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1/30 チェンマイ駅 明日の寝台列車のキップを買い求めた 明日の15時30分発 バンコクには2月1日の5時25分到着予定だ 531バーツ(1850円) 朝飯は鶏ご飯 ご飯は鶏のスープで炊いてある 安くて旨い! 35バーツ(120円) チェンマイの市場 果物の王様ドリアンはそれなりの値段はする ラグビーボールの大きさで1,000バーツ(3,500円) 寺院 名前は? 長い笛 楽器の名前は? 規模が半端ないチェンマイの市場 下の写真は乾燥海老 9時過ぎからチェンマイ駅に行き、バンコク行きの寝台列車のキップを買い求めた。 今までの経験から、市内の旅行会社は儲からないから列車のキップは積極的に販売していない気がする。 列車のキップは定価が決まっているので、ベラボーな手数料は取れない。 しかし、バスはピンキリで高いのか安いのか判断材料がないので、旅行会社の思うツボだ。チェンマイからバンコクまでのバス代は450〜800バーツとランクによって色々だ。そこに旅行会社の儲けがある訳だ。外国人は2度と同じ旅行会社を利用しないので、500バーツを800バーツで手配すれば300バーツの儲けになる。全ての旅行会社がその様な事をしているとは思わないが、旅行会社で寝台列車は満席です、と何回か言われたので、私は信用していない。それからは直接駅で買い求めている。満席で寝台列車のキップを予約出来なかったことはない。 キップを手に入れて、ホテルに戻りスマホで下記のニュースを見つけた。 『政治集会に注意(2019年01月29日)』 在タイ日本国大使館は、週末に開催される予定の反政府系グループによる政治集会について、注意喚起を行っています。 バンコク等における政治集会予定(2月2日(土)・3日(日)) インターネット上の情報によると,2月2日(土)及び3日(日),反政府系グループが政治集会を行うとの情報があります。 大して驚かないが、2/4の飛行機が無事に飛んでくれればいい。 タイでは、数年に一回はバンコク市内でデモが繰り返されている。前も山仲間とネパールに向かう際に、バンコク市内をデモ隊が占拠して入れない事があった。 今だにタクシンは出身地のタイ北部や東北部の農民層から 絶大な人気があり支持を得ている。 その支持者にタクシンは金をばらまいてデモをさせているともいわれているが…。真実の程は定かではない。 本日も「さくら食堂】で晩酌した 白菜のお新香 激辛なサラダ ヤムウンセンは具だくさんだった(海老 キクラゲ ソーセージ 人参 玉ねぎ キュウリ トマト マッシュルーム セロリ) チェンマイ名物のナイトバザールの様子
2019.01.31
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1/29 本日から2泊するジャイアントホステル ドミトリーで 通路を挟んで両方に2段ベットがある(12人の大部屋)一泊180バーツ(630円) 朝はお粥 卵にシイタケ入り 途中の町 市場の様子 少数民族衣装が目立った 途中のドライブイン 町の食堂と比べれば2〜3割ほど高い ターペ門 観光客が多い 皆さん記念撮影している 昨日は、Y口さんとビールに地酒(焼酎)をウィスキーをかなりの量を飲んだ。 午後の3時頃から話し始めて、暗くなりかけたので、鶏や豚を焼いて売っている店に行き、隣の小汚い酒を置いている店から ビールとタイの地酒(焼酎)を買い、即席のテーブルと椅子を用意させて飲んだ。 話が弾みどんどん飲めるのだ、帰ったのは21時過ぎ(?)そのままバタンキュー、朝目が覚めたのが6時40分で、チェンマイ行きのバスは8時出発なので、慌てて顔を洗いトイレを済ませて、ブログの記事を書き急ぎ更新した。 バスステーションまでは歩いて20分ほどだが、道を1本間違えてしまい、おまけに余裕をかまして朝ご飯にお粥を食べた。 バスの出発まであと18分あるので、安心して歩き出したが、景色が全然違う。 「バスステーション・チェンマイ」と言って教えられた道が違う、急ぎ足、走ってバスステーションに向かい、ギリギリ4分前に着いた。 心配して一生懸命来たのに、出発時間から8分遅れて到着した男性がいたのだ。 急いで来たのは何だったのだ! メーホーンソーンを出発したマイクロバスは6時間かけてチェンマイに到着した。 チェンマイは見慣れた風景だ。旧市街は四角形、東西南北を一辺が2km弱の長さの城壁に囲まれている。その外側には堀があり外敵から守っていた。昔の日本のお城ですね。 昨日Y口さんに教えてもらった、日本の女性が経営するゲストハウスに行ったが、2月4日まで満室。 ここもY口さんに教えてもらった「ジャイアント」のドミトリーに2泊する事にした。一泊180バーツ(630円)で広めのベットに貴重品を預けるボックスがある。トイレにシャワーは共同だ。 チェンマイの古くからある日本食堂「さくら」冷やっこと白菜の漬物でビール2本の晩酌
2019.01.30
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1/28 首だけが別で 取ってつけたようだ この子も大人になれば 相当に首が長くなるのだろう でも痛々しい! 高齢者の方は首が長い それだけ長い年月をかけて真珠の輪を増やすためだ 首長族の店は左右に30店弱ある 首長族の店の様子 首長族の店の裏は家族達が住んで 農作業をしていた 【Wikipediaより】 首長族(くびながぞく、Kayan people)とは、村落内の選ばれた女性が首に金色の真鍮リングを纏う(まとう)民族のこと。ただし男性は着用しない。自称する民族名称はカヤン。 バイクタクシーで片道20分の首長族に会いに行ってきた。 入場料250バーツを払い、左右に首長族の人たちが営んでいる店を見て回った。 今現在、彼女らには月に1500バーツ、子供は半額が支給されている。 一時期は貰えなかった時期もあったようだが、生活できなくなり難民キャンプに帰る首長族もいたので、また支給されている。 子供達は首に真鍮リング纏うのは、学校で運動する時に邪魔になるので嫌がり、真鍮リングをしない子が増えているそうだ。 これらの話はゲストハウスで会ったY口さんから聞いた。 これからチェンマイに向かうので、急ぎ更新したのでまた機会があれば詳しく書き込むつもりだ。
2019.01.29
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1/27 メーホーンソーン市場の招き猫 客呼び込んでいる 本日から2泊するフレンド・ハウス トイレとシャワーは共同 一泊150バーツ(525円) ヤンゴンからメーホーンソーンまで810Km ロットゥーとワゴン車にバスを乗り継いてやって来た 地図でもわかる通りミャンマーと接している ワット・チョーン・カムは湖に浮かぶ姿が美しい 晩飯 貝が入った揚物 もやしに小麦粉にモヤシ小さな貝に卵を混ぜて揚げた物 ビールはセブンイレブンで買い持ち込んだ 先ずはフライパンで具材を炒めて 油で揚げる なかなかな繁盛店でひっきりなしに客が買い求めていた ナイトバザールの様子 メーホーンソーンはタイの北部にあり、ミャンマーと国境を接している。 タイには約80万人の山岳少数民族が暮らしていといわれている。タイ北部に約80%の人々が暮らす。彼らは百年も前から、中国やチベットから移住し、ここ数十年はミャンマーから移住した人達がいる。 複数の少数民族が共存して、山々は緑緑して自然が美しく、寺院や文化、食べ物などはミャンマーの影響を受けている。太平洋戦争時にはインパール作戦に加わった日本人も多く常駐していたことでも知られている。 なんと言っても首長族の村を訪ねたり、少数民族の村をトレッキングする観光客がたくさん訪れる。 以前、35年も前に宿泊したバンガロー式の宿で、明らかにメーホーンソーンに残った日本兵(断言は出来ないが)だと判る男に夕食をご馳走になった。 彼はバンガローで雑用をしていて、けして日本語は話さなかったが、私が日本語で言うことに反応したように見受けられた。 彼は親切で、私に色々と世話を焼いてくれた。離れで自炊していて、2日目の夕食時に彼に誘われた。一人では食べ切れない量のご飯と、野菜炒めに地酒(焼酎?)が用意されていたのだ。 彼はタイ語で話し、私に酒をすすめてにこやかな顔をしていたが、私が「もしかして日本人ではないですか」と尋ねても返事はしなかったが、話せない事情でもありそうな寂しそうな顔をしたのだ。その当時の事が思い出された。
2019.01.28
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1/26 最初からこの様な写真ですみません 私自身驚きました 骨折してボルトで固定しているんです 治療を受けて帰宅する男性が一緒に乗り合わせた こんな治療法見た事も聞いた事もない こんなに混んだロットゥーに骨折の男性も3時間乗っていた 当然縦揺れ横揺れはする 朝飯 カオニャ(もち米を蒸し)に鶏のつくね焼き トイレタイム 本日のホテル「ビューポイント」 ホテルのベランダから川が流れていて涼しげだ 町を散歩したが特に見所はない 暑いので雑貨屋でビールをラッパのみ 雑貨屋なのでグラスない ツマミもないのでバナナをおかずにビールを飲んだ ロットゥー乗場に行ったら、右足にボルトで骨折箇所を固定している男性がいた。さすがの竹ちゃんも驚いたし、ビックリだ! その男性が一緒に乗り込んだ、乗客は彼に色々な質問をしているが、私には理解できないが、足を骨折してメーソートの病院に来て治療して数日間町に滞在して本日家に帰るところだそうだ。 定刻8時出発したロットゥーは、途中で人も荷物も一杯にしてミャンマー国境沿いに、つづら折りの道路をかなりのスピードで進む。 一人が車酔いで吐き出したらつられるように、子供がゲロ、それを見ていた子供も吐気出す。 ビニール袋の持ち合わせがない子供に、竹ちゃんさっと渡す。テッシュも渡したら坊さん目でニッコリ(良い事をしたな)してくれた。 ロットゥーは幹線道路から脇道、村に入って客を降ろしたり乗せたりしたいたので200Kmを6時間かかってメサリヤンに到着した。 村に入る途中の山には焼畑風景や農作業している人達の姿も見れて、6時間もあっと間に過ぎた。 晩飯は魚のつみれ野菜炒めに魚のフライ(川魚の乾物) ここの食堂はアルコールは置いていないので 酒屋で買って持ち込んだ ビールは2本で112バーツ(360円) 料理は90バーツ(340)
2019.01.27
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1/25 バスの中はギンギンに冷えている これからスキー場に向かうバスではありません 毛糸の帽子 厚手の長袖に長ズボン 完全な防寒対策をしてバスに乗り込む 早の6時 托鉢している20人の僧 ミャンマー側のイミグレーション タイ側のイミグレーション ホテルのロビー 部屋は広く 木がふんだんに使われた重厚 趣がある 28バーツ(980円) 部屋の鍵 今まで見た事がない 囚人室の鍵のようだ 銀行で2万円両替 昼飯 カーオ・マン・カイ 蒸し鶏のせご飯 市場ででっかいナマズ やはりタイだ 虫にカエルなどが市場に並んでいる メーソート町の様子 市場付近 タイの夜行バスは冷蔵庫並みギンギンにに冷やされている。乗客はスッポリと毛糸の帽子をかぶり、厚手の長袖に襟巻きまでしている。日本のどこかのスキー場に向かうバスと勘違いするほどだ。乗客はほとんどがタイに働きに帰る人や、これから働きに出かける人達だのようだ。長い列になってミャンマーのイミグレーションに並んで出国手続きしていた。また、タイ側では一人に色々な質問がされるので時間がかかっていたが、職員が私に手招きして何十人も飛ばして便宜を図ってくれた。 前にトクさんと泊まった「バイ・フン」はレストランだけ営業していたが、ホテルは廃業だったので、ホテル「ファースト」に宿泊する事にした。建物は古いが客室は広くゆったりとしている。ファンの部屋で28バーツ(980円)の料金もお得感がある。 メーソート町の市場はさすがタイの北部地方だけあって、食用カエル、色々な虫が売られている。市場歩きは楽しくなる。 明日は上の車(ロットゥー)でメー・サリアンに向かう。6時間かかるそうだ。荷台に2列の長椅子に長時間堪えなければならない。
