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中国人の政治家やロシア人なんかが,健康自慢で氷の海やプールに飛び込むのを,たまにテレビで観ます.気温はマイナス10度とかで氷を破って水に飛びこむのだけど,よく考えて見れば水の中はゼロ度以上ありますよね.だってゼロ度以下なら凍っているはずだから.一見,思い切ってすごいところに飛び込むように見えて,実は現状より条件や環境が良かったりします.マイナス何十度の外気温よりも,水の中の方が(それでも寒いのは寒いのだけど)暖かかったりする.そして意外に,裸で海の「外」で地味にじっとしている人の方が実は大変だ.これってビジネスも同じこと,厳しい外気温に耐えかねたら,思い切って隣の一見厳しそうな市場に飛び込むのも悪くないかも知れませんよね.但しそれも論理的に「水はマイナス温度には(通常)ならない」という事実の見極めが必要ですけど.
Dec 30, 2007
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いつも「プロフェッショナル」とは何かを考える.お金を貰ってなにかをやっている以上,プロだといえるかも知れないけど,どうもお金だけでは実体がよくわからない.今のところ僕の仮説なんだけど,プロフェッショナルとは,「そのことだけを考え続け実践している人」じゃないかと思ってきた.例えば,イチローは野球のプロフェッショナルだ.プロ野球選手は,その名の通りプロフェッショナルのはずなんだけど,プロのレベルに明らかに差がある.イチローがプロフェッショナルなりえているのは,寝ても覚めても野球のことだけを考え続け,実践しているからだと思う.おそらくイチローは,食べるものも家の造りも,余暇の過ごし方,車の選び方,観る映画,すべてを野球に結び付けて自分のプレーに良い影響を与える様にいつもいつも考えているに違いない.秋に木から葉が落ちたとする.画家ならその美しさを絵にしたいと瞬間的に思うだろう.イチローなら,打ちあぐねているナックルを打つコツを閃いたかも知れない.数学者なら,ひらひらと舞う落ち葉の動きを予測する数学モデルを思わず考えてしまうし,法学者なら落ち葉の所有権の問題に考えを発展させるだろう.そして経営者なら,落ち葉のリサイクルビジネスや落ち葉掃きサービスなんかを考えてしまうかも知れない.これらはいつもいつも「そのこと」だけを考え続けている当然の反応だ.考え続け,実践し続け,長年経ってくると初めて「プロフェッショナル」と呼ばれるようになる.さて,当社もプロフェッショナルにならねばならない.果たして「そのことだけを考え実践」出来るようになるだろうか.これも精進ですね.
Dec 28, 2007
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「会社は誰のものか」という議論は,よく企業統治の観点から議論されるが,単純に「誰のものか」ということであれば,勿論法律上も,「株主のもの」ということになるだろう.そうすると会社の目標は,「企業価値の向上」の一点で終結することになる.では会社は株主のもので話は終わりかというとそんなことは全然ない.「誰のものか」という法律的所有の問題とは別に,「会社は誰のためにあるか」ということが問われなければならない.「誰のためか」と言うと,それは「誰から見て」という観点によって異なる.働く社員からすると,「顧客のため」,そして「社会のため」,そして「自分と家族の人生のため」にあるのが会社である.前段の「誰のものか」の議論と混同してしまうと,「株主のため」,命をかけて働けというのは無理な話だろう.やはり目の前の顧客にベストのサービスを提供することで,家族の生活を守るというのが実感に則していると思う.経営者からすると,一義的には「社員のため」,「社会のため」,そして「株主のため」でもある.オーナー経営者の場合は,前者二つが強調されるし,そうでなければ株主に対する説明や還元(=配当)も重要になる.そして社会からすると,その会社がしっかりと社会的責任を果たすことが重要だ.本業がそのまま社会貢献につながり,税金をしっかり払い,かつ社会市民としての法人が善行をなすことも求められるのだろう.会社は株主のもの,しかし,会社は様々な利害関係者のために存在する,というのが本当のところだろう.
