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短歌鑑賞(正岡子規の一首)柿の実のあまきもありぬ柿の実のしぶきもありぬしぶきぞうまき 『竹乃里歌』正岡子規 正岡子規は、柿好きで有名です。また食べることにも大変関心が深く、情熱が伺えます。その子規の素直な発見の歌だと思います。渋がうまいと逆説的に言っているのではなく、ほんとうにうまいと感嘆しているようです。「抜き柿」「熟柿」「干し柿」、すべて渋柿がもとになっています。そして、実に美味しくなります。その発見は、病気に苦しむ自身にも向けられているかもしれません。「病ぞ幸」などと…、これは深読みすぎるかもしれません。
2026.02.28
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2月28日(土)前川佐美雄歌集「捜神」(230)著者:前川佐美雄発行:平成四年六月三十日 昭和二十七年(7)みぞれ雪(1)戦後はじめて同窓相見る十幾人じふいくたり会館のそと早春の雨ふと思ふわが悔恨につながりてあか犬よごれあめのなか過ぐみぞれ雨降る街のなか墨の如き悔恨あり昨日の雪のかたまり (つづく)
2026.02.28
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2月28日(土) 与謝晶子の歌(271)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。時雨抄――(4)『冬柏』八巻十号・昭和十二年十月 この中で「病」とあるのは、この年三月、晶子が第一回目の脳溢血に襲われた。幸い軽症で、伊豆旅行ができた。抛書山荘にて(4)桟橋の昨日の雨に流れしを人馴れて引く湖の秋くろ雲を怖る怖るも出でて来ぬ万まん二じの峰と万三郎と折ふしに波の越ゆれどわれ座して湖上の板を禅ぜん床しやうに代ふ雑ぞふ林りんは権萃ごんずゐの木の酔すゐ顔がんを中にまじへて道海へ出づ洗はれし食器の籠にある如し川奈の村も港の家も (つづく)
2026.02.28
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2月28日(土)歌集「かたじけなくも」(45)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。とつくり蜂(2)100人噛みつき御用となりし猿「楽寿園」にて飼はるるといふ早足となりゆく時間トレリスにとつくり蜂の空の徳利土肥の海に隆明の命すくひたる蕎麦屋とおもひ通り過ぐのみ隣家の跡地にしげる泡立草気になるものが抜くほかはなく (つづく)
2026.02.28
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2月28日(土)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(188)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第四章 心にしみる句(5)夏(2)渡り懸かけて藻の花のぞく流ながれかな 凡兆野川の橋を渡っていて、水中を見ると、水藻に白い細かい花が咲いているのを発見しました。思わず足を止めて覗き込んでいる句です。初夏の抒情味ゆたかな句です。さからはず十薬をさへ茂らしむ 富安風生世に背を見せているというわけではなく、結構、世の中と妥協している人で、庭に繁茂してくるいやな十薬(どくだみ)も拒むことなく受け入れているというのです。複雑な人間像を十薬という花でたくみに描いています。(つづく)
2026.02.28
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2月28日(土)昭和萬葉集(巻十四)(297)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(70)愛と死(70)わが祖(1)小林峯夫 実をこぼし草生えつぎし幾世代土に屈(こご)みてきたるわが祖(おや)扁平にその十(とお)の指つぶれつつ百姓の子の骨は凝りゆくわが祖(そ)らの深き眼窩(がんか)の顔々が土に顕ちくる畑打ちゆけばこの空のいずく見つめて耐えていし稗(ひえ)を刈りつつ宝暦の祖 家ごとの鶏小屋に紅き燈を息づかせつつ村は眠れる幼(ちさ)き日のわれの記憶に冴えて鳴る眠れぬ父が煙管(きせる)打つ音 (つづく)
2026.02.28
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2月28日(土)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(923) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(57)二(15)(前日)二(14)したがいまして、英智が老年の最も尊い特色であるということがほんとうだとすれば、その英智は生命力の不足からやむをえずいただく諦めにあるのではありません。また、取り返しのつかない過去へのいたずらな回顧にあるのでもありません。まして、ただ苦労のみ多く結局のところ目的のない人生に対する無力な反抗や不平なでにあるのでもありません。つまり、古い無慈悲な神々が、死すべきものである人間にそのような無意味な存在を背負わせておきながら、他方、神々自身はやはり同じように無意味な永遠の栄光に包まれて「黄金の卓」で祝宴をもよおし、地上の虫けらどもを冷淡に見下ろしている、という考えです。このような見解はすべて、まったく不条理です。キリスト教がおこなった最大の解放の仕事は、罪と憂いをなくしたことです。また、前に述べました古い神々を永久にその王座から追放したことです。その代わりに、愛をあたえるもの、すなわち、完全に正しい、しかも完全に恵み深い世界の主をただひとり真実の神として告げ知らせたことです。(よりつづく) もし人生全体がある意味を持たねばならないとすれば、われわれの地上生活の最後の時期は、下り道ではなくて、はるかに高い存在の可能をめざすのぼり道でなければなりません。これこそ、その人生に対する間違いもごまかしもない審判です。そしてこの審判は老年に達したみなの人がみずから下さざるをえないものです。それに対する再審理は行われません。 (つづく)
