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4月30日(木)後藤瑞義入選歌・入選句(令和七年七月より九月)(2)ホトトギス鳴く声聞けば亡き妻が長生きしてねとわれを励ます(読売新聞静岡版 よみうり文芸 八月六日 入選 梅内美華子 選)ほととぎす亡き妻われを励ませり(読売新聞静岡版 よみうり文芸 八月十三日 入選 上田日差子 選) 給料の遅配つづきしあの折も弁当作りくれし亡き妻(読売新聞静岡版 よみうり文芸 八月二十日 入選 梅内美華子 選) 円満が神の最終目標とまるく宇宙に浮かぶもの見つ(読売新聞静岡版 よみうり文芸 九月三日 入選 梅内美華子 選) (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木)渡辺順三歌集「日本の地図」 著者:渡辺順三発行:平成11年3月23日 発行所:短歌新聞社1950年(4)颱風のきざし(1)東京爆撃の記憶なまなましく 思い出でてきく、倭館のジュータン爆撃。 ・街も山も、あとかたもなくなりなり果てし、故国を語る金君よ、崔君よ。 ・わが骨肉切りさかるる如き思いにて、倭館爆撃のニュースききおり。 ・誰にむくる憤りならむ 胸つきて、たかぶる思い唇かみて堪ゆ。 (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木) 与謝晶子の歌(338)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平あみの成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。南豆詠草――(3)『冬柏』九巻七号・昭和十三年七月昭和十年寛と最後の旅をした思い出の地(南伊豆)に、昭和十三年七月初旬、今井浜温泉に一泊、下田温泉ホテルに一泊の旅をした。裾山の羊歯しだうら葉をば返すごと河津の浜になびく白波たそがれに青銅色の千潟行く下の河津の今井浜かな新しき王家の荘の網代あじろ垣がき冷えたる沙湯のぼる虫の音夕顔は咲けどかひなく山崩くえて樋の湯絶えたる今井浜かな浜の川槌もてうちも平げしさまに続きて水冷やけし (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木)歌集「涵養の地」(27)発行所:いりの舎著書:君山宇多子発行:二〇二五年十二月十五日作者とは、十数年前静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。現在は歌人協会の副会長です。若い頃より一本筋金の入った印象がありました。作者の歌の師との師弟関係はほんとうに心温まるものがあります。彼女の師である温井松代氏の師は、大岡博氏(窪田空穂の弟子で、詩人大岡信の父)で、窪田空穂氏とは孫弟子となる人です。ですから、君山さんは空穂のひ孫弟子ということでしょう。そういう一本筋の通った感じが確かにありました。拍動のビート(1)なだらかな箱根西麓赭土に甘藍あをし結球の季とき尾根たどり小田原へ抜ける戦国の古道は城と城繋ぐとぞ戦国の世を現実のものとして古道に見放く雪を積む富士雪白き富士が嶺隠す雲の無し 夫が泥めるヒトなる歩行松葉杖頼る歩みのおおつかな従したがきゐるわれのこころが軋む (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(249)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第五章 実作への誘いー推敲のヒント(49)冬(4)虎落笛老いとはかゝることなりし(原句)虎落笛(垣根や木触れて発するさびしい音)の音を聞いていると、「老い」というは、このような哀れなものなのだろう、と自分に言い聞かせている。「なりし」と納得するのがよいか、「らしき」とあいまいにしたほうがよいか。心の表現としてどうでしょうか。虎落笛老とはかゝることらしき *木刀に手応え確か今日大寒(原句)「今日大寒」で少し調子を悪くします。「寒来る」とか、いや焦点をしぼるには、突然やってきた「寒波」などではどうでしょうか。木刀に手応え確か寒波くる (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木) 昭和萬葉集(巻十四)(358)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅴ(23) 四季の歌(23)歳晩・新年(2)太田青丘裏山の高処たかどに切りし青竹に国旗を結ぶこの元旦の五十巻つひに迎へし潮音に今年の御酒みきを先づたてまつる鈴木貫介丹沢山の出湯いでゆの村は十頭の野の猪じしを吊して年迎へたり天地あめつちはただしろがねの雪の上に降り立つ雀弾力のなし (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木)「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(68) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)一月九日(1)アモス書第三章二節(地上の全部の部族のなかからわたしがえらんだのは、あなたたちだけだ。それゆえ、わたしはお前たちをすべての罪のゆえに罰する。)は、善人がなぜこんなに多くの苦しみを受けねばならないかという問題についての大変よい説明を含んでいます。実際善人の苦難はそのように考えなければ、説明がつかず、多くの人びとに神の義を疑わせることとなるでしょう。(よりつづく)一月九日(2)「正しい者は多く苦しまねばならぬ。しかし主はすべてその中から助け出される。」(詩篇第34章19節)。これは、すでに数千年前に語られた言葉です。この言葉は、善人はこの世で何を覚悟しなければならぬかを、ごく簡潔にのべています。善人は多く苦しまなければならないのです。他の道では、善人が至るべきまことの善に達することはできないのです。 (つづく)
2026.04.30
