全47件 (47件中 1-47件目)
1
楽天トラベル 284送料無料の第一園芸 203アイコインズ・楽天支店 196アミーゴス-パシュミナとニットと 162ワンダーボックス 159catworks 121アドキッチン 104メディアてんこもり・トヨオカ通販 97スローライフグリーンセント 85アースist 地球屋名水堂 65ニッチ・リッチ・キャッチ 63釜庄 スイーツと海鮮グルメ専門店 49豚まん肉まん大阪・蓬莱本館 45e-プライス 44フーズランド北海道 43美濃のちゃわん屋さん 古林恩羅院 32トスカニー ワインハウス 19楽天ブックス 18井筒屋 楽天市場店 11楽天フリマ 8カピート・ザ・セレクトストア 4以上合計 1812ポイント楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.31
コメント(0)
幕末の長岡藩の傑物・河井継之助の半生。 26歳から42歳まで。 才気あふれる若者が、取り立てられ、旧弊と戦いながら理想を貫こうとし、若い仲間(佐野史郎・吹越満など)と議論したりするのだが、その一方で遊興にふけったり。 各地を遍歴して稲葉隼人(伊藤英明)や坂本竜馬(唐沢寿明)と出会ったりと、話の展開が忙しい。 奇人・土井幾之助(笹野高史)など、何のために出てきたのかさっぱりわからない。 低い身分からの出世、ということなのだが、勘三郎はどうしても育ちのよさが出てしまう。 理想に燃える面よりも、遊興にふけるところが面目躍如。うまい。ぴったり。大石内蔵助の時もそうだった。 話は、いよいよ薩長が軍事力にものを言わせて幕府に襲いかかるところからぐっと面白くなった。 会津の秋月悌二郎(高知東生)や佐川官兵衛(六平直政)がやや感情的な人間に描かれているのが気になるが、藩を思えば恭順すべし、しかし会津は見殺しにできないというところで、軍事力を後ろ盾とした独立平和国家を目指す継之助としては苦悩するのだ。 結局、恭順を申し入れようとするものの、交渉相手の岩村精一郎(中村獅童)は聞き入れず、長岡は列藩同盟とともに戦わざるを得なくなってしまうのだ。 ドラマは、明治になって、河井の墓が地元の住民によって倒され、墓石が割られてしまうところから始まっていて、長岡を戦場にした男として批判されていると、妹(京野ことみ)の口から語られる。 単純に郷土の誇りというわけではないのはよかったのだが、ドラマはいい面ばかり描くので、批判的な目を向けている人は疑問を持つだろう。 最後は、銃弾に傷つき、命を落とす。 明治になってからの家族のことが少し語られるのはいいのだが、最後の伊藤英明の法螺貝は意味がわからなかった。 第二次長州征伐あたりからその死までをじっくり描いた方がよかったのではないか。 エンドロールは、いきなり下僕の荒川良々から始まって驚いた。 およそ役名の付いている人は徹底してアイウエオ順なのだ。 従って、主役の勘三郎は途中で出てくる。 ゲスト出演の七之助や勘太郎も同じ。 これは珍しかった。 公式サイト河井継之助関連の本楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.31
コメント(0)
今まで認識していたメディアを認識せず、正常に読み書きできなくなったので、購入した店を通じて修理に出したところ、異常を再現できなかったということでそのまま戻ってきた。 私のところでだけ動かないのかと、ほかの店に下取りに出そうとしたところ、DVD-ROMを認識しないので買い取れないと言われてしまった。 確認に使ったメディアは、市販の映画のDVD。 仕方がないので持ち帰り、自分のPCで試してみたところ、市販のDVDは認識したが、DVD+RWは2種試してどちらもだめ。 DVD-Rへの書き込みも異常終了。 困った。 とりあえず、IO-DATAのサポート受付にメール。正月休みなので、答えがくるのはずっと先になりそうだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.31
コメント(0)
現代教養文庫。1971.10.15第1刷。1985.5.15第33刷。(古本を探す) 科学者が、科学に親しんでもらおうと、さまざまなエピソードを紹介し、科学的に考証し、軽い読み物としたもの。 「ガラス作りの技術」から時代順に「錬金術――三百年ごとの事件」まで二十二話。 錬金術なんて昔の話だろう、と思ったら、1925年にも起こっているのだ。 伝説を取り上げているので、どのように伝説が作られるのか、という面でも面白い。 たとえば、「ハンニバル,アルプスを溶かす」では、発音の似た語を混同したために生まれた伝説だろう、と述べている。 「アンチモンの名のおこり」に、「大寺院に雷がおちて壁がくだけおち、原稿が出てきたのだ!」(p45)というのは、岳飛像から拳譜が出てきたという、形意拳の伝説を思わせる。 科学とは関係のない豆知識も。 競馬用語の「ダービー」「オークス」とは、ダービー卿の名と、その屋敷の名に由来するそうだ。(p72) 1962年にある科学者の書いた文の中に、(イギリスは)「キハダやベニバナの無規制代用品を、これらの植物を現在生産している中国や日本などへ送るだろう」とあるという。(p94) 幕末になってあっという間に世界に広まったのだろうか。 錬金術のところに「卑金属」という語があった。初見。 これを見て、「そうか、卑金属があるから対義語として貴金属があるのか」と、値段の高低で卑金属だったり貴金属だったりするのか、と思ったが、念のために辞書を引いたら、空気中で参加しやすいのが卑金属、科学変死しにくいのが貴金属だそうだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.30
コメント(0)
![]()
ワープロを使い始めたばかりのころ、読みのわからない漢字やJIS第1水準に入っていない漢字を入力するのに、コード入力をしなくてはならないことがあった。 では、どうやってコードを調べるか、というと、意外に役立ったのが漢和辞典だった。 最初にコードを取り入れたのは三省堂の「新明解漢和辞典」だと思う。JISの区点コードと16進コードが載っていた。 次は、これも三省堂「全訳漢辞海」。これにも区点コードと16進コードが載っていた。 私は、辞書というのは、一度出たら、誤植などを直すだけで大きな改変はせずに出版し続けるのだと思っていたのだが、最近出た第2版を手にとって驚いた。 「全面改訂版」とあるとおり、巻末にまとめてあった人名・書名がそれぞれの親字のところに全部移してある。 また、漢字のコードは、JISコードとユニコードになっている。 これで、ユニコードを漢和辞典で引けるようになった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.29
コメント(0)

真田広之主演。 企画総指揮は、写楽の研究者でもあったフランキー堺。映画公開が1995年で、翌年になくなっている。 原作があり、フランキー堺説による写楽なのかどうかはわからない。 山東京伝が売れっ子で、馬琴はまだ全く無名の駆け出しというころ。 のちに「とんぼ」と呼ばれることになる真田広之は、歌舞伎の下役だったが、舞台で足の上にはしごをのせてしまったことから、片足が不自由となり、役者はあきらめ、大道芸の一座に加わりながら、歌舞伎の書き割りをかく手伝いをしたりしている。 版元の蔦屋重三郎(フランキー堺)は、自分が世に送り出した喜多川歌麿(佐野史郎)に裏切られ、代わる絵師としてとんぼと呼ばれている男(真田広之)に目をつける。 そのきっかけは、後の葛飾北斎(永澤俊矢)がとんぼの絵を見せたことにある。 ほかにも、後の十返舎一九、後の鶴屋南北などが登場して、登場人物の密度が濃い。 歌麿の嫉妬、花魁(葉月里緒菜)との悲恋など、エピソードびっしりの青春映画であり、芸術論であり、松平定信の改革と市民との意識のずれを描く面があったりする。 うーん、なるほど、とは思うが、面白いか、と聞かれると困る。 オープンセットなど屋外での撮影が多く、江戸の街が広々としていたのはよかった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.29
