねば。ほんとに。 帰宅後テレビをつけるとグラミー賞の発表。ゴスペル部門のかっちょよさにしびれる。世間的にはデブだが声がでれば体も手段である。いまなら高校時代にはでなかったぶっとい低音が可能かもしれない。 VIVA!デブ! とは思わないがあれくらいの体型があればデブだって「しかたなく」デブだという言い訳ができるのだ。 歌をやろうか。しかもゴスペルなら完璧だ。理論武装とはったりという意味でデブの正当性が主張できる。 あるいは料理の道をつきすすむか。体重を活かして格闘技か。どっちにしてもハンパだ。もっと肉をつけたほうがいいのか。どんな道であれ、目指した結果の体型ならそれはそれで美しい。 ・・・ってほんとかよ。内舘牧子みたいなことを書いてしまったが。それじゃデブ専だって。 ・・・だから自己弁護の言い訳がなによりも太る原因なのだよオレよ。キモに命じよ。まずはスクワットだ。わっせわっせ。(♂)
2005年02月14日
公的な書類整理に追われる。と、チャイムが。 義父母である。ばっちい格好(ジャージ)のまま出る。寝癖もちょっとある。そんなダメダメな婿に自転車に乗って花とチョコレートを持ってきたのだ。いなけりゃいないで植えて帰ったわよ、などという。肥料と水で新たに増える花。自分が適当にしているのに充実していく花になんかすまない気分になる。 寒い中来てもらって悪いのであがってもらって珈琲をいれる。「ちらかっていますけど」というのが挨拶でなくてリアルなのがイタい。まずは座ってもらって豆とコーヒーペーパーを準備。しゃべりながら水をいれ、スイッチをいれる。 近所の店の情報。ようやく交番が町にできる話。寒いここの風土。と、義母いわく「新しい町だからなんもなくて寒いのよ。そのうち建物ができてもうすこしあったかくなるんじゃないの」という。そういえば暖房もつけずにコーヒーをだしてしまった。気が利かなくてすみません。 仕事でいないかみさんのかわりにチョコを渡す。無粋ですみません、ってやたらあやまってしまうのだが。なんとなくお帰りになる義父母。散らかり具合に閉口したか。 ふたたび書類にむかう。あーめんど。 DVDでも観ようかと思うが観たら最後エネルギーを消耗してしまう。我慢しつつ書類を作成。そういえばFMもつけないまま日が暮れていく。ノーミュージック、のーらいふ。って全然音楽ないよ今日。 テンション低いついでに近所のブックオフに電話。来週出張買取をしてもらうアポをとる。これで本の処理へ重い尻をあげられる。 もっとモノを減らしたいなあ。 先日会社の同僚が近づいてきて言うことには、「古武術のDVDいらないですか?」いや、いまはあんまり。なんでまた。「心境の変化で、すこしすっきりさせようかと。」ああいいですねえ。捨てるって若さというか生活への気合みたいですよ。ガイジンとか家にあんまりモノ置かないでしょう?「なるほどそうですね」 言いながら自分につっこんでいたのを思い出した。オレもだよ。(♂)
2005年02月13日
あるお祝いのお返しでデパートに夫婦で出向く。 父方祖母からいただいたのと、母の兄からいただいたのと。ほんとはさっさとこういうものはやらなければいけないのだが私がうだうだしている間に時間が過ぎてしまったのだ。 社会人のジョウシキ:お礼と結婚式のハガキと飲み会の誘いはスピード勝負 キモに命じよう。というわけで午前中仕事&午後休みをとり、帰りに合流。というプランをたてる。が、机の上は請求書と仕事の依頼書が山ほど。処理しても処理しても遠いデパートよ。字余り。 ふだんなら土曜は余裕である。今週は“息子がディズニー好き”キムさんところとの試合でさっさと帰ったのが災いする。これで負けてたら暴動おこしてたね。 結局4時に退社。 祖母にはひっかける室内着を、伯父には「消耗品」を、と考え店内をぶらつく。春はいい。