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最近、ムスメが泣きまねをする。 車に乗せるときも。風呂で小麦粉頭の国民的英雄のライバルの水鉄砲から水をだしてほしいときも。タッパーのフタをとりあげられたときも。 んふっ!んふっ!んふっ↑(crescendo) 訳:泣くぞ!ほら泣くぞ!いいのかいいんだな ・・・困る。たとえば風呂のときはこちらは手はシャンプーまみれだ。 世間の教科書には話しかけてみましょうというので「あーおとーさんは今手が汚れているのであとでね」といってみる。わからんがとーぜん。 100%聞いているとやってられないのである程度はほっておく。 さらにナマイキなことに、かみさんがクルマに乗せるときこどもビスをあげるまで騒ぎ続けるらしい。かけひきまでやるようになったか。 そういえば私は芝居をやっているときこんな暴言を吐いていた。 女の涙と笑いは信用するな べつにトラウマがあるわけではない。女性は一般的に笑いについてはそれほど客席では厳しくない。簡単に笑う。そのかわり客席をでてから「つまんないよねー」とかいうのだ。 そして涙については男とのかけひきで簡単に流す人を知っていたのでそういう格言?をつくったのである。 ある知人(≠友人)でこんなことをいうヤツがいた。 男なんてね(顔をつくる)こんな顔をすれば一発ですよ なんでオレにいったのかよくわからんが。通用しないとみたのか、はなっからターゲットでなかったのか。まあ考えないことにするが。 泣きまねといい、彼女のつくり顔といい、ようするに人生においてその武器が通用してきたから多用するようになったのだろう。 だとすればムスメの成長のためには泣こうがわめこうが大人のやりたいことをやってから言うことをきいてやるのが親の役目というものだろう。 さあ泣くがいいさ←違(♂)
2007年05月31日
高校と大学がいっしょだったヤツの名前をWEBで探すとHit!でも所属している組織名が精神世界のモノになっていた。おーいなぜそっちにいくのだ。 ・・・みなかったことにする。嗚呼他人他人。 昔自分の芝居にでてくれたひと(演技力抜群でした)を検索したら、顔写真とともに現在の仕事がでてきてビビる。 ●●コンサルタント なんじゃそりゃ。これまた業が深そうな商売を・・・まあなにもいうまい。 ついでに、共演者を検索。ぽちっとな。 ~で~ストを務めておられる●●さん。セミナー講師の経験も豊富で、~の魅力や、~のノウハウを、わかりやすくお教えくださいました うわこれまた派手な。同じ舞台にたっていたのにこうも違うとは。 あれから1●年。年月は人を変える。でも当時の私生活とか語り口を考えるとそれほど不自然でもないような気も。みんななるようにしかならないのだ。だからこそもがくのだが。 実際にするかどうかはべつとして「リセット」に若いころは憧れるものだ。でも人は一本の道からそれほどはずれることはできない、とこういう事例を見ると思う。もし簡単に道をはずれていける人がいたら幸福な人だ、というのは違うだろう。なぜならそういうひとは迷走を繰り返すだろうから。 それもまた結局は一本の道になっているのだろう。 結局は一本の道になるなら、よりよく進もう。迷ったときに相談するだれかを脳内に。いや、現実世界に置いてもいいのだが、現実の人はそれほどしょっちゅう些細なことで頼るわけにはいかないだろう。 本のキャラとか。名台詞の多い友人とか。皮肉の多い家族とか。一刀両断の武士とか。 あいつならああいうね!という引き出しをもっと多くもとう。それが行動規範というものだろう。宗教・教育・政治。いろんな視点はもってもちすぎることはない。本を読まなきゃ。ただでさえ狭い器が狭くなる。 1●年前、今の自分が想像つかなかったように、1●年後の自分はわからない。なんとかコンサルタントにはすくなくともなっていないだろうけれど。 だからしっかり暮らさなきゃ・・・と書こうとして「くさらなきゃ」と入力。もうだめだ・・・って、ダメなのか?(♂)
2007年05月30日
子供をもつとか、もたないとか、家庭ってそういうことじゃないんだ。夫婦だけだって「家庭」だよ。 仕事でいろいろあっても、嫌なことは持って帰らない。そうやって自分をコントロールする場が「家庭」なんだ。家庭のあるひとは日常自然とそういう訓練をするし、そうすることで家庭の維持がされる。結婚ってどうの、っていう前にやっぱり必要なんだよ家庭は。 ・・・自分をちゃんと制御できるひとは別かもしれないけれどね。 そりゃあ、仕事の話をすることもあるよ。でも、楽しい話だけだよするのは。毎日イヤな話ばっかりしたらいやんなっちゃうだろ家族だって。 そうやってガマンしていても、つらいときはやっぱり自然とつたわるんだよな。そりゃそうだよ夫婦なんだから。四六時中いっしょならわかるよ。あれやこれやいっぱいいっぱいなときもあるよ。 うちのかみさんはね、そういうとき顔をみて言ってくるんだよな。「今日は休んだら?」って。 そんなことを言われたら絶対行くっていうんだけどね意地でも(笑) ・・・雑談の中ででたことば。ユニークな家庭観と、奥様の台詞がよかったのでメモ。旦那の性格をよく把握した上でのハッパのかけ方だろうなあと思う。 そういえば、野村克也は南海在籍中、江夏豊に「投げろ!」と強圧的にいえばヘソを曲げるので練習させたいときは「おまえ、ちょっと疲れてるんじゃないか?」といって見栄をはるのを利用していたそうだ。休ませたいときは逆を言っていたとか。適切なハッパのかけかたは気合入れだけではないという、そんな例。(♂)
2007年05月29日
得意先の選挙協力依頼のために上司と同行。 しょっぱい。 もちろん自分は発注者なので、行った先の人ががけんもほろろな態度ということはない。迎える側もこちらの立場をわかっていて、なんとなく苦い笑いをおたがいにしながら署名の説明をしたりする。「まあ仕事ですしねー」みたいな雰囲気だ。なにもいわないところがまた日本人だ。 はたしてこのツアーで何人が投票するのだろう。名前を書いたからってその党にいれるとも思えない。むしろ、反発したりするような気もするけれど。嗚呼中小の悲哀。 私が間違って出世したりした日にゃあ、同じことをやらなくてはいけないのか。やだなあ。被選挙権でも行使するかね。そして中指をたてて叫ぶのだ。 Scrap & Scrap! とかな←外山氏元気ですか。 何がいやかって、露骨な利権というニンジンもなく、義理人情で動かざるを得ないところだ。まだ料亭で偉い人同士箱の底になにかが入った土産のひとつもやりとりして、手をポンポンと叩くとキレイどころがしゃなりしゃなり入ってくるというベタな風景でもあればいいのだが(いいのか)。ただなんとなく真綿で首をしめるようにこういう活動の話がくる。 もうひとつ腹がたつのは、1票の重さの実感である。 東京23区に住む同僚がいるのだが、社長の斡旋で直々に党の偉い人が挨拶に行ったりするのだ。こちらにも来て欲しいという話ではない(だいいちあいたくないし)。票の格差が合憲という判決がでているけれどこういう実態をみればどこが平等なんじゃあ!とアホ判決だした裁判官に飛びつき腕十字をかましたくなるわけで。 めんどくせー。 どうしたらハッピーになれるのだろう。とパターンを考えてみる。 思想信条をどっぷりこの党にあわせること。 会社の方針にまったく無批判にうけいれ、署名にいくことになんの疑問ももたない上にやりがいをかんじるようにしむけること。 署名にいくたびに給料があがること。 署名が相手をふくめてみんなを幸せにすると信じられること。 どうかんがえても、どれもSFの世界だ。あるいはサイコホラーか。 ・・・こういうときに世間では言うんだろうなあ。ありえねーって。 こういう煮え切らないしょうもない態度って、税金食いながら国旗国歌を拒否しているアホ教師といっしょかしらん。どうみても給料の範囲じゃねーよ。さあ、オレを黙らせる給料を! ・・・それこそありえないのだが。はー、とかとんとん(意味不明)。(♂)
2007年05月28日