2026.02.28
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2月28日(土)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。断えず祈るべしたえず祈りの状態に自分自身をおき、常に心を虚(むな)しくし、すべての善きものが神様より与えられるよう謙虚でありなさい。必ずしも時を定めて祈る必要はありません。高壇に立って天を仰いで叫ぶ必要もありません。ただ、たえず祈りなさい。出る時に祈りなさい、入る時に祈りなさい。友を訪ねる時に友情が深まるように祈りなさい。物を人に贈る時、贈った相手に役立つようにと祈りなさい。われらが日常におこなう小さな善行も神様の祝福のもとに善き実を結ぶようにと祈りなさい。轟々とした車中でも祈りなさい、森々とした木々の下でも祈りなさい。筆を執るときに祈りなさい。斧を振るうときに祈りなさい。鋤を手にする時に祈りなさい。そうです、たえず祈りなさい。祈りをもって生きていることを実感しなさい。(テサロニケ前書五章十七節)
2026.02.28
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2月27日(金)前川佐美雄歌集「捜神」(229)著者:前川佐美雄発行:平成四年六月三十日 昭和二十七年(6)冬の池苑のなか誰も来てゐず冬日ざし水涸れし池の石橋しやくけうわたる冬ざれの苑のなか小さき池つづき心字の池も水乾ひて凍いてぬ水かれし苑の小池にさす冬日底土くろし亀の甲かわく奈良はわれをつひに死なせて葬れり重くやはらかき草限りなく (つづく)
2026.02.27
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2月27日(金) 与謝晶子の歌(270)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。時雨抄――(3)『冬柏』八巻十号・昭和十二年十月 この中で「病」とあるのは、この年三月、晶子が第一回目の脳溢血に襲われた。幸い軽症で、伊豆旅行ができた。抛書山荘にて(3)荘園の雁来紅と唐がらし濡らせる雨のただよへるかなこの秋の岬に灯なきことをもて君を見ざるにくらぶべきかは山踏みて行き逢はばなど思へるも正しく云へば世にあらぬ人浮うき床ゆかは湖心こしんにおかれ悩ましくさびしき時は身じろぎぞする釣魚てうぎょ台だい坐してさびしや山梨の紅葉に遠くすすきに遠く (つづく)
2026.02.27
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2月27日(金)歌集「かたじけなくも」(44)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。Ⅱ とつくり蜂(1)朝より幾たび叫おらぶ広報か出没自在な猿をいましめ人を襲ふ猿は野生にあらざるとテレビが言へりさうかもしれぬ折りをりに歯を剥き出だす隣国とむやみやたらに噛みつく猿と (つづく)
2026.02.27
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2月27日(金)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(187)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第四章 心にしみる句(4) 夏(1)熊野路に知る人もちぬ桐の花 去来 「熊野路」という古典的な言葉と桐の花という雅やかな花とを重ねて想像すると、美しい中年の女性の姿が浮かんできます。ひとの恋あはれにをはる卯浪かな 安住 敦 卯浪というのは、陰暦四月ごろの波のことをいいます。初夏の卯の花のさくころ海に立つ白波のことです。 卯月の海の白いさわ立ちを眺めながら、破局に終わり傷ついた人の身を思うのです。「ひとの恋」といい、「あはれにをはる」といい、やや現実感の淡い頼りなさがかえって美しいものにしています。くずれて白波となり、やがて泡沫となる卯波のはかなさを象徴した句です。 (つづく)
2026.02.27
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2月27日(金)昭和萬葉集(巻十四)(292)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(69)愛と死(69)はらから・うから(3)斎藤孝明うたた寝の炬燵にねむり妻子らがわが及ばざる夢楽しまむ浦岡 薫転職し思ひめぐらすわが耳に湯を流しはしやぐ妻と子の声塩田啓三母と娘の病み臥す昏れの窓を刺し音伴はぬしげき稲妻高橋加寿男膝に置く皺みたる手と滑らなる手とあり母娘おやこゆゑに哀しく仲 宗角虐げてわが母を死に追ひやりし伯母の柩ぞわれが担になへる (つづく)
2026.02.27
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2月27日(金)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(922) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(56)二(14)(前日)二(13)死後には、生命が存続するか、それとも滅亡するか、そのいずれかであって、第三の場合は存在しません。しかし生命の存続は、地上の存在を基にしてのみ可能です。現世の存在がすでに、来世の霊的内容とその在り方とを萌芽の形で、そのうちに宿しているからです。(<参考>ローマ人への手紙の第八章十一節:もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っている霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。