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明治から100年続いた村の医院が後継者が無く閉院となりました。現在の先生は80超、よく頑張られました。ボクも小さい時からお世話になった医院です。さびしい気持ちでいっぱいです。ボクの祖父はこの医院の先生とマージャン友達だったと聞いています。待合室から診察室へのウグイス張りの廊下が名物でした。
2013/10/31
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食用菊・もってのほか今年も開花しました。まずは酢の物でいただきました。食用ぎくの生産量で全国1位は山形県我が家では山形出身の歩友から苗をもらってもう十年近く栽培しています。きれいなピンクの花びらが食卓に彩りを添えて楽しませてくれます。
2013/10/30
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先週の金曜日ナツキとケントがやって来ました。目的は11月の文化祭に着る服を買うこと買物はいつも娘とカミさんが面倒を見ている買物嫌いのボクはいつもパス。ナツキが買った服ケントのサッカーシューズ部活のサッカーを楽しんでいます。金、土、日と三日間、買物をして帰りました。
2013/10/29
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【写真】ヒガンバナ白(ビッグジョン)【絵】ヒガンバナ白(智麻呂さん)上はボクの9月23日のブログの写真。下はこの写真を見て描いた絵です。絵を描いたのは智麻呂さんという人でボクのブログ友のけん家持さんの知り合いヒガンバナを描きたいという智麻呂さんのリクエストにこたえて家持さんがボクのブログの写真を提供されたそしてこの絵が出来上がったのです。ネットの世界の楽しい出来事でした。こちらを見ていただくとこの間の事情がよくわかります。家持さんのブログ
2013/10/28
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里山保全作業(下草刈り)地元の里山保全共同作業に参加竹やぶ状になっていたところの竹の伐採跡放っておくと再び竹やぶになってしまうので竹やら草などを刈らないといけません。足元にコウヤボウキの花が咲いていました。コウヤボウキ(高野箒)キク科の落葉小低木別名:タマボウキ、ウサギカクシ、キジカクシ同上
2013/10/27
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高校のクラス会に出席しました。会場は京橋の「ホテル京阪」二年ごとの開催で今回が第8回二組合同のクラス会なので全員で100名出席25名、欠席46名連絡先不明14名、物故者15名前回の出席者は26名だったので出席率はこんなものかな・・・。恩師は前回2名、今回1名。JR学研都市線が人身事故でダイヤの乱れがあり開宴が1時間遅れるというハプニングがあった。お互いの近況報告はそれぞれに味と中身があって楽しい。数名が現役で仕事をしていると言い同じく数名がステッキ持参。閉会後、全員ホテルの喫茶で二次会さらに5名で別の喫茶店へ二次会が居酒屋でなく喫茶というのは年齢相応というところかも・・・。これだけ時間があると大方の出席者と話をすることが出来て言うことなし。次回の幹事を引き受けて帰宅の途に。たまたま昨日から買い物ツアーに来ていたナツキとケントが集合写真を見て「ワー、おじいちゃんとおばあちゃんばっかりや」とのたまいましたが、そりゃあったりまえだよ。
2013/10/26
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会津の旅から帰ってもうすぐ一か月写真の整理をしたり知人にみやげ話をしたりしてまだまだ旅の余韻に浸っています。今夜は自分のお土産に買った“豆腐のみそ漬け”を食べました。想像した通り、酒のつまみに絶品です。「日本のチーズ」と書いてありますが言いえて妙、まったくその通りの味です。以下、商品についていた説明です豆腐のみそ漬けの由来今から800年前、平家の落ち武者が全国各地の山里へ源氏の追手から逃れ隠れ住んだ時、豆腐を味噌に漬け込んで保存食としたものと云われております。紹興を旅したときに訪れた魯迅ゆかりの居酒屋「咸亨酒店」で紹興酒を飲んだ時これと似たようなものを食べた記憶があります。やはり豆腐のチーズと言っていたように思います。
