全9件 (9件中 1-9件目)
1

『煤煙』森田草平(岩波文庫) 上記小説の読書報告後半であります。 前半は、森田草平は師匠の夏目漱石に愛されていたと言うところまで書きました。(たぶん。) その漱石が、小説『それから』の中で、主人公代助の思いという形を取りながら『煤煙』評を書いているのは有名な話ですが、こんな感じですね。主人公の代助と、書生の門野との会話です。 門野は茶の間で、あぐらをかいて新聞を読んでいたが、髪を濡らして湯殿から帰って来る代助を見るやいなや、急に居三昧を直して、新聞をたたんで座布団をそばへ押しやりながら、 「どうも『煤煙』はたいへんなことになりましたな」と大きな声で言った。 「君読んでるんですか」 「ええ、毎朝読んでます」 「おもしろいですか」 「おもしろいようですな。どうも」 「どんなところが」 「どんなところがって、そうあらたまって聞かれちゃ困りますが。なんじゃありませんか、いったいに、こう、現代的の不安が出ているようじゃありませんか」 「そうして、肉の臭いがしやしないか」 「しますな。大いに」 代助は黙ってしまった。 と、こうあって、この後代助が思ったこととして、『煤煙』の登場人物の要吉と朋子が心中未遂を図る原因が納得でないと言う感想を抱くところが描かれるのですが、その批判もさることながら、上記に抜き出した辺りの書き方が、いかにも漱石、上手ですよね。 漱石はむっつりとまじめくさった顔で写っている写真ばかり残っているので(もっとも、昔の人はみんなそうでしたね。ついでにお札にもなった漱石の顔写真は、あれは明治天皇の服喪中に撮ったもので、よく見ると腕に喪章が付いています)、真面目一本のように見えますが、作品中のこんな部分はいろんな効果を考えながら、実にユーモラスに「ちゃっかり屋」という感じで書いていますね。 引用部の最後に「肉の臭い」という表現が出てきますが(坂口安吾はこの言葉を切り返すように用いて漱石批判をしていますが)、漱石は『それから』を「肉の臭い」のしない不倫話に仕立て上げようとしていたんですね。 そして、森田草平をはじめとする弟子達に、いわば格の違いを見せつけようとしたわけです。(結果は、実にその通りになっていますが。) 前回、漱石の弟子と言うことで何人かの小説家の名前を挙げましたが、今回、冒頭の小説を読んでいて、もっとも漱石に似ているのはこの森田草平だなという感じを強く持ちました。 鈴木三重吉という人は、中勘助に近いような感じで、もう少し表現がファンタジックです。久米正雄ははるかに通俗的です。芥川の切れ味は漱石に比べますとやはり「偏執」的な感じがします。 この森田草平の文章が、一番漱石に似ているような気がします。 ただ、格調、鋭さ、諧謔味、などすべてにおいて少しずつ漱石に手が届かず、少々辛口に書けば漱石のエピゴーネンじみて、或いはひょっとしたらなまじ漱石の影響下にあるから出来の良くないパロディみたいに「みっともない」感じになってしまって、むしろこの作家は、もっと「自然主義的」に書いた方が良かったんじゃないかと思います。 上記に取り上げたこともあって、私は少し『それから』を読んでいたのですが、こんな表現が出てきました。 親父の頭の上に、誠者天之道也という額が麗々と掛けてある。先代の旧藩主に書いてもらったとか言って、親父はもっとも珍重している。代助はこの額がはなはだきらいである。第一字がいやだ。そのうえ文句が気にくわない。誠は天の道なりのあとへ、人の道にあらずとつけ加えたいような心持ちがする。 漱石の天才的なうまさは、こんなところにあると私は思うんですね。ユーモラスで象徴的なエピソードですが、この切り口は、全編にわたって深いところでテーマと共鳴しあっています。こんな切れ味の鋭い表現が、漱石作品には随所に見られるんですね。 一方、残念ながら森田作品にはこんな「アクロバティック」な芸はありません。 地道にこつこつと書こうとしているのですが、少しずつデッサンが狂っているような「グロテスク」さが見られます。 ただ、最後にたった一つ、漱石作品より勝っている、あるいは漱石作品に対するオリジナリティが感じられるのは、やはり本作がより若い世代の作家の手によるものであるというところでありましょうか。 それ故の未熟さは上記に書きましたが、漱石作品の持つまろやかな円環が時に骨董品のように感じられるのに比べて、当時、日露戦争終了後のいわゆる「戦後世代」の持つまだ充分芸術表現としては成熟していない行方の分からないエネルギーは、やはり「若い可能性」を感じさせるところでありましょう。 ただ、骨董品的と書いたこの『それから』の執筆時、漱石はまだ42歳であったのですが。……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.29
コメント(0)

