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〇父さん、今日は貴方の愛して止まなかった句派の総会の日でした。昨年の同時期に同人に推挙して戴き、句誌六月号で会員に発表され、本日の総会にて先輩諸兄の前でお披露目して戴きました。もう一つ報告があります。確か~父さんも戦前に句誌の編集に携わってられたと思うのですが、本日、総会の席で主宰から常任委員編集担当者に推挙され、親しいM・K氏と一緒に句誌の編集を担当することになりました。結社の発展と編纂には野風呂翁を初め多くの先輩方の献身的な下支えが累々と受け継がれ、本年度末、いよいよ千号という記念すべき節目を迎えるのですが、そういう大切な時に編集の仕事をさせて戴くことに、緊張と重責を感じずには居られません。過去の流れを踏まえ乍らも新たな試みにも挑戦し、次世代の担当者へ立派にバトン・タッチできるよう頑張って参る所存です。我が句派の健全な発展を通じて日本の俳句界にも寄与して参りたいと思っています。こういう流れの中の野風呂賞、そして今年の8月号で、通巻1300号の節目を迎えます。
2024.01.31
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〇京都市内に出るのは月の3分の1程度、記念館に出かける用事が殆どです。という事は、市バスに乗る機会が多い訳で、市バスの揺れについて苦言をば。多くの乗客を乗せて走るバスは、設計・機能の上で、瞬時に止まるように作られているのか、運転手がブレーキを踏む都度、立っている乗客は前のめりになってしまいます。しかし乍ら、ふつか前に乗った市バスの女性運転手(女性はなべて優しい運転)は、走行時間表を念頭に置きながらも、信号の先読み、前行く車の流れ等を計算に入れ、うまく対処。その努力のお陰で、1度も前のめりになる事はありませんでした。男性運転手にも心遣いできる人が無いでもありませんが、それは稀有な事。運転手不足に悩まれる交通局だとは推察しますが大々的に講習会を開催され、バスの揺れがどれ程のものか実感していただき、今後の運転技術に生かしていただきたいと思っています。
2024.01.30
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〇極寒の日が続いても、微妙に日永が続いているので、春の季語・風船について書いてみましょう。ゴム風船を膨らませ、尖った竹串を刺してみると意外や意外!平気の平左で、割れません。但し刺し込む場所が決まっています。風船の空気を入れる場所の反対派ヘソと呼ばれています。ゆっくり刺し込んだ竹串を口の辺りへ進め、口の部分を刺せば、完全に風船を突き通した格好になります。割れないその訳は、ヘソの部分と口の部分はゴムが縮んだ状態だから。
2024.01.29
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○昭和51年10月、僅か300円にて講談社から売り出された掲題の文庫本。深川芭蕉庵跡を皮切りに、首途の柵、八宮旗の柵、野横の句柵、鬼窟の柵、松島瑞巌寺 亀蛙の柵、一宿、夏草碑、人肌雨、盛岡石割御桜の柵、三陸海陽没の柵がカラーにて。活字のポイントが低くて老齢には読みづらい難点がありますが、車中にて展げられそう。紅粉花の柵の女性はぽっちゃりして愛らしい。付録の地図も便利です。
2024.01.28
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〇自分の本名に陸がつくものだから中央公論社のこの文庫本を手にしたとき、女将の生き様、そして客として出合った政治家や小説家、芸人らとの交友の情感に粋なる世界を感じましたので、楽天サイトのブログ名もスナックのボトルキープ名もこの「しぐれ茶屋おりく」を愛用してきました。呑ん兵衛でありませんので、数か所のスナックを1年ぶりに訪れたにしても、ママはボトルのユニークな名前をしっかり記憶して呉れています。隅田川沿いの葦の湿原の中に建つ「しぐれ茶屋」の蛤の茶漬けを求めて、伊藤博文を初め、政治家、実業家、芸人らが通ったという、実在のモデルの女将おりくは殊の外、芸人を可愛がりました。円熟した文章で明治末期から大正にかけて、庶民の哀感を松太郎でなきゃと言われる程の筆至が高く評価され、吉川英治文学賞を受賞した彼の代表作の一つです。
