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内田樹の研究室というブログを時々拝見している。なるほどなあと思ったので、コピーしておく。 現状分析と展望ある媒体からメールでQ&Aで現状についてのコメントを求められた。字数が制限されていたので、ロング・ヴァージョンを再録しておく。1)いま、「こんな社会でいいのか」と多くの国民が思っています。コロナ危機が告発、可視化しているように見える安倍政治の無能ぶり、「新自由主義」の害悪について、どうお考えですか。 安倍政権の無能無策は首相個人の属人的な欠点というのにとどまらず、この政権とその支持層が奉じている「新自由主義」イデオロギーの欠陥が致命的なしかたで露呈したものだと思います。「新自由主義」イデオロギーの際立った特徴は資源の「選択と集中」にあります。利益の上がりそうなセクターに資源を集中的に投入し、採算の合わない部門は切り捨てる。効率、生産性、費用対効果・・・そういう配慮を最優先させる。 けれども、コロナ禍でわかったのは、「選択と集中」戦略はパンデミックのような社会的に危機に対してはまったく役に立たないという事実です。 危機管理の要諦は「リスクヘッジ」です。 これは「最も楽観的なもの」から「最も悲観的なもの」までいくつかのシナリオを用意して、それぞれについて対策案を立てておくということです。 どれかのシナリオ通りの危機が起きた場合には適切に対応できますが、それ以外のすべてのシナリオは「外れ」たわけですから、そこに投じた資源はすべて「無駄」になります。 この「無駄・余裕・遊び(slack)」は危機管理上の当然のコストなわけですけれども、「選択と集中」論者にはこのコストに耐えることができない。このコストを認めることは、彼らのイデオロギーの根幹部分を否定することになるからです。 危機管理というのは集団全体を救うために集団全体が主体となって行うことですけれども、「選択と集中」論者は、集団をいくつかの単位に分断して、「優先的に資源分配するセクター」と「生産性が低いので切り捨てるセクター」を数値的基準に基づいて差異化するということが主務ですので、「集団全体を救う」ために「全体が主体となる」という発想そのものがありません。 だから、新自由主義者には「危機管理」ということができないのです。彼らが危機に臨んで頭を使うのは、いつもと同じように「生き残るものと見捨てるものをどうやって差別化するか」という問題だけです。 感染症はですから新自由主義と相性がひどく悪い。というのは感染症は「いつ来るかわからない」からです。 いつくるかわからない未知の感染症のために、医師看護師を雇用し、医療資源を備蓄し、病床を確保しておかなくてはいけない。パンデミックが起こらなければ、それはまったく「無駄」だったということになる。 実際に2002~3年に世界に広がったSARSは日本では感染者がほとんど出ませんでした。このときに予算を投じて行ったSARS対策はすべて「無駄」だったとも言えます。 2009年の新型インフルエンザのあと当時の民主党政権は感染症用のシステム改善と医療資源の備蓄を始めましたが、安倍政権になってから立ち消えになりました。「予算の無駄づかい」に見えたのでしょう。 今回、危機対応が遅れたのは、政府も都も「東京五輪の予定通り開催」というシナリオしか用意していなかったからです。 せめて2月段階で「五輪が開催できないほどの規模で感染が広まった場合」についての「最悪のシナリオ」も用意して、とりあえずマスクや検査キットや人工呼吸器や防護服の備蓄・医療体制の整備を始めているべきでした。 たしかにその用意は、感染が手際よく「水際」で止められていたらすべて無駄になるわけですけれども、市中感染が始まった場合には適切に対応できた。危機管理というのは「無駄を覚悟で」すべきことですけれど、国も都もその覚悟がなかった。2)、国民にも考え直さなければならない問題が突き付けられているように思いますが、いかがでしょうか。(安倍政治や新自由主義を「受け入れてきた」背景について。その仕掛け、メディアのあり方、文化・国民性等々も含めた、いわば支配の構図・構造について) これまで繰り返し言ってきたことですけれど、日本人には「最悪の事態に備える」という発想そのものが希薄です。 これが教育のせいなのか、民族の文化なのか、よくわかりません。とにかく「最悪の事態を想定すると、最悪の事態を招き寄せる」という呪術的な信仰が日本人にはあります。 ですから、うっかり「最悪の事態に備えて・・・」と口にすると「縁起でもない」と叱られる。場合によっては「それは敗北主義だ」「そういう悲観論を語るな」と罵倒されることさえある。 『戦陣訓』は「百戦百勝の伝統」を謳い、「勝たずば断じて已むべからず」と教えました。 実際には戦闘レベルでは負けることがあるのは当たり前です。その場合に、どうやって「負け幅」を小さくとどめ、被害を最小化するかというのがプラグマティックな軍人の知恵の使い方のはずですけれど、日本軍では「そういうこと」を考えること自体が禁じられた。「そういうことを」を考えることはたいせつだという文化があれば、『戦陣訓』のような空疎な文書が書かれることはなかったでしょう。「負け幅」や「被害」を最小化するためにどうすればいいかということを日本人は考えません。「勝つ」ことしか考えない。今回の「水際作戦」でも、「厚労省がリスクを過小評価していたら?」と想定すること自体が心理的に禁圧されていた。それは僕が知る限りでは、医療現場でもそうでした。 それは厚労省は無謬であると医療関係者が信じていたからではありません(これまであれほど失敗を重ねてきた省庁に対してい、専門家がそのような評価を下すことはあり得ません)。 そうではなくて、「最悪の事態」を想定すると、全国民が一気に悲観論に落ち込んで、頭が働かなくなり、何もできなくなり、結果的に最悪の時代を呼び込んでしまう・・・と広く信じられていたからです。 だから、そんなことを考えるよりは「すべてがうまくいったバラ色の未来」を想像して多幸感に浸っている方がましだ、と。そう考えた。そして、運悪く、予想外の危機的状況に際会したら、みんな一緒に肝をつぶして、一緒に被害をわかちあって、一緒に懺悔しよう・・・。誰の責任だというような野暮なことを言うのは止めて、「絆」でもう一度復興しようじゃないか・・・ そういうことを日本人は久しく繰り返してきました。この病的傾向は「日本人には危機管理能力がない」という冷厳な事実をまっすぐに見つめない限り決して改善することはないと思います。3)では、コロナ危機を克服して「より良い社会」をつくるためにどうするか。展望、活路についてお話ください 日本の統治機構は制度としてはみごとに設計されていると思います。 ですから問題は制度ではなく、それを動かしている人間にあります。 システムを管理運営している人間の質が劣化している。 どんな立派な制度でも、それを扱う人間のできが悪ければ、どうにもならない。問題は統治機構を管理運営する要路にどうやって「市民的常識を具えた、まともな大人」を配するかということです。 差しあたりできることは、選挙で議員を選ぶときに、メディアでの知名度や派手なパフォーマンスではなく、人としての良識と市民的な成熟を基準にすることです。それだけでも、社会は少しずつ変わると思いますけれど・・・
2020年04月30日
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長年リンクしているmskさんのブログで紹介されていた、「医療の現場から悲痛の叫び」。拝見した時には、一人の怒れる医療従事者の叫びだと胸が痛くなったが、ひょっとすると読む人たちの不安を煽るかもしれないと思い、紹介しなかった。しかし、これを書いた人はいまどのような状況にあるのかと思うとやりきれなくなり、今日ご紹介することにした。「医療の現場から悲痛の叫び」
2020年04月30日
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リンクしているぼちぼちさんのブログで知った記事。とても共感するので、私もコピーしておく。看護師を再び使い捨てにするな 崩壊の危機に国がやるべきこと4/27(月) 10:32配信 連日の新型コロナウイルス報道に接しながら、改めて気づくことがある。リーダーの器量の大小である。 首相、大臣ら政府関係者、自治体の首長らが連日、テレビに登場する。マスクで顔を隠していても、表情や語り口から、熱意や決断力の有無、誰のために政治をしているのかが伝わってくる。 それにしても、出てくる人、出てくる人、都知事を除いて男性ばかりだ。官僚も、医療の専門家たちも。制度を作り、運用し、この国を動かしているのは男性なのだ。 対照的なのが、切迫した医療の最前線で働いている人たちだ。看護師の多くは女性だし、押し寄せる市民の相談に応じて、検査の可否を判断し、次のステップにつなげる仕事をしている保健師も、ウーマンパワーが支えている。 看護師や保健師はもともと女性の職業だったが、近年は男性の参入が増えた。といっても、厚労省の調査(2018年末)によると、男性比率は看護師7.1%、准看護師6.3%、保健師2.5%で、あいかわらず女性が中心だ。 ついでに言えば、働く女性たちを支えている保育園や学童保育、訪問介護の担い手も、ほとんどが女性である。それらの現場から悲鳴があがっている。 中でも、いま最も深刻なのが看護師不足である。コロナ感染症の重症患者を治療するとき、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を装着すると、一般病床の患者に対するときに比べ、何倍もの人数の看護師が必要だという。 体力的にも精神的にも厳しい状況であるため、看護師たちの免疫力が落ちて感染する危険も高まる。院内感染が起これば、感染の可能性がある人は現場を離れざるを得ず、ますます人手が不足する。この負の循環は、各地の病院で既に始まっている。 市中感染や、自身から家族への感染を恐れて車中泊をしている人までいると聞くと、何とかならないかと胸が痛む。 人手不足解消のために、日本看護協会(福井トシ子会長)が離職中の看護師たちに復帰を呼びかけている。 看護師不足は、いまに始まったことではない。毎年、新卒者が就職している一方で、離職者が多いからだ。看護協会の「2019年 病院看護実態調査」によると、離職率は正規雇用看護職員全体で10.7%、新卒の場合で7.8%もある。再就職者に至っては17.7%にのぼり、6人に1人が採用された年のうちに離職しているという。 離職の大きな理由は「仕事がきつい」「賃金が安い」「休暇が取れない」といったブラックな労働環境にある。夜勤の繰り返しなど過重労働の結果、十分な看護ができていると感じられず、達成感がないというのも離職理由にあがる。患者によるセクハラ被害も多い。 解決するためには、ワークライフバランスを重視する方向に転換し、働き方の多様化・柔軟化を認める必要がある。それが離職を防ぎ、看護師らの復職につながると指摘されながら、なおざりにしてきたツケがまわってきたといえる。 国会会期中である。離職している看護師や保健師に戻ってほしいのなら、議員立法によってでも、待遇を改善する法律を早急に作り、危険な労働に応じた手当や、安心して働けるような感染対策を十分に講じてほしい。 新型コロナに対する緊急経済対策について安倍首相は「世界的に見ても最大級」と胸を張るが、規模を誇るより、こうした緊急に必要なところにお金をかけるべきではないか。 もう一つ気になるのは、感染症との闘いを戦争にたとえ、「国難」とか「非常時」という言葉が飛び交っていることだ。「こんなときだから国に尽くすべきだ」という声がどんどん大きくなり、離職看護師を追い詰めることにならないか心配だ。 かつて、日中戦争から太平洋戦争敗戦時まで、日赤看護婦(日本赤十字社看護婦養成所を卒業した者)を中心に、5万人以上が従軍看護婦として戦地に赴いた。「忠君愛国」をたたき込まれた女性たちが、「女の兵隊」である従軍看護婦を志願したのだ。 白衣の天使、崇高な女性ともてはやされ、「女ながらもあっぱれ」という賞賛の声が後押しした。だが、軍隊組織のなかでは最下層の傭人(ようにん)として扱われた。激戦地に送り込まれて命を落した看護婦も多いが、戦死者の総数すら、いまも詳らかでない。 戦後補償も遅れた。兵隊には軍人恩給(年金)が支給されたが、「女の兵隊」は対象から外された。ねばり強い要求に応じて慰労給付金の支給が始まったのは、戦後30年以上たってからで、金額も少なかった。労に報いられることもなく、使い捨てられたに等しい。 いま国難だからと、離職看護師たちの義侠心に訴えて、命の危険をともなう“戦場”に再び召集し、ゆめ使い捨てにすることがあってはならない。(女性史研究者・江刺昭子)女性が多い職業は、看護師だけではない。福祉分野の介護職も、保育園や幼稚園、留守家庭児童会の指導員、さらには市町村に配置されている家庭児童相談員や児童福祉士、みんな女性が多い職業だ。共通するのは、非常勤やパートなど、処遇には決して恵まれていないことだ。私は詳しくはわからないのだが、ひょっとすると現在PCR検査の実務を担っている検査技師も、女性が多いのではないか。だとすると、他の女性の多い職業と共通する背景があり、それが検査数増やせない要因ではないか。今まで「女性が輝く社会」「女性活躍社会」なんてどこかの首相が言うたびに、私は気分が悪くなっていた。処遇改善にちっとも手をつけず、パートで働きやすくするなんて、女を都合よく使おうとする魂胆だとしか思えなかったからだ。それでも女性の多くは、ムカつきながらも目の前の命や老人や子どもや病人を守らねばと、自分の心身を削りながらでも頑張ってしまうことが多い。今現場で頑張っている人たち、本当に体に気をつけてくださいね。