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4月30日(木)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。伝道の真相伝道は広く世の中に出て伝道をすることよりもむしろ犠牲者の覚悟をもって生活することです。公に教えを説くことよりもむしろ秘かに人の罪を担ったり、九度の苦しみをもってはじめて一つを語るくらいがよいのです。多くの涙をながした苦しみを一篇の詩をもって語るのです。ですから伝道を成功させるためにはなるべく公的な運動は避け、隠れたところにおられる神とともにめだたぬように生活するのがよいのです。
2026.04.30
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4月29日(水)後藤瑞義 入選句(よみうり文芸)受験子の鉛筆走る波の音 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 四月二十九日 入選 西村麒麟選)
2026.04.29
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後藤瑞義入選歌・入選句(令和七年七月より九月)(1) 病院の待合室のテレビは見ずただ白き壁見詰めて居たり(読売新聞全国版 読売歌壇 六月三十日 入選 小池 光選 三席)(評)病院の待合室にはたいていテレビがある。わが病はどうなるか、不安いっぱいだ。ただ壁を見て名前の呼ばれるのを待つ。 点滅の信号駆けて渡りたり「いそがないでね」と亡き妻の声(読売新聞静岡版 よみうり文芸 七月十六日 入選 梅内美華子 選) コンクリの上に落ちたる桑の実が踏み潰されて黒き血ながす(読売新聞静岡版 よみうり文芸 七月月二十三日 入選 梅内美華子 選) (つづく)
2026.04.29
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4月29日(水)渡辺順三歌集「日本の地図」 著者:渡辺順三発行:平成11年3月23日 発行 所:短歌新聞社1950年(3)七月五日(特審の調べをうく)(2)真夏日は舗道に燃えて炎なす、街路ひとすじ 眼の下に見ゆ ・巻タバコ口にくわえてマッチするその瞬間も、こころ張りいる。 ・取調べうける立場の みじめさは、おのずから口おもくなりゆく。 ・背後にもするどきまなこ意識して、腹立たしくも汗ながしおり。 ・べったりと汗にぬれたるシャツぬぎて、 ものうく坐る うす暗き部屋に。 (つづく)
2026.04.29
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4月29日(水) 与謝晶子の歌(337)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平あみの成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。南豆詠草――(3)『冬柏』九巻七号・昭和十三年七月昭和十年寛と最後の旅をした思い出の地(南伊豆)に、昭和十三年七月初旬、今井浜温泉に一泊、下田温泉ホテルに一泊の旅をした。波もなし玻璃はりの身にして厚やかに海へ続ける河津川かな隔りて共にめでたし天城の嶺ね谷津の川辺の夏の夕風柳みな城ばかりにも枝張れる谷津の川辺の夏の夕風海の奥寸ほど利島としま見ゆるなり靄分けてこん夕月ならば生きて踏む世の尽きぬなど惑はれぬ一本松の岩に到りて (つづく)
2026.04.29
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4月29日(水)歌集「涵養の地」(26)発行所:いりの舎著書:君山宇多子発行:二〇二五年十二月十五日作者とは、十数年前静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。現在は歌人協会の副会長です。若い頃より一本筋金の入った印象がありました。作者の歌の師との師弟関係はほんとうに心温まるものがあります。彼女の師である温井松代氏の師は、大岡博氏(窪田空穂の弟子で、詩人大岡信の父)で、窪田空穂氏とは孫弟子となる人です。ですから、君山さんは空穂のひ孫弟子ということでしょう。そういう一本筋の通った感じが確かにありました移動自粛(2)台風の消ゆくに昇る静寂の芯のやうなるひんがしの月ひたふるの思ひに人は灯をともし病舎の窓に月は光かげ射す食卓とトイレにて足る夫の生き車椅子ひとつ恃みとはしてパソコンを使ふと夫の待つ部屋に長椅子引きずるわれに驚く (つづく)
2026.04.29
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4月29日(水)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(248)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第五章 実作への誘いー推敲のヒント(48)冬(3)北の辻訃報の告示又ひとつ(原句)「北の辻」は、北側にある辻で季語ではありません。「北風の辻」のことでしょう。そこで、北風が吹くという意味で「北吹くや」としました。「告知」ははっきり「告知板」としたいと思います。北吹くや辻に訃報の告知板 *新雪の降り残したる金の鴟尾(原句)「鴟尾(しび)」、奈良の唐招提寺とか薬師寺が思い出されます。「降り残したる」が芭蕉の「五月雨や降り残してや光堂」の句に似ているのが損だと思います。新雪の埋うずみ残せし金の鴟尾(つづく)
2026.04.29
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4月29日(水)昭和萬葉集(巻十四)(357)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)V(22)四季の歌(22)歳晩・新年(1)能崎義夫時差のまま黄昏たそがれのパリ映りゐるテレビの前に年明けにけり窪田空穂めでたしと人が祝へる正月の九十翁を鏡に写すしきりにも瞬まばたきをする翁ゐて鏡の中より我を見おこす 雑煮祝へば訪とう人もなき朝の間や日向ひなたに遊ぶ一つ冬の蠅 (つづく)