2024.01.27
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○2014年の1月、京都府に隣接する大阪府三島郡島本町の広瀬遺跡を発掘していたら、後鳥羽上皇が造営された水無瀬離宮跡とみられる大型建物跡が見つかったと発表されました。宅地開発にさきがける今回の発掘により、人工的に作られた石敷きと側溝、剣頭文様や巴文様の瓦を発見。大山崎歴史資料館では後鳥羽院のお手紙などを常設展示されていますので、こういった新しいニュースはガイドの人たちには、嬉しい朗報であった事と推測します。後鳥羽上皇のご才気と短所も存知申し上げる私にとって、後鳥羽院は非常に近しい御方ですので、新たなニュースは大歓迎なのです。 2014年頃から大山崎の観光ガイドコースに新たに増えたものは”淀川辺の散策コース”で、天王山山頂登山コース、中腹の山麓コースとは異なり、淀川の堤沿いを歩きながら、光秀本陣跡を経てサントリービール京都工場へとお連れしていました。菜の花に似た野生のからし菜が堤防を埋め、山手を望めば満開の桜のピンク色、そのコントラストが見事。 菜の花や月は東に日は西に 蕪村男山から対岸の天王山を眺望した折に、蕪村の心を捉えた景色とも伝えられています。
2024.01.26
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〇夏目漱石と大山崎山荘、そしてその縁を取り持ったのが祇園「大友」の女将磯田多佳であった事は存じていましたが、漱石が初めて教師になった時、その前任教師が何と、「耳なし芳一」や「雪女」で有名なラフカディオ・ハーンつまり小泉八雲の後任だったとは、面白い事ですね。
2024.01.25
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〇父が新聞の切り抜きを遺してくれた話は、この日記で再々書いて来ました。数年来、父にかかわるもので不要と思われるものは少しづつ捨てつつも、その反面、残しておくべき資料の一部が色褪せたり朽ちたりすることへの予防をしておく必要を感じています。例えば京都府乙訓地区に関する新聞の切抜きでも10数冊ものノートがあって、これら30年も昔のものはセピア色になって居り、文字が読みづらくなっています。そこで、各ページのコピーは無論のこと、切り抜きの内容・要点をパソコンに書き込んで保存しておくことが安全だなと考えています。この地道な作業には、二つのメリットがあります。先ずパソコンに文字入力することによって、私の頭脳に記憶されるかも知れないという点。もう一つは入力したものはCD等に保存することによっていつでも取り出せますし、近き将来、向日市、長岡京市、大山崎町が合併でもすれば、ガイドも一本立てになる訳でしょうから、ガイドブック作成時の貴重な資料になるという点です。 この頃は俳句関係の仕事、編集、催事への参加など、手帳の3分の2足らず埋まるほど多忙でしたので、この宿題は果たせないまま、現在に至っています。
2024.01.24
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○兼題の時計草を「ファッションのパリに似てゐる時計草」と詠んだ記憶があります。独楽模様のような円形の街の中に凱旋門があり、更に2キロ足らず先に聳えるのがエッフェル塔。フランス国のシンボルとも言うべきこの塔が、過去2回も売られたという逸話です。アメリカに渡っていた詐欺師・ルースティッヒは老朽化したエッフェル塔には修理の要があるという情報をキャッチ、すぐフランスに戻りました。彼は塔を解体すれば7千トン以上の良質な鉄材が手に入る。そこで各社に見積もり出させ、その中の1社に「御社の見積もりに政府が目をつけるだろう」と囁き、10万ドルの賄賂を手にするや高跳びしてにげました。政府の預かり知らぬことゆえ、新聞にも載らず、同じ手口で別の業者から、また10万ドルを騙しとりました。今度は業者が警察に訴え出たので、彼はFBIに捕まり、牢獄にて死去したとか。
2024.01.23