2020年04月28日
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下記の記事を知りました。 五味太郎さん「コロナ前は安定してた?」不安定との向き合い方「色んなことの本質が露呈されちゃってる」 新型コロナウイルスで社会も大人も「不安定」が渦巻く今、子どもたちにメッセージを届けたいと思って、絵本作家の五味太郎さん(74)にたずねたら、「そもそも、コロナ前は居心地がよかった?」と逆質問されました。400冊以上の絵本を出して世界で愛されている五味さんは、子どもを対等に見て、愛を込めて「ガキ」と呼びます。「ガキたち、これはチャンスだぞ」。子どもも大人も一緒に「不安定」との向き合い方を考える、五味さんのメッセージを2回に分けてお届けします。(以下略) 五味太郎さん、不自由さへの直言「自由なんてのは存在しない」「自由なんて、あると思うから意識しちゃう」新型コロナウイルスで休校がさらに延長される判断も相次ぎ、多くの子どもや親が振り回されるなか、不安定な社会にどう向き合えばいいのでしょうか。絵本作家の五味太郎さん(74)に聞くと、これは、むしろ「学校化社会」を問い直すきっかけになる、と言います。五味さんの話の後編は「お風呂が熱い」と言う子どもに我慢させるか否かという比喩から展開していきました。子育て、そして仕事に、「不自由が前提」と話す五味さんのヒントが満載です。(以下略) 五味太郎さんの絵本は、誰でも一度は手に取ったことがあるでしょう。絵本の紹介では取り上げてはいませんでしたが、大好きな作家さんです。この記事は、ぜひ、多くの人たちに読んでいただきたいと思います。ヨシタケシンスケさんもそうでしたが、絵本作家の人の視点は、その読者である子どもや保護者たちの視点にたっているので、とても心に響くし素敵なメッセージが多いと感じます。
2020年04月27日
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北海道では、病院や施設での集団感染もあり、感染者が急上昇。多少は病院や福祉施設の状況を知っているだけに、現在そのような職場で働く人たちのことを考えると本当に心が痛む。福祉施設や病院などは、通常でも勤務は過酷なことが多い。一番の要因はギリギリのスタッフでの運営だからだ。そんな中でスタッフに感染者が出たなら、簡単に職員の補充も出来ず、さらに消毒や検温など通常業務よりも手間がかかるようになるから、その勤務の過酷さは想像を超える状況だろう。検査体制や病院の重症患者への対応能力などのニュースを見聞きするにつけ、これほど日本の医療福祉体制が脆弱だったのかと、心底失望している。台湾や韓国は、かつてのSARSやMERSの経験の反省から、感染症対策に力を入れていたらしいが日本はどちらかというとこの二つの感染症を抑え込んだために、厳しい対策を講じていなかったことと、今回もその経験から楽観視していたのが現在の状況につながっているらしい。きっと次の感染症が発生した時には、今回の反省が生かされるのだろうが、とにかく今は、この状況を何とか乗り切るしかない。政府の対応は全て後手後手どころかお粗末なことが多くて、今は民間や地域がこの難局を何とか乗り切ろうと、様々な支援活動が始まっている。例として、地域の商工会議所や農業団体が、様々なプロジェクトを始めている。当市でも、クラウドファンディングを利用しての「飲食店応援プロジェクト」が始まった。私も早速、頑張ってほしい飲食店への支援の申し込みをした。といっても、コロナ騒動が落ち着いてからその飲食店で使えるチケットの申し込みなので、寄付というものではない。支払いを先にするというだけだ。また、通常はお弁当などの提供はしていないお店も、今はそれぞれデリバリーも含めて取り組んでいる。私はまだ利用はしていないが、週に一度くらいは利用しようかと話している。このような状況なら、連休明けに緊急事態が解除されるかどうかもあやしい。毎年楽しみにしていた、孫が在学する農業高校のグリーンフェアも中止となった。孫は、時間割に添って出されている課題をこなしているらしい。課題を提出したら評価につながるらしく、真面目にやっているようだ。休み中の課題を準備するのに、先生たちも大変だっただろうと思う。通信生の高校などでは、オンライン授業のシステムがありそれを最大活用しているらしい。その点では、私学の方が進んでいる。今まで、通信制の高校と言えば、不登校の生徒たちの進学先のように言われていたが、こんな状況になったら道立高校よりも学生への支援は充実しているから、今までは少し肩身の狭い感じがしていた子も、コンプレックス解消となっていればいいなと思っている。とにかく私は、コロナウィルスに取りつかれないことに気をつけよう。自分が感染するのも嫌だけど、知らずに感染して移してしまうことが怖い。呼吸ができずに苦しみながら死ぬのはイヤだし、身内が万一病気になり、見舞いにも付き添いにも行けないなんて絶対嫌だ。そんな状況にある人が、日本では10000人近い。苦しみながら亡くなった人も、今日現在338人。1日も早い終息を祈るばかりである。ちなみに私は、昨日・一昨日は、二日続けて畑での作業でした。
2020年04月26日
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今どのような感染状況になっているのだろう。各国・地域における新型コロナウイルスの感染状況 チャートで見る世界の感染状況 新型コロナウイルス日本の状況 COVID-19 Japan北海道
2020年04月23日
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テレビをつけると毎日新型コロナウィルスに関することばかり。私が日常生活で気をつけなくてはならないことは、おかげさまで十分わかりました。今とても気になっているのは、病院での集団感染。北海道で感染者が増えている大部分は、病院での感染者とその関係者だ。今のところ身近では感染者は発生していないことになっているが、発症者がいないというだけだろう。それにつけても思うのは、このような状況になった病院で働く人たちと、感染者を受け入れている病院関係者の健康がとても気にかかる。これだけ長期間、緊張と(多分)長時間労働が続いていては、心身の疲労も限界に近いはずだ。実際に、そのような訴えを書いているブログもある。探せば、もっともっと当事者の声はネット上に溢れているだろう。本当に申し訳ないと思うけれど、専門職は資格がある人でなければ代理はきかない。ただただ、「よろしくお願いします」と頭を下げるしかなく、私にできる協力といえば、自分が感染して病院のお世話にならないことくらいしか思いつかない。そんな、感謝してもし足りない医療関係者や家族に対して、いじめに近いことが行われているなんて、日本人も情けなくなってしまったものだ。しかし考えてみれば、日本はいじめがそもそも多かった。だから、このようなことになれはそうなるのも必然なのかもしれない。自分の不安や焦りや怒りを、弱い立場の人を糾弾することで発散する人が一定割合存在する。孤立化がそれを増幅させることもわかっている。本当にため息が出るばかりの状況だ。前置きが長くなったが、今日は我が家におけるコロナの影響を書いておこう。私達夫婦には特段の影響がない。かえって、お金は無駄遣いしなくなったし、家にいるより畑の作業で体力維持とストレス発散。買い物の時だけ、マスク着用と帰宅後の手洗いに注意するくらいだ。孫二人は、現在休校中。大学生の孫はオンライン授業が始まったようだが、寮にこもる日々のようだ。高校生の孫も、今週から連休明けまで休校になったが、山のような課題と取り組む日々のようだ。問題は神奈川に住む姪が、五月末に出産予定。共働きなので現在は夫婦でテレワークしているらしい。4歳になる子がいるが、先日のメールでは保育園に預かってもらっているらしい。茨城に住む私の妹は、姪が出産したら手助けに行く予定らしいが、移動も心配だし、何よりも無事にかかりつけの病院で出産できることを願うのみだ。今のところ、この姪のことが一番心配なのだが、私にできることは、時折メールでエールを送ることくらい。どうぞご先祖様たち、彼女たちの無事を守ってください。
2020年04月22日
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Yahoo!クリエーターズというサイトで、各地で活動する映像作家のショート映像がある。どれも10分程度で見られるので、ちょこちょこ覗いている。今朝見たのは下記の映像。どれも考えさせられる。身長100センチの女性が、2児のママになるまで 流産、検診拒否...それでも出産を諦めなかった理由消滅危機のアイヌ語を守る 恋に落ちてアイヌ語講師になった男若者に託された廃炉という宿題 解決策がいまだ見えない福島第一原発に残された難題に挑む高専生たちの挑戦
2020年04月21日
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【Q&A】10万円いつ、どうすればもらえる? 届いた申請書を返送4/20(月) 19:39配信 これは再朝令暮改にならずに実施されるのだろう。せっかくのありがたーいお金ですから、国民は決してそれを無駄にせず、今困っている人のために活用したいと思う。私達は年金生活者で、コロナウィルス騒動で日常生活には困ってはいない。外出機会も減り、無駄遣いも減っているから、支出増はほとんどないか減っているくらいだ。だから最初は、10万円は受け取り拒否しようかと思ったが、すぐに考えを改めた。国に10万円を返したって、雀の涙にもなりゃしない。かえって、政府のバカバカしい無駄遣いに使われる可能性がある。だから、10万円は困っている人や団体・企業に役立ててもらおうと思う。今、クラウドファウンディングでコロナウィルスで大変な状態になっている人たちのために、様々なサポートプログラムが立ち上げられている。私もクラウドファウンディングで何度かサポートに関わった経験はあるが、年金生活者の私としては、せいぜい5000円が精いっぱいだった。しかし、10万円を使おうと思ったら、いくつものプログラムに協力できる。それぞれのプログラムにとっては、たかが5000円でも貴重な金額だろう。そちらに使った方が、よほど社会の役に立つ。ただ、次々と立ち上がるプログラムには怪しいものや、自分の利益追求につながるものがあるかもしれない。そのあたりは、呼びかけの美辞麗句に惑わされずに、できる情報収集を怠らず、しつかり応援したいと思う。10万円をもらうのが楽しみになってきた。新型コロナウイルスサポートプログラム特集
