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17日に「またも右目が」で書いたように右のまぶたにまたも「ものもらい」ができたのだが、その日は木曜日で、眼下が休診の日が多く、薬屋で「サンテ抗菌 新目薬」をかって点眼していたら、三日でおさまった。 ふくれあがるのが早かっただけ治りも早いのかと思った。 ところが、その後、出たり引っ込んだりが続いている。 飲酒によって出てくるというわけではない。飲まなくても朝になるとはれていたりする。 どうもよくわからない。 しばらくは市販薬で様子を見よう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.31
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去年は9月から忙しかったり体調が悪かったり、果ては入院したりと、市民農園は放置状態。 冬だから雑草が生えなくて近くの畑に迷惑になるような状態ではないことだけが救い。 今年は長ネギを種から作ってみようと、大きめの植木鉢に種をまいた。 写真はそれが芽が出て伸びてきたところ。 撮影は1月7日で、今はもう少し伸びている。 先っぽについている黒いものは種のから。 種をまいた時に、土を強く押しつけて固めるようにすると、この種のからは地中で抜けて芽だけが出てくるのだそうだ。 土をかけただけなのでこんなことになってしまった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.30
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赤報隊の一員となった男が、故郷に錦を飾り、若い連中の親分格に祭り上げられるが、周知の通り、新政府軍にだまされていただけで、結局は悲劇に終わる。 岡本喜八監督らしい、深刻な話であっても喜劇タッチという独特の雰囲気で、娯楽作品としてもおもしろいのだが、静かな怒りを感じさせる。 思想も何もなく革命派になってちょっといい思いもするというのは、魯迅の「阿Q正伝」のようでもあり、どんな社会でも起こることなのだろう。 若者たちが、変革を夢見ていたり、籠城のようなことをしたりというのは、映画制作当時の学生運動などの反映なのだろうが、それを美化するわけではなく、日和見もあれば責任逃れに汲々とする理論的指導者もいる。 一貫して悪いのは新政府軍だけである。 幕臣の反撃などもあり、賑やかである。 出演者では、岸田森と寺田農が目を引いた。すでに独自の世界を持っている。赤毛(1969) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.29
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昨日は、青山劇場で、舞台「IZO」を見た。 久しぶりの渋谷。 懐かしい青春の地なのだが、様相が変わっていてすっかりお上りさん。 へえ、国連大学ってここにあるんだ、へえ、青山劇場って青山学院の目の前なんだ。 全1200席ということで、わたしがプロレスを見に行く後楽園ホールの座席数1873席、最大収容人数2005人よりも収容人数は少ない。 座席は上質でゆったりしている。 プロレスのように四方八方から見るものではないので、人数には限度があるのだろう。 客は、主演の森田剛目当ての人がほとんどらしく、99%女性。 2階席だったのだが、2階の男子トイレは女性に開放され、男子トイレは地下一階のみだった。 それでも足りず、隣接する施設のトイレも利用できるようになっていて、チケットがあることを出入り口で確認していた。 休憩時間に一階の席を見に行ったら、最後列は音響係の席で、キーボードやパソコンがおいてあった。MACだった。こういう分野ではやはりMACが強い。 さて、舞台はというと、人切り以蔵の話で、当然のことながら、陰惨である。 人が死ぬ。どんどん死ぬ。 どういう仕掛けかわからないが、背中を切られると、その部分の着物が裂けて傷から血が出る。 殺陣は多い。 音響係は、それに合わせて効果音を入れていくのだから忙しい。 階段を使った長い殺陣もあり見所十分。 殺陣の後でもちゃんと台詞を言えるのはたいしたものだ。 以蔵は、「自分の頭で考えることができない」と盛んに言っているが、自分では考えているつもりで結局誤った道を進んでしまった人だって多かったはずだ。 いや、「正しい」「誤り」という二者択一の判断をしようというのが無理なのだ。 そんな判断は後世の政治上の都合でどうにでもなってしまうものだ。 幕末が舞台で、新撰組の擡頭の頃に終わってしまうので、時代背景はわかりにくい。 武市半平太に裏切られてはいるのだが、その武市半平太だって、山内容堂にだまされている。 その渦中にある者にとっては、正も誤もない。まさにおのれが「天」と信ずるもの命ずるところに従っているだけだ。 しかし、中には、先を見通すことができて、国内で争っている場合ではないと考えることができた人もいた。 勝海舟や坂本龍馬はそういう人だったのだろう。 舞台に登場するこの二人は、いかにもそれらしい。 なぜ勝海舟の警護をすることになったのか、というところはもう少しドラマがあっても良さそうだが、全体が長いので一つ一つ掘り下げていったらきりがないのだろう。 なお、舞台の坂本龍馬はいつも靴を履いていた。これは、実際に龍馬が靴を履いていたからである。今日残っている写真でも靴を履いている。 時代背景がわかりにくいと書いたが、考えてみると、勝海舟や坂本龍馬個人をとっても、「何をした人か」と聞かれても簡単には説明できない。 以蔵について言うと、はいつくばる場面が多かった。台詞の上でも犬呼ばわりされている。 冒頭に出てくる「下士」と「上士」の違いは終生ついて回る。 ヒロインというわけではないが、重要な立場にある女性が戸田恵梨香で、堂々としていた。 舞台が終わって、カーテンコールの後、「罰ゲーム」というのがあった。 料亭(居酒屋?)の女中・鶴役の中谷さとみという人が、以前「出トチリ」があったということで、V6の「ダーリン」に合わせて、V6のような衣装で踊った。 この人は、すごくうまいし、役も非常にわかりやすい設定で、こういうキャラクターがいなくては見ていて疲れてしまうというポジションだった。 踊りの終わり近くには出演者が総出で手拍子。 何度も出演者を見ることができるファンサービスだ。 劇団新感線 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.28