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○撫で肩の日和となりぬ秋ひと日 秋蝶の折れ線グラフ途切れけり 神杉の暗き丹波路しぐれ来る 指揮者の座背黒セキレイ狙ひをり 木の葉舞ふ学生寮は争議中 弟泣き姉はお澄まし七五三 落莫の三高句碑や秋終章 大見得を切るを忘れし枯蟷螂 警策の喝の一打や外れ鴨 片恋と言ひきかせては火を埋む 鵙鳴くや賀茂遷宮の募金箱 ストーブやアルミ弁当満載中 風花やラブロマンスのエピローグ キャンパスの深閑として枯るるのみ 大地震の惨状のまま寒に入る 迫り来る樹氷百景つづら折
2024.01.22
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○昨日は大寒。いつの日でしたか、寒の季節に因み、以下の詩を詠んだことがあります。++++ 寒の入り ++++きのふより寒の入りにて一筆したため参らせ候日ごと夜毎に 増す寒さ拠る術もなき 廓女のまなこに映る 鉛空 明日はみぞれか 雪の日か 日々に気づかふ 空もやう薄情ケさへ 厭やせぬ一度その顔 拝ませてそつと手を添へ 下さらば 凍てる中庭 下 萌の 春の兆しも 見えやうと 両の掌合はせ 拝みます廓に咲ける 一輪の 椿は白き まま落首 どうぞ哀れと 思し召し 便りのひとつ 下しゃんせ3行目からずっと終いまで七五調に詠んでいます。
2024.01.21
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○大正15年12月25日から昭和に変わり、僅か1週間で昭和2年に移りました。当時の流行語を列挙するならシャン:綺麗、恰好良いの意味でドイツ語のSchonから来ています。その応用編として、ハットシャン(はっとするほど美人)、バックシャン(後ろ姿にほだされ前へまわって、ああ、びっくり!)イミシン:A子がB男に送る視線、ちょっと意味深だわ。昭和初期の女学生の隠語から流行り出しました。三面記事(これは日活映画のタイトルから)、恐妻家(徳川夢声が提唱して恐妻組合ができたのだそうです)、世が世であれば(大利根月夜の歌詞から)、その他戦争・軍事臭の強い言葉が流行り、敗戦の日を迎えることになりました。
2024.01.20
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○銀行や他の企業に勤務していた時は、さて置いて、見境も無く句会に出ていた頃は、大山崎の句会、本部での例会、長岡京市での句会、向日市の句会、まほら句会、四温句会、鱗華句会、本部吟行句会これで8句会、投句欄の校正、編集者(のちに編集責任者)として期日内に毎号の発刊、加えて大山崎ボランティアガイドの会の1班のメンバーとして、班会議の他、資料館の当番、班担当のガイドや全体の行事など多々あって、それはそれは多忙でした。一時は双滴集の選者、募集大作のお膳立て(選者10名ほど、作品数170篇)も担当していましたし、楽天サイトの「しぐれ茶屋おりくの日記」の毎日の更新(のちに同内容のフェイスブックも)今から思えば、よくもあの多忙なルーチンワークを維持して居たなと、我ながら驚いています。80の誕生日以降は、目標を鮮明に打ち出して、しかしゆとりを持ちながら暮らして参ります。
2024.01.19
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○今朝4時すぎからのラジオの番組は私たち老いてゆく者にとって非常に参考になりました。 お客さんは掲題の女優・川上麻衣子さんの実家の整理・処分のお話。本題に入る前に彼女はスエーデン生まれ。瑞典では日本人の赤ちゃんの出産は初めての事でした。だから彼女のお尻の蒙古斑を見るため、実に多くの医師たちが入れ替わり立ち代わり訪れた由。彼女の尊父は93歳、母は84歳。それぞれ木材アート、インテリアデザイナーの両親のⅮNAを持つ麻衣子さんは9歳の時、再度スエーデンの学校に1年学び、何事も自由闊達に自身の意見を主張できる瑞典国の気風そのままに帰国子女となり、日本の学校との軋轢に耐え抜いたようです。個性を伸ばす校風の玉川学園で親しい友もできました。彼女を語る上で欠かせない事は、ガラス技術の最高峰・スエーデンで見た芸術品にいたく感銘。東北の著名なガラス細工匠の工房を訪れ、吹きガラスを体験、虜になり、古典を開くレベルに。もう1つは愛猫との出会いで、社団法人「ねこと今日」を興し、代表になる傍ら、愛猫を看取った体験を綴った『彼の彼女と私の538日 猫からはじまる幸せのカタチ』は好評を得ています。実質10日で実家を断捨離された模様を自身の公式サイトで発表、同年配層からの人気があります。猫は自己の最期を本能で知り、少しずつ食べる量を減らし、穏やかに死ぬ道を知っていて、いろいろ学んだから、ご自身もそういう生き方をするだろうと。ひとことで言えば、シンフォニーエンディングと語られました。