2020年04月21日
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今朝は久しぶりにパソコンを使っている。そして、下記の記事を見つけた。女性の一人としてなんだか嬉しかったので、記事をコピーしておく。新型コロナ対策、際立つ女性リーダーの手腕 スピードと実行力で拡大阻止(CNN) 台湾では早期の介入策の導入により、新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めることに成功した。今や台湾はマスク数百万枚を輸出し、欧州連合(EU)諸国をはじめとする各国の感染対策を支援する立場にある。ドイツは欧州で最大規模の新型コロナウイルス検査を実施している。週35万件に上る検査を通じて感染者を早期に発見し、隔離措置や効果的な治療を施す。ニュージーランドでは首相がいち早く行動し、国境を閉ざすとともに1カ月間にわたる全国的な都市の封鎖措置に踏み切った。この結果、同国における新型コロナウイルスの死者は9人にとどまっている。これら3つの政府はいずれも、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)に見事に対処したとの称賛を集める。お互いの地理的な距離は遠い。1つは欧州、1つはアジア、1つは南太平洋地域にそれぞれ位置している。しかし、そこにはある共通点が認められる。どの政府も率いているのが女性だということだ。上記のケースをはじめとして、女性の率いる政府がパンデミックの対応で成功を収めているのは大変注目に値する。何といっても世界の指導者のうち女性の占める割合は7%に満たないのだから。早期における決定的な行動これらの国々ではすべて複数政党による民主制が敷かれ、国民による政府への信頼も高い次元にある。パンデミックの抑制にあたってはいずれも先手を取った、科学的な対策で臨んだ。広範囲にわたる検査を実施し、質の高い治療への早期のアクセスを確保。感染経路の追跡を積極的に行い、人々が集まる行為を厳しく規制した。台湾を例にとろう。民主主義を掲げる人口約2400万人の台湾は、中国本土の東の沖合に位置する。中国政府から自国の領土であると主張され、世界保健機関(WHO)への参加も認められていないことから、本来なら台湾は中国本土で発生した疫病に対し非常に脆弱(ぜいじゃく)な存在であってもおかしくはなかった。しかし台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統は、中国・武漢の市民の間で正体不明の新型ウイルスが蔓延(まんえん)しているとの情報を昨年12月につかむと直ちに指示を下し、同市から台湾入りするすべての航空機の検査を義務付けた。続いて疫病対策の指令センターを立ち上げ、マスクなどの防護具の生産を増強するとともに、中国本土、香港、マカオからのすべての航空機の乗り入れを規制した。台湾はその迅速かつ積極的な介入策で感染拡大を抑え込み、これまで感染が確認されたのはわずかに393人、死者は6人にとどまる。米国務省は台湾の新型コロナ対策の成功に言及し、WHOの総会にオブザーバーとして参加させることを求めている。人口8300万人のドイツでは感染者の数が13万2000人を超えているが、100万人当たりの死者数は極めて少ない。他の欧州諸国と比較すると、その差は際立っている。量子化学の博士号を持つメルケル首相の支持率がここへきてうなぎのぼりなのは、パンデミック対策で見せた手腕によるものだ。ドイツは集中治療用ベッドの数と、新型コロナウイルスの検査プログラムの規模で欧州随一の地位を誇る。ハイデルベルク大学病院でウイルス学研究を統括するハンスゲオルク・クラースリヒ氏は、米紙ニューヨーク・タイムズの取材に答え、「おそらく我が国最大の強みは、合理的な意思決定を高い次元で下せる政府が、国民からの信頼をしっかりと勝ち得ていることにある」と分析した。ニュージーランドは人口約500万人の島国で、観光への依存度が極めて高い。それでもアーダーン首相は3月19日の時点で海外からの旅行者の入国を禁止し、同23日には4週間にわたる全国的なロックダウン(都市封鎖)を発表した。これにより必要不可欠な業務に従事する勤労者以外は自宅待機が義務付けられ、食料品などの買い出しや近所での運動を除く外出は禁止とされた。ニュージーランドでは広範な検査を行った結果、新型コロナウイルスの感染者数が1300人を超えているが死者は9人と少ない。ロックダウンの期間はようやく半分が経過した段階で、アーダーン首相は事態の終息はまだ先の話と強調する。9日に行った演説で同首相は「現在ニュージーランドが直面しているのは、人類の健康にとって過去1世紀以上で最大と呼べるほどの脅威だ。それでも国民は冷静に、力を合わせて対策を実行し、国を挙げて防御の壁を築いている」と語った。北欧諸国北欧にある5カ国のうち4カ国は、女性がリーダーを務めている。どの国も新型コロナウイルスの死者の割合が他の欧州諸国と比較して小さい。例えばフィンランドのマリン首相は現職の首脳として世界最年少の34歳ながら、パンデミックへの対応が評価され、国内での支持率は85%に上る。同国の新型コロナでの死者は、人口550万人に対し59人のみとなっている。アイスランドのヤコブスドッティル首相が率いるのは小さな島国に住むわずか36万人の国民だが、同国が行った大規模かつ無作為なウイルス検査は世界中に影響をもたらす可能性がある。検査の結果、陽性者の半数に症状が見られないという実態が明らかになったためだ。同国はまた、早い段階から積極的な新型コロナ対策を打ち出し、感染経路の調査や感染が疑われる人の隔離措置を実施していた。こうした国々の姿勢と対照的なのが、北欧で唯一男性が国のかじ取りを担うスウェーデンだ。ロベーン首相はロックダウンを行わず、学校や企業を通常通り運営させている。現在、同国の新型コロナウイルスによる死亡率は、他の欧州諸国の大半をはるかにしのぐ水準にまで跳ね上がっている。他の女性の国家元首の中にも、新型コロナ対応での厳しさで注目を浴びた人物がいる。カリブ海に浮かぶ島国でオランダ領のシント・マールテンを治めるヤコブス首相だ。同首相がわずか4万1000人の国民に向かって2週間の「外出禁止」を呼びかけた動画は、一切の妥協を許さない姿勢が評判を呼び、世界中に拡散した。動画の中でヤコブス氏は力強くこう言い放つ。「好きな種類のパンが家にないなら、クラッカーを食べなさい。パンがなければ、シリアルを食べなさい。オートミールを食べなさい」「能力不足、科学否定論者の男性リーダー」もちろん韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領のように、称賛に値する対策をとっている男性の指導者はいる。同国は広範なウイルス検査を通じて、感染者数の増加曲線を低く抑え込むことに成功した。しかし多くの国々は、能力不足で科学否定論者の男性リーダーの下、新型コロナウイルスの感染拡大を許し、壊滅的な被害を出すに至っている。パンデミックの中心地は今や米国だ。トランプ大統領は当初、ウイルスが政治問題化しつつあるとする民主党の見解を「でっち上げ」と非難し、権威ある科学者らが数カ月にわたって発したいくつもの警告に耳を傾けることができなかった。その結果、米国では現在国家非常事態宣言が出され、新型コロナウイルスによる死者が2万5000人超、感染者は50万人に達した。これらの数字は日々増え続けている。(訳注:米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、4月17日時点で新型コロナウイルス感染症による米国の死者は3万3286人、感染者は67万1425人)同様に英国のジョンソン首相も、公衆衛生上の危機を深刻には受け止めず、集会の制限といった対策の導入を拒んだ。すでに他の欧州諸国では長期にわたるロックダウンが実施されていたにもかかわらずだ。自らが新型コロナウイルスに感染して入院する前には、記者団に対し、陽性反応の出た患者と病院で握手するのにも抵抗はないと語っていた。そもそも中国の習近平(シーチンピン)国家主席が武漢市民の移動を許さない措置をとっていれば、新型コロナウイルスがこれほど急速に世界の至る所まで広がることもなかっただろう。ロックダウン前の武漢からは、市民500万人が脱出したとみられている。女性リーダーを増やすべき?今はまだどの国の指導者が正しい対策を十分に講じたといえるのか、最終的な判断を下す段階ではない。新型コロナウイルスの感染を抑え込み、国民の命を救う取り組みは現在も続いている。しかし上記の事例が示すように、ここまで迅速かつ決定的な行動をとったリーダーには一定以上の割合で女性が多かったのが現実だ。列国議会同盟および国連の調べによると、今年1月1日の時点で、選挙によって選ばれた国家元首152人のうち女性はわずか10人だった。また国会議員の75%、経営上の意思決定者の73%、主要ニュースメディアに携わる人の76%は男性が占めているという。国連で女性問題を担当する幹部は「我々が作り上げた世界では、女性がわずか25%の空間に押し込められている。物理的な意思決定の場でもそうだし、生き方について語るうえでもそうした制約がある。4分の1の割り当てでは不十分だ」と述べた。もうずっと以前から、世界における女性首脳の数を増やす必要性が叫ばれ、政治のあらゆる階層の中で議員の男女比率を平等にしようという意見も取りざたされてきた。少なくとも、一定の割合以上の女性リーダーがパンデミックの封じ込めに現時点で成功しているという事実に照らして、我々は性の平等が各国の公衆衛生と国際安全保障にとって極めて重要なものだとの認識を持ってしかるべきだろう。 ◇中国における女性問題や性の平等に関する著作のあるレタ・ホン・フィンチャー氏による寄稿です。記事における意見や見解は全てフィンチャー氏個人のものです。
2020年04月20日
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この日は行く予定ではなかったのだが、別の用事もあったのでついでに仕事をしてくることになった。この日の作業は、剪定し終えた枝を番線に固定する作業。私はこの仕事は嫌いではないのだが、なにせ低い場所で結ばなくてはならず、スクワットの連続である。それでも、作業していると小鳥のさえずりが心地よく、時折吹く風も爽やかで、自然の中で生かされていることを心と体に感じている。ひょっとすると、人間どもがあまりにも地球の自然をないがしろにしているので、一番ミクロな生物であるウィルスが、他の動植物たちの思いを受けて人間どもに警告を発しているのかもしれないとさえ思う。しかし、この場所はコロナウィルス騒動が別の世界のようである。一本一本のブドウの枝を番線に固定しながら、「頑張って良い実をつけてね」と心の中で声をかけてゆく。草も土中の小動物も、もちろんぶどうも目に見えない酵母菌や微生物たちも、それぞれ生きるために精一杯頑張っている。これからグングン育つ「雑草」と言われる草たちも、それぞれきっとこの自然を維持するための役割があるのだと思う。人間はどうなのだ。身勝手に自分の欲のために自然を使うことだけ考えている。もっと謙虚に自然に感謝して、可能な限り大切にしなくては、自然の怒りは収まらないんじゃないか。…なんて、古代の人間に近い感覚になってしまった。頑張って約5時間作業をしたが、まだまだ終わりは見えない。息子に、「気が遠くなりそうだねえ」というと、彼は笑いながら言う。「いやいや、やっていたら必ず終わることだから心配ないよ」。まあそうだけどね。この息子には、「気が重い」とか、「先が思いやられる」なんていう感覚はないようだ。これ、ホントに私が産んだ子か?
