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この何年か、特に民主党が政権をとった2009年ごろから日本社会全体の右傾化を強く感じるようになった。周囲でも、在日外国人に参政権を与えるのはよくないとか、そういうことをいままで政治に何の関心もなかったような人が口にするようになった。右翼といえば特攻服の街宣右翼と相場が決まっていたが、若者や女性の参加も目立つ「在特会」のような団体の活動も活発化してきた。竹島や尖閣列島の所有権問題が起きると、少し前まで中国や韓国に対して好感を持っていた人まで「在特会」と同じような主張をするようになった。いわく、南京大虐殺はなかった、従軍慰安婦は捏造された、強制連行はなかった・・・・非正規社員にしかなれず将来に展望の持てない若者が民族排外主義に走るのは普遍的な現象である。また、日本は中国や韓国とちがってきちんとした歴史教育をしていない。日本が韓国を文明化したかのような荒唐無稽な主張がまかり通っているのは、日本の植民地主義と侵略戦争をきちんと教えてこなかった教育に責任の過半があるが、こういう歴史意識のない軽薄な連中とは縁を切ればそれで済む。一方で、無罪が確定した小沢事件、大阪地検特捜部主任検事証拠改ざんにより無実の罪で収監された村木厚子事件など検察と警察の横暴は目にあまるものがある。特に2011年5月20日に東京高裁で行われた大弾圧はすさまじい。仮執行の停止を求める弁護団に会おうとしない裁判長に抗議しようとした三里塚空港反対同盟とその支援者に機動隊が突然襲いかかり、89歳の北原鉱治事務局長はじめ50名を逮捕した事件である。何の法的根拠もない逮捕であり、50名全員は無罪で奪還されたが、原告団団長の超高齢の女性をさえ逮捕しようとした無茶苦茶な弾圧だった。こうした右傾化と警察国家化に対しては闘わなくてはならない。そのために何が最も有効か、しばらく考えていた。一つは全国住民運動、反公害闘争の頂点であり結節点である三里塚空港反対闘争を支えることである。成田空港は、閣議決定から47年たったいまも当初計画の半分しか作られていない。反対同盟を中心とした勢力が実力で阻止してきたからだ。11月28日の横堀団結小屋破壊阻止闘争に参加したのも、三里塚闘争の再々度の高揚を願ってのことだ。もう一つは労働運動に対する攻撃に反撃することだ。いま強まっているのは、都市雑業に従事する路上生活者に対する排除攻撃である。公園のベンチを改変したり花壇を作って寝られないようにする陰湿なやり方から、堅川河川敷などに見られるような話し合いを無視した強権的な排除まで、行政と警察が一体となった弱者排除が行われている。資本主義社会の矛盾は、日雇い労働者やホームレス、障害者や病者、被差別部落民やアイヌ民族、ブラジルからの出稼ぎ移民二世といった底辺の弱者に集中する。資本主義の矛盾が高まる中では、ナチスドイツがそうであったように、こうした弱者への差別を媒介にナショナリズム、排外主義がかたち作られていく。昨年、はじめて釜ヶ崎を訪れてみたが、山谷・寿・笹島にも行って、まず現場の人たちに会って話をきいた上で何ができるかを考えたいと思っている。もう一つは学生運動である。学生は、いつの時代にも最も先鋭に社会の矛盾を暴き、そしてその最前衛で闘ってきた。60年安保でもベトナム反戦運動でも、学生が身を挺して闘ったからこそ労働者や市民も立ち上がっていった。国家権力が最もおそれるのが学生運動の再興だろう。そうであるならば、学生運動の復興と復権のために協力するのが最も意義がある。こう考えて調べてみた。それでわかったのは、法政大学で2006年3月14日以来、のべ118名の逮捕者と33名の起訴者を出すという大弾圧が行われる一方、法政文化連盟を中心とする学生運動が力強く広がっているという事実。2012年5月31日には東大ポポロ座事件以来という暴処法による起訴を粉砕して無罪を勝ちとっている。起訴されたら有罪率が99.9%の日本の刑事裁判での無罪判決は、この逮捕と起訴がいかにでたらめなものだったかを示している。言ってみれば、正義は彼らの側にあるということだ。正義の味方であるわたしは、彼らを支援することにした。しかし法政大学といえば昔から中核派の拠点校。「無罪戦士」たちがセクト主義者かどうか確かめる機会をうかがっていた。ネイキッドロフト(新宿)で無罪戦士のひとり恩田亮主催の「全日本無罪祭」があるというので東京滞在を一日のばして行ってみることにした。この恩田亮こそ、最初に注目した人物。暴走族あがりのヤクザのような容姿容貌がイカしている。デモではいつも黒ヘルをかぶっている増井真琴、何ともイキのいいアジテーションが愉快な斉藤郁真(全学連委員長)もYOUTUBEで見て知っていた。当日の模様は日刊サイゾーでレポートされている。内容はこのレポートにあるように盛り沢山だったが、最初に上映されたドキュメンタリー映画には驚いた。ビラまきや立て看の自由さえない現在の大学の姿、そうした活動を行う学生を警察に売り渡して恥じない腐敗した大学人たちには心底腹が立つ。当事者たちに迷惑がかかるのでなければ、ひとりまたひとりと闇討ちにするところだ。サイゾーのレポートに付け加えるとするなら、今回、法政文化連盟の新委員長になった武田ゆひまるは、委員長にふさわしい人物という印象を持った。こういう催しには、左翼・新左翼くずれの「人間のクズ」が必ず何人か来るものである。この日も、やはりそういう人物が登場しピントはずれの質問をしまくったのだが、それに対する武田ゆひまるの対応・回答は正面から問題の本質をえぐりだした見事なものだった。