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役者Kの誘いで下北沢へ。 早めに退社して駅前のパンやでチーズパンをかじりながら珈琲をすする。珈琲はともかくパンは冷たくて固くて不味い。予想どおりだったりして安心。軽く自虐。 さて内容。何者かに追われている女性二人で始まる「眠レ、巴里」(竹内銃一郎)と老いぼれ役者の哀歓を描く「白鳥の歌」(チェーホフ)。ひとり芝居ないし2人芝居で構成された企画はいい。小さな音が伝わるスペースでどういった演出をするかを楽しみにして観た。 結果。繊細な表現がときどき見られたが全体はというと技におぼれたか。前者はサスペンスが弱く、もっと物語がもつ謎に流れを任せればいいのにという印象。はしゃぐシーンがもっとおもろくてやがて哀しきつくりにできるのになあ。後者は熱演すると劇場を制圧してしまって「真っ暗な闇」がみえなくなるという皮肉。と生音が持ち味を殺すツクリが残念。 どちらも空間の味を計算していないのではないのか? 所在のなさそのものだけが存在する「都市の味」のじりじりしたかんじは面白い。 この戯曲の組み合わせだともっと無責任に台詞そのもので踊り、舞えるのではないか。と軽やかさを求めてしまうのはないものねだりだろうか。前回の公演(♂)
2005年09月30日
先日会社近くにオープンしたスペースを覗く。 なぜかこの日はハングルがとびかっている。ロフト感覚溢れるスペース。音楽が流れているわけでもなく、最小限のライトがついた内装。日常と非日常が境目がないのが入りやすくはあっても居心地悪い。いづらい。むーん。 人数少ないせいなのか、ガイコクの方がいらっしゃるせいなのか。 スタッフらしい女性のかたに申し訳程度にご自由にごらんくださいといわれて「どれみるの?」とタメグチをきいてあわてて言い直す。酔っ払ってもそういう喋りは子供相手ですらしない主義だが。なんとなくタメグチでいいたくなったのだ。ぶらぶらとするがどうもぎこちない。感想どうぞといわれたがあるわけもなく退散。 頭でっかちになるのをやめようと裸でいったつもりだがどうデザインしようが会社のスペースという意識が抜けない。ここに自分というピースがはまらないのはたぶん私の頭がカタイか頭でっかちだからだろう。 せめて金を払うとか日常から脱する手順があれば元をとろうという意識でちがったか?真剣にむきあう前にカラダが拒否。 いや、たぶんフツウのひとってみんなそうだと思うよ。それともお呼びでないのかなあ。活動内容をみるかぎりそういう境目を壊すみたいな印象をうけたのだけれど。 もてなしってないんだろうか。ドリンクとか軽食とかそういう話でなくてさー、見やすさの話ですよ。甘えかね? しょっぱなから単純に「わかんねーよ!」って言い切ってもいいし、「嫌いだ!」といってもいいのだけれど。ドアをノックさえしていないような気がして悩んでいるのだ。 どんどん許容範囲がせまくなっているのに気づく三十路の秋。(♂)
2005年09月30日
海外出張する後輩に「かっこいいね。スーパードライのCMみたい」とメールで書いたら「どんなんでしたっけ?」と返された。言葉につまる。 えーと、この後輩とは年齢が○○違うからわかんねーか、しもうた(なぜ訛る?)。必死に内容を説明したりして。せつねー。徒労感が。 なんといえばよかったのだろう。それよりは逆に質問すればよかったか。【全国共通統一試験・表現編】(平成17年度)問1 ばりばり精力的にテキパキ働く様子をドラマチックに描いた適切な表現をのべよ。なお、スーパードライのCMは除く。 ・・・「島耕作みたい」というのも満点ではなさそうだな。これまた「だれ?」とかいわれそうだし。 こういう「~みたい」、という表現そのものがコンセンサスを持ちづらくなっている。って一般論というよりオレだけか?もちづらいのが面白かったりするのだが。 たとえば「あの肉」といったらギャートルズのアレだし、トウシューズへの悪戯の王道は画鋲だろう。小池さんといったらラーメン食べてる人だし、傷口を押さえてみて吐く台詞は「なんじゃこりゃあ」だ。海辺なら恋人たちの台詞は「まてよこいつー」だ。 これがわかんないキミとは口を聞きたくないね?なんてイジったりして←おやじだよ。そもそもこんなコンセンサスがいるのかどうか疑問だが。 自分だって振り返ればドラゴンボールなりキン肉マンなり「ぐりとぐら」のネタを知らないまま30数年を生きているわけだけど。 逆にコンセンサスが成立していた時代というのは表現の種類に限りがあったのだろう。観る側も作る側も表現にリスペクトがあった幸福な時代。これだけ多様化している今、もう逆戻りはないだろう。 昔話が滅びていっている今、日本人の世代を超えた共通体験はドラえもんになるのだろうか。 ・・・って国を憂うよりは自分の語彙を憂いたまえよオレよ。(♂)
2005年09月29日
「コンビニでスタバで買えないスタバ発売!」というラジオCMに刺激されてセブンイレブンを覗く。見事に売り切れ。踊らされるオレも一般大衆であったか。ちっ。←タイシュウでないと思っている不遜さもどうかと思うが。しかたなくタリーズの同企画を買う。これも美味いけど、タリーズってもっとべったりした味だったような。 この路線でいくとしまいには「ドトールで買えないドトール」とか、「ヴェローチェで買えないヴェローチェ」とかでてくるのだろうか。いっそのこと「ルノアールで飲めないルノアールの珈琲」とか「談話室滝沢(もうないけど)にない談話室滝沢の珈琲」とかどうだ。マニア心はくすぐると思うのだが。マニアすぎるけど。 それはコーヒーにかぎらない。コンビニの特性を活かすならヨシギューで食えないヨシギューがあってもいいのかもしれないし、マックで食えないマックがあってもいいのかも。だったら店行けばいいじゃん。って思えないぐらい種類が集まるミニチュア商品の数々。幕の内弁当という食文化をもつ日本にふさわしい。 本日病院に行く用事があり、休みをとる。 休みついでに義妹の車を借りベッドのクッションをすてに行く。カビまみれのそれを清掃工場にもちこむもそこでは処理できない素材と判明。そこのおじさんがいいひとで「たいした重さじゃないから無料でひきとってその工場に送ります」といってくれる。ラッキー。 平日に休むと音を意識する。赤ん坊の声。幼稚園の喚声。大工の会話。蛙の声。すべてが曇り空が出す音のようだ。 自分が知らない時間が平日の昼間、自分の街に流れている。つかの間の贅沢。もっと太陽をくれ。(♂)
2005年09月28日
