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角川文庫。1985.10.10初版。 著者の名は聞いたことがあるが、どういう人なのか知らない。 美容関係の仕事をしているらしい。 ブランドものなどで身を固めてかえってブスになるよりも、生活を改善して健康的な美しさを求めよう、というもの。 少女時代に、父親とともにいろいろな国を回った経験があり、それぞれの土地の「風土」「風景」「風味」のバランスにあった生活様式を見つけることが寛容だという。 乾燥した地域用の化粧品を、湿度の高い日本で使ってもいいことはないらしい。 また、「スポーツをすればするほど、女は醜くなるんです。」(p145)と言い切っている。 美容には全く興味がないので、美容法はどうでもいいのだが、書き手の姿勢は印象に残る。 全体に、「どうして世の中バカばっかりなんだろう、わたしはこんなに賢いのに」という態度で書かれている。おそらく、意識してそうしているのだろう。「わたしの言うとおりにすれば、わたしと同じようにみんなをバカにできますよ」ということなのだ。「足」という字が口を止めると書くのは、足の疲れがストレートに食欲減退に通じるからなんです。(p110)は、いわゆる字源俗解で、こんなことは書かない方がいい。 書き手の知性が疑われる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.31
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日曜日のフジテレビ「新堂本兄弟」。新聞のテレビ欄に「涙のNSP」と書いてあったので、どういうことかと思っていたら、あのNSPのことなのだった。 高橋ジョージは宮城県出身で、音楽の原点はNSPなのだという。 NSPは岩手出身だし、高橋ジョージともそんなに年は離れていないはず。 なんと最後には、メンバーだった中村貴之と平賀和人が登場し、高橋ジョージがボーカルで「さようなら」を歌った。 本当に好きだったのだろう。 亡くなった天野滋さんに似せて歌っていた。 歌い終わった後、涙を見せ、NSPの二人と握手。 高橋ジョージには全く何の思い入れもないのだが、よかったね、その気持ちはわかるぞ、と言ってやりたくなった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.30
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入試に「はし使い」…しつけ重視の佐世保女子高という記事を受けて、29日の「産経抄」は、箸使いの話。 この入試について、「親の力」をはかる検査ともいえる。箸が正しく使える生徒の家では、食事の時間を大切にしていて、内容も充実しているはずだ。と評価しているが、家庭で教えているかどうかなどわかるまい。 入試にでるとなると、箸使いを教える塾が現れ、そこにまかせて済まそうとする家庭も多いだろう。 「食事の時間を大切にしていて、内容も充実しているはずだ」というのだが、何の「内容が充実」しているのかわからない。食事の内容が充実しているのだろうか。 むしろ、質素な食事でも正しい箸使いを身につけている家庭の方があらまほしいと思うのは私だけだろうか。 この「産経抄」は、この後、少なくとも、給食費を払えるのに払わないですましてきた親でないことは確かだ。と結んでいる。 何の根拠もなくいきなりこんなことを言い出すので面食らってしまった。 給食費を払えるのに払わず、箸使いを教える塾への月謝はきちんと払う親かもしれないではないか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.29
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年末に手術したというので、それを受けての出演かと思ったらそうではなかった。 公式サイトによると、スタッフは何も知らずに出演交渉をし、出演が決まってから手術したのだということだ。 アグネスの誕生から、現在に至るまでの道筋と現況。その時々に関する思い出話。 再現ドラマは中国語。ただし、香港の話なのに北京語だった。 クラスで浮いていたときに、学校の方針で、駆け込み寺のようなグループが作られていて、それによって救われたというのは興味深い話だった。これは、リーダーになれる子がよほどしっかりしていなくてはできないことだ。(時々見る「ちびまる子ちゃん」にも、一目置かれている二人組が出てくるが、これを意識的に作り出しているわけだ) アグネス論争なんてのもあったなあ。 他人を批判することで優位に立とうとする林真理子の卑しさが際だったできごとだった。 子連れ出勤を批判するなら、それを許しているテレビ局も批判すればいいのに。(むしろ、テレビ局が求めていたことらしい) 年末に、唾液腺腫瘍の摘出手術を受けたということは知っていたが、運が悪ければ芸能活動が続けられなくなるどころか、命に関わる病気だったとは知らなかった。 三人の息子のうち二人は海外で生活している、というのはアグネスらしい。 十代で来日し、異文化の中で暮らすことの困難を経験しているだけに、子供達にも多くのことを経験させておきたいのだろ。 孫の世話がしたいというのには苦笑い。わたしの中ではまだアイドルの部分が残っているんだからさあ。 不思議なのは、何年たっても、日本語が片言風なこと。わざとではないらしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.28
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土曜日に、ある新年会に出席。 前日、やや睡眠不足だったので、ビールしか飲まないように気をつけていたのだが、日本酒が好きだということを知られていたため、つい、勧められるままに飲んでしまった。 結局、飲み過ぎ。 電車のなかで寝てしまった。 寝てしまったのもよくなかったのだが、そもそも、電車に乗るときに、うっかり、成田線直通の常磐線に乗ってしまっていた。 気づいたら、真夜中の成田にいた。 寒い。 しばらく駅の周りをぶらついたが、朝までそうもしていられないので、外に料金が表示してあってホテルへ。 喫煙室でもよければあいていると言われて、それでもいいと、料金6300円を前払い。 ベッドはセミダブルで広い。快適。 スリッパ、寝間着ももちろんある。 備え付けのテレビは薄型で、トイレは温水シャワー付き。 しかも、「簡単な朝食を用意しております」という案内の通り、軽い朝食がついている。 小さな塩鮭の切り身に、納豆、お新香、みそ汁、パン、コーヒーなどを好きなだけ。 簡単でいい。 私は塩鮭、お新香、みそ汁、ご飯を少し食べた。 帰宅してから調べたら、楽天トラベル「センターホテル成田」から予約した方が、安いのだった。 今度また成田まで行ってしまったら泊まろうと思ったが、そんなことにならないようにしなければ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.28
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東京都内。 暖冬のせいなのか、巨大なアロエの花が咲いていた。 もともと高いところにあるので、遙かに見上げる感じ。 こんなに伸びるのか、と感心。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.28
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三十三歳までの人生を自ら記したもの。 最初に出版されたのは、1968年。 「あとがき」によると、当時存命中の人も多かったので、個人が特定できないように手を加えているそうだ。 最近は、オーラやら霊やらの方面で有名だが、もともとはシャンソン歌手。 どこでどのように育ち、いかにしてシャンソン歌手・俳優となったか。どんな恋愛をしてきたかが語られている。 時間軸で書かれてはいるが、詩であったり、回想であったり、記憶の中の一場面一場面を取り出して並べてみせるという手法をとっている。 美貌と歌唱力は天性のもののようだ。(もちろん、成功は本人の努力の結果なのだが) 長崎に住んでいて、被爆していたことを初めて知った。 この、長崎で育った、ということが本人の資質や価値観に大きな影響を与えているらしい。 例えば、同性愛者の集まる店で働いていたときに感じたことを、男同士、女同士のダンス、抱擁、接吻《せっぷん》、そんなものは長崎にいた頃《ころ》からの経験済みで、別段珍しくも何ともなかったが(中略)故郷ではほほえみを持って見られていた愛が、場所が変わっただけで、こんなに迫害を受けねばならぬものなのだろか。(p158)と書いている。 大学中退の後、歌手として生活できるようになるまで、ほとんど浮浪者のような生活を経験する。 かつての知人にやっかいになったり、わずかの期間働いたり。 行く先々で相手に好きになられるのが不思議で、「どうしてこう同性愛者が次々にあらわれるのだろう」と思ったが、そういうわけではなかった。 後に女性と結婚して、妻を連れて会いに来る人もいる。 相手は同性愛者なのではなく、美輪明宏には、性別を超えて、相手に自分を好きにならせずにはおかない魔力のようなものがあるらしい。 記憶力が優れているのか、あるいは想像で書いたのかわからないが、細部にリアリティがある。 例えば、ある男と同棲していた頃に、僕は前の乾物屋へ電話をかけに走った。(p274)と書いている。まだ、個人の家庭には電話がなかった時代だからだ。空の荷台のまま去ってゆくオート三輪を会場から見送りながら(p392) 「トラック」ではない、「オート三輪」である。 時代を感じさせる。 オート三輪といってもどんなものかわからない人も多いだろう。 「ALWAYS 三丁目の夕日」をごらんになった方は、少女を駅に迎えに来た車を思い出していただきたい。 あれがオート三輪である。 「木村長門守《ながとのかみ》と茶坊主の話」(P297)はなんだかわからない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.27
