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忘れない内に,またまた続きです.イチローや羽生の様な人たちを例に出したけど,彼らはいわば,「型を極めた人たち」と言える.野球や将棋という型を極めた人たちは,もちろんその道でトップに立つのだが,同時に生計を成り立たせ,人格を高め,人々に感動を与えている.「型」という一見窮屈な「決まりごと」の世界の中で日々精進を重ねた結果,面白いことに,「型」を超えた普遍的な感動を生み出すのだ.考えてみれば野球なんて,細かいルールの下で投げられた球を打ち返すだけ,将棋なんてほとんど日本でしか通じない,子供の遊びみたいなものかも知れない.しかしそれを日々極めていく過程で,生活の糧になるお金を生み出し,人格が向上し,しかも他人をも感動させることになる.将棋がなければ,羽生は羽生足りえたのか?もちろん,他の「型」でも彼は同じことをしていただろう.しかしやはり「型」がなければ,修練はあり得ない.僕が昔から「受験勉強も修練のひとつとして有効」と思っていたのは,同じような理由からだと気づいた.受験勉強の中身はほとんど役に立たないことばかりだ.でも自分を律して数年かけて何かを成し遂げるという「型にはまった努力」は後の人生で必ず生きてくる.普通の人が誰でも体験する「型」はこの受験という儀式であろうし,特別に何かに秀でた人なら,ピアノとか,野球とか,特殊なところでは歌舞伎役者の子供とか,そういうものもあり得る.ちょっと理解が難しいけど,中身に意味があるのではない.「型を修練すること」自体に意味があると思うのだ.もちろん,「型」としての会社は,それが(1)生計を成り立たせるものであり,(2)それを通じて人格が高まるものであり,(3)社会(顧客)に貢献するもの,でなければならない.だから繰り返しになるが,「型」を作る行為,すなわち会社の組織作り,ビジネスモデルの構築はとっても大事になる.さて,当社ももっと面白くて楽しめる「型」を作り,その中で達人をたくさん生み出したいと思っています.
Nov 28, 2007
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昨日のちょっと続き.会社が「仕組み」であり,その枠組みの中で社員が目標達成のために努力し,生計を立て,人格を高め,社会に貢献するとすれば,仕組み作りは大変重要な仕事だ.子供の頃でも人望のあるのは,勉強やスポーツが出来る人よりも,何か面白い遊びを考え出してルールを作ってみなで遊ぶことが出来る子だった.ルールが公平で,遊びの目的がはっきりしていないと全然面白くない.ある枠組みや制限を,その遊びが面白くなる様に作って,改良を加えながら皆で遊ぶ.ルールが明確で弱い子供にハンデを与えたりして巧妙なほど,全員参加で楽しむことが出来る.会社を「遊びのルール」と一緒にしてしまうとちょっと問題かも知れないが,まあ仕事って「人生を賭けた究極の遊び」みたいなものだ.すなわち,会社は「人生ゲーム」だともいえるかなあ.会社は人生ゲームだから,どうせ参加するなら熱くなって目一杯頑張ったほうが楽しい.それで生計が立って,人格も磨かれ,しかも他人にも感動を与えることが出来るならとってもすばらしいと思うんだけど,違うかなあ.