いいひとっていいひとじゃない部分をみたときはじめて信用できる。 というわけで、飲み会になるとつい「いいひと」に毒を吐くようにしむける自分はかなりの露悪趣味だ。いいじゃんだれに迷惑をかけているわけでないし「いいひと」のままで保護すれば、とも思うのだが。 なんとなく八方美人のひとってどこかで溜めているような気がするのだ。そこをつっついてキナくさい煙がでると安心する。ああ、こいつも人間だったかと。 いいひとを「演じて」いるのを、ついココロの中でツッコミをいれてしまう。実況中継をしてしまう。「あー我慢してる我慢してる」「いえよそこで。いまいわないでどうすんだ」「あー聞かされてる。壁つくれよ」「またおしつけられてるよ。おせよ」←セコンドかよ。 余計なお世話なんだけど。 さて本書。死ぬ前に1度だけ願いをかなえてくれる仕事人がいるという噂のある病院を舞台にヒマだが好奇心旺盛な大学生のバイトが出会う患者たちの連作集。 死をみつめる日々に、願いをこめるせつなさ。奇跡を信じるピュアさ。生を伸ばすほうが地獄だったりする残酷。人生の終わりがきれいに終わらない中で関わることになる縁。 居心地の悪さを感じながら自分とむきあい、世間とむきあう主人公のスタンスに共感。煮え切らなさと、冷静。突如むき出しになる悪意が刺さる。あるいは悪意で進行する事態にみえる一筋の光に泣ける。 リアルな感情がツボ。 世界は善意だけでも悪意だけでもなく。ただ喜怒哀楽はあって。他人のすべてには関われない。観察者であることだけが許される。どうしようもないけれど、どうにかしたい。 完全に醒めるでなく、おぼれるでなく。ゆらぎが気持ちいい作品。 ほら、清涼剤って冷静に食べれば不快な刺激だ。でもクセになるだろう?(♂)
2005年09月27日
会社の直近に画廊がOPENする。 自分はモダンアートにまったく接点がないのでただ遠くから見守るだけである。興味がないわけではないが。芸術コンプレックスは少ないほうだ。おもしろいか、おもしろくないかだけだと思っている。 演劇における「実験劇」みたいなもんだろう。という色眼鏡でみているのは否定しない。実験劇。というのはなにかをめざす実験を装いつつ実際実験からなにも生み出さないという不毛な演劇表現である。 音楽における前衛音楽であるとか、ロックにおけるニューウェーブであるとか。新しさを売りにするものは必ず新しさに首を絞められ、古びていくのだ。文芸や美術もそうか? 昼はその関係で外出。ついでに夕方にも会社の差し入れGETのために上司につきそってビールを運ぶ。夕方会社側からオープニングパーティなるものに誘われたが意味もわからずただぐびぐびビール飲んでしまいそうなので固辞。 まあそういうわけでいまだによくわからないのだが。 ただ感心したのは企画書である。上司がフロントマンをやっているのでみせてもらったのだが、すばらしい。洗練されている。 こういう意図をもってこういうスペースをつくり、こういう実績をもってこうした。というプレゼンに必要な要素がわかりやすく入っている。プレゼンなるものがエッセンスはあったとしても直接は技術として必要とされない業務についているので余計感心してしまった。これだけしっかりした姿勢で挑めば世間のおやじどもをだませる賛同をえられるだろう。 いろいろとやっかみをうむ世界(オレ含む)ではあるが、やはり世間に「買ってもらう」ということはこういうことだ。かつて自分が表現に関わっていた経験からいってその政治力は尊敬すらする。政治というのはことばが悪いか? でも客としてみた場合、知識はない分動物的な勘・アンテナだけは働かせてあのスペースに入ろう。そんなことを考えている。 分析はいらない。驚かせてくれないか? ・・・って、きれいにまとめるのはデート相手が好みでなかった場合に「でもいいひとよ、テヘ♪」ってつけるみたいだなあ。悪意をみとめろオレよ←了解。(♂)
2005年09月26日
実家に行く。かみさんは仕事。というわけでソロ活動。 行くまでに夕食の仕込をする自分にうっとり。野菜スープをつくり、水菜を茹で、レタスをちぎって冷蔵庫にしまう。えらいぜオレ!って世間でみんなやってることなんだろうけど。 母のリクエストで地元のパンやによる。私の住む街は新しくてなにもないがパンやだけは美味しいのが2つもある。これは誇っていいことなんだよ。ってなんかの口語体の詩みたいだが。 食べる人を選ばないようなパンをみつくろう。ひとつ。具が歯につかない。ひとつ。ぼろぼろこぼさない。ひとつ。しょっぱくない。 老人と子供が増えると選択肢が減るが、まあいい。イースト菌の薫りをただよわせながらローカル線に乗る。曇った空が車窓の外に広がる。とことん景気の悪い連休最終日。 駅では姪を連れて兄が迎えに。息子娘連れて実家にドライブということらしい。姪、挨拶すると泣き喚く。朝から眠いとのこと。嫌われてはいないようだが。もっとタイミングないのか? 車の話になる。 私「やっぱり結婚している以上要るかねえ?父はもってなかったわけじゃん。急に必要だとも思えないんだけど」 兄「あー、家族サービスはしなくていいって方向でやればいらないよ。どこにも連れて行かなくていいよとか思うのであれば。」 むーん。たしかになあ。って別に父にうらみはないが。 玄関では甥が迎えたのでこっちは無理やり挨拶させる。「なんかもってきた?」とかいいやがるので「もってきません!」と言う。はなはだ大人げなし。パンは実家にもってきたのだ。「甥にもってきたよ♪」というようなリップサービスをするほどまだ人間ができていない←だめだこりゃ。 ビールを飲みながら昼食。今日きていない次兄の悪口噂話。 母「残業ふえてたいへんらしいよ」 父「いままでラクしすぎだからいい気味だ」 兄「まったくだ」 私「だれも同情しないね」 兄「当然だろう」 私「世間は医者を同じようにみてると思うよ」 兄(←医者)「(むきになり)医者ははたらいてるんだから不公平だよ!」 私「(流す)そうかなあ」そんなプチ社会派トーク。 母の弟子(幼稚園の先生)が結婚式場で教え子の母に会った話から、世間はせまいという話になる。兄も仕事柄あちこちで患者の家族に遭遇するらしい。悪いことはできないものだ。人を相手にしている商売の宿命というやつだろう。自分もどこかでだれかにみられているのだろうか。 ひととおり流しの皿を洗いまくり、珈琲を飲む。たぶんこんなおだやかなすごしかたも実家で何回もできないのだろうと思ったりして。 駅までまた兄におくってもらう。しみじみと「親ってさあ、なってみるとそこらへんのふつうのおとーさんになっちゃうね。運動会行ったり、どこかに連れていったり。個性がどうのとかいうけどそんな余裕ないよ」なるほど。傍目にはふつうのおとーさんの顔がおもしろかったりするのだが。 おでんとリンゴと梨と大根を貰って帰宅。(♂)
2005年09月25日
昨日の産経新聞に高野連のえらいじーさんがでていて駒大苫小牧の暴力事件を受けて「今後暴力への罰則を強化する」とかねぼけたことを言っていた。だれか顔洗ってこいっていってやれ。 もちろんそれは必要だが、「なぜおきるのか」に目をつむった対策は意味がない。ますますチクリ合戦がエスカレートするだけだ。まずは高野連自身がやっている過密な試合日程という名の暴力をやめさせろ。震災のときにゆるい日程にできたのになぜその後できない?腕折った「球児」(この言葉嫌い)に顔向けできるかじじい? 昨夜BS1でアルカイダのドキュメンタリー(BBC制作)を鑑賞。対テロ戦争最前線のパキスタン・情報戦をめぐる戦い・スペインの列車事故の犯人の謎など盛りだくさん。再現映像までつかったつくりに満足。 ただの麻薬商人が刑務所の中でイスラム過激派の教育をうけてテロリストに変身する話はかなり驚き。これ見る限りおわんねーな戦争。早く手をひこうよ自衛隊。泥沼になる前に。ケンカ上手は逃げ上手だよ。 で、本日。 天気の悪さをいいことにはてしなく昼寝。寝休日だと脳みそがキムチになりそうなのでマンガ喫茶にでかける。 「警視正椎名啓介」戦後の歴史モノに熱くなる。講談社のマンガはこういうネタ強いなあ。 「亡国のイージス」絵が同人誌っぽくてちょっと幻滅。作品のもつおたくっぽさにはフィットしているかも。 「トッキュー!」あいかわらず面白い。海猿やったから映像化はないだろうけど。ストイックな感じとはじけた感じのバランスがいい。 って気づいたら制服モノばっかり読んでいる。ホモくさっ! 言い訳のように「カピタ」というカートのマンガ。車ネタは嫌いだがこれは別格。曽田正人は熱い。アニメ化楽しみ。 夕食はイカ焼きとスープとカボチャの煮物。なんもしてないなあ休日。(♂)