ローマ人への手紙第八章13節:肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業しわざを絶つならば、あなたがたは生きます。)霊が滅亡する場合には、直ちに滅びるにせよ、徐々に滅びるにせよ、何らの「希望もなく」生きる人が老いに近づく場合よりも、なおいっそう暗澹とした状態に沈んでゆくでしょう。(よりつづく) したがいまして、英智が老年の最も尊い特色であるということがほんとうだとすれば、その英智は生命力の不足からやむをえずいただく諦めにあるのではありません。また、取り返しのつかない過去へのいたずらな回顧にあるのでもありません。まして、ただ苦労のみ多く結局のところ目的のない人生に対する無力な反抗や不平なでにあるのでもありません。つまり、古い無慈悲な神々が、死すべきものである人間にそのような無意味な存在を背負わせておきながら、他方、神々自身はやはり同じように無意味な永遠の栄光に包まれて「黄金の卓」で祝宴をもよおし、地上の虫けらどもを冷淡に見下ろしている、という考えです。このような見解はすべて、まったく不条理です。キリスト教がおこなった最大の解放の仕事は、罪と憂いをなくしたことです。また、前に述べました古い神々を永久にその王座から追放したことです。その代わりに、愛をあたえるもの、すなわち、完全に正しい、しかも完全に恵み深い世界の主をただひとり真実の神として告げ知らせたことです。(つづく)
2026.02.27
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2月27日(金)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。教会建設の難易ある面では、教会を作る事はなんとやさしいことでしょうか。またある面では、教会を作る事はなんと難しいことでしょうか。木と煉瓦との教会、物質的な外見だけの教会を作る事は何とやさしいことでしょうか。人と霊魂との教会、精神的な内面的な教会を作る事はなんと難しいことでしょうか。わたしは残念ながら、資本、財産がありませんので前者の教会を作る事は出来ません。しかしながら、神様の援助を得て、小なりといえども後者の精神的な内面的な教会を作ろうと思うのです。
2026.02.27
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2月26日(木)前川佐美雄歌集「捜神」(228)著者:前川佐美雄発行:平成四年六月三十日 野極(自昭和二十三年 至昭和二十七年)昭和二十七年(5)神の如き火(5)冬日照春日の森に大杉の鉾杉をあふぐ誰もしたがへず歳末のせはしきときに通り過ぐこの池のなか亀が棲みをる山茶花の二三枝にさんしを切る白ければおのづからなる昼月があり明日が悲し来年が悲し来年はわれ如何にある国如何にある億万の紅葉散れ苑の池のなか島の上に舞ふ万歳楽なれば (つづく)
2026.02.26
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2月26日(木) 与謝晶子の歌(269)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。時雨抄――(2)『冬柏』八巻十号・昭和十二年十月 この中で「病」とあるのは、この年三月、晶子が第一回目の脳溢血に襲われた。幸い軽症で、伊豆旅行ができた。抛書山荘にて(2)新しく木の葉色づくい山に入り昔の秋は思はずもがな見るままに天城の雨の溜り行く櫟林の下のみづうみ秋山の雨に絡みてなびく時かづらの如し櫟ばやしも円やかに月の暈ほど柳をば少し離れて包む霧かな哀れなり天城おろしに癖ぢきて雁来紅もいはば勿告なのり藻そ (つづく)
2026.02.26
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2月26(木) 歌集「かたじけなくも」(43)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。Ⅱじふいち(2)梢の先見上げて誰も振り向かず苔によろぼふ座頭虫などむらさきの茸あやふく立たせたる土のしたしさ 渡辺松男草むらに羽搏つ春蝉ひろひたりなかなか鳥をさがせぬわれは鳥合はせ二十一種をかぞへたりけふ初めてのじふいちのこゑ (つづく)
2026.02.26
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2月26日(木)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(186)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第四章 心にしみる句(3) 春(3)朝寝せり孟浩然を始祖として 水原秋櫻子孟浩然は、「春眠暁を覚えず、…」の詩の作者です。春の明け方は「春暁(しゆんぎょう)」といって、こよなく美しいものですが、それを忘れて眠っているというのは、やはりそれだけ快いものなのであります。「朝寝」という、くだけて、気ままに振舞っている感じですが、「春眠」という唐詩のイメージがあります。鉛筆一本田川に流れ春休み 森 澄雄田圃の間に小さい野川が流れていて、ようやくぬるみはじめた水音を奏でて、その水に一本の鉛筆が流れています。それがいかにも静かな春休みを象徴しているように見えたでしょう。 (つづく)
2026.02.26
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2月26日(木)昭和萬葉集(巻十四)(291)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(63)愛と死(63)はらから・うから(2)山田良春五十年ふれみることもなかりしと臥ふせる弟おととの細き手にぎる小野道子色あせていできし弟の戦死公報にローソク特配と付記されてあり浅井喜多治石のごと重きかなしみ死のまへに吾を尋ね来し兄を思へば太田幸三ながく吾が和解せざりし兄の骨はらからにまじり丹念に拾ふ (つづく)
