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先日公演を観に行った出身サークルの先輩とメールでやりとりする。内容はサークル活動の現状について。 ほんとは卒業生がどうこういう問題ではないのだが、聞いたのはショックな話。「演劇サークルにも関わらず演劇に興味がある人は外に行き、楽しくサークルで群れたいやつだけが残る」ぎょえー。おいおい劇場費タダじゃないんだろ?劇場費つかって、一般人客によんで(時間と金つかわせて)どう思うの?プレッシャーないわけ? さらにとある古典戯曲のサークルを名乗っていながらどうも食わず嫌いらしい。脚本を書き換えないとつまらないと思っているというのにさらにショックをうける。かきかえなくてもいけるのに。なんで古典が後世に残るか考えてくれたのむから。 365日×4年あるのに食わず嫌いか。もったいねえ。 こういうのっていい出会いなんだけどなあ。 たしかに古典=古いかもしれないけれど、日本語訳だし。現代の日本語だし。台詞のひとつひとつは重苦しいかもしれないけれど、あいだみつを(が嫌いだったら寺山修司でいいや)よりよっぽどキレのある一言がつまっているし。展開。構成そのものはすごくよくできている、というツッコミまでいかないかなあ?いかないんだろうなあ。 ふと、大学のゼミの先生って凄いなあと思う。 自分がゼミに所属しなかったから、ある種別世界だからいうのだが。シロウトの学生連れて自分の専門分野への導師になれるのってすばらしい。全員が興味持たなくても、何年かにひとりでも研究者を産んでいるのなら教授ってすごいことをやっているなあと尊敬するのだ。 かといって楽しそうにやっている現役生の首根っこつかまえてこんなに面白いんだぞって無理やり講義をやるのもねえ。へんなおぢさんだよそれじゃあ。 みのもんたに薦めてもらえばいいのか。「~の上演で痩せますよお嬢さん」とかな。おばさんのファンが増えたりして。 いまだに、そんなおせっかいなことで悩み中。悩みというより妄想だなこりゃ。 追記:問題はそう単純でなく、就職活動が年々早まることで活動に障害がでつつあるとか。企業側もなに考えてんだろうね。大学は大学だろう。聖域ないのか。携帯電話の普及でサークルが弱体化しつつある現在、存在しているだけでもありがたいと思わなきゃいけないのか。へんなの。(♂)
2005年05月31日
午後休みをとる。 ぐえっへっへっカラダは正直だぜぇ とは言わないが土曜出勤でへばっている。もともと月曜日は精神のエンジンを駆ける日なので消耗はするのだが。いちおう週のはじめなのでなにがあるかわからない。半日だけ出勤。ところでへばるの語源ってなに? 途中本屋で「PS羅生門」最新刊を買う。業を背負う刑事が業の深い犯人を追う人情ストーリー。低気圧の日にズンと胸に響く。大人の味だ。 雨で人通りの少ない街をバスでとおる。真っ昼間にスーツの男が家に向かう様子は誤解を招くかしら。とか馬鹿なことを考える。何者? ベッドでしばらくごろごろしているうちにいつのまにか爆睡。 夜になっても勤労意欲が眠ったままなので許可を得てピザ注文。おそらく結婚して初めてではないのかピザ。40分して届いたブツにはおまけとしてヨン様マグネットが!ありがたく(苦笑)冷蔵庫に貼る。いまキャンペーン中らしくて葉書をおくると「ヨン様ボイスの目覚ましがシリアルNO.つきでプレゼント!」らしい。ちなみに1番はぺの家にあるらしい。自分の声じゃ起きないだろうふつう。よっぽどのオレ好きかぺよ。目覚ましの台詞はなんというんだろう?「●島は我々のものだ!」とか「イ・ビョン●●は扶桑社から写真集をだすな!」とかね←やだやだ。 ところで、 新聞に折り込まれていた怪しい安眠枕の広告によれば。安眠でダイエットできるらしい。スーパーモデルは1日10時間眠ってプロポーションを保つとか。 とすれば毎日自分は出勤を考えて19時には床に就かなくてはいけないのか。仕事どうすんだよ。逆にいえば今日のスケジュールをつづければスーパーモデルになれるということだ。転職か? ・・・やっぱりジャンクフード食うと馬鹿になるってほんとかも。さっさと寝よう、美容のために(苦笑)。(♂)
2005年05月30日
昨日の芝居疲れ。 というわけでもないがだらだら「おうちでごはん」(スズキユカ/竹書房)を読んですごす。イケメン(音読推奨)大学生が自炊する、ただそれだけのマンガだが飯がうまそう。著者が描きたいことがはっきりしていて好き。レシピもあればいいのに。 昼、実家に電話。 母の知人の娘さんの結納の話で笑う。結婚式といえば名古屋だがだいぶ派手婚も廃れてきたらしい。 と思いきや今度は石川か? 娘さんが石川の旧家に嫁ぐことになりいざ結納となったら8畳がうまる結納品がおくられてきたという。宅急便のお兄さんが1度に運べずひーひー言って運んだとか。昆布とかどうすんだ。でっかいのあったって使えないだろう。母はその知人に誘われて結納品をみにいったのだが圧倒というより笑ってしまったとか。 さらに本番の式では引き出物に紅白マンジュウ各10個+紅白高級ワインが入っていたとか、締めの挨拶では「たしかにお嫁さんはお預かりしました」といまどきいわれたとか。無形文化財だなこりゃ。うらやましくはないが。 夕方庭にでていると軽トラのおっさんが「このへんの百姓だけど大根いる?」と聞いてくる。たいへん魅力的だったが頭の中で野菜の在庫確認して断る。流しの大根売りか?「さすらいの」、とかいうとポンチョ着てそうだ。おもしれー。次回は買おう。 さ、買い物行くか。(♂)
2005年05月29日
自分の出身サークルの公演のため新宿へ。 WEB検索によると劇作家協会の新人戯曲賞をとった新進作家の脚本らしい。シェイクスピア以外をとりあげるのは異例。過去にニール・サイモンとピーター・シェーファーぐらいか。興味深く見守ることにする。 内容は、ゴッホとゴーギャン、テオの関係を浜田廣介の児童文学とからめて描く確執の物語。 さて感想。プロットの切り、演出構成が曖昧すぎる。「この話はこういう展開」という狙いがみえない。ミクロの視点でもマクロの視点でも。ジーコJAPANのようだ。ゴールにむかっていってない。台詞もプロットも。どう変化していくのか。一瞬一瞬に終わりの匂いがしない。 現代戯曲の怖さは時間が決まっているため無駄な1行がないことだ。なぜしゃべり、なぜ音が入り、なぜ明かりが消えるのか。タイミングも緩急も。各個人に任せず狙いを絞らなくてはいけないはずだ。スタッフワークを含めて。 無駄をけずる作業をしているか?たくさんのアイデアをださせた上でひとつに納得しているか。ある確信をもって客にぶつけているか。表現者の迷いが客を迷わせるのだ。逆にいうなら表現者の迷いのなさが客を快適な劇空間に連れていくのだ。 長年古典劇という好き放題料理できる題材を扱ってきた後遺症かもしれないが。そのへんのツメが甘い。 それよりもなによりも。 出演者が少ないのはわかるがやらせでもバイトでも同じサークルの幽霊メンバーでも家族でもいいから手段を選ばず客席を埋めろ。ギュウギュウにつめろ。劇場に入ってからも作品を磨きたいのなら。役者がうまくなりたいのなら。レベルをあげるのは演出じゃない。客の視線の量だ。 羞恥プレイの激しさだけがレベルUPのカギだ。学生なんだから。アホらしいと思うかもしれないけどほんとだよ。 観ているこっちだって満員でみたいよどうせなら。前回公演(♂)
2005年05月28日
ブログをリンクしているけろ女史と話す。 けろけろ日記の読者から「もんたまさんらしいひとをみかけたよ」といわれたよ、という話になる。顔知らないだろう?というとキャラからいってそうだと断言したという。どんなやつだそいつ。いやその読者様じゃなくて。 キャラ=俺ってどんなやつだ。 マンガとNUMBER抱えてデブだったか?キムタク似だったとか。おもしろFACEだったとか。この文を解析するとどんな視覚データがダウンロードされるのか。 よくラジオの声美人がビジュアル面では・・・という話を聞く。逆もまたそうかもしれない。 いつぞやのうちの義姉VS母の会話↓ 母「美人は性格悪いっていうけど。うちの嫁さんはみんな性格はいいねえ」義姉「おかあさんもですよね(即答)」二人「・・・」(ふたりともAB型)。 話を戻そう。たとえばかみさんの説では「マンガに関しては作者は自分に似たキャラを出す」というのがある。文章はどうだろう。美人の文は美人だろうか。むしろ邪悪なツッコミをしていたりしないか。マッチョマンがキュートな文を書いてたりもするし。 演じることもなく好き放題やっているからこそ、その結果がみたい。作者近影想像図でも書いてもらおうかその読者様に。カッチョヨク書かれてたら絶対会わないようにしよう。とかね。 ま、みためにこだわる自意識過剰10代ははるか昔なんだけど。(♂)