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いよいよ第47作。残り一つだ。 渥美清は、体力は限界に近づいているはずだが、最初と最後の、小林幸子がゲスト出演している場面にも登場する。 物語は満男中心。 満男が主人公だと思ってみているとあらすじはわかりやすいのだが、寅さんが主人公だと思うと、なんだかよくわからない話。 大学時代の友人(山田雅人)に誘われて滋賀県へ。 その妹(牧瀬里穂)と恋のような恋でないような関わりをする。 兄に、満男の相手を頼まれ、起こりながら町を案内するところなど、工夫してある。 牧瀬里穂が勝ち気に見えるのもいい。 結局は、兄の一方的な思いこみで、妹にはその気はなく、それで終わりかと思ったら、妹は、新年に会いに来てくれて、ちょっとめでたし。 寅さんの方はというと、相手はかたせ梨乃。 なんと人妻なのである。 しかしまあ、この人、全然変わらないねえ。昔から妖艶なのである。 平泉成の(今よりずっと)若い頃の姿を初めて見た。男はつらいよ 拝啓 車寅次郎様(1994) - goo 映画・男はつらいよ 拝啓車寅次郎様(シリーズ第47作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.26
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総合挌闘技の世界では負け続きの曙が、プロレスで再起を図るという。 後楽園ホールで曙を見たとき、その大きさに圧倒されたものだ。 プロレスラーとしてのセンスも悪くない。 人気もあったのに、所属事務所の関係もあるのだろうが、総合挌闘技を続けていたのは残念だった。 曙とVMの抗争になれば、近藤やヤッシーなど、ジュニアとの絡みで見せ場が作れる。 健介ファミリーと対立して、曙VS中嶋なんてのも面白そうだ。 プロレスと総合挌闘技との間に優劣があるかのような風潮を感じて残念でならなかった。 武藤社長が言っているように、「総合とプロレスは別」なのだ。 プロレスラーにはプロレスラーに要求される強さがあり、総合格闘家にはそごう格闘家に要求される強さがある。 曙よ、プロレスで復活せよ!曙、全日で再起曙 総合捨てる!プロレス専念へ再起へ!曙が2・17全日本両国大会出場プロレスLOVE!曙 両国で出直し楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.25
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新潮文庫。1987年改版 冬休みの間に、NHK-BSでイギリス制作のドラマを見て興味を持ったので読んだ。 ドラマと小説ではずいぶん違っている。 伝統的なパブリック・スクールで長い間教鞭を執った「チップス先生」と呼ばれた人物が、晩年に、過去の様々な出来事、出会った人物達のことを回想する。 何しろ長く関わったので、親、子、孫の三代にわたって教えた生徒もいる。 時系列で書かれたものではなく、断片的に思い出したことを並べているので、話は前後する。 それによって、様々な面から主人公の人物像を浮かび上がらせようとしている。 チップス先生は、決して理想的な人物ではない。 むしろ頑迷である。 自分の教え方が、いかに旧式であろうと、変えようとはしない。 衣服には注意を払わない。 それでも、長く一つの学校で教え、頑迷であるからこそ生徒に対する態度を変えず、学校に変化をもたらさないようにすることで、いわば「校風」の象徴ともいえるような人物になったのである。 私立の全寮制学校という特殊な空間でのことで、どこの国にもあるような普遍的な話ではない。 パブリック・スクールが舞台のものは、小説を読んだり、映画を見たりしたことはあるが、自分では経験しようがないので、雰囲気はわからない。 最近の映画でいうと、「ハリー・ポッター」に出てくる学校が、パブリック・スクールを摸しているのだろう。 舞台となっているのは、一流ではないらしく、ブルックフィールド学校と同様、チップスは、立派ではあるが、別して優秀《ゆうしゅう》というほどの人物でもなかった(p13)ということである。 ただし、パブリック・スクールというものについていえば、翻訳者による解説によれば、ブルックフィールドという仮名の学校に、英国のパブリック・スクールのあり方を集約しているもので、どの学校でも同じような雰囲気らしい。 「良家の子弟が集まる」ことを前提としているので、どこも同じようになるのだろう。 もちろん、問題はいろいろあるようだ。 例えば、生徒達は以前から見ると余程《よほど》礼儀《れいぎ》正しくなった。よわいものいじめはやらなくなった。が誤魔化《ごまか》しや毒づくことは巧《うま》くなった。(p91)というところに、その一端をかいま見ることはできる。 また、自由競争試験によって入学した者に与《あた》えられる奨学《しょうがく》資金制度(p93)という記述からすると、ほとんどの生徒は家柄や財力によって入学するものらしい。 訳文は読みやすい。 表記では、「ズボラな者」「トガメない」「存外ウルサイ」と、カタカナが混じるのが目についた。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.24
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「耳鳴り・その2」の続き。 年末年始、ビタミン剤を2週間飲んで、再び耳鼻科へ。 聴力検査の結果、低音部については、いくらか聴力が回復しているが、高音部はかわらないとのこと。 高音が聞き取りにくくなっていることと耳鳴りが関係しているということなので、さらに回復するのを期待して薬を飲み続けることになった。 自覚症状は変わらない。 特に、朝目覚めたときにははっきり聞こえる。 電車に乗っていたり、テレビを見たり、人と話したりするときには気にならない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.23
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新潮文庫。1997年9月。 フジテレビで放送された、特別版の原作かと思ったら、その後日談で、新シリーズの発端となるものだった。 (その経緯は、解説に詳しい) 「生きている幽霊」「泣き笑い飯盛り女」「諸行無常の響き」「舞い戻った疫病神」「新たなる旅立ち」の五作収録。 中山道の宿場・板鼻の大店の世話になることになり、土地に定着するかと思われた期間に起こったできごとを描く連作。 最初は、世話になるきっかけ、最後は旅立つきっかけ。 紋次郎を助けるのは堅気の衆の「情」であり、旅に追いやるのも堅気の衆の疑心である。 「泣き笑い飯盛り女」と「諸行無常の響き」はミステリになっていて、紋次郎が謎を解き、ことが表沙汰にならないようにしてやる。 読む方も慣れてきたので、「木枯らし紋次郎さん」(p133) という台詞で、相手の正体が読めたりする。 良寛の書がでてくるが、かえってリアリティが失われてしまった。 また、ほかの小説でも気になることで、「取締出役」の「出役」に「でやく」とルビが振ってあるが、これは「しゅつやく」と読むのが正しい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.22
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フジ系列『発掘!あるある大事典II』で、納豆がダイエットに効果があると、虚偽の内容を放送したことが問題になっている。 どうせテレビなのだし、こんなに大騒ぎするほどのことではないと思うのだが、各メディアが飛びついているようだ。 フジテレビも、もう少し頭を使えば、こんな騒ぎにならずにすんだのに。 捏造番組にしない簡単な方法があるのだ。 それは、番組の最後に、「この番組はフィクションです」とテロップを入れることだ。 今や、時代劇でも何でも、最後にこのテロップが入っている。 「あるある大事典」もそうすればよかったのだ。 いくら中身がインチキでも、「フィクションですから」と言えばそれですむ。 どうせなら、ニュース番組の最後にもこれを入れればいい。そうすれば誤報はなくなるわけだ。 今回の騒動で、私が一番怒りを感じたのは、「[番組ねつ造]制作受注会社、他テレビ局でも問題に」という記事である。 番組を制作した日本テレワークは、2年前にも捏造事件を起こしている。 今回の事件に関して、営本部長は毎日新聞の取材に「テレビ東京の問題の後、再発防止策として二重、三重に番組内容をチェックする態勢を整えた。『あるある』は視聴率の高い番組なので、慎重にチェックしてきたつもりだった」と説明。というのである。 視聴率の高い番組は慎重にチェックするが、視聴率が低い番組ならずさんでもいいということらしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.21
