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咳がしつこい。考えたあげく、いったん自宅に帰ることにした。乗換NAVIで調べると、青森まで普通列車、函館まで特急、札幌まで高速バスが最も連絡がよく安いというのでそれにする。鹿角花輪6時16分発で12時前に函館、夕方には札幌に着く。風邪を完全に治して、クルマの回収のためにもう一度秋田に行くという作戦。弟とは秋田空港で落ち合い仕事の予定のある弟は飛行機で帰る。青函トンネルを通ったことはないし、津軽半島の陸奥湾側の景色を見たことがなかったので、このルートは渡りに船だった。中学の修学旅行以来の大鰐温泉も通るし、ローカル線の旅も久しぶりだ。夕べの中高老年3人組の会話で、ひとしきり話題になったのが移動手段。一致したのは「高速道路は無料でも使わない」ということ。理由はただひとつ、つまらないからだ。同じように、新幹線や特急はタダでも、報酬をもらえても利用しないとぼくは思うし彼らも言うだろう。平日の早朝のローカル線は地元の高校生の通学列車と化していた。高校時代のクラスメートの記憶と参照すると、そのあまりのちがいに驚く。戦前と戦後くらいちがう。スマホや携帯を持っている人がいなければ、ちがう時代にさまよいこんだような錯覚さえ覚えたにちがいない。電車の中で朝食をとっている生徒が多いが、食べ方に品がある。そしてたいてい、教科書を開いて勉強している。九州や中部地方のいなかで同じような場面に遭遇したことがあるが、たたずまいが全くちがう。このちがいにはやはり東北の文化、東北人ならではのなにかがあるにちがいない。こういうことに気づくのは、観光名所が何もないようなところだからだ。名物も観光資源も、ましてや「パワースポット」などがないようなところを旅するのが賢明な旅人だということを知った。WifiはおろかPHSも通じないところに一週間近くいると、生きていくのに必要なのはごくわずかで、つまらない人間やつまらない事柄に関わっている自分の愚かさに気づかされる。団塊世代には田舎暮らしを志向する人が多いが、その気持ちが初めて理解できた気がする。欧米人が集まるような観光地や施設は、今後100年は繰り返しイスラム原理主義者によるテロが起きていくことだろう。そういうところや世界遺産のようなものを避け、あまり知られていない、しかし発見のあるような場所を、人目をしのび、人に知られないように旅することにしよう。
June 22, 2015
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玉川温泉の滞在客たちを見ていると、自分のリズムとスタイルを確立しているのがわかる。行き当たりばったりの行動ではなく、自分にはどんな「温泉療法」が必要なのかを理論的にも体験的にもつかみとっているように感じられる。5日目ともなるとリズムができてきた。涼しく人の少ない朝のうちにラジウム浴と岩盤浴。数時間休んで昼食と昼寝。雨でなければもう一度それを繰り返し、15時か16時に温泉に入って帰る。玉川温泉本体の湯治客以外はそんなふうにしている人が多い。午前の予定を終え、昼食のためにいったん車中泊場所近くまで戻ろうとクルマを走らせていた。至近距離で突然、子熊2頭を連れた母グマご一行が道路を横断し始めた。ブレーキを踏まなければ衝突するような距離だった。ほんの10秒ほどだと思うが、野生のツキノワグマを見た初めての体験。とにかく印象的だったのは色の黒さとしなやかな動き。母グマも若いのだろうか、小さく感じたので何だか愛らしかった。時間は午前11時すぎ。思わぬことは続けて起きるもので、玉川温泉から帰り道の午後5時少し前、今度は大きなクマが道路に出てきた。200メートルほど先。そこで減速してゆっくり近づくとクマは動かない。しめた写真を撮せると思った瞬間、後続車が追い越したのでクマはあわてて山に戻っていった。午前に遭遇したクマに比べるとかなり大きく、骨格もしっかりしていたように感じるのでオスだろうか。こちらには愛らしさではなく野生の恐怖を感じた。1日に3度クマを見た人の話を聞いていたが半信半疑だった。