2026.04.29
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4月29日(水)「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(67) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)一月八日(3)あなたの身の上に最善のことが定められてあると固く信じなさい。あなたの心がいと安らかであれば、すべての悩みを免れよう。 その時がやって来るならば、力づよい助けが突然現われて、あなたの愚かな悲しみを、おもいがけなく恥じ入らせよう。(よりつづく)一月九日(1)アモス書第三章二節(地上の全部の部族のなかからわたしがえらんだのは、あなたたちだけだ。それゆえ、わたしはお前たちをすべての罪のゆえに罰する。)は、善人がなぜこんなに多くの苦しみを受けねばならないかという問題についての大変よい説明を含んでいます。実際善人の苦難はそのように考えなければ、説明がつかず、多くの人びとに神の義を疑わせることとなるでしょう。(つづく)
2026.04.29
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4月29日(水)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。進歩の子たれよ進歩の子になりなさい、保守、受け身ばかりの人間にはならないように。アブラハムがカルデヤの地を去ったように、腐敗の巣窟からは断乎として去りなさい。預言者が時の制度を排斥したように、陳腐な古くさくなった制度を排斥することに躊躇してはいけません。キリストが祭司、学者、パリサイ人以上の義をお求めになったように、法王、監督、宣教師以上の義を求めさい。パウロがペテロを目の前で問い詰めたように、自由の福 音を維持しようとするためには高僧や碩学の人にも従わないくらいの覚悟を持ちなさい。常に前を向き、前向きに生きる、進歩の人になりなさい。そうして、アブラハム、多くの預言者、キリスト、パウロなどとおなじレベルの人間になるように努力しなさい。
2026.04.29
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4月29日(火)後藤瑞義入選歌・入選句(令和七年四月より六月)(2) 千年の杉の命を支へゐて太き根あまた地表をうねる (明治神宮第一四九回春の大祭 令和七年五月六日 佳作入選) 朝昼の温度差十度十五度に桃も桜も耐えて咲きおり(読売新聞静岡版 よみうり文芸 六月十一日 入選 梅内美華子 選) かなしみが雉にもあらん啼きにけり(読売新聞静岡版 よみうり文芸 六月十一日 入選 上田日差子 選) 自らの植ゑしぼうたん妻は亡し(読売新聞静岡版 よみうり文芸 六月二十五日 入選 上田日差子 選) (つづく)
2026.04.28
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4月28日(火)渡辺順三歌集「日本の地図」 著者:渡辺順三発行:平成11年3月23日 発行所:短歌新聞社1950年(2)七月五日(特審の調べをうく)(1)かつての特高とおなじ口調もて、問いつむる語気 するどくけわし。 ・陰険に追いくるまなこ 見据えつつ、負けてならじと掌をにぎりしむ。 ・お互いに睨みあうまなこぎらぎらと、火花ちらすか 真ひるの部屋に。 ・背後の力をかさに押してくる、ぎらつくまなこ避けてはならず。 (つづく)
2026.04.28
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4月28日(火)歌集「涵養の地」(25)発行所:いりの舎著書:君山宇多子発行:二〇二五年十二月十五日作者とは、十数年前静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。現在は歌人協会の副会長です。若い頃より一本筋金の入った印象がありました。作者の歌の師との師弟関係はほんとうに心温まるものがあります。彼女の師である温井松代氏の師は、大岡博氏(窪田空穂の弟子で、詩人大岡信の父)で、窪田空穂氏とは孫弟子となる人です。ですから、君山さんは空穂のひ孫弟子ということでしょう。そういう一本筋の通った感じが確かにありました移動自粛(1)はなびらを浮かべて暗きにはたづみウイルスが徐々にこころを浸す明滅の先真直ぐに西を指す飛行機の孤影夕ぞらをゆくバイパスの渋滞に入れば「県跨ぐ移動自粛」の掲示が灯る (つづく)
2026.04.28
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4月28日(火) 与謝晶子の歌(336)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平あみの成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。南豆詠草――(2)『冬柏』九巻七号・昭和十三年七月昭和十年寛と最後の旅をした思い出の地(南伊豆)に、昭和十三年七月初旬、今井浜温泉に一泊、下田温泉ホテルに一泊の旅をした。白金はくきんのほのほ吐く岩遠く立ち前の渚は敷波ぞ寄る十余人芝生を刈れりわたつみの利島としま式根の島に及ぶな我れの来て君の再び来ずなりし下の河津に啼くほととぎ今井浜君を見がたし思へらく冥府よみに追ふともまたあらざらん我れの見て谷津やつの浜橋馬行かぬことを昔に似ずと云はんや (つづく)
2026.04.28