『煤煙』森田草平(岩波文庫) 森田草平であります。 「漱石山脈」であります。 漱石の弟子の「四天王」(こんな言い方には全くといって意味はありませんね。)の一人といわれています。 しかし、晩年の漱石は、自分の弟子に出来の良いのがほとんどいないことを、確か禅宗か何かのお坊さんへの手紙に書いていましたね。 なるほど、漱石山脈と書きましたが、そのメンバーを文学者、特に実作者に限って言えば(というのは、哲学系の人なんかもいらっしゃいますが、そっちのことについては、私はほぼ無知でありますゆえ)、確かにそんな感じがします。 例外は、芥川龍之介一人だけでしょうね。でも、芥川が本当に漱石の「直弟子」であったかどうかは、微妙に分からないところですよね。 確かに、芥川の作品を漱石が褒めたことで、芥川の文壇デビューはなったといわれていますし、漱石のお葬式で芥川は受付をしたりもして、そしてそのついでに、芭蕉の臨終の場面に模して漱石の臨終を描き、その時の弟子達の心がバラバラであった様を『枯野抄』で描いたりしていますが、そもそも芥川の文学的資質は、漱石によって育まれたとはあまり言えないようなところがあると思うんですが、いかがでしょうか。 というふうに、芥川を漱石山脈から外してしまうと(少なくとも「直弟子」から外してしまうと)、確かに漱石山脈は大いに「不作」であります。 まず、現在まで残っている作家を挙げようとして、名前をちっとも指で折れないではありませんか。一体、誰がいますか? で、冒頭の「四天王」に戻るのですが、ちょっと調べてみたのですが、この「四天王」のメンバーは、実は確定していなさそうであります。 説明によって、少しメンバーがまちまちなんですよね。(まー、当たり前といえば当たり前で、こんなの、どーでもいいことの極北みたいなものですから。) ま、とりあえず、鈴木三重吉・小宮豊隆・安部能成・森田草平というあたりの説明に則って、森田草平は漱石山脈の「四天王」と考えてみます。 というところで、ちょっと私に、とっても下世話な興味があるんですがー。 それは、これらの弟子達の中で、もっとも漱石が愛していたのは誰であったろうか、という興味であります。 どうです? もちろんどーでもいいものではありますか、何となくちょっとだけ、興味深いでしょ。 でもそんなもの、どうして調べるんだということで私が考えついたのは、漱石の書簡集であります。 誰への手紙が一等多いか、という調査でありまして、まー、そもそもの「問題意識」が、客観性のかけらもない事柄でありますゆえ、その調査証明方法もいっそこれくらい「偏」したもののほうが良いのではなかろーか、と。 ということで、私は早速我が家にある、もう30年ほども前に買った岩波書店の新書版『漱石全集・第31巻』の「書簡番号総索引」のページを開いたのでありました。 ……うーむ。 その結果ですが、あのー、最初にもう一度この調査の客観性のなさを改めて述べておき、それから結果発表しますね。 まるで、くだらねー、と。 でも、こんな結果であった、と。 鈴木三重吉宛→73通 小宮豊隆宛→121通 安部能成宛→13通 森田草平宛→61通 と、まー、こんな感じで、小宮豊隆の圧勝であります。 参考までに、芥川龍之介宛は5通でありました。そして、小宮豊隆宛の数が私の見た「書簡番号総索引」の中では一番多い数字でありました。 なるほどねー、小宮豊隆がもっとも漱石に愛されていたって訳ですか。小宮は確か、『三四郎』のモデルに目されたりしていますものねー。 ……って、本当に意味のない記述になってしまいましたが、しかし、森田草平も漱石にかなり愛されていたことは確かでありましょう。 だって、今回報告するような小説を森田に書かせ、さらにそれを朝日新聞に連載させ、そして、ほぼ社会的に抹殺されかかっていた森田草平を、一気に人気作家にさせてしまったのですから。 でも、「出来の悪い弟子」の作品は、……うーん、何といいますかー、「煤煙事件」からすでに1世紀以上を経た現在(いわゆるモデルとなった「煤煙事件」は1908年・明治41年であります)、読んでみると、なかなか、なかなか、……。 以下、次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.25
コメント(2)

『聖ヨハネ病院にて・大懺悔』上林暁(講談社文芸文庫) えー、前回の続きであります。 前回述べていたのは、表題になっている二つの小説のうちの有名な方、『聖ヨハネ病院にて』という作品についてでありました。 私は本作をこんな風に紹介したんですね。 えー、彼は、近代日本文学の普遍の三大テーマ「金・女・病」のうちの三つめ「病」のヴァリエーション「病妻もの」のさらにその一分野「狂妻もの」という「ニューフェース」です、どうぞよろしくー。 ……というふうに。 (少し「閑話」なんですが、現代になりましてさすがに「金・女・病」という三大テーマはかなり色あせてきましたねー。それは、これらのテーマがもはや「喜劇テーマ」になっちゃったからでしょうね。作家を取り巻く自然的社会的環境は、以前とは比べものにならないくらい広く深く複雑多岐にわたっております。) さて話を戻しまして、「狂妻もの」が近代日本文学史の中で相対的にニューフェースであると書いていたら、何とおっしゃるうさぎさんそれならこれをどう見るか、と二つの作品が出てきたというところまで述べていました。その二作品とはこれらです。 『舞姫』森鴎外 『智恵子抄』高村光太郎 えーっと、ちょっと考えてみたのですがね、まず『舞姫』ですが、これは恋人の狂気を正面から扱った作品ではありませんよね。むしろ前回私が説いたように、狂気に陥った恋人を、それを切っ掛けにしてあっさり捨ててしまう話であります。 (少し宣伝を。