2020年04月19日
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北海道はまた感染拡大状態になり、次の週から市内の公共施設が閉館となるようなので、 いつも印刷作業をするところも閉鎖されるかもしれないと、急遽この日に作業をする。 今はどこでも、マスクをしなければ人が集まる場所には行けない。 私はマスクは息苦しい感じがして嫌いなのだが、今の状況では仕方がない。 仲間と二人で作業して午前中には終わったので、久しぶりにランチでもしようということになった。 少しドライブをして、N町の畑の中にあるファームレストランへ。 ここは結構人気があるようで、通常なら土曜日などは混雑しているらしいが、 この日はすんなりと入店できた。 ここは札幌からも来る客が多いそうだが、さすがに今は来ていないようだ。 テーブルも間隔を広くとっているので、おしゃべりしてもあまり周りに気を使わなくていい。 ということで、ゆったり二時間半ほどランチとおしゃべりを楽しんだ。 お互いに色々と忙しい日々なので、久々の友人との語らいはとてもリフレッシュできた。
2020年04月18日
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2日間の間をあけて、この日も畑に向かう。何しろお天気が良いので、多少の筋肉痛はあるけれど、息子可愛さもあって頑張りました。この日も剪定枝を集めて回る仕事で、斜面の畑をできるだけ膝をつけて這いずり回るように作業。立ったりしゃがんだりでは腰に負担がかかりすぎて不安だったから。2日経っただけで草の緑が広がり、このまま雨でも降ったなら草が伸びて枝が絡めとられ、片付けにくくなってしまうのだ。実際、昨年はそのような状態になってしまい、後始末に余計な時間を取られたらしい。この日は無理せず3時半には引き上げた。
2020年04月17日
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リンクしているMilkywayさんのブログで紹介されていた、ドイツのメルケル首相のスピーチ。とても心に響いたので、こちらでも紹介させていただこうと思う。【全訳】メルケル首相、自宅隔離から復活のスピーチ「“その後”は必ず訪れます」イギリスではボリス・ジョンソン首相が新型コロナウイルスに感染し、入院。リーダー不在の中、この危機を乗り切れるのか、英国国民は不安でいっぱいだ。そんな中、あの人が自宅隔離を終了し戻って来た。そう、“ドイツのおっかさん”アンゲラ・メルケル首相だ。3月22日、首相に予防接種をした医師の新型コロナウイルス感染が判明したため、自宅隔離に入ったが、検査で陰性となり戻ってきた。そして、テレビを通してイースター休暇を前にした国民に語りかけた。その全文をお届けする。私がお約束します。連邦政府を頼ってください国民のみなさん、こんにちは。今日、こうしてまた首相府からみなさんにお話しすることができるのを嬉しく思います。自宅隔離を終え、体調も万全です。私はいま、14日間一人で家にいること、そして14日間電話やインターネットでしか世界と繋がることができないのは、簡単ではないと確信しています。新型コロナウイルスにより自宅に一人でとどまらなければならない高齢者や持病のある人にとって、そして私のように隔離を求められている人にとって、この時期はとくにそうでしょう。そうした状況にいる方々に、心からお見舞いを申し上げます。このウイルスとの戦いにおいて、私と連邦政府にとって何が意思決定の指針となるのか、いま一度みなさんにお伝えします。まもなくイースターが始まります。ふだん教会に通う何百万人ものキリスト教徒にとって、復活祭(日曜日)とは、家族みんなで散歩をしたり、焚き火をしたり、あたたかい南部の湖で過ごしたりするものでしょう。でもそれは、これまでの話です。今年は違います。私が今日申し上げたいのは、私たちはこれまでとはまったく異なるイースターを過ごすことになる、というものです。もちろん、キリスト教徒は受難日(金曜日)と復活祭を祝うことでしょう。でもほかの信者と共に教会に集まることはできません。この数週間、各教会がテレビやラジオ、インターネットを通して素晴らしい礼拝を多くの人々に届けてくれていることを嬉しく思います。イースター期間中はさらに増えることでしょう。そして私は、国内の宗教施設で集まることができないユダヤ人やイスラム教徒、そのほかの宗教を信じるみなさんのことも想っています。緊急事態宣言は、社会に大きく影響するものであり、緊急時に最低限の期間しか受け入れるべきでないものの一つです。この2週間の自粛ルールを守りながらも、イースター中に散歩をすることはできるでしょう。ただ、それは同居する家族とのみ、あるいは家族以外の1人とのみ可能です。短くても1.5m、できれば2m間隔をつねに空けなければいけません。頻繁な手洗いも忘れないようにしましょう。マスクを着けていたとしても、ソーシャルディスタンスを保つことをつねに心がけてください。ウイルスに対するワクチンや治療薬がない限り、ソーシャルディスタンスを保つことは最も効果的な予防法なのです。もう一つ、肝に銘じてください。たとえ小旅行であっても、イースター休暇中にドイツ国内の湖や山、親戚を訪ねてはいけません。とても辛いですね。わかります。私たちは好きなときに好きなだけ移動し、旅をし、したいことをするのに慣れています。私たちの自由な人生の基本です。ですが突然、こうしていくつものルールや規制ができました。でもこれらは命に関わる重大なものです。ですから私は、このイースター直前のいま、もう一度みなさんに思い出してほしいのです。みなさんのなかには、「もう2週間も規制に従っている。あとどれだけ続くんだ?」と思う人もいるでしょう。わかります。ですが、私がいま解除日を端的に申し上げ、今後の感染率を鑑みてもし約束を果たすことができなかったら、とても無責任なことになってしまいます。もし私が約束を台なしにしてしまうことがあれば、医療も、経済も、社会もどんどん悪い状況になるでしょう。私がみなさんにお約束できるのは、連邦政府を頼ってくださいということです。私も昼夜問わず、どうすればみなさんの健康を守りながら、元の生活を取り戻すことができるかを考えています。もし私たちが自分の責任について考えなければ、それに応えることすらできません。同じように、現実にそぐわない規制解除日を決めたり、間違った希望を膨らませたりしては、責任を果たすこともできません。あらゆる視点から全体像を捉えるのは、とても骨の折れる仕事です。ですが、親愛なる国民のみなさん、連邦政府と私個人がこの仕事を担うことに期待していてください。それがまさに私たちが取り掛かっていることです。お約束します。このことで成功し続けるため、私は今後もみなさんの協力を必要としています。率直に申し上げます。この数週間、国民のみなさんは大きな力を貸してくださっています。我が国の最も良いところが表面化しています。このことに私は感謝しきれません。コロナウイルスの感染は、ドイツでもいまだに急拡大しています。この病により命を落とした方々、そのご家族とご友人に心からお悔やみを申し上げます。毎日数千人が新たに感染しています。つまり、新たな患者も毎日増え続けているということであり、一部の方々は病院での集中治療を必要としています。重症の方々を含め、まだみなさんに必要な治療をできる状態にあります。私たちは人間社会に生きています。数字ではなく、一人ひとりの尊厳が守られるべきです。ロバート・コッホ研究所による最新情報では、新たな感染者の増加ペースは数日前よりもわずかながら落ちてきています。ですが、これを「傾向」として結論づけるにはまだ早すぎます。いまの時点で規制を緩めることもまた、早すぎるのです。専門家は、要請にみなさんが従うことで、感染カーブを緩やかにすることができると言っています。私たちは、医療システムがコロナ禍という大きな負荷にきちんと対応できる状態にしておかなければなりません。4月1日の州首相との会議では、自粛要請ガイドラインはいったんこれまで通り、イースター休暇最終日の4月19日までとすることで一致しました。それ以降の指示は、ウイルスの拡大状況と病院への影響に大きく左右されます。いまは不安が募るときであることを、私もよく理解しています。みなさんの家庭、職場、そして国全体が要請によってどう変わるか、という問題ですから。政治家が簡単にみなさんの心配を取り除くことができるわけではありません。ですが、政府としてできることはすべてやる心づもりでいます。この数日間、ドイツでは過去最大級の財政支援策と社会保障をしています。助成金やローン、短期の休業補償に対する数え切れないほどの手続きが、なるべく官僚的ではない形で迅速にされています。関連記事: ドイツの芸術家「申請から3日で、私の口座には60万円が振り込まれた」 みなさん、覚えていてください。連邦政府はみなさんとともにあります。私たちの社会的市場経済が価値あるものだということを示すために、できることすべてに取り組んでいます。私たち国民全員が、このパンデミックからほぼ毎日学んでいます。科学者も、政治家も同じです。みなさんの忍耐に感謝します。ルールを守り、人との接触を控えてできるだけ家にいるみなさんは、それだけで能動的にいいことをしているのです。この状況下で、どうしたらほかの人の力になれるかと考えを巡らせている人も同じです。確かにソーシャルディスタンスは守らなければなりません。ですが、それが親しみや愛情、連帯感を示すのに妨げになることはありません。手紙を書き、電話をかけ、スカイプで話し、ほかの人の買い物を手伝い、自宅でのコンサートをネット配信することもできます。これらのすべてが、いまの時期を一緒に乗り越えていく力になります。“その後”は必ず訪れます。心から祝うことのできるイースター休暇はまたやってきます。「結果論」としての素晴らしい生活がいつ戻るかは、いまの私たちの手にかかっているのです。共に力を合わせて、この危機を乗り越えましょう。それが、私たちにいまできることなのです。
2020年04月16日
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6日、7日と二日連続で、息子たちのブドウ畑仕事の手伝いをした。今年は小雪で雪融けも早く、息子たちはブドウの剪定と番線への誘引作業をしている。私達は畑に残された剪定枝を集めて下に運び(畑は斜面なので)一日目の午後は、私はその枝焼き作業である。この日は風もなく暖かくて、抜けるような青空の向こうに見える山々の残雪の白とのコントラストが、本当に美しかった。(これは、畑に行く途中の風景。朝なので、まだ空の色がぼんやりしている)一日が終わると久しぶりの肉体労働に、足腰の筋肉痛と全身の疲労感。なのに、続けて二日も手伝ってしまった。息子たちからは何度も「無理しないで休み休みやってよ」と言われるのだが、目の前に山ほど作業を待つ光景を見てしまうと、どうしても少しは無理をしてしまうのはどうしてだろう。2日目は風もあったので枝焼き作業はやめて、ひたすら枝を集めて脇に置く作業。この枝をそのままにしておくと、すぐにグングン伸びる草に絡めとられて、枝が見えなくなってしまうのだ。それでも、今朝はこのように洗濯しながらパソコン作業する気力もある。私もまだ体力があるなと安堵している。
