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沢木耕太郎は、もちろん有名人のことも書くが、無名の人のことを書くときひときわ冴える。それは、彼がノンフィクションライターには珍しく詩人の感性を持っているからだと思う。2002年11月に89歳で亡くなった実父のことを書いた本。入院から帰宅して亡くなるまでの2ヶ月ちょっとくらいの日々に何を感じ考えたかが素直に綴られている。まるで1本の奥ゆきある映画を見たかのような印象が残る。単なる介護日記ではなく、いちばんよく知っているようで実は知らない最も身近な無名な人である自分の父のこと、自分史を含めて家族のことが、まさにそのことを語るにふさわしい回想や記憶を参照しつつ語られていくからだ。回想や記憶を参照しても、強引なこじつけや解釈はせず、謎や疑問はそのままゴロンと投げ出される。沢木は、いちばん身近な「無名の人」であるはずの自分の父についてさえ、いかに知らないことが多いかに気づく過程を書いたと言ってもいいが、読者は、人が人を「理解」することの困難さに思い至って痛切な思いを味わうことになっていく。この1点において、沢木は自分の身内を描きながらある普遍性を獲得したと思う。感傷を排し抑制された筆致で書かれた「無名な人の静かな人生のドラマ」を読みすすんでその世界に入り込んだ読者は、死んだ父のヒゲを剃ったときの沢木の激情を、沢木本人のように、あるいはそれ以上に追体験することになる。これが文学が行なう奇跡のひとつでなくて、なんだろう。
November 7, 2004
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思い起こせば、ひとりで外国へ行ったのは2度目。はじめて外国へ行ったのが12年前で、そのときはヨーロッパを3週間旅した。「外国をひとり旅したら、本の1冊くらいすぐに書けそうだ」と思うくらいひとり旅というのは強烈な印象が残る。その一方で、しんどいことも多い。そのときの旅行では、ヨーロッパ人のなんともゆったりした生活ぶり、働いている人たちの雰囲気のよさ、若者のマナーのよさが強く印象に残った。両替に入ったミュンヘンの銀行では同じ柄のカラフルなネクタイと吊りバンドをしている男性行員がいて感心したし、ベルリンのユースでは食事のあと高校生がみな当然のようにテーブルを拭いて席をたったので驚いた。デパートの店員も、日本でよくあるようにずるそうな目つきでお世辞を言って少しでも高いモノを売りつけようとしたりはしない。非常に誠実で正直な印象を、あちこちで受けたのである。こういう人たちの中で働くのであれば、会社勤めも苦にならないのではないか。そう思ったのをおぼえている。ヨーロッパに生まれなくて残念だったと、つくづく思ったものである。五番街ですれちがうビジネスマンから宿の近くのコンビニの店員、メトロポリタン・オペラの客に至るまで、ニューヨーカーから受けた印象は、気取りのなさと、あの大都会にしては意外な温かさやナイーブさだった。都会人の孤独をよく知っているからこそ、他人の孤独さへの想像力もまた豊かなのではないか、などと思ったりした。ニューヨークを舞台にした映画はたくさんあるが、こうしたニューヨーカーの独特の温かさが、たとえば「ゴースト/ニューヨークの幻」などでも意図せずに表れているような気がするし、ああいった映画のいくつかを思い出したりもした。自己主張しないと「いないもの」と扱われてしまう辛さはあるかもしれないが、日本のように無能な人間がコネ入社で高給をとったりすることは考えられない。このフェアさ、潔さがニューヨークなのだと思わずにいられない。いままで訪れた大都会で懐かしさを感じるところはない。ソウルやバンコクは活気はあってもとりとめがない。ベルリンやウィーンは人が暗いし街自体が重苦しい。パリは美しいがよそよそしい。しかしニューヨークには懐かしさを感じるから不思議だ。ニューヨーカーがいまこの瞬間もあの喧騒の中でよく稼ぎ、よく遊んでいるかと思うと、何かそれがとてもいじらしいことのように思えて嬉しく、そして癒されるような懐かしさを覚えるのだ。いつかまたニューヨークの風に吹かれに行こう。
November 5, 2004
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「知り合いが何人も亡くなりました。それ以来、あそこに行くことができなくて、2年以上たってやっと行けるようになりました」アパートの中間大家であるN君は悲しそうな顔をしてこう語った。ジュリアード音楽院出身のピアニストである彼はWTCのラウンジでピアノを弾いていたそうで、9・11も夜にはそこでピアノを弾く予定だったそうだ。アメリカの110番に相当するのが911番である。9・11の同時多発テロは、この番号にひっかけたものだったのだろうか。そうだとすれば人を食った話だ。名所旧跡に興味のないぼくも、崩壊したWTCの跡地だけは見たいと思った。なにしろ、アメリカとイスラム原理主義との戦争の激突点だからである。ウォール街やFRBなども近いこの場所に立つと、ビンラディンが狙ったのは世界の金融システムそのものであることが実感される。ビンラディンとアルカイダはかなりの知恵者であり、したたかであることがわかる。ワンパターンな突撃で精鋭部隊の犬死ばかり繰り返した旧日本軍とは比較にならない相手だという気がしてくる。ニューヨーク証券取引所の警戒は厳重で、機関銃を持った兵士がいた。
November 4, 2004