2024.01.18
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○年があらたまり、受験シーズンになって参りました。久しぶりに清水範義さんの『日本語がもっと面白くなるパズルの本』からお借りしました。1)「ゴルゴ13」の性格が最も表れている台詞を1つ挙げ、その性格について15字以上20字以内で答えよ。2)「巨人の星」の星一徹は、なぜ中日の監督になったのか、15字以上20字以内で答えよ。3)「サザエさん」と「ちびまる子ちゃん」の家庭の会話の様子からわかる人間関係の共通点を15字以上20字以内で答えよ。 奇妙な問題ですが、実はこの3つの中で、実際に某私立高校の入試問題として出題されたものが1つあります。それは1~3のどれで、答えも考えて下さい。こういう問題では、正しい解答というものを予め決めておくことには問題がありそうですね。子供たちは必死に悩んだことでしょう。おそらく出題者は、模範解答のように感じられる能力、それを整理して説明できる能力を問うておられたのでしょう。<解答 3 「両方の家庭とも、親子関係が健全である」>
2024.01.17
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○大阪は東淀川区瑞光町の一角にある瑞光寺には弘済池があって、そこに架けた橋は雪鯨橋と言い、鯨の骨でできていて、浪速の名橋50選にも、日本百名橋の番外にも挙げられています。鯨の捕獲で生計をたてていた太地では不漁続きで困っていました。瑞光寺の四代目住職の漂住知忍が偶々その村へ入ると漁民から豊漁祈願を頼まれ、殺生だからと一旦断りましたが、漁民たちの難儀を知り祈願したところ、豊漁になり、後日大阪の瑞光寺を来訪した村民から三十両と鯨の骨18本の喜捨を受けました。橋板から欄干まで鯨の骨を使用したので雪鯨橋と名付けられました。江戸後期に架けられたこの橋は、数回にわたって崩壊しましたが、現代の橋は六代目の石造りです。
2024.01.16
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○全国のトンチ好きの人から集めた『大語海』の教育編から拾ってみました。 〇あしたの滋養。(明日のジョー)〇あたし 伝記になあれ!(明日天気)〇足の向くまま、昨日むくんだまま〇あ痛っ、口がふさがらない。〇(歌)愛、あなたでふたり♪〇愛とは公開しにくいもの。〇悪銭でもいいから身につけたい。〇愛って絶えるものなのね。 〇浅き夢見し飽きもせず---宝くじ〇穴があったら歯 痛い。〇足に向って撃て!---威嚇射撃。〇(歌)明かりをつけましょ ボンヤリと♪ ーーー省エネ時代。〇あかぬける娘 毛抜ける親父。〇あがきのヤマも今宵限りーーー試験前夜。〇あっしには何の×÷(カケワリ)もござんせんぜ ーーー+-(タシヒキ算)〇あいつ同化してるぜーーーカメレオン。本日はこの辺で~~~♪
2024.01.15
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○今朝のラジオ放送では1月14日の花はツバキで、万葉以前から愛されて来た日本原産の花。『古事記』には都婆岐、『日本書紀』には海石榴と表記されています。『万葉集』に初めて椿と書かれています。椿の実には油が多く含まれ、しかも零下10数度を下っても凍らないので、機械類の潤滑油のほか、芸舞妓さんの髪・鬘の油、オレイン酸を含むので悪玉コレストロール値を下げる食材、その他利用頻度も多々あるようです。この長岡京市に越して来て、小倉神社の鳥居前を散歩した折、4メートル以上の立派な藪椿が素朴で可憐な紅い花を沢山付けていた光景が印象的でした。父すばる(雅号)は薔薇の飼育から椿に切り替え百を越える種類を集め、垣根としても植え、接写レンズで撮影、カラーのスライド写真として保存しています。花言葉は控え目な優しさ、そういう風情なら家内もそうなのかも知れません。
2024.01.14
