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今回は、2009年公開作品の中からアメコミの実写映画化作品を2本ご紹介します。アメコミの映画化というジャンル作品であるが故に評価されないけれども、昨年の洋画ベスト10に入れたい名作『ウォッチメン』(2009年)と、日本では話題性が低かったけれど意外とよく出来ている『ザ・スピリット』(2008年)です。 まずは『ウォッチメン』から。 80年代のアラン・ムーアと作画家デイヴ・ギボンズによる傑作グラフィック・ノベルを、『300<スリーハンドレッド>』(2007年)のザック・スナイダーが監督。 1940年代、凶悪犯罪に苦しめられるアメリカ国民を救うため、正体不明の仮面のヒーローたちが登場。当初、国民の喝采を浴びた彼らだったが、やがてその行動に疑いがもたれるようになる。そして1970年代半ば、ヒーロー活動を禁止するキーン条例が施行されることになった。こうしてヒーローたちは歴史の闇に消えていった…。しかし米ソの冷戦が頂点を迎えた1985年。ある殺人事件をきっかけに、正義のヒーローたち“ウォッチメン”は再び、行動を起こすことになる…。 舞台になるのは、私たちが知っている現実とは異なるパラレルワールド。この世界では、ベトナム戦争でアメリカが勝利し、ニクソン大統領はウォーターゲイト事件で失脚せず、なんと連続5期の大統領の地位にあるのです。この設定だけでもアメリカ現代史を知っている人は興味津津になるのではないでしょうか? 原作のグラフィック・ノベルは、SFの最高峰ヒューゴ賞をコミックとして唯一受賞し、タイム誌の長編小説ベスト100にも選ばれた作品。 アメリカ現代史の中に、コミック・ヒーローを配し、時代の波に翻弄されるヒーローたちの苦悩を通して、アメリカの正義とは?アメリカン・ドリームとは?人間の本性とは?といった命題に挑んでいます。2009年、オバマ大統領誕生以前のアメリカは、世界中から非難を受け、愛国心と強大なパワーに支えられて築いてきた正義と平和が崩れつつありました。映画は時代の空気を無意識に表現すると言われますが、真の平和、真のヒーローを問う『ウォッチメン』は、まさに、そんなタイムリーな時期に製作されたのです。 原作が、大人向けコミックのため、映画でもR-15指定の残酷描写があり、観る人を選ぶ作品ではあります。ですが、原作の世界観をそのまま表現しており、登場人物のキャラクター造形やヒーローたちの衣装やメイクのセンスが素晴らしく、ストーリー、CG映像、キャラクター描写、アクションシーン、挿入される音楽などのバランスも良く、全体的な完成度が非常に高い作品です。 キャラクターの中では、ジャッキー・アール・ヘイリー演じるロールシャッハと、マリン・アッカーマン演じるシルク・スペクターが最高!刑務所でのシルクのアクション・シーンは文句なしのカッコよさです。 また、映画の脚色が見事なので、原作を読んでいなくてもアメリカ現代史に詳しい方は楽しめると思います。観た後に原作に挑戦すると、作品の理解がさらに深まり、もう一度、映画を観直したくなります。版権問題等の諸事情があったようですが、本来なら、アカデミー賞脚色賞、監督賞にノミネートされても遜色ない作品だと思います。 DVDは2種発売されており、特典ディスク付の2枚組スペシャル・コレクターズ・エディションと、番外編「Tales of the Black Freighter」が収録された3枚組コレクターズBOXがあります。 次は『ザ・スピリット』について。 監督は、『300<スリーハンドレッド>』(2007年)の原作者で、『シン・シティ』(2005年)では原作・脚本・監督・製作・出演をこなしたフランク・ミラー。原作は、アメリカン・コミック界の巨匠、ウィル・アイズナーによる30年代のコミック。 『シン・シティ』では、『デスペラード』(1995年)、『グラインドハウス』(2007年)のロバート・ロドリゲスが共同で脚本・監督・製作を手掛け、さらにクエンティン・タランティーノもゲスト監督をしているだけあって、凝りに凝ったディープな映像世界を創り出していました。ブルース・ウィリス、ジェシカ・アルバ他、出演者も豪華で一部ファンの間では話題になりました。一方で、CG加工が入りすぎた画面は観ずらく、観る人を選ぶ作品となっていました。 『ザ・スピリット』は、原作コミックにリスペクトした作品なので、フランク・ミラー監督もやり過ぎず、抑制を利かせながら物語と映像美をうまく両立させています。今回もロバート・ロドリゲスにアドバイスを受けたようですが、脚本・監督を一人でこなしているため、『シン・シティ』とは、かなり雰囲気の違う作品となっています。 今作もモノクロ映像が中心ですが、主人公スピリットの赤いネクタイ、ブルーの瞳、白衣、研究室の明かりなど、一部分だけに配したカラーが効果的です。原作の土砂降りの雨に変わり、全編に雪が舞っている情景も美しく、映像センスは前作よりもアート性の高いものになっています。 それは、美女たちの描き方にも表れています。『シン・シティ』ではコスプレでアクションさせるだけだったのが、今回は女優陣の美しさを強調して描写。ラテン系のエヴァ・メンデスには、身体にぴったりとしたスーツなどを着せて引きしまったお尻のアップ。スカーレット・ヨハンソンには三つ編みヘアにメガネっ子スタイルで、顔と胸のアップを多用。各女優の長所をうまく捉えています。 物語は、セントラル・シティを舞台に元刑事のスピリットがマスクをかぶって巨悪犯罪に立ち向かうというヒーローもので、オフビートな笑いをまぶしつつ、フィルム・ノワールを意識した画作りで、エッジの効いたサスペンス・アクションを展開させていきます。