洗濯物を干し、リビングとダイニングとキッチンを掃除。和室に掃除機をかける。ああどうしてこうも床に米粒が多いかね。犯人はひとりなんだけど。 午前中ムスメを抱えてスーパーへ。あいかわらず歩くのを嫌がるので左手でダッコだ。 ふと気づいたのだがこれって小型犬と同じである。照り返し・地熱が強すぎて歩くのがイヤなのだ。もうそろそろ夕方か朝はやめに散歩をシフトする時期か。早いな1年。 玉ねぎとキャベツを買って帰宅。よりによって重いものばっかりだ。買ったことを少し後悔。それにしても春キャベツ55円は安い。おそるべしあのスーパー。 店先に植木をならべている整骨院を発見。みため涼しいのがいい。 昨日にひきつづきふたりでシャワーを浴びる。機嫌よし。 昼食はご飯と味噌汁とほうれん草とチーズと納豆。 ベビーカーに乗せ、散歩。近所で日よけをたててバーベキューをやっている。殺人的にへたくそなバイオリンの練習が聞こえる。ヘタなピアノは我慢できるがバイオリンはダメだ。隣でなくてよかった。 スーパースターのスーパープレイは基本プレイの連続である、とあるサッカーの指導者が言っていた。芸術もそうだ。ついドラマチックなところばっかり練習してしまうけれど、ほんとは地味な部分が表現の骨をつくる。だからまずは一音一音まともな音をだせ少女(推定)。 あいかわらず寝ないのでペットボトルのお茶を買って抱かせたら気持ちよかったらしくすぐ寝る。 4時ごろおきてきたのでレッズ戦を鑑賞。レッズのふがいなさもあるがマリノスの勢いもほめてやるべき。1-1の引き分け。 ムスメをほったらかしにして夕方の客に備えてかたづけ。騒ぎそうになったので抱えて外にでる。夕方の風とのんびりとした陽射しに静かな顔をしている。いつもは吠えまくる家の前のアホ犬もおとなしい。この時間の味わいもこの季節ならではだ。 ここ1ヶ月ムスメをケアすることで日光を浴びる機会が多くなった。心地良い疲れにバイオリズムのリセット感を感じる。皮膚への悪影響さえケアすれば、都会人の体調不良は日光でどうにかなる部分が多いのではないだろうか。西欧系みたいにやたら肌さらして浴びる習慣もどうかなあとは思うが。 義弟よりお土産を貰う。急いでいたので寄らず。東国原知事の顔入りジュース(笑)。 夕食はペンネとキャベツと玉ねぎとニンジンとベーコンを水がなくなるまでいっしょに茹でたモノにヨーグルト・卵をまぜてかけたベジカルボナーラ。美味。 ムスメはただ茹でただけのモノをガツガツと1皿分。ムスメ、恐ろしい子・・・(←目の中が白)!(♂)
2007年05月27日
朝卵を焼く。頭をつかわないがボリューム感がムスメを満足させるのと同時に、おとなどもは好きなアジをつけられる。という便利メニュー。 洗濯をやり、水周りをかたづけてムスメを連れて外出。 歩きのトレーニングをさせたいのだが、最近甘えんぼさんMODEでダッコをせがむ。ほっとくといつまでもたたずんでそう(かわうそ君@伝染るんですみたいになっていることがある)なのでしかたなく左腕に抱える→ますます歩かない、という悪循環。腰にきそうだ。世間の親は偉い。2人3人なんて子供いた日にゃあどうなることか。一発貫太君(歳ばればれ)のお母さんはどうしていたんだか。 クリーニングやにブツを置いて、散歩がてら小学校の運動会を見学。最近の運動会はBGMがよりどりみどりなのがすばらしい。定番の「クシコス・ポスト」だけじゃなくてトキオとかつかわれている。速い子はやはりフォームがいい。飽きるまで眺めて公園へ。 しばらく放牧して家に戻る。 メニューはご飯とおからと味噌汁とチーズと牛乳ゼリー。なかなか「いただきます」をしないのでやるまでおあずけとやったらしばし泣かせる。泣きながらいただきますをする姿はなかなかけなげだ。いや、調教のつもりはないんだが。 もっとも後でかみさんにきいたら必ず食べる前のどこかでこっそりひとりでやっているので「なんでまたやるんだー!」という泣きがはいっているらしい。すまんね。 いつものように昼寝をさせるべく車に積もうとしたらはげしくブリッジをして抵抗するので、ベビーカーに載せようとしたらこちらも泣く。外面がいいほうなので外で泣くのはよっぽどだなあと諦め、ふと思いたってシャワーをするとゴキゲン。ベビーカーに乗せたら50メートルほどで意識を失う。 4時間ほど昼寝。最長記録か。 夕食はご飯味噌汁ヨーグルトと肉白菜炒め。とくに白菜の固いところが気にいったらしく、「もっとや!もっとやで」と要求。しゃきしゃきで美味いらしい。しぶいね好みが。 実家に電話すると父から質問。外国人相手のボランティアで聞かれたらしいのだが、 昨日・今週・今年などの言葉のあと動詞「~をする」をつけるときは「に」をつけない。夏休み・1月などの言葉の後には「に」をつけたりつけなかったりするが、この場合の「に」はなんと説明するか? わかんねー(ので説明できるひとはよろしく)。より時間情報が厳密なほど「に」がつくような気がするが。 かみさんが帰ってきたので焼酎解禁。気分的には缶ビールだがお中元の季節がせまっているので我慢。休日の酒はなんでこうも美味いんだ。(♂)
2007年05月26日
腹芸が苦手だ。 あのーその~なんだ、あれということでわかったな。とかなんとか言いながら爬虫類系の部下に目配せすると翌日偶然にも仕事の邪魔になるやつが消えている。責任は回避しつつ権利は行使。みたいな←って劇画の読みすぎだけど。そもそもそれは腹芸ではないし。 文句は常に直球に。いうかいわないかだ。 いえたときはいい。いえないときはどうなるかというと、残るのである。 のみこんだことばはどこにいくのだろう@野田秀樹 どこにといえば、それは端末を叩きながらの悪態になる。 んだよー。ったく。っていうかさー。もー。なんだかなー。どういうつもりなんだよーぉ。 と、言葉にならない呪詛と英語が喋れないくせに覚えているfour letter wordを撒き散らしながら吐き出し、机の下に軽くトウキック。 迷惑なのは臨席の同僚O氏であろう。すまん(とりあえず)。 ふと、気づいてしまった。それだけですめばよかったのだが、実は風呂の中でもソレに近い言葉を排泄(といっていいだろう)していたのだ。ひとりでハイっている分にはいいが、ムスメが聞いたらなんと思うだろう。もしかしたらマネをするかもしれない。 というわけで、もうすこし(じゃなくてかなり)表現を変えなくては。 一句詠めばいいのだろうか。 あるいは将来お話してーとせがまれたときに備えて童話に置き換えてみればいいのだろうか。狐ばっかり登場しそうだが。 それとも絵や音楽に変えればいいのか。 いずれにしても、ただ飲み込むという態度は結局澱として残る。助けて百太郎。(♂)
2007年05月25日
朝、株主が集められて社債の説明会。 あらたに制度としての社債が発行されるのだがひとくちの金額があまりにでかすぎるので共同出資を募(ってや)りますという。その小さな一口でさえどう考えてもデカい。ほんとに集める気があるのかね?同僚の純粋まっすぐ君があれやこれや小賢しくケチをつけようとネタを探して重箱のスミを突いていたが、会社側は想定の範囲だったらしくあっという間にかたづける。 彼はこう聞けばよかったのだ。 「株主に配当をまったくだしてないし社員にロクに給料を払ってない状況で、社債買ったひとに利子払うのってだれがどこからゼニもってきて利子払うんですか。株主と社員にどう説明するんですか」 しんじつはいつもひとーつ@偽小学生探偵。ストライクを狙う質問はカーブでなくて直球勝負でよろしく←言えばよかった。ちっ。 ガイジンのクライアントとあいかわらず揉める。そんなカネはねえとかなんとか。急がせておいてそりゃあねえだろ。 アングロサクソン相手にはデリカシーのない直球勝負な喋り方をしたほうがいいようだ。「できねえっつったらできねえんだよこのタコ自分でやりやがれおら」とか。早く終われこのゴタゴタ。 午後会社を休んでデパートへ。 受け取り票に地図があったのでそれをもとにカウンターを探しさまよう。目的地に接近したとたん店員さんがさっと近づき伝票を受け取り小走りに奥へひっこみまた小走りで戻ってきてニッコリ笑って渡してくれたのだ。俊敏にして流麗。 もしかしたらあたりまえのことなのかもしれないけれど、こちらのストレスと要求をみたす動きにさすがだなあと感動。教育なのか。その店員さんの意識の高さなのか。