2019.01.26
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1/24 ヤンゴン市庁舎 マハバンドゥーラ公園から見た最高裁判所 教会 マハバンドゥーラ公園からスーレー・パヤー 独立記念碑 マハバンドゥーラ公園は市民の憩いの場所 27通りに何件も修理屋さんが並んでいる パスポートや貴重品入れてのチャックが壊れたので 取替えてもらったら 仕事が早い そして2500チャット(180円)と安い 昼飯 鶏肉炒めに白菜炒め 150円ほどだ 夕食代わりに生ビール2杯飲む タイ国境の町ミワディ行きのバスステーションまで公共バスで1時間40分かかった 最初はガラガラだったが 通勤帰りの人で凄い混雑になる 道路も混雑したので 1時間のところ40分もオーバーした 14円の運賃なので文句も言えない 本日は、夜の8時出発のミヤワディのバスの時間まで時間を潰す。 ホテルはチェックアウトが12時なのでギリギリまで部屋で過ごした。 その後は貴重品入れのチャックがボロボロになり開け閉めが出来なくなったので、市場でさがすが見つからなかったので、チャックを交換する所を探す。 いろいろな人に尋ねて27の通りに修理屋があることを教えてもらう。 写真の女性に渡すと7分くらいで完了。手慣れたものだ。この通りはカバン、ザック、私みたいにチャックの交換する人がたくさんいた。日本みたいに駄目になったら使い捨てはなく、修理して使うのが一般的ようだ。 違う通りではテレビや冷蔵庫などの電化製品を分解して組み立て再利用している。日本では10年経ったので取替ですねと言われるのがおちだ。 一番のいい例が日本の中古車ではないだろうか、ミャンマーでは日本で10年したら乗り潰す車でもその後10年も30年も走り続けている。列車もそうだ日本のお古が現役で走っている。 明日はタイに入国する。
2019.01.25
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1/23 多治見ー美濃太田間をは走っていた列車で 日本から譲渡された車両だ ヤンゴン中央駅 行きの列車はガラガラ 列車に乗り込む車内販売の女性 頭に商品を乗せて 入口が高い列車に乗り込んでいる 車内の料金表 日本から譲渡されたままになっている 車窓から 今現在線路工事のために一周出来ない インセン折返しだ 降りる人達は苦労している 何駅かはホームが高くなっているが そうでもない駅のホームでは相当に苦労している乗り降りしている 市場の様子ではなく これからヤンゴンに向かう列車だ 路上で商売する人達だ 車内で調理している これからヤンゴン市内で販売するのだ 車内は町の市場状態だ これからヤンゴンで商売する人に麺を売っているおばさん 線路の交換工事で今回は一周出来なかった 片道1時間 2時間の列車の旅を終えてヤンゴンに戻ってきた 昼飯はインドカレーをたべた 鶏肉はホークでは食べづらいので 手で食べた 晩は生ビールとスパシーな海老サラダ 辛い! ビール4杯飲む ライトアップされたスーレー・パヤー 市民の日常や素朴な生活のニオイのする、環状線で旅をした。 残念な事に線路交換工事のために、全線一周出来なかった。駅で環状線を一周するのでキップを買い求める際に、インセン往復と言われたがよく理解できなかった。キップ売場の窓口に何人も並んでいるので、とりあえずキップを手にした。 本来なら3時間かけて広い市内を一周出来るのだが、残念! 出発して3〜4駅も過ぎるとのどかな風景が見えてくる。それと手作業で線路交換工事している箇所もあった。 確かに市内を走るバスやタクシー、自家用車、商業車が多いので常に渋滞状態なので、東京の山の手線や大阪環状線のような快適で運行本数を増やせれば、通勤通学には便利になるはずだ。 折返しの車内が凄かった。市場や路上などで売るための野菜や揚げパン、パイナップル、スイカをカットした物等々を運ぶ人々がたくさん乗込んでいる。 感心して見てしまったのが、マンゴを手際よハサミで2つにして種を取り、スプーンで実をくり抜きボールに入れる。小ぶりなマンゴ15個に砂糖と白い物を入れて潰しながら水を入れてかき混ぜる。粒が残ったドロドロ状態のマンゴを小さなビニール袋にスプーンで3 回入れて、輪ゴムで閉じる。早業で見事なものだ。写真を撮ると歯がかけ、噛みタバコで赤くなった歯を見せて、ニッコリと笑う。 環状線を一周出来なかったが、ヤンゴンの別の顔を垣間見れて満足な列車の旅だった。
2019.01.24
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1/22 スーレー・パヤー ダウンタウンの中心にある 高さ46mあり黄金の塔がまばゆい 本日から2泊するホテル ビューティーランドホテル2 前もS山さんと泊まったホテル 1泊15ドル 部屋は清潔で広い 朝飯も付く 噛みタバコ 眠気覚ましの一種でキンマとも呼ばれている 噛んで道端に真赤な唾液を吐く 最初は何かの病気ではないかと思った ボージョーアウンサン・マーケットはヤンゴンでもっとも大きい 生鮮食料品は扱わないお土産探しにたくさんの外国人がいた 昼飯に海老のかき揚げ麺を食べる ヤンゴンの街の様子 整然と区画整理されていて歩きやすい 晩飯は生ビールに串焼き 鶏の足焼きもコラーゲン一杯でビールに合う ここの通りはバーベキューストーリート まだ時間が早いので混雑していないが 暗くなると混雑する バゴーから2時間の距離、乗合のワゴン車でヤンゴンにやって来た。バスや乗合ワゴン車は街の中心に入れないので郊外で降ろされる。早速タクシーの運ちゃんが群がって来る。10ドル、1万チャットと言ってくる運ちゃんにバスで行くというと、バスは無いと嘘をつく。前もこの場所で降りたことがあるので相手にしないで、公共バスでダウンタウンの中心あるスーレー・パヤーを目指す。冷房が効いたバスで40分、運賃は200チャット(14円)だ。 ヤンゴンはホテル代が高いのでドミトリー(相部屋)のあるホテルに行ったら廃業してる。近くにくたびれたホテルがあるので部屋を見せてもらうとシングルベッドとがあるだけで清潔感がない。wi-fiも無しで12ドルは高い。相場は6〜7ドルがいいところだ。 前もS山さんと宿泊したビューティーランドホテルに行く。部屋は清潔で私はクーラーは使わないが、クーラー、テレビ、ホットシャワー、トイレ、朝飯付きで15ドルとコストパフォーマンスは良い。 24日のタイ国境の町ミヤワディまでの夜行バスのチケットを買い求めた。ミャンマーもあと3日、後の10日間はタイの北部を訪ねる。
2019.01.23
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1/21 ミャンマー美人と記念に1枚 皆さん美人だよね! ジュエモードー・パヤーはバゴー最大の見所 坊さんが熱心に拝んでいる 500人もの僧侶が朝の食事をしている ご飯を炊く釜も大きい 炊事場所も半端ない食事は5時30分と10時30分の2回 常に1000人もの若い僧侶が修行に励んでいる 食事風景は圧巻だ シュエターリャウン寝仏 日本人慰霊碑 (第55師団) マハーゼディー・パヤー 奇麗な仏塔 シュエグーレー・パヤー 内部の回廊に64体の仏像が安置されている ミャッターリャウン寝仏 全長82.5m マハカラヤニシマ 僧侶になるための儀式が行われる 本日の見学最後のマハカラヤニシマのすぐ近くに 生ビールを飲ます所があったので2杯飲む バゴーは、マンダレーやバガンに並ぶミャンマーの古都で見所も多い。 本日は9時から行動開始、先ずはバゴー最大の見所ジュエモードー・パヤーに歩いて行った。時間にして30分。 入口付近でミャンマー美人4人が写真を撮っていたので、4人一緒の写真のシャッターを押してあげた。ついでに竹ちゃんと3人の写真撮影をした。皆さん美人だよね! ホテルのwi-fiが時々切れるなで、同じ写真が何枚か貼りついている。 明日はヤンゴンに向かう。
2019.01.22
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1/20 ミャンマーの列車に乗りました モウラミャインからバゴーまで7時間30分 約220Km 車窓から仏塔とモスクが見れた 仏塔は大小合わせれば何十も見る事が出来た さすが仏教の国だ 車内販売の売り子は次から次と現れる コーヒー、弁当、お菓子、魚の干物、子供のおもちゃ 3分おきにやって来る 列車は相当に古いが バス運賃の1/3だ 時間はバスの2割増の時間がかかる これからヤンゴンに向かう人達 バ バゴーの駅 部屋に鍵を置き忘れた スタッフがドアを壊して 部屋に入る事が出来た トイレ・エアコン付き 1泊12ドル 朝飯も付く 町の市場の様子 晩飯は青菜炒め ピーナッツ ビール1本にウイスキーの小瓶 4,500チャット(380円) ミャンマーの鉄道は車両や路床が古く、揺れがひどいので乗り心地が良くなし時間がかかるとガイドブックに書かれている。 その列車に乗ったみたいと前々から思っていた。モウラミャインからヤンゴンまで一日に3本の列車走っている。何十年も列車ダイヤは変更されていなので、朝飯を食べた男に尋ねると8時出発のバゴー行きがあると教えてくれた。 お粥と思って注文すると ご飯に冷水をかけた物 熱い国の食物で食欲のない時には良い 時計を見ると7時30分、急ぎ朝飯を食べてバイクタクシーで駅に向かう。キップを買い求め列車に乗ったのは発車5分前だった。当然遅れるだろうと思っていたが、定刻に駅を静かに離れた。そのまま15Kmの速度で20分近く走ったので大丈夫かと心配になる。路床が悪い所はゆっくりと悪くない所ではスピードを上げて走っている。 タイでも車内の売り子達は熱心な販売をするが、ミャンマーも負けていない。本当に2〜3分おきに代わる代わる色んな物を売り歩く。見ていて楽しいし、飽きなくて良い。 おそらく定刻にバゴーに到着したのだろう。8時間といわれたが7時間30分で到着だ。路床も整備し新しい列車にすれば時間短縮にもなるし、利用客も増えるだろうにと思うが、ミャンマーにはお金が無いのだ。 目星を付けた「ミヤ・ナン・ダ・ホテル」で、部屋に鍵を置き忘れた。話はこうだ、値段交渉をして部屋を見せてもらって、12ドルで泊まることにして、レセプションに手続きとお金を払いに行った。私は鍵をもらった覚えがないので部屋の鍵をロックした。部屋代を支払い鍵をくれと言ったら、すでに渡したと言われるが、全然覚えがない。 スッタフが外の壁を上り窓から入ろうとするが、鍵がかかっている。(当然だ、泥棒に入られる) 合鍵はないので、ドアを壊し始める。こんな事は初めての経験だ。 合鍵を持たないホテルもホテルだが、部屋代を交渉に躍起となった竹ちゃんが一番悪い!