Nov 28, 2007
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今日は盛和塾北大阪支部の自主例会で,長年京セラの労働組合長して稲盛さんに仕えた福井顧問の話を聞く機会があった.夕方から5時間に渡る長丁場の講義だったけれど,福井さんは何のメモも見ずに若干の配布資料を参考にしながら,詳細にわたるまでよどみなく話をしておられた.感想は,ただただ圧倒されたという感じで,福井顧問が解説する京セラの凄さ,すなわち「稲盛和夫」という人間の凄さにあらためて驚愕した.この塾に入って10年を過ぎてしまったのだけど,まだまだ全然分かってないなという感じすらしたものだ.さて書きたいことは山ほどあって,おいおい機会を見て書くことにするけれど,あらためて「会社とは何か」ということを深く考えさせられた.話は一見,全然変わる.イチローが野球をせずに誰もいない原っぱで毎日毎日なんの目的もなく棒切れを振っていたら,あれほどの達人になれただろうか?イチローがイチロー足りえたのは,野球という「仕組み」があったからだ.ピッチャーが投げてバッターが打つ,9人対9人でプレーする,点をたくさん取ったほうが勝ちとかいう「ルール」があって初めて,イチローはそのルールの中で達人になったのだ.同様に羽生は将棋という「仕組み」があって羽生足りえたし,柔道の山下も柔道があって初めて「世界の山下」足りえた.人が夢中になって長年精進し,その道を極めるには,どうもある「ルール」,「枠組み」や「仕組み」が前提になっているようである.そして重要なのは,ある「仕組み」の中で長年それに打ち込んで道を極めた結果,プロとして生計が成り立ち,人格が向上し,人々に感動を与えることが出来たという点だ.そう,会社とはこの「ゲームのルール」・「枠組み」・「仕組み」とまったく同じことだと気がついた.つまり,会社の仕組みとかビジネスモデルとか言うものは,結局,「長年それに打ち込んで道を極めた結果,(1)プロとして生計が成り立ち,(2)人格が向上し,(3)人々に感動を与える」ための仕組みに他ならない.これを稲盛さんの言葉で言うと,「従業員の物心両面の充実を目指し,社会に貢献する」ということになる.会社の中で,みんなが協力して目標を達成していく.そのことで生計が成り立ち,同時に精神も鍛えられ向上していく.しかもその活動が社会から評価される.そういう存在に,会社はなるべきだと思うのだ.こう考えると,経営者の役割は重大だ.だって「仕組み」を築いていくのは経営者の努力であり,考え方が反映されるから.きちんとした「仕組み」の下,当社の社員には長年精進して達人になってもらいたいと思う.まだまだやることはあるし,僕も未熟だけど一緒に頑張りましょうね.
Nov 27, 2007
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衆議院の解散があるかも知れない状況で,「小泉チルドレン」とされた議員たちが,俺たちは使い捨てかと言っているらしい.せっかく反郵政民営化議員の対立候補として当選したのに,その役目が終わったからと言って次回選挙に優遇をもらえない,もしくは再選の見込みももらえないことに憤っているらしい.これは大きな勘違いで,政治家というのは職業上,「使い捨て」なものだと思う.国民のため働くために選ばれた人々で,別にその人の生活のために選ばれた既得権益ではない.役目が終われば自ら降りるのが当たり前だし,立場が惜しくて出来る仕事でもないだろうと思う.経営者もまったく同じで,自分の生活にためにはじめたことでも,一旦事業を始めてしまい社員を一人でも雇ったら,仕事の目的は第一に社員のため,第二に顧客のため,第三に社会貢献という大義名分のため,ということになる.自分の生活は四番目か五番目の話で,そんなことを最初に考えていたら,周りの人が不幸になる.「自由になるお金が多いのに自由にしててはいけない因果な立場が経営者だ」というのは,稲盛さんの教えでもある.「あなたは必要でない」と言われたら潔く降りる,逆に無私の決心で捨て身の決断が出来るのが政治家,自分のことを差し置いて,社員や社会のことを考えるのが経営者だと思う.小泉チルドレンもまだまだだなああと思うけれど,我が身を振り返って反省もしていきたいと思っています.
Nov 27, 2007
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僕は昔から,「根拠のない自信」があって仕方なかった.もう少し洗練された言い方をすれば,「健全なオプティミズム」とかになるのかも知れないが,とりあえずどんな高い目標でも,「まあ何とかできるだろう」と真面目に思えたものだ.僕の友人が指摘するように,「小さな実績・成功体験の積み重ね」がその背景にあったのかもしれない.何度も書いているが,僕の場合,水球でまったくの素人から苦労して全国大会に出場するようになった過程とか,進学校ながらとんでもない成績から難関とされる大学受験をうまくパスしたり,そういうちょっとした(その時は冗談でなく死に物狂いだったけど)成功体験が,「根拠のない自信」に多少の根拠付けをしたのかも知れない.でも更に思い起こしてみると,水球を始めた瞬間(つまり素人),先輩たちのプレーを見ながら,「あれなら俺にも出来る.ただし,泳げるようになったら」と思ったことも覚えている.ここで大切なのは,「ただし」の部分で,「出来ないことが出来るようになった暁には」と,大きなクエスチョンのつく前提条件の下で,「俺にも出来る」と考えたことだ.これってほんとに「根拠のない自信」なんだけど,中小企業の経営者って,こうでも思っていないとやってられない面は確かにある.「このまま順調に事業が成功して,社員が300人になったら」,「事業規模が今の10倍になることは当然の前提として」,「現在取り組んでいる新商品開発が成功するだろうから」,「優秀な人材があと数十人入社したなら」とか,常識的にはビッグ・クエスチョンのつく前提条件を,「なんの根拠もなく」信じ込める才能が経営者にはなくてはやってられないんだと思う.まあこう書いていると笑い話みたいだけど,冗談とも思わず,本気でそう思っているところが経営者なんだよなとも思う.もちろん,僕に限っては,ほんとうにそうなると思いますよ,かな?