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4月28日(火)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(247)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第五章 実作への誘いー推敲のヒント(47)冬(2) 大げさな恋の仕草や里神楽(原句) きちんとして、味が足りません。「里神楽」を上五にもってきます。もう少し湾曲な表現します。里神楽恋の仕草も大げさに *水筒を腰に遊ばせ冬登山(原句)全体、きっちりしすぎて余裕がありません。「冬登山」はすこし窮屈ですので、「冬山へ」とします。「腰に遊ばせ」はもう少し具体性が欲しいと思います。水筒を腰に鳴らせて冬山へ(つづく)
2026.04.28
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4月28日(火)昭和萬葉集(巻十四)(356)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)V(21)四季の歌(21)雪(4)関口福衛降積みし重みにしまりし屋根の雪土壌の如く層をなしをり 石野すゑ子わが髪に積るがままに立ちてきく雪の擦れ合ふかすかなる音風少し出できて雪は小こ止やみなし斜に落つる早さに積る研究室に徹夜すと云ひ行きし子の雪降る今宵帰るかと待つ 岩崎節子スクラムの肩に積れる雪片の風たてば氷雪の炎と紛まがう (つづく)
2026.04.28
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4月28日(火)「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(66) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)一月八日(2)あなたがたが願い求めるすべてのことが、ただちに実現するわけではありません。その前に、あなたや他の人々の内部で、なお多くのものが成長し強化されなければなりません。たとえ恩寵の奇跡によって行われた場合でも、ある程度までは自然の道順を経てそれは行われなければなりません。また、あるものを手にいれることだけが、自分の感情にとってかけがえのない主要事ではありません。あるものを取得できるという確信、固い信仰は、すでに得られた所有にほとんど劣らないものです。(よりつづく)一月八日(3)あなたの身の上に最善のことが定められてあると固く信じなさい。あなたの心がいと安らかであれば、すべての悩みを免れよう。 その時がやって来るならば、力づよい助けが突然現われて、あなたの愚かな悲しみを、おもいがけなく恥じ入らせよう。(つづく)
2026.04.28
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4月28日(火)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。十字架の仰膽(ぎょうせん)「なんじらわれを仰ぎ膽(み)よ、されば救われん」(イザヤ書四十五章二十二節)。十字架上のキリストを仰ぎ視なさい、そうすれば救われます。キリストのながした血はあなたがたがいかに罪深いかの証明であると認めなさい。そうすれば、救われるでしょう。キリストの受けたことばでは言い尽くせない苦しみは、あなたがたの罪に対する神の怒りの表れと認めなさい。そうすれば、救われます。キリストの十字架上の死を、古いあなた自身の死と認めなさい。そうすれば救われます。十字架上のキリストを単に眺めるのではなく、仰ぎ視ることによってあなた方は救われるのです。誤った、罪深い自分自身をキリストと共に十字架に釘で打ち付けられ死ぬことによって、わたしたちは新しく生まれ変わり救われるのです。(ガラテヤ書二章二十節)。
2026.04.28
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後藤瑞義入選歌・入選句(令和七年四月より六月)(1)「晩鐘」の農夫のように佇(た)ちており自閉児わが子が独りうなだれ(第26回NHK全国短歌大会 三月二十九日 入選 )竹群のなびかう中に一本の枯れたる竹は真直ぐに立つ(読売新聞静岡版 よみうり文芸 四月二日 秀逸 梅内美華子 選)(評)青く生き生きとしている竹は風にしなり、枯れたものは硬直している。竹群に生と死を見た歌。竹が見せているものはそれだけではないと感じ取った作者は「真直ぐに立つ」という表現で簡潔に記した。独り居の庭に増えたり福寿草(読売新聞静岡版 よみうり文芸 四月九日 佳作 上田日差子 選)(評)独り居の生活になれてはきたものの、やはり寂しさはかくせない。ただ庭に出ると、福寿草が増えていることに気づく。小さくても愛らしい花の形と眩しいほどの黄色に心が和む。思わず微笑む作者であろう 白鳥の羽搏きに似て花吹雪(読売新聞静岡版 よみうり文芸 五月二十一日 入選 上田日差子 選) (つづく)
2026.04.27
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4月27日(月)渡辺順三歌集「日本の地図」 著者:渡辺順三発行:平成11年3月23日 発行所:短歌新聞社1950年(1)沼津のメーデー造花のバラ真紅のバラが燃えるようだ。スクラム組んだ少女の胸に。 ・足音たかく。歌声たかく、君らはゆく、スクラムかたく、胸はってゆく。 ・赤旗が風にはためき、列はいまジグザクとなる 牧水歌碑の前に。 (つづく)
2026.04.27
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4月27日(月) 与謝晶子の歌(335)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平あみの成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。南豆詠草――(1)『冬柏』九巻七号・昭和十三年七月昭和十年寛と最後の旅をした思い出の地(南伊豆)に、昭和十三年七月初旬、今井浜温泉に一泊、下田温泉ホテルに一泊の旅をした。駅駅に花あふひ咲くその年の伊豆の夏にも逢はざりし人ありし世の今井の浜よ続きたる悲しき夢も真まことにかへれ白しらけたり磯しばらくも過ぐならぬかたちに波の従ひたれば悲しめば沙に迷へるしら波も盲目めしひの群むれと思はるるかな (つづく)