2005年05月28日
いまさら社内報に社員旅行の記事を頼まれる。 いつの話だよ。と自分のブログを参照しつつでっちあげる。半年前のことを書くのは夏休みの絵日記の空白を埋めるよりキツい。よく誤報のニュースがあるがよくでっちあげられるものだ。もうほとんど忘れているよ。 というわけで行った場所の名前を間違えてはいけないと「長崎の平和祈年像」を検索←ありがとうPC。便利だね。 気になる記事があった。早い話が平和祈年像への批判である。個人的なメルマガらしく転載には許可がいるということなので要約←ほんとはこれもいけないのだろうが。 作者北村西望はもともと山県有朋像をはじめとする軍お抱えの彫刻家でふさわしくない。戦後3年間潜伏していたのは戦犯のがれとの説もある。あの像だってよくみれば軍神にしかみえない筋肉マンだ。だいいち原爆を観光化するのってどうよ? という内容であった。なるほど。 長崎といえばもうあの像かカステラか。というぐらい印象が強いけど、いわれてみればたしかに好戦的だ。彫刻というメディアそのものがマッチョなせいもあるだろう。コトバでごまかすなら「強い決意の象徴」とか説明するんだろうけど。 しかしまずは世界にNAGASAKIのシンボルとして覚えてもらい、あの場所でなにがあったかが発信されているということで成功しているのなら大目にみてやれよ、とは思うのだが。 軍おかかえとのことだが、アーチストの本質は時代の風に流されて尻尾ふってなんぼですから。って全然フォローじゃないねこれ。ま、いいか。(♂)
2005年05月27日
高校大学とバリバリ野球強豪校出身者と話す。現在はアマチュアで楽しく野球をやっている。学生時代の話。 「練習行くのが憂鬱で憂鬱で」うん。 「負けるとキツイ練習が待っていてさあ、恐怖なわけよ」だろうね。 「がんばるのはもう恐怖のためだけで。勝てばとりあえずは安心なんだよね」なるほどね。 「最後の試合はさあ、ふつう負けたとき、涙がでるんだけど・・・心の中で笑っている自分もいるんだよ。もう野球やらなくていいんだ、ラッキーって」おいおい。 高校野球を批判するのもいまさらアホらしい。スポーツには厳しい練習が必要な部分もある。それを非難するつもりもない。 泣きながら一方で喜んでしまうというところにニンゲンの不思議さというか、おもしろさというか。 実際はそういう二面性という単純な話ではなくて、もっと複雑で濃密な想いがあるのだろうが。興味深いので書き留めておく。(♂)
2005年05月26日
午前中外出。国家権力に捕まる。罪状は一時停止違反。 見とおしのいいところで左右みて渡ったらチャリンコのおまわりがでてきてとめやがった。大倉孝二みたいなおもしろフェイスの男がいうことにはあの表示がみえないかという。みえねえよ。とココロの中で毒づく。オークラのくせにっ(言いがかり)。 暴走族ひとつ捕まえられないくせによー。せんせーよー。口調が松村雄基に(もちろん脳内)。反感この時点でかなりUP。北アイルランドの住民が英国兵をみる感情。アメリカの黒人が警察をみるときの感情。イラクの住民がアメリカ兵をみるときの感情が 0.001%だけわかる(小さい)。おまわりの中でいちばん敵をつくるのはまちがいなく交通安全課だ。騒音おばさんみたいにカーステを最大にしてやろうかとかふと思う。やんないけど。 減点2点。反則金7000円。払わず逃げるヤツがたくさんいるらしくてしつこく携帯電話と勤め先の電話を聞いてくるので名刺をだまってわたすともたもた写す。逃げねえよ。ほんとは社会奉仕1日とかにしてくんないかな。サインしろだ筆圧強くだといわれるので怒りをこめてきったなく書く。というか腹立たしくて血圧あがって冷静に書けない。これって芸能人みたいなサインでいいんだろうか。 GIVE ME サイコガン。 帰り際「この先も取締りをやっているので注意していってくださいね」といわれるけど、その注意って変じゃない?ワナだと認めているようなもんだろう。 ところで、アメリカの最新の防犯理論によれば。 小さな犯罪を取り締まるのを繰り返すことで治安はよくなるらしい。たとえばガラス窓がわれていたらちゃんと修理するとか、落書きがあったら消すとか。その積み重ねで安全な地域になるという。 というわけで、私が捕まったので東京はかなり住み良くなるだろう。東京のために人柱。バンザイオレ! そうでも思わないとやってられねえよ。けっ。(♂) 追記:地元住民に聞くとその場所はおまわりの新人が点数稼ぎにつかう場所らしい。せいぜいがんばって優秀な警官になってくれ。今日1日プチ反体制派な私。
2005年05月26日
会社の同僚(営業)の名言。「顔の怖いひとは話してみればいいひと」あるかも。 本書は江夏豊とその周辺のひとびとを描いた評伝。学園紛争時に20代をすごした著者が、自らの青春をふりかえりつつ江夏をいろいろな角度から描くことで時代・世代を探る。 組織の不条理には背をむけ、同僚には気を遣う。反逆の匂いをまといながら同じ時間・場所をすごした者と気持ちを通いあわせる名投手。多くの取材対象が個人的には食事をしたこともないのに「言葉はいらない」と言っているのが印象的。マウンド上の濃い時間がみえる。リアル劇画の世界だ。 著者が個人的な話を平行して描くことで読者の目に「想い入れのある文だ」というフィルターがかかるようになっているつくりがおもしろい。主観をうたうことで客観を築くことに成功していている。抑えた表現が暖かい。「暖かい」?それは夕陽の感触である。激しい陽射しをすぎて落日。先発から病気をへてストッパーへと泣く泣く替わっていく「タイガースの28」。そのまま著者のあゆみと重なる。 野球はダサい。おっさんくさい。匂いたつ情念。でもそれがいい。(♂)
2005年05月25日
湿気が高い。というより気圧が低い。 いらいらがつのるのか。ナニカがありあまっているせいか。外でコドモの声が聞こえる。コドモというのは高校生である。元気な証拠だ。大声はよろしい。走り回るのもよろしい。ここが神田錦町のビル街でなければ。 同じ課の先輩Kがふともらす。「制服みるとあいつらオレの後輩だなあたぶん。オレんときはガクランだけどさ」なるほどどうりでガラが悪いんですね。「うるせーよ」 おもしろかったので同僚にメール。「下のガキは先輩Kの後輩らしい」 自分が働いている事務所は2階なのでビルの谷間から音がきれいに上へと伝わっていくのだ。走る音。はしゃぐ声。すべてが空へとむかっていく。そしてビルをなぞるように複数のコドモが走る。あちらからもこちらからも声がのびていく。結果響き渡る。 岩井俊二の映画みたいだなー(嫌いだけど)と思ってたら同僚よりメールの返信。 「いま社長が怒鳴りに下へ!先輩Kの後輩ピーンチ!」 社長、怒鳴るべき相手は他にいるから。「威厳」はポイントカードだよ。ムダ遣いしないでくれよ←残高あやしいけど。 ・・・平和だよ神田。逃げろ少年。(♂)
2005年05月24日
リクエストがあったので会社の同僚の酒乱子に福井晴敏「川の深さは」(講談社文庫)を先日貸したら「面白かったですー」と返してきた。 満面の笑顔。ちょっと笑っただけで派手派手になるのがうらやましい。怒っても怒っているようにみられないタイプだろう。それは損な部分か。人間は7割しか笑顔をださないという。ポテンシャルを発揮したらどんな笑顔なんだか。このキラキラ感がたまらん。凶器だ。月曜日のエンジンのかからない時間にキツい。 汚れた自分に太陽があたる。まぶしい。このまま砂になってしまいそうだ。ってなんだか恋文みたいなので本人にはいわないが。正面きってみるのはつらい。恥ずかしい。 ゆあーんゆよーん。 負けじと微笑み返しすればいいのだろうか。 「きらきら」 → 「にかっ」 →「きらきら」 → 「にかっ」 (さらにキラキラ度倍増) ・・・サイキックウォーになりそうなのでやめておくことにする。(♂)
2005年05月23日