2020年04月15日
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風もなく良い天気だったので、実家のビニールハウスを建てた。近年は夫と妹の三人で建てるのだが、昔から使ってきたものを再利用しながらの作業。考えてみれば、この作業は私が娘時代からやっていたはずだ。昔は二棟ほど建てていたと思うけれど、はっきりとは記憶していない。まだコメ作りをしていたころには、ビニールハウスの中で苗づくりもしていたと思う。私は農作業の手伝いは好きではなくて、いつも嫌々やっていた。兼業農家時代が過ぎ、やがてビニールハウスは母の花づくりと家庭菜園のためのものとなっていった。母が苗から花を育てて、広い庭にいくつもの花壇を作っていたけれど、やがて年と共にそれもできなくなり、今では主に妹がトマトやナス、キュウリ、ピーマン等々、母と同居の日々の気分転換と実益を兼ねて使っている。ビニールハウスも、数年前に半分の広さのものにしたので、今では三人で建てるのもあまり苦労はなくなった。ともあれ、今年もハウスを建てることが出来た。これも、この三人の一人でも欠けたら難しい作業なので、今では「ひょっとすると今年限りかも…」なんて思ってしまう。そう思うと、今年も無事に建てることができたことに感謝する。
2020年04月12日
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「ソリちゃんのチュソク」 イ・オクベ絵と文、みせ けい訳《商品説明》 旧暦8月15日のチュソク(秋夕)近くになると、韓国の町は里帰りの準備をする町人でにぎやかだ。ソリちゃん一家も、チュソクのお休みには、町を出発。ハルモニ(おばあちゃん)の家へ出かけ、お墓参りをするのだ。 ふるさとへ向かう道路は渋滞だけれど、車の窓には人々の陽気な顔がのぞき、車道の路肩ではアイスやカップめんを売ってる人がいる。各ページいっぱいに描かれた表情豊かなたくさんの人たちをひとりひとり眺めながら、「ソリちゃんはどこ?」と、かわいいチョゴリ姿のソリちゃんを思わず探してしまう。 そして、たどり着いたハルモニの家では、親戚みんなでごちそうを囲み、村では祭囃子(まつりばやし)が鳴り響く。絵本から、チュソクを楽しむソリちゃんの笑い声と韓国の人や自然、はたまた料理のにおいが届いてきそうだ。日本の子どもも大人も、この本を読んだらきっと、韓国の暮らしぶりを身近に感じるはず。 著者のイ・オクベは、『せかいいちつよいおんどり』で1997年BIBC(ブラティスラバ国際イラストレーションビエンナーレ)に選ばれた絵本作家。本書では、著者の持ち味である繊細に描写された街並みや風景のイラストをたっぷり味わってほしい。(分須朗子) 《内容(「BOOK」データベースより)》チュソク(秋夕)は、旧暦の8月15日、だいたい9月の中旬の収穫のはじまる時期にあります。正月とならぶ韓国の大きな行事で、3日間休みとなります。チュソクの前日の夕方には、お月さまをみながら新米でソンピョン(松餅)をつくり、チュソクの当日には秋の収穫のよろこびを先祖に感謝してから町じゅうでお祭りがはじまります。都市に住んでいる多くの人が故郷に帰るので、この絵本をみると高速道路がとても混んだり、まるで日本のお盆とそっくりと思うのではないでしょうか?日本のみなさんが本書を開いてみることで、韓国の風習や文化をより身近に感じるのではないかと思います。日本とは昔から色々な意味でつながりの深い韓国。在日の方たちも結構身近にいるはずなのだけど、韓国の文化についてはほとんど知らないことに気付く。「チュソク」は日本のお盆のようなものらしいが、中国の「春節」についてはよく聞くけれど、「チュソク」についてはこの絵本でこの年になって知ることになった。絵本を開くと、細やかに韓国の街並みや生活感が描かれていて、きっとこの情景は作者が子ども時代のことを思い出して描いたんだろうなと想像する。作者は私よりも10歳ほど若いのだが、ここに描かれていることは私が幼い頃のお盆の思い出と重なることが多い。韓国のことなのだが、なんだか懐かしい感じがする。今の韓国のチュソクはどのような感じなのだろう。日本では、結構律義に「お盆に里帰り」をしたり、お墓参りをする習慣が残っているが、韓国でも同様なのだろうか。と思って、ネット検索したらこれを見つけた。やはり日本と同様か、ひょっとするとそれ以上かも。同じ文化圏の民族なのだなと、あらためて思う。私にとっては近くて遠い国韓国。なぜかわからないのだが、今まであまり韓国に行きたいと思ったことはなかった。韓流ドラマも、ブームの火付け役となった「冬のソナタ」で挫折して、それ以後見ようと思わずに今まで過ぎた。友人には韓流ドラマが好きな人もいるし、BSテレビではいつも何か放送しているから、根強いファンがいるのだろう。ただ、ドラマは一度見たら続きを見たくなるので、私は敬遠してしまう傾向がある。というわけで、「韓国」についての理解はほとんどできないままの私なので、この絵本は興味深いものがあった。それにしても、欧米の絵本は図書館の絵本コーナーでも結構見かけるのだが、韓国のものは少ないような気がするのは、今まで関心を抱いていなかったせいだろうか。
2020年04月11日
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下記の記事は、実感的にもとても納得できる。二年ほど前、中国から流れてきたPM2.5で大気が白い靄がかかったような日があった。私はその中で無防備に外作業をしたのだが、その後随分咳が続いた。肺の中に異物が入り込み悪さをしているような咳で、その日PM2.5の濃度が高かったことを後で知って、「きっとそのせいだ」と確信した。その咳は随分長く続き、喘息ほどに苦しくなかったため病院にこそ行かなかったのだが(このまま喘息になったらどうしよう)と不安だった。だからその後は、外仕事をする時はPM2.5が流れてくるかどうかをチェックして、危ない時にはマスクをつけるようにしている。さらに、これがきっかけになって花粉症も発症したら大変だと思い、空気清浄機も購入した。そんな自衛策が良かったのか、一年後くらいから変な咳は出なくなったのだが、今でも深呼吸をした時に肺に刺激を感じるのか咳き込むことがある。それ以前はそのようなことはなかったので、PM2.5がきっかけで肺が過敏になったのではないかと思っている。そんな体験があるので、下記のニュースは納得できるのだ。大気汚染を広げてきたのは、間違いなく人間の経済活動のせいである。私達は今、自然からのしっぺ返しを受けているのだろう。新型コロナの死亡率、大気汚染で悪化と判明、研究4/11(土) 7:20配信 衝撃的な影響の大きさ、だが都市封鎖で汚染は改善、緩和後の環境対策に一石 世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスは、医療崩壊から極端な貧富の格差まで、現代社会の弱点を突きながら拡散している。しかし、無視されがちなある大問題との関係は、少々複雑だ。それは、大気汚染がパンデミック(世界的な大流行)を悪化させた一方、そのおかげで、一時的でも空がきれいになっているということだ。 米ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の研究者が、1本の論文を公開した。査読を受けて学術誌に発表されたものではないが、それによると、PM2.5と呼ばれる微粒子状の大気汚染物質を長年吸い込んできた人は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死亡率が大幅に高くなるという。 大気汚染の科学に関心を持つ人々には意外ではない。とはいえ、その影響の大きさは衝撃的だった。 研究者らは、米国の人口の98%をカバーする約3000の郡について、大気中のPM2.5の濃度と新型コロナウイルス感染症による死者数を分析した。すると、PM2.5の濃度が1立方メートルあたり平均わずか1マイクログラム高いだけで、その死亡率(人口当たりの死者数)が15%も高かった。「汚染された大気を吸ってきた人が新型コロナウイルス感染症にかかったら、ガソリンに火をつけるようなものです」と、論文の著者であるハーバード大学の生物統計学教授フランチェスカ・ドミニチ氏は言う。 PM2.5は体の奥深くまで侵入して高血圧、心臓病、呼吸器障害、糖尿病を悪化させる。こうした既往症は新型コロナウイルス感染症を重症化させる。また、PM2.5は免疫系を弱体化させたり、肺や気道の炎症を引き起こしたりして、感染や重症化のリスクを高める。 ドミニチ氏らは、現在のパンデミックの中心地であるニューヨーク市のマンハッタンを例に、大気汚染の影響を説明した。マンハッタンではPM2.5の平均濃度が1立方メートルあたり11マイクログラムあり、4月4日時点で1904人の死者が報告されている。 研究チームの推算によると、過去20年間のPM2.5の平均濃度があと1マイクログラムでも少なければ、死者数は248人も少なかったはずだという。もちろん、犠牲者の数は4月4日以降も増え続けている。 人々が過去に吸い込んだ大気汚染物質が健康被害を大きくしている一方、広範囲で人間の活動が制限され、一時的に空気がきれいになっている。それは、私たちがパンデミック後の世界を立て直すうえで大切なことを教えてくれる。 ほとんどの人は大気汚染に慣れきっていて、ずっと空気がきれいな世界など考えもしないだろう。大気汚染の軽減をめざす英非営利団体「クリーン・エア・イン・ロンドン」の設立者で代表でもあるサイモン・バーケット氏は、「私は今、きれいな空気を満喫しています。今こそ人々に立ち止まって深呼吸してもらうチャンスです。そして、最近の喘息(ぜんそく)の具合はどうですかと聞いてみたいですね」と話す。 もちろん、大気汚染を軽減するために、普段の暮らしや経済活動をほぼストップさせるのは名案ではない。だが、きれいな空気を味わってその価値を知るひとときには、今の暗黒の日々を「『きれいな空気には特別な何かがある』とみんなが言い始める触媒や転換点にする」可能性があるとバーケット氏は考えている。新型コロナに匹敵する大気汚染の犠牲者数 ウイルスの広がりを遅らせるためのロックダウン(都市封鎖)は、企業活動を停止させ、数十億人を自宅にこもらせた。その結果、中国の湖北省からイタリア北部の工業地帯まで、世界各地の大気汚染レベルが急激に低下した。 世界最悪レベルの大気汚染に悩むインドでは、今回のロックダウンで「初めて家からヒマラヤ山脈が見えたという報告が聞かれるようになりました」とフィンランド、ヘルシンキにあるエネルギー・クリーンエア研究センターの主席アナリスト、ラウリ・ミルビエルタ氏は話す。 あわただしく指示されたインドのロックダウンで、数十万人の出稼ぎ労働者が家や職場を失った。しかし、普段は大気汚染が深刻なデリーでは、PM2.5濃度と二酸化窒素濃度がいずれも70%以上も低下した。 今回の大気汚染の緩和は一時的なものにとどまるだろう。長期的にきれいな空気を取り戻すために必要なのは、莫大な経済的犠牲を払って人々の外出を禁じることではなく、クリーンなエネルギーと輸送手段への転換だ、とミルビエルタ氏は言う。