劇中で徐々に明らかにされていく、スピリットの過去や恋愛、宿敵サミュエル・L・ジャクソン演じるオクトパスの秘密なども見どころです。 同じアメコミ映画でも『X:MEN』や『スパイダーマン』のような、万人向けの作品ではありませんが、『ウォッチメン』ほど野心的ではなく、すっきりと決まるラストまでさらりと楽しく観られる“キュート”な作品になっています。 次回は、2/5(金)より劇場公開予定の『インビクタス/負けざる者たち』にあわせ、“生きる伝説”クリント・イーストウッド監督作品を2本。2009年、洋画ベスト1であろう『グラン・トリノ』(2008年)と、同じくベスト10に入る『チェンジリング』(2008年)をご紹介します。
2010年01月29日
劇場大ヒット公開中の『アバター』。1/17に発表されたアカデミー賞の前哨戦と言われるゴールデン・グローブ賞で、作品賞、監督賞を受賞しました! 監督のジェームズ・キャメロンは、ご存じ『タイタニック』(1997年)や、『ターミネーター』シリーズ、『アビス』(1989年)、『エイリアン2』(1991年)を手掛けたカナダ出身のヒットメーカーです。 なぜ今、『アバター:3D』なのか?今回は、キャメロン関連作と共に、その魅力をご紹介します。 『アバター:3D』の魅力は、一言でいえば、“自然と人間が共存する世界の喜びを体感出来ること”です。 舞台は地球から遥か彼方の衛星“パンドラ”。元軍人で戦闘中の負傷により車いすの生活を送っているジェイクは、優秀な科学者である兄の代わりにパンドラの種族ナヴィの身体を与えられます。人間社会では不自由な生活のジェイクは、ナヴィとなって、自由に走り飛び回る喜び、木々や動物と会話することが出来る幸せを感じます。 CGIを初めとするVFX技術を知り尽くしたキャメロン監督は、今度は新たな3D技術を駆使して、人間以上の身体能力を持ったナヴィに成りきって自然の中を走り、空を飛び、動物たちと会話をする、そんな夢のような世界をリアル体験させてくれるのです。 過去の3D作品は、飛び出す映像によって観客を驚かすアトラクション的な作品ばかり。おまけに観る時にかける赤と青のフィルムがついたメガネも難がありました。眼が疲れて長時間の鑑賞には耐えられないのです。しかし、ここ数年、3D技術は格段にレベルアップしています。『スパイキッズ3-D:ゲームオーバー』(2003年)の頃は従来の赤青メガネだったものが、『ベオウルフ/呪われし勇者』(2007年)あたりから偏光ゴーグルに変わり、眼の負担が大幅に軽減。作品毎に技術力が上がってきて、『センター・オブ・ジ・アース』(2008年)では飛び出すだけでなく、奥行ある映像世界が体験出来るようになったのです。そんな日進月歩の3D技術は製作費2億5000万ドルといわれる『アバター』で花開いたのです。まさに世界最高水準の映像美をみせてくれていると実感します。 お近くに3D上映の映画館がある方は、迷わず、3Dでの鑑賞を、ぜひともおススメします。 また、3D映像でなくとも、『アバター』の舞台であるパンドラの情景、奇妙な動植物たちなどの生態系は、想像を絶する美しさです。天空に浮かぶ島、発光する植物、生き物のように飛び交う胞子。ナヴィは動物たちと触手のようなものでお互いに繋がり合い、深く共鳴し合うことが出来ます。そうしたパンドラのファンタジックな映像は、まさに“生き物たちの楽園”といえるでしょう。 さて、次は映像から離れて脚本についてです。『アバター』のテーマのひとつは“自然と人間の共存”。日本人が好むジブリ・テイストの作品となっています。 『もののけ姫』(1997年)や『風の谷のナウシカ』(1984年)のように、自然を守るため、選ばれし者が、選ばれし者だけに許される生物に乗り、戦いに勝ち、英雄となる。つまりは、古くから伝わる英雄伝説にのっとったストーリーが下敷きになっています。パンドラの原住民は、ナヴィと呼ばれるヒューマノイド。彼らの故郷である美しい星パンドラに人間(地球人)が侵攻し、資源を得るために戦いを仕掛けて来ます。主人公ジェイクは、ナヴィの身体を得て、彼らの自然と共存する生き方を体験することにより、彼らに深く共感し、人間から彼らを守ろうとします。ナヴィにとっての人間は、パンドラを侵略しようとやって来たエイリアンに他ならないのです。 そう考えると、キャメロンが手掛けた『エイリアン2』と『アバター』は驚くほどよく似た話です。まるでコインの裏表のようです。エイリアン側からみれば、星を植民地化しようとする人間は、ナヴィから見るのと同じ、侵略者なのです。 また、ナヴィの生活様式はネイティブ・アメリカンに似ていて、戦闘時には、顔に彼らのようなペイントを施します。ケヴィン・コスナー主演の『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990年)やディズニーアニメ『ポカホンタス』(1995年)でも、この手の素材は扱っています。 そして、『タイタニック』のレオ様とケイトのように、『アバター』でも種族を越えた壮大なラブ・ストーリーが展開されます。 こうしてみると、脚本自体には新鮮味がなく、悪い人間を倒して平和を手にする、という勧善懲悪のお定まりB級作品と言われても仕方がありません。 ただ、この判り易さこそが、『アバター』の大ヒットの要因であるのは確かです。『タイタニック』も、お金持ちの婚約者は悪い人で、貧乏人の主人公はピュアな心を持った良い人、という白黒がはっきりとした単純なストーリーでした。