『舞姫』のエリスの狂気につきましては、わたくし少々思うところがありまして、本ブログにまとめて書かせていただきました。あわせてご覧いただけますととてもありがたく存じます。) 私はこの『舞姫』の、狂気の恋人の扱いについて、少し似ているような似ていないような小説を思いだしたのですが、深沢七郎の『月のアペニン山』という小説です。この作品も、妻の狂気が妻との縁の切れ目という、徹底的に身も蓋もない作品でした。 ということで、『舞姫』は、解決。(かな?) えーっと、次の『智恵子抄』は、なかなか難物ですねー。 しかし、ちょっと振り返ってみたのですが、今『智恵子抄』にそんなに拘わっている場合ではないんですよねー。テーマは上林暁なんですよねー。それも、冒頭の文庫本の感想として私がもっとも興味深く思ったのは、別の作品なんですよねー。 ということで、かなり雑に、えいやっとやってしまいますが、『智恵子抄』はあれは詩集ですね。それに確か吉本隆明が書いていたと思いますが、『智恵子抄』に描かれる二人の関係は現実軽視、理想化が甚だしい、と。 と、やはり散文作品ではないというところがネックである、というところで後はむにゃむにゃぁと勘弁してください。すみません。 さて、上林暁の冒頭の短編集ですが、今まで述べてきた「病妻もの」の作品も含みつつ、大きく私は二つの感想を持ちました。 まずひとつめは、圧倒的な文章力であります。 そしてこの文章力の特徴としては、誠実さとユーモアの同居の見られる、澄み渡った好感溢れるものとなっているということであります。 この文体は、いったいどんな系譜の中に位置づけられるのでしょうかね。 私の思いつきの、感覚的なものではありますが、敢えて言いますと、中勘助の文章当たりじゃないかと思います。 描き方の、視点と重心の低さが何より読んでいて快いです。これは、ほぼ全作品に共通します。以前から私の感じていることですが、文章力というのはあたかも野球の守備力のごとく作品による好不調の波があまりありません。 一人の作家を好きになる(嫌いになる)大きな要素ではないかと思います。 ところがその誠実さとユーモア漂う文体で何を描いているかというと、「私小説」なんですね(一作だけ客観小説が入っていますが)。 確か、尾崎一雄の文章もこんな感じで、そして「私小説」であります。 この二つは、セットなんでしょうか。 しかし「私小説」の限界は、本文庫中に収録されている『姫鏡台』に戯画的自虐的に描かれているように、現代ではもはや明らかという気がします。 車谷長吉なんかの作品が典型的だと私は思うのですが、もはや一作家の経験する事項の描写からだけでは現代の文学的な課題は描ききれないということであります。 でも、この文章力はいかにも捨てがたく、ここにたゆたっていると極めて心地よく、結局近代日本文学史の作品を読むとは、本作のこの鑑賞の形に一つの典型があるのではないかと、私はやや判断中止のまま作品に浸るのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.22
コメント(0)

『聖ヨハネ病院にて・大懺悔』上林暁(講談社文芸文庫) 表題になっている二つの作品のうちの前者は、よーするに「病妻もの」というやつですね。 この作品が、上林暁の小説の中ではもっとも有名なものだと思います。私の持っている高校生用の「日本文学史」の教科書にもこれが出ていました。 「病妻もの」というのは、近代日本文学の「普遍のテーマ」(?)の三つ、「金」「女」「病」のうちの「病」の変形であります。古来、幾つもの名作があったようですが、えーと、思い浮かぶ一番目は何といっても堀辰雄ですかねぇ。あれは、「病妻」ではなかったですか、恋人ですかね。 でも、軽井沢・サナトリウム・肺結核ときて、「風立ちぬ、いざ、生きめやも」とくれば、もうそこは、どーんと堀辰雄ワールドですね。 古来、多くの子女の紅涙を絞り続けてまいりました。 「病妻」というのは、やはりかなり魅力的なテーマではありますよね。 そもそも「病妻」に限らず、愛するものが死ぬというのは、古今東西、ギリシャ神話から連綿と戯曲・小説作品を辿って、はやりの韓国ドラマまで(ただしこれについては私はほとんど知らないのですが)、本当に普遍のテーマですよねー。 ドラマツルギーに困ったら、とりあえず誰かを病気にして殺しておこうかという感じでありますね。 もっとも、自分が死ぬわけには生きませんからね。(自分が死ぬという話は少しコンセプトの違うものになってきますよね。例えば司馬遼太郎の『龍馬が行く』の感じとか、カフカの『審判』みたいな感じとか、どちらにしても、かなり作品の狙うところは変わってきます。) そう言えば以前、高校教師の友人が、高校の文化祭のクラス演劇と言えば、最後に誰かを一人を事故死か病死にしてできあがり、というようなことを言っていました。これはこれでなかなか難儀なものですねぇ。 さて今回の病妻ものは、その中でも、「狂妻もの」であります。 これは、「病妻もの」のジャンルなかでも、比較的「ニューフェース」ですね。 本来ならば作家を巡る「病妻」テーマの中にも古くからあったはずでありましょうが、かつてはやはり時代的限界があったんでしょうね。 妻の狂気は、即物的すぎて文学にならない、という感じでしょうか。