しかし決して大げさではなく、クマの高密度生息地域だったのだ。一時、里山の思想、などというものがもてはやされたことがある。人間中心主義のとんでもない思想だ。ポートランド市などで行っているように、野生動物の生息地域と人間の居住地は完全に遮断されるべきだ。その上で、人間の領域を少しずつ狭めて野生の回復を待つのが順序というものだ。秋田県は高齢化と人口減少のトップランナーである。大都市への人口集中も止まらない。こうした情勢では、人間の居留地を野生に「明け渡す」べきなのだ。この地域にも廃墟化した建物やオートキャンプ場などがたくさんある。こうしたものを除去して自然に返す「公共事業」は、未来の観光資源の創造につながる。不必要なダムや防波堤を作る金はこうしたことにまわすべきだ。この地方のマタギによれば、うれしいことにクマの生息数は増えているらしい。マタギだけでなくハンターの高齢化と減少も急速に進んでいる。面白い時代に立ち会えたものだ。夜は車中泊と岩盤浴で親しくなったいわきと野辺地の人と話す。雨になったのでいわきの人のハイエースの屋根に付けてあるテントを伸ばし、雨の中で男3人のパーティ。野辺地の人はもと漁師らしく、魚貝談義。この人はヘルニアを岩盤浴で治すために4〜5日という短期間でよく来ているらしい。来ると必ず治るという。玉川温泉通いのために買ったというワゴンRの新車の助手席で寝泊まりしている。70代なかばくらいだろうか。方言のせいで3割くらいは理解できないが、よく話す人なのでうなずいていればよい。いわき市の人は、かなり前に妻をなくしたらしい。妻が一度夢に現れたことがあって、その後初めて下北半島の仏ヶ浦に行ったとき、そのときの夢で見た景色とまったく同じだったので驚いたという。背が高い人なので気づかなかったが、この人も内臓脂肪型肥満タイプ。ダイエットの話をしてしまいそうになるのを思いとどまった。野辺地の人の食事はすべて中食。いわき市の人は、昼食は中食で、夜は町まで下りて外食。朝はお茶を入れて飲むだけで、自炊はしないようだった。夜は缶酎ハイ一本と決めているようだった。札幌での再会を約した。
June 21, 2015
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人の流れには波がある。水曜と木曜はどこも混雑していたのに金曜日は急に人が減り、土曜のきょうはもっと人が少ない。混雑を予想して早目に来たが、肩すかしを食った気分。鳥居前スポットで30分過ごしたあと、きのう教えてもらった岩盤浴ポイントで20分。準備が悪いせいで長くはやってられない。ゴザの上にバスタオルを2枚くらい敷くのがベスト。上半身は裸になり、上にもバスタオルをかけるのがいいかもしれない。女性は日焼けを気にして、日傘に青シートをつけて紫外線を避けている人もいた。封筒型の銀マットに潜り込んでいる人もいたが、そんな人それぞれの工夫を眺めるのも楽しい。それは物見遊山に近い人間の感想であり、本人たちは必死なのだろうが。誤算だったのは暑さ、陽射しの強さである。高山植物の開花が今年は10日から2週間ほど早いらしい。それだけ平年より暖かいということだろう。もし来年も来るとしたら5月中旬かなと思うが、暑さと日よけ対策を万全にした上で6月初旬がベストかもしれない。気温が低いと周辺の温泉は温度が上がらず入れないこともあるらしいからだ。曇りならちょうどいい気温が、太陽が顔を出したとたん、厚手の服さえ透過するような強烈な光線として突き刺さる。玉川温泉の湯治客たちを眺めていると、男女問わず、りんご型体型の人が多いことに気づく。パッと見には太ってはいないが、いわゆる内臓脂肪型肥満の人の割合が多いような気がする。午後は気分転換にふけの湯温泉と大深温泉へ。弟をふけの湯で降ろしてから大深温泉へ向かったが、迎えに行ってみると離れたところにある露天風呂には行かなかったという。好奇心のレベルが低いというか、物見高いところがない。八幡平ビジターセンター前の高山植物群落にも全く興味を示さない。食事も同様で当地ならではのものを食べようとか、珍しい食べ物に手を出そうという発想が皆無だ。クルマの運転をさせてみても、カーブでスピードを上げたり、エンジンブレーキを考慮しないなど不自然さが目につく。