2019.01.21
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1/19 ベイからモウラミャイン夜行バスで14時間の移動だ たくさんの食用品を積む バイクも2台 途中の食事タイム 美味しくなくて高いので コーヒーだけにした ホテルからすぐの教会 市場の貴金属店 紙幣よりも金が値打ちがある どこの店も混雑している 町から見上げるテインドージー・パヤー上まで急な階段を上り ベイの町を一望する 熱心な仏教信徒が一心不乱に拝んでいる コーヒーを注文すると色々なお菓子やパンなどが並ぶ 食べた分だけ支払うシステムだ 夜行バスに乗る前に腹ごしらえ イカ、ニガウリ、鶏カレー 何気なく入った店だっが どれも味付がよく 美味しいかった ベイからダウェイで7時間のバスを予約するつもりだっが、マイクロバスなので大型バスでモウラミャインに行くことにした。マイクロバスは座席と座席が狭いし、左右も窮屈だからだ。それにしても大型バスは生活用品を積めるだけ積んで走る。 道路は所々拡張工事をしているが、補修されているので縦揺れはほとんど感じない。それでもつづら折りの横揺れには地元の人が何人も吐いていた。 何度とも夜行バスは経験しているのでぐっすりとは眠れないが、疲れない程度にそこそこは眠れた。これも旅の技の一つだ。
2019.01.20
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1/18 街を散策していると 賑やかに食事をしている男の人から 座って食べて下さいと声がかかる(ミャンマー語なのだが、そう聞こえた)ちょうど昼ご飯時だ テイブルに座ると10種類物のおかずがずらりと並ぶ よく分からないが仏様のお祝いごとのようだ ホテルは朝飯付き エアコンの部屋は広々していて 掃除もきれいにされている 市場 ベイ市民の台所 朝から活気にあふれている 托鉢の尼さん 午後に食べた ウイロウに似た米粉のお菓子 町にはイギリス植民地時代のコロニアルな 建物が残っている 小中高の生徒達がお菓子や飲物を買っている 対岸の小島に 寝仏が見える 全長74mある どうもエアコンは苦手だ。夜中に寒くて目がさめた。エアコンを切って扇風機にして再び寝たら朝の6時40分までぐっすりと寝れた。 ホテルの朝食を食べてベイの町を散策にでかける。まずは、町の市場に向かった。魚と肉類の蒸れた臭いが市場入り口から漂ってくる。その市場の中は衣類や野菜類、化粧品、金銀のネックレスや指輪、食用品、薬類など何でも並んでいる。 魚をさばいている隣には食事が出来るスペースがあり、朝飯を食べている買物客がいる。 托鉢も大人数出歩くのではなく、一人で托鉢している尼さんが目立った。見ていいるとご飯やおかずを渡すのではなく、少額紙幣を渡している人が多い。その金額も100チャットや500チャットが多い。10円、50円の世界だ。 適当に歩いたいると、大人数で食事している所を通ると、男性から声がかかり食事して下さいと誘われる。図々しい竹ちゃんはお言葉に甘えてテイブルに付くと、次から次とおかずが並ぶ。言葉は全然理解できないが別の建物を指さして仏様を拝むジェシチャーをしたので、仏様の特別な日である事を知る。 食事を終えて、私も仏様を拝んで1000チャットを御布施とした。 明日も食事に来なさいと誘われた。 海外のお土産の時計を数年間放ったらかしにしていた。当然電池はダメ、針を合わすリューズが抜けてしまった。東京で時計修理専門店に見てもらったら部品交換で1万円くらいかかるといわれたので、バンコクかミャンマーで修理してもらうつもりで持ってきた。 お父さんに渡すと10分足らずで修理完了、電池はソニー製を入れてくれて2,500チャット日本円で180円だ。0が少ないのかと確認したがお父さんは紙に2500と書いた。や〜すい! 今晩の晩飯は、昨晩入ったレストランで生牡蠣、ミドリ貝、シャコ、イカと貝焼き、ブロッコリーとオクラ焼き、生ビール4杯飲む。 レストランの店員に牡蠣を指差したら、バーベキューよりも生が美味しいといわれたので食べてみた。肉厚でぷりぷりして日本の岩牡蠣と遜色ない。ベイはアマダマン海の魚介類が豊富なのだ。この町は美しい島々が点在するメルギー諸島があり、また、タイのバンコクから近い事もあり今後リゾート地として栄えるはずだ。 この地で海鮮日本料理店をしたら繁盛するのではないだろうか。
2019.01.19
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1/17 朝の6時30分でも小さい子から大人まで顔にタナカで日焼け防止をしている 朝6時30分のボウビンの市場の様子 規模はそれ程大きくないが 何でも揃っている 竹ちゃんは魚と野菜類を主に見て回った ボウビンからベイまではワゴン車で移動した 私の隣は坊さん ミャンマーでは坊さんの隣には座らないらしいが ドライバーが指定したので仕方なく隣に座らせてもらったが 特に有り難いとは思わなかった 2年前にトクさんと泊まったホテルだ 安い部屋は満室 エアコン付きの部屋しか空きがなく 1泊4万チッャトだ 1泊をエアコンあり、2泊目をファン(16,000チッャト)の部屋を予約 2年前に宿泊したのでリピーター値段交渉して56,000チッャトを4万チッャトチッャトにしてもらった 1泊2万チッャト(1,400円)になった 宿からすぐには川の河口で アンダマン海に繋がっている 暗くなって情緒が漂って来た 町の中心部の時計台 晩飯は黒ビール4杯に シャコと野菜サラダにコーンバター 11,000チッャト(770円) 宿泊したホテルをラブホテルだと書き込んだが、宿泊している人はごく普通のサラリーマンや用事で来た人が泊まる宿だ。たまにラブホテルになる事もあるようだ。 早朝に起きて水シャワーを浴びて、町を散策してから混雑した食堂に入る。ミャンマーのポピラーなモヒガンーを注文した。 隣の若者が英語で話しかけてきたので5分くらい話をした。彼は電電公社の職員でボウビンには出張で来ている。マンダレーの大学を卒業して就職したそうだ。 彼の連れとバイクで仕事に向かうのを見送って、ゆっくりとコーヒーを飲んで勘定をすると、電電公社の若者が私の分まで支払ってくれていた。モヒガンーとコーヒーで300円程度かもしれないが、見ず知らずの日本人にご馳走してくれて有り難く、恐縮しきりだ。 宿の若オーナーにバス発着まで無料で送ってもらった。 Myeikをなんと読みますか、ベイが正解だトクさんと2年前に訪れたれ街だ。(クリックして下さい) 値上げはしていなようだが、ファンの部屋は満室で、エアコン付きの部屋が4万チッャトだという。 2016年にも宿泊したリピーターだといって、2泊で4万チッャトにしてもらう。日本円で1,400円で朝飯もつくし、部屋も綺麗なのでコストパフォーマンスは良い。
2019.01.17
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1/16 コータウンの町歩く托鉢僧 タイから運ばれた野菜 朝のラノーン市場の様子 日本の中古車をたくさん見かける 日本なら廃車でもミャンマーでは現役で健気に走っています ラノーンからボウビンのバスチケット バスチケット売場もノンビリしている 途中で昼飯とトイレタイム 昼飯を食べているバスの乗客 ボウビンに4時30分到着 バス乗場 本日のホテル 英語表記はない ミャンマーの人達が泊まる宿のようだ 1泊11,000チャット(770円) 今晩の晩飯 具だくさんの野菜炒め 魚焼き(スズキ?)ビール2本で12,000チャット 地球の歩き方にはボウビンの町は紹介されていないし、地図にも地名はない。 グーグルマップでコータウンから北上する途中に海に近いボウビンを見つけた。竹ちゃんの感で観光慣れしていない町ではないかと思い、途中下車する事にした。 もし、宿が無ければ野宿すればよいという気持ちで、バスチケットを買い求めた。 グーグルマップでボウビンが近い事を知るが、家はポツンポツンと建っている状況で宿は本当にあるのか心配になる。 ラノーンからボウビンまでは4時間30分で到着した。道路は2年前に比べると格段に良くなっている。凸凹道路は綺麗に舗装されてバスは揺れる事なく、明らかに時間短縮になっている。 夜行バスは車窓からの景色が見れないので、今回はヤンゴンまでのバス移動を日中にして、6時間程度に刻んで景色を眺めるつもりだったが、残念な事にボウビンまではアブラヤシのジャングルを進んでいたので景色は代わり映えしなかった。 ボウビンは小さな町で見所はなさそうだが、海が近いのでマリンスポーツは出来そうだ。 バスの発着所で教えてもらったホテルは、看板だけではホテルとはわからない。荷物を持たない若いカップルが部屋に入ったところを見たので、どうも地元のカップルが利用するラブホテルのようだ。 晩飯は鶏の野菜炒めに焼魚(スズキ?)にビール2本で満腹になった。鶏の野菜炒めはトマト、ブロッコリー、キュウリ、ニンジン、キノコ、玉ねぎ、ニンニクが入った具だくさんの野菜炒めでとても美味しかった。焼魚もシンプルな塩焼きで口に合い美味しかった。
2019.01.17
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1/15 コータウン町の中心部に時計台がある タイからボートで30分でミャンマー最南端の町コータウンの町並みが見えてきた コータウンの船着き場ではボートが客待ちしている ミャンマー最南端にバイナウオ王の象 本日のホテル 20,000チッャト(1,400円)ペンギンホテル 少し狭いが清潔でトイレ・シャワーがついている 昼飯にビーフ麺を食べる ミャンマーは油濃いので無難な麺にした 牛と臓物がたくさん入った麺 美味しく頂きました 市場の様子 川魚や海魚 塩焼きにして食べたい魚が並んでいる 日本の中古車が現役で活躍しています 荷台に椅子を取付けてバスの約目を果たしている ミャンマーは35度はありそうだ 喫茶店よりも町の雑貨屋さんでビールを飲む ミャンマーウィスキー1000チッャト(70円)とトウモロコシ(20円)でホテルで寝酒 昨日は雑貨屋でビール2本飲む 昼飯を食べ過ぎたので ビールを売っている雑貨屋を見つけてビール2本飲む 写真の男が青いマンゴを切って 魚を塩漬けにして発酵させたペースト状にした物と一緒に食べる 味は魚醤 ビールに合う 朝にお粥を食べてタイのイミグレーションに向かう。簡単に出国手続きを終えて外に出ると、渡し船の客引きが10ドルだととんでもない値段を吹っ掛けてくる。相場は100バーツだ。何人か客引きと交渉して無事100バーツでミャンマーに向かう。ミャンマーのイミグレーションでもパスポートを渡すと入国印を押して返してくれる。出入国カードも要らない。 先ずはミャンマーのお金が必要だ。1円が0.7チャットだと調べてあるので、何件か両替所に尋ねると100ドルで14万チャット、10ドルも14,000チッャトで、高額ドルは率が良いはずなのに変わらないので30ドルを両替した。 目星を付けたホテルにバイクタクシーで向かう。2万(1,400円)チッャトで部屋は狭いがトイレとシャワー付きで綺麗だ。 ミャンマーは外国人が泊まれるホテルは限られている。ヤンゴンや観光地には安宿から高級ホテルまであるが、コータウンは数件しかホテルはないので、ペンギンホテルは節約旅行者には有り難い。 コータウンはこれから近郊に手つかずの美しい海や温泉があるので、素朴なリゾート地として人気が高まって行くはずだ。