コメント(0)
事件の被害者の氏名を公表するかどうかでメディアはこぞって「公表しろ」と迫っている。 なぜこういう問題が起こるのか考えてみたことがないのだろう。 メディアが自分でまいた種なのだ。 取材と名が付けば何をしても許される、報道と名が付けば何を言ってもいいという姿勢がもたらした結果でしかない。 自分で自分の首を絞めていることになぜ気づかないのか不思議でならない。 また、被害者の氏名が公表されなければ取材できないのか、というとそんなことはない。 本当に、氏名を知ることが必要だと思うなら、それを取材で突き止めるのがジャーナリストだろう。 ついでに言えば、未成年が加害者でも、メディアは加害者を突き止め、加害者を知る人に取材している。そして、被害者に関する報道よりははるかに節度のある報道をする。 ライブドアのPJオピニオンに「究極の選択!警察とマスコミ、どっちを信じる?」というのがあった。 筆者は、自分の体験をふまえてマスコミ不信であることを述べている。 しかし、必ずどちらかでなくてはならないのか、という点に疑問を感じる。 どちらも信じる人もいれば、どちらも信じない人もいるだろう。 その時によってどちらかだったりもするだろう。 「警察かマスコミか」という前提自体に意味がない。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.28
コメント(0)

佐倉きのこ園というものがあると知ってからずっと気になっていた。 旅行の帰りに寄ってみた。 東関東自動車道佐倉インターのすぐ近く。 駐車場のそばにあるのは小さな売店。 椎茸狩りができるるというのでやってみた。 ほだ木が並んでいるのではない。 巨大なビニールハウスに、販売もしているしいたけデル蔵くん(2個買うと送料無料だそうだ)の棚がずらっと並んでいて、椎茸がにょきんにょき生えている。 SFの世界だ。 ついたのが午後1時頃。大きめのものは朝のうちに収穫されてしまったということで、あまり大きいのはなかった。 それでも大きめのを見つけて収穫するのは面白い。子どもは楽しんでいた。 採った椎茸は100グラム200円で精算。 椎茸茶をごちそうになったりして帰った。 大きい、傘の開いた椎茸が欲しい人は朝早く行かなくてはならないようだ。 ただし、開いてないと、見た目はちょっと松茸に似ている。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.27
コメント(0)

前日泊まった龍宮城ホテル三日月から車で40分ほど。カーナビに従って山の中の道を行く。 案内板がないので不安になったが、無事についた。 山の中にある。 駐車料金500円。 大人1800円と安くはない。65歳以上は1440円。小学生は900円。 割引券で10%引き。(シニアの割引との併用はできない) 入り口で、小さなバケツに入った動物のエサ(キャベツやにんじん、リンゴなどの盛り合わせ)を400円で売っている。 入ってすぐのところにいたのがキリン。じっとしていたので作り物かと思ったが、にんじんを差し出したら寄ってきた。でかい。キリンにエサをやるなど初めてだ。 ほかに、エミューやアヒルなどにエサをやる。 今日もまた風が強く、寒いのでダウンや子供用の上着を取りに一度車に戻ったりしているうちに、11時の「ぞうさんショー」。 ゾウがぞろぞろ現れて、紹介され、台に乗ったり絵を描いたり。大きいので迫力がある。 サッカーが面白く、パスされたのを器用に蹴って見せていた。 「鼻にぶら下がってみたい人」と聞かれたので、子どもの手を挙げさせたら、うまく指名されて、子どもが鼻にぶら下がることができた。ゾウがまたのところを持ち上げてくれるのである。 おそらく、息子は、我が一族で初めてゾウの鼻にぶら下がった人間だろう。 途中、千円と二千円の二種類のぬいぐるみを売るコーナーがあり、ゾウにお札を渡すと、値段通りのぬいぐるみをもってくる。ゾウも日銭を稼ぐのに必死なのだ。 ショーのあと、ゾウに乗ることができる。 1回1500円。一人で乗っても、三人(大人二人と子ども一人)で乗っても同じ値段。 前もってチケットを買っておいたので、子どもと義父母に乗らせ、写真を撮った。 高いのでかなりの迫力だったらしい。 ゾウ使いは日本語がわからない人だったそうだ。 そのあと、園内を一週。 いろいろな動物がいたが、とにかく寒いのでざっと見て退散。 安くはないが、採算をとるにはぎりぎりのところなのだろう。 従業員は何人もいるようだ。山の中で毎日動物の世話をするとは大変な仕事だ。 感心。 帰りは市原インターへの道。こちらは整備された広い道で、「市原ぞうの国」の看板がいくつもあった。 観光情報はここ楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.27
コメント(0)

以前、潮干狩りに行ってスパだけ利用したことがある。 その時はホテル部分は工事中だった。 今回は一泊二日。 3時からチェックインできることになっていたのだが、2時半頃ついてしまった。しかし、部屋の掃除が終わったからと、入れてくれて助かった。 部屋はすべて東京湾に面しているらしい。眺めがいい。 広くはない。ツインベッドの洋間に6畳の和室がくっついたもの。トイレは洗浄機付き。 屋外のオーシャンスパのところが眼下に見える。 12月末で、寒波襲来というのに、水着姿の人たちがいる。 少し休んで、早速入浴。 ホテルからは「夢の架け橋」という通路を通ってスパ棟へ行く。 リストバンドにカギが付いていて、ロッカールームの受付でそれを見せると館内着とタオルをくれる。 部屋にあった浴衣を着ていったのだが、館内着でもどちらでもいいらしい。 子どもは館内着の方が楽。 水着でまずはプールゾーンへ。 室内の温水プールなので、寒くても平気。 ウォータースライダーもあって、子どもが楽しめるようになっている。 せっかく着たのだからと、屋外のオーシャンスパにも挑戦。 外に出たとたん、寒風が肌を刺す。 漢方風呂だのコーヒー風呂だの、全部入った。移動の時が寒くて大変。 サウナは温度が低いので子どもでも平気。 長居はできないので屋内プールに戻り、それからお風呂。 お風呂は水着着用は不可。 一番大きい浴槽は、ほとんど流れるプールといった方がよく、水中歩行のためにあるのではないかと思えるほど。ここは水道水をわかしたもの。 体を洗ってから奥の温泉へ。さらにその奥の露天風呂にも挑戦。 寒い! ほうほうの体で屋内に戻る。 温泉や、塩サウナ、ミストサウナなど、三種類のサウナを楽しむ。 サウナはいずれも温度が低めに設定されている。 スーパー銭湯ならテレビがついているところだが、そういうものはない。 ちょうど夕方で、日が傾き、西の空が赤くなっている。 夕陽を眺めながら温泉につかる、というのも風流だと思ったが、真横から顔面直射の夕陽なんて、まぶしくてとても眺めていられませんよ。 日が沈んだあとになったら、富士山がはっきり見えた。 夕食はバイキング。 和洋中といろいろあり、天ぷらも揚げているところが見られるし、ステーキは注文を受けてから焼き、お寿司もその場でも握っていた。 ラーメンまであるのに驚いた。 デザートも豊富。 同行した義父母も小学生の息子も大満足。 宿泊者は、一晩中入浴できるので、食後少し休んでからまた入浴。 なぜかあちこちにブロンズ像がたくさん置いてあった。 夜中に人気がないところで見るとこんな感じ。 朝食もバイキング。 私は主に和食メニュー。 あじの開きやお粥などを堪能。果物やジュースもたくさんあった。 9時まで入浴できるので、もちろんまた入浴。 寒いので外のお風呂に行く気はしない。 空気が乾燥しているためか、富士山がきれいに見えた。 年末というわけでもなく、平日なので4人一部屋で9980円。 大満足。 初めて楽天トラベルを利用した。「旅の窓口」時代から会員だったのだが、利用する機会がなかった。 トラブルもなく、ポイントも使えてよかった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.26
コメント(0)