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寒い日が続く。 狭い庭に連日霜柱ができていて、地面がでこぼこになっている。 先日、植木鉢の上に小さな氷柱《つらら》が落ちていたので、朝、屋根を見上げると、まだ張り付いていた。 子どもの頃は、もっと大きな氷柱も珍しくなかったのに。 越後中里にスキーに行った時には、宿の窓の外に巨大な氷柱があり、落ちていたのを拾った子どもが、「アイスソードだ」と言って振り回していたっけ。 冬は寒い。 そんなあたりまえのことを久しぶりに深く思った。(携帯電話でもこれぐらいの写真は撮れてしまうのだ。驚いた) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.27
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今朝の「毎日新聞」のテレビ欄に驚いた。 俳優の西村雅彦が出演しているドキュメンタリー番組の紹介記事に写真があって、その説明に「西村雅彦(右)」と書いてある。 向かって左にいるのは人間ではないのだから、見ればわかりそうなものなのに。 左にいる動物が「西村雅彦」だと思う人もいるのだろうか。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.26
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「バックアップは忘れずに」に書いたような事情で、データが消えて一ヶ月。 あきらめていたのだが、写真ぐらいは復旧できないかと、フリーソフトを試したりしていた。 そのなかで『データ復旧R for NTFS Ver.0.10』は非常に優れたソフトであったが、時間がかかる。 いっそのこと、市販ソフトを買ってみようと、選んだのが、「ファイナルデータ2007」。簡単な復元ならすぐ終わる。 驚いたことに、全く記憶の無いような写真が復活した。 なぜか相撲の写真が多い。 スポーツ新聞サイトを見に行った時に、サムネイル表示されていたものが一時ファイルとしてダウンロードされ、削除されていたものらしい。 これじゃあうっかり変なサイトは見に行けないね。 「高度な復元」を使ってもっと復旧できないかと思ったが、ハードディスクの容量が大きいと、途中で「メモリーのアロケーションエラー」になってしまうことが続いたので、クラスタを「10000000」ずつにわけて少しずつ復元作業を行った。 また、できるだけ常駐ソフトを外し、インターネットに常時接続の人は、ケーブルを抜き、ウィルス対策ソフトも終わらせた方が処理が速い。 プログラムはだめだったが、写真はほとんど復旧できた。 便利ではあるが、ちょっと怖いソフトだ。 今まで中古のハードディスクを売ったり、人にあげたりしていたが、これでは、個人情報が流出してしまう。 もっと完全にデータを消してから人手に渡そう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.25
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おとといの「ネパールのビール」の続き。 二人で食べたので、一人はライス、一人はナンにした。 そのナンがでっかい。食べ応えあり。 ただし、カレーは「辛口」と書いてあってもさほど辛くない。 辛さは希望できるので、辛いのが好きな人は辛めにしてもらった方が良さそうだ。 ライスは、白いご飯ではなく、黄色い、バターライス(だったっけかな)。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.24
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1978.11.10。第1刷。1988.10.20。第7刷。講談社学術文庫。 「十六夜日記」の作者の、十八歳の時の回想。 恋人に裏切られた衝撃から衝動的な行動を取ることになるのだが、その恋人とのことはほとんど語られない。 一時の激情から、自ら髪を切って、雨の中を寺に向かうあたり、ドラマのようだが、実際にあったことなのだろう。 とにかく、感情の赴くままに行動する。 出家したかと思うと、母の再婚相手が遠江に誘ってくれたのに同行し、遠江に行ったかと思うと、乳母が病気だと聞いて京に引き返す。 周囲の者は彼女に振り回されて大変だったろう。 こういう行動は、当然周囲には知られているわけで、それでも求婚者が現れ、子供が生まれ、その子どものために訴訟を起こして鎌倉へ向かったりしていたわけだ。 精神的なエネルギーの高い人なのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.23
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国道6号線と294号線がぶつかる丁字路に、「インド・ネパール料理」の店があるのは、だいぶ前から気づいていた。 しかし、車で行くと、交差点内に出入り口があるため、出にくいところなので敬遠していた。 先日、取手駅から歩いて行ってみた。 店の名は、「KUMARI RESTAURANT」。 思いの外狭い店だった。 従業員は多い。見るからにインド人という雰囲気の人たちがいた。 食事のほかにビールを頼んでみたら、ネパールのビールだった。 味は特に変わったところはなかった。 ネパールでもビールを飲むのか、と、ちょっと驚いた。 おつまみに、小麦粉を薄く焼いて塩で味付けしたようなものがついてきた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.22