なにがって、 まず(1)指定された場所かどうか迷っている客より先に察して案内することで客のストレスが軽減。また(2)小走りに移動することで時間的にも視覚的にも待つストレスが減り、さらに(3)満面の笑顔で安心感。これら3つが流れるように行われたのはさすが伊勢丹(仮名)。 もっともかみさんには「さみしそうな顔してたんじゃないのおっさんが」といわれたが。ほっとけ。 帰宅して船越なんとかの刑事ドラマをみながらムスメを風呂にいれる。このテロ朝のドラマが安いながらもある種の様式美でつくられていることに感動。 台詞のテンポ。場の切り替え。きっちり芝居ができる役者。お約束とご都合主義で展開する時代劇のような脚本。日本人の演歌心をくすぐる哀愁のギターとサックスの音響。ステキすぎ。リピーターにはならないが評価はよし。願わくばもっとカネをかけてやればいいのに。 以前はこういうお約束だらけな、役者が観たような顔だらけの作品を軽蔑していた。ワンパターンというのはなかなかわかっていても強固ななにかがないとできないものだ。たとえばサザ●さんの質の高さを疑うひとは誰もいないだろう。若いときはついヒネったものが偉いと思う。でも万人にハートに届くモノはベタなものだ。 意外と、いいもの、すごいものはそこらへんにあたりまえのようなものとして転がっている。そんなことにいまさら気づく30代って遅い?(♂)
2007年05月24日
迷惑電話の発信元をリストアップしたブログを読んでいたら、その企業の営業の実態が書かれていて驚きをとおりこして笑った。迷惑をかけるにはかける理由・原因があるらしい。社員の締め付けの実態が事細かに記録されていた。 「アポをとれなかったら全裸で仕事しろといわれ、裸にされて性的な罵詈雑言を受けた」 「やめるといったら会議室に閉じ込められて暴力を」 ほとんど女性誌の「馬鹿っ母!」シリーズみたいなノリだがどうも事実らしい。世間は法令順守流行りだがコンプライアンスなんて言った日にゃあ食べられるのそれ?とかいいそうである。 こんなデタラメをやっていてもすぐに代わりが入って、そしてだれかが社員として残っていくのだとしたら人間ってすげえ。人間なのか日本人なのか。そして誰かがカネを払い、それで企業が存続している。潰せよそんなところ。 得意先の社長の言葉がいまさらながら蘇る。「大金持ちになりたければねー、悪いことをどっかでするしかないんだよ」 同時に営業マニュアルのコピーもUPされていた。方法としてはほとんど客の話は聞かないでこちらの言葉をいかに伝えるかに専念している。注意書きでご丁寧に「ここらへんからいっきに畳み掛けること」とか書いてあるのだ。いつか聞いたデモンストレイターの話術に似ている。 とにかく怪しい電話では会話は成立させないのが一番のようだ。とくに感情もいれず、あっさりと接点を絶つこと。とにかく言質・言葉を拾われないように。 営業マニュアルそのものはエッセンスはあっぱれとしかいいようがないものであった。自分の仕事につかうにはどぎつすぎるけれど。説得折衝で参考にしよう。まず目的ありき、と。 ある財閥をはじめた実業家は「頭をさげるのに抵抗を覚える」といった部下に「人にさげると思うな、お金にさげると思え」と言ったそうだ。それで納得するのかちょっとビミョウな気もするけれど。 この会社にいるひとはこの電話をどんな思いでやっているのかしらん。それとも思いをあえて排除しているのか。もしこんな営業で待遇がいいとしたら、きっとそれは魂の値段なんだろう。値段を知りたいような、知りたくないような。 とりあえず私は永遠に外出中で直帰にしておくけれどね。ごくろーさん。(♂)
2007年05月23日
あいかわらずviviはいい仕事だ。 電車の釣り広告でフ●ッシュの欲望丸出しな下品丸出しな見出しはJRの検閲をよくとおりこすなあと感心するのだが、どうしてクリアしているのかさっぱりわからん。でもviviのインパクトはそれを余裕で越える。検閲したほうがいいやもしれん。雑誌に元気がないとよくいわれるけれど、この広告をみるかぎりでは気合の問題のような気もする。雑誌界の最後の砦か。なにを守っているかわからないが。 ちなみにviviの見出しはこんなん。 街中がリゾート化現象!この可愛さ史上最強 どっきゅんリゾートガール! DQNですか。とつぶやいてみる。さらに表紙はこーだくみってすごすぎ。鬼に金棒?竹に虎。梅に鶯?とならべればいいってもんじゃない。真ん中のハートは私の趣味ではなくて忠実な模写ですのでねんのため。 「どっきゅん」かー。夜中に口に出すと俳句のひとつもひねりたくなるような。侘び寂びというやつか(違)前回のネタ
2007年05月22日
音楽教室を開いている知人がいる。 あるとき私生活に問題を抱える生徒に親切のつもりで「厳しいときは休んでいいんだよ」といったらかえってきたこたえが泣かせた。 「こういうときだからこそなんとしてでもきたいんです」 芸は身を助ける、という。自分も芝居を齧っていたころ、問題を抱える人を多く見た。芸能・芸術はとかくそういう傷を癒す場であるらしい。もちろん問題のない人なんて居ない、といってしまえばそれまでだが。だいたい自分がどうだったかといえばはなはだ自信がない。 筝を教えている母が若いころ、いまは亡き祖父はいったそうだ。 芸が身を助けるような生活はだめだ。 生計という意味ではなく、精神的なバランスのことらしい。これまた正しい。遊びがないと表現に艶はない。ストイックさしかないのは自然食レストランのようなものだ。なにかが物足りないモノになる。 とかく成功譚は、表現者がどん底から這い上がってなにかをつかむ物語にしたくなるものだ。それは書き手に読み手の嫉妬心をくすぐるように書かなくてはいけない使命があるからである。でも間違ってはいけない。どん底だから宝石が磨かれるわけではない。魅力的なものがふさわしい魅力的な装いで表されるからこそ客がつくのだ。 どん底でも歓喜の歌は歌えるし、幸せの絶頂でもブルースは歌える。最終的には「地」がでてしまうとしても、表現の神様の前では生活の垢を落として身を捧げるのがルールなのかもしれない。 もしかしたらそうした神聖さ・平等さ(というより不条理さ)があるからこそその生徒さんは通うのか?努力・犠牲がかならずしもすべて報われないという点でも宗教的だ。 願わくば、彼女の問題がはやく解決して「芸が身を助けない環境」になりますように。客にそんな悲しい音が伝わったら生徒さんだけの不幸ではなくなるだろう? だからぼくはうたうんだよ せいいっぱい でかいこえで(♂)
2007年05月21日
前日はやめに寝たせいか、5時に起きてしまう。勢いつけて洗濯をやり、掃除。子供がいるとできない場所を中心に。 ところで、うちの前にはえらく気合の入った主婦がいて、庭先のバーベキューでキャンディキャンディが着るようなフリルのエプロンをつけているのを見て以来「キャンディさん」とあだ名をつけているのだが(そのまんまだ)。この人がいかに気合が入っているかは朝わかる。 毎日自分が出勤のためにのそのそ着替え始めるのが5時ぐらいなのだが、その時点でふと窓の外をみると干し終わっているのだ。いつ寝てるんだキャンディ(敬称略)? ところが今日は休みなのか干したけれどむこうは干されていなかった。勝った←意味不明。 そういうわけでのんびりとだれもいないキッチンで珈琲。この静けさがうれしい。 8時ごろ起きてきたので卵を焼き朝食。布団を干し、和室に掃除機。 ほぼ完璧。公園につれていき野放しに。とおりがかりの小学生が挨拶をしていく。防犯対策の一環なのかもしれないけれど気持ちがいいものだ。 戻ってきて手を洗い、昼食。おかずがさみしいので調味料をつかわずに野菜炒め。意外なことに好評でガツガツ食う。これいる?と聞くと「うん」と返事らしきものをする。まずハイだろう!と拳骨(嘘)。 クルマに乗せて昼寝をさせる。眠らせるためにエンヤをかけたらこちらまで睡魔に。 15時30分ごろ起きてきたのでオヤツはバナナ。 今度は別の公園へ遠征。とはいってもほとんどかつぐことになるのだが。もっと歩いておくれよ少女よ。 戻ってWOWOWでうまれてはじめて「トップガン」を観る。 ト●クルーズのトム●ルーズによるト●クルーズのための映画。ネコもシャクシも見てたなあ、ついでにいえばネコもシャクシもMA-1を着ていたなあ。これ観たら着たくなるのもわかるわー。と自分のバブい10代をふりかえってみたりして。あらすじこそ直球なデート用恋愛映画だが台詞のヒネリが真似したくなるほど効いていてよろしい。白Tシャツは恐ろしい。地がでる。若いのは若く、おっさんはおっさんに。着られない。 今度は風呂にいれる。そのうちかみさんが帰ってきたので夕食をあわててつくる。白菜と玉ねぎで味噌汁。オトナが焼きソバを食っているからとくれくれというのはどうかと思うよムスメよ。(♂)