朝、洗濯機と炊飯器にスイッチをいれてジョギング。ウィンブレを着て汗を流す。休日を汗を流してはじまるのは快適。しかしそのあと眠くなってさらに昼寝するのって健康なんだか不健康なんだか不明。 ジョグついでに件の週1パンやのロケーションを探すも見つからず。店そのものも週1に突然現れるのか。 シャワーをあびて着替えて朝食。カレーの残りを胃袋に収める。 近所の学校へ管理組合の会合へ出席。家庭科室の廊下に看板が置いてあって「これ以上の進入は安全管理のため禁止」とあるのは時代だ。危ないヤツはそれでも進入するのだろうが。 予算案と役員の決定。順番にクジをひいていって8年先までの役員が決まったのは笑う。ほとんどが出席しているのは民度の高さだ。よかった昨日出席を連絡しておいて。美化清掃をやろうという提案がなされて解散。 家にケーブルテレビのモデム交換のおにーさんが来る。少し速くなったような気がする。いちおうそういう宣伝文句ではあるのだが。 昼食はキムチ&キャベツ・ピーマンをからめて焼きソバ。あービールを飲みたい。 昼から日本対ペルーを観戦。のらりくらりとたくみなディフェンスに翻弄されている試合を子守唄に爆睡。気づけば試合終了。おもったより相手のモチベーションは高いのは良かったが。ホームで負けるなよ。って寝ているヤツにいわれたくないだろうが。 スーパーで買い物。雨の日に水を買うのはキツイ。ビニール袋の取っ手が腕に食い込む。大根購入。荷物重いからバスだなあと思って店の外をみたら去っていくバス発見。断念してとぼとぼ帰る。犬よほえるな頼むから。(♂)
2005年05月22日
つららさんの池田成志トークを読んで思わずなつかしー!と叫びました。 「ヴァンプショウ」初演見てました。最後の暗転から客電がついた後「怖ぇー」ザワザワザワというお客さんの反応が衝撃的で、「これは絶対観てよかったよ!」と友人たちに吹聴して回ったものです。たしかそのとき「ぴあ」がレビューでネタばらしをしてしまい、制作側が抗議していたのも今うっすらと記憶に・・・古田新太の不死身っぷりと一橋壮太朗の怪演が思い出されます。 池田成志の「熱海殺人事件」って、紀伊国屋でやったやつは、スポンサーがついて1000円シアターと銘打ってやったのを1000円で見ました。そのとき自分が書いた感想では「もう少し大人になったら面白いのかも?」でしたが・・・すっかり大人になりましたよ、ええ(笑)。これも観られてよかった舞台の一つです。
2005年05月22日
私の住む街はパン屋がある。 たった2件だがどちらもレベルが高い。焼きたてでなくてもうまい本格派の店である。街に自慢できることがあるとすればそれだ。ついでにケーキ屋もレベルが高い。はっきりいって鼻持ちならない地域だと思う。わたせせいぞうかよ!というツッコミをしたくなる。するがいい。 そのベーカリーはぼくらのうちから~マイル とかね(赤面)。嗚呼バブル。 そんな環境ではあるが、今日ポストに近所のパン屋の開店を知らせる投げ込みチラシがあった。デザインからかなり物議をかもす。といっても家の中だけだが。 手書き風はいいとしても間違いがある。修正液で直した跡がある。おいおいコピーしなおすだろうふつう。大学生のレポートかよ。ヘタウマというよりヘタである。字もセンスも。ライターならさらっと「手書き風の字があったかい」とか書くのかもしれないが。かなり無理がある。 さらに地図があんまりテキトーでやる気がはなっからない感じ。これでたどりつけるのか?ほんとに客にきてほしいのか。せめてきれいに描こうよ。この地図だとワタシの家ですらたどりつけないよすくなくとも。 きわめつけは営業日。「安心な品質のため毎週●曜日だけの営業になります」うわすげー。しかも平日!趣味か?安心な品質とは思えないが。 西原理恵子のエッセイマンガで南の国の釣竿売りの話がでてくる。釣竿もってボーッと立っていて観光客に売れたら店じまい。センスはそれに近い。関東ローム層なのに。突然変異だろうか。 出店のきっかけを考えてしまう。 (1)大胆な市場戦略(2)アホ(3)金持ちの道楽か? たぶん(2)と(3)だろう。すくなくとも(2)は鉄板。 行ってみたい。が平日だ。つぶれるほうに10カノッサ。って、この場合つぶれても気づかなさそうだ。レポートはまた次回←あるのか。(♂)
2005年05月21日
仕事がはやく終わったので本屋へ。 いつから「ダ・カーポ」は噂真になってしまったんだろうか。むかしはただの就職用でっち上げ教養雑誌だったのに。右翼特集。右も左も硬直化保守化しているという指摘。鋭い。 次に古本屋へ。 「亡国のイージス」関連本がもう並んでいるのにビックリ。万引き本か?高いので買わず。主役の男は美形で作品イメージに負けていない。期待できるかも。 それにしても産経新聞は節操がない。イージス艦をめぐる日米の白熱したロビー活動のまじめな記事を映画のタイアップ記事にしているのってどうなんだ。公私わけろよ。 電車の中では「ジーコ 終わりなき挑戦」(ルイスアントニオ高崎/小学館文庫)を読む。 フランス大会のときのブラジル代表テクニカルディレクターだったジーコのドキュメント。ブラジル代表でもミーティングが重要な位置をしめるというのは意外。ドゥンガが怒鳴らなくなったら試合運びがおかしくなったのでチームメイトが怒鳴ってくれと言い出したという一節に笑う。 ロナウドが直前になぞのひきつけを起こしたときのリスク管理の失敗談が興味深い。これをきっかけにブラジルはフランスに0-3で惨敗。優勝を逃す。 ほんとうはロナウドが倒れた時点でロナウドはいないことにして切り替えなくてはいけなかったのだが動揺した監督が起用に固執。ロナウドも出場を直訴。最初に発見したレオナルドは集中できず、全体にチームをつくれないまま決勝戦が終わったしまったという。 同じことを明治大学ラグビー部元主将大西が書いている。 母が倒れた選手が「もちなおしたので出場させてほしい」とねじこんできた。親の病状に関わらずメンバーは切り替え済みだとつっぱねた上でマネージャーに連れていかせて病院に無理やり置いてくればよかった。という反省の弁である。この試合、やはり明治は夜通し議論がつづいたせいでいいところなく敗れている。 リスク管理の難しさはプロアマないようだ。 ブックオフによる。 あいかわらずぬるい並べ方にツッコミをいれる。「クラムボンは洋楽じゃねえ!」とか。ふつうの店と違って「腐ったら鯛じゃない」という見解でばっさばっさ商品をきりすてる発想は凄いけど。頭にくる。ソフトのジェノサイドだ。 神保町に行ったら高く売れるモノが本でみうけられる。 トラブルにより絶版という「マスターキートン」があればと探すもみつからず。 今週の週刊文春の記事によると、原作者(既に死亡)でなく編集がほとんど原作をてがけていたことを知った浦沢が激怒。汗した自分と編集のために原作者の名前の縮小を要求。それを聞きつけた原作者の友人雁屋哲(=小学館のドル箱)が待ったをかけたことが絶版の原因という←間違っていたら訂正よろしく。ところで記事の広告が葛飾北斎なのは原作者名(勝鹿北星)を意識した文春のブラックジョークか?(というよりこの場合はオヤヂのダジャレだよな) 松田洋子「リスペクター2」(扶桑社)を発見。SPA!に連載していたあらゆる時事をマンガで斬り捨てる邪悪な企画本。予算の関係により買わず。 スーパーで台湾ビーフンとピーマンを購入。そのまま帰宅。(♂)
2005年05月20日
がんばってるなあnon-no。「憧れパンツ派愛されスカート派」 ・・・なんじゃそりゃ。(♂)前回のネタ
2005年05月19日
なんもない穏やかな日。平穏な気持ちというよりはぼんやりとした不安がつきまとう。 トラブルがあったらあったでストレスではあるのだが、なにもないことで気づいてないことがあるのではないのか?という不安がある。チェックを繰り返す。 待機電源のようなものだ。なにもないことでも消費されていくなにかがある。緊張感か。ぼんやりしていればいいんだけど。そのあとのテンションUPが血圧あがるような気がしてできない。 以前ラグビー選手が言っていた話。 試合に臨んで外国のトッププレイヤーは多少とびはねるなり顔を叩く程度で数秒で戦闘モードに入るのに対して日本人プレイヤーは壁に顔をぶつけたり大声をだしたりして時間をかけて「切り替え」るという。 狩猟と農耕の違いなんだろうか。文化というか血というか。おたがい確かに違う生き物にみえるだろう。 あるいは外国のカフェで現地の人がぼーっとしているのにたいして東アジアの人間がどこかせわしない印象をあたえるのもそのへんの違いかもしれない。 どっちがいいというわけでなくて、とりあえずはこんなときぐらい素直に「ヒマ」を受け止めてスイッチを切りたい。いや切ろう。 待ってろカンビール。(♂)
2005年05月19日
