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9月23日から、ウガンダにきています。今まで、日本からでは1日半ぐらいかかってやっとたどりつくという感じでしたが、アディスからは直行便(かのCity Hopperのように、Entebbe経由でKigaliに行く便があります。)で2時間半ぐらいだったかな?あっと言うまについてしまいました。国内旅行をしている気分でもあります。ですが、到着してみれば、人々も町の様子もエチオピアとはまったくことなり、あるいみ、移動時間が短いだけに、こころの準備もととのっていないせいか、カルチャーショックも大きいような気がします。(移動時間が長いと、いろいろとウガンダのことなど考えたりする余裕もありますが。)まだ、こちらについて間もないのですが、今回は仕事の都合上もう、Mbaelというところに移動しなくてはなりません。もう、車が迎えに来る時間なので、もう行かなくては。今日は、この辺で。
2005.09.25
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エチオピアは、独自のカレンダーを使っています。エチオピア暦によれば今年は1997年、今日9月11日は、新年の元旦にあたります。昨日は、大晦日だったので、大家さん宅に呼ばれて、夜遅くまで飲んだり食べたり楽しい時間をすごしました。面白いのは、男性、女性、子供たちはそれぞれ別れて座り、男性はもっぱらお酒を飲み、女性も少しはお酒を飲みますが、それでも、男性ほどではありません。そして、家族のことなどを話します。男性は何を話しているのかはわかりません。おそらく最近決着がついたかつかないか、選挙の話でもしていたのかもしれません。(私の両親の田舎の正月を思い出します。エチオピアと日本はよく似ている、と言われますが、こんなところも似ています。ほかのアフリカの国も、日本の田舎に似ているところがあります。)日本の大晦日同様、新年があけるまで皆おきていました。24時になると、シェラトンだかヒルトンだかホテルの方向で花火が打ち上げられ、外は、皆毛布をかぶるほど寒く、まさに「冬の花火」という感じでした。私は、最近風邪をずっとひいていたので、あまり体力もなく、11時半ごろ部屋に引き上げ、花火は3発ぐらい部屋の窓から見て寝てしまいました。3階に住んでいるというのはこういうときよいです。(花火はやっぱり日本が美しいです。でも、昔昔、ボストンのチャールズ川沿いに米国の独立記念日に見た花火もきれいだったけれど。)そして、真夜中だったか早朝だったかよくわからない時間帯に、教会の鐘と祈りの声が聞こえてきたような...日本の除夜の鐘のような雰囲気でした。ここ数年、日本で正月を過ごすことができているので、今年もなんとか年末には日本に帰りたいと思っています。去年は、引越しなどをしていてばたばたで、しかも正月3日だったか、ウガンダへ出張したような記憶が...というわけで、来年の正月は、少しは正月っぽい気分を...と思っています。さて、エチオピアにいても世界のニュースは、いろいろと耳に入ってきます。日本の総選挙の話も入ってきています。(私も、大使館から在外投票を進められましたが、住民票が日本に残ったままなので、できないことが判明し...残念。)そして、アメリカのハリケーンの話、日本の台風の話も出ました。アメリカやイギリスのドラマも放映されています。加えて、アラビア語のチビまるこちゃんや、ポケモンなどを見れば、世界も小さいもんだと思ったりします。エチオピアは、「マスカル」の季節を迎えました。Tigrayの村にいたときは、黄色いマスカルの花(多分そうだと思います。でも、誰もこの黄色い花の名前を知らなかったので、断定はできませんが。)が咲き乱れていました。アディスアベバでは、見ることができないので、少し寂しいです。やはり、私には田舎暮らしがあっているのかもしれません。
2005.09.12
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今まで2ヶ月ほどエチオピアの北部のマケレというところを拠点に調査をしてきましたが、やっと先週の木曜日にアディスアベバに戻ってきました。戻ってくるなり、めがねをなくしたり、風邪を引いたりしていますが、自分の家は居心地がよいものです。さて、2ヶ月も一つの場所にいると、だんだんとネットワークも広がりそろそろ落ち着けるかという感じがしてくるものです。初めての土地に入って間もないころは、数少ない職場の関係者からの紹介で、自分では不本意だなと思いながらも、ほかに選択肢が無いので、旅行会社や宿舎も、しかたなく使っているしかないのですが、時間がたつにつれて、私の視野も広がりだんだんと今まで見えなかった選択肢が見えてくるようになり、自分なりの選択ができるようになってきて、住み心地もよくなってきます。たとえば、調査の関係者の紹介された、「信頼できる」レンタカー会社は実は食わせ物だったということがわかってきたり。この会社の車だと思って私が使っていた車は、実は別のオーナーのものであることがわかったり...私の調査地は、道なき道を行くので車に負担がかかるので、特に雨の後には車をだしたがらなかったり、しかし、私は調査日程に余裕がないので、雨が降ろうがやりが降ろうが現場に行くしかないので、車のために現場に行かないというのは、むかつくのです。しかし、2ヶ月もいれば、こういう「信頼できる」っぽいレンタカー会社にも見切りをつけられるような選択肢を自分で見つけることができるようになってきます。そして、住居も、ホテル暮らしから借家へと移したくもなってきます。マケレというところで、住居を探すのは簡単ではありません。特に新参者は、ネットワークがないので、空きやや長屋っぽい外見の家を見つけて、尋ねて歩くか、どこにいるかわからないブローカーに探してもらうか、あるいは、知人ににわかブローカーになってもらうかの方法です。私は、これらのいずれのオプションも持ち合わせていなかったので、結局、最後までホテル住まいでしたが。ちなみに、エチオピア人のアシスタントが自分のために部屋探しをしたところ、「女の子は水を沢山つかうからだめだ」と断られたそうです。水が貴重なエチオピアにはありがちなことなのでしょうか。
2005.09.05
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