2007年05月20日
9時30分起床←ダメ親と呼んでくれ。 朝食を食わせ、洗濯物を干して散歩&買い物。 スーパーで魚を買うというmissionあり。ただクルマでいくのもなんなので歩かせる。歩きゃあしねえ。 数歩歩くと両手をうえにあげてダッコをせがむ。そのままダッコするのも癪に障るので数歩前でしゃがみ、さあこちらへおいでと誘うとたったかたったか。 歩けるじゃねえか。運んでは降ろすをくりかえす。 雨は止んで、すこし曇り空。ベビーカーなしで道をすすむと公園が。そのうち水溜りに突撃するようになるのであろう。おめあてのすべり台は汚かったので回避。階段のところで上れずにハイハイしているのでかついで“Jump!”“Jump!”と往年のファミコンゲームの動きみたいなことをさせたら大喜び。何度もやれというのでやる。 得意先の、同じぐらいのムスメをもつひとがいっていた。そのうち奴隷になりますよ。ボクなんかすっかり舐められてて「あいしゅ!あいしゅ」って。お母さんだとだしてくれないのがお父さんだとアイスクリームをだしてくれると思ってるんですよ。 ありうるわー。 スーパーでは魚売り場へ。さて困った。左手にはムスメ。右手にはカゴ。 ムスメを置き→かごを床に置き→ぶらさがっているビニール袋を開き→2匹のアジをとって放り込む。第1段階クリアー。 塩焼き用の処置をしてもらい、レジへ。ムスメの好きな納豆まきを発見したのでついでに買ってやる。 レジでふたたび難関。 ムスメを足元に置き→いざというとき固定できるように足の間に位置をとり→財布をだし→おつりとレシートを受け取り→レジ台をいじっているムスメと商品をさらって外へ。mission完了。 やはり買い物にはベビーカーだ。わかってはいたのだが、まあ面白いかと。 家まで戻り昼食。納豆巻きはたして大喜び。味噌汁をすすめても食わないで食べつづけるので母方式で「これひとくち食ったらやる!」と泣き叫ぼうがかまわず親の権威(苦笑)をふりかざす。結局納豆巻きが終わるとおとなしく食うのだが。 好物の納豆+好物の海苔が同時に食える食い物なんて、たぶん本人にとっては夢の食い物なんであろう。オトナでいえば寿司と焼肉が同時にでてくるようなものか。アメリカの日本食レストランみたいなとりわせだが。 ムスメを連れてふたたびベビーカーにのせて周辺を散歩。ふだんより長めのコースどり。あきらかに目の色は電源が切れはじめているのだが、寝かせようとすると「いんやまだまだ!」と抵抗するので作戦変更。クルマに乗せて走ると見事にオちる。 5時にふたたび覚醒。テレビをつけるとオランダ系ウサギの脱力クレーアニメ→モリゾー→アニメ「MAJOR」→「電脳~」と観たり観なかったりしながら風呂にいれる。 最近の流行りはバイキンマンの外見の水鉄砲だ。「ザ・ベ●ト」の表紙みたいだなーとかアホいいながら顔にふきつけると大喜びでもっとやれと催促する。催促はいいのだがこちらは頭を洗っているのだよわかれって。 PCで座っているせいと、ムスメのかつぎあげのせいで腰がいたい。やばい。ストレッチ。 かみさん帰宅したので夕食。すっかり甘えんぼになってもう一回風呂に入ってやがるよ。まったく。(♂)
2007年05月19日
あいかわらずガイジンのクライアントに悩まされる。 いうことコロコロコロコロかえやがってこの××××女め。と人種国籍的な問題表現を調べて脳内でぐるぐるとまわしたりして。口にしたら日本人が汚れるからいわないけど。日本人というより個人の誇りの問題だ。 ガイジンのクライアントなんてめったにいない業種(会社)ではある。だいいち「クライアント」ってなんだよ世間の日本人よ。顧客といおうよ顧客と。あ、オレもか。 今度は間に入っている営業もたまりかねてできない!と言ってくれる。終了。 というだけではすまないのが浮世の義理というやつで。じゃあ変更事項は?と聞き返すとまだ決まっていない云々かんぬんあらあらかしことかなんとかというメールが来たらしい。すぐ決めろ!ぼけ!という内容を丁寧に伝えてもらう。 これだからアーチストというヤツは。という職業の問題ではなく。そいつのパーソナリティの問題であろう。だいたいこういうトラブルのある人は一見「いいひと」だったりするわけで。日本人でもそうだ。いいひとにいい客なし。 あのさー、仕事ってのはね と正座させて説教してやりたい。できないかどうかはこの際無視。まずは会社の廊下の雑巾がけからだな。やったことないけどオレも。 とかぶつぶついってたら結局事態が急変しなにもしないですむことになる。むはー。 「プライベート・ライアン」を思い出す。兄弟が全員戦死したある若い兵隊を最前線からなんとか生きて還そうという軍の建前のために複数の兵隊がバタバタ死んでいく。そういう悲惨な物語よりも、飛び散るリアルな肉片描写で戦争映画の歴史をかえた作品。 って、まあこんなザレ仕事と戦争をいっしょにしたら失礼ではあるのだが。 異文化とひとことでかたづけるのもアレだけど。商社マンというのはこんなのが毎日だとしたらちょっと尊敬。 ましてやたとえば戦後すぐとか、まったく日本という国が成立していない上に情報も途絶えていたころにガイコクにモノを売りにいってたセールスマンなんていったら。宇宙飛行士なみの凄さであろう。 人生万事修行?いや、俗人のままでいいっす。ときにはサービスしないのも客へのやさしさのような気がする。世間を教えてやれみんな。あ、オレもか。(♂)
2007年05月18日
先日、昼食時にかみさんが。 「国際会議のときさー」うん。 「弁当ってどうしてるのかなー」弁当?そんなもん日本だけだろ。 「食べに行くところないときとかどうするの」 そんな無茶な設定の箱モンつくるのも日本だけだって。考えてもごらんよ。世界の首相や大統領がが財布片手にニューヨークの町で行列つくらんだろう。割引チケットとかだすのか。 「でも日本人はやたら火を夕食でつかうってドイツ人の大家が文句をいうっていってたよ」いわれてみればそうだよなー。食生活であれだけあったかいものにこだわって、種類も豊富なのって日本だけだよなー。 「だから弁当だよ」いやだからそれは絶対にないって。 ないのか? wikiで調べた。やはり、冷たいコメがうまい日本という環境ゆえに育まれた独自の文化がBentoらしい。台湾には統治の歴史の影響でいまだに弁当屋があって人気という面白い記事もあった。 しかし、国際会議場でメモ片手に「牛抜きのかたー」「はーい」「豚抜き頼んだのだれですかー」「あーオレオレ」「ムハマドさんでしたか。はい~ユーロ」「お釣りあるー」「いやちょっと」とかもたもたと配っている風景を想像したらほのぼのしてしまった。 世界平和のためには弁当かもしれない。意外と。 それでも弁当が普及したととん「うちの国が起源だ」とかいいだすんだろうなどっかの国は?←どことはいわんが。そんなストレスがあるとしたら平和にはやっぱり役立たないかしらん。むーん。(♂)
2007年05月17日
同僚が別の同僚Oを評して。同僚A「すげえよOさん。マンガ雑誌くれたんだけどさあ、アイドルRの袋とじあけてねえんだよ」私「そりゃあすげー。オトコらしい」A「ふつうさー、あけるだろう速攻。ストライクゾーンじゃないのかなあ」私「ところであけてどうしたの」A「壁に貼ったよ。ポスターになってたし」私「いまどきかよ」A「このまえもさー居酒屋でビール会社のポスターもらっちゃったよー」私「貼るのそれ。天井とか?」A「当然」私「チューボーか?」別の同僚「Rってビミョウだろう。かわいいかアレ。ただのガイジンだろう」A「でも袋トジはあけるよなー」2人「あけるあける。男らしいー」私「なんであけないのかなー」 そこにOが戻ってくる。「袋とじ?あれ、ふつうにひらきましたよ。ちゃんと観てからあげましたが」3人「なーんだ」・・・みんなバカ。(♂)