妻、あるいは恋人の狂気の扱いについては、昔はとても冷たかったです。(「昔は」とか「ニューフェース」とか言う言い方から分かるように、現代ではかなり大きなテーマになっています。島尾敏雄の『死の棘』とか。) 例えば、志賀直哉の作品の中に、付き合っていた女性が狂気に陥る話があったと思いますが、完全に他人事ですね。その女性に深入りしないうちに、それが分かってよかったよかったというトーンです。(もっとも志賀直哉という人は、そもそも他人の痛みには極めて鈍感な作家であったという感じがしているんですが、私の錯覚でしょうかね。) 漱石だって、自分の頭がおかしいおかしいというテーマばかりじゃなく(『行人』が典型的ですね)、他にも女房の頭がおかしいというテーマの作品が描けたはずですが(現実にそれらしいことがあったように聞きます)、やはり書かなかったですね。 この原因は何かというと、そもそも近代日本文学者に、女房を一人前の人格者として扱うという伝統が長くなかったからですね。(まー、これは文学の世界だけのものではありませんわね。他の分野はもっとひどかったと思います。) 一人前の人格と認められないものが「狂気」したところで、それは近代的自我の問題にはならないだろう、という考え方であります。 だから結局「病妻」の存在とは、あたかも金が意のままにならず、我が身の病が意のままにならないのと同様、自分並びに自分に属するもの(少々極端に刺激的な表現を取れば、「自分の持ち物」)に降りかかってくる災難みたいなものであったわけです。 だからそんな妻の「狂気」は、文学に描いても仕方がないではないか、と。 えーっと、ここまで書いてきて、見落とし作品がやはり幾つかあることにやっと気づいたのですがー。 気づくのが遅いやろっ! あの作品やこの作品をどう考えるつもりか、というお声が聞こえます。すみません。これらの「名作」を忘れていました。 『舞姫』森鴎外 『智恵子抄』高村光太郎 えー、これらにつきましては、えーっと、えーっと、次回までに考えておきますぅ。 すみません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.19
コメント(0)

『伊豆の踊子・温泉宿』川端康成(岩波文庫) 本文庫には、解説が無くてその代わりに筆者の後書きがあります。そこに「私の二十代の作品から、ここに六編を選び出した。」とあります。大正末期から昭和初期にかけての作品です。こんなラインナップです。 『十六歳の日記』『招魂祭一景』『伊豆の踊子』 『青い海 黒い海』『春景色』『温泉宿』 『温泉宿』が典型だと思いますが、その描写力は、もう、圧倒的なうまさであります。 何の描写がうまいかと言えば、これですね。 「たくましくも幸薄い日本髪の女性(の裸)」 最後についているカッコは何だといわれそうですが、まー、そのままですね。これが抜群に上手であります。例えばこんな感じです。『温泉宿』の冒頭、入浴シーンです。(入浴シーンがこれまた、とてもたくさん出てくるんですねー。) 彼女らは獣のように、白い裸で這い廻っていた。 脂肪の円みで鈍い裸たち――ほの暗い湯気の底に膝頭で這う胴は、ぬるぬる粘っこい獣の姿だった。肩の肉だけが、野良仕事のように逞しく動いている。そして、黒髪の色の人間らしさが――全く高貴な悲しみの滴りのように、なんという鮮やかな人間らしさだ。 お滝は束子を投げ出すと、木馬を飛ぶように高い窓をさっと躍り越え、いきなり溝に跨ってしゃがみ、流れに音を落としながら、 「秋だね。」 「ほんとうに秋風だわ。秋口の避暑地の寂しさったら舟の出てしまった港のように――。」と、湯殿からお雪が艶めかしく、これも恋人づれの都会の女の口真似だった。 私は本作を読みながらふっと思ったのですが、川端康成と谷崎潤一郎とはどんな関係だったのかな、と。 「どんな関係」というのは、要するに両者とも、小説的世界としては極めて歪に生涯「女性」ばかりを描きながら、描かれた女性はまるで異なっているという意味においてですね。 谷崎の描く女性は、何といっても誇らしげで自信たっぷりです。極めて陽的。 それに対して川端の描く女性は、あたかも陰花の様です。上記にもありますが、どこか幸薄い。 例えば、谷崎の女性は(特に若い頃の作品は)、別に日本女性でなくっても良さそうです。作品の中にも白人のようであるという説明の女性が出ていたと思います。 一方、川端作品は、今回の二十代作品集を見ても、「日本髪の女性」であります。谷崎が、長い執筆生活のちょうど真ん中あたりで、女性の嗜好が大きく変わったのに対して、川端は若い頃から一貫しています。 そのせいだけではないでしょうが、川端がノーベル文学賞を受賞し、その理由の一つに繊細な日本の美を描いたこととあったのは、なるほどと思わせるところがあります。 (ついでながら、谷崎作品には、どの作品もどこか人工的な御伽話のようなところがありますね。描かれる女性が「陽的」であるのとも関係しているんでしょうかね。) ともあれ、この違いは両者の女性観の違いでしょうか。それとも女性観とはまた別のものなんでしょうか。少し興味深いところであります。 そしてもう一点、本短編集を読んでいて唸ってしまったのは、実に全編にわたって「比喩の嵐」であります。 