全13件 (13件中 1-13件目)
1
購読しているブログにいつも思っていることが書いてあった.英語圏のネット情報が充実していて,大学や図書館などの「知の公的意識」が非常に高いということだ.スタンフォード大学などの講義をipodを通じて,一般公開している.どこにいてもituneさえあればダウンロードして(一部の)講義を聴くことができる.最高の知とされているものを一般に公開することの意義を責任として受け止めている風潮が英語圏にはあると言う.これをブログの筆者梅田氏は,「最近の私の深い危惧は、このまま十年が経過すると、ありとあらゆる分野の「学習の高速道路」が英語圏にのみ敷設され、英語圏に生まれ育つことの優位性が今以上に増幅されてしまうのではないかということだ。」と危惧している.しかし,もちろん一方的な献身というのは社会全体としてはあり得ない.「知を公開する仕組み」の裏側として,「知を吸収する仕組み」が英語圏,特にアメリカにはある.アメリカの大学や研究機関には多くの外国人がいる.特に理系の世界では,世界中から超優秀な頭脳が集まってくる.今では市民権を取ったりしている人も多く,最高の才能を誘引する仕組みがアメリカにはある.実際,インテルの創業者,今をときめくグーグル,多くの新興企業の創業者が移民一世や二世である.一方で情報を公開する,もう一方で「本場アメリカに来なさいよ」という魅力を打ちだす.これがアメリカの強さの源泉でもあるのだろう.そして両者は実は密接な関係にある.今回の大学講義の公開にしても,「こういう人たちがいる本場に行って研究したい」と考える人たちを増やすことにつながるのだろう.なんにでもインターアクティブな要素,すなわち作用と反作用があるということだ.「一般に公開する」ことが,「特定場所に頭脳が集まること」につながる.つまり,「公」とされるものが,その反作用として「私」を充実させたりする.社会に貢献して(=公),私的には「損」なように見えて実はしっかり元が取れるってことだ.社会としてそれができることは非常に強い.これは国家に限らず,企業でもそうなんだよなあ.
Jul 30, 2007
コメント(2)
ミートホープ社の偽装牛肉や中国製の粗悪食品の問題で,価格競争の弊害が出てきている.「良いものを安く」というのは,社会のためにもなる良い企業努力だと思うが,不正により「安かろう悪かろう」の商品が出てきてしまうのも残念な事実のようだ.どうしても不正をする経営者が出てくるなら,消費者側が正しい選別眼をもって商品やサービスを選んでいかねばならない.もちろん行政は,専門知識に劣る国民を守るためにあるから,評価制度や品質規制をもって取り締まらないといけない.当社も,専門業者の顧客に業務用資材を販売するというビジネス形態をとっている.商品自体は独自開発商品や独占的輸入商品といったオリジナルなものもあるけれど,大部分は国内大手メーカーのものだ.それを積極的な情報提供という「付帯サービス」で差別化し,「どうせ同じ商品を買うなら情報提供する当社から買ってくださいよ」というモデルで事業を行っている.つまり,「良いサービスで勝負するので,価格自体は売りものにはしません」というスタンスを目指している.「安かろう悪かろう」という商品がはびこるのは,価格だけを売り物にした企業が多過ぎると同時に,価格だけを基準に商品を選ぶ消費者が多いせいでもある.安い商品にはそれなりの理由があり,競合会社を天秤にかけて,同じものを常に最低の価格で買おうとするとそれなりのサービスを期待出来ないということでもある.当社は常に「打てば響く顧客」と言っているかが,しっかり情報提供を行えばしっかり購買もしてくれる顧客と付き合いたいということである.しっかり仕事をすれば評価してもらえる顧客と付き合いたいと思うのはどの業種もそうだろうし,逆に評価してもらえない顧客にいつまでも拘っていると,評価してもらっている顧客への力が殺がれる恐れもあるのだ.これはちょっとその顧客に悪く思う.出来れば「打てば響く顧客」とだけ取引をして,そう言った顧客を全力でサポートして一緒に事業を伸ばしていきたいと思う.多少理想主義的だけど,こういったことって案外大切じゃあないかなあ.
