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天安門のパンドラ私:この本の読書動機は図書館予約のブログに記録してあるように、「日経ビジネス」の書評からだね。 そこには 「いまだ明かされない現代史最大の闇。 天安門事件で指名手配された21人に名を連ね、アメリカへ亡命した著者による衝 撃のドキュメンタリー・ノベル」 とあるね。 大分待って、図書館から借りたよ。A氏:「天安門事件」は1989年6月4日に起きた事件だね。 軍が出動し、発砲でデモ隊に死傷者がかなり出たらしいね。 「銃でとった政権は、銃で守る」ことになる事件だというね。 未だに中国ではオープンになっていない現政権にとって真実の公開はタブーの事件 だね。私:この事件の2ヶ月くらい前に胡耀邦の追悼集会があるね。 その後、デモが徐々に高揚化したようだ。 これが、民主化要求のデモにつながる。 大学生が主だね。 主人公は、北京大学の物理の学生だね。 天安門事件で逮捕され、政治犯として獄中ですごす。 この本にはすごい獄内の虐待を描いている。A氏:これは、当時、先進国にもれ人権問題にもなるね。私:しかし、著者は頑として屈しない。 一時、監視つきで釈放されたとき、北京から当時英国の管理下にあった香港に船で 脱出し、アメリカに亡命する。 450頁に近い長編で、ストリー展開がすごく、3日間で読了したよ。 ドキュメンタリー・ノベルということで実名などはできるだけ避けているようだね。 これを読むと独裁国家の警察力はすごいことが分かるね。 小林多喜二を連想するね。A氏:訳者も匿名だそうだが、扶桑社はよくこの本を出したね。私:天安門事件後、中国は急激な経済成長で、経済大国になりつつあるが、経済がグロ ーバル化するにつれ、独裁政権は持つだろうか。 長い目でみて民主化の波は避けられそうもないのかね。 大きな国だけにまとめるのは大変だろうがね。
2010.07.31
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私:数学者の森毅氏が、7月24日に亡くなったね。 82歳だという。A氏:27日の朝日新聞の天声人語欄では氏の思い出を書いていたね。私:その記事によると学生の頃、よく授業をサボったという。 しかし、父親には「学校を休んだ日は、学校へ行くより充実した1日を送れ」と言われたという。A氏:「新しいことを始めるには優等生だけではダメ。 突拍子もないことを言い出すのは大抵はスカタンですわ」 と言っていたという。私:似たようなことは、京セラの稲盛和夫氏が言っているね。 ところで、俺は森氏の本は読んでいないが、題名からして面白いね。 「エエカゲンが面白い」 「まあ、ええやないか」 「ぽちぽちいこか」 その他、ウイキペディアによると題名が面白い本は下記のように沢山あるね。 「人生忠臣蔵説 年をとるのが愉しくなる本」 「ぼけとはモダニズムのこっちゃ」 「自由を生きる 人生は芸能、そしてゲームだ」 「ええかげん社交術」 「元気がなくてもええやんか」 「ぼくはいくじなしと、ここに宣言する」A氏:「元気になれ、がんばれというメッセージが多すぎる」と案じてもいたという。 勝間和代氏と逆だね。私:入学から就職まで最短で駆け抜ける今の大学に疑問を持っていたらしい。 なんせ、日本の大学は、25歳以上の学生の比率が世界最低だというからね。 惜しい知性を失った。 ご冥福をお祈りします。
2010.07.30
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昭和精神史(戦後篇) 私:読書動機は忘れたね。 これは「ケンカ読法」に反するね。 新刊でないので、図書館からすぐに借りられた。 著者は、俺たちと同世代。 「教科書に墨を塗った世代」だが、この本では教科書の話は出てこない。 この本の中心は占領2年後からの話から始まる。 戦前から敗戦直後の話は、同じ題名の前の本で扱っているという。 450頁を超える大作だね。 同じ世代だから、特に新しい知識はなかった。 図書館のインターネットでの要旨は次のように書いている。 「昭和という時代はいつ終ったのか。異国軍隊の進駐と占領で始まった敗戦国日 本の歴史を東京裁判、安保闘争、三島由紀夫事件、天皇崩御を通して克明に描 く 中で、昭和初頭から持続してきた精神の系譜が断絶した瞬間を解き明かす。 前作『昭和精神史』を昭和21年8月で閉めた著者が、戦後を生きた日本人の心の 歴史に迫った渾身の書」 そして、「あとがき」で昭和は三島由紀夫の自刃(昭和45年)で終わった、とあるね。 前著については、図書館の要旨は次のようになっている。 「敗戦の虚脱から、深い吟味もなく過去を否定しようとつとめてきた日本の戦後 。 しかし大東亜戦争は、本当に一部指導者の狂気の産物と片づけられるのだろう か。 既成の史観から断罪するのではなく、変革と戦争を必死で生き抜く日本人の 喜び、悲しみ、苦悶に丹念に寄り添いながら、再検証する昭和前史。 毎日出版文化賞受賞の力作」 これを見ると著者の立場がわかると思うね。A氏:三島由紀夫と言えば、今月の「文藝春秋」で「的中した予言50」を特集しているが、トップは三島由紀夫の予言だね。 「日本はなくなり、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、抜け目がない経済的大国が残るであろう」 という予言だね。 この予言の解説を「楯の会」初代学生長の持丸博氏が書いているが、要するに戦後憲法と安保条約による戦後日本の姿を嘆いたものだね。 戦後の平和憲法による偽善(平和ボケ)と自虐史観の呪縛だね。 三島由紀夫は憲法改正を強調していた。私:「文藝春秋」は俺も読んだよ。 持丸氏の解説は強烈だね。 三島氏が亡くなってから40年経って、三島氏と同じ名前の鳩山由紀夫が首相となった。 これを持丸氏は、三島由紀夫の予言の言葉を使って、「キョトキョトした無機的な目、からっぽで内容のない言葉、そして富裕のお坊ちゃま」としているね。A氏:ついで菅首相についても厳しいね。 今度は三島由紀夫の予言の言葉を使って「抜け目のない、ニュートラルな中間色の 衣をまとった」新首相の登場だとコメントしているね。 菅首相は、平成11年の国旗国歌法案に反対票を投じており、国歌嫌いで有名だと いう。私:そう言えば、数日前に朝日新聞の何かの欄で、外務関係の人が寄稿していたが、菅首相はとんでもないことを沖縄で言ったとのことだね。 その問題をどの新聞もとりあげていないという。A氏:なんだったのかね。私:菅首相は、沖縄県民の基地負担を減らしたいといいながら、戦後のアジアの安全保障は沖縄県民のお陰で保つことが出来たというような感謝の言葉を言ったという。 この後半の感謝の言葉は逆に沖縄県民感情をかえって逆撫でするということで、今までタブーで、自民党政権時代ではアメリカ関係者の挨拶でも削除してきた内容だという。A氏:軽率、かつ、「からっぽ」だね。私:野党時代も「年金未納三兄弟」で詰めの甘さを露呈して、お遍路さんとなった。 突然の消費税10パーセント増といい、この人の言葉も「抜け目だらけ」の「からっぽ」だね。A氏:まさに三島由紀夫の予言通りかね。私:三島由紀夫の予言通りでない点もあるね。 まず、「経済大国」でなくなりつつあるね。 それに政治、外交、経済とも、「抜け目だらけ」になってきたね。 代わりに、中国が「経済大国」になりつつあり、政治、外交で「抜け目がない」ね。 やはり、「遠き昭和・・・」かね。
2010.07.29
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日本政治思想史私:海保青陵は、儒者として仕えたのは短く、全国を旅して、武士だけでなく、村の庄屋や商人を弟子や顧客にしていた。 青陵は、特に何学派ということはなく、自分だけの「一家の学」論だとしている。 青陵は「智」は書物から学ぶものではなく、読書は害にさえなるという。 それ故、世の儒者は「智」の敵である。 では、権威ある「書」に頼らずに、いかにして「智」を得るか。 3つあげている。 第1は「心を自由に使う」ということだ。A氏:現代風に言えば、既成概念にとらわれず、発想を制約しないということかね。私:第2は、「疑うこと」だという。A氏:「ケンカ読法」だね。私:第3は「徹底的に考え抜く」ことだという。 この方法論を確立して、「政」を考えた。 そして、統治者は優秀でないといけないが、統治は困難な要素が多いという。 第1に「人情」で、これは人の心の動き方だね。A氏:今でいうと「世論」や「風」かね。私:第2に民も「人」であり、それなり「智」があるということだ。 基本的に、民は愚かな方が統治しやすいが、そうはいかない。 第3は、時代とともに、「下」が「智」になってきていることだ。 それに太平の世が続くと、それが当たり前になり、有難味がなくなる。 快適なものは慣れれば快適でなくなるようなものだ。 急な増税などしたら、大騒ぎになる。A氏:今は世論調査に「政」がふりまわされているね。私:青陵は、このやっかいな時代にどのように統治すべきか、というと答えは「仕掛」だという。 現代風に言えば「政策」だろうね。 青陵は「経済」の巧みな操作が統治の中心課題だとする。 そして、日本は国々に分かれ、その国々は競争する。 武士も利益追求すべきとする。 商売の根底は生産である。 「術」によって民を働かせ、生産効率を上げる。 命令して働かせれば、怨むから、「主体的」に勤勉にする。 だから、直接的給付による福祉は反対だね。 困窮者への「施行米」などすれば、怠惰の奨励となる。 その他、いろいろな具体的な政策論が展開されている。 要するに経済はコントロールできるという考えだね。 儒学者のイメージはないね。 青陵の思想の問題点は、統治者は「智者」でなくてはならないことだ。 しかし、徳川政権の統治者は世襲だった。 青陵の構想は、体制の基本原則と衝突する。A氏:自己の理論を押し通すと「御上」に楯突くことになるね。私:ところで、この本は福沢諭吉など明治期の文明開化の思想にもふれているが、それも根底に儒学の影響があるようだね。 幕末の欧米の開国の圧力にも、押し付けられるだけでなく、堂々と政治哲学的論理で反論し、交渉しているのは儒学の影響かね。 この本の内容は多岐にわたり、このブログでカバーしてまとめるのは無理だね。 それほど、多くの日本の知識人が、多岐にわたり、朱子学やキリスト教文化に対して、自分で考えて、活躍していたということが分かるね。 現在の知識人は知的にレベルダウンしているのかね。 現在の閉塞感を脱却するには 「江戸に戻れ」というのも分かる気がするね。