若いころなら怒鳴りつけたと思うほど不可解な運転をする。駐車場のクルマの何割かは車中泊をしている人たちのものだが、キッチンをつけたり、洗濯物を干しやすくしていたり、それぞれの工夫がいちいち興味深いのだが、そういうことは全く目に入らないようだ。ねじ曲がったまま固定してしまった思考の回路、美や自然に対する感性の欠落。こうしたものは修復不能に思える。そういう人間は珍しくもないが、一緒に旅をするという経験でもしなければわからなかったことでもある。二日間の森林浴は人間の免疫力を53%高める。しかし都会の日常をストレスと感じなくなった反自然的人間には効果が薄いだろう。人工物を自然と感じる人間は、ジャンクフードやレトルト・インスタント食品こそが自然食であり、有機食品などストレスの極みにちがいない。弟のような人間は増えている。したがって日本人はロシア人のように短命化していくにちがいない。いいことだ。玉川温泉からいちばん近いガソリンスタンドまでは36キロ。ガソリンが心細くなってきたので、夕方から補給のため下界に降りた。道の駅かづので鹿角ホルモンときりたんぽ鍋を食べ、田楽のようなみそきりたんぽを買う。きりたんぽ鍋は何度食べてもそれほどおいしいとは思えない。全く同じ具材でなら、きりたんぽではなくひっつみの方がずっとおいしいと思う。一方、鹿角ホルモンはいい。薄味でも全く臭みがなく、おかわりをしたいと思ったほど。鹿角ホルモンの鍋にひっつみ(つめりだんご)ときりたんぽを入れたクロスオーバー東北鍋、なんてのを作ってみてはどうだろう。もちろん、鍋の〆は極太ラーメンと相場は決まっている。書き忘れたが、昼食後に寄った大深温泉はアスピーテラインのふけの湯分岐からすぐ。オンドル小屋が中心の湯治場で、温泉は小さい内湯が一つあるだけ。泉質は穏やかで肌触りも優しい。入り口にひいてある水を飲んでみたが、驚くほど甘い。湧水だと思うが、今までに飲んだ湧水でベストかもしれない。八幡平最奥の宿。
June 20, 2015
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玉川温泉に着いて三日目。ノド風邪も少しよくなったので午前中だけ鳥居前ラジウム浴を試した。初日にも20年通っているという茨城の女性と顔見知りになり話を聞いたが、この日は隣の男性がおしゃべり好きで、勝手にいろいろなことを話す。山梨の人で、歳は70歳くらいか。大腸がんが咽喉に転移して医者に見放されたが、玉川温泉に来て治ったという。それ以来、地元の難治性がん患者を数百人規模で玉川に連れてきたりしているらしい。その人の話を一言で要約すると、玉川温泉に来ても治らないがんの人がいる、不思議だ、ということ。これには驚いた。玉川温泉に連れてきた数百人のうち何パーセントの人が効かなかったのか、それはどういうがんの人なのかぜひ知りたいが、この人の経験ではそういう人の方が少数派なのだ。この人の話は、玉川温泉の効能を証明しているようだ。自分よりもずっと初期にがんが見つかった人たちがみな死んでしまった、自分を慰めてくれて元気に退院して行った人たちがみな先に死んでしまったと、さびしそうに語るのだから真実味がある。ラジウム浴に適した場所は玉川温泉全体でも3〜4ヶ所しかなく、最も線量の高い鳥居前のスポットは6〜7人分のスペースしかない。自分の病気について語る人は少ないが、夫婦で来ている人などを見ていると、どちらががんの人かはすぐわかる。また、予防のために来ている人も見分けがつく。重そうな人が来るとこうした付き添いや予防のために来ている人は場所を譲る。一回15分から30分程度が最適で、少し待てばいい場所が空くのだが、こうした譲り合いの姿は美しい。初心者が来ると、そこは効果がない、こっちだと最適ポイントを教える。毎日、老母の手を引いてやってくる50歳くらいの男性がいる。聞けば京都から10日間の日程で来ているという。この日は車中泊場所で親しくなった福島県いわき市の男性と偶然再会し、岩盤浴に最適な場所などを教えてもらった。犬を連れてハイエースで旅をしている人で、いかにも元気そうなので意外だったが、この人もがん経験者だった。