以前『雪国』を読んだ時に、ふわりふわりと降る雪のことを「まるで嘘のように」と喩えてあったのに感心したのですが、象徴のような隠喩から新しい美意識の創造のような直喩まで、見方によっては少々あざとさを感じかねないくらいにでてきます。(『青い海 黒い海』という小説は、明らかに意図的に比喩による混乱をねらった作品です。) しかし改めて思うのですが、これが筆者二十代に書かれた作品なんですね。 二十代という時期は、その分野の第一人者、つまり「天才」にとっては、既に「早熟」と呼ばれる時期ではないのかも知れませんが(「早熟」というのはやはり十代中盤から後半という感じでしょうかね。例えば、アルチュール・ランボーのように)、もう知るべき事は知り尽くしてしまった、やるべき事はやり尽くしてしまったという、ほとんど総てのことは手に入れたといった感じの時期なんでしょうか。 しょせん天才とはまるで縁のない私の感覚からは想像もつきませんが(以前、中島敦が、私は若い頃「忘れる」という感覚が分からなかったみたいなことを述べているというのを読んだ時、つくづく人間とは不公平に作られているものだと嘆息しました)、二十代でここまでやれてしまうと、残りの人生は、必ずしも本人にとって「素晴らしいもの」であるのかどうか、少し分からないような気がしますね。 確か、サマセット・モームがそんなことを書いていたように憶えていますが、天才とはそれを持って生まれた本人にとっても大いに「負担」なのである、と。 なるほど、完璧に人ごとながら、そんなものなんでしょうかね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.15
コメント(0)

『少女仮面』唐十郎(角川文庫) えーっと、この唐十郎という演劇人は、芥川賞も受賞なさっていますね。『佐川君からの手紙』という作品です。私も読みました。 ところが、読んだはずのこの小説の印象が、私にはちっとも残っていないんですね。 どんな話だったのですかね。 「カニバル」の話ですよね。実際に起こった人肉食事件を元にしつつ、でも猟奇的な方向には進まず、うーん、どうなっていったのでしたっけ、とても前衛的で演劇的に進行しつつ、なんかだんだん分からなくなっていったという感じの印象が、何となく残っているようないないような、と。(ひょっとしたら今改めて読み直してみると、もっと一杯面白いものが見えてくるのかも知れませんね。) この小説が1982年ですが、その後、筆者は引き続き小説をお書きなんですかね。 いわゆるマルチな才能の方の審査に当たって、そのジャンルに今後も引き続き貢献してくれそうに継続的に仕事をなさるかどうかと言う基準が時々出てきていたりして、若い頃の私は、そんなの関係ないだろうと思っていたのですが、そして今でも、まーお互い様か、とは思いつつ、やはりそんな視点はそれなりに意味がないわけではないなと思います。 さて今回読みました戯曲集には3つの作品が収録されています。これです。 『ジョン・シルバー』(1965) 『少女仮面』(1969) 『少女都市』(1969) この中では私は『少女仮面』が一番面白かったのですが、筆者はこの作品で岸田戯曲賞を受賞なさっています。 今私は、この作品が一番面白かったと書きましたが、はっきり申しますと、後の作品はよく分からなかったんですね。 なぜかといいますと『少女仮面』にだけは、ストーリーとして一貫する形があるように思えました。ところが、『ジョン・シルバー』にはほとんどそれが見えず、『少女都市』には、途中まではかなり展開の動力源としてそれがあると感じられつつも、終盤の「拡散」の形が、私にはよく分からなかったのであります。 作品から一貫した意味をはぎ取るという試みは、実は小説作品にも数多い前例があります。ただ、では「形」をはぎ取った後に残るものは何かと考えていくと、……例えばこんな文章を見てみます。 男はそういうと両手を開いてみせる。その手は屠殺人のように赤い。みれば不思議にも背広のうえにドテラを着ている。その上にまた、タキシードを着ている。そればかりか国電の古キップをびっしりとはさんだ帽子の上にはちまきまでして顔はメガネの上に眼帯をしている。そしてバンドには『平凡パンチデラックス版』と『少年マガジン』をはさんでいる。男はパンツが股にくいこんだらしく尻をモジモジさせている。(『ジョン・シルバー』冒頭ト書き) この「ト書き」の中にある『平凡パンチデラックス版』や『少年マガジン』という言葉は、ある時代には確かに間違いなく読み手に共通したインパクトの強い想念を与えたのだと思いますが、今ではそれは記憶あるいは知識としてのものでしかありません。同時代性の限界でありましょうか。 こんな表現の不可能性の理解には、わたくし二通りあると思うんですが。 一つは言語による意味以外のものの追求ですね。音楽の快感なんかが端的にこれでありましょう。 もう一つはすでに触れている、いわゆる「不易流行」というものの「流行」部分であります。しかしこれを恐れていては、即物的に意味を表現する言語芸術は成り立ちません。 (ついでながら、上記に抜き出した「ト書き」についてですが、この「ト書き」には、何といいますか、筆が滑ったというか読者サービスというか、「みれば不思議にも」「そればかりか」などの、主観的表現があります。