東京ディズニーランドが千葉県にあるのと同じで、これまた千葉県にある。 行ってびっくり見てびっくり。 広い。 車で入ってそのまま車で移動するようになっている。とても徒歩では回りきれない。 東京湾側の山の斜面を利用した広大な施設で、遮るものがないものだから、風がびゅーびゅー吹き付ける。 気温も低い日だったので寒い寒い。 これではゲートで入場料を払ったら、人数分の招待券をくれた。 ピザハウスがあったして、どのあたりがドイツなのかよくわからないが、案外ドイツ人もピザを食べているのかも知れない。 これでは採算がとれないのでは、と思ったが、レストランで食事をしていたら、がらがらだった駐車場がだいぶ埋まっていたので、そこそこ客は入っているらしい。 あまりの寒さに、観覧車だけ乗り、温室を見て退散。 季候のいいときに子どもを連れて行けば楽しいところかも知れない。 観光情報はここ 公式サイト ここに割り引きクーポンがある。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.26
コメント(0)
![]()
録画しておいた「ウルトラマンMAX」を見た。 アンドロイドのエリーが幻の怪獣を追い求める老人と出会って……という話。 ここ数回、感心する作りの話が続いている。 第23話「甦れ青春」ではかつてのイデ隊員の二瓶正也がゲスト出演。 翌週の「狙われない街」は実相寺監督の悪い面が出ず、比較的正攻法。 ウルトラセブンの第8話「狙われた街」の後日談なのだが、そんなことは知らなくても楽しめる。 そのウルトラセブンの反省が見られるのが「遥かなる友人」。 宇宙人だからといって悪いやつだとは限らない。 一方的に決めつけて倒してきたのは正しかったのだろうか? そして今回の「クリスマスのエリー」。 怪獣を倒す話ではない。 犬塚弘が元気そうでうれしかった。 エリーを演じている人は満島ひかりという人で、全然覚えていないのだが、「フォルダー」というグループにいた人なのだそうだ。 非常に好感の持てる人である。 桜井浩子のように、子どもたちの記憶に残るだろうか。 そうそう、今回は、赤城高原牧場クローネンベルクで撮影が行われていた。行ったことがある。 特にどう、というところではないが、広い空間を味わうことができる場所だ。 ウルトラマンMAX公式サイト楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.25
コメント(0)
2005.12.24
コメント(0)
昨日の「飛ぶ教室」に関連して。 ケストナーは、自分たちが子どもだったときのことを忘れてしまっている大人たちを嘆き、子どもたちには、「自分が子どもだったときのことを忘れるな」と訴えている。 大人と子どものあり方に疑問を感じているからだろう。 ヨーロッパといっても広い。ケストナーだけに絞って考えるべきなのだろうが、私はケストナーについてほとんど何も知らない。 大人と子どもが対立する概念として登場する小説に「ピーター・パン」がある。 大人になることを拒絶したピーター・パンと、つまらない大人になってしまうウェンディ。ネバーランドの子どもたちも、つまらない大人になってしまうのだ。 子どもは美しく、大人はつまらないという意識が見られる。 「飛ぶ教室」では、子どもたちも、自分たちはいつか大人になる、ということを意識している。マルチンが、十年後を絵にするのは、その意識のあらわれである。 ずっと子どもでいたいなら、今を絵にするはずだ。 そもそも「飛ぶ教室」という劇自体が、「未来はこうなる」という、将来に目を向けたものだ。 子どもはいつか大人になる。それが大前提だ。 だからこそ、禁煙さんは「子どもだったときのことを忘れるな」と言うのだ。 さて、大人はほんとうに自分が子どもだったときのことを忘れてしまっているのだろうか。 どうもそうは思えない。 忘れていないからこそ、自分が子どもだったときと同じ思いをさせたくないという気持ちで子どもに接しているように思える。 子どもの抱える苦しみや悲しみは、比率から言えば、大人が抱えているものより大きい。 大人なら耐えられるものでも、子どもには耐えられない場合が多いだろう。 子どもは純真無垢で苦悩など何もない、という描き方をする人は、実は、そうあって欲しいと願っているだけなのではないだろうか。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.23
コメント(0)
![]()
講談社「青い鳥文庫」1992年9月18日。第1刷) 先日、新聞のコラムがこの本にふれていたので、家にあったのを読んでみた。 小学生の時に読んだことがあり、三十年以上の時を経ての再会だ。 例によって、ほとんど覚えていない。 覚えていたのは、劇で北極の地軸を見るのと、旅費のない少年の話のところだけ。 ドイツの寄宿舎のある学校を舞台にした物語。主人公たちは寄宿生。 クリスマスを目前に、うきうきしている。 驚いたことに、わずか数日間の物語だったのだ。 長い時間の中で子どもたちが成長していく過程を描くのではなく、ある短い一時期を描き、それぞれの悩みや悲しみ、その子どもたちを支える大人を描いている。 解説によれば、主人公たちは十六歳らしいが、もっと子どもなのかと思っていた。 日本で言えば高校生に当たる生徒たちがたばこを吸っていたりして驚く。 子どもたちが信頼している正義先生は舎監で、学校に住み込んでいる。独身なのだろうか? そのあたりはわからない。 物語は、この話を書くに至る作者の「まえがき」の「その一」と「その二」から始まり、「あとがき」で、登場人物の一人に出会い、本に書いたことを話して終わる。 作者の考えは「まえがき」にはっきり書かれている。「おとなというものは、どしてこうも、けろりと、自分の子どものころをわすれて、子どもだって、ときにはずいぶん悲《かな》しく、不幸《ふこう》なことだってあるのだということを、まるでわからなくなってしまうのでしょう。(この機会《きかい》に、わたしはみなさんに心からおねがいします。みなさんの子どものころをけっしてわすれないで、と。約束《やくそく》してくれますか。誓《ちか》って?)」(p16) そして、子どもたちが信頼を寄せる大人である、正義先生と禁煙さんは、クリスマスのお祝いの席で子どもたちにこう訴えかける。「わたしは諸君《しょくん》におねがいしたい、きみたちの子どものころをわすれるな! と。」(p233) 「あとがき」で、作者は、禁煙さんと正義先生の友達だ、と言う。すなわち、禁煙さんと正義先生は作者自身なのである。 主要な登場人物の性格がきちんとかき分けられていて、それぞれの背負っているものを感じさせる。 中でも、父に棄てられたジョーニーの境遇は目を引く。 ジョーニーのキャラクターから、萩尾望都の「トーマの心臓」「訪問者」を連想したが、「飛ぶ教室」の影響というわけではない。 「飛ぶ教室」の子どもたちは、自分たちはいつか大人になって世の中に出ていくんだ、ボクサーになったり、画家になったりするんだ、と思っている。 1932年に書かれ、翌年出版されたものだそうだ。 もう70年もたっているので、「子ども」というものへの見方も変わってきているのだろ。 また、ヨーロッパ(ずいぶん乱暴なくくりだが)と日本とでは「子ども」に対する考え方も違うはずだ。 私には、はたして大人は自分が子どもだったときのことを忘れているのだろうか、という疑問もある。 しかし、そういう壁を越えて「これはいい」と思わせられる作品である。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.22
コメント(2)
