全27件 (27件中 1-27件目)
1
小品を描きつつ、新たな小品の下絵をキャンヴァスに写した。しかし、写しとってみると何かしっくり来ない。もう一度やりなおしたほうが良さそうだ。 おっ、地震だ! 22時55分。
Jun 30, 2016
コメント(0)
作品制作になかなか集中できない。小品にわずかばかり手をいれたが、なぜか気持がとぎれてしまった。6月も明日で終わりだ。いかんいかん。
Jun 29, 2016
コメント(0)
昨日死亡した愛猫マスクを埋葬。 一昨々日までよろめきながらも私の膝にやってきて安心したように眠っていた。頭を撫でてやっている私の手が休むと、私の顔を覗き込むように頭を上げて、撫でつづけるように催促していた------- 動物の死は、最後の最後まで力をふりしぼるようなところがある。死が近づいているのを承知しているのであろうが、人間のような諦め方はしない。人間の場合、それを「悟り」と言うこともできようが、もしかすると生命力を知性が押さえつけてしまっているのか。 子どもの頃私は、「死にたくない、死にたくないと言って死のう」と思っていた。誰にも言わない心の内の思いだったが、ヘンな子どもだったかもしれない。今は-------自分で自分の心の内が分からない。自分の死に、自分だけでない何らかの周囲の事情があることを承知しているからだ。私が、斯く斯くの如く死のうと考えていることが、斯く斯くの如くゆくとは限らないであろう、と。 昨日、研修でお世話になった老人介護施設で、介護職員になりたいという人が減少している実情を聞いた。介護施設数より職員になりたい希望者数が絶対的に少ないのだという。とくにそのアンバランス傾向は大都市部で顕著であることは、私たち民生委員もおおよそは承知している。--------ところで、その話のなかで、介護職員に応墓してくる若い人達が、それまでの人生で身近に死を看取る体験をする機会がなくなっていると聞かされた。 実は介護専門職種にとって、その人が死に接したことがあるかないかは重要な問題で、なぜなら老人介護施設はいわゆる看取り(臨終)の場でもあるからだ。死に臨んでいる人をいかに安らかに旅立たせるかは、看護職員にとって「覚悟」と「心の技術」が必要だ。臨終に立ち会うというのは少なからず恐ろしいものである。だからといって、あたふたするわけにはいかないであろう。 私は故湯浅泰雄博士の著作全集を企画・監修・編集をしたときに、湯浅先生とデス・エデュケーション(死についての教育)について話し合った。また同じく監修者だった大阪医大の心臓外科医の太田富雄博士からも、デス・エデュケーションについてお教えを賜った。すなわち、生前から死について学ぶことが死に臨んで平安であるためにいかに必要であるか、ということである。 動物の死と人間の死とをならべるとは何事だという人がいるかもしれない。まあ、そういう人はそういう考えで結構。私はあらゆる生命の終焉について考えているのだ。 根本仏教では、あらゆる生命に区別差別は無いとしている。後に仏教宗派も区別差別をもうけて愚かなふるまいをし、現代になって懺悔をしている。仏教のみならず私にはそのような愚かな宗教などどうでもいい。私は、愛猫クロやシロやグレ、ミミ、ヨモコ、チョンコ、チャーコ、ロロ、チャコ、ルル、アカ、ミケ、コタン、ロン、パンチ、クロ2世、マリ、そしてマスクたちの死に、学ぶことはあったのだ。みなクロを祖先とするその子孫たちで、私が出産を取り上げ、そして臨終を看取った猫達である。 さようなら、マスク!