実は私、ちょっと前から少し気になっていたのですが、戯曲における「ト書き」とはいったい言語表現の一部なのかという疑問であります。今回の作品みたいなのを読んでいますと、特にその疑問が感じられるのですが、どうなんでしょうね。ついでのついでに、こういった「ト書き」は、泉鏡花にも見られたと思います。やはり「情念」の劇なんでしょうか。) 基本的に一回性の、人間の肉体を用いた表現である演劇に、時代を超えた意味を求めるのは、そもそもの矛盾なのかも知れません。むしろ範疇的に考えるのなら、流行歌やテレビドラマなどとセットで演劇はとらえられるべきでしょう。 かつて70年を見据え強烈なエネルギーと猥雑さをはらんでいた時代に、それを表現するものとして「小劇場」活動があり、その中の雄がまさに筆者でありました。 そのことは、もはや歴史事実として残っていくことに意味があるのでしょうか。 しかし、彼だけではなく数多くの描かれたそのころの作品は、当たり前なのかも知れませんが、半世紀以上を経って読んでみると、意味として分かるのは、やはり一定の「形」を持っているものだけという気がします。 たぶんこれは、戯曲形式の表現の限界でもあるのでしょうが……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.11
コメント(0)

『青年』森鴎外(岩波文庫) 本文庫の解説を唐木順三が書いているのですが、その文章の最後に「付記」として、こんな一文が書かれています。 付記 「青年」は明治四十三年三月より翌、四十四年八月までの間、十八号にわたって雑誌「スバル」に連載、当時鴎外は四十九歳、軍医総監で陸軍医務局長の地位にあった。 ふーむ。わざわざこんな風に書き足したのはなぜなんでしょうね。私は唐木順三の本って一冊くらいしか読んだことがないので、こんな書き方がこの文芸評論家のスタイルなのかどうか、判断が付かないのですが、でもこのように書き足されると、改めて鴎外が大変な本職の仕事を持ちつつ、よくもまー、こんな小説を書いていたものだという思いが強く迫ってくるのは事実であります。 ついでに、解説の本文中にはこんな一文もあります。 漱石は『青年』の発表当時『それから』を終わって『門』を朝日新聞に連載していた。『門』は『それから』の終わるところから出発した。 と、こうありますが、鴎外がインスパイヤーされて『青年』を書いたとされる漱石の『三四郎』は、この『それから』の一つ前の作品になり、この三作が漱石の「前期三部作」としてまとめられていることは有名な話であります。 ところが、この『青年』、漱石の『三四郎』に比べると、面白さが全然違うんですよねー。 と、ずっと思いながら私は本作を読んでいたんですね。でも、それはよく考えると、私の浅慮じゃないのか、と。 まー、私が浅慮であるのは当然としましても、私が考えたのは、ひょっとしたらこの広い世界には、『青年』の方が『三四郎』より面白いと感じている人だってたくさんいるかも知れない、と言うことなんですが、どうでしょうね。 太宰治なんかはきっとそうだったのかも知れませんね。 とにかく、『青年』はなぜこんなに面白くないかを、ちょっと『三四郎』と比べてながら考えてみますね。 まず、主な登場人物が圧倒的に少ないこと。主人公の小泉純一と、後には先輩の大村、女性としては坂井未亡人、……えっ? これだけ? もちろん本当はもう少し出てきますが、「主な」と区切れば、間違いなくこの三人だけであります。それに坂井未亡人だって、実はあまり出てきません。純一が彼女についてあれこれいじいじと考えているだけであります。 実は、鴎外は軍人でありながら(ありながらという言い方が正しいかどうか分かりませんが)、女性を描かせると結構上手なんですね。 凛と気高い女性から、色っぽい女性まで、なかなか見事な描写力を持っています。このあたりは漱石と比べても決して引けを取りません。むしろ漱石の方が、坂口安吾が言う如く「肉の匂いがない」せいで、色っぽさに欠けるかも知れません。 ところが、その女性が本編にはほとんど出てこないんですよねー。『雁』なんか結構凄く色っぽかったのになー。うーん、つまんないですよねー。 次に、エピソードが、少ない。講演会、芝居見物、未亡人宅訪問、箱根旅行、くらいでしょうか。 『三四郎』なんか、いちいち挙げられないくらい、これでもかこれでもかとエピソードが繋がって出てきます。まー、登場人物の数そのものに差があるのですから、これもむべなるかなではありますが。 というふうに、さほどに面白さに差があるんですが、鴎外自身はそんなところ、どう思っていたんでしょうね。 と考えてまず思い出したのが、以前本ブログでも触れたことのある、史伝『伊沢蘭軒』中の激越な「居直り文章」であります。自分の作品を面白くないと述べる読者達に厳しく迫った一文でありますが、今回の『三四郎』との面白さの差についても、鴎外は「だから何なのだ」と超然と考えていたのでしょうか。 もう一つ思ったのは、掲載紙の問題ですね。 『三四郎』は朝日新聞、『青年』は「スバル」です。読者層はかなり異なっていたんでしょうね。何より本文中に、フランス語なのかドイツ語なのかラテン語なのか、とにかく始終横文字が(縦になって束になって)出てきて、それに対して何にも説明注釈の類がありません。