2026.04.27
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4月27日(月)歌集「涵養の地」(24)発行所:いりの舎著書:君山宇多子発行:二〇二五年十二月十五日作者とは、十数年前静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。現在は歌人協会の副会長です。若い頃より一本筋金の入った印象がありました。作者の歌の師との師弟関係はほんとうに心温まるものがあります。彼女の師である温井松代氏の師は、大岡博氏(窪田空穂の弟子で、詩人大岡信の父)で、窪田空穂氏とは孫弟子となる人です。ですから、君山さんは空穂のひ孫弟子ということでしょう。そういう一本筋の通った感じが確かにありました執着(2)老齢にきびしき<生検>受けし父生への執着を当然として往診の途に斃れしとふ八十歳はわが祖父にして戒名の<仁>生理的食塩水とふ水作り金魚救ひき産婆なる祖母けふといふ時を絞れる花むくげ形ととのふみづからのためみづからを絞りて生を遂ぐるもの白き木槿に闇が近づく (つづく)
2026.04.27
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4月27日(月)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(246)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第五章 実作への誘いー推敲のヒント(46)冬(1) 穏やかな冬日の如ごとき母なりし(原句)母の印象を「冬日」にたとえたのはよいでしょう。冬日のようなぬくもり、寒さの中にぬくもりを与えるたとえでしょう。そのお母さんのやさしい美しさを表現したいものです。そこで「匂やかな」という言葉を使ってみました。匂やかな冬日の如き母なりし四温待つ錠剤の艶てのひらに(原句)作者の一番言いたいことであろう「四温待つ」は下五に置くのがよいでしょう。その方が句が生きて来るでしょう。「錠剤の艶(つや)」も春に通じるものがあり良いと思います。てのひらの錠剤の艶四温待つ (つづく)
2026.04.27
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4月27日(月) 昭和萬葉集(巻十四)(342)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅴ(20) 四季の歌(20)雪(3) 伝田青磁高山に常ある雪は仰ぐとも人ははるけくなりまさりゆく音絶えし硝子戸外のくもり空微塵のごとき雪は日ねもす松生富喜子雪ふぶく原とけぢめなき暁の空一ところ朝焼の顕たつ黒田淑子夕ぐれの刻長くなりて降る雪は地つちに溶けつつ枯草に積む影山銀四郎ゆきふれりいづこよりきてふりつむやうらるあるたいおもほゆるなり(つづく)
2026.04.27
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4月27日(月)「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(65) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)一月八日(1)「いまわたしはこの苦しみを堪え忍ばなくてはならない。けれども、いと高き者の右の手が、やがてすべてのおのを変えてくれるであろう」(詩篇第七七章十節)。この言葉を誠実な心で、完全な同意を込めて唱えることのできる人は、すでに自分の苦悩を越えて、内的平和と安定に達したのです。ストア哲学者が教えているような、ただうわべだけそれに超然としているべきではないでしょう。もっとも、実際にはそれさえまれですが…。(よりつづく)あなたがたが願い求めるすべてのことが、ただちに実現するわけではありません。その前に、あなたや他の人々の内部で、なお多くのものが成長し強化されなければなりません。たとえ恩寵の奇跡によって行われた場合でも、ある程度までは自然の道順を経てそれは行われなければなりません。また、あるものを手にいれることだけが、自分の感情にとってかけがえのない主要事ではありません。あるものを取得できるという確信、固い信仰は、すでに得られた所有にほとんど劣らないものです。(つづく)
2026.04.27
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4月27日(月)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。イエスにおける友人イエスにおける友人とは世間でいうところの必ずしもキリストの信者ではありません。かれらの中に仲間意識の強い人もいれば、悪人もいれば、心の良くない人もいます。イエスにおける友人とはイエスに似た生涯を送る人であり、また送った人です。日本で言えば佐倉惣五郎のような人がそうです。哲学者のスペンサーもそうでしょう。利害を捨てて人のために尽くす、義のために闘い、愛のために苦しみ、真理のために努力する人はイエスにおける友人です。たとえイエスの名を知らなくとも、イエスの名を唱えたことがなくっても、わたしはそんなことを問題にしません。イエスのような生涯を送った人はキリストの友人であるとともに、私の友人でもあり、私の兄弟または姉妹なのであります。(マタイ伝十二章五十節)。
2026.04.27