彌生書房。1975.4.15初版。1975.5.20第6版 名前は知っていたが初めて読んだ。 その文章とエネルギーに圧倒される。 とにかく文章がうまい。 たとえば「鉛の旅」の出だしはこうだ。「ようく似ている。太陽が両岩壁のどちらかに落ちて、深い渓谷の様相と、それとわきまえられる流水の形が昏《くろ》ずんでいるどこか記憶に残る風景が思い出される。」(p121) いきなり「ようく似ている」と始められては、こちらも「何だ何だ」と引き込まれずにいられない。 この「鉛の旅」は入営した息子を会津の兵営に訪ねていったときのもの。 個人的なことだが、私の伯父も入営していたことがあったと、伯父の死後、父から聞いた。 学歴といえば高等小学校卒業というだけ。学歴など関係ないのだ。自分で自分の感性を磨いた結果なのだ。 「大草原の小さな家」のローラの母親はこういう人だったのではなかろうか。 著者は阿武隈山地の東側、浜通の人。私は西側、中通りで育った。 土地の人でなければわからないのではないかという言い方もある。 「草野心平さんの書画展を見るために久しぶりで出平した。」(p41)の「出平」というのはどうだろう。 これは昭和五年のこと。いまのいわき市はいくつもの市町村が合併してできたもので、その前は「平《たいら》市」があった。その「平」に出るから「出平」なのだ。 方言などに懐かしい思いがする。 「ペッタ(メンコ)」(p32)という言葉が出てくる。私たちの町では「パッタ」と言っていた。 子供の時のことを思い出したりもした。 鶏のえさに「米糠をねったり青いものを切りまぜたり」(p11)のところで、母の実家で見たのは、米糠だったのか、と思い当たった。 七十歳を過ぎてから、おそらく日記などを元に昔のことを思い出して、その時々のことをつづったもの。 大正十一年の「春」から始まり、昭和四十九年の「私は百姓女」まで。 開墾に従事する、三野混沌という筆名を持つ詩人で小作人の夫との苦しい開拓生活での思い出が語られる。 仕事はつらく、生活は苦しい。小作料は納めなければならず、楽になるということがないまま暮らしていくのだ。 この輝かしい日々で、ローラが下宿した家のようだ。 「水石山」には「いくら働いても追いつけない生活の貧窮が、お互いの性格をひびいらせていた頃で、ひいて憎悪の烈しい無言のたたかい」(p145)という文章がある。 どうやら、食事は一緒にするが、夫は小屋で別に暮らすような状態になっていたらしい。 どうやら、著者はかなり口のたつ人らしく、夫は閉口していたのではないかと思う。 「えんま#[「えんま」に傍点]の前でぽんぽんがなれ#[「がなれ」に傍点]よ」と言われた話がある。(p163) そういう強い人だったからこそ、この本を書き残すことができたのだ。 記憶違いかと思われるところがある。 「鉛の旅」で郡山で磐越西線に乗り換えたとき、「磐梯山が見られる左寄りの窓を占めた」(p130)とある。鉄道は磐梯山の南側を通っているので、右側に見えるはず。郡山駅では左側に見えるからか、と思って読み進めると、右手に猪苗代湖が見えたという記述があった。進行方向に向かって左手になるはずだ。 後ろ向きに座っていたのでこうなった、ということだろうか。 「荏油」(p35)が読めなかった。「えのあぶら」あるいは「えゆ」と読むのだろう。エゴマの油だそうだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.21
コメント(0)
![]()
「「坊っちゃん」発表から100年 松山で読書会」だそうだ。 記事の中にも「小説では温泉をほめているだけで、「不浄な地」と悪口が並ぶ。」とあるとおり、「坊っちゃん」の中で、松山はほとんど罵倒されている。まともな人間など一人もいないかのような書きぶりだ。 「坊っちゃん」で有名にはなったが、土地の人は読むと不快になるのではないかと思う。 松山がいやでいやで、東京へ帰ってしまう話なのだ。 「~ぞなもし」という言い方も、実際にはそれほどしない、という話も聞いた。 漱石は過去の人だし、権威になってしまったので、批判はしにくかろう。 もし現代の流行作家が書いたのだとしたら、地元からは抗議の声が上がることだろう。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.20
コメント(0)
「[灯台]ケーソンごと消失 北海道・礼文町の香深井漁港」という見出しを見て、「ケーソン」がなんだかわからず、記事を読んでみたが、説明はなかった。 「鉄筋コンクリートで固定してあったケーソンごと消失していた。」というので土台のようなものかと思い、念のために辞書を引くと「潜函」のことだという。そしてその「潜函」とは何か、というと、こういうものだそうだ。 これを読んでもよくわからないのだが、とにかく、「ケーソン」というものごと消失してしまうほどの悪天候だった、ということらしい。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.20
コメント(0)
今日になって、毎日新聞17日の社説「視点05・こんなはずでは… 少年法厳罰化」を読んだ。 歌舞伎に「間違い稽古」というのがあるそうだ。 初めて知った。「せりふや所作を間違えてもあわてないように、あえて間違えてびほう策を稽古する。」と説明している。 どういうつもりでこんな書き方をするのか、と驚いた。 「びほう策」といわれて意味がわかる人がどれだけいるのだろうか。 どうしても「びほう」という語を使いたいなら、漢字で「弥縫策」とかいて、ルビを振ればいい。 それがいやなら、「対応策」とでも言い換えればいい。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.19
コメント(0)
岩波文庫。1976年12月16日・第1刷。1993年5月17日・第10刷 「こども風土記」は、「鹿・鹿・角・何本」からはじめて、連想ゲームのように、主に子供の遊びに関するさまざまな事柄について考証していく。 その姿勢は、「私がこんな小さなことに力を入れるのも、目的はもっと自分の中にある「日本」を見つけ出してもらおうがためである。」(p38)という文にあらわれている。 読み始めてすぐに気づいたのは、「妖怪は零落した神だ」というのと同じ、本来は高尚なものであったのが、たっとばれない存在になってしまったという考え方。 たとえば、「おもちゃの起り」に「あんなオシャブリのような小さな玩具でも、やはり最初は、御宮笥《おみやげ》であり、すなわち日本人の信仰から生まれて、発達したものだったということである。」(p33)というところにもそれが見られるし、「猿ちご問答」では、はっきりと、「百年も以前に行われていたものならば、古来の風習だろうと即断する人がないとは言えぬが、私には一つの零落《れいらく》の姿とした思われない。」(p58)と述べている。 いつものことながら、知らないことばかり。 「左義長と正月小屋」の「左義長」は聞き覚えのある言葉だが、何だったかなと、辞書を引いたら「どんど焼き」のことだった。 「母の手毬歌」は「母の手毬歌」「千駄焚き」「親棄山」「マハツブの話」「三角は飛ぶ」「三度の食事」「棒の歴史」と項目を立て、考察している。 なるほど、と思ったのは、「信心深い」の変化。 一つの神を深く信仰するのではなく、「迷いの多い者、大小さまざまの村の神々にも、また神にも仏にも、そちこち、わずかずつ祈願をかけてあるくような者を信心深い人ということになったのは、考えて見るとへんな話である。」(p157)というのは、言われてみればその通り。信心が深くないから、あちこちの神仏に頼るのだ。 また、「親棄山」は『大和物語』にもある古い話だが、各地の口碑を紹介し、それに基づいて、「本に出ているからそれが最初の話だったと、言うことのできない証拠にもなるのである。」(p177)という。確かにその通りだ。書物が先にあってそれが広まるのではなく、話が先にあってそれが採録されたはずなのだから。 柳田国男がいかに広く調査し、自分の頭で考えたか、ということがわかる。 「三度の食事」では「食」の読みがいろいろ出てくる。 まず「二食主義《にじきしゅぎ》」とあり、まもなく「朝晩の二食《しょく》にしようと決めた人も」というのが出てくる。 読みが異なる理由はわからない。 音読みについては、「食をシーまたはスイーと読むのは呉音《ごおん》というもので、仏教を学んだ人はみな呉音を使っていた。」(p251)の「シー」「スイー」は何か。 音読みで「ー」という記号を用いることはないので、現代漢語の音のことをいっているのだろう。ピンインなら「shi」「si」に相当するものだ。 しかし、これを「呉音」ということはできないのではないか。 「棒の歴史」では、「ボウ」という語について、「ボウも、ことによるとホコという日本語から、わかれて出た言葉かも知れぬのである。」(p291)と言っている。 これはどうか。 辞書を引いたら、「棒」は音読みでも訓読みでも「ぼう」と読むのだった。音読みでは「ボウ」は呉音、漢音は「ほう」。