前立腺と十二指腸のがんをやり、それ以来、春と秋の年2回来ているのだという。弟の大腸がんの話をすると、豪快なところのある人で、大腸がんなんてがんのうちにはいらねっぞ、と高らかに笑う。裏表や屈折のないまっすぐな気性な人。こういうタイプは、東北でも太平洋側と北海道でしか出会ったことがない。国民年金だけでは食べられないので時々板金の仕事をする、と言っていたから現役時代は自営の板金工だったのだろうか。この人と話しているとこちらの心の垢が洗い流されていく感じがする。そういう人柄のせいか友だちは全国にいるようで、玉川温泉のあとは大間からフェリーで函館に渡り、点在する友人を訪ねたりしながら一周2400キロの北海道を回るらしい。アスピーテラインをもう一度走る。きょうはガスはない。八幡平ビジターセンターは大沼という沼のほとりに立つが、この大沼の湿原ではではちょうどワタスゲやレンゲツツジ、イワカガミなどの花がピークを迎えていた。かなり大きな高山植物の群落を、こんなに手軽に見られるというのも珍しい。沼にはコウホネもあった。八幡平頂上を右折すると2キロで藤七温泉。東北最高所の温泉。ここも火山の息吹を感じながら露天風呂に入ることができる。岩手山を眺めながら入浴できるのではという期待は裏切られたが、野湯に近い雰囲気がいい。八幡平山頂の夜明けはすばらしいという。八幡平頂上からは徒歩20分なので軽装で行くことができる。クマの出没地域なので単独行は危険だが、入山する人たちがいるようならついていってみようかなどと思案している。アスピーテラインで最も印象的な車窓からの景色は岩手山だ。山容の雄大さでは群をぬいている。宮沢賢治が愛し何度も登ったというこの山に、母も一度だけ登ったことがある。今回は風邪をひいてしまったのでムリだが、次の機会にはぜひ登ってみたい。ケンジニアンたちにも会えることだろう。夜は銭川温泉に入る。この辺りでは珍しい透明な単純泉で、オンドルになっていて快適かつ清潔な宿。寝具持参で7泊以上だと素泊まり3170円。
June 19, 2015
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フェリーの乾燥でやられたノドが猛烈に痛い。咳もひどい。悪寒もする。典型的なノド風邪の発症だ。そんなことから、きょうは弟の送迎だけにして、安静にしていようと思っていた。しかし発熱はしていないようだし、動けないこともない。運転は苦にならない。それならと、4年まえに来た時には冬季閉鎖されていた八幡平アスピーテラインを走ってみることにした。車中泊地点の駐車場からは20キロちょっとで岩手県との県境である八幡平頂上に着く。その途中には一軒宿的な秘湯の宿が点在しているようだった。八幡平頂上まで行ってみるとガスがひどく視界がない。そこですこしもどり、ふけの湯温泉に入ってみることにした。料理研究家の女将が経営しているという宿。冬季はやっていない。内風呂と露天風呂がある。どちらもいいが、よりすばらしいのは宿から少し離れたところにある露天風呂。男女別の露天風呂と混浴の露天風呂があり、砂風呂や桶風呂もある。見おろす景色があるわけではないが、開放感は抜群だし、なにより地熱というか火山の息吹が感じられる。野湯の趣きのある露天風呂というのはあんがい少ないが、ここはそのひとつだ。玉川温泉で知り合った西名古屋の男は、いつもクルマで、しかし車中泊はせずビジネスホテルを泊まり歩いているといっていた。旅館はひとりだと断られることが多いというのがその理由だ。しかし旅が思い出をつくるためのものならば、大都会での滞在でもないかぎり、その選択はまちがっている。ひとり旅の宿泊客を受け入れない宿に遭遇するのも旅の醍醐味、といって悪ければ旅の意味であり、それが旅というものだからだ。一軒宿の温泉が点在する八幡平では、日帰り入浴などであたりのつけた宿に泊まるのがベターだと思うし、ふけの湯温泉は静かでひなびた雰囲気を味わいたい人、玉川温泉のようなひどい食事を避けたい人にはベストの選択だろうと思う。車中泊場所に選んだ駐車場は、地理的にも環境的にも理想的だということがわかった。この場所を見つけた自分の直観力をたたえ祝杯をあげるため、閉店時間の5時ぎりぎり、約2キロ離れたところにあるコンビニでビールとワインを買い込んだ。