Jun 28, 2016
コメント(0)
今日は一日いっぱい民生委員の一年に一度の出張研修。静岡県のさる老人介護施設を訪問し、取組みについての説明と施設見学をさせてもらった。 しかし、じつは私はこの研修に出かけるのをためらい、心残りを振り切るように出かけたのだった。 猫のマスクが臨終を迎えようとしていたのだ。朝の6時、出張の準備をしながらすでに目に曇りが出て来てい、横たわったままのマスクに、注射器でわずかながらの水と牛乳を飲ませた。顎の筋肉は固く硬直している。体温も低下していた。もうその死まで時間の問題だった。どこまで心臓がもちこたえるかだった。 「かわいい、かわいい。いい子だ、いい子だ」私は自分の顔をマスクの頭にすりつけながら耳元にささやいた。出かけるのを止めようかと思ったが、それもできかねた。 家人にこのまま寝かせておくように頼んで、7時、私は意を決して家を出た。 先祖にあたる猫のクロ(メス猫である)から数えて三代目のマスクだが、我家の長い飼い猫の歴史においてたくさんの猫達の死を見届けて来た。どういうものかみな私の腕の中で息を引き取っていった。マスクは1998年6月生れのちょうど18歳。猫としてはすでに老猫である。一昨年死んだマリと同じときに生まれた。マリも私に看取られながら私の腕の中で死んだ。マスクも私はみなと同じように抱きとって最期を送らせたかったのだ。それができないことが心残りで家をあとにした。 夕方6時半に静岡から帰宅すると、家人がマスクが午後2時に息を引き取ったことを知らせた。朝私が出て行ったときのまま横たわっていた。 「ごめんね。抱っこしてあげられなかったね。いい子だった、いい子だった。マスクは可愛い子だ」 それから私は丁寧に身体を拭き、梳り、真っ白な和紙に遺体を包んだ。私の仕事場に運び、大好きだった私の机の上に安置した。明日、マリが眠る墓地に埋葬する。
Jun 27, 2016
コメント(0)
午前中に、きのう弟が持って来た花々を1時間半ばかりかかって移植した。雑草の緑一色だった小庭に、やわらかな彩りがそなわった。 雑草は雑草でそのままである。「雑草」と言っているのは人間どもだ。備わるべくして備わった生命機能のみごとさと、美しさがある。私は子どもの頃からそれに魅了されてきた。 そういえば先日民生委員の研修で中野へ行ったときのこと、往きの電車の中で私は一人の小学生に注意が向いた。熱心にポケット植物図鑑を読んでいたのである。写真図版だけを見ているのではなく、ひとつずつの植物の説明文を丁寧に読んでいた。 私立の小学校に通っているのであろう、随分長い距離の乗車だったが、周囲の大人達がモバイル通信端末でメールのやりとりをしたりゲームにうつつを抜かしているのだったから、その小学生は私の目にはひときわ異色だった。第一、集中する目つきがちがっていた。 やがて学校のある駅に着いたのであろう、バッグの中に植物図鑑をしまって降車していった。 私はこんな小学生に一昨年にも出会っている。 その子は私も参加したキノコ探索会に父親と来ていた。私はすぐに、この子のキノコについての知識が並々ならぬことに気がついた。そこで私は、「きみ、ちょっとこちらへいらっしゃい。おもしろいキノコがありますよ」と、大人達が食用キノコばかりに口角泡を飛ばしているのを尻目に、少年と父親を手招きし、エリマキツチグリの群生している場所を示した。少年は「ツチグリだ!」と言った。やはり相当の知識がある。私はさらにツキヨタケを示し、「毒キノコだから気をつけてね」と言い、またカイガラタケの群生に気付くようにしむけたりした。 彼はさかんに写真を撮っていたが、その写真コレクションはいったいどのように発展してゆくのだろう、と私は思った。すぐれた指導者にめぐりあうと良いがと、少年の父親と並び立ちながら、走り回るその姿を見ていたのだった。 私が愛用している植物図鑑は「牧野 新日本植物圖鑑」という、全1,137ページの大判であるが、じつは小学2,3年のときに買った本もいまだに使っている。蝶類図鑑も昆虫図鑑もその当時のものである。つまり60年以上前に買った本が所有者が71歳の現在も現役。良書の生命は永いということだ。 とはいえ、もちろんそれですべて用が足りるわけではない。 きょう移植した花木のなかに、私がその名を知らないものがあった。上記の図鑑には出ていない。 弟に訊くと、「カシワバアジサイ」だと言う。さっそく調べてみると、北アメリカ東部原産のアジサイ(ユキノシタ)科の植物で、葉に深い切れ込みがありカシワ(柏)の葉に似ていることに由来する和名らしい。学名、Hydrangea quercifolia. 白い十字花が円錐状に咲いている。雨を含むと重く垂れ下がる性質がある。 樹高2mほどにもなるそうだから、剪定をうまくやる必要がありそうだ。
Jun 26, 2016
コメント(0)