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4月26日(日)後藤瑞義入選歌・入選句(令和七年一月より三月)(2)廃業のガソリンスタンド幾つもの給油機は管を垂らしたるまま(読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月五日 秀逸 梅内美華子 選)(評)稼働せずその役割を果たしていない場所や物。エネルギーを失ったかのように寂しく荒涼を見せている。丁寧な描写によってガソリンスタンドの寒々しさが浮びあがったた。 根を腕のようにし巌を抱きいて銀杏大樹は生きなんとする(読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月十九日 入選 梅内美華子 選) たをやかに肩にふれたる枯れすすき(読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月十九日 入選 上田日差子 選) 餅撒きとうなつかしきもの老いわれも子らに混りて競い拾えり(読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月二十六日 入選 梅内美華子 選) 一桁で逝きしわが子よ汝れのためわれは生きなん三桁目指して(読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月五日 入選 梅内美華子 選) 心まで真つ白となる初鏡(読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月五日 佳作 上田日差子 選)(評)「初鏡」は正月に初めて鏡に向かって化粧をすることであるが、男性が髭剃りなどで鏡を使うこともいう。新しい年を迎えて自分の顔を改めて見つめる。「心まで真つ白となる」初心を胸に誓うのであろう。 葉の落ちし林のなかを歩きいてなにかやさしきこころもちする(読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月二十日 入選 梅内美華子 選) (つづく)
2026.04.26
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4月26日(日)渡辺順三歌集「日本の地図」 著者:渡辺順三発行:平成11年3月23日 発行所:短歌新聞社1949年(6) あるとき自分ながらあきれるほどの気弱さが、いつも失敗となり、悔いとなる。 ・何一つ誇ることもない自分のこと、 かえりみてにわかに寂しくなる。 ・自分で自分が、やりきれなくなる――。 むっつりと、今日も朝から口もきかねば。 ・もうお前の生涯の値打ちもきまったと、自分でいって、軽く目をつぶる。 ・結局おれもこれだけのものさ、と 半分はあきらめとなり 自慰となる。 (つづく)
2026.04.26
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4月26日(日) 与謝晶子の歌(334)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。嶺頭春色――(20)『冬柏』九巻五号・昭和十三年五月昭和十三年四月五日、六日に、八、九名の一行で抛書山荘を訪れる。抛書山荘で六十九首、多賀で十四首。多賀の浦海に入るべき泉脈のいやはての湯を浴ぶる春の日日は曇り真鶴崎のまなづるの醒めず睡らず潮のみぞ鳴る網代村しのぶ昔のある人はなどにくからん魚の臭きも波の上あはや宮本武蔵ゐて切りたるやうに鵜の姿なし春の夜や網代港の突堤が貝ばしらめく灯を上げしかな(以上多賀にて) (つづく)
2026.04.26
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4月26日(日)歌集「涵養の地」(23)発行所:いりの舎著書:君山宇多子発行:二〇二五年十二月十五日作者とは、十数年前静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。現在は歌人協会の副会長です。若い頃より一本筋金の入った印象がありました。作者の歌の師との師弟関係はほんとうに心温まるものがあります。彼女の師である温井松代氏の師は、大岡博氏(窪田空穂の弟子で、詩人大岡信の父)で、窪田空穂氏とは孫弟子となる人です。ですから、君山さんは空穂のひ孫弟子ということでしょう。そういう一本筋の通った感じが確かにありました執着(1)電気ショックに応へぬ祖父を見守れる女医はひとりの孫とはなりて施術の是非質ただせる若き女医の姪 院長は答ふ使命感とぞ遺体待つ病院の廊下鎮まりて秒針の重みを刻む死期迫る父にカテーテル手術せし使命とは何 問ひ来し長く戦ひて焉りしはまこと祖父らしき 八年を経て姪のしづけし (つづく)
2026.04.26
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4月26日(日)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(245)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第五章 実作への誘いー推敲のヒント(45)秋(15) 国訛りなのが良いのに秋の宿(原句)口語調で内容にマッチしてないようです。「訛り同士」としたほうが温かみがあります。国訛り同士がうれし秋の宿 *草紅葉水をはげます早瀬かな(原句)「水をはげます」が、この句でもっともよい部分でしょう。それを生かします。草紅葉早瀬は水をはげませり(つづく)
2026.04.26
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4月26日(日) 昭和萬葉集(巻十四)(341)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅴ(19) 四季の歌(19)雪(2)米山敏雄地吹雪の止む折々の窓の外は日暮れんとして雪青みきつ細川謙三十五階の窓にも雪は降り積り遊び疲れて子らは眠れり東 長二トラックを降りて山辺の沢に飲む水はあしたの雪の匂ひす中浜新三郎厨辺の水に蜆しじみの黒くして降る雪今宵つもる気配す (つづく)
2026.04.26