2026.02.26
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2月26日(木)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(921) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(55)二(13)(前日)二(12)しかもそれが、政治や芸術や実業や科学の領域で、一生を名声というまぼろしに捧げた、きわめて多くの有名人たちの惨めな慰めです。つまり、死後に自分にかかわりなく自分の誉れがつづくことは、…。彼らはそうしたものをのり越えて、未来の存在を見つめようとはしません。そこでは、彼ら自身のものは何らの価値も認められず、ただ別の資格だけが問題とされるのです。(よりつづく) 死後には、生命が存続するか、それとも滅亡するか、そのいずれかであって、第三の場合は存在しません。しかし生命の存続は、地上の存在を基にしてのみ可能です。現世の存在がすえに、来世の霊的内容とその在り方とを萌芽の形で、そのうちに宿しているからです。(<参考>ローマ人への手紙の第八章十一節:もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っあ、ているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っている霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。ローマ人への手紙第八章13節:肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業しわざを絶つならば、あなたがたは生きます。) 霊が滅亡する場合には、直ちに滅びるにせよ、徐々に滅びるにせよ、何らの「希望もなく」生きる人が老いに近づく場合よりも、なおいっそう暗澹とした状態に沈んでゆきます。(つづく)
2026.02.26
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2月26日(木)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。ヒューマニチーとキリスト教ヒューマニチー(人道)はキリスト教ではありません。キリスト教はヒューマニチー以上です。キリスト教はキリストの死とそれによる昇天に顕れた神様の公義です。キリスト教は罪は罪としてはっきり認める、「血をながすことあらざれば赦されることなし」とも教えます。(ヘブル書九章二十二節)。神様は憐れみ給うだけでなくまた怒り給うのです。正義によってのみ罪人を赦します。ヒューマニチーは人の情ですが、キリスト教は神様の義なのです。ですから、わたしたちはこのヒューマニチーとキリスト教を混同して神の恩恵を空(むな)しくしてはなりません。(ガタテヤ書二章末節)
2026.02.26
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2月25日(水)後藤瑞義入選句(よみうり文芸)洗濯機うなりを上げる冬の朝 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月二十五日 入選 西村麒麟 選)
2026.02.25
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2月25日(水)前川佐美雄歌集「捜神」(227)著者:前川佐美雄発行:平成四年六月三十日 野極(自昭和二十三年 至昭和二十七年)昭和二十七年(4)神の如き火(4)大仏殿の円柱塗れる丹にの土の在りど探たづねてわが冬の日日去年の冬の雪の日に見しかの寺の寒牡丹花くれなゐ古りぬ林檎積み蜜柑積みお伽の家作り灯ともして歳末にぎやかに売る冬の日の暮れゆくときに秩序あり春日の森に杉は影して (つづく)
2026.02.25
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2月25日(水) 与謝晶子の歌(268)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。時雨抄――(1)『冬柏』八巻十号・昭和十二年十月 この中で「病」とあるのは、この年三月、晶子が第一回目の脳溢血に襲われた。幸い軽症で、伊豆旅行ができた。抛書山荘にて(1)現うつし人びととは思はねど在ます如し小室こむろの麓走るくるまにわたつみの大島桜秋いかに伊東のさくら色づきにけり外廊ぐわいくわくをかねし大池おほいけ小学せうがくの板の屋廊やらうを雨ひたすかな池白し秋の袷に雨を巻き入れる小室の抛書はうしよ山荘さんさう (つづく)
2026.02.25
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2月25日(水)歌集「かたじけなくも」(42)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。Ⅱじふいち(1)ミネカエデ・ハウチワカエデ・イタヤカエデ青葉を並べ教へくれたり駒鳥さへづり長きその奥よりふた声づつの筒鳥の笛襲はれしはたぶん小瑠璃と散る羽を壜に集めて去りがての人森ふかく咲く花しろくちひさかりシロカネソウやミヤマセントウ (つづく)
2026.02.25