春はコスメのCMとデパートの店頭からやってくるようだ←ついでに花粉症のニュースか。色が軽い淡い色で満たされていてどれを選んでもいいような気がしてくる。地味好みの祖母だが春モノだからと許してくれるだろう。 先日あるエッセイストが歳をとったら色のあるものが好きになったと話していた。歳をとるとどうしてもオーラというか色が薄くなるらしい。だから色のあるもので勢いをつけるのがいいのだ、という話。あるあると感心。 祖母が地味好みだからといっておもいきり地味なものはあげたくない。まだ元気でいてほしい。むこうが着たいものとこっちがあげたい着せたいものとのすりあわせで選びたいものだ。 2件目で妙齢の店員さんが話し掛けてくれる。ベテラン販売員だけに嗅覚が鋭い。質問が的確で贈る場所と対象を絞った上でいろいろな商品を出してくる。また体型的にも祖母に近いと話したら着たときのよさ悪さをいろいろ言ってくれる。ついついひきこまれて聞いてしまう。 ニーズの分析が早い。「予算と好みとの兼ね合い」というところをうまく突いてこの値段ならこれ、この好み優先ならこの値段、と方向を替えて話をしてくれるのが信用できる。こちらのストレスにならない程度につかまえ、また話す。きっとこの「探してくれる」という姿勢のみせかたが販売の腕の見せ所なんだろう。 上品なモノがみつかったので購入。次は酒売り場へ。なんでもある家なので残るモノよりは消えるものがいいのだ。ちなみにいただいたのも家にあった絵である。しばらく悩み10年貯蔵の焼酎を買う。入れ物が派手なのがよしあしではあるが。「あの極道の甥だからしょうがない」と思ってくれるだろう、と選択。どうも価格のほとんどが入れ物代のような気もするが。 天ぷらを食べて帰宅←ヴァレンタインデートのかわり。(♂)
2005年02月12日
朝、義母から花を買いにいかないかと誘いあり。時間は売るほどあったが自分のセンスに自信がないので明日休みの妻におしつけることにする。無粋。 ほんと花のセンスがない。もちろん貰えばうれしい。あれば眺める。へんな話咲いてればかわいいという原始人レベルである。名前もしらないし覚えられない。マグロもサバもみんなまとめてブルーフィッシュというアメリカ人を笑えない気がする。なんでなんだか私が聞きたい。 亡くなった祖父は花好きだった。好きが嵩じて手紙にかならず自作のカットを入れていたほどだ。筆ペンと水性絵の具で描かれたそれはちゃんと季節の花を扱っていて、悪筆の手紙そのものよりも絵が好きだった。あいかわらず名前は覚えられなかったけど。 蘭を愛する得意先の人にその話をすると「でもね、花も人といっしょでかならず手をかければ返ってくるものがあるのですよ」という。むーん。人にむきあうように花にむきあえばいいんだろうか。 ・・・頭でっかちに考えている時点でやっぱり無縁だよなあ。 マンガ「家栽の人」によればわれわれの祖先の墓跡からも花を愛でた形跡があるという。だから自分の幼稚園児みたいなリアクションは本能的で自然かもしれない。とかひらきなおったりして。 田舎育ちで花が満たされていたのか。飽食といういいかたがあるなら、飽花?一生分の花を観てしまったとか。 ただたんに近眼なのか。ぎゃふん。いいのかそんなんで。(♂)
2005年02月11日
・・・っていうと、ふつう高級クラブを想像するよな。すみませんこのタイトルJAROに電話してください。そういうバブリーなネタではないです。 来週デート予定の入っている知人と飲みに行く。 デート会場の下見のおつきあいである。私にはない経験だけにその誠実なやりかたは素直に応援する。といったらかみさんがぼそり、「私も下見してほしかったなあ」とのこと。 むーん。 行ったのは銀座の豆腐料理屋。流行りの和風ダイニング半個室のデザインはかなりおしゃれかつ気楽。私としてはかなり評価高い。