この程度の横文字の意味の分からない者本書を閲覧すべからず、とでも立て札を立てているかの如くであります。 では、その劣る面白さのかわりに、本書には何が書かれているかと考えますと、一つは、文学論であります。主人公小泉純一は小説家志望なんですね。『三四郎』の主人公小川三四郎が将来についてはまるで考えのない青年であることと比べますと、ここに鴎外の狙いが明らかに見て取れます。 そして、文学論と関連して、様々な芸術論・人生論・文化論が、作品中に広がっていきます。 冒頭に触れた唐木順三の「付記」にある如く、齢五十に満たぬながら軍医総監という軍医の最高位にすでに登り詰めていた鴎外を、肉体と社会性を持ったリアルな存在として想像してみると、彼が青春を描くにあたって『三四郎』方式を採用しなかった気持ちは、なるほどほのかに見えてくる気が、するようではありませんか。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.08
コメント(0)

『愛』井上靖(角川文庫) 三つの短編が収録されているごく薄い短編集です。収録作品のタイトルはこれです。 『結婚記念日』『石庭』『死と恋と波と』 筆者の、ごく初期の短編集という事で、筆者が芥川賞を受賞したのは昭和25年でその後一年以内に書かれた短編を、総題のテーマに従って集めたものなんでしょうね。 しかし、まー、何といいますか、ちょっと「凄い」感じのする総題ですね。 なかなかこんなに大上段から観念の固まりで直球勝負してくるタイトルは、今となっては少し考え難いような気がしますが、そんなことないでしょうか。 (ついでの話しながら、こんな大上段から斬りかかるようなタイトルに違和感を表明し始めたのは、劇作家のつかこうへい辺りの時代からではなかったかと思います。それ以前は、こんな大層なタイトルは普通にあったのかしら。そう言えば『愛と死を見つめて』なんてタイトルのベストセラーもありましたものね。) というわけで、ごく薄い本なんですが、この3作の短編小説のうちで私が一番面白かったのは、3つ目の小説です。 自殺を企て死に場所を旅先で探していた男が、たまたま同じホテルで同じ事を考えている女に出会うという話ですが(こうしてあっさりまとめてみると、改めて小説家というのは本当に「ヘン」なことを考えつくものだなと思いますね)、なぜこれが私にとって一番面白かったかと言いますと、即物的に言えば、ページが一番多かったからであります。 ページが多いと言うことは、それだけいろいろと書き込むことができて、それが大抵は登場人物の表現の厚みになっていきます。(2作目の『石庭』に私が不満足なのは、その逆ゆえで、短すぎて登場人物の行動に共感できるだけの時間を持ちきれませんでした。) それに、作品に一定の長さが保証されれば、それだけ細かなエピソードの数が増え、それがやはり作品世界を重層的にし、豊かにしていきます。 本作には自殺を企てる主人公が、人生最後の読書としてルュブルックの『東方旅行記』を読むという設定がなされますが(私はこの『東方旅行記』という本は寡聞にして知らないのですが、にもかかわらず)、このエピソードはなかなか作品にリアリティをもたらせているように思いました。 最近私は、本書を含め何冊か短編小説集を読んだのですが、個々の作品の出来の善し悪しとはあまり関わりがないところで、そもそもこの短編小説という形式はいったい何なのだと思ってしまいました。 例えば短編小説について三島由紀夫は、自分自身は「短編小説の制作から私の心が遠ざかって行った」として、その理由を以下のように書いています。(新潮文庫『花ざかりの森・憂国』自作解説) 私のものの考え方が、アフォリズム型から、体系的思考型へ、徐々に移行したことと関係があると思われる。一つの考えを作中で述べるのに、私はゆっくりゆっくり、手間をかけて納得させることが好きになって来て、寸鉄的物言いを避けるようになった。思想の円熟というときこえがよいが、せっかちだが迅速軽捷な連想作用が、年齢と共に衰えるにいたったことと照応している。私はいわば軽騎兵から重騎兵へ装備を改めたのである。 さすがに上手に説明していますよねー。 あわせて、短編小説の、長編小説に対する位置づけを後半見事に行っていますが、これが結構短編小説に肩入れをした評価付けになっており、少し珍しい気がします。 大概の作家は、作品が年齢と共にどんどん長くなっていって(最晩年に至るとまた別でしょうが)、短編小説を軽んじる如くに見えるのですが(村上春樹などでも、小説がどんどん長くなってきていますよね)、三島はそれを、加齢による運動能力の低下とほぼ同等視しているのが、なかなか客観的でいいですね。 そのように考えると、私が最近短編小説をいくつか読んで、そもそも短編小説とはなんぞやと思ったというのは明らかに短編小説に不満足であるからですが、その不満足の正体は、私の小説鑑賞能力の「円熟」にあるのではなく、短編小説に対する反応力が、あたかもみるみる衰えつつある動体視力のように、「年齢と共に衰えるにいたった」に過ぎないということが、みごとに解き明かされます。 なるほど全くその通りで、本書を読んでいた時に私が抱いたいくつかの違和感の正体がこれでほぐれていき、と同時に私は少々、齢を重ねることの楽しみと又淋しさについて感じるのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.04