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民法もNHKも時代劇から撤退しつつある昨今、一人気を吐くテレビ東京の金曜時代劇。 第1回は2時間スペシャル。 非常によくできている。 連続ドラマの一話として次回以降に謎解きの興味を持たせる、というのではなく、独立した話になっている。 五年前の事件の謎も、楽翁の正体も明かされてしまう。 このほうが、わかりやすくていいし、続編も作りやすい。 主役が北大路欣也で共演が笹野高史というのは、テレビ朝日で放送した「八州廻り桑山十兵衛」と同じ。 謎の人物楽翁が中村敦夫で、「水戸黄門」で紀伊国屋文左衛門を演じたのを見て以来。 元気そうなのだが、イヤホンで聴いていると、声が衰えているのがわかる。調べたら、1940年生まれで、もう七〇歳近いのだ。 外見は、眉が太くて、小倉久寛みたいだ。木枯らし紋次郎がこうなるとは、誰が予想しただろう。 北大路欣也だって六〇歳を超えているのだが、まだまだ元気。 主人公の世話役の伊佐次というのが尾美としのりで、これはまた実年齢よりずいぶん若い役だが、違和感がない。たいしたものだ。 こういうものを作り続ける気力が大切なのだ。 わたしも、最終回までちゃんと見るぞ。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.21
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先日、夜中に雪が降った。 その翌日。 玄関脇のヤブコウジが雪をかぶっていた。 日が当たらない場所なので、雪も残っていたのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.20
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副題は、「毎日が気持ちいい! ADHDハッピーマニュアル」 著者は、「新宿成人ADHDセンター さくらいクリニック院長」なのだそうだ。 ADHDの専門家が、成人のADHDタイプの人(診断を受けている人だけでなく、ADHD的な傾向のある人も含めている)に対して、こうすると楽になりますよ、こうすると少しは問題が解決しますよ、と提案している。 語り口は軽妙で、女性雑誌のような文章とイラストで構成されている。 読みやすく、2時間もかからずに読める。 しかし、読んでいて、「はたしてADHDの人は、この本を読み通して、書かれていることを実践することができるのだろうか」という疑問が浮かんだ。 ADHDの人が実際に行っている方法も紹介されていて、それなりに役に立ちそうな気はするのだが、かえって混乱するのではないか、というのもある。 たとえば、「携帯やタイマーをうまく利用する」(p63)というところで、携帯なら、「手軽にどこででも書き込んだり確認したりできる」「例えば、朝十分おきにアラームをかけることもできる」という。 たしかに便利だ。 しかし、目の前のことにとらわれてしまう、という特性からすれば、時間通りに行動するために携帯の設定をするはずが、メールを読みふけったり、つい電話してしまったりして、かえって混乱を招くことになるのではないか、という気もする。 具体的な成功例が紹介されていないのが残念。 目次は、大まかには、1「部屋」も「仕事」も片づかない! 「ゴチャゴチャ」しないで、すっきり気分よく暮らすコツ2「時間」も「家事」も間に合わない! 「グルグル」しないで、ゆったりラクに過ごすコツ3「感情」も「衝動」も抑えられない! 「ハラハラ」しないで、おだやかに安心して生きるコツ4「自分」とも「他人」ともうまく付き合えない! 「ギンギン」しないで、自分の身体や人間関係を大切にするコツADHDサバイバル15箇条! となっているが、それぞれの章の中身はさらに細かく章立てされている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.19
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49歳までのことが記されている。 「とはずがたり(上)」とは趣が異なって、人生が下り坂に向かっている。 出家し、関東に遊び、西国にも足を運ぶ。 求愛に困るというよりも、生活に困る状況になっている。 過去の確執を心に抱きながらも、懐かしい気持ちで人の死を悼み、かつて接した人に近づく。 作り物ではない、真実の迫力がある。 長期間に渡る記録なのだが、その都度覚え書きを残しておいたのだろうか。 人とやりとりした歌など、そういつまでも大量に覚えていることはできないだろう。 人生の記録を残しておいたということは、それだけ自分自身に対する愛着が深かった、ということなのだろう。 だいたいの内容がわかればいいという方には、マンガ版もあります→ 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.18
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朝起きたら、右目に違和感がある。 片目ずつで見ると、右目で見た時にぼやけて見える。 まさかと思って鏡を見ると、右のまぶたがふくらんでいる。 またものもらいだ。「のんめ」に書いた時からまだ2ヶ月たってないのに。 こんなことなら、前回もらった薬を捨てなければよかった。 手術の後もだいぶよくなったので、昨日、久しぶりに外で飲んだのがいけなかったのかなあ。 外で飲むのは3ヶ月ぶりで、自分としては飲み過ぎないように気をつけて、ちゃんと無事に帰宅できたのに。 とほほ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.17