2019.01.16
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1/14 2年ぶりにラノーン温泉にご満悦な竹ちゃん 源泉は65度 かけ流しだ もったいない 昨日の昼飯はタイの細麺 これを食べないとタイに来た気がしない バンコクで晩飯 魚をフライにして煮付けたも物 鶏肉の生姜炒め 青菜炒め ビール2本 250バーツ(850円) 夜行列車内の様子 満席だ 早朝の4時20分に チュムポーンに到着 朝粥は胃にやさしい 2年前にも泊まった「キーウィ・オーキッドGH」 宿泊代も250パーツと値上げなしだった トイレとシャワーは付かない 扇風機だけだが喉が痛くならないのでこれで十分だ 昨日空港に降り立つと33度の生暖かい空気が肌にまとわりつく。汗はそれ程かかないが蒸し暑い。 ラノーンまで夜行バスで向かうつもりだったが、フォアランポン駅からバスステーションまでは離れているので、そのままこの駅からチュムポーン駅に行くことにした。 ほぼ満席の列車は19時20分出発、約9時間列車に揺られ、ウトウトしながらも寝れたようで疲れはない。 チュムポーンからさらにバスで2時間でラノーンに到着。 宿は2年前泊まったゲストハウス、嬉しい事に宿泊代も250バーツだ。 早速宿に荷物を置いて温泉に出掛ける。 大小5つもの浴槽があり、人もいないので一人一つの浴槽を貸切状態だ。 ただし、一番熱い浴槽は45度ほどあるので、足を入れただけでも火傷してしまいそうだ。 明日はミャンマーに入国する。
2019.01.14
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1/13 今回の荷物は4kg弱で3週間旅する。忘れて困るものはパスポートと現金(300ドル、約3万円)、現地のATMで現地通貨を引出せる国際キャッシュカード、スマートフォンと充電器で、あとは数枚の下着類があればいい。足りない物があれば現地調達する。 本日は成田空港9時20分フライトなので家を5時に出たが、まだ外はまぅ暗だ。 早朝のJR山の手線の車内は酒とニンニクの臭いが充満していて吐き気がした。 空港には7時到着。チェクインしておにぎり2コと缶ビールで朝飯にした。 バンコクに着いたらバスでミャンマー南端の街コータウンと対岸の街ラノーンまで夜行バスで10時間の移動だ。
2019.01.13
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1/12 2016年1月にバンコクとミャンマーの国境の街で待合せ「トクさんの出迎え」(クリックして)をして、ミャンマーに入国し世界遺産の街ピイを観光して、ヤンゴンからミャンマー最南端のコータウンまで一緒に旅をしたトクさんが、昨年の1月にペナン島のジョージタウンで倒れ9月に亡くなっていた。 彼のHPは現在も入院中のままになっているが、お嬢さんのブログ(クリックして下さい)にたどり着いたので貼り付けた。 トクさんは脳梗塞で日本で2回、3回目はペナン島のジョージタウンで倒れた。脳出血を起こし道端で倒れ、緊急手術し入院したが意識が戻らないまま息を引き取った。 トクさんと初めて会ったのは十年も前のマレーシアのマラッカの安宿「トラベラーズ・ロッジ」だった。 初めてのマラッカだったので、彼に街を案内してもらい、朝夕の食事を一緒にした。それからも彼のHPを覗いて、予定が合えば旅先で何回も飲んだものだ。 彼は私と似た旅人だ。お互い貧乏旅で宿は1,000円程度、食事は高級レストランは使わず屋台か安食堂で済ます。喉が渇けば水よりビール、晩酌は欠かしたことがない酒飲みだ。トクさんは脳梗塞を患ってから寒い日本から東南アジアに避寒の旅を何年も12月から5月までの約6ヶ月間旅を続けたのだ。 あの人懐こい笑顔が忘れられない。合掌
2019.01.12
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1/11 今年は、3月〜7月にかけて「日本縦断歩き旅」を計画している。佐多岬から宗谷岬まで一日平均30Km歩くつもりだ。詳しくは2月末日からブログを更新する。 その前に1/13〜2/4までミャンマー最南端の街コータウンからヤンゴンまでローカルバスを乗り継ぐ旅をする。 3年前にヤンゴンからミャンマー最南端のコータウンまでオンボロバス(クリックして)で旅をした。その逆を旅するのだ。 2年前は道路工事真最中の中、悪路を生活用荷物運びのバスに何時間も乗り続けた。 おそらく今は新道路が完成されていると思うし、ミャンマーの南部はまだ観光客慣れしていないと思うので、行くなら今だ! 昨年11月に3週間ほど東南アジアを旅したいと考えて、エアアジア(格安航空券)にアクセスしたら、成田空港⇔バンコクの往復航空券が27,000円、すぐに予約を入れた。 さて、バンコクからどの様に旅をするかスマートフォンで検索していたら、韓国人と日本人に2018年10月から1年間に限りミャンマービザ免除のニュースを見つけた。 ミャンマーのビザ代5,000円が必要ないのだ。何よりもビザ申請に1日、受取りに1日必要で2日はかかる。その手間が省けるのが有り難い。 この粋なはからいは、観光客を増やしてビザ代以上にミャンマーにお金を落としてほしいとの思惑がありありだ。 しかし、竹ちゃんみたいな貧乏旅行者は歓迎されないね!
2019.01.11
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8/16 盛岡銀河鉄道は大雨の影響で大幅に遅れているので 盛岡駅まで新幹線に乗ることにした 八戸駅 新幹線ホーム 盛岡駅までの新幹線のきっぷは立席 空いている席に座る 仙台駅から鈍行列車を乗り継いて 赤羽駅に向う 在来線の列車の中 タブレットでYouTubeを観ている 約13時間かけて鈍行列車を乗り継いて東京に帰る日だ。 小湊から青い森鉄道で八戸駅まで行くと、昨日の大雨で盛岡銀河鉄道が大幅に遅れているし、一部列車に運休もでている。 駅員に盛岡から先の東北線の在来線に遅れがないか確認して盛岡駅まで新幹線で行くことにした。 盛岡駅に到着してから駅員に仙台駅までの在来線列車に遅れがないか確認すると、花巻付近が大雨の影響で遅れていると知らされる。 私一人なら何時間遅れても本日中に自宅に帰れればいいが、孫たち2人を一緒にするわけには行かないので、更に仙台駅まで新幹線に乗車する事にした。 八戸駅から仙台駅までの新幹線代は約1.8万円、余計な出費だが仕方ない。 とんだハプニングで孫たちは大喜びだ! 当初は赤羽駅到着21時だったが、新幹線を使ったので3時間も短縮され17時47分に赤羽駅に降り立った。 以外にも「青春18きっぷ」を使って帰省したり旅行している親子連れを見かけた。 経済的な事もあるが、親子のふれあいがあり微笑ましかった。 孫たちにとっては初めての鈍行列車の旅だったが、楽しい想い出になったようだ。
2018.08.17
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8/15 「ひらない夏まつり」 毎年8月15日と16日に行われる 高橋竹山のねぶたの前で一枚写真を撮る 今年は全部で5台のねぶたが町を練歩く 八戸名物せんべい汁 そんなに美味しいとは思っていなかったが 久々に食べてみたら せんべいがモチモチして旨い! 八戸駅に展示されている 八戸三社大祭の山車 八戸駅からバスで約15分の所にある 「八食センター」 大規模市場 お盆の帰省客で大変な混みようだ 本日はお土産を買いに八戸に出かけた。 2日前に青森の市場を覗いたら閑散としていたが、「八食センター」市場は凄い人だった。その違いは駐車場の差ではないだろうか。青森駅近くの市場には大型バスを駐車出来る所がない。圧倒的に駐車場の数で八戸のほうが上回っている。 夜は平内町の夏まつりが始まる。 高橋竹山生誕100年になるので、以前作られた竹山ねぶたをお色直しして、祭りに運行される。竹山生誕100周年(クリックしてください) 平内町も私が小さかった頃から比べると、1.8万人弱いた人口も現在は1.2万人まで減ってしまった。 町の繁華街もシャッターが下ろされた店が多い。 あと数十年もすると更に今の半分に人口が減る予測もある。 今回は孫たちも十分に楽しんでくれたようで、連れてきた甲斐がある。 明日は5時30分に起きて、小湊駅7時25分発の鈍行列車を乗り継いで東京に帰る。
2018.08.16
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8/14 大型掘立柱建物 長径2mもの大きな柱の穴が6つ 穴の大きさから建物を想定して復元された建物 大型竪穴の住居(想定復元)建物内部 長さ32m、幅9.8mの広い建物 当時の生活の様子を再現している 住居(想定復元) 三内丸山遺跡の入口 小湊の料亭「さん平」 姉と孫たちと食事 料理が次から次と運ばれてくる どれも美味しく 新鮮だ! 孫たちも夢中で食べている 三内丸山遺跡は青森から車で15分で行ける。なんと、入場が無料なのだ。近い将来有料になるらしい。 【パンフレットから要約】 三内丸山遺跡は日本最大級の縄文集落跡で。巨木(栗の木)を用いた高層建築、広い交易範囲など高い文化が特徴。狩猟採集を糧に移動生活をするという従来の縄文人の生活観を大きく変えたという点で注目されている。発掘調査によると、集落は約5900年前に成立し、その後規模は拡大し、約4200年前に人々は遺跡を放棄した。 三内丸山遺跡から陸奥湾まで近く、海産物を食べられた事や、ドングリやクリなどが繁茂し、その実りを享受できるようなったことが大きかった。 当時は青森でもりっぱな実のなる栗林が存在し、三内丸山遺跡の人々も食料も潤沢であった。しかし、約4200年前に突然の寒冷化により、クリなどの陸上の食料生産は激減した。陸上動物も同様に減少し、遺跡の人々の食料確保に深刻な影響を与え。遺跡の衰退をもたらした。この気候の寒冷化は日本全国でおこり、縄文人の人口減少の重要な原因であった可能性が高い。 大型竪穴住居 南盛土 約1000年分の土 ゴミが積み重ねられた盛り土を発掘調査 土偶や石器、ヒスイなどが見つかっている 交易は当時も盛んだった 竪穴住居 「ねぶたの家ワ・ラッセ」 今年の夏実際に運行されたねぶたを展示している
2018.08.15