コメント(0)

『音楽』三島由紀夫(新潮文庫) この小説のテーマは、たぶん二つです。いえ、この二つはかなり重なっているところがありますから一つと言ってもいいのですが、とりあえず二つにしておきます。これです。 (1)精神分析 (2)性 一見楽しそうなテーマだと思いつつも、真剣に考えれば、実はなかなか大変そうなテーマですね。 ところが、というのか何というのか、現代文学きっての秀才の三島由紀夫は、実はさほど真剣に、このテーマを本作でえぐり出そうとしているわけではありません。 本作は、例えば『仮面の告白』や『金閣寺』なんかとはかなり違って、基本的にエンターテイメントなんですね。 しかし、だからこそそこに、私としては、考えるところがないわけではありません。 その一つは、上記テーマの「精神分析」についてであります。 と、書き出したところで、自分自身がこのテーマについて、ほぼど素人であることを改めて確認し、少し逡巡していますがー、……まー、無知と厚かましいのは私の性分として、少しだけ書いてみますね。 むかーし、たぶん大学の一般教養授業で聞いたのではなかったかと思うんですが、自然科学の授業でこんな事を聞きました。(えー、エキスキューズですがー、なにしろ聞いたのが古い上に、その記憶も不正確でありそうで、これまた少し困っているんですがー。) ダーウィンの「進化論」は、いまだアメリカのある州などにおいては正しい学問として認められていない、と。また、「進化論」は「論」であって、「理論」ではない、と。 「論」と「理論」の間に、どれほど越えられない深くて暗い河があるのか、私は寡聞にして知らないのですが、聞くところによりますと科学で大切なのは「再現性」である、と。 正しいやり方で実験をすれば、世界中誰がどこでやっても同じ結果が出るということが科学にとって大切な事だそうで、私のように科学についてほぼ「白痴的」人生を送ってきた者には、さすが科学は「科学的」な気がするな、と、これまたほとんど「白痴的」な感想を持つのでありました。 そして、精神分析であります。 本作品が雑誌に連載されていたのが1964年(昭和39年)ということですから、その後精神分析も格段の飛躍を遂げたことでありましょうが、この辺のことはどうなっているんでしょうね。きっと、きちんと整合性の取れた状態となっているんだと思いますが、本書で精神分析的な理論に触れているところを読むと、どうも胡散臭いと思ってしまう私は、偏見の塊なんでしょうかねー。 精神分析って、どこか「言ったモン勝ち」って感じ、ありません? ……これも、私の無知と偏見ゆえなんでしょうねぇ。 そして本書の感想のもう一点、これは本小説に対する筆者の執筆態度への疑問、といいますか、やや不信感なんですがね、それは、その高みからの視線がとても気になるということであります。言うところの「上から目線」ですね。 いえ、筆者は相変わらずとっても上手なんですね。文体は明晰そのものであります。 ただ、それが少々鼻につく、と。 いえ、そんな感情的な批判は、私の意図するところではありませんので言い換えますと、私は本作に散点する様々なものに対するゆえ知れぬ「差別意識」が、とても気になるのであります。 例えば女性に対する差別意識、例えば労働者階級(プロレタリアート)に対する差別意識、そして、精神分析医が主人公でありながら、精神を病んでいる者に対する差別意識など、これらは本作全体に広く点在しています。 これは、時代ゆえのものなのでしょうか。 確かに、今から半世紀近く昔の作品を、現在の価値観・倫理観でもって断罪しても、それは無意味であります。 例えば島崎藤村の『破戒』は、現在読みますと描かれていることの時代的限界は明らかでありますが、だから『破戒』はもはや無意味だとは言えないのと同じであります。 また、エンターテイメントとしての、掲載雑誌の読者層への配慮もありましょう。 初出は婦人雑誌とありますから、まさか人文科学論文のような書き様もできないでしょう。しかし、実はこんな所にこそ、筆者の深層心理的なもののありかがほの見えるのも確かであります。 例えば、あれほど近代的な人間性のありようについて考え続けた夏目漱石は、たぶん近代人の経済活動については、かなり根深い偏見を持っています。それは作品の端々に再三ちらちらと姿を見せます。 同様の三島由紀夫の「ねじれ」が、ある意味気軽に書かれた本作に、かえって明らかなように思います。 もとより、三島由紀夫は人格的な完成を誇っていた作家ではありません。今さらその人格に「ねじれ」が見られようが、それで彼の文学性が損なわれるとは思いません。 しかし、このようにあれこれ考えていますと、いや実際、小説を書くと言うことは、あたかもいろんな人がいろんな角度からいきなり斬りつけてくるようで、本当に大変なものでありますね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2012.02.01
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1
![]()
![]()