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「[センター試験]正解を時間前掲載 産経新聞が自社サイトに」という記事を読んで驚いた。 どうやら、問題と解答が、新聞社には事前に知らされているらしい。 試験開始前に情報が漏洩することはないのだろうか。あるいは、試験が終わった時点で問題と解答が流されるのだろうか。 その点については全くわからない。 もし、試験開始前に情報を提供されているのなら、、当日の朝刊に載せてしまえば良かったのだ。きっと売れたぞ。 なお、この件に関して、産経WEBの記事では、20日実施されたセンター試験のうち、公民と地理歴史の解答が同日午後、約30分に渡ってインターネットサイト「産経ウェブ」に予定よりも早く掲載された。と記している。 これは正しくない。産経新聞社は、20日実施されたセンター試験のうち、公民と地理歴史の解答を同日午後、約30分に渡ってインターネットサイト「産経ウェブ」に予定よりも早く掲載した。と書くべきである。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.21
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私の作ったフリーソフト「マーサの読書録」が「このフリーソフトがすごい! best 350」に収録されました。 一つのファイルに、読書録データを2000冊分まで保存できます。 データベースとしても利用できます。 ダウンロードはここから。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.21
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マニアが細かいところにつっこみを入れるような本ではない。 青柳は円谷プロで働いた経験があり、赤星は「ウルトラマンメビウス」のシリーズ構成をしている。 13年前に出版されたものに、赤星が手を入れて再版したもの。 内部事情を知るばかりではなく、ウルトラシリーズへの深い愛情を持っているので、読んでいて気持ちがいい。 私は、リアルタイムで見ていたので、「帰ってきたウルトラマン」の時には、もう卒業していた。したがって、シリーズ後半についてはほとんど知らないので、この本で知ったことが多い。 どのシリーズも、それぞれテーマを持って作られていたのだ。 もちろん、初期のシリーズに関することでも、多くの新知識を得た。 たとえば、「17 多彩か路線を支えた『ウルトラQ』九カ条とは?」には、「台詞をしゃべる人をすくなくする」とある。これは、アメリカでの放送を前提にしていたためで、「米国のアフレコ費用は十五名以内が原則」だからなのだそうだ。 「元祖ウルトラマン 怪獣聖書」という映画が、実相寺監督でATG(!)で制作される計画もあったそうだ。 ウルトラマンなどの主題歌の作詞者「東京一」が円谷一のペンネームだというのも知らなかった。 この名前には思い出がある。「とうきょう・はじめ」なのか「あずま・きょういち」なのかわからなかったのだが、その昔、子供に、ウルトラマンの主題歌集のカセットテープを買ったとき、ウルトラセブンの挿入歌の英語の歌の作詞者が「Kyoichi Azuma」となっていたので初めて読みがわかったのだった。英語もできたんだろうか? ウルトラシリーズは世相と無縁ではない。 私が一話も見たことのない「ウルトラマン80」の企画書には、こんなことが書いてあるそうだ。 「最近、小・中学生が友人を屋上から突き落としたり、幼稚園児を絞殺したり、つまらない理由で自殺したりと悲しく陰惨な事件が多発しています。こんな状態で子供たちが成長していったのでは、日本は、世界は、いや地球はまさに滅亡の時がやって来るのは明らかです」 「今」だけが特異なのではない。いつも特異な時代なのである。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.20
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望月峯太郎の原作は、雑誌連載時に、冒頭の部分を読んでいた。 結局何が起こったのかわからず、主人公が東京を目指すあたりまでしか読んでない。 映画化されたのは知っていたが、見に行くほどの気力は起きず、テレビで深夜に放送されたのを録画して見た。 撮影は大がかりである。 ウズベキスタンに広大なセットを組んで撮影したそうだ。 灰に埋まった山や、廃墟となった渋谷、飛来する火山礫など、画面は迫力がある。 お金と手間をかけたのもわかる。力作である。 しかし、結局何が何だかわからないのだ。 見ている者にわかるような、客観的な説明がない。 登場人物の思いこみがいろいろ語られるだけ。 状況が理解できないまま「生き抜いてやる」と言われても、共感も何もできないのだ。 「日本沈没」が、映画の中で、大災害の起こる理由を説明して見せたのとはずいぶん違う。 見る者を拒否するような所がある。 不条理を不条理として受け入れたまま生き抜こうとする話なのかもしれないが、主人公にはわからなくても見ている者にはわかるようにする方法だってあるはずだ。ドラゴンヘッド - goo 映画・ドラゴンヘッド@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.19
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今日の産経新聞「産経抄」は、矢祭町の「もったいない図書館」について。 矢祭町で不要になった本を集めているという記事を読んだときに、我が家も送ろうかと思ったのだが、送料が大きな負担になるのでやめたのだった。 しかし、世の中には太っ腹な人が多いと見えて、29万冊あまりが集まったそうだ。 燃えるゴミとして捨てられたりしなくて良かった。 書物を疎略に扱うな、という趣旨には大いに賛成。 しかし、最後まで読んでずっこけた。 唐突に、わが論説室で矢祭町を褒めそやしたら、岩手にも北上市というユニークな町があるとの声が上がった。作家の井上靖も名誉館長を務めた日本現代詩歌文学館がある。全国から明治以降の詩集を集めている。本の敵、ネットも、まだここまではできまい。と結んでいる。 なぜここにネットが出てくるのか意味がわからない。(私は、「ネット」という表記を好まないので、以下、「インターネット」と表記する) 「詩集を集める」というのは、「詩集」という書籍(物体)を集める、ということなのだから、デジタル信号しか存在しないインターネット上に集めることができるわけはない。 単に、「詩」を集めるだけなら、インターネット上でもできる。どこかのサーバーに蓄積すればいいだけの話だ。 さらに、何の根拠もなく「本の敵、ネット」と言い切られても首をかしげるばかりだ。 いつからインターネットは本の敵になったのだろう。 インターネットが本の敵だというのなら、インターネットによって本が駆逐されるはずだが、現実には、インターネットの書き込みから生まれた書籍もいくつもある。 また、一度は書籍になりながら、絶版になり、世から消えていってしまったものを、デジタルデータとして保存し、後世に伝えようとしている運動もある。 例えば、私がほんの少しだけお手伝いしている「青空文庫」では、本の形では入手できなくなったものも読むことができる。 むしろ、インターネットは、書籍の側面支援をしていると考えた方がいい。 もし、ほんとうに、産経新聞社では「本の敵、ネット」と考えているのなら、産経新聞社は、一切、インターネットの利用をやめ、インターネットを利用しないよう、人々に呼びかければいい。 しかし、そうする気配はない。 関連記事楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.18
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ミネルヴァ書房。1998年8月。 二十三歳で失明した女性が、それを受け入れ、前向きに生きてきた過程を、本人が記したもの。 表紙には、「中途失明女性の新しい人生、その後の音景色《おとげしき》」とある。 「音景色」については、書中で触れている。1983年に著者が出版した手記で、結婚を機に絶版にしたもの。 家族に恵まれている、本人に教養がある、配偶者とその親も特別な人だ、と特殊な事情をあげていけばきりがない。しかし、それでも、失明を受け入れ、積極的に生きていこうとするまでには大きな葛藤があったわけだし、それを自分で客観視して記述したこの本は、同じように、突然、障害を受け入れざるを得なくなった人の参考になるだろう。 印象深いことはいろいろある。 「見えるようになった」という夢を見なくなったことが障害受容を象徴していたそうだ。 家族に恵まれているのは確かだが、世話をしてくれた兄の結婚相手は、「目の見えない妹さんの面倒はみない」と言い、また、自分より妹の方を大切にしているように感じ、軋轢が生じている。 その結果、大きな悲劇が訪れることになる。 「公の場で障害者を拒否すると、大きな社会問題になるのですが、家庭のなかで拒否されることは問題として取り上げられないのです。(p184)というのは、経験者でなければいえないことだ。 また、視覚障害者が直面する問題として、家電選びがある。 洗濯機も炊飯器もソフトタッチスイッチのものばかりで、視覚障害者にはスイッチを入れたかどうか確認できない。 昔はダイヤル式だったのだから、技術的に作れないはずがない。 年配者にも、ダイヤル式の方がわかりやすいはずだ。 企業には、見た目より実用性に目を向けてもらいたい。 弱視のための大活字本もでている。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.17