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8/13 今年は孫たちと一緒に墓前に花を飾り お線香を焚いてお参りをした 平内町には「よごし山温泉」があり 墓から6分くら歩けば温泉だ 墓参りを終えて ひと風呂浴びて汗を流してサッパリとした 東京のお盆は7月15日頃だが、青森は8月13日がお盆の墓参りだ。 余程のことがない限りお盆の墓参りは欠かしたことがない。 あと何年墓参り出来るか分からない。 今は4歳上の姉が墓守をしてくれているが、将来的に息子や娘たちそして孫たちに墓のことで負担や迷惑かけたくない。 姉が永代供養のことをお寺さんに相談しているが、今のところ考えていないそうだから、東京の自宅から近い所に墓を建てて移すこともありだが、本当に墓が必要なのか分からない。 樹木葬でも良いと思っているし、私一人なら海でも山にでも散骨してくれればいいとも考えているのだが…。
2018.08.14
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8/12 ロープウェイ山頂駅から歩いて20分 ここから酸ヶ湯温泉まで約2時間かんだ 青森駅から十和田湖行きのJRバスに乗車する 約40分で「かやの茶」に到着 ここで長生きのむぎ茶を飲む 一杯で3年、2杯で6年長生き出来るのだ そして3杯飲めば死ぬまで長生き出来るそうだ まてよ、3杯飲んで死ぬまで? 明日死んでも死ぬまでではないか 2杯飲んで確実に6年長生きした方がいいのではないか と考えてしまうのだが… かやの茶から15分でロープウェイ乗り場に到着 途中で休憩 毛無岱湿原 黄金色に染まりとても気持ちのいい所だ ワタスゲやキンコウカンなどが咲き誇り別天地だ 湿原の周りはアオモリタドマツの森になっている 八甲田山大岳1584m ハイキングのあとは温泉だ 「ヒバの千人風呂」と呼ばれる混浴の大浴場が有名だ 国内で初めて国民保養温泉地に指定された温泉でもある 温泉のあとは 遅い昼食 姉の手づくりハンバーグを食べる U馬君 本日も天気は晴れマーク。予定通り八甲田山に行って来た。 ロープウェイで上り、2時間ほど下る初心者向けコースを楽しんだ。 私は青森に帰ると必ず八甲田山に登山している。酸ヶ湯温泉から2時間上り仙人岱ヒュッテに一泊して大岳経由で毛無岱を通り酸ヶ湯温泉に下山するのが私の定番コースだ。 仙人岱ヒュッテには八甲田山清水がとても美味しく、手を20秒も入れておけないほどの冷たい清水なのだ。これにビールを冷やして周りの高田大岳や緑の深いアオモリタドマツを眺めながら一杯やるのがとても好きだ。 孫たちは八甲田山のハイキングに満足したようで、景色を眺めて気持ちいいとか、アオモリタドマツの放つ木の匂いが新鮮だとか言ってはしゃいでいた。 孫たちを飽きさせないようにするのも大変だが、少しでも青森を感じてくれればいい。
2018.08.13
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8/11 市場で「のっけ丼」を食べる 孫たちが自分の好きな魚介類を注文して 美味そうに食べていた 浅虫温泉から歩いて20分 「ホタテ広場」のすぐの所に 子供向け海水浴場がある 最初は水が冷たくて嫌がっていたが 慣れると夢中で遊んでいる 浅虫温泉駅にある足湯 平内町の小湊駅にある観光案内ガイド 今年で高橋竹山は生誕100年になる 青森のねぶたは毎年8月2日〜7日に運行されるが 平内町ではお盆の8月15日と16日の2日間行われる。 昨日はぐっすりと眠れた。青森の日中の気温は27℃で、夜中はさむいくらいだった。 せっかく孫たちが青森に来たので、色々なところを見せてあげたい。 青森の天気予報は13日まで晴れ、そのあとは曇り雨マークだ。 天気図と相談して本日は海水浴に出かけた。 浅虫温泉の海水浴場の温度は21℃くらで、東京のプールと違って冷たい。 孫たちは初めは冷たくて足しか入れていなかったが、慣れると潜って小魚や貝を探して夢中で遊んでいる。 2時過ぎに青森駅に行き、市場で遅い昼食に「のっけ丼」を食べる。 私一人だったら絶対に食べないのだが、孫たちは好きな魚介類を丼にのっけてもらい無我夢中で食べる姿を見ると、連れて来た甲斐があるというものだ。
2018.08.12
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8/10 仙台駅ビルにある「伊達の牛タン本舗」で昼食に牛タンを食べる 5時20分発の宇都宮行きの列車に乗車する 赤羽駅ホームでU馬とU陽は初めての鈍行列車の旅になる 「青春18きっぷ」は子供料金はないので 「北海道&東日本パス」にした 1週間連続して使えて 盛岡から銀河鉄道も青い森鉄道も使える(青春18きっぷは別に料金が必要だ) 朝5時20分に赤羽駅を出発して11回乗り継いで私の故郷青森の平内町小湊駅に19時38分に着いた 台風13号の影響を心配したが、JR東北本線は普通通り運行されているのでホットする。 朝4時30分にタクシーで赤羽駅まで行き、5時20分の宇都宮行きに乗込む。 孫たちは初めての鈍行列車の旅だ。それも、13時間の移動なので途中で飽きる事を心配したが、11回も乗り継ぎ次の列車の席取りのために全力で走ったりしたりしたので楽しかったようだ。 平内町の様子を書き込んだ前の記事があるので下記をクリックしてください。 平内町
2018.08.11
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5/13 アンナプルナB.Cからアンナプルナサウス(7,219m)アンナプルナ1峰(8,091m)等をバックに記念撮影 1日目 バンコクでタイスキ鍋を食べる 2日目 カトマンズ到着 カトマンズのタメルの様子 3日目〜4日目 ポカラ トレッキング許可申請 5日目〜11日目 アンナプルナB.Cまで片道約40kmをトレッキングした トレッキング中は朝晩雨 一日中晴れたのは2日間 それもアンナプルナB.C(4,130m)は快晴で最高の眺望だった 11日目〜14日目 ポカラ宿泊 ガイドさんの自宅に招待される ダルバートはシンプルだがスープがご飯に良くあい美味しかった 15日目〜17日目 カトマンズ市内 ダルバール広場(王宮広場)は 3年前の地震で甚大な被害だ カトマンズ市内はバイクと車が増えている 18日目〜19日目 カトマンズからバンコクを経由して帰国 楽しかったアンナプルナ山トレッキングを無事に終えて帰って来た。 今回の旅費は14万円程だった。 1 航空券:成田空港⇔バンコク⇔カトマンズ 往復航空券代 87,000円 2 ネパールビザ代 US$40 4,200円 3 アンナプルナ山入山許可書 8,000円 4 ホテル・ロッジ・食事代 36,800円 5 タクシー、ジープ、バス代 5,000円 合計金額 141,000円 19日間で約14万円の旅費だ。 飛行機代が6割で、ネパールビザ代とアンナプルナトレッキング許可申請費は1.2万円で、バンコクとネパール滞在費4.2万円。 トレッキング中は、宿泊代400円、朝昼晩3食にビールにロキシーを飲んで1,200円で一日約1,600円ほどだった。 手間暇はかかるが、自分達でオリジナルの旅をすれば格安で海外登山・トレッキングは出来る。 昨年のスイス旅に続き、今年はネパール・アンナプルナB.Cトレッキングを計画し、航空券の手配、トレッキング許可申請なども我々でしたので、約14万円で収まった。 4年振りのネパールで感じた事は、やはり、3年前の大地震によるダルバール広場(王宮広場)の建築物が痛々しかった。 少しづつ修復工事は進んでいるが、時間はまだまだかかりそうだ。 車も増えた、それ以上にバイクが爆発的に増えている。空気が悪くマスクをしている人がほとんどだ。当然、鼻くそは真黒になる。 14回目のネパールだったが、経験した事が無い天候不順で、7日間のトレッキング中、一日中雨が降ったわけではないが5日間雨に遭った。 竹ちゃんの好きなネパールは親日国で、日本人には親しみやすい国で、日本人によく似た顔立ちの人が多く、日本人に対してフレンドリーなのだ。 物価もかなり安いので、長期間滞在に人気なのだがカトマンズ市内は排気ガスが増えているので、ポカラや地方都市を訪れる事を薦める。 是非、ヒマラヤ山を眺められる自分だけの小さな町か村で長期間滞在してほしい。 15回目にネパールを訪れる機会に恵まれたら、地方にぶらりと出かけてヒマラヤの山が眺望出来る村で長期間滞在したいと思う。
2018.05.14
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5/12 成田空港 アンナプルナB.Cを案内してくれたガイドからもらったらポスターを広げる今回のメンバー カトマンズのホテルから空港に向かう カトマンズ市内は4年前に比べると 物凄くバイクが増えている 空港まで行く間に 5組の結婚式に出会う 男女の頭文字にハートのマークだ タイの女性 我々と同じくアンナプルナB.Cをトレッキングしている 刺繍されたシャツを見て I原さんが声をかけた タイ航空 機内食 預け荷物を待つ バスで東京駅に向かう アンナプルナ山トレッキングを無事に終える事が出来た。 全員、怪我もなく腹を壊す事もなく成田空港に帰って来た。 素晴らしいアンナプルナ山の眺望を思う存分に堪能した。 とりあえず、東京駅までのバスの中でブログを更新した。
2018.05.12
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5/10 破壊神シヴァの化身「カーラ・バイラヴ」 つっかえ棒で支えられている 生き神クマリが暮らす「クマリの館」 ダルバール広場(王宮広場) 完全に崩れた寺院 つっかえ棒に辛うじて支えている建物もある 王宮広場の様子 王宮博物館 館内は撮影禁止 写真はF本さん ホテルの中庭で朝食を食べる ネパール最後の夕食はダルバートを食べる 今日も王宮広場に行って来た。 完全に崩れた寺院、何とかつっかえ棒で支えて、修復工事を待つ建築物がほとんどだ。 ネパールはお金が無いので世界中からの支援、援助で修復工事は進められているのが現状だ。 経済的に苦しいネパールには目立った産業がないのは、地下資源をほとんど持たない事に、電気や水事情が悪い事が少なからず関係しているようだ。 貴重な収入源は、世界一高い山エベレスト、そのエベレスト含むヒマラヤ山脈とその周辺に訪れる観光客頼りなのだ。 今日は、皆さん家族や友達のお土産を買いに出かけた。 ダージリン紅茶、パシュミナのマフラーなどがお土産に喜ばれる。 自分用には登山用具やウェアが日本で買うよりも半値以下で買えるので、小型のザックにズボン、ウィンドーブレーカを買った。全てザ・ノースフェイスだ。 ザックは日本で1万以上するのを、1,400円で購入した。 店員さんの言い値は3,000円を登山ズボンを買うからと言いって1,400円に、ズボンは3,500円を1,600円でトータル3,000円だ。 店員さんは泣いた顔をしていた。 やはり、I葉さんもザック(1,500円)と登山ズボン(1,400円)を半値で購入した。 F本さんは、パシュミナのショールを言い値の半額で3枚購入した。 値切るコツは、言い値の半額より安い金額を言うことだ。 当然、店員さんも冗談だろうと言ってくるが、負けずに半値そこそこまで頑張る事だ。 あとは、店員さんの値段では買わないと言って、店を出るふりをする。 呼び止められたら、竹ちゃんの勝ちだ。 半額近くまで値段交渉可能なのだ。これも一つのお遊びだ! I葉さん、F本さんが上手に値切るので、竹ちゃん顔負けだ!