「奉」が音符。 現代漢語のピンインでは「bang」。 呉音が日本語化したもののように思われるが、確信はない。 子供の遊びを中心に語っているので「こども風土記」なのだろう、「母の手毬歌」も、身近なものを題材に、研究成果をまとめたものなのだろう、なるほど民俗学というのはこのようにものを見るのか、勉強になるなあ、と思ったのだが、巻末の付録「『村と学童』(朝日新聞社版)はしがき」を読んで驚いた。(『村と学童』は「母の手毬歌」の母体) 戦争中に、疎開している子供のための読み物として書かれたものだったのだ。 「この本の読者を、もっぱら五年六年の大きな生徒の中に、求めようと私はしている。」(p302)ということだ。私は戦争中の小学生以下だったわけだ。 その文の中に、「弟妹たちとおもやいに」というのが出てきたのだが、その「おもやい」の意味がわからなかった。 手元の国語辞典や広辞苑には載っていない。 インターネットで検索したら、九州の方言で「共有する」ということだった。 柳田国男は兵庫で十二歳まで兵庫で暮らしていた。そのときに覚えた言葉だろうか。 解説では、「独り利害の念に絆され」の「絆され」が読めなかった。「ほだされ」だった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.18
コメント(0)
ライブドアに「「おいらん道中」に約3000人が酔狂」という記事があった。 妙な見出しだな、と読んでみると、浅草でおいらん道中が行われ、約3000人(どうやって数えたんだ?)の見物客でにぎわった、というもの。 記事を読んでも、どこが「酔狂」なのかわからない。 念のために辞書を二つ引いてみたが、「酔狂」の意味は、文字通り、「酔って狂ったようになる」という意味と、「粋狂」「酔興」とも書く「ものずき」という意味しかない。 約3000人が酔っぱらって騒いだわけではない。 かといって、ものずきにもおいらん道中なんかに集まって、と、あきれている記事でもない。 どういう意味で使っているのか謎だ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.18
コメント(0)
野生のサルを追い払う「モンキー犬」が大活躍という記事が目にとまった。 ほかの新聞でも目にしたが、これは写真付きで内容も詳しい。 野生の猿による農作物被害対策として、猿を追い払うよう訓練された犬をつかっている、というのだ。 機械ではなく生き物で、という発想がいい。 記事の中では、「モンキー犬」「モンキードッグ」と呼ばれている。 実際にそう呼ばれているのだろう。 しかし、「モンキードッグ」というと、「猿のような犬」に思えてしまうのだが、軽井沢には熊を追い払う「ベアードッグ」というのがいるそうだから、これでいいのかもしれない。 しかしなんだね、猿の方も対策を立てるかもね。 野良犬を用心棒に雇ったりして。 モンキードッグが出てくると、猿たちが、「先生、お願いします」なんていって、さっと左右に分かれると、薄汚いけれど、強うそうな野良犬が出てきて、モンキードッグと死闘になっちゃうの。最後はモンキードッグが勝たなくちゃ困る。 あるいは、モンキードッグに袖の下を渡してものがしてもらおうとする猿が出てきて、実は悪党のモンキードッグもいて、うまい汁を吸っていたのだけれど、悪事がばれて成敗されたり。 ドラマを感じる記事だった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.17
コメント(0)
2005.12.17
コメント(0)
PC内蔵のDVDレコーダー・DVR-ABH16Aが不調。 最近、DVD+RWを認識してくれなかったり、データCD-ROMを役のに失敗したり。 DVD-RAMを認識するかどうか試してみたら、さっぱり。 ドライバを入れ直したり、書き込みに使いそうなソフトをはずしたりしたが変わらない。 GSA-4167BKを買ってきてつないでみたら、同じメディアでも、これならちゃんと認識し、焼くことができる。 おまけにTVキャプチャーGV-MVP/R2Wで、テレビ番組表取得のためのmAgicガイドというソフトが動かない。起動しようとすると必ずフリーズ。 ええい、こうなったら、ABH16Aが壊れているのかどうか確認のためにも、明日はWindowsXPのクリーン・インストールだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.16
コメント(0)
14日の産経新聞「産経抄」は米国産牛肉輸入解禁の話。 その中にこうあった。(ここから)筆者は、BSEの牛の肉を食べて感染すると考えられている変異型ヤコブ病が初めて確認された英国に住んでいたおかげで、献血も臓器提供も禁止されている。(ここまで) この「英国に住んでいたおかげで」の「おかげで」は意味が変わりつつある語。 もともとは神仏や他人などの力で良い結果を得た時に使う語。 「おかげさまでよくなりました」というように。 しかし、ここでは、悪い結果をもたらしたことに「おかげ」を使っている。 伝統的には、こういうばあいは「せい」を使うことになっていたはず。 「英国に住んでいたせいで」と言えば自然だ。 おそらく、わざと「おかげで」と皮肉らしく言ったのだろうとは思うが、そうではない可能性もある。 これと似たものに「立派な」がある。 テレビ朝日で放送していた「大岡越前」で、主役の北大路欣也が何度も「立派な犯罪だ」と言っていた。 もとより「立派な犯罪」など存在するはずがない。ふざけていったのが始まりなのだろうが、それが定着して「まぎれもない犯罪」という意味になっているようだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.15
コメント(0)
「株式会社 健介オフィス」です 健介“親子”20周年メーンで初激突 すごいね。 どん底からはい上がり、会社も株式会社になり、「マサ斎藤氏が選手アドバイザー」だそうだ。 世話になった人を忘れない健介らしい。保永昇男も何かあったら健介がなんとかしようとするだろう。 長州だけは許さないだろうか。健介が許しても北斗は許さないだろう。許さないのは悪いことではない。それだけつらい思いをした、ということだ。 しかしまあ、「来年4月には埼玉・吉川市内に約200人収容の大道場、練習生用の合宿所を備えた自社ビルも完成予定。」って、大丈夫かいな。 どんなプロレス団体よりも大きな道場じゃないか。 うまくいかなかったら……などと考えたが、そうなったらそうなったで切り抜けてみせるはず。 プロレス界にひさびさに景気のいい話だ。 頑張れ!楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.15
コメント(0)
「[口多][口拉]A梦」と書くそうだ。 ([]は2字合わせて1字であることを示す)河野選手のブログに載っていた。 「梦」は「夢」の異体字。 中国語版ドラえもん。「ドゥオ・ラ・エイ・モン」というような読みになる。 ドラえもんといえば「機器猫」だと思っていたのだが、音訳版もあったのだ。 河野選手のブログは、目の付け所が人と違っていて、なかなか読ませる。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.14
コメント(0)
13日「朝日新聞」夕刊に「異色タッグで体質改善」という見出しで、新日本プロレスの記事が載っていた。 全日ファンの私としてもひとごとではない。興味深く読んだ。 その記事の中に、企画宣伝部長の話としてこうあった。(ここから)「レスラーのギャラの未払いこそないが、それができなくなりそうだった」(ここまで) 言いたいことはわかる。 ギャラの未払いが起こりそうだったといいたいのだろうが、この文章だけを見ると「未払い」が「できなくなりそうだった」という意味になってしまう。 「そうなりそうだった」という文にしたほうがわかりやすい。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.14
コメント(0)