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2月25日(水)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(180)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第三章 名句を味わう(90) 心にしみる句(2)草の戸も住すみ替かわる代ぞひなの家 芭蕉 奥の細道の旅が決まって家を引っ越した芭蕉です。そして、以前住んでいた庵を訪ねて行ってのぞくと、若い夫婦が住んでいて、その子供と思われる雛壇が飾られてあったのです。花あれば西行の日とおもふべし 角川源義この句は、一句の中で西行の願いをすべて包み込んだような句です。「花あれば」は、「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」の歌の心を踏まえたものです。西行の命日だけでなくとも、花の咲いている時は、すべて西行の日と思いたい、というおおらかな気持で詠んだものでしょう。注意するのは、「西行の日」といって「西行忌」といっていないことです。「二月十五日」と限定すると「西行忌」ですが、「花あれば…」という句の心から推してみると、やはり「西行の日」でなくてはなりません。 (つづく)
2026.02.25
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2月25日(水) 昭和萬葉集(巻十四)(281)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(62) 愛と死(62)はらから・うから(1)米田悦子子を分けて別れんとせし父母に幼ければ抱き合いていし弟と新津澄子夕闇のたちくる沢より石運び汝なれ焼きし跡にケルン積みたり藤 すみ子夫と子の下着をあまた買いおきて手術を受けし姉の逝きたり宮本栄一郎墓地買ひて妻を葬る弟と父に似てくる耳ならべ佇つ (つづく)
2026.02.25
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2月25日(水)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(920) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(54)二(12)(前日)二(11)また「不滅」ということも、たとえばそれが或る人の「偉大な名声」、もしくはその人の何らかの業績が生きつづけるだけで、その名声を本人が少しも知ることができないのであれば、当人にとっては明らかに何の価値もありません。たとえ価値があるとしても、それはせいぜいその人が生きている間に先を予想して、つまり空想で、そのような将来の誉れを味わうくらいのことであって、それはしかしほとんど大した満足を与えるものではないでしょう。これは、古代の、またわれわれの時代の大きな実例が、いやというほど十分に示している通りです。(よりつづく) しかもそれが、政治や芸術や実業や科学の領域で、一生を名声というまぼろしに捧げた、きわめて多くの有名人たちの惨めな慰めです。つまり、死後に自分にかかわりなく自分の誉れがつづくことは、…。彼らはそうしたものをのり越えて、未来の存在を見つめようとはしません。そこでは、彼ら自身のものは何らの価値も認められず、ただ別の資格だけが問題とされるのです。(つづく)
2026.02.25
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2月25日(水)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。無政府主義者にあらず無教会信者は宗教界の無政府主義者ではありません。わたしたちは別に教会を壊(こわ)そうなどと思っていません。ただ、教会の汚れを知りそれに触れないようにしているだけです。わたしたちは、常に主の戒めに従順であろうとしているだけです。教会信者のみなさん、まず自らの教会内部を見渡してください。そしてわれわれが心配する背信、媚俗、誹謗、嫉忌、忿争などの諸悪が行われていないか調べてください、もし潔白であればわれわれ無教会信者を教会の破壊者等と世間におっしゃっても結構です。
2026.02.25
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2月24日(火)前川佐美雄歌集「捜神」(226)著者:前川佐美雄発行:平成四年六月三十日 野極(自昭和二十三年 至昭和二十七年)昭和二十七年(3)神の如き火(1)寒寒と荒壁塗れり捏ねまはす泥土のなかの冬のいきものこれよりは低くなれぬと苔の上に履物そろへ坐りしことなしかりそめにまたしても言ふか人生を台無しにせりとは大事おはごとならずや自信もちて行動すべし今はもうかかる大木たいぼくの心しんに棲みをるこの道の石に一つづつ消えてゆく儚きいのち鳥のこゑして (つづく)
2026.02.24
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2月24日(火) 与謝晶子の歌(267)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。幽歩抄――(18)『冬柏』八巻四号・昭和十二年三月晶子は嶋谷亮輔氏のまねきで伊豆に遊んだ。伊豆田方村吉田大池の抛書荘で、夫(寛)亡きあとの傷心を癒された。嶋谷氏の山荘を訪ひて(18)曇るなり椿を切りし島人の話も海の聞きつけぬらんある限り木こ高だかき椿人切りて波越えぬべくなりぬ初島(以下熱海の和光園にて)ゆききする鉄道衆よ岬浮く海の一段うへの駅亭湯浴みしてわがある山に添ふ線路渚ならねどなつかしきかな (つづく)
2026.02.24
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2月24日(火)歌集「かたじけなくも」(41)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。Ⅱ皮蛋の甕(2) 短日の道のほとりに緋をかざす野性化したる猩猩しやうじやう木ぼくがわしわしと翼の骨をきしませて頭のうへ低く鴉のゆきぬなにもかもはふり散らしてフォークルのアーカイブスにすわる二時間にぎやかに花鉢かざる家の前ひとのさみしさ見てとほるなり (つづく)
2026.02.24