キャメロンは、誰にでも判るということを第一に考えて、脚本を構築したのだと思います。3D映像をみせる作品であるからこそ、誰もが好きで、かつ理解し易いSFと英雄伝説とラブ・ストーリーを掛け合わせた『アバター』を製作したのでしょう。通常、映像作家なら、誰もが個性的な捻りのある脚本を考えるところですが、あえて、しかも堂々と、王道のストロング・ストーリーを展開する。それこそが、キャメロンのすごいところだと思います。 ジャームズ・キャメロンの実績は、数字に如術に表れています。『タイタニック』(1997年)は、世界興業収入が約18億ドルで歴代1位を記録。当時、タイタニック号沈没を巡る歴史ロマンは、老若男女の支持を受け、劇場前には長蛇の列が出来、リピーターも続出しました。その、『タイタニック』の大記録を越える勢いで『アバター』は約16億ドル(1460億円)を記録。すでに歴代1位、2位の座をキャメロンが占めているのです。(※追記:1/26現在、18億5500万ドル超で『アバター』が遂に世界歴代1位になりました!) では、日本ではどうなのか?『のだめカンタービレ 最終楽章』を抑えて、4週連続1位を記録。日本の興行収入は4週で60億円。100億円越えは見えてきました。洋画離れが進む日本で、久々の洋画メガヒット作。さすがはキャメロンです。でも、例えば日本の興業収益歴代1位の『千と千尋の神隠し』は300億円。2位の『タイタニック』は270億円。3D上映の300円プラスの鑑賞料金を考えても、日本の歴代記録には届きそうにありません。 勿論、『タイタニック』と比べると、SFだし3D作品なので、老若男女とはいかない素材かもしれませんが、3D映画がどんなものか体験するなら、断然『アバター』がおススメです。この機会に『アバター』をご覧いただき、新しい映画の楽しみ方、これからの映画の可能性を実感していただきたいです。 余談ですが、3Dをより実感するには前の方の席がおススメです。でも、字幕版の3Dを観る方は、字幕が見ずらいので中ほどの席でどうぞ。逆に、3Dが苦手と思う方は後方の席で。同じ映画館でも場所によって、感覚が違うのも3Dならでは。 それから、『アバター3D』は、ぜひ、どこかのシネコンでロングラン上映をしてもらいたいですね。例えDVDを買ったとしても、劇場で3Dを観たくなると思うんですよね…。 次回は、昨年、紹介しきれなかったDVDからアメリカン・コミックの映画化『ウォッチメン』『ザ・スピリット』をご紹介します。
2010年01月24日
カメリア、ブラック・ドレス、ジャージー・ドレス、ツイード・スーツ、シャネルNO.5…。シンプルでエレガントなシャネル・モードを確立した女性ガブリエル・シャネルとは、一体、どんな人物だったのか…。今回は、世界的ブランド“ココ・シャネル”を一代で築いた女性の半生を描く伝記映画2編『ココ・アヴァン・シャネル』(2009年)、『ココ・シャネル』(2008年)をご紹介します。 まずは、オドレイ・トトゥ主演のフランス映画『ココ・アヴァン・シャネル』(2009年)から。 1893年、母が死に、父に棄てられ、孤児院で姉妹と共に育てられるガブエリエル。15年後、彼女はお針子をしながら歌手を夢見てムーランの舞台に立っていた。歌手の才能がないと悟ったガブリエルは、その後、将校エチエンヌ・バルサンと知り合い、彼の別荘に移り住むようになる。そこで彼女は乗馬や読書を独学で学び、趣味で帽子のデザインを始めるのだった。やがて英国人実業家ボーイ・カペルと運命的な出会いをするのだが…。 原作は、女性誌「エル」「ヴォーグ」の編集者として活躍し、「ヴォーグ」では16年間、編集長を務めたエドモンド・シャルル=ルーの同名小説。監督・脚本は、アンヌ・フォンテーヌ。 主人公のオドレイ・トトゥは、実際にガブリエル・シャネルと同じ地方の出身で、髪や細身の風貌も似ているということなので、シャネル自身にかなり近い雰囲気で演じています。 ただ、トトゥは『アメリ』(2001年)の印象が強いので、男装やモノトーンの服を好み、男性に対して高慢な態度をとる彼女は、エレガントと言うより、どこかゴスっぽい、不思議ちゃんのイメージが感じられます。 女性はコルセットに羽飾りのついた帽子をかぶっていた時代に、麦わら帽子に男装のガブリエルは、まさに現代のゴシック・ファッション以上のインパクトだったのでしょう。ドーヴィルの海岸の観光客の中で、一人変わったスタイルで佇むシーンなど、他の女性と明らかに違う彼女が印象的に表現されています。 “ココ”という愛称の由来や、時代ごとに発表していくスタイルを全編にちりばめていますが、シャネルの半生を追う伝記ではなく、彼女の人間性を追うドラマになっています。そのため、シャネル・スタイルについての予備知識がある方でないと、解りずらい構成の作品になっています。 次は、シャーリー・マクレーンが1954年のココを演じている伊=仏=米合作『ココ・シャネル』(2008年)について。 1954年、ココ・シャネルは15年の沈黙を経て復帰コレクションを開くが、酷評されてしまう。ココは、孤児院育ちの自分が自立して現在の地位を手に入れるまでの若き日々を思い出していた。エチエンヌとの生活、ボーイ・カペルとの苦しい恋、そしてファッション・デザイナーとしての成功。ココは再起を誓うのだった…。 こちらはシャーリー・マクレーンの回想から始まり、若き日のココの半生が描かれています。脚本は、ルキノ・ヴィスコンティ監督作『若者のすべて』(1960年)、『山猫』(1963年)、『地獄に堕ちた勇者ども』(1969年)などを手掛けたイタリアを代表するベテラン脚本家エンリコ・メディオーリ。