ブタキムチをつくる。 ニラとタマネギとブタと刻んだキムチと豆腐をフライパンにほおりこんで炒める。醤油を少々。できあがり。 勤労意欲のない日でも包丁を握るだけで気分転換になる。タマネギがうまく薄く切れると自分に酔う。ってオレだけか。 今日組合3役が社長によびだされて「懸案事項が多いのでこのまま留任してもらうとありがたいのだが」と非公式に打診される。 「冗談じゃないっすよ」とはさすがの委員長でもいわなかったが。自分としては休ませてもらいたい。 という感想はまとはずれなんだけど。ほんとは干渉について怒るべきなんだけど、いまさらこういうやりかたは・・・って慣れていく自分がいる。 それはそれとして、役目は役目。限界である、とは簡単につかいたくない。でも断りたい。 「限界といってからが練習なんだよ」BYジャイアント馬場 ・・・名言ですよ馬場さん。 オトナになるってことは役目が増えることなんだなあと最近よく思う。管理職でどうしようもないひとはいるけれど、そのひとつひとつの質はともかく仕事の種類はかれらは多くこなしている。それは会社にかぎらず家庭や地域社会においてもだ。その点では尊敬する。だからこんな小さな会社の組合役員でアップアップしているオレってちいせえなあと思うわけで。 仕事は自分のキャパを埋めるのもたしかだが、キャパを広げるチャンスでもある。家庭をかえりみないでどうのという人が必ず仕事ができるわけではない。逆もまたしかり。家庭も仕事もやることでおたがい相乗効果でニンゲンが大きくなるという部分はある。 余計なお世話ではあるけれど、仕事が先がみえてしまって情念が余ってしまうひとは自分の巣をみなおせばいいのだ。巣を快適なモノにしようと努力するだけでだいぶゆとりというか人間的な深みができるはずだ。 ほら、このブタキムチのおかげでワタシの人格の深いこと(自称)。 仕事論より先にまずは目の前の皿だよ。かったりー。(♂)
2005年05月18日
ラジオの通販で「マドンナやJ・ロバーツも愛用しているカバラTシャツをNYから直輸入」といって売っていた。 バイヤーはカバラの意味がわかってるのだろうか。いや私だって厳密にいうと某90年代電波系アニメで小道具につかわれたのを知っているぐらいで「わかる」レベルではないのだが。 ブランドの1種だと思ってないかひょっとして? ま、正月もクリスマスもハロウィンもおいしいとこどりちゃんぽんの日本人らしいといえなくもないけれど。 キリスト教文化圏ではやはり異端扱いなんだろうか。教えてクリスチャン?←だとすれば凄いねマドンナ。 つぎ取り入れるのはストーンズのブードゥ教結婚式か?どこまでいくんだ宗教バイキング。 集まれ八百万の神。(♂)
2005年05月17日
NACK5のパーソナリティがリスナーの「結婚式をするしないで彼氏と喧嘩しています。どうしたらいいか?」という相談にたいしてこたえるのを聞いて思わずじんとくる。 そのパーソナリティは1度離婚しているらしい。「ぼくの経験を話すと」というゆっくりとしたしゃべりだしはすこしうわずっているようだった。なにかおもいだしたらしい。少なくともワタシにはそうきこえた。 回答は「親戚に話が伝わると話を白紙に戻しづらくなる。それでも大切なのは2人の気持ちだから、相性があわない部分があまりに多かった場合は大人として話あったほうがいい」というきわめてまともなモノ。 つけくわえて、「おたがい愛し合っていても相性があわないというのはあるんですよ」という深く重い言葉があった。 現在の自分の結婚になにかあるというわけではない。答えだって冷静に考えればあたりまえのことだ。それよりもパーソナリティのそれまでの人生のなにか=「素」がみえてはらはらする。男の発言にはやはり履歴がつきまとうのだろう。ペラペラしたヤツにはペラペラとした、重厚なやつには重厚な喋りが身につくのかもしれない。怖くて自分がどうみられているかは考えたくはないが。 素がみえても真摯に答えようとする態度にじんときたのだ。ワタシの心を震わせたのは話す中身ではなくて態度だ。「裸」になるのを恐れない誠意だ。ソウルフルといったら大げさか。 あいざわ元気さん、あんたすごいよ。(♂)
2005年05月17日
帰宅途中珍しく人身事故。 ダイブしやすい路線は決まっているようだがこの線に関しては希である。自殺の仁義に反するのか美学なのか風水なのか。わからない。 よっぽど衝動に駆られたのだろう。カレー食べたいっ!みたいなもんか←あえて不謹慎な言い方をする。 迷惑だ。 残念ながら同情よりは怒りが先にくる。社会?いやいや飛び降りたソイツにである。 想像力が足りない。自殺は殺人です、とはだれの台詞だったか忘れたがまったくそのとおりだ。迷惑のかけかたが半端ではない。 そいつのおかげで人間テトリスになる。あるいはピカソの絵か。とにかく人間と人間が密着して埋まっているさまは圧巻のひとこと。偶然にも左にサトエリ右にMEGUMIに挟まれて うはうは なんてことはなくおやぢの海。せめて自分の息をぶつけないように気をつかう。むはぁ。 乗り換え駅で駅員が走る。どうやらホーム後方で殴りあいが始まったらしい。ただでさえ気がたっているときにケンカするな。駅員ボコってよし。 場内放送でやたらと謝られる。謝られてもしょうがない。鉄道会社は悪くない。飛び降りるのを防げというのか。それとも賠償金をわけてくれるというのか。いいよ場内放送は。フランス人なら絶対謝らないね。なぜフランス人。 それよりも最近日本語の「謝る」と他国の言語における「謝る」には大きな溝があるような気がしてならない。簡単にごめんという文化と言わない文化とどちらが責任感があるのか。というよりどっちが賢いのか。 なんてな。 乗り継ぎでようやく人の隙間GET。これで呼吸ができる。ねみー。(♂)
2005年05月16日
まず考えなければいけないのは長さです。人間の集中力がつづくのは3分といわれています。つまり3分の間に序・破・急とまではいいませんがある程度まとめなくてはいけません。 いったいだれが長い挨拶をありがたがるのでしょうか。卒倒する生徒の世話ができてうれしがる保健の先生だけではないでしょうか。 私の知っている結婚式の進行係は印象に残っている挨拶は「短い挨拶」といいました。言い足りないぐらいが余韻があっていいのです。相手には「言い足りなさそうだ」と思わせたほうが得といえましょう。黙して語らず。日本的な美ではないでしょうか。 「あのひとの挨拶は長い」という評判は損です。みんな集中力を温存するために話を聞かなくなってしまいます。「キレのある挨拶」と言う評判ならそういう機会のあるひとは参考にするためにまじめに聞くようになります。そしていいたいことが伝わるのです。そして「場」ができます。 つぎに注意すべき点は「なにをいいたいか」ということです。たとえば会社であれば営業へのハッパかけ、学校であれば啓蒙です。そしてあなたの挨拶で1日がはじまるのです。その後の社員なり生徒の行動に力が入るように目的を意識しましょう。 こうして「ゴール」をきめたらパスとドリブルです。 なにを選ぶにせよゴールへの近道があるはずです。それは時事問題であったりさしあたっての会社がかかえるモンダイであったり、注目を集めるネタならなんでもいいのです。笑いでいうところのツカミ。おっ!と顔をあげさせればいいのです。 特別な本は必要ありません。「挨拶のしかた」に載っている結婚式の「大切な3ツの袋」とか「雪が解けたら春になる」とか。もうカビがはえたネタはやめましょう。 以上の注意を守って楽しい朝礼にしましょう。 ね、社長? ・・・あまりの社長の挨拶の下手さについ、記す。(♂)
2005年05月16日
朝ジョギング。 天気は悪いが軽く体を動かすだけで汗ばむヘンな天気。なにかがオチる感じは気持ちいい。座禅と同じ脳波がでると聞いたことがある。たしかに雑念が現れては消えるところはそうかもしれない。いろんなことをつい思い出しては気合入れをこめて悪態を軽くつく。傍目には危ないヒトかも。 シャワーを浴びる。朝食は昨日のスープとパン。 食後「ハチミツとクローバー」を読み始める。ちっとも進まない。情報量よりももっと違うところにひっかかる。 はじめてこれを読んだのはマンガ喫茶だ。ダビンチでプッシュしていたので読んだところハマリ、周囲に「布教」してまわったものだ。「絶対おもしろいから読んだほうがいいよ」とかなんとか。 あらためて自分で手に入れて読むと重い。せつなさが重い。こういう体験をしたわけではないが素直に乙女心を受け入れるところに抵抗がある。やりきれなさというか甘酸っぱさというか。10代から20代の自分が重い。もどかしさというかなんというか。後悔?羞恥?たぶん当時読んだら自分を真山だと思ったに違いない。実際は竹本のダメな部分だけが自分にあるような気がする。 そんなこともまたジョギング中フラッシュバックした日にゃあ足取りもターボがかかろうというものだ。(うめき声つき) マンガに埋もれて昼寝。 昼食もパン。昨日のフランスパンが香ばしくて旨い。ちょっとボリュームが足りなかったので納豆パンという悪食を食パンでやる。こんなやつにパンを語る資格はたぶんない。すまんイースト菌。 ヒョウ(びっくり!)がやんだので買い物のため外出。ついでにマンガ喫茶へ。 話題の「エマ」(森薫)をはじめて読む。19世紀のイギリスを舞台にメイドと上流階級の恋を描いた作品。台詞が絞られていて舞台の緻密なカキコミに圧倒。あと感情表現の豊かさというか台詞にたよらずカメラワークでみせるような構成がすばらしい。メガネ好き&メイド好きのマンガだと勝手に思っていたが。精神的に満腹。 夕食はカレー。豚肉とタマネギとニンジンとイモとホールトマトを使用。タマネギを飴色に炒めまくる予定。お世話になります東京ガス。 というわけで辺見庸「永遠の不服従のために」(講談社文庫)片手にグツグツ煮込む。左翼だろうが右翼だろうがびっとしているクソジジイはかっこいいなあ。問題は思想そのものよりも姿勢だ。そんな風見鶏な私。(♂)