デフレ時代のプチ贅沢という需要を満たすんだろう。あっちこっちに違うデザインの部屋がある廊下をすりぬけてとおされる半個室。おもしろい。異空間である。 「あんまり凄いところ行っても勝手がわからないしねえ」というので「居酒屋っぽくて気楽でいいんじゃないですか」と答える。「自分ひとりだとテキトーなところ入っちゃうから」と遠慮があるのも好感。自分にもこの謙虚さがあれば←あればなんだよ。 串焼きを食いつつビールを飲む。レバーがおもいっきり柔らかくて美味い。前菜の盛り合わせを頼んだら牛車のデザインの入れ物のうえにもりもり盛られていて笑う。豆腐に味噌のたれがかかっていたやつも美味かった。タレが辛くて豆腐が身がつまっていて、酒がすすむ。ビール以外がほしくなったので泡盛をお湯割で飲む。 今度会う人とはまだ腹のさぐりあいというか好みのすりあわせの最中らしい。趣味がインドア系なのはわかっているがどこに連れていくならよろこぶのか?アキバ?という話。自分もインドアだけどどうなんだろう。 私もあんまりたいそうな恋愛経験がないまま歳をとったので偉そうなことはいえない。気楽になれる相手がいちばんですよという話をする。品があるレベルで「裸の自分をみせればいいんじゃないですかねえ」といってみる。 こういう話って、無難なネタしかいえないもんだ。どっちかが百戦錬磨ならともかく。とりあえず自分のわずかな経験を語る。おたがい正面向き合って、自分というカードを切るというか「営業活動」する気があればうまくいくんじゃないですかねえ。 「ずばりデートはどこに行ったの?」と言われて頭を抱えてしまった。どこ行ってたんだ20代初期のオレよ。脳内バケーションか。どこといわれてどことすぐ出ないところに年齢と歳月を感じる。 ・・・だから下見は重要なんだよと再認識(遅い)。 美味いものの前でつまらない時間にはならないだろう。健闘を祈る。ごちそうさま。(♂)
2005年02月10日
今日は帰る。 会社が潰れようが、井上和香に上目遣いで二の腕掴まれて迫られようがとにかく帰る。見積もりも発注書も請求書もすべてけっとばして帰る。知ったことか。待ってろテレビくん(誰)。 ・・・そう決意したのが私だけではないというのはどういうことっすか?17時30分に退社したのに電車混み過ぎ。スーパー並びすぎ。並ぶ列も混む車内もなんか闘気ただよっているし。 いい感じだ。 しかもうっかり自転車で駅まで来てしまったので立ちこぎして帰る。坂の多い町だ。長い坂を泣きながらあがる。キックオフ30秒前に帰宅。テレビをつける。間に合った。 安堵のため息とはこういうときに出る。 決勝点では涙が出た。勝つって簡単じゃない。最終予選はやはり弱いところは残ってこないものだ、という単純な真実に気付く。あらためて日本代表ってすごいことやってんだなあと思う。 いや、プロつかまえて「すごいなあ」というのも直球すぎてなんだけど。全員が全員サッカーに興味があるとは思わないけど、やはりテレビカメラの向こう側に届く顔を知らない人々の思いを背負って走るって並大抵じゃない。自分の生活に置き換えてみる。 たとえば伝票のミスに、電話の言い間違えに、メールの転送の遅さに1億人がため息をつくのだ。耐える神経ってただずぶといとかそういうレベルじゃない。心臓から剛毛除去手術が必要だろう。 ハーフタイムにハングルで「ようこそ日本へ」とか「サッカーで手をとりあって平和を」とかボードをあげている日本の若者が写っていた。なんかうそ臭さを感じた私って汚れてるんだろうか。 テレビに映るためかい?とかうがったみかたをついついしてしまう。なんなんですかアレ?だれか教えて。試合でルール上は正々堂々とやった上でそれ以外で無理やり仲良しぶるのってかえっていたい気がするのだが。 仲良くない部分に無理やり蓋をすることはない。問題の存在を認めた上で話しましょう、というのが無理がないと思うのだが。友好ということばが悪用されている例があまりに多くないすか?どことはいわないけど。 それにしても勝利の美酒のすばらしさよ。カンビール解禁。(♂)