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六十代半ばから、重いうつ病で苦しんだ経験談。 第一章「悪夢の始まり」と第二章「暗黒の日々」は、うつに至る過程、症状が重いときの様子が書かれている。 一般に、うつ病患者に対しての励ましはよくないそうだが、著者は、気にならなかったそうだ。個人差があるらしい。 うつ病で参ってしまう前に、異様なハイテンションが続いたことが前兆としてあった。 また、アルコール依存症でもあったようだ。 これについてはよくはわからない。 睡眠のために酒を飲むことが習慣になり、耐性がつき、深酒をするようになっただけかもしれない。意外なことに、外で陽気に騒いで飲むことはなく、もっぱら自宅で飲んでいる。 第二章の終わりで、自分の半生を振り返るきっかけが描かれる。 そこにこうある。「高嶋忠夫」という実人生と、「高島忠夫」という仕事人生を、どちらもあわただしく、めまぐるしく送ってきた。 私生活とタレント生活を区別しており、二重生活を送ってきたと考えているのである。 第三章「かく生きてきた」は、自分の生い立ち。その中に、うつ病の種があったのではないかと振り返る。しかし、どうも、子供の頃からの経験が原因ではないようだ。 若い頃のことは気楽に読める。 赤線での初めての女性体験のことまで書いてある。 こんなことを書いて、奥さんは気を悪くしないのだろうか。 バンド活動に熱中し、母親に、「ギターなんか持たせたから、忠夫は不良になった」と嘆かれながら、政宏がエレキギターをやりたいと言い出すと、「エレキをやるやつは不良だ!」と一喝したという。 芸能界でいろんなギタリストを見ているだろうに。いや、だからこそか。 息子たちへの説教で、「芸が身をたすけるほどの不しあわせ」に自戒を込めて言ったという。 はたから見ていると意外なのだが、俳優だけで通してこなかったことが、本人には残念であるらしい。司会でも何でもこなして順風なように見えていたのだが、割り切れない思いがあったらしい。 著者の人生で、読むだけでもつらいのは、最初の息子の死である。 わずか五ヶ月で命を奪われてしまう。 こんな悲劇に見舞われながら、よく、後で生まれた二人の息子をおおらかな人間に育てたものだ。 そのことが原因でうつ病になってもおかしくないのだが、著者は、そうではないと思っている。 そう思いたいのだ。 第四章「絶望から希望へ」では、回復への過程が描かれる。 これを読むと、ある日、回復の時が訪れ、どんどんよくなっていったようだ。 もちろん、完全に回復したわけではなく、自分はうつ病だということを自覚しながら生活を続けている。 「すっかり治りました」というのではないとこが真実の重みである。 書名の「復讐」は著者の明るいキャラクターに似つかわしくない。 「うつのバカヤロー」ぐらいでよかったのではないだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.16
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実は、正月ドラマで最も期待してなかった番組。それで、見るのが遅くなった。 ところがところが、見たら良くできているではないか。 きまじめ一方の光秀(唐沢寿明)と、悪人ではないが調子が良くて抜け目のない秀吉(柳葉敏郎)。 光秀は、自分の理想を実現するために信長(上川隆也)を殺さざるを得なかった、ということになっていて、秀吉に討たれるのを前提に行動する。 もちろん、番組の最後には「このドラマはフィクションです」というお約束の断り書きがある。 しかし、可能性はなくはないと思わせるものがある。 ナレーションは光秀の妻の煕子《ひろこ》(長澤まさみ)。 秀吉夫婦の場面もあり、常に視点が一定しているわけではない。 人物設定は、きまじめだが子煩悩というのはいいのだが、子供たちが行儀が悪すぎる。 戦国ものは、合戦の場面など、手間や費用を考えれば、おいそれと作れるものではあるまい。 あえて挑戦し、丁寧に作っているのはわかる。(市場に青首大根があったのは残念) 全体的には悪くはないのだが、どうも地味な印象を受ける。俳優の一人一人には何の問題もないのに、総合的に見るとほかのドラマに見劣りするような気がするのはなぜだろう。 なぜか、華やかさに欠けるのだ。 不思議。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.15
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第46作。いよいよ残り少ない。 渥美清の体調が良かったのか、冒頭から顔を見せる。しかし、柴又に帰ってくるのは一度だけ。 この映画は、満男が主人公だと思ってみればわかりやすい。 挫折→旅立ち→人々との出会い→恋→別れと、青春映画の見本である。 しかし、寅さんが主人公だと思うと、いつものように、あらすじがわかるようなわからないような話なのだ。 なぜ島を去ってしまうのか合理的には解釈できない。 寅さんの恋の相手は松坂慶子。 第27作「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」以来、12年ぶりの登場だが、全く容色が衰えていない。 容色といえば、第1作「男はつらいよ」のマドンナ光本幸子がゲスト出演。この人も変わらないのに驚いた。 この人は御前様の娘で、笠智衆が亡くなったので、代わりに出したのだろうか。会話の中では、御前様は生きているので、それにリアリティを持たせるためか。 女性といえば、満男の恋の相手の看護婦・亜矢(城山美佳子)がいい。後藤久美子のような人工的な雰囲気さえ漂う美少女ではなく、生活のにおいのする娘で、明るく輝いている。 結婚しちゃえばいいのに、満男もまた、相手に好意を抱かれると逃げてしまうのだ。 あの子が柴又に来たらどうしようかと思ったら、訪ねてきたのは松坂慶子の方で、ホッと一安心。 圧巻は島田正吾が松坂慶子とタンゴを踊るところ。この年88歳である。 「ジュラシック・パーク」の直後で、「ジュラシック・パーク」ならぬ「ジェラシック・パーク」の人形を売っていた。男はつらいよ 寅次郎の縁談(1993) - goo 映画・男はつらいよ 寅次郎の縁談(シリーズ第46作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.14
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ケストナーの有名な小説「ふたりのロッテ」が原作であることは知っているが、これも読んだことはない。 「飛ぶ教室」も「エーミールと探偵たち」も、やはりケストナーの原作をドイツで映画化したのだが、どちらも舞台を現代に置き換えている。 原作の世界をそのまま再現しようという発想がないのか、あるいはあえて現代にしているのか。 物語のテーマは普遍的なものであり、いつの時代でも不自然ではないといえばそうだが、それでも、時代が与える影響というのはあるのではないか。 映し出される現代のドイツに感じるのは、「頽廃」なのだ。未来が感じられない。 児童文学が原作であり、子供を対象として作られた映画なのかもしれないが、むしろ、大人のための映画に思える。 また、大人の目で見ると、最後に別れた両親が再び一緒になるのではなく、それぞれの人生を歩んでいく方が子供のためのように思える。 子供を、大人の都合で振り回すのは良くないが、子供だけに大人の都合を合わせていっては、うまくいかなくなったとき、子供のせいにしてしまうだろう。 もちろん、児童文学にこんなことを言うのは野暮なのだ。 幻想の世界の美しい物語なのである。ふたりのロッテ(1993) - goo 映画・ふたりのロッテ@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.13
