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しかし、読みたい本が次々に出てくるし、道家として読んでおくのが適当と思われる書もまだまだあるのだ。ただし私は自分が道家であって、道家研究家ではない。したがって道家が何者か知らなくても一向に構わない。そこが儒家や宗教家とは違うところだ。道家にとって知ることは重要ではない。仏教が目指した究極が無であるなら、道家のそれは無為自然。どこかで通じるものがあるのは確かだが、それは違っていることも確かだ。おっと、それで「速読」。意味の分からない単語がいっぱい出てくる書物を速読はできないであろう。また、一つの書物を少しずつ丹念に、時には立ち止まり書いてあることを実践し、記録しつつ進んでいくのも面白いことだ。自分はかつてほどには、速読をやりたいとは思わなくなった。
2012年05月31日
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平日に夜勤するのは明日が最後。ようやく仕事も分かりかけてきた。利用者ともなんとなく交流のようなものも生まれてきたし、あんまりこちらの意図を汲んでくれるので却って拍子抜け、なことまであるくらいだ。しかし、もう決めた。辞める。その理由をいちいちここには書かないが、気づいたことを書き留めておく。まず、夜中の二時か三時くらいまでは、仮眠しないほうがよい。ここらまで引っ張って、各利用者がそれぞれ落ち着くのを待つ。ゲームやテレビがうるさいときは、各部屋に黙って滞在し音量を下げてもらう。リモコンは操作するが、無理はしない。エアコンを適当にコントロールできる利用者は、皆無であるので見回りは常に必要だが、原則はタイマーで明け方近くには切るのが原則だ。常に見回りの必要な人が何人か居るのだから、仮眠はあっても二三時間連続するくらいが限界だ。一番厄介なのは、夕方とか朝の支援員、世話人とのコミュニケーション。これができれば、仕事は八割うまく行く。
2012年05月29日
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現在、週二回入っている夜勤の仕事。これを来月は一回に減らす。そして七月からはそれも止め、夜勤はやらない。やはり無理だった。聞く話では、ある事業所では夜勤は週一回より多くは夜勤をさせないそうだ。その代わり、欠勤しないという条件を厳重に課する。それが正解だろう。その一回も辞めるということを決めたのには理由はもちろんあるが、ここには書かない。いろいろな事情を勘案してのことではある。その一つは、新しい仕事をいよいよ始める、再挑戦するということだ。今度こその思いは強いが、思い入れが強いと危うさもある。
2012年05月24日
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ビート武が麻原彰晃と対談している。その時の録画がユーチューブにある。自分はほとんどテレビは見ない(家にテレビは無い)ので、放送当時にそれを見ていないのはもちろんだが、それを冒頭少しだけ見て、見るに絶えず、ブラウザを閉じた。ビート武は、その当時をどう思っているのか、聞いてみたい。
2012年05月21日
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プリンターとの接続がだめになった。インク残量表示がグレー。ということは、プリンターの情報がパソコン側に行っていない、ということである。原因は不明。また接続を一からやり直すことになる。ああ、この道は、いつか来た道・・
2012年05月19日
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自分が住んでいる生野区では、「生野区防災マップ」という地図を配布している。そこに、避難生活に対する備えとして、避難所での心得などが書いてある。はっきり言って、ここに書かれている項目で、自分がかかわっている障害者ができることは、「介助の必要な人は申し出る」の一言のみ。あるいは申し出てそのものができない人ばかりである。つまるところ、阪神淡路の時も、今回の東日本も、避難所には障がい者は居られない。この問題はもちろん、障がい者、支援者双方に責任がある。今の福祉は「地域で暮らす」などと訳の分からん事を旗印に、政治家の人気取り項目にしかなっていない。実態に即したケアになっていない。いないので、災害になると何が要るのか一からはじめることになる。地域で云々と言っているが、普通の民家を少し改造して、その中では通用しても一歩出れば通用しないことを、障がい者はやっている。それでは避難所に居られないのは当たり前である。一口に障害と言っても、多種多様。第一、「ショウガイと言わず、個性として一人ひとり認めよう」などときれいごとを言っている。本当にその人にとって、あるいは総ての障がい者に取って、いわゆる「地域で暮らす」などと言うことが本当に幸せなのか。みんなと同じ服を着るのが、その人には苦痛でないのか。保護者や福祉関係者には本当に、見栄とかエゴ、世間体は無いのか。
2012年05月14日
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世の中、費用対効果だとか、経済効果だとか、物事を経済や貨幣価値に換算するやり方が定着している。にもかかわらず、事「自動車」ということに関する限りそれはほとんど行われない。あるのは、雑誌とかが記事の中で数行取り上げる程度である。また、自転車を見直そうとか、そのような趣旨がある場合に、少しは取り上げられる。私のように、分析よりは直感に頼らざる得ないものにとって、自動車は明らかに「高い」。これだけ何年、何十年にわたって多くの人命、人生を損なう原因となりながら、そしてエネルギー危機と言われる時勢にもかかわらず、尚国家の基幹産業であり、人々の関心の中心であり続ける。こういうものを、あまりにも遠ざけようとしたり、魔力だとか言って完全否定しようとすると思考停止や、議論のための議論とか不毛の論争を招くのであろう。もし、一般庶民が冷静にその所有を見直すなら、世の中は変わる。
2012年05月09日
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世の中、費用対効果だとか、経済効果だとか、物事を経済や貨幣価値に換算するやり方が定着している。にもかかわらず、事「自動車」ということに関する限りそれはほとんど行われない。あるのは、雑誌とかが記事の中で数行取り上げる程度である。また、自転車を見直そうとか、そのような趣旨がある場合に、少しは取り上げられる。私のように、分析よりは直感に頼らざる得ないものにとって、自動車は明らかに「高い」。これだけ何年、何十年にわたって多くの人命、人生を損なう原因となりながら、そしてエネルギー危機と言われる時勢にもかかわらず、尚国家の基幹産業であり、人々の関心の中心であり続ける。こういうものを、あまりにも遠ざけようとしたり、魔力だとか言って完全否定しようとすると思考停止や、議論のための議論とか不毛の論争を招くのであろう。もし、一般庶民が冷静にその所有を見直すなら、世の中は変わる。
2012年05月09日
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苦しまない生き方 との、副題が付いている。高田明和 著責めず、比べず、までだったら「他人を変えようと思わず自分が変わろう」式の定番お涙頂戴啓発文かと思ってしまう。ここに、思い出さず がフィーチャーされているところにこの本の真骨頂がある。仏教・・禅の効用を説いているのだが、これを読むと、仏教が「思想」であると言うか、であったかかがわかる。儒・佛・道はその成り立ちからして思想から出発しそれぞれ宗教を持った。そしてそのそれぞれもが、思想と宗教とでむしろ対立軸を持っているのである。もちろん本編にそんなことは書いてない。生き方を求め、生き方を説いた釈尊が、位牌など見たら何と言うか聞いてみたいとは思う。(位牌とは儒教のものであったはずだが)
2012年05月05日
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二台目のAterm WM3500R だったが、「らくらく」はまたもや不発。前回よりはパニックにならなかった。それだけ信頼していない、当てにしていないということである。用語の読み替えにもなれた。機器の充電中、ネット喫茶に行ったが六百円かかった(ポイント使用で60円引き)、ということは、ワイマックスの「1day」を契約しておくのもいいかなと思った。もう一台パソコン買ったら考えます。それにしてもこうして再接続できたのはうれしい。後はこのプリンターが繋がってくれるかどうか。ドライバーはもう入っているはずなんだが、またいらいらするようなら、しばらく有線で行く。
2012年05月01日
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