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テレビ東京で放送されている「大忠臣蔵」を録画して、放送に遅れながら見ている。 矢頭右衛門七(田村正和)の父が病に倒れ、後事を息子に託す場面は、やはり心を動かされる。 貧しくとも気高く生きる姿は美しい。 この父が加藤嘉さんなのだ。 まさにぴったり。 ちょっとかわいそうな老人役をやらせたら、この人の右に出る者はなかった。 見ていて、いっそのこと、吉良上野介をやらせて、新しい忠臣蔵を作ってみてもよかったのではないかと思った。 吉良は何も悪くなく、逆恨みで襲撃されてしまう話。 「こんなかわいそうな年寄りを、みんなでよってたかって」と見ていて義憤に駆られる話になったことだろう。 調べたら、加藤嘉さんがなくなったのは1988年。 もう20年も前なのだ。 改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.16
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きらびやかな衣装に身を包んだ人たちが登場するのだろうと思ったらその通り。 外務大臣(田村正和)と、もと芸妓だった妻(黒木瞳)との間の愛憎や、妻の昔の恋人(柴田恭兵)、産んですぐ別れてしまった息子(松田翔太)などとの人間関係が主で、日本が近代国家として欧米に肩を並べるための努力というのは付け足しでしかない。 影山が、妻に忠実な女中(高畑淳子)に手を出したのは驚いた。女中がそれですっかり影山に忠実になってしまうのも驚いた。 中心の夫婦は何を考えているのかよくわからない。 息子が死んで愁嘆場となって決裂するのかと思ったら、すぐにさっぱりしてしまって、むしろ夫婦仲はよくなりました、めでたしめでたしになってしまっている。 不思議なドラマだった。 外務大臣が柴田恭兵に会いに行った場面は、千葉県の房総の村で撮影されている。 長屋のようなところで演説しようとしていた場面は、ワープステーション。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.15
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発達障害の小学生が登場するドラマらしいという漠然とした知識で、第1回を興味を持って見てみた。 ところがところが。「エジソンの母」というタイトルは看板に偽りありで、主人公は母(坂井真紀)ではなく、担任の教師(伊東美咲)なのであった。 婚約者(谷原章介)とのごたごたなんていらないのに。 こういうのを見ると、「光とともに」はよくできていたなあ、と、再認識させられる。 うるさい保護者(杉田かおる)があまりにもステレオタイプであきれたが、保護者たちが苦情を言いに押しかけた時、最前列に座っている杉田かおるたちにはお茶とお茶菓子が出ているのに、その後ろに立っている人たちには何もないというのにはもっとあきれた。 それに、普通の親が、「学習障害」なんて言葉を知っているのだろうか。 さらに言えば、「学習障害」よりも「発達障害」と言った方がいいケースだろう。 困ったなあ、というのが正直な感想。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.14
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日本テレビ「世界一受けたい授業」にまた土屋秀宇という人が出るというので録画した。 最初に出た時よりはだいぶましになっているが、それでも疑問が残る説明がいくつかあった。 ここにその授業内容が載っているので参考にしてほしい。 「光」という字は、人が明かりをかかげている姿である。 そこまではいい。しかし、それを「頭上に火を掲げる聖職者」と言い切ってしまっている。 「聖職者」とは何だろう。 中国の古典には「聖職」という語があるのだろうか。 祭祀を司る者と、キリスト教の「人々を教え導く」という役割を担う「聖職者」とでは大きな隔たりがあろう。 「束」の字源はいい。 しかし、「速」は、一本ずつ運ぶよりまとめた方がはやいから「速」という字になった、というのは俗解ではないか。 「束」は、まず音符であろう。意味を持つとすれば、「間が詰まっている」という意味だろう。「運ぶ」ことが前提になっているという根拠はどこにあるのだろうか。 さらに「整」という字は、「ふぞろいのところを手で正しくととのえる」ということだという。 「正」は音符であるとともに「ただしい」と言う意味を表すだろうとは思う。 しかし、この人の説が正しいなら、「整」から「正」と抜いた部分は、「ふぞいのところを手で」という意味になることになる。 さて、「敕」(勅の異体字)はそうい意味だろうか。「いましめる」「おさめる」「みことのり」という意味である。 この人の説明では、「天子の命によるもの」になることを説明できない。 「虫」は蛇である、というのはいい。 もとは蛇を表していたのだが、蛇だけでなく、爬虫類や貝類なども表すようになり(蜥蜴《とかげ》、蛤《はまぐり》など)、さらに生き物全体を指すようになった。 「鱗虫」は魚類で、「羽虫」は鳥類というところまではいいのだが、「裸虫」が人というところで、「昔は裸で生活していたから」と言ってしまった。 漢字を作った人たちは、人間が裸で生活していたことを覚えているのだろうか。 「裸虫」は、魚の鱗や鳥類の羽のように、体を覆うものを持たない生き物、という意味だろう。(ついでに言えば、「毛虫」は「ケムシ」ではなく、毛に覆われた獣のこと) 今日「ムシ」という意味でつかわれる「虫」は、もとは「蟲」という字を書いていた。 これを「群れている状態」と言っていたが、「足がたくさんある生物」という説もある。 また、「蟲」と画のが面倒なので省略して「虫」にしたというような言い方をしていたが、省略したわけではなく、もともと「蟲」と「虫」が別々に存在していたのに、「蟲」の代わりに「虫」という字形を用いるようになったのである。 なぜ、漢字の専門家ではなく、俗解でものを言う素人を登場させるのか理解できない。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.13