わたしの学生時代、学生活動家というと党派の機関紙に書いてあるのと同じことしか言えないような人間が多かった。自分の言葉で何かを語ることのできる人間はほとんどいなかったと言ってもいい。しかし武田ゆひまるをはじめ、この日のパネラーにそういう人間はひとりもいなかった。仮に彼らのうち何人かが中核派でも、ありえないことだが全員が中核派だとしても、彼らは信頼できるし、少なくとも彼らの大学に対する闘いはあまりにも当然なことばかりなので支援していきたい。武田ゆひまるはささいなことで無期停学になった。この処分に対しては裁判闘争を行うというので、ぜひ支援していきたいと思っている。「優しいエセサヨク」島田雅彦をツイッター上で糾弾するなど、さっそく活動を開始したところだ。彼らのような立派な若者は、全共闘の時代にもいなかった。青春、若さのすばらしさを胸一杯に呼吸できた催しだった。左から恩田亮、斉藤郁真、菅谷圭祐(ゆとり全共闘)、早見慶子(元戦旗派)左から斉藤郁真、黒猫菊花(中核派全学連)、武田雄飛丸左端が恩田亮、白衣に黒ヘルが増井真琴、増井のすぐ後ろに黒猫菊花が少し見える。横断幕の中央が武田雄飛丸
December 17, 2012
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16日はうってかわって雲一つない晴天。NHK交響楽団のコンサートに行く予定をとりやめ、日比谷公園を主会場とする「脱原発世界会議2」に参加することにした。「脱原発世界会議2」そのものは、東商ホールとイイノホールで開かれた国際市民会議。「原子力を規制する」「チェルノブイリから学ぶ」「脱原発社会の作り方」という3つのテーマで9つの会議が開かれた。会議の内容は近日中にYOUTUBEなどで視聴できるようになるという。ソーラーステージでは「渋さ知らずオーケストラ」と「佐藤タイジ」のコンサート。PAをつかうコンサートには行かないことにしている。なぜなら、音が汚いからだ。しかし、このPAは透明なすっきりした音がする。大きな音でなくても遠くへ届く、そんな音だ。ふと見ると、パネルがあり太陽光発電で電気をまかなっている。オーディオマニアで電源にお金をかける人は多いが、自家発電にはこんなメリットもあるのかと驚いた。「市民ひろば」にはさまざま団体、ショップが出展(出店)している。フードとドリンク(11店)以外に37のテントがあり、見て歩いて少し質問したりするだけで軽く数時間は過ぎてしまう。しかもワークショップテントと屋外ステージではたくさんの催しが行われている。迷ったが、できるだけ現場の声をききたいと思い、「ピースボート災害ボランティアセンター」の山本隆氏の講演「石巻で起きているすごいこと」、ナマケモノ倶楽部の辻信一氏の司会による写真家の亀山のの子氏と福島の二本松市で農業を営んでいる廣田拓也氏の鼎談、「福島20キロ圏内とジャーナリズム」と題する写真家の谷内俊文氏の講演の3つに参加してみた。最近の石巻で起きているのは、仮設住宅のコミュニティの突然の崩壊。移住などが決まったとき、周囲に言うことができず、コミュニティの中心だった人が夜逃げのようにいなくなってしまうという。面白いと思ったのは漁業のボランティアを募集していること。給料は払えないが、衣食住の提供はしてくれるという。失業保険をもらっているような人はこういうボランティアで社会経験を積むと人間の幅が広がる。カキの養殖など、仕事自体はそれほど難しくないようだ。ピースボートはすでに18000人のボランティアを派遣しているというから大したものだ。亀山のの子氏と廣田拓也氏の鼎談では、「若さ」のすばらしさが印象に残った。亀山氏は「100人の母たち」という写真集を出し、廣田氏は「たなつものブランド」という主に食用油のブランドを作っている。原発事故によるチェルノブイリ超えの放射能汚染という厳しい現実にめげず、むしろそれをバネに表現活動や企業活動を繰り広げている。どちらも30代なかばと見たが、デモや集会だけでない脱原発運動の可能性についても考えさせられた。しかし圧巻だったのは谷内俊文氏の講演。最初に放射能被爆と逮捕の危険をおかして福島第一原発に肉薄し撮った写真をプロジェクターで紹介。次に商業写真ばかり撮っていた彼が原発20キロ圏の写真を撮ろうとした動機、立ち入り禁止区域に入ったことで起訴目前という現在の状況などが語られ、「谷内俊文を支援する会」代表の若林希和氏からも支援要請のアピールがあった。社会的な問題意識などまったくなかった写真家が、理不尽ともいえる国家権力の弾圧によって逆に国家の本質にめざめ、裁判闘争を闘う決意を固めるまでに至った経緯には説得力があった。福島第一原発とその周辺がどうなっているかを隠蔽したい国家意思がそこにはある。さらに語られたのは安部自民党政権がたくらむ「秘密保全法」の危険性について。この法律が施行されたら戦前と同様の言論弾圧が可能になるという。警察に見つかるので夜間に徒歩で移動。まるでゲリラだが、機会があればその「行軍」の話を細かくきいてみたいと思ったし、写真家たちの行動力には圧倒される。「楽と餌に人集まる」(孔子)という。シンポジウムや講演だけでなく、コンサートや飲食ブースだけでもない。脱原発を軸にするにしても、こうした催しが日常的かつ継続的に行われるようにいろいろな団体・個人が協力するといいと思うが、そうした点で「お手本」となるようなイベントだった。
December 16, 2012