全話見た。 「人情剣」なんだから、個人的に殺してしまわなくてもいいんじゃないかなあ。改心させたり、お上にとらえられるようにしたり、という方法もあるわけだし。 こっそり殺してしまっては、周りの人間には、その悪行は知られないまま、ということになってしまうし。 話に無理がありすぎて困ったが、時代劇を作り続けようという意気込みは感じられた。 私の目を引いた出演者は「これからに期待できる!」と思ったのは、吉松(内藤剛志)の下っ引きの六助を演じたミスターちん。 時代劇の脇役にピッタリだ。 こういう人を発掘してくれたというだけでも、この番組の意味があるというものだ。 公式サイト楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.13
コメント(0)
一年を通してみた。 平家追討に乗り出すあたりまでは良かったが、だんだん世界が逸れていった。 その象徴が、八島の合戦で、那須与一が扇を射落とすところ。 見事命中させ、敵も味方もどっとはやし立てる、というのが平家物語の世界であり、みやびな心の余裕を示す場面なのだが、それがなかった。 巴がつましい暮らしをしていたのにも驚いた。 最終回はさすがに盛り上がったが、義経が死んでから弁慶が、ではなく、家来が皆死んだのを見てから義経が最後に、という方がよかった。 「新しき国へ」というタイトルだったのだから、最後は、幻想の中で、主従が新しい国で楽しく暮らしている、という終わり方にしてくれれば救いがあったのに。 タッキーはよかった。 「元禄繚乱」の時はあまり良くなかったのだが、感情の起伏を表に出さないあたりが、いかにも「御曹司」だった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.13
コメント(0)
ハリー・ポッターが話題になったときに、気づいたことがある。 同じイギリス生まれの「ピーター・ラビット」との共通点。 なんだと思う? 「ピーター・ラビット」の作者は「ビアトリクス・ポター」。 こちらの主人公は「ハリー・ポッター」。 もしやと思って調べたら、「ビアトリクス・ポター」は「Beatrix Potter」で、「ハリー・ポッター」は「Harry Potter」。同じ姓なのに、日本では違う読み方をしているのだ。 「ヘボン式ローマ字」の「ヘボン」と、女優の「キャサリーン・ヘップバーン」「オードリー・ヘップバーン」の「ヘップバーン」が同じなのと同様である。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.12
コメント(0)
![]()
魔法使いの世界ではすっかり有名人になってしまったポッター。 あれやこれやで難事件を解決。めでたしめでたし。 少年二人に少女一人という、まさにお約束の組み合わせで、こういうのは万国共通らしい。3人の間には恋愛感情らしいものは全くないのがいい。 最後に、完治したハーマイオニーが戻ってきたときに、ポッターとは抱き合うのに、ロンとは握手だけ、というのは、何か意味があるのだろう。 正直なところ、大人の目で見ると感情移入しにくい映画だ。 何もかも自分たちだけで解決しようとしてしまうのが気になる。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.12
コメント(0)
![]()
大分県の臼杵という町を舞台にして、伊勢正三の歌を映画化。市をあげて協力した映画だそうだ。 50歳になった男(三浦友和)が、故郷の幼なじみ(ベンガル)の妻の雪子が危篤だというので帰郷し、再び故郷を離れるまで。 独白と回想シーンがほとんど。 下駄履きに番傘の高校生だったり、女性を巡って決闘したりと、明治のバンカラを現代に持ち込み、あり得ない青春物語として描いている。 かつての「転校生」などの尾道映画を思い出させる。 男二人は、中年になった姿だが、主人公に思いを寄せていた少女(須藤温子)は回想シーンにしか姿を見せず、現在は、包帯でグルグル巻で、顔が見えない。 回想の中で生き続けているのだ。 感心したのは、少女を駅で見送る場面が現実には起こらないこと。 そういうことが起こって欲しいという少女の願いとして語られるだけなのだ。 現実の煩わしさの中で生き続けていかない身としては、回想の中ばかりが美しく思える。 青春映画でありながら、中年映画なのであった。 雪子を演じた須藤温子がよかった。役にピッタリ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.11
コメント(0)
濃い霧で温泉が見えない、というわけではなく、「温泉の有無」と入力しようとしたら誤変換。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.11
コメント(0)
9日の「朝日新聞」夕刊の「窓」というコラムにこうあった。(ここから) 「基本高水《きほんこうすい》」。字面《じづら》からは意味がわかりにくい。河川工学《かせんこうがく》の用語だが、「降水」とまぎらわしいからか、専門家の間では「きほんたかみず」と呼ばれている。(ここまで) 漢語の読み分け。 目で見れば違いがわかるが、耳で聞いただけでは違いがわからないためだ。 「施策」を「せさく」と読むのもその例。「しさく」と読むと「試作」と区別がつかないから「せ」と呉音で読んでいる。 プログラムの世界でも「因数」は「いんすう」、「引数」は「ひきすう」と読み分けている。 同じ漢字でも読み分けて違う意味で使うものもある。 例えば、「町役人」がそれ。 「まちやくにん」と言えば町奉行所の役人、「ちょうやくにん」と言えば、町内の世話役のような民間人。 また、「番頭」も、「ばんとう」なら商店の人、「ばんがしら」なら武士の役職の一つ。 高島俊男「漢字と日本人」によると、耳で聞いて区別のできない同音異義語の漢語は、明治になって訳語ととして大量に作られたのだそうだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.10
コメント(0)
光風社選書。光風社・1987.10.20 江戸時代の江戸の概説書。 「江戸のすがた」「江戸と幕政」「江戸と市民」の三部構成。 項目別なので、同じ逸話が何度も出てきたりするのはしたかがない。 最初のうちは固い印象を持ったが、なれると読みやすい。 庶民の日常生活ではなく、江戸という都市を行政面から描いている。 江戸の消防というと鳶火消しが浮かぶが、武家火消しから鳶火消しに至るまでに、商店の店員を招集する「店《たな》人足」の制度があり、それが実用的ではないので、各町で鳶に頼んで町火消しを運営していくようになったことなども詳しく書かれている。 まさに、民間でできることは民間で。消防に関わることを幕府の負担で、という要求もなかったようだ。 日本橋に魚河岸の記念碑があるそうだ。 碑文は久保田万太郎。 任侠の気風は魚河岸の若い衆がつくりあげたものだとか。 なるほど、長谷川伸や久保田万太郎に、実際に渡世人の知り合いがいたとは思えない。 主人公の正確は魚河岸の若い衆だったのだ。 幕府は、魚河岸から不当に安い値で鮮魚を取り上げたりしているが、虫でも庶民を苦しめている。 大奥で虫の音を楽しむために、鈴虫や松虫の上納が中野杉並一帯の農民に割り当てられていたのだそうだ。(p97) 相手は生き物。虫売りが養殖していたものもあったろうが、数をそろえるのは大変な苦労だったろう。 「こんなすじゃらか[#「すじゃらか」に傍点]の「すじゃらか」がわからなかった。 この本、なんと都道府県選挙管理委員会連合会発行の「選挙」という雑誌に連載されたものをまとめたものなのだそうだ。 そんな雑誌があることに驚いた。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.09
コメント(0)