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4月26日(日)「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(64) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)一月七日(5)裁。(さば)くな悪い人たちをすてておけ、争いはやめよ。おまえに任せられないことをすてておけ神がだれの改心をのぞんでいられるか、その救いのみこころはおまえにはわからない。 神が悪人らをたすけようとされなければそれでおまえには十分ではないか。かれらは恵みに浴することのない重い鎖をひきずっているではないか。 幸福のほのあかりのなかにあってもかれらはつねに不幸の不安におびえ、その頭のうえにはたえず裁きの剣がかかっているのが見える。 悪人らを正しい裁き主にゆだねて惑うことなくおまえの道を行くがよい。神は、日常平凡な思想をいだく当世の詩人のたぐいではない。(よりつづく)一月八日(1)「いまわたしはこの苦しみを堪え忍ばなくてはならない。けれども、いと高き者の右の手が、やがてすべてのおのを変えてくれるであろう」(詩篇第七七章十節)。この言葉を誠実な心で、完全な同意を込めて唱えることのできる人は、すでに自分の苦悩を越えて、内的平和と安定に達したのです。ストア哲学者が教えているような、ただうわべだけそれに超然としているべきではないでしょう。もっとも、実際にはそれさえまれですが…。(つづく)
2026.04.26
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4月26日(日)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。天然の愛天然、自然を愛しなさい、しかしあこがれを持ってはいけません。天然自然を愛するのはいいけれどそれによって神様のこと神様への崇拝を忘れてはいけません。天然自然の力を何かをなしとげるために用いなさい、かれらの誘惑に迷うようなことがないようにしなさい。たとえばギリシャ人のように天然自然を愛してはいけないでしょう。天然自然は神様に達するためのステップにすべきであって、それ自体を神様を祭る神殿としてはいけないのです。そのようなことになれば、われわれは偶像崇拝の罪を問われるでしょう。(列王紀略上十一章三十三節参考。)
2026.04.26
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4月25日(土)後藤瑞義入選歌・入選句(令和七年一月より三月)(1)くにたち短歌大会(NHK主催):令和七年一月十日発表 砂粒のすくなくなれる砂時計ひっくり返して生き直したし (沖 ななも・佐佐木定綱 選 佳作) 葉先にとどまりているひとつぶのつゆに宇宙の力漲る (沖 ななも 選 佳作) 題詠:走めいめいが百メートルを走り切る車椅子の子知恵遅きわが子 (米川千嘉子 選 佳作) くにたち俳句大会(NHK主催):令和七年一月十日発表 風車空蝉付けて回りけり (対馬康子 選 佳作) 鈴なりの柿を見上ぐる子規のごと(読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月十五日 入選 上田日差子 選)自宅にて妻亡くなれば三時間刑事とともに検視官待つ(読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月二十二日 秀逸 梅内美華子 選)(評)自宅で妻が倒れそのまま亡くなった。最後は自宅というのは悪くないはずだが、警察の調べが入り検死される。妻の死のショックをさらに現実的にする「三時間」の待ち。 (つづく)
2026.04.25
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4月25日(土)渡辺順三歌集「日本の地図」 著者:渡辺順三発行:平成11年3月23日 発行所:短歌新聞社1949年(5)わがふるさと(十月十日)戦災に、姿かわりしふるさとの街かどに立てば浮浪児の群。 ・無惨なる戦禍のあとが まざまざと、まだ残りいるふるさとの街。 ・この街の戦火に死にし人のなかに、わが親友もいく人かあり。 ・むごたらしく一家全滅したる友の、藻谷六郎もこの街に住みき。 ・わが幼な友達なりし人の子が労働組合会員となりいて、われに逢いにくる。 ・封建的、保守的といわれしこの街にも、党の旗たち 君らたたかう。 (つづく)
2026.04.25
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4月25日(土) 与謝晶子の歌(333)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。嶺頭春色――(19)『冬柏』九巻五号・昭和十三年五月昭和十三年四月五日、六日に、八、九名の一行で抛書山荘を訪れる。抛書山荘で六十九首、多賀で十四首。海と空夕月夜ほど暗き日の多賀まる山の大島ざくら波に皆足を汚して子等の来るおもむきしたり朱沙しゅさ引きて来て山出でてしばらくののち多賀にありなほいかさまに時移るらんあてに行く船はあらぬか初めより海は無人むじんの境といへども (つづく)
2026.04.25
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4月25日(土)歌集「涵養の地」(22)発行所:いりの舎著書:君山宇多子発行:二〇二五年十二月十五日作者とは、十数年前静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。現在は歌人協会の副会長です。若い頃より一本筋金の入った印象がありました。作者の歌の師との師弟関係はほんとうに心温まるものがあります。彼女の師である温井松代氏の師は、大岡博氏(窪田空穂の弟子で、詩人大岡信の父)で、窪田空穂氏とは孫弟子となる人です。ですから、君山さんは空穂のひ孫弟子ということでしょう。そういう一本筋の通った感じが確かにありました等しくも(2)人間ひとならば十四五歳じふしごならむ初莟ふくらかにして蔓薔薇三歳蔓薔薇のことばを聴かむ六月の風がみどりの葉群をゆらす自しが内に大切なるもの蔵ふ友必ずやゐむ汝の周りに十七歳じふしちの悩みに答へむ長き手紙終はりに記す「宇多子」といふ個を集団の怖さ識らされしわが十代 バルザック像の深き沈黙 (つづく)