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○テレビ番組で一番好きなのは皇后杯全国女子駅伝。昨秋からこの日を楽しみに待っていました。男性の力強いマラソンもスポーツとして観る所があるのですが、私は女子派です。付録版の記事は一日かけて味わいながら読む積りです。京都新聞本紙スポーツ蘭には「東京軸に宮城・京都追う」とあり、「兵庫・大阪・千葉 上位目指す」という副見出しが付されています。新谷仁美・木村友香の社会人がけん引する東京、小海遥や名城大の占める宮城にスポット。京都には実業団で実績を挙げた川村楓に加え、立命大や立命館宇治高生の揃う等、隙がありません。田中希実の兵庫、前回優勝の大阪、バランスのとれた福岡や天満屋の岡山、広中璃梨佳の長崎、鈴木優花の秋田や隣県の滋賀の健闘を報じています。
2024.01.13
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○桂在住時代に父が児童劇団「こまどり」を興していて、父の転勤に伴い佐賀市に移った時、小学6年生の長姉は「湖上の美人」という劇で狂女を演じ、私は級友からお前の姉さんは狂ってるのかと問われる程の名演技でした。その姉がラジオ番組「宝塚ファン・コンテスト」に出演、親友あだ名ネコが断りもなく応募したようでした。運悪く風邪気味で鼻が詰まっていたものの、姉は見事に金賞、続く演技では、当番組初の狂言で、太郎冠者の相手役を見事に演じ、当日参加者全員のトップ賞「黄金賞」を頂戴しました。そんな姉ですが宝塚歌劇への挑戦は夢だけにとどめ、普通の高校生、OLとして勤務、見合いの後、阪神電鉄勤務の義兄と結婚し今日に至っています。
2024.01.12
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○ノロウイルスや流行性感冒などウイルスの悪い部分だけ、私達は植え付けられてきました。一方こんなウイルスの功罪があったらしいなんてエ~。 ダーウインの進化論によって、例えばキリンの首が次第に伸びて来たと思い込んでいますが、それなら、何故、首が中ぐらいの長さのキリンの化石が発見されないのか説明がつかない面もあります。猿から進化した人間だって、その過程のものの発見が少なく、急に人類になっているような気がしますね。中原英臣・佐川俊共著『進化論が変わる』(講談社)によれば、「キリンの首は、ある時期にいっせいに長くなり、その後変化していないのです。そう考えれば、(キリンの首の)短いのと長いのと2種類しか化石が出てこない理由に説明がつきます」「原因はウイルスです。キリン集団は突然、首が長くなる病気にかかったのです」 これらと同じ理屈で、ネアンデールタール人が、集団でウイルスに感染した結果、体毛も骨格も異なる現代人が誕生したという学説ですが、これを耳にすると私たちは、果たして進化論かウイルス論か悩んじゃいますね。
2024.01.11
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〇山岡進著『和の仕掛け絵手紙「起こし文」』は言わば子供の飛び出す絵本の大人版、絵手紙版で楽しく綺麗なもの。<電話やメールでは伝えられない心を手紙は伝えてくれます。送られてきた封筒を開けるときのあのわくわくした感じは格別のものです。 その手紙をもっと風流なものにしてみてはと思い、作りはじめたのが、「起こし文」です。>ーーーーー もらった人が広げると、四季に沿って紙の持つ素朴な味わいを活かした和の世界が出現します。ーーーーー(春の文)には、梅、竹、3段飾りのお雛さま、出産祝いに桃太郎・かぐや姫、つくしとねじり花等。 *(夏の文)では、睡蓮、下駄、暑中見舞いの朝顔、あじさい、扇、かたつむり、縁側等。 *(秋の文)お月見、秋虫、秋の七草、うさぎ、下地窓、行灯等。 *(冬の文)では、書院、茶室、床の間、鐘、暖簾はがき、鏡餅、のし袋等。ーーーー街並みはがきでは、まるで芝居の舞台のような黒塀に柳や打ち水の桶等、風呂屋、おもちゃ屋、せんべい屋等も愛らしい作品です。
2024.01.10