ただ、パンデミックがもたらしたきれいな空は、私たちが化石燃料の使用を止めれば、どれほど速やかに大気汚染を軽減できるかを見せてくれた。 現在のきれいな空気は、それまでの大気汚染のひどさを実感させる。世界保健機構(WHO)によると、室内外の空気の汚染により、世界中で毎年700万人が命を落としているという。 米国では、数十年にわたる規制により、空気の質は世界のたいていの場所よりはるかに良くなった。ニューヨーク市のPM2.5の濃度は2009年から2017年にかけて30%も低下しており、このおかげで今回のパンデミックでも多くの命が救われていると考えられる。それでも、大気汚染による米国の死者は毎年10万人を超える。 新型コロナウイルス感染症による死者がこれと同程度か、それ以上になるという見込みは、米国人を震え上がらせた。しかし、大気汚染の致死的な影響はほとんど議論されていない。活動家や科学者は、そんな状況が変わるかもしれないと期待している。SARSでも報告されていた ハーバード大学の研究成果が発表される前から、科学者たちは、大気汚染が新型コロナウイルス感染症の重症化にも影響しているだろうと確信していた。新型コロナウイルスに近いSARS(重症急性呼吸器症候群)の集団感染に関する2003年の研究によると、中国で大気汚染が最も深刻な地域の死亡率は、最も汚染されていない地域の2倍も高かった。「ロンドンをはじめ、大気汚染がより深刻な地域には基礎疾患をもっている人が多いので、(新型コロナウイルス感染症による)死亡率は確実に高くなるでしょう」とバーケット氏は言う。また科学者たちは、ウイルスが汚染物質粒子に付着して空中に長くとどまり、体内に入りやすくなる可能性も指摘している。 逆に言えば、一時的にでも空気がきれいになれば、その分だけ感染が抑えられて重症化する人数も減り、医療への負荷が軽減されることになる。そう話すのはカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学人口公衆衛生大学院の呼吸器科長を務めるクリストファー・カールステン氏だ。 カールステン氏は、空気がきれいになったことで、新型コロナウイルス感染症以外の病気による病院の負担も軽減するはずだという。大気汚染の影響は長期的なものだけではない。短期間で空気の質が変化すると、心臓発作、脳卒中、救急外来受診の件数にも、すぐに変化が表れることがわかっている。これらはいずれも大気汚染が急激に悪化すれば増加する。 ブリティッシュ・コロンビア州当局が今年の春の野焼きを禁止したのは、この点が念頭にあったからだ。同州のある地域ではキャンプファイヤーまで禁止された。木を燃やした煙はPM2.5を多く含んでいるからだ。 中国では、今回のロックダウンによる大気汚染の軽減で5万3000~7万7000人の命が救われたと、米スタンフォード大学の地球システム科学者マーシャル・バーク氏が推算している。これは同国の新型コロナウイルス感染症による死者数よりはるかに多い。 意外に思われるかもしれないが、中国では大気汚染により毎年120万人が命を落としていることを考えれば、当然の数字だと氏は言う。実際、2008年の北京オリンピックに向けて北京周辺で積極的な大気浄化策をとったところ、全般的な死亡率が一時的に8%も低下したことが2016年の研究で明らかになっている。 なおバーク氏は、中国での大気汚染の軽減がもたらした効果を評価することは、パンデミックのコストや恐怖を軽視するものではないと強調する。とはいえ、「別の面を見ることで、私たちは変われるのだと知ることも大切です」と彼は言う。「パンデミックのおかげで救われた命は、パンデミックによって失われた命と同じように大切です。どちらも失ってはいけないものです」「以前の水準の大気汚染に戻して良いのか」 パンデミックがもたらしたきれいな空はいつまでも続くものではない。工場が再開し、人々が車で移動するようになれば、汚染物質の排出量は普段のレベルに戻るだろう。 中国の一部の産業はまだ本格稼働を再開していないが、汚染レベルはすでにコロナ禍以前の水準に戻っている。つまり今後、空気の質は以前より悪化するのではないかとミルビエルタ氏は懸念する。 ほかの地域も同様だ。パンデミックが終息すると、汚染物質を排出する産業は、これまでのロスを取り戻そうとして生産量をさらに増やすかもしれない。ベルギー、リエージュ大学の政治学者で環境研究者でもあるフランソワ・ジェメンヌ氏はそう指摘する。公共交通機関による感染への不安が残っていれば、自家用車で移動する人がさらに増えるかもしれない。 それだけではない。「多くの政府が化石燃料産業を再稼働させようとするでしょう。いちばん手っ取り早く再開できる産業だからです」とジェメンヌ氏。景気後退が迫り、金融市場が打撃を受けている今、アナリストたちは、風力発電や太陽光発電への投資が下火になるかもしれないと予想している。 経済が不調をきたすと、政府はしばしば健康を守るための規制を弱めようとする。米環境保護局は、今回のパンデミックを理由に、汚染への規制を停止することを決定した。オバマ政権時代に導入された野心的な自動車の燃費基準をトランプ政権は緩和し、その他の規制についても同様の措置を検討している。 米ジョージ・ワシントン大学の環境保健学准教授スーザン・アネンバーグ氏は、公衆衛生上の緊急事態の最中にそのような措置をとることは完全な間違いだと言う。「逆に今は、コロナ禍以前の水準の大気汚染に戻して良いのか、考え直すべき時期なのです。あのレベルの大気汚染を我慢する必要はありません」文=BETH GARDINER/訳=三枝小夜子
2020年04月11日
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もう「国難」なのだからいちいち政府のやることに文句を言いたくないが、こんな記事を読むとやっぱり文句を言いたくなる。安倍首相肝いり「布マスク2枚」の予算は報道の2倍「466億円」! 一方、30万円給付や中小企業支援は申請方法や窓口も未定 2020.04.09 07:24 リテラ「全世帯にマスク二枚」なんて馬鹿なことは中止になるのではと思っていたが、やっぱりやるんですね。安倍首相「108兆円経済対策」は詐欺だ! 30万円現金給付の説明も嘘だらけ、月収9万円に落ちても資格なし、支払いも夏以降の可能性 2020.04.08 09:46日本の「給付、補助金、助成金」は全て申請主義である。さらに、行政の方から「貴方は申請の資格がありますから、ぜひ申請してください」なんてお知らせは決して来ない。申請したい人や組織は、それらの情報を自分で調べて煩雑な申請書を書いて提出し、その申請書の細々したところをチェックされて時には書き直しをさせられて、何とか通った暁にやっとお金が届く。緊急事態なのだから、確定申告とかマイナンバーなどの情報を活用して、とっととお金が届くようにしてあげてください。今のままでは、コロナ失業、コロナ破産、ひいてはコロナ関連自殺が増えることでしょう。それに、どう考えたってお金は足りないはずだから、まずは国会議員の給料などをガッツリ削減してください。スピード感削ぐ国・都対立 休業要請で溝、野党は批判 緊急事態宣言4/10(金) 7:15配信 このような時こそ、政権の覚悟と勇気ある決断が必要だが、気の小さい安倍首相にはそれができない。類は友を呼ぶお友達ばかりの政治家たちもしかりだ。悲しくなる。今は感染者が急増している地域では、ひょっとすると医療崩壊に近い状態かもしれない。私達にできることがあれば教えてほしいと思う。まずは、自分が感染者とならないことが一番なのだけど。
2020年04月10日
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新型コロナウィルスは次第に日本中に感染を広げて、昨日は「緊急事態宣言」も出ました。それに伴い、まだ感染が拡大している地域では学校の休校が続くようです。今朝、ネットで下記の記事を見つけました。 休校長期化、見えづらいSOS 子どもの心のケア急務 コロナ疲れ深刻化の恐れも4/7(火) 18:52配信 毎日新聞 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で休校がさらに続く地域もあれば、再開する自治体もあり、対応が分かれているが、急務となっているのが子どもの心のケアだ。【新型コロナウイルス 国内感染の状況】 「東日本大震災の後、被災地で不登校の子が増えた。その状況と同じだと思う」。不登校の専門紙「不登校新聞」編集長、石井志昂さん(38)は今、こんな危機感を抱いている。 都市部を中心に感染拡大の収束が見えない。「大人も抱いている先行きへの不安が子どもに伝わるだけでなく、大人自身も子どものSOSが見えづらくなっている」と石井さんは言う。 SNS(ネット交流サービス)では、子どもに登校日と同じタイムスケジュールで過ごさせようと“奮闘”する親の姿もみられるが、「子どもが不登校になった場合にもありがちだが、お互い疲れてしまってうまくいかない。休校がさらに長期化すれば『コロナ疲れ』は一層深刻化する」と懸念を口にする。 学校を再開する地域でも注意が必要だ。長期休み明けは子どもの自殺が増える傾向にある。 政府がまとめた自殺対策白書によると、18歳以下の自殺者数は夏休み明けの9月1日が最も多く、春休みや大型連休(ゴールデンウイーク)など長期休業明け直後に増える。 長野県小諸市を拠点に活動する「小諸登校拒否・不登校・ひきこもりに学ぶ親の会『はじめのいっぽ』」世話人を務める元小学校教員の小山優子さん(66)は「年度替わりは進学やクラス替えなどで重圧がかかりやすい上、一斉休校でストレスなどを抱えている子もいるはず。そこに大きな負荷を課せば、心身が疲れ切ってしまう。少しずつ学校生活に慣らしていく工夫が必要だ」と気を配るよう訴える。 筑波大の太刀川弘和教授(災害・地域精神医学)は「子どもたちにとって先が見えない非常事態。感染リスクから再開に不安を感じる子どもも多いだろう。学校関係者や保護者はできる限り規則正しい生活が送れるように工夫し、『いつか収束する。一緒に頑張ろう』と伝え続けて不安を取り除く必要がある」と指摘する。【千脇康平、田中理知、大久保昂】 この新型コロナウィルス感染の長期化は、大変なことや危機的なことも沢山ありますが、ものごとには必ずプラスとマイナスがあるものです。このような時こそ、できるだけプラス面を大切にして、今後の私たちの意識や生活に役立てたいものだと思います。私は、今回の長期休校で大人たちが学ばなくてはいけないことは、「学校に行くことよりも命や健康の方が重要だ」ということです。「健康を損なわずにいれば、きっと何とかなるさ」と子どもに伝えることです。 今までも、日本では大変なことが数多くありました。現代の大人が体験しただけでも、阪神淡路大震災、東北大震災、各地の集中豪雨などの自然災害などなど、その地域の人には立ち直れないように思えるほどのことがありました。それでも生き残った多くの人たちは、辛いことを必死に乗り越えて今に至っているはずです。その途中で力尽きた人たちも多かったとは思いますが、生きるということはそのようなことだと思うのです。 人類の歴史の中では、感染症との戦いがどれほどあったことでしょう。それでも人間は、その都度見えないウィルスに立ち向かい、新しい薬の開発や衛生環境の改善で、次の世代への遺産を残してきたのです。 とにかく、生きること、命を大切にすることが、今の一番の仕事です。その後のことは、その時に必死に考えて行動しましょう。いつの時代も、弱い立場の老人や子供を守っていくのは元気な大人の役割です。そのためにも私たちは、自分の健康は自分で守らなくてはなりません。そして、弱い立場の人たちに心を寄せていきましょう。人を元気にするために一番必要なのは、周りの人に対する思いやりと親切です。そのことの大切さを実感できることも、今回のコロナ災害のプラス面かもしれませんよ。