2010.07.28
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日本政治思想史私:徳川吉宗のときの儒学者で有名なのは、徳川日本において思想的影響力の大きかったと言われる荻生徂徠だ。 徳川儒学史は彼の出現で様相を一変し、朱子学者でも徂徠学を意識し、国学もそれに触発されていて、その影響は深く大きいという。 荻生徂徠は反朱子学だが、その思想の根幹は、反近代だと言われる。 反進歩、反発展、反市場経済、反自由、被治者は反啓蒙、反民主主義だということで一貫しているという。 徂徠の儒学は政治哲学だから、政治に反映しないと意味が無い。 徂徠は、徳川政権を強化するには、彼の政治哲学による改革が必要で、それをしないと徳川政権は長くないと予見する。 しかし、つながりがあった吉宗の死で、それは望めなくなった。 その結果、徂徠が予見した乱世が来そうにないと、徂徠学への懐疑を生む。A氏:徳川政権の安泰は吉宗の後も長く続くね。私:儒者によっては、それは中国と違い、日本人は人が優れているから「聖人の道」無しに治まるという説が出る。 すなわち、日本特殊論、日本優位論で、これが国学へと展開する。 国学の台頭は、一面では思想体系としての、徂徠学の崩壊の結果だという。A氏:国学では、本居宣長がいるね。私:彼の師の賀茂真淵は、当時、中国が「いやしげな」「えびす」の満州族支配の清となったのをみて、儒学の源の中国は代々ろくに治まっていないという。 その中国に対して、日本は「いやしげなる人」が帝位についたこともなく、「えびす」に征服されたこともない。A氏:万世一系の天皇がいるからね。私:これは日本人が優れているからだとなる。 ところで、朱子学で問題になる天子だが、日本では天皇と徳川将軍のどちらが上かということが当然問題になる。 最初は、天皇がすべてを将軍の統治に委託するという解釈が、次第に、天皇が上という反将軍の論理となってくる。A氏:尊王だね。私:特に、幕末には経済が市場化してきて、下級武士が貧困になると、幕府政権を怨み、下級武士はこの尊王の考えに飛びつくのだね。 長年の下級武士の怨念が明治維新の原動力だという。A氏:明治新政府で官僚には下級武士がなるが、このため、汚職が少ない。 司馬遼太郎は「インダストリィは、汚職する国家では興らない」と言っているね。 これが、日本が他の後進国の近代化にない特色になっているんだね。私:しかし、反朱子学であれ、国学であれ、そのもとには儒学の影響があるね。 賀茂真淵にせよ、本居宣長にせよ、最初、儒学を学んでいる。 その上の反論だね。 そして独自の政治思想を創りだす。 ところで、荻生徂徠は市場経済の否定が世を救うと考えた。 共産主義だね。 これに対して、市場経済の積極的利用の構想も出現した。 これが海保青陵という儒者だ。 俺はこの名前をはじめてこの本で知ったね。 すごい政治発想を持っていたのには驚いた。A氏:俺も初めて聞く名前だね。私:明日は、海保青陵についてふれよう。
2010.07.27
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日本政治思想史私:図書館から2ヵ月近い順番待ちで借りたよ。A氏:題名も硬いし、東大出版会の出版だということなら専門書ではないの? 君は歴史の専門でないのに、なんで興味をもったのかね。私:政治思想とは、平たく言えば「この国をどのようにしたらよいか、今のままでいいのか」という考えから始まり、今も日本政治は問われている。 この本の朝日新聞の書評では、非常にわかりやすく江戸時代から明治半ば頃までの、政治思想を扱っているとあったので借りた。 著者はあとがきで、一般の読者のために書いたとあり、専門的な知識を前提としないでも読め、理解できるように書いたつもりであると書いている。 そのために、最初に、儒学、朱子学の体系を明快に分かりやすく解説している。A氏:江戸の政治思想には、朱子学の理解が欠かせないからね。私:確かに読みやすく、タイムトラベルのようにミステリアスで歴史が面白くなるような本だね。 それに、誤解しやすい江戸時代の儒学の正確な姿が明快に解説されているね。 しかし、わかりやすいとは言え、470頁の厚さにビッシリ詰まった「物語」は、読者にとってはかなりの負担だね。A氏:タイムトラベルができるのは、江戸時代の内外の文書が残っているからだね。私:著者は、それを豊富に引用している。 しかし、残念ながら、それが読みやすさの唯一の障害になっているね。 というのは日本の古い文書は、文語体で読みにくいからだ。 そういう引用文は飛ばして読んだよ。 しかし、江戸から明治にかけての時代は、政治思想で百家争鳴なのには驚いたね。 江戸時代は儒者が中心だが、朱子学、反朱子学と様々だね。A氏:武士の支配する徳川日本は、一方でキリスト教の西洋と対峙し、他方で、朱子学という高度な哲学体系で理論武装した中国と向き合っていたわけだね。私:明国、清国では、科挙への解答は朱子学で行うようになり、王朝の正統哲学になり、官僚となり人民を導きたいという男たちは朱子学を学ばないといけないようになっていた。 これは朝鮮国も同様だね。A氏:徳川政権にはそういう政治官僚がいないね。私:官僚制がなく、職業軍人である武士の組織がそのまま、統治組織だという珍しい組織構造だ。 徳川政権の安定が長期化して、戦いがなくなると武士の存在意味がなくなってくる。A氏:武士の身分的なアイデンティティの危機だね。私:最初、読書すら軽蔑していた武士が、次第に儒学を学びだすというのは、統治組織な意味を意識しだしからであろうか。 儒学の師匠が儒者であるが、官僚制度がなく、中国のような科挙が無い日本では、最初、儒者は少なく、個人的な趣味のような形で始まっている。 儒者になるには、趣味の世界のように身分を問わない。 多くは塾を開き、その授業料で生活する。 将軍や大名に仕えても、主流の武士ではない。 儒者風情が統治に口を出せば、本流の武士からは反発が出る。 また、儒者には伊藤仁斎のように、朱子学を厳しく批判し、独自の新しい体系を構築した人も現れる。A氏:伊藤仁斎の後、儒者新井白石が将軍の相談相手になるね。私:儒者が統治に影響を与えるというのは徳川政権では異常なことだね。 これは6代将軍家宣が、将軍になる前に儒学が好きで、その師が信頼する儒者の新井白石だったことによる。 彼は朱子学者だ。 家宣が将軍になると、旗本になる。 徳川政権で官位を得た儒者は、林家当主とその跡継ぎ以外に白石だけだという。 しかし、将軍家宣が在任4年で病死し、後を継いだ家継も3年で病死。 そこへ紀伊徳川家から吉宗が将軍としてきた。 年号を享保と変え、新井白石がした改革を次々に反転させる。 朱子学者による改革の挫折は明らかだったという。 明日は、朱子学から、国学への流れをみていこう。
2010.07.26
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私:朝日新聞の「ひと」コラムは、小さなコラムだ。A氏:あまり有名でない人の紹介が多いね。私:今日のコラムは、カラオケファンの俺が気になったね。A氏:俺も読んだよ。 66歳でデビューした演歌歌手の新田晃也氏の紹介だね。 15歳で福島県から集団就職。 ジャズ喫茶でギターを覚え、20歳の頃には銀座クラブを掛け持ちする売れっ子になる。 自分のヒット曲はないが、幅広く多くの歌手の歌をこなす。私:コンサートは満員。 2万5千円のホテルのディナーショーは満席。 これに目をつけ、今月、キングレコードから「振り向けばおまえ」を発表とある。 「期待の最年長新人」だという。 早速、インターネットのYouTubeで検索したら、三波春夫の俵星玄蕃をやっていた。 ホテルのディナーショーのものだね。 三波春夫は浪曲出身だから、この歌は浪曲並のセリフが入る。 浪曲部分も見事にこなしていたね。 三波春夫のような派手な声ではないが、66歳なのに、艶のある声だね。 残念ながら、「振り向けばおまえ」はYouTubeになかった。 YouTube のコメント欄に俺が開いた46分前として次のようなコメントがあった。 「朝日新聞に「66歳で全国デビューした演歌歌手」として紹介されておりました。似たような年齢で年金生活の余生をのほほんとおくっているものですから興味を以てこちらを調べたのですが、"スゴイデスネ!この浪曲の歌唱力!66歳とは思えない喉ですね"! 新聞に紹介されていた「振りむけばおまえ」の演歌のアップロードを、誰かお願いしますね!」 ところで、最近、小林旭が「遠き昭和の・・・」を歌っているね。 この人には、いい歌が多いね。 高い音を出すのでカラオケファンにはちょっと苦しいがね。 とにかく、演歌全盛時代に育った昭和人としては、昭和の演歌を歌い続けている新田氏の全国デビューは嬉しい限りだね。 昭和が近くなったような気がするよ。
2010.07.25
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私:朝日新聞の土曜のbe誌には、勝間和代のコーナーがあって、毎週、なにかの教訓が載っているね。 俺は勝間氏のアドバイスは、一言で言えば、「頑張れ」だけで、深い意味はないからこのコラムは読んでいない。 勝間氏のアドバイスは、現実には役に立つこともあるし、役に立たないこともあるからだね。 いつか、コメントしようと思っていた。 例えば、今朝の「先延ばしにすると、余計に面倒になる」というエメットの法則も、逆のほうがいい場合もある。A氏:どんどん手をつけろということかね。 慎重さを失いはしないかね。私:30年くらい前かね。 「ベイズの定理」というのがあった。 意思決定のとき、もっと正確な情報を待ってからにしたほうがいいかどうかの判断の分析方法だね。 すぐに行動せず待つ場合、追加の情報をえるためのコストと決定を延ばすコストを考える。 その合計コストをカバーして、それ以上のメリットがなかったら、待たない方がいい。 追加情報を得るメリットが大きければ、待ったほうがいいことになる。A氏:待って様子を見て「先延ばしにしたほうが、面倒にならない」ということもあるということか。私:勝間氏は「虫歯のような病気やトラブルへの対応も、先延ばしにすればするほど悪化する」というが、この例も問題だね。 現実には、歯医者に行かず、様子を見て治療を先延ばしにする損失コストと、その間、重要なビジネス商談をするメリットの方が大きいことがあるだろうね。 商談の後、歯医者に行けばいい。A氏:手術だって、医者は、いきなりやらず、もっと検査をして、追加情報を得てから決めましょうと「先延ばし」にすることもあるからね。 その結果、手術が不要になり、「面倒なこと」にならないこともある。私:世の中、「手遅れ」もあるが、「早とちり」もある。A氏:だらか、勝間氏の言いたいことは要するに「頑張れ」「イケイケドンドン」だけということかね。 後は一方的な理屈で飾っているようだね。私:一歩退いて、考えるという「相対思考」がないようだね。 原理主義は皆そうだね。 もっとも教祖はそうでないとつとまらないがね。