2013/10/25
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人間だれにでも弱点はあるものそれを称して○○音痴などという。オンチの意味を調べてみると以下の通り音痴とは音程やリズムを曲に合わせる事ができないことまたはそうした人のこと。音楽分野以外でもたびたび用いられ特定の事柄に疎い事を意味する。「味音痴」「方向音痴」「運動音痴」「機械音痴」など。(ニコニコ大百科)ボクも人並みにいくつかの音痴を持ち合わせている。まずは文字通りの音楽音痴そして方向音痴の二つが代表的です。でも探せばまだまだいくらでも出てきそうです。いま困っているのが会計音痴帳簿をつけないといけない必要に迫られているのですがこれがさっぱりわからないのです。わからないでは済まないので勉強することにしました。書店に行って買ってきたのが「簿記の初歩が面白いほどわかる本」興味のないことを学ぶことのせつなさを痛感している毎日です。
2013/10/24
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磐梯山の山頂まであとひと息のところに弘法清水というのがあって、休憩小屋があります。そこには名前の通り清水が湧き出ていました。久し振りにおいしい生水にありつけて水のうまさと同時に幸せ感を味わいました。弘法清水の由来についてのサイトです興味のある方はご覧ください。磐梯町の伝説と昔話「弘法清水の由来」
2013/10/23
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先日訪ねた国立競技場のことを写真入りで紹介させてもらいます。初めてなので、何とか場内へ入って写真ぐらい写せないかと歩いていたらうまい具合に“スタジアムツアー”という催しがあったのです。→こちらスポーツ博物館の入館料300円込みで1000円ほかに“スポーツ図書館”というのもあってこちらは無料で誰でも利用出来るそうです。聖火台は近くで見ると意外に大きい。観客のいない競技場はがらんとしてさびしい。メインスタンド座席のタイプもいろいろあるのですねえ。 シートをかけてあるのがロイヤルボックスグラウンドが何も使われていなかったので芝生まで案内してもらえました。貴賓室正面玄関上には東京オリンピックの優勝者の名前が刻まれています。計画中の新国立競技場の模型東京オリンピックが決まった直後新聞やテレビで報道されたものです。スポーツ博物館に展示されています。
2013/10/22
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毎年今ごろになるとカミさんがこのバスケットにコスモスを活けます。ボクもまたそれを同じようにブログにアップしています。
2013/10/21
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地域にある介護施設の秋祭りでゴスペルシンガー 市岡裕子氏トークショー&コンサートを聞く機会がありとても幸せな時間を過ごしました。市岡裕子さんは岡八郎さんの娘辛い思いをした自分の過去ゴスペルに出会った経緯について話されどんな人でも生きる価値があることを理解し自分の存在価値を認めるとともに悩みや苦しみをもっている相手には自信を与える言動で接することの大切さを力説されました。今日、家に帰ったら次のようにしましょうということでおしまいになりました。男性は妻や娘など身近な女性に対して愛してると言う女性は男性に対して素晴らしい人だと讃えること。ゴスペル(Gospel)とは God Spell → Good Spell(良い知らせ)が変化した言葉だと言われ、日本語では、福音(=良い知らせ)と訳されます。 17世紀に奴隷としてアメリカ大陸へ連行された、アフリカ人が、自由を剥奪され、救いを与える福音と出会い、神に彼らの賛美をささげるようになったのがゴスペルの始まりだと言われています。(「サイト・エンジョイゴスペル」)市岡裕子さんのブログ→こちら
2013/10/20