2007年05月16日
最近、朝混んでいて始発にも関わらず電車で座れないことが多い。ガクセーさんがまだ真剣に大学に通っているせいかしらん。 ズレ勤とかオフピーク星人とか気軽にいうな。終電でいかないとダメみたいだこの電車の場合。がんばるねニッポンの父さんたち。 今日は珍しく座れたのだが、新たな問題が。 カタコリである。 てめーの座り方が悪いんだ。とか、太ってるからだろう。とか、立っていきゃあいいんだ若いんだから(こういうときだけ若いモン扱いかよ)。とか言われそうだがちょっと待って欲しい。実は私の腰幅はそれほど広くない(当社比)。広くないので後から来るおっさんどもの傍若無人な座り方に文字通り肩身も狭くなることが多いわけで。 前はそんなことなかったのになあ、と思ってふと仮説。 女性専●車両のせいで女性が集中しているということはないだろうか。以前はばらけていたことで適当に7人がけが機能していたのが、おっさん濃度が濃くなって座りづらくなったということはないか。あの席は、女子供が入ってはじめて7人なのだ。おっさんは6人が限界である。 計算してみた。 10両編成だとして、1両に58人席×10両が収容人数。580人のうち、専用車両の58人が全車両にちらばるとしたら1車両あたり約6人。10箇所ゾーンにちらばるとしたら座りやすい席がもうすこし増えるはずだが。 さらに逆の視点でいうなら、女性だけ座れば7人がけ席は8人座れる幅がある(私の経験では)。ムダな楽チン(死語)さを享受していると思われ。一般の席と女性専用の席との格差が広がっていると考えられまいか。 だから女性●用車両反対。などという了見の狭いことはいわない。そのかわりに オレ専用車両を。 30男からのささやかなお願いだ←どこがだ。 それとも、みんな同じことをかんがえていて、それがかなわないからこそ座り方がますますずうずうしくなるのか。遠足で窓から外を眺める子供みたいに膝を窓側にむけて通勤するか。それともT武T上線でよくみかける人みたいにワンカップ大関もって横に寝そべって通勤しようかしらん。 はあーーー。(♂)
2007年05月15日
かみさんがプレジデントファミリーなる雑誌を手に入れてきた。 最近流行りの、教育雑誌だ。「いい父親の条件」とか「いい夫の条件」とか。ほとんど切り口は「プレジデント」である。そのうち「徳川家康に学ぶ家庭術」とか「ロスチャイルドに学ぶ教育哲学」とか載るんじゃないかしらん。いや載るね絶対(断言)。あとは「孫子」あたりか。 ぱらぱらと眺めてみる。 いい夫の条件を語っているのが池内ひろ美だったのがなんだかなあ。このひと離婚コンサルタントだろう。ブログ炎上してたし。 いい父親の条件なるものを子供のアンケートから抽出しているのが思わずツッコミ。 これって、往年のホットドッグプレスとかその手の雑誌に載っていた「女の子に聞く男のサイテーな仕草」と変わらなくね(口調も下品になろうというものだ)? こんなお父さんがいい、みたいなガキの声のデータから理想像をだそうとするときに、世間の父親はうんうんそうしなきゃ、と思うんだろうか。理想の男性像といっしょでありえない。恋愛RPGかホストクラブならともかく。 まだムスメが日本語を喋らないからラクな分だけいうなら。 いつも心に卓袱台を それこそが父親だと思う。・・・って、それこそが理想像かもしれないけれど。子供が最初に直面する不条理。あるいは矛盾。つまりは世間様。それが父親。 なんてな。何年前のセンスだか。 努力を放棄しているわけではないけれど、データがもつ罠は知っているマニュアル世代な私。できればああいう記事をどう思うか、世間の父に聞いてみたいものだ。 だいたい、あの手の本は困ってから頼って読むのだろう。さあ困れ将来のオレ。っていいのかそれで。(♂)
2007年05月14日
朝、ムスメがテレビを点けると(←へんな技)仮面ライダーをやっていた。あらためて観たらちゃんと「芝居」していたのに感心。 ようするにセットを最小限に話を展開しようとするから舞台のようにワンシーンにたくさんの役者がたっているのだ。芝居をやっているひとは必見だ(マジで)。舞台の演技になっている。プチ発見だ。「サザエさん」の主題歌が実はモータウンサウンドっぽいなあとか、そういう気づいてもだれにもいえない類の発見だが。So Fxxkin'What?といわれるのがオチだろう。 洗濯物を干していると先日買った靴が到着。さすがに宅急便で3足届くと壮観。ムスメがよじのぼりたがるのをふせぎつつ整理。どんなにデカいんだよオレの足。 味噌汁をつくる。具はキャベツと玉ねぎと豆腐。 義母より、母の日プレゼントのお礼電話。よろこんでいただいてなにより。 ラジオからはウルフルズの「かわいいひと」が。これって母の歌だったのか?といまさら発見。歌詞ってなかなか聴かないものだ。 おやつの「パイの実」をかじりつつ部屋をかたづけているとソーメンのお誘い電話を義母より貰う。土日をムスメとすごす不肖の婿を気にしたらしい。心配かけてすみません。ありがたくおねがいする。 べビーカーにムスメと最低限の装備をのせ出発。風もないが陽射しもそれほど強くない爽やかな気候。 パンやによるとかみさんの友人に遭う。ムスメに挨拶してきたのでひょっとして●●さんですか?とはじめて挨拶。着々と地元にネットワークを築いているかみさんというのはすげえと思う。自分の住む地域に自分を知っているひとが何人いるだろう?悪いことができない。する予定もないけど。 はたしてムスメ、ソーメンに大喜び。ガツガツ食う。炭水化物好きにもほどがある。デブへのアウトバーンを突っ走っている。ついでにヤンキースの試合をみて義父がホームインしてからのチームメイトとのTouchを教えたらノリノリ。まわりに迷惑になるぐらいやる。夕方までやっていた。 オトナは揚げたてのテンプラをつつきつつソーメン。 ムスメをふたたびベビーカーに載せて帰宅。 昼寝させたら17時に起きる。車の中にいれ、夕方から洗車。窓越しにかくれんぼして「いないいないばあ」をやるとゴキゲンだ。 夕食は豚肉を焼き、ご飯と味噌汁で食わせる。 私の実家からも電話あり。 父がいまつかっているのが壊れかけているのでPCを買いたいのだが初期設定をプロに頼むと15000円かかる、おまえのところに15000円やったほうがましだからどうよ?というオファー。カネはいいから、とんかつ屋か中華料理で手をうつよ、と返答(やるのはかみさんだが)。発想がデブだぜ。 しかし書類・契約書の類がないというから先が思いやられる。大丈夫か?(♂)
2007年05月13日
午前中出社。 土曜日モードのカラダが寝過ごす原因になりそうで電車で寝られず。急募:目的地で車両に入ってきてやさしくおこしてくれるバイト募集。任務:平日確実にセキをとってくれる方。条件は耳元でささやいたときに声のいい方で。モデルのはなさんみたいなひとがいいなあ。 基本的に週5日で終わるように仕事をすすめているので政治的配慮ででる土曜日はやるきゼロだ。そういった気配を察したのかボスから課員にえんえん1時間にわたる説教ミーティング。そういうトークは全員が揃っていないと意味がないのだが。みろこのフロアのひとのいなさを。ああ画像に載せたい。 なぜボスは土曜日休むひとに敵愾心を燃やすのだ?なるべく土曜日でろよひとがいないからはかどるぞー。といったので「1階から6階まで水道の蛇口ひねってトイレもつまらせていいですかねー。それでもいいならでます」となめきったコメントをしたら「いい」とのたまう。おいおい。 外は祭りの音が響いている。珍しいヤツが出社していると思ったら仕事にかこつけた見学のためだった。くだらねえ。神田在勤なら休みにしようぜ。総務のギャル子が期限切れの接待用お菓子をくれたので気をとりなおして働く。 午前中で撤収。近くの立ち食いそばやにはいったら珍しく混んでいた。ファミリーらしき2組。おいおいもっと休日のファミリーにふさわしいところにいってくれ。冷やしそば美味し。ミニカツどんがミニでないのもいい←でぶ。 急いで帰宅して保育園からムスメをかっさらう。どうもリアクションがヘンだと思ったらかみさんが気をつかって時間を遅めにいっておいたらしい。