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2月24日(火)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(184)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第三章 心にしみる句(1) 春(1)ある日子が主婦の座につく梅二月 篠田悌二郎家の家事をする妻が今日は台所にいません。その代わりに、まだ高校生の娘が、エプロン姿で妻がいる座についています。「梅二月」の季語が実にうまいです。「梅」だけでも、「二月」だけでも、この雰囲気の表現はとてもできません。清潔で凛として、いかにも、このけなげな少女の姿とういういしさとを詠い得ています。バスを待ち大路の春をうたがはず 石田波郷 「バス」という言葉が俳句の中に入るのが珍しい時代の句です。昭和初期の世界です。 松山から上京して間もない頃の作でしょう。いかにもみずみずしい青春を感じる一句です。 地方から出て来た人間の眼で見れば東京には自然がとぼしく、バス停留所あたりに立ってバスを待っているときに、周囲を見て詠んだものでしょう。 (つづく)
2026.02.24
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2月24日(火) 昭和萬葉集(巻十四)(293)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(66) 愛と死(66) 孫・祖父母(3)貝梅文平死の日まで祖父の寝顔をみしことなきかなしみあらたに冬に真向ふ横山岩男いましめて銭数ふなと祖母言ひき夜はしづかにありし峡かひの家御製おほぢのきみのあつき病の枕べに母とはべりしおもひでかなしわが祖母おほぼは煙管きせる手にしてうかららの遊をやさしくみそなはしたり (つづく)
2026.02.24
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2月24日(火)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(919) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(53)二(11)(前日)二(10)死後、その他の人たちがどうなるか、われわれには分かりません。聖書さえこれについては多くは語っていないし、その上、ぜんぜん矛盾がないわけでもないでしょう。いずれにしましても、善いことは何一つないでしょう。なぜなら、人々が地上で最後までつづけてきた、そして彼らにできた唯一の生き方は、来世まで継続しえないのが理の当然です。事実、地上でつづけてきたことを来世まで継続できると考える人はいないでしょう。したがって、多くの人はそのような考えを話すことを一生懸命避けることで満足します。しかし、そうした態度をとっても――おそかれ早かれ現れる死という避けがたい事実に直面しては――諺にいう「駝鳥の知恵」(危険を見るまいとして砂に頭を隠すこと)と同じように効果はありません。この人たちにとって死とは、いうなればわなにかかって絶望的にもがいている獲物に無情な目つきで近づいてくる猟師でしょう。それとも、ホルバインの名画「死の舞踏」に描かれている、人々を促してまるで気の向かないダンスをさせる醜悪な道化師のようなものでしょう。(よりつづく) また「不滅」ということも、たとえばそれが或る人の「偉大な名声」、もしくはその人の何らかの業績が生きつづけるだけで、その名声を本人が少しも知ることができないのであれば、当人にとっては明らかに何の価値もありません。たとえ価値があるとしても、それはせいぜいその人が生きている間に先を予想して、つまり空想で、そのような将来の誉れを味わうくらいのことであって、それはしかしほとんど大した満足を与えるものではないでしょう。これは、古代の、またわれわれの時代の大きな実例が、いやというほど十分に示している通りです。(つづく)
2026.02.24
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2月24日(火)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。智識の渋滞智識は霊魂にとって食物のようなもので、実行することによって消化されます。しかし、消化されない智識は沈殿して毒素となり霊魂を害するのです。わたしはここ十年聖書の研究をしてきましたが、あまり実行が伴わないことに気づきました。このままですと聖書の智識がかえってわたしの霊魂を殺してしまう危険性を感じました。今まさに春です、虫も這い出して来る啓蟄の時です。私は、願います、同志とともに奮起して困っている人々を助ける行動が出来ますように、そして、それによってわたし自身が助けられますように。
2026.02.24
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2月23日(月) 前川佐美雄歌集「捜神」(226) 著者:前川佐美雄 発行:平成四年六月三十日 野極(自昭和二十三年 至昭和二十七年) 昭和二十七年(3) 神の如き火(1) 火鉢のなか灰うすく平(なら)し火を置けり霜暗き朝神のごとき火 をりをりは幽かなれども清らかにわが身響(な)り出づるよろこびのある まだ誰も起きて来ざれば井の辺り石あかねして美しきころ 冬となり物なべて形あきらけしさらば確かめむわれの臓腑も 乞食らの類にあらねど年年にわが歳末はこじきのごとし (つづく)
2026.02.23
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2月23日(月) 与謝晶子の歌(266)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。幽歩抄――(17)『冬柏』八巻四号・昭和十二年三月晶子は嶋谷亮輔氏のまねきで伊豆に遊んだ。伊豆田方村吉田大池の抛書荘で、夫(寛)亡きあとの傷心を癒された。嶋谷氏の山荘を訪ひて(17)山畑の畦あぜ其処此処の大木のさくらの蕾ふくらみにけり天つ日が雨に二日を譲りたり座を愁人にあるじ貸すごと君と来し二年ふたとせのちのきさらぎの末の七日の山荘の雨伴ひていぬべきものを雨寒くなど肩打つや網代の駅に華やかに網代多賀をば行き通へ泣くとて雨よ時帰らんや (つづく)