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御木本幸吉銅像(伊勢鳥羽湾・ミキモト真珠島)山高帽にマント、貞明皇后より賜った杖をもった真珠王先月末、ミキモト真珠島を訪ねた時御木本幸吉記念館でお目にかかった「幸吉かるた」気に入ったものを少し紹介します。※文字が読みにくかったらクリックで拡大できます 豚に真珠などといってはいけませんね 似た人を一人知っていますその人はやはり手帳を持ちませんでした。一日に牛乳を1.8リットル飲みそれが記憶力の源泉だと言っていました。ボクにはとてもまねできません。 とても大切なことだと思います。 見習いたいですねえ、いまのところ七十過ぎて夢多くですが・・・。幸吉さんの言葉でボクが好きなのはつまらない提案もできぬものに素晴らしい提案はできないという、「提案のすすめ」の言葉です。※ただし上記はうろ覚えにつき文章は正確ではありません。
2013/10/19
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知人のメールに「オキクサンにやられた」と書いてあった。ん? オキクサン?みなさん、わかります?ボクはわからなかったのでWEBで調べたがヒットしない。知人に訊ねると「イラガの幼虫」のことを言うそうな。“イラガ”で検索すると見つかった。イラガはチョウ目イラガ科に属する昆虫及びその総称である。「蜂熊」「オキクサン」「シバムシ」「キントキ」「デンキムシ」「オコゼ」とも言いそのほかに数十の地方名がある多くの棘を持ち触れるとハチに刺されたような鋭い痛みを生じる。蛹の腸はタナゴ釣りの餌に用いられることもある。(ウィキペディア)誰が名づけたのかオキクサンとはなかなか傑作ではないか。
2013/10/18
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一週間留守にした畑大根の様子がおかしいので調べてみると原因はシンクイムシシンクイムシにやられて哀れな姿になった大根完全に芯の部分をやられています。しかし大根もしたたかですよく見ると脇から新しい芽を出しています。数日すると元気だったミズナがおかしいここにもシンクイムシがいました。こんなにシンクイムシが発生したのは初体験野菜を作るのもなかなか厄介なことです。シンクイムシ(芯喰い虫)鱗翅目のうち、果実や野菜、樹木の芯を食べる。主にメイガ科(暝蛾)などの幼虫を指す俗称。農業及び林業に影響を与える害虫として扱われる。ヤマメ・イワナ・ニジマスなどの渓流釣りの釣り餌として使われている。(ウィキペディア)夏~秋が高温で雨の少ない年に大発生するとも書いてありましたが、条件はぴったり。
2013/10/17
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先日上京の折、国立競技場を見学しました。その時、芝生の種をおみやげにもらいました。我が家の庭の芝は高麗芝かその仲間でしょうね冬になると枯れてしまいます。ところがこの芝は一年中緑だそうですうまく育つようなら全体をこれに変えようそんな思いで、家に帰って庭の芝生を削り取って種を播きました。ちょうど一週間、今日見たら芽が出ていました。国立競技場でもらった芝生の種1平方メートル分です。種を播いたのが先週の木曜日(10日)それからちょうど一週間気がついたらこんなに芽が出ていました。これが競技場の芝、こんなにきれいになればいいなあイエイエ、勝手にきれいになるわけはありませんきれいにしなくてはいけないということでしょうね。
2013/10/16
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畑の片隅のザクロが実をつけている弟が時々作って飲ませてくれたザクロジュースを作ってみることにした。作り方は弟からも聞いていたがWEBサイトにわんさとある。2、3見てエイヤッと決めたのが→これザクロは大小合わせて12個出来上がったのをそのまま飲んだらかなり酸っぱかったので5倍くらいに薄めて砂糖を入れた爽やかですっきりしたいい味になった。
2013/10/15
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秋祭り宵宮今日は地元神社の秋祭り宵宮自治会でも神社の行事を応援しておでんやイカ焼き、スーパーボールすくいなど店を出したり、余興として津軽三味線演奏などを企画して最後はビンゴゲームで盛り上がりました。津軽三味線同上、玉すだれ最後はビンゴゲームで・・・地元の新米などの景品が当たるので毎年大好評。
2013/10/14