2018.05.11
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5/9 王宮広場 つっかえ棒で建物を支えている I葉さん撮影 崩れた寺院 中国の援助で修復工事しているという縦看板が やたら大きく目立つ そこまでPRしなくとも? 王宮広場の様子 野菜売りの女性達 リキシャ 少なくなった 車とバイクが多くなった 水くみ場 お土産屋 カトマンズの町の様子 モンキーテンプルとも呼ばれるスワヤンブナート ーウイキペディアからー 現地時間2015年4月25日11時56分にネパールの首都カトマンズ北西77km付近、深さ15kmを震源とした地震(Mw7.8)が起きた。 この地震の強震によってネパールでは建物の倒壊、雪崩、土砂災害などにより甚大な被害が発生。またインドや中国のチベット自治区、バングラデシュなど周辺の国々でも人的被害が生じた。 ネパールやインド北部は元来地震が多い地域であるものの建物はレンガ積みの耐震性のない脆弱な構造のものが多く、また山岳地帯では地すべりも発生しやすいなど被害が大きくなりやすい。 カトマンズでは地割れが発生するなどして多くの建物が倒壊した。 ダルバール広場、スワヤンブナート、など歴史的な建造物や世界遺産の寺院などの多くが修復不可能な損傷を受けた。パックパッカーの聖地としてカトマンズ最大の観光客が集うタメル地区では、狭い路地にひしめくように宿泊施設やレストラン、土産物店などが軒を連ね、道幅が狭いことから車の通行も容易ではなく、救出活動は専ら手作業となった。国連は、ネパールの人口の約30%にあたる約800万人が被災したと発表した。 ネパールは、竹ちゃんにとってかけがえのない国の一つで、14回もトレッキングに訪れている。 地震から約3年経ったカトマンズの町の印象は、道路が比較的奇麗に整備され、多くの建物も建替えられているが、王宮広場の寺院などの建物は壊れたままで修復には時間が掛かりそうだ。 今晩もカトマンズ庶民の居酒屋で 水牛や鶏肉のカレー味の煮物 サラダ 豆などをツマミにロキシーを飲む
2018.05.10
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5/8 ネパールの酒好きが集まる 居酒屋 水牛の肉と耳 チキン 豆 サラダをツマミにロキシーを飲む ロキシーのスプライト割りは口当りが良いので何杯もお代りする 朝6時少し過ぎ ポカラのバスステーションで軽い朝飯を食べる バスステーションには40台以上のバスがスタンバイしている カトマンズ行き インド行き チトワン国立公園行きなどのバスだ バス代は 600円〜1500円と幅があるがどのバスも大した違いはない 昼飯付は300円ほど高い 途中で昼飯タイム ダルバート400円を食べる 飯もカレーも好きなだけ盛り付けられる ポカラからカトマンズ行きのバス代は、600〜1500円と幅がある。昼飯代は300円ほど上乗せされるので、おおよそ1000円と考えればいい。旅行会社やホテルで頼めば手配料が上乗せされる。 600円でも利益が出るのだから、高く売りつければそれだけ儲けになるのだ。 我々は600円のバス代で、昼飯は400円のダルバートを食べた。 カトマンズからポカラ間の移動距離は200km、トイレタイムに昼飯タイムを入れて約7時間ほどだ。 今日は、運が悪かった。途中で大型トラックとワゴン車が事故って、トラックは横転して道路を塞いだために大渋滞に巻き込まれ、11時間かかってカトマンズに到着した。 晩飯は、遅い昼飯を食べたので腹は空いていないので、前回も入ったネパールの人たちが入る居酒屋で、水牛の肉や耳に豆などをツマミにロキシーを飲んだ。 周りを見るとスプライトでロキシーを割って飲んでいるので、試してみたら口当りが良いので何杯も飲めてしまう。 久々に飲みすぎた。どうやってホテルに帰ったか分からない。
2018.05.09
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5/7 観光客目当のお土産屋がずらりと並ぶ 旅行会社 この貼紙で日本人の客が入店するんですかね? バナナは1本10ルピー(10円) 焼トウモロコシ 1本20ルピー(20円) ボカラでの最後の夕食 湖にS山さんとF本さんがボートで釣りに出かけた 写真はF本さん 本日は自由行動。 釣りの出かけた2人は釣果なし。 あとの3人は、お土産屋を冷やかして、アンナプルナの地図が刺繍されたシャツを買ったりして過ごした。 今晩も観光客が多い通りを外れて、地元民が入る店でポカラ最後の夕食を楽しんだ。 明日はカトマンズに戻る。 これから7時30分のバスに乗るので、簡単にブログを更新した。
2018.05.08
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5/6 結婚式 結婚式に駆け付けた人達 道路に悠然と座り込む牛 牛はシヴァ神の乗り物で 神聖な動物として扱われている 我々が宿泊しているゲストハウスのお母さんが 朝に神様に水とお花、線香をあげている 魚売りの女性 鯉や小魚をさばいている サモサ(ジャガイモと豆のカレー味、小麦粉で包んて揚げた物)とミルクティー 死者を弔っている これから火葬場に向かう I葉さん日本山妙法寺をバックに一枚 本日は、I原さん、S山さん、F本さんはタクシーを3時間チャーター(2,000円)してポカラの見所を見学した。 I葉さんは自転車で日本山妙法寺などを見学した。 竹ちゃんは、8日のカトマンズ行きのバスチケットを手配して、ポカラの町を散策した。 ポカラはネパールの第2の都市。ヒマラヤ山脈を望む美しい街並みが人気を集め、世界中から観光客が訪れるが、最近では町からアンナプルナやマチャブチレを、よほどの天気に恵まれなければ眺望は難しい。 ホテルの屋上からアンナプルナ マチャブチレが薄く望む事が出来る 写真では分からない? ほどだ ポカラは、首都カトマンズに次ぐ第2の都市ながら慌ただしさが全くない。町の人たちもとても穏やかだ。ゆっくりと滞在するには最高の都市だ。 下の写真はF本さんが撮影した。 国際山岳博物館 パタレ・チャンゴ フェワ湖から来る川の水が地中に吸い込まれ 岩壁の大穴から滝となって落ちている 洞窟から見たパタレ・チャンゴ シヴァ寺院にある鍾乳洞入口
2018.05.07
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5/5 ダルチェさんの自宅で記念撮影 お年寄りが道端で話し込んでいる ゆりかご 村の子供たちが一緒にカメラにおさまる ポカラ市内から40分も山に入れば のどかな風景が見られる ユリの綺麗な桃色の花が咲いていた ダルバートをご馳走になる 水牛にヤギ ダルチェさんの奥さん 洗い物をしている I葉さん 子供たちに写真を見せている 大根 人参 キュウリ 本日は、ガイドのダルチェさんの自宅に招待された。 土日は公共の乗物は運休しているので、歩いて行くことにした。歩いて片道3時間かかるそうだ。 歩き始めて30分、I原さんがとても往復6時間歩くのは嫌だと言い出すので、タクシーで途中まで行き、約2時間登り坂を歩いてダルチェさんの自宅に到着。 歩きの途中のビューポイントから天気が良ければ、アンナプルナやマナスルが眺められるのだが、生憎の雲でほんの少しアンナプルナが見えた。のどかな風景を眺めながらのハイキングで、トレッキングと違うネパール郊外の田舎を垣間見る事が出来た。 自宅には奥さんに二人の娘さん、ダルチェさんの弟さん家族が出迎えてくれた。 自宅では、水牛にヤギを飼っていて、縁側の下の傾斜地が畑になっている。 畑で採れた人参、大根、ジャガイモ、鶏肉をツマミにロキシーを頂く。どれも味がしっかりとしていて美味しい! ダルバートはシンプルだが、ダル(豆のスープ)とお米の相性が良く食べやすくて美味かった。 我々はお土産にお菓子やズボン、シャツ、タオル、トレッキングシューズ(どれもお古だ)などを上げた。 I葉さんは、子供たちの教育費としてUS$100を奥さんに手渡した。 アジア最貧国のネパールは、人口約2700万人。平均月収は4000ルピー。(1ルピー は1円) 地域差もあるが、カトマンズ市内で働く一般ワーカーで月1万〜1.3万円くらい。農村部、ヒマラヤの山岳部では年収3万円〜5万円ほどだそうだ。(ネットから) それらを考えれば、US$100は相当の大金だ。 I葉さん、友人たちに「教育費として寄付したので、お土産は無しよ」と言えると、言っている。 お土産よりも何倍も価値あるUS$100だ。
2018.05.06
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5/4 早朝のアンナプルナサウスをジヌーのロッジから望む 昨日降った雪で真白だ 朝飯はチャパティに目玉焼き ミルクコーヒーにミルクティー アンナプルナ山域のマップ 長い吊橋を渡る 途中のロッジの台所 今はプロパンガスが多いが ここは薪のかまどだ 食器類もピカピカだ 清潔にしている トマトやバナナ ブロッコリー等を上の村に売り歩いている 石の割れ目に杭を入れて 割いているところ 屋根や石畳になる ポカラの町を一望する 夕食はバーベキュー 今晩もビールとロキシーが進む 7日間で約80kmを歩き通して、全員無事に下山した。 山で怪我でもしたら、トレッキングどころではない。皆さん慎重に行動したお陰でアンナプルナ山を十分に楽しめた。 今日は朝から晴れのなか最後の歩きを楽しみながら下山する。 時々振り返りアンナプルナサウスを眺めながら、後ろ髪を引かれる思いでの下山だ。 下に降りるしたがって暑くなる。アンナプルナB.Cはマイナス5度近かった。ポカラは27度はある。暑く感じるわけだ。 夕食は無事下山記念にバーベキューで晩餐会だ。格別に肉や野菜が美味しい。勿論ビールもロキシーも旨い!