弟がたくさんの花の鉢を持って来た。午前中に植物園に行ったところ、バックヤード見学会をやっていて、ガーデナーが丹精して育てた植物を安価で販売していたのだという。 我家の小庭は父母が存命中はたくさんの花々が咲いていたのだが、母が亡くなって以後、幾つかの花木のほかは一つの花もない。雑草をそのまま、まるでそれを育てているかのように繁るにまかせている。じつは半ばは「育てている」と言ってよいかもしれない。 先日まではドクダミの白い花が一面に咲いていた。あるいはカタバミの小さな小さな花が咲き、ヌスビトハギが淡紅色の花穂を咲かせ、ツユクサの藍、オカオグルマの黄と、結構賑やかである。 弟が持って来た花々は、さすがに植物園の専門家が育てただけあって、みごとなものだ。紅紫の紫陽花はその色合いといい四片(よひら)の張りといい溜め息がでるほど。明日、日曜日、それらを植え付けしよう。4年ぶりに小庭に花々が咲くことになろう。
Jun 25, 2016
コメント(0)
今夕、一ヶ月に一度の民生委員合唱団の練習。 やはり練習はするもので、私は合唱団結成前はろくに声がでなかったが、今ではまあまあスムーズに出る。私の健康法にもなっているようだ。しかし一ヶ月に一度の練習では次には忘れてしまっていることもある。家では歌わないからだろう。いろいろ異なる仕事をその場その場で集中してやりとげ、終わって場を離れれば、自ずとすっかり気持が切り替わり、次の時間のステージに入っている。それが私の特技でもある。人生にあまりストレスを感じない得な性格で、エネルギッシュでいられる所以であろうが、練習した歌を忘れてしまうというのは老年のせいかもしれない。 まあ、とにかく大きな声で一生懸命に歌って、帰宅するといささかグッタリとした。夕食後、椅子に身を沈め、猫を膝にのせたまま、気がつくと5分10分眠っていた。 就寝前に、制作中の小品に少し手を入れることにする。
Jun 23, 2016
コメント(0)
仕事しながらユーディ・メニューインのヴァイオリン演奏を聴いていた。彼のバッハのソナタ第4番(Violin Sonata No. 4 in C minor, BWV 1017)はことのほか素晴らしい(ピアノをグレン・グールドが演奏している)。 ところで昨日掲載したメニューインが実際に使用した楽譜を詳しく見て行くと、じつに興味深い。 バッハはこの曲想をGrave(グラーベ;ゆっくりと荘重に)と指定している。そこにメニューインは Adagio (アダージョ;おだやかに)と書き込んでいる。おそらく「荘重さ」が重苦しくならないようと言う程の意だろうが、4分音譜で始まる第1音をバッハの指示するf espr.(フォルテ エスプレッシヴォ;強く表情豊かに)で始め、第2音以下連続する32分音譜のその第2音にはアクセントを書き込み、第3音からの下降にレガートのような注意記号を書き込み、しかもバッハが第3、4音を第4指でと運指を指示しているその次の第5音に第2指という注意書きをしている。 さらに、第2小節に入り、ファミレドシと下降して、そのドシの運指を第3指をレガートでずらすと書き込み、次の同じシの8分音符にアクセントを付けている。 つまりこの下降部分のリズムは複雑で、付点16、32、16、32、32、8、32、32、16と移っているのである。したがってこのリズムで32分音符のドシを第3指をずらして弦を押さえ、そのまま8分音符のシを弾けば、おそらく8分音符になったメリハリがなくなってしまうだろうことは、音楽にまったく素人の私にも想像できる。 付点16はすなわち16分音符+32分音符。つまりここの基本リズムはタン・タ・タン・タ・タ・ターン・タ・タ・タンであるが、入りに微妙な味付けをしているわけだ。 この部分の音列のわずかな変形が5段目にも出てくるが、ここにメニューインはmeno(メノ;遅く)と書き込んでいる。たぶんテンポを少し遅くして変化を印象づけるためではないだろうか。 それにしても1音1音についてのメニューインの分析は大変なものだ。まったく恐れ入ってしまう。バッハの指定は完璧に再現しようという、彼の強い意志も読み取れる。表情記号にいちいち印しをつけているのだ。たとえば、più f (ピウ フォルテ;今までよりも強く)とか、sf(スフォルツァンド;アクセントより強く)とか、molto espr.(モルト エスレッシヴォ;きわめて表情豊かに)など。 美術の歴史的巨匠たちの遺したデッサンもおもしろいが、このユーディ・メニューインの使用した楽譜もまことにおもしろい。というより、私は身が引き締まるような感動をおぼえたのである。
Jun 22, 2016
コメント(0)
![]()
4月22日は、ヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインの生誕100年であった(Yehudi Menuhin, 1916-1999)。 ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックが、メニューイン生誕100年を記念した展覧会を開催し、その展示品に、メニューインが実際に使ったバッハの「ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調」の楽譜がある。巨匠の名をほしいままにした演奏家が使用した楽譜を見る機会は、まったくと言ってよいほど無いだろう。このブログにその画像を掲載することは、あるいは問題があるかもしれないが、どうしても私の感動を共有してもらいたくなった。 あとは何も申しません。ごらんください。(画像の上でクリックすると拡大画像になります)