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「女たちの百万石」1989年11月。講談社文庫 「百万石」で察しがつくように、加賀前田家の物語。 前田利家の正室の「お松」を中心に、三代にわたる、前田家存続のための苦悩が描かれる。 自ら天下を取ろうというのではなく、所領安堵を目指す者としては、より強い者に従うしかないのである。 豊臣家から徳川家に乗り換え、人質を差し出し、縁組みを強いられ、それでも家のために堪え忍ぶのだが、必ずしもそれが不幸なこととは限らない。 そして、前田家は女たちの力で生き残ることができた、という話。 橋田壽賀子といえば脚本家であって小説家ではないという先入観があるためか、描写が表面的で、小説を読んでいるのではなく、ドラマの脚本を読んでいるような気になるのだが、巻末の「記」を読んで得心がいった。「本作品は、一九八八年十月、日本テレビより放送された、開局三十五周年記念ドラマ『女たちの百万石』の橋田壽賀子氏の原作脚本をもとに、山田元弘氏が小説化し、同局出版局より刊行された単行本に、今回文庫化にあたって、原作者が修正加筆したものです。」とのことである。 この文章を読んで、「山田元弘氏」がどういう人なのか、どういう立場で小説化したのか気になったが、ネットで検索しても見つからなかった。 ノベライズが職業として成り立つとは思えない。どんな仕事をしている人なのだろう。 話のものもはよくできているが、小説として読むべきものではなく、ドラマとして映像で見るべきもののようだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.12
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小学生の息子が持っている「小学漢字1006」という本をパラパラめくっていた。 漢字の音訓、筆順などのほかに、用例がある。 例えば「合」なら、「集合時間」「合唱」「合戦」「試合」と、音訓とりまぜて用例が選ばれている。 「責」の用例を見て驚いた。 「責任」「重責」「自責」までは音読みの用例。訓読みの用例は一つだけ。「水責め」。 小学生に意味がわかるわけはないと思うのだが、ほかに訓読みでの例が見つからなかったのだろう。 「失敗を責める」では単語ではなく文になってしまうし。 何かいい用例がないだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.11
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題は「寅次郎の青春」だが、描かれているのは満男の青春。 泉(後藤久美子)は東京にいるんだから、少しぐらい九州に行ってようがかまわないじゃないかと思うのだが、そうはいかないらしい。 例によって、偶然が重なって寅さんと泉の再会、そこへ満男が駆けつけて、と話は進む。 ライバルかと思われた永瀬正敏の問題はすぐに解決。私はこの人のデビュー作「ションベンライダー」を公開時に見ている。大きくなったなあ。 満男が、寅さんを評して、「楽しい人だけど底が浅いから1年もしたら飽きられる」と言い切ってしまうのが圧巻。 それを聞いている寅さんの表情がアップで映し出され、表情だけで見事な芝居を見せるのだが、年齢は隠せない。 年齢といえば、御前様(笠智衆)はこれが最後の画面登場。やはり、年齢を感じさせる。 満男と泉の別れの場面。 いつもなら、満男は一緒に新幹線に乗ってしまうところなのに、泉に抱きしめられ、キスまでされてはそういうわけにはいかない。「さようなら」ということなのだ。 互いに、ガラス越しに言葉を交わそうとするが、聞き取れない。唇の動きが見えるだけ。 今までだって遠距離恋愛だったんだから、これからもそれでいいじゃないかというわけにはいかない。満男は満男のままだが、泉としては、自分はいつまでも子供ではいられないということを感じているのだ。 失恋するのはほとんど主役になってきている満男だけで、寅さんは、好かれていたのに勝手に離れてしまった。 そこだけは、「ああ、やっぱり」なのだ。男はつらいよ 寅次郎の青春(1992) - goo 映画・男はつらいよ 寅次郎の青春(シリーズ第45作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.10
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大晦日の夜の、2時間あまりの出来事を、ほとんどその時間経過そのままに時間が流れる。 ドラマとしては、あるホテルの副支配人(役所広司)を中心に、客や従業員のさまざまな人生を描き出す。 とにかく、登場人物が多い。しかし、いそがしくはない。 それはおそれく、非常に長いカットで処理することが多いからだろう。 たとえて言えば、AとBが話をしているところにCが通りかかり、AとBが去った後、CにDが話しかけ、一緒にEのとことへ行き、というような流れを1カットで見せ、カメラの視点が変わらないので映し出される人物が変わっても場面の転換が無理なく頭にはいる。 (この展開は、まるで「水滸伝」のようだ) 見る者を感動させようとか、勇気を与えようとか、そういう下心は全くないのが偉い。 ばかばかしい話を大まじめに見せるという意図は成功している。 戸田恵子演じるマネージャーが、副支配人を好きだということはすぐにわかるのだが、露骨に言葉にすることはなく、しぐさや表情でそれを見せる。それがかわいらしくさえあるから、役者というのはたいしたものだ。THE 有頂天ホテル - goo 映画・THE有頂天ホテル@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.09
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いよいよ会津戦争。第一夜にくらべて、ずっと良くなった。 脚本がどうあれ、真実の重みがある。 ただ、会津戦争に関する知識を全く持たない人が見たら、何が何だかわからないのではないか。 なぜ会津が目の敵にされているのか、会津だけが戦っていたのか、当時の奥州の情勢はどうだったのか、そういう視点が抜けている。 主人公と母親の話がくどくて、ホームドラマに矮小化されてしまう傾向があったのは残念。 母から、立派に死ねと言われた者は生き残り、帰ってくるのを待つと言われた者は自刃する。 ドラマとしてはこういう対比が必要なのだろうか。よけいな小細工のように思えてならない。 淡い恋などというのも不要で、むしろ、白虎隊士同士の友情とも愛情ともいえる精神的な結びつきを前面に押し出した方が会津らしい。 ドラマの中で「二本松少年隊」と言っていたが、これは後世つけられた名であって、この時期にそう呼ばれたはずはない。こんなことは調べればわかることだ。 脚本の内舘牧子は、プロレスファンで、ジャンボ鶴田さんが引退する日の朝、一緒にNHKに出演していたりしたので悪く言いたくないのだが、事実を脚色した部分はよくない。 クマに救われるところも、前半で、もっとクマとの交流を描いておけば感動的になったはずだ。 例えば、薬草を採りに行って崖から落ちそうになった場面で、クマが吠えたてたので助けが来た、という話にもできたはず。 出演者について触れておくと、主役の二人はよくやったと思う。 おそらく時代劇は初めてではないかと思うが違和感はない。 東山の松平容保もいい。東山は、浅野内匠頭を二度演じていて、どちらもよかった。 きまじめな殿様が似合う人だ。 最後は、予想通り、現代に戻り、ダメな若者だったのが態度を改めるという終わり方。 「白虎隊の子孫なのだから」と眉を逆立てるような人が、朝からワインを飲んで笑ってていいのかね、と言いたくなる。 「会津の歴史」とナレーションで言っていたが、降伏の後も、新政府軍による略奪、暴行、斗南に移されてからの苦難がある。 また、戦死・自刃した会津藩士の遺体は、長い間埋葬が許されず、鳥獣に食い荒らされることとなった。 そこまで描いて欲しかった。 略奪、暴行を当然のこととし、敵の遺体の埋葬を許さない、そんな人たちが明治政府を作ったのだ。 唐突に司馬遼太郎の言葉を持ち出されても、何が言いたいのかわからない。 会津関係者以外の日本人はダメだということなのだろうか。 ドラマの最後には、「事実をもとにしたフィクション」だと断りが出たが、そう断れば何をしてもいいのだろうか。 酒井峰治は実在の人物であり、その手記は、子孫の家で発見された。子孫は今もいるはず。 ドラマはフィクションだとはいっても、視聴者はその中に現実の影を求める。だからこそ、白虎隊がドラマの素材になるのだ。 どうしても現代を出したいのなら、軽薄な若者たちの中にあっても、きまじめな若者がおり、周囲から浮いていて、なぜきまじめなのかというと、会津の歴史を知っているからであり、その会津の歴史とはどういうのかというと、という描き方だってできるはずだ。 白虎隊の子孫でもいい加減なヤツがいる、という描き方は、白虎隊士に対して失礼ではないだろうか。 ドラマは、実在の酒井峰治や、その子孫をおとしめてしまっている。 フィクションなら何をしてもいいというわけではあるまい。 ならぬことはならぬものです。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.08