Dec 28, 2007
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当社の決算は12月で,今年もまあまあな数字に終えることができたと思う.僕の場合二代目社長(正確には三代目)として会社を引き継いで,これで8年が経過した.これまでは僕の前に築いた土台を基に,ビジネスを多少磨き徹底することで成長してきたのだと思う.創業者の苦労を考えれば,すでに基盤ができているというのは相当難易度が低くて,まじめにチームワークを考え,論理的に正しい経営判断をしていけば何とかやっていける段階だったと思う.その意味では,これまで成長してきたのは僕の頑張りではなく,先人たちの基礎があったからだと思っている.来年からは新しい基礎を築いていきたい.質的に,レベル的に違うステージで,新たなものを創っていきたい.そのためには,(もちろん足元の業績を伸ばすことは勿論だが)自ら成長の踊り場に入ることも覚悟して「先行的な投資」をしていきたいと思う.但し,「先行的な投資」というのは,資金的に多くを投じて工場を作ったり,人を多く雇うことではない.中長期的に当社が戦略的に優位な立場になるように,一人一人が「より多く働く」ことである.将来を見据えて「より多く働く」こと.踊り場でこうやって決心することが,企業が永続的に継続する鍵だと思っている.いつまで経っても「頑張ろう」しかメッセージがないのが芸がないけれど,それは本当のことだから仕方ないですよね.
Dec 24, 2007
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また昨日の続きだけど,本当に「売上を最大に,経費を最小に」って当たり前のようでとても奥が深い.どの会社でも売上を上げようとやっきになっているが,売上が最大になるように,工夫し仕組み化できている会社は本当に少ない.必死で長時間働いて売上を大きくする行動にはいつか無理が来るし,いわゆるレバレッジも効かない.したがって同じ労働インプットで最大の売上を上げようとすれば,おのずと単価が高いモノを売る,裏を返せば「顧客に大きな価値を与える」ことが出来なければならなくなる.つまり,自社が提供するサービスや商品が高くとも,顧客がそれ以上の価値を享受する仕組みが必要だということだ.B2Bのビジネスでは,消費者の満足感と言う抽象的,感性的なものとは違って,大抵,顧客が節約できたコストや利益の増加と言う客観的な数値で測ることが出来る.当社のサービスを導入してくれるとこれだけ経費が削減できます,売上と利益がこれだけ上がります,と言うのがセールストークになる.「売上を最大に,経費を最小に」の場合,上記の「労働当たりの単価を上げる仕組み」を実現しながら,それに必要な経費を同時に最小化しようとするところに凄さがある.顧客にとっての価値を上げるために,自社が多くの経費を使い放題使っていたのでは優れたビジネスモデルにならない.顧客満足を上げるために経費をふんだんに使ってしまえば,自社の満足が得られない変な話になってしまうのだ.道楽じゃあるまいし,やっぱりビジネスとしては「売上を最大に,経費を最小に」なんだろうなと思う.本当に奥が深い.そして考えさせられますね.
Dec 20, 2007
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稲盛さんによると,利益を最大にするには「売上を最大に,経費を最小に」すれば良いと言う.売上から経費を引いたものが利益だから当たり前と言えば当たり前なんだけど,それを40年以上の間追求し,今日の京セラとKDDIが出来たと考えれば相当すごい話である.僕は「利益=売上-費用」という式から次の様にビジネスモデルを考えている.(1)売上単価を上げるビジネスモデルと,(2)費用を下げるビジネスモデルの二種類があると思っている.前者は,売上単価を上げる仕組みを追求するモデルである.売上単価を上げるには,ブランド価値を高めたり性能を高めたりすることが必要で,当社の様なB2Bのビジネスでは,法人顧客にとっての当社商品・サービスの価値を高めていかねばならない.一番良いのは当社の商品・サービスを活用すれば,顧客企業の価値が上がるようなものを提供するということだ.顧客企業が享受する価値の方がずっと大きい場合,少しくらい多く費用がかかっても当社から商品・サービスを購入するだろう.後者は費用を下げるモデル.顧客接点を充実させ,同じサービスを提供するのだけど,費用構造に工夫があって利益が上がるパターンだ.受注は便利なようにウェブで行ったり,もしくは丁寧に顧客に訪問したりして対顧客サービスは充実させるのだけど,その裏にあるコスト構造,たとえば内外価格差を生かした海外調達などに工夫があるビジネスモデルだ.調達サイドと対顧客接点を工夫することで,基本的には同じような商品を売りながら,費用が低い分だけ利益は大きくなっていく.大事なことは,会社の経営目標として少なくとも売上単価を上げることを目指すのか,費用を下げることを目指すのか,明確に努力していかねばならないことだ.ただただ働けでは,経営者として方向性を示したことにはならない.もちろん,稲盛さんの「売上は最大に,経費は最小に」の教えは,上記の(1)と(2)を同時に追及するモデルだ.だからすごいし,京セラは高収益企業である.当社も少なくとも,まずは売上単価を上げる仕組みを作っていきたいと思っている.知恵を絞って顧客に大きな価値をもたらすことで,単価に反映される,当社への評価も上げていきたいと思っている.