2018.05.05
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5/3 ネパールの温泉で トレッキングの疲れを取る 温泉は最高だ! 露天風呂は2ヶ所ある こちらは外国人が多い 上の写真の浴槽はガイドとポーターが多い 朝、雨の中を出発する 小雨になったので 雨具を脱いでいるところ 休憩 空はどんよりと曇り 視界がきかない 木材を担ぎ上げる荷揚人 生木なので相当重い 50kgはある 大変な仕事だ 布団 マットレスを荷揚する人 今でもロッジの要請で ビール等の飲物 プロパンガスを担ぎ上げている 吊橋の所でバナナ売りがいたので買う 12本で200円 ポカラ近郊で採れた自生バナナ 本日の宿泊ロッジ 今日も雨だ。 6日間で晴れたのは2日間だけ、世界的な異常気象なのだろうか! 我々はラッキーだった。マチャブチレB.CとアンナプルナB.C(4,130m)の2日間は天気に恵まれ、アンナプルナの7,000m級の山々を思う存分に堪能する事が出来た。 名残惜しいが下山する。マチャブチレB.C(3,650m)からチョムロン(1,951m)まで標高差1,700mの大下降だ。 確かに下りは楽だが、アップダウンがきついので休み休みの登り下りだ。 今日一日過ぎれば明日は楽な歩きでポカラに帰れる。 朝方は雨、昼も小雨、どんよりとした曇の中7時間ほど歩きでジヌーに到着する。 ここは温泉が湧いているので、トレッキングの疲れを取るのには最高だ。 早速、源泉かけ流しの露天風呂がある河原まで20分下って湯に浸る。やはり、山登りの帰りの温泉は格別だ。 やや温めの温泉だが、ゆっくりと入っていると疲れが取れていくようだ。 トレッキングガイドにポーター達は、外国の女性の裸を見るのが目的で温い湯に何十分も入っている。 ビキニの女性が目の前を通るとニヤニヤしながら眺めているのだ。 竹ちゃんも人の事は言えない、目の保養になった。 風呂上がりのビールは、また、格別だ。 アンナプルナ山トレッキングの最終日、I原さんが今晩のビールを御馳走してくれたので二重に旨い! ビール8本にロキシー2本を飲みながら、今回の山行の話に花が咲きほろ酔い気分になり20時には全員就寝だ。
2018.05.04
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5/2 右がアンナプルナ山 左がアンナプルナサウス テントピーク(5,663m) マチャブチレ山(6,993m) シングチュリ(6,499m) アンナプルナサウス(7,454m) アンナプルナ山1(8,091m) アンナプルナB.Cホテル(4130)mからの眺望 アンナプルナB.Cホテル(4130m)からの眺望 マレーシアのトレッカーと一緒に記念撮影 右がアンナプルナ山 左がアンナプルナサウス ガイドと一緒に記念撮影 早朝4時に起きて、アンナプルナB.Cに向けて4時30分出発。 ライトの明かりを足元に照らして一歩一歩登る。 20分登った所でI原さんがリタイアした。彼は心筋梗塞を4年前に患い心臓を手術している。高所になるに連れて呼吸が苦しくなり、脈も速くなったので大事を取って勇気ある撤退だ。 段々と明るくなり、前方に白く輝くアンナプルナサウス、マチャブチレ、テントピークが見えてきた。 空には雲一つない最高の天気だ。 我々の普段の行いが良いので、出発の時から3日間も雨が降り続いたが、今日は山の神が最高の天気をプレゼントしてくれた。 チョムロンで昼飯。その合間にブログを更新した。
2018.05.03
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5/1 アンナプルナ1(8091m) 雪崩の爆音がしたので 直ぐに待避する 冬から春にかけて雪崩が起きやすい場所だとガイドは教えてくれる ガンダルバチョリ(6248m) グレイシャードーム(7193m) トレッキングの途中で ラリーグラス(シャクナゲ) 途中のロッジの様子 本日宿泊するロッジ グルン・ブレッドに蜂蜜とジャムをつけて食べる 又は目玉焼きを挟んで食べる 飲物はブラックティとミルクコーヒー ここ数日の朝食だ 夜から朝方まで雨が降らなかったのは4日振りだ。 夜中にトイレに起きた時には、月が出ていたので晴れを期待した。 予想通り朝にはアンナプルナサウスやマチャブャレが大きく眺める事が出来た。 やっとネパールの山中に居るのだと実感した。 毎朝の定番になったグルン・ブレッドとミルクティーにミルクコーヒーで朝食を食べる。小麦粉を水に溶き丸く伸ばして揚げたパンに目玉焼きを挟んで食べると腹持ちがいい。 本日のトレッキングコースは、マチャブチレB.Cまで標高差800mを登る約5時間の予定だ。 中盤すぎるまでずっとモディ・コーラ川の谷間を進むのでなかなか山が見えない。1時間30分も歩くと前方にグレーシャードーム(7193m)大きく見えてきた。 4日振りの迫力満点のヒマラヤの山だ。この眺望を見たくて雨の中を苦労して登ってきたのだ。
2018.05.02
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4/30 やっとアンナプルナが顔を出した 朝5時30分ロッジの前からアンナプルナを望む アンナプルナサウスが良く見えた 我々が宿泊したロッジの朝の様子 荷揚の帰り ロバが空のプロパンガスを背負っている ラリーグラス(シャクナゲ)が奇麗に咲いている 雲がかかり写真は良くないが アンナプルナが薄っすら眺められる この後雨が降り出す 夜中激しい雨が降ったので出発を見合わせて停滞も考える程だったが、朝の出発時間の7時には霧雨になる。 トレッキング中は距離を稼ぐために7時〜8時には出発する。 歩き出すと徐々に雲が切れてアンナプルナサウスが顔を出してくれた。 急ぎ撮影タイム、しばしアンナプルナサウスを眺める。 さらに、我々の目を楽しませてくれたのがネパールの国花・ラリーグラス(赤いシャクナゲ)、高所になるに連れて赤い花が一段と奇麗だ。 国花だけあり、紙幣にも透かしで印刷でされている。 本日も11時を過ぎると怪しげな雲が西の空に現れて雨が降り出す。 遅い昼飯を食べて歩き出すと本格的な雨になり憂鬱になる。 何回もネパールを訪れてトレッキングしているが、何日も雨が続くのは初めての経験だ。
2018.05.01
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4/29 昔に比べると道路が山の上まで伸びて ロバによる荷揚は減っているようだ 途中のバッテ(食堂兼ホテル)に到着 何回もネパールを訪れているが 初めてヘビを見た 吊橋を渡る 途中での休憩の様子 山の斜面一面に段々畑が広がっている ジャガイモやトウモロコシ畑 --ウイキペディアからコピペ-- アンナプルナは、ネパール・ヒマラヤの中央に東西約50km にわたって連なる、ヒマラヤ山脈に属する山群の総称。サンスクリットで「豊穣の女神」の意味。第1峰(8,091 m)、第2峰(7,937 m)、第3峰(7,555 m)、第4峰(7,525 m)で、第1峰は標高で世界第10位。 夜中の3時に激しい雨がトタン屋根に叩きつける音で目が覚めた。 今日は7時30分出発だ。空は今にも泣き出しそうな雲が立ちこめていて、アンナプルナは隠れたままだ。 チョムロンまでは登りあり、そして一旦谷まで下り、また登りありのアップダンがきつい。 時々小雨が降る中の登り下りだ。 それでも、皆さん頑張ってチョムロンのロッジには14時10分に到着出来た。約7時間の行程だった。 宿に荷物を置いて5分もしないで、バケツをひっくり返したみたいな激しい雨が降る。歩いている時でなくて良かった。30分近くも激しく雨は降り続いた。 ロッジで一緒になった日本の若者にアンナプルナB.Cの様子を聞いた。彼は旅に出て5ヶ月になるそうだ。 2日前に登った時の写真を見せてもらった。アンナプルナB.C付近は20〜30cmの雪の世界だ。 今日、我々が歩いている間にも雨が降っていたので、アンナプルナB.C付近の積雪が更に増しているはずだ。 部屋からパンツとシャツ一枚で飛び出してホットシャワーを3日振りに浴びた。やはりホットシャワーはサッパリする。しかし部屋に帰る時には外の空気が冷たいので、ガタガタ震えた。急ぎベッドに潜り込み体を温める。 山深いヒマラヤでホットシャワーが浴びられ、wi-fiにもつながるとは便利な世の中になったものだ。 明日は、チョムロンからシヌワ、バンブー、ドバン、ヒマラヤホテル(2873m)まで行く予定だ。 天気が良ければ深い渓谷の間からアンナプルナ山群が見えて、更に聖なる山マチャプチャレもいよいよ顔を出すはずだ。
2018.04.30
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4/28 吊橋を渡る 休憩 天気がよくないので アンナプルナも顔を出さない 斜面で畑を耕す夫婦 夕方羊を家に連れて帰る少年 ロッジではお菓子 羊の毛で編んだ帽子・手袋等を売っている 本日のロッジ ホットシャワーも使える wi-fiもつながる ロッジの厨房 清潔にしている 泊まり客の夕食を調理しているところ 本日はチャーターのワゴン車でカーレに向かう。1台3500ルピー(3500円)、1時間の山道をドライブした。 いよいよアンナプルナB.Cに向かってトレッキング開始だ。 10日間の天気予報では毎日の様に雨マークに雷マークだ。 歩き始めは陽が差していたが、段々と雲が出て風が冷たくなる。 4月末から5月上旬はほとんど晴れて、ヒマラヤの山が眺望できるのだが、こんな安定しない天気の年は珍しい。 I原さんとS山さんはガイド兼ポーターを雇い荷物を背負ってもらっている。2人はほとんど空身だ。1日2500ルピー(2500円)で30kgを背負ってくれる。 登りは15分くらいで数分休み、下りの時は30分歩き5分程度休む。 ゆっくりでも一歩一歩前に進めば本日の宿泊ロッジに到着するのだ。 9時40分出発でロッジには15時到着。約5時間歩いた。正確には昼飯と途中の休憩時間を差し引きすれば4時間ほどの歩きだ。 早速ビールとロキシーで乾杯して疲れを取る。シャワーを浴びたりして過ごし18時20分から夕食を食べる。 雨がパラパラと降っている。21時就寝。
2018.04.29
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4/27 アンナプルナトレッキング許可書 これが無ければ登れない ブレックファスト 380円 アンナプルナトレッキング許可申請には写真4枚必要 ここで無料で撮ってくれる 晩飯 犬がおこぼれを待っている トライアスロン 泳ぎがスタートするところ 昨日のホテルを引上げて、目星をつけたゲストハウスに移動した。 本日はアンナプルナトレッキング許可書申請して、ゲストハウスでノンビリする。 ポカラはネパール第2の都市で、カトマンズの喧噪から離れられて、のんびりと滞在出来るので長期滞在者には人気だ。
2018.04.28