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12月15日と16日の両日、日比谷公園を主会場に「脱原発世界会議2」が開かれた。公園でのコンサート、野外音楽堂での集会とデモ、テントでのワークショップ、室内会場でのシンポジウムや講演など、同じ時間にいくつもの催しが重なる同時多発イベント。全部に参加したいくらいの盛り沢山のイベントだった。15日はあいにくの雨。そこで野外企画はあきらめ、時間の都合もあったので「さようなら原発世界大集会」と「脱原発世界大行進2」に参加することにした。人の集まりが悪い。横浜で開かれた第1回では1万5千人以上集まったらしいが、この日の集会には1600人。「原子力安全に関する福島閣僚会議」が郡山で開かれ、この会議に抗議する人たちは郡山に行ったせいもあるが、やはり寒さと悪天が大きい。この手の東京の集会に参加したことがなかったので行ったが、そうでなければ遠慮していたかもしれない。ただこうした悪条件の中での参加者は、どんなことがあっても原発に反対し続ける、気骨ある人たちであることは間違いない。そういう人がひとりでも多いほど、国家権力はおそれるものだ。ひとりの参加が権力への打撃になる。そう考えた。集会では呼びかけ人のひとり80代の澤地久枝さんのスピーチが印象的だった。80年生きてきて、いまが最悪の政治であり世の中だという。ルポライターの鎌田慧の訴えも力強いものだった。JAが脱原発決議をあげるなど、いままでになく脱原発の動きは広がっている。諦めないことが負けないことなのだ。それにしてもカッパをもってきてよかった。横なぐりの雨は傘では防ぎきれない。アウトドアの経験はこんなときに役にたつ。1時間ちょっとの集会のあと、デモ行進に出発。しかし警察の規制がきつく、たった1600人が集会場から外に出るだけで1時間近くかかる。いくつもの梯団に分断され、交通のじゃまにならないようにと5列歩行を強制される。交通のじゃまをして世間の注目をひくのがデモの目的なのに、これではデモの意味が半減してしまう。フランスで農民のトラクターデモに遭遇したことがあった。トラクターを道路の中央に何台もとめ、道路にショベル部分を差し込み、テコでも動かないようにした中を何百台ものトラクターが行進するさまは見物だった。近くにいた公安警察にこれは何かきいたら「シューペロ」と言ったが、憔悴しきっていた。運動をさらに盛り上げ、首都圏の交通を完全に麻痺させるようなデモで「どちらの立場に立つのか」を市民に問いかけていかなければならない。勘違いしている人が多いのだが、デモは政治的主張をかかげて賛同者を獲得するためのものではない。ベトナム戦争があったような時代は別として、デモは飛び入りの参加者を獲得するためのものではなく、ストライキやバリケードと同じように、利用者や当事者に、あえていば「迷惑をかける」ことでどちらの立場をとるかを選択させることである。要するに敵味方をはっきりさせるためのものであり、中間的立場を排除するためのものなのだ。非暴力直接行動はいいが、ダイインやフランスデモのようなことをやらなければ、こうした目的は果たせない。地方都市だとふつうのデモそれ自体が「迷惑行為」になるのでいいが、日比谷公園を出発するようなデモだとそうならないのが問題なのだ。これなら新宿や銀座、新橋や池袋といった2車線しかないような道路で同時多発的なデモを繰り広げた方が効果がある。驚いたのは、中核派の「前進」を売っているそのすぐ前で「首都圏学生ネットワーク」と称する革マル派がビラ配りをしていたこと。両派の「手打ち」はほんとうらしいが、脱原発運動を自派の勢力拡大のためだけに利用する宗派集団に対しては最大限の注意を払っていかなければならない。
December 15, 2012
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地方公演やオペラは最近も聴いたが、都響の定期演奏会を聴くのは34年ぶり。岩城宏之は一度だけウィーン・フィル定期を指揮したことがあるが、その直前の演奏会で、曲目はストラヴィンスキーのバレエ三部作だった。岩城がすべて暗譜で指揮したこと、オーケストラの音がひどく汚かったのをおぼえている。それ以来、都響は敬遠してきたが、メンバーも入れ替わったことだろうし、34年前の「罪」をゆるしてやろうという気になった。プログラムはチェコの若手指揮者ヤクブ・フルシャによるハンガリー音楽特集。前半はゲルハルト・オピッツのピアノでバルトークのピアノ協奏曲第2番。このオピッツのピアノがバルトークには不向き。ベテランらしい味わいがあり流麗だが、バルトークの音楽の原始性のようなものは感じられず、ピアノが打楽器的に使われるところも美しく演奏されてしまっていた。結局、緩徐楽章での弱音器をつけた弦楽器のハーモニーの美しさだけが印象に残る程度。オピッツに執拗なブーイングを浴びせる観客がいたが、気持ちはわかる。後半はコダーイの「ガランタ舞曲」とバルトークのバレエ音楽「中国の不思議な役人」。これは優れた演奏だった。どちらの曲でも緩急の呼吸が自然で、ゴツゴツした手ざわりの音楽が乱暴にならず品格を保つ。攻撃的というかエッジの立った鋭角的な演奏が続いた。もちろん若さゆえの呼吸の浅さは感じられるが、それよりは若さゆえの勢いを買いたい。フルシャはチェコのオーケストラとの来日公演でチェコもの、今回はハンガリーものを聴いたが、ベートーヴェンやブラームスでどんな音楽を作るのか、機会があれば聴いてみたいと思わせた。サントリーホール。
