⇒ 【第1話:切り離された4人】 からの続き
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<登場人物>
◎ 空木 零依(うつき れい)
♂主人公、29歳の会社員
目標も趣味もなく孤独に生きていたが、
光空(るあ)との出逢いから壮絶な運命に巻き込まれる
◎ 無垢品 光空(むくしな るあ)
♀22歳、主人公に好意を抱き近づくが、
実は彼女の中に複数の”別人”がいて…?
※光空(るあ)のメイン人格※
1. レオ ⇒関西弁の明るい青年、もっとも出番が多い
2. セイヤ ⇒好戦的で暴力的
3. サキ ⇒非常に色欲の強い、派手好きなお姉さん
4. クレハ ⇒もの静かで優しい淑女
5. ? ⇒本人曰く「もう1人メインがいる」らしいが…?
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【第2話:救済願望の沼】
深夜2時。
光空
『う……うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
夢の中にいた僕は、
光空の狂ったような叫び声に叩き起こされた。
零依
「どうしたの?!」
光空
『う…ぐッ!……わぁぁぁぁぁん!!』
それは子どもの夜泣きではなく断末魔。
絞られる雑巾のように、四肢をねじ切られる苦痛。
光空はベッドで激しく転げまわった。
頭を抱え、壁や布団を殴り、自らの首を絞めた。
僕は、必死で暴れる彼女を取り押さえようとした。
放っておくと、自分を引きちぎってしまいそうだった。
光空の人格交代は8割方、彼女の意志でできる。
残り2割はコントロールできない。
例えば本体の意識がないとき。
…今回の暴れ方…出てきたのは凶暴なセイヤ?
いや、サブメンバーにも”やんちゃ”なヤツがいた。
その中の誰か?それとも新しく生まれた人格?
光空
『お願い!もうやめてーーー!!』
『痛い、痛い!!』
意外なことに、
『やめて』『痛い』と叫ぶのは好色家のサキだ。
僕はこのように、
誰が出てきたのかを考えながら、
暴れる彼女を落ち着かせた。
最初は驚いたが、
週2回ペースの鎮圧戦にも”慣れて”きた。
大変なのはこの後だ。
ーー
深夜3時。
零依
「1・1・9」
消防署
『救急隊です。』
零依
「住所は●市●区、女性です。」
消防署
『どうされました?』
零依
「突然暴れ出した後、意識をなくしました。」
「呼吸は不規則で、耳が聞こえていないようです。」
消防署
『わかりました。』
光空を鎮めると、意識を失って倒れた。
その後は呼吸が不規則になったり、
耳が聞こえなくなったりした。
医療従事者でない僕が、
救急車を呼ぶことや乗ることに
慣れるのはどうなんだろう?
自問しながら、
僕は救急病棟の待合室で夜明けを迎えるのが
日課になってしまった。
それは2人で街を歩いていても襲ってきた。
兆候は、光空の口数が不自然に減ること。
その後は頭を抱え、突然倒れることもあった。
通りすがりの人が介抱してくれたり、
救急車を呼んでくれたりしたこともあった。
意識を残した場合でも、
光空はしばらくの間、耳が聞こえなくなった。
そのときは光空の聴力が回復するまで、
メッセージでやり取りした。
覚えたての手話を使うこともあった。
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(クレハ)
『今回も助けていただき、ありがとうございます。』
そろそろ始発電車が動き出す時間だ。
治療室のドアが開き、光空が駆けてきた。
いや、光空ではない、クレハだ。
零依
「光空は大丈夫?」
(クレハ)
『はい、まだ眠っています。』
『私が代わりにお礼を伝えにきました。』
『いつも本当にありがとうございます。』
零依
「そんな、いいよ…。」
(クレハ)
『お疲れでしょう?』
『あまり眠れておりませんもの…。』
零依
「大丈…夫。待合室で寝たから。」
(クレハ)
『そうですか…今日もお仕事ですか?』
零依
「うん。」
(クレハ)
『ご無理なさらないでくださいね。』
『おつらかったら早退してください。』
救急車にお世話になった日は、
待合室でクレハと過ごすひとときが、
寝不足の身体を癒してくれた。
ーーーーー
友人
『零依、ずいぶん?せたな!』
『ご飯ちゃんと食べているか?!』
零依
「え?…?せた?」
友人
『最初、誰だかわからなかったよ…。』
『ダイエット中?』
零依
「ダイエットはしていないよ。」
「大丈夫、ご飯は食べているから。」
友人
『ならいいけどさ…。』
『彼女とはうまくいっているの?』
零依
「それなりに。」
友人
(零依のやつ…覇気がなくなったよなぁ…。)
(本当に大丈夫なのか…?)
1年ぶりに会った友人は、僕を見て驚愕した。
確かに体重は落ちたが、
見た目も激変していることに
自分では気づかなかった。
何もせず、短期間でそんなに?せられる?