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日曜日に放送中の「ゲゲゲの鬼太郎」とは別に、その原型となった「墓場鬼太郎」をアニメ化して木曜日の深夜(金曜日)に放送。 その第1回を見た。 この話は、マンガで読んだことがあるのだが、そのマンガがどの程度、最初の設定に近いのかわからない。 したがって、テレビ版が原型かどうかわからないのだが、おそらく、テレビ化のために改変したのだろうと思われるところがある。 入院患者が幽霊になるのは、輸血された血液に原因があり、血液銀行に勤めている水木青年がその原因を探るうちに、鬼太郎の両親に出会うはず。 これは、昨今の血液製剤などの問題を考慮して設定から除外したのではないか。 また、母親は人間だったと記憶しているのだが、それは、ヒーロー化のための新しい設定なのだろうか。 鬼太郎の絵は、古い感じを与えるが、水木青年は水木しげるの絵ではなかったのが残念。 絵の動きもやや雑ではあるが、かえっておどろおどろしい雰囲気は出ている。 こういうものを作ろうとする志は高く評価できる。 最後まで見よう。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.12
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1981.7.20初版 表記が独特で、「そのヒトが」(p9)というように、カタカナを多用する。「みちのくの人形たち」 実話めかしていて実話ではない。伝説と現実が一体化していて独特の世界がある。「秘戯」 博多を舞台にした、郷土人形がらみの幻想譚。死を意識した男の過去の清算。現実のようでもあり、幻想のようでもある。「アラビア狂想曲」 冒頭の、「ビルは土間でナイフを研いでいる」という文章から、なんとなくアメリカが舞台なのかと思ったが、西アジアというか、地中海の方の話。 はじめの方は何がなにやらわからないが、だんだんわかってくる。もとよりよりどころのある話ではなく、風俗も何もかも作者の想像だが、話の中ではリアリティがある。「をんな曼荼羅」 ある絵と、自分の周りに出没する女たち。いずれも幻想なのだろう。 わたしには理解できないタイプの話。「『破れ草子』に據るレポート」 畳屋の清吉が、ひそかに悪を懲らしめていたらしいという伝承を語っているようでいながら、その妻の晩年にいた尼寺の話になる。 一見とりとめのない話になっているのが現実的。 「尼寺に墓はない」(p170)というのは本当だろうか。「和人《シャモ》のユーカラ」 三年前に大雪山で出会った男との問答。アイヌよりさらに先住民という設定だが、あり得ない設定ではない。ウィルタ族のように、アイヌ以外の先住民もいるのだし。 アイヌと和人という二者の外の視点から自分を見せられるために、自分が不安定になってしまうのである。「いろひめの水」 帰郷幻想譚。 共通するのは、作者の作り出した言い伝えに基づく話でありながら、その言い伝えを話しに中心においているわけではないので、小説としての普遍性がある、ということである。(12月25日読了) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.11
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遠い昔、NHKの大河ドラマで放送していたという記憶はある。 お正月の特別ドラマで、かなり力が入っている。 「風林火山」の時もずいぶんお金を使っていると思ったが、これも、テレビドラマとしては破格の制作費ではなかろうか。出演者も豪華だ。 長い話を正味2時間にまとめているので忙しいことは忙しい。 謙信が思いを寄せる女性(木村佳乃)とのかかわりなど、もう少しあってもよかったのではないか。 兄や、その愛人の末路などはもう少し削ってもよかった。 戦国時代の勢力図がある程度頭に入っていないと、全体の流れがつかめないのは仕方がない。 松岡昌宏は、野望を持つ男がうまいので、これもちゃんとこなしていた。 2年前の「風林火山」では武田信玄だったのだから、中年だったら山本勘助もやるのではないか。 「風林火山」で山本勘助だった北大路欣也は、なんと毘沙門天の役。 ほんとうに毘沙門天の格好で出てくるのだ。もちろん、謙信の心の中にだけ登場するのであって、現実の存在ではない。 声はいいのだが、丸顔なので、ちょっと愛嬌があったのが意外。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.10
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副題は「楼蘭・タクラマカン砂漠探検記」。 1988年の、テレビ朝日・朝日新聞社合同の楼蘭探検に同行した筆者が、十年後にまとめたもの。 時間がたっているので、やや客観視できているのだろう。要所だけをうまくまとめている。おそらく、詳細な筆記をつけていたのだろうが、自分の記録だけに頼ることはしていない。 同行した人の文章を引用し、「そうか、あのときはそうだったのか」と再認識したりしている。 直前に中国側からの規制が厳しくなり、日本人による撮影ができなかったのは残念だったろう。 しかしそれをかいくぐったことなど、直後に明らかにしたら不都合が生じそうなことも明かされている。 不条理とも思える規制も、黙認も、どちらも中国らしい。 わたし自身は、西域には全く興味がないが、探検記を読むのはおもしろい。砂漠のオアシスでハミ瓜を食べるぐらいのことはしてみたいという気になる。(12月25日読了) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.09