2005年09月24日
午前中洗濯物の山と格闘。なんなんだこのタオルの山は。 大川豊のエッセイを読む。「日本も北朝鮮も同じ世襲国家じゃないか」という一節に深くうなづく。この本「お笑いテロリストが行く」、少々古いが株の話も堀江社長の登場を予言するような内容だったりして。面白い。 WEBで浜○何某(一級河川の魚系歌手)がマドンナとこっこをいかにパクっているかというサイトを発見。コンサートの衣装からPVまで画像をならべ、どこをパクったかわかるようになっているのだが。よく探してやがんなこれ。キミ実はファンでしょう?と逆にツッコミ。愛情と憎しみが紙一重のような内容に感心。 母より電話。電話の音が悪いので指摘すると「新しいほうでかけているんだけどねえ」って、母よ、新しいほうの電話だってもう10年はたっているよ。先週の弟子の結婚式が楽しかった話など。お色直しの間琴を演奏するのがMISSIONだったわけだが、なかなか終わらなくて用意していた数曲以外をアドリブでつないだらしい。自分の親とも思えない柔軟さだ。 昼に国勢調査員来宅。おもいっきり腰の低いかた。身分証明もはっきりみせて説明をうける。いちおう回収の希望日を言う。仕事大変そうだ。保険をかけてやると聞いた。カラダはってるよかれら。 午後外出。BGMは昨日衝動買いしたボストンのベスト盤。べったべたなロックバラードもたまにはよし。 昼食がわりに近所のパンやでカレーポテトパンを買う。美味。 夏のスーツを全部つめてクリーニング屋にもちこむ。 その店、店員がいわゆる世間でいうイケメンというやつでそろいもそろってちゃらい&はっきり喋らない(腹式呼吸で話せ!)。不思議。店長の趣味か?以前聞いた噂で環七沿いに梅宮アンナ似の店員ばっかりいるラーメン屋があるというのがあったが。人事権行使のポイントは顔なんだろうか。いろんな選考基準があってもダメなやつは網をすりぬけて入ってくるわけで。ヘタの考え休むに似たりなんだろうけど。 スーパーで鯵(あじ)を購入。レジの女の子の客さばきに感心。しかしカゴが外に出てないし手をぬらすふきんはないし。シフトひどいよ!とダメだし。あといつも不思議なのがバイト募集の張り紙が市外局番が間違えていること。もう何ヶ月にもなるのだが。いいかげん気づけよ。 帰りいつものパンやでパンを買ったら客足が重いせいかおまけしてもらう。ラッキー。 夜野菜スープをつくりアジを焼く。アジの身のつまりかたがぎうぎうで美味い。満足。(♂)
2005年09月23日
朝から昨日の仕事のトラブルの処理の電話をはやめにいれる。 トラブルの相手の同僚がこっそり教えてくれたブログ(未リンク。自分にブログがあるというのを教えていない。卑怯?)でわざとかどうかわからないが「関係部署の対応が遅い」とチクりと書いていた。かなりあわてる。 こういうコミュニケーションもどうかと思うが。 もしかしたら自分にではなくて発注先についての感想かもしれないけれど。一見PCを通していることでクッションのあるコミュニケーションだが、精神的に深く接触しているような気がする。おおげさな話ではあるが長崎の小学生もそういうところから刃傷沙汰になったのではないのか。 クッションがあるという幻想がどこかにあるから歪みがでるのだ。その幻想の原因が匿名性の高い字にあるとしたら将来的にはだれもが状況によっては自分のフォントを持ってカキコミなりメールなり相手にできるようになればいいのではないだろうか。リアルな社会における手紙のやりとりを電脳社会(こんな言葉あるのか)内でもやることで匿名性を薄めるのだ。 だったら手紙でいいじゃん、っていわれたらそれまでなんだけど。 もう1件は納品の遅れでイヌ子がキリキリと電話してくる。「あーはいはい」と流す。流すだけでは信用まで流れそうなので現在地を確認。一応状況を把握する。電話でキリキリしているので警戒しつつ実際にあったときに目をみて頭をさげると急に沈静化。なんなんだ。 基本は1対1のナマということだろう。 あとは「初期消火」としてスピードが要求されるのであれば、全体像を完全把握しなくとも、少しでも情報がはいれば「未確認情報ではあるが」とかセキュリティをかけつつ小出しに伝えたほうが親切かもしれない。あたかもオードブルをだすがごとく。なんてね。 トラブルおこさないのがいちばんいいんだけど。(♂)
2005年09月22日
ジュビロ磐田の名波選手がインタビューでケガをしないコツについて「逃げないこと」といっていた。削られるときに逃げると打ち所が悪ければ関節をもっていかれる。それよりは自分から当たりにいけば衝撃も少なくてすむ、ということらしい。 なんとなくわが意を得たりと思う台詞である。加速がつくまえに当たれば確かに軽いダメージだろう。 2日連続でトラブルがつづく。自分の連絡の甘さが原因のもあるが多くは依頼先のミスである。最初は自分のなかの非常時モードをぐうぉんぐうぉんとたちあげていたがあんまりつづくのでいいかげん慣れがある。慣れ、すなわちさきに察知してこちらから「なにをすべきか」探すモードである。軽い。腰が軽い。ほとんど板前の気分である。 「いらっしゃい!なににしやしょう!」という脳内板前がトラブル電話に対応する。あんまりつづくので痛さがない。むしろかいがいしい自分にうっとりしたりして。だめだろう。 原因がなんであれ責任者は私なので真摯に受け止め、ダメージを受け止め次回に活かさなくてはいけないのだが、たまにはやってられないこともある。ほんとは「慣れ」てはいけないのだが。 だから、がんばれオレよ。(♂)
2005年09月21日
おやじ狩りのニュースを観ていて、ふと日本を憂う。こいつらがオトナになったらどうなるんだ。 頭をよぎる悪夢。 若者を狩るのではないのか。 おやじになったやつらが通りがかったワカモノを手当たり次第襲う。鼻に脂を浮かばせながら若者を襲い、金目のものをとる。 襲える体力がある間は「若者」とよばれるのだろうか。 それならばもっと遠い未来はどうだ。 人口が減り、ラッシュアワーも昔話となったはるか未来。もちろん総理大臣は小泉孝太郎。老人たちの街になった渋谷にたまたま迷い込んだ若者におそいかかるジジイたち。逃げ足は遅いが警察が来ると弱者のフリをするジジイ。 暴走する老人たち。老人A語る。「俺たちに明日はないからよー」(音声は変えてあります) ・・・って、すみません暴走はオレじゃん。自分を憂えよ。(♂)
2005年09月20日