7日「産経新聞」の「産経抄」にこんなことが書いてあった。(ここから)▼「士」や「師」は、学徳を修めた社会の有資格者たちの称号である。国士無双、士魂商才、憂国の士の「士」はいったいどこへ消えたやら。(ここまで) 「士」と「師」を一緒にするとはずいぶん乱暴な話だ。 「士」は一人前の男ということだし、「師」は軍隊だ。師団という語もある。 もちろん、「師」は、現代では、特定の資格を持った人に使うことも多い。 美容師、調理師、医師という具合。しかし、資格がなくても「ペテン師」というのもある。 「士」も同様で、弁護士、会計士、建築士などがある。 本来の字義とは関係なく、現代日本ではこうだ、というのなら「有資格者を示す」と言ってもいい。 ところが、例として挙げられているのが、「国士無双、士魂商才、憂国の士」で、いずれも有資格者とは言い難い。「士魂商才」の士は武士のことだが、武士の資格は家柄であって、弁護士や税理士と同列に論じるわけにはいくまい。 また、「学徳を修めた社会の有資格者」というのが意味がわからない。 「社会の有資格者」って何だろう。単に「有資格者」ではいけないのだろうか。社会以外の場に有資格者が存在するのだろうか。 また、わざわざ「有資格者たち」と「たち」をつけているのも理解できない。「有資格者」にもいろいろあるから、複数形にした、ということか。 英語じゃあるまいし、日本語では、特に必要がなければ「たち」はつけないのが普通だ。 「七人の侍」と「七人の侍たち」を比べてみれば、「たち」のついている方が不自然だろう。 少しは、伝統文化である日本語を大切にしてもらいたい。 さらに、単に有資格者ではなく「学徳を修めた」というのも不自然。 もちろん徳があった方がいいに決まっているが、資格を取るのに徳は要求されない。 「広辞苑」の「士」の説明に「学徳を修め、敬重すべき地位にある人」とあるのをもとにしたのだろうか。 楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.08
コメント(0)
先週は、宮本のキングスロード入りを取り上げていなかった「ゴング」が、「新団体『キングスロード』とは何なのか!?」という特集記事(見開き2ページ)を掲載。 興味深く読んだが、どうも歯切れが悪い。 元子さんが関わっているのでは、と思うのなら、元子さんに取材してみればいいのに、それをしていない。 そして、動向が注目される川田については、「川田とキングスロードがリンクしてくる可能性は高いと見るべきか。デンジャラスKの言動には注目する必要がある。」と書いている。 これでは困る。 川田に直接取材して、接点があるのかないのかそれを明らかにするのがメディアの仕事だろう。 そして、「天国の名レスラー達への手紙」。 急死したギガンテスを取り上げている。 つい昨日まで元気だったのに、突然の死で、誰もが驚いた。 これから成長して「名レスラー」になっていくかもしれない、というところで亡くなってしまった。 その時に思ったことはここに書いてある。 はじめてみたときの感想は、ここ。 あれから2年。 この2年間で全日はだいぶ変わった。 去る者は日に以って疎し、来たる者は日に以って親し。 ビックリしたのは「浪花を探せ」。 TAKA陸奥が12月9日のインデュー・サミットに向けて、行方不明の愚乱浪花を探すという企画記事。 怪我が原因で引退したという説もあれば、復帰を目指しているという説もある。 大量離脱後の全日を支えてくれたレスラーの一人。 元気でいて欲しい。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.07
コメント(0)
朝日新聞の夕刊に、リヤカーを引いて豆腐を売っている人のことが載っていた。 私の職場の近くにも豆腐屋があるらしく、夕方になると、ショッピングカートのようなものを引いて、ラッパを鳴らしながら売って歩いている人がいる。 私が子どもの頃は、自転車で、ラッパを鳴らしながら売っていた。 十年前に、東京から近郊市に引っ越したら、夕方、豆腐売りのラッパが聞こえたので感心したのだった。 しかし、豆腐売りの姿が見えない。 どういうことだろうと思っていた。 しばらくして謎は解けた。 ミニバンの豆腐売りの車が、スピーカーから、録音したラッパの音を流して歩いていたのだ。 驚き、そして、ちょっとがっかりした。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.06
コメント(0)
ここ数日、掲示板への悪質な書き込みの連続で、対応に追われていた。 アクセス制限ができる仕組みを取り入れているのだが、欧米各国のホスト経由で書き込みがなされ、制限しても追いつかない状態。 薬物の販売サイトらしい。 おそらく、URLが流されて、プログラムで自動的に書き込みをしているのだろう。 と、気がついて、簡単な方法を思いついた。 掲示板のURLを変えてしまえばいいのだ。 そこで、フォルダ名を一字変更。 どんぴしゃり。 アクセスそのものが激減。もちろん、悪質な書き込みはなくなった。 もっとも、新しいURLがわかってしまえば前の状態に戻るのだが、その時はまたフォルダ名を変えてやる。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.05
コメント(0)
男はつらいよ 寅次郎頑張れ! シリーズ第20作。 北から出てきた大竹しのぶと、南から来た中村雅俊の恋を応援する寅さん。 といっても、焦りすぎ。 まだそんなに付き合ってもいないのに「結婚してくれ」なんて乱暴な。 失恋したと思いこんでのカズ自殺未遂で、二階が吹っ飛んでしまうのには驚いた。 さすがに大竹しのぶとでは歳が離れすぎていて、寅さんの恋の相手は中村雅俊の姉の藤村志保。 この人のことはほとんど知らないのだが、これを見てびっくり。 美人だ。 顔立ちは、今の若い人で言うなら田中麗奈。目鼻立ちが似ている。 九州へ新潟へと忙しい寅さん。これじゃ疲れちゃうよね。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.04
コメント(0)
![]()
11月26日放送。 女の一代記三作の中で一番いていないだろうと思っていたのだが、意外や意外。 冒頭の、テレビ番組出演のところで、お辞儀をしたときの表情がそっくり。特にまぶたがよく似ている。見ているうちに顔の輪郭も似てきた。 話もこれが一番良かった。 三人の男との出会いから別れまでがちゃんと描かれている。 いつのことかもよくわかる。 これなら原作を読んでみようか、という気にもなる。 杉村春子が、樋口一葉の「十三夜」を朗読したのを聞いたことがあり、東京下町育ちかと思っていたのだが、広島出身で、訛りを直すのに苦労していたのだ。 太地喜和子役がソニン。うまくはないが、肉感的なところがよく似ていて、一生懸命さが伝わってきて好感が持てた。 太地喜和子は1992年に亡くなり、杉村春子は1997年に亡くなっている。 恋人や夫ばかりか、後継者と思っていた後輩にも先立たれた人生だったのだ。 私は面白く見たのだが、「ガチンコ勝負に勝った天海祐希の値打ち」という記事によると、このドラマが一番視聴率が良くなかったらしい。 不思議だ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.03
コメント(0)
11月25日放送。 やっと見た。 越路吹雪と同じく宝塚出身の天海祐希が演じる。 体型が似ていてちょうどいい。 作詞家として有名な岩谷時子が越路吹雪のマネージャーだったとは知らなかった。 原作はその岩谷時子の「愛と哀しみのルフラン」。 私が覚えているのは晩年に近い頃だけ。 映像を見ると、実年齢より肌が衰えて見える。 おそらく、タバコが原因だろう。ニコチン依存症だったのだ。 歌は大好きだったのだろうし、歌い続けたいという気持ちもつよかったろう。しかし、スターであることはつらいことだったのだろう。 そのストレスをタバコや酒や睡眠薬で紛らわし、寿命を縮めたように見えた。 さて、ドラマとしてどうか。 越路吹雪を全く知らない人が見ても、これが理解できるだろうか。 特に前半は、人生の要所要所をつまんでつなげたように見えた。 楽屋が物置だったのが戦争中だったのか戦後だったのかわからなかった。 いっそのこと、宝塚を退団するところから始めて、もっと詳しく描いた方がわかりやすかったろう。 夫を演じたのは小澤征悦。「義経」で木曾義仲だった人。 この人、古賀政男にそっくりだ。 宝塚時代の映像で、「部集編」「室楽音」というのが出てきた。 フジテレビの人は、右から左に書けばそれで済むと思ったのだろうか。 時代を考えれば、「部輯編」「室樂音」のはず。 舞台に出るのを不安がる越路吹雪の背に、岩谷時子が「虎」の字を書く。それが時々出てきて、越路吹雪も話題にする。 松下由樹(岩谷時子)はタテを先に書いていたが、天海祐希(越路吹雪)はヨコを先に書いていた。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.03