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○新年2度目の燃えるゴミ回収日でしたが、今朝は既に満タンに近い量が烏除け網に包まれていました。ゴミ出しの折は、人間と烏との知恵比べになります。烏は賢いし、執念深い生き物です。こちらが嫌がらせすると、その人物を覚え、家まで突き止めていて、愛車に脱糞などの仕返しを敢行します。網を保管して下さっているお家の人は、ゴミ出しよりも犬の散歩を重視されますので、殆ど私が烏除け網をその家の門前から出してゴミに被せます。何故なら父母の代から親しくしているご近所の独り暮らしのSさんが90歳を超えておられので、その方を煩わせる訳にはいきませぬ故。或る日、私よりも先に出されたお宅のゴミが網から引っ張り出され、2羽の烏がゴミを漁り、網の外に散らかせていました。恐らく2羽の協同作業によるものに違いありません。 爾来、最初にゴミ出しする折には、私は細長く延ばせた網を折り返し、2重に掛けるようにしています。今朝それほど遅くも無いのに、既に多くのゴミが沢山、長々と網に包まれていました。
2024.01.09
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○昭和14年4月発刊の月刊誌「民藝」創刊号がわが家にあります。父すばるが26才頃だから、有っても不思議ではありません。表紙には彫って作られた木製の垢取の写真、口絵には日本民芸館内部の写真2枚。目次の主なものは民芸同人が琉球を訪問した理由の一文、壽岳文章の「これからの仕事」、バーナード・リーチ「英國より」、河井寛治次郎の「支那の寢椅子」、柳宗悦による挿絵の解説がなされていて、同人には川上澄生を含めた人たちが名を連ねています。棟方志功の作版畵数冊の広告、湯島天神鳥居前「羽黒洞」の奥州げてもの浮世絵・版画・泥絵ガラス絵・郷土人形等の広告。鳩居堂(東京)、伽藍堂、式場隆三郎著壽岳文章英文解説による「ニ笑亭綺譚」等々。
2024.01.08
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○正月廿三日の子の日に、左大将の北の方から若菜をお贈りになります。(源氏物語:若菜上) 玉かづら 若菜さす野べの小松を引きつれて もとの岩根を祈るけふかな 源氏 小松原すゑの歳(ヨハヒ)に引かれてや のべの若菜も年を摘むべき *万葉集巻頭を飾る雄略天皇の求婚の御歌から若菜を摘む慣習が始まったとさますが、宮中でも内膳司がその年の七種の新菜を羹(アツモノ)として献上しました。 この行事は中国から伝えられ、万病を除くといわれ、不老長寿を祈念するものでした。七草粥の源となる慣いで、芹、なづな、すずな、すずしろ、仏の座、御行、はこべら。 我が家ではワン・セット二百五十円もするものは買わないで、専ら庭に生えているハコベや元日の雑煮に使った小さい大根、人参やセリ、白菜など七種類の菜の粥で済ませました。
2024.01.07
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〇先月22日の法事兼故人を偲ぶ句会の日に立ち眩みして、思わず手すりを持ち、座りこみました。以来、身体のふらつきが消えず、メヌエル氏症候群とは違った感覚が消えず、今月、風邪ひきの受診時に相談したところ、主治医から血圧の急上昇、急下降でしょうとの診察。血圧測定記録手帳を頂戴して、ここんところ、真面目に朝夕計っています。ようやく昨日辺りから、以前の水準に戻る傾向にあり、安堵しています。塩分摂取量や脂っこいものに注意しながら過ごしています。せめて2才半と生後9か月の孫が入学・進学する頃までは元気にお守りしなくては・・・。
2024.01.06
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○某年某日、注文していたベッドが京都生協から届きました。新居の増築部分は夫婦の寝室ですから、早速組み立て、ベッドが二つ並び、寝室らしくなりました。材質は檜、頭の部分には奥行8cm程の棚が付いています。歳時記や句帳、電池式のカセットなどを置きました。ベッドの下は40数cmありますので、余分なパソコン類や夏もの、冬もの衣類のケースを置くなど、有効利用を図っています。
2024.01.05