2005年02月09日
今日ラジオでバレンタインデーにちなんでか、チョコに添える言葉という特集をしていた。映画「恋人たちの予感」から引用されていたのがこの言葉。男女の友情からめばえる恋物語の最後を決めるのがこの台詞である。 ツボを押されてしまった。いいじゃんこの台詞。口に出して言ってみる。いい。直球。自分じゃ使うにはちと寒いが。「1日の終わりを誰かと過ごす身分」になってみるとこの台詞は泣ける。生活とはなにかというところをうまく突いていると思う。実用には向かないが、脳内で反芻すると味が出る。にたにた。 デート映画って基本的に観ない。「ああリチャード・ギアね。どうせこいつとこいつがこうなるんだろう」とか、「ああここでキスシーンだね。ふむふむ」とかとかく素直に観られない。ごめんねメグ・ライアン。素直に観ろよオレよ。 そもそもデート御用達映画ってみんな映画に集中しているのか?隣りの人と映画の後どうするか考える場じゃないのか?と映画嫌いなかみさんをもつと元も子もないことを言ってしまうのだが。言ってみれば世界傑作劇場みたいなものじゃないのか?っていいんだよ目的はどうでも。恋路は邪魔するなオレよ。 そんなことを考えながらポトフをつくる1日の終わり。アツアツのタマネギが腹にほっこりたまる。いい夢がみられそうだ。(♂)
2005年02月08日
月曜日は重い。リーマンの生理だ。フリーランスの時間感覚ってどうなんだろう。休日をこころから味わえるのを選ぶか、毎日の色付けを自分で選ぶのを選ぶか好みだとは思うが。 昼、首都高で浅蜊の国の代表チームのリムジンバスと遭遇&並走。前後にパトカーがついていたので間違いない。南米ならタクシーが囲み、イランなら石をぶつけるのだろう。とりあえず水曜日に体調を崩せ!と呪ってみる。ま、大丈夫だろうがニッポン。勝手に敵をどんど大きくしていっているマスコミなにやってんだ。落ちつけ。とくにテレ朝←いくら仲いい国だからって。ってこれは悪口だ。 夜、木曜日の飲み会のアポが入る。知人が今度デートするのでその下見らしい。がんばれデート。って下見の相手は野郎でいいのか?と聞き返すといいという。野郎でない相手がいる場合のほうが問題なのかもしれないが。 ところで私はデートの下見をしたことない。すまん妻よ。みんなしているんだろうか。偉いなあみんな。マニュアル雑誌をネタにしているのはほんとは自分が恥ずかしいからだ。みんなバカにしながら結構マニュアルを守ってたりするんだろう。さあカミングアウトだ。 こういう気づかいって伝わるといいなあ、ととくに知人に関しては思う。いい味だしてる人なんだけどいままでそういうのに縁遠かったから。幸運を祈る。♪げっとごーーーる~フクダ!となぜか頭によぎるレッズの応援。 重い体とココロをひきづって残業。終電であぶらはーむにはしちにんのこー♪とくちづさむ。いろんな意味で寒いぜ。(♂)
2005年02月07日
蝸牛日記で蜜柑氏、組合の集まりのあとに経営者の飲み会に行かれた由。 労使関係という一線を考えればへんてこりんな話ではあるが指名したのは社長。なんにも考えてないのか、それとも新しい労使関係を築く深遠な計画なのか。間違いなく前者なのが悲しい。いやそういう世界観はもういいんだけどね。ベルリンの壁は壊れたわけだし。 それより参加した感想がふるっている。「いやあみんな経営者は元気だよ~。借金自慢したり資金繰りの話とかキナくさい話をニコニコしながら平気でしてるもんねえ」 なるほど。タフさというのはそういうものなのかもしれない。そういう資質があるものだけが社長にむいている。それが真理だろう。社長になりたいわけではないが。 