Jun 21, 2016
コメント(0)
朝8時前に家を出て中野へ行く。東京都民生委員連合の就任3年目以上の委員の研修会に出席するため。午後12時30分まで。 中野駅周辺は私が大学時代に住んでいたところで、この一帯、昔は桃園町と言っていた。中野サンプラザや中野ブロードウェーの線路を挟んだ向い側のやや高台になっているところ。丸井本店の裏手になる。今では町名も変わり、住宅街を走る通りは昔のままだが、町の様子に昔の面影はない。 私が住んでいた頃(1964年4月〜1966年3月)は、サンプラザは影も形も無く(開業は1973年)、ブロードウェーは工事の最中(1966年開業)、サンモール商店街は行き止まりで、ブロードウェーはその行き止まりの先に開発されたのだった。1964年は東京オリンピックが開催された年である。 サンプラザは43年後の現在、解体計画が進んでいるそうだ。きょう私は、研修会終了後に、サンモール商店街で昼食を摂った。2年前、やはり研修会のおり、50年前の町の面影をさがして辺りを散策した。賑わいは変わらずといえども、むろん商店街にも昔なじみの店はなかった。そのときのことはこのブログに書いた。私が、石川喬司氏の雑誌小説の挿画を描いたときにモデルにした古本屋の親父さんの店は、サンモール商店街の奥にあった。 そんなわけで、昼食をすませるとすぐに帰路についた。中野から中央線に乗った。この沿線、西荻窪や荻窪にも住んでいたことがある。三鷹には従姉が住んでいる。特別快速電車でみな素通りである。半世紀以上前の記憶が、電車のスピードのように薄れて行く。
Jun 20, 2016
コメント(0)
ずいぶん長い間、俳句を詠まなかった。今日、弟が仲間達とどこかへ吟行だとか言っていた。私も紫陽花を詠んだ。 紫陽花や雨沛然(はいぜん)と暮六つ 青穹 Fleeting hydrangea blue It's vigorously raining Six o'clock evening 夜かげり紫陽花の青沈みけり Night is falling Hydrangea's blue is melting into night blue 走井(はしりい)に添いて水盛る四片(よひら)かな Hydrangea Alongside to the well A waterdrop on a petal 驟雨来て軒の宿りや青よひら Caught in a shower Took shelter under the eaves Hydrangea blue! 紫陽花や斯くして今生の変化(へんげ) Hydrangea So changing the color This life
Jun 19, 2016
コメント(0)
![]()
猛烈な暑さだった。今年初めての真夏日だそうだ。しかし、午後2時過ぎ、私は先日買って用意しておいた塗料で、戸袋などの塗り直しをした。キャンヴァスを戸袋に変えただけの、作品制作の荒っぽいつづきのような作業。熱中症予防に水分補給はしっかりしながら。ただし2階部分だけ。1階部分はまた後日に。暑いからというのではない。塗料を使い切ってしまったのだ。厚塗りをしていたら足りなくなってしまった。まあ、こんなもんだ、どこか間が抜けている------- 熱中症予防といえば、私が高齢者にお配りしているリーフレットを掲載しておきます。画像をクリックすると拡大画像になります。 TVニュースで、すでに熱中症で救急搬送された方があると報じていました。ご注意ください。 高齢者に熱中症予防を促す案内を配るなど余計なことをするなと、バカ大臣麻生には言われそうだが。-----この馬鹿者は、「90歳になって老後が心配とか、わけの分かんないこと言っている人がこないだテレビに出ていた。オイいつまで生きてるつもりだよと思いながら見てました」と講演で語ったと、各紙がつたえている。
Jun 18, 2016
コメント(0)
朝8時15分、主治医のクリニックに行き、市がおこなっている特定健康診査を受けた。すでに2ヶ月前に予約しておいたので、一般外来診察開始の前に一番最初に診てもらった。 大腸がん検査や血液検査の結果が出るのは後日だが、そのほかは心臓も肺もまったく異常なし。肥満なし。血圧も良好。眼底検査も口腔検査も異常なし。71歳、男、ここまでまったく無病息災、われながら立派立派。
Jun 17, 2016
コメント(0)
新作の構想で考えあぐねていた問題が、「あっ、そうか!」とひらめく事があり、一気に解決に向かって動き始めた。思想的論理性が、現代の社会現象を切り取って自分としては一層たしかなものになったように思う。あとは思い浮かんでいる粗雑な影像をいかに造形するかの問題だけだ。それがまとまるまでに、まだ時間がかかるかもしれない。 そうだそうだ、これを書いておかなくては。 日本時間16日、米メジャー・リーグ・マーリンズのイチロー選手が、ピート・ローズ選手の持つ大リーグ歴代最多安打記録4256本を抜く4257安打を樹立した。ただし日米合算(日本1278本、米国2979本)なので、参考記録ということらしい。とはいえ偉大な記録には違いない。おめでとうございます!