2005年05月15日
朝ジョギングでカラダをめざめさせる。 昨日飲んだ割には爽快。通りがかりの大型犬に挨拶しつつ一汗流す。花オンチのワタシにも目に付くぐらいツツジの咲きっぷりが凄い。休日のはじまりを健康的にすごすヨロコビ。っていままでの不健康へのアリバイみたいなものなんだけど。 シャワーを浴びる。気づくと自分のフトンの酒臭さに苦笑。爽快さは自分の肝臓の健康さのおかげか。やはりなれない日本酒は飲むものではない。あわてて窓を開ける。むあーん。 土曜日の定番仕事で洗濯物を干し、トイレを掃除。 かみさんが買ったばっかりの「のだめカンタービレ」を読む。あいかわらず細かいギャグがつまっていて思わず声にだして笑う。表現への苦悩がいろいろあって面白い。あらゆるクリエーター必読。 それにしても寒い。ふとんで溶けているとそのまま寝てしまう。ジョギングの心地よい疲労も手伝って爆睡。 目が覚めてパスタをナスをからめてつくる。ひとりだけなので唐辛子もガンガン入れて食う。ひとりのためにご飯をつくる贅沢。冷蔵庫の肥やしになる手前だったナスも片付いて安心。残ったソースをご飯で食べる。デブ発想だ。 かみさんが帰ってきたので夕食の準備で外出。 パンやでフランスパンを買う。紙袋を抱いて歩くとなんかオシャレ。本場にならってむき出しで持ち歩くのはたぶんなじまない。フランス人のセンスがわからん。はやく食べたい。コンガリ焼いて。 その足で地元のスーパーへ。閉店時間ぎりぎりなので長蛇の列に閉口する。前のおばさんの荷物にから揚げとすしのパックがそれぞれお特用2パックずつ入っていてまじまじと観察。今日どっちも食うのか?大学生の飲み会みたいな組み合わせだねおばさん。メインはどっちだよ。から揚げはつくったほうが安いよ。と静かにツッコミをいれる。って勝手なんだけど。 あまりの前のおばさんの買うモノの多さに「これ全部ゴミ箱とトイレに流れるんだなあ」というみもふたもないことをつい考える。こういう考え方をするとスーパーの買い物ってロマンがないよな。 本屋で辺見庸とアンディ・マクナブの新作と「ハチミツとクローバー」の5・6・7巻購入。ネルソン・デミルもあったが予算の関係で自粛。重い。 かみさんの実家によって夕食の材料をいただく。ドラッグ・ストアで水を購入。 はやいなあ土曜日。(♂)
2005年05月14日
朝礼でボスから「今日は祭りですがうちの会社で御輿の担ぎ手がひとりしかいません。まだ募集してますので興味のあるかたは・・・」といわれる。いいつつチラチラこっちをみるのはなぜだ。 ワタシ=チョイデブ=御輿の担ぎ手という発想はどうかと思うが、濡れた子犬のようなボスの顔(それが手だとはわかっているのだが)に負けて「じゃあやりますよ」と返事をする。 いちおうTシャツとジャージはもってきてはいたのだが、「若けえの」がいるので遠慮していたのだ。いつまでも30オトコが担ぐことはどうかと思う。何人か入った新入社員でいいじゃん。というかやらせろよ。リクルートしろ。 支給されたハッピを横目にちょっと浮かれた気分で仕事。あんなトラブルがあろうとこんなトラブルがあろうと夕方までだ。電話の口調も軽くなるというもの。 昼、神田界隈をビーチサンダルをもとめて散策。履物がないのでボスから出金の許可を得て探す。1足1365円也。高いぜ。じつは都会というのはコンビニを除けばこういう小物の手ごろな値段のモノをGETするのが難しいことが判明。まあ懐は痛まないんだけどさ。 午後から所要のため外出。御輿のため4時からは業務扱いと聞いている。2件よって帰社。待ってろよ御輿。 と思いきや得意先の事故の連絡。調布に行くはめに。でかけたらもう間に合わない。ボスに代理を頼む手もあるが。と迷ったが3月に借りもあるのでなくなく断念。担当営業といっしょに外出。さらば御輿。処理は早いほうがいい。 車中彼が所属する野球のクラブチームの話に笑う。勝つも地獄負けるも地獄。といったら大げさかもしれないが家庭人の多いチーム事情。勝つと家庭サービスがおろそかになるのでチームとしては最大の敵は家庭の幸せらしい。どんどん勝ちすすむと「オレさあ次の試合でないわ。かみさんが冷たくてさあ」「かんべんしろよ。次決勝だぜ!」というやりとりが繰り返されるという。なにかを犠牲にしないと成立しないのはスポーツもいっしょらしい。たいへんだなあ。趣味って難しい。 打ち合わせがすんで戻ってくると自分の会社の前に御輿が。よりによってなんでこのタイミングかね?近さが憎い。担いでハイになっている飲み友が憎い。担ぐのをせめてみたくなかったが出店へ興味が。机をかたずけて御輿の出発地にむかう。 出店地帯に行くと会社の人が何人かいて熱燗が届く。ツマミが来る。寒さがハンパじゃなくて熱燗が旨い。ツマミは牛肉の串焼き。分厚い肉にハフハフ言いながら食う。こっちも肉汁がジューシーで満足。 なんだかんだだべっていると御輿が戻ってくる。私が参加しなかったので孤軍奮闘になってしまった飲み友がハッピにハチマキでアドレナリン全開である。顔をみるなり「いっしょに厄おとしたかったのに」といわれる。オレもだよ。 そのまま飲み友+若いの数人といっしょに打ち上げへ乱入。 なんで若いのにやらせないのかという話になる。あるヤツは「無理やりやらせても意味ないよ」という。そうかなあ。運動会みたいなもんで無理やりなりにみんな盛り上がると思うんだけどなあ。ちなみに飲み友いわく「御輿はもう譲りませんよ。こんなおもしろいこと若いのにやらせませんよ」とのこと。ああこういう遠慮のなさっていいなあ。参考にしよう。 管理職連中から「なんで出ないんだよ」とツッコミを受ける。オレだって出たかったよ。とか、「あんたがでなさいよ」ともいえず、「いやーちょっと」という。日本人だぜ。 酔っ払った勢いで酒乱子(いちおう新人)と恋愛トーク。「一点の曇りもなければ結婚したら?結婚に期待感がないなら」といったら顔に縦線が入る様子。さらに「自分に娘がいたとして『曇りある男』とつきあっているとわかったらどうよ?」といったらさらにダメージ。蛭子能収の主人公みたいな顔をしている。いったいどんなやつとつきあってるんだ。地雷を踏んだかこのツッコミ。話題をあわてて変える。 だいぶ偉い人に払ってもらう。ごちです。若いのだけで(ふくまれていいのかはともかく)脱出してアイリッシュコーヒーを飲んでだべる。 リベンジはまだか。はやくこい2年後。そのころ3●歳か。むーん。(♂)
2005年05月13日
野沢尚の遺作。 とはいえこのタイトルでは期待できないなあ。と思ったらほんとにそうだったのでがっかり。頼むから裏切ってくれ期待値を。あえて死者に笞うつけど。 内容は父を殺した男の「死」の職業とそのターゲットの「死」の関わりを描いている。物語で殺し屋を描くとき越えない一線があるはずだが、この主人公は積極的にターゲットに関わっていく。いってみればルポライターのような存在だ。あるいはコーディネーターか。 という設定自体はユニークでおもしろいのだが。そして父を殺すまでの経緯もこれでもかというだめっぷりがいいのだが。 なにかが足りない。 いままでの作品の経緯からいうなら「親」の存在意義が弱いのだ。父を殺し母を守るまではともかくその後の「ビジネス」への影響が弱い。キャラの確立より動機の問題か。設定で話が終っている。本人はもうこの仕事しなくていいじゃん!というツッコミが容易にできてしまう。 この作品で著者はコンプレックスを封印したかったのだろうか。深読みしすぎ? つきまといもがく対象としての父の存在として話をひっぱっていったほうがよかったのでは? イントロこそドキドキさせたもののその後のおとなしい展開に不満。消化不良。(♂)
2005年05月12日