Jul 27, 2007
コメント(2)
サッカーのアジアカップ準決勝で日本が負けてしまったが,中村俊介選手のコメントが居意味深かった.「サウジの2トップは強烈だった.いい2トップがいることで、ほかの8人が守備に専念できる」.確かに特に3点目なんかは,一人で結局3人を抜かれて決められた個人技だった.総合力では勝っていたと思われる日本が,勝負に負けてしまったのは,局地的な能力の差だったのだろう.何か強烈な得手があると,不得手なものをカバーしてありあまるものがある.得手なものに頼って計算できるから,後は不得手なものを多少効率が悪くても愚直にやっていけばいい.中小企業の経営も,「この場面なら勝てる」という一対一の場面をいかに作れるかだろう.総合力勝負では規模の大きい企業には勝てないから,このミクロな場面での一対一に勝負を持ち込んで局地戦で勝っていくべきだ.当社だと,訪問営業と情報提供で,害虫駆除業者へのピンポイント営業が強みだ.競合会社は少なく,大手企業も入ってこない超ニッチ市場だし,情報提供型の商社も少ない.そこまでニッチに入り込むと,後は個人の能力にかかっている.そうか,当社は「サウジ型経営」だなあ.守って守って,カウンターを狙って局地戦に持ち込んで勝っていきましょうね.
Jul 26, 2007
コメント(0)
この週末に母校の高校の水球部を見学しに行ったけど,あらためて気がついたことがあった.相手ボールでこちらが守備をしている場面では,マンツーマンのマークをすることが基本だ.僕が問題だなと思ったのは,こちらの一番弱い選手が相手の強そうなオフェンスにマークをついていたこと.本来であれば,それなりにディフェンス力のある選手がマークするべきなのだ.こういう場合,その事態に気がついた(より強い)別の選手が「マークチェンジ」することになる.しかし僕が見た場面ではそうせず,案の定その選手にシュートを決められてしまった.問題は複数ある.(1)弱い選手が強い選手をマークするというミスマッチ,(2)周りがそれに気づいていないこと,ことがまず考えられる.これはどちらかと言うと,組織上のシステムの問題とも言える.この背景には,(3)それを本人の弱い選手が言わないことがある.水球はチームスポーツで,自分のミスがチームのミスにつながる.自分のプレーに自信がなければ,自己申告でそう言わないと,結局はチームに迷惑をかける.こういう時こそ「私心」を捨ててチームの立場で物事を考えないといけない.これは「考え方」の問題である.そしてより大きい問題は,(4)事態に気づいているのに,他の選手が自分の責任ではないと思ってみて見ぬ振りをすることだ.ことなかれ主義で,チームメートの問題を自分のこととして考えないと,全体としてのチームは勝てない.味方なんだから,「他人事」ではないのだ.これも「考え方」の問題.そして実は最大の問題は,(5)不味そうだなとなんとなく思っているのに,「まあ大丈夫だろう」と現実を直視しないことだと思う.何でも現実を直視しないのはよくない.誰でも嫌な情報は,希望観測的に「大丈夫だろう」と思って解決を先延ばしにしてしまうものだ.しかし大体の場合,「案の定」悪い結果に結びついてしまう.さて,言わずもがなだけど,こういったことは総て経営にも当てはまる.高々,高校生の練習を見に行っただけだけど,いろいろまた勉強になる.これからも現実を直視して,ピリッと辛い経営を行っていきたいと思っています.