Nov 26, 2007
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僕が「義」とか言うと,変な感じがするかも知れないけど,どんなことでも組織を持って何かを達成しようとすれば,そこには「義」というか,「大義名分」がなければならない.売上高何億円,お金を儲けたいとか言うのは「義」にはなり難い.きちんとした「大人」はそう言うゲームのようなことで人生を賭けて何かをしようとは思わない.やはり何か世の中のためになること,出来れば自分たちよりも弱い何かのために頑張ろうということだけが,本当の働く動機になり得ると思うのだ.働くことで組織が利益を上げ,そこで働く人やその家族の生活が安定することが一つ.ビジネスを通じて提供されるモノやサービスが,人々の生活の向上につながることが一つ.創意工夫を凝らすことで,機械的でない人間的な「創造の喜び」,「未知の体験」をすることが一つ.顧客が,当社と取引することを感謝してもらうようなことをすることが一つ.「社会に貢献する」と言っても,さまざまなあり方がある.殆どのビジネスはスパッと割り切れるものではないから,「より良くありたい」と不断の努力を少しずつしていくものなのだろう.当社の「義」は何であろうか?まず会社として成り立つことに数年努力してきた.「大義名分」を掲げて,組織が一つの方向に向いたときが飛躍の時であろうし,そうでなければ今後の成長はない.それを示すのが経営者としての僕の役割であろうし,かならずそうしたいと思っています.
Nov 25, 2007
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ある企業が将来,10年後,20年後どうなっているかは,リーダーである経営者の考え一つで決まっていると本当に思う.5億円の売り上げの会社を10億円に,10億円を20億円に,30億,50億,100億円と規模拡大を目指し,場合によっては上場したりもする.面白いのは,経営者が「ここまでやったんだからまあ満足かなあ」と内心思った瞬間に,そこで成長は止まり,むしろ企業業績は後退していくことだ.規模だけでなくても,小さくても社員と顧客を大切にする企業文化の中で仲間意識で経営したいと思っていても,少しばかり利益が上がると,今度は社長だけが会社の経費でいい車に乗ったり,高い店で会食を重ねたりしてしまう.当然みな歳もとってくるから,貧乏でも若くて仲の良い会社が,社長だけ多少の贅沢をしていて他の役員もぬるま湯であまり仕事をしない,ただの小規模低収益企業になってしまう.リーダーが高い理想を掲げ,いつまでも第一線で緊張感を持って働いている会社は強い.油断大敵と言うがまさにその通りで,理想が低いと小成功で満足して,小失敗で衰退していくものなのだ.「まあこんなもの」と思ったら終わり,何事にも通じることだと思うけど,僕はいつまでも「上を向いて生きたい」と思っています.
Nov 22, 2007
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「社長の値打ち」という本を読んでいたら,僕も別の機会に聞いたことのある稲盛さんの話が出てきた.稲盛さんが若い頃の京セラの話だ.ある日の深夜二時頃に技術者が泣いているのを稲盛さんは見かけた.どうしたのかと聞くと,「どうしても思ったように電気釜の温度が調節できず,製品の寸法に微妙な差が出てしまう」とのことで悔し涙を流していたらしい.大昔のことだが,普通の経営者,または今の経営者ならどう返答しただろう.「私の経験なら,こうしたらいいのではないか」,「熟練技術者の〇〇さんに聞いてみなさい」と具体的なアドバイスを与えるだろうか?「そこまで深夜までがんばって出来なかったのだから,今日は帰ってまた明日挑戦しよう」と,若い技術者を励ますのだろうか?「君をそこまで残業させる上司は誰なんだ」と怒り出すだろうか?多分,どれも正しいのだろうけど,当時の稲盛さんはこう答えた.「どうかうまくいきますように,神に祈ったか?」これが,もうだめだと思ったときに粘りに粘って挑戦し続けることだと思う.「紙一重の努力」というけれど,良い悪いとか言う前に,こうでないと企業は成長,発展していかないといことか.「神に祈る」,そういう気持ちまで努力を続けていきたいと思っています.