2020年04月08日
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昨夜、やっと安倍首相が緊急事態宣言を出した。しかし、その内容を聞いているとどうも中途半端な気がする。しかしともあれ、これで日本全体の危機意識が強まり、それぞれの立場での努力が積み重なり、この状況が好転すればいいなとは願っている。昨夜布団に入ってから、ふと(キューバはどうなっているのだろう)と思った。キューバは確か、医療や教育に力を入れていたはずだ。観光にも力を入れているし、中国とは政治体制の共通点から歴史的にもつながりが深いはずで、当然新型コロナウィルスも無関係ではないはず。しかし、今までのところキューバについてのニュースはあまり見ていないような気がする。ということで、今、ネット検索をしてみたら、次の記事を見つけた。キューバの医療体制と医療費の順位一覧下記の記事は、一読して紹介したいと思うので、全文コピーしよう。新型コロナに「医療先進国」キューバはどう立ち向い、世界に貢献しているか板垣真理子 写真家 2020.3.30 今、キューバから原稿を書いている。そもそもは米国による経済封鎖強化の続くこの国が、オバマ政権時代に私自身が3年と少し過ごした時代といかに変化しているかについて、現地情報をリポートするはずだった。にもかかわらず新型コロナウィルス=COVID-19関連のものになってしまった。 それだけ今の世界情勢の中でこのウイルスが引き起こしたもろもろの事象が大きく、またキューバが世界でウイルスに感染した人々の命を救うのに素晴らしく多大な貢献をしているか、でもある。そこでキューバの活躍に関するニュースが日本でどのくらい一般的だろうか、と思いながら書くことにする。 まず、中国の武漢でこのウイルスの感染が伝えられた後の2020年1月、キューバの医療団が中国入りしたニュースを見た。「きたっ」と思った。キューバと中国の強い結びつきがあり、また、キューバは知る人ぞ知る、高度医療先進国だからである。 この時キューバの医療団が携えていったのは、別に新薬ではなかった。これは、インターフェロンアルファ2bといい、1986年、遺伝子工学・バイオテクノロジー研究センター(CIGB)のチームによって開発されたもの。これは日本でも認可された薬。 そもそもインターフェロンは、人の免疫システムに働きかけ、それを強める作用を持つ。アルファ2bも例外ではない。当初は、デング熱などの薬として開発された。キューバも、熱帯・亜熱帯のかなり多くの地域でみられる、蚊が媒介するデング熱の発症地域である。またこの薬はHIV-AIDS、B型およびC型肝炎、さまざまな癌に効果のあるものとしても、使用されてきた。 ウイルスに対しては「感染後の症状悪化を阻止し、致命的な段階に入るのを防ぐ」という。つまり、ウイルスを殺すわけではなく、人の免疫力を使って、抗ウイルスの作用を促す。中国でもキューバとのパートナーシップにより2003年から作られるようになり、今回の新型ウイルスにも、中国で選ばれた30種類の薬のうち効果のあった21の薬のひとつとして、1000人以上もの命を救ったとされている。キューバはこの中の何種類かを開発している。 韓国、ドイツなどでも実際に効果を発揮し、死者の増加を食い止め、その他のヨーロッパ、ラテンアメリカの国々からも、当然のごとくオーダーが相次いでいる。各国からのオーダーで、この薬の製造所は多忙を極めており、フレックス制で働いていた従業者はフルタイム制に変更。しかし、これからさらにオーダーが増えても対応できる構え、という。このキューバ産製剤については、すでに駐日キューバ大使が日本の厚生労働省と意見交換を行い、新型コロナウイルス対策の協力を申し出ている。 キューバの活躍を喜ばない米国の現政権は、各国にキューバ製のインターフェロンアルファ2bをオーダーしないように呼び掛けた、という記事も目にしたが人命尊重の立場から見ると目を覆いたくなるような発言は、聞くも心苦しい。イタリアに医師団を派遣、イギリス客船の受け入れ 一方、キューバはすでに患者と死者の続出するイタリアでももっともダメージのあるロンバルディア州(州都はミラノ)からの要請をうけて、薬を携えて医師団を派遣した。 以前からキューバは世界各地で起きた災害現場に多数の医療団を派遣し、その高度の医療と、温かい医師団の人柄とともに歓迎と感謝を受けてきた。長年のこうした体験も踏まえて、今回の迅速な対応に繋がったとみられる。しかし、医師とて人の子。「恐怖がないわけではない。しかしやらねばならない使命のためには、それを克服して向かう」という言葉とともに出発した。 また、世界で話題に上ったのは、各地で寄港を拒まれたイギリス客船をキューバが受け入れたこと。これは、感染者5人が確認された「ブリーマー号」で、バハマやバルバドス他で受け入れを拒否され、1週間ほどもカリブ海を彷徨い航行し続けた後、キューバに打診し、応じられたもの。入港後は、イギリスのチャーター便で、感染、またその可能性ある人と、それ以外の人たちを別々の4機に分けて帰国させた。イギリスに帰国する際、彼らは「Te Quiero、Cuba=キューバ、愛している」の横断幕を掲げていた。その安心感と感謝は「さぞかし」と、想像に難くない。 当のキューバでは、3月11日に、ついに最初の感染者が発生した。イタリアからの旅行者3名だった。到着後2日目の発覚という速さだったが、「夜中に咳をしている」というガイドなどの協力で検査を受け感染が確認された。先に記したロンバルディア州からの旅人だつた。続いては、やはりイタリアから帰国した、イタリア人とキューバ人の夫婦のうちの一人など、ほとんどが国外感染者だった。 その後、じわじわと感染者数は2桁台に上がり、その後170名となった(3月30日現在)。病床は1300台を揃えて対応に備えているとのこと。その大多数は旅行者が占めていたため、空港も3月24日からの閉鎖が決定されていた。観光大国としてはかなりの打撃を承知の上だが、人命尊重を重視する国ならではの決断である。母国に帰る外国人と、帰国するキューバ人だけが、空港を出入りすることになる。 また、空港閉鎖の数日前からほぼ全部のライブハウスや店舗が1カ月間(予定。変更あり)の閉鎖に入り、野外の野菜市場やいくつかのスーパーマーケットなど、通常買い物をしている場所を除いてシャッターが降ろされている。最後まで楽しいキューバ音楽を鳴らし続けていた、ハバナを代表するホテル、オテル・ナシォナル・ デ・キューバとハバナ・リブレも、ライブは休むことになった。街中から外国人は一気に消え失せ、通りもがらんとなり、今まで見たことのなかった、キューバの人たちのマスク姿も見るようになった。感染者を増やさないための意思 国内の広報がしっかりしているため、ウイルスに関する知識も広まっており、咳、くしゃみエチケット、手洗いの励行、消毒も進んでいる。まだ開いている店舗に入ると、すぐさまぺットボトル入りの手洗いの水をかけてくれる。中身は消毒薬の他、漂白剤との話も(?)。 キューバの通常の挨拶であるベソ=頬へのキス(必ずしも唇は付けない)、握手、抱擁は禁止、また人と話す時には距離をとるよう勧めている。これはほんの数日間、という驚くべき速さで徹底された。 外国人にとって精神的にも住みやすいのは、もともと「平等」を掲げていたお国柄からだろうか、今回の新型ウイルスに関する偏見にも晒されず(少しはあるのかもしれないが、私は体験的になし)、明るく元気な空気に満ちている。冗談好きで楽しむことが好きな国民性がそれを支えてもいるし、国のポリシーのあり方が心強くもある。今、住んでいるカサ(国の許可を得た民泊)の主も、私に優しく親切に接してくれる。手に入りにくい肉類を探して買ってきたり、配給品のために外国人が買いにくい卵の差し入れもしてくれる。 イギリス船の受け入れに関しても「人道的に必要なことですから」、また「出身国に対する偏見もいけないわ。私たち全員が感染しているかもしれない、という用心を持ち自他ともに気をつけていきましょうね」と、人々の成熟した意見がまぶしい。これで、ウイルスをしっかり押さえこんでくれたら言うことなしなのであるが。ひたすら、それを望むばかりである。 ただし、この原稿を書いている3月24日、すべてのツーリスト、つまり外国人の外出は禁止された。ただし、必要不可欠のことでは許可を得て出かけられる。 明るい日差しの下、キューバ人だけが外を歩く珍しい光景を窓から眺めることになった。しかし、キューバの人も出来るだけ外出しないように、という通達があり、街に人通りはない。かなりの徹底ぶりに驚いている。これがどのくらい続くかは、今のところまったくわからないが、「感染者を増やさないために、自らのできること」への意思をしっかり持っているように見える。国の政策がしっかりしていると同時に、人々の意思の高さと強さも見るようで、目から鱗が落ちる想いがする。キューバに学ぶべきことは、とても多いと思う。それにしても、今更ながらフィデル・カストロはすごかったなと思う。長期独裁政権のイメージが強いが、権力を持ちながらも私利私欲に走らなかっただけでも、本当に偉い人だったと思っている。
2020年04月08日