2010.07.24
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私:俺の知人がテレビの「ハーバート白熱教室」を見て、その講師のマイケル・サンデルの話に対して「ひどい講義だ。あれで天下のハーバードの学生が育つのでは、大変だ」と憤慨していた。 俺は、そのテレビを見ていないのでよくわからないが、マイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」という日本語訳の本はベストセラーになっているらしい。A氏:俺もこのオピニオン欄は読んだ。 この評論家宮崎哲弥氏のオピニオン欄の記事はそれについてのものだね。 しかし、こういう哲学的な文章は抽象的でよく分からないね。私:俺もよく分からなかったね。 わかったのは、 「路面電車が暴走してブレーキがきかない。 前方の軌道内には5人の作業員がいて、このまま電車が突っ込めば全員助からない。 ハンドルを切って待避線に入れば、その線路上の一人の作業員を轢死させてしまう。 もし、あなたが運転手だとすれば、ハンドルを切るか否か」 という有名な設問で講義が始まるということだね。 そして「人命の尊重」は解決にならないという。A氏:この問題には「人命の価値は可算的(数で計算できる)か」「帰結の正当性は手段を正当化するか」などの実質倫理の諸問題が含まれているとしている。私:俺の古いブログだがスティーブン・スピルバーグ制作の「プライベイト・ライアン」という映画をとりあげている。 このプライベイトは、2等兵という意味だね。A氏:君のブログによるとこの映画では、トムハンクス演ずる大尉は教員だったとかでインテリだ。 彼のセリフに、部下が死ぬたびに「5人の自分の部下の死のおかげで、他の隊の50人の死を防ぐことができた」と自分自身に言い聞かせて、部下の死を正当化してきたというセリフがあるね。 部下の死は可算的かね。私:原爆投下の正当化でも、ヒロシマ、ナガサキ市民20万の虐殺によって、100万の米兵の死傷者や日本側のそれ以上の死傷者を防いだという論理がアメリカでは使われる。 これも可算的かね。 こういうような話を何故、アメリカのマイケル・サンデルは取り上げないのかね。A氏:君のブログの「沖縄戦・渡嘉敷島・集団自決の真実・日本軍の住民自決命令はなかった!」(曽根綾子著)にあるように、軍隊は負けてはならないから、民間人の犠牲が伴う判断をすることがある。 それが戦争の非情さだね。 教壇で理屈をこねる問題ではないと思うね。私:この曽根氏の本では著者は新版の「まえがき」で、集団自決は世界史上でもあるとして、紀元66年ユダヤ人はローマに対して反乱を起こした例をあげている。 反乱は失敗し、ローマに死海西岸のマサダの要塞に追いつめられる。 残ったユダヤ人960人は辱めを受ける前に妻たちを死なせること、奴隷の体験をさせる前に子供たちを死なせることを選択した。 集団自決だね。 たまたま、地下の洞窟に隠れていた二人の婦人と五人の子供たちが目撃して、この事実が明るみに出たという。 曽根氏はユダヤ人と日本人の集団自決の評価が全く違うこと指摘しているね。 ユダヤ人は自決した960人の人々をユダヤ人の魂の強さと高貴さを現した人々として高く評価した。 日本人は、軍部の非人間性や好戦性の犠牲者として見ていると言う。 路面電車の運転手の選択でなく、こういう選択を取り上げてみるべきだね。A氏:ところで、サンデルの路面電車の運転手の選択の問いに君はどう答える?私:現実の状況は多様で、机上の仮説のご質問にはお答えできません。
2010.07.23
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私:かって巨人のエースだった桑田真澄氏が、論文をもとに、野球が好きになる7つのポイントをあげているね。A氏:この問題は、読売新聞に対抗しているのか、朝日新聞が熱心だね。 君のブログでも「『野球道』の再定義」が同じ問題を取り上げている。、 それから「現在図書館予約の本」のブログでは、「野球を学問する」桑田真澄・ 平田竹男共著(待ち数19):早稲田の大学院で学んだあの大投手が、渾身の研究成果を明らかに。 後輩いじめ、体罰、無意味な長時間練習...。 日本野球界の悪しき伝統の由来と現状を徹底追究し、画期的な提言を行う」 とあるね。私:俺も学生時代、サラリーマン時代と草野球にこったから、興味があるね。 「野球を学問する」という本は待ち数が19から5に減ったから、もうすぐ読めるだろうね。 この新聞のこのコラムで桑田氏があげている7つの道具とは次のようなものだね。 1.練習時間を減らそう 2.ダッシュは全力10本 3.どんどんミスしよう 4.勝利ばかり追わない 5.勉強や遊びを大切に 6.米国を手本にしない 7.その大声、無駄では? 要するに野球を通じて、人間性を磨き、技術だけでなく、精神的にも自分自身を成長していくという考えだね。A氏:桑田氏がジャイアンツ時代に教えを受けた武芸家の甲野善紀氏の影響もあるね。 君のブログでも甲野善紀・田中聡著「身体から革命を起こす」、「響きあう脳と身体」と甲野氏の身体の知的街道があるね。 人間の身体の動きはまだ、未知の部分が多く無限の可能性があるという考えだね。私:この同じ日の朝日新聞の夕刊で、元立教大学野球部監督の砂押邦信氏87歳での死亡が報じられていたね。 長島茂雄、杉浦忠、本屋敷錦吾を育て立教大学野球の黄金時代の基礎を築いた名監督だ。 石灰をつけたボールを使い、月明かりの下での長島を鍛えた猛練習で有名。 新聞記事には師の死についての長島氏の談話があり、練習終了後に監督に毎晩ノックを受け、バットを振らされたが、それがプロでやっていく自信になったとあるね。A氏:桑田理論は、そういう先輩諸氏の経験に叛旗をひるがえすことになるかもね。私:甲野氏の考えも高野連は好意的でないというからね。 もう、朝日新聞主催の夏の甲子園の予選が始まっている。 未だに猛練習、しごき、罵声の高校野球は続くだろうか。 その朝日新聞にこういう桑田理論が大きく掲載されるとはね。 それにしても、桑田理論は大相撲にも言えるのではないの。 相撲を通じて、人間性を磨き、技術だけでなく、精神的にも自分自身を成長していくという稽古をしていたら、野球賭博などなかったかもね。 賭博は閉鎖的な、しごきの世界に、入りやすいだろうね。
2010.07.22
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まず、ISO 70問の克服から私:著者は、俺たち同様に「教科書に墨を塗った世代」だから、安易に権威を信じない。 だから、ISO9001規格そのものも、原点から見直して、きちんと規格の大きな欠点を批判しているね。 それができるのは、著者の現場改善体験が長く、それに大学の経営管理研究所での理論武装があるからだろうね。A氏:一種の「ケンカ読法」だね。 深くものごとを理解するには、それくらいの批判力、すなわち、「知的体力」が必要だね。私:いや、「ケンカISO 」だね。 審査員の審査内容がおかしいと、審査機関にきちんとした理論的な裏付けを明らかにして、クレームを出す。 だから、審査員が交替することが多いという。A氏:審査員も「先生」でないわけだ。 名前だけ、地位だけの権威は信じないわけだね。 しかし、それに対決するには、企業側は「知的体力」が必要だね。 特に、ムダな書類を増やそうとする審査員にはね。 だから、「知的体力」のある会社には、ムダな書類が少ないわけだ。私:高度成長時代やグローバル経済前は、ビジネスマンは「2+3=?」思考のレールの上を走っていればよかった。 しかし、グローバル経済下では、ビジネスマンは自主的な創造性を要求される。 「A+B=5」思考を要求される。A氏:企業も閉塞感から抜け出して、新しいビジネスモデルを作るという自主的な創造性が要求されている。 すなわち、「知的体力」が必要だ。 現在の日本企業の停滞は、新しいビジネスモデルが出来ていないからだと言うが、その根底には、「2+3=?」思考から「A+B=5」思考への脱却が遅れていることが根底にあるようだね。 それが見事に企業のISO に鏡のように反映しているというわけか。私:抽象的な「知的体力」強化や新ビジネスモデル創造というスローガンでなく、まず、足元のISO9001が、「知的体力」を十分使ったものであるかを知ることから始めようというのが、この本の趣旨だね。 そのために具体的、実務的なな70問を用意している。 問題は、簡単で常識的なことが多いね。 権威に弱いと、簡単な論理思考さえも凍結させてしまうのだね。 いかに、盲目的に規格を読んでいたかがわかるね。A氏:なるほど、まず、「A+B=5」思考への脱却はスローガンでなく「隗より始めよ」か。 しかし、70問、きちんと答えられる「知的体力」のある企業はあるだろうか。私:ビジネスマンに基礎的な「知的体力」が育っていないからだろうね。 だから、ISO9001を取得しても成功例が少ないことになる。 「法人税が日本は高い」などと業績があがらない理由を国の政策のせいにしないで、自社の足元のISO9001のレベルから自社の「知的体力」レベルを見直したらどうか。 これが、この本の設問の趣旨だろうね。 君の後輩の「知的体力」をテストしてみたらどうかね。 もし、書類等のムダを認識できなかった「知的体力」を自覚したら、「自己責任の追求は不当だ」なんてぜいたくな愚痴は言わなくなるだろうよ。
2010.07.21