2026.02.23
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2月23日(月)歌集「かたじけなくも」(40)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。皮蛋の甕(1)うつそりと日差しを浴びて厨房の裏に皮蛋ピータンの甕のまどろむ皮蛋の甕に描かれし青龍のそろり這ひ出すほどの体長籾殻のはつかまじりて皮蛋の甕の底なる広州の泥 (つづく)
2026.02.23
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2月23日(月)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(183)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第三章 名句を味わう(13)雛の節句(4)夜々おそくもどりて今宵雛あらぬ 大島民郎子供のために雛をかざったものの、仕事が忙しい父親は、ゆっくり眺める暇がない。そうしているうちにいつか雛が納められてしまった、という失望感がみごとに表現されています。滞り滞り注ぐ濃白酒 阿波野青畝白酒をすこし侮りすぎにけり 後藤比奈夫雛の節句の祝いものとして白酒、雛菓子、桜餅などがあります。前句は、とろりとした白酒の盃に注がれる描写、後句は甘口なので、思わず飲み過ぎて酔ったことを詠んだものです。(つづく)
2026.02.23
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2月23日(月)昭和萬葉集(巻十四)(292)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(65)愛と死(65)孫・祖父母(2)岩佐健吉 わが顔を平気で跨ぐ孫の足たまたま眼鏡蹴りて行きたり服部美智子試験とふ何かわからぬものにむき六歳の孫の勝たねばならぬ二神碧堂目白捕りの二人の一人孫にして手に唾をして黐もちを塗りをる片岡恒信末の娘こが産みし赤児の熟睡うまいせる昼をかすかに山鳩鳴けり桜井平喜僧の来て枕経あぐる声のなか声たてて泣くよ子は祖母のため (つづく)
2026.02.23
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2月23日(月)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(918) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(52)二(10)(前日)二(9)こうして最後に死が訪れるとすれば、どうして死はだれにとっても「恐怖の王」でなければならないのでしょうか。それとも、あの死の舞踏に現れるいとわしい骸骨なのでしょうか。むしろ、死は多くの人にとって、美しい古代の表現のとおりに、ただ厳粛な静かな若者の姿をして現われ、やさしい手で霊と肉との結び目を解きほぐし、解き放たれた霊を眠りをとおして彼岸の存在へと導くものでしょう。もし「より高きをめざす」道を知る者であれば、この新しい存在はもはやとっくに「未知の国」ではなく、すでに思いのなかで幾度となく滞在した場所なのです。そればかりか、かなり信用できる証言によれば、善き人々の場合は、時にはこの世で、つまり死ぬ前に、ほとんどまのあたり見るかのように、来世の状態をはっきり洞察、洞見することさえできるというのです。(よりつづく) 死後、その他の人たちがどうなるか、われわれには分かりません。聖書さえこれについては多くは語っていないし、その上、ぜんぜん矛盾がないわけでもないでしょう。いずれにしましても、善いことは何一つないでしょう。なぜなら、人々が地上で最後までつづけてきた、そして彼らにできた唯一の生き方は、来世まで継続しえないのが理の当然です。事実、地上でつづけてきたことを来世まで継続できると考える人はいないでしょう。したがって、多くの人はそのような考えを話すことを一生懸命避けることで満足します。しかし、そうした態度をとっても――おそかれ早かれ現れる死という避けがたい事実に直面しては――諺にいう「駝鳥の知恵」(危険を見るまいとして砂に頭を隠すこと)と同じように効果はありません。この人たちにとって死とは、いうなればわなにかかって絶望的にもがいている獲物に無情な目つきで近づいてくる猟師でしょう。それとも、ホルバインの名画「死の舞踏」に描かれている、人々を促してまるで気の向かないダンスをさせる醜悪な道化師のようなものでしょう。 (つづく)
2026.02.23
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2月23日(月)内村鑑三「一日一生」より(注)文語は口語にし、意訳しています。また聖書の聖句にも、わたしの解釈的なものが含まれる場合があります。お手元の聖書でご確認してください。また、ここに記載されていることは、すべてわたし自身(後藤瑞義)に向けてのことです。労働と報酬働きなさい、働きなさい、たとえ報酬がなくても働きなさい。もし報酬がなくても、まず働いて報酬を得る権利を得なさい。そして、いつかは報酬を与えられるでしょう。また、正々堂々報酬を要求できるようになるでしょう。報酬が先で労働が後であれば、いつまで待っても得られないことにもなります。まず労働が先です、報酬は労働のあとについてくるものです。ですから、わたしはまず労働をします、報酬が誰から、何時与えられかは私が関与するところではないのです。
2026.02.23
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2月22日(日)前川佐美雄歌集「捜神」(226)著者:前川佐美雄発行:平成四年六月三十日 野極(自昭和二十三年 至昭和二十七年)昭和二十七年(2)寒き花この朝の白山茶花寒くひるがへり一花いつくわは既に机の上にある山茶花の白きを切れば白すぎておのづからなる昼の月遠し山茶花のその白にまじる淡紅色ときいろの﨟らふたけきよし昔より愛す月の夜を白山茶花散り落つる音の寒きひびきの涙に似たり正確なる音したり白き山茶花を切りし鋏の冬にあるなり (つづく)