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やっと図書館から絵本を借りることが出来るようになったので、絵本シリーズを再開。図書館の休館が続いたことで、自分が図書館にとても依存した生活をしていることを再認識したいる。「おじいちゃんとおばあちゃん」作: E・H・ミナリック/絵: モーリス・センダック/訳: 松岡 享子出版社: 福音館書店《出版社からの内容紹介》くまくんは森のおじいさんぐま、おばあさんぐまの小さなおうちを訪ねるのが大好きです。おじいさんと遊んでおばあさんにお話をしてもらって……。暖かく優しい世界が広がるお話です。この絵本は、読み聞かせるなら幼稚園の頃からだろう。結構文字が多く、読むのにも時間がかかるだろう。でも、内容はおじいちゃんやおばあちゃんと接する機会の多い子どもにはとても馴染みやすく、かつ「くまくん」がとても可愛いので、自分自身と重ね合わせることもできやすいように思う。この絵本を読みながら私が思い出を重ねていたのは、やはりわが子が幼い頃のことや、孫たちが幼い頃のことであった。年を重ねてからの絵本は、過去の思い出を懐かしむきっかけとなる。そして、子育てに関わったことのある人にとっては、幼子と共に笑ったり遊んだりした時間が、どれほど幸せな時間であったかを感謝する時間にもなるだろう。私は、小さい頃に沢山の人に「可愛いね」「いい子だね」と愛されることが、その子の自己肯定感の土台になると信じている。この絵本の中のくまくんも、おじいさんやおばあさんに愛されるていることを、ことあるごとに感じながら暮らしている。そして、くまくんのお母さんもまた、幼い頃におじいさんやおばあさんに愛されて、とても優しい子どもだったことを知るし、その証しとしての「こまどり」から、自由に飛ぶことの大切さを世代を超えて学んでいる。この絵本には、二つの物語が挿入されていて、つまり三つの物語が重なり合って、子どもにとって大切なことや、祖父母の役割や喜びが表現されていて素敵な絵本だと思う。そういえば先日、高校生と大学生の孫と話す機会があった。二人とも我が家に来た時は絵本を一緒に読む機会が多かったのだが、高校生の女の孫がこう言った。「おじいちゃんが絵本を読んでくれたらね、なんだか内容が頭に入らなかったよ」と。え、どうしてなのかと理由を聞くと、「おじいちゃんは面白いことを言って笑わせようとするから、すぐに別のことで笑っちゃうんだよ」と笑う。うん、確かに夫はサービス精神旺盛に読むきらいがあり、そうだったかもしれない。「ねえ、おばあちゃんはどうだった?」と聞くと、「うーん、読んでもらったことは覚えているけど…」と強い印象はないらしい。少し寂しいような気もしたが、それは絵本の世界に入っていたということかもしれないと自分を慰める。「おばあちゃんのことで覚えているのはね、一緒にお話を作ったこと。交代でお話を書いたことあったでしょ」という。ああ、そうだった。孫がお泊りに来た時、この女の子の孫は一人遊びはあまり好きではなくて、「一緒にあそぼう!」とねだる子だった。家事で手を離せない時にはちょっと面倒くさくなって、幼稚園の頃から文字を書くようになったこの子に、「交代でお話を書こう」と提案とした。ノートに、まず最初に私が「こいぬのシロくんは おそとであそぶのがだいすきでした。あるひ、とてもおてんきがよいので、げんかんがあいていたときに、おそとにひとりででていきました」などと書いて、その続きを孫に書かせるという遊びだった。この遊びに孫は夢中になり、一時期それにはまってしまったことがある。私は「時間稼ぎ」のつもりで始めたのだが、夢中になった子どもは恐ろしいものがある。あっという間に続きを書いて、「はい、おばあちゃんの番だよ」と持ってくる。孫に読めるようにひらがなだけで書くことも、続きのお話を考えるのも、私にとっては予想以上に大変だった。「ほんとうにびっくりしたよ。結局、ちっとも時間稼ぎにはならなくて、かえって手間がかかるようになってしまったよ」と笑いあった。孫たちの思い出の中に、私も夫もしっかり存在していることを知ることは、とても嬉しいことだった。
2020年04月07日
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昨日は、在宅医療や在宅看取りのことについて書いたけれど、今の新型コロナウィルスで志村けんさんのようになってしまっては、最期の時に家族も面会できず、お骨になるまで身内とは引き離されたまま。そんな死を迎えた人が、日本で5日現在で70人いらっしゃる。現在も都市圏を中心に感染者はうなぎのぼりだ。新型コロナウイルス感染症まとめ都市圏から地方に移動して発症した人のニュースを見るにつけ、申し訳ないが「北海道には来ないでください」と呟いてしまう。人は生まれた瞬間から死の瞬間に向かって歩いているようなものだ。だから、どんな原因であろうと必ず死ぬことは確かだ。それでも、生きている間に紡いできた家族や親しい人たちとの絆の糸から切り離され、人工呼吸器など管や機械に絡めとられたような死はイヤだなと思う。そう考えると、最低限、親しい人に最期の瞬間を付き合ってもらいたいと思う。新型コロナウィルスでは、様々なことを考える機会を得たと思う。「死」についてもそうだけれど、在宅ワークやネットを使った授業、インターネット利用での医療や、公的機関への申請や処理など、現代だからこそもっと活用できる資源があることに気付かされた。ずっと不登校について考える機会の多かった私としては、学校は必ずしも登校せずとも教育機会は作ることが出来ると、多くの人が気付いてくれていたらいいと思っている。死ぬような思いをしてまで、あるいは自分が病気になったり傷ついたりする危険性のある学校は、行かなくてもいいのだ。だからこそ、学校という場に行かなくなる子どもたちに対して、教育の機会を公的な財源で保証してほしい。それは、社会の「教育の義務」なのだから。
2020年04月06日
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「死を生きた人びと」小堀鷗一郎著《内容紹介》これまでに355人の看取りに関わった訪問診療医が語る、患者たちのさまざまな死の記録。現代日本では、患者の望む最期を実現することは非常に難しい。「死は敗北」とばかりにひたすら延命する医者。目前に迫る死期を認識しない親族や患者自身。そして、病院以外での死を「例外」とみなし、老いを「予防」しようとする行政と社会。さまざまな意図に絡めとられ、多くの高齢者が望まない最期に導かれていく。「病院死が一般化するにつれ、自分や家族がいずれは死ぬという実感がなくなり、死はドラマや小説の中に出てくる出来事でしかなくなっていった」。多くの人びとが死を忘れたことが、すべての根底にあると著者は考える。しかし著者の患者たちは、日々の往診の際に著者と語り合ううちに、それぞれの最期のあり方を見いだしていく。8割が病院で死亡する現代日本において、著者の患者は、その7割が自宅での死を選んでいる。「死は「普遍的」という言葉が介入する余地のない世界である」。日本の終末医療が在宅診療・在宅看取りへと大きく舵を切りつつある今、必読の書。《著者について》小堀鷗一郎(こぼり・おういちろう)1938年、東京生まれ。東京大学医学部医学科卒業。医学博士。東京大学医学部付属病院第一外科、国立国際医療研究センターに外科医として約40年間勤務。定年退職後、埼玉県新座市の堀ノ内病院に赴任、在宅診療に携わり、355人の看取りにかかわる。うち271人が在宅看取り。現在 訪問診療医。母は小堀杏奴。祖父は森鴎外。新型コロナウイルスで図書館が休館になる直前に予約したので、やっと先日借りることが出来た。この方は、森鴎外の孫だったとは、著者略歴を読んで知った。それはともかく、色々なことを考えさせられる内容だった。当市にも、10年ほど前から緩和ケアのクリニックが開設され、その流れで訪問医療も始まってきた。国の在宅医療や訪問看護の推進方針もあって、今では高齢者医療の選択肢に「在宅医療」や「自宅での看取り」が加わってきたと思う。先月も、知人のお姑さんがご本人の意志で自宅で亡くなった。ずっと一人暮らしをしていたのだが、息子夫婦(その妻が私の友人)や娘家族も同じ市内に住んでいたので、交代で付き添いをして医師や看護師、ヘルパーさんたちの協力の中で最後の日を迎えることが出来た。他にも、訪問看護や在宅医療を受けている人は知ってはいるが、やはり最後まで自宅でという人は少数派だと思う。この本にも書いてあるが、私の子どもの頃、つまり60年近く前はほとんどの人が自宅で亡くなった。私の父方の祖父も、母方の祖父母も、地元のお医者さんが往診はしてくれていたけれど、それぞれ最後は家族が看取っている。当時はそれが当然というか、それしかできなかったからであるが、今では自宅で看取るのは贅沢の部類に入りそうだ。「住み慣れた家で死にたい」というのが、ほとんどの高齢者の願いなのかもしれないが、介護をする家族の立場となればなかなか難しいものもある。家族にも生活や仕事があるからずっと付きっ切りというわけにもいかず、誰もいない時に亡くなったらという不安もあるだろう。しかし、「死」はあくまでも本人のものである。本人がどのような形で最後の時間を過ごしたいのかが一番優先されなくてはならないが、それも人によって違うだろう。「自分の好きなように生きて終わりたい」と思う人もいれば、「家族に負担をかけたくない」と思う人もいる。多分私は後者に近いだろう。だとしたら、きっとギリギリまで在宅で自由に過ごしたいと思いながらも、全介助が必要になったら入院したいと思うのではないか。いやいや、自分のことより先に、実家の母や夫のことがある。実家の母は施設や病院はイヤだと思っているから判断は楽だけど、夫がそのようになったらどうするか。本にも書いてあったが、現代人は自分の死を直視しない傾向があるという。間違いなくわが夫もそのタイプだ。「その時は好きにしたらいい」なんて言っているが、つまりその時を想像したくないのかできないのか。人一倍健康な人なのでなおさらなのだと思う。まあ、先のことはわからない。ある日突然ということだってある。そういえば、北海道教育委員会の佐藤教育長が昨日62歳で突然死をされた。コロナウイルスのことで道内の学校の対応について忙殺されていたはずだから、その無理が影響したのかもしれない。ご冥福を祈りたい。なんだか、本の感想からずれた気もするが、今後の医療を考えるためにとても参考になった。
2020年04月05日
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昨日一番びっくりしたニュースは、「マスクを各家庭に二枚配布する」という安倍首相の発言。布マスク2枚を全世帯配布 再来週から、品薄に対応04/01 22:27 更新 道新 安倍晋三首相は1日の新型コロナウイルス特措法に基づく政府対策本部で、再利用が可能な布マスクを全世帯に配布すると表明した。再来週以降、1住所当たり2枚ずつ、東京都など感染者の多い都道府県から順次届ける。新型コロナウイルスの影響で需要が急激に拡大し、店頭では依然として品薄で手に入りづらい状況が続いていることに対応する。 日本郵便が持つ全ての住所に配布するシステムを活用する。首相は布マスクは洗剤で洗うことで再利用できると指摘した。 政府関係者は感染が拡大している東京都から配布する方針だと明らかにした。今月中に都内での配布を終えたいとしている。先日の「お肉券」「お魚券」にも呆れたけれど、マスク二枚配布はもっと驚いた。と同時に、こんな発想しかできない政府は早々に見限らなくてはいけないとの思いを強くしている。退陣していただくのが一番いいのだが、そう簡単にはいかないのだろうから、ここからは政府が何といおうが自分たちの身を守るために自衛行動をするしかない。とりあえず、私はマスクなんかいらない。自分でハンカチを使った応急マスクがいくらでも作れる。マスク二枚を配布するというより、このことを積極的にPRしたらいいのに。それと、若者に注意喚起するなら、知事とか首相、感染症専門家の会見の時に、若者に絶大な人気のある人が同席したらいいのに。たとえば、若者に影響力のあるアーティストが「僕も今はコンサート自粛で耐えるから、みんなで一日も早くコロナをやっつけて、その時には盛大にコンサートをやりましょう!」と呼びかけたらいいんじゃないだろうか。誰がふさわしいのか私にはわからないが、そこは若い人たちの意見をちゃんと聞いてですが。どうしてそれができないのかと、私には不思議でならない。
2020年04月02日
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