June 18, 2015
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玉川温泉には11時過ぎに着いた。天気はよく、暑いくらいだ。目当ては温泉そのものではなく、北投石が発するラジウム線量が高度な場所。事前の調査では入り口からすぐの左手にある鳥居前の石と石の間ということだった。そこは先客がいたが、近ければいいだろうと思い、シートを敷き日傘を立て横たわる。天然の放射線治療というわけだ。ずっとそこにいたが、常時4〜5人が30分ほど横になっては帰っていく。暑いとはいえ、何て根性のないやつらばかりだろうと思っていたが、あとから来た女性が言うには、長時間いるとかえって具合が悪くなる、30分から1時間以内にして、5時間くらい間隔をあけ、1日2回、せいぜい3回までにした方がいいという。そんなことは知らなかったので、約3時間、横になっていた。弟は何も感じなかったらしいが、1時間を過ぎたころから、心臓が変になった。うまく言えないが、急に動悸がしたり、心臓がいろいろな方向に引っ張られたりするような感じがした。もし家で普通に暮らしているときに同じことが起きたら心臓病を疑うレベルだ。もう一つふだんと明らかに違うのは足の裏だった。膝を立てて靴を脱いで仰向けに寝ていたのだが、足の裏が何かさわさわするような感じがした。夜もずっと足の裏が暖かいというか、活性化したような感じがするのである。 弟を二科展特選入賞歴のある画家夫婦が経営している民宿に送り、玉川温泉へ向かう道と八幡平アスピーテラインの分岐にある駐車場スペースで車中泊。他に3台、東北ナンバーのハイエースやキャンピングカー。久しぶりの旅行で、車中泊の旅は2年ぶりか。そのせいで興奮してしまっているのかと思ったが、妙にアタマの回転の速い自分を感じる。ふだん思い出してもいないようなことが、次々と思い出されてくるのだ、それも脈絡なく。脳の血流が異常に改善して切れていたシナプスがつながったのだろうか。
June 17, 2015
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苫小牧東港から出ている秋田港行きフェリーに乗るのは4年ぶり2度目。前回は震災の直後に三陸沿岸を回るために乗った。乗客のほとんどは自衛隊員と警察官で、自衛隊員の品性や実直さと警察官の下品さが対照的だっった。今回は玉川温泉に行くのが目的。医者に見放された末期がんの患者たちにとっての聖地と言われる場所。二歳下の弟にステージ3Bの進行性上行結腸がんが見つかり手術したのが4月。5月から半年間の予定で予防的抗がん剤治療を始めたが、副作用は軽いようなので、2週間の予定で家を出た。船は音もなく出港し穏やかな航海。夜7時台に出港し朝7時台に着く。寝ている間に目的地に着くので非常に時間の節約になる。ただし帰りの秋田発は早朝便なのであまり利用したくない。パワースポットなる面妖な言葉が使われ始めてどれくらいだろう。リクルート系旅行情報誌で見たのが最初だったと記憶する。神社のような場所を観光スポットにするために作り出した言葉であり、こんな言葉を疑うことなく使う人間は最大級の軽蔑に値するが、あえてパワースポットという言葉を使うなら玉川温泉こそ日本一、いやもしかすると世界一のパワースポットかもしれない。4年まえ、玉川温泉の公共駐車場で車中泊したとき、隣の車に寝泊まりしていたのが大阪から来ている夫婦だった。バンで二人が寝泊まりしているのは驚きだったが、そんなことからも裕福ではなさそうだった。話してみると夫の方が転移性末期がんで肝臓に転移したということだった。再発・転移がんには基本的に治療法はないと思った方がいいが、医者に見放されたこの人が選択したのが玉川温泉通いだった。半年おきに通ううち、がん細胞が小さくなり、4年目で完全に消えたという。あのときの旅で最も印象的だったのがこの人の体験談だった。弟にがんが見つかり、検査で転移はないがリンパ節への転移があるステージ3Bと判明したとき、これは転移の可能性を100%と判断した方がいいと反射的に思った。