午前中、かみさん同僚から頂き物があるのでかみさん職場周辺にドライブ。 といっても車がないので義妹に借りる。借りるついでにカーナビ教習。電話番号だけで場所がわかるって凄いなあ。そのうち携帯の持ち主を追いかけることが可能になったりして。逆がわかってもおもしろいなあ。「だれかオレを探している!やばい!」とか。履歴が残るのも妄想をくすぐる。携帯じゃないけど泥仕合の原因になりそうだ。「どこ行ったの?きーっ!」とか。 サイドブレーキが左足で操作というのにも衝撃。先日目の前で坂道を滑って事故になりかかったRVもきっとこれだったのだろう。なれないので慎重に操作。道をはずれても敗者復活のように新しい道を検索するカーナビ。男らしいぜ(意味不明)。 車中、山下達郎のインタビューを聴く。インディーでああいうおされな音は当時(シュガーベイブ結成時)は異例で、ヤジとばされたりモノ投げられたりしたらしい。この場合山下側にロックスピリッツを感じる。反逆を演じることが逆にロックから遠ざかる不思議。 賢いカーナビのおかげであっという間に到着。待ち時間があったので近所の質屋の品定め。あのヴィトンの量はなんだ?世間の馬鹿な男の貢物の結果ではないのか。とカバンの履歴を妄想。カーナビではないが、履歴はないのか。血塗られた鞄とかありそうだ。ぎょえー。 ビールと引き換えに頂き物をありがたく受け取る。ついでになぜかその方と神保町トーク。渋澤龍彦をもってこられてネタをかえせない自分がくやしい。足穂でも読むか?はりあってどうする。 一度家に戻って昼食。家の近くで隣の兄弟にすれちがって挨拶。少女昨日出合ってのたまわく、「ネコジャラシって本当の名前じゃないんだよ」やばいよ、植物の知識小学生に負けてるよ。 ふたたび買い物に出発。カーナビを更新していないおかげでガイドが早々に雑になりやがる。「目的地、この周辺です。ガイドを終了します」終了するなよ←新しい道が多いとこうなる。 ガソリンを入れて実家に返却。仕事じゃない運転もまた楽し。(♂)
2005年09月19日
若き日に集めたお宝。未開封6本あります。ちなみに買ったのは私ではありません。私の名誉のためにつけくわえておきます。←このたび公開!(と書いてサラシと読む)(♂)
2005年09月18日
役者Mに誘われ吉祥寺へ。 こんなにギャル(死語)の多い街だったっけ?はるか昔大学受験の記憶しかないのだが。駅前がドブくさい。駅の中の立ち食いソバ美味。 本作はウチナーのニライカナイ信仰とウタリの死生観をからめて描く、すれちがいの物語。 当劇団の売りは圧倒的な教養と訓練されたパフォーマンスとかっちょいい映像である。という言い切りはやっている側はイヤがるだろうが。人気劇団にはやっていることは高度な内容でも「単純化」できる要素がある。それは悪いことではない。 もちろんそれだけではない。この劇団は男と女のぐしゃぐしゃどろどろした部分から目をそむけない。それが文学性をおびる部分である。 が、今回ふだんにくらべて整理されてない雑な印象。死と生の境目を描こうとして苦戦←説明くさくなりテンポ悪し。観客の想像にまかせていいのでは? ゆったりとした南の国のリズムで描いたというのとは別の話である。 パンフと劇団HPには出演者に不幸があった旨が書かれていた。その影響だろうか。いっそのことその追悼の思いに筆をまかせればいいのに。まかせた結果が筆を重くしているのか。余計な詮索ではあるが。 沖縄ってどうしてもこういうとりあげかたになるのかなあという失望もある。沖縄に思いいれも知識もないのだが。 もっと登場人物の関係性、思いの動きにスポットをあてたつくりにすればせつない作品になったのではないか。ところどころで朝崎郁江(だよな、たしか)の声に負けない光るシーンに泣けたが全体に間延びした印象は拭えない。仮に泣きが狙いでなかったとしても。 観終わってしばらくしてなにかが残っている。そんな不思議な作品であっただけに惜しい。よくばりすぎかなー?(♂)前回公演
2005年09月18日
楽天広場のデザイン変更のページに「レースクイーン」という項目があったので気になり実験。日記の左下に嫣然と微笑むレースクイーンの写真が出現。趣味じゃないと30秒でもとに戻す。みたいかレースクイーンの写真?名前も知らないのに?だれが考えたんだか。ヘンなコンテンツ。 柄にもなく早起きしたが、洗濯物干したところで電池切れ。キムチ焼きそば(ネギ+ニラ追加)食べて昼寝。デブいなー。 さすがに二日遊ぶと肝臓が悲鳴をあげてベッドに誘う。心地よい風がまた休日気分を煽る。サッカーダイジェストを読みながら爆睡。まあいいや掃除半分終わってるし。 夕方買い物へ。 太陽がいつのまにか赤い日差しになっている。空気も爽やか。秋の気分をだそうと長袖をきて歩く。紺のシャツにチノパン。手には使用済み牛乳パック。 新しい街らしく小さな子供を連れて歩く夫婦とたくさんすれちがう。親子づれだと女の人は威嚇と躾の気合のせいか親ネコみたいな顔になる。同様に男は愛する小さい生き物がいるとすごくやさしい顔をする。と観察。会社のあのひともあのひとも息子や娘にしかみせない顔があるのだろう。不思議。 ロシアンブルーという灰色のネコを肩にとまらせて買い物をしている主婦を発見。肩にのっておとなしいネコがすごいのか、とまらせている主婦がすごいのか。オトナのネコで重そうなんだが。 シャンプーと台所洗剤とトイレットペーパーとティッシュペーパーを購入。おかずはイシモチと豆腐を購入。魚の調理を頼むときどうも慣れない。肉のグラムを言うときみたいにさらっと頼みたいのだが。さりげなさで主婦3級とれるか? さらにクリーニングをとりにいく。たくさんの袋をさげまくって絵にかいたような主婦に。重い。これで住宅街をあやしまれない。一方で、ドロボウやヒットマンやるならこのファッションかも。と思ったりして。ドロボウといえばあの頬かむりしたファッションの元ネタってなんだろう。歌舞伎か?それともストリップ劇場のコントか? 19時帰宅とのメールをもらう。あわててぴったり19時に味噌汁とちぎったレタスと焼き魚を準備完了。無事まにあう。YES!主婦だぜ。(♂)
2005年09月17日
車でとおりがかったオフィス家具の中古屋の店先。ぼろい机やイスにまぎれてでっかい鹿の全身剥製を発見。買うヤツいるのかそんなもん。それより売るなよ。いくらだ。 経緯を考えるとバブい。栄枯盛衰。同乗の道産男(独身)、それをみてぽつり。 道「最近コンビニで派手なねーちゃんたちにアイス買ってあげてるようなおっさんみなくなったよなー」 私「得意先の○○が儲かったら担当者の道産男もネーちゃんにアイス買えるんじゃん?『いま○○が熱い!』とかブームになったりしてさ」 道「ないない。残業ふえまくってガリガリ君を自分に買うのが関の山でしょ」2人「・・・はははは」 バブルは遠いぜ。 玄関に置くのを想像してみる。絶対似合わない。剥製って一見ゴージャスだが思い入れのある持ち主以外にはまったく価値がないことを発見。フィギュアみたいなもんか?贅沢だなあ。等身大綾波のほうがまだまし←そうか?とりあえず殺生はしてないしな。 昼、帰社して車を停めると会社の陰で電話しながら号泣する同僚のギャル子♀発見。見て見ぬふりをして通過。でも車の前1メートル。無理あるよそれはオレよ。 夕方、OB会打ち合わせ。芝居サークルだけにみんな通るいい声。トイレに行って聴くとよくわかる←ただうるさいだけかもしれないが。場所とイベント仮称と日時、懸案事項と今後のスケジュールが決定。マジメにまとまったところで雑談開始。年代は違っても映画や芝居の話になると熱い。「I think」がいいあえる関係っていい。ツッコミおたがい容赦ないし。 美味い焼酎なのにバカのみしなかった自分を褒めてやりつつ帰宅。(♂)