「仕事はやく終わったんですねえ」というのは挨拶ではなくて「聞いてないよー」(@ダチョウ倶楽部←古い)というツッコミだったのだろう?すみません慣れない私がフライングしましたセンセイ。とウィンク(嘘。できるかそんなもん)。 しかし制服を着ない保育園の先生はそこらへんにいるOLさんと変わらない。年齢的にはあたりまえなんだけど。何歳?ぐへへへ。彼氏いるの?ぐへへへ。とかいうことは言わず(あたりまえだ)、ふつうに親トークをする。こういうところで頭をさげるときに自分の社会性のなさを感じる。ちゃんと日ごろ営業をやっている人なら頭をさげるときの筋肉がついているだろう。しどろもどろさにイライラしつつ。ムスメを拾って家へ。 軽く走っても昼寝の途中で起こされたせいか全然寝ない。しょうがないので家でバナナをやる。 夕方からWOWOWで「がんばれ!ベアーズ」を観る。何度か観ているが実はマイノリティのチームだったんだなあとか。監督の親としてのだめっぷりであるとか。「ピル飲んでる同級生だっているわ」という娘の台詞とか。アメリカ合州国(@本多勝一)を語れるところがいっぱいあるようだ。水野晴郎センセイに語ってもらおう。「いやー病めるアメリカを表現しているんですねー」というだろう。いったら拍手だ。でもモチベーションの上げ方とか、チームマネジメントのレポートはできそうだ。選手ケアがダメなところありまくりだけど。あっさり試合とともに終わるのもいい。最近の映画なら試合のあとをえんえん描写するのだろうが。 風呂にはやめにいれて、はやめに夕食を食わせる。皿を割られてブルー。いや皿が割れたのが悲しいのではなくてケアがブルーなのだ。背中をまるめてカケラを処理する父の背中をみよムスメよ。伝われ悲しみ。 そういうわけでさっさと灯火管制を敷いて寝かせる。こちらまでへばって爆睡。(♂)
2007年05月12日

本日神田祭の前夜祭。たいむぱすとらいくあんあろー。前回と同じく、ジャージとユニクロTシャツ(醤油メーカーとのコラボ)をもっていったが空振り。総務のやる気の問題なのか、大学生の参加者が増えておっさんスタッフがいらなくなったのか。とにかくかつがないでいいことになった。 考え自体は2年前とおんなじことを思っていたが。 年齢もアレですしもうかつぎおさめたいんですけど、とはボスに申し出たが流された。たぶんやる気の問題だろう。景気もあって会社が積極的に寄付をしていないのかもしれない。ちょっと残念。次回はやる気があったら自主的に動こう。ってまだやるんかい。 でもお祭りは好きなのでひとりでぶらぶらといくと見た顔が数人。会社の同僚がたまって飲んでいた。おとなしいメンツばかりだが、うるさいのはどこにいった?仕事か。 腹いせと言うわけではないが牛串200円とか、焼きソバ200円とか食いものの安さにつられてかなり食う。酔っ払った同僚が手に入れたばかりの組合役員手当をみんなにふるまっていた。ごちそうさま←と次あったときにいわねば(メモ)。 ビルの谷間を地鳴りのするような男(女の人もいるが)の雄たけびとともにすすむ御輿は何度みても壮観だ。声と、半被のある風景にカラダの奥を刺激される。 よく、「消えていくのも運命」というような言い方を日本人は(といっていいだろう)したがるけれど、そういう台詞は守ろうとしてからいえよ。と思う。この祭りもそういう心意気でできている。御輿の出発地点で、主宰者が発祥の歴史を語っている映像が流れていたのだがそれをみながら思った。 でも寒いね今日?(♂)
2007年05月11日
うっかり社員食堂の予約を忘れたので会社の外にでる。 近くにタイの国旗をあしらったワゴンを発見。神田界隈でよくみかけるタイカレーをはじめとするタイ弁当(そんな言い方があるのか)の移動店舗だ。道交法違反だろう厳密にいえば。そんな野暮をいうやつは警官以外はいないけど。 けだるいジャズがかかる車両は、水がでる蛇口とカレーが温かい状態でキープされるように改造されていた。店員は太った井口資仁に似ている。 グリーンカレーを注文。600円なり。ここらへんの弁当市場価格としては適正か。 ココナッツの香りが強くてよろしい。鶏肉もごろごろと大きめに切られている。よろしい。辛さも日本人好みの適当さだ。辛すぎず、甘すぎず。 すぐに折れそうなスプーンもそれらしくてよろしい。 だが、なにかがたりない。 不満の原因はこのプアプアな頼りないイレモノとみた。カレー、それはやはり堅い皿で食いたい。国籍にかぎらず。辛いソレを、スプーンで皿とたたかわせながらはふはふと口に放り込みたい。オトコらしく。 このへぼいイレモノにソフトにすくったあげくさらさらなルーが残るのが不満なのだ。「あ、残っちゃった。いけねえいけねえ」というだらしなさよ。600円を投資するには損した気がするのだ。 ・・・そこまでいうならパンでも買ってきて浸せば、とかいわれそうだが。 汁が残ったまま捨てるのがもったいない。かといって口をつけて吸うほどでもない。このスプーンですくうには半端だ。量といい、質といい。 このやきもきさ加減が、何に似ているのだろう。焼きソバカップメンにおけるお湯の運命といおうか。って全然違うんだけど。精神的な満足がどうもない。リピーターになるには何かがかけている。 おまけか?おまけがあればいいのか。ムエタイ選手カードとか←いらんけど。 もう一品つけるべきか?具体的なメニューは浮かばないけど。福神漬けはダメだ。日本的すぎる。 それともバランスのいいおとなしさがダメなのか。イレモノはチャチだけど辛さならヤバいぜ、といういさぎよい一点豪華主義とか。それならわかる。たぶんリピーターになるし、口コミでも熱く語るだろう。あのカレーやってみな?凄いよ。とか。 ・・・って、貧乏臭いかねこういう発想?(♂)
2007年05月10日
ガイジンのクライアントにふりまわされて消耗。急がせるくせにくるくるいうこと変えやがって・・・じゃなかった、お考えをオカエになられて←敬語がへん。おまえも蝋人形にしてやろうかとデーモン小暮の声真似で悪態。本人にはいってないけど。時節柄しゃれにならんし。 こっちは何回も業者さんに頭をさげなくてはいけない。いや、さげるのは百回でも1千回でも1京回でも(←小学生か)さげてもかまわないのだが、時間をとらせるのが心苦しいのだ。窓口の問題か?白鳥は水のしたでは必死に掻いているとかいうが、たまには水でもひっかけてやったほうがいいのかもしれない。ばちゃりとな。 まあ仕事だ。仕事なんだが、仕事だからといいきかせるのも限度があるよ。 人間だもの。 それこそみの氏ばりにふぁいなるあんさー?というべきか。仏の顔も三度までって英語でなんていうんだ。 翻訳サイトでやってみた。日→英。ぽちっとな。 To try the patience of a saint. らしい。ほんとかね。と翻訳にまで疑心暗鬼。 ちなみに疑心暗鬼はsuspiciousだ、って翻訳してどうすんだ。 そんなモヤモヤを持ち帰らないで家にかえってムスメをねかせるオレって偉い。でもまだモヤモヤしてるオレもいる。 きしゃー←背中毛羽立ち中。(♂)
2007年05月09日
知人から芝居のDMが届いた。 それはまあいい。衝撃だったのが、チラシと同封されて手書きのマンガが入っていたことだ。挨拶文のかわりにである。画像はさすがに載せない。 ヘタ上手ということばがあるが、ヘタ上手を狙ってヘタという、よくあるパターンである。外したギャグのつもりが外れているとしかみえないような。 激痛。 学生芝居では勢い勝負の「ガロっぽい」デザインはよくみかける。頭が悪そうだけれど、まあ若さの過ちということで許そうみたいなヤツだ。まさか30代になってこういうデザインで来るとは。 なにがあった? もともとそいつがマンガを描くという話もきいたことがない。残念ではあるが退化だ←といってしまおう。マンガという手段がダメというわけではない。質の問題である。キャリアを積んでいるなら、キャリアにふさわしい練られたモノがないとダメだ。 もう人生3分の1過ぎてるんだから。 表現の場に長くいれば、ときには停滞することもあるだろう。ただ、その挨拶文代わりのマンガから感じられたのはそういう一時的ななにかではなく。志を失ったなにかだ。 どうするんだろうこいつは。たとえばいまから3年後、こいつが演劇ぶっくの表紙を飾る(それもどうかと思うけど)のはありえない。表現の神様に生贄としてささげた普通の生活にみあったものをヤツは得ているのか。 オカネじゃない。魂の話だ。 こういうがっかりって表現の世界にかぎらない。 自分がいまやっていることを胸をはってひとにいえるか?それを問い続けていたい。さもなければいつか私も他人様にそういううっかりな痛い「挨拶」をしてしまうだろう。 逆にいえば今停滞していたとしても上を、前を見続けているかぎり磨かれていくものがある。 このDM痛いよ、とか、もうやめたら?って素直に世間様として伝えてやればいいのか?それができない私はたぶんもう友達とはいえないのだろう。 余計なお世話なのは百も承知だが。 ・・・ねえ、元気?(♂)