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まず、ISO 70問の克服から私:昨日のブログで説明したように、ISO9001の国際規格というのは、数字がなく、言語モデル規格だから、要求目的を満足していれば、企業によっていろいろそのやり方や書類が違ってもいい。 ISO9001の規格では、目的だけの大枠を決めてあり、それを実行する実務レベルのやり方は企業の自主的に判断に任せている。A氏:昨日の説明にあったように、算数でいうと、「A+B=5」という思考タイプの規格だね。 目的とする「5」を満足すれば、A、Bは企業の個性によって効率よいシステムを自主的に創造的選択をすればいい。 Aは1でも、0.5でも、0.11でもいい。私:ところが、日本型はそういう思考になれていないから、慣れている日本型思考パターンの「2+3=?」になってしまう。 その思考で、アングロサクソン的なISO9001という「黒船」に対応した。 だから、日本型では「正解」は1つだと思い「正解」を「先生」という外に求める。 そこでISO9001を先にとった会社例を「先生」にするという流れになる。A氏:「正解」はそこにあるというわけだ。私:日本のISO9001は大企業がまず、取得した。 これも日本型の発想だからムダな書類が多いが、大企業だからコスト増はなんとか負担できた。 次に、ISO9001は中小企業に展開していった。 悲劇はその時に起きた。 中小企業は、創造的な思考を放棄して、大企業のシステムを「正解」としてそのシステムをモデルにしてISO9001を導入した。 いきなり、臓器移植をしたようなものだ。 大企業型の書類の山が中小企業にもできた。 体質が違うから拒否反応を起こす。 それに審査員は「先生」と呼ばれた。 「先生」の言うことには無批判で従う癖がある。 しかし、「先生」はほとんどが大企業育ちだ。 自分が育った大企業の書類の山を中小企業にも要求する。A氏:書類の山はそれを作ったり、管理したりする人の増加となり、企業負担となるね。私:30人くらいの企業でも1人専任が必要という。 ある中堅企業など、ISO9001を取得のための関係者の残業、休日出勤などを始め、専門にやった人の総人件費を総計すると億単位を軽く超えたという。 全部、ムダ。 損失は、費用だけではない。 これを馬鹿らしいと思う健全な良識をもった社員のモラル(やる気)低下にもつながる。 一方、日本でもきちんと「A+B=5型」を理解して、これで対応してスリムなシステムでISO9001をとった「知的体力」のある会社もある。 数は少ないがね。 だから、それぞれの会社のISO は、会社の「知的体力」の鏡になっているというわけだね。A氏:企業が自主的な創造力を持たないための悲劇だね。 ところで「知的体力」とは、何故、「体力」がつくのかね。私:知性には体力が伴うという発想からだね。 脳の活動は筋肉活動で反映されるという養老孟司氏の発想を借りているね。 企業人の知性は「相手を見て声帯の筋肉を動かして会話したり」「足の筋肉で移動 したり」「手の筋肉で字を書いたり、描いたり」という筋肉活動を伴うからだね。 著者は、ISO の「知的体力」のテストの例としてISO9001規格自体の欠陥にまで迫る。 その欠陥を知っているかまで質問しているね。 明日は、それについて触れてみよう。
2010.07.20
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私:君がもといた会社ではISO9001は当然とっているだろうね。 日本では、数万の企業が取得しているというから、少なくとも100万人近いビジネスマンが関係しているんではないかね。 特に輸出企業はISO9001をとっていることが不可欠のことが多い。A氏:品質マネジメントシステムというやつだね。 パロマの事故でこのブログでもとりあげているね。 不二家の品質問題でもあったね。 俺がいた会社でもたしか、10年くらい前にとっているね。 俺の後輩たちが挑戦していたね。 品質保証部が苦労したようだ。 しかし、現場も書類が増えて大変だというね。私:そうだね。 書類が増加して、一体、それだけの手間をかけて品質が良くなったのかというと疑問だという声が多いね。 成功している企業は数パーセントだという。 1970年代から80年代にかけて世界の品質を制覇したという日本の面影はない。A氏:何故だろうね。私:著者は、基本的に、この規格をよく理解して読んでいないで企業が対応していることを大きな原因としてあげている。 例えば、著者の知人がISO9001の研修会に出たら、出席者から「外部文書台帳は必要ですか?」と質問が出たという。 要するに、講師に正解を求めている質問だね。 講師は「もちろん、必要です」と答えたという。A氏:研修だからそれでいいのではないの?私:ところがISO9001の規格では外部文書台帳作成の要求はない。 「必要な外部文書を明確にせよ」というだけだ。A氏:なぁーんだ。私:著者はそこに日本とアングロサクソン的な発想の違いを見ているね。 イギリスでは、小学校の算数の問題は「A+B=5」だそうだね。 正解は多様で自分で考えるという訓練だね。 ところが日本型は基本的に「2+3=?」だね。 正解は1つだね。 正解を出した生徒は優秀だというわけだ。A氏:しかし、それは基本的に暗記力のテストだね。私:ところでISO9001の規格と運用はアングロサクソン的発想で構成されているんだね。 大枠を決めてあり、後は企業の自主的な判断に任せる。 「A+B=5」という思考タイプの規格だね。 5の枠内に入っていれば、A、Bは企業の個性によって効率よいシステムを自主的に創造すればいい。 ところが、日本型は、「2+3=?」という思考で教育されているから、それでは不安で、正解は1つと考え正解を求める。A氏:するとさっきの研修会での出席者は正解を講師に求めたわけだ。 日本型な出席者の典型的な質問だね。私:本来、講師は「ISO9001の規格の趣旨からして、外部文書台帳を作るかどうかは、貴社の規模、業種などを考慮して自主的に決定してください。 正解は1つではありません」と答えるべきだね。 講師も日本型だから、正解しか言わない。A氏:しかし、自分で考えろと言われると、言われた方は創造的な知恵がいるね。 汗をかいて自分で考えないといけない。私:そこで企業側の自主的な「知的体力」の有無が問われることになる。 明日は著者の言う「知的体力」と、どうしてムダな書類の山ができたかの理由にふれよう。
2010.07.19
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ビジネス・ツイッター私:ツイッターが盛んに言われているので、一応、きちんとした知識を持っておきたいと思い、図書館から借りたよ。 400ページを超える本だが、いろいろな事例が載っていた。 しかし、だらだらと読みにくい。 140字くらいにまとまりそうな内容を10ページくらい、だらだらと書いてある。 著者のシェル・イスラエル氏はツイッターの先駆者でありながら、本はツイッター式でない。A氏:皮肉かね。 140字ずつ小出しにして書いたのではないかね。私:最初のツイッターが生まれたとこと、最後のまとめを読んで終わりにした。 要するに携帯のメールは一対一のコミュニケーションだが、ツイッターの特徴は誰でもメールが同時に見られて、リンクできるという広がりを持つことだね。 ツイッターは会話だという。 ビジネスでも一方的な宣伝の道具ではなく、顧客との個人的な会話がポイントだね。 最後にツイッターを始める人のために、著者の8つのヒントがある。 これを見てもツイッターの性格が理解できる。 1.自己紹介をしよう。 2.まず読んで、それから発言をしよう。 3.読んだらフォローする前に何か発言しよう。 4.有名人のフォローにとどまらず友達を作ろう。 5.スパマーと思われないようにしよう。 6.お気に入り機能を使ってみよう。 7.ゆっくりと楽しもう。 8.まずは身近なことから考えよう。
2010.07.18
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私:参議院選の日の朝7時から、テレビで効果的なウオーキング方法についての番組をやっていた。 4人の男女のウオーキングを、元競歩の選手が見て指導していた。 まず、歩くスピードだね。 女性は1時間6km程度、男性は7km程度だという。 大体、1秒に2歩のペースだという。A氏:俺たち老年者にとっては速くないかい?私:そうだね。 俺は大体、坂を登ったり降りたりで、1万歩を歩くときは平均1秒1歩としているね。A氏:腕の振り方はどうかね。私:無理に大きくふらなくていいという。 少し、お尻のあたりまで、肘を曲げないで後ろに振ると、下腹が左右に動くので、下腹のいい運動になり、下腹に筋肉がつき引っ込むそうだ。 参加者の中に膝に負担が大きい人がいたが、原因は外股に歩いているためだ。 足先を真っ直ぐ前に伸ばして歩くと、膝の負担が大きく減った。A氏:ガニ股歩きはだめだね。私:俺は多少ガニ股で歩いているようだね。 それに気がついたのは、革靴のカカトのヘリ具合のせいだね。 こないだ革靴を履いたら、右の履き心地が悪い。 靴のカカトを見たら、右側の後角が傾斜して減っている。 ものすごく斜めになっている。 左のカカトのほうも、外側に斜めに減っているが、右側ほどではない。 細君が、修理屋に持っていたら、傷みがひどいと言われて、かなりの修理になり、修理代、2,3千円とられた。A氏:右足が特に外向きに足先を置いて歩いていたんだね。私:このテレビの番組を見て、足先を真っ直ぐに出し、腕を軽く尻の後ろ辺りまで腕を振るというウオーキングに修正したよ。 腕を尻の後ろあたりまで振ると、胸が広がるので歩く姿勢はよくなるね。 しかし、スピードをあげるのは無理だね。 多少、歩幅を短くすれば、1秒2歩に近くなるかもしれない。A氏:マラソンで言うとストライド走法でなく、ピッチ走法かね。私:しかし、スピードの方は年だから、無理をしないことにして、1秒1歩のマイペースを保つことにしたよ。 しかし、この蒸し暑さだ。 できるだけ、直射日光を避け、日陰か森の中の道を選んで歩いているよ。 しかし、1万歩以上歩くと汗ビッショリで、帰るとシャワーを浴びて下着は着替えだね。 ウオーキングの後、汗にまみれたTシャツと下着は洗濯機入りだね
2010.07.17