監督は『アート オブ ウォー』(2000年)や、TVミニシリーズ『ヒットラー』(2003年)でエミー賞にノミネートされたカナダの職人監督クリスチャン・デュケイ。若き日のココを演じるのはイタリア映画界で活躍するバルボラ・ボブローヴァ。 バルボラ・ボブローヴァ演じるココは、美しく自立した大人の女性です。そんな彼女がハングリー精神と持ち前のプライドの高さで自らの帝国を築いていく姿を、イタリア人脚本家らしく、非常にドラマティックに描いています。エチエンヌとボーイ・カペルを演じる俳優も魅力的。多少の脚色はあるかもしれませんが、物語性のある作品を好む方には、こちらの方がおススメです。 この2作品では、細部の解釈に違いがあり、作品に対するアプローチ方法も違うので、両方見比べて楽しめます。例えば、シャネルの人生に多大な影響を与える二人の男性の捉え方が違います。トトゥ版では、エチエンヌ・バルサンを不細工で女好きの体育会系に、ボーイ・カペルを文学を好み繊細で女性にモテモテの文化系美男子として対照的に描いています。ボーイにココを奪われてしまうエチエンヌは、人がよいだけに、気の毒に思えます。一方、マクレーン版では、エチエンヌを女性に冷たい割り切った見方をする男性に、ボーイを男らしく情熱的な男性として描いています。ですから、ボーイとココの恋の行く末が気になります。ボーイの性格が2作品で、正反対に描かれているのは、面白いですね。 2作品に共通して描いているのは、ココがファッション・デザイナーとして才能がある女性だったというだけでなく、男性社会に自ら切り込み、自らを信じ、女性の自由なライフ・スタイルを確立していった、20世紀を代表する女性のひとりであるということです。一人の女性として、一人の人間として、尊敬しますね。女性は必見の2作です。ちなみに『ココ・アヴァン・シャネル』はフランス語、『ココ・シャネル』は英語の作品です。 次回は、ゴールデン・グローブ賞作品賞、監督賞を受賞した『アバター』の見どころと、ジェームズ・キャメロン作品をご紹介します。
2010年01月19日
ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞。アカデミー賞主演男優賞、助演女優賞ノミネート。今回は、2009年の洋画ベスト3に入れたいミッキー・ローク主演の人間ドラマ『レスラー』(2008年)をご紹介します。 かつて人気プロレスラーだったランディ。今ではトレーラーハウスに住み、アルバイトをしながら地方興行に出演して何とか現役を続けていた。だが、心臓発作で倒れ、医師に現役引退を宣告される。人生の終わりが見えたランディは覚悟を決め、音信不通の一人娘に連絡をとるのだが…。 『ナインハーフ』(1985年)、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(1985年)など、80年代のセックス・シンボルとして一世を風靡したミッキー・ローク。ボクサーに転向し1992年にはボクシングの来日試合での猫パンチで強烈な印象を残しました。役者に戻るもヒット作に恵まれず、最近では、以前とはすっかり変わってしまった整形顔で『シン・シティ』(2005年)などに出演し、脇役ながら復活の兆しをみせていました。その彼が、どん底を味わった自身の半生とも重なるこの作品で、心に沁みる名演をみせてくれたのです。 ミッキー・ロークを表舞台に呼び戻したのは、監督のダーレン・アロノフスキー。ミッキー・ローク主演でプロレス映画を撮ると決めていたアロノフスキーは、大スター、ニコラス・ケイジを主演にと命じるスタジオ側を粘り強く説得、大幅な予算削減を受け入れ、低予算映画として製作。また、ゴールデングローブ歌曲賞を受賞した主題歌を歌うのは、ブルース・スプリングスティーン。何でも彼は友人ロークの頼みに応え、ノーギャラで曲を作り、好きに使うように申し出たといいます。ヴェネチア国際映画祭の審査委員長を務めていたヴィム・ベンダースは本作を絶賛し、主演男優賞とのW受賞も提案。前例がないため、金獅子賞のみの受賞となりました。 ダーレン・アロノフスキーは、サンダンス映画祭で話題となったSFサスペンス『π』(1997年)で長編映画デビューし、『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)ではドラッグ中毒の男女を描き、『ファウンテン 永遠につづく愛』(2006年)では不治の病の妻を救うため永遠の命を求めて旅するSF仕立ての愛のファンタジーを描くなど、独自の映像センスと捻りの利いた脚本が特徴の監督。そのため、今回のように落ちぶれたレスラーの人情ドラマを撮るというのは、意外に思った方も多いはずです。でも、そんな不安は杞憂です。男度の高い感動ドラマを作り上げています。 不器用で身勝手な男。妻や一人娘に捨てられ、どん底のトレーラー暮らし。そんな彼を唯一、癒してくれるのはマリサ・トメイ演じるストリッパーのキャシディ。本作で助演女優賞にノミネートされたトメイもまた、社会の底辺に生きる年増の女性を好演しています。音信不通の父親から突然の連絡を受け、戸惑う娘ステファニーを演じるのは、エヴァン・レイチェル・ウッド。この二人の女性とランディの関係に孤独な人間たちの生き様が、悲哀を込めて描かれていきます。 そして、本作のもうひとつの主役はプロレス。ミッキー・ロークは短期間でレスラーの身体を作り上げ、本物のレスラーを相手に試合シーンを行っています。