以前SPA!で若くして財をなしたベンチャー系の30代の悩みを特集していた。カネめあてでよってくる人間が増えるというのが悩みのひとつにあげられていた。罠も多いだろうがビジネスチャンスもそれだけ増えていくということだろう。 カネの匂いを漂わせてカネをよび会社をまわしていくのだろうけど、それ以前にまずカネがよってくる蜜はなにかといったら元気というかハッタリというか。カネをあずけてもいいと思わせる原始的な要素ではないのか。どんな業界であれ対面から商売がはじまるわけだから。 同じ仕事を発注するにしてもはきはきしているやつとしょぼくれたやつとどっちに仕事をだしたいかといったらやっぱり前者だ。しょぼくれているとやはりまかせる不安が増大する。会社の窓口がそいつしかいないとしたら強そうなやつに頼むのが人情というものだ。 だからまずは元気だ。でも元気のもとはなにかといったらやっぱりカネなんだけど。ニワトリが先か卵が先かという話ではあるけれど「戦略」とか「知識」とかいろいろ頭で考える部分よりはまずはひとりひとりの元気さだ。人間力だ。そしてそれを培うシステムだ。 システムをささえるのはやっぱりカネなんだけど。 先日ある経営者が言っていた。「カネと違ってエネルギーはつかえばかならずまた沸いてくるものです」たまにはカラ元気もいいのかもしれない。カネがないならせめて元気をもっていけ。とかな。 そのへんの訓練があまりされていないというか、必要とされない業界だったのかはわからないが。もうすこしがんばってもいいと思うぞ社員教育。 ・・・なんかPHPの本とか「ビッグトゥモロー」みたいな文章を書いてしまった。恥ずかしー。(♂)
2005年02月06日
母方の伯父が亡くなった。長い入院生活、突然のことだった。携帯に昼間母から電話があり、葬式もろもろのてつづきが終わったことを伝えられた。香典をたてかえた旨の連絡であった。 仕事に生きた人で、ひょうひょうと静かな酒を飲むヒトだった。そのくせふつうのヒトなら自慢するような飲み友達がいっぱいいるような人で、他の人が「~(有名人)とよく飲むんだろう?」と話をふっても「まあね」ぐらいでさらりと流し、流しても別にすかしているわけでもない。やせ我慢のいらないほんとうのかっこいい人だった。 ただ神様は一定量の幸福と不幸をプラスマイナスゼロで人間に与えているようだ。あまりにふり幅の大きい人生だった。小説のような人生。なにもそこまで劇的でなくていいだろうというような不幸と幸福を交互に仕事やプライベートで浴びつづけた。本人が原因であることはほとんどなかった。なにもそこまで、というような試練がつづくのが不思議だった。運命としかいいようがない。 わざわざ神様がふりかかる試練に耐えられるようにつくったとしか思えないやわらかな人柄。遊びに行ってもそれほど派手に迎えようとするわけでないが歓迎されていることだけはわかる、そういう人だった。よっぽどのことがないかぎり笑顔を欠かさない人。次男らしい気遣いとユーモアの人だった。 もう病気を気にすることもないところに行ってしまった。天国に行かないとみあわないあの人。いまはただむこうで静かな酒を飲んでほしい。合掌。(♂)
2005年02月05日
朝から仕事→長い会議→仕事復帰→長い残業と頑張った自分にご褒美。 というのはほんとは甘甘でいかんのだ。 海老沢泰久「監督」(集英社文庫)はあの広岡達朗が主人公(≠モデル)の小説(≠ノンフィクション)。作中広岡は吼える。「強いチームをつくりたかったら褒めてはいけません。われわれは勝つのが仕事なのです。その分のギャラはもう払っています。選手には勝ってあたりまえと思わせないとだめです」名言。 でもご褒美なんである。軟弱。ぷらぷらと靖国どおりを放浪する22時。決戦の金曜日のわりにはそれほど人通りはない。