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私:今月の文藝春秋は7月10日発売だから、翌日の参議院選の結果はあつかえなかったね。 ところで、作家阿川弘之氏は、毎月、文藝春秋の巻頭で短いエッセイを書いているが、今月の文藝春秋のエッセイはある意味で強烈だね。A氏:阿川弘之氏は、TVタックルで巧みな司会をしている阿川佐和子氏の父上だね。私:すでに89歳になるというが、あらゆることがめんどうくさくなっているという内容だね。 長い間、続けているこのエッセイもやめたいらしい。 師の志賀直哉が「不老長寿というが、不老で長寿ならいいが、老醜をさらしての長生きはいやだね」と言っていたという。 志賀は「もう生きているのがいやだ」と居間のカーテンの紐を首に巻きつける格好を見せたりしたという。 阿川氏もその師の死後40年後に、その師の境地に入ったということかね。A氏:阿川氏には、志賀直哉の死を描いた「終焉の記」があるという。 志賀直哉は88歳で亡くなっているね。私:志賀直哉は灰になった後で、焼き場のきたない骨壷に入れられるのを嫌い、70歳の時、立派な骨壷を作り、後10年、いやできたら88歳まで生きたいと言っていたという。A氏:その通りになったね。私:死んでも大げさな寺での葬式もいらないし、墓もいらないといったが、葬式には会葬者千二百名を数え、墓も1メートル80センチという大きなものが建てられた。 後に弟子が、夫人の死で骨壷を同じ墓に納めようと墓石をあけたら、直哉の立派な骨壷は盗まれていて、骨は散乱していたという。A氏:志賀直哉の望みはすべて裏目に出たね。私:以上は、山田風太郎の人間臨終図巻の88歳で死んだ人々のところに書いてある。 同じ88歳でなくなった文人では宮武外骨が載っている。A氏:3日ほど前から、朝日新聞の夕刊の「人脈記」で「毒に愛嬌あり」という新シリーズが始まったが、トップが宮武外骨だね。 俺はこの人はこの新聞記事で初めて知ったね。 明治以来、政府を揶揄し、官憲を嘲罵する新聞、雑誌を出し続け、入獄4回、罰金15回、発売禁止14回という経歴をもつ。 84歳の頃より足腰が不自由になる。 その頃になると一代の反骨者「外骨」の面影はなかったという。 死の1週間前に友人が見舞いに訪れたとき 「こんな風になるとは思わなかった。 死ぬときは腹上死するつもりだったんだがーー」 と言ったという。A氏:最後まで外骨らしいセリフだね。私:同じ図巻で、89歳でなくなった葛飾北斎が載っているが、死の床で「あと十年生きたいがーーーせめてあと五年の命があったら本当の絵師になれるのだが」とつぶやき、大息を一つついて息をひきとったという。 最後まで絵を追求していたんだね。 それにしても、もう百歳になろうとしている日野原重明氏は現役だね。 氏の活躍はやはり肉体を鍛えているせいかね。 まさに、「不老」で「長寿」だね。 いまだに階段を登るときは、2段ずつ駈け登るらしい。 人生様々だね。 しかし、死は1回しか無い。
2010.07.16
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私:今朝の朝日新聞の社説で今回の参議院選の「一票の格差」についてふれているね。A氏:俺のいる神奈川県と鳥取県の間は格差は最大で5.01倍だという。 神奈川では69万票で落選だが、鳥取では15万票で当選。私:民主党は都市部での得票が多いから、その点で不利だね。A氏:民主党は2270万票で28席。 自民党は1950万票で39議席。私:民主党は「軽い一票」での得票が多いから議席が少なく、「重い一票」の選挙区で自民党が勝っている。A氏:しかし、社説は民主党が不公平な選挙区の区割りのせいで敗北したように残念がっているけれど、「風が吹け」ば、今の選挙区割りでの民主党も数を得たという実績があるから、敗北は敗北だね。私:問題は就任当時はまた「風が吹く」と思ったほどの人気があった菅首相の軽口だったね。 鳩山前首相が「米軍基地県外」と軽口を叩いた。 現実はそう簡単でないから現実からの反撃を食ってブレ出す。 みじめな結果に終わる。A氏:菅首相はその前者の失敗を目の前にしながら、唐突に「消費税10パーンセント」を選挙前に言い出す。 鳩山首相同様に口が軽いね。 現実からの反発で、あわてて、3年後の次期衆議院議員総選挙の争点にしたいと言い出す。 ブレ出す。 それならわざわざ参議院選の直前に言うことではないじゃないか。 せっかく得た、就任当時の御祝儀人気を維持できない。 首相としての重みがないね。私:一票の格差よりも、鳩山、菅という連続した首相の軽口のいい加減さを国民が嫌ったんではないかね。 一票の格差よりもそれが影響しているように思うね。
2010.07.15
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私:(夕食のテーブルで遊びに来た小学2年生の孫に向かって)これからは、爺との会話は英語でやるかな。孫:Do you like か。私:アレッ。もうそんな英語を知っているのかね。 2年生から英語があるのかな。孫:1年の時からやっているよ(週1回の国際交流という授業で外人が来て話していることを言っているのだろう)。 「暑い」はハットだ(発音がネイティブみたいで、俺たち世代は文字から入ったからホットと発音しやすい)。 「帽子」と間違えないようにしないとね。 孫の顔を見て、この少子化の世代は、これから、日本語と英語とどうつきあうのかと考える。 同じ東洋人でも、中国語は英語的な構造で、発想も自己主張型だ。 韓国は言語構造は日本型だが、国民性は歴史的にもまれたせいか自己主張型だ。 孫は、どちらかというと自己主張型だ。 バイリンガルの世界になっても日本語は生きる残るのか。 俳句、和歌は生きる残るのか。 自分の過去を振り返ると、敗戦直後、英語に接したとき、別な言語に好奇心を刺激され、中学時代は、英語にはハングリーな状態で没頭したことがある。 だから、受験英語は嫌いだった。 親は英語は無知な世代であるから、自分で学んだ。 しかし、そうかといって、日本文化を忘れたわけではない。 楽天、ユニクロのようにグローバル化のビジネスモデルの会社では社内用語に英語を使う時代となっている。 これは、過去、日本国内の外資系の会社ではそうだったが、それが拡大する兆候か。 ドンドン変化している。 小学校の英語教育はどうするか。 これもすでに変化が始まっている。 再度、ブログの「日本語が亡びるとき・英語の世紀の中で」1、2、3を読んだ。
2010.07.14
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絶対こうなる!日本経済私:今後の日本社会について、榊原氏は日本はグローバル化を進めるとともに、ヨーロッパ型の福祉社会を目指すべきだという。 これに対して、竹中氏は消費税を高くしてやるなら、それも一つの方法だという。 しかし、竹中氏は、スウエーデン型の福祉社会は高負担高福祉というのは誤解があるとしているね。 というのは、スウエーデンはアメリカ並みの厳しい競争社会だということだ。 日本のようなJAL救済なんてやらないだろう。 アメリカ政府はGM救済をしたがね。 それにスウエーデンは経済成長の基礎である人材育成の教育制度も整備されている。 これは以前、BSのフジテレビのプライムニュースでもやっていたが、「小さい政府」「大きい政府」という切り口は誤解されやすいと言っていたね。A氏:それにスウエーデンは人口900万だね。私:だから、榊原氏は、スウエーデン型でなく、フランス型の大きな政府を参考にすべきだという。A氏:フランスは人口6300万人だね。私:榊原氏は、消費税を上げる必要があるという。 4~5年は大丈夫だが、次の総選挙では訴えるべきだという。 そして、フランスも競争を促進しているという。 このため、榊原氏は、日本はサービス業の規制緩和が必要だという。 タクシーでは失敗しているのにね。A氏:消費税はそういう総合的な観点から考えるべきなのに菅首相は早トチリをしてブレて、選挙前に支持率を一挙に下げ、参議院選の大敗北につながったね。 この人も口が軽いね。私:竹中氏は、子ども手当をやめて、法人税減税だという。 榊原氏は反対だね。 もっとも榊原氏は、法人税引き下げは賛成だというが。 ところで国債の発行残高870兆円だが、榊原氏は日本の金融資産の総量残高が1450兆円あるから、後5年ほどはかなり大量の国債を発行しても余裕はあるという。 竹中氏は、5年は無理でせいぜい後3年だという。 榊原氏は、国債は日本人が資産として買っているのだから紙クズにはならない。 日本が破産するということは、少なくとも50年くらいは考えなくていいという。 ただ、このままでは10年先は心配だから、4~5年以内に財政再建策を作る必要があるという。A氏:消費税についてはどうかね。私:竹中氏は小泉型の「小さな政府」でも12~15パーセントは必要だという。 民主党のバラマキみたいなことをやると30パーセントになる。 榊原氏も、福祉を重視すれば、ヨーロッパなみの25、30パーセントが必要だという。 藤井裕久前財務大臣は、13パーセント~14パーセントがまず必要だと言っていたという。 竹中氏は、消費税引き上げでもっとデフレになることを心配しているね。 それから、地方分権については、竹中氏は道州制だが、榊原氏は江戸時代の藩と同じで、300くらいの市町村を基礎単位とするというものだね。A氏:政治主導ではどうかね。私:官僚をうまく使えていないから、民主党政権は問題を起こしているという。 昨日、ふれたように、この本では、鳩山・小沢退陣が選挙前に行なわれ、そして参議院選では民主党は負けるだろうとまで予測しているね。 そして、政界が再編成されるとしている。 ところで、3人ともこれからの日本の若者に期待している。 そして、グローバル化した時代の日本の若者には英語が重要だとしているね。 ユニクロ、楽天のようにね。 これはグローバル化では避けられない黒船だね。 俺の孫は小学校1年から英語を学校で勉強しているが、政界では日本文化を失うとして抵抗勢力がいて、文科省では教科とはせず、自由学習で妥協のようだね。 これもグローバル化した世界競争に耐え得る人材育成という政策の遅れの問題だね。 スウエーデン型なら、国をあげての経済成長のための教育政策がある。 そうでないと高福祉は期待できない。 日本はまだ甘いね。
2010.07.13