2005年09月16日
けろ氏と夏目京氏で神田小川町のタイ料理店へ。ビールを飲みつつだらだら。私は飲むというより空けるといったほうがいいペースか。聴き上手ふたりにだまされ(?)3時間30分話す。 だれかに話を聴かせる意味について興味深いけろ氏の体験。大学の先生がこうのたまったらしい。「いまから君が壁になりたまへ(←なぜ旧かな遣い)」つまりその先生はだれかに話をすることで考えをまとめるという。ただその壁もまた技術である。テニスの壁打ちではないが打って返ってくることでこそ無駄を削り説明補足をするその作業も可能だろう。 だから私の酔っ払いトークが今回はまとまるというより膨らんじゃったのはけっして「壁」のせいではなく、神の思し召しだろう。そういうことにしておく。(♂)
2005年09月15日
長生きするねとよくいわれる。 皮肉なのはわかっているのだが。たぶんするだろう。退屈しているつもりはない。ただなにもやってない。よくいわれるように死ぬ間際にいままでの人生を振り返る映像をみせられるのだとしたら、ヤマナシオチナシイミナシ映像はつらい。だから「撮影」は長引くと思っている。いまのところ。 さて本書。 突然の死をむかえたマジメだけがとりえの中年男が、遺した想いを清算するため女性の体を得て現世に戻る。 死をみつめるということは生をみつめること。あらためてそのことばの意味を考えさせられる。 かえられない現在。身の回りの人々のもうひとつの顔。隠れていた想い。知らなくていい事実。 たたけば埃がでる。それが人生なんだろう。あくまで観察者としてしか許されない、みせつけられる残酷さが苦い。しかし人生は埃だけではない。かけがえのない気持ちが愛しい。 だれにでも平等に与えられる無常感と、それぞれ違う事情をもってむかえる死。あっけないおかしみと、あらためての死への覚悟。号泣。(♂)
2005年09月15日
昨日J-WAVEでヒデシマフミカというパーソナリティが言っていた実話。 「私の父がですね、ホテルでガイジンさんに『飲みませんか』と誘われて飲み行ったんですよ。仕事は?という話になってガイジンさんがActorだっていうんですよ。父は『そうかがんばれよ』といってわかれたんですけど。後で名前思い出したらK.コスナーですよ。それ以来父はケビンがテレビに出るたびに『オレの親友』扱いですよ」 俳優小沢昭一がラジオで喋っていた実話。いつの放送か不明。 「ある私立学校で芝居をやったとき。出口で観たガクセイに『おもしろかった!』といわれたら『そうか、こんどは劇場にきてくれよな』と挨拶していたのですが、ある少年だけ『いやめったに行けないんで』というので『なんだよ。そんなこと言わずにまたきてくれよ。なんならお父さんお母さん連れてこいよ』といったんですよ。『いやちょっと』ってはっきりしないんでさらに誘ったら『ぼく浩宮なんです』」 うかつすぎるよきみたち。 ところで今日聞いた話(ラジオネタ3連発)。 恋愛テクとしてラジオで紹介されていたのだが、狙ったターゲットに5秒以上目をあわせるのがいいらしい。恥ずかしければ鼻でもいいということだ。←ってもう私には必要のない情報なわけだが(たぶん)。日本人限定ではないのか?ガイジンなら日常のコミュニケーションで基本のような気がするが。 以上のデータからいうと日本人は他人の顔をみていないということになる。もしかしたら自分のパートナーがシャラポワかもしれない。帰ってチェックしてみなければ(ないない)。(♂)
2005年09月14日
今日本屋で感心したタイトル「城崎にて、殺人」(西村京太郎)。直球だけどインパクトやよし。志賀直哉に興味はないが。こういう10代に読むべき本が欠落している自分にコンプレックスがある。っていまから読めばいいんだけどさ。 1日PHSにしがみつく。あんまり量が多いのと内容的にしょうもないので愛想フィルターをはずす。もともと愛想はないのだが、さらに倍である。他人のミスが自分のミスを、自分のミスが他人のミスを誘発する。消耗。へばる時間も惜しいので、深呼吸のかわりに軽い連絡電話をこなす。激しい運動の間に軽いジョグが乳酸をとるようなイメージか。 蹴飛ばすかわりにちょっとあーとかうーとか叫んでみる。迷惑にならないギリギリ。ああ、飲み込むことばをどこにやればいいのか。 「かってに改蔵」というマンガでやっていたネタである。サッカーやバスケットボールでボールをパスしずらいときいちばん預けやすい選手に渡して劣勢を挽回するプレイをポストプレイという。それを日常にとりいれる。この場合は飲み込むことばをいいやすいヤツにいうのだ。 たとえば隣にドーモくんのぬいぐるみでも置くか。置いて相手に聞こえるようにいうのだ。 「お金じゃできないよなドーモ♪」 「○○クンは忙しいんだってさ打ち合わせできないのもしょうがないよねドーモ♪」 「時間なくてやれってさ。まあ仕事だからねドーモ♪」 「このまえと言っていること違うけど、まあ人間だからしょうがないよねドーモ♪」 「ハンパな指示ならださなければいいのにねドーモ♪」 「あらかじめわかっていたことなのにはやく言えばいいのにねドーモ♪」 これができれば私はつねに笑顔で仕事できるのに。まあ笑顔のかわりになにかを失うだろうが。 ・・・そうだ、世界人類がみんな「ポストプレイヤー」を連れてあるけばいいのだ!VIVA!イヤミだらけの明るい世界! いかがだろう。(♂)
2005年09月13日
日刊ゲンダイの見出しすごいね。「この国の民主主義は終わった」(←しかも1面から最終面へ横ぶちぬき白抜き)だそうだ。彼らはだれを選んだらよかったんだろう。褒めるゲンダイというのもどうかと思うけれど。 今日、タイガースファンのイヌ子がご機嫌でよってきた。「巨人にはいただきましたよはっはっは」?←リアクションに困る。しばらくして自分が巨人ファンだと知っていて勝ち誇りにきたことに気づく。まあシャレでだろうが。 すまんイヌ子。もうジャイアンツ、もとい野球にはムキになれないのだ。いつからというとわからないが。たぶん毎年の無茶な補強のせいだ。ココロの金属疲労だ。NYの55番が去ったことで決定的にぽっきり逝ってしまったらしい。 つまんねー。 スポーツなら全部というわけではない。浦和レッズの試合はマジメにみている。永井がはずせば怒るし達也が走れば喜ぶ。 野球の話だけができない。野球場でビール飲むのは好きなんだけど。完全に傍観者だ。正しいスポーツのありかたじゃない。もっと思い入れがあっていい。どっちかに肩入れしなきゃあ3時間って耐えられない。 先日読んだスポーツノンフィクションでこんなシーンがあった。若い選手が「海外行っても黙ってなんでも食べられますよ」と自慢げに話すと先輩が怒鳴るのだ。「バカ野郎!好き嫌いぐらいいえないからお前のプレイは軽くて特徴がないんだ!」暴論だけれどなんとなく納得した記憶がある。 それに従えば野球がすきでなくなるぐらいマジメにスポーツ好きな自分がいるということか?そうは思えないが。 いっそのこと過去に生きるか?「あんときのジャイアンツは強かったんじゃあ」とか「ライオンズの日本シリーズは」とか。←ジジイかよ。 こんな話をしてもたぶん理解されない。理屈よりなによりキャッチボールでもやれば違うだろうか。・・・あーやりてーキャッチボール。千代田区の路地裏でやるメンバー募集!(ウソ)・・・捕まるだろ。(♂)