僕には心当たりがなかった。
だが、
・深夜の鎮圧戦から、寝不足を抱えて出勤
・1人で十数人の人格と接する心労
・突然の、別人格からの本音
…僕は激痩せして当然の生活をしていた。
にもかかわらず、
僕はそれをストレスだと
気づくことすらできなくなっていた。
救急医療費もそれなりにかかっていた。
安月給を切り詰めて捻出していたが、
じわじわと生活費が圧迫されていた。
ーーーーー
「光空はどうして多重人格になったのか?」
僕は勇気を出して、
光空に詳しく聞いてみることにした。
もちろん彼女の身を案じてのことだが、
”刺激したくない”という自己保身もあった。
何より、
友人に”?せたな”と言われたことで、
僕は自分が「つらい」ことに気づいてしまった。
光空
『…わかった。』
『けど私から話せる自信がないから、レオに代わるね。』
零依
「ありがとう。つらかったら話さなくていいよ?」
光空
『いいえ、あなたにはすべて知ってほしい。』
『もし私がどうにかなったら、止めてくれる?』
零依
「…もちろん。」
光空は僕の返事を見届けてから、
ゆっくりと目を閉じた。
…………。
(レオ)
『…話は本体から聞いたで。』
『ワイらが生まれた理由を知りたいんやな?』
零依
「…うん。」
(レオ)
『いい覚悟や。ほんなら話すけど、その前に…。』
『多重人格はどうやって発症するか知っとるか?』
零依
「うん。トラウマやストレスから心を守るため。」
「あまりに強いショックの場合は人格を切り離す、でしょ?」
(レオ)
『そうや。よう勉強しとるな。』
零依
「人格を分離するほどのショックって何…?」
(レオ)
『それが本題や。』
『…アイツは高校んときに、学校でな…。』
零依
「学校で?」
(レオ)
『…突然やが、”男は狼”やろ?隠さなんでええで。』
零依
「うん。」
(レオ)
『”狼の群れに囲まれた女1人”って言えば、わかるか?』
零依
「まさか…校内で男子生徒たちに……?!」
(レオ)
『そんなことあるわけない、と思うやろ?』
『それはアンタが善人に囲まれて生きてこれた証や。』
『残念ながら人間には一定数、道を外れるヤツがおる。』
零依
「…………。」
(レオ)
『そんときのショックで最初に生まれた人格がサキや。』
零依
「サキが最初に…?どうして?!」
(レオ)
『”毒をもって毒を制す”やな。』
『逆にその行為を好きになって上書きするためや。』
『殴られて育ったヤツが親になって、子どもを殴るのと同じやな…。』
零依
「…だからサキが『痛い』『やめて』と…?」
(レオ)
『…やっぱり『痛い』言うとったか…。』
『本体、たまに耳が聞こえなくなるやろ?』
零依
「うん。」
(レオ)
『それは何も聞きたくないからや。』
『襲いかかる野獣の声も、自分の悲鳴も、何もかもな…。』
零依
「耳を閉ざすほどの恐怖…。」
「その後はどうなったの…?」
(レオ)
『相手は性欲がピークのケダモノや。』
『しばらく続いたで。』
零依
「そんな…。」
(レオ)
『ただ、その最中にサキが出てくるようになって…。』
『傍から見れば喜んでやっているような誤解が生まれた。』
『学校では”色狂い”だの、変な噂が立ってもうた…。』
零依
「それじゃあ…居場所もなくなるんじゃ…?」
(レオ)
『その通りや。』
『だがアイツは”家にも居たくない”ゆうてな。』
零依
「家に…居場所がなかったの…?」
「そんな学校の方がまだマシってこと…?」
(レオ)
『そうや、居場所なんてあらへん。』
『親は”子どもは自分の操り人形”っちゅう奴らや。』
『そんで休んだり登校したりを繰り返しとった。』
零依
「それでも登校を…。」
「じゃあ、またそいつらの標的に?」
(レオ)
『それが皮肉なもんでな。』
『サキの噂が広まってから奴らは手を出さなくなったんや。』
『バレたくなかったんやろな。ほんま身勝手なやっちゃで…。』
零依
「…信じられない…!」
「そんな最低な人間がいるなんて…。」
(レオ)
『やろうな。その頃に生まれたんがワイとクレハや。』
『諦めの境地に至ったんやろな。』
零依
「諦めの境地…。」
「そりゃあ、そうなるよね…。」
(レオ)
『ああ…。』
『当時のアイツには 明るく振舞える人格 が必要やった。』
『親にも隠して、楽しくやっとるフリするために、な…。』
零依
「………。」
これはR指定の妄想世界ではない。
僕が生きてきた世界は、あまりに狭かった。
人の苦しみの大きさは比較できない。
それをわかっていても、
僕の救済願望は膨らみ続けた。
「こんな思いをしてまで、なぜ光空と一緒にいるの?」
浮かび上がる本音は、
すべてこの言葉でかき消された。
「彼女の苦しみに比べたら、自分のつらさなんて…。」
この思い込みが”泥沼への招待状”だったことを、
僕は知るよしもなかった。
⇒ 【第3話:実体のない”カノジョ”】 へ続く
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