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題名だけは聞いたことがあるケストナーの小説「エーミールと探偵たち」の映画化。 「飛ぶ教室」と同じように、舞台を現代に置き換えている。 バルト海に面した町に住むエーミールは、失業中の父親と二人暮らし。 母親は離婚してカナダに住んでおり、再婚するらしい。 主人公は父親が大好きなのだが、その父親が入院して、教師の配慮で、教師の妹の住むベルリンへ。 途中で、全財産をだまし取られ、ベルリンの子供たちの協力を得て取り戻そうとする。 大人の倫理観からすると不思議な話なのである。 免許停止になってしまった父親のために、偽造免許証を手に入れようとするのが発端で、その時点で間違っているのだが、子供の主観としては、父親のためなのだからやむを得ないということらしい。 とてもいい父親のようなのだが、それならなぜ母親は出て行ってしまったのか、という疑問がわく。 牧師が、子供の書いた原稿をそのまま読んで、「子供にとっての正義」について語ったり、子供たちがそれぞれ事情を抱えていたり。 子供だって、悲しみや苦しみと共に生きているのだ、ということなのだが、その子供たちが、主人公のために活躍するところは、絵に描いたような「純粋な子供たち」なのだ。 「子供はこうなのだ」ではなく「子供はこうあって欲しい」という大人の願望を描いたものだと思った方がいい。エーミールと探偵たち(2001) - goo 映画・エーミールと探偵たち@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.08
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この正月、最も楽しみにしていたのがこの「白虎隊」だ。 1986年の日本テレビのドラマも見た。第2夜は「紅白歌合戦」の裏番組であり、堀内孝雄が紅白でよく歌う「愛しき日々」はその主題歌だった。 そして、20年の時を経て再び「白虎隊」。 主演はジャニーズの山下智久と田中聖。 しかし。 冒頭は現代。ダメな若者の見本のような二人(山下と田中)を、「白虎隊の子孫なのに」と、しかりつける祖母(野際陽子)。 その祖母から逃げるために、二人は会津へ行き、白虎隊記念館を見に行くことになって……という始まり方。 これにはまいった。こんなものはない方がいい。 最後はまた現代に戻ることがわかってしまうし、白虎隊の歴史を知ったことで生き方が変わるなどという安易なドラマであることに、見る方が気落ちしてしまう。 やっと幕末になって、現代の主人公の家庭が、そのまま会津藩酒井家の家庭になる。 日新館に入学する日から始まる。 ところが、なぜか冷たい母親(薬師丸ひろ子)のナレーションが多く、心情吐露過多。 現代を舞台にした家庭ドラマのような雰囲気になってしまっている。 盛んに「会津」「日新館」という言葉が出てくるのだが、それが空回りしてしまっている。 会津藩士の家庭というのがどういうものか、例えば、柴五郎「ある明治人の記録」(中公新書)でその一端を知ることができるが、脚本家は読んでいないのだろうか。 松平容保(東山紀之)が京都守護職を受けるところから始まるのはいいとして、京都での政権抗争や争乱がわかりにくい。 また、新選組のことが出てこない。土方や斉藤は、のちに会津藩に合流するのだから、その伏線が欲しい。会津戦争になっても出さないつもりか。 世良修蔵(渡辺いっけい)はちょっと面白そうだと思ったが、彼の密書がきっかけで戦争になってしまったことが描かれていない。 日本テレビ版では、泉谷しげるが演じていて、第2夜に登場していた。 その時は、ちゃんと、密書を手に入れた奥州側が愕然とする場面があった。 少しおさらいをしようと、以前読んだ、中村彰彦「白虎隊」(文春新書)を引っ張り出してパラパラめくってみた。 主人公の酒井峰治という人は、実在の人物で、1993年に、「戊辰戦争実歴談」という回想録が発見され、それによって実像がかなり明らかになったそうだ。 このドラマが、それに基づいていることはわかる。例えば、第一夜で、主人公が犬を飼うことになるのは、峰治が生還するときの伏線になっている。 しかし、どうも違和感を感じる。 脚本は、自分なりの「人間ドラマ」を書きたいのかもしれない。 しかし、それを期待してこのドラマを見る者がいるだろうか。見たいのは「白虎隊」なのだ。 話をふくらませているつもりなのかもしれないが、焦点がぼけてしまっているだけだ。 どうしても、現代の山下と田中を見せたいのなら、メタフィクションにしてしまえばよかった。 二人は、いい加減な気持ちでロケ地の会津に赴き、東山にたしなめられたりして、飯森山を形だけのつもりで訪れ、墓前で手を合わせた瞬間、魂が幕末の白虎隊士に入り込み、というので、白虎隊の話になり、最後は、顔つきの変わった二人がカメラの前に立ち、撮影が開始される、というのでどうだろう。 (これでも蛇足だと思う。現代と結びつける必要はない) 日本テレビ版はDVDになっている。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.07
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1992年にフジテレビで放送したものを、今年、ちばテレビで放送した。 主演は、今は中村勘三郎の勘九郎で、この時はまだ勘九郎だったので、以下、勘九郎と書く。 人が良くて短気でおっちょこちょいの、典型的な石松。 感心するのは、通常の時代劇では、みんな、短パンのような半ズボンのようなものをはいているのだが、このドラマでは、股引か下帯ひとつ。 石松は下帯だけなので、むき出しのおしりが何度も出てくる。ほかの出演者も同じ。 母親は中村玉緒。さすがに今より若い。 海辺の小さな家に住んでいて、家から見える海が本物で、外に出るとそのまま海岸。 つまり、海岸にセットを組んだということなのだ。贅沢なことができたものだ。 しかし、石松はその家に寝泊まりしているらしい。次郎長(古谷一行)の所へは通勤しているのだろうか。 片思いなどを交えながら、話は型の通り進んでいく。 なぜ勘九郎で石松なんだろうと思ったのだが、金比羅代参で、参詣後、歌舞伎を見に行ったので合点がいった。 金比羅歌舞伎で歌舞伎つながりなのだ。 その歌舞伎には、まだ子供の勘太郎がゲスト出演。 ほかにも、橋之助や波乃久里子など、一族が顔を見せる。波乃久里子は今と変わらない。 奇をてらうことなく、ごろごろしながら安心してみていられるドラマだった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.07
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いよいよ討ち入り。 討ち入りの場面はいつも通り。 新工夫は、志乃(水橋貴己)。赤穂側のものと知られて殺されてしまうのかと思ったらさにあらず。 吉良義周の命を助け、吉良家取りつぶしの後、流された信濃まで一緒に行ってしまう。 この忠臣蔵の優れた点は、その後を描いているところである。 吉良の首を取ってからが長い。 浪士の息子たちが島流しになったこと、浪士の遺族を救うために瑤泉院が運動していたことを描いている。 もちろん、赦免は、将軍交代という政治的な理由によるところが大きいのだが、瑤泉院が心を痛めていたであろうことは想像がつく。 また、大工の娘に近づいて絵図面を手に入れる役を、最後の脱盟者の毛利小平太にあてたことで、娘と結ばれるという結果になったのは救いがあった。 しかしその相手の小倉優子はほとんどせりふがない。人妻になっても娘姿だった。 寺坂吉右衛門の役割も描かれていてよかった。 後始末まできちんとしなければ、ことを為し遂げたことにはならないのだ。 あれっ? 瑤泉院の妹の一学はどうなったんだ? そうそう、出演者で一番良かったのは堀部弥兵衛の寺田農。 おいしいところ総取り。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.06
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数日前から、PCから異音がするので、ケースを開けて確認。 一昨年の8月から使っている電源「SILENTKING3 450W LW-64」がもとだった。ファンの具合が悪いらしい。電源の交換も考えたが、この電源だって6000円近くしたのだ。おいそれとは買えない。 電源のケースを外してみると、ファンは規格ものの12インチ。 ただし、コネクタの形が違う。しかし、交換できるのでは、とPCショップへ。 目指すは静音。ハードに負担をかけるようなことはほとんどしていないので、回転数が低くとも静かなものを。でもって、できるだけ安いものを。 店頭にあったものを比較検討の結果、選んだのは、Owltechの「OWL-FY1225L(BL)」という製品。 ケース用のファンだが、形は同じ。 電源を分解し、ファンを付け替え。電源内部からはファンの電源はとれないので、コードを外に出して取り付け。 電源の外からファンの電源を取るように接続してスイッチを入れたら、無事にOS起動。 もちろん、電源の分解はしない方がいい。「自分もやってみよう」と思ってまねをしてみる人がいるかもしれないが、それこそあくまでも自己責任の世界。 さて、このファン。 ケース内部で使うものなのに、青白く光るのである。 今、PCの後ろの壁に、その光が映っている。 何のための機能なのかさっぱりわからないが、こういうことを考えつくというのは、思考が柔軟だということなのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.06