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○10数年前の某句会の兼題は白鳥と雑炊、席第は北風(キタカゼ・キタ)でした。 白鳥の翳の白さや北の湖 mi女 水脈揃へ白鳥伊吹山曳くか yu女水脈はミオと読み、舟や水鳥の通った跡の線を言います。みしま池に伊吹山が映って居て、あたかも白鳥が引っ張っているようだとの意味です。 白鳥浮く湖にくけ縫ひ糸目かな m男お裁縫で粗く縫った糸の目のように飛び飛びに白鳥が浮かんでいる様子です。 白鳥の声静まりて湖畔暮る ka女 白鳥や女人見る目でみて仕舞ふ 星子 白鳥来湖一変の華やぎに yo女 妻不在残り雑炊舌焦がす ka男 雑炊や禅智内供の鼻ぶらり 星子芥川龍之介は今昔物語から幾つかの題材を用いて彼なりの短編を書いています。禅智内供と言えば池の尾で知らぬものはない・・・という文章で始まる「鼻」という作品は漱石が絶賛した佳作です。本来は”粥”なんですが・・・。 強北風や七人の味方探しをり yo”女男外に出れば七人の敵を逆に考えられた作品。 荒北風や寺は普請のテント被(キ)る m男 北風や一村しづむダムを吹く yu女このほかの作品として くらがりの羊歯のそよぎや神還る m男 晩年のまんざらでもなし銀杏黄葉 f女特選に選ばれた五人の方は年末ご褒美として現代俳句協会のカレンダーを貰われました。 なお、後年の拙句 プリマの座狙ふ白鳥群れの中
2024.01.04
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○電車・地下鉄、百貨店の中でも髷を結った人も無く、着物姿も少ないこんにち、正月らしい風物は、神社の初詣の幟ぐらいなものなのでしょうか。掲題の「むすめふさほせ」は小倉百人一首における1枚札の上の部分の一番目の音です。「むらさめの・・・霧立のぼる・・・」「住之江の・・・夢の・・・」「めぐりあふて・・・雲かくれ・・(紫式部)」「吹くからに・・・むべ山風・・・」「淋しさに・・・いずこも同じ・・・」「ほととぎす・・・ただ有明の・・・」「瀬をはやみ・・・われても」これら7つの歌だけが、同じ出だしでない音で始まる和歌なのです。カルタ取りに慣れた人は、この歌の札を自分の手元におきます。 最近、百人一首のところどころを忘れるようになってきました。出だしの上5句から下の句をマスターし、その逆の下7句から上の句を言えるように暗記練習。毎日繰り返し復習しないと脳内の記録細胞から剥がれて行くのでしょうか?それとも、新しいことを覚えるために、古い知識を捨ててしまうのでしょうか?そういう理由でなく、脳細胞の訓練を怠ってきた罰のような気がしています。今年は心身ともに鍛え直さなきゃ~なりません。
2024.01.03
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○予期せぬ大変な元日になりましたが、一日も早く被災地の皆様に安堵の日が訪れますよう祈念申し上げます。 さて忘れもしません。2006年の2日の夜中から朝方にかけて見た初夢は龍でした。何でも、私は真っ新な家に移り住んで居て、2階の窓から三角形の大きな池を見下ろしていました。池の水はやや褐色を呈していましたが、前方に大きな黒い蛇が泳いでいるのが見え、やがて水没して行きました。すると手前に見えていた、もう一匹の更に大きな蛇がうねりながらこちらに近づいて来ます。な、な、何と蛇と思ったのは仮想の動物・龍でした。ちょうど相国寺の天井に這いつくばって居る顔つきの龍でした。私の傍を横切って龍は夢の画面から消えて行きました。
2024.01.02
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○明けましておめでとうございます。本年も宜しお願い致します。元旦のあらたまった気品ある景色を「淑気」という言葉で表現しますが、大きなファイルに挟まれた何枚もの浮世絵の鮮やかな色合いこそ、淑気そのもの、一挙に正月気分、雅、和風の世界に浸ることができます。ぶの厚いファイル1には、こけし模様、紙人形模様、子供玩具柄などの千代紙が100枚ほど、大正時代の作品らしき明治期婦人生活図の錦絵が20枚ほど。紅色が際立っています。もう一つのファイル2には、千代紙のほか、値打ちものの浮世絵国貞、国輝等の美人画、役者絵の本刷りが保存してあります。小遣いは無駄遣いするのではなく、このような芸術品に投資しておくことも、心を豊かにするのでしょうね。
2024.01.01
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