ようやく請求書にケリがつき、見積もりも終わらせたので晴れ晴れと退社。 晴れ晴れと退社ということばが正しいかどうかはともかくとにかくそんな心象風景。一点の曇りもない。あるとすれば飛行機雲か。 本屋による。配本リストの記憶によればなにかがでている。夢枕獏「餓狼伝」(双葉文庫)と野沢尚「龍時」(文春文庫)を購入。前者はひたすら素手での戦いをもとめて蠢く男たちを描いた長編。後者は日本初のサッカー小説。ほくほく。 靖国通りを30分歩く。BGMはイエモン「8」。吉井和哉の歌詞はアレばっかりでてきていいなあ。ほどよく醤油味なところがウォーキングにぐー。ビール飲みたい。というか飲みてえ。呪詛の声をあげつつ少し汗ばみながらウーロン茶を飲む。近くを半そでのお姉さんが通る。 もう着替えをもって通勤する季節か。すこし酸っぱい自分がいやだ。Tシャツの似合うカラダになろう。 ラッシュにもまれながら「餓狼伝」を読み始める。ぎうぎう体重に乗った格闘シーンに著者健在を確認。もうこのひとはこれだけかいてればいいよ。似たような表現がつづくのがやや気になるけれど。正直真保裕一と並んで「もっと丁寧にかけばいいのになあ」と思う作家のひとり。 網棚で少年マガジンを拾いひさびさに読む。やたらぎざぎざ頭の男とさらさら髪の小さな女がでてくるのに閉口。クロマティ高校しか読むところがないよ。「かってに改蔵」の作家が移っていたのにびっくり。 スーパーで牛乳とウーロン茶を買う。 ブックオフでCDを探す。槇原敬之で持ってないヤツを探すも見つからず。店員よ、「スネークマンショー」と「ムーンライダーズ」と「レッドウォリアーズ」と「シーナ&ロケッツ」は邦楽だからね。ねんのため。それと、ダフトパンクのアルバムジャケットは松本零士だけどアニメのサントラじゃなくてあれはコラボレーションだから。よく勉強するように。店内しばらく放浪して退店。 夕食はポトフをつくる予定。(♂)
2005年05月11日
残業帰り、コンビニおにぎりをたべるとなぜか唇が裂けます。いてえ。 先日は帰りの電車で食べ物をひろげるひとに殺意をいだいたのでこれではいけないと思いコンビニにかけこんだら棚にオニギリは1個もありませんでした。 ・・・いまなら執行猶予がつくでしょうか。 最近は手巻き風のシットリ海苔が流行りですが邪道です。コンビニでいいモン食おうなんてファミレスにグルメを期待するようなものです。コンビニらしい酸化剤つかいまくりのコメと濃い味の具でがんばってほしいものです。万歳添加物。(♂)
2005年05月10日
ひさびさにたって電車に乗る。微妙に座れない混み具合が許せん。 吊革にぶらさがりながらケツで押し込んでくるリーマンをケツと肘で押し返し90分闘う。ぬぉー。はうあー。ぐおー。 ポイントは奥歯だ。膝だ。腰だ。場所をとれ。 ・・・高原も鈴木も満員電車に乗れ。6月まで毎日立ったまま東スポでっかくひろげて読め。それがドイツへの掛け橋だ(@NHK)。 あ、中澤はいいや。(♂)
2005年05月09日
ひさびさにシェイクスピア「ペリクリーズ」(小田島雄志訳・白水社)を読み返す。おもしろい。 展開がダイナミック(というかテキトー)なのがいい。 この話の場合、ある国の王様が求婚に行ったさきの国の王女と王の近親相姦に気づいてしまったために命を狙われることから放浪の物語が始まるのだが、このイントロからしていくらでもなんでやねん、というツッコミが出来るはずなんである。ところがツッコミをいれる前にもう次の場面に行っているスピード感がいい。 「シェイクスピアにスピード感?ウソ?」という人は言葉に捕らえられすぎなんである。台詞が豊穣な言語でつくられていることからその1行1行を黙示録のようにありがたくまどろっこしいままうけとめてしまうことで全体の魅力に気づかないまま「シェイクスピアはつまらない」と思い込んでしまう。もちろん教える側もそうである。 聖書じゃないんだから。もったいない。 画素に分解したら絵じゃない。薄目にして読めシェイクスピア。 このへんは発掘の世界に似ている。吉村先生が以前インタビューで応えていたのだが、発掘にはまりすぎて本来の考古学を忘れてしまう学者が日本には多いという。 近視でしかものを捕らえられない例というのはまだまだあげられそうだ。たとえば太平洋戦争で局地戦には勝つのに戦略で負けたとか。 なにかが足りない。根気とか執念とか。食べ物だろうか。 ボールよりゴールをみろよという話である。一幕一幕の中身を冷静にみればすごく色がはっきりしていることがわかるはずなのだ。 まず骨を教えてから肉の味を教えればいいのに・・・っていうほどほんとは勉強はしていないのだけれど。 この脚本は合作説が濃厚ではあるのだが、構成がいい。とにかく人生のすべてが入っているというのがいい。恋愛・結婚・出産・葬式、あるいはセックスと暴力。荒波にもまれる若い時代から内省の日々をむかえる老後。そしてそれをつなぐのは「冬ソナ」の400年先を行くお約束&予定調和の世界なんである。 もしかしたら祝祭の場で上演されたのだろうか、とふと思ったりする。 しばらく読む予定。(♂)
2005年05月09日
高橋史朗教授という明星大学の先生が、今日付の産経新聞で学校における教師不適応について書いている。先日の越谷の新任教師の自殺をうけてのことだ。 生徒の不適応ではないところがポイントだ。効率化の名のもとに親の役割が曖昧になり、やがては学校に歪みがでているという。 しょうもない親の実例をあげている。こりゃあストレス溜まるわ。 (1)手弁当をもってくるようにいってもゼリー飲料をもたせる親 (2)「給食費を払っているのになぜいただきます・ごちそうさまをいわせるのか」と怒鳴り込む親 ・・・頭おかしいよ、とくに(2)は。 逆の例もある。 どうしても子どもを抱いたりという愛情表現ができない親が手弁当をつくることで逆に愛情をもてるようになったという。 「めんどくさい」「むだな」ことこそ愛しさのもとなのか。人間て不思議。 そうやって考えると愛情とは効率化とは相反するものなのだろう。こんなあたりまえなことがあたりまえでないというのも悲劇というか。何かが足りない。宗教か?政治的介入か?ほんとは行政はそのためにあるのだけれど。 社会的強制力で幸せを守るのは不幸だ。がんばれセンセイたち。応援しかできないが。 ・・・それにしてもうちの職場は愛がいっぱいだな。(♂)
2005年05月09日
朝、WOWOWで「飛ぶ教室」を鑑賞。途中からにも関わらず東西対決の悲劇をからめた友情と、コドモのクソガキ具合にひきつけられて最後まで観る。 ヒップホップって世界的なムーブメントなんだね。ドイツ語ラップで舞台をやろうとするガキどもを口をあけてみる。原作を読まねば。 原作といえば。 おなじく児童文学で自分が愛する作品「チョコレート工場のひみつ」が、新訳ででている。気になる。買いたい。新訳のあとがきが挑発的なのだ。「すでに読んだことのあるお父さんお母さんはいると思いますが、あの訳ではブラックジョークが伝わらないのです」とかなんとか。せまい世界だろうに。秋ジョニーデップ主演の映画が公開予定。こちらも楽しみ。 低気圧に負けてしばし昼寝。「ガラスの仮面」を再読。 文庫版は全部持っているのだが、演劇界から追放されて苦し紛れに高校でひとり芝居をやるところから読む。いい作品は「窮地」と、「主人公に窮地を乗り越えさせる作者の知恵と苦しみ」との連続でできているのをあらためて実感。あんまりキツイ設定をくりかえすと著者が壊れるんだろうか。いやだれとは言わないが。 すごい歳の差かと思いきや11歳違いか速見とマヤ。たいしたことないじゃん。自分が会社の新人とつきあうようなものだ。数字のマジックなんだけど←遡るほど変態度UP。ま、そういう趣味は私にはない、たぶん。じゃなかった、絶対。 昼食は昨日の夜のゴーヤーチャンプルーの残り。自分の実家から電話あり。「母の日」の花のプレゼントのお礼。 それにしても洗濯物が乾かない。どうしてくれる。 夕方パンやで買い物。スーパーでほうとうに購買欲を誘われるもこれから暑くなることをかんがえて自粛。牛乳とソーセージを買う。ケーキやで焼き菓子購入したら母の日フェアでカーネーションをもらう。 床を必死に拭いていちおう掃除。J-WAVEがBGM. 夜義母がカレーを持って来宅。おかげで夕食をつくらずにすむ。万博に行くらしい。 食後、だいぶまえにNHKでやった槇原敬之のライブDVDを鑑賞。オーケストラをバックに歌っても崩れない楽曲と本人のパフォーマンス力に圧倒。なによりもやっている側がテンション高くて楽しそうなのがいい。オーケストラで手があいているひとがノリノリで肩ゆらしてるというのはあんまり観ない風景だ。 曲に入る前に仕込みの映像が早送りで流れるのだが、前日の夜中の12時から舞台のセットが組まれるところに驚く。武道館だからあたりまえなんだろうけど。舞台裏の表情は大なり小なり表現者はみな同じ顔をするのもおもしろい。なつかしいかんじ。 さらにローカルTVでやっている「なつかしの70’s~80’sのCD全集」のCMをだらだら見てアルファー波だして寝ることにする。むかしのひとは歌がうまいなあ。 あしたは会社ーやだなあ♪でたらめな節でひとり歌う。ねむいぜ。(♂)
2005年05月08日