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たしか、その昔、小泉今日子がやったはずだ。低年齢層向けのコメディ時代劇。 こういうのは難しい。 「型」があるようでいてない。 視聴者の予想を裏切る作り方をしなければならない。 全体としてはほのぼのとした作りで、漫画チック。演出の西浦正記は実写版「ちびまる子ちゃん」を作った人なのだそうだ。あれも漫画をうまく実写化していた。 老中・あべかわ彦左ェ門(泉谷しげる!)があたふたしている時に、手に持っている扇子に「あたふた」と書いてあるところなどセンスがいい。(原作でこうなっているのだろうか) 両親が柳葉敏郎と和久井映見、祖母は白川由美、家庭教師のカステラ夫人が夏木マリと出演者が豪華で、敵役も、中条きよし、段田安則。姫をかげながら助ける謎の男が京本政樹で、中条きよしとの一騎打ちでは「必殺」シリーズを思わせる楽屋落ち。 その一方で、こういうコメディドラマにありがちな、いわゆる芸人を起用して笑いを取ろうとする面もあるのだが、森三中やペナルティをつかいきれず、こちらは消化不良。 むしろ、一シーンしか出てこないボビー・オロゴンやダンディ坂野の方が印象に残ってしまっている。 主役の井上真央という人は、初めてじっくり見たが、明るい雰囲気が悪くない。 実は、わたしの見たところで、出演者でもっとも光っていたのは、子役の二人である。 一人は、初代実写版「ちびまる子ちゃん」の森迫永依。途中までは口がきけない設定で、表情だけで演技する。 もう一人は「はだしのゲン」に出ていた今井悠貴。長い台詞もあり、コメディならではの大げさな演技も自然で、見ていて感心してしまった。 撮影は、茨城県の歴史公園ワープステーション江戸で行われている。 そちらのサイトによると、去年の10月に撮影したものだそうだ。 そんなに広いところではないのだが、そう思わせない工夫をしている。 こういうドラマは、ばかばかしいと言ってしまえばそれまでだが、こういうものを大まじめに作ることが大切なのである。 子どもがこういうものを見て、時代劇を身近なものに感じることができればそれだけでも大きな意義がある。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.08
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「「塩」は「潮」と同源の語?」に、そもそも、「うしお」を「海塩」と表記することがあるのだろうか。わたしは目にしたことがない。インターネットで検索してみたが、見あたらない。と書いたところ、「輾転反側掲示板」で、Kuzanさんに、古事記に用例があることをご教示いただいた。 イナバの白ウサギのところで、海水を浴びろとだまされるところで、「海水」の意で用いられていた。 他人を笑おうとしてこの始末だ。情けない。 「産経新聞」の該当の文章が妙ちくりんであるという評価は変わらないが、「海塩」で「うしお」の用例があることは確かなので、その点については訂正する。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.07
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「産経新聞」の「【土・日曜日に書く】」というコラムに、大阪校閲部長という肩書きの人が、「本当はすごい「塩」の意味」という文章を書いている。 「塩」という漢字の意味について述べるのかと思ったらそうではない。 不思議なことが書いてある。「塩」は「潮」と同源の語で、その「潮」はまた「海」ともつながる。というのである。 「塩」と「潮」が同源とはどういうことか。 違う漢字である以上、同源のはずはなかろう 「塩」は調味料にもつかわれる化学物質であり、「潮」は海の満ち引きのことである。 「潮」が海の満ち引きである以上、海に関する字に決まっているのに、ことさら「海」ともつながると述べるのも妙なものだ。 これにつづけて、「うしお」は「海潮」の意(字訓)だ。と書いてあったので、やっと何が言いたいかわかった。 筆者は、「しお」(歴史的仮名遣いでは「しほ」)と表記される日本語が、「塩」と「潮」の両方を含むものであるとは思っていないらしい。 海水から「塩」を取っていたため、海水も塩も「しお」なのであり、本来は海水を指すだったと考えるのが自然だ。 漢字が入ってきてから「塩」と「潮」に合わせて「しお」という語ができたとでも思っているのだろうか。 「うしお」が「海塩」の字訓だというのも奇妙だ。 「字訓」とは「山」を「やま」と読み、「川」を「かわ」と読むように、漢字一字に日本語一語をあてた読みだ。 「海塩」を「うしお」と読むのでは「字訓」ではなく「熟字訓」だ。 しかし、そもそも、「うしお」を「海塩」と表記することがあるのだろうか。わたしは目にしたことがない。インターネットで検索してみたが、見あたらない。 おそらく、「うしお」という語は「うみしお(海塩)」の転訛したものだと言いたいのだろう。 そうだとしても、やはり疑問は残る。 「うなばら(海原)」という語があるように、「う」が「うみ」を意味しているの可能性がある。そうだとすれば、「うしお」が古い形であって、「うみしお」から「うしお」が生まれたわけではないことになる。 結局のところ、文章全体としては、「塩」の意味などどうでもいいことらしく、例によって産経新聞独特の牽強付会ぶりで、結局は政治的な発言をするために漢字を利用しているだけなのだった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.07
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滝沢秀明が、雪之丞と闇太郎の二役を演じる。 ジュニアの頃は豊頬の美少年だったタッキーも、すっかり大人の男顔になってしまっていて、女形はやや違和感あり。 それでも、雪之丞の時と闇太郎の時とではきちんと声を使い分けていて、違う人間に見えるよう工夫していた。 物語は、雪之丞が子どもの時に、父親(大杉漣)が自殺し、敵討ちを託されるところから始まる。 おいおい、そんな子どもに押しつけないで、大人の自分が何とかしろよと言いたくなるが、そのときはすでに狂っていたらしい。 全体的に芝居がかったけれんみたっぷりの作りで、独特の雰囲気があった。 原作は読んだことがないが、話としては陰惨で救いのない話なのだ。 父親は長崎にいたらしいが、主人公の子ども時代は、雪の舞う海辺にいる。長崎から日本海のどこかに引っ越したのだろうか? 泉谷しげるが剣の師匠でちょっとだけ出演。それでも、出演者のクレジットではだいぶ後の方に名前があった。 見ながら考えたのは、女形をどうすればいいか、ということ。 いっそのこと、女優を主役にして、男の役をやらせるというのはどうだろうか。 