2026.02.22
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2月22日(日) 与謝晶子の歌(265)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。幽歩抄――(16)『冬柏』八巻四号・昭和十二年三月晶子は嶋谷亮輔氏のまねきで伊豆に遊んだ。伊豆田方村吉田大池の抛書荘で、夫(寛)亡きあとの傷心を癒された。嶋谷氏の山荘を訪ひて(16)日時計の石あたたかしかくも云ひ寄り添ふごとし遠笠の山梅の花荒き天城の風などはかつて知らざる身のやうに咲く思ふよしありてサロンの其の椅子にこの椅子に倚る伊豆の山荘今日も来ぬ人は常なき世をばもち変らぬ月日空にめぐりて山と雲親しむ如く交りてかの世この世のあるよしもがな (つづく)
2026.02.22
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2月22日(日)歌集「かたじけなくも」(39)発行所:本阿弥書房著書:植松法子発行:二〇一八年三月二十日作者は、わたしが静岡県歌人協会の常任委員のとき副会長をなさっていました。歯に衣着せぬ歌評で、わたしと対立する場面もありましたが、色々勉強させられました。1994年角川短歌賞の佳作に入選されています。歌集『蟲のゐどころ』に次ぐ第二歌集です。Ⅱ 閉まるドア(2)冷房の利きたる車内にきざしくる睡魔といふに与されてゆく日帰りの旅程のはての見延線ひと駅過ぎて目を覚ましたりひとこまの夢忘れしが車内にて四、五分眠りしことのたしかさ乗り換へのたびに聞きたるアナウンス 閉まるドアにご注意ください (つづく)
2026.02.22
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2月22日(日)能村登四郎 俳句の楽しみ(抜粋:後藤)(182)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第三章 名句を味わう(92) 雛の節句(3)雛の軸睫毛向けあひ妻子睡ねむる 中村草田男 雛の絵を描いた掛け軸を人形の代わりに軸を掛けています。床に軸を掛けて雛の間を作ったという安心からか、母と子とがいかにも幸せそうに寝息を立てていのです。雛市の並びてともる夜雨かな 村上鬼城 雛の節句が近くなると、雛市が立ち、たいてい何軒も軒を並べるので華やかな町の姿になります。客も、あの店、この店と、品や値を比較して買うのです。夜の雨の中を並んでともる雛市の灯ひは風情があります。 (つづく)
2026.02.22
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2月22日(日)昭和萬葉集(巻十四)(287)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(64)愛と死(64)孫・祖父母(1)五島美代子生まれ来てはじめあへる春の雪このみどり児の眼と光りあふ瞳(め)に映る雪きらめけりこの世には未だ知らぬこと多き児(ちご)かもおばあちやまはほどけてゐるといはれたり まことほどけてこの子と遊べる佐藤志満朝々にくる幼子を待つごとくめざめてをれば幼子きたる清水八束ひとつづつ袋に入れし御年玉そろへて年賀に来る孫ら待つ (つづく)
2026.02.22
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2月22日(日)「幸福論」(ヒルティ)(第三部)(917) 発行所 岩波書店(1935年5月15日)(注)あくまでも、訳にい忠実にしていますがい、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)しました。より高きをめざして(51)二(9)(前日)二(8)特別な外的原因のために死ぬのではなく、高齢に達して自然死をとげる場合、だれでも純粋に肉体的な力や機能が衰えることは避けられません。しかし精神力の衰えは決して避けられないものではありません。人生の一つの最盛期を越えれば体力は増すことはできないでしょう。しかし、精神力は無制限に増しうるものです。このことは、老年を迎える人にとって真の慰めです。使徒パウロは、「滅びるものではなくて、滅びないものに目を注ぐ人にとって、肉体は朽ちても、精神は日ごとに新しくされてゆく」と言いました。また、「自分の肉に播く人は、肉から滅びを刈り取り、霊に播く人は、霊から永遠の生命を刈り取るであろう」と言いました。現代でも、わたしたちだれもが多かれ少なかれ目撃してきたたくさんの人たちの老境や病歴は、パウロの言葉の真実さを証しするでしょう。なお、美しい結びの文句(エピローグ)にだまされないように。実はその人たちも、できればその生活を変えたいと望みながら果しえなかったことを、見逃さないようにしなさい。(よりつづく) こうして最後に死が訪れるとすれば、どうして死はだれにとっても「恐怖の王」でなければならないのでしょうか。それとも、あの死の舞踏に現れるいとわしい骸骨なのでしょうか。むしろ、死は多くの人にとって、美しい古代の表現のとおりに、ただ厳粛な静かな若者の姿をして現われ、やさしい手で霊と肉との結び目を解きほぐし、解き放たれた霊を眠りをとおして彼岸の存在へと導くものでしょう。もし「より高きをめざす」道を知る者であれば、この新しい存在はもはやとっくに「未知の国」ではなく、すでに思いのなかで幾度となく滞在した場所なのです。そればかりか、かなり信用できる証言によれば、善き人々の場合は、時にはこの世で、つまり死ぬ前に、ほとんどまのあたり見るかのように、来世の状態をはっきり洞察、洞見することさえできるというのです。(つづく)
2026.02.22
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