昼半ドン(死語)で退社。連休中の仕事なんてやってられない。 ぎりぎりまで粘って昼休みをすぎたころに会社をでて昼食のため天やへ。 空いている。と思いきや、赤ら顔のブラジル人が3、4人。机の上にいっぱいの皿。どうやら宴会らしい。 明るくおだやかな飲み会でこっちもほのぼの。 でも天やって宴会するところじゃないぜ。ビール売ってるけど。 これってどうやってガイジンさんに説明するんだろう。いわゆる「無言の了解」というやつのような気がするが。やってもいいのか天や?やるぞそれなら。ツマミはアゲモンばっかりだろうが。日本人なら断られそうだ。 そういえば、「ガイジンさんに説明」で思い出したのだが、昨日タモリ倶楽部の後チャンネルをザッピングしていたらNHK教育で矢沢永吉のライブビデオが流れていてかなり驚いた。ピーター・バラカンが英語で外国人に日本のロック事情を説明する企画だった。 教育テレビにYAZAWA←その風景こそロックだぜ。 永ちゃんの他にはミスチル・モンパチが扱われていた。英語力がないので「せんちめんたる」しか聞き取れなかったのだがどういう説明をされているんだろう。気になる。YAZAWAを取り上げるのはかなり正しい。たぶんガイジンには価値がわからんだろう。わかんなくていい。 教育の夜中は注目だ。グッチ裕三がひとりでぬいぐるみ相手に熱唱してたりするし。ある意味解放区だ←ロックだぜ(こればっか)。(♂)
2005年05月07日
残業しているとふと意味を考える。こういうのって青い。というか非生産的な悩みである。悩むために悩むようになる。 10代ならため息にナルが入ろうが許される。そしてそれはある程度絵になる。脳内だけの話ではあるが。しかしいまは30代だ。松浦亜弥がトイレに行くことを知っている年代である←なんじゃそりゃ。美しくない。 美しくないうえに、仕事だからついロクでもないことを考える。「だれのためにやってるんだ」とか「こんなことをやってもしょうがない」とか「時間かけているオレはだめだ」とか。ウツが入りかける。 修行がたりない。もしかしたら賞賛してくれる人が必要なのかもしれない。 チアをならべたらどうだ。あるいはMI2に出てきたロッカーいっぱいの宇宙人はどうだ。オレ最高スイッチを押してくれるなにかがあればがんばれる。いや、がんばってないわけではなくてくじけそうなところをささえるなにかがほしい。 オレ最高!オレ最高!(脳内オレ王国の民映像放映中) ・・・思考をシャットアウトして任務遂行を目指す。さっさと帰れオレよ。(♂)
2005年05月06日
大学の後輩でローカル局のアナウンサーになった男がいる。 ふと近況を調べようと例によって人名検索をやってみた。 いきなりでた。 「●●●●(後輩の名前)アナウンサーと行く『韓流』体験ツアー3日間」(※ニッコリ顔写真つき) ・・・驚きである。 まさか自分の知り合いで「~と行く~ツアー」の名前として旅行の企画が成立する人間がいるとは。知り合いは自分の想像力の範囲をこえないものだ。だいたいが似たようなものがまわりに集まるものである。仮に自分の名前をそこにいれてみるがいい。さらに自分の顔写真を貼ったのを想像してみるがいい。瞬時に顔が赤くなるはずだ。ならない人は適性がある。ぜひ違う道を歩んでもらいたい。 ましてや韓流とは? 竹島で騒ぐ韓国人をものともせずヨン様グッズを買いあさる妙齢の方々(←表現自粛)の購買意欲をくすぐるのが「●●●●アナウンサー」だとは!つまりこの男にはあの県の景気を左右する(言いすぎ)経済効果があるのだ。 ハリセンふりまわしていた学生時代の姿が頭をよぎる。 会わなくなって1●年。顔をみないうちにいまや●●県のセックスシンボルなのかいキミは?すごいなあ。いやすごいよほんとに。 ・・・たいへんだねサラリーマン。お元気で。(♂)
2005年05月05日
杉並区立富士見丘小学校で行われた総合学習のレポート。大いなる理想とは裏腹に現場の先生への丸投げが実態であるこの授業。演劇をとりいれる様子を1年間密着取材。 と簡単にいえばそうなのだが、講師陣がすごい。渡辺えり子・小椋桂・鴻上尚史・谷川俊太郎・青井陽治・吉田日出子・・・ってなんだこの豪華さは。世の演劇人がくやしがる人選。だれがプロデュースしたのか知らんが小学生贅沢!たぶん価値がわかるのは10年先だろうが。 現場はもちろんのこと講師も戸惑っているようだった。 自由なコドモの発想とは幻想である。 カラダをつかったり質問を投げたりして発想をやわらかくしようと悪戦苦闘する講師陣。なかなか「開かない」子供たち。自由を教えないと自由にならないという皮肉。自分でさえ表現できない子供たち。必要性の問題なのか、警戒心なのか。渡辺えり子のいらだつ表情をカメラは見逃さない。 鴻上尚史がそのへんをうまく解説していた。「コドモはなぜか公式コメントをしてしまうんです。さっきまでワークショップの中でいいネタを喋っていたのに」←この人は解説はシャープだ、脚本はおいといて(悪口)。 これってなんだろう。 源氏名みたいな人名の氾濫に象徴される(←オレもやがてはコドモにつけてしまうんだろうか)個性コンプレックスを持つ70年代以降生まれの親たち。その願いとはうらはらに均質性を要求される日本社会。そのねじれとでもいうんだろうか。 いろいろな答えがあっていいはずなのに無難なこたえ、傾向の出る答えをついしゃべってしまうコドモ。もしかしたら「好き」「嫌い」でさえ言いたがらないかもしれない表情。おたがい距離をとりすぎて「自己」を問われる場がまだないんだろう。校長が九州の教室の殺人事件を例にだして対人距離を語っていたように、おしゃべりはしてもコミュニケーションは成立していないのってどうかなあ? その中でもときどき「負」の感情であってもいらいらした顔、つまりは感情をさらけだす子もいてどきどきしながら観る。 しかし総合学習の発表の場が近づいてくる。他の学年がふつうのお芝居なのに対して6年生は「演劇」であっても「芝居」ではない。青井の提案で舞台上で渡されたテーマについて自分の考えていることを発表するのである。不安がる子供だち。 舞台の後、コドモの表情が一変する。大勢のひとを前に自分をさらす機会をもったことでなにか一皮むけたようなキラキラした目をするようになるのだ。自己をみつめるはじめての機会だったのだろう。いちおうは結果は出たのだ。 親も教師も未知の子供の姿。本人にとってもそうかもしれない。教師が「私ならこれは聞かないでおこうと思っていたことも授業でコドモにつっこんでいるのが新鮮だった」と話しているのが印象的であった。やっぱり難しいんだろうなあ「踏み込んだ教育」って。親じゃないしね。プライバシーと愛情と。まじめであるほど傷つくんだろう。 欲をいえば参加者の時間をおいた感想が聞きたい。やっぱり無難なこたえなんだろうか。(♂)
2005年05月05日
実家に行く。かみさんのいただきもののおすそ分けのためにカバンに酒をつめる。 長兄が甥を連れてくることが判明。入学祝のために本屋で図書券を購入。親に電話して好みを聞く。恐竜が好きと聞いて学研の恐竜図鑑と怪獣の絵本を買う。ページの中に小さな扉がついていて恐竜の絵の解説が入っているすぐれもの。絵と文章の量が気に入って選ぶ。 いちおうつつんでもらう。どうせコドモだからびりびりに破くのは目にみえているのだが。やぶいてもやぶいても中身がみえない過剰包装にしてやろうかといぢわるが一瞬頭をよぎる。いや意味はないんだけど。 いつも利用するローカル線が混んでいる。連休中とはいえ珍しい。安・近・短の傾向がますますすすんでいるのだろうか。 駅に迎えにきた父に乱暴にドアをしめて叱られる。あー高級車はしめるときに力いらないのね。こういうところに技術をつかうのっていかにも日本的だ。というところから技術的な文化論の話になる。 父いわく、アメリカの芝刈り機は手を放すと電源がとまるようになっている。対して日本人はたとえば芝刈り機が暴走したときに手を離すのではなくかえって強く握り締めてしまう。しかもそういう行動をとるのは世界的には珍しいという。なんだろう。責任感か?だから安全装置にもそれぞれの文化的な土壌を考えてつくる必要があるという話。でもこれって時代の移り変わりで行動がかわりそうだ。 実家に到着すると甥が走ってきてめざとく本を発見。渡したらあっという間に包装紙をひっぺがす。本屋ではないので教育的指導として礼を無理やりいわせる。怖い叔父な私。挨拶だけできれば社会でやっていけるからちゃんとしろという親心だ。というよりは大人気ないただのエゴである。まあよろこんでいるからいいんだけど。 昼食でも本に夢中で食事に集中できない。飲み物ばっかりほしがるので「ごはんのこれを食べたらジュース1滴ね」と交渉してほんとにポタポタコップにいれて焦らして無理やりごはんを食べさせる様子に母健在を実感。甘いばっかりがじいちゃんばあちゃんじゃないのね。 適当に食べて飲んで辞去。駅まで兄に送ってもらう。 今度は医者として夜間診療の話←リアル「ブラよろ」だ。世間的には批判の多い夜間診療の話だが、兄いわく「ほとんどの患者は緊急性がない」という。空いているから来るという輩さえいるらしい。しかし夜間受け皿になった医者がそのまま昼も勤務するといういまの体制では、「近い将来破綻するね」という結論であった。日本は明るいね。 「ハチミツとクローバー」3巻4巻を買って帰宅。(♂)