いや、それでは女形の意味がないというのであれば、ほおに肉のついている人がいい。 梅沢富美男が美女になれるのは、丸顔でほおに肉がついているからだと思う。 ジャニーズなら嵐の大野あたりが似合うのではないか、と思ったが、大野主役では、今ひとつ話題性に欠けるかもしれない。そうなったら嵐総出演だな。 丸顔と言えば、今井翼は丸顔だ。 一人二役にこだわらず、雪之丞は今井翼、闇太郎はタッキーでタッキー&翼のダブル主役でもよかったのではないか。 意外だったのは、タッキーの闇太郎がよかったこと。 一途な人間で、雪之丞を助けるのだが、雪之丞よりも冷徹で怖い男だった。 こういう役ができるなら、悪人を演じられるはずだ。 アイドルとしてはヒーローを演じなくてはならないだろうが、ぜひ、悪役に挑戦してもらいたい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.06
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我が家では今は毎日新聞を取っている。 朝刊の1面の下段は、本の広告。 その中に、「帝とかぐや姫」というのがあり、どんなないようかと思ったら、左の写真のように書いてある。 「帝」とも「かぐや姫」とも関係ないように思える。 何かの間違いかと、念のために調べたら、という本で、「帝とかぐや姫」の内容紹介によると、『学問のすすめ』で『源氏物語』で否定された和魂漢(洋)才を蒸し返し、旧知のジョン万次郎をひたすら無視、井伊直弼を“見せかけの開国論者”に仕立て上げようとする福沢諭吉の狙いは何か。ということだ。間違いではないらしい。しかしこれでは意味がわからない。 ところが、目次紹介を見たら、序章 福沢諭吉と『学問のすゝめ』(和魂和才の学問/福沢諭吉と太田資美/自治と道徳―佐倉宗五郎/福沢諭吉と森山多吉郎/福沢諭吉の井伊直弼批判)/第1章 『竹取物語』(五人の貴公子の求婚/仏の御石の鉢と蓬莱の玉の枝/火鼠の皮衣と龍の頸の玉と燕の子安貝/御門の求婚/かぐや姫の昇天/竹取の翁の歌)/第2章 『伊勢物語』(都鳥/武蔵野/筒井筒/蛍と源の至)/第3章 「ひらかな盛衰記」(木曽義仲の討死/山吹御前の都落ち/道行君後紐/傾城無間の鐘/逆櫓松と矢箙梅)/終章 社会学における再構築(歴史と実在/心像としての実在)となっていて、「竹取物語」のこともちゃんと書いてあるらしい。 全体が一つのことについて書かれているのではなく、論文集なのだろうか。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.05
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明治40年に、主人公が吉原に売られてきてから、「お職」としてトップに上り詰めるまでわずか4、5年のことが2時間近くかけて描かれる。 その間に、次々にいろいろなことが起こるので、テンポよく、見ていて飽きない。 愁嘆場がほとんどないのがいい。 主役は観月ありさなのだが、彼女だけ背が高いので、ほかの人と一緒にいると不自然なのが残念。 まわりの女たちが結構いい。 星野真里や有森也実は当然としても、バラエティでは、元おニャンコということ以外に価値がないように見える国生さゆりが結構ちゃんとしているので驚いた。 井上和香の演技を初めて見たが、これまた悪くない。 吉原は同じ吉原でも、江戸時代とはだいぶ違うらしい。 明治政府を作った野暮天たちが金と権力にものを言わせて乗り込んできて、「粋」などというものは消えてしまったらしい。 子ども時代から教養を身につけた女でなくても花魁として名を売ることができるようになっている。 最後は、ハッピーエンド。 自力で生きる、自立した女性の物語なのだ。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.05
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中央公論社。1972.11.30初版。1973.3.2第六版 著者による「あとがき」で、成立の舞台裏が明かされている。 最後まで案ができてから書き始めたのではないため、問題の決着に頭を悩ませていたそうだ。 前半は竹細工師(人形師)の話だが、後半はその妻となった女が中心になっている。 竹細工師の家に番頭が訪ねてきたところで話の中心が転換する。 ドラマ化にぴったりの、「この先どうなるのか」とハラハラさせる展開で、なかなか読ませる。 この本は、入院した病院のロビーにあったのを読んだのだが、その本は、ある中学校の増車だったものだそうだ。 こんなのを中学生に読ませていいのか。 いや、いいのだ。こういうものから大人の世界に入っていくのだ。 知らないことばが多かった。「だるま屋」(p26) 私娼を置く宿。「しろこの蔭」(p80)「母屋のしころ[#「しころ」に傍点]を下ろしたら」 「しころ」というのは屋根から一段下がったところにある「しころびさし」というものらしい。「きびしょ」(p81) 急須のこと。(12月24日読了) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.04