2005年09月12日
朝新聞(スヌーピー系右翼新聞)で真っ黒に日焼けした岡田代表と涼しそうな小泉首相の写真を1面に載せていたのだが。どうみても劣勢っぽいな政治家の日焼け。スキンケアしようよと軽くダメだし。似合う似合わないの問題だと思うが。 洗濯物を干し、ひさびさに映画でもみようかとネット検索。9月11日に「亡国のイージス」か、いやいや本広の「サマータイムマシーンブルース」かと悩み結局「チャーリーとチョコレート工場」に決定。 時間的に昼間だったので急いでいこうと思いバスに乗るが、思い立って途中下車。先に投票を済ます。この市にきてから選挙でもっとも多いのではないか投票者?いっそのこと出店でもだせばいいのに。 投票は無事終了。裁判官の査定の機能果たしてないよなああれ。法精神を問うべきだろう。 途中本屋によって「サッカー批評」を購入。菊原・磯貝ら幻の天才プレイヤーたちをとりあげているとなれば買うしかあるまい。Jリーグ初期、運動量がなくてパスセンスはある選手をマスコミは「天才」と読んでスポイルしていったのだが、犠牲者2人をとりあげるセンスは買い。読みながら映画館にむかう。 J.デップ人気があんなのならどうなるやらと思っていたら無事1時ごろのチケットをGET.昼食のために駅にもどる。駅前のおされな喫茶店でナスカレーを頼む。美味。 映画を観て、夕食を買って帰宅。(♂)
2005年09月11日
実家をでるときいろんな本を処分した。 児童文学なんて最たるものだ。ほとんどがどこかへひきとられていった。文章にしてしまうと簡単だが、「断腸の思い」とはこういうときにつかうのだ。 ブックオフの登場とマンガの文庫化によって本は買い捨ての時代になった。音楽ソフトだってデジタルデータでやりとりする時代。感傷にすぎないのだけれど。 なぜかいまだに処分せず実家においてある。それがこの原作本「チョコレート工場の秘密」(ただし田村隆一訳)だ。 貧しいが素直な主人公がまきこまれるチョコレート王との不思議な体験。めまぐるしくかわる場面。風刺に満ちたキャラクター設定。おどろおどろしい挿絵がまたこの本の世界にあっていて、チョコレートの香りがしてくるようだった。つまり私は原作ファンである。 監督がT.バートン&主演J.デップと聞けば観るしかないだろう。と期待していたのだが。 期待を裏切らない出来上がりに大満足。メリーゴーランドのような、あるいはサーカスのようなというのだろうか。一見明るくて裏をかえせばなにかがある見世物小屋のようなおどろおどろしさ。イントロからぎゅうぎゅうにつまったケレン味に涙が。 なんで泣くのかわからないけれど。理屈抜きにすんげえ!という迫力にだと思う、たぶん。 原作と違うのは(ネタバレにつき注意→)ウォンカさんの家族設定(←原作はない)と、テレビ好きの少年が原作はガンナッツなのがゲーム好きになっているのと、最後のエレベーターのシーン。原作ではエレベーターが突っ込んできてそのまま家族を無理やり拉致って終わるのだ。あとはひょろひょろになったテレビ少年についてウォンカは「プロバスケットボールから契約の話が来るんじゃないの?」という解説を原作ではしていた記憶がある。家族をとりあげることでよりウォンカがなぜここまで工場をつくりあげたかという動機は鮮明になったようだ。それと、さらに深読みするならウォンカ=T.バートンなのではないだろうか?自分だけの巨大な世界をつくりあげながらどこか危なっかしいという点で。だとすれば家族にこだわるのも納得がいく。 家族が魅力的(ジジババが可愛い)。児童文学の世界における貧乏の美しさの描写。主人公の可愛さ。ほかのガキたちの可愛くなさかげん。とにかく魅力いっぱい。魅力とは毒である。悪意に満ちた世界と、わずかな奇跡。どっぷり世界にひきこまれてしまった。ところでなんで劇場でチョコ売らないんだ?レベルとしてはゴジバとかじゃないと許さないけれどね。 余計なことだけど、J.デップが人間離れしててマイケル・ジャクソンみたいだったっていったら怒られるかなあ。(♂)
2005年09月11日
朝洗濯物を干し、そのままだらだらとすごす。なるべく体内時計をたるませる。体力気力ともにガス欠ぎみ。 話題の普天王のブログを覗く。WEBに慣れたひとの文章で笑う。おもしろい。でも万が一横綱になったら中止させられるんだろうか。「ふさわしくない」とかなんとか。マッチョでもないくせにこの国にいまだに男は黙っていろという雰囲気があるのは不思議。 いつか「今日横綱になっちゃいましたー」と書いたら傑作なのになあ。そもそも力士がPCをいじっただけで話題になるのって偏見もいいところだ。そういえば双葉黒もPCを使うということで新人類とか言われていたよな。 先日スポーツ雑誌を読んでいたらある海外で活躍するサッカー選手のインタビューのエピソードが←失笑。 現地でインタビュー企画がすすんだものの質問にたいしてひとことふたことしか言わないので全部ボツになってしまったという。話せよ間違ってもいいから。聞き手だって察するよ努力は。関西人ならなおさらだ。なあイナモト!あ、いっちゃった。 昔なら寡黙さは背中の迫力で語る大人の振る舞いだったのだろうが、こういう話をきくと逆に自己表現できない未熟さがみえてしまう。そういえば今年のワールドユースもお互い声を出してコーチングできないというのが問題視されていた。自己防衛意識が高いくせに境界線が言葉でひけないのってどうなんだ。ガキか? 自分も口下手なので苦言。 義父から電話。かみさんのデジカメを貸してほしいということなので買い物ついでに届ける。珈琲と葡萄をごちそうになる。美味。 パンやからスーパーへ放浪。 帰りにマンガ喫茶で三田紀房「ドラゴン桜」(講談社)を読む。過去の三田作品同様、ある種の人生哲学でストーリーを動かすのは最高。高校野球も受験もリアリズムを積み上げてすこしファンタジーを混ぜる構成もまたこの作者の味だ。受験生以外も必読かも。ハードボイルドな割り切りこそが快適なオトナの生活のカギなのだ。ほど遠いけど。 夕食はきのこと豆腐の味噌汁+タラのバター焼き。(♂)
2005年09月10日
請求書の仕上げに集中。本も読まずテレビもろくに見ず料理もしないということをやったら。 ぽっかり空く。荒むというのとも違う。乾いたかんじ。 毎日同僚とも笑顔で会話するし、食事だって美味しく食べている。仕事だって順調だ。家庭も快適。でもなにかが足りない。 インターネットで社会情勢をインスタントにつかんでいる気になっている自分に嫌気か(ブログを漁ると右よりのネタの切り口のほうが面白いなあ。がんばれサヨク)?あるいは本屋でいい文庫に出会えてないせいか。 自分は祖父と違って花を愛でる習慣がないのだが、こんなときは花を買えばいいのだろうなあとぼんやり思う。思うのと実行するとでは高い壁があるわけだが。自分のために花を買う男って個人的には不気味だが。 生活に受身要素が現在高い。天気が不安定なせいもあるし、仕事の嵐だったせいもある。運転できずに書類処理にこもっていたせいもある。たぶん自分でコントロールできるなにか。ポジティブななにかがほしいのだろう。 だからまずは明日の朝走ろう。たぶんそんな単純なことだろう問題は。ほとんど性欲に悩む中学生へのダメ教師のアドバイスと同じレベルだなこの結論。(♂)