そのリアルな試合シーンや地方興行でのレスラー同士の会話などには、プロレスへのリスペクトが感じられます。ボクシングや総合格闘技と比べて、軽く見られがちなプロレスですが、本作を観れば、プロレスラーがどれだけ危険な職業であるかがわかります。 すべてを失いかけたランディに唯一、残っているのは“レスラーとしての誇り”。その最後の砦を失いかけた彼は、ある決断を下すのです…。 奇しくも2009年6月13日、日本のプロレス団体ノアの社長兼レスラー、三沢光晴が試合中の事故により死亡。同時期にこの『レスラー』を劇場で観たプロレスファンは、ラストシーンに三沢を重ねてしまった人も多かったはずです。私もその一人でした。三沢は最期までスター選手でしたが、地方で興行するランディたちのような多くのレスラーも、誇りを持ったレスラーであり、どんな人間でも、自分の人生を貫くことは出来る。そんなランディの生き様に涙が止まりませんでした。 次回は、1/20にDVD発売予定で、同じ人物を違った視点で描く二つの伝記『ココ・シャネル』『ココ・アヴァン・シャネル』をご紹介します。
2010年01月15日
山田洋次監督の『母べえ』(2007年)に続いて、1/30より公開予定の『おとうと』(2009年)でも、吉永小百合と共演している笑福亭鶴瓶。今回は、すっかり映画俳優として定着した笑福亭鶴瓶が初主演を果たした西川美和監督が描くヒューマン・ドラマ『ディア・ドクター』(2009年)をご紹介します。 山あいの小さな村の医師が突然、失踪した。警察が捜査を始めると、村人に彼の素性を知る者は誰もいなかった…。2か月前、研修医としてこの過疎の村に赴任してきた相場は、村人から慕われている伊野医師の働きぶりに尊敬の念を抱くようになる。ある時、一人暮らしの未亡人が倒れ伊野は往診に向かう。そこで彼女に「一緒に嘘、ついてください」と頼まれる…。 鶴瓶が演じているのは、過疎化が進む小さな村で老人たちに慕われている医師、伊野。一見、いい加減なようでいて、仕事はきっちりやる。いつも冗談を言って笑わせてくれる人気者。そんな伊野を演じる鶴瓶は、ロケ地の村で住人たちと気さくに談笑し、サインを快く書いていたそうです。まさに鶴瓶のキャラクターがそのまま、役柄に投影されているようなはまり役です。前半は、研修医の相場の眼を通して辺境医療の現状が描かれています。相場を演じるのは瑛太。今時の若者が、始めは戸惑いつつも、伊野の献身的な仕事振りを目の当たりにして、プロ意識が目覚めていく姿を好演しています。 そんな二人を囲むのが 余貴美子、香川照之、松重豊、笹野高史といった演技派の面々。彼らが織りなすヒューマンな人間模様が物語に厚みを持たせています。 そんな長閑な物語を思わぬ方向に導くのが、八千草薫演じる鳥飼かづ子。彼女は、自分の病に気づきつつも、伊野に「一緒に嘘、ついてください」と頼みます。この八千草薫と鶴瓶との関係が、映画の後半の焦点になります…。 脚本、監督は女流映像作家、西川美和。『誰も知らない』(2004年)の是枝裕和監督に見出され、脚本・監督した『蛇イチゴ』(2003年)で長編映画デビュー。自身の原案・脚本・監督による長編2作目の『ゆれる』(2006年)が毎日映画コンクール日本映画大賞、ブルーリボン賞監督賞などを受賞した他、カンヌ国際映画祭に出品されるなど話題を呼びました。自ら執筆した『ゆれる』のノベライズは三島由紀夫賞候補に。そして、今回も自身で辺境医療の現状を取材し、書き下ろした「きのうの神様」が直木賞候補になりました。『ディア・ドクター』は、その映画版で日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞。作家、脚本家としても今後、注目される若手映像作家のひとりです。 冒頭、山あいの小さな村が映り、月明かり(?)に輝く棚田の中を走る一台のオートバイ。美しい村の情景から思わせぶりにはじまるこの導入は抜群で、一気に物語に引き込まれていきます。 前半では、黒澤明監督の『赤ひげ』(1965年)のごとく、新米医師が現場を経験し、成長していく姿を描き、八千草薫演じるかづ子の登場する中盤以降は、伊野の秘密が明らかにされていくという興趣に飛んだ展開。その中に僻地での医師不足の問題、過疎地に住むお年寄りの孤独といった社会問題を、ユーモアを交えながら大胆かつ繊細に浮き彫りにしていきます。 『ゆれる』同様、起用する俳優の配役のセンスが良く、俳優さんたちの演技にかなり助けられている感もあります。 ひとつ残念だったのは、後半になると物語の中心が、伊野や村の住人ではなく、事件の捜査をする松重豊と、かづ子の娘、りつ子を演じる井川遥に移ってしまうこと。前半で語り部役だった相場もいなくなってしまいます。これにはちょっと面喰らいます。この3人の主要キャラが物語からいなくなった穴が埋められないまま迎える終幕は若干まとまりがありません。自分が創造したキャラへの思い入れが強くなり、脇キャラまですべて丁寧に描いてしまうというのは、監督が脚本も担当した作品にはよくあることです。でも、本作の場合、観客は「伊野と相場とかづ子がどうなるのか?」に一番、興味があると思うのですが…。皆さんはどのように感じるでしょうか。 とはいえ、とても温かく深みのある人間ドラマで、見応えがあります。数少ない女流監督でもありますし、今後も、毎作、期待していきたいと思います。 DVDは2種類。1枚組の通常版と、ライナーノートや監督書き下ろしノートも入った特典ディスク付2枚組の初回限定版があります。特典ディスクには予告編とメイキング映像を収録。 次回は、1/15にDVDが発売されるミッキー・ローク主演の感動ドラマ『レスラー』(2008年)をご紹介します。