December 15, 2012
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今回の東京旅行の最大の目的は高橋悠治の二曲の新作初演を聴くことだった。もちろんその新作二作も興味深い体験だったが、再演となる小熊秀雄原作の「めをとうし」に驚愕させられた。2007年11月に聴いた(観た)ときには、この曲がこれほどまでに「すごい」作品だとは気がつかなかった。何事も一度の印象で判断するのは危険ということだが、初演から歳月を経て、演技や表情の簡素化が逆に表現の豊かさに結びついたせいもあったにちがいない。死という概念を初めて知ったのは小学校入学以前、弟の年齢から逆算すると4歳のころだったのを覚えている。父や母がいつか死んでしまうということを知って、その恐ろしさ悲しさに身がふるえた。その時の天井の節目模様を今でもくっきりとおぼえているが、もし何か事故が起きて家族の誰かひとりしか助けられないとしたら誰を助けたらいいか、泣きべそをかきながら真剣にかんがえたものだ。「めをとうし」は死というものを知らない老いた、仲のいい牛の夫婦の物語。屠殺場で殺され、祭り太鼓の皮になり、それも破れてついにあの世へと旅立つ。先にばあさん牛が殺されるが、その血まみれの姿を見て「きれいな着物だ」とよろこぶじいさん牛。太鼓の皮にされてからの夫婦の会話には、残酷なユーモアと純粋な愛が交錯していくが、死という概念をもたない生き物こそが愛を知り、死を知っている生き物は愛を知らないというふうにも読める。反人間主義というか、人間中心主義の根源的批判が繰り広げられているようにも思えてくる。無垢な心、純真さの極北が描かれる。断言するが、言葉と音楽によって作られた舞台作品をオペラと呼ぶなら、この作品はオペラの最高傑作である。「最後のオペラ」と言ってもいい。この作品、ピアノ一台の簡素な音楽、スライド映写と歌手ひとりというミニマムな「オペラ」は、過去のオペラの存在意義の過半を失わせしめ、グランド・オペラが単なる消費文化の徒花でしかないことを先鋭に突きだしたといえる。この作品はCDにもなっているが、やはり音だけではこの作品のすごさはつたわりにくい。小さなホールでの演者の至近距離での鑑賞がのぞましい。前半は今回が初演となる宮沢賢治「水仙月の四日」と古典落語「芝浜」。ヴァイオリンの古澤巌とチェロの大藤桂子が加わっていた。歌手が白いスーツ姿で登場する「水仙月の四日」と落語の「芝浜」は、基本的には語りが中心。「水仙月の四日」では地の文は原則として語りで、会話や語りの部分が歌(というか抑揚のあるフレーズ)になっている。語りの部分が早口の上、楽器がかぶさると聞きとりにくいところもあり、字幕があったらと思う。ただ、宮澤賢治(に限らないが)の童話をこうした「音楽作品」にする試みには可能性の沃土を感じる。「芝浜」は文句なく楽しめた。落語につきものの日本的なアカを洗い流した透明な世界から、夫婦愛や拝金思想に負けない庶民のけなげさが浮かびあがってくる。「めをとうし」もそうだが、対話で作られた物語が「オペラひとりっ切り」には相性がいいようだ。定員339名の渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホールは満席。新作2作は2013年10月25日に茅野市民館で再演されるという。
December 15, 2012
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東京混声合唱団、略して東混の夏の北海道公演がすばらしかったので東京まで定期演奏会を聴きにきた。伊藤翔という若い指揮者のコンダクター・イン・レジデンス就任記念。プログラムはすべて未知の曲。しかも委嘱新作の初演もあるという。札響は日本の若い指揮者を定期演奏会にあまり登用しない。だから若手指揮者を知るにはこういう機会をとらえるしかない。その伊藤翔という指揮者は1982年生まれだから30歳になったばかり。2011年のヴィトルド・ルトスワフスキ国際指揮者コンクールで2位になった人。東京シティ・フィルや神奈川フィルと関係の深い人らしい。閃きのようなものは感じなかったが、手堅く端正でバランスのよい音楽を作る。謙虚だが思い切りのよい一面もある。期待してよい指揮者だと思う。プログラムはすべて無伴奏。前半はイギリス近代。イギリスの合唱音楽には魅力的な作品が多い。アイルランドやスコットランドの美しい民謡の数々を思えば当然だが、日本ではほとんど演奏されない。一曲目のスタンフォード「青い鳥」は美しいメロディラインといかにもイギリス的なハーモニーが魅力的な佳作。「8つのパートソング」の第3曲とのことだが、他の7曲もぜひきいてみたいと思わせた。いずれも10分程度のブリテン「5つの花」、ヴォーン・ウィリアムズの「シェイクスピアの詩による3つの歌」は、小品ながら大作曲家の独創性が感じられる曲。特にブリテン作品のユーモアと構成力には舌を巻く。芸術作品として格が一段上という印象。後半は委嘱作品の初演を含む池辺晋一郎の合唱曲4曲。30年以上前にやはりこの東京文化会館小ホールで東混の定期をきいたときも、プログラムに池辺晋一郎の作品があった。よほどこの団体と関係の深い作曲家なのだろう。この日演奏された4作のうち3作が東混の委嘱作。プロ合唱団としての経営には並大抵ではない困難がともなうと思うが、その中にあっての新しい音楽の創造への貢献は高く評価されるべきだ。