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マンハッタンに肥満の人は少なかった。数年前に比べても、ずいぶん減ったらしい。マンハッタンで見かける肥満の人は、ほとんどが地方からの観光客だという。街を歩けばいたるところに小規模なジムがあり、健康食品の店なども目につく。日本食などヘルシーな食事の人気も高く、「健康」や「ダイエット」はニューヨーカーの最大の関心事のようだ。人種のるつぼニューヨークでは、あらゆる国の料理が食べられると言っても過言ではない。滞在したアパートの周辺でも、見かけなかったのはロシア料理屋くらいだ。『地球の歩き方』などには、本国よりおいしい店も多いなどと訳知りなことを書いている。だから、期待していないわけではなかった。しかし。どんな国の料理も、アメリカナイズされているようなのだった。味付けは大ざっぱで、量が多い。いちばん目につくのはイタリア料理屋だが、アメリカ在住5年のNくんによると「ニューヨークのほとんどのイタリアン・レストランはマズイ」とのことなので、他の国の料理にしても推して知るべしであろう。マンハッタンにはいたるところにデリがある。不足しがちな野菜サラダやフルーツなどを気軽に食べることができ、旅行者にはとりわけ便利だ。しかし、そのデリにもさほどおいしいと思えるものはなかった。こうした現象には、アメリカ文化の根本的な問題が潜んでいるように思う。料理の味のほとんどは、素材で決まる。素材のよさに寄り添いつつそのおいしさを引き出すのが上手な料理である。しかし、アメリカの料理は、どんな種類のものであれ、素材の持ち味に配慮することが少ないと思う。素材を力でねじ伏せるように味付けがされていると感じることがほとんどなのだ。たとえ薄味であっても、「強引な薄味」に味付けされていると感じてしまう。「力でねじ伏せるアメリカ」を常に感じてしまうのだ。イタリアを1ヶ月旅して日本に帰ったあとは、日本の食べ物がまずく感じられてしかたなかった。ニューヨークに1週間滞在して日本に帰ってみると「日本はなんて食べ物のおいしいところなのだろう」と感動する。ニューヨークでしか味わうことができなくて、しかもおいしいもののひとつはブルックリンにある地ビール屋が作っているビール。主力の「ラガー」はマズイが、「ピルスナー」がすばらしい。マンハッタンには吉野家がある。あと1週間ニューヨークにいたら、必ずや訪れていたにちがいない。
November 3, 2004
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そこは宇宙空間だった。たしかに地球も宇宙でありその一部である。しかし、ふだんは地球が宇宙であると意識することはない。右隣では、金融工学を専攻したO君と大竹愼一が、減税とドル相場の関係について先鋭な議論を繰り広げている。左隣では、年商数百億のゼネコンのCEOとCFO(夫婦)が会社の内部で発生した不正についてグチっている。宇宙空間だというのに、ドロくさいというか、ロマンのかけらもない日本語が飛び交っていて興をそぐ(笑)世界でニューヨークにしかなくて、しかも美しいもの。それはマンハッタンの夜景ではないだろうか。アパートの中間家主であるN君も、崩壊したWTCのラウンジからマンハッタンの夜景を見たとき、その威厳と美しさに感動して涙を流したという。大竹愼一ニューヨークセミナー「経営・投資の座」の会場となったのは、1番街のビルの26階にあるレストラン。上から見下ろす夜景とちがって、マンハッタンの夜景の中に自分の体が浮遊しているような、さらに言えばマンハッタンを舞台にした映画の主人公になったような気がしてくる場所だ。強烈だった時差ボケ、ランチからずっと続くアルコールのせいもあったかもしれない。野暮な日本語は素通りして、摩天楼の夜景という宇宙空間そのもの以上に宇宙空間を思わせるところを遊泳しているような錯覚に陥ったのだった。要するに、マンハッタンの夜景にハマッタンのである。
November 2, 2004
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人種のるつぼニューヨークでも、ひときわ印象に残ったのが中国人。以前から中国人にはあまりいい印象を持っていなかったが、それが決定的になったかもしれない。シティバンクニューヨークの女性二人も中国人で、彼女たちはソフィスティケイトされた人たちだったが、スチュワーデスからチャイナタウンのウェイター、J・F・ケネディ空港にうどんとお寿司の店を出している連中に至るまで、「人間というより爬虫類に分類すべきではないか」と感じた。以前、グアテマラのレストランで、そこの女性経営者の態度に唖然としたことがあり、「中国人に人間性を期待してはいけない」と思った。しかし、どうもその女性経営者と同じようなひからびたメンタリティを、ほとんどの中国人が持っているような気がした。デリカシーとかサービス精神とかナイーブさとか純粋さとかロマンティシズムといった言葉は中国人の辞書には存在しないのではないか。坊主憎けりゃケサまで憎い。もう中華料理さえ食べたくない。大江健三郎は「中国は世界のがん」と言っているが、中国起源のものは、超美人の中国女性以外、排除したい。とはいっても、漢字だけは使わざるをえないのが辛いところ。ほかに代替できるものがあるのであれば、中国にかかわるもの・人・事はいっさいお断り。親切で温かみのあるニューヨーカーと比較してしまうので少し分は悪いかもしれないが、損得のみが価値基準で人生とカネがイコールだと考えている中国人は、ほんとうに世界のがんかもしれない。
November 1, 2004
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