Jul 24, 2007
コメント(3)
スポーツなど勝負事って,勝たないと意味がないと思う.よく参加することに意義があるとか言われるけれど,それはオリンピックとか日本代表レベルの話だ.それまでの過程で十分に勝ち続けてきた人だけが代表レベルに選ばれるのだから,そんな人たちだけが「参加することに意義がある」など言う資格がある.今日は久しぶりに高校に行って,水球部の後輩たちの様子を見学してきた.ちょうど来週がインターハイ予選で,OB会による現役激励会も出席し,何か先輩から話してくれと言うので以下のような話をした.「勝負は勝たないと意味がない.勝って初めて意味が出てくる.そして,勝つためには勝つための努力をすることが大事だ.更に,勝つための努力ができるには,勝つことを微塵も疑わない心が大切だ.」高校で水球をいくら必死でやっても,最終的に予選会を勝ち抜かないと何の意味もない.勝てもしなかったのに,「高校時代に水球をやってました」って言えないと思う.必要な努力をして,結果を出してこそ,その過程から学べることがあるのだと思う.更に努力には,勝利を疑わない強い心が必要だと思う.スポーツ選手もオリンピックで金メダルを争うレベルになると,自分が金メダルを取ることを数年も前から「まったく疑っていない」らしい.当然勝つのは自分で,だからこそ,それに必要な努力をストイックに何年も続けることができる.正しい順番は,(1)勝利を信ずる心,(2)勝利のための努力,(3)実際に勝つことだと思う.これって,そう,経営も同じだ.上記(1)~(3)を疑いもなく近道もなくやっていくことが,成長につながる.高校生を見て,昔の自分を思い出し,その時の教訓みたいなものも思い出した.たまにこうやって練習を見に行くのも,自分を見直すためにもいいみたい.これからもたまには行ってみようと思います.
Jul 21, 2007
コメント(2)
いつも感心するのだが,世の中にはモノが溢れている.デパートの地下に行けば,如何に多くの種類の食べ物が売られているか,びっくりする.よく外国人が来日すると連れて行くのが新宿の伊勢丹地下だけど,ケーキ屋さんだけでも数店あり,そのどれもが「究極の」と言えそうな高級菓子だ.街に出れば,数多くの飲食店がしのぎを削っているし,雑貨にせよ服飾にせよ,それこそ星の数ほど商品が展示してある.最早,必要なものを売っているのではなく,「買わなくても全然困らないもの」同士が競争しながら,買われるのを待っている訳である.消費者の立場からすると,ゲップが出そうなほどの物量や選択肢の広さは歓迎すべきことだ.しかし供給側の立場からすると,これだけの競合品の中を勝ち抜いて,消費者に選ばれることは容易ではない.モノが足りず作れば売れた時代からすれば,競争の熾烈さだけは過去にないほどになってきていると思う.加えてインターネットの発達で,口コミや商品評価が瞬く間に広まってしまう.苦労して開発し,競合に伍して消費者の前に出たと思ったら,今度は一瞬にして評価が固まってしまう.怖い世の中になったとは思う.モノが溢れるということは,ほとんどのモノは競争に敗れ,消費されることなく捨てられるということだ.消費されないということは,それを製造していたり販売したりしている企業は潰れてしまうということでもある.街を歩いているだけでも,豊かさよりもシビアさを感じてしまうのは,経営者の宿命かなあ.
Jul 20, 2007
コメント(2)
数字を見ていると,様々なことに気づく.「人件費が増えてきている,これは勿論,人員を増強したためだ」,「出張費が増えている,みな懸命に動いているものなあ」,「売上も順調に上がっている,但し利益率は少し下がっているなあ,そろそろ商品開発を実現化しないと」,「売上増の内,これはあの案件,この分はこの案件か」,「上期がこれ位の成績だったから,下期予想はこうだ,そうするとこれ位投資に回せるなあ」,などなど.会社で起こる殆どのことは,最終的には数字に表れる.細かく見ていけば,営業担当者の体調や営業の仕方,商品開発の進捗度合い,セミナー活動などの開催状況などまでも分かってくる.経営者にとって,数字から会社の状態を読み取ることは必須の技術だと思う.こうして数字で現実を掴んでから,更に自分の感性を信じることも大切だ.数字を基本軸として,そこに自分なりの感じ方を重ねていく.僕は割りと感性が駄目な方だからより数字を信じているのだけど,「人の直感」って馬鹿にならないと思う.だから他人の意見や感じ方を聞いたり,周りをよく見ることが大事なのだと思う.数字と感性,どちらも大事にしたいと思う.そのためには曇らない素直な心が必要なのだと思っています.