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絶対こうなる!日本経済私:選挙結果は、事前の世論調査を反映したような結果になっているね。 ところで、この本のカバーに「2時間で今がわかる」とあったが、新書版だから、それくらいで読める。 そのためか、ビニールでシールしてあって、立ち読み不可能になっていたね。 税込で999円。 榊原英資氏、竹中平蔵氏、田原総一朗氏の3人の鼎談は、興味があるので一応、買ったよ。 この鼎談が行なわれたのは、鳩山首相退陣前だが、榊原・竹中両氏とも、選挙前までに鳩山・小沢はやめるだろうと予測していて、後は菅氏が有力だと言っているね。A氏:その通りになったね。私:榊原・竹中両氏は、経済政策論では、お互いに対立している部分があるが、共通の認識もあるね。 まず、リーマンショックの影響がすくないはずの日本が、世界のどこよりも大きな打撃を受けのたかという原因は、榊原氏は輸出依存増が原因だとしているね。A氏:竹中氏は、内需は多いと言っていたね。私:この本では竹中氏は輸出依存増になったことは認めているね。 しかし、原因はポスト小泉の安倍、福田、麻生政権で改革をやめたからだという。 その後、2010年に二番底の恐れがあったが、現在、回避されているのは、中国経済の好調とアメリカ経済の回復傾向を榊原氏はあげているが、これは竹中氏も同じ認識だね。 リーマンショックにより金融資本主義は崩壊したと榊原氏は言うが、竹中氏は資本主義の崩壊でなく、変化だという。 百年に一度の経済危機というのは大げさだと竹中氏はいう。 この点は、榊原氏と対立した認識だね。A氏:日本の経済力の低下については両氏の意見はどうかね。私:榊原氏は日本のビジネスモデルが、グローバル化した時代に対して時代遅れになっているという指摘だね。 竹中氏もそれを認めるが、法人税の引き下げなど国が適切な政策をしてこなかった結果だという。A氏:また、法人税の引き下げが出てきたね。 だから、日本ではiPadが出てこなかったのかね。私:竹中氏は、日本には潰れするはずの企業を政府が補助してゾンビのように生き延びさせているという。A氏:JALがそうだね。 私:竹中氏はJAL救済には反対だね。 榊原氏も日本は全日空一つでいいと言っている。 日本は自動車、電機、一般機械・鉄鋼の4業種は輸出競争力は強いが、雇用は日本全体の7パーセントだという。 竹中氏は、日本は国際競争力がある部門と、農業のような手厚く保護されて非常に効率が悪い部門があるという二重構造になっているという。 その生産性を低い部門をもっと競争させ、強くする政策を政府がとっていないという。 榊原氏も二重構造を認めていて、産業政策も製造業以外の活性化にシフトすべきだという。A氏:ビジネスモデルだが、こないだ新聞で韓国は日本の技術をうまく利用してビジネスで成功しているという記事があったね。 しかし、韓国はオリジナルな技術がないとして問題にしているという記事にはあった。私:その点、榊原氏・竹中氏ともに、日本には技術力はあるが、商売は下手だとしているね。 それにグローバル化してから、外国では、国が一緒になって商売をしている。 日本は官民癒着で嫌うがね。A氏:商売のうまい国は二枚舌なのにね。私:しかし、榊原氏・竹中氏ともに具体的なこれからの日本の産業政策の絵はもっていないね。 明日は、いよいよ、本番の財政問題にふれよう。
2010.07.12
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横浜はうす曇り。 8時半に投票に出かける。 県選出と比例代表と2回、投票箱に入れるらしい。 ついでに宅配便で荷物を出してくる。 字数からして、これはツイッターだ。
2010.07.11
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今日の横浜は晴天。 風がある。 午後、図書館まで歩いて行き、読んだ本を返し、予約して順番がきた本を借りる。 ついでに、近所をウオーキングして1万歩。 汗、ビッショリで帰宅後、シャワーを浴びる。 明日は、いよいよ参議院選だ。 百家争鳴の選挙状態だ。 迷う人が多いだろう。 こういうときは、投票率はどうなるのだろうか。 とにかく投票に行ってこよう。 明日は、横浜の天気は、午前中は曇で、午後から雨だという。 午前中に行ったほうがいいだろう。 夜は、開票速報でテレビに釘付けか。
2010.07.10
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メディアは知識人をどう使ったか私:こないだ朝日新聞の書評で、「六◯年安保」というこの著者の本が取り上げられていた。 書評から興味をもって、すぐに予約のためインターネットで図書館を検索したがリストにない。 そこで著者に興味をもって、古いが図書館リストにあるこの本を借りることにした。 ところが、それから1週間位たって、また図書館のリストを検索したら、「六◯年安保」が検索にひっかかった。 どうやら図書館では、朝日新聞の書評から購入に踏み切ったらしい。 遅れ馳せながら予約したが、すでに待ち数6。 図書館は1冊しか買ってないので、2,3ヶ月待ちだね。 ところで、この本は、敗戦直後の昭和20年8月15日から、年末までに期限を切って、その間のメディアと知識人の関係をまとめているね。A氏:軍国主義が崩壊して、一挙に民主主義に転換する時期だね。 この頃は、メディアと言っても今のようにテレビが無いから、新聞が中心だろうね。私:そうだね。 当時の2大紙である「毎日新聞」「朝日新聞」を中心にとりあげている。 「読売新聞」は、まだ、大新聞ではなかったんだね。 俺は、この本は著者に興味があって借りたんで、あまり中身は興味はなかったね。 最後に、エンコード、デコードなどの理屈が登場してピント来なかったね。 しかし、敗戦直後の代表的な知識人として賀川豊彦、林語堂、美濃部達吉、大内兵衛など、なつかしい名前が登場するね。 まぁ、以下、俺なりに読んだ記録は残して置きたい。 著者は、この敗戦の年を3つの時期に分けている。 第1期は、8月15日から9月末。 第2期は、10月初めから10月末。 第3期は、10月末から12月末。 この間の「毎日新聞」「朝日新聞」の記事を中心にとりあげている。 「朝日新聞」は8月21日から、「英霊に詫びる」という連載特集を開始する。 トップは大佛次郎だね。 しかし、この連載企画は4日間続いた後終了している。A氏:連載企画の失敗かね。私:敗戦のショックから何日もたっていないのに、どのようにして「英霊に詫びる」のか、知識人であっても的確な答えは期待できなかった。 この連載の3日目は、吉川英治で、これは談話筆記だね。 吉川英治は、戦後、疎開先の青梅市で3年ほど過ごし、ペンを絶っているね。 要するに、新聞(メディア)自体が、敗戦直後の時期に、どのように「戦時体質」から脱却すべきかが分からなかったということになるのだろう。 同様に「毎日新聞」も「新日本建設の道」という連載を同じ頃始めるが、3回で終了している。 初回が石原莞爾陸軍中将、2回目が鮎川義介という、後に戦犯として戦争責任を追求される人に書かせている。 第2期は、10月初めから10月末だが、GHQは9月末から、メディアを直接統制する方針を打ち出し、10月8日頃から、主要新聞に対する本格的な事前検閲を開始した。 この時期から、右翼的な知識人から左翼的な知識人へとメディアの登場人物が次第に変わってくる。 また、この時期には、小林多喜二の獄死や政治犯の釈放・出獄の動き、あるいは戦前・戦中の著書の発禁、大学教員の罷免といった思想・言論の弾圧を告発する記事が続々と報じられる。 「赤旗」が10月20日に再刊される。 「毎日新聞」「朝日新聞」ともに、「戦時」色から、「戦後」色へと顕著な変化を遂げる。 第3期は、第2期の「民主化」「左傾化」が一層進んだといえるが、「左傾化」の進行にかかわらず、戦争責任を免れたと思ってメディアに登場した知識人が、後に戦犯として逮捕されたという混乱が残っていた。 代表的な例が近衛文麿だね。 12月の「毎日新聞」「朝日新聞」両紙にインタビュー、談話などが載った人物のうち、後に公職追放になった者は、かなりの数にのぼっているという。 昭和20年は、その意味でメディアも知識人をどう扱うか、混乱状態を脱していなかったことになるね。 次はこの著者の2冊目の本である「六◯年安保」に期待したい。 六〇年安保
2010.07.09
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私:昨日のNHKの大相撲実況中継中止で、この問題も一応、落ち着くところまで来たね。A氏:最初は、大関琴光喜が野球賭博で暴力団に脅迫されているという週刊誌の記事から始まったね。 そして、土俵回りの特別席での暴力団関係者の観戦問題も出る。私:ところが、暴力団とのつながりはあまり取り上げられなくなり、内部の力士の処分という内向きの対応に終わっているね。A氏:今朝の朝日新聞のオピニオン欄では、「大相撲は何に負けたのか」という見出しで、芸能史研究で有名な俳優小沢昭一氏、中島隆信慶大教授、弁護士の猪狩俊郎氏の3人のコメントが載っているね。私:小沢氏は、スポーツ化した大相撲を「芸能的な由緒正さの終幕」としているね。 暴力団との関係では、小沢氏は美空ひばりの例にちょっとふれているね。A氏:彼女は、暴力団との関係で、一時期、テレビから出演を拒否されたが、圧倒的な芸の力で復活し、死後もテレビ番組で盛んに登場しているね。私:暴力団との関係を真正面に論じているのは、「優しい顔で暴力団は近づく」とい見出しの猪狩氏のオピニオンだね。 猪狩氏も野球賭博と暴力団との関係の全体像がまだ明確でないとしているね。 そして、2002年に発生したプロ野球と暴力団との関係を例にあげているね。 プロ野球の暴力団排除がうまくいったのは、組織内で解決しようとしなかった点にあると指摘しているね。 これが今度の大相撲の問題解決に参考になるだろうとしているが、大相撲の場合、ちょっと外部の介入を嫌う風潮があり行動が遅いね。 それがNHKに不信感を与え、中継中止の1つの動機になったようだね。A氏:暴力団は、金のあるところに目をつける。 その点で、中島氏の「身の丈超えて肥大化した土俵」のオピニオンにあるように、事業規模が拡大して、金が集まり、暴力団に狙われやすくなったとも言えるね。私:アメリカの戦争映画を見ると、兵隊が戦場で暇なときに集まって賭けをしているシーンがあるね。 閉鎖集団は気晴らしに賭けごとをよくやることは多いね。A氏:麻雀だって、会社仲間でやる賭け麻雀はよくある。 大きなオーナー企業などで、社長が麻雀好きだと社員と賭け麻雀をやることもあるね。 官官接待では、賭け麻雀はよくやるそうだね。 民間では、得意先接待で、賭け麻雀をして、わざと得意先の人に勝たせるということもある。私:そういう賭けごとと、暴力団がからむ賭けごとは区別すべきだね。 今回の処分は、その境界点があいまいなような感じがするね。A氏:夕刊では、いよいよ警察の大掛かりな捜査が始まったことを報じているね。 しかも、警察の担当は、暴力団を扱う組織犯罪対策3課だね。 賭博罪の扱いではない。私:どこまで暴力団に迫ることができるだろうか。