2026.04.25
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4月25日(土)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(244)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第五章 実作への誘いー推敲のヒント(44)秋(14)さつま芋茹でしにおいのほの甘く(原句)さつま芋の場合、「茹でる」のでなく「ふかす」でしょう。甘くは説明過剰でしょう。届くくらいでいいでしょう。さつまいもふかす匂ひの届きけり *彼岸花名に偽らず墓の道(原句)すこし堅く感じます。上五、下五に名詞があり重い感じですので、軽くやわらかい表現にしたいです。墓道に咲いてその名も彼岸花 (つづく)
2026.04.25
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4月25日(土) 昭和萬葉集(巻十四)(353)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅴ(18) 四季の歌(18)雪(1)安田章生はるけくも生きてこしかな春の雪の降り積む音を妻と聴きをり上田三四二雪の日を貫きてここに道はみゆ行く角巻かくまきや散る風花や雲きれてひかり差すとき北のかなた金きん北山ほくさんの雪照りわたる津軽照子いつのまにか 降りつむ雪の そんなふうにおのづと生きよごれて とけるすべも知らぬ かなし両手にすくうでこの温かさ、天そらの名残のしたしさを。藍ふかい、雪とおもへば朱あけの雪 変化へんげのやうにくるふ粉雪。 (つづく)
2026.04.25
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4月25日(土)「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(63) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)一月七日(4)たとえ心のなかだけでも、決して人といさかいをしてはなりません。これは往々にして、実際の争いよりもかえって心を不愉快にいます。いろいろな内的不安の原因ともなります。ユダヤの格言にある通り、とりわけ「自分の愛する者を怒るのは、頭上に狂気の種をまくことである。」(よりつづく)一月七日(5)裁。(さば)くな悪い人たちをすてておけ、争いはやめよ。おまえに任せられないことをすてておけ神がだれの改心をのぞんでいられるか、その救いのみこころはおまえにはわからない。 神が悪人らをたすけようとされなければそれでおまえには十分ではないか。かれらは恵みに浴することのない重い鎖をひきずっているではないか。 幸福のほのあかりのなかにあってもかれらはつねに不幸の不安におびえ、その頭のうえにはたえず裁きの剣がかかっているのが見える。 悪人らを正しい裁き主にゆだて惑うことなくおまえの道を行くがよい。神は、日常平凡な思想をいだく当世の詩人のたぐいではない。(つづく)
2026.04.25
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4月25日(土)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。聖書と他の書物ブラウニングの詩は深くすばらしいが聖書のほうが遥かに深い。ダンテは大きいが聖書は遥かに大きい。ゲーテは偉大であるが聖書ははるかに偉大です。いろいろなところに智識はありますが、その本源は聖書です。いろいろな自由がありますが、その根底をなすものは聖書です。方々に天才がおりますが、聖書の中には神様と聖霊がおります。例えれば聖書は枝にたいする幹です、注解にたいする本文です、人の書にたいする神様の本です。この世のもろもろを人類は超越してゆくでしょう、しかし聖書が超越されることは永久にありません。
2026.04.25
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4月24日(金)後藤瑞義入選歌・入選句(令和六年十月より十二月)(2)朝なさな餌やりおりし妻なればこの頃見えぬと鶏とりも思うや(静岡県歌人協会 短歌大会 十一月三日 大賞 ) 今宵また貴族のような食事だと宅食料理チンしておがむ(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十一月六日 入選 花山多佳子 選) コスモスはコスモス同士咲いている彼岸花とは遠く離れて(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十一月十三日 秀逸 花山多佳子 選)(評)コスモスと彼岸花、まじって咲いているのはちょっと気味が悪いかも。コスモスを主語にして彼岸花を敬遠している雰囲気が面白い。二つの花の咲く場所に着目してユニークな歌。 施設より帰りたる日は靴下を子は幾度も替えて安らぐ(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十一月二十七日 入選 花山多佳子 選) 常のごと餌持ち今朝も来てしまうすでに一羽もいない鶏小屋(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十二月十八日 秀逸 花山多佳子 選)(評)鶏はみな死んでしまったようだ。朝の習慣で餌を持って来て、空っぽの鶏小屋をまた発見する。「一羽もいない」にそのさびしさが伝わる。餌をやる仕事のなくなった空虚感も。
2026.04.24
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