おしゃれ手紙

2019.02.04
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テーマ: 読書(8636)
カテゴリ: 読書


明治半ば、播州(兵庫県南部)小野藩最後の藩主の娘として生まれた
一柳(ひとつやなぎ)満喜子。
封建的な家で育った満喜子だが、平民の通う女学校に進んで、アメリカ人教師から英語やキリスト教の精神を教えられ、神戸女学院では音楽を学ぶ。
乳兄弟の佑之進との恋は実らず、傷心の彼女はアメリカに留学することに…。
運命に翻弄されながらも、自らの人生を切り開いていった女の姿を描く感動の大作。

 関西に多くの建築を残しているヴォーリズ。
のちにヴォーリズの妻となる満喜子の物語だが、上巻では、お互いに、ちらっと会うくらいの関係だ。
 満喜子は、華族でありながら平民の女学校に通う。
平民の女学校といっても、女学校に通えるのは、ほんの一握りの恵まれた階級。
だから周りが有名な人だらけ。

●先生に「津田塾大学」を開く津田梅子。
学友に津田梅子の妹もいる。
●のちにヴォーリズが住む近江八幡は、三代目・一柳直末が豊臣秀次の命によって城下町を築くとき
その町割りを請け負った奉行をつとめた。



●ヴォーリズはMITに合格していたが経済的な理由であきらめた。
一度あきらめたが後に入学する。

●日本女子大学校は、広岡浅子の協力が大きかった。
敷地には、実家、三井の別荘を提供。
資金援助と輝かしい人脈から後援者を募った。

●その広岡浅子の娘・かめ子と結婚するのが満喜子の兄、恵三。
ふたりの結婚式は東京、大阪と会場を替え、数百人の招待客で盛大だった。

●播磨に鉄道を引こうとすると陸上交通の主力である馬方をはじめ、川船の持ち主、船頭たちなど
既存の交通従事者らには仕事を奪われるとの不安から猛反対を受けた。

●「前の祭り」と呼ばれる山鉾巡行がすんでしまえば、まだまだ続く祭もこれといった見どころがなく、昔から「後の祭り」と言われる諺になったのだった。
 満喜子の父は隠居して東京から明石に移り住む。

この時の交通手段はなんだったんだろうと思って調べたら
1888年(明治21年) ◦11月1日:
山陽鉄道により兵庫駅 - 明石駅間 (10M68C11L≒17.46 km)が開業。
兵庫駅・須磨駅・垂水駅・明石駅が開業。


「あさが来た」のあさとヴォーリズは親戚
ヴォーリズの建築を訪ねる。
ヴォーリズの小学校は残った。
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Last updated  2019.02.04 00:00:56
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