2010.07.07
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トラブル・イズ・マイ・ビジネス 田口訳ではサービスエレベーターと洗濯籠の位置関係の疑問が新しく発生した。 トニーは、ジョニーと最上階の14階で会って、彼にサービスエレベーターで逃げるように助言してから、部屋を出てエレベーターで下に降りる。 だが、何故、途中のリネン室のある階で一旦降りたのか? それがトニーの行動の重要なポイントとなるところの訳だ。 チャンドラーはそれを下記の英文で簡潔に描いている。「He rode it down to the linen-room floor and got out to remove the basket that held the service elevator open at that floor. The door slid quietly shut. He held it so that it made no noise.」 洗濯籠について、田口訳はここを「『床に置かれていた洗濯籠』」と訳しているが、井上訳は、『ドアにはさまった洗濯籠』だ。 まったく違う。 田口訳は、at that floor を the basket on that floor と勘違いしているようだ。 これは held ~ at that floor だと思う。 この訳の違いが、トニーがわざわざ、リネン室に降りた理由と関係している。 深夜のリネン室の作業者は、作業の便利さからか、「洗濯籠をドアにはさんで」、サービスエレベーターをリネン室の階で止めて動かないようにしている。 それをトニーは知っている。 これでは、14階にいるジョニーと約束した彼のサービスエレベーターでの脱出は不可能だ。 それで、トニーはわざわざ、14階からリネン室のある階に降り、「はさまっている洗濯籠」を、リネン室にいる作業者に気付かれないように、そっとどかしてサービスエレベーターが動くようにした。 これで、ジョニーが逃げられる準備は、リネン室作業者に気付かれないで、無事完了したことになる。 田口訳の 「『床に置かれていた洗濯籠』」では、エレベーターが動かない理由と洗濯籠とは無関係なので、トニーがリネン室で降りた理由も分からない。 ジョニーを逃がす意図を持った重要な作業であることも分からなくなる。 ここは、英語で分かりやすく表現すると、 remove the basket got caught in the door to hold the service elevator open at that floor とでもなるかも。 洗濯籠の位置の訳一つが重要な意味を持ってくることになろうとは。 それにしても、深夜のリネン室で働く作業者が、洗濯籠をサービスエレベーターにはさんで、自分の階で止めている習性を、ジョニーの逃亡を助けるトニーの行動に結びつけるとは、チャンドラーのストーリーには巧妙な庶民的な味がある。
2010.07.06
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トラブル・イズ・マイ・ビジネス 図書館で「待っている」の田口俊樹氏による07年の新訳が載っているチャンドラーの短編集「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」(07年12月ハヤガワ・ミステリー文庫刊)を借りる。これで、4年前のブログの「チャンドラー『待っている』翻訳比較読み・その4」にある3人の訳の比較表に下記のように田口氏の訳を追加。英文井上訳稲葉訳清水訳田口訳私見blue carpet紺の絨毯赤い絨毯青い絨毯青い絨毯青い絨毯a shade or two訳なし訳なしシェイド1ついくらかシェイド一つ、二つloungers客のかわりに影客たちの影椅子にかけている人々客がいるような影長椅子the Johns come for himアマがかわりにサツにかけこんだ御巡りの方から捕まえにきたデカが捕まえにきたお巡りのほうからやってきた意訳だが井上訳が分かりやすいpink fuzz off your lip唇の上のピンクのうぶ毛唇の上に生えた桃色のやつちょびひげ鼻の下のピンクのけば清水訳が適切breakしあわせまともな暮らし機会悪いようにしない(俗)・機会、運stake金金やま金(俗)・贈与金case dough裁判費用万一のときの用意ひとやま非常用の金(俗)・(万一の時のために貯えた)わずかのお金、トラの子You could take a ride in a basket too.籠のなかにでもかくしていけばな籠にかくれて降りることもできるあんたがバスケットに入れられて運ばれることになるよ真っ逆さまに地獄に堕ちてもいいのなら稲葉訳が適切。清水、田口訳は問題。remove the basket that held the service elevator openエレベーターを止めている、ドアにはさまった籠を片づけエレベーターの邪魔をしている洗濯籠をとりのけた訳なし床に置かれていた洗濯籠をとりのけ井上訳が適切。田口訳は洗濯籠位置が致命的。Down the corridor廊下を歩いて行くと廊下の先の廊下の端しで廊下のさきに歩いていないはずBe a pal,すまんがすまないがたのむよ悪いんだが気をきかせろよlending me that phone numberそのコールガールの電話番号を貸してくれねえかな?いまの電話の主をちょいと拝借できないかなあの電話番号を教えてくれないかさっきの大金は私があんたから借りたってことでいいかな?思い切った意訳だが井上訳が適切。田口訳は問題。田口訳ではサービスエレベーターと洗濯籠の位置関係の疑問、すなわち、井上訳の「ドアにはさまった洗濯籠」なのか、田口訳の「床に置かれた洗濯籠」なのかの違いが新しく発生。 これは、明日、ふれる。
2010.07.05
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雇用の常識「本当に見えるウソ」私:著者は、日本の労働市場は非常に特殊だという。 「ジョブ・職務」と「メンバーシップ・帰属」という2つの概念を使うとそれが明確になるという。 日本では正社員になり、雇用契約を結ぶときは、「職務内容」は詰めない。 他の国のように「雇用=労務と報酬の交換契約」ではなく、「雇用=組織の構成員となること」だね。 日本では、正社員は職務でなく、会社に帰属することに対して賃金が払われる。 これを「職務なしの帰属:メンバーシップ・ウイズアウト・ジョブ」という。A氏:「タテ社会論」でも出てくるね。私:逆に、非正規社員は契約時に職務内容は明確だね。 しかし、メンバーシップは弱く、景気が悪くなるとすぐに首をきられる。 「帰属なしの職務:ジョブ・ウイズアウト・メンバーシップ」だね。 正規社員と非正規社員とは白と黒のように鮮明に別れる。 著者は、これに対して、グレーゾーンがあってもいいのではないかと提案しているね。A氏:「ほどほどのメンバーシップ・ほどほどのジョブ」かね。私:最後のほうで著者は、無用な主な対立軸は、若者対熟年軸、非正規対正社員軸、労働者対企業軸(企業悪者対企業かわいそう)、そしてアンチ小泉対小泉礼賛軸の4つになるという。 これが「竹中平蔵対森永卓郎」「八代尚宏対雨宮処凛」といった形でテレビにとりあげられた。 しかし、ワーキングプア→若年失業→塾年悪玉論は、実態と乖離しているだけでなく、子どもの学費負担が増えてくる熟年の給与はダウンしてきており、年代格差は縮小してきているという。 そこで著者は、戦後の日本をさかのぼっている。 1960年代、70年代までは、日本は中進国で賃金も国際的に低い方だった。 だから、国内の雇用は伸びる。 企業内の管理職ポストも増える。 国も失業者は増えないから、雇用保険の準備金は潤沢。 年金の積立も増えていく。A氏:しかし、1985年のプラザ合意以後の円高で日本は「世界一高い人件費」に悩まされることになるね。 並行して、原油高が企業収益を圧迫しだす。私:1989年のベルリンの壁崩壊で、経済のグローバル化が進む。 人件費が高いから雇用問題が深刻化する。 失業率増加や非正規の問題もこの時代の流れの中で起きてきた。 そこへ小泉政権が登場するが、誰が政権をとろうとこの問題は避けられなかっただろうね。 著者は最後に、移民など、いろいろな雇用改善策を提案しているが、急速に進むグローバル化や、日本の少子高齢化などの雇用市場の変化などに対しては、直ぐに効果ある名案がなかなか期待できそうもないようだね。A氏:しかし、必要なのは、感情的にならないで、事実をよく共有化して、その上に立って対策を考えるべきだね。私:まだ、若者の引きこもりとシャッター街の関係や、ワーキングプアと働く主婦との関係があるが、要するに、風評に踊らされないことだね。 この本は出だしで、「未成年による凶悪犯罪が昨今急増している」という風評の例をあげ、データでは「未成年の凶悪犯罪は激減している」ことを示しているね。 マスメディアには要注意だね。A氏:君のブログの「日本一早い平成史・1989~2009」での森達也氏も同じように「未成年による凶悪犯罪が昨今急増している」のウソを指摘して、「メディアリテラシー」の重要性を強調しているね。私:それにしても、来週の参議院選で各党がこりずにマニフェストを出しているね。 昨日、俺の家のポストに「みんなの党」のチラシが入っていた。 渡辺喜美氏の顔写真の裏に「アジェンダ2010」というのが書いてあった。 「マニフェスト」は詐欺の臭いがするとして「アジェンダ」としたらしい。 しかし、4パーセント以上の名目成長で10年間で所得を5割アップだという。 昨年、民主党は「財源なき社会保障」のマニフェストで失敗したが、「みんなの党」は「新しいビジネスモデルなき名目成長」だね。 「アジェンダ」にしても、カンバンを変えただけで、これも詐欺臭いね。 国民の「マニフェストリテラシー」が必要だね。