Nov 19, 2007
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先週は火曜日から日曜日まで,台湾出張に行ってきた.理事もやっているFAOPMA(アジアオセアニア害虫駆除協会連盟)の台湾大会に参加するためだ.今年は営業担当の西尾くんと技術コンサルタントの戸島さんも同行した.日本からも50人ほどが参加する大会で,今回もアジアや欧米から来た各国の知り合いと会うことができた.この業界はとてもニッチで世界が狭く,100人くらいのキーパーソンを知っていると大体世界のトレンドがわかって来る.台北は僕が10年ほど前に一年住んでいたことのある街で,その後も結構訪問しているから勝手知ったる場所である.今回も同行の二人を連れて,小龍包で有名な店・カキ氷屋さん・烏龍茶喫茶店を梯子し,まだ世界で一番高いビルの101に登り,そのビルの85階にあるレストランでパーティーを開催し,夜店を回るとという初日でした.FAOPMA大会は来年東京で開催で,しかも僕が会長職に奉ずることになる.さて準備も大変だろうけど,これも業界発展のためがんばらないといけないんだろうなと思っています.
Nov 19, 2007
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組織は,「人生をうずめてそれに没頭している人」がいるかどうかにかかっている.そして中小企業などの小さな組織では大抵はそれは経営者の役割だ.適当に優秀と思われる人たちを雇って,「君たち,適当に頑張ってやっておいてくれ」と言って終わりなら,その会社はぜんぜん駄目だ.リーダーが人生を賭けて,人生をそこにうずめてやる決心とこだわりを見せないと,周りの誰も本当には真剣に仕事をしようとはしない.リーダーが適当だと,そこにいる人もみな適当に仕事を流してしまうものだ.稲盛さんがよく「率先垂範」と言っているのは,おそらくこのことだと思う.普通の人は,周りの流れや慣習に従ってなるべく摩擦や過度に目立ってしまうのを避けるのが当たり前だ.誰も「変なやつ」とは思われたくないし,人を叱ったりするのも,モチベーションが下がってしまった人にあえて励ましたりするのも面倒くさくてやらないものだ.でもその状態で誰かが真剣に,「それではいけない」,「あなたのここが悪いから直して欲しい」と言わないと,組織全体がおかしくなる.こうした周りの流れに従わない「変人」がいないと「変」になるのが組織だとも言える.「人生をうずめる」には,決心以前にそれが好きで好きでたまらないと思える「感情」が必要だ.経営者がそういう代え難い「感情」を持ち,人生をうずめ,組織の中で「変人」になっていくことが組織の成長につながるのだろうと思う.
Nov 11, 2007
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知的好奇心とは,人の受け売りでなく,社会で「常識」とされていることに対し,どこかおかしいんじゃないかと疑い,納得できない部分は自分でとことん確かめようとする態度のことだと思う.「これはそういうものだ」と思われていることも,実は余り理由がなかったり,当初の理由が既に実態に合わなくなっていたりすることが多い.社会は常に進化し変わっているから,今の常識はすぐに非常識に変わっていくことさえ当然のことだと思う.ビジネスを行っていく際も,こうした「常識的なこと」を疑って,もっと実はうまくできるんじゃないかと知的好奇心を発揮することが大事だと思う.1000円ヘアカットで有名なQBハウスも,「散髪とは高くて時間のかかるもの」という常識を疑って成功したし,画面の小さい携帯サイトでは物は売れないというついこないだまでの常識を覆して成功しているのが,携帯オークションのDeNAだ.会社の中でも,「それは正社員が時間をかけてやるもの」はアウトソースが使えたり,「この業種では一人当たり売り上げはこれくらい」ってのも根拠がないし,「そんな少量販売では採算が取れない」ってのも嘘だし,ちょっと疑えば納得の出来ないことはたくさんある.経営者が「もの分かりのよい会社」になったら終わりだと思う.社長が「変人」と呼ばれている位が,進歩のある会社なんだろうなあと思います.