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4/27 ボカラのフェワ湖 昨日の晩飯はホテルで食べた 日本から持込んだ白鶴のまる ここのホテルは日本食が食べられる S山さんが頼んだ「すき焼き」なかなかの味だったそうだ サラダにチャーハン、焼きそば ビール5本 さらにネパールの居酒屋で ロキシーを飲む 米やヒエで出来ている 朝ホテルの前で撮影 これからポカラに向かう 町の大きな道路に何台もバスが停車している ポカラ行きも10台はあるはずだ 朝飯用のパンやチャイ(ミルクティー)を飲ます店が並んでいる トイレ休憩場所 ランチはダルバート(ネパールの国民食)カレーだ バス代に含まれているが150ルピー(150円) ホテルの屋上からのフェワ湖 町の様子 天気が良くない 朝5時に起きて顔を洗い、トイレを済ませて6時少し前にロビーに集合して、朝飯用の弁当を食べる。 15 分ほど歩きポカラ行きのバスを探す。道路に20台以上が並んでいる。ポカラやマナスル、ランタン谷方面に向かうバスだ。 車窓から真新しい家が何軒も見ることが出来る。3年前の大地震で倒壊した家を建て替えているのだ。瓦礫の山になったままの家も何軒かある。 町中の道路はガタガタでバスの振動がもろに躰に伝わる。ジャンプあり、激しい振動ありで席から落ちそうになる。 これも地震の影響で道路に埋まっている水道管などを修理する為に掘り起こし、道路を修復しているのかも知れない。それにしても激しい振動だ! 山中の道路は舗装されていて快適だが、所々大きな穴があり、天井に頭がぶつかるくらいにジャンプする。 ポカラのバス停まで8時間の移動で、15時少し前に到着するとホテルの客引きやタクシーの呼込みがうるさい。 ただ、バス停から町中のホテルまで距離があるので、ホテルの客引きと交渉して1人US$15をネパールルピーで500(500円)まで下げさしてホテルに向かう。 勿論、気に食わなければ違うホテルにする約束だ。 目星のホテルまでタクシーで行っても、200〜300ルピー(300円)は必要なので、無料で町中まで移動すると考えれ得だ、これも旅のずる賢い知恵だ。
2018.04.27
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4/24 バンコク・中華街にあるTEXAS ここの店は地元のファミリーでいつも混んでいる 初日の夕食なので 鍋料理は腹を壊す心配がない 写真の左のウィスキーは持込だ タイではアルコールは持込OKなのだ ドリアン 100バーツ〜200バーツ(350円〜700円)ほどだ アルコールと一緒に食べると腹を壊すらしい 昼と夜の顔は全然違う 中華街で美味しい料理を食べる地元の人や外国人が夕方の5時頃から繰出して お祭り騒ぎだ 人気はエビやカニなどのバーベキュー カニは500バーツ(1700円) 牡蠣は生でも食べられる タイ航空の機内食 タイ料理とうどんセット ビール2本とワイン2杯で心地良い良い酔に浸る 成田空港でネパール・アンナプルナ入山式、ビールで乾杯してタイ航空に乗り込んだ。満席だ。 1時間もすると飲物のサービスが始まった。当然ビールだ! 次に食事のサービス、ビーフのタイ料理で辛さがたまらない。ビールと赤ワインで料理を食べる。 バンコクまでは6時間30分のフライトだ。 映画を2本観て、うたた寝をしたらバンコク到着。 5人なのでタクシーは2 台必要になるので、電車を乗り継いで、定宿「バンコクセンターホテル」に向かう。 荷物を置いて中華街に繰り出して、腹を壊す心配がない「タイスキ鍋」を食べる。 当然ウィスキーは持ち込んで、水と氷をもらい好きな様に飲めるのが良い。 いつ来ても中華街の夜はお祭り騒ぎのような賑わいだ。
2018.04.25
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4/24 アンナプルナB.C.トレッキング中に食べるの食料品 酒のツマミや味噌汁 雨具 下着類 ダウンジャケットなど 上の食料品と下着類に登山靴をザックに詰めて 7.5kg 登山靴は2kgはあるので約6kgを背負って歩く事になる 5名は遅れることなく8時50分に集合した。 旅の無事を祈って乾杯! あと30分ほどで搭乗手続きが始まる 本日はタイ・バンコクで1泊して、タイスキ鍋でも食べてバンコクの夜を満喫するつもりだ。
2018.04.24
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4/23 29年前に初めて一人でネパールに出かけ、アンナプルナをトレッキングした。 それからGWを利用して13回ネパールを訪れた。全てトレッキングでエベレスト街道3回、ランタン谷4回、マナスル2回、アンナプルナ4回だ。 14回目は、2年前に「テント担いでスイス旅」に出かけた山の会の仲間5人でネパール・アンナプルナB.C.(ベースキャンプ4,130m)まで行く事になった。 スイスやネパールの山にトレッキングだと言えば身構えてしまうかもしれないが、日本の山を登るのと大差ない。 勿論、5000mや7000mの氷河や岩山を登るとなればそれ相当の技量が必要だが、日本でハイキングや山小屋泊まりの山歩き経験者ならば誰でもトレッキングを楽しむ事が出来る。 最も簡単な方法はツアーに参加する事だ。全て旅行会社が手配してくれるので手間要らずだ。その代わりアンナプルナB.Cトレッキング12日間で35万円以上はする。 カテゴリを「自力で安く、アンナプルナB.C」としたのは、全てを旅行会社を通さずに航空券、ホテル、バス、トレッキング許可申請(これが面倒くさい)を自分達で手配してトレッキングするのだ。 成田空港⇔バンコク⇔カトマンズの往復航空券は87,000円、バンコク1泊にカトマンズのホテル4泊はネットで直接予約した。 カトマンズのホテルはネットのやり取りで値引き交渉して、1泊25%ほど割引いてもらった。英語での交渉だが翻訳ソフトが役に立った。 山に入るとロッジ泊まりで1泊300円〜500円、食事代3食にビールを飲んで1,000円で大丈夫だ。 航空券を入れて一人あたり15〜17万円の旅費を考えている。 アンナプルナ山域に入るとwi-fiは繋がらないのでブログ更新は出来ないが、町に下りたら出来るだけ更新するつもりだ。
2018.04.23
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4/16 幻想的なマチュピチュ ウユニ塩湖 ドライバーに色々なポーズを取らされて 写真撮影した イグアスの滝 迫力満点な滝だった! ペンギンも間近で見る事が出来た パイネ国立公園 チリで若者5人との珍道中 小さなテントでひと月過ごした スパーでジュースのキャンペーンガールと一枚 フィッロイ山 素晴らしい眺望に恵まれた 3ヶ月間でペルー、チリ、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジル、ボリビアの6カ国を訪れた。 使ったお金を計算したら、 飛行機代:成田空港⇔リマ空港往復航空券10万6千円 ホテル代:6万8千円 (テント生活30日) 食事代:8万2千円 交通費:9万円8千円 (バスと船)アルゼンチンのバス代は高かった 観光地での入場料:3万円2千円 トータルで38万6千円 2ヶ月間を過ぎた時点で29万6千円だったので40万円をオーバーすると考えていたが、パラグアイとボリビアの物価が安かったので何とか40万円以内で収まった。 テントで30日間生活したので、テントサイトの料金は無料〜1300円と幅があるが、平均すると650円ほどで済んだ。 食事は自炊か市場の食堂、露店で食べたので安かっし、チリやアルゼンチンワインが200〜400円で買えたので助かった。 バス代は思った以上に掛かった。アルゼンチンのバス代は特に高く感じられた。約1 万kmものバス移動だった事を考えれば、妥当な交通費とも言える。 観光地での入場料はマチュピチュUS$47、イグアスの滝6000円、ウユニ塩湖1日ツアー3000円、ウッシュアイアでのクルーズ4000円などが主だった。 航空券をいかに安く手配出来るかがポイントだ。今回は成田ーメキシコシティーリマ往復航空券が10万6千円と格安だった。 ただ、帰りのメキシコシティ空港で11時間も待ち時間があるのが難点だった。 南米の主だった町には日本人宿があり、私と同じ年齢のバックパッカーに何人も会った。旅の期間は20日〜2ヶ月間でそれ以上の人はいなかったが、節約しながら旅を楽しんでいる様子だ。 帰国した翌日に高尾山に花見に出かけたが、葉桜で残念だったが八重桜が見頃で楽しんで来た。 4月24日〜5月13日まで、ネパールに出掛ける。 山の会の仲間5人でアンナプルナベースキャンプ往復のトレッキングが目的だ。 山中ではwi-fiが繋がらないので、毎日のブログ更新は難しいが、出来る限り更新するつもりだ。
2018.04.16
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4/13 奮発して7時26分発のスカイラーナで帰る 飛行機は7割程度の乗客率だ 席を移って 三人席を独占して 横になり眠れた 6時20分に無事成田空港に戻った来た 成田空港での帰国客 黒ラベルで一杯やりながら 日暮里駅に向かう リマからメキシコシティ空港まで6時間、メキシコシティ空港から成田空港まで14時間かけて帰国した。トータル20時間だ。 飛行時間も長かったが、メキシコシティ空港での待ち時間11時間は本当に長く感じられた。 飛行中はビデオで5本の映画を観て過ごしたので退屈する事はなかった。 飛行機は空いていて、三人席を一人で独占出来たので、体を横にして眠る事が出来き、6時間は眠れた。 ともあれ、三ヶ月間の旅は腹を壊す事もなく無事に終わった。 今回もたくさんの方にブログにアクセス頂き有難うございました。 アクセス数は旅の初めは230程度、最高は508回もアクセスありました。 三ヶ月間の旅費については明日報告したいた思います。
2018.04.13
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4/11 機内食(朝飯) 朝からビールを飲む 夜を明かす高校生 アエロメヒコのカウンター 預け荷物を待っているところ 飛行機はリマから6時間でメキシコ空港に到着した。 乗り継ぎの場合は、預け荷物は成田空港で受け取れるのだが、メキシコシティ空港では一旦荷物を受取って、再度預けなければならない。 しかし、受取った荷物を直ぐに預ける事は出来ないのだ。 空港の中を何回も行ったり来たりして、荷物を預け空港の外に出たかったのだが、搭乗手続きの時にしか預けられないのだ。 アエロメヒコのサービスカウンターで尋ねても、空港の職員に尋ねてもそれぞれ違う事を教えてくれる。 結果的に成田空港行き便に事前に預ける事は出来ないシステムになっている。大変不便だ。 乗り継ぎの人は荷物を持って行動しなければならないのだ。 空港の荷物預かり所に預ける事も出来るが、US$10もする。 慣れない街歩きで大きなザックを背負って歩くのも嫌なので、空港内で時間を潰している。 トイレで困った事が起きた。ズボンのファスナーにパンツが噛み上げ下げ出来なくなったのだ。 背にはザック、左手にはお土産が入った紙袋、両手が使えないので、余計に焦った。 ファスナーが噛んでしまい少しの力ではどうにもならないのだ。オシッコは半分出かかっているのであせった。 あせれば焦るほど余計に噛んでしまい、漏れそうになりながら、力づくで下ろしたらパンツが破れたが、漏らさず用を足しので致し方ない。それにしても冷や汗ものだった。 今、メキシコは21時10分。出発まで4時間ある。
2018.04.12
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