2007年05月08日
電車で若い女性が乗ってきた。年齢にして20代。スパッツにミュール姿。よくある風景だ。 だが私はみてしまった。 涼しい顔で立ったまま片足を脱ぎ、ずらし、しばらくして何度も履きなおすのを。何度も何度も。 うわっ。このひと水虫か。 濡れ衣かもしれない。ただ単に足にあわないだけかもしれない。 だが電車、どんなに混んでいてもだれかがみている。 もとい。 オレがみている。そんなローカルな話なのか。 足フェチでもなんでもないけど。こきざみに動かす足を次にどうするのかずっと注目して観察。きづいたら目的地。 お気をつけあそばせ女性諸君。みられてますぜ←あ、男もか。 ところで、電車で靴脱ぐおっさんってあれなんですかね?家庭の躾の問題っすか? と逆に聞いてみたり。(♂)
2007年05月07日
提案というより妄言:父親検定3級があるなら、雨の日に赤ん坊とすごすことができるという項目があっていい。 朝から雨。ご飯と味噌汁と納豆を食わせる。 ふだんなら公園で散歩させるところだが天気が悪い。どんどんあちこち散らかす(服がはいったひきだしをひっくりかえしやがった)のをほっておいて洗濯+味噌汁作り。具はにんじんと大根とキャベツと玉ねぎ。 味噌汁をつくりながら様子をみていると縞柄のトラのDVDをもってきて「んー、んー」とせがむムスメ。ほっておいたら自分で機械をいじろうとするのでしかたなく流す。夢中で観る。こういう文明の利器に子守をさせるダメ親だけにはなりたくないと日ごろ言っているがなってるよすっかりオレ。あとは電車で席とりをさせればダメ親認定だな。 観るばっかりではあれなのでみようみまねでカラダを動かす。「ロンドン橋」のリズムにあわせて♪あったまかたひざポン♪がお気に入りのようだ。 そうこうしているうちに昼。子供とすごすと時間早えー。 メニューはご飯と味噌汁と卵焼き。速攻で平らげる。食らうとか速攻とか平らげるとかPowerfulな表現がぴったりなのもどうかと思うよムスメよ。食いながら鼻水がでるので拭いてやるのだが、なぜ毎回子供はハナをかまれるのをいやがるのだ。感謝してくれたまには。親の敵をみるような目でみるな親を。 雨中車に乗せてドライブ。座るとき抵抗したが無理やりベルトをつける。BGMはポルノグラフィティ。5分ほどして寝たので家に戻り布団に放り込む。 この間に家事をやるべきなのだが、なんとなくだらだらすごす。珈琲とかのんびりすすりつつ。このへんがあとで後悔するスケジューリングだ。掃除と皿洗いはここでやれオレよ。 5時ごろ起きてきたのでオヤツはバナナ。運動不足でうだうだいいはじめたので抱っこしてごまかす。川崎-FC東京の川崎ゴールショーを観ながら風呂を用意して、いっしょに入る。 義母から電話。心配させてすみません。慣れたらマンネリにならないか心配なんですけどねー、といったら「子供の発育のためには同じことを同じリズムでやったほうがいいのよ」とのおことば。まあ慣れはしないとは思うが。 夕食はご飯と味噌汁とチーズと納豆。そのまま就寝・・・のつもりが寝やしねえ。抱えたり捕まえて押さえ込んだり闘っているうちにかみさん帰宅。こちらが根負けして寝る。ダメだこりゃ。 教訓:大声をだすのは最後の手段・ジョーカーだと心得よ。さもないと効果がなくなる。べつにとくに怒鳴ったわけじゃないけど、メモ。(♂)
2007年05月06日
朝8時に起床。朝食を終えて昨日の荷物のかたづけ。たった3人でも民族大移動のような散らかりっぷりはどうよ。ふだんの心がけの問題か。 洗濯物を干し、床屋へ。これから髪を切るときはしばらくはかみさんと予定をあわせないといけない。 いっそのこと坊主にできたらどんなにラクか。ラクなかわりに何かを失いそうだ。中学時代はボウズだった。不思議とあれをやると男はおとこっぽい顔になる。童顔の方はおすすめだ。 床屋まで車でおくってもらう。座ったとたんに「どうぞ」といわれる。細木何某の暴力団関連記事を読みたかったのに、と俗なことを思いつつ、切ってもらう。 この床屋は息子が店長でお母さんが手伝っている。以前本店のある原宿に拘置所をつくる計画に反対署名をしてくださいとそのお母さんにいわれしぶしぶやったのだが、その後を聞いてみた。 建設真っ最中ですよ。結局収容人数を減らすのとレストランが入るところで手をうつようです。ビルの外は鏡になっていて、中から外はみえないようにはなっているとかいってましたね。 無責任な立場でいえばみえるつくりだったらおもしろいのに。逆に外から中がみえてもシュールだ。早く外にでたいなあとか思うんじゃないだろうか。それより上がレストラン、下が拘置所って凄いな。上が水、下が大火事なーんだ?みたいな←全然違うけど。 人数を減らすことで決着の妥協点を探るのはマンション建設の地元民説得に似ている。もともと設計の時点でパターンをいくつかつくっておくのではないだろうか。多少減ったからってなんだよ、というのが正直なところ。あの署名どこにいったのか不安。アカいひとに使われてるんじゃないだろうか個人情報?もう引っ越したけどさ。 観光客で原宿では昼食がとれないというボヤキを聞きつつ50分で終了。 帰りは徒歩で帰宅。パン屋により、昼食分を購入。街においしいパンやがあるというだけでこんなにも幸せ。逆にいえばうちのムスメはまずいパンを知らない鼻持ちならないガキに育ちつつある←いいのかそれで。 昼食後、ムスメを連れてベビーカーで散歩。いつまでもフロントにしがみついているなー、はやく寝ろよと思ってよくみたらそのまま寝ていた。木口ラッパ兵ですかムスメよ? 散歩コースで生協が会員募集を兼ねてアンケートに答えたらコメを貰えるという企画をやっていた。すでに会員ですがとはいったが回答したら3合のコメを貰う。ラッキー。生協トラックのチョロQも欲しかったが、ゴミになるので自粛。 そういえば。 自分の出身サークルのDMが届いていることに気づく。 一色印刷(たぶんPCのプリンターだろう)で木で鼻をくくったような定型文の挨拶文。なんじゃこりゃ。隅に小さな字で「本状が招待券になります」と書いてあるのだが、まったく情熱がみえない。ほんとに来て欲しいのかね?さすがにブログで写真をさらしはしないが。 ヘンなケチりかたに自分の会社の予算配分のまずさを重ねあわせたりして。 せめて客に来て欲しいなら来て欲しいように色気をみせろよ(怒)←ガクセイ相手に大人気ないけど。制作ってのはカネをださないようにしめつけて管理するんじゃなくて客にわかるようにカネに団体の顔を書くんだよー。経営シュミレーションのいい機会なんだけどなー。嫌いですか制作の仕事? それともきてほしい客とほしくない客でDMをわけてたりして。 さて、風呂の準備でもするか。 ・・・と、風呂のことばっかり書くと静香ちゃんとかいわれるだろうか。 今日観たテレビ:土曜かきこみTV@NHK教育。みうらじゅんと浅草キッドがまだ9時なのに予算もネタもやりたい放題。小中学生の発想はデタラメでいいなあー。でもその発想をさらに飛躍させるみうらもすごい。 わんこソバのカタチをしたギターを職人さんにつくらせてアルフィーのライブで演奏させたり、山本シンヤにらくがおさせてニットのプリンス広瀬氏にセーターとしてしあげてもらったり、子供のデザインしたレスラーのマスクを本物のレスラーに着せて試合させたり。アホネタを真剣に豪華に展開させる番組のアナーキーさに圧倒。また観よう。こういうカネのつかいかたなら断固熱烈支持だ。 ところで。 「コケシをつくろう」というコーナーで「電動ですか」「いや伝統です」とさらりとお約束のネタをやっているのにカットしないNHKに敬意!(♂)