Nov 10, 2007
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昨晩は最近知り合った若手会社社長,その友人(IT企業社長,テレビ局),僕の友人(弁理士)との会食だった.たまにこういう年代の近い異業種の人たちと集まると,参考になったり刺激になったりで非常にいい.その若手社長の会社だが,プリント基板をネットで少量受注生産販売するB2B企業だ.どんな電気機器メーカーでも必要な試作機用のプリント基板を,少量短納期で受注生産する仕組みを,海外のメーカーと組むことで低コスト化し,かつネットという身近なメディアで提供していることがこのビジネスモデルらしい.社員も数人しかいないのに,10億円近い売り上げがある成長企業となっている.かなりニッチな商品を数多くの企業に提供し,IT技術を使いながら小さい組織でまわしていくノウハウは当社も見習いたいと思う.何事もやり方だなあと思って感心しました.また次回を楽しみにしています.
Nov 8, 2007
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雑誌を読んでいたら,吉野家の安部社長の話が載っていた.牛丼の販売停止に追い込まれた時,社員に向けて「二,三年は商売しなくても社員の給料は払えます」.当時の吉野家は数百億のキャッシュを持っていたのだ.阿部社長曰く,「手元にキャッシュを持っているのと,いざという時に時間が稼げます.牛丼停止の後,試行錯誤で新メニューを軌道に乗せることができたのは,キャッシュを持っていたからです.つまりそれをやらなきゃ死んでしまう時,赤字を出してでも生命の維持,継続に集中できる.死んで花実が咲くものかってやつかな」.そう,企業は死んでは花実は咲かないものなのだ.経営が順調なときこそ,しっかり利益を出して余剰資金を貯め,ピンチの時に時間を稼ぐことが大切だ.たまに儲かったときに,税金に持っていかれるよりはと大盤振る舞いをしたり,配当を大幅に増やしてしまったりする経営者もいるが,それは一時的なことであって長期に会社を維持発展させないといけない立場からは違うと思う.ピンチは必ず来る.備えあれば憂いなし,死んで花実が咲くものか,である.
Nov 5, 2007
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成功する,高い目標を達成するには,実は「失敗できる能力」が一番大切じゃないかと思える.あることにとことん努力できないと,どんな目標も高ければ高いほどその達成は困難だ.そして多くの人が目標を達成できないのは,目標自体が困難というよりは,それに必要な「とことんの努力」を出来ないことが殆どの理由だ.ではなぜ,「とことんの努力」が出来ないかと言うと,それは「失敗したら努力が無駄になる」,「あんなに必死にやって出来なかったら面子がない」,「自分が傷つくのが怖い」と言うのが理由のようだ.オリンピックで金メダルを取るような人は,数年前から「必ず金メダルが取れる」と信じ切って過酷な練習をするらしい.必ず金メダルが取れると信じているから,その過程として必要な練習も集中して実行することが出来るし,徒に不安に慄いたり,その結果プレッシャーがかかり過ぎたり,それに負けて努力自体をしなくなったりすることはない.周りが駄目だったときのことを考えて心配になるほどひたすら自分を信じて,「とことんの努力」を何年にも渡ってし続ける.そしてそういう人たちの中からだけが,本当に金メダルを手にすることになる.そうすると,成功するには,とても逆説的なんだけど,「とことんの努力」にもかかわらず失敗したときに,すぐに立ち直れる強靭な精神力が必要だということだ.努力したからと言って成功するとは限らないから,努力を重ねて失敗したときに,「次はまた頑張ろう」と思える能力が必要だ.だから何度か挫折を重ねてきた人は強いと言われるが,むしろ「何度か挫折を経験できる能力」に注目した方が良いかもしれない.普通の人は,挫折を経験できるほどの努力を怖くて出来ないものだから.当社も何度も小さな失敗はしている.確かホンダが「失敗大賞」みたいなものをやっているけど,経営者としては,「とことんやって失敗してもまた次に挑戦する企業文化」を作っていかねばならない.要するに,「成功するには失敗手出来ることが大切」ってことだ.
Nov 1, 2007
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