コメント(1)
木下惠介 DVD-BOX 第1集所収。 冒頭に、「松竹映画」「昭和十九年十一月完成」とでる。「画映竹松」「成完一十年九十和年」ではない。「横書き」という概念で書かれている。 さて、制作年からわかるように、戦争中の作品である。 国策映画なのだが、どう見ても反戦映画なのには驚いた。 遠い昔、この映画を見た、映画に詳しい人から、これを見た軍部は激怒したらしいと聞いたが、さもありなん。 話は慶応二年の九州小倉から始まる。 藩士から「大日本史」を預かった一家の息子が中心になって話が進む。 死を決意した藩士が訪ねてくる場面がある。その藩士は、刀の柄が左肩にくるように背負っている。このころまでは、ちゃんと、そう背負っていたのだ。 いつから、右肩に柄がくるように背負い始めたのだろう。 吉川英治「宮本武蔵」の挿絵でも、佐々木小次郎は刀の柄を左肩に出している。 NHK大河ドラマの「武蔵」では、さすがに武術指導がしっかりしていて、松岡昌宏演じる小次郎は、柄を左肩に出していた。 それはさておき。 「兄弟牆に鬩ぐ」などという難しい言葉が出てくる。 「けいていかきにせめぐ」と読んで、兄弟げんかや味方同士の争いを言うのだそうだ。 話はすぐに30年後に飛び、日清戦争。 主人公は、宮城《きゅうじょう》や靖国神社を見学していて父の死に目に会えない。 そしてすぐに明治37年に。 日露戦争。 主人公(笠智衆が青年だ!)は出征はしたが、病気のために全戦に出ることができず、悔しい思いで帰郷。稼業の質屋の経営にも行き詰まり、借金を清算して出直すことを決意。妻は田中絹代。 またとんで10年後。 小さな荒物屋を妻に任せ、笠智衆はぶらぶらしている様子。折に触れ、「大日本史」を読んでいる。 この「大日本史」が精神的支柱となっているらしい。 「大日本史」は、現在の皇室の祖先である持明院統ではなく、大覚寺統(南朝)を正統とした史書である。 息子が二人。長男には立派な軍人になって欲しいのだが、いくじなしで困る。 東野英治郎の経営する工場の若者で組織した「奉公団」の講師になる。 ここでまたとんで10年後。 いよいよ風雲急を告げ、日中戦争に。 主人公の息子も、東野英治郎の息子も入隊。それぞれ、前線に出て戦死することを望むような態度を見せているのだが、東野英治郎は前線の話を聞くと息子のことばかり気にする。 前線に行き遅れた、主人公の息子もいよいよ出征というのがクライマックス。 行軍の中から息子を見つけ出そうとする田中絹代。 やっとみつけ、行軍と平行して走りながら息子に話しかける。 息子は笑顔で答える。 最後は、群衆の中で、茫然と涙で見送る母、というところで終わる。 頑固な愛国者という設定の東野英治郎は、「元寇の時、神風が吹かなければ、軍事力で劣っていた日本は負けていただろう」と言ったり、息子の生死を気にすると、「お前の息子一人ぐらい死のうが生きようが関係ない」と言われたり。 「男の子は天子様からの預かりもの」と口では言いながら、本音は、子を戦地にやるのは嫌だ、死なせたくない、と思っていると言うことを描いているのである。 こりゃあ、軍部は怒るだろう。 戦意高揚になんかなりゃしない。 「戦争ハンターイ」と叫んで満足するような映画ではない。 制約があっても、良心に恥じない映画を撮ろうという、監督の志が感じられる映画であった。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.02
コメント(0)
「増えるスーパー銭湯、減る銭湯」ということだ。 私は結婚するまで、風呂無しの木造アパートに住んでいたので、就職してからも銭湯に通っていた。 銭湯もいろいろで、鉄筋コンクリートのビルの一部だったり、独立した昔ながらの古い建物だったりした。 確かに「銭湯」は生活の一部であって、非日常的なものを求めるところではなかった。 生活の一部だった。 結婚し、子どもができ、家を建て、我が家で入浴できるようになった今、金を払って銭湯へ行くか、と言われれば、行かないと答える。 しかし、非日常的な入浴の場であれば、行く。 市の施設にも、格安の入浴施設がある。下の息子が小学校入学前は、よく自転車に乗せて連れて行った。子どもも喜んだ。 日替わりで、露天風呂がある方と、サウナがある方と、どちらかになる。 浴室が広いのでそれだけでも開放感がある。 そして、スーパー銭湯も近所にできた。 ここには毎週のように通っている。 最初は、行ったら、全部の風呂に入ることにしていた。 しかし、今は、サウナに入れれば充分。 風呂、サウナ、水風呂、サウナ、水風呂、サウナ、水風呂、サウナ、風呂と繰り返し、体重が落ちるのを確認して喜んでいる。 息子も連れて行くが、息子は一人であれこれ入って楽しんでいる。 東京あたりでは、まだまだ風呂無しのアパートがある。したがって銭湯の需要もある。 生活の一部としての銭湯の必要性はまだまだ失われていないが、非日常的な要素を持たせないと、生き延びていくのは難しいだろう。 土地はあるのだから、ビルを建て、その一部をサウナ付きの銭湯にし、ビル経営と銭湯経営の二本の柱でやっていくしかないのではなかろうか。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.01
コメント(0)
今週の「週刊ゴング」を読んで。 ターザン山本とGK金沢の対談の中に、GK「じゃあ、老舗はルノアールですか?」ターザン「ルノアールなんかは崩壊しつつあるよぉ!」GK「崩壊って、人一倍ルノアールに行くくせに(笑)。」というやりとりがあった。 この「ルノアール」がわからなかったので広辞苑を引いた。 「ルノアール」はない。似た言葉で「ルノワール」はあった。 画家の名だ。 風景よりも人体を重んじた人だそうだ。 レスラー個人重視ということか、と思ったが、その前を読み直したら、ターザンの発言に「あれは喫茶店のインディー化ですよぉ」とあった。 喫茶店にたとえていたのか、と検索して確認したら、「ルノアール」は喫茶店だった。「Renoir」と書いてあるから、画家と同じつづりだ。 有名な喫茶店なのだろう。私は全然知らなかったけど。 そう言えば、喫茶店なんて、もう何年も入ってない。 もう一つ。 ドラゴンケートが中国に行ったという記事で、鄭州が出てきた。 懐かしい。 もう十年以上も前(二十年近く前と言った方が正確だ)に、一人で中国を旅行したときに行ったことがある。 上海から夜行列車で行った。 目的は少林寺。 鄭州から日帰り観光バスがたくさん出ていた。 隣に座ったおじさんに、「日本人ならワン・ジェンジィを知っているだろう」と言われ、それが「王貞治」であることに気づくまで時間がかかった。 少林寺からの帰りには、バスがガス欠。何時間も待たされた。 ああ、あんなこともあったっけなあ、としみじみ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.01
コメント(0)
全日離脱、キングスロード入りを発表した宮本。 今週発売のプロレス雑誌に記事が載るだろうと思っていた。 「週刊プロレス」は見開きでインタビュー。 一方、「週刊ゴング」はというと、どこにも記事がない。 これが現実だ。 馬場さんの王道プロレスは馬場さんだから作り上げることができたもの。 ほかの誰にもまねはできない。 宮本は宮本で自分の王道プロレスを築いていくしかないのだが、まだそんなことができるだけのキャリアはない。 キングスロードは実態がさっぱりわからない。 スポンサーはいるのか。宮本以外は誰が出場するのか。 裏で誰かが協力しているのではないかという気はする。 「ぴあバトル」で、先週までは、「宮本和志/全日本プロレス」となっていたのが、今週からは「宮本和志/キングスロード」になっている。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.12.01
コメント(0)
全47件 (47件中 1-47件目)
1
![]()