1970年の相聞1と2は、かなり実験的な書法で書かれているようでいて、いまとなっては柔らかな叙情性さえ感じさせる。2005年の相聞3、小池昌代の詩による新作「窓の声、光の声」はもちろん円熟味と叙情性が格段と深まっているが、実験的な書法の初期作でも、この作曲家が本質的に抒情とドラマの人であることがわかる。後半では作曲者自らが自作について語ったが、得意のギャグは健在。現在は8番と9番の交響曲を同時に作曲しているそうだが、ハチクの勢いで作曲しなければいけない、というギャグは爆笑を誘った。しかし彼の作品は多面的ではあるもののごった煮に感じられることが多く、深い体験として残らない。多様式主義というより折衷的に感じてしまう。1970年代のホープだった水野修孝、三枝成彰、そしてこの池辺晋一郎といったひとたちに共通するのは職人技であり、それ以上でも以下でもない。アカデミズムの補完物で終わりかねないというか終わりつつあるのは彼らの才能に照らすとき惜しい。12月14日、東京文化会館小ホール。
December 14, 2012
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主義とか思想といったものほど凋落した価値はない。思想とか思想的にとかいった言葉はいまや否定的な意味でしかつかわれなくなった。しかし人間は思想なしで生きてはいない。自覚していないだけで、誰でもがある特定の思想を選び取って生きている。たとえば儒教思想。これはいまでも韓国や台湾では根強いが、日本でも西や南へ行くほど強くなる。つまり韓国や台湾に近いほど思想的にも近い。北海道には戸籍を無視して生きている人間も多いが、青森以南では皆無だ。思想という言葉が否定的な響きをもつようになったのは、思想といえばファシズムや共産主義を連想させるものになってしまったからだろう。しかし人間は思想なしでは生きていけないし、現に生きていない。日本人にはまわりと同じように生きることを選択している人が多いが、それも世間一般の常識的な価値観を自分の思想にしているだけだ。こういう人は、軍国主義の世の中になったら女なら銃後の母、男なら皇国兵士になるにちがいない。さて、広大な森に迷いこんだときは、どうすればいいだろうか。地図もコンパスもなければ、解決策はただ一つ。一つの方角を定めてその方向にのみ歩き続けることである。たとえその方角が間違っていたとしても、そうするのが唯一の正しいサバイバル術だ。思想は、このとき選択した「方角」のようなものだ。人生を森のようなものだとすると、前に進むためにはどの方向へ行くかを決めなければならない。そのツールとなるのが思想であり、思想なしで人生は前に進まない。わたしにとって自覚的に選びとった最初の思想はイギリスのジョン・ロックのそれだった。たまたま高校の倫理・社会の授業で研究発表を行わなくてはならなくなり、いろいろ読んで調べてみて、そのとき最もしっくりときたのがロックの思想だったのである。国家に対する個人の優越を説き、個人は、個人に対して国家が害悪であるときはそれを変更する権利、革命権や抵抗権を自然権として持っていると説き、アメリカ独立やフランス革命に大きな影響を与えたが、民主主義の三権分立論はロックがその祖と言ってもいい。もう少し成長して人間の内面というか実存に関わる問題に関心が高まったとき、共感したのはインド哲学だった。インド哲学で強調されるのは「真理」である。真理という言葉もかのカルト宗教によってずいぶん価値を下げてしまったが、理屈だけでなく体験を重視するその思想には西洋の哲学とは根本的に異なる意義があると、いまでも思っている。もう少し成長したときに強く共感したのは社会主義や共産主義である。1970年代、少しでも知的な人たちの間ではそれは当然の前提だった。ソ連や中国についてはそのころから批判していた人がほとんどだったが、社会主義や共産主義がダメなのではなく、どのような社会主義や共産主義がいいのか、と考える人が多かった。貧乏人や弱者は助けあって生きよう。縮めていえば、社会主義や共産主義とはそういう思想だ。まともな人間なら選びとって当然だ。しかしあらゆる自由を抑圧する現実の共産主義国や、共産主義を標榜する団体の独善性に気がついた人たちは、共産主義思想そのものに欠陥を見いだした。ナニ主義であれ、集団や国家を個人の上におくような思想はダメだ。そこで注目したのは、フーリエやサン=シモンといった、マルクスが「空想的社会主義」と批判した思想的潮流である。この思想は生活協同組合運動やフェアトレード運動として現在でも世界中に一定の現実的な影響力をもっている。しかし有機農産物の産直運動がどれだけ広がってもこの世界の矛盾を解決はしない。「ひとりが万人のために、万人がひとりのために」といった協同組合運動の理想は美しいが、生まれつきの悪人もいるし、人間とは基本的に利己的な生物である。そのエゴイズムはどんな理想、どんな運動、どんな文化や芸術をもってしても消すことはできない。国家の存在を前提に、その国家を社会福祉的なものにしていこうというのが社会主義、共産主義であり、しかしそれは独裁を生むだけだから国家そのものを解体すべきだというのが無政府共産主義、いわゆるアナーキズムである。一方で、国家をできるだけ最小化していきその延長での無政府状態を目指す思想もある。それがリバタリアニズムであり、それを唱える人間をリバタリアンというが、こうして長い時間と社会的経験、さまざまな思想の検討を経て「いま現在の段階で」相対的に最も正しいと思っているのがこの思想だ。