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松葉山天満宮 社頭全景。
Gマップでは松葉山天満宮として表示されるが、上の解説板に「新田天神社」と書かれている。
当ブログでは松葉山天満宮と表記します。
因みに熊野市史には天神社として表記されていました。
資料によって名称に違いはあるものの、いずれも同じ天満宮を指しているようである。
鳥居の先には撫で牛が安置されており、天満宮らしさが漂う。
本題のこの松葉山天満宮、三重県神社庁には登録されておらず、創建等の詳細は記されていなかった。
熊野市史に目を通すと、水槽石の記述と天神社として以下の記述を見付けた。
「言い伝えによると、昔当地に狸が住んでいて、よく漁師について困るからそのために天満宮を祀ったといわれている。
御神体は天神木像を納めている。
7月24日が祭日で西川地区が中心となって祭りを行う。」
別の資料では、「御神体は熊野市指定文化財の天神画像で、大和絵の傾向をふまえ、鎌倉時代に流行った「似せ絵」の画風を偲ばせるもので、昔、京都より来住していた水谷善吉の蔵品だったが、宝暦年間(1751~1764)西川久兵衛がこれを譲り受け、私山山の松葉山に祭祀し木本天神社のご神体として伝えられてきた。」とあった。
創建時期は宝暦年間、菅原道真をお祀りするもので、Gマップの松葉山天満宮、解説の新田天神社、どちらも正しいようである。
社殿全景、社殿は随分傷みが目立つ状態だった。
松本峠の麓にあたるこの場所では、漁師について困るという伝承からも、昔から狸が身近な存在だったのだろう。
実際に狸による何らかの被害があり、それを鎮めるため神が必要だったのだろう。
菅原道真を祀る天満宮には、雷神・天候の神、さらには災厄を鎮める神としての性格もあるが、狸との直接的な関係は見当たらない。
しかしなぜ狸除けに天神様だったのか、その理由は今となっては分からない。

境内から鳥居と木本集落の眺め。
小高い高台に築かれた石積みも当時からのものだろうか。
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