2007年05月05日
朝6時に目がさめる。きのう早く寝たせいか。 混雑を避け、早めに実家から退避することに。朝食を終え、せめて皿を洗う。皿を棚にしまいきって飲む珈琲のうまさよ。 持って来た三脚で写真撮影。揃って撮る機会もそうそうあるまい。 もしもしモンキーというふざけた玩具とたけのこの水煮をいただく。 車中ムスメ爆睡。BGMはHITOMI。家族のドライブにはあわないが。 すいすいと来たが、市内で渋滞。こんなときにかぎって適当なコンビニがみつからない。カーナビから「そろそろ休憩しましょう」とアドバイスされる始末(そういう機能があるのだ)だが動けないからしかたがない。 なんとか家の近くになり、とんかつ屋で昼食。キャベツを親の敵のように積み上げられ、ご飯は釜で炊く気合の入った店。かなり満たされて店をでる。 家につく。窓をあけ、軽く草取り。安心したのか睡魔に襲われたので全員で川の字で昼寝。 気づくと5時。コメを炊き、キャベツとニンジンと新玉ねぎで味噌汁をつくる。ムスメがまんま攻撃をしているので早めの夕食。 テレビで「笑いの大学」を観賞。(♂)
2007年05月04日
実家に行く。 夫婦ふたりが休みがあう日+仕事へのクールダウンの1日をはさむためにこの日の出発になった。コメを食べつくし、皿を洗って洗濯を終えて9時30分出発。 途中地元のパンやでパンを買い、お土産にする。年寄り2人の家だから食べ物はそれくらいでいい。 「いないいないばあ」のDVDをBGMに車はすすむ。反対側から来る車の量がすごい。断続的に動くこちらの車の流れに感謝。 途中コンビニで休憩して、12時ごろ到着。 もっていったパンとカレーシチューで昼食。ムスメはジジババに会えて大興奮。ダッコをせがみまくり、いつも以上に早く多くパンを食う。というより喰らう。がつがつ←イースト菌ジャンキーか。あわててとめるわれわれ親。 ベビーカーで散歩に連れて行ったらあっという間に寝たので布団に置きにいく。 お弟子さんの近況など聞きつつ、のんびり。会話の途中ネコの声を聞くとムスメが起きたかと勘違いして焦る。泣き声がそっくりなのは神のいたずらだ。 夕方テレビでギャルママのドキュメンタリーを観る。テロップだと仮名扱いなのに顔出しOKのセンスがよくわからん←そのへんがギャルたるゆえんか?ママ自身が「子供が子供育てているとか、こんな格好だと虐待しそうだとかいわれんですよねー」とぶつぶついっていたのがおかしかった。まあ言うわな当然。 感動の出産時、若い父親が「やべえ」と言ったらテロップで「やばい=うれしいの意味」という説明がついたのにも爆笑。でも親の悩みに年齢も立場も関係なさそうだなあと思ったり。名前つけのセンスや、ママになっても「サークル」をつくり「ミーティング」をやるセンスはさすがにイメージを裏切らなかったが。まあ幸せになってくれ。 夕食は刺身。ビールと日本酒をいただく。皿を洗い、しまい、母と話す。子供の叱り方に一線がひけずヘタな次兄の愚痴など。怒るポイントは予想通りだがこういうときに同調するとやがては自分の首をしめるのかしらん? 「ああいうコに育てたつもりはないんだけどねえ。子供のころいちばんしっかりしてると思ったのに」もしかしたら重要な部分はうるさくいわれたほうが身につくのかもしれない。 夕食後のだらだらトークでようやく実家に帰った気がする。親孝行と言うよりネタ拾いのためにきているような気もするが。11時に就寝。(♂)
2007年05月03日
親子3人で自分の出身小学校まで散歩することにした。 家から学校までの細く曲がりくねった道。今は切られているがもともとは林だった。当時は安全の観点から通学路としては迂回しなくてはいけなかった、桑畑を突っ切る道。 6月ぐらいに大量発生するアメリカシロヒトリやなぞのカタツムリのような生き物(名前がわからない)におびえながら通った。いまはその桑もほとんどない。養蚕農家が消えていっているのだろう。 すれちがう親子に会釈しながらここのアパートは2●年前はなかったなあとか、ここにやなガキがいたなあとかぽつりぽつりとどうでもいい話をする。ムスメはそんな感慨とはまったく無縁で横道につっこもうとする。おさえつけつつのたのたとすすむ。 道の横にタイヤが並べて埋めてある風景にすこし当時を思い出したり。 ひさびさに行った学校はなぜか校門前だけ完全舗装されてないまま、埃を舞い上げて車がとおりすぎるヘンなつくりになっていた。川が近いので水はけのためだったか?とか脳の奥を探る。 学校の前に立つ。フラッシュバックのように蘇る映像。走るランドセル姿のあのころの私。 BGMは「愛は花、君はその種」(都はるみ) ・・・ということはなく。 「懐かしい」といういいかたをたいして人生の時間をすごしていないガキがつかうのをとても違和感があって嫌いだったのだが、3●歳になればつかってもいいだろう。 とくにそこには具体的な事例はなく、ただ胸にこみあげるなにかあたたかく溢れる想い(←安い表現だ)がなんだろうと考えつつ言ってみる。 なつかしいー。 激しくいじめられたとかいうトラウマはとくにないし、普通に児童会役員とかやっている子供だったのだけれど。 もしなにも思い出せない理由があるとすれば家族で唯一うまれたときから地元で、近所の人に見守られて、無自覚に無邪気にすごしていたせいか。それとも子供っぽい自分を否定しリセットしながら大人になろうとしたせいなのか。 ただ単に覚えが悪いせいかもしれないけれど。(♂)
2007年05月03日
WOWOWで舞台と映画を一挙に放映という企画をやっていたので観る。 舞台は10年前NHKで観ていた。戦中を舞台に西村雅彦演じる検閲官と近藤芳正演じる作家の、丁々発止のやりとり。作家の意地。官僚としての立場。モノをつくる誇り。笑いを禁止するからこそ余計笑いが研ぎ澄まされていくおかしくも哀しい緊張感ある作品はビデオで何度も見た。いまは人にあげてしまったけれど。三谷作品の傑作のひとつ。といっていいだろう。今見直しても凄い舞台だ。 ただ映画は? 結論。イナガキが薄い←申し訳ないが。最初はダレるのは2人芝居だからしょうがないと思っていたが、役所広司の思いつめっぷりに目が奪われるところを観ると演技演出の問題である。 作家なら、書かずにはいられない、検閲されても殴られてもめげずに書く業というかDNAをもってほしいのだ。そういう意地だけを武器にしている役のはずなのだが、どうみても役所の貫録勝ちである。怖い検閲の場にたつには、魂を削ってネタをやる勢い・狂気がないとダメだろう。 どうなるんだろうこのやりとり?という雰囲気がだせなかった時点で作品としては失敗である。それでも最後の場面にはぐっとくるのだけれど。(♂)
2007年05月02日
最近、手をつないで歩くふたりをみるとつい長い間みるようになってしまった。 じーっ またもやかみさんにヘンタイといわれてしまいそうだが。気になるんだからしかたがない。少なくともちゅーしているひととかハグしている人とかは見てみぬ振りしてほっといて通過するんだからいいじゃん。と自己弁護してみる。 若い人は若い人でいいし、中高年なら中高年でいたわっているかんじがいい。もちろんその動作にはとくに意味はなくて、日常的なものかもしれない。意味を探そうとしても勝手にこちらの思い込みなのかもしれないのだが。 KISSやHUGだけの写真集がある。手をつなぐ姿も被写体としていい、と私は思う。想像力をかきたてるのだ。関係性であるとか、なにか流動的なモノを。 手はたぶん自分が思っている以上に表現力が意外とあるパーツなのだろう。それは大きく動こうとしなくてもなにかを語っている。もしかしたら自分もまた黙って手に語らせていることがあるかもしれない。 強くもなく弱くもなく、そっと携えたかんじ。相手をいとおしく大切にしようとする姿を今日も目で追う私は、やはりヘンタイさんなんでしょうか。 ・・・おふたりさんひゅーひゅー(口笛)とか←いわねえって、たぶん。(♂)
2007年05月01日
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