資本家と労働者への階級分化が問題なら、すべての人が資本家になる社会になればいい。経済は市場にまかせるのが最も効率的であることは議論の余地なく証明されている。政府を最小化し、さらには無化することもできるのではないだろうか。無政府資本主義、アナルコ・キャピタリズムを唱える人たちがいるのを最近知ったが、リバタリアニズムは限りなくこれに近い。そう思って、この分野の本を読みたいと思っていたときに出会ったのがこの本。著者は法学から経済学に転じた1967年生まれの人。自分を「リバタリアン」だと宣言しているが、リバタリアニズムの押しつけはなく、豊富な猟書体験を背景にハイエクからフリードマンにいたるリバタリアニズムのポイントを要領よく解説するだけでなく、プルードンや大杉栄などリバタリアンとかなり共通部分があるアナーキストに対する言及もあり、視野は狭くない。一方、医療や公的年金、農業ナショナリズムといった問題には正面からリバタリアンとしての切り口から明快に自説を主張していく。ヒト、モノ、カネが自由に往来し、個人の自由が他者の権利を侵さない限り最大限に許容される社会。「少しだけアナルコ・キャピタリスト」であるという著者は、夜警国家から無政府にいたる道は断崖絶壁のように閉ざされていると指摘する。この視点は非常に重要であり、この断崖絶壁をどうするかが、たとえばマルクスが説いた「国家の廃絶」とも共通する。テーマと扱っている内容の豊富さから、新書であることもあって薄さを感じる部分も多いが、所属する国家を自動車保険の会社を選ぶように選んで変えていけるような未来を展望するといった目からウロコが落ちるような提案もある。思想が人生の森をわたりきるためのツールだとするなら、「リバタリアニズム」はそのもっとも強力なツールのひとつではないだろうか。
December 13, 2012
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2012年は比較的たくさんの映画を観た。映画館で観た映画は例年の50本を超えて80本くらいになるかもしれない。その中でも印象に残った映画の多くはドキュメンタリー映画だった。そのドキュメンタリー映画の中でも最も感銘を受けたのがこの映画。世の中には個人的にはなんの得にもならないことに、真相究明と犯罪防止という観点から文字どおり身を挺してとりくんでいる人がいる。それを知るだけで勇気づけられる。その人の豊かな人間性とその人間性に裏打ちされた知性を目の当たりにして、ホンモノの知性とはこういうものだという見本を見せられた気がした。あらためて映像の威力を知ったが、FACEBOOKの「尊敬する人」の中にこの人を加えさせてもらうことにした。「その人」とは、日本で最も有名な弁護士である安田好弘さん。ファシスト弁護士にて政治家の橋下徹からテレビ番組で懲戒請求を呼びかけられた人、といえばわかる人も多いかもしれない。週刊誌などでこの人を揶揄する記事をひんぱんに目にしていたので、よほど立派な人に違いないと思っていたが、立派な人どころではなかった。制作は東海テレビとあるから元はテレビ番組だろうか。映画としての出来はものすごく優れているわけではない。しかし安田弁護士の中心的な活動と、その活動の意味や反省点を語る氏を映した97分の映像は、一弁護士の活動にとどまらず、日本の司法制度や弱者をバッシングするマスコミの根本的な問題点すらつきだしている。オウム事件の麻原、和歌山毒入りカレー事件の林真須美、名古屋女子大生誘拐殺人事件の木村修治、光市母子殺人事件の元少年、新宿西口バス放火事件の丸山博文といった重大事件の被告人弁護活動について取り上げられているが、徹底的に事実にこだわり、真相を究明しようとする姿に学ぶことは多い。緻密な調査によって地下鉄サリン事件は麻原の指示ではなかったこと、バス放火事件の犯人には全く殺意がなかったこと、毒カレー事件での最も重要な証拠が警察による捏造であり冤罪の可能性が高いことなどは、目からウロコがはがれ落ちる思いだった。死刑はなんの解決にもならない。個人的な復讐は擁護されるべきと考えているが、冤罪で無実の人を殺してしまう可能性があるだけでなく、犯罪に至った理由や過程のすべてを失わせてしまう。犯罪を犯した人間に、なぜそういうことをしてしまったか、そして二度とそういう犯罪を犯す人間を出さないようにするには何が大切かを考える材料も機会も失わせてしまう。極端にいえば、死刑制度があるからこそ凶悪犯罪がなくならないのだ。死刑存続派は法律家の中も多い。そういう人にこそ観てもらいたい映画だ。
December 12, 2012
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ベルリン古楽アカデミーの演奏会からの帰り道に強く思ったのは、もうコンサートに行くのはやめようということだ。それは、彼らの演奏がダメだったからではない。反対に、あまりにすばらしかったからだ。彼らの生命力のある演奏に比べられる演奏はほとんどない。ほとんどないのだから、この日得られた感動や音楽的感興を、もうくだらないコンサートで汚されたくないと思ってしまったのだ。札幌コンサートホール(キタラ)の館長は、大学でピアノを専攻したチェンバロ奏者であり、古楽に造詣がふかい。そのせいか、このホールの主催事業には、公的ホールには珍しく古楽関係の催しが組み込まれている。カルミニョーラとヴェニス・バロック、ゴルツとフライブルグ・バロック、オランダ・バッハ・アカデミー・・・かなり以前にはブリュッヘンと18世紀オーケストラが来たこともあるが、いずれも衝撃的な演奏会だった。