それなら、予防的に玉川温泉を利用するのが最も賢明な選択のはずだ。末期がんでさえ治す力があるのだから、レントゲンやCTに写らない微小ながん細胞などあっさり撃退してくれるにちがいない。人間の体は800兆の細胞からなり、毎日5000から1万のがん細胞が発生している。このがん細胞は免疫力によって消され増殖することはない。しかし、ストレスなど何かのはずみで免疫力が落ちると基幹細胞が形成され増殖を始める。すべての人間はプレがん患者なのだ。自分だってPET検査でさえ見つからない1ミリ以下のがんがどこかにできているかもしれないのである。そんなわけで弟の玉川温泉滞在に便乗することにしたのだ。抗がん剤は1日2回、朝食後と夕食後と決まっている。秋田港から玉川温泉までは約130キロ。3時間ほどだ。30分ほど走ったところにガストを見つけ、そこで朝食をとりこれを書いているがこれは時間のロスだった。朝食はフェリーのレストランか、船の中で済ませた方がいい。ガソリン補給も同様で、フェリー乗船直前がいい。船内は乾燥がひどくのどをやられてしまった。悪寒もするし、はなはだしく幸先がよくない。ぼくは末期がん患者ではないので、2週間の玉川温泉滞在に全部付き合うつもりはない。どこかで切り上げ、飛行機で帰る弟と落ち合い車の回収するためにもう一度秋田に来なければならないが、予定は白紙だ。
June 16, 2015
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いわゆるポピュラー名曲がひとつもないプログラム。こうしたプログラムからはフルートという楽器をきかせるより、フルートという楽器を通じて音楽をつたえるという演奏家としての基本スタンスが感じられる。団塊世代の音楽家には、その後の世代とは明らかに異なる音楽に対する姿勢を感じることが多い。ひとことで言うと、シリアスなのだ。元札響首席奏者の細川順三の札幌における初リサイタルは1974年だったろうか。メーンプログラムのプロコフィエフのソナタのあと、2曲のアンコールのうち1曲はバッハの「主よあなたの名を呼ぶ」だったが、音楽をかけがえのないものとしている人間にしか表現不能な何か、たとえば武満徹の「弦楽のためのレクイエム」に流れているものとよく似ている何かを感じたものだった。ドヴォルザーク「ソナチネ」(原曲はバイオリン)、シューマン「幻想小曲集」(原曲はクラリネット)が演奏された前半とメーンのピエルネ「ソナタ」(原曲はバイオリン)といった具合に、フルートのオリジナルではない曲が並んだのは、シリアスな深みのある音楽がフルートとピアノのための作品に少ない(ロマン派には、という限定だが)現実をあらわしている。ピエルネの「ソナタ」も、佳曲だとは思うが、フルート及びフルート音楽の熱心な愛好者以外の関心を呼ぶとは思えない。ドヴォルザーク作品と同じように、どんなに名演奏でもバイオリンにはかなわない、と感じてしまうからだ。といった前提はあるものの、一音たりともおろそかにせず、しかもそれが歌心に満ちて全体としての流麗さを損なわない演奏は健在。ジョリヴェ作品(アルト・フルートのための「アセーズ」)などはもう少し鋭角的でもいいと思うし、グーセンス「3つの絵画」では遊びがあってもいいと思ったが、これがこのフルーティストの長所であり個性なのだ。それはアンコールの3曲、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、ジョルジュ・ユー「セレナーデ」、ポンセ「エストレリータ」にも共通。アンコールなのだから軽妙さや洒脱さ、あえていえば逸脱があってもいいと思うのだが、どこまでも誠実な音楽に若干の違和感を感じるのは、たぶんわたしの感性が刹那的快楽を肯定する高度消費文化にいくぶん侵されてしまったからなのだろう。彼の弟子たちが協力して行った全国4カ所での公演の1回(ザ・ルーテルホール)。ピアノは野間春美。
June 4, 2015
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