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わたしが子どもだったころ。1962.8.18第1刷。1973.10.30第10刷。 ケストナーが、両親の祖先のことから説き起こし、1914年8月、戦争が始まる「わたしの子ども時代《じだい》はおわった」(p238)というところまでの思い出がつづられている。 楽しい思い出よりも、「子どもにも心痛《しんつう》があるという章のように、その内面に陰を残したできごとのほうが多い。 両親は息子を愛している。父も母も、自分のプレゼントの方が息子を喜ばすに違いないと競い合う。しかし、その両親の中がどうだったのかについては触れていない。 母が、結婚前に、姉たちに、「でもわたし、あの人はぜんぜん愛《あい》していないわ!」(p52)と語ったということが述べられているだけだ。 母は一人息子にすべてを注ぎ込む。教師にするために。もちろん本人も教師になることを望んでいる。しかしこれでは、斉藤学の問題にする母親像そのものだ。 その母に向かって、「ぼくは教師《きょうし》にはなりません!」(p93)と宣言することは、ケストナーにとっては必要なことだったのだろう。それがなければ母親におしつぶされていたのかもしれない。(しかし、その宣言も受け入れられてしまうのだから逃げようがない) 「おわりにひとこと あとがき」で、書いたものの削った章があることが述べられている。 そして、思い出を書き記《しる》すには二つの法則《ほうそく》がある。第《だい》一の法則《ほうそく》は、たくさんのことをはぶくことができいる、いや、はぶかなくてはならない、というのである。(p244)と述べている。わざと書かなかったことがたくさんあるはずだ。(第二の法則は、何も付け加えてはならない、ということ) たとえば、衛生参事官チンマーマン先生が、何の説明もなく唐突に登場する感じがするが、この人物についてはいろいろとはぶいてあるのだろう。 表紙に、三歳の時の写真が載っている。その写真の中で履いているのが「編み上げ靴」。「紐付きブーツ」とでも言った方がわかりやすいだろうか。(12月24日読了) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.03
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徳間文庫。2004.11.15初刷。「化猫騒動」岡本綺堂 何度も読んだのに、はじめの方は忘れていた。「黒兵衛行きなさい」古川薫 掌編。理屈がないのがいい。「猫のご落胤《らくいん》」森村誠一 シリーズものの一つらしい。やや理に走りがち。 地の文が少なく、台詞が多い。 また、地の文で、「サバイバル」や「ライバル」という語がつかわれているのが時代小説には珍しい。「おしろい猫」池波正太郎 友情や愛情よりも悪いやつの欲の方が深いという話。「猫姫」島村洋子 文章が凝っているというか屈折している。亡くなった上様のご寵愛を受けて剃髪《ていはつ》した妹のあってはならない噂という文章などわかりにくい。 若い女性らしく、叙情性が前面に出ている。「化猫武蔵」光瀬龍 冒頭に「耳袋」の一話が惹かれている。 江戸には、化け猫に見えた母を殺してしまい、自殺した息子の話というのがいくつもあったのだろう。(岡本綺堂の「化猫騒動」も、そういう話に基づいているわけだ) 「耳袋」は全部読んだが、猫の話は一つも覚えていない。「大工と猫」海野弘 短く、余韻の残る話。話し手が自分のことはほとんど説明しないのがいい。「猫清《ねこせい》」高橋克彦 事件帖スタイル。長い物語の一挿話というところで、登場人物の関係がわかりにくいところがあるがおもしろい。「野良猫侍」小松重男 のんびりした大衆小説。「薬研堀《やげんぼり》」平岩弓枝 「御宿かわせみ」の一つ。 編者による解説は、「文学における「猫」の位置づけ」と題しているが、「位置づけ」というような大仰なものではなく、猫好きが、猫の出てくる話をいろいろ並べて、「ほーら、みんあ猫が大好きなんだ」と言っているようなもの。 それだけに読みやすくおもしろい。 (12月24日読了) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.02
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文字通り、独演会なのでのまくら集。しかし、それぞれ独立した話になっている。 自分のことを知っている人ばかり来ている、という心やすさからか、「日本の塩はまずい」は、自己主張が強い。 「駐車場物語」など落ちまでついている。 この「駐車場物語」では、「きれいだ」という意味で、「きれいごと」と行っている。江戸のことばなのだろうか。 「クレープのシャツなんか着てね、とてもきれいごとなんですよ」(p127) 「とっても駐車場はきれいごとなんです」(p131) 二話目の「めりけん留学奮戦記」で、「コンビニエンスストア」ではなく「コンビーニエンスストール」、「マクドナルド」ではなく「マッダナル」と言った方がいいと言っている。その方が英語に近いから。 しかし、外来語をその言語の発音に合わせるのを無理がある。 「コップ」と「カップ」、「ストライキ」と「ストライク」、「グラス」と「ガラス」などの使い分けができなくなる。 また、英語には「標準語」がないとわかっているのだから、日本式の発音は「日本なまり」だと胸を張ればいい。 英語由来以外の外来語の問題もある。「ギョーザ」「シューマン」は中国音に近づけなくてはならなくなる。 「郡山先生」 飛行機の中で、父を知る人に偶然であったことから、父の思いで、嫌いだった母のこと、その母を客観的に見ることができるようになったこと。 おそらく、話した時のすぐ前にあったことなのだろう。 心の中でわだかまりとなっていたものが融解し、大きなしこりが小さくなるぐらいのことがあって、それが口をついて出てきたのだ。話さずにいられないのだ。話すことで、再確認しているのだろう。 大喜利は落語家の必須項目かと思ったら「寄席、いま昔」によると、昔は、大喜利のうまい噺家にろくなやつはいねえって言われたもんです(p157)ということだ。 弟子の真打ち昇進披露での「口上」は、人を育てることの難しさをつくづく思い知ったのが伝わる。 小三治でも、イライラせずに人を見ることができるようになるまで、長い時間がかかったのだ。(12月23日読了) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.01.01
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昨年は、胃にポリープができたり、年末に虫垂炎・腹膜炎で入院したりと、健康の大切さを思い知らされた年でした。 今年は、心身をいたわり、よりよい生活を送りたいと思っております。 皆様にとってよい年でありますように。
2008.01.01
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