旧東ベルリンで30年前に結成されたというベルリン古楽アカデミーは、公的援助をまったく受けずに寄付と公演収入だけで活動しているという。彼らの生き生きとした音楽の1%くらいはそのことが関係しているかもしれないが、決して大ホール向きではない彼らのような団体が命脈を保つことができる、その文化的な懐のふかさはヨーロッパならではだ。前半はテレマンの組曲「ミュゼット」でスタート。会場はガラガラだったので前から二番目の中央で聴いたが、それでも始まってしばらくはオリジナル楽器の「小さな音」に耳が慣れなかった。5分くらいたって、やっと聴覚が自発的に動くようになった。これは、ふだんから、いかにがさつな大きな音にさらされていて、受け身の聴取行為があたりまえになっていることを表している。オリジナル楽器アンサンブルの響きに比べると、ロックバンドはともかく、オーケストラでさえも、ニュアンスのない騒音発生器のようなものに感じられてくる。そうして「耳を澄まして」きくこのオーケストラが奏でるバロック音楽の、なんとリズミカルなこと。リズムとは音量の加減で作り出すものだということがわかる。それでも、前から二番目さえ、リュートの音は聞こえてもチェンバロの音は聞こえない。それほどまでにチェンバロの音はかそけくも小さい。こうした音楽では、チェンバロの役目はロックバンドにおけるドラムのようなものなのだろう。前半2曲目にバッハのヴァイオリン協奏曲第1番、後半の最後に二つのヴァイオリンのための協奏曲が演奏されたが、やはりこの2作の音楽の豊かさはテレマンやヴィヴァルディを圧倒している。演奏も、あちこちに独自の装飾音を入れたりと遊び心は隠さないが、やはりシリアスさで引き込んでいく。バッハのこれらの作品をきいたのはかれこれ35年ぶりだろうか。故江藤俊哉夫妻の、様式感のない甘ったるい演奏がずっと耳の奥に残っていた。清冽この上ないこの日の演奏をきいて、過去の忌まわしい演奏の記憶を払拭できた。前半の最後に置かれたヴィヴァルディの協奏曲第11番RV565、後半の2曲目に置かれたテレマンの「4つのヴァイオリンのための協奏曲」はおもしろいききものだった。どちらも、教会での演奏を考慮しているのだろうか、エコーの効果が上手に使われている。特に後者はヴァイオリン4本だけの編成で音が4人の間を自在に行き交うさまは現代の実験音楽のよう。これが2000人収容のホールでなく、200人くらいのホールだったらどんなにおもしろかったことかと思う。唯一不満だったのは後半の最初に演奏されたバッハのチェンバロ協奏曲第5番。チェンバロが(前から2列目でさえ)よく聞こえず、聞こえたと思ったらミスタッチだった、という感じ。この曲だけはテンポもやや弛緩気味(遅いという意味ではない)だったのは、チェンバロ奏者が演奏に必死で周囲とのコンタクトが不足していたせいのように思う。アンコールは2曲。アントニオ・ガルダーラのシンフォニー第12番の第3楽章と第4楽章、ヴィヴァルディのハ長調のコンチェルトから第3楽章。12月10日キタラ大ホール。同内容のコンサートは12日に東京のトッパンホールでも。
December 10, 2012
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日曜マチネは土曜マチネよりも観客は少なめ。演奏は常に二日目の方がいいものだし、一日目をきいていいと思ったら二日目にも行きたいと思うのが人情。東京のように複数の催しがだぶるということは札幌のばあいほとんどないのだから、二日目の方が入りが少ないというのは不思議。やはりこの日も中高生はまったくといっていいほど見かけない。空席があっていろいろ選択肢があったので、一階席最後列できいてみた。経験則では、この席は声楽が最も美しくきこえる。はずだったのだが、14型のオーケストラと大人数の合唱のため、音が歪んでひどかった。これが自分のオーディオなら故障をうたがうくらいのレヴェル。天井桟敷できくべきだったと後悔した。やはりこの曲のばあい、キタラホールならオーケストラは12型、合唱はオーケストラと同人数くらいで演奏されるべきではないだろうか。1万人とか2万人でこの曲を歌うといったプロジェクトもあるらしいが、それならオーケストラもそれくらいに、100型とか200型に増強すべきだろう。エリシュカのベートーヴェンの長所について考えてみた。まずあげられるのはテンポの適切さ。インテンポのようでいて、インテンポだと走っているようにきこえてしまう部分、逆に遅くなってしまうようにきこえる部分で、微妙にテンポを動かす。いちばんはっきりしていたのは第4楽章の行進曲ふうの部分の終わりから弦楽合奏を中心としたフーガに入る部分。いったんテンポを落としたあと早めることでこの部分の重要性を浮き立たせていたのには、こういうやり方もあるのかと舌を巻いた。合唱が「合唱のテーマ」をはじめて最初から歌う部分の直前1小節の力感をともなったリタルダンドにはしびれた。バーンスタインでさえあっさりやっているあの部分である。若い指揮者などがやるといかにも受けねらいときこえかねないが、まるで虚空から突然音楽が現れたかのような強烈な印象をのこした。この1小節のためだけにでもくる価値があった。歪んでしまってよくきこえなかったが、合唱は健闘していた。特に男声陣の熱演が目立った。声が割れる寸前、絶叫の一歩手前まで声を出していた人が多かったように思う。スケールが大きいというより密度の濃い響きになっていたのはそのせいだろうが、こうした合唱もまた東京の「第九」では決してきくことのできないものである。