Jun 16, 2016
コメント(0)
錦織圭選手、やはり心配したとおりになってしまった。ゲリー・ウェバー・オープン第2回戦、先日の左脇腹下の不調をひきづっているようで、棄権敗退である。 あの時、芝コートが雨で滑りやすくなっていたかもしれない。ゲリー・ウェバーは開閉式の天井があるのだが、試合開始前は開けてあったのだ. 錦織選手はクレーコートが得手らしいが、しかし2セット目や3セット目の試合運びは、痛みを堪えながらだったのだろうが、すばらしかった。それだけに棄権敗退は残念。まあ、ウインブルドンまでのツアーはまだ長い。完全に治療してから復帰してもらいたい。
Jun 15, 2016
コメント(0)
私がほぼ毎日のようにチェックしている、世界中の日々の考古学情報を伝えるインターネット・サイト〈Seeker〉が、今日、おもしろいことを報じている。翻訳して掲載できないので残念だが、内容は次のようだ。 アイルランドは北ダブリンから50マイル、ドゥラケラスの町近くの泥炭地で、掘削機で作業していたところ、地表から12フィート(約3m66cm)の地下でワックス状の22ポンド(約1kg)の塊を発掘した。塊は強いチーズのような臭いがした。アイルランド国立博物館に送り、炭素年代測定によって、この塊が2000年前のバターであることが判明した。 専門家は、まさか地下から2000年前のクリーミーな、理論的には食べられる状態(原文は、The newly found butter is still edible – theoretically、と書いている)のバターが発掘されるとは予想だにしなかったという。神饌として儀式埋葬されたのではなく、保存のために埋められたのだろうと推測している。というのは宗教儀式埋葬の場合、何百という数のバターのパッケージは木箱の内部に配置され、剣や装飾品とともに埋葬されるからで、アイルランドの湿原泥炭地ではこれまでにも、バターこそ影も形もなくなってはいたが、儀式埋葬品が発掘されていた。 今回、食べられる状態のバターが発掘された場所は、古代には3つの王国の接合部にあたり、近づくのが難しいミステリアスで政治的には所有者のない土地のような状態だった。すなわちこのバターが一般食料品として埋蔵されたのであろうというのである。 なぜ、バターが2000年間も保存できたのか。湿原の特異な化学反応に起因すると考えられ、泥炭を構築するミズゴケ(the peat-building Sphagnum moss)は、寒冷、酸、および分解を防ぎ、細菌を固定化無酸素条件下に埋め込んで成育するのである。 理論的には食べることが可能であるが、「まあ、食べない方がよいでしょう」と、この記事は専門家の意見を紹介して結んでいる。
Jun 14, 2016
コメント(0)
このブログの管理画面表示によると、今日が開設4000日になる。10年以上経ったわけだ。我ながらよくつづくと思うが、もちろん毎日ご覧くださる方々があってのこと、御礼申し上げます。 さて、たった今まで錦織圭選手が出場したゲリー・ウェバー・オープン(ドイツ・ハレ)を観ていた。対戦相手はルカ・プイユ選手(フランス)。 この大会を皮切りに、ウインブルドン(イギリス)へ向けて、グラス(芝)コートでのツアーが始まる。そして錦織 vs プイユ戦は、ゲリー・ウェバーのオープニング試合である。 両選手がセンター・コートでウォーミングアップを始めて間もなく雨が降り始め、試合開始は40分遅れた。それが選手にどのように影響するか心配された。 第一セットは、互いに芝の感触やボールの弾み具合などを探っていたのであろう、錦織選手のファーストサーブの成功率も30数パーセントとふるわず、6−7でセットを奪われた。が、第二、第三セットはほとんど危うげなく勝ち取り、結果は2−1で勝利をおさめた。 錦織選手は途中で左脇腹に不調を来たし、ルール内でのメディカルチェック【後註】を受けたが、そのまま試合続行した。 この後に影響がなければよいが-----。 昨年は同じこのゲリー・ウェバーで準決勝まで行きながら、怪我のために途中棄権してしまった。今日の試合はシングルだったが、この後、ダブルスにも出場する。錦織選手とダブルスを組む選手は、ダブルスだけに出場するのだそうだから、そしてランク上位の錦織選手と組む事に喜びも期待もあるようだから、錦織選手も責任を感じて身体の不調を圧して出場するのではないかと、いらぬ心配をする。 もっとも、一流選手というのは、引き際の肝腎さも知悉しているものだ。ファンがTVのこちらがわでヤキモキすることもあるまい。 【註】身体の同一部に一回だけ、3分間のメディカルチェックと治療を受けることができる。
Jun 13, 2016
コメント(0)