Jul 17, 2007
コメント(2)
僕は1965年生まれで,年回り的には去年が本厄,今年が後厄らしい.ではその通り,不運が続いたかというと全然そうではなく,これまでのところ毎年より良い年になっている.とは言うものの,縁起は全然気にしない僕にしても,やっぱりある程度「慎重に」物事に当たっているような気はする.無理はしない,リスクはあまり取らない,勢いで物事は決めないなど,多少とも保守的にやってきたかなあという感じだ.今年もそう言いながら,半分が済んだ.そろそろ後厄も終わるし,今の事業ドメインも徐々に見直す必要も出てきた.タイミング的にはちょうど良いので,多少無理して前に進む時かなと感じている.何より新しいことに挑戦しないと,経営者でまったく実務をしてない僕も暇になってくる.こういうのが一番もったいないので,働こうって感じである.今も一生懸命120%働いている社員の人には申し訳ないが,さらに忙しい日々を作り出すつもりである.まあがんばってサポートしてくださいね.
Jul 16, 2007
コメント(0)
最近は中国製の粗悪品のニュースが出回っている.曰く,中国製の歯磨き粉で死亡者が出た,中国製の輸入品から基準値を上回る農薬が残留していたなど.今日も,胸に入れていた携帯電話が爆発して,作業員が死亡したとの驚くニュースが.多少,政治(経済)的な報道意図も感じられるけど,要するに,「安いものには理由がある」ってことだ.最近の偽装牛肉事件もそうだけど,価格競争が激化するあまりに,真面目にやってては利益が出ないとばかりに不正に走ってしまう.そう言えば,僕の大学時代の友人が,ファミレスで1000円もしない「ステーキランチ」を頼んだら,合成肉が出てきたと言って店にクレームを入れていたのを思い出す.僕も含めて他の友人は,数百円のランチに本物が出る訳ないのに,よくそんな文句言えるなあとちょっと呆れていた.彼は「安いものには理由がある」とは考えなかったのだろう.「悪貨が良貨を駆逐する」業界や,ビジネス慣習は本当に困る.経営者として困ってばかりいては本当に困ってしまうから,僕たちは「打てば響く顧客」を相手にして,価格競争を避けるような戦い方をしていきたい.そのためには知恵を絞っていかないとなあ.
Jul 9, 2007
コメント(4)
先週の金土と,当社の営業会議合宿を行った.当社ではほとんど会議というものをしないのだが,たまにはトコトン,時間制約なしに意見を交換する必要がある.初日は午後から深夜12時まで,それから懇親会二時間.翌日は9時から午後4時過ぎまでであった.参加者の皆さんは非常に疲れたと思うけれど(休憩なしだったし),まあ今回は初めての試みの割りに,うまく行ったんじゃないかなと思っている.合宿で話をしたのは,当社のビジネスモデルをもっと徹底しないといけないということだ.モデルそのものに甘えて,細部を徹底することをしなければ,それこそ「絵に描いた餅」になってしまう.決められたことを一つずつ実行し,漏れをなくすことが最終的な数字にもつながってくる.それと今年から地域毎のチーム制度を導入したのだが,これが結構うまくいってると思う.チームリーダーを中心に,少人数のチーム内で作戦を練って,お互いにサポートしていく.会議でもチームに分かれて議論をしてもらい,地域特性に応じた実行計画ができたと思う.さて,7月から下期に入っている.早速,営業という実務に入る訳だが,みなさん,がんばってくださいね.