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我利馬《ガリバー》の船出 初めて灰谷健次郎の本を読んだ。 有名な人だから名前は知っていた。本屋で著作をたくさん目にした。 しかし、読んだことがなかった。 どうも、私とは合わないような気がしていたのだ。 今回、たまたま近くにあったので読んでみた。 主人公が十代の少年なので、少年向けのものかと思ったら、大人向けのものだった。 「生まれ変わりたいと思うことだけが生きがいの人間」が、自力でヨットを作り上げ、何もかも捨てて海にでる。そして、「ガリバー」のような経験をする。 主人公の造形は深い。 崩壊した家庭で、人をだましてでも金品にありつくのが当たり前だった時代を過ごし、就職してからは、病気の母と弟二人を抱えて苦難の生活を続けている。 「自分の氷菓子をぼくにしゃぶらせてくれる弟が、給料日前のなけなしの生活費をくすねて買い食いをする。」というのが実に現実的だ。 人間の内面は現実的だが、主人公が経験するできごとはファンタジーだ。 どのように結末をつけるのかと思ったら、「これで終わるはずがない」という終わり方になっていて驚いた。 「あとがき」によると、これは物語の序章なのだそうだ。 しかし、続きが書かれたことはないようだ。 さて、読み終えた後、これからも灰谷健次郎を読む気になったか、というと、ならなかった。自分から積極的にこの人の本を手にすることはないだろう。 私が読んだのは、新潮文庫(1990年2月)版だが、絶版。1997年に、作者が、范権を新潮社から引き上げたため。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.05
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3日まで帰省していて、4日が東京ドーム。 当日、「ワールドプロレスリング」の拡大版が放送されるというので、それを見終わるまではスポーツ新聞サイトを封印。 結果を知らずに、やっと見た。 簡単な感想を。○棚橋VSケア(IWGP戦) 棚橋は、一度後楽園ホールの川田興行で、本間戦を見た。オーラがある。これじゃあ、女にもてるはずだ。 プロレスラーとしても抜群のセンスを持っている。 一方、ケアはたたき上げでここまで来た男。 全日らしく、熟成に時間がかかるのである。 互いにやりにくそうだったのが、全日と新日の違いを感じさせた。 終始、ケアの方が余裕があったように見えたが、攻め疲れか。 ケアらしさを出すのなら、棚橋のあらゆる技を受けきって、その上で攻勢に転じればよかったのだ。○鈴木VS永田 永田が鈴木の挑発に乗ってしまっている時点で劣勢なのだ。 鬼の形相を初めて見たが、これはいい。敬礼ポーズよりずっといい。 ここ一番というときしか出さないようにすれば、これを見ることができた客は喜ぶし、見ることができなかった人は、みたいと思って会場に足を運ぶ。 永田が、カバーに入りながら、カウント2で鈴木を起こした時点で負けを確信。やられながら回復するのがプロレスラーだということは、永田もよく知っているはず。 ケアと永田って似てるなあ。 人が良すぎる。○川田VS中邑 川田のセコンドについたのが誰なのかよくわからなかった。過去の映像(だよね?)では奥村だったが。 中邑にとっては貴重な体験だろう。 なお、中邑の名誉のために言っておけば、中邑は、これぐらいやられなければノックアウトされないのだ。いや、これだけやられてもテン・カウント数え終わるまでに立ち上がるはずだ。 つくづく、K1で、額に膝を食らっただけで判定負けにされたのが気の毒だ。 そもそも、プロレスラーがK1に出る必要などなかったのだが。 プロレスの強さを知らしめ、K1選手に向かって、「そんなに自信があるならプロレスのリングに上がってみろ」と言えばよかったのだ。 川田はいつもの川田。「元全日本」なんて出ていたけれど、ファンの中では、今でも全日本の保守本流ですから。○蝶野・武藤VS天山・小島 ああ、キャリアの差というのはこういうことなのか、と思わせられる。 特に、蝶野が天山からギブアップを奪ったのはSTF。 テンコジ復活などと言っている場合ではない。 小島と天山に足りないのは技術でもなく体力でもない。「あっ、この人はプロレスラーだ」と思わせることなのだ。 今回、テンコジが勝たなかったことはよかった。 プロレスの奥深さを見せてくれた。三銃士 最後の揃い踏み!1.4東京ドーム大会川田、中邑から貫禄の勝利鈴木、永田との因縁壮絶三冠戦制した!橋本の魂、武藤&蝶野に勝利もたらす棚橋、ケアの猛攻凌ぎ防衛成功王道ケア撃破!棚橋IWGP守った武藤&蝶野 破壊王にささげる勝利武藤&蝶野がテンコジ粉砕一夜限り復活「全日・川田」激勝みのる天敵・永田を絞め落とし3冠防衛IWGP死守…棚橋の手で新時代築くゾ武藤&蝶野が破壊王に勝利捧げた…因縁対決制した!みのるが流血防衛川田が次世代エースに貫録示す棚橋がケア斬りでIWGP防衛夢カードに2・8万人が酔ったみのる高笑い永田を失神KO棚橋が至宝IWGP防衛楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.05
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赤穂城明け渡しから討ち入り直前まで。 柳沢は、幕府への批判の目をそらさせるために、内匠頭処断に関わったものを処分し、吉良も隅田川の向こうへ追いやる。 一方、瑤泉院は、亡き殿の鬱憤を晴らすため、影から人を使っての復讐工作を始める。 手始めが、刃傷は、吉良が無理難題を吹きかけ、浅野を苦しめたため、という噂を流すこと。 いわば、世論を味方につけるのである。 吉良にとっては迷惑千万。気の毒なほど。 柳沢は内蔵助と面談して、かなり露骨に、吉良の首を取れと迫る。 そうなることで、幕政への批判が和らぐという計算なのだ。 さらに、将軍後継者問題が絡んでいて、ここで喜世(吹石一恵)の出番となる。 赤穂方は、いつものように、意志堅固なものあり、脱落者あり、よんどころなく抜けるものありで、高田郡兵衛(春田純一)が兄に脅されて抜けるというのが、脱落者のメイン。 一方、これまたお約束の、大工の棟梁の所から吉良邸の絵図面を持ち出す話もある。 棟梁が左とん平はいいとして、娘が小倉優子なのには驚いた。さすがにいつものユウコリンではないが、台詞はほとんどない。 この話は好きになれないんだよなあ。 敵を欺くのではなくて、全く無関係な人をだまして苦しませるのだから。 娘がかわいそうなのである。(この娘もいろんな人が演じているが、今まで一番良かったのは、「元禄繚乱」中山エミリだった) 出演者を見たところ、赤垣源蔵の羽織への別れはないようだ。 この場面の、女中の話は好きなんだけどなあ。(テレビ朝日版で、矢沢心が好演) 若い女優といえば、吉良邸に入り込んだ、浪士の娘・志乃(水橋貴己)はどこかで見た顔だと思ったら、北大路版「大岡越前」で大岡の娘を演じた人だった。さすがに時代劇になじんでいる。 びっくりしたのが二つ。 瑤泉院にうり二つの妹がいて、比丘尼と呼ばれる売春婦をしていて、というのはいいが、実の妹であることが明らかになっても比丘尼を続けていたのだろうか。 それに、なんで名前が「一学」なんだろう。清水一学は女だったという設定なのかと思ってしまったよ。 松金よね子演じる、瑤泉院の忠実な侍女・滝岡にはびっくり。 最後まで一緒に楽しく暮らすのかと思ったら、なんとなんと立ち回りの末、逃れられないと知って舌をかみ切ってしまった! これは衝撃だった。 浄瑠璃は、聞いていると、言葉が現代風なのが気になる。 また、家臣が瑤泉院に恋慕の情を抱くことはあり得るだろうが、瑤泉院がそれを受容するのはいかがなものか。 気づかぬふりをしなくては。 まんざらではないと思っていたのなら恐ろしい女だ。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.05
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いきなり、討ち入りの10年後から始まり、瑤泉院(稲森いずみ)が浄瑠璃の忠臣蔵を見ている。 その後の会話で、浄瑠璃は実態とは違っていて、瑤泉院は吉良をさほど恨んでいるようでもないことがわかる。 では、真実はどうだったのか、と思わせてドラマが始まる。 第一部は、内匠頭(高島政伸)が切腹し、藩の取りつぶしが決定するまで。 ここまでの、最大の関心は、なぜ浅野は吉良(江守徹)に斬りつけたのか、ということなのだが、それがしっかりしていて、浅野の心因性の病気のためなのである。 吉良にとっては迷惑千万な話。 内匠頭の病気については、周囲は以前から気づいていたのだが、まれに異常さを見せるだけで、普段は実にいい殿様なので、みんなから慕われている。 好人物なのにちょっと異常な内匠頭を、高島政伸が好演。 しかし、実子がいないので、側室を、ということで、喜世(吹石一恵)が登場する。 ところが、お手がつかないうちに、浅野が切腹して、ということがこれからの伏線。 三時間以上に及ぶ長いドラマなのだが、おもしろく見ていられる。 とはいっても、ずっと画面を見続けていたわけではなく、半分ぐらいはほかのことをしながら耳で聞いていただけなのだが、それでも話がよくわかる。ただし、台詞ばかり聞いているせいか、ところどころ妙に文語調なのが耳についた。 饗応役は以前にも務めたことがあったことにちゃんと触れているし、辞世は他の人に依頼して作ったもの、というのも説得力がある。 ところどころ、心情を浪曲のような浄瑠璃で語ったりして、演出も凝っている。 テレビ東京の時代劇は、変に力むためにかえって安っぽく見えてしまったりするのだが、そういうことがない。 津川雅彦のへんてこりんな綱吉が迫力があり、その分、高橋英樹の吉保が、落ち着いたまともな人間に見える。 脚本はジェームス三木だが、原作がある。「瑤泉院 忠臣蔵の首謀者・浅野阿久利」という本。呼んでみようかという気にさせる。 非常に評価は高いのだが、題名がよくない。「瑤泉院の陰謀」では、瑤泉院が松の廊下の刃傷沙汰を起こさせたようにも思えてしまう。原作通り「忠臣蔵の首謀者」がよかった。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.04