呑み終わって帰る時間なんだろう。 と、オトコのロマンH賀書店の隣りに黄色い看板が。カレー屋の新店舗である。 店先の軒に描かれたメニューのイラスト。店内にたむろするインド人。だれもいない店内。はやくも警戒信号点灯。 みすかすかのようにインド人が窓をあけて入れというしぐさ。のらりくらりなら世界一のタイ人をも従わせるという(@西原理恵子)インド人。その誘いを断るのはわりと簡単そうだったがおもしろそうだったので入店。 ウナギの寝床みたいな店舗。長いカウンターにイスが20コ近く並ぶのは圧巻。清潔に保たれた木の床。すこしでも広くみせるためにはりめぐらされた鏡。インド音楽のプロモーションビデオががんがんかかっているのもいいかんじ。 ナンとチキンカリーとカールスバーグを頼む。ツマミがわりにインド料理のピリカラの煎餅みたいなやつがでてくる。アツアツでうまい。パリパリ食いながらビールをすする。目の前には鏡。食べている自分がサカナ。やだなあ脂っこくて。 焼きたてのナンが油がついてでてくる。ちぎってさっそく食う。もっちり。これまたテンションあがる。そもそもまずいナンってあるんだろうかとも思うが。スパイスたっぷりのチキンカリーをのっけながら口にはこぶ。幸せ。チキンがごろりと入っているのもいい。 冬のせいか、ビールとは組み合わせはあんまりよくない。やはりラッシーベースのカクテルにするべきだったか。まあカレーの魅力の前ではそんなことはささいなことだ。 電車の時間を気にしてそそくさと席をたつと日本語で礼をいわれる。おいしかったというアピールもなんだけどチラシを貰っていったからリアクションがいいのは伝わっただろう。チラシをみたら6店舗。むう、リアル日本印度化計画か。 しかしオレしかいないからってずっと喋っているのはどうかと思うよ3人のインド人よ。それまたインドっぽい風景といえなくもないが。 あんまりうるさいと次来たとき無理矢理ビーフカレーつくらすぞおらぁ。(♂)
2005年02月04日
精神科にはかならず自称やんごとなきおかたを名乗る患者がいるという。 必ずいるというところになにか深いものを感じる。それは時代とともに違うロイヤルなものに変換されるのかもしれない。体制というものはやはりDNAというか呪術的なものから発生するのだ、などとプチ民俗学者になってみたりする。 そういう日本人の精神構造の話ではなく。今回書くのはなだいなだが勤務した病院で出会った自称ヤンゴトナキオカタの患者の不思議な習慣の話である。律儀なことに年末になるとなぜかボーナスをくれたそうだ。おいおいそれやんごとなきおかたの仕事じゃないよ。 ボーナスといっても紙に「~円」と書いて袋にいれて看護師さんや医師に配るだけなんである。が、毎年その時期になるとみんなが愉しみにしているという話であった。病院生活のなかでそういう遊びみたいな(本人は真剣にしろ)モノに楽しみをみつけるという話がとても印象に残っている。 ふと、これっておもしれーとか思ってしまった。 自分の仕事に関わるみんなに通知表をばらまくのってどうだろう。通知表ってもらう楽しみ悲しみが一般的だがあげるヨロコビカナシミがあるのではないだろうか。もちろんやりかたは5段階だ。1と2とかふざけたことはいわない。ばっちりかかせてもらう。 って、なにさまだよオレ? あんまりダメな営業にふりまわされて1日が終わって芽生えるココロの黒い闇。もくもく。(♂)
2005年02月03日