2010年01月12日
全世界で五百万人が涙したベストセラー小説「朗読者」の映画化作品が1/8にDVD発売。今回は、ケイト・ウィンスレットがアカデミー賞主演女優賞に輝いた戦争文芸ドラマ『愛を読むひと』(2008年)をご紹介します。 1958年大戦後のドイツ。15歳の少年マイケルは20歳も年上の女性ハンナと激しい恋に落ちるが、ハンナは突然姿を消してしまう。1966年、法学生のマイケルは、傍聴した裁判でハンナと衝撃の再会を果たす。彼女は加害者の一人として裁かれようとしていた。彼女はある秘密を守るため、不当な証言を受け入れ、無期懲役の判決を受けてしまう。1976年、弁護士となったマイケルは、15歳の時、読み聞かせた本の朗読をテープに吹き込み、服役中のハンナに送るのだった…。 2009年アカデミー賞の作品、監督、主演女優、脚色、撮影賞の5部門にノミネートされた本作ですが、1996年に映画化権を取得してから映画化までに10年以上の歳月を費やしました。当初、『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年)のオスカー監督、アンソニー・ミンゲラが脚本・監督を担当。製作には『愛と哀しみの果て』(1985年)の名匠シドニー・ポラックが加わりました。しかし紆余曲折の末、ミンゲラは製作にとどまり、監督は『めぐりあう時間たち』(2002年)のスティーヴン・ダルドリーに交代したのです。主演女優は原作者ベルンハルト・シュリンクの意向もあり、当初からケイト・ウィンスレットの名が挙がっていたといいます。しかし、スケジュールの都合でケイトが降板し、こちらもニコール・キッドマンに交代。しかしそんなキッドマンも妊娠のため降板。ケイトが復活したのです。こうして撮影が開始された本作ですが、アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラックは、完成を待たずして2008年に相次いでこの世を去りました。 原作は未読なので、映画単体についてのみ語ります。 見どころは、やはりドイツ人女性ハンナの35歳から30年後までを演じるケイト・ウィンスレットの演技です。15歳のマイケルとの官能シーン(R15指定)を体当たりで演じエロティックな一面、マイケルの朗読に少女のように笑い涙する屈託のない一面、過去を話すことを嫌い、どこか人とは違う謎めいた一面と、女性の様々な感情を演じ分ける一方、戦争犯罪の被告、20年の獄中生活で身なりに構わなくなった老女を、オスカー女優に恥じない名演で見せています。 本作はドイツが舞台ですが、ハリウッド資本の英国監督作品ですから、全編、英語。主人公マイケルの少年時代を演じたドイツ人俳優のデヴィッド・クロスは、そのため、英語を猛勉強し、台詞、朗読、またギリシャ語とラテン語の朗読シーンもこなしています。大人になったマイケルを演じるのは、『イングリッシュ・ペイシェント』、『ナイロビの蜂』(2005年)のレイフ・ファインズ。こんな役、何回目?というくらいのタイプキャストです。 他の共演者としては、『ベルリン・天使の詩』(1987年)の名優ブルーノ・ガンツがマイケルに多大な影響を与えるゼミの教授を演じ、『存在の耐えられない軽さ』(1988年)のレナ・オリンが被害者女性を演じています。 15歳の少年が経験したたったひと夏の恋が、彼の人生を支配してしまうという文学的なアプローチが素晴らしく、朗読されるホメロスの『オデュッセイア』、チェイホフの『犬を連れた奥さん』などの文章が効果的に使われています。ムーディーな文芸メロドラマとしては良い作品だと思います。 ただ、末端の庶民を問う戦犯裁判、ハンナとマイケルのキャラクターの本質については、いささか舌足らずに感じます。原作者ベルンハルト・シュリンクは、ウィリアム・スタイロンの名作「ソフィーの選択」(映画『ソフィーの選択』(1982年)は未DVD化)に少なからず影響を受けていると思われますが、「ソフィーの選択」は個人の罪の意識にとどまっているのに対し、本作は、戦犯裁判にまで話を広げているため、若干、主題が逸れてしまっているのではないでしょうか。 特に、秘密を知っているマイケルが、そのせいで20年もの刑に服したハンナに対して「過去の罪を思い出すか?」と問う台詞には違和感を感じます。英国人のスティーヴン・ダルドリーが監督し、脚本は『めぐりあう時間たち』のデヴィッド・ヘアに依頼したことにより、このようなシーンが追加されたのかもしれません。アンソニー・ミンゲラが脚本・監督していたら、もっとマイケルのハンナに対する思慕の情が描かれたのではないかと想像を巡らせてしまいます。 この機会に原作を読んでみようと思います。 次回は、日本アカデミー賞優秀作品賞に選ばれた、鶴瓶主演作『ディア・ドクター』(2009年)をご紹介します。
2010年01月08日