なんだかどんよりして蒸し暑い。天気予報では、あした月曜日は大雨だとか。関東のダムが渇水しているようで、この雨が恵みになるかどうか。 雨といえば、本格的な梅雨入り前に、我家の外回り、特に戸袋の塗装を補修しておこうと思い、午後、塗料を買いに出た。たしか4年程前に塗り直したのだが、4年も経てば一日じゅう日差しの強く当たる二階部分は劣化が目立って来ている。金属・木部両用の腐食防止塗料と、古い塗装をこそげ落すために金属ブラシ、そして塗り刷毛を購入した。近日中に、天気の良い日にDIYと行こう。Y (Yourself)じゃないな、M (Myself)だな。
Jun 12, 2016
コメント(0)
午後1時に開場して1時30分から4時までの朗読会は、楽しんでいただけたのではなかろうか。 私が読んだのは、伊藤桂一「時代小説自選集」より『川止め』(45分)と、「アンデルセン童話集」より荒俣宏訳『皇帝の新しい服』(15分)。 ほかに二人の女性が、レオ・バスカーリア作・みらいなな訳『葉っぱのフレディ』、志賀直哉『転生』、芥川龍之介『蜘蛛の糸』、齋藤隆介『花さき山』。 彼女達はそれぞれ別々に朗読グループで長く活動してきている。そのうちのお一人は、故山本安英さんの「ぶどうの会」がやられていた『平家物語』の群読に関係していた方の指導を受けていたというから、たいしたものである。ちなみに私は昔、学生時代に、「ぶどうの会」の群読を聞いたことがある。千代田区平河町の砂防会館ホールでだったろうか。砂防会館は昨年、老朽化による建替えのため閉館になった。 そんなわけで、好評だったのか、またの機会にとたのまれ、いつでも声をかけてくださいと応えて辞した。帰りに主催者のおひとりの庭で穫れたグーズベリー(グスベリ)を頂戴した。まだ青かったが、一粒口に入れてみると、鮮烈な酸っぱさが心地よかった。ジャムを作ろうか--------。
Jun 11, 2016
コメント(0)
明日は地域の方々に朗読をしてあげる約束がある。主催者にとって初めてのことなので、どんな方々が来てくださるかわからない。それで私としては幼児のための絵本や大人のための時代小説など、6冊ほど用意した。明日、お客さんをみて、その場で対応しよう。 とはいえ、以前に書いたことだが、長年やっていなかった朗読なので、ためしに一人で読んでみたところ、口がまわらなかった。こりゃいかん、と、練習をはじめて、どうやら人に聞かせるほどになった。なにしろ私は稽古が好きな質だ、一日二回平均の練習で一ヶ月ばかり。各小説の構造分析をして、伏線がどこにどのように張られているかも丁寧に研究した。長いもので45分間、まあ、よどみなく、時代小説は芝居がかりに登場人物の人数分の声色を使って-------。 飽きずに、物語を面白がってもらえれば、と思っている。
Jun 10, 2016
コメント(0)
今日は朝8時半に家を出て午後5時半に帰宅するまで民生委員としての仕事。仕事といっても高齢者問題研究部会で都内にある特別養護老人ホームを見学させてもらったのである。 この特養と略称されている介護付施設は各行政区にあるが、今回訪問した特養老人ホームは入所者の個々の状態に徹底して寄り添い、歩くことも食べることも、また排泄さへままならない人達を、歩き、食べ、まったく〈おしめ〉をすることなく自力排泄ができるまでに機能回復させることに成功している、きわめて優れた注目すべき特養なのである。驚くのは100歳を超えた入所者が機能回復して自立しているいることだ。 最新の設備を備えていることやホテルのような明るく清潔な建物はめずらしくはないにしても、何よりも私たち民生委員が感動するのは、さなざまな分野の専門スタッフの質の高さである。 私たちは、ほぼ日常的に、自分の担当する現場で介護関係者に接しているが、なんと言おうか、彼ら彼女らの立ち居振る舞いに鋭敏になっていて、言葉にしにくいような人格の側面を一瞬にして見抜く能力をいつのまにか備えているのである。たとえば弱者を相手にすると、自分が偉いように勘違いする人は実に多いのだ。あるいは高齢者に対して赤ちゃん言葉で話す看護師もいる。 どんなに取り繕っても滲み出てくる何事かを、私たちは一つの判断材料にしている。そうして私たちを頼りにしている高齢者や苦しみ困っている人達を、守れる限りは守らなければならない、と思っているのである。 私たち自身の苦悩は、私たちに厳重に課せられた守秘義務(民生・児童委員は、無給ではあるが、法的身分は地方公務員なのである)によって、見聞きしたことを誰にも話せず終生自分の胸にたたみこまなければならないことだ。あるいはまた、相談者や頼ってきた人をとんでもない劣悪な機関(劣悪な専門職)に引き合わせてしまいはしないだろうかという心配を、どこかに抱いていることだ。少なくとも私は、そうなのだ。 考えはじめると途轍もないストレスになる。