車に乗れずに書類整理をして一日が終わる。 乗る機会があったのだが外出する人がいたので用事を頼んで机にむかったのだ。請求書の時期、ガソリンをつかって時間を無駄にすることもあるまい。ムダではなくてほんとはそのひとりの時間が考え事や精神のクッションになるのではあるが。 あいかわらず仕込みの悪い一部の営業と時間意識のない現場との間にはさまって胃酸がでる。階段を駆け下りながら呪詛の声をあげる。ぶつぶつ。というかほんとは四文字言葉。こういう言葉だけは覚えるのが早い。というか忘れないのが不思議。 いいよなあ黒人@ハリウッド映画。って偏見だけど。レッドネックでもいい。品とか世間体とかすっとばしてわめきちらす感情。さぞかしすっきりすることだろう。日本人でも下品なやつはいくらでもいるわけだし黒人だって上品なやつはいる。多くの日本人が空手も歌舞伎もお茶も無縁なように。なんというか溜まった闇を晴らしたい。 ストレス解消という言葉をあまり簡単にはつかいたくないのだが、こういうときはさすがにそれを求む。窓をあけてアイでも叫ぶよ。アイー。アイアムアペン@荒井注。なんなんだ。 かといって実際にやったらどうだろう。そういうベタなことをやった自分に嫌気がさすに違いないのだ。ヒトに同じ状況でアドバイスをするなら「たまには感情をだしたほうがいいよ」とかいうのだけれど。ふりかえって自分。なにをやっているんだか。 エスキモーは橇犬をぼこぼこにして日常の憂さをはらしていたのだがおせっかいな白人どもが動物虐待と騒ぎだして殴れなくなりとたんにアル中が増えた、なんて話を聞いた。エスキモーにかぎらずみんななにかをやってバランスをとっているのかもしれない。へんなところで人類みな兄弟(古い)。 日本のサラリーマンが居酒屋でくだをまいているのはそのバランサーなんだろうか。ここでも「ストレス産業」という市場がある。市場が拡大しているような気がするが。いやな国だ。かといって出て行きたいわけでもないけど。サービス産業がすすんだ国とはすなわちストレスの多い国かもしれない。 小さいころミスターエックスというやたらひっぱれば伸びる人形があった。あれがほしい。いまほしい。がんがんのばしながら催促の電話をしたい。断りの電話をしながら腕をびょんびょん伸ばしたい。耳に受話器をはさんでぐいんぐいん。なんなんだよオレ。 ふと007の悪いヤツが白いネコを抱く姿を思い出した。あれってストレス解消のためだったのだろうか。ふがいない悪の手下の不始末をネコをなでることで少しでも我慢するためだろうか。という目的を考えるとボスも大変だなあと、経営者?の悲哀もみえてくるわけで。 そういうわけでがんばろうぜプロフェルド。(♂)
2005年02月02日
めったに電話をしてこない飲み友達(友とよべるのか)から携帯に着信があったのは先週のことである。 こっちから電話をかけることがよくあるのだが、むこうからメールこそあっても電話はない。筆まめということばがあるなら電話不精とでもいおうか。そんなことはどうでもいいのだがあまりにめずらしいのでだいぶ時間はたってはいたがいちおうメールで問い合わせた。 「件名:WHAT? 本文:なに?」 すぐに返信があった。 「件名:RE WHAT? 本文:押し間違えました」 そういうものかな、と思って忘れていたのだが、今週発覚。なんと、夫婦喧嘩で家から彼がとびだしたらしい。ということから、奥さんが置いていった彼の携帯で心当たりのあるひとに電話をかけまくったという。いくらなんでももんたま家は遠いよ。とあとあと笑い話にはなったそうだが。かっこいいぜ。 ああ電話にでたかったなあ。私はマジメに応対できただろうか。はたして自信がない。喧嘩して飛び出して電話をかける、なんてドラマみたいだ。BGMはもちろん「ラブストーリーは突然に」で決まりだ。雨でも降っていれば完璧。傘は路上に落ちてないとダメだ。発想がややバブルだが、まあそれは世代的にしょうがないので勘弁してくれ。 ・・・っていくらなんでも人の家庭事情でネタばっかり練っているヤツのところには逃げてこないよ奥さん。お幸せに。あちあち。(♂)
2005年02月01日
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