年末公開の『2012』(2009年)はご覧になりましたか?『ID4』(1996年)のローランド・エメリッヒ監督が『デイ・アフター・トゥモロー』(2004年)に続いて人類滅亡の恐怖を描いた作品です。『2012』はマヤの予言の中で人類滅亡を予言していますが、『ノウイング』は50年前のタイムカプセルに入っていた謎の数字が予言します。今回は、『アイ、ロボット』(2004年)のアレックス・プロヤス監督が描くSFサスペンス『ノウイング』(2009年)をご紹介します。 宇宙物理学者のジョンは、息子クレイヴが持ち帰った50年前のタイムカプセルに入っていた手紙に興味を持つ。ただ数字が羅列してある手紙。何か意味があるのではないかと調べる内、その数字が過去50年に起きた事故の日時や場所、犠牲者数と一致していることに気づく。しかも最後の二つの日付は間近に迫っている!この手紙を書いたのは誰なのか?そして予告された大惨事は本当に起るのか…。 ハリウッドで量産される地球崩壊、人類滅亡のSFサスペンス。これもその中の1本なのですが、他の作品とはちょっと違った楽しみ方も出来るのです。ポイントは3つ。 まず1つ目は、映像で魅せる!監督のアレックス・プロヤスは、『クロウ/飛翔伝説』(1994年)、『ダークシティ』(1998年)といったダーク・ファンタジーでカルト人気を集め、ウィル・スミス主演の『アイ、ロボット』(2004年)では洗練された映像美でメジャー監督に仲間入りを果たしたヒットメーカーです。今回は、飛行機事故、ニューヨークの地下鉄脱線事故、太陽フレアによって炎につつまれる地球の地獄絵、そしてクライマックス…と、様々なシーンに見せ場を用意しています。飛行機事故のシーンでは、手持ちカメラの長廻しでドキュメンタリー風に撮影するなど、プロヤス監督の映像は、安っぽさを感じさせません。 2つ目はストーリーの緻密さと衝撃のラスト。原案・脚本を手掛けたライン・ダグラス・ピアソンは、ブルース・ウィリス主演の『マーキュリー・ライジング』(1998年)の原作者。国家の極秘コードを解読するという暗号解読ものを手掛けただけあり、今回も、数字に隠された謎を解くというサスペンスがドラマの鍵になっています。また、ダークファンタジーを得意とするプロヤス監督は、息子ケイレヴが耳にするささやき声や彼に近づく黒服の男たちをホラー調に描きつつ、母を事故で亡くし、引きこもりがちの息子ケイレヴと、酒に逃げる父ジョンの親子愛や、数字に隠された秘密を探る謎解きサスペンスで、最後まで飽きさせないドラマを展開させます。 さらに、オチはネタバレになるので言えませんが、キリスト教の至福千年王国を思わせる宗教思想を匂わせます。欧米人ほど宗教(キリスト教)に詳しくない我々日本人には理解しづらいですが、興味のある方は、映画を観た後で調べてみてください。 (※1/6発売のDVDには映像特典や監督の音声解説も入っていますので、そこに解説があるかもしれませんね。) 3つ目はニコラス・ケイジの大芝居を楽しむ。本作のニコラスは、ニコラスなしには語れない程、出ずっぱり。『月の輝く夜に』(1987年)、『ワイルド・アット・ハート』(1990年)、アカデミー賞主演男優賞を受賞した『リービング・ラスベガス』(1995年)の頃は演技派俳優でしたが、何を思ったか、『ザ・ロック』(1996年)からアクション・スターに転向。最近では『ナショナル・トレジャー』(2004年)などの大作で稼ぎつつ、『ウィッカーマン』(2006年)、『ゴーストライダー』(2007年)を自ら製作・主演し、オリジナルのファンから大ブーイングを受けながら、『NEXT-ネクスト-』(2007年)では『マトリックス』のエイジェント・スミスもどきを演じたりとやりたい放題。もはや金持ちの道楽としか思えない採算無視の映画製作を続けています。いくら良家の息子とはいえ、もはや破産寸前とか。大丈夫か、ニコラス!!と言っても、決してニコラスをバカにしているのではありません。そんな映画オタク丸出しのニコラス出演作品を立て続けに観ていると、今度は彼がどんな大芝居をするかと楽しくなってきたのです。今回はプロヤス監督の演出だけに、ニコラスは全編、真面目に演じていますが、それでもアクションあり、涙あり、笑いありとニコラス大活躍!少々B級目線ではありますが、この楽しみを、皆さんにも、ぜひ、味わっていただきたいのです。 最新のCG映像あり、サスペンス・ホラー調のドラマあり、B級映画的楽しみもあり、ラストの解釈論あり。これだけ多角的に楽しめる作品はそうそうないと思います。 次回は、1/8にDVDが発売される作品2作。原作「朗読者」を映画化した戦争文芸ドラマ『愛を読むひと』(2008年)を、続けて西川美和監督の最新作『ディア・ドクター』(2009年)をご紹介します。
2010年01月06日
2010年が始動!昨年にDVD発売された映画で、まだ紹介したい作品がたくさんありますので、1月はなるべく多く更新していきます。本年もよろしくお願いいたします。 2009年を振り返ると、日本では政権交代、アメリカでは黒人の大統領誕生と、日米の政治にとって歴史的な1年でした。 今回ご紹介するのは、オバマ就任の陰で、ブーイングを浴びながらホワイトハウスを去った嫌われ者の大統領、ジョージ・W・ブッシュの半生を描いた『ブッシュ』(2008年)、ウォーターゲート事件によって大統領辞任に追い込まれたリチャード・ニクソンと、彼にインタビューを試みたデビッド・フロストとの一騎打ちを描く『フロスト×ニクソン』(2008年)、そしてゲイの活動家ハーヴィー・ミルクがゲイの迫害と戦い死を遂げるまでを描く『ミルク』(2008年)をご紹介します。 まずは、8/21にDVDが発売された『フロスト×ニクソン』から。 英国でTV番組の司会を務めるデビッド・フロストは、ニクソンにインタビューするという無謀な計画をたてる。全財産をつぎ込み、借金までしてアメリカ進出を狙うフロスト。対するニクソン側は意外にも簡単に取材を快諾。TV司会者のフロストを完璧に見下した彼らは、この取材を政界に返り咲く格好の材料にしようと考えていたのだ。かくして、1977年3月、伝説のインタビューが開始される…。 出演は、原作の舞台劇でニクソンを演じ、トニー賞を受賞している俳優フランク・ランジェラと、同じくフロスト役を演じたマイケル・シーン。