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本薬師寺跡のホテイアオイ同上もう何度訪ねたことでしょう、大和三山とはいうものの50回、100回は行ってないですね山を登る会の例会に友だち4人と参加する予定が都合が悪い人が出来て結局○辺さんと二人。秋晴れの大和平野を歩いてきました。コースは近鉄大和八木駅から耳成山、香久山、畝傍山の順。本薬師寺跡のホテイアオイの花は予想外のもうけものでした。いろいろな角度から撮りましたがとりあえず三山の姿を一枚ずつ。耳成山(134m)香久山(152m)この正面が香具山ですが木に隠れてしまいました。畝傍山(199m)
2013/10/13
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裏磐梯の旅で見かけた花や実を紹介します。名前に自信のないものもありますので間違っていたら教えてください。植物の名前は、雄国沼の休憩所管理人の○口さんにその大半を教わったので調べる手間が少なくて済みました。ミヤマキンバイ(深山金梅)バラ科磐梯山頂で。リンドウ(竜胆)、磐梯山登山道で。ユキザサ(雪笹) ユリ科ヤマハハコグサミヤコグサ(都草)マメ科の多年草ナナカマド(七竈)バラ科の落葉高木同上同上シラタマノキ(白玉の木 )ツツジ科なんともかわいらしい実ですねえ。つぶすとサロメチールの香りがするのでサロメチールともいうらしい。サワフタギ(沢蓋木)ハイノキ科の落葉低木別名、ルリミノウシコロシ、ニシゴリサワフタギの名は、枝を横に広げて茂る様子を沢に蓋(ふた)をするようだから同上コマユミミ(小真弓)ニシキギ科同上ガマズミ(莢蒾)アジサイ今ごろ珍しく毘沙門沼に咲いていました。同上アキノキリンソウアカツメクサ(赤詰草)アクシバ(灰汁柴)ツツジ科オニシバリ(鬼縛り)?他にノコンギクやシュウメイギクなどもたくさん見かけました。ススキもちょうど見ごろでした。花や実に出会うのも旅の楽しみの一つ。
2013/10/12
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10月3日、裏磐梯の旅・四日目で最終日磐梯山噴火記念館を観た後国道459,115経由で猪苗代湖畔へ向かい天鏡閣、迎賓館等を見学しました。磐梯山噴火記念館ホールにあった「磐梯山噴火の図」1888年の水蒸気爆発の泥流により一瞬のうちの飲まれて全滅した集落のこと長瀬川が泥流にせき止められて出来た檜原湖や五色沼のことなど磐梯高原の成り立ちがよくわかりました。猪苗代湖に来て最初に立ち寄ったのが天鏡閣1908年(明治41年)に建てられた有栖川宮家の別邸で国の重要文化財表門外観各部屋には暖炉がついています。いつのころからか暖炉のある部屋に住みたいと思っていましたが実現していませんルネッサンス風の建築と室内の意匠はそれなりに見ごたえがありました。庭にあった御製の碑同上説明板天鏡閣とは目と鼻の先にある旧高松宮翁島別邸現在は福島県迎賓館で国の重要文化財敷地内から見た長屋門本館見学は庭園だけで建物内は対象外でした。四阿同上から見た猪苗代湖長浜の湖上遊覧船湖上から見る磐梯山もいいかなと思いましたがあいにくの天候で霧に包まれていて船はパスこの後、猪苗代湖北端のレストランや土産物店が集まっているところで昼食野口英世記念館、ラーメン館、世界のガラス館地ビール館、会津民俗館、猪苗代湖だんご館等があり観光客の昼食場所にもなっているようです。これで予定終了、千葉の義妹宅へと帰宅の途に。ボクは18:30からある飲み会に出るため途中で降ろしてもらいJRで新宿へ向かいました。かくして4日間の旅は無事終了となりました。
2013/10/11
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会津若松・鶴ヶ城10月2日、五色沼自然探勝路を歩き中津川渓谷に立ち寄り、檜原湖を一周した後会津若松・鶴ヶ城へやってまいりました。入場料400円を払って天守閣へ戊辰戦争や白虎隊の歴史にふれ一階へ降りると出口はお土産屋さんご覧の通り何もかもが八重さんの名前入り会津若松はとりあえず鶴ヶ城へ来たもののさて次はどこへ?ちょうど居合わせたボランティアガイドさんに相談飯盛山を薦められて“では”と出かけました。天守閣から見た飯盛山市営の無料駐車場に駐車そこでボランティアガイドさんをお願いしました。何もわからずにただ見て回るだけでは同ということもなかったと思うと本当にお願いしてありがたかった。白虎隊自刃の地同上説明板ただ一人の生き残り飯沼貞吉のこと息子を探しに来た一人の女性に助けだされ育てられたそうです。遺体には手を付けてはならないという官軍の命令下この女性は勇気ある行動をとったことになりますね。