2010.07.04
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雇用の常識「本当に見えるウソ」私:09年2月、構想日本という政策集団の宮島理氏が、バブル崩壊前と比較して、35歳以上の正社員が増加し、格差も縮小したとメールマガジンに書いた。 さらに宮島氏によると、35歳未満では、正社員の割合が減少し、世代内格差も拡大した。 35歳以上の既得権層によって新規参入者が割を食ったという。A氏:「熟年悪者論」だね。私:これに対して、海老原嗣生氏はデータで反論しているね。 データでは、バブル崩壊前と比較すると、35歳以上の正社員比率は13.5パーセントダウン。 35歳未満は12.5パーセントダウンと、むしろ35歳以上のほうがダウンが大きい。A氏:データでは逆ではないかね。私:ただし、実数では、35歳未満の正社員数は134万人ダウン。 35歳以上は203万人増だね。 この実数を見ると「熟年悪者論」が生まれることになるね。A氏:なんで率と実数が逆の傾向を示すのかね。私:「熟年悪者論」は背景にある少子高齢化の人口構成のトレンドを無視しているんだね。 35歳以上の人口は増えているのに、35歳の人口は減っている。 その人口構成の差が、単純に実数の差になっているに過ぎないということだね。A氏:総人口が減っているのを何故、頭のいい評論家が無視するのかね。私:さらに大学や大学院への進学率が上昇していると、この人たちを就職戦線の人口から除外しないといけない。 除外して計算をすると、若者の正社員比率は変化していないというデータになる。 それから大卒者の増加で、高卒者がしわ寄せを食って、就職者数を減らしていることだね。 一方で、大学を出ても、かっては高卒者がやっていたような仕事をやらないといけないようになる。 中小企業にも就職しなければならない。A氏:「正社員としての仕事がない」というより、「仕事を選びたい」という意識が強くなるだろうね。私:それから、よく「就職する年の景気が人生を左右する」という説があるが、著者は、これも正確でないとデータで反論している。 というのは、景気は約3年サイクルで動いているので、企業の採用も増減する。 このとき、景気の悪い時にやむを得ず入った会社を、景気が上向きのときにやめ、希望する企業に第二新卒として就職できる。 企業側も第二新卒は、社会人としての基礎教育費が不要だし、職歴から「職務能力」を正確に判断できるので歓迎だね。 また、第二新卒者は、厳しい就職を味わっているから、一旦、希望するところに入ったら、なかなかやめない。A氏:熟年が若者を搾取するという世代対立軸については、根拠が曖昧だというわけか。私:感情的な犯人叩きは、問題解決にならないね。 明日は、黒白2つの労働市場論をはじめ、無用な意見対立についての著者のまとめにふれよう。
2010.07.03
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雇用の常識「本当に見えるウソ」私:昨日、城氏の04年発行の富士通の成果主義崩壊を書いた本から引用したが、09年にその城氏が東洋経済新報に書いた記事を、今度は、海老原氏が批判しているね。 それは城氏が、大卒者の36パーセントが3年以内に離職しているとしていることで、近年の若者の世代の新しい変化を指摘している。 その原因は年功序列的報酬制にあるとしていることだね。 海老原氏は、これに反論して、昔から若者はよく離職したというデータを示している。 1987年の大卒者の3年離職率は28.4パーセント、2005年は35.9パーセント。A氏:増えてはいるが、激増ではないね。私:それから、高校・短大・大学の卒業者の離職率は共に、92、93年が低いが2000年と2004年に高い。 「近頃の若者の気持ちの問題」とすると年齢差のある高校・短大・大学の卒業者が、同じ時期に、同じ傾向になるのは矛盾しているという。A氏:高卒と大卒では4年の世代差があるからね。私:海老原氏は、この離職率の同時期の変動を、景気の状態から説明できるとしているね。 92、93年に採用された卒業者は、景気がいいから比較的に良い会社に入れたが、2000年や04年に採用された卒業者は、景気が悪かったから、不況が終わったときに、「もっと良い会社に入りたい」とリベンジで離職したと、世代の違いではないと説明できるとしているね。A氏:世代より景気の影響だということだね。私:ただ、高卒者に比較して、大卒者の3年離職率はトレンドとして上昇している。 これは、96年以降、大学進学率が大幅にアップしたことだね。A氏:従来のように大学が出たから良い企業に就職できるとは限らなくなったね。 「名ばかり大学生」の出現だね。私:さらに、男子大学生に対して女子大学生が増加していることだね。 この女子大卒者の就職者数は90年代より一貫して上昇している。 男子大卒者の就職者数は91年をピークとして下降線をたどっている。 就職率でも同様のトレンドだね。A氏:「女性による男性押し出し現象」だね。 養老孟司氏によると昔から「男女7歳にして席を同じくせず」というのは、男尊女卑ではなく、「同じ席」にいると女性が優秀なので、男性が萎縮するからだという。私:こないだテレビを見ていたら、これからの日本人は英語がもっとできなくてはならない、小学校から英語をやるべきだという番組をやっていた。 秋田県にある国際教養大学の学長の中島嶺雄氏がメインゲストとして出席していた。 この大学の授業は全て英語、学生の半数近くは外国人、一年の海外留学と、寮生活が義務付けられているというユニークな大学。 国際教養人を育成するには、素晴らしい環境らしい。 ここでも優秀な日本人学生は女性が多いというね。A氏:ワーキングプアというのは、この「押し出された男子大生」が一つの発生源となるね。私:残念ながら、正社員となった女性は育児退職が多く、30代以降の正社員率は低下しているね。 明日は、「若者かわいそう」、「熟年悪者論」のウソにふれよう。
2010.07.02
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雇用の常識「本当に見えるウソ」私:著者は、本当の成果主義というのは日本に存在しないとしてデータで説明しているね。 せいぜい、査定比例部分を大きくした「査定厳格化」だという。A氏:成果主義は一時ブームのように言われたが、最近は、静かだね。私:年功序列賃金では、次第に中高年層が多くなる1990年代に企業負担が増加する。 そこで、企業が熟年者の給与上昇カーブを下げたいために「成果主義」のスローガンに便乗したと著者は言う。 データではそれは成功しているという。 熟年者の給与が上がり続けなくなり、緩くなったというデータとなっている。A氏:成果主義については、このブログの「成果主義がソニーを破壊した」でもとりあげているね。私:このブログでは、城繁幸氏著の「内側から見た富士通『成果主義』の崩壊」(光文社刊)が引用されているが、この話題に関連して、そのブログの中身を再録しておこう。 この城氏の本は2004年発行だね。 当時のビジネス書のベストセラーの上位にあった。 著者は、富士通の人事部にいた人だ。 著者が、書いているのは正確には「成果主義」の批判や否定でなく、成果評価のために用いた目標管理への批判だね。 人事部担当として、その推進の中心にいただけに生々しい弊害例があげられている。 例えば、著者本人は人事部でルーチンワークをやっていたので、確固たる「目標」はない。 しかし、「目標シート」を書かなければならない。 そこで「退職に関する稟議が上がってきたら3日以内に処理する」「退職金の計算を間違えない」など、まるで小学生のような目標を「目標シート」に記入し、上司の了解を得たという。 著者が出席したある部の評価会議では、部長の前に、約千枚の「目標シート」が積まれ、その山を見た部長は、評価が嫌になり、個別に見なかったという。A氏:紙のお遊びだね。 皆、やる気を無くすね。私:この本の著者は、その無意味な「成果主義」の推進の根底には、それを推進した人事部やコンサルタントの「机上理論」にあることを指摘して、次のように述べている。 「『机上理論』の特徴は、それを振り回す人間に、生身の人間に対する洞察力が欠落している点にある。 新しい『評価システム』をつくり、そのマニュアルを従業員に配布しさえすれば、あとは従業員がそれにしたがって完璧に作動するはずだという思い込みである。人間は部品ではない。 だから、理論やマニュアル通りには動かない。 そんなことは誰にもわかっているはずなのに、彼らにはわからない」A氏:成果主義の「成果」が「仕分け」られているね。 コンサルタント団体にとっては、一時的な売上増となって、「成果」を出しただろうがね。私:そのコンサルタント団体は、「修正された成果主義」を新しく売り出していると言うよ。 こりないね。 JAL 再建のトップに立った稲盛和夫氏には成果主義とは違った有名なアメーバ経営があるね。 目標管理は、有名なデミングが反対している。 デミングはその14原則の3番目で「目標管理をはじめ、数字で示された個人目標やノルマを排除せよ」と言っている。 そして、航空会社の電話予約係の女性の例、交通警官の駐車違反のチケットの例、連邦調停官の業績評価例、郵政公社の購買担当者の例などいくつかの弊害例をあげ、プロセスよりも結果に重きをおくとして批判している。 企業はシステムで動いている。 その中の個人目標は意味が無い。 システムが問題なのに、個人目標にしわ寄せするのは矛盾だね。 デミングは「システム志向」だから、「個人目標志向」を嫌うんだね。 デミングのような考えを「システムアプローチ」という。 これと反対のアプローチを目標管理のような「個人責任プローチ」という。 JR西日本の「日勤教育」は典型的な「「個人責任アプローチ」だね。 ちょっと本題からずれたね。 明日は大卒者の増加、そして女性大卒者の増加と雇用の関係をみてみよう。
2010.07.01
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