2005年05月04日
朝、ジョギング3日目。 だいぶ明るくなって走るのが抵抗あったが時間に追われずに走るのは気持ちがいい。豊かな気分になる。スポーツクラブの会員になるのに抵抗があるのはそのへんだ。混みこみの中でやるよりはひとりでやれば安くていい。気もつかわないですむ。やめたいときはやめられる。 先日ラジオでスポーツクラブがダイエット目的にしたヒップホップ教室を30代男性ターゲットで企画中というのを聴いた。こういう企画ならやってみたいかも。大きくなるまでスキップできなかったリズム音痴の私であるが。 でもヒップホップってある程度肉があったほうがかっこいいと思うんだけどなあ。日本のダンスコンテストを見るとコンテストとはいえみんなファッションのわりには生真面目すぎる気がする。微妙なルーズさがファンキーなのに。ってこれはダイエットというよりはダンスの話だ。 短パンが買いたい。世間のジョガーは毎日洗濯をどうしているのだろうか。あんまりたまるTシャツのヤマをみると憂鬱になる。さすがに上半身裸で走りたくはない。むしろジャージで汗を搾りたい。ダイエットというよりはその後の爽快感のためである。爽快感のあとには洗濯物が待っている。もとむ!オレ陸上部マネージャー!←なにいってんだオレよ。 帰ってきてシャワーを浴びて洗濯。冷蔵庫のあまりをあさって朝食。 洗濯物をほしてマンガを読むうちにBGMのクラシックに酔って寝てしまう。風が強い。飛びそうな洗濯物をあわててとりこむ。 冷凍庫のパンを焼きソーセージをゆでて昼食。買い物に出かける。 電気ポットを購入。コーンフレークと夕食の食材を買う。あと「ハチミツとクローバー」1・2巻を購入。かみさんへの土産である。気にいらなければブックオフ行きにしよう。 荷物の重さに負けてマンガ喫茶で一服。「鋼の錬金術師」出ている分は全巻読破。くやしいけどおもしろい。エグい描写がおもったよりあるのは意外。格闘シーンの妙なこだわりが感動。 夕食はケンタロウ本に載っていたツナとセンギリキャベツをスリニンニクとオリーブオイルであえた具をからめたパスタ。ひさびさにつくったが上出来。あっさり感とキャベツのボリュームがいい。たいしてパスタをゆでてないのに満腹。パスタメニューのバリエーションを増やしたいなあ。めざせイタリア人。 食後かみさんと「踊る大捜査線2」のDVDを鑑賞。可愛いなあ小西真奈美。というよりは凄みのある美しさはどこからきているんだ。リアル猫耳キャラだな。 そんな1日。(♂)
2005年05月03日
知人よりDMが届く。だいたい何通か連続して届くのが不思議。時期がだぶるのか。芝居の案内である。 正直、出演作をみて「いいかげん長い間役者をやっているなら出る作品を吟味してもうすこし自分をうまくプロデュースする術を覚えようよ」といってやりたいやつもいる。が言わない。言うほど親切でない。このへんどう考えているのか聞いてみたいところだ。つまんないのに出ている余裕はないだろ。なぜ出るの?とか。義理人情なのか。惰性なのか。なんにも考えてないのか。 節操なく出ている中には面白いのもある。そういう嗅覚が働くものだけを観にいくようにしている。判断基準のひとつは「チラシがカッコイイ」ということだ。企画がしっかりしているからこそ伝わるカッコよさ。お試し期間はもう終わっている。こっちの財布だってそうそう緩くはない。 長年の演劇活動でカルト化してしまう人もいる。世をはかなんでしまうのである。「世間はわかってくれない」とか言い出す。つきあう演出または作家が悪いのか。世間様の代表としての制作のようしゃないツッコミが足りないのか。先人たちの負の遺産というのか。「わからないことが正しい」というような発想さえある。 違うだろ。 こういうのって格闘技に似ている。最強とはなにか?実戦では寝技が強いヤツが打撃を覚えれば強いのか、あるいは打撃系の選手が寝技を覚えれば強いのか。永遠のテーマなんだけど簡単にいってしまえば、 どんなに鍛えたって熊の一撃にはだれも勝てねえよということだ。 ・・・ってぜんぜんわかりやすくなっていないたとえなんだけど。 うまいとか、わかりやすいとかわかりにくいとか笑えるとか泣けるとか、そういうごちゃごちゃした各論、方法論はいい。それよりも、チケットにみあった、もといチケットの価格をこえたスゲエもんをみせればいいのだ。舞台上になんじゃあこりゃあ!という「異物」があるかどうかという話だ。万人をだまらせるなにかがあれば客は満足するのだ。 わかってくれるくれないといっているうちは次元が低い。これがやりたいんじゃあ、というものをみせてくれ。己に酔わない、確固たるものを。ハートにつきささる一撃を。オレを黙らせろ。 ちゃんと客にむきあっているかい?「客をみる」ということは媚ではないぜ。 ・・・言ってやるタイミングがないまま歳をとっている。むーん。だからチケットを買ってやるやらないで意思表示をする。 みなさんも同情ではなくてそうやりましょう。それが世間さまの役目というものです。(♂)
2005年05月02日
井伊直弼の横恋慕から無実の罪がかぶせられて姫ともども自由を奪われた藩士が難攻不落の収容所から脱走を狙う冒険小説。 井伊が大ボス、長野主膳が粘着質な頭の切れる参謀、という敵の設定。熱い鮫島と冷静な桜庭、知恵の効く藤原という藩士側の魅力。キャラクター小説の王道ながら知恵と知恵のぶつかりあい、ハラハラドキドキの展開にページがすすむ。しびれる。 キャラクター小説に終わらずちゃんと時代小説の文体なのもいい。適度な文の重さである。 各登場人物の役回りへの誇りが泣かせる。時間の経過とつぎつぎとでてくる困難。それをサムライとしての誇りに賭けて戦おうとする姿に泣ける。 ちゃんと逆転ホームランな展開もいい。拍手。 七人の侍に影響されて海外のいろいろな映画ができたというがこういうのもありだ。これはパクリとはいわない。オマージュである。(♂)
2005年05月01日
秩父宮ラグビー場に行く。素人である。 きっかけはジョグである。朝のジョグでテンションが上がり、ふと「休みらしくて青空にふさわしいことをしよう」と思ったのだ。かみさんの出勤をしりめに新聞を読む。サッカーが第1希望だが味の素スタジアムはナイトゲームらしい。 というわけで外苑前へ。ふやけた休日気分のまま電車に乗る。 渋谷の地下鉄の壁に「屋根に乗ると危険です」「落書きしたら通報します」という貼り紙を発見←苦笑。どんどん馬鹿になっているのか俺たちは。 とちゅう屋台で餃子とビールを買う。こういうのが気分をもりあげる小道具だ。試合開始10分をすぎて着席。すでに先制点。楽勝。とおもいつつプルトップを倒す。ぷしっ。 みわたすと客席が敵味方ごっちゃで適度に空いている。ニュージーランド人らしいグループもちらほら。ボールを蹴る音から選手のコーチングの声がひひきわたり、敵味方関係なくいいプレイには拍手と歓声がもりあげる。ときどきヤジが飛ぶ以外はそれほど殺気だつものはない。やさしい。そしてほんとうに好きなひとだけが客席にいる。 このかんじはなにかに似ている。そう、相撲である。 ちからびとがぶつかるさまをみながらのんびり高見の見物。天気もよくて最高。 ・・・勝てばの話だが。 試合は一進一退の好ゲーム。惜敗←数字の上では。 前半のスクラムで消耗したのか、勝負どころでのぐいっと入ってくるチェンジオブペースにディフェンスが破られる。ミスをことごとく活かされる。体格差よりも「ラグビーを知っている」差かもしれない。たとえばクイックネスだって負けてない。要はつかいどころだ。 最後からふたつめのPGはなんだよ。残り時間考えたらトライを狙うところだろう! 試合運びが淡白な印象。リズムが予定調和すぎる。最後のキックはおちょくった感じがよかったが、もっとはやめにやってほしいプレイだ。 ノーサイドの精神、敢闘を讃える拍手がこんなとき憎い。 あの国が強いなのはわかっている。でも学生だろ? ・・・最近スポーツを大人げなく観ることにしました。あしからず。(♂)
2005年05月01日
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