Dec 19, 2007
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昔は「型」と聞くと毛嫌いしていて,特に高校の体育祭などで行われる「マスゲーム」なんてとても参加する気にならなかった.多分,「型」から連想する,自由がない,みなが同じことをする気持ち悪さを感じていたのだろうと思う.でも昨晩の盛和塾での余興であった,子供たちによる「踊り」にはとても感動を覚えた.元々,北大阪支部の代表の方が子供の健全育成を目的にNPO活動としてはじめたもので,よさこい祭りの様にかなり大掛かりなイベントになっている.その代表的な2チームを招いてのエキシビジョンみたいなものだった.踊りのレベルも高く,子供たちも生き生きと楽しそうにしていた.見物していた他の塾生たちも驚いていた様子だった.僕はそれを見ながら少し別のことを考えていた.もし踊りの「型」がなかったなら,つまりみなが音楽に合わせててんでばらばらに「自由」に踊っていたらこんなに楽しそうにしているだろうか?また人々を感動させることが出来るだろうか?また経営者としては他のことも考える.多分,「凡人」の子供たち,別にエリートだけを選んだのではなく(=目的は子供の健全育成),普通の子供たちがこれだけのパフォーマンスを行えることは,実は「型」に秘密があるのではないか?またこれだけの「型」を修めた子供たちの中から,「型」を踏まえつつも独自の創造性を加えてパフォーマンスを向上させる「スター」が現れる可能性もあるのではないか?企業経営で言うと,「型」とは,情報共有の仕方やプロジェクトの進め方,事務フローなどの社内の決まりごと,ビジネス上のルール,そして大きく言えば,「ビジネスモデル」そのものである.ビジネスモデルと言う「型」を創り上げることで,実は「普通の人」が生き生きと振る舞い,高いパフォーマンスを上げられ,そしてその中からぬきんでた「スター」が現れる可能性があるということだ.「型」から生まれる高いパフォーマンスと「スター」,子供たちの踊りを観ながらそんなことを考えていた夜でした.
Dec 19, 2007
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今日は盛和塾の大阪例会でした.稲盛さんの話は,何回も何回も繰り返し聞いた話しだったけれど,いつも新鮮にそして新しい発見があるから感銘を受ける.稲盛さんの言葉そのままではないけれど,印象に残ったこと.「足るを知る,そして人生において役を演じる」ということだ.経営者で成功するまでは努力を重ねてきたのに,社会的に成功を収めた瞬間に,謙虚さを忘れ傲慢になり,欲望が際限なく拡大していく人がいる.そして結局は持つものも失ってしまって,不幸になってします.これは「足るを知る」ということを知らないからだ.また人生とは,芝居のようなものだ.たまたま京セラの稲盛和夫を演じてくれと言われてその役割になっただけ.「存在と言うしかないもの」が「私」の本質だが,その「存在としか言うしかないもの」がたまたまこの役割を演じている.例え成功したからといって,それだけのことで,もしかしたら他の「存在」が稲盛和夫を演じていたのかもしれない.いつまで経っても,「足る」を知りたいと思う.欲望には切りがないし,欲望を満たし続けることで幸福になるとも思えない.また僕は人生でたまたま与えられた「責任」も演じたいと思う.「自己実現」とは若干利己的な気もするから,あくまで経営者としての「責任」を演じる「存在」でありたいとも思う.今日は多少,哲学的な夜でした.
Dec 18, 2007
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当社は社員間の情報共有にかなり力を注いでいると思うけど,打ち合わせに関してはやはり,道具を使い分けることが大事だと感じている.メールでの打ち合わせ,チャットツールを使った打ち合わせ,電話,グループウェア,それにもちろん顔を合わせての打ち合わせなど,どれも一長一短だから,場合に応じて使い分けることが大切だ.顔をあわせての打ち合わせしかやらないと,関係者が集まる都合に合わせてしか大事な決定ができないし,逆にいつもメールなどで済ましていると,仕事が広がりを失って「やっつけ仕事」になってしまう恐れもある.僕の場合,思いついた時に,適当と思われる方法で参加できる適当と思われる人に集まってもらって即時に決める方法をとっている.たまたま数人が在社していればその人たちを集めて相談したりするし,ちょっとした打ち合わせにスカイプなどのチャットソフトで,遠隔地の人にも会議に「参加」してもらったりもする.電話で打ち合わせることが適していることもあれば,グループウェアを使ってしっかりデータを参照しながら時間をかけてコメント,返信などを記録することも大事なこともある.まあ昔に比べれば,情報共有や打ち合わせのための道具がそろっている.これらを生かしてベストの判断を即時にしていくことが大事だし,そのためにはいつでも臨戦態勢にいなければならないのだなあと思う.そしてもちろん結局は,打ち合わせは個人のやる気にかかっているから,如何にモチベーションを上げて,またモチベーションが高い人を活用していくかが経営の鍵なんだろうなとも思っています.