監督は『ダ・ヴィンチ・コード』(2006年)のロン・ハワード。 今回ご紹介する3本の中では最も解りやすいおススメ作です。人当たりがよく洒落た伊達男のフロストと、人前に出るのが苦手で嫌われ者のニクソン。正反対の二人の人物描写が人間味豊かに描かれているので、観客は自然に二人のキャラクターに愛着を感じてしまうはず。そして連日行われるインタビューの攻防が面白く、そんなに政治的背景を知らない人でも楽しめるエンタテインメント作品に仕上がっています。と言っても、殆どは、事の重大さに気付かず、ノープランで突撃取材を行うフロストがニクソン側に追い詰められていく姿にハラハラさせられるのですが…。そして、捨て身の彼が逃げずに最後のインタビューで大勝負に出ます。果たしてニクソンの反応は。最後まで、目が離せない展開です。 このインタビューで、ニクソンが辞任後始めて、ウォーターゲート事件について言及したわけですが、人に好かれる天性の魅力を持ったフロストに少なからず親近感を感じたニクソンが、「こいつになら話してもいいか」と、一瞬、気を許したのかもしれないな?私はそんな印象を受けました。皆さんはどのように感じるでしょうか。 (※『フロスト×ニクソン』は1/22発売の廉価版を下にリンクしました。) 次は、9/11にDVDが発売された『ブッシュ』。 監督は、『プラトーン』(1986年)でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞し、『JFK』(1991年)、『ニクソン』(1995年)といったポリティカル・サスペンスの秀作を数多く手がけるオリバー・ストーン。 主演のジョージ・W・ブッシュを演じるのは、2007年のアカデミー賞受賞作『ノーカントリー』で、ハビエル・バルデムに追われる役をこなし、『ミルク』でもショーン・ペンの相手役を演じながら、未だ、アカデミー賞無冠のジョシュ・ブローリン。『グーニーズ』(1985年)の頼もしいお兄ちゃん役の青年が、こんなにむさ苦しいオヤジになっているのもビックリですが、今作では、嫌われ者のブッシュを、いささか同情に値する愛すべき人物に演じています。 本作の見どころの一つは、出演者たちが見せるブッシュの家族と側近たちの形態模写。 エリザベス・バンクスが演じる妻のローラ、ジェームズ・クロムウェルのパパブッシュ、エレン・バースティンの妻バーバラ、そして、 タンディ・ニュートンのライス、 リチャード・ドレイファスのチェイニー副大統領など、演技派俳優たちが実物そっくりな巧演をしています。 オリバー・ストーン監督は、社会派ドラマを撮らせたら抜群の人ですが、伝記ものとなると、かなり、素材となる人物に感情移入してしまう傾向があります。今回も、ブラックユーモアを交えつつも、ブッシュを、ブッシュ家に生まれ、パパブッシュの威厳に怯え、出来のいい兄と比較されて育ったかわいそうな男-というようなニュアンスで描いています。また、アメリカを間違った方向に導いた責任はブッシュ本人だけではなく、ブッシュのブレインたちにも同様にある、とも言っているように感じます。いずれにせよ、大統領になる能力のない男が、本人の意志に反して大統領になってしまった…。それが現実と考えると、怖くなります。 最後は、10/21にDVDが発売された『ミルク』。 アカデミー賞主演男優賞、脚本賞受賞作。 監督は『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)のガス・ヴァン・サント。 ハーヴィー・ミルクは1970年代にニューヨークからサンフランシスコに移り住み、有名なヘイト・アシュビー地区、カストロ地区にゲイ・コミュニティーを作り、ゲイの迫害と戦った活動家です。1977年にはサンフランシスコ市政委員に当選。アメリカ全土で巻き起こるゲイの公民権を認めないという、反ゲイ法案と戦い勝利を収めました。 このハーヴィー・ミルクを演じたのはショーン・ペン。初の主演男優賞を受賞した『ミスティック・リバー』(2003年)では、元々彼が持つバッドなイメージの役柄でしたが、本作では違うのです。彼のこれまでのバッドボーイ的なイメージを完全に消し、ゲイの役柄ながらオーバーアクトもせず、ハーヴィー・ミルクという人物になりきっています。本作ではベスト・アクトと言ってもいい名演をみせてくれています。48歳にして、ますます演技の幅を広げていく彼のパワーに驚かされます。 その他、ミルクの恋人、スコットを演じたジェームズ・フランコ、活動家の一人、クリーヴを演じた若手実力派エミール・ハーシュも力演。 ただ若干気になるのが、重要な役柄であるアイルランド系の元警官ダン・ホワイト。彼については、キャラクター描写が甘く、彼の言動の真意が伝わってきません。実話を映画化する場合、親族や関係者への配慮から表現があいまいになることがありますが、今回もそれが一因にあるのかもしれません。演じる『ブッシュ』のジョシュ・ブローリンは、そんな中でもダンが内面に抱える苦悩を何とか表現しようとしています。 日本ではあまり知られていない人物ミルクですが、本作を観れば、いつの時代でも無くならないマイノリティへの偏見を知り、反ゲイ法案に屈しなかったアメリカ人の善意に感動出来ると思います。 次回は、1/6にDVDが発売されるニコラス・ケイジ主演のSFサスペンス『ノウイング』(2009年)をご紹介します。
2010年01月05日
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