それをはねのけながら福祉仕事をしているわけだ。したがって介護施設等のスタッフの立ち居振る舞いに敏感にもなるのだけれど、きょう見学させてもらった施設のスタッフのような専門技術と人格とが共に高いところで一致しているのを見ると、実際、ほっとしたのである。 介護施設や介護資格者が不足しているのは確かなことだ。一方で、介護保険を食い物にする悪徳業者がいることも事実だ。そうした業者の施設開所は、当該行政機関の書類審査が通れば認可されるわけで、行政機関が一々の新規開業を目論む施設を実見して隅々まで調べ、専従スタッフの質や人格を対面調査するのではない。したがって、後々にとんでもない事件、悲惨な事件、残虐な事件が起って、初めて気付くことにもなりうる。 いま私たちの社会は、介護ひとつをめぐっても、大きな矛盾をかかえながら動いている。民生委員は厚生労働大臣からの委嘱なのだが、先に書いたように無給で仕事をしているからこそ、中立的な立場でその矛盾をあからさまに見ることになるのである。
Jun 8, 2016
コメント(0)
今朝は20分ばかり寝過ごしてしまった。 私は目覚時計を使ったことがない。というより、持っていないのだ。翌日のスケジュールに合せて、何時に起きなければならないその時間に、ちゃんと目覚めるからだ。だから今朝のように寝過ごしたというのは、我ながら大変めずらしい。 なぜ寝過ごしたのか。夢のせいである。 夢の中で、写真撮影をしていた。パイロットケースのようなバッグを撮影していたのだが、真上からの視点と真横からの視点を、ワンカットの構図で撮ろうと四苦八苦していた。ああでもない、こうでもないとやり、そうするうちに、この構図づくりは、セザンヌが静物画でやったことの再現だと気がついた。だめだ。模倣になってしまう。再び視点を探し始めた。 いつのまにか知り合いの女性(らしかった)が、私のそばにいて、二人は漆黒の闇の中を歩いていた。いつまでたっても目的地にたどりつけないような気がした。すると彼女が、「近道を行きましょう」と言った。そして急坂の崖道を先にたって登りだした。あたりは依然として闇の中だが、目をこらすと足許は崩れやすい赤土で、ところどころに直径5、60cmほどの石が突き出ている。それに手をかけるとグラグラ動き、まるでボルダリングのように探り探りのぼると、そのとたんに石は落下していった。私は下に誰か居はすまいかと暗闇の底を覗き込んだが、見えるはずもない。このまま登りつづけても、はたして目的地に到達出来るのだろうか-------。不安が沸き上がり、心臓が早鐘のように打った。 「だめかもしれない!」と思ったとたん、目が覚めた。 たぶん、夢がどんどん深くなり、あるいはとんでもない寝過ごしになるところだったかもしれない。
Jun 6, 2016
コメント(0)
リオ五輪出場を逸した日本の男子バレーボール・チーム。今大会最後の一戦となるヨーロッパ王者フランス・チームとの試合は、3-0のストレート勝ち。 フランスはすでに五輪出場が決定していたので、よもや手を抜いたわけでもあるまいが、日本チーム、今日のような戦いぶりをもっと早くに行っていればと、2勝5敗の成績を顧みながら、言っても仕方がない愚痴が出る。まあ、今日の勝利は、ようやくにしても、有終の美というところか。 一方、男子体操は5人すべての五輪出場者が決定した。こちらは、予想通りと言ってもよかろう。内村航平、加藤凌平、田中佑典、山室光史、そして初代表の白井健三の各選手。 白井選手の床運動は、高難度の連続技を完璧にこなし、16.650の高得点。すばらしい。すでに「シライ」の名を冠した国際公認の技をもつ彼だが、さらに高難度の技に挑むらしい。おそるべし白井健三である。
Jun 5, 2016
コメント(0)
ムハマド・アリ氏が死去されたという。享年74。 世界に最も善き影響を与えた人として、敬意をこめて追悼します。RIP 【関連報道】CNN.co.jp : 伝説のボクサー、ムハマド・アリ氏が死去 74歳 2016.06.04 Sat posted at 13:54 JST 【参考】 ムハマド・アリ氏に関する本はたくさんあるだろう。私はボブ・グリーンの『Cheeseburgers』(講談社インターナショナル刊 1989年)に収められているアリ氏のプロフィールがおもしろかった。短いながらアリ氏の人柄を活写している。邦訳もあると思うが、原文の英語も簡単なものだ。おすすめである。
Jun 4, 2016
コメント(0)