「勝てば官軍・・・」貞吉の生涯は上の説明にある通りですが終世、白虎隊については一切語らず息子にも、絶対に書斎に入ってはならぬという言いつけが守られていたのですが孫の代になって初めて祖父の書斎の日記などから生き残った事情などの事実がわかったそうです。両方とも、白虎隊の精神が外国人の心をとらえた証ですね。進駐軍が「武士道」という言葉やマサカリの絵を碑文から削り取らせたという事実ここにも「勝てば官軍・・・」この建物は栄螺堂(さざえどう)中が螺旋状の昇降路になっている珍しい建物これを見るに及んで突如既視感が・・・旅から帰った今も思い出せません。大学の建築史の講義だったかも・・・栄螺堂(さざえどう、さざいどう)は、江戸時代後期の東北~関東地方に見られた特異な建築様式の仏堂である。堂内は回廊となっており、順路に沿って三十三観音や百観音などが配置され堂内を進むだけで巡礼が叶うような構造となっている。仏教の礼法である右繞三匝(うにょうさんぞう)に基づいて、右回りに三回匝る(めぐる)ことで参拝できるようになっていることから、本来は三匝堂(さんそうどう)というが、螺旋構造や外観がサザエに似ていることから通称で「栄螺堂」、「サザエ堂」などと呼ばれる。(ウイキペディア)
2013/10/10
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ハヤトウリの“成り花”四角豆台風が連れてきてくれた雨で地面が潤いました。ハヤトウリに“成り花”がつきはじめました。5ミリくらいの実がみるみる大きくなるのが楽しみです。少し遅れていた四角豆も収穫出来るようになりました。マイナス面は大根がシンクイムシにやられたことです近所の人に聞いても今年は多いそうです。無農薬は難しいですね。
2013/10/09
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クリックして拡大すると縦横が正常に表示さるのですが・・・この現象、原因不明につき修正できません。いまは閑散としていますが紅葉の名所らしいのであと10日もすればどっと人が押し掛けてくるのでしょうね。裏磐梯の旅三日目五色沼散策の後、紅葉には少し早い中津川渓谷を30分ほど散策したのち、檜原湖へと引き返しました。ご覧の通り、天気は曇り時々小雨磐梯山は姿が見えません。時計と逆回りに湖に沿ってドライブちょうど昼どき、蕎麦屋さん発見。座敷に上がってしばらく待つが誰も出てこない。隣に郵便局があったので尋ねると「暖簾がかかってれば営業してるはず」局長さん(?)がわざわざ出てきてくれて「車がないからちょっとお出かけですかね待つのが嫌なら3キロほど行ったところに山塩ラーメンの店もありますよ」というわけでやって来たのがここ「しおや」ちょっと引っ込んでいるので先ほど前を通ったのに気が付かなかった。偶然ですが、ちょうど一年前に「けん家持さん」もここでラーメンを食べています。蕎麦屋が留守だったおかげで珍しい山塩ラーメンにありつけました。今回の旅、朝夕がホテルの豪華なバイキングをしっかり食べているので昼食はかなりお粗末最初の二日間は山歩きのためコンビニのおにぎり三日目がこの塩ラーメン(650円)四日目は猪苗代湖畔のラーメン館で昼食のバイキング(980円)しおやの前庭から磐梯山の方向を写しました。店の前の案内板によるとこの辺りは米沢街道桧原宿らしい。昼食の後、そのまま車で会津若松へと向かいました。
2013/10/08
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初日に磐梯山登山、二日目は猫魔ヶ岳と二日間山歩きが続いたので三日目は五色沼探勝路へ出かけました。朝食を済ませてホテルの前からバスで五色沼入口のビジターセンターへここから歩けばゴールはホテル前になるという勘定。五色沼自然探勝路のスタート地点裏磐梯ビジターセンター、二日は火曜日で休館日でした。五色沼は名前の付いた八つの沼からなっているまずは毘沙門沼からここ二は身体にハートの形をした赤い模様の鯉がいて出会えたら幸運に恵まれるという。偶然にもその鯉に出会えたのです。しっぽに近いところに赤のハートマークがくっきり見えました。但し写真では斜めになってうまくとらえきれていませんが。探勝路バスで出会った小学生は全員クマよけの鈴をつけていました。以下、沼の写真をご覧ください。水の色が微妙に違っていました。クリックで拡大できます。遠藤現夢翁の墓は静かな林の中にありました。〈参考〉遠藤現夢1888年(明治21年)の磐梯山噴火に伴う膨大な岩屑なだれに覆われて数十年間荒地のままだった裏磐梯を、もう一度野鳥のさえずる森に変えたいと願い約2年をかけて気の遠くなるような1340haに及ぶ植林をなしとげついにはこの地の払い下げを受けた。(ウィキペディア)五色沼を歩いた後、車で立ち寄った紅葉で有名な中津川渓谷以上が裏磐梯三日目、午前中の行動でした。