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ここ数年、NHKの正月時代劇を見ている。 時代劇が好きだからで、中でも、忠臣蔵ものが好きだ。 というわけで、見逃すわけにはいかない。 ちゃんと見た。 しかし、正月早々こんなものを見せられて困ったというのが正直な感想だ。 ナレーションでの経緯の説明が多すぎる。 もっと、映像で見せてくれ。 ちょっとした台詞のやりとりでいいのだから。 また、原作のエピソードを生かそうということなのだろうが、幼少期の出来事がぶつ切りで出てきて消化できない。 書道がうまいということがどういう意味を持つのか、不思議だったのだが、公式サイトのあらすじを見て、江戸で書家(北村和夫)と意気投合するための伏線だったらしい。 主人公を演じた小澤征悦は、本人の育ちの良さのためか、安兵衛が純粋な人間に見え、悪くはない。しかし、ナレーションで物語だけで話が進んでしまっては、どういう育ち方をしたのか、どんな行動をする人なのかということがわかりにくい。 かえって、悪人の、中津川祐見(宇梶剛士)や鳥羽又十郎(勝村政信)の存在感が光ってしまった。 男装の剣の達人(新妻聖子)は男装のままでも良かったのに、あっさり女姿になってしまったのが残念。 堀部弥兵衛が高松英郎で、元気な姿が見られたのは良かった。 特筆すべきは、松方弘樹が出ていたことだ。 1974年の「勝海舟」で、主役だった渡哲也が病気で途中降板し、代役を務めたのだが、NHKのやり方に気に入らないところがあって、最後まで演じたものの、痛烈に批判し、「もうNHKには出ない」と言っていたのだ。(調べたら、2005年までNHKには出ていないようだ) 今では、両者ともにわだかまりはないらしい。 実は、原作は読んだことがない。 おそらく、長い話の途中までなのではないだろうか。 二人の宿敵との決着もつかず、契りを結んだ女を殺した相手がどうなったかもわからない。 長い話の途中までを駆け足のダイジェストで見せられた気分。 これだけでも、連続10回ぐらいにはなりそうな話だ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.03
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久しぶりに、SMAP×SMAPを見た。 新聞のテレビ欄で、「SMAP×SMAP07超豪華!元旦スペシャル!!」というのを見てから気になっていたのだが、番組内でも何度も「元旦」と言っていた。 夜9時から放送なのに。 ずいぶん昔のことだが、隠し芸大会の広告に「元旦夜○時」とあって目を疑ったこともある。 フジテレビでは、1月1日の夜も「元旦」と呼ぶことにしているらしい。 言うまでもないことだが、「元旦」とは、「1月1日の朝」のこと。「旦」という字は、太陽が地平線から顔を出したところを表している。 気になるので、ほかの放送局のサイトでも「元旦」で検索してみたが、元日の夜を指して「元旦」と言っている例はなかった。 TBSで「元旦の朝からお得情報満載」という重複表現があった程度。 新聞社ではどうだろうと思って朝日、読売、毎日の三紙では、「元旦」と「元日」を混同していると思われる例はあったが、夜を指して「元旦」というものは見あたらなかった。 産経新聞はというと、フジテレビと同じで、夜も元旦なのだった。 この番組を紹介する「表参道に新名所「SMAP SHOP」12・5から期間限定オープン」という記事には、「フジテレビ系「SMAP×SMAP」が12月25日(後10・15~後11・24)と1月1日(後9・0~後11・24)に放送され、クリスマス&元旦とスペシャルな内容でお茶の間を沸かす。」とある。 夜の放送でも「元旦」と言い切っている。 その他の例。10年ぶり!「たけしのお笑いウルトラクイズ」元旦復活! 「元旦復活」とあるが、放送は夜八時半から。【勿忘草】正しい形が正しい心に 「元旦午前2時すぎの奈良・薬師寺。」とある。 午前2時過ぎなら深夜だ。「旦」のはずはない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.02
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第44作。 就職の面接のため上京した泉と再会して喜ぶ満男。 しかし、面接に男がついて来ちゃ、どっちにしても採用してもらえないだろう。 前作で、少しは寅さんに気があったような夏木マリは、名古屋で再婚を考えている。一年たっているのだから、不思議はない。 少し時がたって、舞台は鳥取に。 聖子(吉田日出子)と再会して、昔好きだったと告白するのが「寅次郎の告白」。ほかにも御前様の告白もあり、最後に満男の告白もある。 人妻だと思っているうちは、なれなれしく「お聖ちゃん」と呼んでいたのに、未亡人になっていることを知ったとたんに、改まって「奥さん」と呼び始めるのが寅さんらしいところだ。 結ばれる可能性がある相手には身構えてしまうのだ。 渥美清は極力休ませ、その分、吉岡秀隆と後藤久美子が動き回る。 吉田日出子との語らいも、一晩だけ。 前作から、タコ社長もやつれている。 しかし、ここまで来ると、出演者は皆、余人を持って代え難い。 長い長い旅なのである。男はつらいよ 寅次郎の告白(1991) - goo 映画・男はつらいよ 寅次郎の告白(シリーズ第44作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.01
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紅白歌合戦での、「DJ OZMA」の演出が話題になっている。 私も、見ていて「裸!」と驚いたが、よく見れば、着ぐるみ(ボディスーツ)なのだった。 それでも、女性が着ていれば胸がふくらんで見えるわけで、女性が裸で踊っていると思った人がいても不思議はない。 しかし、放送中にアナウンサーが謝罪するほどではあるまい。 ほかの出演者に影響が出たわけではないし。 紅白での演出アクシデントで思い出すのは、1985年の吉川晃司だ。 トップバッターとして登場し、舞台から突き出たところで歌ったのだが、酒をまき散らし、歌い終わってからギターに火をつけて振り回し、その後始末の影響で、次に歌う河合奈保子が舞台に出られずとまどっていた。 河合奈保子は舞台本体で歌ったからよかったが、その後に登場したシブがき隊は突き出た部分で歌った。舞台がまだぬれていて、フッくんがすべって舞台から落ちてしまったのだ。 フッくんが、「大丈夫?」と声をかけていたが、怪我をするでもなくどうにか終わった。 しかし、NHKは激怒し(たぶん、ジャニーズ事務所も激怒)たようだ。 最近(といっても去年か一昨年)、吉川晃司が「メントレG」に出演したときにこのときの話題になり、自分だけでなく、事務所みんなNHKに出られなくなった、と言っていた。 後に、「ポップ・ジャム」のテーマ曲に吉川晃司の歌が採用されたことからすると、時間がたって和解したらしい。 こうして話題になるというのは、紅白歌合戦がまだまだメジャーである証拠。OZMA“開チン”なしでも抗議殺到!DJ OZMA、パンツ一丁で“アゲ♂アゲ♂”紅白視聴率 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.01
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あけましておめでとうございます。 一昨年は、「Vランチャー」の不具合の報告、昨年は、その「Vランチャー」のバージョンアップのお知らせ。 今年は特に何もない元日です。 たわいもない話を一つ。 娘がデパートの地下のケーキ屋さんでアルバイトをしております。 時々、売れ残った商品を貰って帰ってきます。 昨日はメロンパンをたくさん。 今日は、朝食はお雑煮だったものの、昼食はコーヒーとメロンパン。 ただのメロンパンではなく、クリーム入り。高級なメロンパン。 いつもはケーキを貰って帰ってきます。 貰ってきた日の翌日は、パンのかわりにケーキを食べるという、マリー・アントワネットの言葉そのままの生活。 ある日、いつもならご飯を二膳食べるところを、ケーキがあるからと、ご飯一膳とチーズケーキ一個を食べました。 職場で、隣の席の女性にその話をしたら、「でも、ラザニアもチーズがのってるし、そういうごはんもあるかも」などというので、よくよく聞いてみたら、キーズケーキをおかずにしてご飯を食べたと思ったらしい。 チーズケーキを佃煮のようにご飯にのせて食べたり、納豆のようにご飯と混ぜて食べたりしたと思ったのでしょう。 私はそういうことをする人間だと思われているようです。 今年一年が、皆様にとって良い年でありますように。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.01.01
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