夕食後、仕事場にもどるつもりが、テレビを見ると男子サッカー日本A代表(ハリルホジッチ監督)のキリン・チャレンジ・カップ準決勝が始まった。対戦相手はブルガリアである。9月に始まるロシアW杯最終予選前の最後の国際公式試合。仕事場へ行くのをやめて、居間の私の椅子に身体を沈めた。 試合は開始されたばかりだったが、メモをとる用意もないまま、3分、右サイド柏木からのロングボールを岡崎がヘデイングで見事なゴール。先制点をあげた。 いやはや、今日の日本代表は目をみはらせるすばらしいプレー。つぎつぎとドッカンドッカン、ゴールを決めた。 岡崎、香川、つづけて香川、吉田、ふたたび吉田、宇佐美。後半戦に入って少し気がゆるんだわけでもあるまいが、ミスから2失点。ブルガリアの攻守に勢いがつく。途中出場の浅野がPKを獲る。自ら蹴りたいとボールを抱えるのを、ハリルホジッチ監督「OK!」のサイン。浅野、蹴る。ボールはゴールネットに突き刺さる。浅野、代表入り初ゴールだ。7-2。直後に今度はブルガリアがPKを獲る。止められるか、川島。川島の身体が横になって宙に飛ぶ。------止めた! 川島、海外での所属クラブが決まらず1年間試合から遠ざかっていた。文字通り1年ぶりの代表復帰である。前半戦でも、ブルガリアのシュートを片手を突き上げてボールをネット上にそらし、ピンチを救っている。守護神、健在! というわけで、日本チームのゴールラッシュだった。とはいえ、前半戦でのベテラン勢による見事な連繋が、後半で若い選手に交替すると、若さの勢い余ってだろうチーム全体が見えなくなることもあったようだ。自分こそが点を獲ってやろうという気負いをもちつつ、チームとしての攻守の連繋が機能させられれば、言う事がないのだが。 決勝戦は7日だ。相手はボスニア・ヘルツェゴヴィナ。優勝候補である。
Jun 3, 2016
コメント(0)
リオデジャネイロは遠かった。男子バレー、日本チームは第5戦オーストラリア・チームとの試合に0-3でストレート負け、五輪出場権を逃した。 この最終予選は、オーストラリアも苦戦していて、これまでの試合の勝敗は1勝3敗で日本チームと並んでいた。したがって今日の第5戦が、互いに五輪出場か否なかという土壇場だった。日本チームは生死をわける第3セットを、喰らい付き追い越し追い越されのシーソーゲームで良く戦ったが、一歩及ばなかった。 この一歩の差は、何だったのだろうか? 個々人の技量ではない。何か見過ごされている「欠点」があるのだ。というのも負けた試合すべてに,敗因が共通しているように私には感じられるからだ。 「自分たちのバレーボールができれば----」などという、無意味なことを言うのはやめよう。どのスポーツでも選手や解説者から発せられるこの言葉、無内容なこの言葉。最高位にあるわけでもないのに、低きにある者が自分たちのバレーボール(あるいは他のスポーツ競技)をやって、どうなるというのだ。こんな無意味な言葉によって見過ごされてしまう問題の本質がありはしないか。-------------- 「東京五輪につなげる」と言うが、それはそう期待せざるをえないにしても、世代交替もあるということを忘れてはなるまい。この試合に出た日本チームメイトで、先の五輪を経験しているのはキャプテン清水選手と福澤選手だけだ。東京五輪に向けては、経験者さへいなくなるだろう。-----------まことに厳しい世界である。 リオ五輪出場は適わなかったが、この大会、まだ2戦残っている。カナダおよびフランスとの対戦。日本チームには気力をふりしぼって、最良の試合を見せてほしいものである。頑張ってくれ!
Jun 2, 2016
コメント(0)
男子バレーボール第4戦、対イランは、残念ながら日本チームは敗れてしまった。アジアの強豪にかなり食い下がって行ったが、1-3という結果。残るカナダ、フランス、オーストラリアにすべて勝たなければ、リオ五輪出場への扉は開かない。 きょうの対イラン戦を観ていて、日本チームのブロックに対するイラン・チームの揺さぶり方は、さすがと思わせる一日の長を感じる。 ボールを右から左、左から右へ、あるいはセンターへと、日本の壁構築を見透かした見事なチームプレー。この柔軟さは敵ながらほれぼれする。日本チームも死闘と言ってよいほどの戦いぶりなのだが、問題は何だろう。サーブ・レシーブかな? それとも---- 長いラリーがつづくとチーム態勢に乱れができる。そこをイランはすかさず突いて強烈なスパイクを打ち込んでくる。それを日本は受け止めることができないのだ。点差がなく同点になったとき、日本が崩されるのはかならずそのようなシーンだ。 イランはその日本の弱点を知っていて、そのようなシーンを作ろうとしているようにも見受けられる。私がイランに「一日の長」というのは、そのようなシーン作りのチームプレーができるという点を指している。この観察、いかがであろう。
Jun 1, 2016
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1
![]()
![]()