2013/10/07
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宿から八方台まではタクシー有料であった磐梯山ゴールドラインは7月から県道になって無料となり料金所の取り壊し工事中でした。前日と同じ猫魔八方台からスタート猫魔ヶ岳(1,404m)→雄国沼(1,000m)→雄子沢口(おしざわぐち)へと歩きました。猫魔ヶ岳は八方台を挟んで磐梯山とは逆の西の方角にあります。出発して間もなく振り返ると磐梯山が見えました。左後方に猪苗代湖反対側に檜原湖もう一度磐梯山天候が不安定でガスに包まれたり姿を見せたり猫魔ヶ岳から磐梯山巣でもあるのでしょうか、写真を撮る間気持ちが悪いくらいの羽蟻の群れに襲われました。同上、一等三角点猫岩から雄国沼の全景を見渡せます。左の茶色っぽい所が日光キスゲが咲く湿原心配した天候もまずまずで一安心です。休憩小屋で昼食の後、義弟と2人で近くの雄国山(1,271m)へ往復雄国山頂から雄国沼同、檜原湖休憩所の管理人さんから話を聞くとても話好きで、花の名前なども教わりました。間もなくゴールの雄子沢口さすがに二日続けてのトレッキングは応えたらしく、カミサンと義妹はやっとのことでゴールこれでもうウオークはおしまいだよおつかれさんでございました。雄子沢口から路線バスでホテルへ帰りました。
2013/10/06
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東北自動車道から磐越道に入ってまもなく右手に磐梯山が見えてきます。磐梯山は日本100名山の一つで標高1819m、今回の旅の目的はこれ。山の形は見る方向によってどんどん変わる。登山口の八方台に向かう途中吾妻磐梯ゴールドラインから見た猪苗代湖八方台に車を置いて登山開始白樺の林を抜けると石ころの多い道。ナナカマドの赤い実が印象的葉は先日の台風で全部散ってしまった。山頂付近の紅葉同上山頂同上北側には桧原湖、中央やや右に宿が小さく見える。湖畔の宿、星野リゾート裏磐梯ホテル南側は猪苗代湖、直前まで見えていたのに突然出てきた雲で姿を隠してしまいました。日ごろ歩きなれていないカミさんや義妹にはやや厳しかったようですが、4人全員無事登れました。
2013/10/05
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予定のない一日千駄ヶ谷で姪が今月から始めたアパレルの店を訪ねた。性に合ってるのでしょうね水を得た魚のような対応ぶりに感心。その後、カミサンと義妹と別れておのぼりさんよろしく付近を散策。駅の案内図を見ると、東京体育館と国立競技場、神宮球場などがすぐ近く。いずれにも行ったことがないのでちょうどいい機会とぶらぶらと歩いてみる。東京体育館は何か催しの準備中で幸運なことに内部も見学できたし国立競技場でも運良くスタジアムツアーがありこれに参加してガイド付きの見学が出来た。これで今回の旅は終わり、明日帰阪の予定。遊んでいる時間はあっという間に過ぎ去ります。
2013/10/04
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あっという間の3日間でした。噴火記念館を見学のあと猪苗代湖に向かい天鏡閣などを見学して帰路につきました。二日間のウォークと二日間の観光でし た。東京に帰り予定の会合に出席4日間の旅が終りました。
2013/10/03
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二日間しっかり歩いたので今日は楽々コースにしました。五色沼自然探勝路を散策。あとは車でまだ紅葉していない中津川渓谷を訪ねそのまま桧原湖を一周さらに会津若松鶴ケ城、飯盛山を観光しました。
2013/10/02
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昨日に続いてトレッキング。コース: 八方台→猫魔ケ岳(1404m)→雄国沼→雄国山→雄子沢口宿に帰ると温泉に入って飲み放題でバイキングの夕食極楽を味わっています。
2013/10/01
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