December 9, 2012
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「東京のオーケストラ聞き比べ」を年末の第九でやってはどうかと思ったことがある。実際、3年前には読響の第九をきいてみた。感想は「ダメ。まったく意味がない」というものだった。何せ東京のオーケストラは年末には連日のように第九をやる。飽き飽きしているのだろう。ルーティンな演奏しかしない。1980年ごろ、小澤征爾指揮新日本フィルの年末の第九もきいたことがあるが似たようなものだった。それでしばらく「第九」は敬遠していた。1988年12月にサヴァリッシュ指揮バイエルン国立管弦楽団来日公演できいた第九は、サヴァリッシュはともかく、ソプラノのアンナ・トモア・シントウからバスのベルント・ヴァイクルまでの独唱陣、さらにはバイエルン国立歌劇場合唱団が見事で、「もうこれ以下のソリストや合唱ではききたくない」という出来だったから、「もう第九をきくのはやめよう」と思っていた。その方針を曲げたのは、札響首席客演指揮者のラドミェル・エリシュカが指揮するというから。年末に第九を演奏する習慣は、別によくも悪くもない。ただ定期的にこの曲が演奏される意義というのはある。それは、音楽に親しみはじめたばかりの中学生や高校生にとって、この曲が、たとえルーティンな演奏であったとしてもかけがえのない体験になるからだ。10代のころにこの曲をきいて音楽を志すようになった人間は有名な音楽家の中にも少なくない。しかしどうだろう。土曜マチネは満席に近い入りというのに中高生の姿はまったくなく、比較的年配の人ばかり。平均年齢は60歳を超えているのではないだろうか。エリシュカの指揮を見るために最前列中央。合唱や独唱はほとんどきこえず、オーケストラ、特に弦楽器の音がダイレクトにきこえる。そうした席できいて思ったのは、ベートーヴェンがこの曲の内声部にこめたパッションの激しさ。ビオラや第2バイオリンに、「こんな音型があったのか」と思うような破天荒なフレーズがあって驚いた。やはり漫然ときくのではなく、スコアを子細に読み込んでからコンサートに足を運ぶべきと思った。ウィーンではそういう音楽ファンを何人も見た。もう一つ気がついたのは、札響は東京のオーケストラとちがってルーティンでこの曲を演奏していないということ。年末でも2回しか演奏しないというせいもあるだろうが、音を大事にしているとでもいうしかない演奏態度が感じられる。札響の楽員が持っている「音と音楽に対する畏怖の念」を高く評価したのは40年前の武田明倫であり武満徹だったが、メンバーがすべて入れ替わった現在でも札響のそうした美点が残っている。エリシュカのベートーヴェンはひたすら正攻法。速めのテンポだが決して走ることはなく、引き締まった造型の辛口の音楽。かつてリハーサルまで見学してきいたやはりチェコの指揮者、ズデニェク・コシュラーの演奏を思い出したが、オーケストラは当時よりはるかに骨太な響きがしている。こうした点では満足したが、「第九」に10代の姿がないということはクラシック音楽には未来がないということだ。戦後教養主義の世代が死に絶える30年後には日本からクラシック音楽は消滅するにちがいない。
December 8, 2012
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「トリオ・リゾナーレ」はフルートの佐藤ゆきえ、オーボエの中山あや、ピアノの西藤亜美の3人が今年2月に結成したアンサンブルとのこと。大谷大学音楽科の同窓生という点が共通している。3人とも安定したテクニックを持っている。3人の中ではやや年長に見えるフルートの佐藤ゆきえがリーダーのようだが、ピアノのテンポ感がしっかりしているのでその上を管楽器が華麗に舞う曲(後半のジュナン「協奏的大二重奏曲」やゴーベール「タランテラ」)などはエンタテイメントとしても楽しめた。前半はクヴァンツの三重奏曲とシューマンの幻想小曲集(オーボエ・ソロ)、クーラウの三重奏曲というバロックとロマン派の作品が並べられたが、ここはバロック音楽でまとめてほしかった。ピアノという楽器は伴奏楽器としては最低で、音色がどんな楽器とも合わないからだ。チェンバロを使えないのなら、オーボエ・ソロやフルート・ソロの曲を持ってくるとか、無伴奏のデュオを並べることもできた。そうすれば記憶に残るコンサートになったと思うが、こうして書いておかなければ半年後にはこのコンサートに来たことは忘れている。記憶といえば、唯一記憶に残るほど印象的だったのがメシアンの「クロウタドリ」。フルートとピアノのためのこの曲の演奏は「間」の感覚の生きた優れたもの。最後のアーノルド「ブルジョア組曲」がすっかりかすんでしまうほどの印象。初めてのコンサートということで変化に富み盛り沢山だったが、むしろ特定の音楽に集中した方が記憶に残る。もしメシアンの曲がなかったら、ちょっと高尚なサロン音楽をつかの間楽しんだというだけで、翌日には忘れてしまったかもしれない。フルートの佐藤ゆきえという人は何年か前にリサイタルを聴いたことがあるが、しばらく見ないうちに成熟した音楽をやるようになった気がする。機会があればまた聴いてみようと思う。(ザ・ルーテルホール)
December 1, 2012
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