Jul 9, 2007
コメント(2)
今日,高校時代の恩師と会って,彼の相談を受けた.彼は高校の教師を辞めて,数年前からハワイの大学に行き,看護士の資格を取っている.その資格がそろそろ取れそうなので,次は事業としてケアホームをやりたいと言うのだ.僕がアドバイスしたのは,こういうことだった.「先生は得意なことだけに集中してください.先生の得意なのは,日系人高齢者に対して,日本人ならではのサービスを提供したり,新しい企画を考えること.それ以外のことは先生のアイデアや実績が良ければ,勝手に集まりますよ」というものだ. 「逆に,武士の商法で,事業計画とか立てても,実際はトラブル続出で,不得意なことに足を引っ張られ,投資資金も失い,本当にやりたかったことができなくなりますよ」とも言った.思うに,有望な新事業とは,逆説的だが,「自分は得意なことだけに集中し,投資リスクなど不得意なことを負わなくても良い事業」とも言える.現代社会では,知恵が富,すなわち「儲け」の源泉だと思う.お金だけはそれこそうなるほど持っているファンド会社は,鵜の目鷹の目で投資案件を探しているし,発達してきた資本市場では,比較的規模の小さなベンチャー企業も,投資資金を集められるようになってきた.また人材にしても,「成功払い」とも言えるストックオプションや,社会が豊かになって「お金よりやりがい」を求める人材が増えてきたことで,現在払える給料,現在の社会的ステータスにあまり制約されず,「夢さえあれば」優秀な人を集めることができるようになっている.このことは「知恵」があれば,その他の要件,例えば資本だとか,リスクマネーだとか,人材とかは結構容易に集まるということを意味する.有望な事業なら,自分は得意なこと(=知恵)に集中し,後は他人が受け持ってくれるってことだ.逆に言うと,資本だとか人材とかが集まらない案件は,「知恵」としてもお粗末で失敗する確率が高いってことだ.まあ先生には大変お世話になったし,僕もできるだけ相談に乗りたいと思っている.そうそう,ハワイにも行かないとなあ.
Jul 5, 2007
コメント(0)
今日読んだ本で,産業再生機構の元COOである富山和彦氏が書いた「指一本の執念が勝負を決める」がとても面白かった.彼自身,東大法学部,司法試験合格,ボストンコンサルティングを経るという典型的なエリートだが,お勉強のできるエリートがいかに役に立たないかを書いていてとても面白い.若い頃は意識してエリート路線から外れろ,20代は寝る必要はない,倒産はつまるところ人間の弱さの問題など,とても共感できる内容が多い.お勧め.感想はまた書きます.
Jul 2, 2007
コメント(0)
最近流行の(?)スーパーリッチに関する情報を見ると,個人レベルでお金がいくらあっても足らないと思えてくる.世界中の金持ちが最後に住みたいと思うモナコの市民権を得るには,資産100億円が必要だそうだ.アメリカでは資産格差が進み,上位1%の人間が富の30%を保有し,上位10%だと実に富の70%を超えるらしい.つまり残りの90%の人々が残された3割を分け合っている状況だ.アメリカは特殊だが,上場トップ500社のCEOは平均で新入社員の300倍の報酬を得る(日本ではせいぜい20倍).ファンドバブルで稼ぎまくっているゴールドマンサックスなんて,平均で7000万円(!)のボーナス,CEOに至っては50億円を超えていたと思う.資産数十億,数百億円の日本人の金持ちはまだまだかわいいもので,欧米や中東の金持ちは,プライベートジェットにしても小型機ではなくてジャンボジェットで移動である.滞在するホテルにしても,「たまには贅沢な空間で過ごしたい」という庶民とは逆で,どんなに豪華なホテルのスイートでも,当然彼らの自室よりも狭くて質素である(だから逆にかゆい所に手が届くサービスを求める).家も世界中に何軒か持っているのが普通だから,家の広さや部屋数を聞かれても満足に答えられないらしい.日本でもIT業界を中心に,資産数百億円の若者が誕生しているが,持ち慣れないお金と,こういった超資産家サービスが日本では充実していないこともあって,使い道に困ってしまうだろう. こういう人たちがお金があって,安住しているかというとそうでもない.資産をより増やすにはどこに投資すれば良いか,より快適でより満足させてくれるサービスは何か,税金対策,子供の教育,果ては相続税の心配まで,資産家と言えど,のんびりしていることはできない.結局,お金を持つには上限はない.循環論法的だけど,「お金持ちになる方法」とは,「自分がお金持ちだと思うこと」だ.お金はいくら稼いでも上には上がいるし,世界中で使おうとすれば上には上のサービスがある.日本には昔から,「足るを知る」といういい言葉があるけれど,「足るを知った瞬間が豊かになった瞬間」なのだろう.「お金を使ってできることは所詮つまらない」と達観して,適度に稼ぎながら自分のやりたいことを納得するまでやるのがいいように思う.どうでしょうかね.
Jul 2, 2007
コメント(2)
全13件 (13件中 1-13件目)
1
![]()