2005年09月09日
しょっぱい。 なにが? 自分が。 ・・・現代詩みたいになってしまったが。とにかく汗でしょっぱい。 志木まで外出して帰ってきたら机の上に急ぎのブツを黙って置いておくのってどうかと思うぞ50代の管理職よ。ひとつ「いそぎなんでよろしこ」とか電話をかけるというのがオトナのやさしさというやつではないかい? キミのようなのを「末っ子ビジネス」というのだ!いざというとき気合だけで丸投げして逃げるそれ。自分のようなやりかたに近親憎悪。いやぜったいそうだねこのやりかたは。末っ子のそれに違いない(銭形の口調で)。なぜそこまで強調する。 ふだんつかっているライトバンが車検のため軽のワンボックスが代車でくる。微妙に風で煽られて緊張。 ワンボックスのオーナー♪えらいぜ♪ とダンス★マン(That's the way aha aha♪ I like it♪のメロディで)を口ずさみつつ戻るとこの仕打ち。愚痴も出ようというものさ←なんだよ「さ」って。 カーエアコンはいれているのだが。ふつうの汗のほかに冷や汗とかストレスの汗とか混じっている。カラダの奥から滲み出るかんじ。★♪♀дと感情の文字化けをおこしつつふたたび板橋にむかう。思ったより空いていて得意先でアイスコーヒーをもらってすこし落ち着く。モノに弱いぜ。 戻って請求書を処理。途中組合の会議をはさんでまた続行。8時をすぎてエアコンをとめられる爽やかな職場環境のおかげでまた汗まみれになる。ゆで卵の調味料ほしいやつ来い私のところへ(倒置法)。 ここでギャルゲーなら「汗かいてたいへんね」とか「わたしもあなたと同じ汗よ」とか「あなたの匂いいいわねえ」とかいいだすキャラが現れるのだろうか。とマニアすぎる企画を考えてみたりする。というほどギャルゲーに親しんでいるわけでもないのだが。 匂い、あるいは香りについて他人から言われるのってドキドキさせる。たぶんもっとも自分の肉体に近い五感だからだろう。かといって「しょっぱいわねえ」とはいわれたくはない。汗をほめてくれ。ってほんとに望んでいるのかオレよ。 あと一日。明日の出勤はなにかつけていこう。とりあえず塩以外を。(♂)
2005年09月08日
☆次のメニューに調味料はかけましたか?☆ (薬味は含まず) ☆目玉焼き・・・・・・・・塩☆納豆・・・・・・・・・・付属のタレ☆冷奴・・・・・・・・・・醤油またはゴマダレ☆餃子・・・・・・・・・・ 醤油☆カレーライス・・・・・・かけません☆ナポリタン・・・・・・・かけません☆ピザ・・・・・・・・・・かけません☆生キャベツ・・・・・・・ソース ☆トマト・・・・・・・・・かけません☆サラダ・・・・・・・・・和風ゴマドレッシング☆牡蠣フライ・・・・・・・タルタルソース☆メンチカツ・・・・・・・ソース☆コロッケ・・・・・・・・ソース☆てんぷら・・・・・・・・ダシ醤油おろしいり☆とんかつ・・・・・・・・ソース☆ご飯(おかずが無い時)・納豆orごはんですよorキムチQ、周囲に意外と驚かれる好きな組み合わせは? Q、それが一般的だと分かっているのに苦手な組み合わせは? 納豆に芥子 おでんに芥子Q、バトンを回したい5名は誰ですか? いません
2005年09月07日
得意先が集中豪雨の被害にあった影響で自分の仕事にも支障が出る。そのついでに周辺の同業他社にも挨拶代わりにきいてみるとおおむね無事との答え。胸をなでおろす。なでなで(意味不明)。 1社で生生しい話を聞く。その会社は大丈夫だったのだが、親戚が中野区で被害にあったらしい。 「親戚の家は地下室があるんですけど、半分地上に出ていて窓ガラスがはめてあるんですよ。その前は坂になっていて」ふんふん。「ふつう土嚢は坂の上に積んで完全に浸水を防ぐと思うんですよ。うっかり浸水に慣れているものだから」ええ。「よせばいいのにその地下の部屋の窓ガラスの前に積んだんですよ」あー。「今回ほど激しいのは考えてなかったらしくて。ましてや中野区でいつもは危ないときははやめに放流するのに、担当が寝ていたらしくて・・・たぶん訴訟になると思うんですけど」え?「10時にあければよかったのに11時になってしまって。あっという間に地下の部屋の窓ガラスが割れて、部屋が1メートル水の底ですよ」うわー。「地下はお父さんの古書のコレクションとその家のお兄さんのPCとかDVDとか電子機器類が全部入っていたものだから全滅ですよ」ぎょえー。「いちおう水かき手伝ってきたんですけど、もうくったくたですよ。雪とかのほうがまだましですね」終わりそうもないですもんね。「いちいち水かきもしていられないと思って、消防署に電話してみたんですけどつながらないんですよ」ああ、みんなかけるんですね。 その会社では万が一を考えて土嚢とポンプを注文したらしい。そうめったにないこととは思うがこういうセンスって見習わなければいけないと思う。今年こそは防災グッズ完備せねば。 こういう災害での経験、言い伝えって昔なら年寄りが語って伝えたものだ。実際、スマトラの被害を最小限に避けられた島は「言い伝え」で助かったという。でもこれだけ核家族化がすすみ、自然災害にリアルさがなくなると公共の「情報システム」で残さなければいけないのだろう。あぶねーなあニッポン。(♂)
2005年09月06日
たいして仕事筋肉にエンジンがかからないが突発的な用事発生で神田~板橋3往復。 5人乗っているセダンがのたのた首都高の追い越し側を走っているのをいらいらしながらついていく。たぶん大学生だろう。 てめえ遊んでるんだからどかんかい!と悪態をつきつつも煽るのは好きではないのでいつかどいてくれるだろうと一定の距離をとっていたらアホ外車がすりぬけるようにして追い越していったのでいちおうクラクション←首都高だから止まって降りてくるということもあるまいと計算済。おまえのような運転が事故を起こすんじゃあ!と、生霊をとばしておく。 昼間のニュースでアメリカのハリケーンがかなりエグイことになっているのにビビる。世界の警察官ん家(ち)は家庭崩壊か。「ダイハード」じゃないけど、優秀な警察官は夫婦がうまくいかないというハリウッドの映画のベタな設定そのまま。これを機会に武装解除を地域でやってしまえばいいのに。全米ライフル協会がそんなに怖いか。 日本も世界に驚嘆された冷静な対応の阪神淡路以降は災害へのリアクションは心配。かといってなにができるわけでもないのだけれど。 テキトーに残業して退社。本屋による。「仙人入門」(程聖龍/光文社文庫)を購入。「忍者少年、中国武術の老師になる」というカバーのコピーに釣られて買ったが。生い立ちのいかがわしさに閉口。ところどころに内家拳の真実は垣間見られるのだが。鍛える過程で「骨法」とかでたらダメだ。おしまい。ウソくさい。打撃系格闘技はなんでこう「神話」「伝説」が好きかね? ついでにチェーホフ「かもめ」を読みはじめる。名訳。市民としての美しいことばが長く歯切れ良く書かれていていいかんじ。「わた鬼」みてーといったら怒られるんだろうか。 夕食は餃子とコンソメスープ。餃子は路上の流しの餃子売りから買ったものだがピリ辛でなかなか美味。(♂)