Dec 17, 2007
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上司の仕事って,いろいろ言われているが,結局,「現状では自分しかできない難しい仕事を,簡単にして部下に渡す」ことじゃないかなあと思う.プレーヤーとして実力があるのが上司の絶対条件だ.しかし自分で何もかもいつまでもやっているのでは良くない.大体人件費も高い人たちだし,どんな難しい業務でも永遠にそればかりやってもらっても困る.プレーヤーとして実務をこなし,同時にその業務を他人でも部下でもできるようにシンプルに分解,整理していくことが必要だと思う.難しい(とされる)仕事をずっとやっているだけでは,上司としてはだめだなあと思う.逆に強い会社は,複雑で難易度の高い仕事を最初は特定の人しかやっていなかったものが,いつの間にか経験の浅い新人でもこなしてしまうようになっているところだ.よく,若い人たちに大きな責任を与えている活きのいい会社があるが,それはその前段階として,難しい仕事をシンプルにしている仕組みがあるからだと思う.難しいことを簡単にする,それが上司の仕事なんじゃないかと思います.
Dec 12, 2007
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今月から当社の営業プロセスの管理の仕方を変えている.今までは何をやったかを担当者に報告してもらい,コメントを返すやり方をしていた.でもそれだと,担当者が気づいていない「出来ていないこと」を指摘することは若干困難だったのだ.今回導入するやり方だと,出来ていること,注力することに加えて,出来ていないことや担当者が書いていないことに対してもコメントがつけられるようになっている.日頃の業務というのは意外にこうした「抜け」が多いもので,逆に「出来てること」は担当者に任せていても大体は問題なく進捗するものだ.今回のやり方ももちろん,顧客により良いサービスを提供するためのものだ.顧客のことをしっかり理解し,何が起こっていて何をこれから提案しないといけないか,人数と時間をかけてじっくりと漏れなく活動することが,結局は顧客に対するサービス向上になる.まあこういうやり方の変化は,時折導入した方が良いように思う.今までのことを再検討してみて,常に変化を生み出していきたいと思う.
Dec 5, 2007
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ビジネスモデルとは,企業が利益を上げるための仕組みのことを指す.グーグルが検索技術を武器としながら,実際の収益は検索結果に連動した企業広告から得たり,キャノンが安価でプリンターを売りながら,特許で守られたインクカートリッジで儲けるといったビジネスの仕組みを意味している.ではビジネスモデルはなんのためにあるかというと,もちろん企業が利益を上げるためである.では企業はなぜ利益を上げるのかというと,それが企業の目的だからと言ってしまう循環論法で説明になっていない.先日からの話の流れで言うと,企業がビジネスモデルを持ち,利益を上げる目的は,社員の生計を継続的に,永続的に成り立たせ,同時に社会貢献を行うためだと思う.ビジネスモデルは机上のゲームの思いつきのルールではない.そこにはリアルな生活を成り立たせる仕組みであるし,年月の経過に負けない確固たる人的・物的基盤も必要である.まあ軽い言葉でないのだと思う.当社のモデルはまだまだ確立しているとは思えない.これで当分いけるという確信もないし,まだまだ基盤を固める時期なんだろうなあと思っています.
Dec 3, 2007
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昨日本日と,当社の慰安旅行に行ってきた.東京営業所から5名全員,九州からも2名,大阪本社から13名の計20人の一行である.目的地は淡路島・鳴門・琴平(金毘羅)で,天気にも大変恵まれ,みなも楽しんだんじゃないかと思う.今回の参加者の顔ぶれを見ても,だんだんと陣容が充実してきなあと感じる.20代・30代・40代・50代・60代と満遍なく世代が揃い,それぞれの専門分野とキャリアを持って活躍している.慰安旅行なんて最近流行らないのだけど,日頃から「公私混同の勧め」とか,会社の第一の目的を「社員の物心両面の充実」と考えている僕としては,(そんな風には見られないけど)意外にこういう家族主義的なイベントは大事じゃないかと思っている.今年の成績は12月決算の当社としては大体見えてきた.皆のがんばりを反映した結果になりそうだ.一年の中でもこの最後の月だけが見通しが見えて少しほっとする時期である.そう言ってる間に来年の計画,それに本当に来期がやってくる.さて早速明日から仕事だ.気を引き締めていきましょうね.今回旅行に参加できなかった人たちも来年はぜひ.
Dec 2, 2007
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