2005年09月05日
かみさんが先日観たNHKのドキュメンタリーの話。 先日の地震時の舞浜がとりあげられていたらしい。閉鎖される駅。次々到着するバス。といえば整然としているようだが、映像は子連れ客ばかりでだれもがコドモを守ろうと殺伐とした雰囲気に包まれていたという。子供がいるがゆえに逆に空気が荒むという皮肉。社会のはじまりは家族だという言い方がある。が、家族という単位は逆に社会性から遠いもののようだ。自分だってたぶん荒れるだろう。鼠海&鼠島は安全なんですかウォルト?←あんまり行かないけど聞いてみた。 「ブラザーフッド」を観る。 朝鮮戦争を舞台に同じ部隊で弟が生き残るためなら手段を選ばない兄と、保護されるのがいやな弟の確執を描いた作品。 泣けるとは聞いていたが兄の狂気に近い愛情過多な部分に喉が乾く。おなかいっぱい。無茶っぷりがSFに近い。想いこそ本物でも行動に嘘を感じてしまうのはたぶん自分が日本人&末っ子だからだろう。「弟よしっかりしようぜ!」とふがいなくなる。恋愛関係ならその無茶っぷりも映画文法として素直にみられるのだが。 避難の途中封鎖された駅で無理矢理徴兵されるエピソード。食物に困って共産勢力の助けを借りてしまう庶民。混乱ぶり、戦争の実態の描写がリアル。 戦争の話を情で終わらせない姿勢は買い。「シルミド」のほうが個人的には好み。(♂)
2005年09月04日
買い物に出る。コメと風呂ブラシと肉と野菜。生活感滲みまくり。 途中、近くの結婚式場で立ち止まる。 その式場はできてそれほど時間が経っていない。凱旋門があったりホワイトハウスがあったりと専用式場らしさに溢れている。ファンキーというかPUNKというか。「ラブホかよ」とつっこみたくなるのは私だけではあるまい。いや他人の幸せに干渉するのもどうかと思うのだが。 本日はじめてそのホワイトハウス(といっても屋根には十字架がついている)から新郎新婦がセレモニーを終えてでてくるところを目撃。ふふん、と笑おうとした瞬間、 見とれる。(脳内メロディ:アンチェインドメロディ) あのホワイトハウスを思い出してほしい。 出口からエンボスの柱があって、そこから急な階段がのびているのだが、それが出席者たちを劇的な存在にもりあげていたのだ。 階段沿いにちらばり広がる親戚たち。出席者たちが見守る中できる通り道。拍手。花束。カメラ。ゆっくりと笑顔で降りていく新郎新婦。待っている車。 ベタな言い方をすればスローモーションのようにそれぞれの動きがみえる効果があの急な階段にあった。段差があるがゆえに全員の表情、動きがみえる。急だからみんなゆっくり動く。白いから映える衣装。あんなん観た日にゃあ結婚したくなるよな婦女子は。 専用式場なめてました。すみません。 結論:日常に劇的な空間をつくりだしたいなら階段(たぶん)。(♂)
2005年09月03日
頭上に鳩が巣を作っています 鳩にはよく言い聞かせていますが粗相をしましたら、どうぞお許し下さい ○○○駅益鳥 ・・・ま、平和の象徴とは名ばかりで凶暴な害鳥なんだけどね。(♂)
2005年09月03日
義務ってヤツにときどき疲れる。夏の疲れかもしれない。 だいたい疲れるとかすぐいっているやつは「疲れる」余裕があるわけで、ほんとに追い込まれているヤツは疲れるヒマもないのだ。海外行きまくって仕事しているひととか、一日PCに縛られているひととか、親をやりながらばりばり働いているひとからそういう言葉をきいたことがない。たぶん。 自分はお茶をやらないが、お茶のようにある型を呼吸するように気楽にできる境地にいきたいと思う。戸を閉めるときに膝をつくとか、さりげなく柄をほめるとか。それはしばられた「型」かもしれないが意味がある。美しい。やさしい。機能美がある。自由だ。 自分が好きな小説に海老沢泰久「監督」(集英社文庫)がある。ヤクルトらしい架空の弱小球団が舞台。広岡達朗に(主人公だけ実在!)「管理され」「やらされる」野球にやる気をなくしていた選手たちがあるとき「監督よりさきにベストの作戦を判断できる能力を身につけそれが監督の指示と一致するなら『管理され』『やらされる』気はしなくなるのではないか?」と覚醒する場面がある。多くの義務もそういうものではないか。 どうせやんなきゃいけないのだ。 だから「あれやんなきゃなあ」「これやんなきゃなあ」と思っているとき。時間は0秒にもならない時間だが逡巡して数回その瞬間があるわけだから積み重ねれば数秒になる。悩めば悩むだけ無駄な時間をすごしているのだ。なんとか手術のCMではないが、悩んでも大きくならないよ大人は。 だからまずは部屋の本をかたづけろオレよ。 といいつつ今日も読書。小野田寛郎「君たちどうする?」(新潮社)を読む。ジャングルでの30年の体験を活かしてはじめた子供たちに自然を教えるキャンプについて書いた本。平易で押し付けがましくなく静かに語る文章にひきつけられる←光人社文庫を読めばわかるが戦争体験を前面におしだす人の文はよみづらいのだ。 ご自身の過酷なキャリア、帰国直後日本がご本人にした仕打ちはさらりと流すところが逆に凄み。ほんとに大変な体験をしたひとは大声では語らないのだ。子供を見る目がやさしい。すげえよジジイ。ここまでいくと「老人力」というよりは「じじい力」だな。尊敬をこめて。 カンビールで軽くドーピング。(♂)
2005年09月02日
ラジオで「日常で映画を思い出す瞬間」というネタを特集していて笑う。 「こっそり社長室に忍び込むとき『ミッションインポシブル』を思い出します」「残業が終わったあと『24』の主人公に」「こどもとチャンバラをやると『キルビル』の主人公に」「2人乗りのベビーカーをみかけると『クールランニング』を思い出します」「大型犬にまたがって遊ぶと『ネバーエンディングストーリー』のファルコに乗っている気分」「草野球で登板するとき頭の中にはワイルドシングがかかります」「ドッジボールをやると『マトリクス』のキアヌに」「扇風機にあたると王蟲をなだめるナウシカに」よかった、妄想で遊ぶのオレだけじゃなかった←※スターウォーズはまったく観ていないのでネタにしないように。 ところで。 会社のエアコンが近い将来壊れるらしい。古いビルなのでしょうがない。壊れたらどうするんだ、という問題提起に対して友人の答えはいさぎよかった。 バンソウコウ3枚 みせたくない部分だけ隠して(!)脱げということだ←やや漢らしすぎるが。せめてガムテープにしようよ(そういう問題か) ほんとは脱いだほうが暑いらしい。汗がとめどなくでるので不快感が増すという。そうやって考えてみると人間の裸って不便。水泳である時期、裸のほうがいい記録が出るという説があったが。最近では否定されている。より裸に近い感覚でかつ水にあう素材を身につけたほうがいいらしい。 ・・・マジメな話が暑いと続かない。 そうか、さては夏に選挙をやるのはそういう意味では愚民化政策の一環だな。負けねえぜ。 さあみんな選挙に行こう。政治が汚いとか批判して投票しないあなたが政治を汚しているのだ。組織票を倒すためにもあなたの汚き一票を! ・・・やっぱり続かないぜ。あぢー。(♂)
2005年09月01日
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